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化学形態別元素分析用環境標準物質の課題と展望

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化学形態別元素分析用環境標準物質の課題と展望

成川 知弘*

(平成16112日受理)

A survey on speciation reference materials

Tomohiro NARUKAWA

1. 序論

環境分野において分析対象となる物質には,金属元素 を含む無機化合物,有機金属化合物および有機化合物な ど種類が多い.これらの分析対象物は,単純系で存在す ることは稀であり,多くの場合は複雑な系から成り立っ ている.また,環境分析における測定対象試料は,水系 試料などの液体,ガスまたはガス状物質,岩石や土壌な どの固体物質,生物生体物質など多岐にわたる.さらに,

分析対象元素が組成を主に構成する主成分(~%)からわ ずかに存在する微量成分(pptppm)と対象濃度範囲も広 い.この様な複雑かつ対象が広い環境試料に対して,正 確かつ信頼性が高い元素分析法の確立は環境汚染管理や リスク評価に重要である.

環境分野では,分析対象が1つの元素であっても,そ の状態,組成成分および濃度により定量において複雑な 干渉を受ける可能性があるため,取り扱いは単純でない.

例えば,対象物が岩石,底質,土壌などの固体試料では,

定量に先立って,通常は試料の溶液化や目的成分の分離,

抽出または濃縮などの前処理が必要となる場合が多い.

そのため,前処理操作段階における技術力が結果に大き く影響し,定量結果や信頼性などの評価に著しい影響を 及ぼす場合もある.よって,信頼性の高い分析を行うに は,分析対象となる物質と類似した系を取り扱うことで,

分析法のバリデーションや分析操作の精度,正確さを管 理および議論する必要がある.すなわち,環境分析分野 で用いられる試料に類似した系の成分濃度を認証した環 境分析用組成標準物質が重要となる.

一方,近年における技術進歩は,分析装置などの性能を 飛躍的に向上させ,ppbレベルの微量元素を正確に定量可能 となった.さらに,分析から得られた知見より微量元素と

人体への関わりが明らかにされつつあり,人体への必須性 や毒性が解明されはじめた.そのため,近年では環境汚染 管理と,人体への悪影響を避けるためにも多種多様な分析 対象物質に対し,年々正確な低濃度の分析法が必要とされ ている.また,環境中における元素は,酸化数や構造など が異なる幾つかの化学形態で存在しており,さらに,その 化学形態によって人体に対する毒性が異なるため,全量分 析と伴に化学形態別分析も必要性が増している.

この様な現状において,元素やその化学形態に関わる 環境汚染や環境モニタリングなどの国際的な相互評価や 監視の必要性が高まり,国際的な技術の共通化が求めら れている.そのため,分析技術と評価のための環境標準 物質の果たす役割が大きくなりつつある.

しかし,環境分野と言う広い分析対象物を考えた場合,

組成標準物質の整備は未だ十分でない.また,最近にな って元素の化学形態とその毒性が問題視され,監視など が早急に求められ始めたものもある.環境汚染問題や元 素の毒性に対する知見が増え,微量元素のモニタリング が必要とされる昨今,化学形態別分析用環境組成標準物 質の存在意義は益々増加すると考えられる.

そこで,本研究では,微量元素分析用環境組成標準物 質の種類や調製方法についての現状を調べた.環境組成 標準物質には,主に金属元素を中心とした元素分析用と PCB同属体や塩素系農薬類などを目的とした有機系に大 別されるが,本研究では,主に金属元素を取り扱う.

本内容における“1.序論”では,環境標準物質と環境分 析の概略について述べる.“2.背景と意義”では,元素の 化学形態と化学形態別分析の必要性および現在規制対象 とされている化学形態について述べる.“3.微量元素分 析法では,全量および化学形態別分析において現在有用 とされている微量元素の分析方法について述べる.“4 値付け方法と標準液では,環境標準物質の開発における 値付け方法および値付けの際に用いられる標準液の現状

技 術 資 料

* 計測標準研究部門 無機分析科

(2)

について述べる.“5.標準物質の種類では,国内外の主 要機関から現在頒布されている環境標準物質について述

べる.“6.環境組成標準物質の調製法”では,現在頒布さ

れている幾つかの環境標準物質を例に挙げ,その調製方 法および値付けに用いられた分析法などについて述べる.

“7.化学形態別用標準物質の現状では,現在頒布されて いる環境標準物質の内,化学形態別の認証をもつ標準物 質について述べる.“8.今後の展望では,今後において 必要性が求められると予想される化学形態別分析用環境 標準物質を例に挙げ,その開発を目指す過程で,現状の 開発法の妥当性と問題点を考え,対応策などを議論する.

“9.結論では,本研究内容をまとめる.

2. 背景と意義

2.1 化学形態別分析の必要性

自然界における元素は,幾つかの化学形態で存在する 可能性があり,また,化学形態によって毒性が異なる.

金属元素を目的とした場合,その化学形態別とは,構造 や官能基の種類や数などが異なる有機金属化合物同士,

酸化数が異なるもの同士,さらに配位子が異なる錯体化 合物同士などが挙げられる.これらの化学形態は自然循 環において変化し,化学形態とその毒性が問われるもの には,ヒ素,クロム,スズ,水銀などある.

最近,世間的にも毒性が問題視されたヒ素は,天然で は主にヒ素鉄鉱,鶏冠石として産出され,岩石,底質,

環 境 水 な ど の 自 然 界 で は 主 に 無 機 化 合 物 で あ る As(III)(ヒ素3)As(V)(ヒ素5)として存在する.しか し,環境水中に溶出された無機ヒ素化合物は,海藻類,

貝類,魚類などの海産生物の生物体内へ取り込まれた場 合,生物体内でメチル化(CH3-)され,有機ヒ素化合物( メチルアルシン酸,テトラメチルアルソニウムイオン,

アルセノベタイン,アルセノコリン,ヒ素糖類など)へと 化学形態変化を起こす.そのため,海藻類ではヒ素糖類,

魚類では構造内に4つのメチル基を有するアルセノベタ インとして殆どが存在する.そして,海産生物を諸外国 よりも多く摂取する生活様式を持つ日本人は,ヒ素化合 物を多く摂取していると言える.しかし,魚類に多く含 まれ,有機ヒ素化合物の一つであるアルセノベタインな どは,人体に対する毒性は殆どなく,体内に摂取された 場合にも速やかに排出される.これに対し,一部報道で も 話 題 に なり , 人 体 に 対し て 最 も 毒 性が 高 い も の は As(III)であり,その毒性はアルセノベタインと比較して 1000倍以上程度異なる.

クロムは,地殻存在量が100ppm程度であり,主要鉱石

はクロム鉄鋼(FeCr2O4)である.クロムはステンレス鋼,

メッキ工業に使用されるなど,工業的用途も広い.天然 では無機化合物のCr(III)(クロム3価)として存在する.稀 に土壌などから無機化合物のCr(VI)(クロム6価)が検出さ れる場合もあるが,これは人為的汚染が原因とされる.

また,Cr(III)Cr(VI)は同じ無機化合物であっても,人体 に対する作用は全く異なり,Cr(III)は人体における必須 元素であるのに対して,Cr(VI)は発ガン性物質である.

一方,スズでは,無機化合物の毒性は低く,人体に対 して問題となるのは有機スズ化合物であり,内分泌撹乱 物質(環境ホルモン)にも指定されている.有機スズ化合 (ブチルスズ化合物,フェニルスズ化合物など)は,プ ラスティックの安定剤や船底などの防汚塗料などに利用 されているが,廃棄物の埋め立てや塗料から溶出した有 機スズ化合物が,海洋に生息する貝類などの生態系に大 きな影響を及ぼすことが明らかとなった.

また,過去に我が国において公害問題を引き起こし,

毒性が問題視された元素も多い.

熊本県水俣市で起きた水俣病の原因となった元素は水 (Hg)であり,その原因となった化学形態はメチル水銀 である.メチル水銀がある一定濃度以上人体に取り込ま れた場合,初期段階における感覚障害から様々な悪影響 を及ぼす.そのため,水銀の規制濃度を定める必要性が あるが,胎児や妊婦は水銀の悪影響に弱く,また,遺伝 的な影響を避けるためにも,成人に対する規制よりも何 倍も低いレベルでの規制と監視が必要とされている. また,特定な化学形態に依存はしていないが,富山県婦 中町で起こった公害のイタイイタイ病では,カドミウム (Cd)の慢性中毒によって腎臓障害を生じ,次いで骨軟化 症をきたして骨折や身体が小さくなってしまうことによ る内臓の圧迫などの悪影響を生じた.

さらに,三重県四日市地域では,二酸化硫黄(SO2)やば いじんによって引き越される喘息が深刻な問題となった.

この様な歴史的なことからも,現在までに様々な法律,

法令により,環境中の物質は規制,監視されている.

従って,環境汚染対策およびリスク評価を判断するた めには,多種多様な元素に対して,規制値よりもさらに 低濃度を正確かつ高精度に定量する分析法の確立とモニ タリングが重要である.

しかしながら,多種多様な組成成分からなる環境試料 では,その複雑系の中の微量元素を正確に定量すること は容易ではない.すなわち,確立された一つの分析法が 全ての環境試料に対して有効となる訳ではない.そのた め,各環境試料では,対象元素,濃度,組成成分から干 渉などを考慮した分析技術の確立が必要である.また,

(3)

化学形態別元素分析用環境標準物質の課題と展望

各環境試料では同一元素であっても,その存在する化学 形態が異なる可能性があり,さらに,分析法によっては,

化学形態によって分析における定量感度が異なるなど,

正確な定量および評価には十分な知識と検討が必要とな る.この様な中で,分析技術の統一化とトレーサビリテ ィを確保し,環境リスク評価などを行うには,各分析者 が分析対象物となるものに最も組成成分が近いものを取 り扱うことで,分析法の評価を行うことが必要である.

そのため,今後需要が増すであろう化学形態分析におい ては,化学形態別の認証値を示す環境標準物質の存在が 重要かつ必要である.

2.2 化学形態と現状の規制

元素濃度は,その全量と伴に化学形態に対する知見や 分析も重要である.事実,日本の水質基準では,クロム は毒性の強いCr(VI)(6価クロム)として0.05ppm以下と規 制されている.また,水銀では,全量として0.0005ppm 以下と言う規制と同時に,アルキル水銀は検出されない こととされている.

一方,ヒ素では,最も毒性が強いのはAs(III)(3価ヒ素) であるが,現在の水質基準では,全量ヒ素として0.01ppm 以下と規制されている.Cr(VI)およびAs(III)のいずれも,

摂取した場合には人体にとって悪影響を及ぼすものであ るが,Cr(VI)は化学形態で規制されるのに対し,ヒ素は 全量で規制されている.この違いにおける一つの要因は,

汎用性の高い化学形態別分析法が確立されているか否か によると考えられる.

日本工業規格(JIS)におけるCr(VI)の分析法は,ジフェ ニルカルバジド法である.1これはCr(VI)にジフェニルカ ルバジド溶液(1,5-ジフェニルカルボノヒドラジド)を加 え,生成する赤紫の錯体の吸光度を測定する方法であり,

定量範囲は2~50μgである.この反応は,Cr(VI)との特 異的な反応であり,また,用いる測定機器が比較的安価 な吸光光度計であるため,汎用性も高かった.現在では,

全量クロムを原子スペクトル分析法によって定量し,

Cr(VI)をジフェニルカルバジド法によって定量するなど

して,差分をCr(III)量とする様な化学形態別分析が用い られることがある.一方,JISにおけるヒ素の分析法は,

水素化物発生/原子スペクトル分析法である.2 この方 法は,ヒ素の高感度分析が可能であり,ヒ素の水素化物 であるアルシン(AsH3)の生成条件を変化させることで,

As(III)およびAs(V)の化学形態分析も可能である.しかし,

形態別分析では条件設定などに十分な考慮が必要となる ため,現在の所では化学形態別分析法とはされていない.

しかし,近年において分析技術が進歩し,元素の化学形

態とその毒性に対する知見が増えたものも多い.また,機 器普及率が増す昨今では,これまでに全量として規制対象 であった元素についても,最近の分析技術を公定法に取り 込み,新たに化学形態別の規制や監視項目などが設けられ る可能性もある.そして,法律や法令で規制や監視項目と なった場合には分析の必要性が増し,同時に,その際の分 析法のバリデーションや分析操作の精度管理のための化 学形態別認証を持つ環境標準物質が必要となる.

3. 微量元素分析法

3.1 全量分析法

環境中にppmレベル以下で存在する微量元素の定量で は,原子スペクトル分析法であるフレーム原子吸光分析 法(Flame Atomic Absorption Spectrometry,FL-AAS),電 気加熱式原子吸光分析法(Electrothermal Atomic Absorption SpectrometryETAAS),誘導結合プラズマ(Inductivity Coupled PlasmaICP)発光分光分析法(Atomic Emission SpectrometryAES)ICP質量分析法(Mass Spectrometry ICP-MS),また,中性子放射化分析(Neutron Activation AnalysisNAA),蛍光X線分析法(X-ray FluorescenceXRF) などが有用である.

原子スペクトル分析法における定量濃度範囲を図1に 示す.フレーム原子吸光法は,アルカリ金属およびアル カリ土類金属などの主成分元素の定量には優れているが,

その他の微量元素では一般的に感度が悪く,環境試料へ の適用は十分でない.ICP-AESは多元素同時分析が可能 であり,定量濃度範囲が広い特徴を有するが,液相濃度 における元素の検出感度がICP-MSと比較して24桁程

度低い.ETAASppbレベルの金属元素分析に優れ,分

析時の必要試料量が1 mL程度以下である特徴を有する が,装置の原理特性から単元素分析が主であるため,分 析に長時間を要する.ICP-MSはppt~ppbレベルの元素を 高感度かつ高精度に分析でき,また多元素同時分析でき るため,現在では最も有用な検出器であるが,分析時に 分子イオンの干渉を受ける可能性があり,分析条件の最 適化には十分な知識を必要とする.

一方,NAAは元素分析の感度としてICP-MSと同等な高 感度を有するが,放射化のための原子炉が必要であり,

汎用性が低い.XRFは固体試料を取り扱うことが可能で あるが,他の分析法と比較して繰り返し精度が悪い.

環境試料は様々な濃度レベルの元素を多数含む複雑系 であるため,干渉なしに分析することは困難である.そ のため,一つの分析法だけでは,各分析装置における原 理理論,性能において避けられない干渉を含む定量値を

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図1 分析法と定量濃度範囲

得る可能性を持つ.よって,原理理論の異なる複数の装 置を用いることで,装置原理に依存する干渉を避け,統 計的に真値の議論を行うのが良い.

一 般 的 には , 汎 用 性 や装 置 の 定 量 感度 な ど か ら , ICP-MSICP-AESETAASなどの原子スペクトル分析法 を主に組み合わせて定量を行う場合が多い.そして,こ の場合に取り扱える試料状態は,主に液体と一部の気体 である.そのため,固体試料に関しては,分析に先立っ て試料の溶液化などの前処理が必要である.また,原子 スペクトル分析法は,微量元素を高感度かつ高精度に分 析可能であるが,これらの分析法を単独で行う場合,得 られる結果は試料中に存在する目的元素の全量であり,

化学形態別の知見は殆ど得られない.

3.2 化学形態別分析法

クロマトグラフィーは同一溶液内に存在する化学種 (化学形態)を分離するのに優れた手法である.一定量の 試料溶液を送液ポンプによって流される移動相(溶離液) と伴に分離カラムに導入し,その後,カラムの分離特性 と化学種との間による挙動の違いを利用して,化学種を 分離,逐次に化学形態別に溶出する方法である.クロマ トグラフィーは,分離に用いる媒体によって,液体また は気体(ガス)クロマトグラフィー(Liquid/Gas Chromatography) に大別される.クロマトグラフィーの検出器には,これ まで主に分光光度計,伝導度計,質量分析計などが用い られた.しかし,環境中にppbpptレベルで存在する微 量金属元素の定量では,感度が不十分な場合や正確さに 欠けることがある.そのため,現在では,化学種の分離 にはクロマトグラフィーを用い,検出器にICP-MSまたは ICP-AESを用いる方法が多数利用される様になった.こ れにより,オンラインで微量元素の化学種の分離と検出 が可能となり,高感度な化学形態別定量が可能となった.

クロマトグラフィーとICP-MSを組み合わせた際の装 置概略を図2に示す.目的とする化学種の沸点が高い場 合には,液体クロマトグラフィー(LC)とICP-MS/-AESを 組み合わせたLC-ICP-MS/-AESが最も汎用性が高い.また,

有機金属化合物などで沸点が低く揮発性が高い化学種で は,ガスクロマトグラフィー(GC)ICP-MSを組み合わせ GC-ICP-MSが有用である.

化学形態別分析におけるLCまたはGC-ICP-MSは,分析時 に化学形態変化を避け,比較的短時間で複数の化学形態を 分離,同時定量できるため,現在では最も有用な方法であ る.表1にクロマトグラフィーとICP-MSを結合させた手法 による,近年の化学形態別定量法の報告例をまとめる.

ヒ素化合物3)~8)[ヒ素(III)およびヒ素(V),モノメチルアル ソン酸(MMAA),ジメチルアルシン酸(DMAA),トリメチル アルソンオキサイド(TMAO),テトラメチルアルソニウムイ オン(TeMA),アルセノベタイン(AB),アルセノコリン(AsC) ヒ素糖類など]については,初期の頃,イオン対逆相クロ マトグラフィーが用いられた.これはODSカラムを固定相 とし,イオン対試薬を含む移動相(溶離液)を用いて,ヒ素化 合物を分離する.その後,陽または陰イオン対逆相クロマ トグラフィーとサイズ排除クロマトグラフィーを併用する ことによって,15種類のヒ素化合物を分離した例もある.

イオン対逆相クロマトグラフィーは多種の化学形態の分離 に優れ,イオン交換クロマトグラフィーと比較して分離能 が高い特徴がある.しかし,共存物の干渉を受けやすく,

実試料への適用が難しいとされ,最近では主にイオン交換 クロマトグラフィーが多く用いられ始めた.

図2 LC-ICP-MS装置概略

(5)

化学形態別元素分析用環境標準物質の課題と展望

表1 クロマトグラフィー/ICP-MSによる化学形態別分析法

(6)

鉛化合物9)~11),23)[鉛(II),テトラエチル鉛(TTEL),ト リメチル鉛(TML),トリエチル鉛(TEL)]に関しては,疎 水性が小さく,低メタノール濃度での利用が出来るC8を固 定相とした逆相クロマトグラフィーが有用とされている.

し か し , 現 在 の 環 境 中 で は 鉛 化 合 物 の 濃 度 が 低 く ,

LC-ICP-MSを用いても感度が不十分である場合が多い.

水銀化合物12)~14),24)[水銀(II,メチル水銀(MeHg フェニル水銀(PhHg)thimerosal]に関しては,主にイ オン対逆相クロマトグラフィーおよび逆相クロマトグラ フィーが検討されており,逆相クロマトグラフィーの方 が水銀化合物の分離に優れている.ICP-MSを検出器とし てオンライン分析を行う場合,移動相組成の有機溶媒量 を多くする必要があるため,プラズマの安定性維持に注 意および検討が必要となるが,感度および実試料に対す る適用性など有用度が高い.

セレン化合物15),16),25)[セレン(IV)およびセレン(VI) トリメチルセレノニウムイオン(TMSe),セレノシステイ (SeCys),セレノメチオニン(SeMet)など]については,

オクタデシル基とアミノ基を等モルずつ化学結合させた シリカゲルを固定相とし,逆相とイオン交換性の両方の 性質を有するカラムでセレン(IVVI)SeCysおよびSeMet を分離可能である.

スズ化合物17)~19),26)~28)[トリブチルスズ(TBT),ジブ チルスズ(DBT),モノブチルスズ(MBT),トリフェニル スズ(TPhT)など]では,イオン交換やイオン対逆相クロ マトグラフィーの分離において移動相のメタノール濃度 5060%にしなければならため,感度の低下,多原子 イオンの干渉,プラズマの安定性維持などが問題となる.

そのため,ODSカラムを固定相として,ミセル溶液を移 動相とするミセル液体クロマトグラフィーなどが検討さ れ て い る . し か し , 有 機 ス ズ 化 合 物 に つ い て は , GC-ICP-MSの方が,簡易かつ有用な手法である.

クロム20)~22)[クロム(III)およびクロム(VI)]に関しては,

イオン交換クロマトグラフィーまたはイオン対逆相クロ マトグラフィーが有用とされている.しかし,クロムの 化学形態は,溶液のpH依存性,他の物質からの酸化還元 反応が激しく,現時点では,化学形態の分離法よりも試 料中の化学形態を確実に維持する保存方法の知見が少な いことが最も大きな問題である.

4. 値付け方法と標準液

4.1 一次標準測定法

標準物質の値付け,換言すれば,元素分析において最 も有用かつ信頼性の高い分析法になりうるものは,安定

同位体希釈法(stable isotope dilution method,以下ID法と 略記)である.ID法は化学的な操作が複雑な上,分析に時 間を有する.しかし,この方法で得られる分析結果は,

正確かつ高精度(確度が高い)である.

元素の中には陽子数は同じであるが中性子数が異なる 同位体を持つものが多い.すなわち,同一元素で質量数 が異なるものが存在し,その同位体の存在比率は天然に おいて元素固有である.一般的に良く知られているもの には,質量数12の炭素(12C)および質量数13の炭素(13C) あり,天然では全量炭素の1.1%13Cが含まれている.ID 法は,天然とは異なる同位体比組成を持ち,人工的に調 製された濃縮同位体スパイク溶液(enriched isotope spike 以下スパイク溶液と略記)を試料に添加し,試料中におけ る分析対象元素の同位体平衡前後の同位体組成比変化か ら存在度を求める方法である.その概念を図3に示す.

また,ID法により目的元素を定量する場合の計算式は以 下の通りとなる.

R A

B AN×XAs×S BN×X+BS×S X AS×S-R×Bs×S

R×BN-AN

一次標準測定法であるID法の利点としては,

① 同位体比を分析するだけで定量が可能である.

② 同位体平衡状態に達していれば定量結果が分析元 素の回収率には依存しない.

③ 得られる精度が検量線法に比べて優れている.

などの利点が挙げられる.

しかし,一次標準測定法であるID法でも,その有利性 を出すには,

① 天然の同位体組成とスパイク溶液の同位体組成が 正確に決まっていること.

② 前処理をはじめとする化学的操作段階で同位体分 別が起こらないこと.

③ 測定時に質量スペクトル干渉を受けないこと.

④ 質量分析計の質量差別効果が無いこと.

⑤ スパイク溶液添加量が適切であること.

⑥ 安定同位体が複数存在すること.

などの条件が必要となり,分析装置の検出器として質量 分析装置に限られる.

また,ベリリウム(Be),フッ素(F),ナトリウム(Na),ア ルミニウム(Al),リン(P),スカンジウム(Sc),マンガン(Mn) コバルト(Co),ヒ素(As),イットリウム(Y),ニオブ(Nb) ロジウム(Rh),ヨウ素(I),セシウム(Cs),プラセオジム(Pr),

テルビウム(Tb),ホルミウム(Ho),ツリウム™,金(Au),

ビスマス(Bi),トリウム(Th)は同位体が1つである.すなわ

(7)

化学形態別元素分析用環境標準物質の課題と展望

図3 同位体希釈方の概念

ち,天然に存在する可能性を持ち,測定の必要性がある場 合でも,これら21元素に対してID法は適用出来ない.さ らに,現実にはID法でスパイクする同位体化合物の純度を 正確に決定することが困難な場合があるため,実際の適用 には十分な知識と技術が必要となり,簡易ではない.

そのため,試料中の未知濃度を求めるためには,既知 濃度の標準液を適宜希釈などした既知溶液によって作成 した検量線から試料溶液中目的元素の未知濃度を求める 検量線法,既知濃度標準液を試料に添加して得た検量線 の傾きから試料中の未知濃度を算出する標準添加法など も用いられる場合が多い.検量線法は最も汎用性が高く,

一般的手法である.一方,標準添加法は,試料中のマト リックス効果を抑制した定量が可能であるが,検量線法 と比較した場合,分析時間を要する欠点がある.

4.2 標準液

4.2.1 全量分析のための標準液

一 次 標 準 測 定 法 で あ る 安 定 同 位 体 希 釈 法(stable isotope dilution methodID)を行う上で必要となる濃縮 同位体スパイク溶液(enriched isotope spike,スパイク溶液) は ,Institute for Reference Materials and Measurements

(IRMM,Europe)などで調製および頒布されている.早く

は1980年代から開発がはじまり,現在でも多くの種類に ついて調製が行われている.また,これらには,SI単位 系に帰属する認証値および不確かさが記されている.

2004年現在でID用スパイク溶液としてIRMMに登録され ているものは139種類あり,その内30種類が現在調製開 発 中 で あ る.29) 一 例 と し てCertified Isotope reference material IRMM-012(クロム,Cr)のスパイク溶液の調製で は,National Institute of Standards and Technology(NIST U.S.A)より頒布されているNIST CRM 979高純度硝酸ク ロム(NIST SRM 979 high purity chromium nitrate[Cr (NO3)39H20])を1M塩酸溶液で溶解し,石英製アンプル 5 mL封入している.Cr量としては,2×10-7 mol·g-1であ る.この溶液におけるCrの同位体比を測定し,拡張不確 かさ(k2)を含むCrの同位体比を認証している(2) 一方,検量線法や標準添加法に利用される標準液は,

主に高純度の金属,塩(硝酸塩または塩化物が用いられる

表2 IRMM-012クロム同位体比の認証値

(8)

ことが多い)や酸化物などの試薬を溶解して調製する溶 液である.この場合,標準液は1000 mgL-1(ppm,0.1%) 程度の高濃度で調製および販売されている.また,各標 準液では,元素の特性によって液性は異なり,保存性を 保つため数%~数Mの酸(主に硝酸または塩酸)の添加,水 酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム溶液の添加,また 単に水のみで調製されるものがある.これらの溶液は化 学分析用の標準液として,目的元素濃度が認証されてい るが,その存在化学形態や同位体比に関する知見はない.

そのため,比較的取り扱い易く,国立などの研究機関だ けでなく,多くの企業からも調製や販売がなされている.

現在,国内においてJCSS金属標準液および非金属イオ ン標準液は約20種であり,関東化学株式会社や和光純薬 工業をはじめ幾つかの企業が取り扱っている.これらの 市販される標準液は,特定二次標準液を基準した滴定法 により濃度の測定が行われ,計量法第144条第1項の規定 に従った値付けの結果が記され認証書が添付される.す なわち,特定標準物質(国家計量標準)にトレーサブルで ある.一例として,JIS規格によるクロムおよびヒ素標準 液での調製法を以下に記す.

4.2.1.1 標準物質-標準液-クロム(JIS K 0024)30)

この規格は,化学分析の標準として用いるクロム標準 液を規定する.クロム標準液の濃度決定には,国が純度 を確定した標準金属亜鉛を用いた亜鉛基準標準液を用い る.クロム一次標準液は,JIS K 8005に規定する二クロム 酸カリウムを用いて,亜鉛基準標準液を基準として濃度 を確定する.クロム二次標準液は,JIS K 8005に規定する 二クロム酸カリウムを用いて調製し,クロム一次標準液 を用いてその濃度を確定したものとする.

実験に用いる試薬類では,ニクロム酸カリウムはJIS K 8517に規定する.硝酸はJIS K 9901に規定する.水はJIS K 0557の3に規定する品質のもので,不純物として含まれ るクロムは,波長357.7 nmで電気加熱式原子吸光分析を 行ったときの測定値が,B/A1/4を満足することとなる.

ここで,Aは水10 mLにクロム二次標準液(5 mg Cr L-1) 20 μLを加えた液の測定値であり,Bは水の測定値であ る.L(+)-アスコルビン酸溶液JIS K 9502に規定するもの 5g採り,水100 mLに溶解したものを使用する.10 mmolL-1 EDTA2Na溶液はJIS K 8107に規定するものを3.72g採り,

水で全量を1000 mLとしたもの,アンモニア水はJIS K 8085に規定する濃度28.030.0%のものを10 mL採り,水 100 mLを加えたもの,キシレノールオレンジ溶液はJIS K 9563に規定するものを0.1 g採り,水100 mLに溶かしたも の,硝酸ビスマス溶液(10mmolL-1)はJIS K 8566に規定す

5水和物を4.85 g採り,硝酸(1+1)25 mLに溶かした後,

水で全量を1000 mLとしたものを用いる.

調整方法としては,ニクロム酸カリウムを適当な濃度 の硝酸に溶かし,最終の硝酸濃度を0.01~0.02 molL-1とす る.試験条件では,JIS K 0050に規定する方法によって校 正された体積計を用いて,温度条件またはクロム二次標 準液とクロム標準液とを同じにする.

装置には,光度滴定法によって滴定したときに,530 nm 付近の色の変化を終点として検出できる自動滴定装置お よびJIS Z 8802に規定する形式II以上の性能を持つpH を用いる.

クロム標準液(Cr 1000)の濃度決定は以下のように行う.

クロム標準液(Cr 1000)5 mLを全量ピペットを用いて 300 mLコニカルビーカーに採る.硝酸(1+20)5 mLおよび L(+)-アスコルビン酸溶液5 mLを加えてかき混ぜ,水50 mL を加える.10 mmolL-1 EDTA2Na溶液20 mLを全量ピペッ トを用いて加える.アンモニア水(1+10)を加えてpH値を 3.5±0.1に調節する.時計皿でふたをして加熱し,30 間煮沸する.約25℃まで冷却し,水を加えて約150 mL する.キシレノールオレンジ溶液を約0.4 mL加え,自動 滴定装置を用いて10 mmolL-1硝酸ビスマス溶液で滴定し て終点を求める.

次にクロム二次標準液(1000 mgCrL-1)5 mLを全量ピペ ットを用いて300 mLコニカルビーカーに採り,同一な操 作および空試験を行う.各試験の3回の平均値と平均値 の差が±0.5%であることを確認する.その結果を基に,

以下,計算によってクロム標準液(Cr 1000)の濃度決定を 行う.

cc0×(b2 - t2/b1 - t1

ここで,cはクロム標準液(Cr 1000)の濃度(mgCrL-1)c0 はクロム二次標準液(1000 mgCrL-1)の濃度(mgCrL-1)b1 はクロム二次標準液(1000 mgCrL-1)の空試験の滴定に要 した10 mmolL-1硝酸ビスマス溶液の量の平均(mL),b2 クロム標準液(Cr 1000)の空試験の滴定に要した10 mmolL-1 硝酸ビスマス溶液の量の平均(mL)t1はクロム二次標準 (1000 mgCrL-1)の滴定に要した10 mmolL-1硝酸ビスマ ス溶液の量の平均(mL)t2はクロム標準液(Cr 1000)の滴 定に要した10 mmolL-1硝酸ビスマス溶液の量の平均(mL) である.

また,容器は,クロム標準液の品質に影響を及ぼさない 気密容器とし,ほうケイ酸ガラス,ポリエチレンなどの材 質のものを使用する.さらに,容易に消えない方法で,内 容物の名称および種類,濃度(20℃),成分,保証期間,ロ ット番号,製造業者またはその略号,検定機関名,取り扱 い上の注意などの事項を示すこととされている.

(9)

化学形態別元素分析用環境標準物質の課題と展望

4.2.1.2 標準物質-標準液-ヒ素(JIS K 0026)31) この規格は,化学分析の標準として用いるヒ素標準液 を規定する.ヒ素標準液の濃度決定には,国が純度を確 定した標準ヨウ素を用いたヨウ素基準標準液を用いる.

ヒ素一次標準液は,純度99.98%以上の酸化ヒ素(III)を用 いて国または国の監督指導の下にある公的検査機関が調 製方法に従って調製し,ヨウ素基準標準液を基準にして 濃度を確定する.ヒ素二次標準液は純度99.98%以上の酸

化ヒ素(III)を用いて国または国の監督指導の下にある公

的検査機関が調製方法に従って調製し,ヒ素一次標準液 を基準にして濃度を確定する.実験に用いる試薬類では,

酸化ヒ素(III) JIS K 8044に規定する三酸化二ヒ素,塩酸は JIS K 9902に規定するもの,水はJIS K 0557の3に規定する 品質のもので,不純物として含まれるヒ素は,波長193.7 nm で水素化合物発生原子吸光分析を行ったときの測定値が,

B/A1/8を満足することとする.ここで,Aは水15 mL 塩酸5 mLを加えた後,ヒ素二次標準液(10mg As L-1)40 μL を加えた液の測定値であり,Bは水15 mLに塩酸5 mL 加えた液の測定値である.水酸化ナトリウム溶液はJIS K 9906に規定するものを用いる.炭酸水素ナトリウム溶液 JIS K 8622に規定するものを10 g採り,水100 mLに溶か したもの,ヨウ化カリウム溶液はJIS K 8913に規定するも のを40 g採り,水に溶かして100 mLとする.塩酸(1+5) は規定のものを10 mL採り,水50 mLを加える.5 mmolL-1 ヨウ素溶液 JIS K 8920に規定するものを13 g採り,ヨウ 化カリウム溶液100 mLに溶かした後,塩酸(1+5)1 mL よび水を加えて全量を1000 mLとし,この100 mLを採り,

水を加えて全量を1000 mLとする.

調整方法としては,ヒ素標準液は,酸化ヒ素(III)を水 酸化ナトリウム(5%)に溶かした後,水および適当な濃度 の塩酸を加えて,pH計を用いてpH36とする.

試験条件では,JIS K 0050に規定する方法によって校正 された体積計を用いて,温度条件またはヒ素二次標準液 とヒ素標準液とを同じにする.装置には,最小目盛1 mV の高入力抵抗(>1012Ω)の電位差自動滴定装置に指示電 極として白金電極および参照電極として銀-塩化銀電極 を付けたものを使用する.

ヒ素標準液(As 1000)の濃度決定は以下のように行う.

ヒ素標準液(As 1000)10 mLを全量ピペットを用いて

300 mLコニカルビーカーに採る.炭酸水素ナトリウム溶

30 mLおよび水70 mLを加えてかき混ぜ,電位差自動滴

定装置を用いて5 mmolL-1ヨウ素溶液で滴定して終点を 求める.次にヒ素二次標準液(1000 mg As L-1)10 mLを全 量ピペットを用いて300 mLコニカルビーカーに採り,同 一な操作および空試験を行う.各試験の3回の平均値と

平均値の差が±0.5%であることを確認する.以下,計算 によってヒ素標準液(As 1000)の濃度決定を行う.

c=c0×t2 /t1

ここで,cはヒ素標準液(As 1000)の濃度(mgAsL-1),c0はヒ 素二次標準液(1000 mgAsL-1)の濃度(mgAsL-1)t1はヒ素二 次標準液(1000 mgAsL-1)の空試験の滴定に要した5 mmolL-1 ヨウ素溶液の量の平均(mL)t2はヒ素標準液(As 1000) 滴定に要した5 mmolL-1ヨウ素溶液の量の平均(mL)であ る.

また,容器は,クロム標準液の品質に影響を及ぼさな い気密容器とし,ほうけい酸ガラス,ポリエチレンなど の材質のものを使用する.さらに,容易に消えない方法 で,内容物の名称および種類,濃度(20℃),成分,保証 期間,ロット番号,製造業者またはその略号,検定機関 名,取り扱い上の注意などの事項を示すこととされてい る.

4.2.2 化学形態別分析用標準液

化学形態別定量を目的とした標準液で認証されている もの に は,NISTSRM 2108 Cr(III)お よ びSRM 2109 Cr(VI)標準液,IRMMBCR CRM 544クロム標準液(乾燥 粉末処理),BCR CRM 626アルセノベタイン溶液だけで ある.

また,認証標準物質ではないが,SPEX社32)(U.S.A)では,

Pb(II)(2-5%HNO3酸性),Hg(II)(2-5%HNO3酸性),As(III) (2-5%HCl酸性)As(V)(2-5%HNO3酸性)Cr(III)(2-5%HNO3 酸性)Cr(VI)(H2O,酸:無添加)Cu(II)(2-5%HNO3酸性) Cd(II)(2-5%HNO3酸性)Se(IV)(2-5%HNO3酸性)Se(VI) (H2O,酸:無添加)を化学分析用標準液として作製および 販売している.

認証標準物質を頒布するNISTおよびIRMMでは,調製 方法が開示され,標準液には認証書が添付される.NIST SRM 2108 Cr(III)標準液では,高純度金属Crを1(v/v)%塩 酸によって溶解後,不純物となるCr(VI)をジフェニルカ バジド吸光光度法(540 nm)で測定し,Cr(III)の濃度を定め ている.測定は常に元溶液から100 ppmに希釈して行わ れている.また,温度依存性を考慮し,保存温度は22± 1℃が推奨され,化学形態に対する濃度変化が認められ た場合には直ちに知らせる旨が認証書に記載されている.

NIST SRM 2109 Cr(VI)標準液では,重クロム酸カリウム を水に溶解し,不純物となるCr(III)をイオン交換クロマ トグラフィーで測定し,Cr(VI)濃度を認証している.こ の様に,同一元素であって,その化学形態の安定性を考 慮し,保存時の液性が異なる.そのため,Cr(III)および Cr(VI)が同時に存在し,その濃度を認証するものではな

(10)

い.

BCR CRM 544では,Cr(III)およびCr(VI)が同時に含まれ,

かつ濃度認証された標準物質である.しかし,この場合に は,形態の安定性を保つために,溶液を凍結乾燥し,粉末 化したものである.そして,この粉末をHCO3-/H2CO3(pH6.4) 緩衝溶液20 mLに再溶解した場合のCr(III)およびCr(VI)の濃 度を,約20機関の共同分析結果より,それぞれ26.8±1.0 μL-1 および22.8±1.0 μL-1で認証している.

BCR CRM 626アルセノベタインは,無機ヒ素化合物が

生物体内に取り込まれてメチル化された有機ヒ素化合物 である.そのため,一般的な純物質の試薬などとして入 手することが困難である.よって,アルセノベタイン標 準液は,純金属や高純度試薬を溶解して調製するのは難 しく,原料となるアルセノベタインの合成から必要とな る.BCR CRM 626では,トリメチルアルシン[As(CH3)3 と臭化酢酸エチル(BrCH3COOC2H5)からアルセノベタイ ンを合 成し , その合 成物 の 純度を1H核磁 気共鳴 分析 (NMR),示差熱分析(TG-TDA),蛍光X線回折(XRF)など により測定した.その後,水溶性であるアルセノベタイ ンを脱イオン水(超純水)に溶解し,アルセノベタイン標 準液を調製した.濃度決定には高速液クロマトグラフィ ー-ICP発光分光分析法(HPLC-ICP-AES),ICP-AESおよび キャピラリー電気泳動などを用いて値付けを行い,認証 値を記した有機ヒ素化合物の標準物質として頒布してい る.

一方,認証標準物質ではないSPEX社製については,調 製方法などの公示はされておらず,その詳細は明確でな い.しかし,SPEX社製の標準液では,例えばAs(III)は,

酸化によるAs(V)への変化を防ぐために還元性である塩 酸酸性溶液で保存される.また,As(V)は還元による

As(III)への変化を防ぐために酸化性酸である硝酸酸性溶

液で保存される.クロムではCr(III)は硝酸酸性であるの

に対し,Cr(VI)は水で溶解されるだけである.この様に,

その化学形態によって安定性条件が異なるため,標準液 であっても同一溶液内で化学形態を安定に保存する条件 は難しいことがわかる.そのため,化学形態別定量を目 的とした標準液の種類は限られている.

5. 標準物質の種類

環境分野関連で国際的認証を示し,比較的多くの環境 組成標準物質を作製および頒布している主要機関には,

国外のNational Institute of Standards and Technology(NIST,

U.S.A)33)National Research Council(NRC,Canada)34)Institute for Reference Materials and Measurements(IRMM,Europe)29)

国内の()日本分析化学会(JACS)35),国立環境研究所 (NIES)36)および計量標準総合センター(NMIJ)37)などが挙 げられる.

NISTでは,これまでに牡蠣,小麦,米,トマト,ホー レン草,タラなどの環境標準物質を頒布している.また,

生物生体系でもある尿や血清,大気関連物質の石炭飛散 灰なども環境組成標準物質の一部に属すると考えた場合,

金属元素分析用だけでもその数は約50種類に及ぶ.NRC では,海水,河川水,海底質,ツノザメやロブスターの 筋肉組織などをはじめ,14種類が頒布されている.IRMM では,オリーブ,ミルク,牛の血液,スラッジ,底質,

マグロの肉組織など約65種類が開発,頒布されている.

また,JACSは,ダイオキシン類およびPCB同属体用の 海域底質および河川底質,農薬成分分析用土壌,ダイオキ シン類用フライアッシュおよび土壌などがあるが,金属元 素に対して認証値が記された金属元素分析用としては,土 壌のJSAC-0401(添加)JSAC-0411(無添加)と,河川水 JAC-0031(無添加)JAC-0032(添加)JSAC-0301-1(無 添加)およびJSAC-0302(添加)だけである.NIESでは,

リョウブ,池底質,クロレラ,自動車排出粒子,玄米粉末 など,11種類が現在頒布されている.NMIJでは,PCB 属体用および塩素系農薬類以外の元素分析用組成標準物 質として海底質,湖底質,河川水などがある.

これまでに国内外の主要機関において開発,頒布され ている環境標準物質は多岐に渡り,その種類も少なくな い.しかし,金属元素分析用に着目した場合,全量に対 する認証が大部分であり,化学形態別に関する情報は限 られている.

6. 環境組成標準物質の調製法

前記したように,環境標準物質となる対象は様々であ る.また,その値付けでは,全量または化学形態別用な ど,その目的は異なる.しかしながら,一般的には環境,

生物生体試料に関わらず,天然からの原料採取,粉砕,

混合,乾燥,ふるい掛け,瓶詰めの作業,均質性試験お よび値付けによって開発される.

さらに,固体または粉末試料では,別途,乾燥重量試 験が行われ,値付けの際の補正に用いられる.水系試料 などの場合,粉砕,乾燥およびふるい掛けなどの一部の 操作はないが,基本的には同様な手順に従って開発され る.

ここでは,全量分析を目的とした微量元素分析用組成 標準物質の一例として,水系環境標準物質,また,化学 形態別の認証値を有するいくつかの環境標準物質につい

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