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委任契約の任意解除権に関する研究 : 中国最高人民 法院パンチ事件判決を契機に
戦, 東昇
九州大学大学院法学府 : 博士後期課程 : 民法
https://doi.org/10.15017/19470
出版情報:九大法学. 102, pp.212-158, 2011-02-28. 九大法学会 バージョン:
権利関係:
委任契約の任意解除権に関する研究
中国最高人民法院パンチ事件判決を契機に
戦 東 昇
はじめに
第一章 中国最高人民法院パンチ事件判決の紹介及び中国学説の状況 第一節 事実の概要
第二節 判旨
第三節 中国学説の状況
第二章 日本における委任契約の任意解除権 (1) 裁判例の展開 第一節 当初の判例 任意解除の自由
第二節 解除権放棄特約の効力 第三節 性質上任意に解除できない委任 第四節 小括 判例理論の整理
第三章 日本における委任契約の任意解除権 (2) 学説の展開 第一節 解除権放棄の特約
第二節 任意解除権への制限 第三節 任意解除権の正当化根拠
第四節 651条2項における損害賠償に関する問題 第五節 小括 学説の整理
第四章 中国最高人民法院パンチ事件判決の検討 第一節 本件委任契約の内容と特質について 第二節 任意解除権への制限
第三節 損害賠償の請求について 第四節 やむを得ない事由の有無
第五節 任意解除権の正当化根拠 信頼関係の検証
おわりに
はじめに
中国契約法410条は、 「委任者または受任者はいつでも委任契約を解除 することができる。 契約解除により相手方に損害を与えたときは、 その 当事者の責めに帰すべきではない事由を除き、 損害を賠償しなければな らない。」 と定める。 すなわち、 中国においては、 委任契約の解除の自 由 (自由に解除できることを、 本稿では 「任意解除権」 と呼ぶ。) が広く認 められ
(1)
、 解除から生じる不利益は当事者の事情を考慮して制限的に損害 賠償
(2)
という形で調整されると規定する。 そして、 この規定は、 どのよう な類型の委任契約についても (有償であれ無償であれ) 適用される
(3)
。 し かし、 いつでも解除できる委任契約に、 そもそも契約としての意味があ るのだろうか。 なぜ、 他の契約類型とは異なり、 委任契約の解除におい て特殊な取り扱いがなされているのか、 それにより当事者の利益が害さ れることが考えられるが、 これは具体的にどのように解決すべきなのか。
他方、 日本においては、 中国契約法410条に対応する民法651条は、
「第一項 委任は各当事者がいつでもその解除をすることができる。 第 二項 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、
その当事者の一方は、 相手方の損害を賠償しなければならない。 ただし、
やむを得ない事由があったときは、 この限りでない。」 と定める。 一見 すると、 中国と同じように、 任意解除権が広く認められるように考えら れる
(4)
。 しかし、 後に詳述するとおり、 日本の裁判所は民法651条を修正 して適用している。 これは、 委任契約は歴史的には原則として無償で締 結されるものと考えられていたのであるが
(5)
、 現代の社会では無償の委任 契約はまれであること、 さらには、 委任契約が委任者の利益のためのみ ならず、 受任者の利益のためにも締結される場合には、 そのまま同条文 を適用すれば、 受任者の利益を著しく害することがあるためである
(6)
。 ま た、 日本の近時の学説は、 多様な委任関係に即した任意解除権の可否の
判断、 特に類型化を通してその制限的解釈の要素を分析することに努力 してきた
(7)
。 したがって、 日本における委任契約の任意解除権に関する判 例法や学説に立ち入って検討を加えることは、 中国における委任契約の 法理論の発展にとり、 極めて大きな意義があると考えられる。
本研究は、 中国最高人民法院2005年11月22日判決
(8)
(以下、 本稿では
「パンチ事件判決」 と呼ぶ。) の紹介から議論を開始する。 確かに、 中国 の法実務上、 委任契約の任意解除権に関する紛争の数は少なくない。 し かし、 その多くは下級審で争われたものであり、 先例としての重要性と いう意味では中国最高人民法院の判決に勝るものではないことはいうま でもないであろう。 委任契約の任意解除権に関する紛争事例について、
中国最高人民法院が唯一判断した本判決こそ、 中国における委任契約の 任意解除権に関する事件の代表例といえるのである。
そこで、 本稿は、 まず、 パンチ事件判決を取上げ、 詳細にその事実関 係、 判旨及び中国学説の議論状況を紹介し (第一章)、 次いで、 日本に おける委任契約の任意解除権に関する裁判例及び学説を整理したうえで (第二章及び第三章)、 パンチ事件判決を批判的に検討すること (第四章)、 あわせて今後の 「役務提供契約の解消に関する包括的研究」 を推進する ための基礎的な考察視座を獲得することを目的とする。
注
(1) 高富平=王連国 委託合同・行紀合同・居間合同 (中国法制出版社、
1999年) 115頁、 郭明瑞=王軼 合同法新論・分則 (中国政法大学出版 社、 1997年) 314頁、 何志 合同法分則判解研究と適用 (人民法院出版 社、 2002年) 614頁、 崔建遠編 合同法 (法律出版社、 2003年) 463頁、
陳小君編 合同法 (高等教育出版社、 2003年) 436頁、 魏振瀛編 民法 (北京大学出版社、 2007年) 559頁。
(2) 後述のように、 中国では一般に、 この損害賠償の範囲には履行利益を 含まないと解されている。
(3) 何・前掲注 (1) 614頁。
(4) 中田裕康 「民法651条による委任の解除」 継続的取引の研究 (有斐閣、
2000年) 330頁。 比較法的にみても、 委任契約の任意解除権は、 広く認め られている。 例えば、 ドイツ民法典 (671条)、 フランス民法典 (2003条、
2004条及び2005条)、 スイス債務法 (404条) 及び台湾民法典 (549条) な ど。
(5) 広中俊雄 債権各論講義 第6版 (有斐閣、 1999年) 277頁。
(6) 詳しくは、 第三章を参照。
(7) 来栖三郎 契約法 (有斐閣、 1986年) 554頁、 明石三郎 新版注釈民 法 (16) 幾代通=広中俊雄編 (有斐閣、 1999年) 282頁、 大島俊之 「性 質上解約できない委任契約」 大阪府立大学経済研究27巻1号 (1982年) 41 頁、 同 「判例研究」 法律時報51巻5号 (1979年) 122頁、 同 「 解除でき ない委任 とは、 どういうものか」 椿寿夫編 現代契約と現代債権の展 望第5巻 (日本評論社、 1990年) 253頁等。
(8) 「中華人民共和国最高人民法院公報」 第4期 (2006年) 30〜35頁。
第一章 中国最高人民法院パンチ事件判決の紹介及び中国学説の 状況
パンチ事件判決は、 盤起工業大連株式会社 (以下、 「大連パンチ」 とい う。) が 業務協定書 を結んで販売事業を委任した上海盤起貿易株式 会社 (以下、 「上海パンチ」 という。) に対して契約解除をした事案につい て、 両当事者の間の信頼関係が破壊されたとしたうえで、 その解除を認 めつつ、 上海パンチに信頼利益の賠償を認めた判決である。 まず、 最高 人民法院判決の内容を明らかにしたうえで、 中国の学説の状況を紹介し よう。
第一節 事実の概要
(1) 2000年7月、 日本パンチ工業株式会社 (以下、 「日本パンチ」 という。) の代表者森久保有司 (大連パンチ代表者を兼任) は、 梁崇宣と協議した 後、 「パンチ中国の営業ネットワークを築き、 上海パンチを設立する決 定 (以下、 「決定」 という)。」 に署名し、 上海パンチの設立を決めた。 こ
のとき、 梁にパンチ中国の営業ネットワークの建設や経営及び管理など を委ねること、 上海パンチをパンチ集団の成員とし、 中国 (台湾、 香港、
マカオを除く) での唯一の販売代理機関とすること、 上海パンチは中国 で登記された株式会社となり、 独立の法人として、 独立に経営すること、
パンチ集団は優待価格で上海パンチに製品を提供することを確認した。
その後、 双方は 「委任書」 に署名し、 梁崇宣が日本パンチの代理人とし て上述のことを処理し、 上海パンチの理事長などを務めること、 その責 任と具体的な処理は 「決定」 に従うこと、 日本パンチは、 パンチ集団の 各部門や関連企業が上海パンチと業務協定を結ぶことに協調することを 約した。 同時に、 受任者は、 委任者の委任事項に対する解除を無条件に 同意することを約した。
同年7月28日、 上海パンチは、 工商行政管理部門の許可を経て有限株 式会社となった。 資本金は100万元であり、 そのうち90万元を梁崇宣が 拠出し、 残りの10万元を 春生が拠出し、 代表者は梁崇宣であった。 上 海パンチの事業内容は、 金型及び部品、 機械部品、 プラスチック部品、
化学原料などの販売である。 同年8月、 上海パンチと大連パンチは 業 務協定書 を締結し、 大連パンチが上海パンチに中国 (台湾、 香港、 マ カオを除く) での販売事業を委任することを協議し、 両者は以下のこと を確認した。 ①双方はパンチ集団の構成員であり、 パンチ工業の事業に 共同の利益と責任があること、 ②パンチ集団の中国での製造拠点である 大連パンチは、 パンチ集団の生産標準に基づき、 上海パンチからの注文 に対して適切な質・量を適切な時期に提供すること、 ③中国での販売代 理機関である上海パンチは、 パンチ集団及び大連パンチの製品の中国市 場における開発、 発展に責任を持つこと、 ④大連パンチは、 上海パンチ がその製品を中国で販売することを委任されているのであるから、 他の 販売組織やルートを設立せず、 その必要があるときには事前に上海パン チと協議をしなければならないこと、 ⑤上海パンチが中国における販売 組織やルートの建設や管理及び運営などを行い、 顧客の要求により他の
会社の製品を購入し、 販売できること、 ⑥大連パンチは優待価格で上海 パンチに製品を提供し、 上海パンチに中国での販売権、 商標及び他の無 形資産を譲渡し、 上海パンチは販売権、 商標及び他の無形資産を正当に 使用することを保証すること、 ⑦同時に、 協定書の有効期間が2000年9 月1日から2020年8月31日までの20年間であること。
業務協定書 締結後、 上海パンチは、 大連パンチに種々の金型及び 部品を注文し、 販売活動を開始した。 さらに、 コマーシャルなどを通し て大連パンチの製品を宣伝し、 市場を開拓し、 かつまた中国各地の大都 市で次々と販売拠点を設けていった。 商品代金の決算期限については、
双方は明確に定めていない。 2002年4月までに、 上海パンチは、 大連パ ンチに商品代金約600万元の支払を怠っていたが、 後者は催告したこと がなかった。 2002年4月19日、 日本パンチの森久保有司は、 上海パンチ が商品代金の支払いを滞らせていること、 財務と販売活動が透明性を欠 くことを理由として、 「委任書の解除についての決定」 に署名して、 梁 崇宣との委任書と付属文書の破棄及び上海パンチの解散を決定した。 そ の日のうちに、 大連パンチは、 上海パンチが商品代金の支払いを滞らせ ていることを理由に法院に提訴した。 また、 4月22日、 日本パンチと大 連パンチは、 梁崇宣宛に 「委任書の解除についての決定」 を作成し、 そ の日のうちに梁崇宣へ送達した。 同日、 大連パンチは、 各営業担当者に
「上海パンチ会社の解散についての決定」 を公表した。 前後して大連パ ンチは顧客に 「緊急通知」、 「顧客への通知」 を発送し、 大連パンチは上 海パンチにパンチ・ブランドの製品の販売権を与えていないこと、 今後 は大連パンチから買った製品だけに責任を負うことの声明を重ねて出し た。 なお、 同年4月から、 大連パンチは、 中国国内3か所に直属の営業 所を設立し、 そこで自社の製品を販売し始め、 同年7月から、 さらに出 張所を次々と設立し販売活動を開始した。
以上の経緯により、 2002年4月までに、 上海パンチの設立及び経営の ために投入された資金は合計約166万元となった。 そこで、 上海パンチ
は一審法院に訴訟を提起し、 大連パンチに対して、 なお有効な契約関係 が存続していると主張し、 上海パンチの同意なしに設立した販売機関を 取消すこと、 公開で謝罪し上海パンチの名誉を回復させること、 および 損害賠償5000万元と訴訟費用の支払いを請求した。
(2) 一審判旨 (遼寧省高等人民法院 (2003) 遼民3号初字第34号民事判決)
「当該 業務協定書 は独立した2つの企業法人間の商事委任であり、
両当事者の真実の意思表示であり、 かつ法令の強行規定に違反しないた め適法かつ有効であり、 両当事者に拘束力を有すると解するのが相当で ある。 協定の履行期間中に、 大連パンチが一定の理由により委任事項を 解除し、 当該 業務協定書 を終了しかつそれを上海パンチに通知した ことは、 委任関係の終了の効力を生じさせるものである。 本件の 業務 協定書 が商事委任の一つであるため、 双方の信頼に基づき締結履行さ れるが、 いったんかかる信頼が揺らげば、 契約法の規定に基づき、 双方 のいずれも契約の解除権を行使することができ、 現実履行の原則は適用 されないと解される」。 そのため、 「協定が法律によりすでに解除され、
継続的に履行すべきではないとの大連パンチの抗弁が成立し、 上海パン チが当該協定書の継続履行を要求するという訴訟上の請求は支持できな い」。 「上海パンチは契約の義務を履行するため一定の投資を行ったが、
大連パンチが協定終了を繰り上げたために上海パンチに一定の損害を生 じさせた。 大連パンチが協定を解消したため、 協定の継続履行が不能と なることは、 大連パンチの責めに帰すべきではない。 大連パンチは協定 解除を繰り上げたために上海パンチに経済的損害を与えたのであり、 賠 償すべきである」。 したがって、 「上海パンチのこの部分の損害賠償の請 求を認めるべきである」。
上海パンチの請求する得べかりし利益の損害賠償については、 「それ が不確定であるし、 かつ中国契約法410条が委任契約の当事者に任意解 除権を与えているため、 上海パンチの主張は法的根拠を欠き、 認められ
ない」。 結論として、 一審法院は、 中国契約法の第396条、 第410条によ り、 「①大連パンチは判決の成立日から10日内に上海パンチに対して 1662766 57元を支払え。 ②上海パンチのその余の申立てをいずれも棄却 する」 旨の判決をした。
上海パンチは以上の一審判決を不服として、 最高人民法院に上告した。
(3) 上海パンチの上告理由
業務協定書 は業務分業・連携の合弁契約であり、 委任契約ではな い。 一審は、 委任関係の解除が有効であり、 中国契約法410条の定める 任意解除権にあてはまると判断しており誤りがある。 その理由は以下の とおりである。 ① 業務協定書 の約定からみると、 当事者間の関係が 売買関係であり、 業務分業・連携する関係であること、 ②双方が業務連 携の合弁の事実があること、 ③ 業務協定書 は一方的に解除すること はできない。 本件 業務協定書 における 「当該協定書の有効期間は20 年であり、 2000年9月1日から2020年8月31日までである。 この間、 双 方は協議して修正することができる。」 という条項から、 双方が協定書 の中で契約の有効期間を予め約して一方的任意解除権を放棄したことは 明らかである。 意思自由の原則により、 この約定は有効であるとされる。
たとえ一審判決が認定した商事委任だとしても、 大連パンチ自身が協定 により任意解除権を放棄することを約しているのであるから、 当然に中 国契約法410条を援用することできない。 双方が協議し一致しない状況 においては、 当該 業務協定書 は継続履行されなければならない。
さらに進んで、 上海パンチは、 次のように主張した。
( ) 上海パンチが製品の販売権を保有しているのであるから、 大連 パンチは契約違反を停止すべきである。 販売権はすべて譲渡し再度保有 しないようにすべきである。 上海パンチが求めている継続履行は中国契 約法110条が規定する 「実際に履行することができない状況」 の範囲に 属するものではない。 したがって、 大連パンチは実際に履行すべし、 と
判決し命令すべきである。
( ) 大連パンチは、 契約不履行から生じるすべての損害賠償責任を 負うべきである。 ここで中国契約法113条 「当事者の一方が契約義務を 履行しないか、 または契約義務の履行が約定通りでなく、 相手方に損失 を与えた場合、 賠償額は違約によって生じた損失に相当しなければなら ず、 契約履行により獲得できる利益も含むことができる。」 を適用すべ きである。 したがって、 法律の特別な規定や特約がない場合には、 完全 賠償原則により損害賠償がなされなければならない。
( ) 大連パンチが一方的に違約して契約を解除した状況は非常に悪 辣であり、 同時に上海パンチに対して直接に行使可能な 「委任解除権」
を何ら持ってないことが明らかになった。 特に大連パンチの代表者であ る森久保有司は、 2002年4月19日上海に到着し、 販売業績向上の協定を 上海パンチと締結した。 しかし、 実際には、 その時すでに大連で上海パ ンチを訴えていたのである。 そして4月22日に大連法院を通じて上海パ ンチの銀行口座を差し押さえた。 かかる行為は非常に唐突であり、 正常 な商業取引で、 とりわけ代理取引でこのようなやり方をする必要はない。
ゆえに、 一審判決を取り消し、 上海パンチのすべての請求を認容するこ とを請求する。
(4) 大連パンチの抗弁理由
一審が 業務協定書 を委任契約とみなしたのは妥当である。 本件の
「決定」、 「委任書」、 業務協定書 は、 大連パンチが上海パンチに販売 権の行使を委任する統一的かつ完全な法律書類である。 「決定」、 「委任 書」 は 業務協定書 成立の前提と原則であり、 業務協定書 は 「決 定」、 「委任書」 を具体化したものである。 …… 業務協定書 の目的と 内容は、 上海パンチに販売権の行使を委任することである……。 上海パ ンチが大連パンチから製品を引き取るのは、 販売権の行使、 実現に必要 であるからであり、 市場での売買ではないので、 業務協定書 の委任
契約という性格を否認できない。 販売権の委任の行使は、 必ず知的財産 権や他の民事権益につながるのである。 大連パンチが製品の商標使用権 などの民事権益を上海パンチに与えたのは、 上海パンチに販売権を行使 させ実現させるためである。 これも、 販売権自体の性質によるものであ り、 販売行為に対して不可欠なものである。 問題の核心は、 「販売権」
の解除である。 民法の原理により、 委任者の受任者に対する信頼が委任 契約の基礎であるから、 双方は信頼をもとに契約を締結し、 信頼の喪失 により契約を解除する。 委任契約における委任の対象は権利であり、 本 件であれば製品の販売権である。 販売権の委任は、 必ず販売行為、 知的 財産権及び他の民事権益とつながるものである。
上海パンチの上告理由には事実上及び法律上の根拠がない。 本件の 業務協定書 は、 業務分業・連携契約ではなく、 売買契約でもない。
業務協定書 の中で双方が約定した内容は、 大連パンチが上海パンチ に販売権の行使権を与えることを表すに過ぎず、 当該協定は合弁契約で あることを表すものではない。 本件の 業務協定書 の本質的内容は、
大連パンチが上海パンチに製品を販売することではなく、 むしろ大連パ ンチが製品の販売権の行使を上海パンチに委ね、 上海パンチがその販売 権に基づいて一定の範囲で大連パンチの製品を販売することである。 民 事主体が営利を目的とする契約を締結するのは、 すべて一定の業務提携 を行うために過ぎない。 しかし、 商事上の連携は、 合弁とは異なる。 上 海パンチが長期間商品代金の支払を滞らせたことは、 大連パンチの契約 解除の原因と理由である。 大連パンチが契約を解除することは、 法律に よって与えられた権利を法に従って行使するに過ぎず、 違約ではなく、
違約賠償責任を負うべきではないし、 ましてや得べかりし利益の損失を 賠償すべきではない。
第二節 判旨 (上告棄却)
最高人民法院判決は一審判決で明らかにされた基本事実を認定する。
本件は、 主として大連パンチと上海パンチ間の法律関係の性質、 大連 パンチが契約解除権を有するか否か、 及び上海パンチの得べかりし利益 の損害を保護すべきか否かに関するものである。
「(中略) 上述の約定は、 大連パンチと上海パンチ間の委任契約関係を 確立した。 上海パンチの本件の 業務協定書 が分業・連携する合弁契 約であり、 かつまた委任関係でないという上告理由は成り立たず、 支持 できない。 委任契約は当事者間の相互信頼に基づき締結され、 これに応 じて当事者間の信頼が揺らぐと、 解除されうる」。 中国契約法第410条か らして、 「大連パンチが上海パンチとの委任契約関係を解除するのは、
法定解除権の行使に属することであるが、 当該解除権の行使により上海 パンチに損害を与えることに対して、 大連パンチが相応の損害賠償責任 を負うべきである。 大連パンチが上海パンチに委任契約の解除による直 接的損失である166万2766 57元を賠償すべきという一審の判決は妥当で あり、 支持できる」。
「大連パンチが上海パンチに得べかりし利益の損害賠償を負うかどう かについては、 当事者が法定解除権を行使すると民事責任を負うべきで あるが、 かかる責任の性質、 程度及び効果は、 当事者が故意に違約し違 約責任を負う場合と同様ではない。 本件は、 法定解除権の行使による民 事責任である。 契約法第410条は、 当事者の一方が委任契約の解除によ り相手方に損害を与える場合、 損害賠償の責任を負うべきであると定め ている。 本件の法律関係の性質と実情に従い、 410条の 「損害賠償」 を 拡大解釈とするのは不適当である。 一審が、 上海パンチが大連パンチに 得べかりし利益の損害賠償を請求することを棄却するのは、 妥当であり、
支持できる」。
第三節 中国学説の状況
パンチ事件の判旨及びその法的根拠である中国契約法410条について、
中国では、 どのような議論状況にあるのかを整理しておこう。
(1) 解除権放棄特約について
中国契約法410条前段によれば、 委任契約の各当事者はいつでも行使 できる解除権を有しているが、 この任意解除権をあらかじめ放棄するこ とができるかどうかが議論されてきた。 すなわち、 事務処理の終了する までもしくは一定の期間内は契約を解除することができないという解除 権の放棄または制限の特約は、 同410条の規定に反し、 無効とされるの か。
この点について、 明示的な規定がなく、 学説は対立している。 後に検 討する日本の学説に対応して、 主として絶対無効説、 相対有効説などの 見解がある。 以下、 解除権放棄特約について中国の学説を概観し、 どの ような議論があるのかを見てみよう。
ア 絶対無効説
解除権放棄特約は絶対的に無効であるとする見解である。 その根拠と して、 第1に、 一般的に権利は放棄することができると解されるが、 そ れは権利者が自由に行使できるときに、 一方的に自発的に放棄するもの であり、 解除権の生じる前にあらかじめ特約という形で放棄するもので はない。 第2に、 解釈論として、 請負・委任契約の任意解除権に関する 規定は、 強行規定たる性質を有し、 立法は既に任意解除権を定めた以上 は、 解除権放棄特約の締結を通してその適用を排除すべきではない。 第 3に、 私的自治の観点からすると、 当事者が解除権放棄特約をなす必要 がない。 解除権放棄特約の趣旨は、 解除権の自由な行使の制限にあるの に、 この方法では、 根本的に契約解除を制限することができない
(9)
。 また、 無償委任においては、 当事者間の法的拘束力が弱いので、 一旦 信頼関係が破壊されれば、 解除しうるので、 解除放棄特約の効力は絶対 的に無効になるとする
(10)
。 イ 相対有効説
有償委任では、 解除権放棄特約は一般に有効である。 有償委任では、
当事者間に信頼関係が存するのみならず、 他の利益関係がある場合には、
その利益関係を保護するために、 両当事者が合意で任意解除権を排除す るのは原則として有効である。 ただし、 公序良俗に反する場合
(11)
あるいは 特別な情況
(12)
(必ずしも事情変更の程度に限らない) の場合は認められない とする。
実務上、 解除権放棄特約の効力について、 裁判例はまだ一致していな い状況にある
(13)
。
パンチ事件においては、 解除権放棄特約の有無は、 大連パンチが契約 を解除できるかどうかを判断する際にして、 極めて重要な要因といえる であろう。 しかし、 この問題は、 一審及び最高人民法院で、 特に問題に ならなかった。 上海パンチは、 本件契約の期間が20年と長期であること は、 大連パンチが任意解除権を放棄する特約を行ったことに当たると主 張し、 それを上告理由として最高人民法院に上告したが、 最高人民法院 は、 この点について判断しなかった。 学説でも、 特に議論されていない。
この点については、 第四章で論じる。
(2) 任意解除権への制限
中国契約法410条の定める任意解除権の内容について、 中国では、 次 のように理解されている
(14)
。 すなわち、 ①委任契約の解除では、 委任者と 受任者に同様の権利がある。 委任者は契約を解除できるし、 受任者も契 約を解除することができる。 ②解除権は形成権の一つであり、 契約の当 事者の一方が契約を解消しようとすれば、 相手方の同意を得なくても解 除は有効になる。 ③契約継続の期間内であれば、 契約が有償か無償か、
期間の定めがあるかどうか、 事務処理がどの程度であるのかに関係なく、
当事者の一方は、 いつでも契約を解除することができる。 ④解除には何 らの理由も不要であり、 それを立証する義務もない。 一般に任意解除権 が広く認められる。
しかし、 このような任意解除権の自由な行使を認めることから生じる 不都合
(15)
については、 中国では、 広く認識されている。
まず、 学説には、 法律体系全体の目的から考えると、 同410条は、 そ の広すぎる適用範囲を制限して無償あるいは非対価的委任契約のみに適 用し対価的委任契約には適用すべきでないこと、 さらに、 将来の 「中国 民法典」 は、 商事委任契約の解除権への制限を明確に定めるべきである とする指摘
(16)
がある。
次に、 中国契約法410条の適用については、 一つの契約の中に、 委任 契約の要素だけではなく、 他の類型の契約の要素が含まれ、 無名契約に なる場合には、 中国契約法410条は適用できず、 契約を解除することが できないとする説がある
(17)
。 この説は、 本件において大連パンチと上海パ ンチが締結した業務協議書は内容が複雑で、 委任契約の要素はもちろん、
売買、 知的財産権譲渡などの契約の要素があるので、 実際は無名契約で あり、 したがって、 本件契約を解除するのは正当ではないとする
(18)
。
(3) 410条に関する任意解除権の正当化根拠
任意解除権の正当化根拠については、 以下のように、 主として二つの 学説がある。
ア 信頼関係説
委任の終了する原因は様々あるが、 なぜ、 委任については、 他の契約 類型の解除とは異なり、 たとえ期間の定めがあったとしても任意解除権 が認められているのであろうか。 それは、 一般に説明されているように、
委任が委任者と受任者との間の対人的な信頼関係に基づくものであるこ とに根拠づけられる
(19)
。 すなわち、 相互の信頼関係が破壊された以上は、
もし継続すれば、 不合理な現象を起こし、 契約目的の実現にも悪影響を 及ぼすかもしれない。 それゆえ、 委任者は受任者を、 受任者は委任者を 信頼できなくなれば、 任意に契約を解除することができる仕組みにした と考えるのである。 中国の多数の学者は、 日本の通説と同じように、 こ の 「信頼関係説」 の立場に立っている。
しかし、 任意解除権を導き出す中心的な概念である 「信頼」 「信用」
の意義について踏み込んだ見解はほとんど見られない。 信頼関係の中身 については、 江平教授によれば、 委任には民事委任と商事委任があり、
多くの民事委任契約は無償・不要式で、 その信頼は受任者の人柄あるい は事務処理の能力にある、 これに対して、 商事委任は有償・要式で、 そ の信頼は受任者の商業上の信用及び経営能力にある
(20)
。 しかし、 従来の意 味での対人的信頼と事業者間の信頼とは同一視できるのかについては、
全く論じられていない。
イ 無償契約説
中国契約法における委任は、 原則として有償か無償かあるいは有償が 原則で例外的に無償かについて、 学説は分かれている。
「有償の委任契約で、 受任者の過失によって委任者に損失を与えた場 合、 委任者は損害賠償を請求できる。 無償の委任契約で受任者の故意あ るいは重大な過失により委任者に損害を与えた場合、 委任者が損害賠償 を請求できる。」 と定める中国契約法406条によれば、 委任は有償である し、 無償でもある。 しかし、 実際上有償契約と無償契約は区別して扱わ れる必要がある。 契約法においては、 無償の委任契約が双務契約と認め るとその特質に適合できないため、 不完全な双務契約であって実質的に は片務契約であると解すべである。 さらに、 法律の規定は無償委任に対 し、 法的拘束力ではなく、 受任者の義務の軽減に重きをおくから、 任意 解除権は無償契約に限り認められるとする学説
(21)
がある。
また、 日本の学説 (後述する広中説) の影響を受けて、 中国契約法410 条に対応する日本民法651条による任意解除権の根拠は、 信頼関係に基 づくものではなく、 本来的に無償委任が契約上の完全な法的拘束力を附 与されがたい種類の社会関係であるということに基づくものであるから、
無償委任の法的拘束力が極めて弱いことに基づくものであり、 同条2項 の損害賠償の要件が非常に厳格なのも無償性と結びつけて考えれば説明 がつくと主張する説
(22)
もある。
これに対し、 「受任者が委任事務を遂行した場合に、 委任者はそれに
報酬を支払わなければならない。 受任者の責めに帰すべきない事由によ り、 委任契約が解除されるあるいは委任事務ができない場合、 委任者は 受任者に相応の報酬を支払わなければならない。 当事者間に特約がある 場合、 この限りではない。」 と定める中国契約法405条によれば、 委任は 原則として有償である。 すなわち、 委任者が受任者と報酬の約定をして いないときでも、 その契約は有償契約であり、 委任者は受任者に報酬を 支払わなければならない、 ただし、 委任者と受任者との間に無償の特約 がある場合に、 その契約は無償契約であり、 委任は受任者に報酬を払わ なくてもよいのが通常であるとする見解
(23)
もある。 任意解除権の正当化根 拠は、 やはり信頼関係の存在に求められる
(24)
。
パンチ事件においては、 学説は、 最高人民法院が任意解除権の正当化 根拠を信頼関係に求めることについて、 特に議論していないとする。 こ の点についても、 第四章で論じる。
(4) 損害賠償の問題
中国契約法410条後段によれば、 契約解除により相手方に損害を与え た場合、 当該当事者の責めに帰すべきではない場合を除き、 損害を賠償 しなければならない。 この規定は、 当事者による任意解除権の濫用を防 ぐために、 設けられたものである
(25)
。 しかし、 中国契約法410条は、 損害 賠償の責任のみを定めていて、 損害賠償の範囲を明確に定めていない。
一般に当該範囲は履行利益を含まないと理解されている
(26)
。
しかしながら、 後述のように、 日本民法651条2項は、 相手方に不利 な時期という制限をつけている。 これに対して、 中国契約法410条には、
このような制限はない。 ところが、 相手方に不利な時期の損害賠償と同 様に理解すべきであるとする見解
(27)
がある。 この説によれば、 委任契約の 当事者一方が相手方にとって不利な時期に委任契約の解除をして損害が 生じたときは、 損害賠償責任を負うべきである。 委任者の不利な時期と は、 受任者が事務処理を遂行しなければ委任者自身がその事務を処理で
きず、 遅滞なく他人にその事務処理を委任するのが困難な時期などを言 う。 受任者の不利な時期というのは、 当事者間で約束された期間満了直 前の時期などである。 この時期に契約が解除されれば、 事務処理の終了 により、 受任者が報酬や他の利益で損害を蒙ることになる。
この不利な時期の解除は、 実際上受任者側から行われることが多いた め、 多くの国において、 受任者の解除によって委任者が蒙った損害につ いて、 受任者の賠償責任を定めつつも、 委任者の解除によって受任者が 蒙った損害については、 委任者の賠償責任を規定していない。 これに対 して、 中国の場合は、 条文の通り、 受任者の解除によるだけでなく、 委 任者の解除による賠償責任についても定めている。 しかし、 「当事者の 責めに帰すべきではない事由」 がある場合には、 その限りではない。 例 えば、 受任者自身が病気で事務処理が困難となったり、 当事者一方に不 信行為があるようなときには、 その辞任によって相手方が被る損害につ いて賠償義務は生じない
(28)
。 日本の 「やむをえない事由」 と同じように理 解することができるといえるであろう。
中国における実務中では、 損害賠償の範囲についての判断が一貫せず、
実際には、 実情により履行利益の賠償を完全に否定することができない とする説がある
(29)
。 この説は、 例えば、 継続的契約について、 段階性に応 じて履行利益を考慮すべきであり、 任意解除権の濫用を防止するために、
委任契約解除による損害賠償は実情により履行利益が含まれるかどうか を明らかにする必要があるとする。 さらに、 契約の当事者に過失がある 場合には、 過失のある一方または相手方が契約を解除した場合、 その損 害賠償範囲は履行利益を含むべきであるとする。 そして、 裁判官は履行 利益の範囲を契約を守っている当事者側の証拠により決めるべきである とする。 この説は、 本件について、 履行利益はもちろん、 その賠償額は、
裁判官の判断により決めるべきであるとする。
また、 双務・有償である委任契約では、 当事者の契約利益が他の法律 行為の成立及び有効性に依存していない場合には
(30)
、 その損害賠償範囲が
信頼利益に限られるべきであるのに対して、 当事者の契約利益が他の法 律行為の成立及び有効性に依存している場合
(31)
には、 その損害賠償範囲が 履行利益を含むべきであるとする説
(32)
がある。 とはいえ、 この説は、 パン チ事件において、 履行利益の賠償が認められるとするが、 その具体的な 賠償額を示していない。
以上、 パンチ事件の判旨及びその法的根拠たる中国契約410条につい て、 中国の議論状況を概観した。 続いて、 日本における委任契約の任意 解除権に関する判例と学説を検討しよう。
注
(9) 馬春元 「任意解除権的規制問題探討」 鄭州大学学報第42巻6期 (2009 年) 69頁以下。
(10) 崔建遠=龍俊 「委任合同的任意解除権及其制限」 法学研究第6期 (2008 年) 86頁。
(11) 崔=龍・前掲注 (10) 86頁。
(12) 呂巧珍 「委任契約中任意解除権的制限」 法学第9期 (2006年) 81頁。
(13) 有効と認められた判決として、 (2004) 佛中法民二終字第373号判決が ある。 これに対して、 無効とみとめられた判決として、 重慶市第一中級 人民法院 (2004) 渝一中民終字第366号民事判決がある。
(14) 何・前掲注 (1) 614頁。
(15) 例えば、 受任者が委任業務処理のために費用をかけて会社を作った場 合に、 委任者が中国契約法410条により委任契約を解除して正当な事由が あることを理由に損害賠償を拒否すること、 あるいは、 賠償したとして も、 因果関係などの制限により、 損害賠償額が委任契約が続いた場合に 受任者にもたらされる利益より少ないことがある。 崔建遠 「合同解除的 疑問と解明」、 韓世遠=下森定編 履行障碍法研究 (法律出版社、 2006 年) 248頁。
(16) 崔・前掲注 (15) 249頁。
(17) 崔=龍・前掲注 (10) 73頁。
(18) 崔=龍・前掲注 (10) 81頁。
(19) 郭=王・前掲注 (1) 314頁、 何・前掲注 (1) 614頁、 崔など・前掲 注 (1) 463頁、 陳など・前掲注 (1) 436頁、 魏など・前掲注 (1) 559 頁。
(20) 崔・前掲注 (15) 248頁。
(21) 呂・前掲注 (12) 79頁。
(22) 崔・前掲注 (15) 249頁。
(23) 陳・前掲注 (1) 422頁。
(24) 陳・前掲注 (1) 436頁。
(25) 何・前掲注 (1) 614頁、 陳・前掲注 (1) 436頁。
(26) 何・前掲注 (1) 615頁。
(27) 高=王・前掲注 (1) 116頁。
(28) 高=王・前掲注 (1) 117頁。
(29) 馬忠法=馮 「委任合同任意解除的賠償責任」 東方法学第3期 (2009 年) 102頁。
(30) 例えば、 リスク弁護士代理契約。
(31) 例えば、 新築家屋販売代理契約。 新築家屋販売代理商 (受任者) が、
新築家屋建築商 (委任者) と新築家屋の販売代理契約を結んで、 歩合報 酬制による決算をとる場合。
(32) 崔=龍・前掲注 (10) 84頁。
第二章 日本における委任契約の任意解除権 (1) 裁判例の展開
日本では、 任意解除権に関する民法651条の規定が存するにもかかわ らず、 委任契約を任意に解除できるかについて、 判例上争われてきた。
今簡単にその流れを紹介すると、 まず、 初期の判例において問題となっ たのは、 解除権放棄特約の効力に関する問題である。 次いで、 受任者の 利益をも目的とする委任の場合には、 委任契約を任意に解除することが できないとする判断を判例に定着させることになる。 しかし、 その後、
判例の傾向は変化して、 現在では解除を認める方向に向かっているとい える。 さらに、 税理士顧問契約に関する判例は、 その契約の特殊性を認 めつつも、 それゆえに委任契約の任意解除が否定されるものではないと する。 本章では、 日本における委任契約の任意解除権に関する判例の変 遷過程を考察する。
第一節 当初の判例 任意解除の自由
当初の判例は、 651条の規定に忠実に、 委任者だけではなく受任者も いつでも委任を解除しうるとしていた。 例えば、 大判明治31年12月24日 (民録4輯11巻64頁) においては、 弁護士との間の訴訟委任の解除を、 大 判大正3年6月4日 (民録20巻551頁) においては、 取引所の会員または 仲買人に対する取引委任契約の解除を、 大判大正11年9月29日 (民集1 巻557頁) においては、 電報為替による送金委任の解除を認めていた
(33)
と されている。
そして、 受任者が一部履行をした場合でも、 委任者は残部について解 除ができ
(34)
、 委任者は、 何らその理由を告知しないで委任契約を解除する ことができる
(35)
とされている。 また、 委任の一般的終了原因である債務不 履行を理由として解除したにもかかわらずその理由が認められなかった 場合にも、 再び651条による解除としての効力が認められている
(36)
とされ ている。
第二節 解除権放棄特約の効力
初期の判例は、 委任者が解除権を放棄するという特約の有効性が問題 となった。 これについて、 まず登場したのが次の大正4年の大審院判決
(37)
である。
(1) 受任者も正当な利害関係を有する場合 大判大正4年5月12日 事実概要
は に債務を負担し、 その弁済方法として自己の有する金鵄勲章 年金証書を に預けて年金受け取り方を委任し、 そのさい、 弁済終了 まで委任契約を解除しない旨の特約を結んだが、 その後 が委任契約 を解除し年金証書の返還を求めた。 による年金証書返還請求が原審 で認められたので、 が上告した。
判旨
「委任ハ受任者カ委任者ノタメニ其事務ヲ処理スルヲ以テ目的トスル 所ノ契約ニシテ、 委任事務ノ処理ニ付利害関係ヲ有スルモノハ委任者ニ シテ受任者ニアラス。 従テ委任者ハ何時ニテモ受任者ヲ解任スルヲ得レ ハ勿論、 受任者ハ委任者ヲシテ解除権ヲ放棄セシムルコトニ依リテ解任 ヲ免カレ委任者ノ意思ニ反シテ委任事務ノ処理ヲ継続スルコトヲ得ス。
是レ他ナシ、 委任者ノ意思ニ反シテ委任者ノ為ニ其事務ヲ処理スルコト ハ委任ノ性質ニ反スルモノナレハナリ。 然レトモ受任者カ委任者ノ為メ ノミニ其事務ヲ処理スルニアラスシテ受任者モ亦事務ノ処理ニ付キ正当 ナル利害関係ヲ有スル場合ニ於テハ、 受任者カ委任者ヲシテ解除権ヲ抛 棄セシメ因テ以テ其事務ヲ処理シ之ヲ終了スルコトハ其利益ヲ保護スル カ為メニ必要ナルヲ以テ此場合ニ於ケル委任者解除権ノ抛棄ハ有効ニシ テ、 委任者ハ謂レナクシテ受任者ヲ解任スルコトヲ得サルニ依リ其解任 ハ法律上何等ノ効力ヲ生セサルモノトス。 ……故ニ債権者カ其債権ノ弁 済ヲ確保スルカ為メ債務者ヲシテ第三債務者ニ対スル普通債権ノ取立ヲ 委任セシムルト同時ニ委任者ヲシテ解除権ヲ放棄セシムルハ固ヨリ正当 ニシテ、 其放棄カ有効ナルハ言ヲ俟タス」。
本判決の一般論は、 その後の判例に大きな影響を及ぼすこととなり、
たとえば、 昭和7年3月25日判決
(38)
など同趣旨の判決が続いている。 ただ し、 大正4年の事案は勲章年金の取立委任、 昭和7年の事案は恩給年金 の受領委任であるため、 それぞれ、 公序良俗及び恩給法の趣旨に反する ものとして、 解約特約の効力は否定され、 委任者はいつでも解除をなし えるとされている。
(2) やむをえない事由がある場合 大判昭和14年4月12日
(39)
また、 昭和14年4月12日の判決によって、 解除権放棄特約があるとし ても、 委任契約を絶対的に解除することができないというわけではなく、
やむを得ない事由のある場合には解除しうるとされるようになった。
事実概要
他3人は共同で 私立学校の経営を始めたが、 まもなく5人の 合意の上、 学校は の単独経営となし、 に校長たる職務を委任し、
一定の報酬を支給すること、 が校長たる品位の失墜した場合、 また は職に堪えない病気になった場合のほかはその職を免じないことなどを 約していた事案において、 在職中生徒が校長更迭を求めて同盟休校 を行い、 さらには入学生徒数が漸次減少したので、 が に校長たる 徳望才幹がないとして委任を解除したところ、 が解除の無効などを 争った。
判旨
「校長トシテ就任シタルハ普通一般ノ雇傭ニ依リ成リタルモノニ非ス 且其ノ契約ノ内容ハ上告人カ校長タル品位ヲ失墜スル不都合ナル所為ヲ 為スカ又ハ病気ノ為其ノ任ニ堪ヘサル場合ノ外其ノ職ヲ免セラレサルコ トヲ約シ地位ノ安全ヲ保障シ且解除権ヲ行使スルニハ前記学校ノ相談役……
ノ意見ヲ徴スヘキコトノ条件ヲ包含スル一種独立ノ無名契約ナ」 リ、 ……
「其ノ校長タル職務ヲ委託シ且之ニ付一定ノ報酬ヲ支給スルコトヲ合意 シタルモノニ外ナラサルコトヲ看取シ得ルカ故ニ当事者間ノ法律関係ハ 畢竟法律行為ニ非サル事務ノ委託ニシテ所謂準委任関係ナリト認ムルヲ 相当トスヘク上告人主張ノ如キ無名契約ヲ以テ目スヘキモノニ非ス尤モ 原審カ之ヲ以テ民法所定ノ雇傭契約ニ該当スト為スハ妥当ナラスト雖原 審ハ已ムコトヲ得サル事由ニ依ル解除ヲ認メタルモノナルヲ以テ原判決 ハ結局相当」 である。
第三節 性質上任意に解除できない委任
以上のように、 解除権放棄特約により651条の任意解除権が制限され うるが、 特約のない場合には、 解除権が自由に行使できるのか、 それと も、 解除が不合理である場合には制限されうるのか、 制限されるとすれ ば、 どのような法理を適用するのか、 という問題が生じる。 その場合、
日本の判例を整理すると、 大別して、 (1)「受任者の利益をも目的とす る委任」 の場合、 (2)委任者・受任者の他に第三者も契約当事者となっ ている場合に分けられる
(40)
。 以下、 判例の流れを考察する。
(1) 受任者の利益をも目的とする委任
ア 任意解除の自由の制限 大判大正9年4月24日
(41)
この判決は、 委任が 「受任者ノ利益ヲモ目的トスル」 ときは、 651条 により任意解除ができないという一般論を初めて確立した。
事実概要
は から30円借りていたが、 その弁済期到来前に、 との間に、
の に対する貸金1000円という債権の取立委任を受け、 その取立高 の一割を報酬とし、 その報酬金をもって、 に対する債務の弁済に充 当する旨の特約を成立させた。 ところが は、 この委任契約を解除し て、 貸金の弁済期は到来したとしてその弁済を に求めた。 原審は、
651条1項により は本件の取立委任をいつでも解除できるとして、 そ の請求を認容した。 は上告して、 受任者が委任事務の処理につき固 有の利害関係を有するときは委任者の一方の意思により契約を解除する ことができないと主張した。
判旨
「委任ハ当事者双方ノ対人的信用関係ヲ基礎トスル契約ナルヲ以テ自 己ノ信頼セサル者ヲシテ其事務ヲ処理セシムルコト能ハサルト同時ニ自 己ノ信頼セサル人ノ事務ヲ処理スルハ受任者ノ人情トシテ堪ヘ難キ所ナ リトス。 是民法六百五十一条第一項ニ於テ 委任ハ各当事者ニ於テ何時 ニテモ之ヲ解除スルコトヲ得 ト規定シタル所以ナリ。 従テ同条ハ受任 者カ委任者ノ利益ノ為メニノミ事務ヲ処理スル場合ニ適用アルモノニシ テ其事務ノ処理カ委任者ノ為メノミナラス受任者ノ利益ヲモ目的トスル トキハ委任者ハ同条ニヨリ委任ヲ解除スルコトヲ得サルモノト解スルヲ
相当トス。 蓋シ後ノ場合ニ於テ委任者カ右法条ニヨリ何時ニテモ委任ヲ 解除シ得ベキモノトセムカ、 受任者ノ利益ハ著シク害セラルルニ至ルベ ケレバナリ。 …… ハ ノ居村ニ於ケル債務者ニ対スル貸金一千円ノ 取立ヲ ニ委任シ、 其取立高ノ一割ヲ報酬トシ該報酬金ヲ以テ本訴債 権ノ弁済ニ充当スヘキノ特約……カ当事者間ニ成立シタル事実ハ原審カ 明カニ認メタル所ナリトス。 果シテ然ラハ右取立委任ハ委任者タル ノ為メノミナラズ受任者タル ノ利益ヲモ目的トスルモノナルヲ以テ、
ハ……第六百五十一条第一項ニヨリテハ之ヲ解除スルコトヲ得サル モノト謂ハサルヘカラス」。
イ 任意解除の自由への緩和
大正9年の大審院判決が確立した法理を前提としつつ、 その適用範囲 を若干限定的に解釈する方向を打ち出したのが昭和40年及び昭和43年の 最高裁判決である。
( ) 最判昭和40年12月17日
(42)
事実概要
社 (委任者) は負債処理を 社 (受任者) に委託し、 事務処理のた めに不動産の所有権移転登記及び引渡がなされたが、 が長期間にわ たり収支の点で 社になんら寄与せず、 負債の処理の実も挙がってい ないことを理由として、 に対して契約を解除し、 建物の返還を求め ると主張した。
判旨
「本件委任のごとく単に委任者の利益のみならず受任者の利益のため にも委任がなされた場合であっても、 委任が当事者双方の対人信用関係 を基礎とする契約であることに徴すれば、 受任者が著しく不誠実な行動 に出たなどやむをえない事由がある場合には、 委任者において委任を解 除することができるものと解する」。
( ) 最判昭和43年9月20日
(43)
事実概要
建設の訴外債権者が 建設の再建による債権回収を図り、 商事 の代表らが 建設の経営一切を委任されたところ、 商事は 建設の 乗用車を私物化し、 建設の不動産を 商事名義に移転したため、 他 の債権者も 建設の動産類を持ち出すようになり、 建設が不渡りを 出すに至ったので、 建設は 商事との委任契約を解除した。
判旨
「委任が当事者双方の対人的信用関係を基礎とする契約であることに 徴すれば」、 「委任者が著しく不誠実な行動に出たなどやむをえない事由 があるときは、 委任者は民法651条に則り委任契約を解除することがで きる」。
ウ 任意解除の自由への回帰 最判昭和56年1月19日
(44)
以上みてきたように、 一方で前掲大判大正9年に従う判決が蓄積し、
他方で受任者が著しく不誠実な行動に出るなどやむをえない事由による 解除も認められている。 そこには、 基本的に651条の適用を制限する傾 向を指摘することが可能である
(45)
。 しかし、 昭和56年の最高裁判決に至り、
裁判所は、 委任の任意解除権を若干広く解釈する方向に向かっていくこ ととなる。 結果的には、 条文の文言のとおり651条の任意解除権に忠実 な解釈に戻った
(46)
と思われる。
事実概要
鉄筋アパート4階建 (本件建物) の所有者 は、 1962年9月、 本件建 物を社宅用に 会社に賃貸した。 そして、 本件建物の管理を不動産会 社 に委任した。 間の管理契約で、 は本件建物の賃貸に関する 事務の一切を任されたほか、 社が に差し入れる保証金880万円の保 管を委ねられた。 は管理を無償で行い、 かつ、 保証金を保管する間、
1月分の利息を に支払うと約束したが、 そのかわりに は がこの 保証金を自己の事業資金として自由に利用することを許した。 管理契約
の期間は5年で更新も認められていた。 建物賃貸契約の期間は2年であっ たが、 これは期間中の物価の変動を考慮したものにすぎなかった。 両契 約とも更新され約11年を経たところ、 賃料の増額をめぐり 間に紛 争が生じ、 が本件管理契約を解除するに至った。 は保証金の返還 請求権を に譲渡し、 が訴訟を提起した。 原審が、 の請求を棄却 したため、 が上告した。
判旨 (破棄差戻)
「本件管理契約は、 委任契約の範ちゅうに属するものと解すべきとこ ろ、 本件管理契約の如く単に委任者の利益のみならず受任者の利益のた めにも委任がなされた場合であっても、 委任契約が当事者間の信用関係 を基礎とする契約であることに徴すれば、 受任者が著しく不誠実な行動 に出たなどやむをえない事由があるときは、 委任者において委任契約を 解除するものと解すべきことはもちろんであるが (最判昭和40年12月17 日第2小法廷判決・裁判集81号561頁、 最判昭和43年9月20日第2小法廷判決・
裁判集92号329頁参照)、 さらに、 かかるやむをえない事由がない場合で あっても、 委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものと解されない 事情があるときは、 該委任契約が受任者の利益のためにもなされている ことを理由として、 委任者の意思に反して事務処理を継続させることは、
委任者の利益を阻害し委任契約の本旨に反することになるから、 委任者 は、 民法651条に則り委任契約を解除することができ、 ただ、 受任者が これによって不利益を受けるときは、 委任者が損害の賠償を受けること によって、 その不利益を填補されれば足りると解するのが相当である」。
(2) 委任者・受任者の他に第三者も契約当事者となっている場合 ア 任意解除の自由への制限の始まり 大判大正6年1月20日
(47)
委任契約には、 その性質上当事者一方の意思のみによっては解除でき ないものがあるということが、 判例上初めて認められたのが、 以下に見 る大正6年の判決であった。 すなわち、 単純な委任者受任者間の委任の
みならず、 当事者間及び第三者間の全体契約関係の一部として委任が存 在する場合においては、 委任も全体の契約関係の終了と運命を共にすべ きものであって、 正当な事由の存するときを除き、 651条による解除は 認められない。 なお本判決は受任者からの解除の事案であったが、 委任 者が解除する場合も同様に考えてよいという見解がある
(48)
。 事実概要
会社は にラングーン米2万袋を売り渡した。 はその米を 銀 行に担保として引渡し、 間に、 が一袋につき7円50銭を提供す れば 銀行は米の内出を許した。 その際、 7円を 銀行の債権の50銭 を 会社の債権の弁済に充てる旨の契約が締結され、 その結果、 会 社と 銀行の間に50銭ずつの取立の委任契約が成立した。 しかし、 そ の後、 銀行がその委任契約を一方的に解除したため、 会社が解除 の無効を争った。
判旨
「委任者カ民法第六百五十一条第一項規定ノ如ク各当事者ニ於テ何時 ニテモ之ヲ解除シ得ルハ、 委任カ専ラ委任者ノ利益ヲ図ル為メニノミ与 ヘラレ受任者カ好意ヲ以テ委任事務ヲ処理スヘキ場合ニシテ、 本件ノ如 ク委任カ委任者ト第三者及ヒ受任者トノ間ノ他ノ契約ニ基因シ其契約ニ 因リ委任者ノ享クル利益ト結合シ其契約ヲ遂行スルノ結果受任者カ委任 者ノ利益ノ為メ委任事務ヲ処理スヘキ場合ニ於テハ、 其契約ノ変更セラ レサル限リ受任者ノ意思ノミヲ以テ委任ヲ解除スルコトヲ得サルモノトス」。
イ 任意解除の自由への制限 最判昭和53年7月10日
(49)
本件は、 委任者・受任者の他に第三者も契約当事者となっている契約 関係の一部として委任が存在する場合ではないが、 大正6年の判決の出 された事案に類似する事案である。
事実概要
土地の登記権利者 (買主) が、 登記義務者 (売主) とともに移転 登記手続きを司法書士 に委任した。 ところが、 からの書類返還要
求に が応じ、 が土地を他に売却し登記を移転したため所有権を取 得できなくなった が、 の同意なしに に書類を返還した に対 し、 委任契約の債務不履行を理由に が損害賠償を請求した。 一審は、
委任の任意解除規定を類推して他方の同意のない返還でも債務不履行と ならないとした。 原審は、 委任は信頼関係を基礎におくものであるのに 一方の委任者と受任者との間に信頼関係がなくなっても他方の同意がな いと解除できないのは委任の本旨に反するとして の債務不履行責任 を否定した。
判旨
「売主である登記義務者と司法書士との間の登記手続の委託に関する 委任契約と買主である登記権利者と司法書士との間の登記手続の委託に 関する委任契約とは、 売買契約に起因し、 相互に関連づけられ、 前者は、
登記権利者の利益をも目的としているというべきであり、 司法書士が受 任に際し、 登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、 同時 に登記権利者のためにも保管すべきものというべきである。 したがつて、
このような場合には、 登記義務者と司法書士との間の委任契約は、 契約 の性質上、 民法六五一条一項の規定にもかかわらず、 登記権利者の同意 等特段の事情のない限り、 解除することができないものと解するのが相 当である。」
このように、 「登記義務者は、 登記権利者の同意等がない限り、 司法 書士との間の登記手続に関する委任契約を解除することができないので あるから、 受任者である司法書士としては、 登記義務者から登記手続に 必要な書類の返還を求められても、 それを拒むことができるのである。
また、 それと同時に、 前記のように、 司法書士としては、 登記権利者と の関係では、 登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、 登 記権利者のためにも保管すべき義務を負担しているのであるから、 登記 義務者からその書類の返還を求められても、 それを拒むべき義務がある ものというべきである。 したがつて、 それを拒まずに右書類を返還した
結果、 登記権利者への登記手続が不能となれば、 登記権利者との委任契 約は、 履行不能となり、 その履行不能は、 受任者である司法書士の責め に帰すべき事由によるものというべきであるから、 同人は、 債務不履行 の責めを負わなければならない」。
(3) その他の判決
ア 期間の定めのない税理士顧問契約 最判昭和58年9月20日
(50)
昭和56年判決が受任者の利益を目的とする委任契約における契約解除 を求めたものであるのに対して、 本昭和58年判決は、 受任者の利益を目 的としていないから委任契約を解除しうると解したものである。 また、
本件は、 いわゆる税理士顧問契約に関する特殊な委任契約であり、 この 種の契約の特殊性から651条1項の任意解除権が排除されるか否かが注 目される
(51)
。 事実概要
税理士である は、 昭和46年11月から 会社の顧問税理士をしてい たところ、 昭和47年8月11日の 会社の税務調査が無事終了した際に、
から突然同年8月末日をもって本件顧問契約を解除し、 同年9月以 降は報酬を支払わない旨の通告を受けた。 そこで、 は、 税理士顧問 契約は、 その性質上民法651条1項の適用される委任ではなく、 仮に民 法上の委任としても、 「受任者の利益」 をも目的としているから、 自由 解除権は適用されず、 右法条による解除はなし得ないと主張した。 同時 に、 解除が有効であるとしても、 「不利なる時期」 における解除である として民法651条2項による損害賠償を求めた。 一審、 原審は、 の請 求をいずれも棄却した。 が上告。
判旨
本件顧問契約は、 「(前略) 全体として一個の委任契約であるというこ とができる。 ところで、 委任契約は、 一般に当事者間の強い信頼関係を 基礎として成立し存続するものであるから、 当該委任契約が受任者の利
益をも目的として締結された場合でない限り、 委任者は、 民法651条1 項に基づきいつでも委任契約を解除することができ、 かつ、 解除にあたっ ては、 受任者に対しその理由を告知することを要しないものというべき であり、 この理は、 委任契約たる税理士顧問契約についてもなんら異な るところはないものと解するのが相当である。」
「所論は、 さらに、 本件税理士顧問契約は、 顧問料を支払う旨の特約 があるから、 受任者の利益をも目的として締結された契約であると主張 する。 しかしながら、 委任契約において委任事務処理に対する報酬を支 払う旨の特約があるだけでは、 受任者の利益をも目的とするものといえな いことは、 当裁判所の判例とするところであり、 また、 税理士顧問契約 における受任事務は、 一般に、 契約が長期間継続することがその的確な 処理に資する性質を有し、 当事者も、 通常は、 相当期間継続することを 予定して税理士顧問契約を締結するものであり、 本件税理士顧問契約に おいて、 依頼者たる 会社から継続的、 定期的に支払われていた顧問料 が の事務所経営の安定の資となっていた等の原判決判示の事由も、 こ れをもって受任者の利益に該当するものということができない。」
このように判例は、 税理士顧問契約の特殊性を認めながらも、 「受任 者の利益をも目的とする」 かどうかにより、 651条任意解除権の有無を 判断する点においては、 従来の判例・通説の流れに沿い、 結論として委 任の任意解除権が否定されるものではないとする。 したがって、 本判決 の結論は当然であり、 理論構成も妥当なものと評価することができよう
(52)
。 イ 期間の定めのある税理士顧問契約 東京高裁昭和63年5月31日
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さらに、 同様の税理士顧問契約に関して、 期間の定めがあるというこ とから、 解除権の放棄を認定することができるかが問題とされる。 この 点について、 次の判決が特に注目される。
事実概要
は税理士であり、 は昭和52年2月に設立された不動産の建売及 び仲介などを目的とする株式会社であるが、 昭和53年10月頃、 代表