マ レー シアの 日系企業
一‑2006年 2月 の実態調査―一 櫻 谷 勝 美
は じめに
マ レーシアは 80年 代か ら日本企業を中心 とする多国籍企業の電子 ・ 電機の製造拠点 として急速に発展 し,先 進国の資本を導入 した外向的発 展の代表的成功例 とみなされてきた。マ レーシア自身 も自信 をつけて 2020年に先進国入 りの目標 を掲げている。 ところが多国籍企業は,立 地 として世界最適地を探 し,生 産の集積の利益,イ ンフラ整備状況,賃 金 コス トの安 さなど勘案 して世界各地を比較する。アジアでは2000年に 入 り中国と, タイが注 目をあび,賃 金コス トの面で不利なマレーシアヘ の投資は下の図が示すように停滞 しているのも事実である。
日本か らの新規製造業投資
1 0 億 円 450 400 350 300 250 200 150 100 50 0
19961997
(出所)財 務省
1998199920002001200220032004 委巨澤蓋
『 財 政 金 融 統 計 月報』 632号 ,645号 か ら作 成
資 料
マ レー シアの 日系企業数
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1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
(出所)JACTIM『 数字で見 るマ レーシア経済』2005年 12月
本稿 では,2006年 2月 のマ レーシア 日系企業の実態調査 を踏 まえ,そ う した状況のなかでの在マ レーシア 日系企業 (および地場企業 1社 )の 対 応 をみた ものである。
調査企業
日系 K社 :自動車の シ ョックアブソーバー生産 (セランゴール州) 日系 I社 :フ レキシブルプリン ト配線盤製造,表 面部品実装 (セランゴー
フ レ州1)
ローカル系 KH社 :金型製造,イ ンジェクシ ョン (セランゴール州) 日系 K社 :カ メラ製造 (セランゴール州)
日系 D社 :自動車の電装品製造 (セランゴール州) 日系 M社 :エ アコン製造 (セランゴール州) 日系 HA社 :エ アコン製造 (セランゴール州)
日系 HEPM社 :CD,DVDド ライブ生産 (セランゴール州) プロ ドゥア社 :自動車組立 (セランゴール州)
日系 Y社 :音響装置組立 (イポー市)
1,460 1,440 1,420 1,400 1,380 1,360 1,340 1,320 1,300 1,280 1,260 1,240
日系 T 社 : 家 具製造 ( イポー市)
I 調 査 企 業 の 概 要 K社 (ショックアプソーバー)
1983年 創立,資 本金現在 2億 6000万 円,出 資者 は 1.UMW(United Motor)41.17%,2.KYB 33.43%, 3.UMWト ヨタ 21.43%,
4.豊 田通商 (M)4.0%で ある。UMWは ローカルの持株会社で,マ レー シアの 日系 め 自動車関連事業 に投 資 している。 この K社 もその投 資先のすつである。
1社 (プリン ト配線盤)
元 は愛知県でカメラメーカーの協力会社 としてカメラ部品を作 ってい たが,マ レーシア進出の経緯 は,そ のカメラメーカーがマ レーシアに進 出 し,愛 知県での仕事が不足 し,カ メラメーカーか ら打診 を受けて 1994 年 にマ レーシアに進出 した。その ときはリスクを考 えて工程のすべてを 移管 しなか ったが, 日本 にとどまっていて も将来性が ないので 2000年
に全行程 を移管 し,現 在 日本 には製造拠点はない。営業 はこの会社の株 主で もある (所有比率 20%弱 )東 京の計測器 メーカーのネ ッ トワ ークを 活用 している。
売上高 は,1996年 5.69百 万 リンギ,2000年 10.75百万 リンギ,2005 年 40.13百 万 リンギ と順調 に伸 びている。事業 は主 に二つで,一 つはフ
レキシブルプリン ト配線盤 (曲げることが出来る 0,1ミ リの薄い軟質配 電盤)で ある。 この業界 は世界で 7000億 円の市場規模 で 日本が 7割 を 占めている。市場 の 30%が 携帯電話向けである。
ライン多 さで規模が決 まるが,この会社 は 2〜 3ラ イ ンがあるだけで,
この規模の会社 は世界 に 200社 ほどある。マ レーシアには日系 2社 ,地
資 料
場系 1社 ,シ ンガポール系 (元アメリカ系)の 4社 である。二つ 目の事 業は,表 面部品実装である。
会社 によれば自らの強みは,設 計 と現場が同 じ場所 にあ り小 回 りが効 く。利益 を本社 に送金する必要がな く余分 なコス トがかか らない, との ことであった。
現地調達率が 8〜 9割 と高 く,価 格 を安 くで きる。中国の地場企業が 競争相手で,中 国の 日系企業か らも注文が来る。
KH社 (地場企業,金 型,プ ラスチック成型)
今 回調査 した うちで唯一 の地場 企業 であ った。76年 6月 金型 メー カー として設立。88年 プラステ ックのイ ンジェクシ ョンとモールデ ィ ングの仕事が加 わ り,従 業員は 135名 に拡大 した。98年 証券市場の 2部 に上場 した。
2002年 タイのローカル企業 と合弁 (当社 70%,タ イのローカル 30%) で従業員 25名 の会社 をタイに設立 した。
2003年 スプレー塗装工場 を立ち上げた。
金型だけでな く金型のパーツも作 っている。業務 は金型のほ うがイ ン ジェクシ ョンよ りもやや多い比率である。デザイ ン,サ ンプル調査,み が き,CNCマ シー ンを揃 えたマ レーシア地場企業 は数社 しかな く,そ の うちの一つである。UVス プ レー,ス タンピングもしている。
筆者 は 7年 前 に も訪問 したことがある企業で,当 時 と従業員数はほ と
ん ど同 じだったが,タ イに現地資本 と合弁で子会社 を設立 していた点が
大 きな変化であった。機械 関係の業務 はタイの方が仕事が多いこと, ま
たマ レーシアの地場企業 は, タイと中国 とのかかわ りで業務 を拡大 しよ
うとしている と見 えた。
KM社 (カメラ)
老舗 の カメラメーカーで,マ レーシアでは 1974年 か ら複写機 の組立 をは じめ,81年 にはカメラの組立 を手掛 け,1995年 にカメラの設計 を開 始 した。 この工場では部品内製,金 型,成 型,塗 装 まで全部やっている。
2003年 この工場 は光学ユニ ッ ト (DVDの レンズな ど)に 重点 を移 し, 2004年 デジタルー眼 レフの製造 開始 をしたが,カ メラの原価 の 70%が 電機部品であるにもかかわ らず,デ ジタル ・カメラを手掛 けるのに時期
を逸 し,付 加価値の高い部品を外注 して,安 い部品を内製す る結果 とな り利益があが らず にいた。2006年 1月 カメ ラ部 門を売却す ることにな り,現 地従業員 は全員新会社 に移籍することになった。
D社 (自動車電装品) 1
1983年 マ レーシアで生産開始。現在の生産品は自動車部品生産 (カー エアコン30%,エ ンジンコン トロールコンピュー タ 25%,ラ ジエー ター 6%,ワ イパー関係 6%),産 業機器用各種 コン トローラー 14%,エ アコ ンア ンプ 7%。 1985年 国民車 (プロ トン社)に 納入 開始。1987年 ラジ エー ター輸出,1994年 国民車 (プロ ドゥア社)に 納入開始 した。
同社 のアジア (中国を除 く)拠 点は,マ レーシア,イ ン ドネシア, タ D 社 の 売 上 高 と従 業 員 数
( 1 0 0 万リンギ, 人 ) 売上 高 従業員数 2001 733 1,300
1,216
2003 1,225
2004 1,123 1,310 2005 1,323 1,338
(出所)D社 資料
資 料
イ 5社 ,ベ トナム,台 湾,オ ース トラ リア,イ ン ド5社 ,そ れ に シ ンガ ポー ル に統括拠点が ある。現在 世界 での売上 (連結 ベ ース)は 3兆 円あ り,そ のうち 1兆 円が海外である。海外拠点は 55カ 国 120〜 130拠点 におよんでいる。
D社 のマレーシアの売上高は,表 の通 りで,順 調に伸びている。D社 では 「 新 自動車政策が 2005年 10月発表され,2010年 自動車関税はゼロ になるというがまだはっきりしない。自動車部品産業の育成を打ち出し た。ただし,国 民車メーカーの支援が意図されているように思われる。」
との見通 しを持っていた。
M社 (エア コン)
1972年創立,1986年 日本向けセパ レー トエアコン生産開始,1991年 R&D,金 型開発部門設立,95年 が売上の ピーク (210万台)で あった。
98年 に 95年 比 60%(130万 台),99年 中国向け輸出停止 (中国が輸入規 制,広 州で生産開始)。
2000年 韓国 (LG)お よび中国 との大競争時代 に入 る。
2001〜 2002年構造改善,社 員の早期退職実施 (半数退職)。
2003年 長いライ ンを短 くす る。
在庫削減のために 2003年 か ら2回 トヨタ自動車関係者の指導 をいれ て,生 産のロスの削減 を行 った。 自動化 を し過 ぎると, トラブルがある と日本か ら人 を呼ぶ ことが多 くなるので,コ ス トにとってかえってマイ ナスになる。
2005年 の売上は 95年 比 (ピーク時)の 85%(180万 台)で ある。社員 1486名 (うち 日本人 12名 ),社 員の うち R&D要 員 100名 ,そ の他社外 工 1195名 である。
当工場 は,全 世界 120カ 国への輸出拠̀点,全 海外市場向けの約 80%を
生産 し,営 業は,マ レーシア国内 とアジア以外 は 日本の営業が担 当 して
マ レー シアにお ける主要電機 製品の生産量
1996 1997 1998 1999 2002 2004
半導体
(100万個) 4,757 5,237 8,951 9,959 16.373 13,524 15,036 15.958 18.206 テレビ
( 千台) 7,773 8,803 7,610 10,550 10,409 9,915 9,894
エ ア コ ン( 千台 )
2,973 1,293 2,125 2,180 2,018
(出所)」ACTIM『 数字で見るマレーシア経済』2005年11月
い る。
M 社 の 2 0 0 4 年 のエ ア コ ン生 産 は, 日本 ( 草津) 6 4 万 台, マ レ ー シア 1 2 0 万 台,中 国 227万 台,イ ン ド0.5万 台 (イン ド国内向 け),イ ン ドネ シア 1 3 万 台,フ イリピン 15万 台,台 湾 13万 台,合 計 452万 台,そ の他 E M S 生 産 もあ る。
中国の台頭 で, マ レー シアの家 電 は過去 の ピー クを回復 していない こ とは,エ アコンだけではない。
マ レーシアに M電 器 グループ企業 は 26社 (2005年4月 )あ り,内 訳 は, 製造会社 14,販 売会社 3,R&D会 社 4,金 融会社 1,保 険会社 1,マ ネ ジメ ン トサービス会社 &持 株会社 1,物 流 ・資材調達会社 11,環 境エ ン ジニアリング会社 1で ある。
時系列で見 ると,1960年 代設立 1社 ,70年 代年代設立 4社 ,80年 代年代 設立 5社 ,90年 代設立 10社 ,2000年 代設立 6社
M電 器 グループの海外生産 とアジア ・マ レーシアのウェイ ト (地域別海外生産高 2004年 度連結ベ ース)
アジア 37%,欧 米 35%,中 国 28%
資 料
ア ジ ア ( 中国 を除 く) 内 の シ ェ ア
マ レーシア 31%,シ ンガポール 23%, フ ィリピン 14%,イ ン ドネシア 12%,台 湾 9%, タ イ 8%,そ の他 3%
マ レーシア M電 器グループの事業規模 (販売高 2003年 度)は ,3164 億 円 (うち輸出 2560億 円,マ レーシア全体の輸出の 2.1%)で 2004年 3 月 までの累積投資額 2236億 円,従 業員数 30197人 である。
M電 器 グループのマ レーシア進出は 60年 代か らで,そ の規模 は日系 企業のなかでは抜 きんでて大 きく,マ レーシア政府の期待 もまたそれに 比例 して大 きい。同社 も政府 の産業政策の動向に注意 をおこたっていな い。今 回の調査 で も M社 か ら次の ようなマ レーシア政府の産業育成政 策の概要の説明を得た。
マ レーシア政府の 日系企業への期待 持続的発展 に向けた 自助努力支援
3つ の柱
I 産 業の高付加価値化
・投資継続
・ニユービジネスモデルの導入 と生産戦略の再構築
・技術移転の促進
・サポーテイングインダス トリーの開拓 ・育成
。ローカライゼー シ ョンの促進 (経営の現地化,部 材の現地調達化, IPO調 達)
。物流資材調達会社の設立
・輸出の拡大
Ⅱ 人 材開発への支援
Ⅲ 環 境保護 ・省エネなどへの支援
これを受けて,M電 器グループは特に次のような点に留意するとのこと であった。
1 グ ローバル競争 に勝 ち抜 くために,労 働集約的組立工程 を ASEAN なかの タイ,イ ン ドネシア,ベ トナムなどに委託 し, コス トの低減 を 図る。中国お よび AFTAの 動 向を見据 えて部材 の コス トダウンを図 る。 (物によっては中国か ら輸入す る)
2 サ プライヤーの育成
3 技 術者 ・技能者育成のために人材 開発セ ンター設立や 日本事業所へ の派遣
4 ロ ーカル幹部の育成 と登用
ただ中国か ら安 い部材 の入手可能性 が増 えてい る状況 の もとで,マ レーシア政府の要請に応 えた地場産業育成の課題 と世界 中か ら安価 な部 材 を調達 してコス トを低減 しなければな らない経営上の必要性 とをどう 折 り合 いをつけるのか,バ ランスに苦心 を要す る課題であろう。
HA社 (エア コン)
1989年創設,1990年 エアコン生産開始。現在生産能力 は,家 庭用 ル ー ムエ アコン40万 台 /年 ,ロ ー タリーコンプ レッサー 22万 台 /年 。法人 税 は 40%だ が,投 資控 除 (1997年度で終 わった)や 再投資控除の制度で 今 まで免税 の利益 を享受 して きた。96年 までは順調で,日 本向け と中国 向けを生産 していた。
しかし,97年 の通貨危機後生産は落ち込み,中 国市場 と中国での生産
を重視することになった。98年 中国でコンプレッサー生産をはじめ,中
国の地場企業にコンプレッサーを提供 している。現在中国にはこの会社
資 料
のエアコン関係会社 は 2社 あ り,マ レーシアか ら中国へ の輸出はもはや で きない。2001年 欧州が冷夏 にみ まわれ,販 売減 となった。
当工場の機種 は 391,顧 客数 (販売会社数)49で ある。
生産開発人員は 50人 で,設 計 32人 ,品 質保証 10人 ,製 造 6人 ,技 術 2 人である。開発テス トは,冷 房能カテス ト,温 度テス ト (コイル温度, 半導体温度,露 がたれないか,外 気温度が高い ときのコイルの温度)を 行 っている。
基礎技術 は日本で開発。物 によっては全部 こち らで開発す ることもあ るし,日 本か ら長期 出張者が来 ることもある。
H E P M 社
資本金 3000万 リンギ (9億 円)日 立製作所 と日立 コンシューマーの子 会社 として 1989年に設立 され,当 初 は VTR,カ ラーテ レビ, ビデオー 体型 テ レビ,プ ロジェクシ ョンテ レビを生産 していたが,2002年 に終了 した。他方,98年 に ODS(Optical Data Storage)製品である CDド ラ イブ,DVDド ライブの生産 を手掛 け,現 在では ODS生 産のみ となって いる。ノー ト型 とデス ク トップ型両方 を生産 している。ODS製 品の生 産累計 は,2003年 1000万台,2004年 2000万台,2005年 末 3000万台, 本年末で 4000万 台の見通 しである。月産 100万台のペースである。売 上は8年 前の3倍 となった。年間売上 350億円であるが, このように急 激に売上が増えたのは,2001年 1月 に日立とLDの 合弁企業=日 立デー タス トレージ (日立 51%,LG49%)が 設立 され,日 立 とLGは パ ソコン のメーカー別に生産 を分け合 い,当 社 はそこか ら製造委託 を受けている か らである。 日立データス トレージは,オ プティカル ドライブの開発設 計,営 業を担当 している。
顧客 はパ ソコンメーカーで, 日立 とLG分 を合 わせ ると世界市場の 3
割 を しめ る。 この工場 の生産能力 は 150万 台 /月 で,DVDプ レーヤー
向けを去年 まで作 っていたが,今年か らLGに 任せた。LGを パ ー トナー に選んだのは,LGが 韓国,中 国,台 湾で大 きなシェアをもってお り,大 量生産品の コス ト削減のノウハ ウを持 っているか らである。同 じ国で も 企業文化が違い,LGと は過去のつ きあい,人 的なつなが りがあるので, LGを 提携先 に選んだ。
プロ ドゥア
マ レーシア政府か ら2番 目の国民車メーカーの認可 を得て,94年 7月 生産開始 した。従業員数 は 9275人 (うち,日 本人 39名 ダイハ ツと三井 物産か ら出向)で 生産能力 は年 20万 台である。 プロ ドウアの持株会社 は,70%を マ レーシア側が保有す るが,生 産統括会社 のプロ ドウア ・オー トコーポ レーシ ヨンはダイハ ツが 41%,三 井物産が 10%を 保有 し,日 本 側がマジ ョリテイーを握 り,社 長 はダイハ ツが派遣 し実質的にダイハ ツ が経営 にあたってい る。 これは国営企業 として発足 した最初 の国民車 メーカーのプロ トンとの違いである。
2005年 の販売台数は国内 139.7千台,輸 出 2.4千 台であった。マ レ ー シア国内販売拠点 176,サ ービス網 144を もっている。
軽 自動車 2ラ イ ンで 3車 種,小 型車 2ラ イ ンで 3車 種,溶 接 の 自動化 率は, 日本では 80〜 90%の ところ,こ の工場 は 35%程 度である。
日本車の コピーなので 日本 メーカーが金型のチュ ーニ ングをす ぐにで きる。 日本の金型 メーカーに発注すると早い。その ようなメリッ トのな い金型 は,韓 国メーカーに発注 している。32名 が二直でメ ンテナ ンスを やっている。
マ レーシアの 自動車育成政策は,同 じASEANに あ りなが ら,タ イと
は対照的な 自動車産業育成政策 を して きた。 タイは外 国 自動車企業 に
は,部 品の現地調達 目標 を課 した程度で,資 本の所有比率 については規
一
資 料
ASEAN 5カ 国乗用 車 。商用車 国内販売台数 (単位千台)
タ イ マ レー シ ア イ ン ドネ シア フ イリピン シ ンガ ポ ー ル 1996 589
1997 405 387 145
1998 144 80
И■
1999 289 54
2001
2002 409 435
2003 533 405 354
626 487
И仕2005 125
(出所)中 村 弘行 「 ASEAN自 動車産業 の現在 と将来」 日本 自動車工業会資料
制 を しなかった。それに対 し,マ レーシアは 1983年 に国民車構想 に基 づ く国営の 自動車企業プロ トン社 を立ち上げた。プロ トン社 は三菱 自動 車の技術 と少数資本 (三菱 自動車 8%,三 菱商事 8%)参 加であった。
政府 はプロ トン社 にたい してだけ,部 品輸入の際の関税減税お よび購入 者 には自動車 ロー ンなどの優遇,他 メーカーの完成車輸入 に対 しては最 高 300%に お よぶ高率の関税 を課 して,手 厚い保護 を したので,マ レー シアの 自動車産業 は順調 に伸 びた し (表),プ ロ トン社が果た した自動車 産業の裾野育成効果 もあったことは事実である。
プロ トン車 はマ レー シア国内で長 らく70%以 上の シェアを占め,マ
レーシアは ASEANで 唯一の国産車 を持つ国 と言われ,マ レーシアエ業
化の シンボル的役割 を呆た して きた。 しか し,プ ロ トン社 の成功 は政策
的に保護 された ものだった。国内市場 はマ レーシアの人 口が 2000万人
程度であ ることか ら販売量 は大 き く拡大で きず,年 産 20万 台前後 の生
産では,大 量生産効果は発揮で きなかった。
2004年 自動車販 売台数
台 数 シ ェ ア 乗用車
プ ロ トン 166,833 43.8 プロ ドゥア 114,329 30.0 イノ コム 11,540
起 亜 6,645
国民車小 計 299,347 78.7 非国民車小計 81,221 21.3
乗用車計 380,568 100.0
商用車 (四輪駆動車含 む)
プ ロ トン 1,783
プ ロ ドゥア 7,475
ハ イ
コ ム4,605 4.3
ナ ザ 10,377
イノコム 4,143
国民車小 計 28,383 26.5 非 国民車小計 78,654 73.5
商用車計 107,037 100.0
総 計
国民車合計 327,730 67.2 非 国民車合 計 159,875 32.8
総 計 487,605 100.0
(注1)シ ェアは,乗 用車,商 用車,総 計 それぞれの シェア
(注2)イ ノ コム社 は現代 自動車 と提携。
2 0 0 4 年1 月 ( A t o s ) , 2 0 0 4 年 9 月 ( M a t r i x ) か ら国民車 ステー タス を受 けた。
(出所 )マ レー シア 自動車連盟 (MAA)
資 料
マ レーシアを含 む ASEAN諸 国が合意 した AFTA(ASEAN自 由貿 易地域)が 2003年 まで に関税 を 0‑5%に す るこ とを原則 としていたの で,マ レーシア政府 は自動車 についてはその履行 を 2004年 まで延期す ることを ASEAN諸 国 と交渉 して承認 させ ていた。2004年 になって関 税 は下げたが,そ れ と同額の物品税 をかけ,国 民車購入者 には物品税 を 還付す るな ど高関税 の実質的温存 をした。
政府の意図 としては,国 営 自動車企業 (のちに政府が影響力 を保持 し た形の民営企業 に転換)に ,部 品産業 を育てさせて工業の裾野 を広 げる ことであったが, コアとなるべ きプロ トン社が国際競争力 に晒 された と きプロ トン社 自身の経営 は困難 とな るの は明 らか で あ った。 しか も 2004年 三菱 自動車の経営危機 とか らんで同社 はプロ トン社 の株式 を売 却 し,資 本関係 を解消 した。マ レーシア政府 としては,市 場の開放 を漸 進的にすすめ,民 族主義的側面 を手直 しして,外 資であって も現地調達 比率が高い企業 に国民車待遇 を与 えて, 自動車部品産業育成政策 を維持 する方針である。つ ま り,外 資が国民車 メーカーになる道 を広げること で対応 しているように見 える。
Y社 :音 響装置組立
セル方式 に よって生産 は 1週 間短 く,納 品は 2週 間か ら lヶ 月短 く なった。
ベル ト生産の時は 3〜 5工 程 /1人 ,セ ル生産 10〜 20工 程 /1人
T社 :家 具製造
マ レー シアヘ進 出 したのは,ラ バ ーウ ッ ドの利用技術 で安 いサ イクル
ウ ッ ドの入手 を可能にすることだった。 7割 が大建工業やパナホームの
住宅階段用,テ ーブル ・椅子 などの家具が 3割 であるが,中 国,ベ トナ
ム, タイなどと激 しく競争 している。
Ⅱ 従 業 員 の状 況
K社 (ショックアプソーバー生産)
2006年 1月 末で 731名在籍 し,そのうち間接員 193名,直接員 493名, 女性 28%,平 均年齢 25歳。現場労働は二交代で 7:30‑17:15,21:00‑06:
30と なっている。昼食 45分 ,金 曜 日は2時 間昼休み時にお祈 りの時間 をとっている。従業員はマレー系 65%,中 国系 20%,イ ンド系 5〜 7%
である。
1社 :プ リン ト配線盤製造
450人, うち外国人労働者 180人,規 定により外国人は半数以下でな ければならない。外国人労働者の内訳は,イ ンドネシア人 90人,ベ トナ ム人 90人, 日本人が 6人 , 日本人のうち技術者は3人 である。
マレーシア人は週単位でやめて行 く。この地域は KLか ら離れている の で, 賃 金 は少 し安 い。中心 地 の工 業 団地 た とえ ば, K L に 近 い
Petaling」 ayaなら月650〜700リンギ,Shah Alamな ら月600リンギ
であるが,こ の Banting地 区では基本給 450リ ンギ,残 業 を加 えて も 600リ ンギである。最低工賃 は長 く上がっていない。
スケジュール管理は,従 業員 にスケジュールを守 る意識が弱いのでな かなか改善で きない。
労働基準法の関係で 日本的な労務管理はで きない。た とえば始業前 に 掃 除をや らせ られない。労務局 に訴え られて労務局の監査がはいること
になるか らだ。 日本 と比べて作業者が法律で守 られている。
労働時間は 8:00〜 17:00,途 中三回の休憩お よび昼食時間が合計 1
時間あるので,実 質 8時 間労働 である。
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