保健管理センター今後の展望
保健管理センター准教授 久 保 田 泰 考
平成16年より、文字通り「世界を股にかける」カウンセラーであった先代、十一元三先生の後を引き 継いで、滋賀大学保健管理センター・カウンセリング室に関わらせていただいてから4年が経った。着任 時に入学された方の多くは、今年の春には立派な社会人となられた。私のほうは延べ2千件ばかりの相談 を受けた計算になり、この4年間は学生さんの話を聴いているうちにあっと言う間に過ぎてしまった。早 いものだと感慨にふけるばかりである。卒業された方の顔を思い起こせばうれしくもあり、また自分ひと りが大学に居残りさせられているような錯覚がしてふと悲しくもなり、気持ちだけは大学生のつもりであ ったが、いつまでも若者ぶっているわけにもいかないと気づいてさらに落ち込んだりする。とはいえ、毎 年春になれば大学に新たに来られる学生さん方を迎えて、忙しく、しかしそれなりに嬉しそうに走り回っ ているわけで、どうもこの仕事は自分の性分にあっているようである。
30年といえば、人生でいえば壮年期にさしかかり、さまざまな重要な仕事に本格的にとりかかる時期 であろうか。当センターも新型インフルエンザをはじめとする感染症対策、AIDS対策、メンタルヘルス、
さらには新たに加わった産業保健業務などなど、多くの問題・課題に直面している。もっとも最近は30 過ぎでようやく大人らしくなるという話もある。これまで成長、発展、サービス向上を目指して走り続け てきた大学における保健管理業務も、このあたりでその本質や、今後向かうべき方向性を考えるべき時期 に来ているのかもしれない。
おりしも大学改革の嵐が吹き荒れ、旧態然としている(?)システムばかりが批判にさらされる。少子 化は予想以上に急速で、大学入学志願者も年々減少し、また社会からの大学へのニーズも変化している。
そういうご時世であるから、保健管理センターの仕事を増やそうとすればいくらでも増える。はしかにさ えかかったことのない新入生のために抗体検査を実施し、自殺予防キャンペーンをはり、地域の方々のた めにも健康セミナーを開催、あれやこれやの「新しい試み」をこの4年間をずいぶん行った。なかにはや っていて、これは大学保健管理センターの仕事だっけ、とふと悩んでしまうようなことも多い。コンビニ エンスストアでもあるまいし、当センターをつっつけば、健康に関するサービスが手軽で安全に(しかも 無料で?)提供されるだろうというのは、やはり誤解である。お金もかかればリスクもある。それでも人 間病気にはなるし、死ぬときは死ぬ。
さてその昔はどうだったのか?自分の大学生のころを思い出すと、保健管理センターなど行ったことも なかった。春の健康診断は当然サボ(以下、自己規制)、そもそも大学にあまり出てこなかったのである。
なにかと注意されると、もう大学生なんだから自分で判断して責任とるまでよ、と意気がっていた。こん なアナクロなことを書くと、旧体制を懐かしがるロシアや中国のお年寄りのようであるが。それでも学生 は皆それなりに元気に過ごしていたように思う。こんな暢気な昔話では、全然展望になっていないのであ るが、人間の考えうる未来とは、昔からの不壊の願望の投影であるという説もある。開きなおって先輩か ら伺ったさらに昔の話をしてみたい。
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敗戦後すぐに医学部に入学されたその大教授には、研修医時代に手術室の休憩所で色々お話をうかがっ た。缶コーヒーを飲んでいる私を見て、「コーヒーのためにいちいち缶を切るとは、先生を見てると、平成 元禄もこれに極まれりという感じだねえ」とからかわれたものである。いまはやりのエコをだいぶ先取り しておられた。バレー部を結成しようということになり、しかしユニフォームなど手に入るはずもなく、
股引をはいて練習していたとか。研究室に入ってからは実験動物が手に入らず、網を持って原っぱをうろ つき、野良猫を捕まえるのが大変うまくなったと話しておられた。もちろん今の御時世でこんなことをし たら大問題、マスコミや動物愛護団体が大騒ぎすること必至である。だが、そうしたハチャメチャな元気 さにあふれたエピソードを思い出すたびに、少しうらやましく思う。そんな懐かしい自由さと不思議なエ ネルギーに満ちた時代の大学の空気を、今後少しでも回復させることが、大学生のメンタルヘルスを考え る上でも重要なのではないか。たぶん私たちもまた9.11.以降のある意味では「敗戦後」の世界を生 きているはずなのであるから。
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