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中学校における戦後の古典教育

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中学校における戦後の古典教育

著者 深川 明子

雑誌名 教科教育研究

巻 7

ページ 37‑52

発行年 1974‑07‑10

URL http://hdl.handle.net/2297/7378

(2)

夢-

ノタ(

37

中学校における戦後の古典教育

深川明子

教育観への批判をふくめて,古典教育からの解 放と言う形で出発した。これは,古典教育その ものが持っている独自の目標や機能についての 検討を全く抜きにして行なわれた古典教育の否 定であったために,古典教育それ自体について の論議は今後の問題として残された。

次に,学習指導要領の中で,古典教育からの 解放の理念が具体的にどのように現われている かに触れたい。学習指導要領では,第四章第六 節文学の「文学の学習指導上注意すべき点」の 項で,「いままでは,文学の学習において,現 代よりもとかく古典を主にし,ごくわずかの作 品をあまりに分析的にとり扱ったために,生徒 の興味をそぎ,文学のめばえを局限するきらい がないでもなかった。」と言い,指導上注意しな ければならないことの第一に,「現代のものを 主にし,ごくわずかの古典を加える。」を挙げて いる。ここでは,現代文学教育の比重を強調し ていると同時に,古典教育が文学教育の-分野 として扱われ,古典文学教育として考えられて いたことがわかる。また,「各学年別の学習指 導」の項では,三年生で初めて古典と言うこと ばを出し,「主要な古典を学ぶ」とある。戦前

と比較すると思い切った縮少・削減である6 では,具体的に教科書の上にそれがどのよう に現われているかの検討に入りたい。が,その 先に,この学習指導要領が発表された同じ年の 4月から使用された国定教科書についての検討 を済ませておくことにする。

1古典教育からの解放

昭和22年12月,文部省は『学習指導要領国語 科編」(昭和22年度試案)を発表した。それに よると,「これまで,国語科学習指導は,せま い教室内の技術として研究せられることが多 く,きゅう<つな読解と,形式にとらわれた作

文に終始したきらいがある。今後は,ことばを

広い社会的手段として用いるような,要求と能

力をやしなうことにつとめなければならない。」

と小学校・中学校における国語科学習指導のあ り方についての基本方針を述べている。そして 中学校国語科学習指導については,「中学校の 国語教育は,小学校六か年の基礎のうえにたつ

ということから,程度の高いものになりがちで あるが,日常生活のことばからはなれないよう

に指導することがたいせつである。その意味か

らも中学校の国語教育は,古典教育から解放さ れなければならない。」と日常生活における言語 活動の重視の姿勢を基本的に踏襲する一方,古 典教育からの解放に言及している。この古典教 育からの解放は,戦前の古典偏重主義に対する 反動として現われたものであるが,ついでをも って,昭和18年中学校規定の「国民科教授要 旨」を挙げると,「国民科国語へ正確ナル国語 ノ理会ト発表トノ能カヲ養フト共二古典トシテ ノ国文及ピ漢文ヲ習熟セシメ国民的思考感動ヲ 通ジテ国民精神ヲ掴養シ我が国文化ノ創造発展 二塔フモノトス」とある。古典教育が偏向した 国語教育の旗手になっており,古典教育からの 解放の理念は,このような国語教育観に対する

否定でもあった。

戦後の中学校における新しい古典教育は,こ のように,戦前の古典教育に具現化された国語

2第6回国定教科書「中等国語」

第6回国定教科書「中等国語」は,学習指導 要領の発表に先だって,昭和22年4月から使用

された。戦後直ぐには,新しい教科書が出来て

(3)

38金沢大学教育学部教科教育研究 第7号昭和49年

れますね。」(「文学」同前掲書,西尾実氏発言)

「確かにあれがモデルだったと思うのです。民

間の検定教科書が作られる頃から,単元的な考 え方が導入されてきたわけです。教材には国定 のものとかなり似かよったものがあって,組合 わせの上で単元的方法を導入した教科書ができ

るようになってきた。」(「文学」同前掲書,

増淵恒吉氏発言)と言う発言に象徴されるよう に,規範的性格を持っていたと言う印象を与え

ていたようだ。

では,具体的に古典教材の場合どのようであ ったか,簡単に述べておきたい。

国定教科書「中等国語」に出てくる教材は,

韻文では万葉集(作品・解説文),古今和歌集,

新古今和歌集,梁塵秘抄,芭蕉(解説文),良 寛作品,散文では,枕草子,徒然草,平家物 語,宇治拾遺物語,蘭学事始,羽衣(謡曲)な どである。これを検定制度が実施された同じ年 の昭和24年と翌25年に検定を受けた教科書の中 の10種と比較してふた。

古典教材の取り扱い方は各社によってかなり 異なっているが,国定教科書と比較して言える

ことは,古典教材が一般的に少なくなっている

ことである。この点は,学習指導要領が反映さ

れたものと思われる。

検定教科書で最も多く取り上げられている教 材は万葉集と徒然草である。

中学校における古典教材として,韻文と散文 の代表的存在と意識されているようだ。芭蕉に 関しては,国定教科書では穎原退蔵氏の文章を 載せており,検定教科書でもその傾向は踏襲さ れている。国定教科書の影響が反映していると

認めてよいだろう。

全般的に古典教材が少ないので,万葉集・徒 然草・芭蕉以外の教材は2~3割程度の採択で

あるが,梁塵秘抄はどの教科書も採択しておら ず,羽衣や江戸時代の和歌は1種の糸の採択と なっている。

検定教科書独自の傾向としては,江戸時代の

随筆や笑話の類が比較的多く取り上げられてお

り,これらは,検定教科書による新しい教材の いるはずもないので,戦後もなお戦前の教科書

を使用していたが,勿論それは無条件の使用で はなかった。「文学」(岩波書店,昭27.8)

の誌上座談会「教科書に現われた文学」の中で 篠田利逸氏は,当時の事情を回想して次のよう に述ぺている。「司令部が,この課はいけない,

この課はよいといって,どんどん消される。字 なんかも書き変えてくる。だから上下二冊のも のが,合わせて-冊ぐらいにしかならない。す ると-冊分足りない。そこで-冊急応に補給す るわけです。その頃は,表紙もないような本を 配給したわけです。そこでどうしても,戦後の 新しい本を作らざるを得なくなった。」このよう に,この教科書は必要に迫られた応急措置とし て発行されたものであった。文部省は同じ22年

9月に,教科書の検定制度を発表しているが,

この国定教科書を作った時点では,「文部省と しては,検定教科書のことは,夢にも思わなか

ったのが実情だと思います。」(「文学」同前 掲書)とあるように,文部省としては,この国 定教科書を検定教科書のモデル的存在として考 えてはいなかった。したがって,指導要領を踏 えた上での規範的性格を持ったものでないこと は時期的にも勿論明白なことである。

また,昭和22年の学習指導要領には,「参考」

の項に「単元を中心とする言語活動の組織」が 出ている。それを踏まえて,翌23年に行なわれ た教員再教育指導者養成協議会で,単元学習問 題が協議されるなど,23年頃から,単元学習問 題が盛んに論議されることになった。

以上のように,国定教科書の発行直後,教科

書検定制度,「学習指導要領国語科編(試案)」,

単元学習理論など国語教育界には,制度や学習 理論の根本的な改革がつぎつぎと現われた。し たがって,検定制度による戦後の新しい教科書 は,当然全く新たな方針,企画のもとに出来あ がる筋であった。国定教科書は,方針,内容1 制度のどれをとっても,新しい教科書の規範で はなかった筋である。しかしながら,一般的に は「検定を通そうということから終戦後の文部

省の教科書が手本になったらしい事情が認めら

(4)

深川:中学校における戦後の古典教育 39

(表1)

昭和24.25年度使用教科書古典教材一覧表

六墨子の説(野村岳陽「現代語訳墨子」)

七荘子と列子(林語堂「支那のユーモア」

吉村正一郎訳)

八日本における漢文漢学

九詩五首

十古都三景

±蔓十節の由来 二孟子とその主張

日本の文学に大きな影響を与えた中国の文学 を,古代から現代に至るまでその風土までも含 めて,総合的に学習する方針が出ており,分量 的にもかなり多い。検定教科書では,この編集 方針は基本的にくずされている。しかしなが ら,「中等新国語文学編」(昭26)では,一年

「中国の春」,二年「中国の風土」,三年「中 国の文化」と単元が並んでおり,国定教科書の 影響がわずかではあるが,反映されている。

以上,総体として,古典教育においては,国 定教科書の教材が規範性をもったと言うより,

一応教材選択の基準にはなったが,それに強く 影響されることなく,新しい教育方針に沿った 方向を見つけ出そうとしていた姿勢が窺われ

る。

教材名|頻度数|教材名|頻度数 万葉集歌

鑑賞文 古今和歌集 新古今和歌集 良寛・曙覧・言道 芭蕉俳句 散文 鑑賞文 蕪村 枕草子 徒然草 更級日記 平家物語 宇治拾遺物語 今昔物語 蘭学事始

狂謡笑川

54342

ロ曲話柳

調査教科書名 国語生活(日書)

新しい国語(東書)

国語の教室(中教)

国語(教図)

新国語(二葉)

私たちの国語(秀英)

中等国語(学図)

中等国語(三省堂)

新生国語読本

(富山房)

中学国語(大修館)

37222

発掘として評価すべきであろう。

以上の概略の中で,検定教科書の性格として

言えることは,国定教科書に取り上げられた代

表的な一流作品を採択の大きな基本の柱としな がらも,現代の生活とのかかわりにもかなり目 を向けていることである。国定教科書に出てい

ない教材の持っている意味を大きくまとめてゑ

ると,現代と古典を結ぶもの,現代の生活の中 にも生きている古典と言う観点から選択されて

いると言えよう。

次に漢文の方を承ると,国定教科書では,教 科書4分冊のうち1冊が中国文化に関係した教 材で占められている。具体的な例として,三年 生の目次を挙げておく。

一詩五首(書き下し文)

二和漢朗詠 三白楽天の詩

四螢雪の功(室直情「駿台雑話」)

五漢字の話

3検定教科書・単元学習論・学習指導要領の

改訂(昭26)

検定教科書の使用は,昭和24年4月から始ま った。この年はまだ,文部省著作のものと併用 されたのだが,国定教科書の方はほとんど使用 されなかった。文部省は,翌25年2月には,国 定教科書の編集を打切っている。教科書会社の 方では,検定制度の発表からすぐ準備体制に入 り,早いものでは,たとえば「国語第一学年 用」は前年の昭和23年8月15日検定済となって

いる。

検定制度と相前後して,単元学習論が大きな

話題となって,これは直接すぐに教科書に反映

した。昭和24年使用の「国語」「新国語」「中

学国語」は単元による編集を取り入れておらな

いが,その他は,大体単元構成による編集を行

なっている。

(5)

金沢大学教育学部教科教育研究 第7号昭和49年 40

単元学習は国語科においては,中学校教育関 係者の方から提唱され,小学校より-歩先んじ

て研究が進められた。しかし,単元学習が定着 するまでには,国語科の単元と言う名称自体が

本来の単元学習の理論と矛盾するという意見を はじめ,いろいろな問題が提起された。が,とも

かく,「国語科における単元学習」と限定して

単元学習を考える意見に定着し,学習指導法な

ども,昭和29年文部省から出された「単元学習 の理解のために」や「中学校・高等学校学習指 導法国語科編」などで一応の結論が出たようだ。

承古典について触れていたのと比較すると,古 典教育重視の方向を明確に読承とることが出来

る。改訂指導要領による教科書の使用は昭和27

年度からである。次に教科書を通して古典教育 の動向を考えて承ることにする。

4単元名に現われた古典教育の方向

昭和26年に改訂された学習指導要領の中に,

高等学校一年の単元展開の例として,古典教育

が挙げてある。単元の題名は「古典はわれわれ の生活とどんなつながりがあるか」で,その目

標を20項目にわたって挙げている。その中で古 典教育が独自で荷っている目標は,次の六項目

である。(中学校の場合もこれに準拠するもの と考えて取りあげた)

1古典と自分たちの生活とのつながりにつ いて学ぶ。

2古典をとおして過去の時代と過去の人々 の生活を理解する。

3古典に書かれた多くの価値ある,また美

的内容を知る。

4古典の価値を理解して,古典についての 意見を持つようになる。

5古典の読永方・味わい方を知る。

6われわれの生活にも役にたついろいろな 性格や行為,たとえば,正直・勇気・親切

・ユーモア・公平・思いやりなどの例を古 典の中に見つけだし,それについて反省し

たり,討議したりする。

以上の中で,1や6は古典を学んで,知識・

教養を高めるだけでなく,現代の生活とのかか わりを積極的に見つけ出すことを目標としてい る。これは,表2で見ると,29年までに多くそ の傾向が現われており,30年以降は古典教材が 一括してまとめられ,また,文学としての理解

・鑑賞を中心とした単元構成が増えている。国 語教科書編集の機運としては,生活単元的構成 からしだいにジャンル別の国語科における指導 内容を明確にした単元構成へ動いており,古典 教材の場合それがより端的に現われている。確

かに,国語科教育の目標が国語科独自のものを 昭和22年に『学習指導要領国語科編』の試案

が出され,中学校の国語教育については,古典 教育からの解放が,一つの理念であった。その 後文部省は,昭和26年10月に『中学校・高等学 校学習指導要領国語科編(試案)』を改訂版と して発表した。これによると,「まえがき」中 の「国語科はどんな方向に進んでいるか」の項 に,「古典よりも現代文学のほうが生徒にとっ て興味もあるし,能力にも合っているから,国 語の教育課程の中では,後者のほう(筆者注一 言語生活の向上に必要な能力)がもっと重要な 地位を占めようとしている。けれども古典の学 習指導を捨ててはならない。多くのりっぱな価 値ある作品が過去において書かれてきており,

それを読解する力がつけば,その読書は楽しい

●●①●●

11,のであるばかりでなく,われわれの祖先の生

●●●●●●●●●

活や精神が理解される。古典の学習が不要なの

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

ではなくて,国語教育を古典に限ることが狭し、

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

とし、うのである。」とある。

●●●●●●●

昭和22年試案では戦前の古典偏重主義の反動 として,古典教育からの解放が強調されたが,

先に指摘したように,古典教育の独自の目標や 機能についての論議がなかった。今回もまた,

古典教育の本質的な内容には触れずに,昭和22 年試案への反省と言う形で,古典教育が強化さ れるべきであることを示唆している。そして,

「各学年の具体的目標」の項で,第二学年に

「注釈を利用したりしてやさしい古典の物語を

読む」と出ており,昭和22年試案で,三年lこの

(6)

深川:中学校における戦後の古典教育 41

見い出し,その目標に沿って内容が精選される型的な展開例として重要,かつ必要であった。

1.

ことはその方向として,重要なことである。し一方,古典教材の場合,最初から「古典」と かし,それには国語科の個々の領域からの検討した単元も多く,この場合は,言語抵抗を除 屯併行して行なわれることが必要であったのだき,内容を把握すると言う古典教材そのもの仁 が,実際にはそのような動きが見られない主ついての理解・鑑賞に主眼が置かれる。古典教 主,全体の動きに押し流されてしまった。育においては,この方向が国語科の学習内容の 古典教材が現代文と一緒になって単元を構成精選や系統学習理論の高まりの中で,急速に広 している場合や言語生活に視点をおいた単元名まっていった。

を付けてある場合などには,生活との関連の中:ここでは,単元名の変化の中にそのような現 で古典を捉えてふようとする姿勢が一般的に窺象を見いだしたいと思う。なぜなら,単元の題 える。その意味では,改訂指導要領の中で,古名の付け方の中に単元学習に対する考え方が反 典とわれわれの生活との関連を取り上げて,<映しており,究極的には古典教育の姿を象徴し わしい展開を示したことは,それが古典教育のているからである。=

当面の重要な課題であることを示しており,典

(表2)

古典と現代文から構成されている単元

◎言語生活に観点を置いた単元名

観 点 24年~26年 27年~29年 30年~32年

明るい笑いのある生活

明るい生活① 話す楽しゑ① 住承よい世界を② 力を合わせて③ 生活の反省③ 人間の生き方③ 笑い①

ユーモア②T,③ ユーモア①

秋思② 詩情③

詩のこころ③ 美の世界③ 思索と随想③

心情を 豊かに

偉大な足跡② 先人のおもかげ③ 創始者① 未知を解く鍵②

目を世界に② 学びの道③

未来への探求

人類の夢② 探求の心② 学びの道③ 探求の精神③

求める心② 学びの道③ 探求の精神③

本と図書館③ 読書を楽しむ② 読書と辞典① 読書② 読糸とる力② 読書について③ 劇①T 劇の鑑賞② 劇の今と昔③

読書活動・演劇活動

楽しい学芸会① 演劇の道③ 劇のいろいろ③ 劇の演出法③

劇①T,③ 劇の上演② 三つの舞台③

(7)

42金沢大学教育学部教科教育研究 第7号昭和49年

わが風土③ われらの風士③

中国の風土② 春の山③日本ところどころ③ ゆたかな大地③

風土

鰯念結壼③

読むこと聞くこと①研究発表②

その他|東洋と西洋③

◎ジャンル及び機能に着目した単元名

ジャンル 24年~26年 27年~29年 30年~32年

昔話①T 民話と昔話①

民話①

言いつたえの文学① 昔話と伝説② 昔の物語①

民話① 昔の話①,② 昔話と伝説②T 昔話・伝説・民謡② 民話と昔話②

昔話・物語

物語の読玖方②

随筆 紀行と随筆③

思索と随筆③ いろいろな随筆②

随筆③

詩l詩③ 詩歌の鑑賞③ 詩の味わい②

歌どころ②

短歌と俳句のおもしろさ② 和歌の心③

短歌の味わい②

短歌

和歌と俳句③

俳句|俳句③ 俳句の心③,俳句③Tl俳句のおもむき③

戯曲⑧

脚本の頃

之学の理解③ ③ に学の鑑賞③

に学の鑑賞③文学への道③ 界の文学⑥

含|論

その他 古典と現代③ ことばのはたらき②

文章のうつりかわり① 今のことば昔のことば③ ことばの味②

古典教材で構成されている単元

◎言語生活に観点を置いた単元名

24年~26年 27年~29年

JOD、 30年~32年

笑いの文学②T ユーモアの文芸② ユーモアを味わう② ユーモア③T 笑い③

ユーモアを味わう②

明るい生活

ユーモアを味わう②

離雛ず雲て③

伝統|伝統をたずねて③

中国の風士② 東洋的なしの③ 風土

(8)

深川:中学校における戦後の古典教育 43

その他|文を解く鍵② 劇③

◎ジャンルに着目して構成した単元名

30年~32年 昔の話①T 昔の物語を読む① 昔の物語①下 27年~29年

昔の物語を読む① 昔の物語②T 24年~26年

昔の文学① ジャンル

三五口ロ

②③③

歌人と俳人 和歌と俳句 短歌と俳句 詩歌③ 和歌と俳句③

韻|詩歌の伝統③

豊かなことば② 日本のことば③

壷叩

一一一一口

中国の古典③ 漢文体の読承方②

中国の文学② 漢文を学ぼう② 中国の古典③TF 漢文体の文章③ 中国の詩文③T 中国の古典②

中国の文化③

中国文学

(漢文)

古典から① 古典入門② 古典に親しむ②③ 古文に親しむ②T 今と昔一古典の世界② 古典③

古典の世界③ 日本の古典③

。古典の心③ 古典をよむ③ 古典から③ 古典入門③ 古文を読む③ 古典のにおい②

古典を学ぼう②③ 古典への一歩② 古典のしおり② 三つの古典② 古典の世界②③ 古典の伝統③ 古典③T 古典のかおり③ 古典を学ぶには③ 古典の鑑賞③T やさしい古典③ 古典入門③T 古文の鑑賞②

古典入門③T 古典のかおり③ 日本の古典③ 古典の鑑賞③ 古

(総合)

の後の符号は二種以上の教科書が同じ単元名になっ ていることを示す。

備考

①文部省は,国語科の学習に関して,26年に学習指 導要領の改訂版を,29年には「中学校・高等学校学 習指導法国語科編」を,33年に「中学校学習指導 要領」の告示を行なっている。上表の年代の区分は これが基準となっている。

②調査の対象にした教科書は21社27種であるが,

二,三の教科書で調査出来ない学年もあったので,

多少の調査漏れがある。

③単元名の後にある数字は学年を表わす。さらにそ

単元の構成は二つに大別される。一つは古典

教材と現代文の教材が混交している場合で,他

の一つは,主として古典教材の承で構成されて

いる場合である。前者の場合は,更に二分され

る。その一つは,言語生活のある断面に着目

し,その観点から単元名をつげたものである。

(9)

第7号昭和49年 金沢大学教育学部教科教育研究

44

が,「古典」と言うことばを使用した単元をま とめてゑたd数の上からも圧倒的に多い。一般

的には,この時代の教科書は生活単元によると 言われながらも,古典教育の場合は必ずしもそ

うであったとは言えない。逆に言うと,古典教

育は,単元構成で見るかぎり,指導法その他に

おいて,生活単元形態による学習ではない方法 もかなり多かったと言えよう。

これは,①明るい笑いのある生活に観点をおい たもの,②心情を豊かにし,思索を深めるなど 精神生活を豊かにすることを意図したもの,③ 先人に学び,未来へ向う力を探究するもの,④ 読書活動や演劇活動に関するもの、⑤民族の文 化を生承だす土壌となった風土に着目したし の,⑥その他世界へ目を向けたものなどに一応

分類出来る。

以上の分類と年代の関係を承ると,③④を除 く,①②⑤は30年以後の新たに検定済となっ た教科書には出てこない。②⑤など抽象的で 学習の目標が明瞭でない単元名はしだいに姿を 消した。①は29年までかなり多くの教科書に出 ていたが,世相の落ち着きとともに,やはり姿 を消していった。③も分量としてはかなりまと まっており,昭和33年の学習指導要領告示以前 までは,古典教材の中にも未来へ向かう力を見 いだしていたことがわかる。生徒にそのような 積極的態度を身につけさせることは大切であ り,古典教材にもその観点を見い出そうとして いた姿勢が窺える。④も分量としてはまとまっ ている。年代を見ると,読書活動が増加し,演 劇活動が減少する傾向をふせているが,これは 単元学習が国語科としての単元学習に定着しつ つあることと大いに関連しているようだ。

総体として,次のジャンル別と比較しても言 語生活に着眼して単元を構成している比重が多 く,特に29年までにそれが著しく見られ,この 年代の大きな特徴となっていると言えよう。

次に、主として古典教材で構成されている単 元について一言述べておく。言語生活に観点を 置いた単元名では,笑いの単元に注目しておき たい。これは戦後の世相が,明るい笑いを要求 したため世相を反映した単元だと思うが,笑い の中に本質的に含まれている調刺が,調刺文学 としての機能を充分仁果さないうちに,世相の 落ち着きと共に単元から消えてしまった。収録 されている教材を見ると,笑いの本質的な意味 を充分仁踏まえて付けた単元名ではなかったよ

うだから止むを得ない現象であった。

ジャンル別のところではJジャンルではない

5単元学習における古典教育の実践例 戦後,中学校における単元学習の実践者とし

て,その推進のために大きな足跡を残された大

村は主氏の古典教育の実践に少し触れておきた い。

その一つは,野地潤家氏によって紹介された

ある生徒の学習記録に見られる実践である。

(『古典の教え方」<物語.小説編>昭47右文

書院刊所収,単元「古典入門」で学習したノー トの目次と目次中にある研究発表会のプログラ

ムが紹介されている。)これを見ると,古典研 究会を開催することを目的として企画された学 習指導で,研究発表会が平板にならないよう各 教材の取り扱いに工夫がこらされている。たと えば,作品作家研究。朗読・感想文・討論会な

どである。そして,研究発表会に向けて,それ ぞれの準備をふくめた総合的活動が学習活動 となっている。学習活動の企画の面白さ,教材

の取り扱いの多様さなどに目を見張るものがあ

る。

紹介された資料から,当時使用されたと思わ れる教科書(中学総合国語五・教図)を参考に 挙げておく。

古典入門 古典研究会 案内状 学習資料

古事記万葉集枕草子平家物語謡曲 つれづれぐさ論語・漢詩

さらに「古典研究会」の項を引用する。

(10)

深川:中学校における戦後の古典教育 45

1「物語の中の少女」更級日記の現代語 訳的創作(堀辰雄)

2扇の的平家物語の現代語訳

3木のぼり徒然草109段,185段,45段の

原文と現代語訳

4うつくしぎもの枕草子から「うつくし きもの」「にくきもの」の原文と注釈樫 単元設定の理由には,「中学校を義務教育の 完成段階であると考えると,現代文化のもとに なっている,また,近代文学の伝統的背景とな っている古典に生徒を結ぶ学習を,ぜひ,させ ておきたいと思う。そして,現代の文化・文学

の理解に奥行きを加えさせ,次の新しいものを 生糸出す力の,一つの源泉としたいと思う。」と

あり,また,「中学校の古典学習のあり方」を

問題として,「中学校の古典学習は,古典の読

解力をつけることや文学史的知識を与えること

でないことはだれも承知していることである。

しかし,それでは中学校での古典はどのように

展開したらよいであろうか。」と述べている。

17時間にわたる学習指導記録をみると,以上

引用した通り,現代に基盤を置き,現代からの 視点で古典教材が捉えられている。また,技術 的にも単なる読解に陥いることがないよう配慮 して,指導法にもいろいろ工夫が凝らされてい

る。次にその学習内容の一部を紹介する。

.「扇の的」と自分との関係を箇条書きにす

る。

.「扇の的」の話のどういう点が長く国民に 愛されているかを考える。

.「木のぼり」を読んで思い出した話をしあ

う。

.「馬乗り」を読んで学んだことを標語風に

短くまとめる。

.「えの木の僧正」の話のあとにつづける結 びのことばを考え話し合う。

。「うつくしきもの」「にくきもの」それぞ

れ共鳴するものを発表し合う。

指導の基本的方針としては,古典にある考え 方と現代の考え方を比較させて,古典が現代の 生活と深く関・係していることを理解させるなど

国語研究会一単元古典入門

第1日作品発表会プログラム 開会の辞

朗読………万葉集から 幻燈………若紫(源氏物語)

幻燈………雀物語(宇治拾遺物語)

放送劇………日本武尊(古事記)

朗読………雪の山(枕草子)

作品研究………枕草子について 放送劇………故郷の花(平家物語)

閉会の辞 第2日講演・討論会

一源氏物語の味わいについて……春木先生 二討論会「つれづれぐさ」を読んで……全員 第3日討論会・謡曲鑑賞

一討論会「論語」を読んで……全員 二謡曲鑑賞「羽衣」(レコード)

以上の単元構成は紹介された実践の資料と学 習形態・学習内容においてほぼ一致しており,

大村氏の実践は基本的には教科書に依拠して行

なわれたものであることがわかる。しかし,詳

細に見ると,朗読に必要な技能の習得をめざし

た「古典和歌の読承方」を挿入したり,討論会 を実りのあるものにするために,「徒然草」や

「論語」などはその下準備のための読糸を行な

うなど,単元運用上の学習活動に細かい配慮が 払われている。また,「古典は青年に必要か」

など,古典を自分自身の中で問い直し,考えな おしてふようと言う観点も入っており,単に教 科書の枠内に留まってはいない。

そしてまた,研究発表会のための教材の内容

的研究準備と併行して,発表会を開催するにあ

たっての進行上の問題にも注意をむけながら,

総合的に学習活動を進めている点などには,当 時の単元学習の典型を見い出すことが出来るの である。

次に,もう一点,『徒然草学習指導の研究』

(昭37・三省堂)に収められた実践記録に目を 向けて承よう。

単元の題名は「古典に親しむ」で教材は次の 通りである。(教科書は「国語」三上.筑摩)

(11)

46金沢大学教育学部教科教育研究 第7号昭和49年

現代を軸にしての古典学習の捉え方であると言

える。

古典教育は,一般的には,その後次第に読解中 心主義に陥って,現代からの問いかけの姿勢を 喪失していくことになる。また,この実践を前 の実践と比較すると,単元学習の機能が全く違

っていることに気がつく。単元学習がどのよう

に変化しつつあったかが如実にうかがわれる。

いる-と実際の指導の場合との落差を感じさ せられた。

次に,単なる内容の読解的理解に留まってい ない設問の一部を挙げておく。

。(昭27検定済)「総合中学国語」三下

。「忠度の都落」この作者は平家の没落をど ういう気持で描いているだろうか。

.「宇治川の先陣」鎌倉武士の精神が強く

出ているところを調べて書き出してふよ

う。

。(昭29検定済)「中学国語」この上

「九年母・義太夫・狩人」こういう話をお もしろがった江戸時代の人たちの気持を考

えよう。

。(昭31検定済)「中学校新国語」二年

「かぐや姫」古代の人たちは,天上の世界 と人間の世界とについて,どのような考え を持っていたのでしょうか。

次に,古典教育が現在の生活とどのように関 係しているかなど,現代との比較の中で古典を 考えようとする立場に立って設問がかけられて いるものに注目してふよう。この観点から設問 が多く出ているのは,「枕草子」である。少し 例を挙げる。(設問の文章は簡単に要約した)

。あなたがたは四季のおもしろさをどう感じ ているか。清少納言の感じ方との差はどうで あるか。(昭26「国語生活文学編」三の上)

。「枕草子」の自然・人事に対する作者の見方 や感じ方についてどう感じたか。(昭26「中

等文学」三上)

・自然や人事を作者はどう考えているか,私 たちの感覚とどうか。(昭27「中学生の国語」

三下)

。清少納言の四季のけしきについての細やか な観察のしかたをよく味わって,その感想文 を作ってふよう。めいめいの四季のけしぎに ついての観察を領要よくまとめて,随筆を書 いて承よう。(昭27「中学標準国語」三上)

。「かわいらしいもの」「にくらしいもの」

について文章を作る。清少納言の感じ方と比

較する。(昭29「中学校国語」三上)

6教科書の設問からみた古典教育の問題点 教科書の中に出てくる「学習のために」とか

「学習の手引」とか言う設問は,学習の具体的 目標が端的に反映されている。古典教材に出て いるこれらの設問について一言触れておきた

い。

文部省が昭和26年に発表した学習指導要領の 中には,古典教育の目標として20項目あげてあ るが,この中の主な古典学習の目標を整理する と,二つに焦点が絞られる○一つは,古典の教 材それ自体の理解を主として学習するもの,他 の一点は,古典が現代の吾々の生活とどのよう な関係があるかと言う観点から古典を学習する

立場である。

中学校の古典教育は読解指導が中心ではない

ので,そのために,なるべく言語抵抗を少なく

する配慮がなされてはいるが,全く言語抵抗を

なくしてしまった口語訳ばかりでは,古典教育

の本質に岸る゜したがって多少の言語抵抗は止

むを得ないことであるから,設問の中に,言語 抵抗に関するものが含まれるのは当然で,むし

ろ,現代語と比較することによって言語感覚を

鋭く豊かにすることは重要なことである。ま

た,古典と現代の生活との比較や,自分自身の

考え方.感じ方と比較するためには,古典教材

の内容理解それ自体が先行する。したがって教

材そのものの内容上・文体上の理解に関した設 問が多いのも当然ではあろう。しかし,その中 には,読解に終始してしまった,全く発展性の ない設問の承で終っている教科書もかなり多く

中学校における古典教育のたてまえ-多くの

教科書は単元の初めにそれらしきことを述べて

(12)

深川:中学校における戦後の古典教育 47

以上は,自然に対するものの見方,感じ方を

「枕草子」と比較する設問である。その外,社 会や生活へ目を向けて現代と比較した教材はほ とんどない。現代との関連で古典を見直そうと いう積極的な観点も,充分仁生かされず,形だ けそれらしきものが取り上げられたと言う結果 になっている。総穆体的に設問に関しては,不充 分な点が多く目立つ。

次に,古典教材の設問が類型化している中で 異なった角度から設問をかけているものを挙げ る。それは「新しい中学国語文学三」(昭28 検定済)の「古典に親しむ」に出ている「藤原 宮」(北山茂夫)に対する設問である。この教 材は,単元の前がきに「わたしたちと直接血の つながっているわたしたちの祖先の生活記録一

『日本の古典』_から人間としての生き方を学 びましょう。」とあり,また,教材の前にも,

「どんな点がすぐれているのか,なぜそうした 歌集が生まれたか-というところまで調べな くては,古典のねうちを知ったとは言えないの です。」と書いてある。そして,学習の手引に,

「藤原朝の貴族たちはどんな生活をしていたの か。」とか,「藤原朝の貴族たちは,天皇をどう ゑていたか。」「奈良朝の貴族の生活を調べ,万 葉集の奈良朝の歌との関係を調べよ。」「ある時 代の社会と,その時代の文学とはどんなつなが りをもっているか説明せよ。」などの設問が出て いる。これらの設問は,-面では国語科の領域 を越えているかも知れない。しかし,古典を通 して,わたしたちはわたしたちの祖先のものの 見方,考え方,生き方を理解するという時,そ れを生承だした母体であるその時代の社会につ いての認識なしには行ない得ない筋である。こ こにあげた設問は,一つは,古典教育の目標・

機能から帰納される領域の範囲と言う問題を提 示しており,もう一点は,教材によって,設問 の観点がある程度決まってくること,したがっ て教材の選定は非常に大切だと言うことを示唆

している。

最後に,「中学校新国語」二年の教科書に単 元「今と昔一古典の世界一」のまとめとして,

古典を読む上での注意を,①内容面②ことば の面③現代とのかかわりの面,の三点にわけ て,簡単に述べている。内容面では,「人間の 考え方はどのようであったか。」「その時代の社 会のありさまは,どんなであったか。」などにつ いて,また,現代との関係では,「昔の人たち の考えやことばや文字が,私たちの日常生活の 中に,どのように伝わりどのように生きている かを考えて承ましよう。」などが挙げてある。設 問の中ではこれらが充分仁現われていたとは決 して言えないが,このような観点が一応考慮さ

れてはいたのである。

7系統学習・中学校学習指導要領(昭33)

戦後の教育に対する全般的な反省,批判とし て,系統学習が盛んに言われるようになり,国 語科でも昭和32年頃から,各地の研究会で論議 されるようになった。そして,その翌年の昭和 33年10月に「中学校学習指導要領」が告示され た。今度の学習指導要領は,22年,26年の試案 とは異なり,学校教育法施行規則の規定を受け て.「各教科その他」の目標,内容について基 準となるべき事項を示したものであり,その基 準的性格が大きな特徴と言える。したがって,

学習指導要領においては,教育課程の基準とし て規範性を持つことに限定して述べ,指導法な どに関することは,指導書,手びぎ書などで解 説することになった。『中学校学習指導要領の 展開』(昭34.明治図書)には,このことに関 して,「改訂中学校学習指導要領の各節各教科 の内容等に関する事項は,従来の学習指導要領 各科編のうちの内容に相当するものであるが,

特に今度は学年別に配当し,いずれの学校にお いても,取り扱うことを必要とするものを精選

して示し,教育課程の基準性を明らかにするよ

うに図ったのである。」と解説している。

さらに同上褐書においては,改訂の基本方針 を4項目にまとめているが,その第2項目に,

「教材ならびに学習活動を精選し,基礎的,本

質的な学習に力を注ぐようにする。」と出てい

る。系統学習論を根底にした知育偏重的傾向が

(13)

第7号昭和49年 48金沢大学教育学部教科教育研究

ついても考えさせ,古典に親しゑ,その内容を

<ふとり,祖先の思考や心情をうかがい知るこ とになる。」と書いてある。ここには,古典を静 止的観点から捉えて,専ら古典の内容理解,そ してそれらを創り出した人だの考え方,感じ方 の理解に目標を置き,古典を知識や教養として 考えている姿勢が出ていると言えよう。

現われはじめ,また,系統学習論が指導要領の

基準性と結びついた時に,教材の精選が頻繁に

論じられるようになった。

では,今度の学習指導要領の中で,古典教育 はどのような取り扱いがなされているのであろ うか6学習指導要領の第三「指導計画の作成お よび学習指導の方針」に,「古典については,

基本的なものに適宜ふれさせ,古典に対する関 心を持たせるように留意する。」と出ているに過

ぎず,古典教育の目標・機能についての根本的

見解は,ここでも明示されなかった。

また,学年別の指導内容の中では,「読むこ と」の(3)「指導にあたっての留意事項」の項で 古典に関して次のような事項を挙げている。

(1年)古典をわかりやすく書き換えた文章。

(2年)古典に興味を持たせるように書いた文 章。

格言・故事や成語・短かくてやさしい 文語文。

(3年)現代語訳や注釈などをつけたり書き下 したりして,理解しやすくした古典。

昭和26年のものと比較すると,古典教材が-

年生から入るようになったこと。学年別の古典 教育が系統化され,明確になったことなどを挙

げることが出来る。

文部省としては,古典重視の傾向を肯定して いるが,一方,中学校における古典教育は,読 解力をつけたり,文学史を理解させたりするこ

とが目的ではなく,あくまでも,古典に対する

関心を高め,古典に親しむ態度を養うのが目標 であることを強調している。以前の学習指導要 領における古典教育の解説には,古典の学習の

現代的意義とも言うべき,現代の生活とのかか わりの中で,古典を捉えようとする姿勢が承ら

れた。しかし,今度の改訂では,古典教育が重

視されながらも,そのような観点には触れてお

らず,古典に親しむ態度を強調しているにすぎ

ない。

また,文部省が,学習指導要領告示の翌34年 9月に発刊した『中学校国語指導書』には,古 典の学習によって,「わが国のことばや文学に

8教材の精選

系統学習論とともに教材の精選が大きく論議

されるようになってきた。そこで,古典教材に ついて,少しまとめておく。

(表3)

古典教材一覧表

ロロ 名’’昭281昭381昭47 古事記

万葉集 古今和歌集 新古今和歌集 金槐集 千載集 上記以外八代集 山家集 竹取物語 伊勢物語 源氏物語 堤中納言物語 平家物語 宇治捨遺物語 今昔物語 古今著聞集 十訓抄 更級日記 枕草子 徒然草 狂ロ 謡曲

982462

111 544

4872

468

12

155693

11 466

10 11 11

(14)

深川:中学校における戦後の古典教育 49

の作品群と同様,基本的作品として扱われる

ようになった。・

3源氏物語や西鶴の作品は,28年には姿を見 せておらず,38年に約半数近くの教科書が収

録した。しかし,47年にはまた姿を消してい

る。結局,一流作品であっても中学校の古典 教材としては不都合であったのであろうが,

西鶴の作品については,研究の余地が残って

いる。

4今昔物語を38年には教科書の5割が採択し ている。これは,-年生から古典教材が取り

上げられることになったため,一年用教材と して採択された。28年には宇治拾遺物語が説 話文学の代表として取り扱われていたが,47

年では今昔物語が6種中5種まで取り上げら れ宇治拾遺物語とその地位を交替した。

5狂言,川柳,狂歌,笑話の類は,狂言を残 して,47年には全く姿を消している。基本的 作品の性格を一流作品と限定して考えるなら ば,勿論これらは含まれないが,その時代の 多くの人々の考え方,感じ方を端的に表現し ており,また,言語抵抗も比較的少ないなど 中学生の教材としては再考の余地があるので はないか。調刺文学の持っている社会的機能 など,勿論本質的討議の必要性もある。

6江戸時代の随筆が,28年に比較して,38年 には著しく減少している。28年と38年では,

一般的には古典が重視されているから多くの 教材は増加の傾向にあるのだが,この類の承

は例外である。33年の学習指導要領告示の頃

から教材の精選が盛んに言われたことについ ては,前述したが,古典教材の場合具体的に

は,江戸時代の随筆の削除として現われた。

ロ叩 名’昭281昭381昭47 良寛・言道.・曙覧

狂歌 芭蕉俳句

@F文 其角・嵐雪・去来 蕪村 茶 川柳 笑話 西鶴作品 雨月物語 東海道中膝栗毛 東西遊記 玉かつま 花月草紙 雲葬雑誌 蘭学事始 勧進帖

642386362

0645

22

備考28年度使用教科書 38年度使用教科書 47年度使用教科書

17種

16種

6種(参考)

昭和33年告示された学習指導要領の実施は,

昭和37年度からである。上記の表は,昭和38年

度使用の教科書とその10年前の教科書の古典教

材を表にしたものである。表から次のことが言

える。

1万葉集,枕草子,徒然草,平家物語,芭蕉,

蕪村などの作品は,28年度から7割以上の教

科書に採択されており1それらの作品の占め る位置は,38年にはより比重が多くなってい る。また,47年にも蕪村を除いてほとんどの 教科書に出ており,古典教育における基本的 作品と言う性格を備えてきた。

2古今和歌集,新古今和歌集は,28年に比較

すると,38年では8割以上が採択している。

また,47年でもその傾向は持続しており,1

9文法の重視,読解中心の学習指導

古典教育は,単なる読解で終ってはならない と言う理念のもとに,文法が積極的に論じられ ることは,最初の頃は少なかったが,古典教育 が重要視されるようになって,文法についての 問題もしだいに取り上げられるようになってき た。長谷川孝士氏は,「徒然草学習指導研究」

(15)

第7号昭和49年 50金沢大学教育学部教科教育研究

第3時内容の読永とり2(構成の研究)

第4時内容の読承とり3(作者の意図と作品 の主題の話し合い)と感想文の記述 上記の通りであるが,第2時をくわしく書く

と,

1教師の範読

2口語訳とくらべ読糸をしての難語句の質疑

3古文の文型の特徴の整理一とりたて-

イ主語,述語のない文型 ロ文末語の働きと意味

となっている。さらに,この時間の「指導上の 留意点」の文法に関しては次のようである イ主語や述語の省かれた表現があること pあるべき助詞のない表現があること

'、助動詞のはたらき

二係結びの法

全体の流れとして,ことばや構成などの正確 な理解に中心をおいた内容の読永とり(読解指 導)になっている。なかでも,正確な理解のた

めに文法の果す役割が重視され,文法へかなり

比重のかけられた指導案だと言えよう。さらに

「指導記録ノートから」として,「現場におい ては,生徒の口語文法の習得すら,あえぎあえ ぎの現状ではあるが,文語文と古典とが全くき りはなせぬ縁にあるならば,やはり,中学校の 古典学習過程において,文語の基本的特質とも いうべき面だけでも,重点的におさえていくこ とが適切ではないだろうか。」と言う文法教育の

必要性を指摘した反省を加えておられる。

国語科の教育が,読解中心になっていった中 で,古典教育も読解中心の指導法に変化してい ったわけだが,より正確な理解を求めれば求め るほど,文法教育の分野に入っていかざるを得

なくなった。ここに紹介したのは一つの実践に

過ぎないが,この時代の一典型として挙げたわ

けである。

昭和33年の学習指導要領で,古典教育におい

ては,現代からの問いかけがなくなったため,

古典教材の内容それ自体への理解が重視され て,そのために基礎的な文法の学習が重んじら れたのは当然なことであった。昭和35年度の

(『徒然草学習指導の研究』昭37・三省堂所収)

の中で,「中学校では『文語文法』を扱わなく てい、いということに安住していて,さながら

『扱ってはならない』,『扱う必要はない」と いう考えかたに立つのは妥当と言えない。考え かたとしては,『思い切って=文学教育=を前 面に押し出し,語法や文法を=文学教育=に奉 仕させる』ということになる。」と述べて,正確 な読解のためにはその基礎となる文法教育が必 要であること,それは,決して,「体系として

の文語文法」「文法のための文法」ではなく,

読解のための文法指導でなければならないこと

を強調している。

次に,雑誌「教育科学・国語教育」(昭42, VOL106)に発表された遠藤一雄氏の「徒然草 五十三段『鼎かぶり』の指導」の実践に目を向 けてゑたい。氏は,単に文法のみにとどまらず 注釈についての問題を提起して,中学生の古典 教育を計画するとぎ,「いったい,どの程度の 注釈を,いかなる方法で,どこで指導したら所 期目標がまっとうできるのだろうか」と問いか

けておられる。

「指導目標」としては,

1日本の古典文学作品に親しゑを持たせ,そ

の作品の価値に気づかせる。

2作品のなかに,あらわされている,作者の ものの見方,感じ方,考え方を読糸とらせる。

3古典語,語法についての基礎的理解を得さ

せる。

以上三点が挙げてある。1,2は内容の理 解,読永とりを目標としており,3はその基礎 となる文法指導が意図されている。作品が学習

者に働らぎかける教育的機能についての面から

の学習ではなくて,学習者が作品の方へ働らき

かけて,作品を正確に読糸とり理解することを

目標とした読解指導として考えられた指導目標

と言えよう。

「学習展開」は,

第1時徒然草の概要の理解と原文の音読 第2時内容の読承とり1(語釈を中心とし

て)

(16)

深川:中学校における戦後の古典教育

51

『金沢大学教育学部付属中学の研究紀要』にも 扇野外喜雄氏は「本校における古典教育の一つ の歩承」と題する論文の中で,文法の問題を特 に取り上げておられるが,読解指導の基礎とし て文法が大きな関心事であった一般的風潮を反

映していると言えるだろう。

いての研究が盛んになってきた。そして,古典 教育の目標についても改めて検討されるように なった。それらは,大体において学習指導要領 に基本的に沿って,文化遺産の享受と伝達を第 一義に挙げているがうまた単にそれだけにとど まっていない。一例として,松隈義男氏の見解 に関して言うと,氏は古典教育の意義を6項目 挙げている。(『古典の教え方』<物語・小説 編>昭47右文書院所収「学習指導要領の改訂 と古典教育」より)その第一は文化の享受と伝 承である。第二には、文化を創造するエネルギ ーを挙げている。また第三は,第二と関連させ ながら,人間形成の一環として古典教育が存在 し,現代にないものを示すと言う独自の働きを すること,そして,日本人としての独特のもの の見方,感じ方,考え方に触れ理解することに よって日本民族の心を継ぐ働きを挙げている。

この第二,第三の見解は,古典教育の目標を,

文化の享受と伝達に終らせず,現代に生きるも のに働きかける能動的な力として古典を評価し ていると言えよう。これは,単なる ̄例にすぎ ないが,学習指導要領の見解が契機となって,

古典教育の目標が検討される機運が生じたこと は大切なことである。

改訂の第二の特徴は,古典教育の重視であ

る。中でも「基礎的な能力の育成」に主眼が置

かれているが,これは,高等学校の古典教育を 予想しての発想である。現状のようにほとんど が高等学校へ進学する中では,中学校教育が持

っていた義務教育としての完結性が喪失し,む

しろ,中,高の系統的学習指導の必要性が云々 されるようになっている。特に古典教育にはそ の傾向が強く,今回の改訂では,そのような現 状を踏まえての発想であり,高等学校の基礎教

育として位置づけられているのが特徴である。

改訂の第三点として,教材の精選を挙げるこ とが出来る。「価値のある古文と漢文」と言う 表現の中に,教材選択上の視点が加味されてお り,教材全体としては,「基本的な古典」とま とめてある。「価値のある」「基本的な古典」

が教材の選択の基準と言えよう。具体的には,

10学習指導要領の改訂(昭44)と今後の課題 中学校学習指導要領の第3回改訂は,教育課 程審議会の答申(昭43.6)を受けて,昭和44 年4月に告示された。答申では,「言語文化に 対する理解を深めること」が目標の一つとして 重視されており,また,「読むこと」の項では 古典に関して,「古典に対する関心を深め,そ れを理解する基礎を養うようにし,基本的な教 材を精選するようにすること。」と述ぺている。

学習指導要領の中では,それがどのように反映 されたかと言うと,「目標」の4に「言語文化 を享受し創造するための基礎的な能力と態度を 育てる。」と,答申の目標をより積極的に定着さ

せた見解を示している。また,古典教育につい

ては,「指導計画の作成と各学年にわたる内容 の取り扱い」で「古典の指導については,古典 に対する関心を深め,古典として価値のある古 文と漢文を理解する基礎を養うようにするこ

と。その教材としては,古典に関心をもたせる

ように書いた文章,短くてやさしい文語文や格

言・故事成語,および基本的な古典を適宜用い るようにするること。」と,全面的に答申に沿っ

た内容になっている。

今回の改訂では,言語文化の理解とそのため の基礎的能力の育成が重視されている。古典も 言語文化の一翼を荷うものであり,古典として 存在する過去の文化遺産の正しい認識と理解は

古典教育の大切な課題であろう。今回の改訂で は古典教育にこのような観点を加味したことが

-つの特徴である。このように,古典教育の目

標が文化遺産の享受と伝達にあることが,文部

省の方針として明示されたこと(それとともに

古典教育全体が重視される傾向にあることも大

きく作用しているが)によって,古典教育につ

(17)

第7号昭和94年 52金沢大学教育学部教科教育研究

などと言う見解には,今日の古典教育としても,

もう一度考え直してふればならぬ古くて新しい 問題が提起されているように思う。(桑原氏の 論は高等学校の問題として述べられたものだ

が,その教材論における根本的な考え方の姿勢 としては,中学校も同じと考えてよいと思う。

ついでに次に挙げる例も高等学校のものである

が,同様に考えてここに引用した。)

また,日高教第13次教育研究全国集会(昭42)

の報告には,小林剛氏が古典教材を今日的視点 に立って見直す必要があることを強調して,次 の三つの観点を出しておられる。第一は,大衆 の生活に根ざし,そこに生まれた民族的発想を もつ文学を発掘すること,第二は,生きるとい うことに直接かかわって生糸出された文学の発 掘,第三は,無名作家へ注目すべきであるこ と,である。古典教育の現代的課題の上に立っ た重要な指摘であろう。

益田勝実氏も「古典概念の再検討」を強調し て,雑誌「教育科学・国語教育」(昭42VOL106)

に「8世紀の=万葉集言,14世紀のご徒然草二 などから教材が採られることは予想できますが 18世紀からはなにを,19世紀からなにをという

ことになると,従来のままでは,ぞくぞくと候 補がだれの頭にもすぐ浮んでくる,ということ にはならないでしょう。それは日本の古典の歴

史的事情がそうなっているからか,それよりも

わたしたちの古典の捉え方がそうなっているか

らか,というと,どうも後者と深い関係があり

ます。」と述べておられる。

以上のように,古典教育の目標に大きくかか わる古典教材論がかなり提唱されてはいるのだ

が,大きな動きとしては,教科書に象徴されて いるように,各教科書間の変化もほとんどな く,固定的に教材が限定されてしまった。しか

し,それに対する反発・批判もまた一方では出 ており,古典教材の自主編成の必要性が唱えら れる機運が現場から生じて来ている。それは,

単に今までの教材を並びかえるということでは

なく,発掘の仕事を大切にした,真の意味での

自主編成になるよう心がけたいものである。

『中学校指導書国語編』(昭45.6千I)に次の ように説明している。「=基本的な古典=とは 国民的教養として身につけておくことが望まし いもののうち,特に中学校生徒にふさわしいも のを意味している…<中略>…具体的な作 品の面からふると,たとえば,詩歌としては万 葉集,古今和歌集,新古今和歌集などの作品,

芭蕉,蕪村,一茶などの作品,物語・小説・説 話としては平家物語,今昔物語,宇治拾遺物語 など.随筆.紀行としては枕草子,徒然草,奥 の細道など,戯曲としては狂言など,および漢

文では論語,唐詩選などが考えられる。」

この学習指導要領が実施された昭和47年度の 教科書の古典教材を一覧表にしてゑると(表3 参照)ほとんどこのたとえの中に限定されてい る。精選という形でより一層固定化してしまっ

たと言えよう。

教材全体について言えば,精選の一方で併行

しておこなわねばならなかった発掘の仕事が非

常におろそかにされていたと言える。古典教育 が国語科教育の中で占める位置(たとえば,文 学教育の一分野として,文学教育とその目標を 同じくする面と,単に文学教育のゑにとどまら ない面一学習指導要領では今まででも古典教 育の目標に祖先の物の見方,感じ方,考え方を 理解することを挙げていたが,そのように,物 を見,感じ,考える土台となった思想や宗教観

など--屯あった筋である)が検討されて,そ

れに沿って教材が吟味されねばならなかったの だが,古典教育がしだいに文化財の享受と伝達 と言う傾向を示し始めたために,発掘の必要性 を多くの教師は考えなかった。

しかしながら教材についての検討がなかった

わけではない。『現代教育科学6言語と教育

1』(昭36・岩波書店刊)に掲載された桑原武夫

氏の「教材論」は特に有名で,最近になっても

それに反駁する論文(「古典学習の意義と授

業」宮崎健三『古典の教え方』所収)などが出

ている。しかし,氏の「日本人が一般教養とし

て知っておかねばならぬ=日本の古典=とはい

かなる作品か,を改めて検討する必要がある」

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