紛争解決における当事者の変容過程に関する考察
外 村 晃
は じ め に
社会あるところには必ず紛争が起こりうる。その規模や内容は異なっても、我々人類はこれまでの 長い歴史の中で何度も紛争を繰り返してきた。そのような状況は決して過去の出来事ではなく、残念 ながら昨今の社会傭勢を鑑みても今後も紛争は絶えず繰り返されるように思われる。我々が人間とし て他者と関わりを持って生きている以上、紛争はどんな場面においても絶えず付きまとう。
その一方で我々は、紛争の解決や予防についても同時に研究を重ねてきた。それが「紛争解決」と いう学術領域である。当領域においては、我が国では「紛争」の他に「葛藤」が(「葛藤解決」など)、
また「解決」の他に「管理」という言葉(「紛争管理」など)が用いられている。また国際的では、
前者はDisputeやConflict、後者はResolutionやManagementが用いられている。本稿においては、
筆者の判断で当領域を「紛争解決(ConnictResolution)」という語句で統一する。
これまでに行われてきた紛争解決関連の研究においては、当事者双方が可視的に対立している(し ばしば紛争状態にある当事者双方が主張している)利害を交換や統合によって解決することに焦点が 当てられてきた。だが現実の紛争において、そのような紛争解決の理論を実際に現実の紛争解決へと 応用する際、それらは様々な限界にぶつかる。紛争の主体が人間である以上、時として交換や統合だ けでは紛争の解決は結びつかない場合が存在するのである。
個人間の紛争に限って言えば、当事者双方が主張する利害の対立にはしばしば個々人の文化や思考 (価値観)、時として両当事者間に存在していた関係性など様々なものが影響する。もちろん可視的な 対立の周囲にそれらが潜む紛争について研究がなされなかったわけではなく、むしろそれらの影響が 持つ複雑さ、困難さ故に、しばしば「解決不能な紛争」と指摘されている!。例えば、宗教や文化な
ど個々人の価値観やアイデンティティに関わる紛争、さらには刑事事件における加害者と被害者、あ るいは医療事故における医療者側と患者側など、当事者間の関係性が重要となる紛争一従来の解決 理論では解決が困難になるものは、現実社会において多々発生していることは周知の通りである。
そのような個々人の人間性、そして個人間の関係性が非常に重要となる個人間の紛争において、そ
の解決を図るためには何が必要となるのだろうか。この問いに対して、筆者は「当事者の変容」の必
要性を挙げたい。その理由は2つ挙げられ、1つは紛争における「主体」とは、当事者の利害や関心
ではなくてあくまで人間としての「当事者」だからである。これまで利害や関心の変容に着目してき
たならば、同様に「当事者」の変容についても着目すべきと考えるからである。2つ目に、当事者が
変容されれば、単に1つの紛争が解決するだけでなく、将来的に多くの紛争が未然に防がれると考え
られるからである。利害や関心に基づく解決ではその紛争だけにのみ作用するが、「当事者の変容」
204 外 村 兇
によって紛争が解決されれば、当事者において変容の経験は永続的に継続すると考えられるため、将 来的に起こりうる紛争の発生を未然に防ぐ、あるいは自力で解決できるようになる、と考えられるか らである。では、紛争解決において「当事者の変容」とは何か、「当事者の変容」によって紛争は本 当に解決へと至ることができるのか、そして紛争状態にある当事者を変容させるためには一体どのよ うな過程が必要なのか。これらの問いについて理論的検討を行うのが本稿の目的である。
主題に入る前に、縦者が念頭に股いている「紛争」、そして「紛争解決」について予め示しておき たい。本稿ではいくつかの先行研究を取り上げているため、「紛争」及び「紛争解決」の定義につい ていくつか異なったものを提示している。しかしながら、本稿での検討において筆者が念頭に侭いて いる「紛争」とは、主に1人対1人という個人間のものであり、また「2人の当事者の間において、
ある出来事がきっかけとなり、両者の関係性が否定的なものとなり、当事者双方が互いにとって非生 産的な活動に向かってしまう状態」である。そして「紛争解決」としては、筆者は「両当事者に肯定 的な関係性がもたらされること(あるいはそれまでの関係性が修復されること)、そして当事者双方 が互いのために生産的な活動に取り組めるようになる状態」を念頭に置いている。
本稿ではまず、これまでになされてきた紛争解決領域の先行研究に触れ、紛争解決における当事者 変容の必要性について考察する。紛争解決は比較的新しい学術領域であり(レビン小林2006, p、896)2,様々な分野の研究者によって紛争・解決に関する多くの研究がなされている。今回は3つの 紛争解決理論を取り上げている。1つ目は、紛争解決理論の基礎と言われる交換理論において、「許 容性」と「贈与」の概念を取り入れたボールディング(Kenneth.E・Boulding)の理論である。2つ
目は、ボールディング同様交換理論をその韮盤としながらも、「統合」の概念を加えたフオレット (MRFollett)の理論である。3つ目は、近年紛争解決領域において新たな概念として提唱されてい
る変容理論である。変容理論については、今回ヴァイリネン(RaimoVayIynen)とレデラック(John PaulLederach)の研究を基に考察を行った。これらの既存の紛争解決理論の考察を通じて、紛争解 決領域における「当事者変容」の必要性について検討する。
それら先行研究批評を踏まえた後、紛争解決における「当事者の変容」の過程について考察を行っ ているが、今回は紛争解決領域において既に実践されている2つの当事者変容に焦点を当てた方法論 を取り上げた。また両方法論の考察においては、社会学者ミード(George.H、Mead)の社会的自我
論と呼ばれる理論の観点を用いている。
1.交換理論及び統合理論における当事者変容の必要性
これまでの紛争解決領域において紛争の一般的な概念とされてきたものは「競争」であり、その解 決方法とされてきたのは「交換」である。本章ではそれを踏まえた上で、「交換」の欠陥を克服する ためにボールデイングによって提唱された「許容性による交換」と「贈与」の概念を、そしてフォ
レットによって提唱された「統合」の概念を取り上げ、当事者変容の必要性について考察する。
1.1.紛争としての「競争」、解決としての「交換」
紛争解決領域の第一人者と商われている3ボールデイング(Boulding,1962)は、経済学の観点から
紛争について研究を行っており、彼は紛争には一般理論というものが存在すると指摘し、全ての紛争
に共通する基本的類似性について考察している4.その中で紛争という状況については以下のように
述べている(p、9)。
紛争とは競争のある状態であり、そこではいくつかの当事者が潜在的な将来の位置が両立しえないこ とを意識(aware)していて、しかも、各当事者がほかの当事者の欲求と両立できない一つの位置を 占めようと欲求し(wish)ているような競争状況と定義されうる。
また競争については「二つの行動単位の任意の潜在的な位置が相互に両立しない場合」(p9)とし、
紛争と競争との関係については、競争は紛争以上に広いものであり、あらゆる紛争も競争を含むが、
競争は必ずしも紛争を含んではいないと指摘している。
つまり、ボールデイングによれば、紛争とは競争の一種であり、そして紛争には当事者間において、
「意識が存在しなければならないということともに、両立できない欲求あるいは欲望が存在しなけれ ばならない」(p,10)状態だと言う。
加えて、社会心理学者であるドイッチ(MortonDeutsch,1973)も、紛争と競争の関係に注目して いる5.しかしながら彼は、「競争(COmPetitiO、)は紛争(COnniCt)をつくり出すが、紛争は紛争の
諸例からいって、必ずしも競争を反映しているとは限らない」(P、9)と指摘している。この見解は先 に挙げたボールデイングの定義とは異なっているように思われる。競争に関してドイッチは、「当事 者の相互に独立した諸ゴールの対立を内包している」(P、9)ものだと述べており、また紛争について は「知覚上か実際上かの目的に矛盾がないときでさえ、紛争が生じることがある」(P、9)としている。
彼が言うには、紛争とは常に競争関係なのではなく、紛争には、「協調的要素」と「競争的要素」が 混ざったものであり、紛争には破壊的な側面と建設的な側面との2種類があるのだという。「協力関 係 に あ る 当 事 者 問 の 紛 争 の 方 が 競 争 関 係 を も つ 当 事 者 間 の 紛 争 よ り も 、 破 壊 的 で な い ら し い 」
(p、350)という仮説の下、彼は紛争が破壊的になるのを防ぎ、それを建設的なものに変えるかという 観点から、後に「協調と競争の理論」と呼ばれる紛争理論を確立した6.
このような「競争」と定義される紛争を解決するための概念として、「交換」という概念が提唱さ れている。以下、紛争解決における交換理論について考察を行う。
レビン小林(2003)によれば、交換とは「資産の所有者がもう一人の所有者と、主有する資産の一 部を相手に移動させることで成立する経済的活動」だという。同時に、交換で紛争の終結を図るには
「送り手と受けての資産総額が交換後も同じでなければならない、少なくとも、交換の当事者はそう 納得していなければならない」必要があるとも述べている。交換の後に、当事者の資産総額が前より
も低くなってしまうこと、あるいは当事者がそう感じてしまう場合、交換は難しくなり、加えて当事 者の関心が表面的な部分において同じものを求めた場合も同様となる。これは紛争解決における交換 理論の持つ致命的な欠陥であるが、ボールディングは「許容性」という概念を提示し、この欠陥を克 服しようと試みた(Boulding,1962)。彼はどんな状況下にあっても当事者には交渉可能な範囲があ
ると言い、その前提の下で「自分が交換できるものを取り上げ、それらの価値を順序付けし、自分が 相手から何を得るために何を放棄できるかを考える」(レビン小林2003)ことを紛争の当事者に提案
している。紛争解決における交渉において、許容性が及ぶ範囲(「交渉領域」)を拡大させることで、
交換に対する当事者の納得の可能性を高めようと試みたのである(図l)。
しかし、この新たな交換理論を提唱するにあたって、ボールディングは、「どちらか一方の当事者
Md
206
」戸 /、
、/ 一「
P ’ I
外 村 兇
図1交換理齢における「許容性」の概念レビン小林(2006)の解説を参考に筆者作成 許 容 性
、回′
に許容できるようになるのは、その当事者が、他の当事者と喜んで交渉の決着をつけようとする、あ るいはある種の継続的な関係に入ろうとする場合である」(p24)とも指摘しており、この理論によ る紛争解決は「当事者の関係性の肯定的変化」をその前提条件としているように考えられる。しかし ながら、彼はどのような過程を経れば紛争当事者の関係性が変化するかについてはこの中では触れて いない。そこで彼は、「当事者の関係性の肯定的変化」をもたらす機会について、「贈与の理論」と呼 ばれる理論の中で言及した(Boulding,1973)7.
ボールディング(Boulding,1973)の言う「贈与」についてレビン小林(2003)は、「資産の所有
権が送り手から受け手へと一方向に移動すること」を指し、双方向の交換ではないこと、また賄与に 関しては送る側は受け取る側の同意は必要ないものと解説している。加えて贈与には贈り物と貢物と の2種類があるといい、贈り物は「受け手の福祉を案じる気持ち、愛から生まれる善意の表現」であ り、一方貢物は「恐怖や脅迫から生まれる資産の移動」だとされる。贈り物についてボールデイング は「贈り物の受け手は、ほとんど無意識の債務感を抱くことがしばしばある」と言い、一方の当事者 が他方へ贈与を行った場合、その結果として「債務感の相乗効果が働きだし、双方の間に好意、誠意、
信頼などがはぐくまれ」るという(レビン小林2003)。
この贈与の理論は、先に挙げた許容性の概念を紛争の当事者にもたらすための1つの機会として考 察されたものだと思われる。しかしながらこの「贈与」によって「当事者の関係性の肯定的変化」を 生み出すことを提唱している一方で、時に深刻な敵対的関係に陥ることもある紛争の当事者に、相手 に「贈与」を行うよう促すような動機付け、あるいはその過程についての解説は行っていない。
以上、紛争を「競争」と捉え、その解決を図るために「交換」という概念を用いた先行研究を中心 に検討を行った。これまでの検討で導き出されたことは、「交換」という可視的な部分による解決だ けでは限界があること、そしてその限界を克服するために2つの理論が提唱されたが、その理論の前 提には当事者の変容が必要性となると考えられることである。
しかしながら、紛争を別の事象として捉えた場合、当事者の変容を必要とせずに紛争が解決される
可能性もある。そこで次節では、紛争を「差違」と捉え、その解決として「統合」の概念を導き出し
た研究を基に、再度考察を試みることにする。
1.2.紛争としての「差違」、解決としての「統合」
経営学の祖と言われるフォレットは、紛争を競争ではなく差違と捉えるべき、と既に1900年代初頭 に述べている(Fouett,1925)8・彼女は「対立(conflict)は戦いであるとは考えないで、相違
(difrerence)、すなわち意見の相違、利害の相違が表面に出たものであると考える」(p,41)と指摘し
ている。その概念は近年の研究者も支持しているようにみられ、平和構築分野のオリバーらもまた、
紛争とは競争ではなく差違である、としている(oliverら、2005)9.彼らは、「紛争は、社会変化に
固有で不可避な側面であり、社会変化によって起こる新しい構造が、それまで受け継がれてきた制約 に相反した結果生じる、利益、価値、信念の差違の表れである」(p,38)と定義しており、フオレッ
トの挙げた「差違」に「社会変化」という概念を加えている。
フオレツトは、「産業における人間関係(personalrelations)」(p、41)に関する紛争という枠組みで、
「対立自体が善であるとかあるいは悪であるとかと考え」(p、41)ないという視点で、対立の扱い方に ついて以下のように述べている(p42)。
対立一すなわち相違一は、現にそれを避けることのできないものとして存在する。だから、むしろそ れを利用することを考えなければならない。われわれは、対立は悪であるとして非難するのではなく、
逆に対立をしてわれわれのためになるように働かせるべきである。
フオレットは対立を当事者の利益とするための方法、すなわち紛争解決の概念として「統合」による 紛争解決理論を展開している。「統合」による紛争解決理論の説明として、彼女は「二つの異なった 相対立する欲望が統合されるといった場合には、その二つの異なった欲望がそれぞれ満たされ、いず れの側も何ひとつ犠牲にすることのない解決方法」(p,44-p、45)だと記している。
フオレットの統合理論は、後の紛争解決理論に多大な影響を与えたと言われている。この理論は、
当事者の関心を表面的な部分からその内なる部分、つまり主張や要求の理由に向けることで交換理論 の欠陥の克服を試みようとしたものである(図2)。この理論は後に、フイッシャー(RogerFisher)
とユーリ(WilliamUIy)によって提唱された"Win-WinResolution”(FisherandU1y,1981)’0と呼ばれ
る、現在の紛争解決実務における主流の方法論の礎となっている(レビン小林2006,p,899)。
しかし、フオレットは「統合」の概念を提唱すると同時にその限界についても指摘している。彼女 は、「私がはっきりと指摘しておきたい点は、どんな場合でも統合が可能であるとは考えていないと いうことである」(P,50)と述べ、統合が不可能である例として当事者の双方が唯一のものを求めた 場合を挙げている。これは先に触れた交換理論の欠陥でもあり、加えて彼女は「ただある特定の対立 が解決されると、次の対立がもっと高い水準で発生する」(p、49)とも述べている。これら彼女の見 解に加えて、当事者の関係性が深刻な敵対関係にある場合も挙げられるだろう。なぜならば彼女は
「統合を実現するための第一原則は、まずすべてのことをさらけ出し、真の問題の核心に直面し、対 立を表面に出し、すべてのことを明らかにすることである」(p、54)と述べており、仮に何らかの理 由で紛争当事者が対立に関する諸々のことを相手に開示しない場合、「統合」による紛争解決は成立
しないと考えられるからである。
これまでみてきたように、統合理論は確かに交換理論の欠陥の一部を克服した解決理論ではあるが、
その全てを克服できていない。フォレットの理論の前提には、紛争の両当事者が解決のために全てを
根 拠 1 1
208
. . . :
。
・
・
・
.
● ● ● ● ● 々 々
▼
紛争は、解決のための取り組みが目に見える形で発展していなくても絶え間なく変容されている。実 際の問題として、関心や価値観に関する多くの深刻な紛争(lntractabIeConflict)は変容過程によっ
てのみその解決が見出される。紛争変容はいくつかの異なった方法によってもたらされる。
2.紛争としての「機会」、解決としての「変容」
2.1.ヴァイリネンによる変容理論
紛争解決学領域の研究者であるヴァイリネン(Vayryllen,1991)は、国家間における政治的暴力と
いう紛争に関してではあるが、従来の紛争解決理論ではなく、新たな紛争解決の理論が求められると 指摘し、変容理論について言及している''。彼によれば、「紛争解決(connictresolution)は平和への、
少なくとも消極的な平和への指針であり、同様に社会秩序や経済発展といったその他の価値を提供す る」(p,l)としながらも、問題解決(problem-solving)の理論は紛争解決に対する理解から遠ざかっ
ていると指摘している。加えて問題解決理論や紛争管理(connictmanagement)の理論において視点 をさらに拡大するべきだとも示唆している。
そこで彼は紛争変容(ConnictTYansfbrmation)という言葉を用いて、政治的暴力に関する紛争の
解決のために4つの変容を提言している。紛争解決に変容の概念が必要とされる理由として、彼は以 下のように述べている(P、4)。
」戸 /、
F '
、 - / 1 1 根 拠
外 村 晃
「紛争変容」をもたらす「いくつかの異なった方法」について、ヴァイリネンは「当事者変容(Actor 'Iransfbrmation)」、「問題変容(Issue'noansfbrmation)」、「規範変容(RoleTYansfbrmation)」、「構造
変容(Structural'nPansIbrmation)」の4つ変容を挙げている(p,4-p6)。「当事者変容」とは「紛争に
.
. . .
. ・
・
・
・ 強 { 砺 ・ 非 ・
・
・
. .
.
図2交換理論における「統合」の概念レビン小林(2006)解説を参考に筆者作成
明らかにする必要があり、それはボールデイングの理論同様、そのためには当事者間において肯定的 な関係性が、あるいは肯定的な関係性が生み出されるための何らかの取り組みが必要と考えられる。
前節、そして本節において「競争」あるいは「差違」という視点で紛争、そしてその解決の概念に ついて考察を行ったが、どちらの視点においても解決理論の前提には「当事者間の肯定的関係性」そ してそのような関係性へと至るための機会あるいは過程が必要であると思われる。筆者はその機会、
過程とは肯定的関係性構築のための「当事者の変容」を目指すものだと考える。そこで次節において、
紛争を「機会」と捉え、当事者の変容の必要性を指摘している「変容」の理論に触れ、紛争解決にお
ける「当事者の変容」の必要性についてより深く考察していくにする。
対する多数当事者における内的変容」と「新たな当事者の出現と承認」の両方を意味しており、「問 題変容」とは「既存の目的(agenda)を支持している政治的立場を変えること」を意味していると いう。また「基準変容」とは「当事者が相互関係において従うことが期待されている規範を再定義す ること」であり、「構造変容」とは「当事者間の力の分配がはっきりと変わること」、そして「当事者 間の相互関係の経験が質的に変わること」の両方を意味しているという。これら4つの変容について 言及した上で、彼は、変容理論の見方は「紛争解決は、ただ単に当事者がお互いに争っている関心を 調整する、段階的・合理的な手法であるだけでないことを示す」と言い、紛争そのものを変化させる 概念について言及した(p、6)。
当事者の変容ついて彼はさらに、当事者が変容することは、紛争解決の領域の拡大、そして紛争に 存 在 す る 既 存 の 規 範 の 変 化 を 意 味 す る 、 つ ま り 紛 争 そ の も の が 変 容 さ れ る こ と だ と 指 摘 し て い る
(p4)。しかしながら当事者変容のための具体的な過程、または当事者変容によって当事者はどうな るのかについて具体的に明記されていない。これはヴァイリネンの変容理論が政治的暴力という多数 当事者における紛争に焦点を当てているためだと考えられる。その一方で、「現実において、当事者 の変容はたいてい部分的で限定的である」(p、4)と言い、紛争解決における当事者変容の困難さ、不 完全さを示唆している。彼の指摘によれば、紛争解決における「当事者の変容」は紛争の構造そのも のを変化させ、また深刻な紛争をも解決することが可能である一方、「当事者の変容」とは「部分的」、
「限定的」なのである。
他方、同じく紛争解決領域の研究者であるレデラック(Lederach,2003)も変容理論を提唱して
おり、彼の理論は様々な紛争に適応できるとされる'2。そこで以下彼の変容理論に基づき、紛争解決 における当事者の変容について再考を試みる。
2.2.レデラックによる変容理論
レデラックは、解決(resolution)と変容(transfbrmation)の概念の違いについて、解決の概念は
「望まないことをどのように終結させるか」について焦点を当て、一方変容の概念は「望まないこと をどのように終結させ、そして望むことをどのように構築するか」に焦点が当てられている、と説明 している(p29-p、30)。加えて変容理論における紛争観については「人間関係において通常ものであ
り、また紛争は変化の原動力である」(p,5,p、18)と言い、また「脅威として紛争を捉えるよりも、
我々は紛争を自己、他者、そして社会構造に対する理解を育み、高める機会(opportunity)として
理解することが出来る」(p,18)と述べている。レデラックの指摘する「機会」として紛争を捉える 視点は決して新しいものではなく、先に挙げたドイッチ(Deutsch,1973)が既に1970年代に言及して
いる。彼はそれを「紛争の持つ積極的な機能」と言い、以下のように紹介している(p7-p、8)。
その紛争は停滞を防ぎ、関心と好奇心を刺激し、それによって風通しをよくして問題を解決に導かせ る媒体であり、個人的社会的変化の根源でもある。紛争はしばしば自分自身を調べ評価する過程の一 部なのであり、たぶん自身の才能を充分かつ積極的に使う喜びを経験させるような、大変に楽しいも のであろう。
紛争を肯定的事象と捉える変容理論の説明として、レデラックは次のように述べる(p、22)。
210 外 村 晃
暴力を減少させ、社会栂造や直接の相互作用において、正義を増大させる建設的な変化の過程を栂築 するための、生命をもたらす機会としての社会的紛争の満ち干に対して、それを心に描くこと、また それに応答すること、加えて人間関係における現実の生命の問題に応答することである。
つまりこの変容理論における「紛争」とは、人間関係から生じるものであり、そしてそれは破壊的 なものではなく建設的な変化を生み出す機会なのである。紛争と人間関係との関係性について彼は
「紛争は関係性からもたらされ、また関係性へと戻る」(pl7)と指摘し、特に人間関係の不可視部分 に関心を向けることを示唆している。変容理論の観点から彼は、関係性という言葉は「直接的な相互 作用」と「我々が構築する社会、政治、経済、文化」とを含むと指摘しており、その質の中心に根付 いているものは平和であるという(p、20)。そして変容理論における平和とは「終結」としての平和 ではなく、「関係性の質の持続的発展」と考える(p21)。そのような平和の実現、つまり紛争の「建 設的変化」を促進させるための基本的な方法として、彼は対話を挙げている(p、21)◎対話は個人的 な側面においても構造的な側面においても、正義と平和の実現に必要な要素だと指摘する(p,21)。
変容理論の過程とはまさしくその紛争の建設的変化へ向けた過程であるとレデラックは言い、この 理論の中核は、「どのように紛争を破壊的な状態から建設的な状態へと向けさせることができるの か」というものだとしている(p,19)。
これまで紛争の建設的な側面ついて触れてきたが、一方紛争の破壊的な側面とは一体どのようなも のであろうか。その点についても、ドイッチ(Deutsch,1973)の研究が参考とされる。彼は紛争の
破壊的な側面の1つとして、当事者が相手に対し「妨害、障害を引き起こし、干渉し、傷つけ、ある いはある手段で他者の行為を起こしにくくしたり効果を低めたりする」(p9)と指摘する。このよう な当事者間に否定的な競争関係が生まれた紛争をドイッチは「破壊的紛争」と呼ぶ。加えて彼は、
「破壊的紛争」の特徴として「膨張する傾向」と「エスカレートする傾向」があると言及している。
「破壊的紛争」の「膨張する傾向」については、
紛争の範囲の拡張と平行して、パワーの方略、脅し、強制、だましの戦術、にますます頼ることが なされる。これに対して、説得の戦略、および和解と差異の縮小化、相互理解と相互好意の拡張、と いった方策とかけ離れた変化が存在する。
と述べ、また「エスカレートする傾向」については、
三つの相互に関連し合う過程一つまり(1)紛争に勝とうとする試みと関連した競争過程、(2)誤 知覚の過程、および偏見を持った知覚過程、(3)認知的一貫性と社会的一貫性をつくり出そうとする 圧力から生じるコミットメントの過程一の結合から生起する。
と指摘し(p、351)、その結果として「破壊的紛争」では、「実質的損失と不満、関係悪化、少なくと も当事者の一方は否定的心理効果」が生まれるとしている。
このような紛争は「長引いた争い(ProtractedDispute)」、あるいは「解決不能な紛争(Intractable
Conflict)」と形容され(レビン小林2003)、紛争解決学の研究者コールマン(Peter'mColeman)は
「深刻な紛争は、緊張と破壊が高低するサイクルを描き、大きな社会的、経済的犠牲を伴い、当事者 の日常生活に深い影瀞を及ぼす」(p、364)と言及する(Kriesberg,1998:Coleman,2003)’3.
このような深刻で破壊的な側面を持つ紛争を、レデラックの変容理論ではいかに建設的な側面へと 変えていくのだろうか。彼の変容理論に基づけば、紛争は当事者に4つの変化一個人、関係、構造、
文化という4つの枠組み(図3)において変化をもたらすという(p23-p、27)。
連 ノ ノ
関係的
探 究 1 : 現 在 の 状 究 2 : 未 来 へ の 地 平
これら5つの能力を紛争の渦中にある当事者が持ち合わせていれば、紛争は破壊的なものから、建 設的なものへと変容させることが出来るとレデラックは言う。またその変化の過程において彼は当事 者の変容にも焦点を当てており、彼の言う当事者の変容とは、「社会的紛争の破壊的効果を最小限に し、加えて精神、感情、知性のレベルにおいて個々の人間として成長、そして健全へと向かう可能性 (潜在能力)を最大化すること」だという(p、27)。しかし、ヴァイリネン同様、その具体的な変容過
1111j l2345 くくくくく
文 化 的
榊造的
探究3:変化の過程の発展
図3紛争変容の概観図Lederach(2003)より引用(p、35)
変容理論における「変化の過程」とは、これら4つの枠組みにおいて取り組む過程を指すという。
紛争を破壊的なものから建設的なものへと変容させる「変化の過程」には、当事者に5つの能力を高 めることが必要だと指摘しているMo
紛争の可視部分と不可視部分のどちらにも関心を向けられるための複眼的な視点 時間軸において短期的、長期的な対応を考えられる能力
紛争を「二者択一すべき問題」から「相互依存する目標」として転換できる能力 紛争の持つ複雑さに対応できる(敵ではなく味方にできる)能力
アイデンティティの声に耳を傾ける能力
212 外 村 兇
程については、詳細な言及がなされていない。
以上、ヴァイリネン、そしてレデラックの両者が提唱する変容理論を考察した。共通していたのは、
紛争解決のためには紛争を破壊的なものから建設的なものへと変容させる必要がありそのためには当 事者の変容が必要になること、そして当事者の変容の必要性に触れていながらもその過程については 詳細な喬及がなされていないこと、の2つであった。そこで紛争解決における当事者の変容過程につ いて考察するために、次章では紛争解決手続の1つとして多分野で実践されている調停(Mediation)
に焦点を当て、2つの方法論について考察を試みる。今回取り上げるのは「変容的調停('n.ansfbrmative MediaUoIl)」、そして「説話的調停(NarrativeMediation)」と呼ばれる調停である。それぞれが前提
としている紛争、紛争解決、そして当事者の変容に関する世界観を踏まえた上で、両方法論における 当事者変容の過程についてみていくことにする。
3.紛争解決における当事者変容の二方法論
紛争解決学領域においては、数こそ限られているが既に紛争当事者の変容に関心を寄せている実践 理論が既にいくつか存在している'5.本稿では今回調停という紛争解決手続に着目し、当事者の変容 に関心を寄せる2つの方法論を取り上げ考察する。それらは「変容的調停」、「説話的調停」と呼ばれ、
近年注目されている(Pruitt,2003)’6。先に挙げたレデラック(Lederach,1995)’7は、調停につい
て「成功した調停は関係性の再構築へと導き」(pl3)、また「紛争における深い気づきに基づき、相 互理解を育み、深め、一方敵対心を緩和させる」(pl5)と指摘している。
調停紛争の定義について、解決学領域の研究者・実務家であるムーア(Christopher・WMoore,
2003)は鵬、「調停とは、通常、交渉や紛争において、当りi者が選んだ第三者(調停人)が実行する介 入」(pl2)であると定義しており、また調停人について「もっぱら、紛争中の問題について、当事 者が受け入れられる和解に自主的に達するよう、サポートするだけである」(p、12)と述べている。
こ れ よ り 調 停 に お け る 当 事 者 変 容 の 方 法 論 の 考 察 に 移 る が 、 ま ず 次 節 に お い て は 、 「 承 認 (Recognition)」と「エンパワメント(Empowerment)」という2つの概念によって紛争当事者の変
容を試みる変容的調停と呼ばれる方法論を検討する。この方法論は米国の2人の研究者、法学者であ るブッシュ(RobertABaruchBush)と詩語学者であるフオルジャー(JosephRFolger)によって提
唱された1,.
第2節において取り上げる方法論は、「脱榊築(Deconstruction)」、そして「外在化 (Extemalization)」と呼ばれる概念によって当りf者の変容を試みる、説話的調停と呼ばれる方法論で ある。これはニュージーランドの2人の研究者兼実務家である、ウインスレイド(JohnWinslade)
とモンク(GeraldMonk)によって、紛争解決における方法論として深められたものである釦。
3.1.変容的調停理論による「当事者変容」の過程 I変容的調停(TransfbrmativeMediation)理論の世界観
ブッシュとフォルジャーは、調停を「紛争の渦中にいる当事者が、解決のための課題や可能性を探
求または話し合う際に、第三者が当事者の紛争の相互作用の質を否定的または破壊的なものから、積
極的または建設的なものへと変化させるのを援助するために働きかける過程」と定義している(Bush
andFolger,2005,p、65-p66)。
またプッシュとフォルジャーは変容的調停を説明する際、個人的世界観、組織的世界観、そして関 係的世界観という3つの世界観を用いている21。
個人的世界観(自己主張の世界観):
この世界観では、自立性が個人的強さを示すものであるため良いとされ、その一方でつながりやし きたりは弱さや依存を示すものとして悪いとみなされる。レビン小林(2003)はこの世界観を「自己 主張の世界観」とし;以下の解説を行っている(p、270)。
この価値観を持つ人は、自己啓発に努め、困難にチャレンジし、成功を収め、そして、豊かで満足感 あふれる人生を肯定する。活動家で努力家でもある反面、競争心が強く、根本において自己愛の強い 人でもある。このような人が紛争に巻き込まれると、相手より上手く立ち回ろう、少しでも有利な解 決を得ようという競争意識ばかりが先に立ち、紛争は収拾しても原因そのものは残存することになる。
組織的世界観(自己抑制の世界観):
この世界観では、つながりや他者に対する深い愛情が無我や献身さを示すものとして良いとされ、
他方自立性は利己を示すものとして悪いとみなされる。レビン小林(2003)はこの世界観を「自己抑 制の世界観」とし、以下のように言う(p、270)。
この世界観を抱く人は、何よりも他人との協調と調和を大切にする。紛争に際してはその回避のため に心を砕き、自分の利益、希望、幸せを後回しにし、相手や周囲のために不必要な譲歩を重ねる。
関係的世界観:
この世界観は、個人的世界観の独立性や自立性、そして組織的世界観の連結性や相互依存性のどち らもを人間を構成する要素として捉えており、それらを対立したもの、あるいは両立し得ないものと はみなさない。加えて「関係的世界観」という言葉は、「今日において多くの分野で人間と社会的相 互作用の世界観との意味合いで用いられている」と彼らは指摘しており、また「関係的世界観の本質 は紛争の相互作用である」としている(BushandFolger,2005,p252-p、253)。関係的世界観の概念は、
「作用(agency)とつながりにおける人間の感覚に対して、大きな挑戦の瞬間を生み出す紛争の相互 作用の積極的視点を強く導くもの」と指摘している(BushandFolger,2005,p252-p,253)。
ブッシュとフオルジヤーによれば、変容的調停は関係的世界観に基づいた調停理論だと主張してい る(BushandFolger,1994/2005)。では、彼らの考える紛争状態とはどのようなものなのだろうか。
彼らは紛争について以下のように述べている(BushandFolger,2005,p44-p、46)。
人々が紛争について最も明確に分かることは、たとえどんなに重要だとしても、権利や関心に対する
自身の満足、あるいはその追求が妨げられることではなく、自身や相手に対し不快な方法で振舞うよ
う導いたり無理強いさせたりするものだということである。
214 外 村 晃
そして彼らは、紛争が人々について最も作用するものとして、「人間の相互作用の危機」を挙げてい る(BushandFolger,2005,p49)。
Ⅱ当事者変容の必要性22
「人間の相互作用の危機」について、ブッシュとフオルジャーは、弱さ(Weakness)と無力感 (Incapacity)、そして自己中心(自己完結)(SelfLAbsorption)を挙げ説明している。紛争状態になる
と、人は以前の状態に比べ「関係的な弱さ(RelativeWeakness)」を感じるという。それは「困惑、
疑心、不確実性と煮え切らなさが伴う、状況をコントロールできないと嘘じる感覚」だとしており、
このような「弱さ」の感覚は、紛争に対する人々の反応としてはごく自然なものだと彼らは指摘する。
この「弱さ」についてレビン小林(2006)は以下のように説明している(p908)。
対立関係あるいは非承認の状態にいる主体は、自分という人間が特定の他者から否定的に見られてい ることを意識し、それが原因で否定的な自己イメージを抱いてしまうと考える。そのような否定的自 己イメージは、主体自身を戸惑わせ、自信喪失と不安に陥れる。心中の動揺を周囲に悟られることを 恐れた主体は、虚勢を張り、声を荒げ、攻撃的に振舞う。
彼らは、当事者のこのような状態を克服するために必要なのは「弱さから強さへの変容(Moving hPomWeaknesstoStrength)」であると言い、これが変容的調停における当事者の変容である(Bush
andFolger,1994/2005)(図4)。
肯定的・建設的 エ ン パ ワ メ ン ト 相 互 作 用
息堂、鳩
否 定 的 ・ 破 壊 的 く こ 二
相 互 作 用 4
I I
I I
L - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 』
図4紛争の相互作用の変化BushandFolger(2005)、石原(2008)を引用
ではこの変容的調停の過程の中では、どのように当事者の変容が試みられるのだろうか。プッシュ とフォルジャーはエンパワメント、そして承認という概念を用いてが達成できるとしている。承認に ついてはレビン小林(2006)がその効果について分析を行っており、併せてそれも見ていく。
Ⅲ 当 事 者 変 容 の 過 程
変容的調停では、エンパワメントと承認という2つの概念を用いて当事者に変容をもたらし、紛争
の終結を試みている。
エンパワメント(BushandFolgeri2005,p、22,p、75-p、77)
エンパワメントによって、当事者は弱さからより大きな強さを持った主体へと変容すると彼らは言 う。このエンパワメントの概念について、彼はパワーバランスをもたらすものではなく、個々人の感 覚や能力の回復を意味すると指摘している。具体的には、自己の価値や強さ、そして生活上起こりう
る問題を決定し解決する能力の回復だとしている。
承 認
承認によって、当事者は自己中心的な状態から他者をより深く理解できる状態になると彼らは指摘 する。承認の概念として、個々人の認識、理解、状況と他者の観点に対する共感を喚起すること
(Evocation)が挙げられている。また承認は和解(Reconciliation)を意味するものではないとも述べ られている(BushandFolger,2005,p、22,p75-p,77)。
レビン小林(2003)は承認の解説として、当事者が自分の自己中心性と、相手の持つ正当性を合わ せて認めること、そして相手に対しての誤解と誤報に気付くこと、さらには自分と相手との関係を再 認識することと述べている。
このエンパワメントと承認との関係性について彼は、相互関係にあると指摘している(Bushand Folger,1994,PlO2)。つまり、人は他者から承認されると人はエンパワーされ、またエンパワーされ
た人は他者を承認できる、というものである。
Ⅳレビン小林(2006)による「承認の相互プロセス」の研究
なぜ変容的調停において、承認は当事者をエンパワーするきっかけとなり得るのだろうか。このこ とについてレビン小林(2006)23は、その理由について、ホネツトによるヘーゲルの承認論の解説を 元に考察を行っている。
レビン小林は、承認とは本来人倫を基盤にした営為であるとするホネットの解説と、承認は主体間 の相互プロセスであるという自身の見解を併せて示し、それゆえに当事者に承認は当事者に変容をも たらすきっかけとなりえるのだと指摘している。レビン小林は、承認とはそれ自体相手を尊重する意 識・姿勢を含んで」いるとのホネットの言葉を借りた上でさらに、「他者を承認するためには、その 前提として主体はその他者から承認されているということを知覚する必要がある。だからこそ承認と は相互プロセスである」と指摘している。加えて承認を「己の自己中心性について気付かせ、相手か ら承認されるために、利己心を制御し、人間性を高め、徳を磨くといった努力を主体に促すプロセ ス」だと言及している。
3.2.脱話的調停理験による「当事者変容」の過程(WinsladeandMonk,2000)
I説話的調停(NarrativeMediation)理論の世界観劃
説話的調停は、心理学の研究者として、またカウンセラーとしても活動するウィンスレイドとモン
クによって理論化された。説話的調停の理論は、「物語」を基盤とし、新たな個人のアイデンティティ、
216 外 村 晃
人間関係、共同体を創りあげること、言い換えればこれまでに自分自身を見つめてきた視点を変化さ せることを目指している。問題解決型調停の理論とは異なり、問題ではなく他者への理解と敬意、そ して「共同の物語」を基盤とする人間関係の発展に関心を寄せている。この調停理論は、対立を形作 る複雑な社会的要素を、調停人そして当事者双方が理解するのを目指している。
説話的調停の理論の世界観から見ると、対立とは個々人の欠陥から生まれるものではなく、人間関 係の中で構築されるものだと考えられ、対立は社会的な文脈から新しい自己やアイデンティティを発 見するための鍵となる。またそのような視点から見れば、対立状況の中で人々が表現する視点は、流 動性を持っており、多様で矛盾した主観性を生み出すデイスコース(Discourse)25の中で創り出され
ていると考えることができるという。そのようなデイスコースを揺さぶり、新たなデイスコースを作 り出す上で重要となるのが、後述する「脱構築」と「外在化」の概念である。
Ⅱ当事者変容の必要性26
説話的調停の理論の背景には、人々は常にある視点から、ある文化的な位置から物事を眺めている という前提がある。人々は自分の経験を全て物語の形式で体系化し、その出来事の物語描写を通じて 対立を構築させるという。対立は、あらゆる共同体の中で、様々な意味が競合する社会文化的な環境 や規範の中で生まれる。そのような中で構築されることで、対立には民族、性別、階級、教育、そし て財力の周りに形作られる強い文化的な要素が満ち溢れている。そのためこの理論は、対立とはそう いった文化的要素を持った異なる表現から生まれるものであり、不可避なものであるという認識を示
している。一方で対立は固定されたものではなく、変わりやすく影響されやすいものであるとし、
従って我々を対立へ導くものは解決されるべきものではなく、理解されるべきものであると考える。
そのために説話的調停は、当事者の変容に大きな関心を寄せるのである。
また対立状態にいる人々は、対立の物語に完全に支配されていない経験を持っている可能性があり、
また全ての人は、自らが持つ資質を用いて、対立を理解するために最大限努力するという可能性があ る、と想定する。そこでまず調停人は当事者変容過程の第一段階として、「脱構築」の概念を用いる。
脱構築過程の中で、調停人は当事者が対立、そしてその理解への道筋について共有される意味を探索 するように促す。
説話的調停の理論が目指しているのは、それまでに当事者が持ち合わせていなかった、異なる視点 や価値観、そして意味への解釈を当事者が新たに手に入れることである。人がこれまでとは異なる認 識を受け入れ、それを継続させるためには、それらが組み込まれた新たな物語が創り出される必要が ある。そのため調停人は「脱構築」の対話の中で物語化されていない経験や意味合いに焦点を当てた 上で、「外在化する対話」を通じて当事者の変容を促す。そのような取り組みを通じて対立の物語に 代わる「代わりの物語(AltemativeStoIy)」を当事者双方が創り上げていくのを支援するのである。
Ⅲ 当 事 者 変 容 の 過 程
前述のように、説話的調停の理論では「脱構築」、そして「外在化」という過程を通じて当事者の 変容を促す。
脱 構 築
説話的調停の過程の中では、まず対立の背後にある当事者双方の前提や信念を明らかにし、人々が 体験している対立の物語を検証することを試みる。そのため、その取り組みとして、対立について両 者の異なる理解を詳細に描写するために、「脱構築」と呼ばれる概念に基づいた過程へと進むのであ る。「脱構築」の中核は対立の物語に潜むディスコースについて対話を進めていくことである(図5)。
説話的調停の理論における調停とは、当事者が異なったディスコースの位置づけに光を当てながら対 立の過程の解釈を再構築する場である、と考える。
「脱榊築」過程の中で、我々がそれまで当然と考えていた意味や位置は不安定な状態になり、そし て、対立の物語とは異なる視点や考え方が生まれる余裕が出てくる。対立関係にある当事者双方がそ れまで抱いていた、硬直した否定的な感情を揺り動かすこと、不安定にさせること、これが脱構築過 程を通じて当事者にもたらす変容である。それまで当事者が当然と思っていた、あるいは無自覚で あった文化的な規範・制約に焦点を当て対話を進めていく中で、調停人は対立関係の外側にある好ま しい経験についての対話へと促し、その対話の過程で、当事者双方が新しいディスコースを持つよう
支配的な ディスコース
’ 代 わ り の
|ディスコース
脱 構 築 過 程 図5脱栂築過程WinsladeandMonk(2000)を参考に筆者作成
に誘う。このような調停の過程は、対立している当事者が自らの位置づけを振り返り、見つめ直す機 会を持つことのできる状況、変容できる状況を創り出している。
外 在 化
「脱構築」の概念に基づいた対話が当事者間でなされた後、人と物語とを分離するという「外在 化」という概念を用いた対話を促し、当事者双方が解決へと向かえるよう試みる”(図6)。「外在 化」の概念に基づいた対話としてまず調停人は、「対立が染み込んだ物語」という枠組みで当事者双 方にそれに名前を付けさせ、対立を人格化する。ウィンスレイドとモンクは、この「人格化」による 対立の物語の外在化を行うことにより、焦点が個人の性格やそれに対する非難から別のものへと変わ り、当事者双方が対立について、また解決について語ることを易しくさせるという◎当事者が「対立 の物語」の語りの中で、調停人と当事者双方は対立がどのように発展したのかを追跡し、その影響に ついて検討を重ねていく。
以上が、「澗停」という紛争解決手続で実践されている2つの当事者変容理論の変容過程に関する
概括である。次章にて、これらの方法論について分析を試みる。
218
、
。
ノ
, I
4.「社会的自我論28」による当事者変容の二方法論の考察
これまでに変容的調停における「エンパワメント」と「承認」による当事者変容の過程、そして説 話的調停における「脱構築」と「外在化」による当事者変容の過程について、両方法論の世界観を基 に考察を行った。これら2つの当事者変容の紛争解決理論について、本章ではミードが提唱した「社 会的自我論」の観点から考察を試みる。
4.1.ミードによる「社会的自我論」
ミードは、人間の自我は社会に先んじて存在するものではなく、また、だからといって他者によっ て規定されるものでもなく、社会の中で育まれるもの、あるいは他者に対しても働きかけるものだと する社会的自我(SocialSelf)論鋤を提唱した。
「自我」というものについてミードは、自我の社会性を表す「客我」と、人間の主体を表す「主 我」という2つの側面の存在を指摘していることで知られている。彼が言うには、人間の意志や自由 は自己ではなく他者との関わりにおいて形作られ、またそれが社会の中において展開するのであり、
従って人間の自我は決して孤立したものではなく、常に他の人間との関わりにおいて生まれ、発達す るのだという。
道徳的問題におけるその解決過程についてミードは言及しており、それによると紛争のような重大 な問題が発生すると主体に「なんらかの不統合(Disintegration)」が生じ、「様々な傾向が内省的思
考において現れてくるようになる」という。ミードによれば、「内省的思考」とは自己を振り返るた めの「内的対話」を指しており、そこでは主体は「自分自身と対時する特定の知り合いの役割を取得
している」状態を指す。船津(1991)はそれを「問題を解決する人間の能力」と説明している。再び ミードの指摘に戻ると、このとき、時に主体は利己的になってしまうことがあるという。主体が利己 的になると、その関心は「感情的な反応と古い自我とが結びついている主観的な領域へと向けられて しまう」とミードは指摘する。その結果として、「自分とは対立する他者の目的を、他者の主観的な 観点から」捉えてしまうことによって、「自分か他者かどちらかが犠牲になるものだと思うように なってしま」い、主体は紛争が解決不能な状態に陥ったと感じてしまう。しかしこのとき、問題を客 観的に見ることが出来たなら、主体において、「より大きな、より適切な人格が現れてくる」ことが
文 化 的 要 素
外 村 晃
図6「物語」の外在化WinsladeandMonk(2000)を参考に談者作成 外 在 化
11
句