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コリャード『羅西日辞書』諸本の異同 (3)

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(1)

コリャード『羅西日辞書』諸本の異同 (3)

―「マドリー本」をめぐって―

川 口 敦 子

1.はじめに

コ リ ャ ー ド『羅 西 日 辞 書』(1632 年 ロ ー マ 刊、原 題:Dictionarium siue thesauri linguae Iaponicae compendium)について、これまで日本国内においては以下の影印本が出版さ れている。

(1)島正三編『コリャード羅西日対訳辞書・同索引』(文化書房 1966)

(2)土井忠生序文、大塚光信解題・索引『コリャード羅西日辞典』(臨川書店 1966)

(3)大塚光信解題『羅西日辞書』(勉誠社 1979)

(1)は島正三氏所蔵本の複製(1)(2)は土井忠生氏所蔵のフィルム(原本はスペイン 国立図書館所蔵本)の複製(2)、(3)は亀井孝氏所蔵本の複製(3)である。

(1)は『羅西日辞書』正篇のみの影印で(4)、本来は原本にあるはずの標題下の挿し 絵を省略したり、原本の頁付けを消去して現行の活字で頁付けをしなおしたりするな ど、影印の一部に改変がある。本文の異同については「zoyàcu」(p. 42 左 3)、「qen- zòcu no」(p. 47 右 29)「fiqi, u. 」(p. 149 左 36)とあり、前々稿および前稿(5)で正篇c とした系統に属する。正篇cはその頁付けの数字の異同によってさらに区別できるが

(p. 151 を「151」とするものと「161」と誤るものとが確認されている)、島氏編の影印本では頁付 けに前述の改変があるため、頁付けの数字に異同があるかどうかを確認できない。ま た、原本には続篇も存在したと思われるがその影印は出版に至らなかったようであり、

また島氏所蔵本の現在の所在についても筆者は把握していない。したがって、調査の 対象からはひとまず除外するものとする。

(2)の原本について、大塚氏はこれを「マドリー本」と呼び、諸本の本文異同の比 較に用いている。スペイン国立図書館には『羅西日辞書』が 3 点所蔵されているが、

影印本の解説・附記には、原本がそのうちのどれであるかについての記載がない。

また、前稿において『羅西日辞書』正篇は少なくとも 4 系統、続篇は少なくとも 7系統に分かれることを指摘したが、スペイン国立図書館における調査の結果、新た に別系統の構成を持つ本が確認された。

本稿では、スペイン国立図書館所蔵『羅西日辞書』3 本の本文異同から、「マドリー

(2)

本」と呼ばれてきた影印本(2)の原本を明らかにする。また、これまでの調査の補足 として 2013 年 9 月から 10 月における調査によって明らかになった『羅西日辞書』諸本 の異同を報告し、『羅西日辞書』の印刷過程と本文改訂について新たな知見を加える。

2.「マドリー本」について

スペイン国立図書館所蔵本については、「マドリー本」として臨川書店から出された 影印本があるが、筆者は 2013 年 9 月の現地調査においてスペイン国立図書館に『羅 西日辞書』が 3 点所蔵されていることを確認した(6)。Sala Cervantes(貴重書室に相当)

所蔵の R/34593(本稿では便宜上「SC 本」と呼ぶ)、Salon General(一般閲覧室に相当)所蔵 の 3/45034 と 4/8501(本稿では便宜上それぞれ「SG(a)本」「SG(b)本」と呼ぶ)である。

臨川書店の影印本は、同書の「附記」によれば、土井忠生氏所蔵のスペイン国立図 書館本のフィルムを元に、「一部鮮明さにかけるところがあったため、京大本によって 補うの処置をとった」とのことであるが、土井氏所蔵のフィルムがスペイン国立図書 館所蔵 3 本のうちどれを撮影したものであるのか、また影印本のどの箇所が京大本に 差し替えられたのかについては書かれていない。大塚氏による本文異同の対照表(7)

を基に、臨川書店の影印本と京大本(原本)の異同を確認したところ、少なくとも両者 の間に本文異同がある箇所については京大本による差し替えは行われていないと認め られる。

なお、スペイン国立図書館所蔵 3 本の扉にはそれぞれ蔵書印や書き入れがあるが、

臨川書店の影印本ではこれらは消されており、蔵書印等から原本を特定することはで きない。

そこで、臨川書店による「マドリー本」の原本を特定するために、スペイン国立図 書館所蔵の 3 本と「マドリー本」(影印本)の異同を次の【表 1】に示す。

【表 1】を見ると、「マドリー本」と本文が合致しているのはスペイン国立図書館 SG

(b)本(Salon General 4/8501)であることがわかる。スペイン国立図書館 SC 本は正篇 の p. 149 の項目および続篇の p. 265 から p. 295 までの項目は「マドリー本」と合致 するが、それ以外の項目では合致しない。また、p. 313、p. 320、p. 324、p. 328 の頁 付けの数字が誤っており、これも「マドリー本」とは異なっている。スペイン国立図 書館 SG(a)本は、正篇の p. 149 の項目と頁付けの数字は「マドリー本」と合致する が、それ以外の項目は合致せず、本文の系統はまったく異なっている。

したがって、「マドリー本」影印の原本はスペイン国立図書館 SG(b)本であったと 考えられる。そこで、これまで「マドリー本」として扱ってきたものを、以後は「ス ペイン国立図書館 SG(b)本」と呼ぶことにする。

(3)

スペイン国立図書館 SC 本

スペイン国立図書館 SG(a)本

スペイン国立図書館 SG(b)本

「マドリー本」

(影印本)

042 左 03 zoyàcu zoyàcu zoràcu zoràcu

047 右 29 qen-zòcu no qen-zòcu no qen-zòcu nu qen-zòcu nu 149 左 36 fòqi, u. fòqi, u. fòqi, u. fòqi, u.

179 左 32 faqi, u. faqi, u. fayi, u. fayi, u.

217 左 36 ĩſagari, u. ĩſagari, u. icãgari, u. icãgari, u.

224 右 10 voxĩda-xi, u. voxĩda-xi, u. voixĩda-xi, u. voixĩda-xi, u.

224 右 11 nacãgucdaxi, u. nacãgucdaxi, u. nagucdaxi, u. nagucdaxi, u.

265 左 15 cumi, u. cùmi cumi, u cumi, u. cumi, u.

265 左 22

265 左 34 furui, ǔ. futui, ǔ. furui, ǔ. furui, ǔ.

269 左 23 fo-robòxi, u. fo-roqòxi, u. fo-robòxi, u. fo-robòxi, u.

290 左 23 mucay mucaye mucay mucay

290 右 20 nàio nàii nàio nàio

290 右 25 ma-cuioi. ma-curoi. ma-cuioi. ma-cuioi.

291 左 18 ma-ràxi, u. ma-vàxi, u. ma-ràxi, u. ma-ràxi, u.

291 左 34 nozomu nozomi nozomu nozomu

291 右 26 ſamatàque ſamatàgue ſamatàque ſamatàque 294 左 37

294 右 12

294 右 32 xiqini xichini xiqini xiqini

295 左 05 coròyi, u. coròxi, u. coròyi, u. coròyi, u.

295 左 21 daij daiji. daij daij

295 左 39 noyǒni vanoyǒni noyǒni noyǒni

313 315 313 313 313

320 297 320 320 320

324 334 324 324 324

328 388 328 328 328

【表1】スペイン国立図書館所蔵 3 本と「マドリー本」の異同

※マドリー本と一致する箇所には網掛けを施した。

3.調査対象

前々稿および前稿において、国内外に所在する『羅西日辞書』22 点(「マドリー本」=

スペイン国立図書館 SG(b)本を含む)の異同箇所を比較して諸本の系統を分析した。本稿

では、その補遺および追加調査として以下の①〜⑤を挙げる。所蔵番号等の情報は、

①〜③は 2013 年 9 月、④⑤は 2013 年 10 月に行った現地調査に基づく。なお、来歴 の手がかりのために、所蔵者に関係すると思われる書き入れや印記、登録番号につい ても記す。

(4)

①スペイン国立図書館 SC 本

スペイン国立図書館 Biblioteca Nacional de España Sala Cervantes R/34593 正篇・続篇。

背表紙に「[DICCIO]NARIO EN LATIN ESPANOL, Y CHINO」の紙片貼付。表 見返しに「426.3」「2 / 60396」(鉛筆で抹消)の紙貼付、「R/34593」の書き入れ。

扉に「J3. 2」のインク書き入れ。印記「BIBLIOTECA NACIONAL」。

②スペイン国立図書館 SG(a)本

スペイン国立図書館 Biblioteca Nacional de España Salon General 3/45034 正篇・続篇。

前遊び紙裏に「Diccionarios 4.os 8.a 306」のインク書き入れ。扉に「8Re」「Code

[x]Pedro」「deRoxir」のインク書き入れ。印記「BIBLIOTECA NACIONAL」。

③スペイン国立図書館 SG(b)本 (=旧「マドリー本」)

スペイン国立図書館 Biblioteca Nacional de España Salon General 4/8501 コリャード『羅西日辞書』正篇・続篇(1)、David Haex,

Roma, 1631(2)、コリャード『日本文典』(3)、『懺 悔録』(4)の合冊。

表見返しに、「112-3」を横線で抹消したインク書き入れ、「112-1」を横線で抹消 した鉛筆書き入れ、「261-2」のインク書き入れを鉛筆の横線で抹消、「261-6.」と の鉛筆書き入れを赤鉛筆の横線で抹消、「139-」の赤鉛筆書き入れとその横に「8」

の鉛筆書き入れ。表見返しに、「BN」モノグラム入りの蔵書票、「4/8501」との蔵 書票貼付。扉に「BR」モノグラム入りの円形蔵書票貼付。p. 5 に円形蔵書票貼付。

「BR」モノグラムに王冠と月桂樹の蔵書印。

④清泉女子大本

清泉女子大学附属図書館 495.6/C69

コリャード『日本文典』(1)、『羅西日辞書』正篇(2)、続篇(3)の合冊。

表見返しに、欧文(薄くて判読困難)、「224 | 4」、「Legge | Japanese 10」、「See Collado Ching. Cat. 860」の鉛筆書き入れ、「10 - Collado (D).- Dictionarium

(Latino-Japonicum) sive Thesauri Linguae Japonicae compendiú. Cum Additionibus. 2 parts. The same. Ars Grammaticae Japonicae Linguae. - Together in One Volume. Small 4to. Vellum. pp. 75 and 355. Romae, 1632.

Scarce.」との紙片貼付。『日本文典』扉に「Eames | collection」(8)の鉛筆書き入 れ。登録印「495.6 | C69」。印記「CASE MEMORIAL LIBRARY HARTFORD SEMINARY FOUNDATION」「BIBLIOTHECA HEBERIANA」(9)「HARTFORD THEOLOGICAL SEMINARY」。

(5)

⑤早大本

早稲田大学附属図書館 P/2006 特 正篇のみ。

前遊び紙表に「2nd book has final blank, nor in either B. M. copy. 」の鉛筆書き 入れ。p. 2 に「P | 2006」、「75-1633」の鉛筆書き入れ。印記「早稲田大学図書」。

4.諸本の異同

前々稿および前稿で報告した諸本に上記の①〜⑤を加え、新たに 3 項目を追加した 全 31 項目について、正篇(4 項目)と続篇(27 項目)に分けてそれぞれ【表 2】と【表 3】

に示す。正誤表などから誤りと判断される箇所については網掛けを施す。

正篇は以下の 4 系統に分類される。なお、今回新たに報告する諸本には下線を付す

(以下同じ)

正篇a:スペイン国立図書館 SG(b)本(=旧「マドリー本」)、亀井本

正篇b:ライデン大学本、スペイン国立図書館 SC 本、スペイン国立図書館 SG(a)本 正篇c 1:オーストリア国立図書館本、早大本

2:アレッサンドリナ Of 本、アレッサンドリナ Oo 本、ヴァチカン Barberini 本、ヴァチカン Chigi 本、ヴァチカン Mai 本、ヴァチカン Racc.

Gen. Oriente 本、ヴァリチェリアナ本、ウルバノ大学本、東大本、アンジェ リカ本、アジュダ本、ポルト市公共図書館本、東洋文庫本、大阪府立図書 館本、京大上野文庫本、京大本、筑波大本、バイエルン州立図書館本、清 泉女子大本

続篇について、前稿では「続篇a・続篇b・続篇c 1・続篇c 2、続篇c 3、

続篇c 4、続篇d」の 7 系統に分類したが、今回調査したスペイン国立図書館 SC 本 はこの 7 系統とは異なる状態を示していることがわかった。これを続篇eとする。

続篇a:スペイン国立図書館 SG(b)本(=旧「マドリー本」)、ライデン大学本、ヴァ リチェリアナ本、清泉女子大本

続篇b:アンジェリカ本 続篇c 1:ヴァチカン Chigi 本

2:ヴァチカン Racc. Gen. Oriente 本、東大本

3:ヴァチカン Barberini 本、ウルバノ大学本、亀井本、アジュダ本、ポ ルト市公共図書館本、東洋文庫本、大阪府立図書館本、筑波大本、オース トリア国立図書館本

4:アレッサンドリナ Of 本、京大上野文庫本

(6)

正篇a 正篇b 正篇c-1 スペイン国立図書館 SG(b)

本、亀井本

ライデン大学本、スペイン 国立図書館 SC 本、スペイ ン国立図書館 SG(a)本

オ ー ス ト リ ア 国 立 図 書 館 本、早大本

042 左 03 zoràcu zoyàcu zoyàcu

047 右 29 qen-zòcu nu qen-zòcu no qen-zòcu no

149 左 36 fòqi, u. fòqi, u. fiqi, u.

151 151 151 161

【表2】正篇の異同

続篇a 続篇b 続篇c-1 続篇c-2

スペイン国立図書館 SG (b) 本、ラ イ デ ン 大学本、ヴァリチェ リアナ本、清泉女子 大本

アンジェリカ本 ヴァチカン Chigi 本 ヴ ァ チ カ ン Racc.

Gen. Oriente 本、東 大本

166 166 166 166 166

179 左 32 fayi, u. fayi, u. faqi, u. faqi, u.

216 216 216 202 216

217 左 36 icãgari, u. icãgari, u. icãgari, u. icãgari, u.

224 右 10 voixĩda-xi, u. voixĩda-xi, u. voixĩda-xi,u. voixĩda-xi, u.

224 右 11 nagucdaxi, u. nagucdaxi, u. nagucdaxi, u. nagucdaxi, u.

265 左 15 cumi, u. cumi, u. cumi, u. cumi, u.

265 左 22

265 左 34 furui, ǔ. furui, ǔ. furui, ǔ. furui, ǔ.

269 左 23 fo-robòxi, u. fo-robòxi, u. fo-robòxi, u. fo-robòxi, u.

271 269 269 269 269

290 左 23 mucay mucaye mucaye mucaye

290 右 20 nàio nàii nàii nàii

290 右 25 ma-cuioi. ma-curoi. ma-curoi. ma-curoi.

291 左 18 ma-ràxi, u. ma-vàxi, u. ma-vàxi, u. ma-vàxi, u.

291 左 34 nozomu nozomi nozomi nozomi

291 右 26 ſamatàque ſamatàgue ſamatàgue ſamatàgue 294 左 37

294 右 12

294 右 32 xiqini xichini xichini xichini

295 左 05 coròyi, u. coròxi, u. coròxi, u. coròxi, u.

295 左 21 daij daiji. daiji. daiji.

295 左 39 noyǒni vanoyǒni vanoyǒni vanoyǒni

313 313 313 313 313

320 320 320 320 320

324 324 334 324 334

328 328 388 328 388

【表3】続篇の異同

(7)

正篇c-2 正誤表 アレッサンドリナ Of 本、アレッサンドリナ Oo 本、ヴァチカン Barberini 本、ヴァチカン Chigi

本、ヴァチカン Mai 本、ヴァチカン Racc.Gen.Oriente 本、ヴァリチェリアナ本、ウルバノ大学 本、東大本、アンジェリカ本、アジュダ本、ポルト市公共図書館本、東洋文庫本、大阪府立図書 館本、京大上野文庫本、京大本、筑波大本、バイエルン州立図書館本、清泉女子大本

zoyàcu

qen-zòcu no

fiqi, u.

151

続篇c-3 続篇c-4 続篇d 続篇e 正誤表

ヴァチカン Barberini 本、ウルバノ大学本、

亀井本、アジュダ本、

ポルト市公共図書館 本、東洋文庫本、大阪 府立図書館本、筑波 大本、オーストリア 国立図書館本

アレッサンドリナ Of 本、京大上野文 庫本

京大本、スペイン 国立図書館 SG(a)

スペイン国立図書 館 SC 本

166 166 166 (なし)

faqi, u. faqi, u. faqi, u. faqi, u.

216 216 216 216

icãgari, u. icãgari, u. ĩſagari, u. ĩſagari, u. icãgari, . iiãgari.

voixĩda-xi, u. voixĩda-xi, u. voxĩda-xi, u. voxĩda-xi, u.

nagucdaxi, u. nagucdaxi, u. nacãgucdaxi, u. nacãgucdaxi, u. nagucdaxi, . naguẽdaxi.

cumi, u. cumi, u. cùmi cumi, u cumi, u. cùmi; u.

furui, ǔ. furui, ǔ. futui, ǔ. furui, ǔ. futui, . furui.

fo-robòxi, u. fo-robòxi, u. fo-roqòxi, u. fo-robòxi, u. roqòxi, . roboxi.

269 271 269 269

mucaye mucaye mucaye mucay mucay, . mucaye.

nàii nàii nàii nàio nàio, . nàri.

ma-curoi. ma-curoi. ma-curoi. ma-cuioi. cuioi, curoi.

ma-vàxi, u. ma-vàxi, u. ma-vàxi, u. ma-ràxi, u. ràxi, . vaxi.

nozomi nozomi nozomi nozomu nozomu, . nozomi.

ſamatàgue ſamatàgue ſamatàgue ſamatàque ſamatàque, .ſamatague.

.

xichini xichini xichini xiqini

coròxi, u. coròxi, u. coròxi, u. coròyi, u. coròyi, . coròxi.

daiji. daiji. daiji. daij . daiji

vanoyǒni vanoyǒni vanoyǒni noyǒni

313 313 313 315

320 320 320 297

324 324 324 334

328 328 328 388

(8)

続篇d:京大本、スペイン国立図書館 SG(a)本 続篇e:スペイン国立図書館 SC 本

続篇eについて、頁付けの数字を除いた本文だけの異同を見ると、p. 224 までの箇 所は続篇d、p. 265 から p. 269 までの箇所は続篇a・続篇b・続篇c、p. 290 から p. 295までは続篇aと同じである。正誤表を参照すると、p. 269 までの箇所は本文を 改訂した後の状態だと考えられるが(10)、p. 290 から p. 295 までの箇所は改訂前の状 態であると言える。なお、続篇eには p. 313 と p. 320 の頁付けの数字をそれぞれ

「315」「297」とする誤植があり、これは他系統には見られなかったものである。

本文の異同から諸本の先後関係を考えてみた場合、改訂前の本文が改訂後の本文に 置き換わっていくという方向で整理すると、続篇a→b→cという流れが成立する。

この流れに一部逆行する状態を示しているのが続篇dと続篇eである。また、頁付け の数字の異同まで考慮すると、諸本の状態はさらに複雑な様相を呈している。

正篇は、本文だけを見れば 3 系統、頁付けの数字の異同を含めると 4 系統に分けら れる。続篇は、本文だけを見れば 5 系統、頁付けの数字の異同を含めると 8 系統に分 けられる。だが、異同の種類について見てみると、例えば正篇 p. 42 左 3 は「zoràcu」

「zoyàcu」、続篇 p. 179 左 32 は「fayi, u. 」「faqi, u. 」といった具合に、項目ごとに見 れば、「改訂前」と「改訂後」の 2 種類の異同しかない。その改訂前と改訂後の 2 種類 の本文が、諸本ではそれぞれ異なる組み合わせで出現しているのである。

『羅西日辞書』の現存数は多く、筆者未見の諸本の中にはまた異なる本文を持つも のが存在する可能性も否定できないが、これまでに調査した諸本の状態を見る限りで は、異同の組み合わせの複雑さに比して、本文の改訂の回数そのものはとても少ない と言えよう。

現時点では、『羅西日辞書』は正篇・続篇ともに印刷の段階で少なくとも 1 回の改訂 が行われ、改訂前と改訂後の 2 種類の異なる本文が存在すると言うことができる。そ して、改訂前と改訂後の本文はそれぞれに分別された上で製本されたのではなく、恐 らくは異なる本文を持つ折丁が混在するような製本の過程を経たのではないかと考え られる。そのような製本の行程を経た結果、複雑な組み合わせの本文を持つ諸本がで きあがったのだろう。このように考えれば、続篇dと続篇eの本文および正篇c 1・

続篇b・続篇c 1・続篇c 2 の頁付けの数字に見られる、改訂前から改訂後へとい う流れに逆行しているように見える誤植の存在も説明が付く。

『羅西日辞書』の本文異同の複雑さについて、前稿では改版の繰り返しによるもの かと解釈したが、むしろ改版そのものの回数は少なく、改版・印刷の後の製本過程に よって生じたものと解釈するのが適切であろう。

(9)

5.おわりに

現存する『羅西日辞書』は 1632 年版のみで、特に改版の記録は残されていない。

だがこれまで見てきたように、本文の異同からは少なくとも 1 回の改版は行われたこ とがわかる。

ただし、『羅西日辞書』の場合、本文の異同から諸本の先後関係を論じるのは難しい。

もし、改訂前の紙面も改訂後の紙面もすべてが印刷された後で、それらの折丁が混在 する状態からまとめて製本作業が行われたのだとしたら、どれが改訂前であるとか改訂 後であるとかいうことはあまり重視せずに製本された可能性も考えられる。

前々稿からの一連の調査は、『羅西日辞書』を日本語の研究資料としてより利用しや すいものとするための基礎的な手順として、諸本のうちどれが最善本であるかを見極 めることが目的であった。改訂後の本文がより良いものであるとするならば、すべて 改訂後の本文を持つものが最善本となり得るであろうが、現時点では未だそのような 本は見つかっていない。今後の調査によっては最善本と呼べるような本が見つかるか もしれないが、『羅西日辞書』諸本の派生は改版よりも製本の過程に拠るところが大き いのではないかと考えられるため、改訂後の本文だけを選んで製本したものが実際に 存在するかどうかは偶然に左右されると言って良いだろう。したがって、『羅西日辞 書』の場合、本文の校合を基にした、いわば「仮想の最善本」を念頭に置きながら利 用するのが現実的かもしれない。

謝辞:貴重な資料の閲覧をご許可くださった関係者の方々に厚く御礼申し上げる。なお、清泉女子大学 本の来歴および蔵書印については清泉女子大学附属図書館の職員の方々よりご教示頂いた。末尾 ながらこの場を借りて感謝申し上げる。

付記:本稿は平成 23 − 26 年度科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金(若手研究(B))、課題 番号:23720228)による成果の一部である。

【注】

(1)島正三編『コリャード羅西日対訳辞書・同索引』の「はしがき」参照。

(2)大塚光信解題・索引『コリャード羅西日辞典』(臨川書店 1966)p.178「附記」参照。

(3)大塚光信解題『羅西日辞書』(勉誠社 1979)の「凡例」参照。

(4)同書の「はしがき」には「増補は別巻に譲る」とあるが(「増補」とはいわゆる続篇のことであ ると思われる)、これは出版されなかったようである。

(5)拙稿「コリャード『羅西日辞書』諸本の異同 ―ローマ、ヴァチカンにおける調査を中心に―」

(三重大学人文学部文化学科研究紀要『人文論叢』第 29 号、2012 年 3 月)、同「コリャード『羅 西日辞書』諸本の異同(2)―国内諸本など―」(『三重大学日本語学文学』第 24 号、2013 年 6月)参照。

(10)

(6)現在、スペイン国立図書館の公式サイトには全資料がオンラインカタログで検索可能とあるが

(http://www.bne.es/es/Catalogos/)、古い資料に関してはオンラインカタログへの登録漏れ がしばしば見られる。現地調査を行った 2013 年 9 月の時点では、オンラインカタログでは『羅 西日辞書』は検索できず、レファレンス担当者にも「所蔵なし」と判断されていた。筆者は Sala Cervantes の印刷本カタログ(古い紙カードのコピーを製本したもの)によって『羅西日 辞書』3 点の所在を確認し、これを図書館の担当者に報告した。現在では3点ともオンラインカ タログに登録されている。

(7)大塚光信『抄物きりしたん資料私注』(清文堂 1996)p. 256-257 参照。

(8)アメリカの書物収集家、ニューヨーク市立図書館元館長 Wilberforce Eames(1855-1937)の蔵 書であることを示す。

(9)イギリスの書物収集家 Richard Heber(1774-1833)の蔵書であることを示す。

(10)ただし、p. 217 左 36「ĩſagari, u.」および p. 224 右 11「nacãgucdaxi, u」については、正誤表 に示されている正しい語形(「iiãgari」「naguẽdaxi」)には訂正されていない。正誤表によれば、

続篇a〜cの該当箇所は改訂前の語形(「icãgari」「nagucdaxi」)だが、これを訂正しようとし てかえって誤ってしまったのが続篇dと続篇eの状態であると考えられる。

[かわぐち あつこ 本学教員]

参照

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