• 検索結果がありません。

物象化 と競争 と企業統治

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "物象化 と競争 と企業統治"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

物象化 と競争 と企業統治

高 倉 巻 夫

Abs t ract

Thes uc c e s s i ves t r uc t ur e

o

fMa r x' s Ca pi t al i ndi c a t e su s a no t he ra p‑

pr o a c ht ode f i nec o r po r a t ego ve r na nc ei nt hi sf i na nc e ‑ l e da c c umul a t i o n r e gi me ・Ma r xwr o t ea bo ut̀ ̀ t hene wme t ho do fpr o d uc t i o n' 'i nr e l a t i ng t oe xt r as ur pl us ‑ va l uei nc ha pt e r1 0i nvo l ume1o f Ca pi t al . Thi ss ug一 ge s t sust ha tac o mpa ny' sc o mpe t e nc yl i e si nf i ndi ng ̀ ̀ t hene wme t ho d o fpr o d uc t i o n"t oc o mpe t ewi t ha no t he rc o mpa ny.So,t hi svi s i o nl e a d s ust hec o nc l us i o nt ha tc o r eo fc o r po r a t ego ve r na nc ei sa bi l i t yo ff i ndi ng

" t hene wme t hodo fpr o d uc t i o n"o ri n no v a t i o no fpr o d uc t i o n.

Keywor ds:r e i f i c a t i o no fpr o d uc t i o nr e l a t i o ns ,e xt r as ur p l us ‑ va l ue, t he ne w me t ho do fpr o d uc t i o n,l nnO Va t i o n,c o mpe t i t i o no fc a pi t a l s ,c o r ‑ po r a t ego ve r na nc e,f i na nc e ‑ l e dc a pi t a l i s m

はじめに

生産諸関係の物象化の視点を,現代の個別資本 としての企業 に重ねて考 え る とき,企業統治 (コーポ レー ト ・ガヴ ァナンス)の問題 とも遭遇す る。そ して,生産諸関係の物象化 とい う視点か ら株式会社 におけるコーポレー ト ・ ガヴ ァナンス (企業統治)を考 えるとき,それは競争 と資本の運動 と物象化 の関連を考 えることである。 と同時にそれは,物象化論 を付加価値 そ して剰 余価値の分配に即 して静態的に とらえるのではな く,動態的な資本の運動 に 即 して捉 えあるいは理解することが必要 になろ う。

(2)

21 8

経 営 と 経 済

1.

資本論』の理論構造 と企業統治

マル クスは 『資本論』第

1

部 「資本の生産過程」の 「

1 0

相対的剰余 価値 の生産」において,特別剰余価値の規定を与 えている。そ して,次の よ

うに述べている。「しか し,他方,新 しい生産様式 が一般化 され, したがっ てまた, より安 く生産 される商品の個別価値 とその商品の社会的価値 との差 がな くなって しまえばあの特別剰余価値 もな くなる

」( KI. MEW. Bd. 2 3

,

S. 3 3 7

,訳語を一部変更)。 この商品が必要生活手段 に直腰 あるいは間接 に入

りこむ とき相対的剰余価値の生産が行われることになる。

ここ七は,ある商品について 「新 しい生産様式」がその生産費用 を低下 さ せ ることが考 え られている1)。それは W ′‑G'における競争 に重点が置かれ てお り,新 しい生産様式」が新 しい生産物 を作 り出す ことについてはそれ ほ ど注 目されていないような表現 になっている。 しか し,マル クスが ここで 注 目していたのは 「技術革新」であった。そ して,生産話力の上昇の基軸 に あ るのは この技術革新であ り,それは個人の能力の向上を同時に伴 うもので

もあった2)0

マル クスは価格低下 に帰着す る競争 だけでな く,「新 しい生産様式」 とい う用語 において新規の生産物 を作 り出す ことを意味 していた と考 えられる。

その ような 「新 しい生産様式」 において各個別資本間の競争が行われている こ とを次 に考 えようとしていたのであ る。それは

W′‑G

′におけ る価格低 下 に即 して競争 を とらえるだけでな く,新市場 を作 り出す 「新 しい生産様式」

を生み出す ことにおいて個別諸資本間の競争が行われていること,そ してそ こにおいて各個別資本は G‑G′を絶 えず繰 り返 してい る企業 として とらえ ることを考 えていた といえる。

ここで,マル クスが考 えている企業像は 『資本論』の構成か ら考 える と, 技術革新を基軸 としなが らそれを包摂す るG‑G′とさらにその上 に G‑G′

が位置するとい う重層的な構成を持つ ものであった。その技術革新 を生み出

(3)

す基軸の部分は資本 一利潤範式がそのままでは貫徹 し得ない領域である。あ るいは,利潤率 を最初 か ら基準 としなが らそれが

G‑G

′の内部 に直接 に関 与 してい くことで競争 を勝ち抜いてい くとい う資本の運動 は想定 されない。

あるいは,その ような形で物象化 を

G‑G

′の内部 に貫徹 させ るこ とによっ て,技術革新 を生み出しそ して特別剰余価値 あるいは超過利潤を獲得 し競争 の中で生 き抜いてい くことは考 え難い。

そ して,生産諸関係の物象化は この重層化 している順序 に従 って,基軸 と しての 「新 しい生産様式」が生み出されている世界か ら出発 して,資本一利 潤範式 に到達 し,さ らには資本一利子範式の世界へ と到達 しその完成度 とそ

の転倒性 を高めてい くことになる。

そ して,コーポ レー ト ・ガヴ ァナンスのほ うは逆の順序 で とらえ られると 考 え られ るが,その根幹はこの 「新 しい生産様式」が生み出される基軸 に在

る。それは,静態的な競争ではな く,たえず陳腐化 してい く技術 に対 して,

新 しい生産様式」 を生み出す ことで,企業 としての存続 をかけて運動 して いるそれぞれの個別諸資本に即 して競争を とらえることになる。それは,同 一平面上での付加価値 の分配を巡 る権力関係の視点には とどま らない ことに

なる3)0

そ して,資本家 ‑経営者であれ資本家 ≠経営者であれ,経営者は この重層 化 している物象化の構造の中で,

G‑G

′の主要な担い手 として,あるいは資 本の人格化の重要な担 い手 として行動 している。

1)置塩信雄の相対的剰余価値 の生産 と実質賃金の上昇 についての論証では,諸資本の 競争の中での技術革新の発生 とその生産諸力の上昇への帰着 について研究の余地が残 されている (資本制経済の基礎理論‑労働生産性 ・利潤率及び実質賃金率の相互関連

‑ [増訂版]』創文社

,1 9 7 8

年)0

2)

J os e fSc humpe t e r ,The o r i ed e rwi r t s c ha ft l i c he nEnt wi c kl un g ,Mt i nc he n:Dunke rund Humbl o t ,1 9 2 6

, 塩之谷祐一 ・中山伊知郎 ・凍畑精一訳 『経済発展の理論』岩波書店

(文庫)

,1 9 7 7

年。 また,その 日本語版への序文 にあるマル クスへの言及 に関連 して, 伊東光晴 ・根井雅弘 『シ ュンペーター 〜 孤高の経済学者 ‑ 』岩波書店

,1 9 9 3

,1 9 8

ページ,の指摘 も参照。

(4)

22 0

経 営 と 経 済

3

)その点で,マーガレット・ブレアは,ステークホルダーの立場からコーポレー ト・

ガヴァナンスを基礎づけている

( Ma r ga r e tBl a i ra ndT中o ma sA・Ko c ha n( e ds

)

,The Ne wRe h z t i o ns h砂 : Human C a pi h z li nt heAme r i c anC

w

Pwai i o

n

,Wa s hi ngt o n:: Br o o k‑

i ngsI ns t i t ut i o nPr e s s ,1 9 9 9・Ma r ga r e tM.Bl a i r ,WT e al t hCr e at i o na ndWe al t hShar i n g:

A Co l l o q ui um o nC

w

pwai eGo y e ma nc ea ndI nv e s t me nt si nHuma n C a pi t al ,TheBr o o k‑

i ngsl ns t i t ut i o n,1 9 9 6.

など)。ただそこでは,技術革新の理論への取 り込みが弱くなっ ているO関連して,渡辺智子 『コーポレー ト・ガヴァナンスと企業理論』慶鷹義塾大 学出版会

,2 0 0 6

年,も参照。

また,株主主権論だけでなく,ブレア批判を行いながら,技術革新を基軸とするコー ポレー ト・ガヴァナンスを理論化しようとしているのが

,Ma r yA.

0'

sul l i va n ,Co n‑

t e s t sf o rCo r pwat eCo nt r o l:Co r po r at eGo v e r nanc ea ndEc o no mi cPe r f o r ma nc ei nt heUni t ‑ e dSt at e sandGe r ma n y ,0Ⅹf o r d:0Ⅹf or dUni ve r s i t yPr e s s ,2 00 0.

あるいは,

̀ ̀ The i nno va t i vee nt e r pr i s ea ndc o r po r a t ego ve r na nc e" , Ca mb r i d geJ o ur nalo fEc o no mi

c

s , 2 4

,

2 00 0

,である。また他に

,Wi l l i am La z o ni c ka ndMa r yO' Sul l i va n

,

" Ma xi mi z i ng s ha r e ho l de rva l ue:A ne w i de o l o g yf o rc o r po r a t ego ve r na nc e" ,Ec o no mya ndSo c i e t y

,

vo l . 21, i s s.

1

,Fe bma r y2 0 0 0

,そして

,Ma r yO' Sul l i va n

,

" Empl o ye e sa ndc o r po r a t e go ve r na nc e

'

' ,i nPe t e r K .Co r ne l i usa ndBr uc eKo gut( e ds. ) ,Co r pwat eGo v e manc e a ndCa pi t alFl o wsi naGl o b alEc o no my ,0Ⅹf o r dUni ve r s i t yPr e s s ,2 0 0 3

,なども参照O

なお,株主主権論 とステークホルダー論を対比させながら,後者の立場からの展望 を見出そうとしている著作として,ロナル ド・ド‑ア 『誰のための会社にするか』岩 波書店

,2 0 0 6

年,がある。

2

.物象化 と金融主導型成長体制あるいは金融浸透型成長体制

現在 の金融主導型成 長体制 あ るいは金融浸透塾成長体制 の も とで,妹 主主 権論 が有 力な見解 として提示 されてい る。 それ は,GG′に対 す るG‑G′

の優位 の現 れの も とで,諸制度 の変化 も生 じて きてい る こ とが背景 とな って い る。 また この こ とは,G‑・G′の人格化 としての経 営者 (資本家 ) が,証券 市 場 を通 じての G‑G′の人格化 として の経 営者 (資 本家 ) の側面 を今 まで

よ りもよ り強 く持 つ ようにな る こ とで もあ る。

ただ し,生産諸 関係 の物象化 として経 済 的諸範噂 4)を とらえ る とき,物象 化 において表現 され る以前 の諸範 噂 とい うもの も当然考 え られ る。産業資本 において資本 一 利潤 関係 において表 現 され る以前 の,その もの として の生

(5)

産諸関係が当然 に存在す る。 この生産諸関係は労働者 と生産手段 との物的諸 関係だけでな く,最終的には資本一利潤関係か ら規定 され る関係である。そ

して,資本 一 利子関係か らの規定はそれに付加されてい く。

ところで

,

『資本論』では,第 1部 での特別剰余価値 の説 明に見 られ る競 争か ら出発 して,その第

3

部での平均利潤率の形成 をうけての超過利潤の導 入に見 られるように,重層的に述べ られている。そ して,第3部の最終篇の 生産諸関係の物象化の叙述は,競争過程が平均化 された とい う想定の もとで おこなわれている。 しか し, この重層的な叙述方式を考慮 に入れるとき,坐 産諸関係の物象化は平均化 された競争の もとだけではな く,具体的な競争過 程の もとで,そ してその中での個別資本あるいは企業 に即 して とらえ られる ことも方法的に可能である。そ こでは,G‑G′における物象化 に次いで,そ れ と G‑G′でのいっそ う高度化 した生産諸関係の物象化 との接触 と相互関 連 にまで,物象化論はその射程 を伸ばす ことができる5)0

この ように,産業資本 において資本一利潤範式 として表現 されている生産 諸関係の物象化は, この ような 「新 しい生産様式」の開発 をめ ぐる競争 をそ の存立の基礎 に持 っている。そ して,資本の人格化 としての資本家あるいは その代理人 としての経営者は, この競争過程での各個別資本の存立の担 い手 として,その資本の人格化 としての機能を果た している。 この資本の人格化 の基盤 は G‑G′であるが,他面で株式会社の場合 にはその資本の調達 をめ ぐって G‑G′と接触 をもち,G‑G′か ら浸透 される場合が,表面的にせ よ, あるいはその内部の会計 に到 る場合 も含めて生 じる6)。後者の場合には,坐 産諸関係の物象化は より進展することになる。 この ような物象化の相違 は, 蓄積体制あるいは成長体制の段階的なあるいは各国別の相違 とも密接 に関連

している7)0

なお, この G ‑ G′を G‑G′に連続 させて理解するか,それ ともその相違 点に留意 して とらえるかについては,出発点 となる利潤範噂の理解が重要だ と考 え られ る8)。 また, この ような G‑G′と G‑G′の交錯 がいっそ う進む ときには,G‑G′内部の会計 に G‑G′が直接的な影響 を及ぼす ことになる。

(6)

222

経 営 と 経 済

4

)小著 『生産諸関係論 としての経済学の成立』九州大学出版会,1

98 9

年,を参照。

5)『資本論』第 3

部草稿では次q)ように述べている。「他方,資本制的生産様式が生産 諸条件 の この特定の社会的な姿 を前提す る とすれば, この生産様式はまた この同 じ姿 を絶 えず再生産 する。 この生産様式 は,ただ物質的諸生産物 を生産 す るだけではな く て,物質的諸生産物がその中で生産 され る ところの生産諸関係 を絶 えず再生産 し, し たがってまた これに対応す る分配諸関係 を も絶 えず再生産 す るのであ る」 (

Ⅱ‑4. 2

,

[ Ms.

S.

57

1],S.

89 6 )

0

6

)小稿 「物象化の新 しい展開 と資本蓄積

経営 と経済』8

0

巻3号,2000

1 2

月,を参 照。

7)マル クスは

「 23

冊のノー ト

( 1 861 ‑63)の ノー ト

Ⅴ冊の

「[

諸]収入 と諸源泉」で 次の ように述べている。「利子生み資本は貨幣資本家において人格化 されてお り,産業 資本は,産業資本家 において,地代を生む資本は土地の所有者 としての地主において, 最後 に労働 は賃金労働者 において,人格化 されている。独立な諸人格 とい って も同時 に人格化 された諸物 の単な る代表者 として現れ る諸人格 において人格化 において人格 化 された これ らの固定的な諸姿態 として, これ らの ものは競争や現実の生産過程 に, はいる。競争はこのような外在化を前提 している」(

Ⅱ‑3,[ Ms .S. 9 28 ],S. 1 51 1 )

。 し か し, この ように資本の人格化 としての資本家あ るいは経営者の判断に基づいて,個 別諸資本は 「競争や現実の生産過程」 に入 るのであるが,その ときの基準 になるのは

新 しい生産様式」であ り,それに基づいて G‑・G′の人格化 として機能 してい くのが 経営者 (あるいは資本家) とい うことになる。

なお,G.G′とい う個別資本q)運動 に即 して資本q)人格化 を とらえる とき,経営者 (あるいは資本家) においてのみ資本の人格化 を規定す るだけではな く,他方でそれ ぞれの個別企業 における協働 の結果 が資本の人格化 に帰着する面 も看過 されてはな ら ない。 関連 して,虞松渉 に よる 「協働 関係の物象化」 についての指摘 も重要 であ る

(

『唯物史観の原像 ‑ その発想 と射程 ‑ 』三一書房

,1 971

,1 31

ページ

,[

虞松渉 著作集』第

9

巻,岩波書店

,1 997

,451

ページ]な ど)。 また,贋松渉編 『資本論 を 物象化論 を視軸 にして読む』 (岩波書店

,1 9 86

年)において,山本耕一は 「

4

働連関の諸相 とその物象化」 において,作業場 内の協働 と全社会的な協働 の相違 と共 通性 に言及 している。ただ し, この両者の間にはさ らに追求 されなければな らない多

くの問題が存在する。

8

)段階的なそ して諸国における蓄積体制の研究 については, レギ ュラシオン理論 の研 究者 による諸研究を参照。 また,Ro

be r tBo ye r

,

" Ho w a ndwhyc a pi t a l i s msdi f f e r"

,

Ec o no mya ndSo c i e

t

y,vo l . 34, no

.4

,Nov. 20 05

, も参照。

9

)伊東光晴 「もうひ とつの比較経済学‑ マル クス経済学再読

‑ 」 (

経済評論』42

5

号,1

953

5

月),において,イギ リス古典派経済学の伝統 とともに利潤率の重要性が 指摘 されている点を参照。

(7)

この ように,三位一体的範式での定式化 に とどま らず,生産諸関係の物象 化 をさ らに進んで 「新 しい生産様式」の開発 か ら出発 した上での現実の競争 過程での物象化の現れにおいて とらえることは,現在の資本制生産 の理解 に 寄与 し得 る。現実 には諸資本の競争は,技術革新 に基礎 をもつ超過利潤ある いは特別剰余価値 をめ ぐる競争 としておこなわれる。そ して上述の ように, とくにす ぐれてその ような資本の運動の担 い手そ して人格化 として資本家あ るいは経営者は現れるのであ り,彼 らは G‑G′(あるいはG‑G′)の担 い手 あるいは人格化 として,すなわち生産諸関係の中で再生産 される物象化の担 い手 として活動 している10)0

この ように生産諸関係の物象化機構の再生産は,現実 には 「新 しい生産様 式」の創出をめ くやって行われている。そ して,企業統治 (コーポレー ト ・ガ ヴ ァナンス)の重要性はこの点 にある。すなわち ここでは,平均化 された世 界での三位一体的範式による理解だけではな く,諸資本の競争 との関連で見 た物象化機構 とその再生産 を見 ることも重要であ る。そ して,「新 しい生産 様式」 での新 しい技術 とそれに対応す る協働関係の形成1

1 )

は,物象化 を再 生産 してい く動因である とともに,生産諸力の発展に帰着する。

1 0 )

た とえば,『資本論』第

3

部草稿 にはつぎの ような表現が見 られる。産業資本家あ る いは生産資本家である 「彼 が資本の人格化であ るのは,資本が機能 しているかぎ りの ことである。資本が機能 しているのは,それが産業や商業で生産的に投下 され,それ を用いてその充用者が,彼がそれを充用す る事業部門の所定の諸操作を行 うかぎ りで の ことである

」( K

Ⅲ.

[ Ms. S. 3 0 2 ], Ⅱ‑ 4. 2, S. 4 4 4 )

0

l l )

この点に関 しては,藤本隆宏 『もの造 りの哲学』 日本経済新聞社

,2 0 0 4

年 ,あ るい は,同 『能力構築競争 一 日本の 自動車産業はなぜ強いのか ‑ 』中央公論新社 〔新書〕,

2 0 0 3

年,および,藤本隆宏 ・武石彰 ・青島矢‑ 『ビジネス ・アーキテクチ ャー 製品 ・ 組織 ・プロセスの戦略的設計 ‑ 』有斐閣

,2 0 01

年,な どが参考 となる。

参照

関連したドキュメント

のとして初めてである (1) 。本件でも争点の( 1 )と( 2

そこで本章では,三つの 成分系 からなる一つの孤立系 を想定し て,その構成分子と同一のものが モルだけ外部から

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

2.1で指摘した通り、過去形の導入に当たって は「過去の出来事」における「過去」の概念は

 中国では漢方の流布とは別に,古くから各地域でそれぞれ固有の生薬を開発し利用してきた.なかでも現在の四川

関係委員会のお力で次第に盛り上がりを見せ ているが,その時だけのお祭りで終わらせて

このように資本主義経済における競争の作用を二つに分けたうえで, 『資本

 米国では、審査経過が内在的証拠としてクレーム解釈の原則的参酌資料と される。このようにして利用される資料がその後均等論の検討段階で再度利 5  Festo Corp v.