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(1)

No.14 2004

複素数の世界(1)

    

The World of Complex Numbers(1)

佐藤 英雄

Hideo SATO

(2)

複素数の世界(1)

The World of Complex Numbers (1)

佐藤英雄(和歌山大学教育学部)

Hideo SATO

概 要

中学数学では「数と式」「数量関係」「図形」が3本の柱と位置づけられている。数量関係は関数概念および確 率からなっている。高校数学のメインラインは数学

I、数学 II、数学 III

であり、多項式関数、三角関数、指数関 数、対数関数の微分積分につなげられている。中学高校数学を通してみると、その基本素材は、数、図形、関数 であると言いかえることができよう。中学高校の教員免許取得要件は、代数学、幾何学、解析学、確率・統計、

コンピュータに区分され、その各群にわたって所要単位を取得することである。数、図形、関数との対応関係は 明らかである。

しかし、実際の数学教育では、それらの相互関係が軽視されやすい。それに対して十分な理解をもつことが、

中学・高校の数学教師に求められる数学的素養であり、それを与えることが教員養成学部の数学教育の責務であ る。その鍵は「複素数の世界」にあると考える。複素数の世界について著者が本学で行った講義は下記のように 整理再編される。

1.数体系としての複素数; 2.複素平面上の初等幾何; 3.複素数体の階層構造; 4.ギリシャ数学と19世紀の数学 本稿は中学・高校の数学教材を睨んで教員養成学部で行った数学教育の実践報告である。ただし、紙数の関係 から今回は上記4部の論理関係と、第1部の主要部の要点に限って述べる。

【キーワード】実数体、複素数体、巾級数、極形式表示、有向角

1.

複素数の世界の主題

複素数全体は「複素数体」とも「複素平面(複素数 平面)」とも呼ばれるが、前者は「数」的側面を、後 者は「図形」的側面を言い表すことばである。しか し、いずれも一面的な呼称にすぎない。「複素数の世 界」という呼称は、それらの統合体として複素数全体 を言い表わすためのものである。中学高校数学の3 つの基本素材は複素数の世界で結びつく。

これらの素材はいつ数学の舞台に登場したか。数 と図形については、古代ギリシャでかなりの程度の結 果が精密な論証により得られたが、古代ギリシャ数学 のテーマは数と図形の論理的関係を解明することで もあった。関数は近世に至って、微分積分法の発見・

発展に伴って本格的に数学の対象となったのである。

中学高校の数学ではこれらはどのように扱われて いるか。数は中学数学で2次の無理数が登場し、高校

数学で複素数が登場する。ただし複素数平面は今次の 指導要領改訂で高校数学から省かれた。多項式関数、

三角関数、指数関数、対数関数はすべて実関数として 扱われる。図形はユークリッド幾何(以下,初等幾何 ともいう)の枠内で考察される。ユークリッド幾何の 基本量は「長さ」と「角」であり、基本概念は「合同」

と「相似」である。合同は「重ね合わせることができ ること」とされるが曖昧である。基本量たる「長さ」

と「角」は中学数学ではまったく異なる量である。高 校数学では「ラディアン角」が導入され、「長さ」も

「角」も実数として同じ量となるが、その基盤は不明 確である。ラディアン角の定義は円周率に帰するか ら、円周率が図形を離れて定義されない限り、不明確 さは除去できない。関数に関する考察は初等幾何的 直観に支えられている。たとえば、三角関数の加法 定理の証明、そして三角関数の微分法の基礎である

lim θ 0 sin θ/θ = 1

の証明も高校数学では初等幾何を

(3)

前提にしている。(ここでθはラディアン角である。)

中学や高校の現場での数学教育では、この種の曖 昧さは容認されてよい。この段階で数学的厳密さを 押し付けることは、かえって直観力の伸長を妨げる。

しかし、数学教師としては、その曖昧さを認識し、ど うすれば曖昧さが除去できるかを知っておくべきで ある。

概要に述べた4部全体がつながっていることは、古 代ギリシャの3大作図問題を切り口にすると訴えや すい。予め略述すると、作図問題は複素平面(複素数 平面)を介して図形の問題を対応する複素数の数論 的性質に還元されて解決する(第2部)。その決め手 は複素数の極形式表示である。したがって極形式表示 の根拠を初等幾何学に求めることはできない。数体 系としての複素数を純解析的に純代数的に確立する 必要がある。それが第1部である。作図問題に関して は作図可能数を特徴付ければよいが、第3部では一 般化して下記の複素数の階層序列を確立する。

{

有理数

} ⊂ {

作図可能数

} ⊂ {

代数的可解数

}

⊂ {

代数的数

} ⊂ {

複素数

}

ここで代数的可解数とは、雑に言えば、有理数、

+、

×

÷

および

n

.(n

乗根号)を有限個組み合わ せて表せる複素数のことで、正確に言えば、有理数体 上可解な代数方程式の解となる複素数のことである。

代数的数でない複素数を超越数という。

この階層は数学史上の重要なエポックに対応して いる。実際、

{

有理数

} ̸ = {

作図可能数

}

はピタゴラ ス派による無理数の発見に、

{

作図可能数

} ̸ = {

代数 的可解数

}

は倍積問題の否定的解決に、

{

代数的可解

} ̸ = {

代数的数

}

は5次方程式の代数的非可解性 に、

{

代数的数

} ̸ = {

複素数

}

は超越数の発見および 円積問題の否定的解決に、それぞれ対応する。

複素数の世界の主題を要約すれば、第一主題は数 論と初等幾何学の論理的位置関係の解明であり,第二 主題は複素数体の階層序列の確立である。第4部は その数学史的解説である。

2.

実数体と複素数体の特徴

有理数は本質的には自然数の比であるから、自然 数の観念を認めてしまえば、素直に理解されやすい。

しかし、実数はそうはいかない。実際、中学や高校で は、実数とは数直線上の点であって、有限または無限 小数に展開されるものとして指導することになって いる。そしてそうならざるを得ない。しかしやかまし く言えば、点は幾何学的対象であって数そのものでは ない。また、無限小数は数の表記法であって、二つの 無限小数を実際に加えたりかけ合わせることは現実 的には不可能である。そのようなものを数と認める 必然性と根拠は何か。このことに対する十分な理解 が教師側になければ、無理数の発見にまつわるエピ

ソードを紹介しても、生徒にはピタゴラスは奇矯な 行動をとった人だという印象を与えるだけになる。

現代のような四則演算や巾を含む代数式が書ける ようになったのは近世ヨーロッパ、だいたいデカルト の頃だと言われている。古代ギリシャでは数の計算 は、少なくとも理論的には定規とコンパスによる作図 で行った。数の四則演算は(単位量を決めておけば)

定規とコンパスによって作図可能であるから、この方 法ですべての(正の)有理数は作図できる。しかし与 えられた量の平方根も作図できる。「(有理)数は作 図できる」が逆転して「作図できる量は数でなけれ ばならない」としたところにピタゴラス派の困惑が あった。

数概念拡張の要求は、第一に代数方程式の解を数 と認めること、第二に収束すべき数列の極限を数と認 めることから来ている。有理数は自然数係数の一次 方程式の解としてすべて得られる。収束すべき数列 とはコーシー列のことである。有理数列がコーシー 列であってもその極限値は必ずしも有理数ではない。

10

進法展開したときに循環することが、その数が有 理数であるための必要十分条件である。

ある数体系が「代数的に閉じている」とはその数体 系に属する数を係数にもつすべての代数方程式がそ の数体系内に解をもつことを言う。また、「完備であ る」とはその各項がその数体系に属するコーシー列 がその数体系内に極限値をもつことを言う。四則演算 で閉じている数体系を体であるという。

実数全体は完備な体である。しかも有理数全体を 含む完備な数体系の中で最小のものである。この意味 で実数体は有理数体の完備化という。解析学でのコー シー列の効用はその極限値を知ることなく、収束性を 判定できることにある。それを可能にする完備性こ そ解析学の基盤である。例として自然対数の底

n lim →∞

³ 1 + 1

n

´ n

の存在は後に述べるように完備性の実数体における 言い換えから得られる。Eulerの定数も同様である。

しかし実数体は代数的に閉じていない。また、代数 的数、すなわち有理数係数の代数方程式の解となり える複素数全体は代数的に閉じているが、完備では ない。複素数体は代数的に閉じていて、かつ完備であ る。複素数体が数概念拡張の終着点である根拠はこ こにある。実数体は最終的な数体系ではないにもか かわらず有用である理由は、それが順序体であると ころにある。複素数体は順序体にならないのである。

3.

実数体の構成

有理数体は自然数からそれほど難しくなく構成さ れる。また感覚的にもそれを認めることは抵抗がな

(4)

いであろう。その完備化が存在することは感覚的にも 論理的にも自明ではない。それゆえ有理数体からそ の完備化を構成することが課題となる。

実数体を有理数体から構成的に定義する方法は大 別して2通りある。一つは順序集合としての完備化

(Dedekindの切断による方法)であり、もう一つはア ルキメデス的付値体としての完備化(Cantor-M´

eray

の方法)である。

Dedekind

の切断によると、加法と乗法が質的にか

なり異なったものに見える。数なる観念には少なくと も四則演算できることがあげられようから、これを 優先させるならば、Cantor-M´

eray

の方法が自然であ る。ただし、この方法によると実数体に順序構造を入 れ、それで順序体になることを示すのがやや煩瑣に なる。

以下、有理数体から実数体を構成する手順を略述 し、実数体が完備であることの証明の概略を述べる。

本稿では、代数学の基本的な知識を仮定する。

有理数体

Q = Q n

の可付番無限個の直積を

Q ( Q )

で表す。

Y ( Q ) = Y n=1

Q n = ©

{ a n } ; a n Q n ª

成分ごとに和と積を定義することにより、

Q ( Q )

は単 位元を持つ可換環となる。

Q

( Q )

の元とは有理数列に 他ならない。コーシー列と零列の定義は省略するが、

次が成立する。

(1)

コーシー列全体

F( Q )

Q ( Q )

の部分環をな し、単位元を共有する。

(2)

零列全体

M( Q )

F( Q )

の極大イデアルである。

F( Q )

の極大イデアル

M( Q )

による剰余体

R = Q ˆ =F( Q )/M( Q )

を実数体といい、その元を実数と 呼ぶ。

x F( Q )

に対して

x

の属する剰余類

x+M( Q )

対応させる写像

ϕ : F( Q ) R = ˆ Q = F( Q )/M( Q )

は環準同型写像で、かつ全射である。

また、a

Q

に対して、すべての成分が

a

である

Q ( Q )

の元を

j(a)

で表すと、j

Q

から

F( Q )

の環の準同型写像であるから、合成写像

λ = ϕ j : Q Q ˆ

は単射準同型写像である。a

Q

につい

λ(a)

a

を自然に同一視すれば、

R = ˆ Q

Q

の拡大体である。すなわち

Q R

である。

2

a 0 = 1 , a 1 = 1.4 , a 2 = 1.42 , · · ·

なる有理数列

{ a n }

ϕ

による像であるから、

2 R

であるが、

(自然数の)素因数分解の一意性から

2 ̸∈ Q

がわか る。これがピタゴラス派による無理数の発見である。

次に

R

の順序関係を定義する。

α Q ˆ ; α = ϕ( { a n } ) ; { a n } ∈ F( Q )

について、

δ > 0 (δ Q )

および

n 0 N

があって、

a n δ for n n 0

となるとき

α > 0

と定める。条件

α > 0

well- defined

であって、α

R

について、

α > 0 , α = 0 , α > 0

のうち、いずれか一つが成立し、かつ、二つが同時に 成立することはない。

これから

α , β R

について

α β

を自然に定義 すれば、関係

は、有理数については普通の大小関 係と一致する。

Q

R

の関係を調べておく。

まず、

Q

R

の中で稠密である。詳しく言えば、

α , β R

で,α > β ならば,

q Q s.t. α >

q > β

以上から、

R

はアルキメデス的順序体であること がわかり、

R

についても絶対値も定義でき三角不等 式も成り立ち、また

Q

における絶対値と一致する。

4.

実数体の完備性

前節では

Q

からその完備化

R = ˆ Q

を得たが、そ の操作は

Q

がアルキメデス的順序体であることだけ に依拠していた。前節で注意したように

R

もアルキ メデス的順序体であるから、

R

の完備化

R ˆ

をとるこ とができる。

Q

R

の中で稠密であることを適用し て次が得られる。

Theorem 4.1 R ˆ = R

(実数体の完備性)

{ α n }

を実数列とする。

α R s.t. { α n α }

が零列

となるとき、α

{ α n }

の極限値、数列

{ α n }

α

に収束するといい、

n lim →∞ α n = α

と表す。

いわゆるコーシーの収束条件「コーシー列は収束 する」はこの定理の言い替えである。

実数体がアルキメデス的順序体であることから、実 数体の完備性は以下の別表現がある。

Theorem 4.2

単調増大かつ有界な実数列は収束 する。

(5)

Theorem 4.3

(Weierstrassの上限定理)

R

の空 でない部分集合

S

が上に有界ならば、sup S が存在 する。

この他、いわゆる

Dedekind

の切断公理も得られ る。これらの定理はアルキメデス的順序体という前提 の下ですべて同値である。(高木貞治「解析概論」第 1章参照)

5.

実連続関数の性質

一変数の実関数の微分積分学の基礎定理は、実連 続関数については、中間値の定理、最大値の定理、有 界閉区間上での一様連続性、狭義

Riemann

可積分性 等が挙げられ、微分可能な実関数については、(微分 に関する)平均値の定理や逆関数定理(逆写像定理の 一変数版)が挙げられる。これらの定理の正確なステ イトメントと証明は、たとえば、高木貞治著「解析概 論」に載っているから省略する。

ここでは以下の注意を記すことにとどめる。

1.

これらの定理は、いずれも実数体の完備性に依 拠している。

2.

上記の定理のいくつかは区間が有界閉区間でな ければ成立しない。それは有界閉区間が通常の 位相でコンパクトであることに起因する。

3. Riemann

積分に関することは、一変数複素関

数の複素平面内の曲線上の積分として扱うのが 合理的であるから本稿では言及しない。

6.

複素数体の構成

本稿の目的は初等幾何学を前提とせずに複素平面 を定義することであるから、

R 2

を用いて複素数を定 義する方法は避ける。

まず

R

上の一変数多項式環

R [X ]

はユークリッド 整域だから、そのイデアル :

(X 2 + 1) = { (X 2 + 1)f (X) | f (X ) R [X] }

は極大イデアルである。よって、

C = R [X]/(X 2 + 1)

は体となるが、これを複素数体といい、その元を複素 数という。全射準同型写像

ρ: R [X ] R [X ]/(X 2 +1)

による

X

の像を

i

で表し、これを虚数単位という。

実数

a

0

次の多項式と見て、ρ(a)を対応させる写 像は

R

から

C

への単射準同型写像であるから、a

ρ(a)

を同一視すれば

C

R

の拡大体である。z

C

z = a + bi ; a , b R

と表すとき、a

z

の実 部、

b

z

の虚部といい、それぞれ

(z)、 (z)

で表 す。このとき

z = a bi

z

の共役複素数という。

複素数体

C

R

を部分順序体としてもつ順序体に はなり得ない。しかし、複素数体

C

には絶対値が定 義できて、それは

R

上ではその絶対値と一致する。

z = a + bi ; (a , b R )

に対して、

| z | = z · z =

a 2 + b 2

z

の絶対値という。

絶対値については三角不等式が成り立ち、上記の 設定で

Lemma 6.1 | a | , | b | ≤ | α | ≤ | a | + | b |

また、コーシー列の概念は絶対値に基づくからそ のまま複素数列にも拡張できる。このことから次が 示される。

Theorem 6.2

複素数列についてもコーシー列は 収束する(複素数体の完備性)。さらに複素数列

{ α n }

がコーシー列である条件は、

{ℜn ) }

および

{ℑn ) }

は(実数の)コーシー列であることであり

n lim →∞ α n = lim

n →∞ n ) + i lim

n →∞ n )

7.

巾級数

まず(複素)無限級数に言及する。

複素数列

{ α n }

に対して

s n = P n

k=1 α k

とおいて 得られる複素数列

{ s n }

が収束するとき、その極限値

P

n=1 α n

で表し、複素無限級数

P

n=1 α n

は収束 するといい、

{ s n }

が収束しないとき、

P

n=1 α n

発散するという。また、無限級数

P

n=1 α n

は、無限 級数

P

n=1 | α n |

が収束するとき、絶対収束するとい う。絶対収束する無限級数は収束する。

Theorem 7.1

無限級数

P

n=1 α n

が絶対収束す れば、その任意の部分級数も絶対収束する。また、項 の順序を変更した無限級数も絶対収束し、その和は 原級数のそれと一致する。

次に無限級数の各項が複素関数である場合を考察 する必要がある。そのためには領域の概念が必要で ある。

α C

および実数

r > 0

に対し

U(α; r) = { z C ; | z α | < r }

とおく。

C

の部分集合

D

α

につ いて、

r > 0

があって、

U(α; r) D

となるとき開集合 という。また

α , β D

について、γ

1 , · · · , γ n D

および

ϵ i > 0

があって

U(γ i ; ϵ i ) D,α U(γ 1 ; ϵ 1 ) β U(γ n ; ϵ n )

かつ

U(γ i ; ϵ i ) U(γ i+1 ; ϵ i+1 ) ̸ = (1

i n 1)

となるとき、D は連結であるという。連 結開集合を領域という。

複素関数についてもその微分可能性を、形式的に は、実関数と同様に微分可能性を定義する。さらに領

D

上の複素関数

f (z)

z 0 D

で正則であると

ϵ > 0

について

U(z 0 ; ϵ) ( D)

の各点で微分可

(6)

能であることをいう。

z D

f (z)

が微分可能で あるとき

f (z)

D

で正則であるという。

a n C

,z , c

C

について

P (z) =

X n=0

a n (z c) n

を中心

c

の巾級数という。これは、それが収束する

z

の範囲で、zについての関数と考えられ、また、正 則関数

P n (z) = X n

k=1

a k (z c) k

の極限関数と考えられる。したがって巾級数はいかな る収束域をもつのか、その収束域での正則性は保た れるのかが問題となる。

以下、c

= 0

の場合だけを考えよう。

Theorem 7.2 P (z) = P

n=0 a n z n

について

0 r +

があって、

(1) | z | < r

ならば

P (z)

は絶対収束し、U(0 ;

r)

で正則である。

(2) | z | > r

ならば

P (z)

は発散する。

(3) Q(z) = P

n=1 na n z n 1

とおけば、

Q(z)

P (z)

の収束域は一致し、P

(z) = Q(z)

である。

このときの

r

を収束半径といい

r = 1/ { lim sup | a n | 1/n }

で与えられる。(Cauchy

Hadamard

の公式)

8.

複素数の極形式表示

本稿では純粋に解析的に指数関数、三角関数を下 記の巾級数で定義する。

exp(z) = X n=0

1 n! z n

cos(z) = X n=0

( 1) n 1 (2n)! z 2n

sin(z) = X n=0

( 1) n 1

(2n + 1)! z 2n+1

これらの関数を解析することが複素平面を純解析 的に定義することを可能にする。これまでに述べてき たことだけに基づいて以下の定理は容易に示される。

Theorem 8.1 exp(z), sin(z), cos(z)

の収束半径 はいずれも

+

である。

Theorem 8.2 exp(z), sin(z), cos(z)

はいずれも

C

で正則で

³

exp(z) ´

= exp(z) , ³ sin(z) ´

= cos(z) , ³

cos(z) ´

= sin(z)

Theorem 8.3 z, w C

について

(1) exp(z + w) = exp(z) exp(w) (2) exp(iz) = cos(z) + i sin(z) (3) ³

sin(z) ´ 2 + ³

cos(z) ´ 2

= 1

(4) sin(z + w) = sin(z) cos(w) + sin(w) cos(z) (5) cos(z + w) = cos(z) cos(w) sin(z) sin(w)

(4)

(5)

はいわゆる三角関数

cos(z) , sin(z)

加法定理であり、上記の

(1)

の言い替えであり、し たがって、初等幾何に依存せずに成立する。また、

exp(z) , sin(z) , cos(z)

は実関数としては縁のない ものであるが、複素数の世界において見事につなが ることに注意されるべきである。

これまでに述べた事実だけ用いて、実関数

cos(x) , sin(x)

の増減を調べれば、0

< θ < 2 , cos θ = 0

なる実数

θ

が一意的に存在し

sin θ = 1

となること がわかる。この

θ

に対して

π = 2θ

を円周率という。

Theorem 8.4 π

を円周率とするとき、

z C

ついて次が成立する。

exp(z + 2πi) = exp(z) sin(z + 2π) = sin(z) cos(z + 2π) = cos(z)

これが円周率の本質であり、円周率は初等幾何学の 呪縛から解放されるのである。

z C ; z ̸ = 0

に対して、実数

a

および

θ

が存在し

z = exp(a) ³

cos(θ) + i sin(θ) ´

となる。ここで

a

z

について一意的に決まり

exp(a) = | z | > 0

、また

θ

の整数倍の差を無視 して一意的に決まる。とくに

[0, 2π)

の範囲内に一意 的に存在する。

z = 0

の場合も含めて、z

C

についての表示

z = r ¡

cos(θ) + i sin(θ) ¢

= r · exp(iθ) (r = | z | ≥ 0 , θ R )

を極形式という。この表示における

θ

z

の偏角と

いい

arg(z)

と表わす。ただし、z

= 0

の場合には、

r = 0

として偏角は定義しない。

Definition 8.5

複素数

α( ̸ = 0)

および 実数

a

対して

exp(iθ) = exp(i arg(α))

となる実数

θ [a , a + 2π)

は一意的に存在する。

この

θ

Arg a (α)

と表わす。とくに

a = 0

の場合に は、たんに

Arg(α)

と表わす。これを

α

の有向角と いう。

(7)

9.

代数学の基本定理

数体系としての複素数体の重要性は完備性ととも に次の事実にある。

Theorem 9.1 C

は代数的に閉じている.

(代数学

の基本定理)

この定理はさまざまな方法で証明される。以下に 述べる証明は、著者が大学1年次のときに講義で聴 いたものである。出典が不明なのでいささか詳しく 証明を紹介する。予め注意しておけば、この証明は5 節で述べた微分学の基礎定理と前節で述べた複素数 の極形式表示にのみ依拠している。技巧的すぎるき らいはあるが、必要な予備知識が少ないので、本稿の 目的には合っている。

複素数係数の多項式;

f (X) = a n X n + · · · + a 1 X + a 0

ただし

a n ̸ = 0 , n 1

を考える。このとき、

| f (z) |

C

から非負の実数への連続関数とみなすことができ る。z

→ ∞

のとき、

| f (z) | → +

だから、

| f (z) |

有界閉領域

K = { w C ; |ℜ (w) | ≤ a , |ℑ (w) | ≤ b }

で最小値

| f (α) |

をもつことがわかる。それが

0

でな いと仮定すれば、ある

β

| f (β) | < | f (α) |

となるこ とを示せばよい。

さて、f

(X )

は次数が

1

以上の多項式だから、複素

b i

(ただし

b m ̸ = 0) があって、

f (z + α) = f (α) ³

1 + b m z m + · · · + b n z n ´

と表わすことができる。

b m = r · exp(iθ)

と極形式表示して

ζ = ρ · exp ³ i(π θ)

m

´

; ρ > 0

とおく。このとき

b m ζ m = r exp(iθ) · ρ m exp ¡

i(π θ) ¢

= m

は負の実数である。K

= max {| b m+1 | , · · · , | b n |}

おけば

| f (α+ζ) | ≤ | f(α) n

| 1 m | +K(ρ m+1 + · · ·n ) o

ここで

ρ

を十分小さくとれば

0 < 1 m

となり

| f (α + ζ) | ≤ | f (α) | · n

1 m + m+1 1 ρ

o

さらに、正数

ρ

を十分小さくとれば、

| f (α + ζ) | < | f (α) |

10.

諸注意

本稿では、数体系としての複素数体を代数的手法 で構成して、解析的手段により複素数の極形式表示 を導き「有向角」を定義した。途中、幾何学的なこと ばが登場しているが、注意深く見れば、ここまでの議 論は初等幾何学的直観に基づいてはいないことに気 付かれよう。誤解を防ぐために、このことについて弁 明する必要があろう。

著者は直観的思考を無視ないし軽視するものではな い。正当な直観こそは論理のナヴィゲーターである。

天才は卓越した直観力をもつ。それゆえに天才たり えたのである。しかし天才の直観に基づいた論理は、

常人は容易に受け付けがたい。常人が受け付けられ るようにするためには天才の直観を論理化する必要 がある。逆説的だが、直観を正当化するために作業仮 説として直観を排する。それが本稿の立場である。

次稿では本稿で確立した数体系としての実数体と 複素数体に基づいて、複素平面を定義し、その上で平 面初等幾何学を展開する。ユークリッド平面幾何の二 つの基本量のうち、長さは実数論で、角は有向角とし て複素数の世界において初めて捉えられる。かくし て古代ギリシャ数学が遺した三大作図問題を射程に 収め解決できる。本稿はそのための準備である。

ここに採録した一つ一つの定理内容は、19世紀の 数学を少しでも意識して学んだ人にとっては、何も新 しいことはないだろう。しかし、冒頭で説明したよう に中学高校の数学の主たる内容は複素数の世界に含 まれる。また現代数学は何らかの意味で複素数の世界 を前提にしている。極論すれば、現代数学の素材はほ とんど複素数の世界から誕生した。複素数の世界は、

中学高校の数学教師を目指す人々を対象とする教員 養成学部の数学教育においてはきわめて重要である。

自己批判も含め、これまでの教員養成学部の数学 教育をあえて批判すれば、数学者養成を旨とした理 学部型の講義をそのまま行ってきた。教免法上、代数 学、幾何学、解析学等に講義内容が区分されている が、区分どころではなく分断して数学教育を行って来 てはいなかっただろうか。教員養成学部における数学 教育とはいかなるものであるべきか。題材と方法が 問題にされるべきだが、従来、とかく「数学教育法」

にのみ傾きがちで、題材については等閑視されては いなかっただろうか。「複素数の世界」は最適な題材 とはいえないまでも適当であると著者は信じている。

なお複素数の世界の講義原稿は冊子とすべく現在 準備中である。

参照

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