強盗致死傷罪の成立が認められた事例
「強盗の現場に居合わせたが、犯人にその存在を認識されていな かった者が、他の者が脅迫されているのを見て、その場から逃 れようとして傷害を負った場合に、強盗致傷罪の成立が認めら れた事例」
東京地裁平成 15 年 3 月 6 日判決
(平 14(わ)第 389 号、平 14 特(わ)第 4005 号、強盗致傷・
出入国管理及び難民認定法違反被告事件)
(判例タイムス 1152 号 296 頁)
小 野 寺 一 浩 *
【事実】
被告人ら(以下、「X」、「Y」という。)は、共謀の上、金員を強取しよう と企て、ビル 2 階にあるエステ店に入り、受付カウンター内にいる同店店長 B にカウンター越しに所携のエアガンを押しつけ、同人を受付と衝立で仕切 られている東隣の待合室ソファーに座らせた。その直後、同店の従業員であ る「リナ」が待合室東隣にある控え室のドアを開けて待合室に出てきたので、
Xがリナの腹あたりに所携のエアガンを押しつけ B の隣に座らせた。続い
*福岡大学法学部教授
て、受付の西側に並んでいる、カーテンで仕切られた個室の 1 つから客Dが カーテンを開けて出てきたので、XがDにエアガンを突きつけ、待合室に連 行し、ソファーに座らせた。その後、X、Yらは、個室が並んでいる通路奥 西側中央の窓際に取り付けられていた警報機が赤く点滅しているのに気がつ き、Xがソファーに座っている B らにエアガンを突きつけてその反抗を抑 圧する一方で、Yが警報機のそばに行き、点滅しているフラッシュライトを 引き下ろし持っていたエアガンで叩くなどした。そのころ、個室にいた客E が通路に出てきたので、XがEの後頭部にエアガンを突きつけて待合室に連 行し、ソファーに座らせた。その直後ころ、X、Yらは、同店から外に出て、
逃走したが、これらの犯行の間に、X、Yらは、受付カウンターの下にあっ た手提げ金庫から、現金 6 万円を強取した。
同店の経営者である A は、受付の西隣にある個室のベッドの上に横にな り、仮眠していたが、X、Yらが同店に入店した直後ころに目を覚まし、カー テンの隙間から待合室の方向を覗き見たところ、リナがXから拳銃らしきも のを突きつけられているのを見て、強盗に入られたと思った。そこで、A は、
同室内に持ち込んでいた警報機のスイッチを入れた後、同店舗西側の北の窓 から外へ逃げだそうと考え、早歩きで西側個室に移動したところ、同室方向 へ近寄ってくる足音を聞いたことから、X、Yらが追いかけてきたと思い、
自分も被告人らに捕まるのではないかとの恐怖の余り、上記窓からその下方 に作られている建造物の上に一旦降りてから地上に脱出しようと決意した。
そして、窓から飛び降りたものの、上記建造物の上に降りるのに失敗し、そ のまま地上に転落して全治 148 日間を要する左手関節開放骨折、左肘脱臼、
左肋骨骨折の傷害を負った。
なお、Yが同店舗内の通路を往復したのは、上記警報機を見に行ったとき だけである。
【判旨】
第 3 強盗致傷罪の成立について
1 以上の事実関係を前提に、被告人に強盗致傷罪が成立するか否かを検討 するに、本件では、被告人らにおいては、犯行時 A が被害店舗内にいたこ とを認識していなかったにもかかわらず、同女の負った傷害の結果について も責任を負うのかどうかが問題となる。ところで、強盗致死傷罪は、強盗の 機会には人に傷害等を負わせる行為を伴うことが少なくないことから強盗罪 の加重類型として、「強盗(犯人)が人を負傷させたとき」に成立するとさ れていることからすれば、強盗致死傷罪が成立するためには、単に強盗の現 場において致死傷の結果が発生したというだけではなく、通常強盗に付随し て行われるような強盗犯人の行為に基づき傷害等の結果が発生したと評価で きることを要すると解される。
2 そこで、これを見るに、被告人らの行為は、B らに対してエアガンを突 きつけるなどして脅迫したものであるところ、被害店舗は、3 階建てビルの 2 階部分にあって、通路を挟んだ 7 つの個室のほか、カウンターのある受付、
ソファーが置いてある待合室、従業員用の控室、シャワールーム、トイレ及 び流しがあるだけで、その広さは受付を中心に歩いても数秒以内で移動でき る程度のものであり、出入口も被告人らが入ってきた 1 か所だけであること、
しかも、個室とは言っても、いずれもカーテンによって通路と仕切られてい るだけの独立性の乏しい部屋で、その室内にはベッドと小さな棚等が置かれ ているだけのスペースがあるに過ぎないこと、そして、被告人らは、このよ うにさほど広くない被害店舗に 2 人組で押し入った上、その出入口近くにあ る待合室において、B らに対して、真正なけん銃と見まがうようなエアガン を突きつけて脅迫し同人らの反抗を抑圧したものであって、このような被害 店舗内の状況及び被告人らの犯行態様に照らすと、同店舗内にいた者は、仮 にエアガンを突きつけられていなくとも、被告人らからエアガンを突きつけ
られ脅迫されている B らの状況を目にすれば、被告人らに発見されないで 同店舗内から脱出することが事実上困難であり、もし被告人らに発見されれ ば B らと同様に脅迫されるであろうと考えるのが自然であり、被告人らが B らにエアガンを突きつけて脅迫した行為は、客観的には、その脅迫の威力 を同店舗内にいた者全員に及ぼしていたと評価することができる。
そして、A は、リナがXからエアガンを突きつけられているのを目撃し て強盗に入られたと考え、自分も被告人らに捕まるのではないかとの恐怖心 の余り、被害店舗の 2 階西側の北の窓から脱出しようとして誤って地上に転 落し、判示傷害を負ったものである。
3 他方、被告人らは、既に認定したとおり、犯行時 A が被害店舗内にいる との具体的な認識までは有していなかったとは言え、同店舗内は当時薄暗い 状態にあって、各個室はカーテンによって通路と仕切られていたこと、被告 人らは、同店舗内をくまなく探索したわけではなかったこと、他方、被告人 らは客を装って同店舗内に入ったもので、当時店がまだ営業中であったこと は十分認識しており、現に、被告人らが同店舗内にいた約 5 分という短い時 間内に、受付にいた B のほかにも、従業員のリナやミキ、客のDが立て続 けに被告人らの前に姿を現してきたことなどの事情に照らせば、被告人らは、
同店舗内にはまだ被告人らによって発見されていない者が存在している可能 性についても十分認識できたと認められる。
そして、被告人らは、被害店舗に入った後、まず出入り口正面の受付カウ ンターの中にいた B に対してエアガンを突きつけて脅迫し、次いで控え室 から出てきたリナに対してもエアガンを突きつけて脅迫し、更には、それぞ れ別の個室から通路に出てきたミキとDに対しても順次エアガンを突きつけ て脅迫するなど、被告人らにおいてその存在を認識し得た者全員に対してエ アガンを突きつけて脅迫し、その反抗を抑圧していたものであって、このよ うな犯行態様からすると、被告人らは、同店舗内において財物を強取するに
当たって障害となる可能性のある者に対しては全て脅迫を加える意図を有し ていたことが明らかであり、この点については、被告人も、検察官に対し、「強 盗をして無理矢理現金を奪い取るためには、店にいる全員を脅して怖がらせ る必要がある」と思っていた旨供述している。
その上、被告人らのように、被害店舗の従業員らにエアガンを突きつけ脅 迫するなどの強盗行為に及んだ場合、直接エアガンを突きつけられていない 者であっても、恐怖心の余り、難を逃れるために被害店舗から外に脱出しよ うとして怪我を負うことも考えられることからすれば、A の判示傷害の結 果は予測可能な範囲内にあったと言える。
4 そうすると、被告人らにおいて、犯行当時 A が被害店舗内にいることに ついて具体的な認識を有していなかったとしても、被告人らは、A の存在 について十分認識し得る状況にあり、被告人らがエアガンを B らに突き付 けた行為によって、客観的には、同店舗内にいた A に対しても脅迫が加え られていたと評価できる中で、これによって畏怖した A が上記窓から地上 に降りようとして負傷した以上、被告人らは強盗致傷罪の責任を負うと解す るのが相当である。
なお、弁護人は、強盗致傷罪における「負傷」の結果は暴行の意思による 行為に基づいて生じることを要する旨主張するが、強盗致傷罪の立法趣旨等 に鑑みれば、同罪の成立についてそのような限定を加えるべき理由は認めら れず、弁護人の主張は採用できない。
【検討】
1 本判決の論理構成
本判決は、本件における争点を摘示したのち、強盗の際に傷害が生じた場 合における一般理論を展開し、その後、客観的事実についての認定、主観的 要件に関する検討を行い、それらを踏まえ、結論として、被告人らは強盗致
傷罪の責任を負うのが相当であるとの判断を示している。以下、問題となる 点につき、順に考察したい。
2 強盗の機会
強盗致死傷罪が成立するためにはいかなる行為から死傷結果が生じること を要するかについて、強盗の手段たる行為から生じなければならないとする
「手段説」と強盗の機会に生じればよいとする「機会説」との対立があるが、
判例は、「機会説」を採用している(大判昭和 6 年 10 月 29 日大刑集 10 巻 511 頁。最判昭和 24 年 5 月 28 日刑集 3 巻 6 号 837 頁など。大塚仁ほか編((日 野執筆))・大コンメンタール刑法[第二版]12 巻((2005 年))408 頁は、「判 例は、具体的に検討すると、強盗の機会というほかに、実質的に強盗との関 連に照準を合わせているものが少なくない」と指摘する)。
本判決は、これにつき、「強盗致死傷罪は、強盗の機会には人に傷害等を 負わせる行為を伴うことが少なくないことから強盗罪の加重類型として、『強 盗(犯人)が人を負傷させたとき』に成立するとされていることからすれば、
強盗致死傷罪が成立するためには、単に強盗の現場において致死傷の結果が 発生したというだけではなく、通常強盗に付随して行われるような強盗犯人 の行為に基づき傷害等の結果が発生したと評価できることを要すると解され る。」との一般論を示した。
ところで、「強盗の機会」の問題として通常念頭に置かれるのは、死傷結 果を発生させた行為(「原因行為」)が強盗の手段たる行為とは、少なくとも 外形上別個の行為である場合である。例えば、強盗犯人が追跡してきた被害 者を殺害したいうようなときである(最判昭和 24 年 5 月 18 日刑集 3 巻 6 号 837 頁、最判昭和 24 年 2 月 8 日刑集 3 巻 2 号 75 頁など。なお、最判昭和 23 年 3 月 9 日刑集 2 巻 3 号 140 頁参照)。
これに対して、本件事案において問題となる被告人らの行為は、財物奪取
のために B らに対してエアガンを突きつけるなどして脅迫した行為である。
少なくとも、外形上、手段たる行為とは別個の原因行為が問題となるわけで はない。
また、本件事案においては、B らに対する脅迫行為から生ずる威力が、そ のいわば延長線上において、A に対して及んだわけではない。この点にお いて、警ら中の巡査から拳銃を強取しようと決意し、同巡査を殺害するかも しれないということを認識し、かつ、あえてこれを認容し、建設用びょう打 銃を発射したところ、びょうは巡査の体を貫通して付近の通行人にもあたり 傷害を負わせたという事案(最判昭和 53 年 7 月 28 日刑集 32 巻 5 号 1068 頁)
とも異なる。本件においては、A が被告人らからエアガンを突きつけられ 脅迫されている B らの状況を目撃することにより、A に対して脅迫の威力 が及んだのである。B らに対する脅迫の威力が、いわば異なる方向、異なる 形で A に対して作用したといえよう(最判昭和 24 年 3 月 24 日刑集 3 巻 3 号 376 頁は、「強盗傷人罪は、強盗たる身分を有する者が強盗の実行中又は その機会においてその手段たる行為若しくはその他の行為に因り人に傷害の 結果を発生せしめるにより成立する強盗罪と傷害罪との結合犯である。そし て原判決は、被告人が所携の短刀を以て判示強盗の手段たる脅迫行為の実行 中その機会に判示傷害を被害者に生ぜしめたものと認定したのであるから、
たとい、所論のようにその傷害が被害者においてその短刀を握ったため生じ たものであったとしても、強盗傷人罪の成立を防ぐるものではない。」と判 示した。この判決が「強盗の手段たる脅迫行為の実行中その機会に」と論じ ているのは、短刀による脅迫行為が異なった形で被害者に作用し、傷害結果 を発生させたと考えたためであろう)。ここに本件事案の特質があり、本判 決もそれを考慮し、上記のような一般論を展開したと思われる。
3 原因行為としての脅迫行為
強盗致傷罪において、死傷結果を発生させる行為(「原因行為」)が暴行に 限られるかどうかをめぐり、争いがある。これについて、判例の立場は必ず しも判然としないという評価が一般的である(前掲大コンメンタール・410 頁。脅迫行為から傷害が生じた場合に、強盗致傷罪の成立を認めた下級審裁 判例として、大阪高判昭和 60 年 2 月 6 日高刑集 38 巻 1 号 50 頁、福岡地判 昭和 60 年 11 月 15 日判タ 591 号 81 頁がある)。
本判決は、これにつき、「弁護人は、強盗致傷罪における『負傷』の結果 は暴行の意思による行為に基づいて生じることを要する旨主張するが、強盗 致傷罪の立法趣旨等に鑑みれば、同罪の成立についてそのような限定を加え るべき理由は認められず、弁護人の主張は採用できない。」と判示し、弁護 人の主張を退けた。
脅迫は、所詮害悪の告知に過ぎないのであり、脅迫行為に基づいて傷害結 果が発生したとしても、その結果は、脅迫行為がもつ危険性がそのまま実現 化されたものではない。それ故、刑法 240 条の法定刑が重いことに鑑みれば、
原因行為は、暴行に限られるべきであり、脅迫行為では足りないとも考えら れそうである。
しかし、被害者が、強盗犯人から短刀で刺されるのを避けようとして転倒 し傷害を負ったという場合にも、強盗犯人の行為が有する危険がそのまま実 現されているわけではない。この場合に、強盗致傷罪の成立を認めるのであ れば、行為それ自体が有する危険がそのまま実現化されないとしても、強盗 致傷罪の成立を認めることはできるであろう(佐伯仁志・「強盗の手段たる 脅迫による強盗致死傷罪の成立」ジュリスト 862 号((1986 年))161 頁参照。
なお、最決昭和 46 年 9 月 22 日刑集 25 巻 6 号 769 頁は、強姦から免れるた めの逃走行為について、「本件被害者の傷害は本件姦淫によつて生じたもの ではないとして、強姦致傷罪の成立を争うが、記録によれば、被害者の傷害
は、共犯者水野公正に強姦された後、さらに被告人らによつて強姦されるこ との危険を感じた被害者が、詐言を用いてその場をのがれ、暗夜人里離れた 地理不案内な田舎道を数百米逃走し救助を求めるに際し、転倒などして受け たものであるから、右傷害は、本件強姦によつて生じたものというを妨げず、
被告人らについて強姦致傷罪の成立を認めた原判断は正当である。」と判示 している)。
もっとも、刑法 240 条の法定刑の重さを考えれば、脅迫行為が、当該具体 的状況において死傷結果を発生させる一般的危険性を有していることが必要 であろう。
判例は、暴行概念の拡張により、このような問題に対処してきたとされる が、その根底には、問題となっている行為が暴行と同程度の傷害結果発生 の危険性を有する行為であるという評価があったといえよう(因みに、刑法 240 条における暴行概念を拡張したものとして著名な最高裁昭和 33 年 4 月 17 日刑集 12 巻 6 号 997 頁は、第 1 審が「ナイフを突きつけた」と認定した 被告人の行為を「ナイフを突き出した」と認定し直した原判決の事実認定を 引用し、原判決を支持している。また、前掲大阪高判昭和 60 年 11 月 15 日 の事案は、被告人は、金員を強取しようと企て、被害者が運転するミニバイ クの後部荷台にまたがって乗車し、登山ナイフを同人の右脇腹に突きつけ、
「騒ぐと殺すぞ。」などと言って、同人にアスファルト舗装の路上まで運転さ せ、同所において、同人の左手首と同車のハンドルを両手錠で連結固定した 上、同人に「倒れろ。」と命じ、命じられたとおりにしなければ殺されるか もしれないと畏怖した同人が、同車もろとも転倒し、路面との衝突により、
両肘に加療約 14 日間を要する傷害を負ったというものであり、前掲福岡地 判昭和 60 年 11 月 15 日の事案は、被告人は、金銭を強取しようと企て、被 害者(女性)が普通乗用車に乗り込んだのを認めるや、同車の運転席ドアを 開け、同女の左脇腹に果物ナイフを突きつけ同女を助手席側に移動させ、自
らは運転席に乗り込み、同女に対して「騒ぐと殺すぞ。」などと申し向け、
同車を発進させ、果物ナイフを助手席とその上の敷物との間に、柄を自分の 方に向けて自らがいつでも取り出せるように差し込んだ状態にしておき、同 車を走行させていたが、このままではどこかに連れて行かれて殺されるかも しれないと畏怖、狼狽した被害者が、被告人から逃れるためには同車より脱 出するほかはないと考えるに至り、同車が交差点において徐行した際、助 手席側のドアを開け飛び降りて車外に脱出し、その際、路上に転倒し加療約 1 週間を要する頭部打撲等の傷害を負ったというものであり、いずれも、被 告人の行為につき、傷害結果発生の一般的危険性が十分肯定できる事案であ る)。
本判決は、被害店舗内の状況、被告人らの犯行態様を丹念に認定、検討し た上で、「被告人らが B らにエアガンを突きつけて脅迫した行為は、客観的 には、その脅迫の威力を同店舗内にいた者全員に及ぼしていたと評価するこ とができる」と判示している。これに従えば、被告人らは、被害店舗外に脱 出するなどにより、A に傷害結果が生じる一般的危険性がある脅迫行為を 行っていたといえよう。
4 因果関係
A は、被告人らに捕まるのを避けるために、被害店舗 2 階の窓からその 下方に作られている建造物の上に一旦降りてから地上に脱出しようと決意 し、窓から飛び降りたが、上記建造物の上に降りるのに失敗し、そのまま地 上に転落して傷害を負っている。被告人らの脅迫行為と A の傷害結果との 因果関係が問題となる。
本判決は、A の存在についての被告人らの認識可能性、被告人らの脅迫 行為の威力が A に及んでいたこと、A が恐怖心の余り被害店舗から脱出し ようとしたことから、因果関係を認めている。
行為者が行為客体の存在を現に認識していたかどうかは、主観的要件の問 題であり、因果関係の問題ではない。因果関係の存否を判断するに際し、行 為客体の存在については、一般人から見て行為客体の認識可能性があるか どうかを検討すれば足りよう(上掲最判昭和 53 年 7 月 28 日刑集 32 巻 5 号 1068 頁参照)。
また、本件事案においては、店舗の構造、A が存在していた場所、被告 人らの犯行態様から脅迫の威力が現に A に対して及んでいたといえよう。
A は、被告人らが追いかけてくるものと誤信し、自分も被告人らに捕ま るのではないかとの恐怖の余り、被害店舗 2 階窓から脱出しようとして失敗 し、傷害を負っているが、現に A が置かれた状況に照らすならば、A がそ のような心理状態となり、このような行動を取ることは十分に予見可能とい えよう(最決平成 15 年 7 月 16 日刑集 57 巻 7 号 950 頁の事案は、被害者は、
被告人らの激しい暴行から逃れるため、暴行が行われていたマンション居室 から脱出し、逃走しようとして、高速道路に突入したというものである。なお、
被告人らは被害者を追跡したものの、直ぐに見失いそれ以上追跡しなかった。
最高裁は、「被害者が逃走しようとして高速道路に進入したことは、それ自 体極めて危険な行為であるというほかないが、被害者は、被告人らから長時 間激しくかつ執ような暴行を受け、被告人らに対し極度の恐怖感を抱き、必 死に逃走を図る過程で、とっさにそのような行動を選択したものと認められ、
その行動が、被告人らの暴行から逃れる方法として、著しく不自然、不相当 であったとはいえない。そうすると、被害者が高速道路に進入して死亡した のは、被告人らの暴行に起因するものと評価することができるから、被告人 らの暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定した原判決は、正当として 是認することができる。」とした。本件事案において、確かに、A が建造物 の上に飛び降りるのに失敗し全治 148 日間を要する傷害を負うことは客観的 に予見可能であり、A が窓から飛び降りる行為それ自体が危険な行為であ
るといえよう。しかし、A 自身は、そもそも、窓からその下方に作られて いる建造物の上に一旦飛び降りてから地上に脱出しようと決意して窓から飛 び降りているのであり、A が置かれた具体的状況に鑑みるならば、A のとっ た行動は、最決平成 15 年 7 月 16 日の事案に比べ、到底不自然、不相当であっ たとは言えない。なお、曽根威彦「被害者の逃走中の事故死と因果関係」ジュ リスト臨時増刊 1269 号《2004 年》156 頁以下参照)。
これまでの判例の立場からすれば、本判決が因果関係を認めたことについ て、特に問題はないように思われる。
5 主観的要件
本判決は、被告人らは、A が犯行当時被害店舗内にいるとの具体的認識 までは有していないことを認めた上で、①同店舗内にはまだ被告人らによっ て発見されていない者が存在する可能性についても十分認識できたこと、② 同店舗内において財物を強取するに当たって障害となる可能性のある者に対 しては全て脅迫する意図を有していたこと、③被告人らの行った脅迫行為か ら被害者に傷害結果が発生することは予見可能であることを摘示し、被告人 らは強盗致傷罪の責任を負うべきであるとした。
本判決が摘示した①から③のうち、被告人らの現実の認識に関わるものは、
②だけであり、①は認識可能性、③は予見可能性を摘示するにとどまる。
さて、上記 2 で指摘したように、本件事案において、B らに対する脅迫行 為と A に対する脅迫行為とでは、その態様を異にする。従って、前掲最判 昭和 53 年 7 月 28 日と同様の論理で直ちに A に対する脅迫の故意を認める ことができるかどうかについては疑問がある。本判決はそれを考慮して、錯 誤論による解決という途をとらなかったと思われる。
また、本件事案において、被告人らは、被害店舗内に未だ発見されていな い者が存在していないという確定的な認識を有しているわけではない。この
点で、被告人の存在自体が客観的には被害者に対する脅迫行為となっている が、被告人が被害者は失神していると考えているため、脅迫の故意が認めら れないというような事例とは異なる(札幌高判平成 7 年 6 月 29 日判時 1151 号 142 頁参照。大塚仁ほか編((河上=高部執筆))・大コンメンタール刑法 [ 第 二版]12 巻((2005 年))340 頁参照。)。
また、前記③からは、被告人らの行為は、傷害結果を発生させる危険性の 高い行為であり、被告人らは、そのような危険性を基礎づける事実を認識し ていたと言える。
本判決は、①から③を総合的に考慮し、被告人らは強盗致傷罪の責任を負 うべきであると判断したと思われる。
本判決の結論は妥当と思われるが、その論理構成についてはさらに検討の 余地があろう。
6 終りに
本判決は、徒に抽象的な理論に走ることなく、丹念に事実を分析し、それ に基づき具体的事案に即した解決をしようとしたものといえよう。