韓 国造船産業 の立 ち上 が りと技 能人材形成
一1960年 代 大 韓 造 船 公 社 の 事例 分 析 一
金 鋳 基
1.問 題 の 所 在
経 済 開発 期(1962〜87年 頃 まで)の 韓 国 にお け る技 能 人 材 供 給 の あ り方 を 考 え る と き,ま ず 思 い 浮 か ぶ 論 点 は 次 の二 つ で あ る。 一 つ は,韓 国 の 急 速 な 工 業 化 を支 え た技 術 は熟 練 節 約 的 で あ っ た の で,そ の担 い 手 で あ る技 能 労 働 者 の 養 成 が 比 較 的 容 易 で あ っ た とい う こ とで あ る1)。 今 一 つ は,技 能 労 働 者 の労 働 市 場 が 極 め て 流 動 的 で あ っ た の で,戦 後 日本 企 業 で見 られ る よ う な,基 幹 的技 能 労 働 者 の 内 部 養 成 や 社 内 の 長 期 蓄 積 が な か な か 進 ま な か っ た と い う こ と で あ
る。
まず 前 者 は 第 二 次 世 界 大 戦 後 にお け る製 造 技 術 の あ り方 が,製 造 工 法 の標 準 化 に基 づ く量 産 技 術 で あ っ た こ と と 関 わ っ て い る。 後 発 工 業 化 で は先 進 国 で 確 立 され た技 術 を導 入 し定 着 させ る プ ロ セ ス が 中心 とな る。 量 産 シス テ ム の操 業 技 術 は細 分 化 され た 定 型 的 な作 業 の 集 合 体 と して構 成 され て い るの で,個 別 の 操 業 技 術 は 比 較 的 短 期 間 で 習 得 で き る。 しか も装 置 産 業 の タ ー ン ・キ ー ・ベ ー ス 方 式 の技 術 移 転 で み ら れ る よ う に,技 術 が 設 備 に既 に埋 め 込 まれ て い る こ と が 多 く,製 造 工 程 の 立 ち上 が りそ の もの は 比 較 的 容 易 に で きて し ま う傾 向 が あ る 。 も う一 つ,韓 国 で は ドイ ッ の 公 的 職 業 訓 練 シ ス テ ム に似 た制 度 が 迅 速 に 整 備 され,技 能 労 働 者 の 豊 富 な供 給 を保 障 した こ と も指摘 しな け れ ば な らな い 。 但 しそ の 主 流 は訓 練 期 間1年 以 下 の 短 期 養 成 で あ っ た 。
一 方,か よ う な技 能 の 性 格 か ら くる 限界 や 問 題 点 も また 指 摘 され て きた 。 例
1)「 熟 練 節 約 的 」 と い う表 現 は,服 部 民 夫 『 韓 国 の 経 営 発 展 』 文 眞 堂,1989年,p238
か ら借 り て き た 。
〔117〕
え ば,技 術 を大 卒 技 術 者 の 専 有 物 と見 な し,高 卒 以 下 の 技 能 者 へ の 一 方 的 指 示 とい う方 向 の み が 重 視 され る との 批 判 が あ る 。 そ う した風 土 に お い て は,技 能 者 の 試 行 錯 誤 が 技 術 者 に フ ィ ー ドバ ック され 自前 の改 善 や 開 発 に つ な が る連 鎖 が 弱 い2)。 ま た韓 国 的 技 能 の 問 題 点 を流 動 的 労 働 市 場 と の 関 連 で 捉 え る 議 論 も あ る。 単 能 工 的 な熟 練,即 ち い くつ か の 種 類 の 工 程,ま た は設 備 に 関 わ る熟 練 は か な り高 い レベ ル に達 して い る が,管 理 や 改 善 能 力 を備 えた 多 能 工 が なか な か 育 た な い とい う指 摘 で あ る。 多 能 工 が 育 つ に は 長 期 問 幅 広 い 工 程 を 経 験 す る こ とが 重 要 で あ り,そ の た め に は技 能 者 の 企 業 内 定 着 が不 可 欠 で あ る とい う の で あ る3)。
以 上 は ほ とん ど先 行 研 究 に既 に提 示 され て い る 論 点 で あ る 。 そ れ を踏 ま えつ つ も,本 稿 で は新 しい 視 点 をい くつ か採 り入 れ て み た い。 第 一 に,教 育 水 準 の 急 上 昇 が 工 業 化 過 程 で 果 た した 役 割 に つ い て で あ る。 工 業 化 の 成 功 要 因 の 一 つ と して教 育 に対 す る 韓 国民 の 強 い 情 熱 を 指 摘 す る 論 者 は少 な く ない が,そ の 具 体 的 プ ロセ ス を見 せ て くれ る研 究 は あ ま り見 か け な い 。 す で に 述 べ た よ うに, 熟 練 節 約 的技 術 の お 陰 で 技 能 人 材 の 養 成 は 比 較 的容 易 で あ っ た 。とは い っ て も, 日本 の 高 度 成 長 期 の 養 成 工 制 度 に見 られ る よ う に,そ う した 短 期 養 成 は 高 卒 程 度 の 学 歴 を前 提 に す る こ とが 多 い 。 高 学 歴 は 最 初 の 職 業 訓 練 段 階 だ け で な く, そ の 後 の経 験 を通 じた 学 習 能 力 に も 関 わ っ て くる。す で に指 摘 さ れ て い る通 り, 韓 国 企 業 で は 労 働 者 の 長 期 定 着 を前 提 に した 技 能 養 成 プ ロ グ ラ ム の 展 開が 立 ち 後 れ て い た 。 そ れ で も一 定 の レベ ル に ま で 熟 練 向上 が 進 ん だ とす れ ば,労 働 者 の 個 人 的学 習 能 力 や 意 欲 の 果 た した 役 割 に も っ と注 目す る必 要 が あ るだ ろ う。
第 二 に,経 済 開発 期 の 研 究 に は,工 業 能 力 の 飛 躍 ぶ りを強 調 す る 余 り,そ れ 以 前 の 遺 産 に つ い て 過 小 評 価 す る 傾 向 が あ る 。 しか しい く ら新 技 術 を外 か ら導
2)前 掲 書,第 六 章 を参照 。
3)技 能 高度 化 には労 働市場 の 内部化 が必 要 であ る とい う趣 旨の主張 は,小 池和 男 「韓 国 の熟練 形 成 と賃金構 造」(日本 労働 協会 編 『韓 国 の労働 事情一 工 業化 と熟 練形 成』
1980年)に 見 られ る。具体 的事 例分 析 を通 じて その点 を確 認 して い るの は,水 野 順 子 「韓 国工作 機械 企業 にお ける技術 移転 と技 能形 成」(尾 高煙 之助 『アジァ の熟練 』 ア ジア経 済研 究所,1989年)で あ る。
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入 した とい え ど も,そ れ を消 化 で き る一 定 の 主 体 的 能力 が 前 もっ て用 意 さ れ てい る必 要 が あ り,そ の よ う な能 力 が 如 何 に して 形 成 さ れ た か は重 要 な論 点 で あ る 。 造 船 産 業 の 軌 跡 は そ の 一 例 で は な い か と思 わ れ る 。 韓 国 は1970年 代 に重 化 学 工 業 の 建 設 に 乗 り出 した が,軽 工 業 的 性 格 の 強 い 電 器 産 業 は と もか く,重 工 業 的 機 械 工 業 の なか で輸 出 に成 功 した の は造 船 産 業 だ け で あ っ た。 自動 車 産 業 で の 輸 出 は1980年 代 半 ば まで 待 た な け れ ば な ら なか っ た 。 造 船 産 業 は 自動 車 産 業 に比 べ 技 術 的 難 度 が も っ と低 い とい え ば そ れ まで で あ ろ う。 しか し少 し角 度 を変 えて 考 え れ ば,韓 国社 会 に そ れ まで 蓄 積 され て い た 工 業 的 基 盤 との 連 続 性 が,造 船 産 業 に お い て もっ と強 か っ た と もい え る だ ろ う。 大 韓 造 船 公 社 は1930 年 代 まで 遡 る歴 史 が あ り,経 済 開発 の 始 ま っ た1960年 代 後 半 に は,製 造技 術 の 面 で は 輸 出競 争 力 を ほ ぼ確 保 で きる段 階 ま で既 に き て い た 。1970年 代 にい きな り造 船 輸 出 の トッ プ に躍 り出 た現 代 重 工 業(当 時 名 は現 代 造 船)の 成 功 も,そ の 母 胎 企 業 で あ っ た 現 代 建 設 と の 人材 面 の 連 続 性 や,大 韓 造 船 公 社 は じめ 既 存 造 船 所 か ら の 人材 供 給 に負 う所 が 大 きか っ た。
第 三 に,韓 国 で は 肉体 労 働 を蔑 視 す る伝 統 文 化 の 影 響 等 が あ り,技 能 労 働 者 の 社 会 的 地 位 が低 く,で き るだ け そ の 職 を避 け よ う とす る 傾 向 が 強 い とい わ れ て きた 。 そ れ を 裏 付 け る証 拠 は枚 挙 の い とま が な い 。 とは い え,そ れ だ け を 強 調 す る と,工 業 化 過 程 で技 能 労 働 者 と して 積 極 的 に人 生 を 切 り開 こ う と した 労 働 者 の 主体 性 が 隠 され て し ま う。 そ う した 主 体 性 な く して技 能 の 向上 や 蓄 積 も あ り得 な か っ た は ず で あ る 。そ れ に 関 連 して 注 目 しな け れ ば な らな い の は,1960 年 代 まで 重 化 学 工 業 の 担 い 手 は公 企 業 で あ っ た とい う こ とで あ る。 一 部 経 営 の 安 定 した 公 企 業 で は,生 活 保 障 型 処 遇 制 度 が す で に1950年 代 に は形 成 され て お り,公 企 業 労 働 者 は 就 職 難 にあ え ぐ人 々 に羨 ま れ る存 在 で あ った ので あ る4)。
4)1950年 代 の 大 韓 造 船 公 社 に つ い て は,拙 稿 「1950年 代 韓 国 企 業 の 経 営 管 理 と労 働
者 」(『大 原 社 会 問 題 研 究 所 雑 誌 』no.469)1997年12月 を 参 照 。 ま た 同 じ時 期 の 公
企 業 部 門 の 人 事 処 遇 制 度 に つ い て は,拙 稿 「 韓 国 勤 労 基 準 法 の 特 質 とそ の 起 源 」(小
樽 商 科 大 学 『商 学 討 究 』 第52巻 第2・3号)2001年12月 を参 照 。
2.1960年 代 韓 国 造 船 業 の産 業 的,技 術 的 特徴
(1)輸 入 代 替 か ら輸 出 志 向 へ
〈表1>韓 国造 船業 の生 産,輸 出入推 移
年度 建 造量G/T
船 舶 自給率%1)
輸出依存 度%2)
最大建 造 船G/T
鋼船建造量 に占める大韓 造船公社の シェ ア,そ の他
木 船 鋼 船
1957 3,359 45059 4,245 280
1962 4,256 380 58 350
以下は鋼船建造量 に占める造公の シェア
92%
63 5,880 2,989 500 44%
「
64 5,085 6,540 51 1,600 71%
65 4,846 8,942
26
23%66
6,224 11,459 2,600造公:漁 船の保税加工 を受注94%
67 4,762
15,182 4,000 造 公,大 鮮 造 船:浮 船30隻 をベ トナ ムへ初 輸 出
68 6,988 24,160 6,100
69 13,080 24,644 12,000 造 公:250G/T漁 船20隻 を 台 湾 に 輸 出 1970 10,100 29,000
24
71 3,430 39,880
21
造 公:オ イ ル タ ンカ ー6隻(2万,3万G/T)を 受 注
72
4,341 46,139 186
14,00073 5,551 157,923 8 79 126,000 現 代 造 船:超 大 型 オ イ ル タ ン カー 建 造 を 開始
74 2,021 559,849 4 94
75 2,399 610,061
7
9676 4,555 679,470
11
9377
8,497 640,026 40 64 78 3,844 772,019 16 80出 所:韓 国 造 船 工 業 協 同組 合 『造 船 組 合40年 史』1988,大 韓 造 船 公 社 の30年 史(1968)か ら作 成 。 注:1)自 給 率=1‑(輸 入 量/国 内 需 要 量)。64年,65年 の 数 値 は,(国 内建 造 量/同 年 の 船 腹 増
加 量)で 試 算 した もの で,実 際 よ りや や 高 い 可 能性 が あ る。
2)輸 出依 存 度=輸 出 量/国 内 建 造 量 。
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韓 国 造 船 業 が 世 界 に名 乗 り出 る の は1970年 代 に 現 代 造 船(株)が 超 大 型 オ イ ル タ ンカ ー を建 造 し輸 出 して か らで あ る(以 下 は 〈表1>を 参 照)。 そ の 後1980 年 代 始 め まで,韓 国 造 船 輸 出 の 大 半 は現 代 造 船 に よ って 占 め られ た 。 そ の よ う な成 功 が,1960年 代 まで リー ダー 役 を務 め た 大 韓 造 船 公 社 で は な く,建 設 業 か ら新 た に 参 入 して き た現 代 造 船 に よ っ て 達 成 さ れ た こ とは 興 味 深 い5)。 お そ らく,海 外 との 取 引 能力 や 造 船 所 と第 一 号 船 を 同時 に 竣 工 す る とい っ た機 敏 な管 理 能 力 な ど総 合 的 経 営 資 源 に お い て 財 閥 で あ る現 代 グ ル ー プ が 勝 っ て い た の で あ ろ う。 とは い え,輸 出産 業 化 へ の 可 能 性 は大 韓 造 船 公 社 の1960年 代 の経 験 を 通 じ てす で に 明 らか に な っ て い た 。 そ れ は 重 工 業 に お け る輸 出 の 可 能 性 を示 し た は じめ て の 事 例 で あ り,政 府 の 重 化 学 工 業 化 戦 略 立 案 や 現 代 造 船 の 参 入 戦 略 決 定 につ な が る重 要 な 情 報 で あ っ た に違 い な い。 また 大 韓 造 船 公 社 が 造 船 業 界 の 人 材 供 給 源 で あ っ た こ と も否 定 で きな い 事 実 で あ る。
す で に別 稿 で の べ た が,1950年 代 の 韓 国 造 船 業 は 木 船 建 造 が 中 心 で 鋼 船 部 門 で は大 韓 造 船 公 社 が 辛 う じて命 脈 をつ な ぐ停 滞 期 で あ っ た。 朴 正 煕 政 権 の 手 に よっ て1962年 に始 まっ た 第1次 経 済 開発 五 ヶ年 計 画 は,当 初 は 内 包 的 工 業 化 戦 略 を採 用 して お り,軽 工 業 だ け で な く重 化 学 工 業 の建 設 を も同 時 に追 求 して い た 。 重 化 学 工 場 へ の拘 りは 防衛 産 業 育 成 に 対 す る朴 政 権 の 強 い 関 心 を反 映 し て い た6)。 しか し世 界 市 場 や 国 際 政 治 の壁,そ して 内 資 動 員 の 失 敗 等 で こ の 戦 略 は挫 折 し,重 工 業 建 設 をい っ た ん棚 上 げ と し,労 働 集 約 的 な軽 工 業 の 輸 出 や 借 款 導 入 に重 点 を お く方 向 に 開 発 計 画 を転 換 させ ざ る を得 な か っ た7)。 大 韓 造 船 公 社 の 経 営 状 況 は そ の よ う な 国 家 政 策 の 流 れ を ダ イ レ ク トに反 映 して い た 。
5)現 代 造 船 の 立 ち 上 が りに つ い て は,取 りあ え ず,水 野 順 子 「 韓 国 に お け る造 船 産 業 の 急 速 な発 展 」(『ア ジ ア 経 済 』1983年12月 号)を 参 照 。
6)1970年 代 の 重 化 学 工 業 建 設 もそ う した 政 権 の 意 志 を 主 た る 動 力 と して い た 。 そ れ に つ い て は,金 元 重 「韓 国 一 開 発 独 裁 と重 化 学 工 業 建 設 政 策 」(粕 谷 信 次 編 『東 ア ジ ア 工 業 化 ダ イ ナ ミズ ム』 法 政 大 学 比 較 経 済 研 究 所 研 究 シ リ ー ズ12,法 政 大 学 出 版 局1997年)を 参 照 。
7)木 宮 正 史 「韓 国 に お け る 内 包 的 工 業 化 戦 略 の 挫 折 」(法 政 大 学 『法 学 志 林 』91巻
3号,1994年1月)。 谷 浦 孝 雄 『韓 国 の 工 業 化 と 開 発 体 制 』 ア ジ ア 経 済 研 究 所,1989
年,P33〜34。
1950年 代 末 の 同社 は 負 債 過 剰 の 不 実 企 業 で,従 業 員i数は わ ず か400人 に まで 減 っ て い た。 同 社 の経 営 は1960年 代 は じめ政 府 の 資 金 注 入 に よっ て 再 建 さ れ,従 業 員 数2〜3千 名 規 模 の,当 時 の機 械 産 業 で は 最 大 工 場 に 成 長 した 。 〈表1>の 市 場 シ ェ アで わ か る よ う に,同 社 は こ の 時 期 の鋼 船 建 造 の大 半 を担 っ て い た 。
しか し設 備 拡 張 や 資材 確 保 の た め の 追 加 資 金 供 給 を 政 府 に頼 る こ とが 難 し くな っ た の で,1966年 に は 日本 か ら商 業 借 款 を導 入 した が,そ の 時 か ら既 に 同 社 経 営 は行 き詰 ま りを 見 せ 始 め る8)。 借 款 の 返 済 負 担 が 経 営 を圧 迫 す る な か,同 社 は1968年 末 に民 営 化 され るが,そ の 直 後 の1969年 に は 当 時 と して は最 大 規 模 の 労 働 争 議 が発 生 した 。 また そ の 後 も不 実 企 業 へ の転 落 を免 れ な い 不 安 な経 営 状 態 が 暫 く続 くこ と に な る。
造 船 産 業 の よ う な重 化 学 工 業 を 育 成 す る に は,軽 工 業 と比 べ て,一 般 に 資 金, 技 術,市 場 面 で の 制 約 が よ り大 きい が,具 体 的 に は 産 業 に よ っ て い くつ か の パ タ ー ン に別 れ る。 素 材 型 産 業(鉄 鋼,石 油 化 学)は 立 ち 上 が る と きの 資 金 規 模 は 大 きい が,タ ー ン ・キ ー ・ベ ー ス の 技 術 移 転 が 比 較 的 容 易 で あ る。 ま た 輸 出 競 争 力 の あ る経 済 的 規 模 を最 初 か ら実 現 す る こ と は で き なか っ た もの の,成 長 の早 い 国 内市 場 に頼 っ て す ぐ設 備 拡 張 の見 通 し を立 て る こ とが で き,輸 入 代 替 か ら輸 出 へ の転 換 が 比 較 的 ス ム ー ズ に進 め られ た 。 次 に 電 器 産 業 の 場 合,パ ッ チ ワ ー ク型 工 業 化 戦 略,即 ち技 術 的 難 度 が 低 く労 働 集 約 的 な組 立 生 産 部 門 を移 植 し,最 初 か ら輸 出 を ね ら っ て経 済 規 模 を実 現 した。 そ こか ら最 終 組 立 部 門 の 成 長 に つ ら れ る 形 で 部 品 生 産 部 門 も育 っ て く る と い う 成 長 パ ター ンが 生 れ た9)。 そ れ に対 し,自 動 車 や 重 機 械 な どの 産 業 は,パ ッチ ワー ク型 工 業 化 戦 略 を とっ て 最 終 組 立 部 門 を移 植 す る だ けで も,量 産 ベ ー ス の 体 制 を 整 う に は,資 金 面,技 術 面 の ハ ドル が 高 い。 これ ら産 業 で組 立 部 門 が 軌 道 に乗 るの は1980年 代 も半 ば に 入 っ て か らで あ る。
造 船 産 業 は 育 成 の 難 し さか ら して,電 器 産 業 と 自動 車 産 業 の 中 間 に位 置 す る とい え よ う。1960年 代 の 大 韓 造 船 公 社 は まず 輸 入 代 替 型 成 長 を 目指 し た。 は じ
8)『 大 韓 造 船 公 社30年 史 』1968年,p179,188,199を 参 照 せ よ 。
9)谷 浦 孝 雄 「韓 国 機 械 工 業 の 輸 出戦 略 と二 重 構 造 」(『ア ジ ア経 済 』1983年12月)。
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ヱ23
め は 資 金,技 術 面 で 易 しい小 型 船 を 自給 し,段 々 大 型 船 の 自給 に 向 う とい う戦 略 で あ った 。 しか し く表1>で わ か る よ う に,経 済 開 発 開 始 後 の1960年 代 に船 舶 の 自給 率 は む しろ 下 が っ て し ま う。 韓 国 の輸 出 船 建 造 が軌 道 に乗 っ た1970年 代 後 半 に お い て さえ 自給 率 は低 い 。 そ の 理 由 は 国 内 の 海 運 会社 が 中古 船 の 購 入を好 む か らで あ る 。 輸 入 中古 船 と価 格 を競 う の は 新 造 船 の輸 出 競 争 力 を確 保 す る こ と よ り難 しい 。 大 韓 造 船 公 社 は 国 内 市 場 の 成 長 に頼 る こ とが で きず,借 款 を導 入 して ま で拡 張 した 設 備 の 稼 働 率 も15%前 後 とい う低 い水 準 に止 ま って い た10)。 同社 経 営 を圧 迫 した の は この よ う な産 業 的 条 件 で あ っ た 。
同 社 に残 さ れ た 道 は何 とか 輸 出 を増 や し稼 働 率 を上 げ る 以外 は な か っ た 。 最 初 の 輸 出 は 日本 の 造 船 所 か ら賃 加 工 を 請 け負 う形 で 実 現 した が,採 算 が 合 わ な い 上,物 量 も少 な か っ た。 そ の 後,技 術 的 難 度 の も っ と も低 い 浮 船 の 輸 出 が 続 い た 。1968年 頃 の 同 社 の競 争 力 を見 る と,4千 トン級 貨 物 船 建 造 の場 合,ト ン 当 り生 産 コス トが 日本 造 船 所330ド ル,同 社393ド ル と され て い た11)。 そ の 間 の 技 術 蓄 積 で 輸 出 まで 後 一 歩 の 水 準 に きて い た こ とが わ か る 。 新 造 船 ら し き輸 出 は1969年 の 漁 船 輸 出 で 始 ま り70年 代 に 入 っ て は 大 型 船 に シ フ ト して い っ た
(表1参 照)。
1973年 の 現 代 造 船 の 飛 躍 は パ ッチ ワ ー ク型 工 業 化 戦 略 に類 似 し て い る 。 つ ま り比 較 優 位 の な い 設 計 や エ ンジ ン な どを 海 外 へ の外 注 に依 存 し,組 立 部 門 だ け を 移 植 して 世 界 市 場 で も っ と も シ ェ ア ー の 大 きい超 大 型 オ イ ル タ ンカ ー 市 場 を ね ら っ た の で あ る 。 しか し1960年 代 ま で の 大 韓 造 船 公 社 に は そ の よ うな 戦 略 を 採 用 す る基 盤iが整 っ て い な か っ た 。1960年 代 に は,世 界 造 船 市 場 や 技 術 が ま だ 早 く動 い て い た時 期 で あ る。 船 舶 の 大 型 化 が 進 む 一 方,日 本 造 船 業 を 中 心 に量 産技 術 が 次 々 改 善 され つ つ あ っ た 。 最 大 規 模 の 造 船 所 を作 り,最 新 技 術 を取 入 れ て も,す ぐ日本 の 造 船 所 に 追抜 か れ て し ま う の で は,後 の現 代 造 船 所 の よ う な,組 立 工 程 の 設 備 規 模 は世 界 最 大 とい う メ リ ッ トは 生 か せ な い 。 現 代 造 船 の 造 船 所 建 設 計 画 も1970年 当初 の15万t規 模 か ら2年 間 で3回 も変 更 さ れ,最 終
10)『 大 韓 造 船 公 社30年 史 』p346〜348。
11)前 掲 書,p346〜348。
的 に100万t規 模 と な っ た 経 緯 が あ る12)。 日本 造 船 所 の 設 備 大 型 化 競 争 も ち ょ う どそ の程 度 で 終 息 に向 か う。 現 代 造 船 の 参 入 タイ ミ ング は 絶 妙 で あ っ た とい え る。
最 後 に 同 社 の民 営 化 につ い て 述 べ よ う。 公 企 業 の 民 営 化 は1960年 代 後 半 か ら 70年 代 始 め にか け て 相 次 い だ が,政 府 所 有 の 株 式 を銀 行(こ れ ま た政 府 所 有) に 移 転 し,民 間 資本 の 参 加 を 誘 導 す る形 が そ の大 半 で,完 全 に民 間所 有 に変 っ た 事 例 は少 な い。 大 韓 造 船 公 社 の 場 合 も完 全 民 営 化 と は い え な い 。 とは い え, 経 営 者 が 軍 出 身 の 官 僚 で は な く民 間企 業 家 に変 り,経 営 者 に対 す る モ ニ タ リ ン グ 方 式 も官 庁 の 監 督 か ら銀 行 の 監 査 に変 っ た こ との 意 義 は大 きい 。
(2)生 産 技 術 革 新 と管 理 方 式 の 変 化
大 韓 造 船 公 社 で1960年 代 に行 わ れ た技 術 革 新 の 内 容 を概 観 して み よ う。 日本 造 船 業 の建 造 技 術 は,1950年 代 に層 状 建 造 法 か らブ ロ ック建 造 法 へ 移 行 し,造 船 業 に お い て も量 産 シ ス テ ム 的 な生 産 管 理 が 適 用 され る よ う に な っ た13)。 大 韓 造 船 公 社 の 技 術 革 新 の 内容 は そ の よ うな 新 技 術 の 輸 入,定 着 に他 な らな い 。 た だ,大 韓 造 船 公 社 は1950年 代 に層 状 建 造 法 に基 づ くリベ ッ ト構1造船 建 造 を経 験 して い た わ け で は な く,リ ベ ッ ト構 造 船 は修 理 した 経 験 しか ない 。 新 造 船 は 小 型 船 で あ っ た の で 溶 接 だ け で 十 分 で あ っ た と さ れ る 。 そ こ か ら建 造 船 舶 が 大 き くな る に つ れ,ブ ロ ッ ク建 造 法 に移 行 した の で あ る 。 技 術 の 「圧 縮 的発 展 」 とい え よ う。 少 し具 体 的 例 を挙 げ る と,加 工 工 程 の技 術 発 展 は,日 本 で は,① 原 尺 現 図→ 手 動 罫 書 → 手 動 ガ ス切 断 の 段 階 か ら,1950年 代 に,②1/10縮 尺 現 図
→ 投 影 罫 書 → 手 動 切 断段 階,1960年 代 に,③1/10縮 尺 現 図 に よる 自動 切 断段 階 へ と変 っ た が,大 韓 造 船 公 社 で は,段 階 ② を省 い て段 階 ① か ら一 気 に段 階③ に 飛 躍 して い る(表2参 照)14)。
12)『 現 代 重 工 業 史 』1992年,p254。
13)山 本 潔 『日本 に お け る 職 場 の 技 術 ・労 働 史 』東 京 大 学 出 版 会,1994年 。真 藤 恒 「日 本 の 造 船 業 」(『海 事 産 業 研 究 所 報 』no.13,1967年7月)。
14)当 時 の 技 術 者2名 か ら の 聞取 り調 査 に 依 拠 して い る。日本 の 造 船 技 術 に つ い て は,
全 国 造 船 教 育 研 究 会 編 『造 船 工 学 』 海 文 堂,1975年 を参 照 した 。
韓 国 造船 産業 の立 ち上 が りと技 能 人材 形 成
125
<表2>大 韓造 船 公社 にお け る技術 革新,管 理 体制,養 成 工制 度の 変化
船舶 の大 きさ 技 術 革 新 生 産 管 理 養成工育成方法
52.9造 船 高 等技 術 学 校 設 置 (中卒+3年)
55〜59年 54.5大 韓 造 船技 術 学 校 設 置
200t未 満
58年 工数見積 権 (国民学校卒+3年)
限 を現場 か ら
61.5上 記 の 両 校 を廃 止ス タ ッ フ へ
61.10技 術 員養 成 所 設 置(?) 62年500t 62年 ブ ロ ッ ク修 理 工 事62年 予算統制 手
62.4職 業 補 導 所 附 設続規定 を制 定 (5ケ 月)
63年1,600t
63年 新 造 船 に ブ ロ ック建 造 63年 原 価 審 議,養 成課程,研 修課程
法導入
品 質,生 産 管 (2ケ 月 〜1年)64年 船殻生産設計実施 理委員会発足
65年 配管生産設計 実施,商 65年 品 質 管 理 工部が標準船型設計 図の
課,生 産 管 理制定 を始め る 課 を新設
66年2,600t 66年 電気生産設計 実施
67年4,000t
68〜69年1/10縮 図現 図,シ 67.3認 定職 業 訓練 所 に 改 称コマ ッ ト自動 切 断 機
70年代始め 時 数
72年16,000t
72年 先 行 礒 装 導 入,プ ロ ッ (MH)管 理ク建造方式 の本格 化 開始
77.1事 業 内 職 業 訓 練 所(中73年 能率給 を導
卒 以 上+3/6月,但 し工 業入
高 卒 を 除 く)出 所:『 大 韓 造 船 公 社30年 史 』1968年,韓 国 造 船 工 業 協 同組 合 『造 船 組 合40年 史 』1988年,大 韓 造 船 公 社 の 内 部 資 料 及 び 聞 取 りに よ り作 成 。
次 に 注 目 され る の は 生 産 管 理 方 式 の 変 化 で あ る。1950年 代 の 同 社 で は,「 職 長 が 来 な け れ ば,工 程 会 議 は 始 らな い 」(=工 事 日程 も決 め られ な い)と い わ れ る ほ ど,生 産 管 理 にお け る 職 長 の機 能 が 重 要 で あ っ た。 しか し1960年 代 に は
〈表2>に 示 され た 一 連 の 技 術 革 新 と管 理 シス テ ム の変 化 の帰 結 と して,「 工 程 会 議 に 職 長 は要 ら な くな っ た 」 の で あ る。 一 連 の技 術 革 新 の 性 格 を端 的 に示 して い る の が,1964年 に始 る 生 産 設 計 で あ る。 基 本 設 計 が 「い か な る船 を作 る か 」 を 目的 に して い るの に対 し,生 産 設 計 は 「い か に して船 を作 る か」 を 目 的 に して い る15)。 従 来 の 造 船 工 事 に は 工 程 別,作 業 単 位 ご と の作 業 内 容 を 明 示
15)全 国 造 船 教 育 研 究 会 編 の前 掲 書,p216。
す る 資 料 が な か っ た た め,熟 練 工 が各 人 の経 験 に基 づ い て 処 理 して お り,作 業 全 体 は 低 速 化 し非 能 率 で あ っ た 。 そ こで 生 産 設 計 に よ っ て,工 程 を作 業 内 容 に 従 っ て 区 分 し,そ の 工 程,作 業 単 位 ご と に工 作 順 序,方 法,実 作 業 量 を明 示 し て,そ の 作 業 単 位 ご と の 流 れ の 速 度 を 明 確 に指 示 す る よ う に な っ た の で あ る16)。 ま た1965年 に 品 質 管 理 課,生 産 管 理 課 が 設 置 さ れ た こ と も,ラ イ ン ・ ア ン ド ・ス タ ッフ制 度 の 導 入 と して注 目 され る。
こ の よ う な管 理 シス テ ム の 変 化 に よ っ て,現 場 作 業 管 理 に お け る職 長 の発 言 権 は1950年 代 に比 べ て 弱 ま り,係 長 以 上 の ラ イ ン責 任 者 や ス タ ッ フ部 門 を構 成 す る大 卒 技 術 者 の 役 割 が 決 定 的 と な っ た。 ま た1960年 代 初 頭 に 大 挙 入 っ て きて 管 理 職 に座 っ た 軍 人 達 は,命 令 系 統 に対 す る絶 対 服 従 を強 調 した の で,1950年 代 の よ う に 職 長 を 中心 とす る工 員 グ ル ー プ が 大 卒 技 術 者 に詰 寄 る 事 態 は な く な っ た と さ れ る 。
とは い え,1960年 代 の 現 場 作 業 管 理 は そ れ ほ ど タ イ トな も の に は なれ な か っ た。 管 理 機 構 が確 立 さ れ 職 場 規 律 も引 締 め られ た が,問 題 は作 業 量 が 不 足 して い た こ とで あ る 。<表2>で み る よ う に,作 業 時 間 管 理 が 時 間単 位 で きめ 細 か くな り,ま た予 定 作 業 時 間 の 把 握 が正 確 に な りそ れ に基 づ い て 能 率 給 を設 定 す る よ う に な っ た の は,1970年 代 に入 っ て か らで あ る。1960年 代 に は,遊 ん で い る職 種,工 程 が 生 じな い よ う,作 業 の 流 れ を平 準 化 させ る こ と だ け で 手 い っ ぱ い で あ っ た と さ れ る 。
最 後 に,1960年 代 の 大 韓 造 船 公 社 と1970年 代 の現 代 造 船 の 違 い につ い て 触 れ よ う。 現 代 造 船 は 造 船 所 立 上 げ の と き,設 計,エ ン ジ ンな ど主 要 部 品,鋼 材 を 輸 入 に頼 り,ひ た す ら鋼 材 の加 工 と組 立 に 専 念 す る パ ッチ ワ ー ク型 路 線 に 徹 し て い た。 大 韓 造 船 公 社 の 違 い は 設 計 を 自前 で 解 決 して い る 点 で あ る。 特 に 韓 国 政 府 の 商 工 部 は大 韓 造 船 学 会 な ど に依 頼 して,1965年 か ら1971年 にか け て60船 種 の 標 準 船 型 設 計 図 を制 定 し,各 造 船 所 に 共 通 の使 用 を提 案 して い た。 た だ そ
れ は3万t以 下 の 船 種 が 対 象 で あ り,1970年 代 の よ うな超 大 型 船 の 設 計 は も う
16)真 藤 恒 の 前 掲 論 文,p51。
韓 国造船 産業 の立 ち上が りと技 能 人材 形成
127
一 つ の 技 術 的飛 躍 で あ っ た と思 わ れ る。3。 企 業 内 養 成 工 制 度 の変 化(日 韓 比 較)
(1)訓 練 期 間 短 縮 の 意 味
1960年 代 の大 韓 造 船 公 社 の 従 業 員 数 は,630名(61年),1300名(63年),2700
名(67年)へ と急 増 した 。 急 増 す る技 術 人 材 需 要 は どの よ う な方 法 で 賄 わ れ た か 。 高 級 技 術 者 の 場 合 は,大 卒 が 公 開 採 用 さ れ,社 内 の実 務 経 験 や 海 外技 術 研 修 な どを 通 じ て技 術 者 に 成 長 し て い く方 式 が 既 に1950年 代 後 半 か ら現 れ て い た。 技 能 労 働 者 に つ い て は,社 内養 成 課 程 修 了 者 の 採 用,経 歴 工 の採 用,そ し て 臨 時 工 の 採 用 とい う3つ の 方 法 が あ っ た。 本 工 数 は271名(1962.6)か ら900 名(1963.12)ぺ と約630名 増 加 し,そ の 後 は1千 人 前 後 の水 準 で安 定 す る。 最 初 の1年 半 の 採 用 者 数 は,そ の 間 の 退 職 者 も あ る だ ろ うか ら,630名 よ りは多 い だ ろ う。 そ の う ち養 成 工 訓 練 修 了後 の 採 用 は327名 だ が1963年 末 に214名 残 っ て い た 。 直 接 採 用 者 数 は残 りの416名 よ り多 い こ とに な る17)。
企 業 内 職 業 訓 練 所 は職 業 訓 練 法 の 制 定(1967年)を 契 機 に普 及 し始 め,1974 年 に は 従 業 員300人 以 上 規 模 の企 業 に社 内 職 業 訓 練 所 設 置 を義 務 づ け た こ とで 急 増 した 。 ま た そ の 教 科 内 容 も公 的基 準 に よ っ て 統 一 性 を 与 え られ る こ と とな る。1950年 代 か ら養 成 工 学 校 を運 営 した 大 韓 造 船 公 社 の事 例 は,最 も先 駆 的 事 例 の一 つ と して,1970年 代 の 重 化 学 工 業 化 時 代 に 支 配 的 とな るモ デ ル の 前 史 を 見 せ て くれ る。 前 掲 〈表2>で み る よ う に,同 社 の 養 成 工 訓練 制 度 は1950年 代 と1960年 代 で 大 き く変 っ て い る。1950年 代 の 訓 練 制 度 は,基 幹 工 員 養 成 制 度(中 卒+2年)と 一一me工員 養 成 制 度(国 民 学 校 卒+3年)の 二 本 立 で あ っ た が,何 れ も訓 練 期 間 が 長 い 。 そ れ に 対 し1960年 代 の 訓 練 期 間 は,長 くて も1年 未 満 で あ り,最 短 で2ヶ 月 コ ー ス まで あ る。
訓 練 期 間 短 縮 の 意 味 を考 え るた め に は 日本 の事 例 が 参 考 とな る。 日本 の 三 菱
17)同 社 の 前 掲30年 史,p242,同 労 組 資 料(66.2.18)に よ り 試 算 。
重 工 業 の事 例 を見 る と,1967〜70年 の 間 に社 内 養 成 工 訓 練 制 度 が 「中 卒 募 集3 年 訓 練 」 か ら 「高 卒 募 集6ヶ 月 〜1年 訓 練 」 に変 っ た 。 そ の 第 一 の 理 由 は技 術 革新 へ の対 応 にあ っ た 。 当 時 の 日本 造 船 業 の 生 産 シ ス テ ム は,超 大 型 船 建 造 に 際 し ブ ロ ック 建 造 法 や先 行 礒 装 が フル に展 開 され た こ と に よ っ て,自 動 車 や 電 器 産 業 で 見 られ る よ うな 流 れ 作 業 に は 及 ば な い も の の,そ の 手 前 の 半 流 れ作 業 段 階 を構 築 す る まで に至 った 。 そ れ に伴 い労 働 者 に は単 一 職 種 を超 えて 複 数 の 職 種 を こ なせ る 多 能 工 化 が 要 求 さ れ た 。 そ の背 景 に,例 え ば 溶 接 自動 化 の進 展 に よっ て 溶 接 工 が 長 期 の経 験 に よ っ て 「腕 」 を磨 く必 要 性 が 低 減 され た と い う 事 情 が あ る。 つ ま り単 一 職種 的 「腕 」 よ り総 合 的 判 断 能 力 へ の 要 求 が 高 ま っ た とい え よ う18)。 そ れ は3年 間 養 成 訓 練 の 教 科 内 容 の 変 化 に も現 れ た 。 全 教 育 時 間 に 占め る実 技 時 間 の割 合 は,1955年 の1年 目56%,2年 目56%,3年 目70%
か ら,1969年 は35%,50%,63%に 減 少 した。 実技 時 間 が 減 少 し学 科(=理 論 講 座)時 間 が 増 加 した の で あ る。 一 方,高 卒 者 や 中 等 採 用 者 へ の 技 能 訓 練 は6 ヶ月 程 度 の 短 期 訓練 と な り,訓 練 時 問 の80%以 上 を実 技 時 間 に当 て て い る。 つ ま り基 礎 学 力 を前 提 に もっ ぱ ら即 戦 力 化 に直 結 す る実 習 編 成 に重 点 が 置 か れ て い た の で あ る19)。
訓 練 制 度 変 更 の も う一 つ の 理 由 は,高 校 進 学 率 増 加 に よ っ て 中 卒 者 の い わ ば 質 が 低 下 して き た こ とで あ る 。 こ こ で短 期 養 成 へ の切 替 え 時 期 にお い て 三 菱 重 工 業 の方 が 大 韓 造 船 公 社 よ りた い ぶ 遅 れ て い た こ と に注 目す る 必 要 が あ る。 技 術 面 で 先 に 進 ん で い た 三 菱 重 工 業 が,高 校 進 学 率 が90%台 に 上 り,中 卒 者 の 質 が 決 定 的 に低 下 す る ま で 制 度 変 更 を躊 躇 っ て い た の で あ る。 そ こ に は,「 堅 実 な 気 風 を培 い,真 に 勤 労 と責 任 を重 ん じ,自 主 的精 神 に富 む健 全 な 中堅 従 業 員 」 を養 成 す る と い う,労 務 管 理 上 の 配 慮 が 大 き く働 い て い た20)。 も ち ろ ん 日本
18)山 本 潔 の 前 掲 書 や 真 藤 恒 の 前 掲 論 文 。 造 船 の技 術 革 新 と多 能 工 化 に つ い て は,上 田 修 『経 営 合 理 化 と労 使 関 係 』 ミネ ル ヴ ァ書 房,1999年,第3章 を参 照 。 19)隅 谷 三 喜 男 ・古 賀 比 呂 志 『日本 職 業 訓 練 発 達 史 ・戦 後 編 』 日本 労 働 協 会,1978年,
p213〜2190
20)隅 谷 三 喜 男 ・古 賀 比 呂 志 の 前 掲 書,p93。
韓 国造船 産業 の立 ち上 が りと技 能 人材形 成
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内 で も三 菱 重 工 業 は高 卒 採 用 へ の切 り換 え が 遅 い 事 例 に 属 す る。 鉄 鋼 産 業 の八 幡 や重 電 産 業 の 日立 等 の 事 例 で は1950年 代 か ら1960年 代 始 め に切 り換 えが み ら れ る 。(2)養 成 工 の 属 性 と格 付 け 聞 題
前 掲 〈表2>で み る よ う に,大 韓 造 船 公 社 は1950年 代 に運 営 して い た 養 成 工 学 校 を 経 済 開発 前 にす で に廃 止 して い た 。 人 手 の 余 っ て い る赤 字 企 業 で あ りな が ら,見 栄 っ 張 りの 教 育 事 業 に資 金 を投 じて い る と い う批 判 が あ っ た か らで あ る21)。 現 に1950年 代 の 養 成 工 学 校 は 高 校 水 準 の 一 般 学 課 を も教 え て い た 。 同 社 が 養 成 訓 練 を 再 開 した の は,短 期 間 で 多 くの技 能 者 を調 達 す る 必 要 が 生 じた か らに他 な らな い が,技 術 革 新 の動 向 を踏 まえ つ つ,訓 練 費 用 節 減 とい う動 機 も働 き,新 技 術 を本 格 的 に体 験 す る 前 に早 々 短 期 訓 練 へ の 切 り換 え が 行 わ れ た と い え る 。
そ れ で は,こ の訓 練 の 対 象 とな っ た の は どの よ う な人 た ち で あ っ た か 。〈表3>
は労 働 組 合 幹 部 の 履 歴 書91名 分 の うち,経 済 開 発 の 開 始 以 降 に入 社 し,な お事 務 職 や 大 卒 技 術 職 で は な い48名 分 を も とに作 成 され た 。 タ イ プ1は1962〜63年 の 養 成 工 出 身 で7名 で あ る 。
まず 学 歴 分 布 をみ る と,2名 が 工 科 大 学 機 械 科 退 学,4名 が 高 卒(う ち工 業 高 卒1名),1名 が 中 卒 で5年 間 の 職 歴 が あ っ た 。 韓 国 の 学 校 進 学 率 は 急 速 な 増 加 傾 向 に あ っ た と は い え,1960年 代 は じめ の 高 校 進 学 率 は ま だ20%未 満 で あ り,高 卒 は ホ ワ イ トカ ラ ー 職 を 目指 す の が 当 た り前 の 時代 で あ っ た 。 当 時 の労 働 者 の 一 人 は,学 校 を 出 て も就 職 の 難 しい 時 代 で あ っ た し,大 韓 造 船 公 社 とい え ば,身 分 の保 証 され た公 務 員 と思 わ れ た の で 人 気 が 高 か っ た とい う。 ま た養 成 工 募 集 を始 め た 頃 は,高 卒 者 が 対 象 と さ れ,優 秀 な 人 は 日本 の造 船 所 に技 術 研 修 を させ る と宣 伝 も され て い た とい う。 進 学 率 の 低 い と き は学 歴 の シ グ ナ リ
ン グ効 果 が 十 分 で は な い と思 わ れ る の で,学 歴 の 高 さ が そ の ま ま い わ ば 質 を保
21)当 時 の 技 術 者 の 証 言 に依 拠 して い る。
障 す る と は 限 ら な い22)。 しか し選 抜 に は相 当 の 競 争 が あ っ た の で,同 社 に 集 まっ た 労 働 者 が 同世 代 の 中 の 上 位 グ ル ー プ に属 す る と は い え そ うで あ る 。
〈表3>労 働 力 タイ プ別 性格(グ ル ー プ平 均値)
タ イ プ 人 数
(名)
教育年数
入社 年 齢 (才)
転職回数 類似職種経験 年数*
経 歴 の不 明 な 期 間(年)**
残 差***1 7 12 26.4 0.6 1.1 3.4 一 〇.9
H 11 12 26.7 0.5 0.7 6.8 一1 .6
皿 12 9 35.3 1.8 5.1 8.9 一3 .8
IV 11 10 30.5 2.5 7.9 2.9 2.7
V 7 9 33.7 3.0 13.5 2.3 5.7
全体 48 10 31.0 1.7 5.4 5.3 0
注:タ イ プ1(養 成 工),ff(入 社 年 齢29才 以 下 で類 似 職 種 経験 な い),皿(入 社 年 齢30才 以 上 で類 似 職 種 経 験 な い か,そ の年 数 が 極 端 に短 い),IV(類 似 職 種 経 験 あ る が,入 社 年 齢 に比 して短 い),V(類 似 職種 経 験 が 入社 年 齢 相応 に長 い)
*以 前 勤 め た企 業 にお け る職 種 内容 が 不 明 の場 合 は そ の 企業 名 か ら推 測 され る産 業 的特 徴 か ら判 断 し,か な り疑 わ しい ケー ス の み を 除 い た。**履 歴 書 に 内容 記 載 の な い 空 白期 間
***X(入 社 年 齢)とY(類 似職 種 経 験 年 数)の 回帰 直 線
,Yニ ー18.6179+0.781927X か らの 残 差 。 数値 が 大 きい ほ ど類 似 職種 経 験 年 数 が入 社 年齢 相 応 に長 い こ と を意 味 す る。
出所:全 国 海上 労 組 造 船公 社 支 部 役 員履 歴 書 か ら作 成 。
次 に入 社 時 の年 齢 を見 よ う。 平 均 年 齢 は26.4才 で 意 外 と高 い 。 個 別 に は22〜
29才 でバ ラ ツ キが あ る。 兵 役3年 を 除 き,職 歴 が な く,キ ャ リ ア ー 上 の 空 白期 間 の 短 い,い わ ば新 卒 者 に類 似 して い るの は,22才,24才 の2名 に 過 ぎ な い 。 残 り5名 の 入 社 年 齢 は26〜29才 。 そ の 履 歴 を み る と,フ ァ イ ルNo.63番 は, 商 業 高 校 卒 ⇒ 空 白1.5年 ⇒ 兵 役3年 ⇒ 空 白3年 ⇒ 零 細 企 業1年 ⇒ 大 韓 造 船 公 社 養 成 所 入 所(28才)と い う遍 歴 を辿 っ て い る。兵 役 期 間 は 明 示 さ れ て い な い が, 82番 は 高 卒 後 の空 白 期 間 が6年 問,28番 は大 学 中 退 後 の 空 白が5年 間,39番 は
22)学 歴 を 能 力 別 振 り分 け の シ グ ナ ル と し て み る 議 論 に つ い て は,E.ラ ジ ア ー 著,
樋 口 美 雄 ・清 家 篤 訳 『人 事 と組 織 の 経 済 学 』 日本 経 済 新 聞社,1998年,第8章 を 参
照 。
韓 国造船 産業 の立 ち上 が りと技 能 人材形 成
131
中卒 後7年 間 と,兵 役 期 間3年 と前 後 の 調 整 期 間 を勘 案 して も空 白期 間 が 長 す ぎ る 。何 れ も63番 の よ うに,家 業 を手 伝 う等 の 自営 業 を 営 む か,事 実 上 の失 業 状 態 に あ っ た期 間 が1〜3年 間 は あ っ た と い わ ね ば な らな い 。 ち ゃ ん と した企 業 で働 い た こ との あ る者 は,学 歴 の例 外 的 に低 い 中卒 者1名 が い る だ け で,そ れ も就 職 期 問 は2年 と短 い 。 高 卒 就 職 難 の時 代 が こ こ で も裏 付 け られ る。企 業 に と っ て養 成 工 は二 面 性 が あ っ た 。 あ る 現 場 課 長 は,養 成 工 出 身 は現 場 配 置 後1,2年 しか 経 っ て い ない け ど,そ の技 能 が 中堅 技 能 工 に 匹敵 す る者 が 多 い と発 言 し て い る(同 社 の 労 使 協 議 会 議 事 録1964.4.23)。 そ れ は,裏 を返 せ ば,後 に 見 る よ う に,経 歴 工 と して 直 接 入 社 した 者 の うち 技 能 の劣 る者 が 多 く混 じっ て い た とい う事 情 と も関 係 が あ る。 一 方,養 成 工 訓 練 終 了後 の 格 付 け は,本 工 の 最 下 位 で あ る見 習 工 の 等 級 に な っ て お り,そ の 日給 額 は 中 堅技 能 工 の 半 分 しか な らな か っ た。 当 然,養 成 工 は そ れ に 強 い 不 満 を覚 え,集 団 行 動 で 格 上 げ を 要 求 す る場 面 もあ っ た 。 高 学 歴 で 比 較 的 若 く,不 満 の 多 い この 層 は 労 働 組 合 活 動 の 急 先 鋒 で あ っ た 。 しか も同 社 の労 使 関 係 は,1960年 代 半 ば 以 降労 働 組 合 が 強 くな り,労 使 間 の 緊 張 度 が 高 く小 競 り合 い が つ づ い た の で,養 成 工
は 経 営 側 に と っ て頭 の 痛 い存 在 で もあ っ た。
養 成 工 の 格 付 け 問 題 は,1964年 度 の養 成 工 訓 練 修 了 者 か らは 臨 時 工 問 題 と絡 ん で も っ と深 刻 に な る。 そ れ まで 修 了 者 全 員 を本 工 に採 用 して きた の が,そ の 時 点 か ら臨 時 工 採 用 に変 わ っ て しま っ た か らで あ る。労 働 組 合 は1965年5月 頃, 経 営 側 の 反 対 を押 し切 っ て 臨 時 工 を組 合 員 と して 受 け入 れ,労 使 対 立 が 一 層 加 速 され る こ と に な る 。 養 成 工 修 了 者 の格 付 け が む し ろ下 が っ た こ とで,応 募 者 の 質 も次 第 に低 下 して い っ た と思 わ れ るが,詳 細 は不 明 で あ る。少 な く と も1977 年 の 訓 練 制 度(表2参 照)で は,募 集 対 象 は 中 卒 以 上 と な り,訓 練 生 の う ち高 卒 が34%,中 卒 が66%で あ った23)。高 校 進 学 率 が 既 に50%を 越 え て い る 時 点 で, 1960年 代 初 頭 よ り訓 練 生 の学 歴 は む しろ 下 が っ て い る。 韓 国 の 技 能 工 養i成シ ス テ ム は,1970年 代 に 入 る と,大 き く分 け て 工 業 高校,公 共 職 業 訓 練 所,事 業 内
23)同 社 内 部 資 料 。
職 業 訓 練 所 の3つ に 整 備 さ れ る。1年 以 上 の 中 長 期 訓 練 は 公 共 訓 練 で担 う場 合 が 多 く,事 業 内 訓練 で は6ヶ 月 以 下 の 短 期 養 成 が 主 流 で あ っ た 。 ち な み に,同 社 の1979年 の 養 成 工 訓 練 生 は,20才 未 満 の 若 年 者 が83%で あ っ た。1960年 代 の 養 成 工 と は対 照 的 で あ る。 要 す る に事 業 内 職 業 訓 練 所 は基 幹 工 の優 先 的 供 給 源
と は み な され て お らず,現 場 の 即 戦 力 養 成 に重 点 が お か れ て い た とい え る。
4.本 工 層 の 性 格
(1)概 観
前 掲 〈表3>の 労 組 幹 部 履 歴 書48名 分 は,全 労 働 組 合 員 デ ー タ と比 較 した と き(〈 表4>),一 定 のバ イ ア ス を示 し て い る。 まず 学 歴 につ い て は 大 きな バ イ アス が 見 られ な い(〈 表4>の ① ②)。 しか し年 齢(⑥ ⑦)と 勤 続(④ ⑤)で は, 労 組 幹 部 は勤 続6年 以 上,年 齢30代 以 上 が 圧 倒 的 に多 い。 つ ま りサ ンプ ル と し て の48名 の 母 集 団 は1963年 まで 入 社 した グ ル ー プ とみ て よい 。 ま た全 労 働 組 合 員 デ ー タ は,④ を除 け ば,本 工 に 匹敵 す る人 数 の 臨 時 工 を含 め た数 値 で あ る。
〈表4>大 韓造 船公 社 労働 者の性 格
① 労 働 組 合 員 の 学 歴 分 布 (1969.3現 在 人 員2,317名)
国 卒 中 卒
高 卒
大卒 以上 不 明計
19 39 33 7 3
100%②組 合幹 部の学 歴分布 (許執 行部関 連者74名)
国卒 以上 中卒 以上
高 卒
大退 以上計
32 27 24 16
100%③労 働組 合員(臨 時工 を含 む)の 勤続年 数 分布(1969.3現 在 人員2,317名)
3年 未満
3〜5 6〜7 8〜9 10〜14 15〜20 計
58.6 20.3 13.2 4.7 2.3 0.9
100%④労 働組合 員(臨 時工 を除 く)の 勤続年 数 分布(1969.3現 在 人員1,202名)*
3年 未満
3〜5 6〜7 8〜9 10〜14 15〜20 計
20.1 39.1 25.5 9.0 4.5 1.8
100%⑤組 合幹 部の勤続 年数 分布 (許執 行部関 連者74名)
3年 未満
3〜5 6〜7 8〜9 10〜14 15〜20 計
4.0 10.8 51.4 9.5 9.5 14.9
100%⑥労 働組 合員の 年齢分 布 (1969.3現 在 人員2,317名)
〜17才 18〜20 21〜30
31〜計
0.9 5.3 50.5 43.6
100%⑦組 合幹 部の年齢 分布 (許執 行部関 連者74名)
〜17才 18〜20 21〜30
31〜計
0 0 6.8 93.2
100%注:*臨 時工 はすべ て勤続3年 未満 とみ な し③ を再 集計 した。 一部 臨時工 の解雇 が労使 紛糾 に発 展 した ときの 労組 側資料(1968年)に よれば3年 以 上勤続 者 は78名 の うち1名 しかい なか った。
出所:労 働組合 の労働 当 局へ の報 告 資料(1969.3),労 働組合 幹部 の履歴 書91人 分か ら作成 。
韓 国 造船 産業 の立 ち上 が りと技 能人 材形 成
133
臨 時 工 の 大 半 は勤 続 年 数 が3年 以 下 で あ っ た が,年 齢 的 に は 本 工 よ り若 い と い う証 言 の他 は 資 料 が な い 。 以 上 の 制 約 に も 関 わ らず,<表3>の48名 分 の デ ー タ は希 少 性 の 高 い 貴 重 な デ ー タで あ る 。 以 下 で は 主 に そ れ に基 づ き,職 歴 か ら 見 られ る 本 工 層 の 特 徴 を探 っ て み よ う。す で に述 べ た よ う に,1963年 まで 急 増 した 本 工 採 用 者 の う ち1/3強 は 養 成 工 訓 練 修 了 者,2/3近 くは 経 歴 工 で あ っ た。 〈表3>を 手 が か りにそ の特 徴 を概 観 しよ う。 第 一 に,学 歴 の 上 昇 が 挙 げ られ る。 前 記 の 履 歴 書 の う ち,1945年 解 放 か ら1950年 代 ま で 入 社 した27名 の 平 均 教 育 年 数 は7.9年,1960年 代 入 社 した48 名 は10.4年 で あ っ た 。 つ ま り小 卒 や 中 卒 が 半 々 で あ っ た の が 中 卒 と高 卒 以 上 が 半 々 とい う状 況 に 変 わ っ た の で あ る 。1966年の 製 造 業 男 子 労 働 者 の 学 歴 構i成は, 小 卒 と中 卒 以 上 が 半 々 で あ っ た 。 韓 国 機 械 工 業 株 式 会 社(現 在 の 大 宇 重 工 業)
は歴 史 の 古 い 機 械 工 場 で1968年 ま で公 企 業 で あ っ た 。 そ こで も工 員 の44%は 高 卒 で あ っ た24)。 要 す る に,経 済 開 発 の 開 始 と共 に拡 張 を 始 め た 少 数 の 重 工 業 部 門 の 公 企 業 に,高 学 歴 労 働 者 が 集 中 的 に集 っ て きた とい え よ う。
第 二 に,何 を や っ て い た か 明 らか で な い履 歴 書 上 の 空 白期 間 が 平 均5年4ヶ 月 と長 い 。 もち ろ ん採 用 時 に職 歴 算 定 用 と して提 出 さ れ る 綿 密 な履 歴 書 で な い の で,た だ の 記 入 漏 れ の 可 能 性 もあ る。 しか しち ゃ ん と した 企 業 に就 職 して い た期 間 が 記 入 漏 れ に な る こ と は な い と,こ こ で は 仮 定 す る 。 記 入 漏 れ の 対 象 に な りや す い の は,兵 役 期 間,自 営 業 や 家 業 手 伝 い の よ うな 仕 事 につ い た 期 間, 事 実 上 の 失 業 期 間 な どで は な い か と考 え る。 兵 役 期 間 は3年 が 普 通 だ が,朝 鮮 戦 争(1950〜53年)前 後 で は5年 間 まで 伸 び た 人 もい る 。 そ れ を勘 案 し て も, 兵 役 期 間 を明 記 した 人 が 多 い の で,平 均 で5年 を超 え る 空 白期 間 は 兵 役 期 間 と そ の前 後 の 調 整 期 間 だ け で は説 明 し切 れ な い 。 空 白期 間 が 長 い ほ ど事 実 上 の 失 業 か,自 営 業 な ど に つ い た期 間が 長 い こ と に な る。 〈表3>で は 空 白期 間 や 類 似 職 種 経 験 年 数,そ して 入 社 時 の年 齢 を基 準 に グ ル ー プ分 け を行 っ た 。
24)宋 鉱 護 「 労 働 組 合 ノ活 動 二 関 ス ル 実 証 的 考 察 」高 麗 大 学 経 営 大 学 院 修 士 論 文,1969
年,P23。
(2)経 歴 工
〈表3>の タ イ プIV(類 似 職 種 経 験 あ るが,入 社 年 齢 に比 して 短 い)と タ イ プV(類 似 職 種 経 験 が 入 社 年 齢 相 応 に長 い)を こ こで 経 歴 工 と呼 ん で お く。 特 に タ イ プVの7名 は 学 校 卒 業 以 降 の 空 白期 間が 比 較 的 短 く,関 連 職 種 で 職 歴 を 積 ん で きた 経 歴 工 の 典 型 で あ る 。 う ち3名 は海 軍 工 廠,交 通 部 工 作 廠 とい っ た 官 業 の 関 連 職 場 で養 成 工 か,見 習 工 と して 職 歴 を 始 め,数 回転 職 して い る 。 残 り4名 は鉄 工 所 や 中小 造 船 所 を 転 々 して きた 。 学 歴 面 で は30代 で 小 卒 や 中 卒 が 多 く高 卒1名 は25才 と若 い。 この 層 は学 歴 が や や上 昇 した こ と を除 け ば,1950 年 代 の 基 幹 労 働 者 層 と職 歴 が 似 て お り,そ れ ま で韓 国 造 船 業 を担 っ て きた 基 幹 労 働 力 の典 型 とい え る 。
タ イ プIVは タ イ プVと 皿 の 中 間 に位 置 づ け ら れ る 。 つ ま り職 歴 はVに 似 てい て 空 白期 間 がVよ り長 く,皿 よ り短 い 。1945年 以 前 に 日本 で職 歴 を積 ん だ が, 帰 国 後 は 造 船 所 で 職 を得 て い た期 間 が わ ず か3年 そ の3年 は多 少 の 造 船 特 需 の あ っ た 朝 鮮 戦 争 の 時 で あ っ た が に す ぎ な い ケ ー ス(21番),1950年 代 後 半 に職 を 辞 め て空 白期 間 の 長 い ケ ー ス(70,14,30,90番)な どが 目に付 く。
(3)経 歴 短 い 高 齢 者
タ イ プ 皿(入 社 年 齢30才 以 上 で類 似 職 種 経 験 ない か,そ の 年 数 が極 端 に短 い) の12名 は 今 日の 常 識 か らは や や 不 思 議 な 存 在 で あ る 。 〈表5>を 参 照 しつ つ 詳
し く検 討 して み る。 ま ず フ ァ イ ルNo.20,75,42は 事 務 職 の 可 能 性 を 完 全 に 排 除 で き な い 。 大 卒 技 術 者 や 事 務 職 で あ る こ とが 明 白 な ケ ー ス は外 し たが,曖 昧 で あ っ た た め 残 さ れ た ケ ー ス で あ る。58番 は 類 似 職 歴 の ない ま ま31才 で入 社
し現 図 工 と な っ た 。 後 に見 る タ イ プllに か な り近 い 。 また43番 は,空 白期 間 が 長 く カ ウ ン トされ た の で タ イ プ 皿 に 分 類 さ れ た が,タ イ プIVに 近 い とい え る 。 朝 鮮 戦 争 に よ っ て 兵 役 期 間 が 延 び て し ま っ た こ とが 空 白期 間 の 原 因 で あ る。
次 に36,80,7,33番 は1945年 以 前,当 時 と し て は 比 較 的 よ い キ ャ リ ア ー を 積 ん だ に も 関 わ らず,1945年 以 降,労 働 市 場 か ら身 を 引 い て い た。 そ の う ち3 名 は 日本 で 職 歴 を積 み,帰 国 後 再 就 職 し なか っ た ケ ー ス で あ る。80番 にみ る よ
韓 国造 船産 業 の立 ち上が りと技 能 人材 形成135
う に,そ の 間 は 自営 業 な ど を営 ん だ 。 こ の 人 た ち を 労 働 市 場 か ら退 出 させ た 時 代 的 要 因 と して は,解 放 か ら朝 鮮 戦 争 に至 る戦 乱 期,1950年 代 の 経 済 的 停 滞 が 考 え ら れ る 。
10,72番 は1945年 以 前 に若 干 の キ ャ リア ー が あ り,朝 鮮 戦 争 時 の 造 船 特 需 が あ っ た 頃,中 小 造 船 所 や 社 外 工 を 経 験 して い るが,そ の 後 も職 歴 が 続 か な い。
86番 も職 歴 に 断 続 が 多 い 。
<表5>
タイプ 皿30才 以 上 で類似 職種 経験 の極 端 に短 い労働 者の 履歴(12名)フ ァ イ ル
入 社時期 入 社教育
履 歴 職 種
No. 年齢 年数
20
1965/1130 14
釜山大学 物理 科2年 中退 ⇒ 空 白8年(1957〜65) 事 務?農業専 門学校 卒(18才)⇒ 空 白8月 ⇒ 逓 信学校 卒(1950〜54)
⇒ 空 白4年4月(1954〜58)⇒ 空 軍 文 官(1年)⇒ 空 白(6 86
1962/630 12
月)⇒ 電気工 務店(2年)⇒ 空 白10月 ⇒ 造公 入社58
1963/331 8 中 学 校2年 中 退 ⇒ 空 白15年(1948〜63)⇒ 造 公 入 社
現 図 工 業 高校卒 後,陸 軍徴兵(5年5月)⇒ ソラ ボル芸 術大 学洋 画75
1965/533 14
科 卒業(1954〜57)⇒ 美術 社経 営7年 ⇒ 造公 入社 事 務?14才 で 日本 の 日本鋼 管 造船 所(2年)⇒ 空 白7年(1945〜52)
⇒ 面役 所の書 記(2カ 所 で計3年)⇒ 空 白1年(1961〜62)⇒
36
1962/1133 6
造 公入社日本福 岡の九 州工 業学校2年 中退,帰 国 ⇒16才 で タル ソング鉄
工 所 勤 務(1947〜?)⇒ 陸 軍 徴 兵(?〜1958)⇒ 発 動 機 製 作 所 43
1964/433 8
(4年?)⇒ 造公 入社面 役 所 の 書 記(4年)⇒ 空 白3年(1948〜51),釜 山 半 島 鉄 工 所 (4年)⇒ 東 亜 造 船(2年)⇒ 空 白5年(1957〜62)⇒ 造 公 入
10
1962/834 9 社
釜 山鉄工 所(3年)⇒ 空 白4年(1946〜50)⇒ 大鮮造 船の下 請
72
1962/936 9 工(=社 外 工,3年)⇒ 空 白9年(1953〜62)⇒ 造 公 入 社
旧制中学4年 中退 ⇒ 空 白10年(1943〜53)⇒ 海軍(8年9月)
⇒ 洞役 場会長(1年)⇒ 造公 入社
42
1964/636 10
事 務?14才で 日本の 清水精 工所(5年,見 習 中 に実業学校 機械 科夜 間部 (3年 間)通 学)⇒ 神 戸 製鋼(4年2月)⇒ 自営 業(商 業)17
80
1963/241 9 年(1945〜62)⇒ 造 公 入 社 機 械
17才 で 武 田 鉄 工 所(韓 国 内7年)⇒ 空 白19年(1945‑64)⇒ 造
7
1964/943 6 公入社
15才で 釜山重 工業(8年)⇒ 日本大 阪の高松 工業社(3年3月)
⇒ 空 自14年 間(1945〜59)⇒ 釜 山 の 朝鮮 紡 織(1年5月)⇒
33
1962/543 7
大 鮮造船(1年)⇒ 造 公入社機 械
出所:全 国海 上労組 造船 公社 支部役 員履歴 書か ら作成 。