反トラスト政策の原理に関する一考察
その他のタイトル A Note on the Principles of American Anti‑trust Policy
著者 越後 和典
雑誌名 關西大學經済論集
巻 14
号 3
ページ 305‑329
発行年 1964‑09‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/15394
30S
複雑にして包括的な︑
二 五
同国の公共経済政策 アメリカの反トラスト政策が経済問題の領域にとどまらず︑反トラスト法の解釈と適用をめぐる法律的・行政的
諸 問
題 や
︑
競争制度の優位性に関する政治哲学上の問題等を含んだ︑
( 1 )
( p
u b
l i
c
e c
o n
, o
m i
c
p o
l i
c y
)
の︑早乎も昔年要とはいえないが︑しかし主要な一部門を形成していることは︑諸家の指摘
する通りである︒
この政策はその性格上︑種々の観点から︑様々な問題領域との関連において取上げ︑これを評価しうるし︑また
そうすることを必要とするのであるが︑ここではさしあたり︑べ︑イン ( J .
S .
B
a i
n )
の説くところの︑いわゆる産業
( 2 )
組織論の見地からのアプローチを試み︑公共経済政策としてのこの政策の原理的特質を︑基本的な点において把握
することに目標をおきたいと考える︒
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶
越
反トラスト政策の原理に関する一考察
後
和
典
( a t m i s t i c )
寡占的
( o l i g o p o l i s t i c )
独占的
( m
o n
o p
o l
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t i
c )
産 業
に ︑
Rを基準とすれば︑ その産業におけるすべ 争上の諸制約を意味する︒ ける売手︵買手︶の数と規模別構成︒ R生産物差別の程度︑ その最も重要な要因と考えられるものは︑ ①売手︵買手︶の集中度︑即ち特定市場にお び市場成果
( m
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k e
t
p e
r f
o r
m a
n c
e )
の三側面からの考察を必要とする︒
念を要約することからはじめよう︒
市場構造とは︑諸企業の競争関係を規制している市場の諸要因と︑ その特徴を意味する︒換言すれば︑企業がそ
の政策を決定するさいに考應に入れることを必要とする長期的な︑或は極めて徐々にしか変化しないところの︑競
び 困
難 さ
︑
即ち売手の生産物が︑同種の生産物であっても︑買手
からは同一ではないと考えられる程度︒⑧市場への参入の条件︑即ち新しい売手が市場へ参入することの容易さ及
( 3 )
こ れ
で あ
る ︒
産業はこうした諸要因の特徴を基準として種々に分類することが可能である︒例えば︑①を基準として︑原子的
ての売手の生産物が同一である
( h o m o g e n e o u s )
産業と︑デザイン・品質・商標等で差別の行なわれている産業に︑
⑧を基準とすれば︑参入の容易な産業・かなり困難な産業・参入阻止的産業等に︑
( 4 )
よ う
︒
それぞれ細分類することができ
第二に市場行動というのは︑企業が市場に適応し︑或は市場を調節する場合にとるビヘビァーの型︑といった意
( 5 )
味に理解して誤りないであろう︒その主要な諸側面は︑企業を売手に限定する場合︑次のごとくである︒ ①価格•生産量の計算・決定において、企業・企業グループにより採用される原則・方法。②企業・企業グループ ベインが明らかにした如く︑ 鵬西大學﹃繹済論集﹂第一四巻第三号
われわれはまずここで︑ 一国の産業組織は︑市場構造
( m a r k e t
s t
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c t
u r
e )
・ 市 場 行 動
( m
a r
k e
t
c o
n d
u c
t )
・ 及
それらの基本的概
二 六
307
という点にある︒ の生産物政策。⑧同じくその販売促進政策。④競争企業間における価格•生産物・販売促進政策に関する協調的行
( 6 )
為ないし調整的諸手段︒⑥既存の競争者・潜在的参入者に対する掠奪的・排他的戦術︒かかる市場行動の諸側面は
このほかにも例示することが可能であるが︑ここでは市場行動の概念の理解に資することができれば充分である︒
一定の市場構造の下における一定の市場行動によって、もたらされる価格•生産量•生産
コスト・利潤•生産物の品質やデザイン等々、における最終結果という意味である。
二 七 R生産物差別の さ。④デザインの選択・品質の水準·―市場内の生産物の多様性等を含む生産物の特徴。⑥生産物•生産技術の両 ・企業の規模︑過剰生産能力等との関連における生産の相対的効率︒⑧生産費用に比しての︑販売促進費用の大き 従ってその主要な側面としては次のものが考えられる︒①生産の平均費用に比しての価格・利潤の高さ︒②工場
( 7 )
面における企業・産業の進歩の率︑等々︒
さて市場構造・行動・成果の各概念は概ね以上の如くであるが︑問題はこの三者の関係がいかなるものであるか
一見してわれわれはそこに密接な相互関係が存在するであろうことを想像しうる︒
事実︑周知の完全競争理論は︑或る意味において以上の三者の関係を明確にしている一典型であるといえよう︒
即ち︑いま三者の関係を完全競争理論の説くところにあてはめると︑次の如く規定することができる︒
この理論は①多数の小規模な売手︵買手︶の存在︑ まず市場構造に関しては︑
存せざること︑⑧労働力と資本の移動が自由であり︑参入・離脱に対する障壁
( b
a r
r i
e r
)
が存せざること︑を前提
する︒つぎに市場行動に関しては︑企業のすべてが市場の状態を知り︑かつ独立して行動すること︑即ち企業間に
いかなる共謀・協定も存在しないことを前提する︒しかる後︑かかる前提の下に行なわれる競争において︑期待さ
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶ 第三に市場成果とは︑
即 ち 原 子 的 産 業 ︑
‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ― ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑̲ ‑ . ‑ ̲
隔西大學﹃網済論集﹄第一四巻第三号
れる市場成果として次の諸点をあげるのである︒①国民経済全体の効用が最大になること︒即ち②生産に投ぜられる
資源が最も有効に活用されること︒③長期的には価格が最低平均生産費
( l o w e s t a v e r
a g e t o t a l u n i t c o s t o f p r o d u c t i o n )
に等しくなり︑従って長期的には超過利潤は存在せざること︒④利用されない生産能力は存在しえず︑従って資源
( 8 )
の完全雇用が達成されること︒
つぎに完全競争の対極をなす純粋独占の場合はどうであろ 1 つか︒この場合は単一の売手が市場価格の完全支配力
をもっているわけであるから︑彼はその費用との関係で最も有利な価格を選択できる地位にあるといえる︒おそら
く彼は自己の総利潤︑ 従ってその産業の総利潤を最大ならしめる点で︑
独占者の行動から予想されうる成果としては︑ その生産量を決定するであろう︒
価 格
は 高
く ︑
限と独占的利潤の発生が不可避となろう︒しかしこの場合︑工場・企業の規模は大きいことが予想されるが︑それ
が適限規模を越えるならば︑規模の経済性という見地からは︑多数の小規模企業の存在を前提とする完全競争の場
(9) 合に比し︑その優劣を予断することはできない︒その判断には産業別の具体的な実証的研究を必要とすることにな
ところで現実のアメリカ経済には︑完全競争のモデルも純粋独占のモデルも適用することはできない︒現実は種
々な程度における生産物差別・参入障壁を有する寡占的構造を特徴としているからである︒
( 1 0 )
この場合オリゴポリストは︑或る意味では完全競争と純粋独占の中間に位置しているといえよう︒即ち彼等は売
手企業相互間の競争に直面している点において後者とは異なる︒他面︑各売手企業の供給量がそれらを自己調節す
ることによって︑市場価格に直接影響を及ぼすほど大きく︑かつ売手企業間では︑或るオリゴボリストの行なう生産 ろ
う ︒
完全競争の場合に比して︑ 生 産 量 は 少 な く ︑
ニ 八
生産制 かかる
309
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶
る場合︑③共謀や協定が極めて不完全な場合︑③競争企業間に新しい政策を採用する危険をおかすよりも現状を維
持しようとする一種の膠着状態がみられる場合︑④競争者の弱体化・排除のため︑積極的・公然たる価格競争を展
(12)
その期待されうる成果には相違が生じてくる︒ 開している場合等によって︑
寡占的相互依存性の強い場合や①の場合には︑市場成果は殆んど独占に近いであろうし︑寡占的相互依存性が弱い
場合︑④の場合には︑完全競争に近い成果を期待することが許されるであろう︒②・③の場合は︑さらにいくつか
の仮定をもうけて分析を行なわねば結論は引き出しえない︒概して寡占の場合は︑
関係が複雑であり︑ これが究明は実証的研究にまつところが大きいのである︒しかしそうした実証的研究は本稿の
課題ではない︒本稿ではただ次の点を明確にしておけばたりる︒
即ち以上の若干の挙例からも推察されうるであろう如く︑若し一定の市場構造は特定の市場行動を誘発し︑逆に また市場行動のみについても︑ の明示の協定を必要とせざるをえないであろう︒
例 え
ば ︑
①有効なる明示または黙示の共謀︑或は協定が存在す さらに寡占といっても︑
市 場
構 造
が ︑
り︑その市場行動の型も異ならざるをえない︒例えば少数の企業が非常に高い占拠率を保っている場合には︑企業
( 1 1 )
間の相互依存性は強く︑明示の協定を必要とせずして協調行為をとりうるであろう︒しかし寡占といっても︑比較
的占拠率が低く︑競争企業の数も多い場合には︑寡占的相互依存性は弱く︑協調行為をとるためには︑カルテル等
そ の 型 の 相 違 ︑ 市 場 集 中 度 ︵ 占 拠 率 ︶ 量・販売価格の調整に対し︑競争者たる他のオリゴボリストの反応を期待しうる点において︑換言すれば︑寡占的 相互依存性が存在する点において︑前者の完全競争の場合と異なる︒
二 九
その市場構造・行動・成果の諸 生産物差別・参入障壁の程度において異なるかぎ
゜
. . .
.ためには︑少なくとも次の三点の明確化が必要とされる︒ 直接的規制を手段とするものであるから︒ 現︶は︑自由放任によっては不可能であり︑ 濶西大學﹃繹済論集﹄第 1 四巻第三号
一定の市場行動が特定の市場構造を招来し︑
係が或る程度明確化されうると仮定すれば︑特定の市場成果を招来する目的をもって︑市場構造・行動を規制する
ことは論理的に成立しうるということ︑ 一定の市場構造・行動が特定の成果を招来するという︑三者の相互関
これである︒換言すれば︑公共経済政策の見地から特定の実現可能にして︑
( 1 3 )
かつ望ましい市場成果を政策の目標として設定し︑それを招来する競争を実効競争
( w
o r
k a
b l
e
c o
m p
e t
i t
i o
n )
と称す
るならば︑そうした成果︑即ち実効競争的成果を達成する手段として︑
度明確化することが可能となるであろう︒
多少先走った一般化が許されるならば︑ いわば実効競争的市場構造・行動を或る程
アメリカの反トラスト政策とは︑以上の如き意味において︑或る種の望
ましい成果を招来せんがため︑市場構造・行動の両面の規制を手段として採用するところの︑公共経済政策の一体
系であると規定できる︒
反トラスト政策はそれゆえ︑次の二点を基本的前提として成立しうる︒第一は反トラスト政策の目標︵実効競争の実
競争維持・独占阻止の政策が必要であるという認識これである︒第二
は直接的な市場成果それ自体に対する規制を避け︑間接的に市場構造・行動の規制を通じ︑所期の目標を達成する
方がより望ましいという認識これである︒後者の点において︑反トラスト政策は同じ公共経済政策の一部門を形成
するところの︑いわゆる公益事業等に対する政策とは原理的に異なるものである︒けだしそれは市場成果に対する
反トラスト政策の基本的性格を以上の如く把握するならば︑この政策の性格のさらに厳密なる検討ないし評価の
゜
3 I I
①この政策において追求される具体的目標︑即ち実効競争的市場成果の内容とその性格︒③手段としての実効競
争的市場構造・行動の内容と性格︒⑧目標・手段との間の関連性の明確化の限界︑即ちこの政策の基本的限界︒以
下節をあらため︑ これらの諸点を検討しよう︒
( 1 )
例えばメイスンはケイゼンの著書に序文を寄せ︑﹁愚かしい政策が経済機能に与る影響という点からいぇば︑反トラスト 政策よりも、労使関係・経済安定政策の如き政策がより重要である」と述べている。興味ある指摘である~Kaysen
a n d
T u
r n
e r
, A
n t
i t
r u
s t
P o l i c y P . , x i .
•
( 2 )
本 稿 は B a i n , I n d u s t r i a l O r g a n i z a t i o n に 負 う と こ ろ が 多 い
︒
( 3 )
B a
i n , o p . c i t . P . 8
,
P .
2 6 5 .
なお彼は市湯構造の要因として︑この性か附随的に市場の地理的構造・商品の耐久度・産業需
要の傾向をあげているが︑最も重要な要因は本文の三つである︒またメイスンは生産物の経済的性格・費用及び生産の特
徴・売手及び買手の数と規模・参入の難易・需要条件・配給経路の差異をあげている︒Mason,
E c
o n
o m
i c
C o n c e n t r a t i o n
g d
M o
n o
p o
l y
Problem•
p p .
65 │
6 6
. 邦語文献では北原勇氏の力作﹁市場構造と価格支配﹂︵慶応﹃経済学年報﹄5)を
参照のこと︒
( 4
)
B a i n , o p c i t . . p .
3 4 .
( 5 ) I b i d s p p .
6
ー1 0 .
( 6
)
例えば①明示の共謀または協定の有無︑③慣行等による黙示の共謀の有無︑プライス・リーダーツップの有無︑⑧共謀・
協定の完全さ不完全さ︑④いわゆる寡占的相互依存性の有無等をその内容とする︒
( 7
) I
b i
d .
"
p p .
1 1
1
1 2 .
( 8 ) I U d .
;
p .
2 9 .
( 9
) I
b i
d .
︑ p .
3 0 .
( 1 0 )
寡占の範囲は非常に広いから︑現状分析のためには︑その目的︵例えば価格支配の可能性の検討︶に即して︑寡占をさら
にいくつかに分類することを要する︒ペインは﹁非常に高度の集中度﹂から﹁低位集中度﹂にいたるまで︑六つの型に市
場分類を行なっている︒︵同書︱二四ー三三頁︶︒
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶
三
( : : )
長期にわたる独占的超過利潤も︑ その逆の損失も存在せざること︒これは価格が長期的には限界費用と一致 の効率的な利用という経済政策一般の目標と合致するものである︒ が︑できるかぎり最上の効率的規模︵適限規模︶の工場・企業によって供給され︑効率の点から見て大きすぎたり︑ 小さすぎたりする規模の工場・企業によって供給される財がないこと︒また各企業は慢性的な過剰設備を有せず︑ その全体としての企業の設備能力が︑市場の需要に適合しているような状態を維持していること︒このことは資源
日 ( 1
1 )
いわゆる寡占的
p a r a l l e l i s m
と呼ばれるものがこれに当る︒
( 1 2 )
B a i n ,
o p . c i t . p p 30 .
—
31.
( 1 3 )
実効競争の概念︑その把握における構造的視点と成果視点については︑小西唯雄氏の力作﹁反独占政策の経済学的規準﹂
及び﹁有効競争論における問題点﹂︵﹃経済学論究﹄第一六巻第一号及び第三号︶が詳細にして正確な紹介と︑論評を加 えているので︑ここでは一切の説明と議論を省略する︒ただ念のために一言すれば︑本稿の立湯は︑ペインに従い実効競 争的市湯成果を反トラスト政策の目標規定とし︑実効競争的市湯構造をその手段において把握する立湯をとる︒実効競争 の基準として構造的基準を成果基準と同列におき︑その優劣を論じようとする立湯はとらない︒
反トラスト政策の目標としての望ましい市場成果とは何であるか︒この問題に関し︑同国の反トラスト法自体は
特別の規定を設けているわけではない︒それ故本稿では︑代表的な学者の見解と思われるものをとり上げることか
( 1 )
ら考察を進める︒まずベインはこれに関し具体的に次の六項目をかかげている︒しばらく彼の説を聞こう︒
一産業内における工場・企業の利用率及び規模における効率が極めて高いこと︒換言すれば一産業の生産物 賜西大學﹃穂済論集﹄第一四巻第三号
313
四
公正な所得配分︒
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶
回生産及び雇用における安定性︒
物の生産等がその具体的内容をなす︒
口 H 因
も︑低過ぎることもないこと︒これも資源の効率的利用という点と密接に結びついている︒
抽出産業
( e x t r a c t i v e
i n
d u
s t
r y
)
の場合には︑資源の浪費の行なわれざるよう︑適切なる管理の慣行と政策が
存在すること︒
以上のベインのかかげる目標に対し、ケイゼン及びターナ (C•
K a
y s
e n
n a d D•
F .
T u
r n
e r
)
は次の四項目を望まし
( 2 )
い経済成果の内容をなすものとして示している︒
資源の効率的な利用︒即ち利用できる資源から望ましい生産物の最大量を生産すること︒
進歩性︒即ち総生産高の増大︑ 一人当り生産高の増大︑新しいより低廉な生産方法の発展︑改善された生産
国
き出されうる性格のものである︒
生産物の質・デザインが望ましいレベルとバラエティを保ち︑消費者の希望するところよりも高過ぎること
四
ての経済的進歩の促進という経済政策一般の目標と合致する︒ 曰 する状態を意味する︒かかる価格と費用との関係は資源の合理的配分を意味し︑消費者にとっても最も有利な状態 を
示 す
改善された、或は新しい技術•生産物の発展・革新における適度の進歩性がみられること。これも全体とし ︒
過当な販売費用の欠如︒これは資源の効率的な利用という一般的な経済政策の目標から︑ いわば系として導
量
H 口国国因及びケイゼンのいう H
国 国
は ︑
いかなる売手企業も︑ 商標その他を通じて半ば独占的な地位を確保で 以上のベイン及びケイゼンの列挙している目標から一見して知られることは︑彼等のいう反トラスト政策の目標
一般的な経済政策の目標とほぼ同様であるのみならず︑それらは結局において︑資源の効率
的な利用・配分の問題と︑経済的進歩の達成という二大目標に要約されうるということである︒ベインのかかげた
ひっきょう資源の利用・配分の問題︑ないしはそれと不可分の関係にあ
る問題であり︑ベインのいう曰及びケイゼンの口はまさしく経済的進歩の問題にほかならない︒
そこでまず資源の利用・配分に関し︑ややたちいった検討を試みよう︒前節でわれわれは︑完全競争下において
期待されうる市場成果の内容を述ぺたが︑ いまそれをベイン及びケイゼンのかかげる目標と比較するならば︑両者
の内容は酷似しているといってよい︒この点に関し反トラスト政策が︑資源の利用・配分に関する限り︑完全競争
( 3 )
的成果の実現を目標としていると評しても過言ではない︒
しかし前節で指摘した如くアメリカ経済の現実は寡占的構造を特徴としている︒従って現実の企業には︑規模の
経済性•生産物差別化・寡占的協調等による利潤増大の可能性が存在する。それ故各企業は多少とも市場支配力を
( 4 )
行使する立場におかれているとせねばならぬ︒このような現実において︑もし完全競争的成果を︑従って完全競争
的市場構造を実現しようとするならば︑ いかなる売手企業・企業グループも市場支配力を行使しえないほどに企業
を分割•原子化 (atmize) せねばならぬし、
きないように生産物の個性を殺し︑これを標準化せねばならぬであろう︒
かかるドラスチックな政策はアメリカの経済の基本構造そのものの否定に等しく︑決して実現可能な政策目標と
は考えられない︒のみならずそれが果して社会的に望ましいものであるかどうかにも大きい疑問が生ぜざるをえな がその性格において︑ 躙西大學﹃麓済論集﹄第一四巻第三号
四
315
場構造とは相容れぬ構造をここでも前提とせねばならぬ︒
五 ルの実現をめざしているとはいえない︒ベインはかく考えているようである︒ 上の如く考えてくれば︑反トラスト政策は一見完全競争的成果の実現を目標としてはいるが︑決して完全競争モデ のバラエティや品質水準等のいわゆる生産物成果の達成の点から見れば︑決して望ましいものでないのである︒以 の意味をもつにすぎず︑現実の動態的過程に適用されうるものではない︒とりわけ規模の経済性の実現及び生産物 非難するに当らない︒これらの諸点を考慮すれば︑完全競争的構造は資源配分に関する︱つの静態的モデルとして 一概にこれを に特定の銘柄・商標や寡占的競争下の特殊なサービス等は︑消費者の欲望の充足という観点からは︑ という点で︑独占が費用との関係では︑むしろ望ましいと考えられる場合すらありうるであろうからである︒さら はなく︑逆にかなりの規模の大企業が要求されるであろうし︑或る産業では投資の重複化・競争の浪費を回避する い︒けだし低費用と能率的生産・分配のためには︑経済・研究活動の多くの分野において︑原子化された小企業で
第二に反トラスト政策のいま︱つの最大目標たる経済的進歩の促進についてはどうであろうか︒経済的進歩の中
心をなすものは︑技術的進歩であるが︑完全競争モデルの前提とする多数小規模企業ではなく︑むしろ寡占的形態
( 5 )
における大規模企業こそ︑技術的進歩を受入れ︑かつこれを促進する最適構造をもっとする有力な説の存在すること
も周知の通りである︒もしこの説に真理があるとすれば︑反トラスト政策の目標は︑完全競争モデルの前提する市
反トラスト政策のかかげる二大目標と考えられているものの性格は︑およそ以上の如くであるが︑次にこの二大
目標のうち︑反トラスト政策はそのいずれにより重点をおこうとするのであろうか I この問題の検討に移る︒
( 6 )
この問題については︑ボルドウイン
( W . L
B a .
l d w i
n ) も指摘する如く︑二つの目標について︑いまだ客観的な比較
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶
朦西大學﹃網済論集﹄第一四巻第三号
を行ないうるほどの充分な方法は生み出されていない︑というのが事実であろう︒現状では彼のいう如く︑むしろ
それは各人の哲学的・倫理的・政治的オリエンテイションによって異なるといった方が適切であるかも知れない︒
例えばシュンペーターの如き学者にとっては︑資本主義のダイナミックスによって招来される創造的破壊・革新
による経済的発展に比すれば︑資源の配分や完全雇用の問題の如きは︑さして重要な問題として意識されないであ
( 7 )
ろう︒ガルプレイスもほぼシュンペーターと同様の考え方を示しているといってよい︒
(8) 即ち彼は次の如く論じる︒︱つの経済制度は次の六つの意味における効率に適合することを必要とする C 第一に
最小の費用で最大の生産を行なうという意味での効率︑第二に社会の必要とする特定のものを︑特定の必要量だけ
生産するという意味での効率︑第三に働きうる能力と意思を有する労働者を完全に雇用するという意味での効率︒
第四に資源を生産と消費に適当に割りふるという意味での効率︑第五に新しい能率的な生産方法の採用が奨励され
るという意味での効率︑第六に新しい生産技術・新製品を生産するところの調査・研究と技術的進歩のために充分
彼はかく効率の意味を分類した上で︑競争モデルはこの最後のものを除くと︑大体において効率の基準に適合す
る︒しかし第一から第五までの意味における効率は︑アメリカの如き富裕なる社会においてよりも︑むしろ貧困に
悩む社会において︑より重要な意義を有する︒アメリカの如きオビュレント・ソサエティにおいては︑それらは些
末な問題にすぎないといってよい︒経済学者は第一から第五までの︑古い意味での効率や資源配分の問題にとりつ
る と
同 時
に ︑
かれ過ぎていたきらいがある︒彼はかく論じ︑第六の意味における効率︑即ちシュンペーターのいう革新を強調す
アメリカ社会の当面する問題が競争モデルの意味する古い経済的効率ではなく︑政治的な力の効率の な準備がなされるという意味での効率がそれである︒
六
317
するものではない︒実際問題として政策の具体的目標を考える場合︑
すなわち︑まず経済の進歩性という目標を具体的な政策目標として考える場合︑
七
問題にあることを鋭くつくのである︒
( 9 ) ( 1 0 )
こうした考え方に対しエドワーズ
( C
. E d w a r d s )
やストッキング
( G
. W . S t o c k i n g
) ︑或はワトキンス
( M .
W a t k i n s )
等の伝統的な競争理論を固執している学者が︑資源配分の問題をより重要視していることは論をまたない︒資源の
利用・配分の問題に力点をおくか︑経済的進歩・革新を重視するか││二大目標の選択の順位については論者によ
しかし理論的に順位がつかないということは︑実際の政策において二大目標が平等に取扱われていることを意味
いわばそこに自らなる順位が生ぜざるをえな
この望ましい市場成果の実現に
は︑企業間の競争が大きい役割を果たすことは勿論であるが︑同時にそれには革新的技術・新生産物の創造に対す
る政府の研究費支出•財政投融資·税制面での優遇・科学教育技術振興策、さらには消費者の選好等の影響が大き
( 1 1 )
く︑それが反トラスト政策以外の政策の目的である場合も多い︒のみならず経済の進歩性というとき︑
一 体
何 を
基
準としてこれを測定しうるか︑という極めて困難な問題に逢着する︒ベインのいう﹁適度﹂の進歩性の適度とは何
かは全く不明確といわざるをえない︒勿論近年︑品質改善の問題を計測の対象とする試み等がないわけではない
が︑いやしくも政策の目標たりうるほどの説得的な基準が設定されるほどに研究が進んでいるわけではない︒して
みればこの目標はポリシー・メーカーにとって著しく具体性を欠くことになる︒政策目標が具体性を欠くならば︑
それは有名非力なものといっても過言ではなかろう︒この意味において︑経済の進歩性の促進は少なくとも第一順
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶ い事情の存在することに注意せねばならぬ︒ ってことなり︑意見の一致は容易にえられそうにない︒
いわゆる過当競争ないし破壊的競争
( d e s t r u c t i v e competition) と結びつく慢性化した低利潤•
の状態を除去・矯正すること︒
( 1 ) B a i n , o p c i t . . , p p .
460
ー4 6 3 .
( 2 ) K a y s e n a n d T u r n e r . o p . c i t . , p p .
1 1
ー
‑ 2 2 .
ケ イ ゼ ン 及 び タ ー ナ ー の 共 著 た る 本 書 は
︑ メ イ ス ン が 序 文 に 書 い て お く よ
曰 口 つぎに資源の利用・配分に関する目標についてはどうであろうか︒具体的に適用しうる基準が不明確であるとい
う点においては︑ ベインのあげた、過当な販売費用•生産物の質及びデザインにおける望ましいレベルとバラエテ
ィの如き項目も同様である︒さらにケイゼンの列挙する生産・雇用に関する安定性や公正なる所得分配といった望
ましい成果の実現は、金融•財政政策や租税政策の主たる目標でもあることに注意したい。そうした成果の実現に
ついて反トラスト政策の寄与するところは︑
かくて︑具体的適用の規準が不明確なもの︑及び他の政策の主たる目標たるべき性格のものを除くと︑資源の利用
・配分に関する目標のうちでも︑反トラスト政策固有の具体的目標たりうるものは︑結局のところ次の如きものに
(12)
限定されることになろう︒
規模の経済性の見地からして︑大き過ぎたり小さ過ぎたりする企業が︑
割合を供給しているという事実︑及び不況産業
( d i s t r e s s e d i n d u s t r y )
における慢性化した過剰設備・非能率的技術
の残存等によって示される理想的な生産効率からの背離を矯正・排除すること︒
H
長期的な独占的超過利潤の存在と独占的価格設定の傾向を防止・排除すること︒ 位におかれるものとはいえない︒
賜西大學﹃網済論集﹄第一四巻第三号
ないし純損失 メイスンも指摘する如く︑決して大きいとは考えられない︒
その属する産業の生産物のかなりの
八
319
う に
︑ M .
A d
e l
m a
n ,
J .
B a i n R . , B i s h o p ,
R .
B o
w i
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,
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L i n t n e r , E . M
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, A
.
S a c k s ,
D .
T r a
u t
m a
n ,
D
.
T u
r n
e r
等一流の法学者・エコノミストの数年にわたる研究討論の産 物であるという意味において︑代表的見解を示す葺物として坂上げるに値する︒とこるで本書では反トラスト政策の目標 は︑本稿で引用した四項目を包括する︑①﹁経済的成果﹂の促進の低かに︑③市湯規制部門における競争過程の維持と促 進︑⑧公正なる競争の基準設定とその維持︑④巨大企業の不当なる成長の防止の合計四目標をもっとしている︒②⑧④は
①の望ましい経済的成果をもたらすための手段としてのみならず︑それ自体①と併列的におかるぺきいわば自己目的とし て把握されている点において︑特徴ある目標規定であり︑或る意味において競争政策としての反トラスト政策の特質をつ
いているといえるが︑四目標の関係とその比重についての論及は不明確である︒
( 3
) U
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A t
t o
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A n
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t L a w s
,
R e
p o
i ̀ t の見解を示している︒即ち︑ .も︑ほぽ同紐 i
①価格が短期的には需要と費用の影響を反映し︑資源の流れを最も生産的な用途に導くこと︑③技術的改善・効率.費用
低下を促進せしめるよう積極的に機能すること︑●③公正なる所得分配︑④弾力的価格によって起る産業的変動を早期に調
整すること︑の四項目を公共経済政策の目標としているが︑ケイゼンと殆んど変らないといえよう︒ポルドウィンもこれに
対し︑完全競争モデルの結論と変らない点を指摘している︒詳細は
B a
l d
w i
n ,
A n
t i
t r
u s
t a n d T h e C h a
n g
i n
g C o r p o r a t i o n , p p . 1 4 8 . . : . . . 1 5 7 .
( 4
) 熊谷尚夫教授の労作﹁独占統制の理論的基礎﹂︵﹃経済評論﹄昭和三八年五月号︶参照︒
( 5
)
例えば
G a l b r a i t h ,
A m
e r
i c
a n
C a p i t a l i s m , p . 9 5 . を 見 よ ︒ (6)W•
L .
B a
l d
w i
n ,
o p c i t . . , p . 1 8 5 ,
p
p .
2 2
0 │
・ 2
2 1
( 7
) S
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, C a p i t a l i s m , S o c i a l i s m , a n d D
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o c
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c y
B a ;
l d w i n : , o p . cit••
p .
1 7 9 .
( 8 ) G a l b r a i t h , o p c i t . . p p 1 . 8 ー 1 9
藤瀬五郎氏訳﹃アメリカの資本主義﹄二五ー六頁︒
(9)C•
D .
E d
w a
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s ,
M a
i n
t a
i n
g C o m p e t i t i o n , p p .
7 1
9 .
( 1 0 )
W . S t
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p p .
3 │
‑ 1 4 .
( 1 1 )
K
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o p c i t . . , p p .
1 1
ー
‑ 1
4 .
( 1 2 )
B a i n , o p . c i t . , p p .
4 6 3
1
4 6 4 .
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶
一 九
手)企業の集中度・参入障壁•生産物差別等のうち、とくに前二者を改変することにより、
成することを意味する︒従ってこの手段が有効であるためには︑前節で述べた望ましからざる市場成果が右の市場
構造を形成している要素と不可分に結びついていることが前提されねばならぬ︒この点において最も明瞭な両者の
いうまでもなく︑ 独占的超過利潤・独占価格設定の傾向と市場構造の要素である︒
れ故市場構造の規制は︑第一に規模の経済性を損わない限度において︑現存の支配的大企業の解体︑即ちその分割
( 1 )
. 剥
奪
( d i v e s t i t u r e )
を行ない︑集中度・参入障壁の低下を実現することによ
って︑独占的利潤・独占価格の傾向を排除することを具体的内容とすることになる︒
この場合規模の経済性の実現︑即ち前節で述べた理想的な生産の効率維持の要請と独占的利潤・価格傾向の排除
の要請が両立するためには︑ 一種の適限規模論を前提せざるをえない︒事実そこには現実の問題として︑現存の巨
大企業︑或は今後企業合併を予想される企業のあるものは︑規模の経済性の実現のゆえに︑その存在ないし将来の
合併を正当化しえないほど︑既に大規模にすぎるという認識が前提されているといってよい︒
周知の如く規模の経済性は︑ ( d i s s o l u t i o n )
工場レベル
( p l a n t l e v e l )
と企業レベル
( f i r m l e v e l )
に分けて考察することを要す 分離
( d i v o r c e m e n t )
関係が看取されうるのは︑ 市場構造の規制︑即ち実効競争的市場構造の実現策とは︑
そ
前述した政策目標を達 市場構造を形成している最も重要な要素たる売手合買 及び市場行動に対する規制に分かれることは前述した通りである︒ 鵬西大學﹃輝演論集﹄第一四巻第三号
政策目標が具体的に設定されると︑次はこれを達成する手段が問われなくてはならぬ︒それは大きく市場構造︑
四 〇
321
( c o n s o l i d a t i o n )
の如き実証的研究によってささえられているといえよう︒
四
( 2 )
る︒前者で問題になるのは︑規模による生産技術上の優劣である︒しかるにアメリカにおける実証的研究の示すと
ころでは︑巨大企業︵五億ドル以上︶と︑大企業︵五
0 0
0 万
ド ル
以 上
四 億
九 九
00 万ドル︶との規模における差は︑エ
場規模ではなく︑その所有する工場数の差である︒従って巨大企業と大企業との間に生産技術上の優劣は殆んど存
第二に企業レベルでの問題は、資金・販売費用・広告•生産計画・人材確保の諸点で大規模の方が有利であろう
ということであるが︑大企業と巨大企業との規模の差は︑銑鋼一貫企業では一 0 対一︑石油精製業では二 0
対 一
︑
化学工業では五 0 対一であるにもかかわらず︑これらの企業の全経常費の差は規模の相違のゆえに︑平均単位費用
に大差があることを承認させるほど大きくはないといわれている︒またかかる規模上の大差は長期にわたり持続し
ており︑問題とする大企業に関する限り︑規模の小なる企業が巨大企業と競争できないほどの弱点をもっているこ
( 3 )
とを示す資料はないとされている︒巨大企業の解体と理想的な生産の効率達成が矛盾しないとする現実認識は︑右
以上の如き現実的認識を前提として︑独占価格の設定︑独占的利潤の傾向を阻止する構造的規制の第二の内容を
なすものは︑規模の経済性の実現における効果よりも︑集中度・参入障壁の上昇をもたらす効果の大きいことが予
想される企業の吸収合併
( m e r g e r )
•新設合併
合たるとを問わず︑阻止・禁止することである︒
た成果を招来する潜在的可能性の大きい市場構造を改善することも︑ 最後に予防的手段として︑たとえ現在では独占的価格設定等の望ましからざる成果が明白ではなくても︑そうし
この政策手段の内容をなすであろう︒しかし
反 ト
ラ ス
ト 政
策 の
原 理
に 関
す る
一 考
察 ︵
越 後
︶
在しないといってよい︒
・ 資
産 取
得 を
︑
それが水平的結合たると垂直的結
ど も
︑
それが決定的とはいえない︒
は ど
う か
︒ 隅西大學﹃穂済論集﹄第一四巻第三号
この場合は︑弊害が表面化していないだけに︑
高い集中度と比較的容易な参入条件が結合すると この場合に これを行なうには強い抵抗の存在することが予想される︒
以上の構造的規制は独占的利潤・価格等に関係するものであるが︑前節で指摘した非能率的小規模工場・企業の
存在︑不況産業における非能率的技術︑過剰設備の残存︑慢性的な低収益と過当競争の状態等の矯正手段について
( 4 ) ベインによると︑かかる望ましからざる諸成果と市場構造の諸要素の関係は︑独占的価格等の場合ほど密接では
ないとされている e 例えば非能率的な小規模工場・企業の存在は生産物差別の程度とかなり密接な関係があるけれ
だから構造的改変のための手段に充分なる効果を期待しえない︒
は︑具体的事情に即した特別の個別的手段を講じる必要がある︒例えば︑時として︑企業合併によって能率的な単
位を形成することにより︑大規模生産による効率の向上をはかったり︑非能率工場を閉鎮し︑能率工場で集中生産
を行なう等のいわゆる合理化を促進せしめることも必要であろう︒だがその結果集中度が上昇し︑逆に独占的弊害
の発生する危険も生じる e 要するに市場構造的規制には限度があるというのである︒
不況産業における慢性的な過剰設備についても同様であり︑
き︑過剰能力が発生し易いことは予想できるが︑だからといって大企業の解体策による集中度低下が︑決定的な対
策とは考えられない︒むしろ生産能力に対する直接的規制が︑より効果的である場合が多いであろう︒過当競争ー
低収益ー損失等についても︑それらが集中度・参入障壁の特殊な状態から発生しているとは断定できない︒むしろ
多くの場合︑資本・労働力の他産業への移動の困難な事情が存在することによると考えられる︒ここでも有効な対
策は市場構造の規制よりも︑資源の移動を容易にし︑促進する如き他の経済政策の手段であるといえよう︒
四
. ---~--~---一---- --~--~--- ‑ ‑、‑‑
323
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶ カ f かかる意味における市場行動規制は︑既に高い集中度等の非実効競争的市場構造を形成し終えている企業
Jゞ ︑ ぶ
・産業に対して殆んど効力をもたないことになる︒そうした非実効競争的市場構造の形成の手段として︑非実効競 を予防することになる︒
四
かくて市場構造の規制という手段は︑諸目標中︑独占的価格設定・独占的超過利潤の発生・阻止に関してのみ︑
有効性が期待されるにすぎず︑規模の経済性の達成・理想的効率の実現については︑巨大企業の阻止に伴なう結果
として︑消極的な意味において︑若干の有効性が予想されうるというにとどまる︒
次に市場行動の規制に考察を向けよう︒これは望ましからざる市場構造・市場成果を生むと考えられる行動を制
限ないし禁止することである︒具体的には︑①取引の制限をもたらす契約・結合・共謀等の行為︵シャーマン法第一
条︶︑R独占すること
( m
o n
o p
o l
i z
i n
g )
及びそれを企図する結合・共謀等の行為︵同第二条︶をその対象とする︒
おこれに関連して︑価格差別・抱き合わせ契約
( t
y i
n g
c o n t r a c t )
・排他的取引協定
( e x c l u s i
, d v e
e a l i n g
a g
r e
e m
e n
t )
及
び虚偽の表示・商標︑誇大広告等の不公正な競争方法等︑
る︒これらの諸行為・慣行等の内容を説明することは︑
市場構造・市場成果の関係を明確にすることによって︑市場行動規制手段の意義を考察することが肝要である︒
さて︑まず市場行動と市場構造との関係であるが︑
行為を誘発する如く︑ クレイトン法・連邦取引委員会法に抵触する行為が加わ ここでの課題ではない︒ここではかかる市場行動の規制と 一定の市場構造︑例えば高い売手企業集中度が黙示の共謀的
一定の市場行動︑例えば抱き合わせ契約・排他的取引協定等は︑高い売手企業集中度や参入
障壁の形成原因となるという意味で︑両者に密接な関係が存在することは明らかである︒だから︑特定の市場行動
を禁止することは︑非実効競争的市場構造の形成を防止するに役立ち︑従ってまた︑非実効競争的市場成果の出現
な
隔西大學﹃糎済論集﹄第一四巻第三号
争的市場行動はその形成の初期的段階に何ほどかの役割を果たすであろうが︑
成されるや︑もはや特別の明白な排他的取引協定や︑抱き合わせ契約の如き手段を必要とせず︑恰もそうした協定
・契約が存在する場合と同様の行動が暗黙裡にとられる場合が少なくない︒かくて過去に採用されたであろう非実
( 5 )
効競争的市場行動の証拠は︑歴史の中に埋没してしまうのである︒このことは︑特定の市場行動と特定の市場成果
例えば明示の価格協定︵価格カルテル︶と価格先導制
( p
r i
c e
l e
a d
e r
s h
i p
)
による協調的な同一価格の形成とでは︑
市場成果に及ぽす影響にいかほどの相違があるだろうか︒若し双方とも硬直的な独占価格の形成という同一成果を
結果するとすれば︑特定の市場成果を招来せんがために︑特定の市場行動を禁止することは︑全く無意味といわね
かりに価格協定という非実効競争的市場行動が、独占価格•利潤という非実効競争的市場成果を招来することは
明白であっても︑そうした価格協定を誘発ないし必然化する市場構造自体が不変であれば︑価格協定を禁じても︑
他の違法な証拠を残さないような方法で︑同様の目的を達成することにより︑非実効競争的成果が発生することに
な ろ
う ︒
ひとたび非実効競争的市場構造が形
この意味において︑市場行動の規制は禁酒法の効果に似ている︒禁酒法は飲酒そのものを根絶させることはでき
( 6 ) ・
なかった︒ただそれを秘密的にし︑巧妙にかつ﹁高価なもの﹂にしただけであるというベインの指摘は興味深い︒
かく考えてくれば︑問題は市場構造自体にあるといわねばならず︑市場行動の規制は︑前者の規制の補助的手段
として意味をもつにすぎないであろう︒それ自体としては必ずしも確実・適切なる手段とはいえない︒まことにス ば
な ら
ぬ ︒
との関係が極めて不明確であるという事実と関連する︒
四 四
3 2 . 5
ば た
り る
︒
的要素が︑依然として必要とされているのである︒
( 7 )
ティグラー
( G
.
J .
S t
i g
l e
r )
の い
う 如
く ︑
四 五
﹁競争的構造をもたない産業に競争的行動はない﹂のである︒
ところでこのことは市場構造ー行動ー成果の一=者の関連から論理的に明らかになることにすぎず︑市場構造的規
制がアメリカの反トラスト政策史を一貫する基本的な考え方であることを意味しない︒いなむしろ同国の反トラス
ト政策がその伝統的立場として固執してきたのは︑市場行動規制の手段であるといってよい°
﹁抑圧的慣行は救済さるべき違法である︒しかし法はそうした慣行なくして達成された独占を否認することはで
( 8 )
きない﹂︒﹁法は競争についても独占についても何も述べていない︒法の言葉は制限
( r
e s
t r
a i
n t
)
であり︑独占す
( 9 )
ること
( t o
m o
n o
p o
l i
z e
)
である﹂︒右の如き行動志向的立場がやがて﹁法は単なる規模或は行使されない力の存在
( 1 1 )
( 1
0 )
を違法とせず﹂とする︑かの有名な﹁条理の原則﹂の導入を不可避的にしたことは別の機会にこれを論じた︒
勿論企業規模・市場支配カ・集中度等の如き構造的側面が全く無視されてきたわけではない︒同一の行動であっ
ても寡占的構造と原子的構造ではその市場成果に与えるイン︒ハクトの異なることは︑従来も充分意識されていた︒
ま た
A l c o
アメリカン・タバコ等の一連の事件以来︑構造的側面は次第に重視されるにいたり︑法廷は市場支配 a ︑
カの存在︑即ち市場占拠率を強調する方向に進んできたといわれている︒しかし︑いずれ別の機会に詳論するであ
(12)
ろう如く︑一定の規模・市場占拠率そのものを違法とするまでにはいたっていない︒それに加うるに違法なる行動
以上これを要するに︑実効競争的市場成果を招来するための手段としては︑市場構造の規制がより基本的である
と考えられるが︑現実のアメリカの反トラスト政策は︑むしろ市場行動の規制に重点をおいてきたことを銘記すれ
反トラスト政策の原理に関する一考察︵越後︶
で ょ ︑ ︒
t ,
>
四
隔西大學﹃網清論集﹄第一四巻第三号
( 1
) d
i s s o l u t i o n は 企 業 の 水 乎 的 に 分 割 を ︑ d i v o r c e m e n t は 垂 直 的 分 離 を
︑ d i v e s t i t u r e は 特 定 の 資 産
・ 所 有 株 式 の 強 制 処 分 を
意味する︒かかる特定の使い方については︑S.
N .
︑ W
h i
t n
e y
,
A n
t i
t r
u s
t
P o l i c i e s V , o L
J I .
p .
3 8 5 . h ! よ る ︒
( 2
) K
a y
s e
n ,
o p . c i t . , p p .
6 1
8 .
なお静田均教授の名著『現代工業経済論』一六五—一六六ページにおける簡潔なる説明を参照。
.
︵
3 ) K a
y s
e n
, i b i d . C . ; W i l c o x ,
u b p l i c P o l i c i e s T o w a r d B u s i n e s s , p p
3 0 8 3 1 2 . .
( 4 )
B a i n , o p c i t . . , p p .
465 │
4 6 8 .
( 5 )
I b i d
. ,
p p .
469
ー4 7 0 .
( 6 ) I b i d
. ,
p .
4 9 5 .
•
( 7
)
G .
J .
S t i g l e r ,
"
T h e C
a s
e A
g a
i n
s t
i B g B u s i n e ! i S
︱ "
F o r t u n e , M a y
1
9 5 2 , p .
1 6 7 .
( 8
) Hoar上院議員の言葉~Kaysen,
o p . c i t . p .
X i i i .
•
( 9 )
N o
r t
h e
r n
S e c u r i t i e s C o .
v .
U n
i t
e d
S t a t e s ,
193
U .
S .
1 9 7 .
( 1 0 )
U
. S . v .
U .
S . S t e e l C o r p . ,
2 5 1
U . S . 4 1 7
. なお拙#徊﹁反ト・ラスト政策と﹃条理の原則﹄﹂
号︶参照︒今村成和教授の名著﹃私的独占禁止法の研究﹄第一章に詳しい︒
( 1
)
前掲︑拙稿参照︒
( 1 2 )
近刊を予定している拙著﹃アメリカ反独占政策論﹄を参照︒
反トラスト政策の目標及び手段と︑その相互の関連性については︑不明確な点や欠陥と思われる問題点が少なく
第一にその目標についてであるが︑何をもって望ましい市場成果とするかは︑究極のところ個人の価値判断の問
題 で
あ り
︑
それはその人の属する階級的な立場・依拠する経済学の性格によって︑ 異なるという問題は別として ︵﹃経済論叢﹄第七五巻第三 四六
—---- ‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑ ' - ~ ~ こニ――‑‑‑ ‑‑‑ ‑ ‑ ‑
327
なるものも︑原理的に成立しえないといわざるをえない︒ であるように思われる︒ じたことは上述した通りである︒
四 七
も︑市場成果そのものの正確な測定方法が不充分であることは︑経済の進歩性・販売費用及び生産物のデザイン或
はバラエティの如き生産物成果の側面で︑よりよき成果を招来するであろう積極的手段を提示することを困難なら
しめ、事実上反トラスト政策の具体的目標を、独占価格•利潤と、生産効率の問題に限定せざるをえない結果を生
第二に市場構造・行動・成果の三者の関係の明確化は︑
作用を及ぽし︑ 理論的にも実証的にも不充分であるから、独占価格•利
潤の排除・防止のための市場構造的規制の手段が、経済の進歩性・販売費用•生産物成果等の諸側面に思わざる副
( 1 )
これらの側面における成果に悪影響の現われる可能性がないとはいえない︒
目標たる成果の正確な測定方法と︑目標と手段の関連性についての正確な知識の欠如は︑この政策の根本的欠陥
しかしこの種の欠陥は︑ ひとり反トラスト政策にのみ固有のものとはいえない︒資本主義国家の経済政策は多か
れ少なかれ︑そうした欠陥を共有しているのではあるまいか︒企業のビヘビァと利子率の関係︑税制と企業者のイ
( 2 )