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(1)

研究成果

 西洋美術史研究者と日本美術史研究者の二人で構 成される本研究チームの目的は、各人が自分の研究 領域に主たる関心を傾注しつつ、「近世ヨーロッパ におけるアカデミズムの伝統が近世から近代にかけ てどのように展開したか歴史的に考察すると同時に、

明治から昭和にかけての日本美術界の体制派の動き を比較検討する」ことにあった。

 こうした目的意識を共有しつつ、浦上委員は、主 として1 7世紀ローマにおける美術教育制度の特質と、

それに関連する同時代の美術理論の関連を考察し、

論文にまとめる作業に取り組んだ。

 植野委員は、「近代日本における官展系洋画の研 究」を個別的な研究課題として設定した。ここで言 う官展とは、1 9 0 7年に開設された文部省美術展覧会

(文展)と、その流れをひく、帝国美術院展覧会(帝 展、1 9 1 9年) 、新文部省美術展覧会(新文展、1 9 3 7年) 、 そして第二次大戦後の日本美術展覧会(日展)など の官設展覧会のことである。その歴史は10 0年をこ え、近現代日本美術史の本流を形成する一つの大き な舞台となった。本研究では、これら官展に関する 基礎データの収集、整理、さらに官展系の作家、作 品の個別研究を進めた。

 官展系の美術の研究と言うと、すでにこれまでに 十分な調査研究が行われ成果もあがっているように 思われがちである。しかし、モダニティ(新しさ)

に価値をおく近代美術の流れさながらに、研究史に おいてもモダニズムの美術、作家に関する研究が先 行し、官展系、すなわちアカデミズムに位置する美 術、作家の研究は、黒田清輝などを一部の例外とし て、意外にも進展してこなかったというのが実情で あることが明らかとなった。

 いったん節目を迎えて終了するが、以下のような

今後の課題と展望をえたことが本研究の収穫であっ た。すなわち、官展に関する基礎資料がデータベー ス化され、広く研究者のあいだで共有化されれば、

日本近代美術史におけるアカデミズムの功罪につい て、より活発な論議が可能になると考える。研究者 に与える便宜は多大なものがあると信ずる。また、

官展に関するデータベースの構築とその公開は、た んに美術史の分野のみならず、近代日本の文化全般 について考察する際のきわめて有益な資料となると 考える。あわせて、個別問題の論文、研究資料など での公開も、それによって新たな課題や情報提供を 受ける契機となると考える。そこから、当初の予測 をこえた課題の問題や資料の所在が明らかとなるこ とが期待される。

研究業績 浦上雅司委員

【論文、解説】

1. 「ジュリオ・マンチーニ著『絵画省察』の特質 と1 7世紀初頭ローマ美術界における位置」 『福 岡大学人文論叢』第4 8巻第1号 

pp.1-34

 2 0 1 6 年

2. 「ジョヴァン・バッティスタ・マリーノの詩的模 倣論と1 7世紀ローマ絵画論」 『福岡大学人文論 叢』第4 8巻第4号 pp.1-51 2 0 1 7年

植野健造委員

【論文、解説】

1. 「研究資料 新出資料紹介『第八回白馬会展覧 会出品目録』 」 『美術研究』第4 1 3号、

p.52-69

、2 0 1 4 年1 0月

2. 「石橋美三郎」 「龍駿介」 、みやま市史編集委員 会『みやま市史1 みやまの人と歩み』 、みや

―  ―27

研究チーム報告

【人文科学研究部】

美術におけるアカデミズムの問題

研究チーム名:視覚芸術研究(課題番号:1 4 3 0 0 1)

研究期間:平成2 6年4月1日~平成2 9年3月3 1日

研究代表者:浦上雅司  研究員:植野健造

(2)

ま市・みやま市教育委員会、

p.122-125

p.184-185

、 2 0 1 4年1 2月

3. 「今日のギャラリー 中村琢二『西伊豆の漁村』

について」 『七隈の杜』第1 1号、

p. 4-5

、福岡大 学、2 0 1 5年2月9日

4. 「九州ものしり学 鹿児島が生んだ日本近代洋 画の巨匠 藤島武二」 、 『Please 旅の情報誌プリー ズ』第33 7号、九州旅客鉄道株式会社、

p.20-23

、 2 0 1 5年5月2 5日

5.「今日のギャラリー 安永良徳『母子像』につ いて」 『七隈の杜』第1 2号、

p. 4-5

、福岡大学、

2 0 1 6年1月1 9日

6. 「福岡市個人所蔵・中山森彦宛の美術家の書簡」

『九大百年 美術をめぐる物語(論集)』 、九州 大学総合研究博物館、

p.43-66

、2 0 1 6年1 0月8日 7. 「今日のギャラリー 松本英一郎『河川敷の風 景』について」 『七隈の杜』第1 3号、

p. 4-5

、福 岡大学、2 0 1 7年1月3 1日

8. 「青木繁《かるた》 《漢詩かるた》について」 『日 本習字教育財団 学術研究助成成果論文集』第 3号、公益財団法人日本習字教育財団、

p. 177- 219

、2 0 1 7年3月3 1日

【発表】

1. 第3 4回アジア近代美術研究会研究発表、2 0 1 4年 8月1 6日、於:九州大学 箱崎キャンパス貝塚 地区 2 1世紀交流プラザ、 「福岡市某家所蔵・中 山森彦宛の美術家の書簡」

2.平成26年度第2回柳川市史連絡会、平成26年

(2 0 1 4)8月3 0日、於:柳川古文書館、 「龍駿介 に関する情報収集について」

3. 「ワークショップ:韓日美術交流の回顧と展望」

パ ネ ラー発 表、20 1 4年 9 月 1 日、於:Korean

Foundation, Seoul

、 「和田三造《旧朝鮮総督府庁 舎中央ホール壁画「羽衣」 》 、1 9 2 6年、国立中央 博物館」

4.美術史学会西支部例会研究発表、2 0 1 5年1月24 日、於:九州大学箱崎キャンパス文系地区文学 部、「青木繁の再発見作品紹介―《かるた》《漢 詩かるた》 ―」

5.第3 8回アジア近代美術研究会研究発表、2 0 1 5年 1 2月2 7日、於:石橋美術館、「再考・青木繁の

生涯と芸術 」

6.第3 9回アジア近代美術研究会研究発表、2 0 1 6年 1月1 6日、於:福岡県立美術館、「再考・青木 繁の生涯と芸術 」

【講演、他】

1.岡田三郎助特別展記念シンポジウム「和と洋の 調和―岡田スタイルの誕生―」パネラー発表、

2 01 4年1 0月5日、於:佐賀県立美術館ホール、

「岡田三郎助の壁画制作について」

2.第2 1回柳川市史歴史文化講演会、2 0 1 4年1 1月2 9 日、於:柳川市立図書館

AV

ホール、 「龍駿介

柳 川ゆかりの富士山洋画家―」

3.柳川古文書館「風景王国―柳川ゆかりの洋画家 龍駿介がみた山河―」展展示解説会、2 0 1 4年1 2 月2 0日、於:柳川古文書館

4.柳川古文書館「風景王国―柳川ゆかりの洋画家 龍駿介がみた山河―」展展示解説会、2 0 1 5年1 月1 1日、於:柳川古文書館

5.うきは市文化財サポーター養成講座、2 0 1 6年1 月2 5日、於:うきは市民センター、「河北倫明 と河北家住宅について」

6.第1回福岡大学博物館フォーラム、2 0 1 7年2月 1 5日、於:福岡大学文系センター棟1 5階 第6

会議室、 「福岡大学所蔵の美術品について」

―  ―28

(3)

 研究内容と研究成果について、2項目に分けて述 べる。

1.最適化と位相空間

 経済学で多用される変分問題は時間や場所の関数 を設計変数とする関数最適化問題である。関数最適 化問題は設計空間において定義されるため、解析的 に重要な性質を備えた位相空間について確認する。

位相は、ある集合

X

上で、要素の違い、または、近 さを判定する基準のことであり、すべての要素間に そうした基準が与えられる集合を位相空間と呼ぶ。

 X をアーベル群、K を体としたとき、加法とスカ ラー積が定義され、任意のベクトルと任意のスカラー を用いた線形結合が再び

X

の要素となっていると き、この

X

K

上の線形空間、あるいは、ベクト ル空間と呼ぶ。K= のとき、X を実線形空間と呼ぶ。

線形空間

X

Y

の直積空間

X

×

Y

は線形空間である。

実数を値域とする連続関数全体の集合は実線形空間 になる。

 V を

X

の有限部分集合としたとき、V の全要素 の K 上の線形結合 spanV を V の線形包、あるいは、

V

によって張られた

X

の部分線形空間という。この

spanV

は、X の部分集合で V を含む最小の部分線形

空間となる。

 部分線形空間をある固定要素だけ平行移動した集 合をアフィン部分空間、あるいは、線形多様体とい う。非同次型の境界条件を満たす連続関数の集合は 線形空間にはならないが、アフィン部分空間になる ことができる。

 

X

上で定義された距離

d

を位相とする位相空間を 距離空間という。距離空間は線形空間である必要は

ないが、線形空間において距離を定義すれば距離空 間になる。関数空間は距離空間である。距離空間

X

のいかなるコーシー列も

X

内の点に収束するとき、

X

は完備であるという。 の濃度は連続体濃度であっ ても、距離空間における完備性を調べる目的であれ ば、加算無限個のコーシー列を用意すれば十分であ る。

 

X

をある距離空間、

V

をその部分集合としたとき、

V

X

において稠密であることは、V の閉包 V

X

と等しくなることと同値である。有理数の集合は 実数の集合において稠密であるが、これは

を完備 化した距離空間が であるということである。

 距離空間の部分集合の閉包が距離空間になる性質 が稠密性であるが、距離空間の部分集合のなかに とった無限点列がいつもその部分集合のなかに収束 する性質がコンパクト性である。X が完備な距離空 間で

V

X

の部分集合であるとき、

V

がコンパク トならば

V

は有界閉集合である。

 ノルムの定義された線形空間をノルム空間という。

体が であれば、実ノルム空間である。ノルム空間 は、

d

x, y

) = ||

x

y

|| を距離と定義することで距離空 間になる。つまり、コーシー列が定義できて完備性 を調べられる。

 完備なノルム空間をバナッハ空間といい、体が

ならば実バナッハ空間である。連続関数全体の集合 はバナッハ空間である。バナッハ空間である

X

Y

の直積空間 X×Y はバナッハ空間になる。設計変 数が定義された線形空間である設計空間をバナッハ 空間に選べば、空間の完備性が備わっているため、

試行点を次々に見付けていって収束した点はバナッ ハ空間の要素として存在する。

―  ―29

研究チーム報告

【社会科学研究部】

不平等度の測度および最適化を中心にした経済学の 数学的基礎の再検討

研究チーム名:不平等測度と最適化の数学的基礎(課題番号:1 4 4 0 0 4)

研究期間:平成2 6年4月1日~平成2 9年3月3 1日

研究代表者:山好裕  研究員:藤本浩明、李 明哲

(4)

 内積が定義された線形空間を内積空間といい、完 備性を備えた内積空間をヒルベルト空間という。有 限次元ベクトル空間

r

r

次元の実ヒルベルト空間 である。そして、変分原理のほとんどは実ヒルベル ト空間上の最適化問題になっている。

 いろいろな関数空間を定義した場合、それらはバ ナッハ空間やヒルベルト空間になることを確認でき る。関数に演算を施すことは関数空間から関数空間 への写像を定義することである。このときの写像を 作用素という。作用素のなかで値域が

のものを汎 関数という。関数最適化問題の評価関数は関数空間 から実数への写像として与えられる。X をバナッハ 空間とするとき、

X

上の有界線形汎関数全体の集合 を

X

の双対空間、あるいは、共役空間という。

2.不平等測度間の関連

 不平等度に関するローレンツ基準では優劣関係が 判断できないケースがあるという不完備性を排除し た測度が、ジニ係数である。ジニ係数は完備順序を 形成する。ローレンツ曲線は1 9 0 5年、ジニ係数は19 1 4 年に提起された。ジニがジニ係数を提案したとき、

パレートが所得分布に関数を当てはめる研究をして おり、その関数のパラメーター

α

を不平等測度とし て用いていた。ジニも当初はパレート分布のパラメー ターを集中指数と呼んで用いていたが、関数関係と して把握できない強度の所得分布の場合、集中比を 用いるのが適切であることに気付いた。パレートと ジニの間に位置する人物としてベニーニがいる。な お、所得分布の理論分布が有限な平均を持たない場 合にはジニ係数を算出できないので、定義の修正が 必要になる。

 タイル測度

T

は1 9 6 7年に提案された。人数を

n

と して、所得格差がない場合、

T

は最小値0をとり、

格差が最大の場合、最大値 log n の値をとる。シャ ノンが1 9 4 8年に提案していた情報エントロピー

H

で は、すべての確率が 1/n に近づくと最大値 log n に 近づく。タイルの場合、所得格差がないときの値を 0にしたかったので、最大値からそのエントロピー を差し引いたのである。すなわち、タイル測度の定 義は T=log n-H である。そもそも、情報理論や統 計力学で無秩序の尺度として使われるエントロピー は不平等測度と密接な関係がある。所得分布のばら

つきを一種の無秩序と見なすことで、エントロピー を用いて所得の不平等さを表すことが可能だからで ある。

 アトキンソンは相対危険回避度一定の効用関数を 想定し、社会成員全員の効用の和を社会厚生関数と 定義する。均等分配等価所得

ξ

の下では、現実の平 均所得 x

以下の所得で同じ水準の社会厚生を実現す ることができる。アトキンソン測度の定義はこれら を用いて A=1-

ξ

/

x

となる。不平等がなければ A

0

である。アトキンソン測度は1 9 7 0年に提案され た。

 不平等測度の構成と社会厚生関数の間には密接な 関係がある。アトキンソン測度が示したのは、ある 社会厚生関数によって二つの社会状態の優劣が判断 されるとき、優れた状態が劣った状態より不平等度 が小さくなるように不平等測度を構成することがで きるということであった。逆に、不平等測度が二つ の所得分布の間で異なるとき、その測度に照らして 不平等が大きい分布の下で社会厚生が低いと判断で きるような社会厚生関数を構成することができる。

任意の不平等測度

I

と常に整合的な社会厚生関数は、

平均値

µ

に関して単調増加、

I

に関して単調減少な 関数であればよい。たとえば、W=µ-G はジニ係 数

G

と整合的な社会厚生関数である。この関数の単 調増加変換はすべてジニ係数と整合的である。

 アトキンソンのように個人の効用関数を想定せず に、社会厚生関数を直接構成して均等分配等価所得 を定義することができる。アトキンソン測度が功利 主義を前提にしているのに対して、このアプローチ は特定の社会厚生関数を想定していない点で一般的 なのだが、結局社会厚生関数の選択をいかに行うか という問題を解決するものではない。

 1 9 8 0年頃に複数の研究者により考えられた一般化 エントロピー測度は、タイル測度とアトキンソン測 度をその特殊な場合として包含するものである。一 般エントロピー測度のパラメーター

α

を1に漸近さ せたものがタイル測度である。また、0に漸近させ ると平均対数偏差(MLD)となるが、これはタイル の第2指数とも呼ばれている。ちなみにジニ係数は、

相対平均偏差(

RMD

)を2分の1にしたものであ る。さらに、一般エントロピー測度を

α 1

の範囲 で単調変換するとアトキンソン測度になる。情報理

―  ―30

(5)

論の分野でレニーはシャノンのエントロピーを拡張 していたが、これは一般化エントロピー測度に等し い。

 1 9 8 0年、カウエルは一般化エントロピー測度を用 いて、所得分布の変化測度を提案した。これはカル バック=ライブラー情報量と等しい。1 9 5 1年に発表 されたカルバック=ライブラー情報量は2つの確率 分布

p

q

について定義され、

p

から

q

への準距離 とも呼ばれている。したがって、所得割合

p

から

q

への変化測度は、

p

q

を確率分布と見たときの

p

から

q

へのカルバック=ライブラー情報量に等しい のである。レニーはカルバック=ライブラー情報量 を一般化した。このレニー情報量はパラメーター

α

のすべての範囲でカウエルの分布変化測度と等価で ある。

 研究期間中に発表されたメンバーの業績としては、

Aakil M. Caunhye, Mingzhe Li, Xiaofeng Nie, ‘A loca- tion-allocation model for casualty response planning during catastrophic radiological incidents,’ Socio Economic Planning Sciences, Vol. 50, pp.32-44, 2015

Aakil M.

Caunhye, Yidong Zhang, Mingzhe Li, Xiaofeng Nie, ‘A location-routing model for prepositioning and distributing emergency supplies,’ Transportation Research Part E, Vol.

90, pp.161-176, 2016

などがある。

(山 好裕)

―  ―31

(6)

研究背景

 近年、物質中のスピンダイナミクスやスピン流の 制御、および新たなスピン機能を持つ物質の開拓に 関する研究が精力的に進められている。スピン角運 動量の流れをスピン流とよび、特に純スピン流はジュー ル熱の発生がなく、エネルギー損失を抑制して情報 の伝達が可能な技術として期待されている。スピン 流の生成法としてスピンポンピング、スピン情報の 伝達としてスピン波が注目されており、これらはス ピンの動的な挙動の理解が不可欠となっている。ま た、マルチフェロイック物質は強磁性と強誘電性を 合わせもつ特殊な物質である。このため、電場を用 いて、磁性を変化させたり、スピン波の誘起が可能 な新規スピン材料として注目されている。本研究で は、スピン流やマルチフェロイック材料のスピン物 性を実験と理論の両面から調査し、これらを用いた スピントロニクスデバイスへの応用可能性を検討し た。

研究成果

1.スピン波の制御

 本研究では、強磁性体である

NiFe

合金を導波路 とし、コプレナーウエーブガイドによってスピン波 を励起する試料を作製し、強磁性金属中のスピン波 伝搬について研究を行った。

 まず、導波路となる強磁性薄膜の膜厚を増加させ ることにより伝搬速度を飛躍的に増大させ、伝搬距 離を長くすることができること、アンテナ形状の検 討から、これまで主に使用してきたショート型の形 状が最も効率よくスピン波を励起できることなどが 明らかとなった。一方で、膜厚増加に伴って減衰係 数が増大する問題が発見された。この原因について は、内部スピンポンピングなどの可能性などを考え

ているが、まだ解明されていない。原因を明らかに するために、引き続き試料構造や実験方法などの検 討が必要である。

 次に、スピン波(静磁表面波)伝搬の角度依存性 について検討した。印加磁場角度の増加に伴い、共 鳴周波数が低周波側にシフトするとともに、強度が 小さくなることが分かった。この変化は静磁表面波 のモードが静磁後進体積波に変化していく過程を示 しており、スピン波の分散関係をすべての角度につ いて一般化して定式化することにより、理論から予 想される共鳴周波数によく一致していることが分 かった。

 さらに、励起アンテナの左右に伝搬するスピン波 の強度が異なる非相反性の制御について検討を進め た。アンテナと導波路の間の絶縁層膜厚を増加させ ることにより、非相反性の非対称性を大きくできる

NR

比は減少する)ことが分かり(図1)、この理

―  ―32

研究チーム報告

【理工学研究部】

スピントロニクスデバイスにおける材料物性とスピン流制御

研究チーム名:スピントロニクス研究チーム(課題番号:1 4 5 0 0 6)

研究期間:平成2 6年4月1日~平成2 9年3月3 1日

研究代表者:眞砂卓史  研究員:宮原 慎、田尻 恭之

図1 アンテナ間隔が10, 20µm の時のNR比の絶縁層膜厚依存性

(7)

由として、スピン波励起において面直成分に比べて 面内成分の寄与が減っているためであると、定性的 に理解することができた(図2) 。一方で、アンテ ナ幅を増加させることによっても、非相反性を変化 させることができた。こちらに関しては、予想に反 する結果が得られているため、今後マイクロマグネ ティックシミュレーションなどの解析を行い、その 原因を解明する予定である。

2.スピン波励起とマルチフェロイクスの起源の理 論的検討

 マルチフェロイックス物質中における電気分極と 磁化の結合に関する微視的理論と原理の構築を行っ た。特に、室温でマルチフェロイクスの性質を示す 物質である

BiFeO3

に着目し、スピンと電気分極の 結合に関する微視的理論を構築し、対称性の低い系 固有の電気分極と反対称スピン積との結合機構が存 在することを示した。その結果、らせん秩序に伴う らせん面に垂直な電気分極が出現することが分かっ た[図3 ] 。また、新たにキャントした反強磁性 秩序に伴う電気分極の出現が予見されているなど

[図3 ] 、今後の新規マルチフェロイックス物質発 見につながることが期待される。

 更に、マルチフェロイックス分野の研究で得られ た知見を生かし、マルチフェロイックス物質におけ るスピン波スピン流の伝搬に関する研究を進めてい る。スピンと電気分極との結合機構を利用すること で、強磁性体や反強磁性体におけるスピン波スピン 流とは異なる特異な伝搬性質を示すスピン流の発見 につながることが期待される。

3.マルチフェロイックナノ粒子薄膜の作製および 構造と物性

 本研究では、マルチフェロイック物質

DyMnO3

ナ ノ粒子薄膜の作製手法の確立と、その構造と物性の 研究を行った。基板上に粒子サイズ分布の小さなナ ノ粒子薄膜を作製するために、ナノメートルサイズ の均一な細孔が規則的配列したメソ多孔体の細孔中 でナノ粒子を合成する手法を用いた。まず、

Si

基板 上にナノ粒子の鋳型となるメソ多孔体 SBA-15 薄膜 を作製した。その

SBA-15

薄膜の細孔サイズは合成 条件を変化させることで、直径約 2~20 nm の範囲 で制御することを可能にしており、

SBA-15

薄膜に

DyMnO3

前駆体溶液を担持し細孔中に

DyMnO3

ナノ

粒子を合成することで、DyMnO

3

ナノ粒子内包薄膜 を作製した。

 X 線反射率スペクトルの SBA-15 薄膜の全反射臨 界角より膜密度を算出した。ナノ粒子合成プロセス 後の膜密度は増加しており、SBA-15 薄膜の細孔中 にナノ粒子が合成されていることが示唆された。膜 密度の増加分から細孔の全体積の約10%に

DyMnO3

ナノ粒子が存在すると見積もられた。細孔中のナノ 粒子の充填率を上げるために、前駆体溶液濃度等の 合成条件を再検討する必要がある。  

 室温における

SBA-15

薄膜および

DyMnO3

ナノ粒

―  ―33

図2 非相反性制御の概念図

図3 スピン構造と電気分極の結合 らせん秩序の誘起する電気分極      弱強磁性反強磁性秩序の誘起する電気分極

(8)

子内包薄膜の誘電率測定を行った(図4) 。

SBA-15

薄膜の誘電率は周波数の増加に対して単調減少の振 る舞いを示した。 一方、DyMnO

3

ナノ粒子薄膜は

SBA-15

薄膜と異なり、誘電率の周波数依存性はピー

クを示し、DyMnO

3

ナノ粒子によるデバイ型分散の 誘電緩和現象が観測された。また、

Cole-Cole plot

(図4挿入図)は半円ではないことから、DyMnO

3

ナ ノ粒子薄膜の誘電緩和は単緩和ではないことが分 かった。紫外可視赤外分光測定において、約 290 nm 以下の紫外線域で

DyMnO3

ナノ粒子による光吸収に 起因すると考えられる反射スペクトルが観測された。

 以上のように、SBA-15 薄膜を用いた

DyMnO3

ナ ノ粒子内包薄膜の作製プロセスの確立に成功した。

今後は、細孔サイズを変化させ異なる粒子サイズの ナノ粒子薄膜を作製し、サイズ依存性について明ら

かにして行く予定である。また、低温下で磁場・電 場中での物性測定を行い、ナノ粒子薄膜の電気磁気 効果について明らかにしていく予定である。

研究業績

【学術論文】

1)K. Kasahara, M. Nakayama, X. Ya, K. Matsuyama,

and T. Manago: Effect of distance between a magnet layer and an excitation antenna on the nonreciprocity of magnetostatic surface wave, Jpn. J. Appl. Phys., 56, 010309

(4 pages) (2017)

.

2)K. Kasahara, M. Nakayama, M. Tashima, S. Kasai,

S. Mitani, T. Manago: Spin wave propagation in a permalloy film under tangentially fields, Fukuoka University Science Reports, 46

2

, 65-68

2016

.

3)M. Ota, K. Yamanoi, S. Kasai, S. Mitani, T. Manago:

Saturation of attenuation length of spin waves in thick permalloy films, Jpn. J. Appl. Phys., 54, 113001

(5

pages

) (

2015

.

4)M. Nakayama, K. Yamanoi, S. Kasai, S. Mitani, T.

Manago: Thickness dependence of spin wave non- reciprocity in permalloy film, Jpn. J. Appl. Phys. 54, 083002

(5 pages) (2015)

.

5)

T. Manago, K. Yamanoi, S. Kasai, S. Mitani: Damp- ing Factor Estimation using Spin Waves Attenuation in Permalloy Film, J. Appl. Phys. 117, 17D121

3 pages)

(2015)

.

6)

S. Miyahara, N. Furukawa : Theory of antisymmetric spin-pair-dependent electric polarization in multifer- roics, Phys. Rev. B 93, 014445

6 pages

) (

2016

.

7)M. Tokunaga, M. Akaki, T. Ito, S. Miyahara, A.

Miyake, H. Kuwahara, N. Furukawa: Magnetic con- trol of transverse electric polarization in BiFeO3, Nature Communications 6, 5878

(6 pages) (2015)

.

8)

T. Tajiri, S. Saisho, M. Mito, H. Deguchi, K.

Konishi, A. Kohno: Size Dependence of Crystal Structure and Magnetic Properties of NiO Nano- particles in Mesoporous Silica, J. Phys. Chem. C 119, 1194-1200

2015

.

9)M. Mito, T. Tajiri, K. Tsuruta, H. Deguchi, J.

Kishine, K. Inoue, Y. Kousaka, Y. Nakao, J. Aki- mitsu: Investigation of structural changes in chiral

―  ―34

図4 SBA-15 薄膜DyMnO3ナノ粒子内包薄膜の誘電率の 周波数依存性。挿入図はCole-Cole plot

(9)

magnet Cr1/3NbS2 under application of pressure, J.

Appl. Phys. 117, 183904

6 pages

) (

2015

.

1 0)

T. Tajiri, Y. Ando, H. Deguchi, M. Mito, A. Kohno:

Magnetic Properties and Crystal Structure of DyMn2O5Nanoparticles Embedded in Mesoporous Silica, Physics Procedia, 75, 1181-1186

2015

.

1 1)M. Mito, H. Goto, K. Nagai, K. Tsuruta, H. Deguchi,

T. Tajiri, K. Konishi: High pressure effects on isotropic Nd2Fe14B magnet accompanying change in coercive field, J. Appl. Phys., 118, 145901

6 pages

(2015)

.

【その他業績:招待講演等】

1)眞砂 卓史:スピントロニクスの基礎と最近の 研究動向、平成2 7年度応用物理学会九州支部学 術講演会、琉球大学(沖縄) 、2 0 1 5/1 2/5(5 6)

2)

T. Manago: Spin wave characteristics in permalloy films, Energy Material Nanotechnology

(EMN )

Bangkok meeting, Bangkok, Thailand, 2015

/

11

/

11

(9~13)

3)

T. Manago: Characterization of spin waves propa- gating in permalloy film, International Workshop

“Nano-Spin Sciences”, Saga, Yobuko, 2015

/

2

/

18

18

19

―  ―35

(10)

研究成果

 本研究は、エネルギー変換装置の電気回路構成や 構造、制御方式を検討して、低電磁障害を有する電 気エネルギー変換装置や高効率な電気機器を開発し、

また、エネルギー変換装置の安定性向上を目的とし たものである。新しい電力変換回路を提案した「電 気エネルギー変換装置の開発」、 非接触給電システ ムとチャージポンプ回路を用いた昇圧形モータ駆動 装置を研究した「高効率電気機器の開発」 、スイッ チングを有する電力変換回路の汎用的安定性解析手 法を提案した「電力変換回路の安定動作パラメータ 設計」について、以下の成果を得たので報告する。

  「電気エネルギー変換装置の開発」では、新しい 電流形コンバータの回路構成を提案し、その制御方 法の検討と実機動作確認、理論解析によって長短を 明らかにした。具体的には、単相交流から直流を得 る4素子2レグ電流形コンバータに複合パルス幅変 調(PWM)法の採用を提案し、実験と理論から入出 力特性を明らかにした。複合

PWM

法を6素子2レ グ電流形コンバータへ適用し、直流電流の平滑化お よび入力電流の正弦波化を図る制御法を確立した。

単相交流から可変単相交流に変換を行う単一ブリッ ジ

Y

接続電流形コンバータおよび交流チョッパ付加 方式コンバータを提案し、正弦波形を得る最適化条 件の導出を行った。また、単相交流から固定周波数 の単相可変電圧交流を得る8素子2レグ複合

PWM

電流形コンバータを提案し、実験と理論から正弦波 入出力波形の実現と特性を明らかにした。

  「高効率電気機器の開発」では、 「チャージポンプ

CP

)回路を用いたモータドライバの改善」と「非 接触給電システムにおける電力変換機器の開発」の 2つのテーマについて行った。 「チャージポンプ(

CP

) 回路を用いたモータドライバの改善」では、まず研

究員らが提案している同ドライバについて、サイズ やコストの低減を目的として

CP

回路内のコンデン サの種類を変更するための研究を行った。これまで 使用していた電気二重層キャパシタ(

EDLC

)の代 わりに安価でコンパクトな電解コンデンサを適用し、

またそのための制御アルゴリズムの開発を行った。

研究より、モータ加減速時のコンデンサの充放電を エネルギー残量に応じて変化させることで、モータ 運転を滞りなく行えることや運転効率を向上できる ことを確認した。さらに弱め界磁制御を適用するこ とで、モータ回転速度の上限を向上できることを確 認した。また、本ドライバのために、可変パルス幅 変調制御方式の電力変換アルゴリズムを提案した。

このアルゴリズムは、制御演算を効率化して制御性 能の改善を図ることができる。また、実験から本ア ルゴリズムの採用により運転効率を向上できること も確認した。さらに、従来のドライバに比べて効率 を3%以上の改善できることを確認した。「非接触 給電システムにおける電力変換機器の開発」では、

まず二層構造三相非接触給電システムの提案を行っ た。過去に提案した一層構造三相非接触給電システ ムでは回転方向に位置ずれが生じた場合、送電電力 が変動していたが、適切に配置された二層構造のコ イルをもつ本システムでは回転位置に依らず送電電 力を一定化させることができる。実験により本特長 を改めて確認した上で、水平方向に位置ずれした場 合についても特性を確認し、良好な送電性能が得ら れることを確認した。また、従来の直/並列補償器 を切換えられる回路構造を有する非接触給電用の力 率補償器を提案した。力率補償器の切換えのタイミ ングは導出した回路モデルを用いて推定でき、実験 により、本提案補償器は幅広い送電電力領域におい て高い送電効率を有することを確認した。

―  ―36

研究チーム報告

【理工学研究部】

高性能エネルギー変換システムの開発

研究チーム名:高性能エネルギー変換システム(課題番号:1 4 5 0 0 9)

研究期間:平成2 6年4月1日~平成2 9年3月3 1日

研究代表者:根葉保彦  研究員:松本洋和、麻原寛之(平成27年3月31日まで)

(11)

  「電力変換回路の安定動作パラメータ設計」では、

主に電力変換器におけるミススイッチングの影響を 検討した。電流制御

DC/DC

コンバータの回路実験 において、スイッチング動作に伴う高周波リプルや スイッチング信号の伝達時間遅れなどのミススイッ チングが、回路動作の定性的性質に影響を及ぼすと の研究成果が報告されている。したがって、ミスス イッチングが電力変換回路の定性的性質に及ぼす影 響を解明し、またミススイッチングを有する電力変 換回路の回路パラメータ設計を行うことを念頭にお き、ミススイッチングを有する電力変換回路に適用 可能な安定性解析手法に関わる基礎要素技術の構築 について以下の取り組みを行った。「ミススイッチ ングを有する断続回路の回路実験」については、ミ ススイッチングの一種であるスイッチング遅れが生 じる断続回路を実装し、ミススイッチングを有する 電力変換回路に適用可能な安定性解析手法の正当性 を実験から検証した。「高次元で記述される合成力 学系に適用可能な安定性解析手法の構築」について は、方程式が高次元で記述され、かつミススイッチ ングを有する電力変換回路に適用可能な安定性解析 手法の先駆け的位置づけである分岐理論に基づく高 次元合成力学系の安定性解析手法の構築を行った。

また、「ミススイッチングが発生し得る断続回路の 基礎解析」については、

PWM-1

制御

DC/DC

コンバー タについて基礎的な検討を行った。

研究業績

根葉保彦,他:単相入力 PWM 電流形コンバータの 三相出力平衡化,電気学会論文誌,

134-D

9

) , 8 3 3 8 3 9,2 0 1 4.

根葉保彦,他:単相

AC-AC

電流形コンバータの改 良回路,電気学会論文誌,

135-D

12

) ,1 2 3 7 1 2 3 8,2 0 1 5.

Matsumoto, H. et al. : A Boost Driver with an Improved Charge-Pump Circuit, IEEE Trans. on Industrial Electronics, 61

7

, 3178-3191, 2014.

松本,他:二層構造三相非接触トランスの提案と検 討,電気学会論文誌,

135-D

5

) ,53 9 5 4 7,2 0 1 5.

Matsumoto, H. et al.: Variable-Form Carrier-Based PWM for Boost-Voltage Motor Driver with a Charge-Pump Circuit, IEEE Trans. on Industrial Electronics, 62

8

,

4728-4738, 2015.

Matsumoto, H. et al.: Switched Compensator for Contact- less Power Transfer Systems, IEEE Trans. on Power Electronics, 30

11

, 6120-6129, 2015.

Matsumoto, H. et al.: A PV Inverter with Charge-Pump Circuit Topology, Proc. of the 19 th International Conference on Electrical Machines and Systems 2016, DS1G-2-3, 2016.

Asahara, H. et al.: Effect of Time Lag in Response to Switching Signal in Interrupted Electric Circuit, Circuits, Systems and Signal Processing, 33

9

, 2695- 2707, 2014.

Asahara, H. et al.: Theoretical and Experimental Analysis of a Simple PWM-1 Controlled Interrupted Electric Circuit, Inter. Journal of Circuit Theory and Applications, 42

(1)

, 53-64, 2014.

麻原寛之,他:区分非線形離散時間力学系における 局所的分岐点の計算法,電気学会論文誌, 134-C

5

) ,7 2 9 7 3 6,2 0 1 4.

―  ―37

(12)

背景と目的

 マクロファージ(

)や

NK

細胞は代表的な免 疫細胞であり、様々な刺激により活性化されて、生 体防御や組織修復などの生理機能を発現する。これ ら免疫細胞の活性化機構を解明することは、炎症性 腸疾患や大腸癌などの病態解明や新規創薬に役立つ ことが期待される。M

Φ

の活性化には、Ca

2+

透過型

TRP

チャネル(

TRPM2

TRPV2

)を介する

Ca2

流 入の関与が報告されているが(Link

et al. Nat Immunol.

11

232-239, 2010, Kashio et al. Proc Natl Acad Sci USA.

109

6745-6750, 2012

) 、免疫細胞活性化に関わる

Ca2

シグナル機序の全容はまだ完全に解明されていない。

本研究では、免疫細胞(

NK

細胞)におけるイ オン輸送体の機能的役割に着目し、免疫細胞活性化 の

Ca2

シグナル機序の解明に迫りたいと考えてい る。

 研究代表者は、イオン輸送体の構造・機能・病態 について長年研究しており、これまでに、塩分摂取 や交感神経亢進による高血圧症や狭心症の発症にイ オン輸送体を介する

Ca2+

動員が重要な役割を果た すことを明らかにしてきた(Iwamoto et al. Nat Med.

10

1193-1199, 2004

) 。また、膵島細胞移植後の早期 膵島障害にイオン輸送体を介する

Ca2+

流入が関与 することを明らかにし、イオン輸送体阻害薬の膵島 細胞保護剤としての可能性を示唆した(Mera

et al.

Am J Transplant. 13

2154-2160, 2013

) 。さらに、イオ ン輸送体遺伝子欠損マウスの中大脳動脈閉塞モデル を用いて、脳虚血再灌流障害にはイオン輸送体を介 する

Ca2+

過負荷が関与していること、またイオン 輸送体阻害薬は脳梗塞への臨床適応の可能性を報告 した(

Morimotoet al. Biochem Biophys Res Commun.

429

186-190, 2012)

。これらイオン輸送体研究に関す る知識、経験および実績は本研究の大きな推進力と なっている。

研究成果

 近年、ミトコンドリア

Ca2

輸送体の分子実体に 関する研究が急速に進展しており、ミトコンドリア のマトリクスに

Ca2

を輸送する

mitochondrial Ca2 uniporter

(MCU)が同定された(Stefani et al. Nat. 476 :

336-340, 2011

) 。また、ミトコンドリアには細胞膜と

異なる

Na

/

Ca2

交換体が発現しており(遺伝子名:

NCLX)

、主要なミトコンドリア

Ca2+

排出系として

ミトコンドリア

Ca2

シグナルに深く関わることが 報告された(Palty

et al. Proc Natl Acad Sci USA. 107

436-441, 2010

) 。しかし、免疫細胞活性化の

Ca2

シ グナル機序に関わるミトコンドリア

Ca2+

輸送体

MCU

NCLX

)の役割については、現在まだ明らか にされていない。そこで、本研究では、免疫細胞活 性化におけるミトコンドリア

Ca2

制御機構の役割 を明らかにするため、MCU および

NCLX

欠損マウ スの作製に取り組むことにした。

 

MCU

欠損マウスの作製:

MCU

の野生型ゲノム断 片をクローニングし、その

exon 5,6 を loxP

配列で 挟み、ネオマイシン耐性遺伝子(

neo

)を挟んだ配列 を挿入した相同組換え用ベクターを作製した。

ES

細 胞で相同組換えを行い、相同組換え確認した後、遺 伝子欠損マウスを得た(下図・上段)。MCU ホモ欠 損マウスは、胎生致死となるため、実験にはヘテロ 欠損マウスを使用した。

 

NCLX

欠損マウスの作製:

NCLX

の野生型ゲノム 断片をクローニングし、その

exon 1,2

loxP

配列

―  ―38

研究チーム報告

【生命科学研究部】

炎症性細胞応答におけるイオン輸送体の機能的役割

研究チーム名:炎症応答のカルシウム制御機構(課題番号:1 4 6 0 0 2)

研究期間:平成2 6年4月1日~平成2 9年3月3 1日

研究代表者:岩本隆宏  研究員:田頭秀章(平成27年3月31日まで)、後藤雄輔(平成27年4月1日~平成27年7月31日)、       深水康吉(平成27年10月1日~平成28年3月31日)、

      奥田裕子(平成28年4月1日~平成28年12月31日)、東大二郎

(13)

で挟み、ネオマイシン耐性遺伝子(

neo

)を挟んだ配 列を挿入した相同組換え用ベクターを作製した。

ES

細胞で相同組換えを行い、相同組換え確認した後、

遺伝子欠損マウスを得た(下図・下段) 。

NCLX

ホ モ欠損マウスにおいて

NCLX

遺伝子発現が抑制され ていることを確認するため、

NCLX

ホモ欠損マウス および野生型マウスより心臓、血管および腎臓を摘 出してリアルタイム

PCR

を行い、

NCLX

ホモ欠損 マウスのこれら臓器において

NCLX

遺伝子発現がほ ぼ完全に抑制されていることを確認した。  

 現在、

MCU

欠損マウス、

NCLX

欠損マウスおよ び野生型マウスから調製した骨髄由来 M

Φ

、NK 細 胞を用いて、

real-time PCR

western blot

、免疫染色 により各イオン輸送体の発現・局在を解析している。

さらに、免疫細胞のイオン輸送機能について

45Ca2

フラックスおよびイオン電流により評価している。

また、免疫細胞の貪食能、遊走能、ケモカイン・サ イトカイン産生能、活性酸素産生能、アポトーシス 誘導能について検討し、各種イオン輸送体阻害薬の 影響を調べる予定である。さらに、MCU 欠損マウ

ス、

NCLX

欠損マウスおよび野生型マウス間での各 種免疫機能の比較実験も実施している。

 次に、炎症性大腸炎・大腸癌モデル動物の病態形 成におけるイオン輸送体の役割を検討するため、

MCU

欠損マウス、NCLX 欠損マウスおよび野生型マウス を用いて、

DSS

誘導性大腸炎モデルを作製し(

Okayasu et al. Gastroenterology. 98

694-702, 1990)

、各種病態 解析(体重減少・生存率、組織傷害、

集積、ケ モカイン・サイトカイン産生)を実施する予定であ る。また、

DSS

処置した

MCU

欠損マウス、

NCLX

欠損マウスに野生型マウスから調製した骨髄由来

を尾静脈から注入する移植実験も実施したいと 考えている。また、大腸癌モデル実験によりイオン 輸送体の免疫学的役割を解明するとともに、各種イ オン輸送体阻害薬の大腸癌予防効果・治療効果につ いて検証実験を実施する。

 これらの結果より、免疫細胞活性化におけるイオ ン輸送体(特に、ミトコンドリア

Ca2+

制御機構)

の役割を明らかにする予定である。

―  ―39

(14)

研究業績

Nishiyama K, Tanioka K, Azuma YT, Hayashi S, Fujimoto Y, Yoshida N, Kita S, Suzuki S, Nakajima H, Iwamoto T, Takeuchi T.

 

Na

/

Ca2exchanger contributes to stool transport in mice with experi- mental diarrhea.

 

J Vet Med Sci. 79

403-411, 2017.

Tashiro M, Watanabe Y, Yamakawa T, Yamashita K, Kita S, Iwamoto T, Kimura J.

 

Suppressive effect of carvedilol on Na

/Ca

2+exchange current in isolated guinea-pig cardiac ventricular myocytes.

 

Pharma- cology. 99

40-47, 2017.

Fujimoto Y, Hayashi S, Azuma YT, Mukai K, Nishiyama K, Kita S, Morioka A, Nakajima H, Iwamoto T, Takeuchi T. Overexpression of Na

/Ca

2+exchanger 1 display enhanced relaxation in the gastric fundus.

J Pharmacol Sci. 132

181-186, 2016.

Yamashita K, Watanabe Y, Kita S, Iwamoto T, Kimura J.

Inhibitory effect of YM-244769, a novel Na

/Ca

2+

exchanger inhibitor on Na

/

Ca2exchange current in guinea pig cardiac ventricular myocytes. Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol. 389

1205-1214 , 2016.

Nishiyama K, Azuma YT, Morioka A, Yoshida N, Teramoto M, Tanioka K, Kita S, Hayashi S, Nakajima H, Iwamoto T, Takeuchi T. Roles of Na

/

Ca2exchanger isoforms NCX1 and NCX2 in motility in mouse ileum. Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol. 389

1081-1090, 2016.

Azuma YT, Hayashi S, Nishiyama K, Kita S, Mukai K, Nakajima H, Iwamoto T, Takeuchi T.

 

Na

/

Ca2 exchanger-heterozygote knockout mice display increased relaxation in gastric fundus and accelerated gastric transit in vivo.

 

Neurogastroenterol Motil. 28

827-836, 2016.

Wei J, Watanabe Y, Takeuchi K, Yamashita K, Tashiro M, Kita S, Iwamoto T, Watanabe H, Kimura J.

Nicorandil stimulates a Na

/

Ca2 exchanger by activating guanylate cyclase in guinea pig cardiac myocytes.

 

Pflugers Arch. 468

693-703, 2016.

Shinoda Y, Tagashira H, Bhuiyan MS, Hasegawa H, Kanai H, Zhang C, Han F, Fukunaga K.

 

Cortico- steroids mediate heart failure-induced depression

through reduced σ1-receptor expression.

 

PLoS One 11

e0163992, 2016.

Shinoda Y, Tagashira H, Bhuiyan MS, Hasegawa H, Kanai H, Fukunaga K.

 

Haloperidol aggravates trans- verse aortic constriction-induced heart failure via mitochondrial dysfunction.

 

J Pharmacol Sci. 131

172-183, 2016.

Gotoh Y, Kita S, Fujii M, Tagashira H, Horie I, Arai Y, Uchida S, Iwamoto T. Genetic knockout and phar- macologic inhibition of NCX2 cause natriuresis and hypercalciuria. Biochem Biophys Res Commun.

456

670-675, 2015.

Kita S, Tagashira H, Gotoh Y, Fujii M, Iwamoto T.

Phosphoinositide analysis using the HPLC system equipped with a fraction collector and the TSKgel SAX column. Med Bull Fukuoka Univ. 42

175- 181, 2015.

Wang Y, Chen L, Li M, Cha H, Iwamoto T, Zhang J.

Conditional knockout of smooth muscle sodium calcium exchanger type-1 lowers blood pressure and attenuates angiotensin II-salt hypertension.

 

Physiol Rep. 3

e12273, 2015.

Fukunaga K, Shinoda Y, Tagashira H. The role of SIGMAR1 gene mutation and mitochondrial dys- function in amyotrophic lateral sclerosis. J Phar- macol Sci. 127

36-41, 2015.

Nishiyama K, Morioka A, Kita S, Nakajima H, Iwamoto T, Azuma YT, Takeuchi T.

 

Na

/

Ca2 exchanger 1 transgenic mice display increased relaxation in the distal colon.

 

Pharmacology. 94

230-238, 2014.

Sakai Y, Hashimoto M, Enkhjargal B, Mitsuishi H, Nobe H, Horie I, Iwamoto T, Yanagimoto K. Effects of Krill-derived phospholipid-enriched n-3 fatty acids on Ca2+ regulation system in cerebral arteries from ovariectomized rats.

 

Life Sci. 100

18-24, 2014.

Tagashira H, Bhuiyan MS, Shioda N, Fukunaga K. 

Fluvoxamine rescues mitochondrial Ca2 transport and ATP production through σ1-receptor in hyper- trophic cardiomyocytes.

 

Life Sci. 95

89-100, 2014.

Moriguchi S, Tagashira H, Sasaki Y, Yeh JZ, Sakagami H, Narahashi T, Fukunaga K.

 

CaMKII activity is essential for improvement of memory-related

―  ―40

(15)

behaviors by chronic rivastigmine treatment.

 

J Neurochem. 128

927-937, 2014.

Islam MR, Moriguchi S, Tagashira H, Fukunaga K.

Rivastigmine improves hippocampal neurogenesis and depression-like behaviors via 5-HT1A receptor stimulation in olfactory bulbectomized mice.

Neuroscience 272

116-130, 2014.

―  ―41

参照

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