長 崎大 学 教 育 学 部 自然 科 学 研 究 報 告 第32号87〜98(1981)
日本 に お け る大 気 混 濁 の1970年 代 の特 徴 と 経 年 変 化 につ い て の考 察
荒 生 公 雄 ・ 山 木 秀 子
長 崎大 学 教 育 学 部地 学 教 室 (昭和55年10月31口 受 理)
Atmospheric Turbidity in 1970's and Its Secular Variation over Japan
Kimio ARAO and Hideko YAMAMOTO
Department of Earth Sciences, Faculty of Education Nagasaki University, Nagasaki 852
(Received Oct. 31, 1980)
Abstract
Time series of atmospheric turbidity coefficient, 8, are presented from 1957 to 1979 for six stations in Japan. Atmospheric turbidity in large cities such as Sapporo and Fukuoka has shown a remarkable decrease in from the latter half of 1960's to the beginings of 1970's, however, it began to increase recently. On the other hand, the turbidity coefficient at rural regions did not show any marked change in recent ten years.
In general, these trends would be interpreted as the fruit of air pollution control. Nevertheless, it may be concluded that due caution should be still needed
against the turbidity of urban atmospheres.
1.ま え が き
直 達 日射 の 観 測 値 か ら大 気 混 濁 係 数(β)を 推 定 す る 方 法 はYamamotoetal。(1968)に
よ っ て 開 発 さ れ た が,こ の 方 法 の 基 盤 は エ ー ロ ゾ ル の 粒 径 分 布 がJunge(1963)の 指 数 分 布 に お け る4乗 則 に 従 う と 仮 定 す る こ と に あ る。 な お,Jullgeの 指 数 分 布 の4乗 則 は,通 常
dN/dr=CrH4(1) あ る い は
dN/dlogr=C/r‑3(2)
な ど と 書 か れ る 。 た だ し,dNは 粒 径 がrとr+drの 間 に お け る 数 濃 度 を あ ら わ し,C,C'
はともに定数である。粒径分布がこのように表わされる場合には,エーロゾルによる直達日射 の透過率は波長をλとおけば
7M(λ)一e一β/λ (3)
で与えられ,これからβが導かれるが,このβは垂直気柱内に含まれるエーロゾル濃度と比例 するという特徴をもっている。従って,特定の時空におけるエーロゾルの粒径分布が指数法則 の4乗から逸脱する場合には,βはエーロゾル濃度と比例関係をもたなくなる。しかし,平均 的な粒径分布としてはJungeの4乗則は広く受け入れられている(たとえば,小野,1979)。
元来,βは直達日射の観測値から空気分子の散乱や,水蒸気,オゾン,二酸化炭素などの吸 収を理論的に除去したのちの日射の減衰に,Mie理論を適用して得られるものであるから,
短波の放射環境を表わす優れた指標としての性格をもつ。すなわち,βは地表面で受ける直達 日射量と直接的に関係しており,地球の熱収支についての議論を行なう場合に手頃で適応性の 高い指標となる(たとえば,Yamamoto and Tanaka,1972)。
日本では,これまでのところ,大気全層におけるエーロゾル濃度を時間的にも空間的にも広 汎に推定するとなれば直達目射に頼らざるを得ないから,大気混濁係数βの物理的な意味を十 分認識したうえで,その変動を把握しておくことは気候変動や大気汚染に関する基礎的な情報 の1つとして重要である。また,近く展開される予定のサンフォトメーター観測網(気象庁測 候課,1980)によって,より良質の混濁パラメーターが得られるまでの橋渡しの役割をβは担
っていると考えることができる。
日本における混濁係数の経年変化については,Yamamoto et a1.(1971),Arao(1974)な どに既に示されている。それによると,日本各地の大気混濁は,戦前はほとんど一定であった が,1950年代前半から増加し始め,1960年代に入って一層急激な増加となり,1966・67年頃に 極大となった。その後,都市部でかなり明瞭な減少傾向を示すに至ったが,清浄地区では1960 年代のレベルからほとんど変化がみられなかった。本報告では,1974年から1979年までの6年 間の資料を追加解析し,国内6地点の1970年代の変化を把握することをおもな目的とし,さら に,これらの資料を加えて,いくつかの観点から経年変化の推移および大気混濁係数の特性に ついて検討を試みる。
なお,1974年から1979年までのdataについての解析方法は前報(Arao,1974)と同様であ
る。
2.1970年代の推移と経年変化の概況
Fig.1とFig.2に日本各地の1957年から1979年まで23年間の大気混濁係数の経年変化を 示す。これらの図で,折線は1・2月,3・4月などのように奇数月とそれに続く偶数月の2ケ 月ごとの平均値の年変化を表わし,破線は3年移動平均値の推移を表わす。年変化をわかりや すくするために年末と翌年初めの値を結ぶ折線を除去してある。銀盤日射計で直達日射を観測 できるような好天は北日本で年間50〜70日・南日本で70僧100日程度でそれほど多し)とは言え ない。2ケ月平均値を用いた理由は平均値をIO口程度のdata数から評価するように意図した ためである。しかし,実際には天候に恵まれず2ケ月間でもわずかの観測日数しか得られない 場合も出現する。従って,ここでは,2ケ月間で3日以上の観測日数がある場合にはその平 均値を図示した。ただし,1966年3・4月の福岡の場合,日数は3日であったが,平均値が
.I i ; ) *'*k?J " i ) 1970Lf f CD P (" .,* f 4 iC 1) +C )* ;・・‑j : 89
p
0.3
0.2
O. 1
o 57 58
59 eo 61 62 63 64 65 66 67 68' 69 70 71 72 73 74 75 76 77 7980
YEAR
p
o. 3
o. 2
O. 1
o 575859 eo 61 62 ee 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 Y EAR
p
o. 3
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0.1
O
Fig. l 57 58 59
Time Akita year
eo 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 Y EAR
series of the bimonthly mean values of / for Sapporo, and Shionomisaki. The white circle indicates the three‑
running mean of p and the broken curve its trend.
Fig.
β
β
β
0.3
α2
0.1
0
0.3
0.2
0.1
0
0.3
0.2
0,1
TOSA−SHIM剛
一一〇 −0 り o − o 馬
一0 o
、
一 一 〇 一
oρ 一 、
o
575859606162636465666768697071
YEAR
72737鴇 75767778 7980
FUKUOKA
0, 0
O 八o 一冒o !,o 9 、 o 噂x噂聖 o o、 …鮒 ,o 一 〇
575859606162636465666768697071
YEAR
0 575859606162636465 6667686970 71
YEAR
2 Same as Fig.l but for Tasa−Simizu,
727374 75767778 7980
KAGOSHIMA
/6 一
/ 一 一 一 一 一
腎 o一
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o
6
727374 75 767778 7980
Fukuoka and Kagoshima
日本における大気混濁のユ970年代の特徴と経年変化についての考察 91
0.340という極端に大きな値であったため,例外的に除去した。札幌や秋田の冬期にdataを 欠いているのは上述の理由によるものである。しかし,このような手続きのために図示されな かったdataも,当然,年平均値や移動平均値を求めるときには取り込まれている。
まず,1970年代の混濁係数の変化をながめることにする。この年代の興味深い変化は札幌と 福岡にみられる。1960年代後半から著しい減少傾向を持続させていた両者のうち,福岡では 1973年を転換点として,その後着実に増加し,1977〜79年では最も混濁した時期(1966〜67年 頃)に匹敵するレベルにまで達している。一方,札幌では減少傾向が福岡よりも長く継続し,
Fig.3に示すように,1975年には秋田や鹿児島よりも小さな3年移動平均値となった。ま た,1976年の札幌の年平均値は0.105であったが,これは潮岬や土佐清水の平年値とほぽ同じ
レベルである。Fig.1にも見られるように,この札幌における非常に小さい年平均値はおも に暖候期の混濁係数が例年になく小さかったことに原因がある。
その他の4地点における1970年代の変化は比較的単調で,秋田と鹿児島では若干の減少傾 向,潮岬と土佐清水ではほぼ横ばいの状態にあった。
次に,各地の混濁係数の3年移動平均値のみをFig.3に示す。連続した3年間のdataが
β
0.3
9
0.2
0.1
0 57585960 6162636465666768697071 7273 74757677787980
YEAR SAPPORO
FUKUOKA
、,____ 1 ,4ρ …ご二
り一一齢一馬隔隔一
▽
、
、、 軸■帽■,一 、鞠■臨 、
K聴ダ甑GOSHIM醜一一一 。…D一 ,一 軸唱一鞠。鞠殉_一一、り 一, 己 、 口陶 .こ認〆賦こ二 _一一一 題・99.い 、く篭●二。二。ご 一
7,一 ノ SHIONOMISAKI OSA−SHIMIZU
Fig.3 Time series of the three−year running mean values ofβfor six stations in Japan.
ないと表示できないために断線が目立つが,全体的な経年変化は十分読み取れる。ここに示し た1957年から79年までは気象庁の日射観測法に変更がなく(関根ほか,1973),同一条件で観 測が行なわれた期間である。図からわかるように,日本各地の大気混濁は1965〜67年に大きな コブをつくったのち,1968年から大勢として減少し始め,特に都市部での激減によって,1974 年には都市と辺地との差を著しく縮めるに至った。しかし,最近の福岡および札幌の増加傾向 の再現により,その差は拡大しつつある。
ところで,1966年頃の混濁の極大期に関する議論では,Agung火山(1963年3月)の影響 も考慮に入れる必要があるが,全体としては,大気汚染の急速な進行に伴なったものと考えた
方が,その後の都市部での著しい減少や辺地での横ばい状態からも支持される。また,Hanel and Bullrich(1976)が指摘したように,いわゆる海面上でのturbidity観測は下層大気中 のエーロゾルには著しく敏感であるが,成層圏工一ロゾルに対しては鈍感であることと考慮 すると,Agung火山の影響を最大の原因とすることは困難を伴う。それ故,1967年から1976 年までの札幌の10年間に典型的に示されるように,大気汚染防止対策の効果がその後の著しい 減少となって反映されていると考えることができる。
もう1つの注目すべき1970年代の特徴は,潮岬と土佐清水のβが非常に落着いていたことで ある。札幌や福岡が60年代後半から急速に減少傾向に向うにもかかわらず,潮岬と土佐清水は ほとんど変化を示さず,両者ともβ一〇.IO〜0.11の間にあって完全に定着している。従って,
このような推移からは両者が,1950年代のように,再び年平均値でβ=O.1を割るような清澄 な状態はあまり期待できそうにない。因みに,これらの地点の1950年代後半と現在の年変化を 比較すると,年間を通じて現在の方が大きい値を示しているが,土佐清水では暖候期に極端に 大きくなっている点が目につく。
各地の混濁係数の年平均値のあいだの相関係数とそれに用いた相互の統計年数をTable1 に掲げる。統計に用いた期間は1951年から1979年までの29年間を対象とした。この表から,他
Table l Correlation coefficients of the annual mean values ofβbetween respective stations. The integer values in the lower triangle indicate the number of years from which the correlation coeffi−
cient was evaluated.
Station Sapporo Akita Shjonomisaki Tosa−Shimizu 耳ukuoka Kagoshima
Sapporo I Akita 『
× 0.721
23 ×
25 23
24 24
24 24
19 17
Shi・n・misakilT・sa−Shimizu
0。471 0.540
0、638 0.773
× 0.750
26 ×
26 27
19 18
Fuku・ka1Kag・shimaIMean
0.641 0.161 0.507
・.6331。.655・.684
0.624 0.444 0.585 0.741
×
19
0.712 0.703 一〇.033 0.521
× 0。388,
の地点との相関は土佐清水が一番よく,札幌との相関係数0.540を除くと,他の4点とはすべ てO.70以上の値をもっている。次いで相関性がよいのは秋田で,0.6台が3つあるが,平均値 では土佐清水に非常に近い。これら2地点の変化の特徴は,Fig.3からもわかるように,60 年はじめの急上昇と60年代後半のなだらかな下降を伴うことであり,日本全体を代表する変化 パターンと考えることができる。全体的に,70年代の大気は大都市を除いて,非常に穏やかで 安定していた,と言える。
3. 2ケ月平均値の経年変化とその考察
大気混濁係数の2ケ月平均値ごとの経年変化を6地点についてFig.4からFig.6に示す。
統計期間は1951年から1979年までとし,3段に分けて図示するために縦軸は適宜平行移動を行 なった。このような図を作成したおもな理由は,(1)混濁係数の季節による変化の特性を明らか にすること,(2)どの季節が最もよく年平均値の経年変化と対応性があるかを調べること,(3)粒
日本における大気混濁の1970年代の特徴と経年変化についての考察 93
β
0.3
0.2
0.1
0.2
0.1
α2
0。1
SAPPORO Mar&A畔
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Ju巳.&Aug.
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覧 、 亀 1
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0、 ! O ,O
55 60 65 70 75 80
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β
0.3
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0.1
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050 55 60 65 70 75 80
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Fig.4 Secular variations of the bimonthly mean values ofβfor SapPoro and Akita.
β
0.3
α2
0.1
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0.1
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SHIONOMlSAKI
◎一中。ノo嚇。・◎〆 Jan.&Feb.
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55 60 65 70
YEAR
Fig.5 Same as Fig.
β 0.3
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0.1
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α2
0.1
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Ma鵬&Apr
TOSA−SHIMIZU
。一・〆 、o O 脳♂
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僻・癩.
75 80 50 55 60 65 70 75 80
YEAR 4but for Shionomisaki and Tosa−Shimizu
径分布がJungeの4乗則から逸脱するような季節が仮にあるとしても,2ケ月平均値ごとに 整理しておけば,将来のサンフォトメーターによる観測結果とのつき合わせが容易になるこ と,などである。
これらの図より,各地の2ケ月平均値の変化は,寒候期はかなり穏やかであるが,暖候期で は年ごとの変動が激しいことがわかる。そのなかでも,土佐清水の9・10月期と11・12月期の 経年変化は振幅が小さく,しかもほぼ類似した傾向を示し,非常に落着いている。反面,都市 部では春および夏の経年変化が年ごとに大きく振動し,平均値そのものが不安定な値であるこ
0.3
FUKUOKA
0.2
Mar&触.蟻
β ,、 ,へ、 Ja几&融、 .ゼ◎一。
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0.2
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Sep&Oct。 ノ
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β α3
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KAGOSHIMA
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●
Jan.&Feb,
ゆv㍗競
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諮鋤黙繍 Nov&De℃. 。
O
o50 55 60 65 70 75 80 50 55 60 65 70 75 60
YEAR yEAR Fig.6 Same as Fig.4but for Fukuoka and Kagoshima.
とを表わしている。しかし,札幌の60年代中期のように,ほとんど全季節を通じて顕著な増加 傾向が数年続けてみられることから,大規模な経年変化の傾向は2ケ月平均値にも反映してい
ると考えられる。同様に,札幌では70年代の1・2月期と7・8月期に数年間続けて顕著なβ の低下がみられ,1976年にはこれに3・4月期および5・6月期の落込みも重なって,幸運と
も言えるような,年平均値β一〇.105をつくり出した。
一方,福岡では1973年以降11・12月期を除くと,あらゆる季節で増加傾向にあり,それぞれ が年平均値を押し上げる役割を分担している。そのなかでも9・IQ月期の増加傾向が顕著に続 いている。福岡では1965年1月から66年3月まで欠測であったが,1977年から79までの年平均 値はそれぞれO.170,0.169,0.167であり,1968年に記録したそれまでの最高値0。168とほぼ 同じ高いレベルを3年間持続させている。
混濁係数の2ケ月平均値の年平均値に対する相関係数をTable2に掲げる。統計期間は 1951年から79年までで,下段の数字は実際の統計年数と平均の統計日数を表わす。最も相関係 数が大きいのは福岡の3・4月期で0.898,次いで,土佐清水の3・4月期(O.871),秋田の 7・8月期(O.853),福岡の5・6月期(O.849)と続く。年平均値の一部を形成している dataを用いて得られる相関係数であるから,相関値が比較的大きいのは当然とも言えるが,
やはり季節的な相違は明瞭にあらわれている。すなわち,最下段の平均値が示すように,秋
(9・10月)と春(3・4月)に年平均値との相関がよく,真夏(7・8月)と初冬(11・12 月)はかなり悪い。
特に相関のよい福岡と土佐清水の3・4月期の場合をFig.7に一緒に示す。この図は次 のような意味で興味深い。清浄地区の典型とも言える土佐清水と混濁した大気をもつ福岡がそ れぞれ3・4月期に各々の年平均値と非常によい相関をもつのはやや奇異であるが,図の回帰 直線に示されるように,両者は年平均値とよく対応している。春は季節的にみて大気混濁の大 きい時期であるから,土佐清水ではその51%に0.03を加えた量がおよその年平値となる。しか し,福岡では7325にO.02を加えた程度が年平均値で,回帰直線の傾きが大きい。しかも,春の
I eC rf j ; i CZ)19704 f ) F ; 4 I C 1) * C ) : 95
Table 2 Correlation coeffjcients of ,e between the bimonthly mean values and the annual mean value 'of each station. Italic values in each box indicate the number of years and the mean number of days of observation, respectively. The latter is shown in the parentheses. Annual mean number of days of observation is given under the station name.
Months St ati on
Sa pporo
(62 . 7)
Akita (67.4) Shionomisaki
(6.3 . 8)
Tosa‑Shimizu
(82 . 3)
Fukuoka
(86 . 9)
Kagoshima
(73 . 8)
Mean
J &F
o . 622
18 ( 7.8)
O . 801
9 ( 5.0)
o . 677 z"6 (12.9)
o . 192
27 (15.8)
o . 608
26 ( 9.9)
o . 747
18 (1B.6)
o . 708
M&A
O . 746
24 (11.B)
o . 735
24 (12.9)
o . 749 27 (11 . 7)
O . 871
28 (15.2)
o . 898
27 (17.5)
O . 573
19 (13.5)
o . 762
M&J
o . 808 24 (14 . 2)
o . 680
23 (15.2)
o . 728
25 ( 6.3)
O . 791
26 ( 7.8)
o . 849 27 (1,9.6)
o . 566
17 ( 7.2)
o . 737
J &A
o . 639
25 ( 9.3)
o . 853
24 (13.3)
O . 649 2f ( 6.3)
O . 761
26 ( 8.5)
o . 732
28 (12.1)
‑O . 019 17 ( 6.9)
o . 603
S&O
O . 823 25 (14 , o)
O . 811
24 (13.4)
o . 778
27 (10.5)
o . 840
2s (13.8)
O . 755
28 (18.3)
o . 708 19 (1 i'.8)
o . 186
N&D
O . 401
19 ( 6.1)
o . 564
17 ( 7.6)
o . 748
27 (16.1)
O . 818
27 (21.2)
o . 680
28 (15.5)
O . 402
19 (19.8)
o . 602
al
LL O
::, UJ
J <
>
z <
: :
J <:
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< z
o. 20
0.1 5
0.10
0,05
Fig. 7
0.10 0.15 0.20
BIMONTHLY MEAN VALUE OF p IN MARCH AND APRIL Relations between the annual mean values of p and its bimonthly means in March and April for Fukuoka and Tosa‑Shimizu. Quantities under the station name indicate the correlation coefficient and the equation of regression, respecti vely .
0.2 5
混濁係数は明らかに福岡の方が大きいから,年平均値の差は回帰直線の差よりも拡大する。こ のような差は基本的には都市大気のもつ人工起源のエーロゾルによるものと解釈できる。
ところで,Table2が示すように,土佐清水の各期の相関係数は全般的に高い値になって いる。最も悪い場合でも0.761であり,その他の地点の分布と比べると,季節的な均質性と相 関のよさはともに群を抜いている。これは,大気状態が比較的安定で持続性があるとともに,
周辺に短期的な振動を与えるような人工的な起源からのエーロゾルの寄与が少ないことを示唆 する,と考えることができる。このような意味から,土佐清水はバックグラウンド的な代表性 をよく備えた地点であると言える。
4.浮遊ふん塵濃度と混濁係数の関係
地方自治体が公害対策の一環として測定を行なっている浮遊ふん塵濃度の2ケ月平均値と混 濁係数のそれとの関係を木L幌と福岡の場合について求めた。その結果をFig.8に示す。統 計期間は1972年4月から79年3月の7年間であるが,この時期は福岡でのβの再上昇期と対応
している。浮遊ふん塵濃度の測定値は,環境庁の年報により木L幌では4測定局,福岡では3測 定局について平均した。しかしながら,それらの関係は意外によくない。図にみられるように,
札幌の11・12月期にかなりよい比例関係がみられるほかはほとんど無関係に等しい。浮遊ふ ん塵濃度は昼夜24時間連続的に測定されるものであるから,直達日射とは測定の時間的密度や 気象条件が異なる。さらに,大気全層のエーロゾルによる消散から得られる混濁係数と接地気 層の極めて局地的なエーロゾルを測定する浮遊ふん塵では性格も異なる。従って,少なくとも
β α25
α20
0.15
0.10
0.05
▲
ム
● ▲
●▲
餌
ム
▲ ●
■
●
●
o
▲
口
0△ △
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口 ム ロ 0 匿 △o o
o
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SAPPORO
o Jan.&Feb 8JuL&Aug.
●Mar.&Apr ムSep。&Oct
▲May&Jun, ロNovし&Dec,
o
0 20 40 60 80
SUSPENDED FARTICULAτE(μg m3)
β 0.25
α20
0.15
0.10
α05
●
口
▲
ム
▲
●■ 』ρ目
昌●
ム ▲ 巳9
0 ム
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0
口
FUKUOKA
o
o Jan。&Feb・ ■Ju巳.&Au9
●Mar&Apr △Sep.&Oct.
▲険』y&Jun。 ロNovレ&Dec.
ム 0
0 20 40 60 80 SUSPENDED PARτICULATE(μg m3)
Fig.8 Relations between the bimonthly mean values of suspended
particulateandthecorrespondingvaluesofβforSapporo and Fukuoka.Statistlcal period js taken from1972to1978.
日本における大気混濁の19フ0年代の特徴と経年変化についての考察 97
月平均値のような資料を用いて浮遊ふん塵濃度から大気混濁係数を推定することは非常に困難 であることがわかる。また,逆のことも言えるから,両者はそれぞれの特性を生かしながら,
独立に観測される意義を十分認識する必要がある.
5.ま
と め1970年代の大気混濁係数の推移は,(1)都il∫で続けて来た減少傾向が再び増加に向い始めてい ること,(2)清浄な地区ではこの10年間目立った変化がなく安定していること,の2つに要約で きる。しかし,福岡や札幌での最近の再上昇の原因については明確な証拠を示すには至らなか った。1960年代からの経年変化が示すように,この20年間のあいだに,日本列島は壮大な大気 汚染の実験とその防止対策とをワンセットの形でやり終えた観がある。汚染の勢いもすさまじ かったが,防止の努力もまた堅実で高く評価されてよい.しかし,福岡や札幌などの再上昇は 大気汚染の別の形での進行の可能性として警戒する必要がある。最近のNOx濃度などの規制 緩和が直ちに混濁係数に反映するかどうかははっきりとは言えないが,大気混濁係数は比較的 正直に大気の汚染状態を表わしているように見える。
1960年代がそうであったように,混濁係数の変化の原因をもっと明確にとらえることが望ま れる。ここに図示した多くのものは主に都市大気の汚染によって説明できると考えられるが,
成層圏にまで達した火山灰の効果も量的に把握する必要がある。その意味で,潮岬や土佐清水 の大気混濁が比較的落着いているときだけに,1980年5月のSt.Helens山の噴火の影響が どの程度,あるいはどのくらいの期間にわたって現われか,非常に興味深いことである。それ によっては,60年代中期の急上昇に対する解釈が一部改められる可能性も十分ある。
今後のturbidity観測の主流となるサンフォトメーター体制のなかでも,これらの課題に対 する研究の発展を期待したい。
謝 辞
本研究に用いた直達日射の観測資料は気象庁測候課およびネ副嗣管区気象台で収集した。その 際,特に,気象庁の関根正幸前輻射係長,山内豊太郎現輻射係長および福岡管区気象台の堤次 郎前観測課長には各種の御援助をいただいた。また,これに附随する気象データは長崎海洋気 象台海上気象課を利用し,竹内畏図書係長に種々の便宜を計っていただいた。さらに,浮遊ふ ん塵濃度のデータは長崎県衛生公害研究所より入手したが,その際,大気科の渕義明研究員に お世話になった。上記の機関および職員各位に心から謝意を表します。
なお,データの処理には九州大学大型計算機センターおよび長崎大学情報処理センターの計 算機を利用した。
終りに臨み,本研究の基盤を筆者の一人(荒生)に御指導下され,1980年2月他界された,
故山本義一先生の御冥福を慎んでお祈りします。
参 考 文 献
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