子育て支援実践における主体的検討のプロセス : A 保育園の「ひろば」成立前後を中心に
著者 和田 美沙子
雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学
巻 48
ページ 117‑124
発行年 2008‑02
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009245/
〔東 京 家 政 大 学 研 究 紀 要 第48集 (1),2008, pp.1l7~124J
子育 て支援実践における主体的検討のプロセス
‑ A 保育園 の 「 ひ ろば」成立前後 を中心 に ‑
和 田 美 沙 子
(平成19年 10月5日受理〉
Study o f t h e P r o c e s s o f I n d e p e n d e n t C o n s i d e r a t i o n a b o u t P r a c t i c e f o r C h i l d and F a m i l y S u p p o r t :
Fo c u s i n g o n t h e E s t a b l i s hmen t P e r i o d o f
" H i r o b a " i n a C e r t a i n Nur s e r y S c h o o l W
ADA,Mi s a ko
CReceived on October 5, 2007)
キーワード:子育て支援実践,
r
ひろばj,主体的検討Key words : Practice for Child and Family Support, "Hiroba¥Independent Consideration
1.はじめに
現在,少子化対策として様々な子育て支援策が講じら れ,保育所における地域子育て支援活動を始めとする公 的支援に加え,企業や地域における次世代育成の取り組 みが広がりつつある.これらの取り組みは,仕事と子育 ての両立支援を目的とした保育サービスの拡充から,全 ての子育て家庭を対象とした普遍的サービスへとその機 軸を変えてきた.後者の代表的事業として「ひろば」型 子育て支援がここ数年の聞に急速な普及を見せ,平成 19年度には6,138ヵ所の数値目標が掲げられている 1)
「ひろば」とは,主に地域の未就圏在宅子育て家庭を 対象として,親子の交流及び居場所の提供を行う活動で ある.平成19年度より地域子育て支援センタ一事業,
つどいの広場事業,児童館における子育て支援活動が,
それぞれ「センター型j,
r
ひろば型j,r
児童館型」とし て,r
地域子育て支援拠点事業」に再編された.そして,「子育て親子の交流の場の提供と交流の促進」を実施す ることが,全てに共通して規定されている2) そこで 本論文では,
r
地域子育て支援拠点事業実施要綱」に従 い,r
子育て親子が気軽にかっ自由に利用できる交流の 場の設置や子育て親子の交流を深める取組等の地域支援児童学科 617資料室
活動」を,常設施設において行っているものを指して
「ひろば」と呼ぶことにする.
さて, このような「ひろば」は,平成14年度創設の
「つどいの広場事業」によって初めて制度化されている しかし実は, この制度成立以前から既に「地域子育て支 援センタ一事業」の中で「ひろば」が多くの園で実践さ れていた.1997年の調査3)によると,当時多くの保育 所が電話相談, 日時を特定した遊び指導や育児講座等の プログラム活動,あるいは園庭開放などを行っていたこ とが報告されている.そのような中で,圏内に「ひろば」
を設け,告JI度に拠らない独自の活動を行ったのが「ひろ ば」最初期の実践であった.
現在では地域子育て支援活動としての「ひろば」は自 明のこととなり,行政はその量的拡充を推進している.
しかしながら,その意味や質については十分な検討がな されておらず,活動形態や支援の方向性には大きなばら つきがある.今後, この点についての検討が行われなけ ればならないことは明白である. ここでは,その手控卜か りを得るためにA保育園の実践を取り上げてみたい.A 保育園の実践は制度に拠らず独自の活動として「ひろば」
を行った,最初期の実践のひとつである.その実践が,
制度としての「ひろば」に先立って地域のニーズをとら え,自らの判断で「ひろば」をスター卜させた背景には,
どのような検討が行われていたのか,その主体的検討の
和 田 美 沙 子
プロセスについて明らかにしてみたい. 児以外の親の保育ニーズに触れたことにより, A保育園 A保育園における子育て支援活動をめくる具体的な検 における子育て支援観が大きく転換し, Iひろば」の成 討内容を明らかにするためには,そのプロセスを矢口る当 立につながっていった.そこで,制度を受けて検討を行っ 事者へのインタビューが有効であると考えた.そこで, た一時保育と制度化に先立って構想した 「ひろばJ, こ
A保育園の主任保育士であり, IひろばJ創設期の担当 の二つの子育て支援実践をめぐる主体的検討のプロセス 者であったC先生へのインタビューをもとに,子育て支 を探っていくことにする
援実践をめぐる検討内容を考察していくことにする
4.一時保育実施をめぐって 2.対象について
A保育園では,事業創設年度である 1990年より一時 A保育園は,四国に位置する私立保育所である.1992 保育4)の実施を予定していたが,職員らの反対により 年より一時保育及び延長保育を, 1995年より県内初の 2年先送りとなった.その間職員たちは一時保育実施を 地域子育て支援センタ一事業を実施している.これらの めぐって検討を行い, 1992年より全員が賛同して実施 新規事業への取り組みに際し, A保育園では,子育て支 に踏み切った.まずは,その当時の議論に関するC先生 援の意味や必要性を模索しつつ,ひとつひとつの事柄に のインタビューを以下に引用する.尚,インタビュー中 ついて丁寧に検討を重ねてきた.また, A保育園におけ の「筆Jは筆者, I CJはC先生を示す.
る 「ひろば」担当者兼主任保育土であったC先生が,
2001年より同一法人運営のB保育園園長として赴任す くインタビュー1>
ることとなった.同時期に地域子育て支援センターが新 筆 :一時保育を始めるときはどうでしたか.
設され, A保育園の 「ひろば」実践がB保育園に持ち込 C:ものすごく大変でした.職員は2年間反対していま まれることとなった.そこで, B保育園における「ひろ した.園長は一時保育が制度化されたとき, 一時保 ば」実践に関するインタビュー記録も考察の対象に含め 育をしようと言っていました.90年くらいから,
ることにする. とにかく 2年間すったもんだ(種々の意見が出ても めること)と話をしました.でも,その2年間は決 3.研究方法 して無駄ではなかったと思うんです.いくら園長や 主任がやろうやろうと言っても,担当する,子ども 子育て支援活動をめぐる具体的な検討内容を明らかに と向き合う,親と向き合う保育者が,その趣旨に賛 するためには,そのプロセスを知る当事者へのインタビュー 同できていなかったら,やっぱり嫌々する保育とい が有効であると考え,平成18年3月14日, 15日,平成 うのは,どこかにひずみが出てくると思うので.
19年8月27日, 30日, 9月1日の日程でC先生へのイン 筆.反対する理由というのはどの様なものだったのです タビューを実施した.それらの音声データを書き起こし か.
たものをデータとして用い,平成17年9月12日, 13日 C:どのような保育をしたらよいかがわからなかったと に行ったインタビューを参考とした.また,実際にB保 いうのも,不安材料の一つだったと思うんです.そ 育園内地域子育て支援センターにおいてフィールドワー れから,いつ来るかもわからない, I慣らし保育」
クを行うと共に,両国に関する実践報告や研究発表等を も無い子を預かる, 4月の様なざわめいた保育が年
参考にした. 中あるということが,保育者にとってはとんでもな
考察の対象は「ひろば」成立前後とする. しかし, A いと感じられていたんですね.ま,当然といえば当 保育園において初めての地域子育て支援活動となった, 然なのでしょうけど・・・
一時保育開始前後を含む必要があると考えた.なぜなら 筆 :I仕事をしていないのにどうして・ ・・ ?Jという ば,一時保育実施に関する検討がその後のA保育園にお のはありませんでした?
ける子育て支援の方向性を指し示す,大きな意味をもっ C:それもあったと思います. もちろんありました.そ こととなったからである.さらに,このとき初めて入所 れは大きかったかもしれないですね.その頃,仕事
( 118 )
子育て支援実践における主体的検討のプロセス
帰りにお母さんがスーパーの袋を持っていたら, という中で,夕方の忙しい時間がどれだけ重荷になって
「何で?J Iお母さん買い物する暇があったら,迎え いるか」という言葉にそれがよく表れている.これは,
に来てくれたらいいのにねえ ・・・」という思いが 母親としての感覚であり,子とも側に立った保育者とし 保育者の中にあったんです.でも,保育者自身が子 ての視点から,母親としての視点へと移っていることが どもを育てるときに,子どもを連れないで買い物す わかる.
るのが,どれだけ効率的かということや,お母さん その一方で, I子どもを頂けて美容院に行く」という が仕事をしながら子育てをする中で,夕方の忙しい ケースについては, I理解できない」と感じている. し 時間がどれだけ重荷になっているかという事を話す かし, I私だって切りに行きたくたってできない」とい 職員がいて, Iあ,そうだよね」と理解できたり, う言葉は, I行けるものなら, 自分も美容院に行きたい」
逆に「美容院行くのに一時保育に預ける?そんな私 と解釈できる.これは,子どもがいることにより生活の だって切りに行きたくたってできないのに.昼間そ 中で多くの制約を受けなければならない,子育ての現実 んな子どもを預けて美容院に行く感覚なんて理解で を知っているからこその思いであると言える.このよう きない」といった声もありました.でも,そんな反 な子育ての現実を母親の感覚から考えてみたとき,自分 対を全部吐き出してみて,私たちが求めている母親 たちが求める「母親像」を親たちに押し付けていたこと 像みたいなものがあって, I母親なんだからして当 に気付いている. I母親なんだから」と 「どこか母親を 然」という,どこか母親を責めているところがあっ 責めているところがあった」のは,子どもの立場に立っ たことがわかったんです.そこをじっくり話してい ていたからであり,子育て経験に照らし合わせて母親の く中で,子育て支援センターの事業も取り組めるよ 立場に立ってみると,実は非難していた母親の姿の中に うになったし一時保育のこの部分がものすごくネッ 共感できる部分があることを理解していったのである.
クになっていて,ここを飛び越えたときに保育が拡 このように, 一時保育をめぐって保育者の視点が徐々 がったというか,親理解が深まったというか,そん に動いていったことがわかる.つまり,子どもとともに な感じを,私は受けました. 過ごす保育者としての立場から,親としての立場へとそ の主軸が移っていったのである.ここには,保育者自身 の子育ての中に,経験的に共感できる部分を見出したこ 当時の職員たちの正直な思いとして, 日常の保育が乱 とが大きくかかわっていた.一時保育実施への反対から されることへの抵抗感,新規事業への不安や非定型的に 始まった議論は,あるべき 「母親像Jを抱いていた保育 行われる保育に対する難しさを感じていることが読み取 者たちの親の見方を変えることとなり,その結果, 一時 れる.さらに,保育者にとっての「あるべき母親像」に 保育が「どこかにひずみが出てくるJI嫌々する保育」
照らしてみると, 一時保育を利用する母親が理解しがた ではなく,職員の前向きな取り組みとなった.さらにこ いと感じられていたことがうかがえる. しかしながら, の姿勢は延長保育の中にも生かされ,子どもの 食 事 ム 率直な意見を出し合いながら子育て中の親としての視点 母親への配慮が同時に実現で・きる保育の方法が検討され を得ることにより,共感できる部分を見出していったプ た.
ロセスが見えてくる. 従って, A保育園における一時保育事業の実施の背景 はじめは,買い物を済ませてから迎えに来る親に「買 には,単に制度の成立があったのではなく,事業化を受 L 、物する暇があったら,迎えに来てくれたらいいのに」 けて自分たちの思いを出し合い長期的に議論し判断する という思いを抱いている.日々子どもとともに過ごす保 という,主体的な検討のプロセスがあったと言える.
育者が,迎えを心待ちにしている子どもの気持ちを感じ,
その思いに応えてほしいと願うのは自然なことである 5.新たなニーズの発見と支援観の転換 ところが, 自分自身の子育てに照らしてみると,母親と
しての日常生活の中で経験的に理解できる部分があるこ このような検討を経て一時保育を開始すると,これま とに気付き始めている.I子どもを連れないで買い物す でに触れることのなかった地域の在宅子育て家庭の実情 るのが,どれだけ効率的かJ,I仕事をして子育てをして を知ることとなった.以下の内容は,
c
先生が「ひろは」和 由 美 沙 子
の必要性を実感するきかっけとなったケースについて語っ たものである.
<インタ ビュー2>
転勤してきた核家族で,誰も知らない土地で子育て をしている親子(Dさん親子)がし、たんです.転勤し てきてすぐにお母さんが病気になって, 1歳の子ども を抱えて途方に暮れているところを受け入れたんです.
それで,病気のお母さんは保育所に子どもを預けたん です.その子はとても慣れにくい子で, というか転勤 してきて,知らないところで,知らない場所に預けら れて,知らない人に預けられるということはとても不 安だったと思うから,その子はよく泣いたんですね.
保育者が泣く子に付き合うときに,自分たちの保育を 見直させられた部分があったんです.
というのはね,保育園の生活があって,そこに慣れ させるということが,すごくあったと思うんです.で もその子の状態に保育者がどうかかわるか.その子が 悲しい,不安だと叫び,泣いている子どもに,どう寄 り添えるかということが本来の保育のスタイルだった にもかかわらず,保育園の保育というのが先にできて しまって,保育園の生活に子どもをはめこむというこ とを私は感じたんです.
職員でそのことを話し合うときに,子ども一人一人 を大事にするとか,親を大事にしたいと思っているけ れど,本当は保育所の保育,自分たちの価値観にはめ こもうとしている所があったんだ, もっと子どもに,
親に寄り添うという事が,どういうことなのかという ことを,考えさせられたんです.そして,そのことが 支援センターにつながっていったと思うんですね.
実はこのDさん親子との出会いが,後のA保育園にお ける子育て支援観を大きく転換させる要因となり,更に は 「ひろばjの成立を促すこととなった.続けて,指導 や啓蒙を中心とした支援観から,新たな支援観の形成に 関するインタビューを見てみたい.
<インタビュー3>
筆:もともとお母さんたちへのかかわりというのは,ど のようなものだったのですか.
C:厳しくはあったと思います.でも,親の大変さを理
解しようとはしていました.でも, もう指導や啓蒙 では親は変わらないという,行き詰まりを感じてい たときでもあったんですね.親を責めても無駄だと,
限界を感じ始めていました.昔,お母さんがスーパー の袋を持ってお迎えに来るっていうのが問題になり ましたよね.それも,最初は「買い物に行く時間が あるなら,迎えに来てよ」って思っていたんですけ ど,職員が子育てをするようになって,子どもがい ると買い物に倍(時間が〉かかるっていうのがわかっ てきたんです.買い物をしてから迎えにくると,そ の後子どもにゆったりとかかわれるということがあ ると話す職員もいて,
r
子どもにゆったりと向き合えるなら,いいか」という風に変わりました.一生 懸命やっているお母さんをいくら責めても,啓蒙し でもメリ ッ卜はないし,反発されるだけだと気付い たんです.それよりは,お母さんの大変さを理解し ていった方がいL、かなと.でも,どこかで親らしく
してほしいという思いはなかなか拭いきれずに,やっ ぱり責めたくなってしまうこともありましたけど.
まず, <インタビュー2>を見てみると, Dさんは転 勤者であったために,子育てを支えてくれる親族や地域 住民をもたない核家族世帯であった.そのような状況の 中で病気になり,一時保育を利用せざるを得ない状況で あったことをおさえておきたい.一方. <インタビュー 3 >から,当時のA保育園における親へのかかわりは当 時の保育所保育指針の内容に即したものではあったが,
主に指導や啓蒙が中心であったことがうかがえる.この ことは 「親を大事にしたいと思っている」という言葉に 見られるように,指導や啓蒙という形が当時のA保育園 における子育て支援観であり,子どものために直接親に 変わってもらおうとする支援観であったと言える.しか しながら,反発を招くだけで親が変わっていかないこと に,指導や啓蒙による支援の限界を感じていたことを述 べている
ところが,泣く子を保育するにあたってその原因を親 に求め,指導することはこのケースでは不可能であった と思われる.つまり,病気の母親に更なる努力を求めた り,責任を追及したりすることはできず,保育者は泣く 子に付き合わざるを得ない状況であった.それまでの保 育や親へのかかわりについて.
c
先生は自分たちの既存 の価値観にはめこむものであったように感じられていた( 120)
子育て支援実践における主体的検討のプロセス
ことを述べている.それに対し,一時的に不特定の子ど 実施していたことが報告されている.これらの活動は保 もの保育を行う一時保育の経験が,それまでの保育スタ 育所が日常の保育業務に加えて行うものであったため,
イルと親へのかかわりに疑問を投げかけた. 設備や職員体制等の事情から,まずは保育者の専門性を このようにして, Dさん親子の抱える核家族の転勤者, 生かせる育児相談や園行事への招待といった活動が広がっ 更には病気であるという状況と, 指導や啓蒙による支援 ていったと考えることができる
観の行き詰まりの中での一時保育経験が相侯って,自分 しかしながら, c先生は孤立家庭のための 「出会いの たちの価値観自体を見直す動きへとつながっていった. 場」の必要性を実感していたために,実施要綱に依拠す その結果,変えようのない事情を抱え,耳を傾けざるを ることなく,子育て支援活動の在り方を模索した.当時, 得ない相手としてのDさんとかかわる中で,自分たちの ちょうど 「ひろば」を先駆的に行っていたのは東京都の 価値観に 「はめこむ」態度から,相手の思いや状況を理 神愛保育園と0123吉祥寺の2つの実践であった.
c
先 解し支えようとする 「寄り添う」態度へと変わっていっ 生はそれらの 「ひろば」を実際に訪れ,参考にしたと言 た.つまり, 子どものために親に直接変わってもらおう う. しかしながら,活動のみを模倣することなく白園に とする指導という支援観から,親を理解し支えることに 求められる実践の在り方を検討していった.より,親が変わっていくことで結果的に子どもによりよ
い状況を生み出そうとする 「寄り添う」支援観へと,価 <インタビュー4>
値観の転換がもたらされたと言える.このような価値観 センター (B保育園地域子育て支援センター)に来て の転換は,単にDさん親子との出会いによるものではな いる親の中には本当にイベント好きな人が結構いて,ずっ し保育者が指導による支援観に行き詰まりを感じてい と(イベントを追いかけて)回るっていう人もいるんで る状況の中で,偶然の出来事に出会いながら, 一つ一つ すね.Iあそこはおやつが出た」とか「あそこはお土産 丁寧に自分たちの問題意識として捉え直してL、く主体的 もたせてくれた」とか.でも,やっぱりイベントってい な姿勢があったからこそのものであった. うのは打ち上げ花火のように 「あー楽しかったね,良かっ そして,このケースは更なるニーズを発見することと たねー」って終わる,子育てとものすごくギャップがあ なった.一見地域ネットワークが機能していると思われ るような気がするんです.子育てって地味で,打ち上げ る地域でも,そのネットワークから漏れ,溶け込めずに 花火のように派手ではない.お母さんがしんどいときで 不安な思いで子育てをしている転勤者がいることが顕在 もご飯を作らないといけなかったり, 子どもがきJゃーぎや一 化したのである.このことが, I出会いの場」としての 泣いていても,オムツを替えないといけなかったり,な
「ひろば」をC先生に意識させ,地域子育て支援センター んか,全然、イベントのような 「わ一楽しかった」 ってい 事業の活用につながっていった. うような派手さはないと思うんですね.
だから,そうやってお母さんがイベント,イベントっ 6.子育ての日常性と親子の「育ち」を支える「ひろば」 て探していって,自分の家に帰って 「あーまたこの子と
の成立 向き合ってしんどい」と思うよりも,子どもがコツコツ
と遊んでいるところに親がかかわって,一緒に遊ぶとい
「出会いの場」の必要性を実感したC先生は, A保育 う事の万が子どもも親も育つんじゃなし1かと思うんです.
園における地域子育て支援の在り方について検討すると だからあえて,イベントみたいなのをしたくないと思っ きには既に,はっきりと 「子育て支援はイベン卜ではな ているんです.
い」という思いがあったと言う.事業創設時の「地域子
育て支援センタ一事業実施要綱」を見てみると,①育児 出会いの場としての子育て支援活動を考えるにあたり,
不安等についての相談指導,②子育てサークル等の育成・ C先生のイベン卜型の子育て支援活動に対するアンチテー 支援,③特別保育事業の積極的実施,の3つが規定され ゼが読み取れる.イベン卜型の活動には参加人数が一定 ていた.実際,この当時多くの保育所が,前述した母親 程度確保でき,かっ活動内容が自に見えてわかりやすい 対象の講座や育児相談,あそび指導,園行事への招待な という特性がある C先生はこの点について「イベン卜
ど,日時を特定した言わばイベン卜的要素の強いものを をすると人が来る」と捉えていたことを明かしている
和 田 美 沙 子
また,母親たちのイベン卜に対するニーズにも自覚的で 育ての負担を直接軽減させる活動を行うことなく, i地 あったことが述べられており,イベントのメリットとニ一 味」な日常の子育ての中で親子の 「育ち」を支える 「ひ ズの両方を実感していたにもかかわらず,子育て支援活 ろば」という発想へつながっていった.これは,子育て 動の意味を検討した結果, iしたくなしリという結論に 支援活動についての丁寧な検討の積み重ねとして形成さ 至ったのである. れたものであり, このような価値観で 「出会いの場」の このようなアンチイベン卜意識の背景には, c先生の ニ ズを捉えたからこそ,制度を主体的に活用すること 独自の支援観がかかわっていた.
c
先生は,イベントに ができたのである対して「打ち上げ花火j,i派手j,i楽しかったね,良かっ 行政が地域子育て支援センタ一事業を発想した背景に たねーって終わる」という言葉で,また子育てに対して は,当時社会問題化してきた育児不安があった.そのた
「地味j,iしんどい」という言葉でそれぞれのイメージ めこの事業では,保育士による育児不安等への対応が第 を象徴的に表している.つまり,イベン卜は自分の好み ーに掲げられ,地域の親子が集える居場所づくりという に合わせて選択的に利用することができ,楽しさばかり 発想は無かったのである.ところが, A保育園は子育て が強調された活動であるとC先生には感じられていた. 支援の必要性や自国に求められる活動を主体的に検討し その対極にあるのが子育てであり,派手さもなければど てきたため,実施要綱とは異なる形で実践を行う結果と んなに大変な状況であろうと選択の余地なく日常的に養 なった.ただし,出会いの場の必要性を実感したときに 育を行なわなければならない. しかもそれは,毎日繰り 活用できる制度が適時に成立したことが, A保育園の 返される 「地味」な行為であり,楽しいだけではないと 「ひろば」の成立にかかわっていたという事実も指摘し
いうのがC先生の子育てに対する捉え方である. ておかねばならないだろう.
このように,イベン卜と子育てを対比させながら, C A保育園における「ひろはJの成立にはC先生独自の 先生は日常的に繰り返される「地味」な子育てを支える 子育てに対する価値観と,それまでの一時保育をめぐる ことに,子育て支援の照準を定めていった.その理由は, 検討から得た子育て支援観が大きくかかわっており,そ
「子どもがコツコツと遊んでいるところに親がかかわっ れに基づいてA慎重に活動方法を決定していくという主体 て,一緒に遊ぶという事の万が子どもも親も育つ」と判 的な検討のプロセスがあったと言える
断したからである.そこで,子育ての日常性と子どもの
遊びを重視した常設の 「ひろば」が, A保育園における 7.結論 地域子育て支援センターとして成立したのである
この 「ひろば」は,地域親子が自由に遊べる玩具と空 間が用意され,開所時間内に自分たちのペースで訪れ,
自由に過ごすことのできる場として保育園内に設けられ た. C先生は,親に玩具や絵本について理解を深めてほ しいという思いから,乳児の発達に応じた環境構成を意 識したという.A保育園における 「ひろば」が目指した ものは,親の負担を直接的に軽減させたり, 一時的な楽 しみや息抜きの時聞を与えたりするものではなく,子ど もの遊びを中心に据えた親子の 「育ち」であった.この ような目的で支援を行いつつも, C先生は親への直接的 な指導や啓蒙を行うことはなかった.一時保育のDさん 親子のケースから,親への共感的態度に基づく 「寄り添
う」支援観が形成されていたからである
このように, A保育園における「ひろば」の成立には 独自の子育て支援観があった.このような価値観があっ たからこそ, A保育園では安易にイベン卜型の活動や子
A保育園における子育て支援実践の検討プロセスは,
次のようにまとめることができる ( 1 )保育者から母親へ視点の移行
あるべき「母親像」をもっていた保育者たちが,一時 保育や地域子育て支援センタ一事業に前向きに取り組む こととなった背景には,子育てに対する経験的な理解が あった.自らの子育て経験の中に共感できるエピソード を見出しながら,子どもの立場に立った保育者としての 感覚から徐々に子育て中の母親の感覚へと動いていった のである.そのことにより,子どものための保育から,
共感的理解に基づく親への配慮を伴った保育へと, A保 育園における保育実践そのものも変化していった.さら にこのような視点の動きは,一時保育利用者との出会い を通して親に 「寄り添うj態度へとつながっていった.
( 122 )
子育て支援実践における主体的検討のプロセス
( 2 )自分たちなりの価値観の形成 謝辞 ひとつひとつの実践について,議論を重ねながら自分
たちなりの価値観を形成しようとする試行錯誤のプロセ 本研究を進めるにあたり,度重なる訪問を快くお引き スがあった.一時保育のケースでは,指導や啓蒙から親 受けくださいましたB保育園の先生方に,心より感謝申 を理解し支えようとする「寄り添う」態度へと,子育て し上げます.また,
c
先生をはじめ,お忙しい中インタ 支援の価値観が転換しており,ときには自分たちの価値 ビューのために多くのお時間を害Ij~、てくださいました先 観自体を変更する姿勢があった.このように,自分たち 生方に,厚く御礼申し上げます.なりの価値観を形成していったために, A保育園の子育 最後に,本論文の執筆にあたり,お忙しい中丁寧にご て支援実践が 「嫌々する」ものではなく,主体的な取り 指導くださいました戸田雅美教授に,心より感謝し、たし
組みとなり得たのである. ます.
( 3 )制度化事業への主体的な取り組み 参考文献 A保育園では制度の成立を受けて一時保育の実施が検
討され,そこでの検討が制度に先行して 「ひろば」構想 ・厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課 (2007)児童 につながっていった.これは,単に制度の成立があった 福祉関係予算案の概要. こども未来 平成19年4月 からではなく,自分たちなりにその必要性や意味につい 号. 財団法人こども未来財団
て検討した結果であった.自国に必要な活動を着実に見 ・桜井厚(2002)インタビューの社会学 ライフスト一 極めたために,適時に成立した地域子育て支援センター リーの聞き方.せりか書房
事業を活用して「ひろば」が成立したのである.その結 ・能智正博(2004)質的データの分析ーデータの読みと 果, A保育園における地域子育て支援センターは,実施 いう視点から . 児童心理学の進歩 Vo1.43.金子 要綱に依拠したものではなく,親子の日常性と「育ち」 書房
を 支 え る 「 ひ ろ ば 」 と し て 展 開 さ れ た 和 田 美 沙 子(2007)Iひろば型子育て支援」の成立過 程‑2つの「ひろば」に着目して. 東京家政大学大
註 学院平成18年度修士論文
1)厚生労働省雇用均等・児童家庭局
I r
地域子育て拠 付記 点事業」の創設について」平成18年12月20日2 )厚生労働省雇用均等・児童家庭局「地域子育て支援 本論文はその一部を,和田美沙子・戸田雅美 「ひろば 拠点事業実施要綱」平成18年12月20日 の成立過程における支援観の転換(1)‑A保育園のケ‑ 3 )現代保育問題研究会(998)地域の子育て支援セン スに着目して」全国保育士養成協議会第45回研究大会,
ターとしての保育所のあり方に関する調査研究事業 2006で口頭発表している 報告書. 平 成9年度財団法人子ども未来財団委託
研究
4 ) 平成2年度より一時的保育事業として創設された が,特別保育事業を経て,平成12年度より保育対 策等促進事業へと統合され,現在では一時・特定保 育事業の中の一時保育促進事業に位置付けられてい
る
和田 美 沙子
Abstract
The aim of this study is to reveal the process of independent consideration of practice for child and family support.
As a result of this study, the conclusion has been reached that three important things were re‑ lated to the process in a certain nursery school. Firstly, the view of nursery school teachers has changed from the standpoint as those who take care of a child to that of parents. Secondly, origi‑ nal sense of values was being formed by these teachers. Thirdly, institutionalization activities for child and family support were independently done.
( 124)