• 検索結果がありません。

これらにより戦後最大の自然災害 となった

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "これらにより戦後最大の自然災害 となった"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

 未曾有の「東日本大震災」が平成二十三年三月十一日に起こった。宮城県仙台の三陸沖 を震源とするマグニチュード9.0という大地震であった。これに誘発された津波や火災が 起こり,殊に津波はその脅威をまざまざと見せつけた。これらにより戦後最大の自然災害 となった。ひとつの町村が跡形もないほどの壊滅的な被害を蒙ったのである。役場,警 察,消防などの行政を津波が一瞬のうちに呑み込んでしまった。さらに,福島の原子力発 電所での建屋爆発,放射線漏れがあったりして大々的な災害となった。まだその災害の全 容(三月二十日現在)は明らかでないが,その死者,行方不明者を何万人も数えるという 大自然災害である。また,この災害は青森県から千葉県にわたる沿岸全域,距離にして 700kmをはるかに超える広域に及んでいる。全く,想定外のことが起こった。これが自

然災害である。

 こうした大災害があった時には,歴史を顧みると,人心や行政の一新を象徴させるため の新しい元号にすることがしばしばなされてきた。たとえば,江戸時代後期に禁裏御所 や,仙洞・大宮御所などを大火によって焼失した「天明の大火」,「嘉永の大火」後には,

「天明」を「寛政」に,「嘉永」を「安政」に,それぞれ改元している。

 歴史的な天災,自然災害や人災,人間がかかわる権力闘争などに起因する災害などを記 述した日記,物語,いわゆる文学がある。これを象徴する周知なものに『方丈記』『平家 物語』などがある。『方丈記』には「大火」「大風(辻風)」「地震」などの天災が記されて いる。一方,『平家物語』は普く知られている通り平家滅亡,すなわち権力闘争による人 災の記述である。

 『方丈記』の地震は,元暦二年(1185)七月九日の大地震の記事である。「おびたゞしく 大地震振ること侍りき。そのさま,世の常ならず。山は崩れて河を埋み,海は傾きて陸地 をひたせり。土さけて水わきいで,巌われて谷にまろびいる」「都のほとりには,在々 所々,堂舎塔廟,ひとつとして からず。或は崩れ,或は倒れぬ。塵灰立ち上りて,盛り

また

なる煙の如し,地の動き,家の破るゝ音,雷にことならず。家の内にをれば,ちにひし

たちま

自然災害科学 J. JSNDS 30 -1 1-2(2011

  災害と文化財保護法

巻頭言

公益財団法人「冷泉家時雨亭文庫」理事長(立命館大学特別招聘教授)

冷 泉 為 人

(2)

げなんとす」,と大地震の一端を記し,「かくおびたゞしく振る事は,しばしにてやみしか ども,そのなごりしばしは絶えず」,と余震が絶え間なく起こったことをも記述している。

 『平家物語』の「南都炎上」は人災の記事。これは,治承四年(1180)も暮れようとす る,十二月二十八日の夜八時頃,「在家に火をかけた」ことにより興福寺と東大寺を焼失し た大火を次のように記述する。

 「東金堂(興福寺)におはします仏法最初の釈迦の像,西金堂におはします自然湧出の観 世音,瑠璃を ならべし四面の廊,朱丹を交し二階の楼,九輪空に輝きし二基の塔,忽に煙と なるこそ悲しけれ」「聖武皇帝,手づからみづから磨き立て給ひし金銅十六丈の廬舎那仏

(東大寺),烏瑟 )高く顕れて,半天の雲にかくれ,白毫 あらたに拝まれさせ給へる満月の

うしつ びゃくごう

尊容も,御頭 は焼け落ちて大地にあり,御身は きあひて山の如し」,とこれほどの法滅

みぐし

はないと悲嘆している。

 天災,人災のいずれにあっても災害は,日本の古代から中世を経て近世に至る間,仏教 の無常観による諦念,つまり「しかたない」という思いや「あきらめ」の気持ちによって 消化されて安寧を得ていたのである。これを明示するのが前述のそれぞれの文学の巻頭の 言である。

 すなわち,「ゆく河の流れは絶えずして,しかももとの水にあらず,よどみに浮ぶうたか たは,かつ消えかつ結びて,久しくとゞまりたるためしなし」(『方丈記』)「祗園精舎の鐘 の声,諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色,盛者必衰の理をあらはす。驕れる者も久し からず,ただ春の夜の夢の如し」(『平家物語』)。

 我々日本人は自然とともに親和的に生活し,調和させるところから無常を観て生死を消 化していたのである。つまり無常は,文字通り,生あるものは必ず滅び,何一つとして不 変,常住のものは無いことをいい,だからこそ何があっても,何が起こっても,それを諦 念によって消化する。すなわち,あきらめの境地に達し迷いを去ることが肝要であると考 えていたのである。

 ところが現代では,今回のような大災害による文化財の被害は,昭和二十五年に制定さ れた「文化財保護法」にもとづいてその保護,及び継承保存がなされることになっている。

この法律は国宝保存法,史蹟名勝天然記念物保存法,重要美術品等の保存に関する法律に 統一し,文化財全般にわたる指定,管理,保護,活用,調査などを体系的に整備したもの である。

参照

関連したドキュメント

東京都環境局では、平成 23 年 3 月の東日本大震災を契機とし、その後平成 24 年 4 月に出された都 の新たな被害想定を踏まえ、

 宮城県岩沼市で、東日本大震災直後の避難所生活の中、地元の青年に

防災 “災害を未然に防⽌し、災害が発⽣した場合における 被害の拡⼤を防ぎ、及び災害の復旧を図ることをい う”

歴史的にはニュージーランドの災害対応は自然災害から軍事目的のための Civil Defence 要素を含めたものに転換され、さらに自然災害対策に再度転換がなされるといった背景が

It is found out that the Great East Japan Earthquake Fund emphasized on 1) caring for affected residents and enterprises staying in temporary places for long period, 2)

彼らの九十パーセントが日本で生まれ育った二世三世であるということである︒このように長期間にわたって外国に

夜真っ暗な中、電気をつけて夜遅くまで かけて片付けた。その時思ったのが、全 体的にボランティアの数がこの震災の規

東日本大震災被災者支援活動は 2011 年から震災支援プロジェクトチームのもとで、被災者の方々に寄り添