安政東海地震における山崩れの調査
著者 増田 文子
雑誌名 静岡地学
巻 37
ページ 15‑18
発行年 1978‑06‑25
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025626
静 岡 地 学 第
37
号 (1978 ) 1 5 1 8
におけ の
*
1 . は じ め に
100
年から200
年サイクノレで発生すると言われる東海地震が注目されているO
本研究の目的は、から約
120
年前の1854
年1 2
月23
日に発生した安政大地震による山地崩壊の簡所をできるだけ多く 見つけだし、その地点において、地形上及び地質上の特徴を調杢し、それらから崩壊要国の統計をとり、今後の地震による崩壊予測の指針とすることである
O
なお、今回の報告ではやや詳細に調査した白鳥山 及び遠見場山に関する知見を付記したO
この研究にあたり、終始御指導をいただいた檀原毅静岡 授をはじめとする地学教室の先生方、及び学友に厚く感謝の意を表するO
IT. 崩壊要閣の統計的解析
( 1 )
崩壊地調査概況:安政東臨地震に伴って発生した山崩れについてはも郷土史・空中写真・絵地関 により、1
)地震被害としての記録が明らかなもの、2
)写真判読・絵地図により明らかなものh
を調とう
' f
Iまやました
O
ここでは、1
)にあたる白鳥山・遠見場山・稲子)1 1
西岸の山・島田市矢倉山・浦原・富士川町 にみられる1 0
ケ所と、2
)にあたる安倍JlI
流域の崩壊地3 8
ケ所について報告するO
( 2 )
要因の統計について:統計解析による崩壊地調査として次のような要国が考えられるO
1
)崩壊斜面の方位2
)谷沿縦断面国3
)崩壊規模(以下4 、 5 項ま
ア.縦の斜面長( 1 )
イ.横の幅制
ウ. 崩壊先端部から頭部までの比高(同
l
図参照)エ.最大傾斜角(0) オ.斜面積
ω
4
)崩壊頭部ア. 崩壊頭部までの比高制 イ. 崩壊頭部から尾根までの 久 崩 壊 頭 部 ま で の 水 平 距 離 な )
5
)崩壊前の原形ア. 尾根までの比高
(Ho)
イ. 尾根までの水平距離( L o )
ウ.最大傾斜角( f ) 0 )
*静関市立末広中学校〈静関大学教青学部昭和
5 2
年度卒業論文要旨)(。
図1.
F h
u
‑
‑ 品
ニr:..
' (So) 6
) 地7.
地層の走向,傾斜 イ . 岩ウ . 風 化
7
) 断 層 ・ 摺 曲 ・ 節 理 の 有 燕8 ) 植 生
( 3 )
統計的解析:前述した崩壊地合計48
ケ所を対象に、前節1 ) ' " " ‑ ' 5
)について、縮尺1/25
,000
を5 にひき伸ばした地形国と、1/20
,000
の空中写真の立体規とをもとに数量の測定を行し¥統計をと った。その結果をまとめてみると次のようになる。1
)谷沿1縦断面関:車線的な斜面が多くも従って浸食は していないが、 部と思われる は明らかにみられるO
2
)崩壊斜面の方{立:崩壊斜面の の加速度に方位性があったかどうかの検証が目的で あったが、特に注目すべき方位性はみられなかったO
3
)崩壊斜面の最大傾斜角(0):平均値詰3 1 .9 0
士0 . 8 0
であり、従来地震・豪雨崩壊で知られている値 を再確認する結果となったO
ヒストグラムによると25 0 ' " ' ‑ ' 3 5 0
にピークがあるのがわかるO
4
) 原 地 形 の 最 大 傾 斜 角 (00
) 平 均 値 は26.9 0 と ご 0 . 8 0
であり、ヒストグラムでは20 0 ' " ' ‑ ' 3 0 0
にピーク があるのがわかるO
この植は崩壊斜面の最大傾斜角に比べると益約5 0
小さい。このことは崩壊 五が山麓を形成したとも考えられるが、。。に代表される原地形が崩壊を経て急傾斜をっくり、それ がさらに崩壊・浸食を受けて平衡してし1
く過程であるととらえるべきであろうO
5
)原地形規模と崩壊規模との相関:原諸彬規模狂0・Lo. So . 00
の各々に対してのh' 1 . s .w
・0
の相関を求めたO
これらによると、Ho. Lo . So
のそれぞれに対して、1
・h' S
はほぼ比例 していることがわかり、常識的に考えられることがらが数量的に確かめられたO
しかし、0
・w
と はほとんど相関は認められなかったO
また00
はO
に比例する傾向が見られたものの、h
・1
等その 他の崩壊規模とは関係ない。6
)崩壊頭部の位霞:安倍J!I沿いでは尾根付近からの崩壊が多かったO
そこで掠形に対する崩壊部 位を知るために、L/Lo 及 び H/Ho
を求めてみるとL/Lo = 0 . 8 6
士0 . 0 3 H /
荘。ごと0 . 8 7
士0 . 0 2
の{直が得られた
O
これは安倍JlI沿いという同一地質のもとでの値であるため、今後の比較の材料 になると思われるO
m .
白鳥山崩壊について( 1 )
白鳥山概要:白鳥山は静岡県富士郡芝川町と山梨県南臣寧郡富沢町の県境に位置する標高567.7
悦の山であるO
吉文書の記録や供養塔により、北斜面は今から123
年 前 の 安 政 地 震 に よ り 、 東 斜 語 は270
年 前 の 宝 永 地 震 に よ れ 南 斜 面 は 宝 永 ( 地 震 の2
年前)の時の豪雨により崩壊した事が知られ ているO
p hU
12 4
‑地質がほぼ同じな 北斜面の崩壊そのものは昨年度主藤井(1977 )が調査しているが、今回は
のに北斜面がなぜ崩れたかを明らかにするために他の斜面との比較を試みた
O
( 2 )
地形学的考察:地震による崩壊があった北・東斜面の特徴として、次のようなことが挙げられるO
1
)崩壊頭部から)1I までの最大傾斜を求めると、北は 32.30 • 東は 3150 ・南は 26.30 • 西は 13.60で、北・東斜面とも他に比べて急傾斜である
o 2)
谷沿縦断面図をつくってみると、全体の傾斜に対す る起伏がはげしく、崩壊頭部の遷急、点が明らかに見られるo 3)
浸食谷の主流が発達せず、河J11に( 3 )
よる禄食があまり進んでいない
O
山は主とし
4
中新世に は砂岩
る富士川}膏群からなる
O
とした砂岩 e泥岩の をはさむ。
したもの で、所々
の と
ると、ルートマップとして第
2図が得ら
れる。これから、西斜面の向斜軸を除けば、北・東・南科部は単斜構造と考えてよい。
そこ の向きと斜面の向きとをそチノレ 化すると、第
8
図のようになる。きな断}替はみとめられなかったが、
さ20
c m
前後の割れ目が発達しているO
以上のことから、向斜軸のある西斜面は
風化が大きく進み、地震・豪雨による崩壊が早期に行われて、
でに平衡曲線に近い谷地形になっているために安定化して いる
O
しかし、北・東斜面は単斜構造の層理面と斜面の向き が相反していることから風化が詠々に進んだ結果、最近の地に対して表面岩幣斜面としての のと考えられる。
が残されていたも
五人遼見場山崩壊について
( 1 )
遠見場山親要:遠見場山は榛原郡川根町にある標高82 1 : m
の山であり、大井川の支流笹間川に面している
O
古文書では、この山の一部が安政地震により崩壊し笹間
) 1 1
を堰き止めたと なっているがも空中写真の立体視及び現地調査の結果も現場 斜 面 及 びJ 1 1
の対岸に当時の崩壊土石が細長い小丘となって残 していることなどを確認することができたO
これらについ ては老人の伝関による裏付けも得られたO
( 2 )
地形学的考察:地形の特徴として、斜面の傾斜は約33 0
で円i
‑i
2 .
ノレートマップS 麟動
sw
桝蓄量寸
図
3 .
白鳥山各斜面地層モデル国ありも によると、 の傾斜に対するでっぱりやる がわかる
O
( 3 )
として自亜紀に露する の良:!SJ
欝からなるO
地質の特徴と して次のことがし1
えるo 1)
節理がはっきりしているo 2)
3
)大きな断!警はみとめられなかったo 4 ) 穏 1 '""'2m
、の面と斜面の向きは桔反している
O
さ
10‑‑‑20cm
の平面状にはがれる件費が ある05)
すべり面をもちもそのよの土石がクリープして曲げられている以上のことから、設透地下水面に沿って風化が進み、粘土化してすべり て鼠化のすすんだ表面岩繋が、地震動によって地すべり性崩壊を起こしたと
凶
ダム潟の復原:古文書によると、崩壊土石にせき止められてできた湖のそれをもとに崩壊土五量を推定すると、
7 . 9 x 1 0 5 m 3
となるのこれ のときのダム湖 ると第;4
図のようになるO
v . ま と め
の誠寄によって得られたことがらをまとめると、次のように なる
O
( 1 )
による山地崩壊48
を、 の立体観・土昆地調答等から明らかにしたO
( 2 )
それらの統計の結果として1
)谷沿縦断面図によると、崩 壊斜面はその後の浸食があまり進んでおらず、崩壊原形が比較的 よ く 残 さ れ て い る
O
従 っ た 今 後 も 地 震 ・ 豪 雨 に よ るがみられた
O
となり、節理面に討つ えられる
O
がわかるので、
のであるが、そ
や浸食を受ける可能性がある
o
2) 崩壊地の傾斜は 3~O 前後に4 .
ダム湖 中しているo 3)
崩壊地の原形となる尾根までの規模(Ho.Lo.
So)
と崩壊地の規模(1
・h.s
)は比例するがも原地形に対して最大傾斜角。や横幡w
はほとんど無関 係であるo 4)
安 倍J I I
沿いでは尾根付近からの崩壊が多し、。5
)白鳥山及び遠見場山の崩壊要国につ いては、地形学的・地質学的考察を試みたO
参 考 文 献
藤井 孝 (
1977 )
¥安政東海大地震による白鳥山崩壊について、静岡地学、3 5
、33‑3 7 .
調査設計事務所編、昭和50
年度復旧建設省甲府工事事務所編、万沢地質国
建設省間土地理院、 による崩壊調査法 浅 間 神 社 編 (
1973
)、浅間文書纂芝 川 町 誌 編 さ ん 委 員 会 (