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中国トナカイエベンキ人社会の社会経済変化

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Academic year: 2021

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中国トナカイエベンキ人社会の社会経済変化

著者 思 沁夫

著者別名 ス, チンフ

雑誌名 金沢大学大学院社会環境科学研究科博士論文要旨

巻 平成14年度6月

ページ 54‑58

発行年 2002‑06‑01

URL http://hdl.handle.net/2297/4706

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名思沁夫

中国 博士(学術)

社博甲第47号 平成14年3月22日

課程博士(学位規則第4条第1項)

中国トナカイエベンキ人社会の社会経済変化

(TheSocialandEconomicChangesofReindeerEvenkieslnChina)

委員長鹿野勝彦

委員中林伸浩,橋本哲哉 本籍

学位の種類 学位記番号 学位授与の日付 学位授与の要件 学位授与の題目 論文審査委員

学位論文要旨

本論文は,筆者が1996年~2000年にかけて合計5回8ケ月行った現地調査によって得られたデー タと中国語,日本語などの文献に基づいて,19世紀後半~1990年代後半までの中国。内モンゴル 自治区のトナカイエベンキ人社会がロシア,日本,特に中華人民共和国によってどのように変化させ

られ,また彼らがどのような対応に強いられたのかを記述し検討する。特に中国国家統合以降に生じ たトナカイエベンキ人の社会経済変化を現地調査資料によって「民族郷」=村レベル及び個人レベル において明らかにすることを主な目的とする。

エベンキ人(Evenki)はかってツングースという名称で知られ,ロシアと中国に居住地を持つ人々 である。本研究の研究対象となるエベンキ人は,中国側で唯一トナカイを飼育しているため,「トナ

カイエベンキ人」という名称で,記述の統一を図りたい。

トナカイエベンキ人は大興安嶺の北西部の森林に生活しているが,行政的には中国。内モンゴル

自治区ホロンバイル盟に所属している。かつてトナカイエベンキ人は森の中で自由に移動する生活を 送っていたが,1965年に政府によって,教魯古雅(オルグヤ)河のほとりに定住村(民族郷)が建 設された。2000年現在人口の大部分は村に定住化している。4つのキャンプ地合わせて30~40人 が定住村の周囲110キロの範囲でトナカイ飼育,狩猟のため,移動生活を営んでいる。定住村の建 設当初,村の常住人口はトナカイエベンキ人だけであったが,全国各地からの「外来人口」の移住に

よって,1970年代後半以降,トナカイエベンキ人は少数者へと転じた(表1を参照)。

表1:民族郷における民族別の人口(1999年)

民族 コニベンキ モンゴル ダフール ロシア 合計

人口 312 212* 33 569

総人口に 54.8% 37.2% 5.7% 1.4% 0.7% 100%

対する割合

出所:民族郷公安部門調べ

*そのうちトナカイエベンキ人は167人,

外から来たエベンキ人は45人である。

-55-

民族 エベンキ モンゴル ダフール ロシア 合計

人口 312 212兆 33 569

総人口に

対する割合 54.8% 37.2% L4% 0.7% 100%

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本論文の構成は以下の通りである。第一章では,まず本論文の目的と方法を述べ,ついでトナカイ エベンキ人に関する従来の文献資料,特に本研究で利用する文献の性格,特徴,限界などを批判的に 検討する。第二章では,17世紀半ばからのアムール川流域における清朝とロシアの領土拡大をめぐ る軍事的,政治的な衝突が,エベンキ人を含むこの地域の環境,少数民族の生活形態,社会組織,民 族内部や民族間の関係などに与えた影響とこれに対するエベンキ人などの対応を中国語,ロシア語の 文献などを利用して整理し記述し,トナカイエベンキ人社会の変化の歴史背景として把握する。

第三章では,主に中国語,日本語の文献を利用して,19世紀後半から1945年までのトナカイエ ベンキ人社会の変化と彼らの対応を見る。ここでは①19世紀後半から1918年まで,トナカイエベ ンキ人はロシア人の官僚支配下にあり,強制的なヤサク(毛皮税)の支払い,ロシア正教への改宗,

氏族長を通じての間接統治を受けていたこと,また,額爾古納河(エルグナ)の左岸に点在するコ サック人の村との交換関係などによって,銃,日常用品をはじめ,ロシア人の文化がトナカイエベン キ人社会に浸透し,トナカイエベンキ人の生活を自給的から外の物質を頼る生活へと変化させたこと。

②1918年ごろの国境封鎖によって,トナカイエベンキ人はロシア側との交流ができなくなったこと,

トナカイエベンキ人と交換関係にあったアンダ(トナカイエベンキ人と交易するロシア人,中国人)

を含む多くのロシア人は内戦を逃れて中国側に移住したこと,ロシア人,中国人のアンダはトナカイ エベンキ人との交易一方的に支配していたこと,③1930年代から1945年代まで,トナカイエベン キ人は日本軍に統治され,日本軍はアンダをトナカイエベンキ人との交易から排除し,「満州国」東 蒙貿易会社がコントロールした。また,日本軍はトナカイエベンキ人の成人男性を謀略部隊として訓 練し,対ロシアスパイとして利用しようとしたこと,などを記述する。

第四章と第五章では,中国語文献と聞き取り調査のデータを利用し,中華人民共和国成立後の 1940年代後半から文化大革命が終わる1970年代後半までの間,トナカイエベンキ人社会が中国国 家への統合によって,その生活がどのように変化させられ,また,彼らがどのような対応に強いられ てきたのかを述べる。ここでは,①地方政府の行政システムに組み込まれたことによって,トナカイ エベンキ人のウリロン(リネージ)が崩壊し,また,分配習慣も政府の政策の実施によって大きく変 えられたこと,②1965年トナカイエベンキ人のトナカイ,銃などが国有化され,新たな生産管理シ ステムとして「工分制」が導入されたこと。また,鹿茸の商品生産も実施されたこと,③さまざまな 形で実施された政治教育,政治運動,学校教育がトナカイエベンキ人のシャマニズムなど固有文化を 否定,批判し,彼らの精神世界に大きな影響を及ぼしたこと,④漢語による学校教育の実施,外来者 の移住による定住村の人口変化などによって,トナカイエベンキ人の生活様式,言語,名前などが変 化させられたこと,などを記述する。

第六章では,主に筆者の聞き取り調査データを用いて,1980年代初頭から2000年までの間の,

地域社会への市場経済の浸透の過程と,トナカイエベンキ人社会の変化,彼らの対応について記述す る。①1984年にトナカイ飼育における「責任制」の導入,狩猟の衰退などによって,トナカイエベ ンキ人の狩猟,トナカイ飼育という生業は根本から変えられたこと,②定住村で生まれ育った若い世 代はエベンキ語を話せなくなり,トナカイ飼育,民族の習'慣や文化から離れる傾向にあり,近代的な 生活をあこがれるようになっているばかりでなく,価値観の対立はトナカイエベンキ人社会内部,家 庭内部の交流,対話を妨害し,さらにアルコール中毒,自殺という社会病理現象の出現の一因となっ ていること,③市場経済の浸透は,トナカイエベンキ人社会内部で生活の多様性をもたらすと同時に,

収入の格差,利益の不一致,差異も出現させていること,などを記述する。

本研究の第七章の考察では,1980年代以降の状況に焦点を当て,トナカイエベンキ人社会の経済 的,社会的細分化に注目した。まず経済的側面から賃金労働をする人,トナカイ放牧契約者,「貧困戸」

という3つのカテゴリーに分けて,その出現の背景と実態をまとめた上で,トナカイエベンキ人社会 の中での世代別,男女別の文化的分裂とその結果としての家庭内の分裂が原因となり,アルコール中 毒や自殺といった社会病理現象が生じたことを論じた。

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本研究は自分の聞き取り調査資料を利用して記述内容をさらに具体化することや個別の事例によっ て内容を充実化することができなかったこと,さまざまな事情によって自分が収集した-次資料など をすべての面において充分に有効利用できていないこと,また,筆者の能力の不足lこより欧文の文献 の利用はなお不+分であるなどのような限界を持っているが,中国の少数民族,とりわけ人口規模が 小さい民族についての現地調査に基づく実証的研究の少ない現状では,一定の意義を持つものと考え

る。

Abstract

Usingthedataandinfbrmationcollectedduringheldworkconductedbetweenl996and2000,

thispaperexaminesthechangesof"TheReindeerEvenkies”societyinChinafromtheendof l9thcenturytothel990s,ItalsoattemptstoassesstheresponsesandreactionsoftheEvenkies

underthedominationofRussia,JapanandChina

Thehrstchapterdehnesthepurposesandmethodologyofresearch,andintroduceofthe objectandareaunderstudyThiswillserveasaguidetothefbllowingdiscussionsofliterature

backgroundoftheEvenkies

ThesecondchapterexaminestheoverallsituationinthebasinofAmurRiverfromthel6th

tmtheendofl9thcenturytakingaccountoftheinHuencesandchangesinthereg1onunderthe

policiesemployedbytheRussianisgovernmentandtheChinese1sQingDynasty・Therelative attitudesandresponsesoftheEvenkiesandotherindigenousethnicgroupsasaresultofthese

policieswmalsobeassessed

ChapterthreeexaminestheEvenkiessocietyfifomthelatterhalfofl9thcenturytilll945 usingdatacollectedininterviewsconductedduringtheheldworkThdYasakIsystemandbarter tradewiththeRussian`AndaiwillparticularlybeillustratedChangesinthedailylivesofthe

EvenkiesunderthedominationandruleofJapanesewillalsobeconcernedlnchapterfburand hve,furtherconcernwillbeplacedontheresponsesoftheEvenkiesagainstthechangesinyears fallbetweentheestablishmentofPeople1sRepublicofChinainthelatel940sandtheGreat

CultureRevolutionwhichendedinthelatel970s

Basedonthedatacollectedhomresearchconductedbetweenthebeginningofl980sand2000,

chaptersixfUrtherexaminestheprocessofeconomysaturationinEvenkiessocietyltwinthen turntothecorrespondencesoftheEvenkiestowardthechangesoftheirsociety

Inthehnalchapter,astheaboveexaminationanddiscussioncometoanend,problemsand outcomescausedbythefragmentationoftheEvenkiessocietywhichinducedbreakdowninthe culturalaspectsofoccupation,generation,andgenderroleSwnlbeidentified.

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論文審査結果の要旨

本論文は中国東北部に住む少数民族エベンキのうちの小グループ,トナカイエベンキ人社会の,お よそ1世紀あまりの間の社会。経済変化を,おもに現地調査と現地で入手した1次的文書に依拠して,

文化人類学の視点から記述,分析した成果である。

構成としては,序論に当たる第1章でまず目的,対象,方法とともに先行研究の紹介と批判を行い,

近年の先行研究が少ないだけでなく,それらの大半を占める中国人の研究が紋切り型の進化史観とい わゆる中華思想にとらわれ,信頼性が低いとしている。第2章,第3章では17世紀から20世紀前半,

すなわち新中国成立以前のトナカイエベンキ人社会の状態をロシアや日本との関係にも目配りをしな がら概説している。第4章から第6章までは本論文の記述の中核で,中国の政治的,経済的変動,特 に政府の対少数民族政策や少数民族の住む辺境地区の開発政策,あるいは主流社会としての漢人の流 入などの影響とそれに対するトナカイエベンキ人の対応が,年代を追って丁寧に記述されている。全 体としてはトナカイエベンキ人社会はこの変化に翻弄され,多くの成員がさまざまの問題を抱えると

ともに,社会の共同体性や個々人のアイデンティティーが危機にさらされていることが,説得力のあ るデータに基づいて示されている。終章である第7章ではこういった危機をもたらした要因が整理さ れ,検討される。

本論文の特徴は,何よりもまず,近年まで現地での調査に基づく実証的なデータの乏しかった対象 について,詳細で信頼性の高い記述を行ったことにある。通算で8ヶ月という現地調査の期間自体は,

人類学のそれとしては必ずしも長いとは言えないが,調査はオーソドックスな手法で行われており,

この対象についての従来の研究には欠けていた正確な民族誌資料が提示されたことは,高く評価した い。また面接調査においては,トナカイエベンキ人の他に,その周辺で生活する漢人やその他の民族 成員からの聞き取りも充分行っていること,地方政府の文書などの収集。分析を綿密に行っているこ

となども,本論文の記述の価値を高めている。

面接調査者自身が少数民族出身であることは,被調査者集団との信頼関係の構築に有利な条件で あったと思われるが,こういった条件を充分に生かすことができたのも,調査者のフィールドワーカー としての高い資質によるものである。またデータの分析に際しても,この点は,漢人や外国人研究者 の視点とは異なる独自の解釈を可能とする背景となっており,特に1980年代以降のいわゆる改革。

開放政策がトナカイエベンキ人社会にもたらした危機的状況の原因や,その結果についてのそれは,

説得力をもっている。

ところでこういった少数民族,とりわけトナカイエベンキ人もそうであるような,きわめて人口が 少なく,政治的にも経済的にもまた文化的にも,周囲から押し寄せる変化の荒波に対して有効な抵抗 をすることが困難な民族集団においては,それが抱える問題もしばしばトナカイエベンキ人の場合と,

著しい共通性を示すし,そういった民族集団の状況に関する人類学的研究も欧米人のものをはじめと して少なくないが,本論文においてはそれらの成果は必ずしも充分には取り上げられていない。それ らが比較の対象として扱われていたなら,トナカイエベンキ人の現状と問題に関する本論文の考察部 分はより豊かな広がりと深みを持ったであろう点が,惜しまれる。とはいえそれらの弱点は論文執筆 者自身もよく承知しており,今後の課題としてさらに研究を発展させる可能'性が残されている部分と 考えたい。

審査委員は平成14年1月23日の審査会議,同1月29日の論文口頭発表,同日の論文検討会等を 経て,本論文は充分に博士(学術)の学位を授与するに値するとの結論に達し,合格と判定した。

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参照

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