長期雇用契約,短期賃金契約および
賃金交渉における労働市場の分断性
島田章
1.はじめに
本論の目的は,長期雇用契約,短期賃金契約および賃金交渉における労働 市場の分断性がマクロ経済におよはす影響を検討することである・具体的に はマクロ経済モデルに雇用契約期間が重なり合う長期雇用契約と賃金契約期 間が重なり合わない短期賃金契約を取り入れ,賃金交渉において労働市場が 分断的であるかどうかによって,系列無相関の確率変数によって表される撹 乱的要因(shocks)が実質生産高や物価水準などの変数にたいして永続的
(permanent)な影響(複数期にわたる影響)をおよぼすのか,あるいは一 時的(temporary)な影響(その期だけの影響)をおよばすのかを明らかに する.いいかえれば賃金交渉において労働市場が分断的な場合とそうでない 場合それぞれにおいて,撹乱的要因が経済に何期間にもわたって影響をおよ ぼし続けるかどうかを調べる.本論で労働市場が分断的であるとは,雇用年 数によって労働者が区別され雇用年数別に賃金交渉が行われることを指し,
労働市場が分断的でない,すなわち非分断的とは,雇用年数によって労働者 が区別されず雇用年数に関係なく賃金交渉が行われることを指す.
Taylor[10]は,「重なり合う賃金契約(staggeredwagecontracts)」によ る効果と予想形成方法による効果とを区別しながら,総需要の変動がインフ レや雇用におよぽす影響を明らかにした.またTaylor[11]は重なり合う賃 金契約をマクロ経済モデルに取り入れ撹乱的要因が経済に永続的な影響を
およぼし,賃金率,物価水準,失業率などが系列相関をもつことを示した.
価格にかんする同様の議論は, Blanchard [ 2 Jによって行われた.彼によ れば,価格が同時に設定されない (priceasynchronization)ならば,物価 水準の調整は緩慢である (Blanchard[2 J) .賃金契約期間が重なり合うな らば,今期結ぼれる賃金契約は,過去に結ぼれた賃金契約および将来結ばれ る賃金契約の影響を受ける. したがって今期決められる名目賃金率がこれら の過去および将来の契約賃金を反映するならば,重なり合う賃金契約はイン フレを持続させるおそれがある.しかしTaylor[12Jは賃金契約期間が重な り合っても,失業の増加を最小限に抑えながらインフレを減少させることが 可能であることを示した.また Fethkeand Policano [4 J, [5 Jは,経済 にたいする撹乱的要因の種類あるいは市場形態によっては,情報伝達の可能 性から重なり合う賃金契約が最適であることを示した.
Taylor [10J, [11J, [12J等の重なり合う賃金契約モデルは実質生産高 や物価水準の持続性 (persistence)を説明しているが,このような設定の モ デ ル は ア メ リ カ の 労 働 市 場 の 制 度 的 特 徴 を 反 映 し て い る と い え る
(Dutkowsky and Atesoglu [3 J, Gordon[ 7 J).
本論は重なり合う賃金契約ではなく,重なり合う長期雇用契約および重な り合わない短期賃金契約を仮定し,日本の労働市場の制度的特徴をモデルに 反映させる:そして賃金交渉において労働市場が分断的であるかどうかを考 慮、し,撹乱的要因が実質賃金率,雇用量,実質生産高および物価水準におよ ぼす影響を明らかにする.本論のモデルでは, Taylor[10J, [11J等と異な り,名目賃金率ではなく実質賃金率が雇用量を決定する.また撹乱的要因や
1) Taylor[13]では,日本の実質生産高の変動(1972‑86年)がアメリカのそれよりもい ちじるしく小さいのは,重なり合う賃金契約によってではなく, I春闘」によって全産業 同時期に1年間の名目賃金引き上げ率が決定されているからである,と説明されている.
2 )本論では長期雇用契約の成立を前提としているが, Holmstrom[ 8]は均衡において長 期雇用契約が成立することを示している.
貨幣ストック等の外生変数は, Fischer[ 6 ]等と異なり,すべて系列無相関 であると仮定する.
本論は,賃金契約が短期間でかつ同時に結ぼれても,雇用契約が長期にわ たりかつ重なり合うならば,経済にたいする撹乱的要因の影響はかならずし も一時的ではないことを示す.具体的には雇用年数別に賃金交渉が行われる という意味で労働市場が分断的であるならば,経済にたいする撹乱的要因の 影響は一時的である.いっぽう雇用年数に関係なく賃金交渉が行われるとい う意味で労働市場が分断的でない,すなわち非分断的ならば,経済にたいす る撹乱的要因の影響は永続的である.
このような結果は,短期賃金契約における名目賃金率に決定にかんするつ ぎの性質とかかわっている.雇用契約は長期(本論のモデルでは2期)にわ たるから,それぞれの期の予想労働需要は雇用契約期間内すべての期の予想 実質賃金率の関数である.またそれぞれの期の予想労働供給はそれぞれの期 の予想実質賃金率の関数である.そして賃金契約は短期(本論のモデルでは 1期)であり,名目賃金率は交渉によって契約期間内のそれぞれの期の予想 労働需要と予想労働供給が等しくなるように決定される.したがって雇用年 数別に賃金交渉が行われるという意味で労働市場が分断的であるならば,決 定しなければならない名目賃金率の数と均衡条件式の数はともに雇用契約期 間数に等しい.ゆえに均衡条件から求められるそれぞれの期の名目賃金率は,
他の期の名目賃金率から独立である.ところが雇用年数に関係なく賃金交渉 が行われるという意味で労働市場が分断的でないならば,それぞれの期の予
3 )本論のモデルでは以下で示すように,労働需要の名目賃金率にかんする弾力性の絶対 値と労働需要の物価水準にかんする弾力性の絶対値が等しいから,予想労働需要と予想 労働供給の均等によって決定されるのは名目賃金率(自然対数表示)ではなく予想実質 賃金率(自然対数表示)である.いいかえれば,名目賃金平ではなく実質賃金率が雇用 量を決定しているのである.名目賃金率(自然対数表示)は予想実質賃金率(自然対数 表示)から予想物価水準(自然対数表示)を引くことによって求められる.
想労働需要は雇用契約期間内すべての期の予想実質賃金率および雇用契約期 間外の期の予想実質賃金率の関数であるから,決定しなければならない名目 賃金率の数は,雇用契約期間数よりも多い.いっぽう名目賃金率を決定する ための均衡条件式はひとつである. したがって雇用年数に関係なく賃金交渉 が行われるという意味で労働市場が分断的でないならば,均衡条件から求め られるそれぞれの期の名目賃金率は他の期の名目賃金率から独立ではない.
本論の構成は,以下のとおりである. 2節では重なり合う長期雇用契約お よび重なり合わない短期賃金契約が結ぼれる経済をモデル化する.そのよう な経済を前提にして 3節は労働市場が分断的な場合を, 4節は労働市場が 非分断的な場合を検討する.そして5節で本論のまとめを行う.
2.長期雇用契約および、短期賃金契約が結ぼれる経済
本論は長期雇用契約を取り入れるため,企業はそれぞれの期の利潤を最大 にするように労働需要量を決定するのではなく,契約期間内のすべての期の 利潤の合計の予想値を最大にするように労働需要量を決定する.いっぽう賃 金にかんしては,短期,具体的には 1期間の契約を仮定する.名目賃金率は 毎期首交渉によって決定される.本論は,財市場が完全競争的で雇用契約が
2期間にわたる経済を分析する.
まず労働需要関数を導出する.t‑1期と t期に同じ労働者を需要する企 業は, t‑1期とt期の利潤の合計の予想値の最大化を目指して t‑1期と t 期の労働需要量Ntー 1.tをt‑2期末に決定する.t‑2期末における t‑1 期およびt期の利潤の合計の予想値は,
πf‑1 +πf
=t‑2Ptー 1F(Nt一 1, t)一t‑2Wf‑1Nt一1. t十t一2PtF(Ntー,1 t)
ー2(tー 1 Wf)Ntー 1. ,t
と表される.ここで, tー2Pt‑1 は t‑2期末に予想した t‑1期の物価水
準, t一2Ptはt‑2期末に予想したt期の物価水準, t‑2Wf‑1はt‑2期末に 交渉によって決定される t‑1期の名目賃金率,そしてtー2(t‑1 Wf)はt‑
1期末に交渉によって決定されるt期の名目賃金率tー 1wfのt‑2期末にお ける予想値である.t‑1 wfとtー2(tー1Wf)は,かならずしも一致するとは 限らない.また Yt‑1. t=F(Ntー 1.t)はt‑1期と t期に同じ労働者を需要 する企業のt‑1期およびt期の生産関数で, F')Oかっ F"く0とする.
財市場が完全競争的であるから,企業にとって物価水準は所与である.
t‑2期末に雇用契約を結んだ労働者をもちいてt‑1期とt期に生産を行う 企業の利潤最大化の条件は,
(2.1) d(πfー1+πf)/dNtー1.t= 0,
である.(2.1)式は具体的には,つぎのように表される.
(2.2) F' (Ntー 1.t) = {tー2Wf‑1 +tー 2(tー 1Wf)} (t‑2Ptー 1+t‑2Pt)一
(2.2)式から得られる符号条件に基づいて, t‑1期および t期の労働需 要関数を導出する.
np‑1. t
=‑b1 (tー 2wf‑1一t‑2Ptー1) ‑b 1 {t‑2 (tー1Wf)一t‑2Pふ b1)O.
ここで, n=lnN, w=lnW および p=lnP である • a lnNt‑1. t/a lntー2wf‑1 く0,a lnNt一1.t/a lnt‑2Pt一1)0であるが,これらの絶対値は異なる.また
a lnNt‑1. t/a lnt‑2 (tー1Wf)く0,a lnNtー1.t/a lnt‑2Pt> 0であるが,これら の絶対値は異なる.しかしここでは簡単化のために, t‑2Wf‑1と‑t‑2Ptー l
の係数およびト2(tー 1Wf)と一tー2Ptの係数をともに ‑b1としf工
一般に t‑i期と t‑i+1期の利潤の合計の予想値の最大化を目指す企業
4 )労働需要関数を偏徴係数の符号ではなく偏徴係数の値に基づいて導出すると,労働需 要関数(自然対数表示)の名目賃金率の係数と物価水準の係数が異なる.そのため名目 賃金率と物価水準が比例的に変化する場合でも,労働需要が変わる.以下で示すように 本論では予想労働需要と予想労働供給の均等から予想実質賃金率を求めているが,名目 賃金率の係数と物価水準の係数が異なる労働需要関数のもとで予想労働需要と予想労働 供給の均等から得られるのは,予想実質賃金率ではなく名目賃金率である.
のt‑i期および t‑i+1期の労働需要関数は,
(2.3) n巳i,t‑i+1
= ‑b 1 (t一i一lWr‑iー トi一1Pt一i)‑b 1 {t一i‑1 (tーiWr‑i+1) 一i一lPtーi+l ,} b 1> 0,
と表される.
それぞれの期の労働需要は,契約l期目の労働需要一「若い労働者」にた いする需要ーと契約2期目の労働需要一「年をとった労働者」にたいする需 要ーからなる. したがってt‑i期の労働需要は, t‑i‑2期末に決定された 契約2期目の労働需要 np‑i一1.t‑i (1年をとった労働者」にたいする需要) とt‑i‑1期末に決定された契約1期目の労働需要 np‑i.t‑i+ 1 (1若い労働 者」にたいする需要)とを合わせたものである.
つぎに労働供給関数を仮定する.それぞれの期の労働供給は, 1若い労働 者」の供給と「年をとった労働者Jの供給からなるとする.t‑i期の労働供 給nr‑iのうち「若い労働者」の供給をnr‑i.lと表し, 1年をとった労働者」
の供給を nr‑i.2と表す.そして,
nr‑i, 1 =C 1 (t‑i‑1 Wr‑i‑pt‑i) + ( 1 /2) Ut一i,Cl > 0, nr‑i,2=C2 (tーiー 1Wr‑i‑Pt一i)+ ( 1 /2) Ut一i,C2> 0, と仮定する.ここで,Uは労働供給にたいする撹乱的要因を表す確率変数で,
系列無相関である.nr‑i.lとnr‑i.2を合計したものが, t‑i期の労働供給関 数である.
(2.4) nr‑i=C(t一i一1Wr‑i‑Pt一i)+Ut‑i, C> 0 . ここで, C=Cl +C2, nr‑i=nr‑i,l+nr‑i,2である.
労働者と企業は毎期首交渉をつうじて,完全雇用を達成をするように名目 賃金率を決定する.すなわち予想労働需要と予想労働供給が等しくなるよう
5 )労働供給関数ではなく生産関数や労働需要関数が撹乱的要因の影響を受けると仮定し でも,以下の分析は変わらない.
に予想実質賃金率が決定され,予想実質賃金率と予想物価水準から名目賃金 率が決まるのである.ただし予想労働需要と予想労働供給を等しくするよう に名目賃金率が決定されても,実際に労働需要と労働供給が一致するとは限 らない.なぜなら労働供給が撹乱的要因の影響を受けるからである.
多くの長期賃金契約モデルと同じように,企業は労働者を需要したいだけ 雇うことができると仮定する.いいかえれば,雇用量は労働需要曲線上で決 まると仮定する.またいったん雇用された労働者は契約期間内に解雇されな いし,また契約期間内に労働者は辞職しないと仮定する.
名目賃金率が予想労働需要と予想労働供給を一致させるように決定され,
雇用量が労働需要曲線上で決定されるという仮定はもちろん,本論によって はじめて採用されるのではない(例えば, Aizenman and Frenkel [ 1 J).
雇用量が具体的にどのような水準になるかは,交渉で決まる名目賃金率と 予想、物価水準を労働需要関数に代入することによって決定される.
t期の実質生産高Ytは,
Yt=Ft一1.t(Ntー1.t) + Ft. t+ 1 (Nt. t+ 1 ) , であるが,本論ではこれを,
(2.5) Yt=(1/2) (ntー 1.t+nt.t十1) , と仮定する.
6 )労働需要が非確率的であるから,予想労働需要と予想労働供給を一致させる予想実質 賃金率および雇用量は労働需要曲線上にある.
7)賃金契約および雇用契約にかんする説明から明らかなように,名目賃金率は雇用量の 決定から独立であるが,雇用量の決定は名目賃金率と予想物価水準に依存しているので ある.
8) dYt/dNtー1.t=dFt.tーl/dNtー1.It d 2Yt/dNtー1.~ =d2Ft.t‑1 /dNtー1.~, dYt/dNt. t+ 1
=dFt.t+ l/dNt.t+い d2Yt!dNt.t+1=d2Ft.t+ 1 /dNt.t+1だから,生産関数の微係数の仮定 から ,dYt/dNtー1.t> 0, d 2Yt!dNtー1.~く 0 , dYt/dNt.t+1> 0, d2Yt/θNt.t+1 < 0がみた されていなければならいない.(2.5)式では,これらがみたされている.ただしも=
Ftー1.t(Ntー1.t) + Ft. t+ 1 (Nt,t+ 1 )と (2.5)式によって,生産関数のとりうる形が制約 されることになる.
総需要関数として,もっとも簡単な関数を仮定する.
(2.6) Yt=Zt‑Pt・
ここでZtは政策変数で,政府支出や名目貨幣ストックを表す.Zは確率変数 で系列無相関であるとする.
ところで交渉で決まる名目賃金率は,労働市場の状態,すなわち雇用年数 別に賃金交渉が行われるかあるいは雇用年数に関係なく賃金交渉が行われる かによって異なる.以下では賃金交渉において労働市場が分断的である場合 とそうでない場合それぞれにおいて,撹乱的要因の経済にたいする影響が永 続的であるか一時的であるかを調べる.
3 .分断的労働市場
労働市場が分断的であるとは,雇用年数別に賃金交渉が行われることを指 すから,同じ期の労働需要であっても契約 l期目の労働需要(,若い労働者」
にたいする需要)と契約2期目の労働需要(,年をとった労働者」にたいす る需要)は,それぞれ「若い労働者」の供給と「年をとった労働者」の供給 のあいだで独立に賃金交渉を行う.具体的には「若い労働者」は「若い労働 者」の完全雇用の達成を目指して賃金交渉を行い, ,年をとった労働者」は
「年をとった労働者」の完全雇用の達成を目指して賃金交渉を行う.
t‑2期末に雇用契約を結んだ労働者の t‑1期の名目賃金率t‑2wf‑1の 交渉(交渉時期は t‑2期末), t‑2期末に雇用契約を結んだ労働者の t期 の名目賃金率t一 lwfの交渉(交渉時期はt‑1期末), t‑1期末に雇用契約 を結んだ労働者のt期の名目賃金率t‑lwfの交渉(交渉時期は t‑1期末) および t‑1期末に雇用契約を結んだ労働者の t+1期の名目賃金率tWf+l
9 )しかし本節の以下の議論からわかるように, ‑1若い労働者」と「年をとった労働者」の 名目賃金率の決定そのものは相互に依存しているのである.
の交渉(交渉時期は t期末)は独立に行われる.具体的には, t‑1期の契 約1期目の労働需要のt一2期末における予想値t‑2nP‑1. tとt‑1期の「若 い労働者」の供給の t‑2期末における予想値t‑2 np‑l.lが等しくなるよう にt‑2期末に賃金交渉が行われ, t‑1期の「若い労働者Jの名目賃金率
t‑2wf‑1が決まる.またt期の契約2期目の労働需要の t‑1期末における 予想値tー lnP‑1, tとt期の「年をとった労働者」の供給のt‑1期末におけ る予想値 tー ln~2 が等しくなるように t ー 1 期末に賃金交渉が行われ, t期の
「年をとった労働者」の名目賃金率t一 lwfが決まる.
t‑2nP‑l, t=t‑2nP‑l.l,
およびトlnP‑l,t=t‑ln?,zの両辺に t‑2期末における予想値をとった式,
t‑2 (t一1np‑1, t) =t‑2 (t一1n~2)'
からt‑2wf‑lとtー2(tーlwf)が得られる.ここでは物価水準の予想値を求め ていない.
(3.1 a) 一2wf‑l=tー2Ptー1+ ( 1 / 2 D){ ‑(b 1 + c 2 ) t ‑2 Utー1+b 1 t‑2Ut}. (3.1 b) ー2(t‑1Wf)=tー2Pt + ( 1 / 2 D) {b 1 t ‑2 Utー1一(b1 + c 1 ) t ‑2 Ut} . ここで, D=b1 (Cl +C2)+CIC2である.またtー2Utー1はt‑1期の労働供 給にたいする撹乱的要因の t‑2期末における予想値であり, t‑2Utはt期 の労働供給にたいする撹乱的要因の t‑2期末における予想値である.
同じように, t期の契約l期目の労働需要の tー 1期末における予想値 tー 1n.pt+ 1とt期の「若い労働者」の供給の t‑1 期末における予想値 t一 ln~l が等しくなるように賃金交渉が行われ, t期の「若い労働者」の名目賃金率 tーlwfが決まる.また t+1期の契約2期目の労働需要の t期末における予 想値tn.pt+1とt+1期の「年をとった労働者」の供給のt期末における予想 値tnr+l.2が等しくなるように t期末に賃金交渉が行われ, t+ 1期の「年を
とった労働者」の名目賃金率twf+1が決まる.
t‑1 n.pt十l=tー 1n~l ,
およびtn.pt+1 = tnr+ 1. 2の両辺に tー 1期末における予想値をとった式,
t‑1 (tn,Pt+ 1) =tー1(tn~+ 1, 2) ,
からt‑1wfとト1(tWf+ 1)が得られる.ここでは物価水準の予想値を求めて いない.
(3.2 a ) ー1wf=tー1Pt + ( 1 / 2 D){ー(b1 +C2) t‑l Ut+b lt‑1 Ut+ d.
(3.2 b) ー 1(tWf+ 1) =t‑lPt+ 1 + (1/2 D){b 1t‑1Ut一(b1 +C 1)tー 1Ut+d.
ここで, t‑1 Utはt期の労働供給にたいする撹乱的要因の t‑1期末におけ る予想値であり,tー 1Ut+1は t+1期の労働供給にたいする撹乱的要因のt‑
l期末における予想値である.
(3.1 a)式および (3.1b)式, (3.2 a )式および (3.2b)式と労働需要 関数 (2.3)式(ただし, i= 1 )から,雇用量が労働供給にたいする撹乱的 要因の予想値によって決まることがわかる.
t‑2期末に契約されたt‑1期とt期の雇用量は,
(3.3a) ntー1, t = (b 1 / 2 D) (C 2 t ‑2 Utー1+c 1 t‑2 Ut), である.またt‑1期末に契約されたt期とt+1期の雇用量は,
(3.3 b ) nt. t+ 1 = (b d 2 D) (c 2 tー 1Ut+C 1 t‑1 Ut+ 1), である.
t期の実質生産高は,つぎのように表される.
(3.4) Yt=(bd4D){(c2t‑2Utー 1+C1 tー2Ut)+ (C2t一1Ut +C1t一1Ut+ 1 )}.
(2.6)式と (3.4)式から, t期の物価水準が得られる.
(3.5) Pt=一(b1/4D){(C2t‑2Utー1+C 1 t‑2Ut) + (C2tー 1Ut +C lt‑1 Ut+ 1)} +Zt・
(3.2 a)式, (3.5)式および (3.5)式の予想値から, t期の「若い労働 者」の実質賃金率(自然対数表示)t‑1 wf‑pt はt‑1 Ut, t‑1 Ut+い t‑1 Zt, Zt の関数である.このことは実質賃金率にたいする撹乱的要因の影響が一時的 であることを示している.そして (3.3a )式, (3.3 b )式および (3.4)式 からわかるように,雇用量や実質生産高にたいする撹乱的要因の影響も同様
である.
このような結果が得られるのは,労働市場が分断的で雇用年数別に賃金交 渉が行われる場合,均衡条件式と決定しなければならない名目賃金率の数が ともに雇用契約期間数に等しく,それぞれの期のそれぞれの雇用年数の労働 者の名目賃金率が他の期の名目賃金率から独立だからである.
契約期間が3期以上にわたる場合も,均衡条件式と決定しなければならな い名目賃金率の数がともに契約期間数に等しい.したがって雇用年数別に賃 金交渉が行われるという意味で労働市場が分断的であるならば,一般に実質 賃金率,雇用量,実質生産高にたいする撹乱的要因の影響は一時的である.
また実質生産高は総供給サイドで決まり物価水準は総需要サイドで決定さ れる.このことは,貨幣ストックや政府支出等の政策変数の変化は物価水準 に影響をあたえるが,雇用量や実質生産高は政策変数の変化から独立である ことを意味している.雇用量や実質生産高が政策変数から独立であるという 結果は, Fischer[ 6 ]の長期賃金契約の場合と対照的である.彼のモデルで 貨幣ストックの変更が実質生産高等に影響をあたえるのは,貨幣ストックの 変更が名目賃金率の決定よりも頻繁に行われ,政策当局と民間で情報の非対 称性が生まれるからである.
実質生産高にたいする撹乱的要因の影響が一時的であり,実質生産高は貨 幣ストックや政府支出等の政策変数の影響を受けないから,政策変数が系列 無相関であれば,物価水準にたいする撹乱的要因の影響も一時的である.
要するに賃金交渉において労働市場が分断的であるならば,経済にたいす る撹乱的要因の影響は一時的である.
4 .非分断的労働市場
労働市場が分断的でない,すなわち非分断的とは,雇用年数に関係なく賃 金交渉が行われることを指すから, r若い労働者」と「年をとった労働者」
は一諸に賃金交渉に臨む.すなわちそれぞれの期の契約l期目の労働需要 (1若い労働者」にたいする需要)と契約2期目の労働需要 (1年をとった労 働者」にたいする需要)の合計とそれぞれの期の「若い労働者」と「年をと った労働者」の供給の合計のあいだで賃金交渉が行われる.具体的には「若 い労働者」と「年をとった労働者」は,労働者全体の完全雇用の達成を目指
して賃金交渉を行う.
t‑i期の労働需要は, t‑i‑2期末に決定された契約2期目の労働需要 np‑i‑ 1, tーiとt‑i‑1期末に決定された契約l期目の労働需要 np‑i.t一i+lと を合わせたものである.また t‑i期の労働供給は, t‑i期の「若い労働者」
の供給np‑i.lとt‑i期の「年をとった労働者」の供給nP‑i.2とを合わせたも のである. したがってt‑i期の名目賃金率t‑i一lWιiは,
トi‑2nP‑i‑l.t‑i+tーi‑1 np‑i.tーi+1 =tーi一1np‑i.l +tーi‑lnp‑i.2' をみたしていなければならない.例えばトiーlwr‑i‑Pt‑iをωtーiとすると,
トi一lωtーiはt‑i‑1期末における t‑i期の実質賃金率の予想値 (t‑i‑lWr‑i
ーi一1Pt‑i)だから,前式は,
t‑i‑2ωtーiーl+t一i‑2ωt一i+( 1 +c/b 1 )t‑i‑1ωt‑i+t‑i一lωt‑i+1
= ‑( 1 /b l)tーi‑1Ut一i,
と書き換えられる.両辺にt‑i‑2期末における予想値をとる.
(4.1) tーi‑2ωt‑iー1+ ( 2 +c/b 1 )t‑i‑2ωt一i+t一i‑2ωt一i+l ( 1 /b 1) t‑i‑2 Utーi・
ここで, tーi‑2 (t‑i‑1ωt一D=tーi一2ωt‑iトi‑2 (t一i一lωt‑i+1) =tーi‑2ωt一i+1と いう関係をもちいた.t‑i‑l期末の交渉で決定される t‑i期 (t‑i+ 1期) の名目賃金率のt‑i‑2期末における予想値と t‑i‑2期末に交渉が行われ 決定される t‑i期 (t‑i+1期)の名目賃金率が等しいのは,これらを求め
るさいに利用可能な情報が同一だからである.
本節の以下の部分では簡単化のために,労働供給にたいする撹乱的要因を 表す確率変数 U の予想値を0と仮定する.この仮定は,本節の結果に影響
をおよぼさない.
労働供給にたいする撹乱的要因が存在するから,実質賃金率は Uの関数 である.そこで実質賃金率が非確率変数と {Ut+h}ι一∞の線形関数であると する.このとき,
ωt‑iー l一t‑i‑2ωt一i‑l,ωt‑i‑t‑i‑2ωt‑j,ωt‑i+ 1一t‑i‑2ωt‑j+ 1, はいずれも {Ut‑i‑1 +h}色。の関数である.したがって (4.1)式は,
(4.2)ωtーi一1+ (2+c/b1)ωtーj+ωt‑i+1
=R'ω( {Ut一iー1+h}ι。),
と書き換えられる.t‑i+ 1期の実質賃金率的一i+lは, (4.3a)ωt‑i+ 1
=A(t)tーi‑Azル ({Ut‑i+h十件。)+kA‑(山),
ここで ,A =一(1 +c/ 2 b 1) + ( 1 / 2 ) { 2 c/b 1 + (c/b 1) 2} 1/2 (したがっ て, 0) A) ‑1 ),と表される. 2期以上前の実質賃金率が今期の実質賃 金率に影響をおよぼしていることがわかる.また (4.2)式の一般解は,
(4.3b)ωtーj+1
=(,{‑A‑1)一1LAliIRW({Ut一川十件。)+k1Atーi+1十k2A一(tーi+1 ,) である. (4.3b)式は,実質賃金率にたいする撹乱的要因の影響が永続的 であることを示している.
雇用量は,(4.3a)式,(2.3)式 とtー lωt一t‑2ωtおよびtー 1ωt+1一tー 2ωt+1 がUtー1の関数であることをもちいると,
(4.4) nt, t+ 1
=Antー1, t‑b1k{A‑t+A一(t+1 >} + Rn (Ut‑1 ,)
と表される.(4.4)式をnt.t+1について解けば, 0) A)ー lから, nt,t+ 1が
10) Utは例えば, Ut=K+ L f1jU川 た だ しKとμは非確率変数,と表される.
11) Sargent[ 9 ] pp.183ー189およびpp.197‑204を参照.
{Ut‑1 ̲h}ho= 0に依存していることがわかる. したがって雇用量にたいする 撹乱的要因の影響は永続的である.
さらに実質生産高は, (2.3)式, (2.5)式と t‑2ωtー1一t‑3ωtーl, tー2ωt
‑t‑3ωt, t‑1ωt一t‑2ωtおよびt‑lωt+1一t‑2ωt+ 1がUt‑2,Utーlの関数で あることをもちいると,
(4.5) Yt
=AYtー l一(bd 2) k(..t ‑t+ 3 + 2 A一t+2+At+l)+RY(Ut̲2,Utー1), と表される. (4. 5)式を Ytについて解けば, 0)え) ‑1から, Ytが
{Ut‑2 ‑h}h'= 0に依存していることがわかる.したがって実質生産高にたい する撹乱的要因の影響は永続的である.
このような結果が得られるのは,労働市場が非分断的で雇用年数に関係な く賃金交渉が行われる場合,決定しなければならない名目賃金率の数が均衡 条件式の数よりも多いため,均衡条件から求められるそれぞれの期の名目賃 金率が他の期の名目賃金率から独立でないからである.すなわちt期の労働 需要は, t‑2期末に雇用契約が結ぼれる契約2期目の労働需要と t‑1期末 に雇用契約が結ぼれる契約 l期目の労働需要を合わせたものである.そして t‑2期末に決定される t‑1期と t期の労働需要はt‑1期およびt期の予 想実質賃金率の関数であり, t‑1期末に決定されるt期と t+1期の労働需 要は t期および t+1期の予想実質賃金率の関数である.もちろん t‑1期 末にはt‑1期の予想実質賃金率がわかっているが, t期およびt+1期の予 想実質賃金率は未決定である.t期および t+1期の予想実質賃金率を決定 するための条件は, t期の予想労働需要と t期の予想労働供給の均等だけで ある.仮に t+1期の予想労働需要と予想労働供給の均等を条件に加えると,
t期, t+ 1期および t+2期の予想実質賃金率を決定しなければならなくな る.
雇用契約期間が3期以上にわたれば,均衡条件式はひとつのままで決定し なければならない実質賃金率の数が増えるから,雇用年数に関係なく賃金交