〜性表現の多様性をめぐって〜
菅原 敬(首都大学東京・牧野標本館)
要 約
著者らがこれまで行ってきた小笠原の植物の性表現の多様性とその進化に関する研究を ふりかえり、固有植物の性表現の多様化の実態、特に雌雄異株化や二型花柱性、さらには 雄性両全性異株性とその進化についての新知見や今後の課題等について述べた。
Ⅰ.はじめに
私が小笠原の植物について調査をはじめたのは、首都大に赴任して 4 年目の 2004 年 6 月 であった。学生時代に植物相調査のサポートで島を訪れていたこともあり、久しぶりに小 笠原の植物を眺めてみたい、そんな軽い気持ちでの訪問だったが、この訪問が小笠原の植 物を研究対象にするきっかけになった。
当時の私の興味は、本州の高山帯や山地帯に生育する植物の性表現の多様性や送粉シス テムであった。小笠原の植物については過去に何人かの研究者によって性表現の調査が行 われ、例えばムラサキシキブ属(シソ科)やワダンノキ属(キク科)が島で雌雄異株化し ていることが報告されていたので(Kawakubo,1990;Kato&Nagamasu,1995)、小笠原で の調査はすでにやりつくされているものと思いこんでいた。ところがこれは私の全くの思 い込みであった。島を歩きながら、まず目にとまったのはムニンアオガンピ(ジンチョウ ゲ科)であった。花を正面から見たとき、個体によって異なる葯の色が気になり、花筒を 切り開いて内部を見てみると、淡い色の葯には花粉がないが雌蕊が発達している。一方濃 い色の葯を持つ花は花粉をもつが、雌蕊の発達が貧弱である。これは雌雄異株化を表して いるように思われた。翌日は初寝浦遊歩道沿いに歩き、ちょうど開花期を迎えたオオシラ タマカズラとオガサワラボチョウジ(いずれもアカネ科)の花を目にした。花には、雄蕊 と雌蕊の高さが相互に異なる二型があり、いわゆる二型花柱性が想定された。しかし、小 笠原では異型花柱性植物が存在するという報告は全くないので、本当にそうなのか疑問が わいた。特にオガサワラボチョウジでは二型花間で、雄蕊と雌蕊の高さが対応しないので、
単なる個体変異、あるいは柱頭の高さの多型現象かとも思われた。さらに母島では乳房山
遊歩道に沿った剣先山への途上、ムニンハナガサノキ(アカネ科)の花が目にとまった。
この花にも雄蕊の高さに二型があり、しかも一方の花では花柱が完全に欠けていることに 気づいた。
これらの植物において確認された花の多型性がいったい何を意味するのか、そして野外 でどう機能しているのか、多くの疑問と強い関心がわいた。わずか 2 週間ほどの滞在で あったが、これら植物との出会いが小笠原の植物を本格的に研究するきっかけになった。
植物の性表現は多様で複雑であるが、個々の種の性は繁殖様式と強く結びついているだけ に、野外における種の実態を理解する上ではとても重要な課題と考えている。ここでは小 笠原の固有植物を対象に進めてきた性表現の多様性や進化について、これまでの成果や今 後の課題等について述べてみたい。
Ⅱ.両全性から雌雄異株への進化
アオガンピ属(Wikstroemia Endl.; ジンチョウゲ科)は、アジアから太平洋地域の島々 に 50 種以上が分布し、その多くは両性個体だけからなるが、ハワイ産固有種では雌雄異株 化が報告されていた(Mayer&Charlesworth,1992)。小笠原固有種ムニンアオガンピ(W.
pseudoretusa Koidz.)については、当時両性個体だけからなると考えられていたが、我々 の調査で機能的にも雌雄異株であることが確認された(図 1A, B; Sugawara et al., 2004)。
なおその後父島で両性個体が 1 個体だけ確認されている(永光ほか、2013)。南西諸島をは じめとする東アジア地域に分布する近縁種、例えばアオガンピが両性個体だけであること を考慮すると(図 1C)、本種は小笠原で雌雄異株へ進化した可能性が高いが、周辺地域に 分布する種との類縁関係やその性表現についての調査は十分でないため、今後の調査が必 要である。
ところで、海洋島では雌雄異株化した植物の多いことが指摘され(Carlquist, 1974)、実 際さまざまな海洋島でその傾向が報告されてきた。今回小笠原のムニンアオガンピでも雌 雄異株化が確認されたわけであるが、これ以外にもすでに上で述べたように小笠原ではム ラサキシキブ属やワダンノキ属で雌雄異株化が報告されている(Kawakubo, 1990; Kato &
Nagamasu, 1995)。海洋島ではなぜ雌雄異株化が進むのだろうか。海洋島は大陸から遠く 隔てられ、大型のハナバチ類の生息が少なくて小型で単独性のハナバチ類が多いため、一 つの花序に小さな花を多数着けるような種ではより隣花受粉、すなわち自殖が起こり、近 交弱勢の影響が現れやすく、それを避ける機構として雌雄異株化が進むのではないかと考 えられている(Kato&Nagamasu,1995;Sakaiet al.,2006)。アオガンピ属は花序に小さな 花を多数つけ、同時にいくつかの花を開花するため、確かに隣花授粉を起こしやすい特性
をもっている。さらに個々の花に着目すると、例えばムニンアオガンピの花に着目すると、
花筒は筒状で、葯が花筒の上部に付着することから、自花粉が落下して柱頭を被ってしま う可能性がある。自花粉の付着が他個体からの受粉を阻害してしまう、いわゆる stigma clogging という現象が起こる可能性が高いのではないか。それを回避するために他殖型へ の性の進化が起こった(Kikuzawa, 1989)、その可能性もあるのではないかと考えている。
小笠原のムニンアオガンピでは、送粉昆虫を含むまわりの生態的環境だけでなくこのよう な花の特性も重なり、雌雄異株へと進化した可能性が高いが、その要因やメカニズムにつ いてはさらなる調査が今後必要であろう。
Ⅲ.二型花柱性から雌雄異株への進化
二型花柱性とは、葯と柱頭の高さが相互に異なる二型の花、すなわち柱頭が葯より高い 位置にある長花柱花(L 型)と柱頭が葯より低い位置にある短花柱花(S 型)をそれぞれ 別個体につける繁殖様式である。この様式は、一般に葯と柱頭の高さが二型花間で相互に 対応し、また自家・同型花不和合性を獲得することで、異型花間での交配、すなわち他殖
5 mm
図 1 ムニンアオガンピの雄花(A)と雌花(B)、アオガンピの両性花(C)(Sugawara
et al.,2004 より)
an、葯;st、柱頭;g、子房;d、花盤 .
を恒常的に行う仕組みで、被子植物の繁殖様式のなかで最も巧妙で複雑なシステムである。
このような二型花柱性は、海洋島では維持されにくく、希であるとみなされていた(Sakai et al., 1995; Watanabe & Sugawara, 2015)。しかし、小笠原にはこの繁殖様式を示す植物 が生育し、いまだに維持されている。
アカネ科のボチョウジ属(Psychotria L.)は世界の熱帯・亜熱帯地域に多数の種が分布 し、二型花柱性を基本とする一群である。ハワイではその固有種のほとんどが二型花柱性 から雌雄異株へ進化していると報告されている(Sakai et al., 1995)。同様の現象が小笠原 に分布するボチョウジ属でも起こっているかどうかをオオシラタマカズラ(P. boninensis Nakai)とオガサワラボチョウジ(P. homalosperma A. Gray)で調査してみると、2 種は 現在も形態・機能的に二型花柱性を維持している(図 2、3、Kondoet al.,2007;Watanabe et al., 2018)。しかし、野外における二型花の繁殖の実態を調べてみると、S 型花の結果率 が恒に低い傾向にあり(Sugawaraet al.,2014;Watanabeet al.,2018)、なかでもオガサワ ラボチョウジでは S 型花での結果率が極度に低下している(Watanabe et al., 2018)。これ は本種の長い花筒に適応した長い口吻をもつガ類が不在となることで二型花間の相互交配 が行われず、S型からL型への片方向の送粉が優先されるためと考えられる。実際現在の 小笠原では、移入されたセイヨウミツバチが送粉に関与するようになり、その口吻が花筒 下部の柱頭にまでは達しないために、花筒上部の S 型花の葯から L 型花の柱頭への送粉が もっぱら行われているようである(Watanabe et al., 2018)。将来にわたってこのような状 況が続くと、小笠原のボチョウジ属においても二型花柱性が崩れて雌雄異株への進化が起
2 mm 2 mm
2 mm 2 mm
図 2 オオシラタマカズラの短花柱花(A)とその子房断面(A’)、長花柱花(B)とその 子房断面(B’)(Kondoet al.,2007 より)
an、葯;st、柱頭;ov、子房;co、花冠;sty、花柱;tr、毛 .
こりうるのではないかと考えている。
Ⅳ.特異な雄性両全性異株への進化
雄性両全性異株とは、同一集団内に雄花だけの雄個体と両性花をつける両性個体が一緒 に生育する状況である。これは世界的にみても極めて希な性表現で、国内でも二三の種に ついて報告があるのみである。このような特異な性表現を示す植物が小笠原にも生育して いることを確認した時は驚きであった。
ムニンハナガサノキ{Gynoththodes boninensis(Ohwi)E.Oguri&T.Sugaw.;アカネ 科}は蔓になる木本で、6 月頃枝先から花序柄を伸ばし、その先に球状に花が集まった頭 状花序をつける。小笠原では林縁の木々にからみついていることが多い。その性表現は、
長い間 “雌雄異株” と思われていたが、我々の調査で機能的にも “雄性両全性異株” である ことが確認された(図 4、Nishide et al., 2009)。このような性表現が小笠原でどう維持さ れ、そしてどのように進化してきたのか、進化生態学的にも興味深い課題である。雄性両 全性異株についての理解を進めるために、まず本種の形態・繁殖特性について簡単に要約 してみたい。1)花序当たりの花数は、両性個体より雄個体において有意に多い。2)両性 花では柱頭が花筒から突出し、葯は花筒入口に配列する。一方、雄花では葯が花筒から突
A B
an
an st
st
ov ov
10 mm
図 3 オガサワラボチョウジの短花柱花(A)と長花柱花(B)(Watanabeet al.,2018 より)
an、葯;st、柱頭;ov、子房 .
出するが、花柱は完全に欠失する。3)両性花・雄花の花粉は、授粉実験からも稔性のある ことが確認され、雄花の花粉サイズは両性花の花粉より有意に大きい。4)花当たりの花粉 量は、両性花と雄花の間で統計的に有意な差はない。5)両性花は通常自家不和合性を示す が、同型花間の他殖では和合性を示す。6)送粉者としてハナバチ類が想定されるが、小笠 原では外来のセイヨウミツバチがその役割を演じている。
両性個体に混じって雄個体が存在する状況は極めてアンバランスである。それゆえ野外 ではこのような性は維持されにくいと考えられている(菊沢、1995)。しかし、小笠原では この特異で希な性表現が維持されているが、それはなぜか? 前述したようにムニンハナ ガサノキの両性花は自家不和合性を示すために、他個体からの送粉が必要になる。両性花 と雄花の花当たりの花粉量には差がないが、花序当たりの花数をみると、雄個体は両性花 の倍近くの花をつけるので、花序全体でみると花粉総量は 2 倍ほどになる。本来の送粉昆 虫は、花粉を目当てに訪花していたことが想定されるため、花序あたりの花粉量を増やす ことで雄花の価値を高め、花粉媒介者を誘引している可能性があるのではないかと考えて いる。
一方、このような性型ヘの進化については、雄花で花柱の欠失が起こっていることから、
単純に両性個体のなかに雌機能を失った雄個体が出現することで雄性両全性異株が進化し たと考えることもできるが、そうなのだろうか。アジアやその周辺に分布するハナガサノ キ属の種を対象とした分子系統解析を行い、その系統樹に個々の種の性表現を載せてみる と、ムニンハナガサノキの雄性両全性異株は雌雄異株から由来したことが示唆される
(Oguriet al.,2013)。これは形態比較からは想像しがたい結果である。同様の進化傾向は欧
an an st
3 mm
ov ov
図 4 ムニンハナガサノキの雄花(A)と両性花(B)(Nishideet al.,2009 より)
an、葯;st、柱頭;ov、子房 .
米産の他種{ex:Datisca glomerata(C.Presl)Baill.,Mercurialis annuaL.}でも報告され、
雌雄異株から雄性両全性異株への進化傾向はより一般的である(Pannell, 2002)。このよう な性表現への進化には、実は倍数化も重要な要素として関与しているのではないかと考え ている。例えば、ヨーロッパ産の Mercurialis annua(トウダイグサ科)では倍数性の関与 が報告されている(Pannell et al., 2004)。ムニンハナガサノキについても倍数化が疑われ るので、倍数化の関与についても今後検討する必要があると考えている。
V.最後に
これまでの調査で小笠原に生育する植物の性表現がすべて解明されたわけではない。性 表現が正確に理解されず、雌雄異株化が起こっているのではないかと思われる種もいくつ か存在する。また、小笠原や琉球列島を含めた東アジアの広域に分布する種においても、
その性表現の実態が誤って理解されているケースもある。繁殖様式を理解するための調査 は地道であるが、繁殖様式を正確に理解することが小笠原の植物の保全にも繋がっていく のではないかと考える。
謝辞
小笠原での調査には最低でも 2 航海の滞在が必要である。授業をかかえるとこれを確保 することはなかなか難しく、野外に学生を置き去りにしてしまうこともたびたびである。
長期間にわたり、小笠原の強い日差しのもとで、献身的に課題に取り組んでくれた多くの 院生や卒研生、そして調査に協力してくださった多くの地元の方々にこの場を借りてお礼 申し上げたい。また小笠原の採集許可申請等で便宜をはかってくださった環境省や加藤英 寿氏、そして執筆の機会を与えてくださった可知直毅氏に深く感謝を申し上げる。
文 献
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