沖縄県公文書館移動展 について 一平成 16 年度移動展 を中心 に一
吉 嶺 昭 †
は じめに
1 公文書館 にお け る展示 と当館 の展示 の位 置づ け 卜1 公 文書館 にお け る展示 について
1‑2 当館 にお ける展示 の位 置づ け 卜3 移動展 の概 要
2
多良間移動展 (宮古郡 多 良間村 ) の事例 2‑1 展示概 要2 ‑ 2
多 良間移 動展 の結果 3 平成 16年度移動展 の事例3‑1 展示構成
3‑2 展示 準備 の体制 と主 な準備 内容 3‑3 展示概 要
3‑3‑1 収蔵 資料展示 3‑3‑2 機 関紹介展示
3‑4 平成 16年度移動展展示結 果 4 考察
4‑1 展示‑ の導入 4‑2 展示 の見せ 方
4‑3 その他展示結果 か ら おわ りに
は じめ に
公文書館 tにお け る普及 事業2は、広 く一般 の方 々 に公 文書館 の存在 と役割 を周知す る と共 に収蔵 資料 の利用 を促進す るた めに も必 要不可欠 な事業 とな ってい る。 沖縄 県公 文書館 (以 下 「当館」)で も展示会 、講演会 、講座 、講習会 とい った種 々の普及 事業 を計画 ・実施 してお り、本稿 で取 り上 げ る移 動展 もそ の一つ で ある。移動展 は文字通 り公 文書館 施設外 で行 う展示会 で あ る。3
沖縄 県 には、東 西 1,000km、南北400kmの海 域 に多 くの 島々が存在 し、沖縄 県 の約 3分 の 1市町
† よ しみね あき ら 財 団法人沖縄県文化振興会公文書管理部公文書専門員
1 ここでは公文書館 とす る。
2 当館 の普及事業 には、常設展、企画展 、移動展 、歴史講座 、公文書講演会、資料保存講習会 、映写会 、児童対象 講座等があ り、実施前年度 に行事案 内 リー フ レッ ト、ポスター を作成 して関係機 関や利用者‑配布 してい る。 また、
大学等でのゼ ミや県内中学高校 の総合 的学習での公文書館 資料 の活用 も呼びかけてい る。
3 県内では、県立博物館が毎年離 島市町村 で開催す る移動博物館 がある。 島喚県であるがゆえに県民 に等 しく普及 す るための活動 との主 旨か ら始 め られてい る。
村 が沖縄本 島以外の離島市町村である
。
4この よ うな地域的特性 か ら当館 を利用す る機会の少ない本 島周辺離 島及び遠隔地在住 の方々‑の普及活動 として、平成 10年度か ら移動展 を開催 し、これまで 沖縄本島北部、宮古、八重 山な ど 8ヶ所で開催 された。 開催地域 は (義 ‑1)の とお りである。各開 催地域での見学者 の反応 は概ね好評 で、距離的な関係上資料 の直接的な利用には結びつかない状況 はあるものの、当館 の存在 と収蔵資料 についての周知につ ながった ことが見学者の反応やアンケー ト結果 か らも伺 えた。 しか し、「公 の施設」 として利用者数増 を図ることも一方で求め られてお り、移動展 が沖縄県の各圏域 (遠距離 にある沖縄本 島北部離島、宮古、八重 山圏域)でほぼ開催 された ことを確認 した上 で、開館9年 目の平成 16年度 は、来館者及び利用者 の拡大に重点を置 き、当館 に 近 く多 くの人が集 まる那覇市街 中心の百貨店で開催す ることになった。
本稿 では、まず公文書館 の展示の位置づ け等 についてま とめ、次に当館移動展の事例 として平成 16年度移動展 を中心 に報告 し、開催後 のアンケー ト結果や見学者 の反応 な どか ら課題等 をま とめ、
最後に今後の移動展の方向性 について考 えてみたい。
(表‑1)
各圏域別の移動展実施状況 (各圏域別に人口の多い順)
L戦 域 本島.一見別 実施 (●)NLL 市町村名 搬 鵜傾 ^ LJ 人 口合計
南 部圏域 沖純水 鵜
●
1 那覇 rr7 307.764 544.220沖縄 本島 2 糸満 市 55,743
3 陛見城 市 52,4日7
沖縄 木鹿 4 雨風 伯町 33,646
沖縄本 島 ‑5 5k‑風 平町 17,226 沖縄 本 島 6 与那原 町 15,203
沖縄 本 島 7 人 里村 H,648
沖縄 本 島 a 佐敷町 ll.48l
沖縄 本島 9 玉城村 10,JI86 久米 島
●
=ー 久米島町 平成 】2年度 9.2ノl2沖縄本 島 日 具志頭村 7,936
沖縄本 島 12 知念村 5,947
商人鹿 島 13 南大東村 1,429
座 間味島 LJI 座 間味村 1,032
5m̲1ヨ鳥 15 粟国付 995
渡 蕗敷 島 l6 ##*相 775
北 人見 島 l7 北人東村 678
渡 も拝島 18 渡名 喜付 502
中部圏域 沖縄本島 19 沖縄 市 124.272 572.032 20 浦添 市 104,586 21 玉:野湾市 88,556
22 63,086
23 読谷村 37,114 24 西原 町 33,557 25 北谷町 26.377 26 イ1‑JH巾 22,200 27 北 LtJ城村 16,269 28 中城 村 15,574 29 嘉 手納 町 13.734 30 勝 連町 13.530 31 与那城 町 13,177
脚 域 那 本島.群月別 実施 (●) ル1 榊 鳩美方的‑i 人 目
北部匪l城 ltl軸仰 沖縄本 島
●
:i2 57,托:i2 L25,946沖縄 本島 33 本 部町 1.1,4f‖ 沖縄本 島 34 食LEt町 10.40:〜
沖縄本 島 :‡5 9,52り
沖縄 本島 36 .駁納村 9,:主こ13 沖縄本 島 :!7 Lg川1‑I 5,629
伊 江鳥 38 伊江村 5,12ボ
沖縄本 島 39 ・1,983
沖縄.本島 Ilo :i.:iO23
沖縄.本島 4l 水 村 A,ボ76
伊是名島
●
42・13 ‑yrth.kL汁3qLJ史 1i,,H55Ht6i 宮 古圏域 宮 古郁 宮古島●
41 34,O22 〜5.45月宮古島 15 城 iZl町 7,O42
伊 良部島 46 6.577
宮古 島 17 上yf付 3.236
宮古 島 48 卜地町 3,ZOO
多良間島
●
49 i,38】八重 山
圏 域 八重 山都 与那 帆 島石垣島竹 富島
●
551520 ・竹 富町古fui市 44,3,1,07g657292 49.648参考)
沖縄 県民 中 腹に収録の 沖縄 県の概 要の 市町村 努 一発 (沖縄 淋統 引諜 作成 Lr'・lJk15隼10月 JEl) を参考 に した。
東京都 千代 ttl区の人 ∩は、東京都 T代 tl]区の リンク集(wwwbcnn‑rlnkcom)を参考に したn 注)伊 是名村 在作 の銘 苅氏か ら当館 に銘 苅家 文書の‑部が寄贈 され た拝純 か ら.VJは 13年度 に伊是名村 主催 で国 の重要文化財 で あ る銘 苅家贈 呈記念式典 が開催 され f=際に、同菅料原本 とti'T館収蔵更科の伊是 名 関係 資料 を複 製 し.式典会場で展 ,I;した。
4 平成
1 6
年度2
月現在、52市町村 の うち、18
市町村、約3
分の 1市町村 が沖縄本 島周辺 の離 島にある。‑ 30‑
1 公文書館における展示 と当館の展示の位置づ け 1‑1 公文書館 における展示について
公文書館 の展示に関す る各論考か らは、社会的に認知度の低 い公文書館 の存在 を周知す るのに展 示 は効果的普及手段 である と した一方 で、展示 が本来 的業務 でない とされ積極 的 に行 われ て こな かった原因を主に次の よ うに分析 してい る。(∋主に一点 しかない原 資料 を扱 うため、資料保存管理 施設 としての機能が重視 され資料 に与 える影響 も懸念 された。(診展示 よ りもその内容 を読む行為が 本来の 目的である。(診業務 の中で展示の位置づ けが明確 でな く、収集 ・整理 ・保存 といった 日常業 務 と遊離 しがちである。④時間 と労力 を要す る割 には利用 に直結せず成果 として も残 りに くい0⑤ 展示 を主た る提供手段 に している博物館 との違 いを余計 に分か りに くくし、その存在意義 を薄 くし ている。
当館 では、展示を普及事業 として明確 に位置づ けてい るものの、(丑か ら⑤ の問題 も多少な りとも あった。 しか し、「公 の施設」として存在 してい る以上、県民に とって有益 な情報 と機能 を有 してい ることを周知 し、それ を理解 して もらうための働 きかけは必要である。 昨今 、公文書館 の社会的認 知度 を上げることについて盛んに議論 され ている。
秋 田県公文書館 の柴 田氏は、普及活動 に 「理解者層拡大」 と 「利用者層拡大」の2つの 目的 を設 定 し、図書館、博物館 、公文書館 の理解者層 と利用者層 の広が りを示 した概念図か ら、図書館 、博 物館の理解者層 は、ほぼ社会全体 に広がってい るのに対 し、公文書館 の理解者層 の広が りは小 さく、
利用者層 の広が りにも影響 してい るとし、公文書館 の普及活動 は、理解者層 と利用者層 の両方の拡 大を 目的に行わなければな らない としている。5
大分県立先哲史料館 の鹿 毛氏は、「フ リーサー ビス」の充実度 とい う視点か ら図書館 、博物館 、文 書館 を比較 している。 「フ リーサー ビス」とは、利用者 が特定の意識や 目的 を持っ ことな く、その施 設 に足 を運ぶだけで気軽 に受 けるサー ビス としてお り、文書館 は、図書館や博物館 に比べて、入館 す るといきな り高い次元の 「対人サー ビス」に直面す るため、利用者 か ら見た文書館 は、「敷居 の高 い」施設であると分析 してい る。6一般 に敷居 の高い と言われ る公文書館 を広 く一般県民に理解 して もらためには、その導入 口であ り自由に観覧できる展示空間の充実 も重要であろ う。展示 は利用 に 直結 しない傾 向があるが、まだ社会的に公文書館 の存在意義が認識 され ていない状況の中、興味や 関心の有無に拘 らず、まず は多 くの人に公文書館 と収蔵資料 を宣伝 し、公文書館 を認知 して もらう ことが先だろ うと考 える。
1‑2 当館 における展示の位置づけ
公文書館法 を根拠 とす る 「沖縄県公文書館 の設置及び管理 に関す る条例
」 7
の (設置)第 1条では、「歴史資料 として貴重な公文書等その他 の記録 (以下 「公文書等」 とい う。) を収集 し、整理 し、及 び保存す るとともに、これ らの利用 を図 り、 もって学術及び文化 の振興に寄与す ることを 目的 と し て、沖縄県公文書館 を設置す る
。
」 としている。 同条例 中 (業務)第3条で も、第 1項 に 「公文書等5 柴 田知彰 「記録 史料 の展示 に関す る‑試論」『秋 田県公文書館研 究紀要 第
3
号』 (秋 田県公文書館1 9 97 ) p p. 4 2 ‑ 45
6 鹿 毛敏夫 「文書館展示 のアイデ ンテ ィテ ィー記録 史料展示 の理論 と実践
‑
」『史料館研 究紀要 第6
号』 (大分県 立先哲史料館2 0 0 3 ) p p.1 3 ‑1 5
7 「沖縄県公文書館 の設置及び管理 に関す る条例」
( 1 9 9 5
年3
月31
日条例第6
号 )〔沿革〕1 9 9 6
年3
月31
日条例第4
号改正の収集 、整理及び保存 に関す ること」第2項 に 「公文書等の閲覧、展示その他 の利用 に関す ること」
と保存 と利用 が並列 に同等 な位置づ けになってお り、閲覧は勿論 の こと展示 も利用に含 めている。8
これ ら公文書館業務 を行 う財団の組織9も、主に第
1
項 の収集 ・整理事業 を所掌す る資料第2
課 と 主に第2項 の閲覧普及事業 を所掌す る資料第 1課 に分かれてお り、展示は主に資料第 1課の業務で ある。 】oまた、当館業務 の運営方針 に 「業務基本体系」がある。 同基本体系には 「県民が利用 しやすい公 文書館 を 目指す とともに普及活動 を積極的に展開す る」 とい う施策があ り、その具体的事業に展示 会、講演会、講座 の開催 がある。 この よ うに条例等か らも、当館 を県民に利用 して もらうために展 示 を含 めた普及活動の重要性 が明確 に示 されてい る。
講演、講座 は、限 られ た時間枠の中で行 われ、関心の高い層で 占める割合が高いのに対 し、展示 は、幅広 い層の人 に見て も らえる可能性 が高い。見学者 が思い思いの視点で 自由に見 ることができ る面で公文書館認知‑の入 り口的役割 も担 ってい る。移動展 は、当館 を訪れた ことのない人 も令め 積極的な働 きかけができることか ら、当館 の認知者層 の幅 を広 げ潜在的利用者 の開拓 にもつながる 有効 な普及手段 とい えるだろ う。
1 ‑ 3
移動展の概要移動展の開催状況は、(義‑2)の とお りである。移動展の開催地選びは、地元の要請 も検討 しなが ら決定 した。 また、多 くの人 に展示 を見て もら うため、開催地の行事 に合 わせ た り、展示や開催地 の 市町村や機 関 との共催 で行 われたの も特徴 である。主な作業分担 として、資料選択、キャプシ ョ ン解説作成 、チ ラシ ・ポスター、展示用複製資料作成 は当館 、会場の提供 と開催地域での広報活動 は開催地側機 関、開催地での展示作業は協 同で行 った。展示資料 の選択 をす る際は、開催地の意見 も積極的 に取 り入れた。沖縄県 は地域史研 究 も盛 んな地域 である。 11展示資料選択や情報提供 な ど 地元市町村市史関係者等の協力 も移動展準備 の大 きな手助 け となってい る。 また、展示資料 に関す
る情報提供や資料提供 な ど予想以上の成果 を得 てお り、移動展 は開催地 との交流の場 にもなってい
る 。 12
汚 当館 では、入館者 の他 、移動展 な どの館外行事 、 レファ レンス (来館以外含む )、ホー ムペー ジも利用者数 とし て数 えてい る。
9 県 は、平成
8
年4
月1日に資料収集 ・整理 ・保存 ・閲覧等 の公 文書館業務 (公権 力行使業務 を除 く )を財団法人
沖縄 県文化振興会‑委託 した。10 資料第 1課 の所掌業務 は、保存 ・修復業務 ・収蔵資料 のマイ ク ロ化業務 も含む。 また、次年度平成
1 7
年度特別 企画展 は、資料第2
課 が担 当す る予定である。ll本県 には、各市町村 史 (読 )の編集 に携 わ る機 関等及び 関係者相互の情報交換 ・親睦 を図 る 目的に設立 された沖 縄県地域 史協議会 がある。 同会発行 の会誌
( 2004
年6
月発行 )に よる と、44の市町村字 史等の機 関会員 と61人の 一般会員で構成 され てい る。12 久部 良和子 「公文書館 の利用 と普及 (移動展 の役割 )〜八重 山 ・名護 ・宮古の事例 よ り」『沖縄県公文書館研究 紀要 第
2 号
』 (沖縄県公文書館2000)
では、移動展 を通 じての課題や成果等 について報告 してい る。 また、馴染み に くい とされ る公 文書館 を積極的 に売 り込み、公文書館 資料 の使 い方 の見本 も示す必要がある としてい る。‑ 3 2‑
(表‑2)
移動展開催状況
開催年度 展 示 会 名 会 期 開催場所 見学者数
平成
1 0
年度 第 1回移動展 「八重 山の資料 を中心に 」1 9 9 8 /3 /2 0‑ 3 / 3 0
石 垣 市 立 図 書 館7 4 2
第2
回移動展 「記録 され た名護 .や んぼ る」 (注1
)1 9 9 9 /3 / 2 0. ‑3 /31
名 護 市 立 図 書 館8 , 3 6 4
平成 11年度 第
2
回移動展 「記録 され た名護 .や んぼ る」 (注1
)1 9 9 9 / 4 /1‑ 4 /1 8
名 護 市 立 図 書 館1 5 , 5 5 5
第3
回移動 展 古 関係 資料「公 文書館 資料 にみ る海 外 移 民 の軌跡 と宮」 (注2 ) 1 9 9 9 /
ll / 2‑ l l / 2 8
平良市総合博物館1 , 3 5 0
平成
1 2
年度 第4
回移動展 「沖縄 県公文書館収蔵 資料 にみ る久米 島」2 0 0 0 /
ll /1‑ 1 2 / 3
久 米 島 自然 文 化セ ン ター 4, 01 6
平成
1 3
年度 第5
回移動展 「沖縄 県公文書館資料 に見 る伊 平屋 」2 0 01 /1 2 /1‑ 1 2 /1 6
伊 平 屋 村 歴 史民 俗 資 料 館6 0 0
第6
回移 動展 「写真 に見 る近代 の沖縄」 (注3 ) 2 0 0 2 ′ 2 / 2 2‑ 2 / 2 3
法 政 大 学 ボ ア ソナ ー ド タ ワ ー1 4 2
平成
1 4
年度 歴 史日本復帰」 (注3 0 4 )
周年記念特別展 宮古移 動展 「資料 に見 る沖縄 の2 0 0 2 ′ 6 /l l. ‑6 / 2 3
平良市総合博物館6 0 3
日本復帰3 0
周年記念特別展八重 山移動展 「資料 に見 る沖縄の歴 史」 (注
4) 2 0 0 2 /7 / 2‑ 7 /1 4
石 垣 市 立 図 書 館1 ,1 1 6
平成
1 5
年度 第7
回移動展 「沖縄 県公 文書館 収蔵 資料 に見 る多 良間」 2 00 3 / 9 / 4. ‑9 /1 5
多中 央 公 民 館良 間 村5 3 8
注l)「記録 された名護 ・やんぼる」は、平成
1 0
年度、
11年度に渡って開催。期間中の総人数は2 3 , 91 9
人注
2)
沖縄県公 文書館で開催 した企画展 「公文書館資料にみる海外移民の軌跡」の展示資料に宮古関係資料 を加 えて展示O 注3)
沖縄県公文書館で開催 した企画展 「写真に見る近代の沖縄」を東京移動展 として展示。注
4)
沖縄県の 日本復帰3 0
周年を記念 した展示会で、沖縄県公文書館での展示資料を一部複製資料に替えて宮古 ・八重山で も展示O(参考 表‑3) 普及展開催状況
開催年度 展 示 会 名 会 期 開催場所
平成
1 3
年度 第 1回普及展 の役割「公 文書 か ら歴 史資料 ‑ 〜沖縄 県公 文書館〜」 2 0 01 ′ 7 /1 6‑ 7 /1 9
沖 縄 県 庁 県 民 ホ ー ル 第2
回普及 展 の役割「公 文書 か ら歴 史資料 ‑ 〜沖縄 県公 文 書館〜」 2 0 01 /
ll / 2 8‑ 1 2 / 7
宮古支庁 八重干瀬 ホール第
3
回普及展 の役割「公 文書 か ら歴 史資料 ‑〜 沖縄 県公 文 書館〜」 2 0 01 ′1 1 / 2 9‑ 1 2 /7
八 重 山 支 庁 石 礁 ホ ー ル平成
1 4
年度 第4
回普及展 の役割「公 文書 か ら歴 史資料 ‑ 〜 沖縄 県公 文書館〜」 2 0 0 2 /7 / 2 9‑ 8 /5
沖 縄 県 北 部 合 同 庁 舎注
5)
普及展は、行政‑の普及活動 として行われたもので、行政‑のアプローチ としての展示会 とい うことで参考までに表記 した。注
6)普及展は、行政機関のオープンスペースでの展示のため、見学者数は数 えていない。
注
7)
普及展は、主に資料第2
課が担当した。主に移動展の展示構成 は、(∋公文書館の役割 ・業務 内容 を紹介す る機 関紹介展示、②開催地域に 関す る収蔵資料紹介展示の2部構成 とした。
移動展 は当初、企画展終了後の資料 を再度展示す る方向で考 えられていたが、多 くの人に関心を 持 って もらい公文書館 の収蔵資料 を理解 して もらうため、改めて全ての収蔵資料群 を対象に、特に 地元の関心を引きやすい開催地域に関す る資料 を中心に構成 した。開催場所は、主に地元の資料館 や公民館等の公共施設 を使用 したが、保存環境や展示期間中の管理面か ら展示資料の多 くが複製資 料になった。逆に複製資料によ り、見学者が気軽 に手に とって閲覧す ることもできた。
(多良間移動展の様子 参照)
複製作成が手軽 にできる点や地元の関心 も高いことか ら写真資料 を多 く展示 したのも移動展の特 徴である。 当館 は、米国国立公文書館か ら沖縄 占領統治関係資料 を収集 してお り、その中には戦中・
戦後の沖縄関係写真がある。 30年か ら60年程前の写真で、戦時中の様子や戦後の琉球列島米国氏 政府 (以下 「USCAR」)13の高官が各離島な どを視察 した様子に加 え、多 くの沖縄住民も写 されてい る。地元の懐か しい風景や人々、現在 も
ご健在の方々が写っているため、見学者 か ら 「写真 を複製 して手元に置きたい」
との要望 と共に写真資料 に関す る情報 も 度 々寄せ られ関心の高 さが際だった。そ のためか、身近な資料が当館 に収蔵 され ているとの印象 を持 った方 も多かった よ
うである。
多良間移動展の様子
2
多良間移動展 (宮古郡多良間村)の事例平成
1 5
年度移動展開催地の多良間島は、宮古島 と石垣島の中間程 に位置す る面積1 9 . 3 9 k m
2の楕 円 形の島である。移動展 は、島で一番盛大な伝統行事である豊年祭 「八月踊 り」の開催時期、9月4日か ら
6
日に合わせて、同月4
日か ら1 5
日までの1 2
日間、多良間村 中央公民館で開催 された. 14(うち、1.5日は台風接近 によ り閉館)
2 ‑ 1
展示概要展示資料の選定を村 と調整 し、琉球王国時代か ら復帰前の資料 を中心に、多良間の史実に関連す る資料でかつ関心の高い と思われ る資料 を選択 していった。結果、「多良間の空中写真 と地図」、「戦 前の多良間関係 資料」、 「米軍統治時代の多良間関係 資料」、「その他の多良間関係資料 一復帰後‑」
の順 に構成 し、地図 ・空中写真6点、文書等45点、写真65点の計 116点全てを複製で展示 した。
展示概要は次の とお りである。
)3
UscA
Rは、琉球政府 の上位機 関であった米国側 の政府機 関。沖縄の 占領行政に関与 した米国政府機 関を出処 と す る公文書 も含 め、当館 では、米国収集資料( UscA
R文書) と総称 している。米国国立公文書館 を中心に米国国 務省や国防省の沖縄 関係 の公文苔、写真、映像資料 も収集 している。14 八月折 りの奉納舞台は、国の重要無形文化財 にも指定 され てお り、毎年 の祭 りに向けて村民の多 くが練習を重 ね、島内外の村 出身者及び観光客 もこの祭 を見学に来島す る。多良間村 は、沖縄県内でも琉球王国時代の古文書が 多 く残 る地域である。
‑ 3 4 ‑
(多良間の空 中写真 と地図)
空 中写真 と地図は、土地 の様相 を一 目で概観 できる他 、時系列 に並べ て展示す るこ とで土地 の変 遷 も比較で きるため、よ り関心 を引 きやす い資料 である。 多 良間移動展 では
、1 9 45
年 (昭和2 0)
の 米軍撮影空 中写真や米軍の作戦地 図、江戸幕府 の正保 、元禄 、天保 国絵 図の一部 を展示 した。 15(展示点数 :6点)
(戦前の多良間関係資料)
戦前 の県文書や行政刊行物 か ら多 良間村 の概要や燐廉調査 につ いての報告書、戦前 の刊行物 か ら 多良間の婚姻 ・風俗 、年 中行事 に関す る資料 、沖縄 を調査 に訪れ た社会人類 学者 の河村只雄 の 日記 及び多良間の伝統行事 「スッ ウブナカ (節祭)」の様子 を撮影 した写真 を展示 した。
(展示点数 :
1 4
点)(米軍統治時代 の多良間関係資料)
米軍統治時代 の資料 は、当館 で も大 きな割合 を 占め る。USCAR文書 か ら米 国高官 が多 良間 を訪れ た際の写真 資料 とUscAR高等弁務官宛 の空港整備 と航空機誘致 を求 め る陳情書 、琉球政府 文書 (以 下 「琉政文書
」 )
16か ら多 良間の道 路、水道 、港湾 、学校等 の公 共事業、糖 業 関係 、農作物 の病 害 虫 防除 (野鼠天敵イ タチ導入計画 な ど)、台風等災害対策援助 、離 島振興計画 な どを展示 した。(展示点数 :
91
点)(その他 の多良間関係資料 一復帰後 ‑)
行政刊行物 か ら多良間に関係す る資料 を展示 した。 (展示点数
5
点) (沖縄県公文書館紹介)機 関紹介展示 では、当館 の施設 と役割及 び業務 内容 、当館 収蔵 資料群 、利用普及 (閲覧室の利用 、 普及行事)、当館 ホー ムペー ジ (以下
「 HP」 )
を紹介す るパネル を展示 した。 また、当館 発行刊行物を 自由に見て も ら うための閲覧 コーナー を設 けた。
2 ‑ 2
多良間移動展 の結果これ までの移動展 同様 に米 国統治 時代 の沖縄 関係 写真資料 に注 目が集 まった。村 民、村 出身者 が 写ってお り、写真 の複製 を希望 され る方 も多かった。
一年 中で最 も人が集 ま る時期 に移動展 を開催 したが、祭 りを 目的 に来 島 され た方が多いせ いか期 待 した程の見学者数 ではなか った
。 ( 5 3 8
人) しか し、祭 りをきっかけに村 内外 か ら見学者 が訪れ 、 祭 りを取材 に来た新 聞社 、テ レビ局等のマス コ ミが移動展 を取 り上 げて くれ るな ど、イベ ン ト時期 に合 わせ た展示会 は当館 をpRす るのに も効果 があった。移動展終 了後 に村 か らの依頼 を受 け、複 製資料 の一部 を村‑寄贈 した。2 0 0 3
年 (平成1 5 )1 0
月1 0
日の新 多良間空港 開港時 には、空港 ロビー で複製資料 も展示 され 、資料 の有効活用 と公文書館 の存在 を周知す るこ とに も結 びついた よ うに思う。
15他機 関所蔵資料 を複製及び展示す る際は、所蔵機 関‑の許諾 を取 った。
16 琉球政府は
、1 9 5 2
年 (昭和2 7 ) から 1 9 7 2
年 (昭和4 7 )
までの沖縄側 の政府機構 であるが、当館 では、戦後1 9 4 5
午 (昭和
2 0 ) から 1 9 7 2
年 (昭和4 7 )
(復帰前 )までの沖縄側行政府 の文書 も含 めて琉球政府文書 と総称 してい る。3 平成 16年度移 動展 の事例
前述 の とお り、展示 を多 くの人 に見 て も ら うと共 に 当館 ‑ の来館 と収蔵 資料 の利 用促進 ‑ とつ な げ るた めに、那覇 市 内百貨店 で移 動展 を開催 す る こ とにな った。
開催 場所 の百貨店 は、「奇跡 の‑マイル 」と称 され 、戦後 の奇跡 的発 展 を遂 げた国際通 り付近 に立 地 してい る。周辺 は、商業施設や企 業 が多 く建 ち並び県庁 も所在す る那覇市街 の 中心地 で あ る。戦 前 の国際通 りは、湿地 が広 が る郊外 の県道 で あったが
、1 9 5 2
年 (昭和2 7 )
か ら1 9 5 4
年 (昭和2 9 )
に改修 され 、そ の後発 展 して一 大繁華街 とな った。 17那 覇 中心市街 地 か ら少 し離 れ た場所 に米 軍返 還跡 地利 用 で 開発 と発 展 が進 む那覇新都 心地 区が あ るが、今 なお 同百貨店周辺 は、沖縄 の経済 と行 政活動 の 中心地 で あ る。 当館 か ら同百貨店 まで は、距離 に してお よそ
3 k m
で、車で2 0
分程 と比較 的 近 く、移 動展 の効果 で新 たな来館者 も期待 で きる と考 えた。展示 会場 は、百貨店 内のイベ ン トホール で広 さは
1 1 5 . 2
m2
で あ る。展示会 、上映会 、各種 イベ ン トに利 用 で き る貸 しホール で、上映会 の際 はホール 内に階段 式 の席 を配置 し、ホール奥 ス ク リー ン に映像 が写 し出 され る仕組 み にな ってい る。今 回 の移 動展 は、百貨店 が賑 わい を見せ る
1 2
月 の歳末 時期 に設 定 したた め、よ り多 くの人 に見て も らえ る こ とが期待 で きた。3
‑1 展示構成 (展示 タイ トル)よ り誘 客 につ なが る よ うなイ ンパ ク トの あ る展示 タイ トル を館 内で検討 し、テ レビな どで も最近 耳 にす る よ うにな った歴 史資料 またはそれ を保 存 ・管理 してい る施設 (公 文書館 等) を指す 「アー
いぎな
カイ ブズ
」( Ar c h i v e s )
18の用語 を使 用 し、展示 タイ トル を 「アー カイ ブズ‑ の誘 い」 と した。 また、いま むかし
サ ブ タイ トル を 「記録 で辿 る那覇 の今 ・昔」 と し、 これ まで 同様 に展示会場 地域 に関す る収蔵 資料 展示 と当館 を紹介す る機 関紹介展示 で構 成 した。
(展 示計画)
収蔵 資料展示 は、沖縄 の政治 ・経 済等 の 中心的役割 を担 って きた那覇 が どの よ うな変遷 を辿 った か を感 じて も らい、現在 との比較 もで きる よ うな通 史展示 と した。
展示構成 は、入 り口の導入 箇所 に (Ⅰ)那覇 の空 中写真 、 メイ ンの展示 ホール 内に
(Ⅱ)
琉球王 国時代 の那覇 、 (Ⅲ)近代 の那覇 (廃 藩 置県後 か ら沖縄 戦 まで)、(Ⅳ)戦後 の那覇 の順 に空 中写真 と 3つ の時代 区分 に分 け、各 時代 の那覇 に関す る資料 を選択 す る こ とに した。 また、次 の要素 を展示 に取 り入 れ る こ とに した。① 写真 資料 を現在 の写真 と対比 させ て見せ る。
過 去 の展 示 会 で も現在 との対 比 で見 た い との要 望 が度 々 あ った。 現在 との 関わ りで見 る こ と で、過 去 の もの と思 われ が ちな資料 が よ り身近 な資料 との認 識 ‑ と近づ くと思 われ る。 あ る程度 場所 が特 定 で き る写真 資料 は、現在 の様 子 と対比 させ た見せ 方 を試 み るこ とに した。 19
(診展示 会場 の雰 囲気 を盛 り上 げ る。 (写真 1)
展示 資料 の 中か ら、各 時代 の絵 図及 び写真 の画像 に
BGM
を付 け、歴 史 を回想す るよ うなイ メー ジ DVD を作成 し、 自動 再 生 で展示 ホール 奥 ス ク リー ンで繰 り返 し放 映す る こ とで見学意欲 を盛17参考資料 :大演聡 『沖縄 国際通 り物語 ‑「奇跡」 と呼ばれた‑マイル ‑』 (ゆい出版
1 998
年 )18 アーカイブスは、組織の記録を保存 ・管理する施設でもある。
19現在地付近の写真撮影 では、具志頭村立歴史民族資料館 の武智氏にも協力いただいた。
ー 36‑
り上げる効果 を狙 った。
③公文書館 を体験す るよ うな雰囲気 にす る。
機 関紹介展示で公文書館 の役割 と収蔵資料 を紹介 したパネル を展示す る他 、公文書館 に親 しん で もら うために、収蔵資料 の検索ができるHP体験 コーナー、映像資料 閲覧 コーナー、当館発行 刊行物閲覧 コーナー を設置す ることに した。 (図‑1)
図‑1 展示 しイア ウ ト
場所 :那覇而/ル ツト<もじ
7
階 リウボウホール/
u / 映脚 閲覧 コ小
常設スク転
l l 蒜 l l 中三戦 まt l l l l
lN l
戦 後lOl
那l覇 】
〇〇 〇 Ⅰ 那覇の空 中写真
l l
ロ ロ ll 自販機 ■ ]
.Ⅲ 近代の那覇 Ⅱ 琉球
王 国 時 代 の 那 覇‑廃藩置県か ら沖縄戦 まで‑
那 展覇 示 の 概 歴 説 史 バ 年 ネ 表 ル
3‑2 展示準備の体制 と主な準備 内容
展示 を所掌す る資料第 1課 を中心に準備 を進 めた。主に担 当者 で展示構成 と候補資料 を選定 し、
館 内調整等で最終的な展示資料 を決定後 に資料解説 、図録 の編集作業 に取 りかかった。展示 目録 の 作成、図録、キャプシ ョン等の最終原稿 の加筆修正 を資料第 1課 内で行 い、収集 ・整理業務 を所掌 す る資料第
2
課の専門員 にも原稿確認 と一部原稿 の作成 を依頼 した。 20また、広報活動、複製物作成 (展示パネル 、複製資料)、閲覧用映像資料 の選定 ・編集 、展示資料 の保護処置 (保存箱作成等)、一部資料 の原資料所蔵元‑の複製 ・展示 の許諾、展示 ケース等機材設 備 の賃借 を資料第1課 内で分担 した。 (イ ンターネ ッ ト回線 の手続 きの一部 を資料第2課 が担 当 し
た。)移動展前 日の展示準備 は、公文書館友の会ボランテ ィアに も協力いただいた。展示 当番 は資料 第 1、2課 と友の会で ローテーシ ョンを組み、常時2、3人体制で早番 、遅番 当番 で対応す ることに
した。その準備等の一部 を紹介す る。
(展示資料の選択)
具体的な展示構成 を立て る前に収蔵資料 を一様 に調査 しなけれ ばな らない。手始 めに収蔵資料検 索システムか ら那覇や那覇 に関す る文字 をキー ワー ドに関係資料 を抽 出 し、その中か ら那覇の歴史
20 図録の一部校正等で (財 )沖縄県文化振興会公文書管理部史料編集室主任専門員の小野ま さ子氏にも協力いただ いた。
を特徴 づ け る よ うな資料 に絞 り込み 、主要 なテーマ に グル ー ピング してい った。 経 済、行政等 の中 心地 と して栄 えた那覇 の歴 史 は、沖縄 の主要 な歴 史 とも重 な るた め、那覇 の歴 史 に沿 うよ うに留意 した。展示候補 目録 を作成 後 に資料 を直接 見 なが ら内容 を確認 し、展示 の際 の視 覚 的 な面 、個人情 報 、資料 の状態 につ いて も確認 を行 い 、最終 的 に展示 ケー ス (W150cmX D60cmXH95cm)19台 に 69点 (うち原 資料66点)、壁 面 に79点 (全 て複製 )、計 148点 を展示す るこ とに した。過去 の移動 展 は、展 示 環境 の 問題 か ら複 製 資料 を中心 と したが、開催 時期 の 12月 は湿度 も比較 的低 く、展示 ホール 内の環境や6日間の短期 の展示期 間 を考慮 した結 果 、原 資料 を多 く展示す るこ とに した。公 文書館 で保 存 ・利 用 に供 してい る資料 を具体 的 に伝 えるた めに も可能 な限 り原 資料 を見て も ら うこ
とは必要 だ ろ う。
(展示 図録 )
展示 図録 は、1,500部 作成 した。 図録 中の 目録 には、展示No.、展示 資料名 、年 代 、収蔵 資料 の請 求番 号 にあた る資料 コー ドを明記 した。 資料 の一部 を複製 して展示 した ものは、展示資料名 の後 に 出典 を明記 した。 また、展示後 に資料 の利 用 が 円滑 にで きる よ うに展示 キ ャプシ ョンに も出典や 資 料 コー ドを明記 した。
(原 資料所蔵元 へ の許諾)
当館 収蔵 資料 には、機 関または個 人所蔵 の原 資料 を複製 で収集 した ものがあ る。今 回はその一部 を展示 に使 用 したた め、複製 また は展示す る場合 の必要 な許諾 を所蔵 元 よ り取 った。
(広報活動)
ポス ター500枚 、チ ラシ2,000枚 を作成 し、 関係機 関等 ‑配布 した。 ポス ター は県 の南部土木事 務所 管理 の屋 外公 共掲示板 を活用 し、主要 な道 路 にあ る比較 的 目に付 きやす いバ ス停や 交差 点付近 の掲示板 にポス ター を掲示 したO併せ てテ レビ、ラジオでの広報 も行 い、地元
NHK
沖縄 のニ ュース 番組 の特集 で は移動展 を紹介 して も らった。 21(複製物作 成)
展示概 要 、通 史年表 、文書資料 に関連 す る補 足説 明パネルや 写真 資料 、地 図、絵 図、新 聞記事 な ど壁 面 に展示す る複製 資料 は、展示 スペ ー スに合 わせ て館 内で作成 した。移動展 は、 当館 か ら離れ た場所 での開催 のた め、現場 で複製 資料 を展示 して確認 す る こ とも難 しい。 実際の展示イ メー ジ も 仮想 し、 当然 であ るが綿密 に展示計画 を立 て る必要 が あ る。 22
3‑3 展 示概 要 3‑3‑1 収蔵 資料展示
展示 ホール 内は、各展示 ケー ス と背 中合 わせ の壁 面 にで き るだ け関連す る資料 を展示 した。展示 ケー スが文書 資料 中心 で あ るの に対 し、壁 面 には、視 覚 的 に も一 目で認識 しやす く見 る側 の関心 を 引 くのに効果 的 な写真 、刊行 物 の挿 し絵 、地 図、絵 図、図面 、新 聞資料 を中心 に展示 した。各 時代
21 当館では1年間、NHK沖縄の午後6時からの地元ニュース番組の特集コーナーで、公文書館が収集 した米軍や
UscAR
撮影の米国国立公文書館沖縄関係写真や琉球政府広報課が1952年 (昭和27)から1972年 (昭和47)にか けて撮影 した琉球政府関係写真などを毎回テーマを設定 し、資料第2
課の担当専門員が写真とその時代背景につい て紹介 している。「お尋ね しますこの1枚」という詳細不明な写真に関する情報提供を呼びかけるコーナーでは、放 送後直ぐに電話が入る程の反響振 りである。アンケー トの結果でもテレビで知ったという見学者も多く、テレビの 広報効果の高さを実感 した。22展示作業の際に、展示スペースの割に複製資料のサイズが小さいものが数点確認 され、再度適当なサイズで作成 し直した。
‑
38 ‑毎の展示構成 と展示資料 の概要は次の とお りであ る。
Ⅰ 那覇の空中写真 (写真2,3)
展示ホール‑の誘客効果 を高めるため、展示会場入 り口のガ ラス壁面に1945年 (昭和20)、1972 午 (昭和47)、2003年 (平成 15)の那覇市街地全体が傭轍できる空 中写真3枚 を展示 した。 同 じ撮 影範囲でかつ同縮尺で拡大複製 し、沖縄戦 中、 日本復帰直後、そ して現在 と那覇市街地の変遷 を一
目で対比出来 るよ うに した。
Ⅱ 琉球王国時代の那覇 (写真4) (中国 と琉球 との交流)
とうあん
中国 と琉球の外交文書である桔案資料か ら、琉球王国の貿易の窓 口として栄 えた那覇 を伺 い知 る ことができる資料 を展示 した。
わたんじむら
(渡地相 関係資料)
渡地村 は那覇港近 くにあった那覇の‑行政区。琉球王府 か ら渡地村‑廻 ってきた通達文書の写 し か らは、琉球王府が欧米 な どの異国船 の往来 を警戒 していた様子が記 されてい る。
Fま りゆ7せん
毎年5月3日か ら5日に那覇泊港で開催 され る那覇ハ‑ リー祭 りでお馴染みの僅竜船競争がある
は りゆうせん
が、その波龍舟 (該 当文書の表記 による)関係 資料 も展示 した。
(異国船の来琉)
島津家文書か ら19世紀の那覇の港 に頻繁 に来琉 していた欧米 の異国船の漂着図を展示 した。
Ⅲ 近代の那覇 一廃藩置県後か ら沖縄戦 まで ‑ (写真5,6) (廃藩置県後の那覇)
1879年 (明治 12)の廃藩置県後 に赴任 した第
2
代県令上杉茂憲の 日誌や1908年 (明治41)の島 喚町村制施行前の各行政界 を間切 りと表記 していた頃の沖縄県管 内全図、活況 を呈 していた那覇の 市場の図、那覇港の修築 に関す る資料や沖縄 (那覇)〜本土間の航路 を独 占 していた大阪商船 の航 路案内パ ンフ レッ ト、「沖縄 県振興 15ケ年計画」を策定 した第22代県知事井野次郎の事務 引継書か ら当時那覇 を起点に走っていた県営鉄道や銀行 の経営状況が伺 える部分、併せ て廃藩置県後の学校 教育に関す る資料や学校 関係 写真 な どを展示 した。 当時の世情や雰囲気 が伝 わ るよ うな絵 図、挿 し 絵 、商業都市那覇が伺 える写真資料 も壁面に展示 した。(沖縄戦時下の那覇)
1944年 (昭和19)10月 10日の沖縄戦開始直前 に米国艦載機 の攻撃 を受 ける那覇 を撮影 した空 中 写真 (斜 め写真) と台風 を隠れみのに南西諸 島‑接近 し、那覇‑の奇襲攻撃 を行 った米国空母艦 隊 の攻撃 に関す る米国側 の報告書を展示 した。 23
Ⅳ
戦後の那覇 (写真7,8)
(復興期の那覇)那覇の復興計画に関す る米国軍政府 と沖縄諮前会、沖縄 民政府 との会議録 を展示 した。 また、戦 後作成 された土地所有 申請書 (開催 地の那覇市牧志 に関す る簿冊)24も展示 した。 土地所有 申請書 は、現在 も土地の確認や裁判での証拠書類 として利用 され るな ど利用頻度 の高い資料 である。
23那覇での移動展開催の年は、那覇空襲 (十 ・十空襲 )の年か ら60年 目にあた り、那覇市各地で空襲 に関す る行 事やシンポジウム等 も開かれた。
24米軍は、沖縄の統治政策 を進 めるにあた り、沖縄戦 によ り消失 した土地の公図 ・公簿 を再整備す るため、米国軍 政府の指令によ り各市町村 に土地の証明書である土地所有 申請書 を作成 させ た。
(那覇の都市計画)
米国軍政府 のシー ツ軍政長官が 「那覇 を戦前以上の繁華街 にす る」 と発表 した新聞記事 と具体化 す る那覇 の都市計画 に関す る資料 を展示 した。 また、那覇市長か ら琉球列島米国民政府 あてに申請 された那覇都市計画事業 関係書類、1954年 (昭和29)の首里市 ・小禄村 ・那覇市の市町村合併 に関 す る書類 、開催 地付近の国際通 りの拡幅工事 に関す る図面や最近 まで国際通 りにあった百貨店 「山 形屋」の外資導入免許 関係書類 な ど現在 の那覇の街作 りに深 く関わった資料 を展示 した。 また、戦 後の琉球政府広報課撮影 の写真 資料 も壁面 に展示 した。
3‑ 3‑ 2
機 関紹介展示(沖縄県公文書館へのご案 内) (写真 9)
公文書保存の重要性 と公文書館 の役割 についての説明パネル を先頭 に、公文書等の利用、収蔵資 料群 の紹介、閲覧室の案 内、各種普及事業 とHPの紹介パネル を掲示 した。
(ホ ー ム ペ ー ジ 体 験 コー ナ ー ) (写真 10)
当館HPは、ネ ッ トopA25の愛称で1998年 (平成10)7月1日か らサー ビスを開始 している。収 蔵 資料の検索が可能で、来館 前の事前調査での活用や電子閲覧室、電子 出版 な どの画像 コンテ ンツ も閲覧できることを周知す る 目的でイ ンターネ ッ トを開設 し、 自由に見て触れて もらうためのパ ソ コン 1台 を設置 した。
(当館発行刊行物 閲覧 コーナー)
当館発行 の資料 目録 、過去 の展示会図録 、研究紀要、沖縄県公文書館 だ よ り 「アーカイブズ」等 を 自由に閲覧できるコーナー を設 けた。
(映像資料閲覧 コーナー) (写真 11)
沖縄県公文書館普及 ビデオ、戦前、戦後の沖縄 の風景風物 の記録映像 、米軍作成の沖縄戦映像、
Us cAR
作成 の記録映像 ビデオを放映 した。 26(無料配布 コーナー)
当館 の リー フ レッ ト、利用 の手引き、沖縄県公文書館 だ よ り 「アーカイブズ」、移動展チラシを自 由に持 ち帰 って も らえるよ うに必要部数置いた。 なお、移動展図録 は案 内カ ウンターにて展示 当番 が来場者 1名 に各 1部づっ無料配布 した。 27
25
h t t p: / / www. a r c hi v e s . pr e f . Oki na wa j p
26展示 当番の際、ビデオテープを頻繁 に入替す ることのないよ うに、関係す る映像毎に
1
本の ビデオテープに編集 してま とめたO27 開催時の見学者の人数 に対 して図録 の部数 は不足 していたので、後半は希望者のみに配布 した。
‑ 40‑
平成 1 6年度沖縄県公文書館移動展の様子
展示ホールの様子
写真
9
沖縄県公文書館へのご案内写真
1
展示ホール奥 スク リーンでBGM付 きのDVD映像 を放映
写真
2 Ⅰ
那覇の空 中写真1 9 45
年米軍撮影、 1970
年琉球政府 頒 影、20 03
年 撮影 の空 中写真 を掲 示 し、今 と昔 を対比 させて見せた。写真
4 Ⅱ
琉球王国時代の那覇 写真5
Ⅲ 近代の那覇一廃藩置県か ら沖縄戦まで ‑
写真
7 Ⅳ
戦後の那覇 写真8
写真
1 0
ホームページ体験 コーナー 写真1
1 映像資料閲覧 コーナー3 ‑ 4
平成1 6
年度移動展展示結果那覇市街 中心百貨店での開催 も幸い し、展示会場 には多数の見学者が訪れた。開催時期の
1 2
月は 特 に買い物客 も多い時期であ り、不特定多数の人 に当館 を周知す る上で場所 と時期共に最適だっ た。(開催期間)
展示準備、平成
1 6
年1 2
月1
日 (水)〜 1 2
月6
日 (月)午前1 0
時〜午後8
時 (最終 日の6
日は 午後6時まで)(見学者数)
・1 2
月1
日・1 2
月2
日・1 2
月3
日・1 2
月4
日・1 2
月5
日・1 2
月6
日))))))水木金土日月(((((( 人人人人人
8 7 8 4 3 4 1 0 8 4 2 3 3 5 4
3 7 5
人 合計2 , 2 7 5
人(アンケー ト結果)
アンケー ト回収率は、見学者数の
8% ( 1 8 3
枚)であった。細かい分析までは至 らなかったが、ア ンケー トの質問内容 と結果について報告す る。(どちらか らいらっしゃいましたか ?)
那覇市が全体の
61 %
、圏域では南部7 2 %
、中部1 5 %
と開催地に近い場所か らの見学者が大半を 占めた。(この展示会を何で知 りましたか ?)
新聞、ポスター ・チ ラシ、テ レビの順 に多かった。新聞、テ レビとも事前の広報 とマスコミ取 材での紹介記事等で知 った との回答が多かった。また、ポスター ・チラシで知 った割合が過去の 展示会 と比較 して も多いよ うに感 じた。県の屋外掲示板‑のポスター掲示 も、効果があったと思 われ る。テ レビで移動展が紹介 された後に見学者が増 える傾 向が見 られた。マスコミを通 じての 宣伝効果は高いことを実感 した。 また、直接会場‑来て知った とい う割合 も高 く、百貨店 とい う 場所柄、来店ついでに見た方 も多い と思われ、結果的に当館認知 につながったよ うに思 う。
(今回の展示について)
大変良い、良いを合わせて
91 %
と概ね良い結果が得 られた。(沖縄県公文書館の役割 と収蔵資料 について理解できましたか ?)
理解できた、なん とな く理解できたを合わせて
9 8%
と、結果では、当館の理解者増につながっ た。その後の来館 についても問 うために、アンケー ト項 目に 「公文書館 を利用 したことがあ りま すか」
「公文書館 を利用 したい と思いますか」 も加 えるべ きだった。‑4 2‑
(年齢)
見学者 の年齢層 は高い。20代 は7%と全体的に低い結果 となった。 しか し実際は、百貨店 とも あって幅広い世代の人が通 りがか りに見学す る光景が見 られた。
(職業)
会社員の割合が最 も高かった。 当館年報の利用者層 の結果で も会社員の割合 は高い。那覇市内 の中心部で企業等 も多 く集 中 し、入場時間 も午後8時まで とした ことで、就業後 に来場 した方 も いた と思われ る。退職後の60代以上の無職 の方や主婦 の多 さも 目立った。 また、学生の割合 は低 かった。
(性別)
6:4の割合で男性 がやや多かった。会場の様子 を見 る限 りは、男女の偏 りは無かったよ うに感 じた。
(展示のご感想、希望及び公文書館への要望等か ら)
「親 しみやすい展示だった
」
「古 きを知 り今 があることを実感 した」
「戦争 で多 くの建物 な どが破 壊 され残念である」
「琉球王国時代 か ら戦後 までの様子 を見て、自然 を破壊す る力 と開発す る力の 矛盾 した力の偉大 さを知 った」な ど、時代の変遷 を辿 るよ うな通史展示 は、共感 を呼びやすい印 象 を受けた。2Hまた、「昔 と今の変化が分か りやす く展示 され ていた
」
「写真 で那覇の町並みの変化 を辿 ること が出来た」
「今 ・昔の比較が とて も分か りやす かった」
「新 、旧対象の写真 で昔 と現在 の場所が分 か りとて も懐か しかった」な ど、今 との比較で よ り資料 の魅力 を引き出す ことができた。 また、「自分の家や遊んだ場所が写 ってお り懐 か しかった
」
「現在 の地図 も対比 させ て見たい」の他 、現 在地付近の写真 の位 置についての意見 もあった。写真資料 の反応 は良 く、新たな情報や感想 、意 見 も多 く寄せ られた。 また、当時を知 る方々は、写真 に記録 され た状況 を鮮 明に記憶 してお り、体験 に基づいた貴重な情報提供 もあった。 (資料 に関す る情報等参照)
沖縄戦 と戦前の沖縄 の風景 ・風物等の記録映像 は関心が高かった。沖縄戦の映像 は全て英語のナ レー シ ョンだったが、(日本語訳 を付 けて欲 しい との要望 も多かった)沖縄 上陸作戦の様子な どイ ン パ ク トのある映像 で多 くの人が集 まった。 「公文書館 は文書 が主だ と思 うが、絵や写真 の方が興味 を惹かれ る
」
「文書だけでな く、写真、映像資料 まで も後世‑伝 えるべ く保存 されてい るのを知 った」とい う感想 か らは、公文書館 は文書 を保存す る所 とい うイ メージが少 なか らず あるよ うに感 じた。
「展示点数が少 ない
」
「展示資料の詳細な説 明が欲 しい と」い う意見 もあった。 「展示 を頻繁 に行 っ て欲 しい」「公文書館 は交通の面で不便 であるため、このよ うな都市部の繁華街で開催すれば気軽 に 見に行 ける」
「公文書館 でもこのよ うな展示会 を望む」との意見 もあ り、一般 には展示で見たい との 希望が多いよ うに感 じた。 また、「展示はいつまで開催 しているのか」との質問が度 々あ り、展示 を 見逃す と見る機会 を失 うと思われ ているよ うに も見受 け られ、展示資料 が利用で きることの説 明がと う ゆ‑ や まと ゆ‑ やまと ゆ‑ ゆ‑ 柿‑ や よと ゆ‑‑
28 沖縄の歴史 を表現す る時に 「唐 の世か ら大和 の世 、大和の世か らアメ リカ世 、アメ リカ世か ら大和 の世」 と沖縄 が常に外か らの影響 を受 け、今 日に至 ってい ることを表現す る言葉 がある。沖縄 が 日本本土 と違 う歴 史を歩んでき た ことが県民全体の意識 の中に少 なか らず ある と思い、 この よ うな歴史的背景 の中で資料 を位置づ ける展示 は、資 料価値 の再認識 に もなる と考 えた。
足 りなかった と感 じた。 「写真や地図の コピーが欲 しい」と要望 され る方 もお り、その際は、展示資 料 は当館 で も利用 できること。一部複写 も可能 であることを伝 えた。
「公文書館 は敷居 の高い感 じが したが、興味のある資料 もあ り、今度祖母 を連れて行 ってみたい」
「公文書館 は堅いイ メー ジなので こ うい う風 に人の 目に触れ る機会があると良い」 「公文書館 は 自分 に関係 ないイメー ジだったが、今 回の展示会 を見て行 ってみたい と思 った」「移動展で、公文書館が どの よ うな所であるかを知 った」 「公文書館‑行 った ことがないので場所 を教 えて欲 しい」 「今回の 移動展 で公文書館の活動 を初 めて知 った」「公文書館の活動等 を理解 して もらうためには、このよ う な移動展 を積極的に行 うべ き」 とい う感想 の他 、展示 を見た後 に資料 の提供 を希望す る方 もいた。
まだ一般 には馴染みがない施設 で役割 について も理解 されていない との一面が伺 えた反面、移動展 を通 じて当館 の認知 に もつながった こと、理解 され るためには常に移動展な どの普及活動 で外 との 接点 を持つ ことが必要であることを実感 した。29
広報不足 を指摘す る意見 も多 く、 「貴重 な資料 をもっ と多 くの人に見て もらうために広報すべ き」
「学校 との連携 で、楽 しい社会見学 に使 って欲 しい」との提案 もあった。 また、当館展示室での開催 と思 った方が来館 され るケース もあった。
2 0 0 5
年 (平成1 7 )
は、戦後6 0
年 目の年 であ り、次回の展示会で記念展示会 を期待 してい るとの 意見 もあった。 時期 にあった展示 は見学意欲 を盛 り上げる上 で効果が高い と思われ る。移動展終了後、 当館で展示資料 を閲覧 し、複写す る利用者 もいたが、大半は資料 を利用 したい と い う意識 よ りも展示で見 ることを希望 してい る方 が多い印象 を受 けた。収蔵 資料 の閲覧利用 を促す
とい う当館 の希望 に対 し、見学者 の見方の違 いを垣間見 ることができた。
4
考察移動展 は、一般 の人が公文書館 を どう捉 えてい るか、何 を求 めているかな ど会場での見学者の反 応や声 を直接感 じ取 ることができる県民 との接点の場である。
次 に、平成16年度移動展のアンケー ト結果や会場 の反応 を通 しての所 見 と次回の移動展 に向けた 方策 を考 えてみたい。
4‑ 1
展示への導入 (広報活動)誘客 を促進す るために も広報活動 が重要であることは言 うまで もない。具体的な方策 については まだ考 えつかないが、会社 団体、NPOや ボランテ ィア団体 30、地元公民館 、関心 ある個人等‑の広 報、マ スコ ミ等‑の呼びかけ と活用 、学校 での総合的学習での活用の呼びかけ、広報手段 と方法 も 今後検討 してい く必要があるだろ う。 また、会場の百貨店付近 は観光客 も多 く訪れ る。特に開催時 期の12月は、県外 の修学旅行生の団体 も 目立っていた。沖縄 の歴史や平和学習 を 目的 として訪れ る 修学旅行生 に移動展 を見学 して も ら うことも一案 だ ろ うと考 える。̀‑1お世話す る旅行社‑の呼びか
けも検討すべ きだ ろ う。
29国立公文書館 の中島氏は、国立公文書館で実施 したアンケー ト回答 には、 「こんな施設があることを初めて知 り ま した」 とい う記述が少 なか らずあ り、展示は 「理解者」以前の 「認知者」層 を拡大す ることに寄与 しているとも 言えるとしている。 中島康比 青 「国立公文書館 における展示について
」
『北の丸 一国立公文書館法一第3 6
号国立公 文書館』 (国立公文書館2 003)p p. 41 ‑63
‑4 4‑
資 料 に 関 す る情 報 等 (展示をご覧になった見学者からの情報の事例)