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A 範例的教授・学習理論に基づく数学授業の教授に関する研究

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(1)

範例的教授・ 学習理論 に基づ く数学授業 の教授 に関す る研究

A Study of Teaching and Teacher's Role about Mathematical Classes based on "Exemplarisches" Teaching and Learning Theory

両 角 達 男

Tastuo MoROZⅧ

(平 成 13年 10月 9日 受理 )

1。 「 よい授業」の連結への期待

授業 は、教師が構想 した目的やね らいを達成することを志向 し、学習者同士、学習者 と教師 との協 働 において営まれるものである。授業構想 にあたっては、教師の意図を達成するために最適 と思われ る学習場面や問題が設定 され、授業の局面 においては教師の意図を反映するために、様々な瞬時の判 断が行われる。その瞬時の判断は、核 となる学習者の活動を収集 し、取 り上げ、価値付 けることで行 われた り、教師か らの問いかけやい くつかの問いの連鎖 による方向付 けがなされる。 また、一斉授業 における学習者の状況を踏 まえなが ら、教師の意図それ自体を修正することが瞬時に要求 されること

もある。

多 くの教師は、毎 日の授業の営みで上記の ことを念頭 におき、 「 よい授業」 を志向 し努力を重ねて いる。 また、「 よい授業」を大 きな学習単位で構想 してい くことにより、 よい授業の連結 としてカ リ キュラムを組んでい くことも可能 となる。 これは、教師の意図を踏 まえた実施 されたカ リキュラムと もいえよう。私 自身、数時間を 1つ の学習単位 とみた「 よい授業の連結」 を構想 し、 「 よい授業の連 結」を踏まえたカ リキュラムづ くりを、筑波大学附属中学校 において志向 していた。

この「 よい授業の連結」のルーツの一つとして、数学教育現代化運動の頃、東京教育大学附属中学 校数学科で開発 された範例統合方式 による数学授業を挙げることがで きる。範例統合方式 による数学 授業 は、 1950年 代 に西 ドイツで盛んに議論 された範例的教授・ 学習理論の影響を受 けるとともに、そ の授業構成や評価に認知科学の知見を活用 したものである。 また、中学校 3年 間を通 したカ リキュラ ム構成を目指 し、いくつかの試行・ 実験を経て形づ くられていった。その範例統合方式の扱いに関 し ては、範例の扱いを複数の授業を一連の ものとみな して捉えるか、あるいは 1時 間 ごとのスモール・

ステ ップで捉えるかなど、様々な議論が現在 も行われている。

この範例統合学習の特徴 は、小高・ 岡本 (1989)の 述べる次の 4点 に凝縮 される。

①   重要かつ本質的な教材を範例 として抽出 し、問題形式 にすること

②   範例 としての問題を解決する過程を中心 として、生徒の数学的活動を促す こと

③   生徒同士のディスカ ッションを核 に した授業形態を行 うこと

④   教育機器を効果的に利用す ること

これ らの 4点 は、現在多 くの小・ 中学校で行われている問題解決型の算数・ 数学授業や、 「 よい問題」

を扱 った算数 0数学授業の一つの規範 となる点 といえよう。

(2)

本研究では、現在多 くの学校で志向されている問題解決型の算数 0数学授業のルーッの 1つ といえ る「範例統合方式」 にスポットをあて、その「範例統合方式」の考え方に大 きな影響を与えたとされ る「範例的教授・ 学習理論」を考察する。その切 り日として、「①   重要かつ本質的な教材を範例 と して抽出 し、問題形式にすること」「②   範例 としての問題を解決する過程を中心 として、生徒の数 学的活動を促す こと」の 2点 を挙 げ、範例的教授・ 学習理論 における教授、特に教師の役割を中心 に 考察を してい く。

また、本研究で「範例的教授・ 学習理論」に焦点をあてるもう一つの理由は、 ドイツの Wittmann らの提唱する「本質的な教授単元」に基づ く理論を、多 くの数学教育学者が引用 し、参考にしている 点である。 ここで、 Wittmann(1998)の 主張する理論の要点を述べれば次の通 りである。

○   学校数学 においては、その母胎 となる数学を専門数学 に限定 して捉えるのではな く、関連する 学問分野の知見を取 り込んだ「広義 の数学 (MATHEMATICS)」 を母胎 として考え るべ きであ る。その「広義の数学」 とは、数学の教授学を中心 としなが ら、関連する学問分野 として「数学 の歴史、認識論、論理、心理学、数学、 コンピュータ科学、社会学、人類学、教育学、教育の歴 史、一般教授学」などの知見を含め、 さらに「教育実践への適用を通 して得 られたこと」をも含 めたものである。

○   科学を設計す ることとしての数学 (DESIGN SCIENCE)の 枠組みは、数学教育 に対 して、

多 くの有益な見方や考え方を与え、数学教育学者 にこれか ら研究すべ き観点を与える。そ して、

その枠組みは、一連の教授単元、 そ して教授単元 を もとに してつ くられ るカ リキュラムなどの

「人によってつ くられたもの」の創出が、教育的なエコロジーの効果を調べてい くことと同様 に 数学教育の核 として大切である。

なお、教育的なエコロジーの効果 とは、「教師一学習者 一教材」の 3つ の軸の中でのや りとり (社 会的相互作用 )に よって何が得 られるか、 またどのようなや りとりが望 ま しいかを追求 して い くことといえる。

○   本質的な教授単元の形成、 とりわけ本質的なカ リキュラムの形成 は最 も難 しい課題であり、そ の分野の専門家が行 うべきところである。 しか し、実際は研究者が積極的に行 うのではなく、教 育現場 にいる教師たちにその作業がゆだね られてきた。本来、研究者たちが、一連の教授単元を 形成するために枠組みなどを提示す ることが必要である。 また、教育現場の教師たちは、 自分た ちが教える数学教室の状況に応 じて、教授単元をつ くった り、その教授単元を改良 したりする必 要がある。数学教育研究者 は、「教授単元やそれ らをもとにつ くるカ リキュラム形成」 に対 して 消極的す ぎたのではないだろうか。

○   本質的な教授単元 は、次の 4つ の性質によって特徴づけられる。

①   本質的な教授単元 は、中心観念や数学教授の内容や柱を表 している。

②   本質的な教授単元 は、数学的な活動 に対する豊富な源 となる。

③   本質的な教授単元 は、適応性があり、特定化 された授業や教室の状況 に容易 に適応すること ができるものである。

④   本質的な教授単元 は、全体論 に基づ く教授や学習の数学的、心理学的、教育学的な側面を も ち、それゆえ経験的な研究を続 けてい くことによって、 より多 くの可能性を提供するものであ

る。

(3)

○   本質的な教授単元は、子 どもの思考過程に従 って決められる「鍵 となる発問」や「 イ ンタビュー す る側の仕事」の幾つかを分析的に用いてい くことに、 よ く似ている。本質的な教授単元 は、経 験的な研究によって得 られる「子 どもの認知発達や ピアジェ理論 に基づ く方法を適用 させ、その 結果を分析 してい く方法」 によ く似ている。例えば、 ピアジェの心理学 における道具 としての

「構造化 された一連の問い」は、数学教育における「教授単刑 に対応 し、 「分析的なインタビュー」

は、数学教育における「分析的な教授経験」 に対応する。

○   本質的な教授単元の実際への運用 に関 しては、 日本で行われている数学授業か ら学ぶ ことが多

い 。

Wittmannは 現在、初等教育 プロジェク ト Maths 2000"を ドイツにおいて行 っている。 その背 景 には、上記のような「本質的な教授単元」 に基づ く算数・ 数学授業構想や理論がある。

(国 本 ,2001な どの指摘 )

この Wittmannの 指摘を踏まえ、数学教育における「教師一学習者 ―教材」のか もちだす環境での

「 エコロジー的視点」や文化論的視点の重要性を平林 (2001)が 、 そ して本質的な教授単元 に基づ く 全体論の視座か らみた授業構成の必要性を岡崎 (2000,2001)な どが指摘 している。

こうした指摘で強調 される「本質的な教授単元」構想は、よい数学の授業の連結 として一連の授業 を捉 え る「範例統合方式」 あるいは「範例的教授・ 学習理論」 と大 きく関係 しているといえ る。

Wittmannが ドイッの数学教育研究者であることなどか らも、彼が 1950年 代か ら大 いに議論 された

「範例的教授・ 学習理論」の影響を受 けていることが推測で きる。

「本質的な教授単元」 を「範例を起点 に したひとまとまりの授業」 と解釈す ると、 Wittmannの 述 べる点 と範例的教授・ 学習理論で重視 される点 との接点がみえること、 さらに範例的教授・ 学習理論 の現代的な意味 と意義、さらに今後の可能性がみえて くるのではなかろうか。

本研究では、以上の 2つ の理由により、範例的教授・ 学習理論に基づ く数学授業の教授 について考 察を行 う。

2。 研究の方法

範例的教授・ 学習 とは、範例を通 して学習者にとって適切な結節点が設定 され、教師の適切な問い の連鎖や的確な状況把握を通 して、次なる結節点に向かい、学習者の理解の様相 と陶冶の段階が深まっ てい くものである。本研究では、 1950年 代の西 ドイツに端を発する範例的教授・ 学習理論を、その理 論の発展 において中核的な役割を果た して きたヴァーゲ ンシャイ ンの言明を中心 に しなが ら考察を行 う。そのヴァーゲ ンシャイ ンの言明に関 しては、大高 (1999)の 学位論文を軸 として解釈 し、 ヴァー ゲ ンシャイ ンあるいは範例的教授 0学習 について述べた諸論文なども踏 まえ、数学授業への活用やそ の中での数学教師の役割を中心に考察 してい く。

そこで、次のキーヮー ドを もとに、範例的教授 0学習理論を考察 してい くものとする。

【 考察のためのキーワー ド】範例、範例的なもの、理解の様相、陶冶、結節点、教師の役割

3。 範例的教授・ 学習理論を特徴づけることが ら 3‑1。 「 範例」 と「 範例的なもの」 について

数学授業の中で扱 う問題が「 よい問題」であるためには、少な くとも次のような要件を兼ね備えて

(4)

いることが必要であろう。 (両 角 ,2001)

○   学習者の学習意欲を引 き出す ことができるもの

○   多様な レベルで解決で きるもの

○   問題の解決過程の中で、新 しい指導内容 (概 念、方法、考え方など )が 身についてい くもの

○   問題を解決 してい く中で、既習の概念 と関連をつけることができるもの

○   問題解決後に、得 られたことが らを数学 として深めたり拡げたりで きるもの

例えば、問題の中に「学習者の感性を くす ぐるようなものや喚起することができるもの」が含 まれ ていると、それによって学習意欲を引 き出 し、高めてい くことができる。 「何だろう ?」 「 どうなって いるんだろう ?」 に代表 される知的好奇心を高める要素、 「本当かな ?」 「 そ うな らないん じゃないか な ?」 に代表 される葛藤を起 こす要素、「美 しいなあ」「 きれいだなあ」「す ごいなあ」 といった審美 性・ 安定を追求する要素などによって、学習者の学習意欲を高めてい くことができる。

こうした「 よい問題」の捉え方に大 きな影響を与えてきたのが、次の「範例」の考えである。

長谷川 (1972)に よれば、 「範例」であるための要件 は次の 2点 である。

①   テーマは、教科構造におけるキーポイ ント (鍵 的位置 )あ るいは重点を目指す ものであること

②   テーマは、学習者の自立性を喚起 させ る「驚 きの疑問」を もつ ものであること

① と②の要件 は、 ヴァーゲ ンシャイ ンの主張する「範例」の要件を長谷川がポイ ントをおさえて示 したものである。 この捉え方 は、一方で対象内容すなわち教科の要求を組みなが ら、他方で学習者の 問題意識の高 まりやそれに基づ く関わ りを踏 まえている。言い換えれば、② は学習のきっかけをつ く り、推進力 となるものであり、① は学習の方向性 (深 まりと拡が り )を 規定するものである。 このよ うに、範例の要件を捉える理由として、学習は「驚 き・ 感動→衝撃→変容→陶冶」のサイクルで進行 してい くという学習観がある。範例をきっかけに して、学習者 は「驚 き」を感 じたり、あるいはそれ が示す現象を知 ることにより「感動」を得 る。その「驚き」や「感動」が生 じる原因を探 ってい く中 で、既知の概念では容易に説明で きないことを知 り、何 らかの「衝撃」を受 ける。その「衝撃」 は、

範例そのものが教科の鍵的位置にあればあるほど、学習者にとって深いものであり、本質的である。

「衝撃」 に対 して、学習者が既有の知識体系を活用 したり、他の学習者や教師などに代表 される他者 との協働 によって、 その衝撃を引 き起 こす因果関係を知 ることがで きる。 そ こで既知 の知識体系の

「変容」が生 じるのである。その後、範例的教授・ 学習理論を特徴づける陶冶活動が進む ことにより、

学習者 はより深 まりのある状態に移行することができる。そうした一連の学習サイクルを引き起 こし、

その学習サイクルを進めるためには、起点 となる「範例」の意味や意義に大変高いものが要求 される ことになる。

こうした「範例」の考えは、主に次の 0〜 l● lの 要因か ら生 まれている。

171  教材や教育内容を過剰 に学習者 に与える状況を、改善 し、克服する必要があること。

0  教材や教育内容を、その教科のより本質的な ものか ら精選 し、抽出 した教材や教育内容を集中的 に学習 させてい く必要があること。

l● l  集中的な学習を通 して、精選 した教材や教育内容の理解のみな らず、その背景にある見方や考え 方や一連の学習のプロセスを反省的に捉えることによって得 られる、教科構造などを も学習 させて

い く必要があること。

171〜 l● lの 要因は、 1950年 代 に端を発する西 ドイツの教育界の情勢 に由来がある。

(5)

三枝 (1965)の 言明によれば、 1951年 秋 に西 ドイツのチュー ビンゲ ンで開催 された会議をきっかけに 次のような状況を克服す るための、教育理論の開発が促 されている。

○   西 ドイツの高等学校教育改革 に対す る重要な審議・ 決議を行 ったものとして、その後の ドイツ 科学教育論および科学教育以外の教科 において も、活用を図 るきっかけとなる

「 チュー ビンゲ ン決議」が採択 された。その参加者には、 シュプランガー、 フリットナー、 ヴァ イツゼッカーなどに加え、ギムナジウムにおいて長年物理学 と数学を教授 していたヴァーゲ ンシャ イ ンなどがメンバーとなっている。

○   チュー ビンゲ ン会議の主たるテーマは、学生の学力低下問題 (特 に高等学校卒業生 )で あり、

「学校制度の構造 にあまり干渉 しないで、 しか もそれほどお金をかけないで本質的な改善を目指 す」 ものであった。

○   教材の過剰投与 によって、学習者の学習意欲が低下 し、 さらに学力の剥落現象が生 じていると 考えた。

○   チュービンゲ ン決議では、次のことが提案 された。

・ 教材の過剰 によって、精神的な生活を窒息 させる危険があること。

。教材範囲を拡大することよりも、教授内容の本質的なものを、十分に徹底することが無条件に 優先 されること。

・ 試験の方法 は、記憶的な知識 よりも、一層理解力を目標 とす るべきであること。

・ 固定 した教授要 目的な「教科課程」の原理か ら、指導要領思案的な「準則」の原理へ立ち帰 る べ きであること。

・ 教師集団の自由な編成が可能であること

0本質的なものへ深化するためのカ リキュラムを自由に構成できること

○   学習者 にとっての本当の学力 は、既成知識を盲 目的に受容 しただけでは剥落 して しまう。

自己限定 において、そ して学習者が 日常で捉える例を もって、明 らかにされ学力 として身につ くことがで きる。

このチュー ビンゲ ン会議 において議論 された内容、そ して決議 された事柄 は、最近の我が国の理数 教育に代表 される学力低下論、およびそれを克服す るための指針や ヒントが述べ られているとも読み とれる。 1950年 代の西 ドイツの学習者を取 り巻 く状況の改善を目指 し、教材を従来の系統的に配列 さ れた内容か ら選定・ 抽出 してい くことが求め られる。 この作業 は、多 くの系統的に配列 された教育内 容の中か ら、教科構造 にとって鍵的位置であること、学習者 にとって驚 きの疑間を抱かせ ることの 2つ の観点か ら行われる。 より本質的な教材を選定 0抽 出 してい くことであり、当初は「 隙間への勇 気」 (取 り立てて取 り上 げない教材が存在す ることに対 して )と 言われていた。 その後、 ヴァーゲ ン

シャイ ン、 デルボラフ、 ショイアールなどに代表 される議論を通 して、「隙間」 に対する消極的な意 味づけから、選定・ 抽出 した教材に高い価値を与える意味で「徹底性」の追求 という言い方がなされ てい く。

端的に述べれば、教科 と学習者双方の観点か ら「 より本質的な教材」を抽出 して、それを起点に授 業実践を してい く中で、関連する事柄を自然な形で (関 わ りを もたせなが ら )学 習 してい くことを指 す。範例を もとに、適材適所で関わ りのある内容を押 さえてい く学習 といえる。

このように、 「範例」 には、教材をより本質的な ものに精選するという強い考えがある。

さらに、 「範例」 は、それを通 して「 より本質的な もの」を学習者 に開示 し、 あるいは照 らし出す こ

(6)

とができるという考えがある。ヴァーゲンシャインは、範例を通 して得 られる「より本質的なもの」

を「範例的なもの」 と述べ、主に次の 4つ の段階を示 している。 (大 高 ,1999)

【ヴァーゲンシャインの示す「範例的なもの」】

①   学習者に衝撃や驚きを与え、既知のことがらとの対比や関連づけのもとに、理解の活動を促す ような「個別的な教材やテーマ」

②   個別的な教材やテーマに関する理解や思考を乗 り越え、それらを通 して明らかになる「一般的 なもの」、または他の特殊なものへ「転移が可能な方法、考え方、様式」

③   「徹底性、自己活動性、発生的方法 との関連、期待に満ちた注意深さ」 という方法によって、

範例より「 より本質的なもの」を抽出していくための教授原理

④   「放射、教科の機能目標、教科の境界の解消、テーマ、基準 との関係」など、範例か ら「 より 本質的なもの」を抽出し、さらに学習者自身には「学び」に対する精神的な面での反省的思考や 陶冶を行 うための教授構想全体

上記の①〜④をいいかえると、次のようになる。 (大 高 ,1999,pp.115)

① '特 定の教材やテーマ

② '獲 得される研究方法など

③ '陶 冶を成立させるための教授原理

④ '陶 冶事象 と教授の原理、前提を包含する教授構想全体

ヴァーゲンシャインの初期の論文では、①あるいは②が「範例的なもの」として捉えられていたが、

徐々に③や④のように範例的教授・学習に基づ く授業を構想する要素や要素全体を指すように変わっ ていった。本稿では、①の範疇に属す「個別的な教材やテーマ」のうち、教師か ら授業時に提示され たり紹介される最初の「課題」や「学習場面」に対 して、「範例」 という用語を充てることにする。

その「課題」や「学習場面」に対する学習者自身、学習者同士あるいは学習者と教師との相互作用を 経て得 られることが らを「範例的なもの」 と呼ぶことにする。なお、 「範例」に対する問題解決や思 考活動により得 られるすべてのことが らが「範例的なもの」 とは限 らない。 「範例的なもの」は、教 科構造の中で鍵的位置を持ち、教科の中で、あるいは学習者の学びの中で「本質的なものへの移行」

が求められている。それゆえ、教師と学習者 との間で繰 り広げられる「本質的なものへの追求」とい う意図を持 った活動によって、得 られることが らと捉える。

ヴァーゲンシャインは、物理学における「範例的なもの」 (根 本的なもの )の 例 として、次の 6点 を挙げる。 (大 高、 1999、 pp.111〜 112)

「○   自然の経過の数学科可能性の経験

○   測定 0数学科 0理論化する以前に、現象そのものが秩序や連関を認識させるという経験

○   波動、場、原子モデルのような多少直観的比喩の考案によって、 このような連関が本質的に 修正されるという経験

○   実験という方法が前提なしてはなく (孤 立系、繰 り返 し可能性、観察者の人格か らの独立性 )、

また絶対的な方法でもなく、一つの方法であるという経験

○   物理学はまず分解 し統合する方向に自己を限定 し、それから定量的な概念に限定するという 経験

○   物理学は特定の理解様式として、自然のアスペク トを開 くにすぎないし、その可能性に驚嘆せ

(7)

ざろうえないという経験」

この 6つ の事柄 は、「物理学の本質的な特徴」 と「物理学を学ぶ ことの意味や意義」の双方を端的 に表 した文章 といえる。 自然現象の数学化可能性、モデルを設定することの思考の自由度、実験をす ることの意味は、前者を表す。 また、要素 に分解 してか らそれ らを組み合わせる方法、 自然現象の捉 え方 としての限界 と可能性などは、後者を表す。「物理学の本質的な特徴」 と「物理学を学ぶ ことの 意味や意義」 は、た くさんの自然現象やそれに関連す る公式群を知 っただけでは、なかなか理解する ことができない。 自分の行 ってきた思考活動を「反省的に分析」 し、その意味や行為を「教科の中で」

と「 自分の活動の中で」の双方で深 く捉えようとすることが必要である。ゆえに、最 も本質的ともい えるこれ ら 6つ のポイ ントに至 るためには、学習者 自身がそのような思考をするための意欲を高める こと (感 動、衝撃、驚 きといった活動 )、 学習者の内面を揺 り動かすような教師か らのアクションが 必要 となる。

「範例的なもの」 は、本質的なものが存在す るという前提 に立つ実存哲学を基調 に した見方である。

そ して「範例的なもの」 は、教科の中でのキーポイ ントとなることが ら、その教科特有の見方や考え 方、推論の方法などに加え、範例か らスター トす る学 びを学習者 自身が反省的に振 り返 ることによっ て得 られる「 自分の学びや活動の意味や意義」「得たことが らか ら帰結 される教訂

ll」

「 自分 と対象 との 関わ り方、そ してその関わ り方の可能性 と限界」なども「範例的なもの」 に含 まれる。前者 は、教科 としての学 びの深化を表 し、後者 は精神的な面での陶冶の深化を表す。特に、精神的な面での陶冶に 関 しては、実質陶冶 と形式陶冶を乗 り越え、それらを結びつけるものが「精神陶冶」であるというヴァー ゲ ンシャイ ンの考え方や、 ドイツ教育論が背景にある。 自分の学びを自他の比較や異同を通 して反省 的にとらえ、 自分 自身のあり方やそのアイデ ンティティーを考える、などに代表 される人間形成を、

教科学習を通 して行お うとす る思想がある。 この点 は、 日本固有の教育理論 にかなり近 い面があると 考える。そうした「精神陶冶」が大変特徴的であるが、 ヴァーゲ ンシャイ ンの示す 4つ の「範例的な もの」を数学授業を念頭 において、端的なことばで表現 してい くと次のようになる。なお、 ここでは 本質的なものへの追求 における「人間形成」の部分を、人間的なものへの気づ きと示 した。

【 数学授業 における「範例的なもの」】

(げ 概念

(bl'方 法、考え方、様式

0ド 数学的なものの本質 (d)'人 間的な ものへの気づ き

範例的教授・ 学習理論 において、 「範例的な もの」 を 4つ の徐 々に深 まってい くものとして捉えた 背景 には、次のような理解観や陶冶観が存在する。

3‑2。 「 理解の様相」 について

ヴァーゲ ンシャイ ンは、「理解」 には次の 6つ の段階があると考え、それ らの段階を踏 まえて授業 を構想 し実践 してい く必要性を主張する。 この 6つ の段階では、①か ら徐々に理解の様相が深まって い くと捉える。 なお、 ヴァーゲ ンシャイ ンの論文では kennen(知 る )と いうことばが用いられてい るが、 この ことばの使われ方が「理解」 と同義であると捉え、 ここでは「理解」の用語を用いる。

(大 高 ,1999,pp.162〜 177)

(8)

①   ことばでのみ知る段階

②   技術的処理・ 操作の段階

③   理解 (納 得 )の 段階

④   専門の方法の訓練の段階

⑤   系統的拡張の段階

⑥   専門か ら距離をおく科学的考察の段階

①〜⑥の理解の段階は、ヴァーゲンシャインの述べる物理学における落下法則の例をもとに解釈す れば、次のように表すことができる。

①   ことばでのみ知る段階

…例えば、落下運動の状態を表す S=1/2gt2"の 式が示すことを、その式の表面的な構造に沿 っ て「 ことば」で読むことができること。すなわち、定理の内容は詳 しくわからなくとも、その 内容を字句を通 して表面的に読み知ることができる段階。

②   技術的処理・ 操作の段階

…定理や公式などが表 していることを理解 し、その意味に即 して定理や公式を活用することがで きること。例えば、 S=1/2gt2"の 式に対 しては、落下運動をする物体の移動距離が「所要時 間の 2乗 に比例する」 ことや比例定数として「定数 gの 数値の 1/2が 存在する」 こと、のよう に公式の意味を式の順序に沿 って読めるだけでなく、具体的な移動時間を表す数値 tに 対する 移動距離を求めるといった処理ができるようになる段階である。 この公式では、等式の性質に 基づ く式変形を行 ったり、目的に応 じて式変形を行 うことなども、 この段階に入ると考えられ

る。

③   理解 (納 )の 段階

…定理や法則を活用することができるだけでな く、その定理や法則を自分なりに語 ることができ、

他者 にその意味を説得する (納 得 させる )こ とができること。

この段階では、② よりも定理や法則をより深 く「理解する」 ことが求め られ、なぜそのよう な定理や公式 になるのか、 どこか らその定理や公式を得 ることができるのか、 といった定理や 公式にまつわる背景を探 り、それを もとに定理や公式を見直す ことになる。

④   専門の方法の訓練の段階

…③で納得 した定理や公式などを、その教科で学習する方法によってきちんと説明できること。

数学では、定理を証明することであり、公式を初期値や仮定にあたる条件を基 に して、演繹的 に示 してい くことである。 また、 自然科学では、実験を通 して、定理や公式を満たす事例を見 出 し、確認することである。

⑤   系統的拡張の段階

…④で学習 した教科独特の方法について、その意味や意義をより深 く考えたり、他の場面での活 用可能性などを検討することなどにより、関わ りのある分野や領域、その教科全体の仕組みを 洞察 しようとす ること。④を起点 として、定理や公式の背景にある見方や考え方、 さらに教科

の中でのその定理や公式の位置づけといった「潜在的なもの」を見出そうとする段階。

⑥   専門か ら距離をお く科学論的考察の段階

…得 られた見方・ 考え方や知見などを、既知のものと比較 したり、今までの自分の学びと比較す

ることにより、ある側面 (ア スペク ト )に 着 目して得 られたものであるといった見方がで きる

(9)

こと。 また、現段階では、ある限 られた側面か らしか現象をとらえていない自分を意識するこ とにより、 自分の学びのその時点 における可能性や限界を考えることができる。

これ らの「理解の 6つ の段階」は、題材を数学に限定すれば「理解」を次の 3つ の段階で捉えてい ると解釈できる。

第 I段 階 :「 定理や法則」を知 り、それを使 うことができる段階

第 Ⅱ段階 :「 定理や法則」を数学 として学 び、その妥当性を示す ことができる段階

第Ⅲ段階 :数 学 としての「定理や法則」の学びや自分の学びを反省的に捉えることができる段階 なお、第 I段 階は① と②を、第 Ⅱ段階は③ と④を、第Ⅲ段階は⑤ と⑥をそれぞれ表す。

例えば、 ピタゴラスの定理の証明を知 らな くて も、 ピタゴラスの定理を知 り、それを使 って計算が で きることが第 I段 階である。直角三角形の各辺を a, b, cと おいたときに、 a2+b2=c2と ぃ う式を知 っていて、 a, b, cの うち 2つ の数値を与え られるとそれに伴 って他の 1つ の辺の長 さが 計算することがで きる状態である。第 Ⅱ段階では、 ピタゴラスの定理を既知の図形の性質を基 に演繹 的に示 し、数学的な証明の意味を知 ることができる段階である。例えば、面積が等 しい図形に次々に 置 き換えて考えてい くこと、相似の関係 にある図形 に着 目す ること、直角三角形を 4つ 用いてで きる 図形の面積 に着 目することなど、様々な方法によって ピタゴラスの定理 はその妥当性を示 してい くこ とができる。 また、既に妥当性を認めた、あるいは示 した図形の性質群か ら、それ らをうまく組み合 わせることによって、新たな図形の性質の妥当性を示す ことができるという数学的な証明の意味を知 ることができる。

第Ⅲ段階では、 自分 と他者の数学的活動の比較や反省的なとらえを通 して、 ピタゴラスの定理の数 学的な意味や意義を洞察 したり、学習者 自身が自分の変容を認識することである。 このことによリー 段階高い レベルで自分を捉えることがで きる。例えば、演繹的に図形の性質の妥当性を示すというこ

とに対 しては、「数学的諸真理の相互依存性」 ,「 数学的諸真理の根源性」 ,「 数学体系の演繹性・ 無矛 盾性」 といった事柄が洞察可能である。 また、 ピタゴラスの定理に関わる性質をさらに一般化 させよ うと考えれば、面積定理 としては直角三角形の各辺を 1辺 とする、相似な図形どうしの面積間の関係 を表す ものとなる。また「 2乗 」の部分の拡張にこだわれば、 フェルマーの定理へのプロローグとなっ てい く。 また、授業の中で営まれた証明の営みを反省的にとらえれば、証明の社会的な意味として法 的思考 と数学的思考などの類似性への着 日、それぞれの個人の特性 に依存することな く平等に議論す

ることができるといった公平 さへの着 目を導 き出す ことができる。

範例的教授・ 学習理論では、第Ⅲ段階の理解が特徴的であり、範例を通 して徹底的かつ連続的に思 考を続 けることを通 して、理解を深めることが要求 される。

ヴァーゲ ンシャイ ンは、その陶冶観を次のように説明する。 (大 高,1999,pp.53〜 56)

「 我 々が望んでいるのは、教材 を切 り取 ることではな く、選択す ることである。 しか もそれは

『 ヴィルヘルム・ マイスター』や『教育州』の中でゲーテが述べているような意味で選択す ること である。つまり、学ばれたものがゲ シュタル トをもち、一つの有機体であり、成長するものである、

という意味である。 このときは、翻訳できない ドイツ語である『 陶冶』が、それ本来の意味で理解

されているのである。つまり、状態 としてではな く、成長するプロセスとしての意味で、学校がめ

ざさなければな らない決 して完結 しないものとしての意味で、形成する行為を開始することとして

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の意味で理解 されているのである。」

また、 ヴァーゲ ンシャインの陶冶観を特徴づける 5つ の要素 として「分裂 しないものであること」

「人間の内面の豊かさ、信頼、畏敬の念を覚醒す ること」 「感動を本質的な契機 とす ること」 「 自己活 動の中で実現 されること」 「対話によって引き起 こされること」が挙げ られる。

特 に、 「対話」 に関 しては、次のように主張する。

「 なにもの も対話 ほど、我々の思考の実質を活動 させ るものはない。 。 ・…・陶冶 は確かに、個人的 なプロセスではあるが、それは事実 と学習者の間だけでは決 して起 こりえないのである。われわれ のだれ もがいつで も集団であることを学んでいる。その陶冶プロセスの進行 には、乗 り物『対話』

が必要なのである。」

この対話の活動の重視の背景には、 ヴァーゲ ンシャイ ンが ソクラテス的な対話のプロセスに大 きな 価値を抱 いていることがある。陶冶を進める上で、 「対話」 に大 きな意義があると捉えることにより、

共同体 としての授業の営みによって陶冶が連続的に生 じてい くと考えることができる。 また、共同体 における議論を通 して、他者 との対話、 自分 自身 との対話のように徐々に議論か ら「対話」 に変化 し てい くことが予想 される。一斉授業における議論か らいかに哲学的な意味での対話が生 じ、 さらに個 人の中で陶冶が発生 してい くのか という点については、 より詳細な研究が必要であるが、数学授業に おける陶冶活動を分析 してい く中で「対話」 は大 きな切 り口となる。

また、 ヴァーゲ ンシャイ ンは範例的陶冶の成立過程 として、次の 2つ の命題を挙げる。

「 1.教 科のある適切な個別的問題の解明に印象的かつ熱心 に深 く没頭すればするほど、 ますますそ の教科の全体をひとりでに獲得す る。

2。 ある教科 に深 く没頭すればす るほど、教科の壁がひとりでに必然的に解消す る。

そ して、相互 に連関 している人間 らしくす る深みに達する。 この深みに全人 としてのわれわれ は根ざ しているのであり、 ここで心の底より感動 し、衝撃を受 け、変容 され、ゆえに陶冶 され るのである。」

「深 く没頭する」 (徹 底性 )に 基づいて、個別的なものか ら全体への放射が起 こると考えているので ある。 ヴァーゲ ンシャイ ンは、「照明」や「開示」 という概念を用いて、理解が深 まりかつ陶冶が進 むことを説明す る。範例を通 しての学習者の活動 に対 して、あたか もサーチライ トで焦点化 して照 ら し出す ことがで きるように、より本質的なものを「照明」 し、学習者 自身に対 して「 開示」 されると 考えている。 「照明」の もつある部分を強 く照 らし出す という焦点化 と、一旦他の部分を捨象 して考

えるという二面性を持 った機能が、その照 らし出 した部分 に関する理解を進めさせ る。

こうした陶冶 は、次の 4つ のステップを踏む ことにより深化 してい くと考え られる。

「変容→陶冶」の深まりを示す 【 4段 階】

I.得 られたことが らの意味や価値の探求

Ⅱ .「 私の」あるいは「我々の」概念の発生史の探求

Ⅲ。概念や方法の焦点のあて方 (ア スペク ト )の 探求

Ⅳ .「 私 と他者」 「私 と対象」 との関わ りやあり方の探求

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この I〜 Ⅳのステ ップは、学びの中でいかに学習者が「私」を意識 し、そのあり方を問 うていくか という点によって深まりをみせてい く。例えば、ある数学の概念を獲得する際に、それに関わる数学 的な見方や考え方を思考 してい くことによって、概念の理解が一層深 まる。 さらに、その数学の概念 の発生 に着 日し、学習者 自身の概念の獲得の仕方 と他者のものを比較することにより、数学の概念 に 関わることが らをより明確 にすることができる。

Iか らⅣのステップを徐々に進行することにより、「範例的なもの」の 4つ の段階のうち、 「 人間的 なものの気づ き」が可能になって くるのである。

3‑3.「 結節点の形成」について

ヴァーゲ ンシャイ ンは、物理学 における諸法則や現象、数学 における諸定理を「下か ら順に積み上 げて」学習 させてい く方法 は、学習者の学ぶ意欲を減退 させ る可能性が高いものとして、 これ とは異 なる学習方法を主張す る。その学習方法 は、ある時点 における学習者の学 びの上で、高す ぎず低す ぎ ない「範例」を準備 し、その範例を手がか りに「範例の近傍」 (範 例 に関連す る既習の事柄 と新 しく 学ぶ事柄の双方の意味で )を 学習 させ、ある程度高 まってきたところで「次なる範例」を提示する方 法である。 これは、スモールステップの問題の連結 させてい く方法ではな く、主 たるテーマにあたる 問題を もとに、 それに関わる「 問い」 を順次解決 してい くものである。 それゆえ、数時間の授業を 1つ の学習単位 とみな し、その数時間の中で「範例」に関わる事柄をおさえてい くことが教師に求め られる。教師側 にとっては、数時間の授業の中で、おさえるべ き事柄を自在に配列 したり、学習者の 状況に応 じて取捨選択することが可能 になる。 また、学習者 にとっては、数時間の授業が 1つ の大 き なス トー リーを もって流れることになり、数時間の授業全体を流れる目的意識を持ちなが ら学習を進 めることがで きる。「範例か ら次なる範例まで」の学習では、教師側には指導の自由度を、学習者側 には学習の目的性を高めるメ リットがある。

「範例」か ら「範例の近傍」の学習に進み、そ して「次なる範例」に向か ってい く学習方法 は、ちょ うどプラットホームか ら乗 り込み次のプラットホームまで進んでいく様子に似ている。 ヴァーゲ ンシャ イ ンは、幾つかの節 日によって形作 られる道を喩えとして、節 目にあたる部分を「結節点」あるいは プラッ トホームと呼び、 その結節点 に学習者が入 ってい くことを「 アイ ンシュティーク」 (乗 り込む

こと )と いう語をあて表現する。

ヴァーゲ ンシャイ ンは、 アイ ンシュティークを次のように定義する。 (大 高 ,1999,pp.178)

「 アイ ンシュティークは、第一 のプラッ トホームに相応 している問題において、 『用意 された』予備 知識な しに、 『乗 り込むこと』、それゆえ、相対的に複合的で、そのため子 どもの自発性を誘発する 疑間に取 り組む ことを意味 している。」

この学習方法を、数時間を 1つ の学習単位 とみる数学授業を想定 して表せば、次の 5つ のステップ を踏んで学習を進めることといえよう。

【 結節点を踏 まえた一連の数学授業の展開のあり方】

①   適切 な結節点 (プ ラッ トホーム )を 設定す るために、範例の設定 とその提示方法を工夫す る こと。

②   結節点 か らの学習者 の乗 り込 みを 自然 な形 で行 え るよ うに、学習者 の理解 の状況 の読 み取 りと 適切 な問いを提示 してい くこと。 また、学習者 の活動 の中で核 となる活動 を取 り上 げてい くこと。

③   乗り込んだ後は、範例の理解や解決に必要な予備知識を徐々に想起させ、かつ印象づけていく

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こと。

④   関連す る予備知識の系列か ら、何が得 られるのかを整理 させ、 それ らか ら帰結 され る事柄を 明確 にすること。

⑤   結節点か らの乗 り込みを通 して、学習者が得 られた事柄を明確 にさせること。

また、 この段階でできたこと、できなか ったことを反省的にとらえさせ ること。

①〜⑤のサイクルで表 される学習 は、結節点か ら思考活動 に入 り、 「範例→範例の近傍→近傍を含 む部分→全体への洞察」 といえる。

3‑4.「 教師の役割」 として考えられること

「範例」 をきっかけに して、結節点か ら学習者が思考活動 に乗 り込み、驚 きや感動を経てか ら、衝 撃→変容→陶冶 というサイクルを経て一連の学習を進めてい くためには、 どのようなことが教師に求 め られるのだろうか。範例的教授・ 学習 における理解の様相や陶冶観を踏まえると、次の点が教師の 役割 として求め られると考え られる。

○   教科構造の主要な部分 (鍵 的位置 )に 添 って、そ して学習者の状況を踏 まえて「範例」をつ く ること。その際に、範例 に対す る「範例的なもの」を明確に してい く。

○   学習者の理解の様相を把握 し、それを踏 まえなが ら、適切な学習場面を範例 とその提示方法の 工夫よりつ くり出す。

○   範例か ら「範例的な もの」への移行を促すために、「問いの連鎖」を通 して、 より本質的な も のを追求 させてい く。 また、学習者側 に主体的な「問い」が生 じるように、核 となる学習者の活 動を拾い上 げ、それを焦点化する活動を行 う。

○   学習者 自身に、学びを通 して得たことが らの意味や価値、学 びそれ自体を反省的にとらえさせ ることを促す。

○   実際の授業実践を通 して、問いの連鎖や反省的思考を促す行動原理 となる機能 目標を形作 って い く。 また、既に教師が抱いている機能 目標を再検討する。

本稿では、数学授業を念頭 におき、 「範例的なもの」 として考え られる事柄や「範例か ら範例的な ものへの移行」を促す「問いの連鎖」や、核 となる学習者の活動を拾い上げ焦点化することについて、

事例をもとに述べてい く。

範例か ら範例的なものへの移行、結節点か ら次の結節点までの高 まりを進めるためには、教師側に 適切な問いを準備 した り、状況に応 じて問いを発すること、あるいは核 となる学習者の活動を取 り上 げることを通 して方向付 けを図ることなどが要求 される。そのよりどころとなるものが「機能 目標」

である。

例えば、 クニューベルは「機能 目標」 に対 して、次のように述べている。 (長 谷川 ,1974)

「機能 目標を確立す ることは、 どんな教授で も無条件 に必要な事前考察に属する。機能 目標がなけれ ば、陶冶活動 としての範例活動 は不可能である。機能 目標の うち、範例的な陶冶努力の意図が表 さ れるか らである。」

また、長谷川 は地理教科の機能 目標に関 して、 クニューベル、 シュルッエ、 ヴォッケの三者の言明 を比較 しなが ら、次のように述べ る。 (長 谷川 ,1974,pp.88〜 95)

「 (三 者 に )共 通 していることは、第一 に、地理的な諸事実、それ らの関連 に関す る諸概念や類型な

どの理解 という面に機能 目標が設定 されていないことである。む しろ、理解の方法の背後に働いて

いる地理的見方 ともいうべ きもの、地理的な原理や範疇の把握 という面 にあるということである。

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第二 に、そういう把握を通 じて、人間存在に関わる経験をさせ、人間主体のあり方の自覚をさせよ うとする面 に、機能 目標の設定の中心を求めていることである。機能 目標が、教科の基本的経験で あるという理由も、その面 にあるように思われる。」

この長谷川の言明より得 られることは、範例的教授・ 学習理論における機能 目標 は、教科の面 と人 間形成の面の双方か ら形作 られている点である。前者では、概念の理解にとどまらず、例えばある事 柄 にみ られる数学的な見方・ 考え方を追求 したり、数学特有の推論の仕方を知 ることなどがあたる。

後者 は、人間的なものの気づ きをさせるための行動原理 といえよう。

また、 ヴァーゲ ンシャイ ンは、物理教授 としての機能 目標を次のように挙げている。

(大 高 ,1999,pp.86〜 93)

「 1.精 密 自然科学 において、理解するとは、原因を見出す とはどんなことかを経験的に知 ること

2.ど のように して測定的実験を考察 し、実施 し、評価するのか、そ していかに してその実験か ら 数学的関数を得 るのかを経験的に知 る。

3.物 理学のかなり多 くの領域がどのように して他の領域 と関係づけられ、いわばそこに解消 され ているのかを経験的に知 る。

4。 物理学 において「 モデル」 とは何かを経験的に知 る。

5。 物理学の研究方法そのものが、いかに して考察の対象 になるのか、科学論的考察の対象になる のかを経験的に知 る。

6。 い くつかの概念形成に即 して、 自然を解明する物理学的様式が精神史的にどのように生成 して きたかを経験的に知 る。

7.技 術的 (発 明的 )思 考 と発見的思考がどのように区別 されるのかを経験的に知 る。

8。 時期尚早の数学化やモデルがな くて も、物理学の基本構造全体を区分 し、結 びつける現象論的

(そ して「定性的」 )連 関がどのように経験的に知 る。」

大高 (1999,pl。 92〜 93)は 、物理教授の機能 目標 は「物理学 とは何かを経験的に知 ること」 と捉 え、上記のヴァーゲ ンシャイ ンの示す物理教授の機能 目標を、次のように端的に示す。

1。 個別的現象の理解

2。 実験・ 測定・ 数学化 (関 数 )

3.部 分領域を他の領域 に組み入れること (現 象論的 ) 4。 「 モデル」 とは何か (あ る部分領域の他の領域への解消 )

5.考 察の対象 としての物理学的認識

6.精 神史の構成要素 としての物理学

7.研 究 と技術 との区別 (発 見 と発明 )」

この分類では主に 1〜 5に おいて教科の面、 6と 7に おいて人間形成の面に着 目されているといえ る。大高による分類で、物理の部分を数学 に変えると、次のような機能 目標の リス トを得 ることがで きる。

「 1.数 学の個別的な概念を理解す ること

2.数 学的な見方や考え方を理解すること、現象を数学的に分析す る方法を知 ること

3。 数学のい くつかの概念や考え方の相互関連性を理解すること

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4.数 学における「 モデル」の意味を理解すること (モ デルを介 した他の場面への適用 ) 5。 数学特有の研究方法それ自体を考察 してい くこと

6.数 学の概念の発生史を分析す ることを通 して、 その形成過程 における人間的な ものに気づ く こと

7.新 しい場面 に対 して、既有の数学 に関す る知識体系を活用 して、その構造を数学的に分析 して い くこと、 さらに数学的に分析する自分 自身の存在を認識すること」

この機能 目標の リス トでは、 1か ら5の 順に従 って、対象 としての数学の学びが深化 してい くこと を示 している。例えば、 ピタゴラスの定理 は、余弦定理の特殊な場合 とみることができるが、 この関 連性 はピタゴラスの定理を面積定理 と見た「典型的なモデル」 (直 角三角形の各辺を 1辺 とする正方 形の和 として、図の変形か ら a2+b2=c2を 提えるもの )を 媒介 に して捉えることがで きる。 もち ろん、式表示の上で cos90° =0を 用いれば特殊であることがす ぐ導かれるが、典型的なモデルを用 いて、その図の変形 として視覚的に「 ピタゴラスの定理は余弦定理の特殊な場合」を捉えた方がわか りやすい。上記の 4は 、そ うした活動を指す。

6と 7に 関 しては、数学の題材を追求する「私」を分析することによって、陶冶活動を進めてい く ことを表す。 この部分 は先述 したように、「得 られたことが らの意味や価値の探求→『 私の』あるい は『 我々の』概念の発生史の探求→概念や方法の焦点のあて方の探求 (ア スペク トの意識 )→ 『 私 と 他者』 『 私 と対象』 との関わ りやあり方の探求」 のように細分化 されて「人間的なものの気づ き」 に 向か っているのか もしれない。

問いの連鎖や反省的思考を促す行動原理 となる「機能 目標」 に関 しては、実際の授業実践における 教師の活動を踏 まえなが ら、上記の 1〜 7の 項 目を再検討 してい く必要がある。 その際に、 NCTM

か ら出たStandards 2000に おける幾つかの教授原理が役立つ と思われる。Standards 2000で の言明、

そ して関連す る論稿 における主張を踏 まえなが ら「機能 目標」 について考察を深めていきたい。

3‑5.「 範例的教授 0学習」 とは

範例的教授・ 学習は、教材過剰投与 による学習者の学習意欲の低下、学力の剥落現象を改善するた めに、より本質的な教材を抽出・ 設定 して、その教材を起点に して「驚 き・ 感動→衝撃→変容→陶冶」

のサイクルで、学習が深化することを志向 した授業実践に基づ く理論である。教科構造の鍵的位置に あり、学習者の自立性の喚起を念頭において、設定 された教材を「範例」 と呼び、その「範例」が工 夫 された提示方法などにより、ある時点の学習者 に適切な「結節点」が形成 される。学習者 は、その

「結節点」か ら思考活動 に自然な形で入 り、教師か らの「 問いの連鎖」や核 となる学習者の活動の焦 点化を通 して、範例に関わることが らの理解を深化 させてい く。理解の深化 は、単 に教科の側面の理 解 にとどまらず、学習者 自身の学びを反省的にとらえることにより、人間的なものの気づ きが生 じて い く。そ うした精神陶冶の重視に特徴があり、 より本質的な ものとしての「範例的なもの」を学習者 は徹底的に追及することになる。

4.範 例的教授・ 学習理論に基づ く数学授業

4‑1.数 学授業 における「 範例的なもの」 とその洞察のための活動

数学授業における「範例的なもの」を捉える枠組みとしては、 2‑1で 挙げた Rげ 概念、

lb)'方 法、考え方、様式、 CF数 学的なものの本質、 (d)'人 間的なものへの気づ き」の 4つ の段階を

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用いる。 この 4つ の段階に照 らし合わせなが ら、両角が過去 に筑波大学附属中学校で実際に行 った数 学授業を振 り返 り、その授業実践に必要な事柄を考察す る。

●中 2「 図形の性質を遡及 してい く教授・ 学習事例」

【 範例】右の図に示 された∠κの大 きさをいろいろな方法で求 めよう。

また、その際に使 った図形の性質を書 きなさい。

【 範例の提示方法の工夫】

○「 図を構成す る活動」を最初に入れること。

範例における凹型の四角形をす ぐ学習者 にみせるのではな く、言葉によって凹型の四角形の形状 を伝達 し、その言葉か ら学習者が凹型の四角形をか き、構成 してい く活動をいれる。

伝達する言葉 は、その言葉をつなげてい くと自然 に凹型の四角形がかけるように、図を構成する ステップを意識 した形で行 う。

○「実際にかいた図を振 り返 る活動」を入れること。

凹型の四角形を学習者個々がかいた後 に、その図形の形状を学習者同士で比較 した り、図形の特 徴や図形をか くプロセスを反省的に振 り返 ることを促す。

【 範例 となる理由】

○凹型の四角形の角を求める問題 は、学習者 に「驚 き」を もた らす こと

上記の学習場面では、図形の見方の多様 さと図形の性質を様々に使 って多様な解法を得 ること ができる 2つ の点 に「驚 き」を もた らす要素がある。例えば、凹型の図形 は、「 2つ の三角形の 合併 とみること」 「大 きな三角形 より 1辺 を共有する小 さな三角形を取 り除いたものとみること」

60° の角 に着 日して、三角定規の形 (60° ,30° ,90° の直角三角形 )や 正三角形を重ね合わせ なが らみること」「鏡映のように反射 させて図形をみること」 などのように、多様な見方 により 捉えることが可能である。 また、 これ らの図形の見方をす ることを通 して、多様な解法を見出す ことができる。例えば、図形の性質の組み合わせ方を工夫することにより、 15通 りくらいの解法 をえることができる。 また、音声言語 による伝達を通 して図をか く活動を行い、それを もとに問 題 に入 ってい くため、学習者の凹型の図形に対す る意識が高まる。

‐ また、 60° の角の二等分線を頂点同士を結ぶ線分 と捉える学習者が多い。 このように捉えた学 ・ 習者にとっては、思考を進めることにより「 図形の直感的なみえ方」 に依存 しないことの大切 さ を見出す ことがで きる。

○凹型の四角形の角を求める問題 は、 中 2の 図形学習全体の中で F鍵 的位置」 を もつ ものである こと

1ま でに学んだ三角形や四角形 に関す る図形の性質を、多様な解法を促す ことによって顕在

化することができる。 また、ある補助線をひいた図形であって も、図形の性質の組み合わせ方や

用い る図形の性質を変えることによって、 さらに多様な解法が期待できる。それ らの学習活動 に

よって、平行線の同位角、平行線の錯角、対頂角、三角形の内角の和、四角形の内角の和、三角

形の外角の性質、外角の和、回転角 としての角の捉え、正三角形の性質、二等辺三角形の性質、

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直角二等辺三角形の性質などを得 ることができる。 これ らの図形の性質 は、中 2の「三角形 と四 角形」の学習で焦点をあてる部分であり、範例を通 して これ らの図形の性質の関連を洞察するこ

とができよう。

また、問いの連鎖や核 となる学習者の活動 に焦点化することを通 して、「 図形の性質が横並び の状態か ら縦並びの状態に変換する」 ことが可能になる。 この「図形の性質を遡及 して していく 活動」 (局 所的 0教育的な意味での公理系づ くり )は 、説明か ら証明に至 るプロローグとなる。

【 範例的なもの】

○  (a)'の 例

・ 凹型の四角形を 2つ の三角形を合併 したものとみれること

・ 凹型の四角形 は 1つ の三角形か ら1辺 を共有する三角形を取 り去 ったものとみれること

・ 三角形の内角の和 は 180° であること

。三角形の 1つ の外角は、それととなりあわない 2つ の内角の和に等 しいこと

○  (bl'の 例

・ 補助線 によって分割 した 2つ の三角形に対 して、三角形の内角の和の性質を用いると∠κの値 を求めることがで きること

0凹型を四角形の内角の和の性質を用いて分析する際には、  1回 転が 360° であることに着 目す る必要があること

・ 向かい合 う頂点同士を結ぶ直線 に対 しては、外角の性質を 2回 用いることによって∠χの値を 得 ることができること。その方法 によれば、 ∠χは 3つ の内角の和 として表せること。

・ 凹型の四角形に対 して、補助線を引いて分割 したり、よ く知 っている図形の性質 に関わ りのあ る図形をつ くることを通 して、 ∠κの値を求めることがで きる。

○ (げ の例

・ 図形の性質を横並びの状態か ら、縦並びの状態に変換すること 0数学的諸真理の相互依存性

・ 全称命題 としての図形の性質の理解 0数学的諸真理の根源性

・ 数学体系の演繹性 ,無 矛盾性

○  (dl'の 例

0我 々は、一定のルールのもとに既に正 しいと推論 したことが らを用いて、 自由に議論をするこ とができること。即 ち、共同体の中で、個人の特性などによらず、共通のルールや用いること ができる言語 0記号によって平等に議論ができること。

・ 物事 は単独で存在するのではな く、因果関係が存在す ること。

Oみ んなで協働 して考えると、一人では容易に獲得できないことが得 られること。

【 範例的なものの洞察のために】

一斉授業の中では、教師か らの問い、問いの連鎖、そ して核 となる学習者の活動に焦点化すること

が、範例的なものの洞察のために必要である。問いおよび問いの連鎖 に関 しては、範例的なものとし

て挙げた (a)'〜 (d)'を 教師が意識 して、一連の数学授業の中で これ らに関わる問いを位置づけてい く

ことが必要である。また、教師の投げかけに対 して学習者は様々な動 きをする。その動 きの中で「核

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となる学習者の活動」に着 目し、焦点化 してい くことは、広義の「 問いの連鎖」 ととることができる。

その理由は、教師が「核 となる学習者の活動」を取 り上げ、価値づけることによって、それが学習者 全体の中に何 らかの「 問い」の作用を与えるか らである。

例えば、 「○○君の考え方、お もしろい方法だね」 という価値付 け、 「 この方法、 どのように して解 いているかわかるかな ?」 という焦点化、 「 この方法 に使われている図形の性質を挙 げてみよう」 と いうさらなる焦点化などは、教師の授業 におけるね らいを踏 まえたり、状況をより明確 にする意図な ど、ゆるやかな意味での「 問い」の性格を持つ。核 となる学習者の活動 に対 しては、「抽出、引き取 り、焦点化、価値付 け、方向付 け、関連づけ、比喩、例示、特徴付 け、引き戻し、投 げかけ」などに み られる教師の活動 により、授業の中で何 らかの「 問い」 として、あるいは議論の進行役 としての機 能を持つ。黒澤 (1999,2001)は 、核 となる学習者の活動を一斉授業の中で焦点化 させてい く教師の 活動を、 「認める→取 り上 げる→収集す る→解釈す る→調整す る→進める」 というメカニズムのある

ものとして分析 している。

核 となる学習者の活動の焦点化 は、学習者 にとっては「授業の流れに自然にのってい くもの」 とし て、 さらに「学習意欲を推進するもの」 としての役 目を、そ して教師にとっては「 問いの連鎖をより 学習者の立場で実現するもの」 としての役 目を果たす。 これ らを詳細に分析することは、ベテランの 教師の もつわざや、授業研究会などで議論 されることの多い「 よい授業における教師の諸活動」を詳 細 に考察することともいえる。瞬時の教師の判断の中で、何が行われているのか、教師の評価活動 に 絡めて今後詳細 に分析 してい く予定である。

この事例での「問いの連鎖」は、次のようになる。

○  (凹 型の )四 角形をかいてみて、気づいたことや、 こんなことがいえそうかなということはな いだろうか。

この初発間の後 は、生徒の発言、予想、つぶや きを収集 しなが ら「本当にそのようなことがいえる だろうか ?」 「す ごいことに気づいたね」などの教師か らの返 しを しなが ら、以下のように、 自他の 考えの比較や異同を意識す る問い、図形の性質を次々に遡及 してい くための問い、図形の性質を次々

に遡及 してい くプロセスを反省的にとらえるための問いを連鎖 させてい く。

○  (黒 板 にかかれた図のみによる解法をみて )友 達がどのような図形の性質を使 って解いたのか、

自分なりに考えてみよう。

○   同 じ図で も、違 う図形の性質を使 って解いた人 はいるかな。

○   この解法の意味、 自分なりにわかる人、手を挙げよう。

○   この問題を解 くには、 どれ くらいの図形の性質を使 うことがで きるのかな。

○   いろいろな解法をみて、気づ くことがあるかな。

○   この問題を解 くには、いろいろな図形の性質が使われていることがわか った。 この方法では、

三角形の 1つ の外角 はそれととなりあわない 2つ の内角 に等 しいという図形の性質が使われてい る。 この図形の性質 は本当に正 しいのだろうか。 どうしてそんなことがいえるのだろうか。

→   以上、 la)',(b)'に 関する問い

○   図形の性質同士を矢印で結んでい くことを図に表 してみたけど、 この図をみてどんなことがい

えそ うだ ろ うか。 →  (C)'に 関す る問 い

参照

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