日本小児循環器学会雑誌 10巻2号 313〜319頁(1994年)
進行性の肺静脈閉塞をきたした総肺静脈還流異常の1例
一 術後吻合部狭窄に対する開胸Balloon Angioplastyの試み一
(平成5年7月27日受付)
(平成6年4月12日受理)
山杉 杉若
松山梨医科大学小児科
央矢内淳駒井孝行
桂子 藤嶋美奈子 中澤 眞平
同 第2外科川哲之助 吉井新平
key words:総肺静脈還流異常,肺静脈閉塞,吻合部狭窄, Balloon angioplasty,経食道エコー法
要 旨
術後,進行性の肺静脈閉塞(pulmonary venous obstruction, PVO)をきたした総肺静肺還流異常
(Total anomalous pulmonary venous connection, TAPVC)III型を経験した.右肺静脈における閉 塞の進行は左肺静脈より早く生後10ヵ月で完全に閉塞した.左肺静脈の吻合部狭窄に対して新しい治療 の試みとして開胸Balloon angioplastyを行い狭窄部が解除され一時全身状態の改善がみられたものの PVOの進行を阻止することができず死の転帰をとった.
剖検所見では右肺静脈の完全な閉塞を認め,左肺静脈では内膜の肥厚を認めた.左右の肺静脈とも中 膜の肥厚を認めた.左肺静脈一左房吻合部では内膜及び心筋の亀裂が認められBalloon angioplastyの
効果が認められた.TAPVCの術後吻合部狭窄に対してPVOの進行する以前のより早期に本治療法を
行うことで直視下吻合部狭窄解除術と同様の効果が期待できると考えられる.緒 言
TAPVCの手術成績は診断精度の進歩,新生児期開 心術の改良などにより飛躍的に向上してきた.一方,
術後吻合部狭窄や肺静脈閉塞の進行はその診断や治療 法に対してまだ解決しなければならない問題も多 い1)〜8).我々は,進行性の肺静脈閉塞をきたした TAPVCの男児に対して新しい治療法として開胸bal loon angioplastyを行った.本症例の特異な経過と病 理所見をあわせ肺静脈閉塞と吻合部狭窄の関係につい ての推察と術後吻合部狭窄に対するballoon angio・
plastyの効果について検討した.
症 例 〔症例〕1歳1ヵ月,男児.
〔現病歴〕在胎39週6日,出生時体重2,534gで出生.
別刷請求先:(〒409−38)山梨県中巨摩郡玉穂町 下河東1110 山梨医科大学小児科学教室 杉山 央
生直後より低体温,多呼吸を認めた.生後3日目頃か ら口唇にチアノーゼが出現し,また胸部X線写真上心 拡大と肺血流量の増加が認められ心電図上右室肥大が 示唆された.ジゴキシン,利尿剤の投与,および水分 制限を行うも改善せず生後13日目に当科に紹介され
た.
入院後経過
心エコー図を施行したところ右房,右室は拡大し,
左右肺静脈は左房に還流せず左房の後方で固有肺静脈 腔を形成し垂直静脈となって横隔膜を貫通し門脈に還 流していた.垂直静脈と門脈の吻合部は狭窄していた.
以上よりTAPVCIII型と診断した.進行性の肺うっ血 のため,入院翌日に心エコー図診断のみで緊急手術を
行った.
〔第1回手術〕
胸骨正中切開し人工心肺下において垂直静脈を結紮 切離し左房後壁と固有肺静脈腔を縫合予定線に合わせ
314 (84)
\
6mm
垂直静脈
横隔膜
LPV
図1 第1回手術所見.Posterior approachで到達,
点線矢印は切開縫合予定線を示す.
LPV:左肺静脈, RUPV:右上肺静脈, RLPV:右 ド肺静脈,
て12mm切開しPDS吸収糸で連続縫合した.左右の
肺静脈には切り込まないように注意した.心房中隔欠 損は直接縫合した(図1).術後ほぼ順調に回復,胸部 X線写真上肺うっ血の改善がみられたが心電図上の 右室肥大は改善せず,また心エコー図においても右室 が左室を圧迫している所見が認められた.術後98日,多呼吸及び哺乳力低下,体重増加不良のため再入院し た.多呼吸を認め肝を右季肋下に4cm触知した.胸部
X線写真上肺うっ血が増強し心電図でV誘導のR波
高は45mmと増高しT波のストレインパターソとともに著明な右室肥大を示唆した.経食道エコー法によ り吻合部は左肺静脈と右肺静脈に別れ各々2〜3m と狭くカラードップラー法では左房内に乱流シグナル を認めた(写真1).
〔第1回心臓カテーテル及び心血管造影〕
肺動脈造影により右下及び左の肺静脈の拡大を認め た.肺静脈から左房への造影剤のwash outは遅く肺 静脈一左房吻合部狭窄と診断した.狩窄部の描出は困 難であった,肺血圧は75/18mmHgでPp/Ps=0.88と 肺高血圧を認めた.
〔第2回手術〕
人工心肺下,経右房的に心房中隔を切開し狭窄部を それぞれ外側に広げるように解除した.術中圧測定で は右室圧/左室圧は0.47まで低下した.両肺静脈とも7 mmのステントが十分入ることを確認して手術を終r した.術後経過は順調であり. i時V誘導のR波高は
日小循誌 10(2),1994
鵬
︷蔑︐熟 ︐ 濠灘藻
濠濠
し キ
欝紗
写真1 経食道エコー法による肺静脈還流部位の描出 とそのシェーマ
低下し体重増加も認められたが術後2ヵ月ごろより再 び増高に転じ哺乳力も低下.多呼吸,肝腫大も認めた.
経食道心エコー法では左肺静脈一左房吻合部が1〜2 mmと更に狭小化しカラードップラー法では著明な乱 流パターンを認めた.右肺静脈の血流は認められず右 肺静脈の閉塞が示唆された.肺血流シンチグラムでは 右肺の血流はほとんど認められず,胸部レントゲン写 真では右肺野の索状陰影が認められた(写真2).
〔第3回手術〕
全身状態が悪く人工心肺の使用はできるだけ避ける 必要があり,また第2回手術と同様な方法での吻合部 狭窄解除は再度の狭窄の可能性が高いと考えBalloon angioplastyによる解除を試みた.正中開胸し右房を 露出した後,経食道エコー法及びX線透視下に右房前 壁,心房中隔を穿刺し7Frのシースを挿入した.ガイド ワイヤーを狭窄部に認めMansfield社製Ultra−Thin カテーテルを用いバルーン径5mm,6mm,7mmとサ イズアップしウエストの消失を確認して終了した(図 2).術後は術前に比較しカラードップラーで左房内の
平成6年8月1日 315 (85)
饗パ
ミピ
熱義
1滋 竃
艦
礁
忽フ≧嘉
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写真2 左:胸部レントゲソ写真,右:肺血流シンチグラム
B.
左肺静脈
横隔膜
図2 第3回手術所見 A.胸骨正中切開し右房壁にタバコ縫合し穿刺した,
シェーマを示す.
_一一一シース
バルーンカテーテル
B.Balloon arlgioplastyの
流入血流の増加が窺われたが乱流パターンは残存して いた.経食道エコー法上狭窄部は約5mmと拡大した.
術後,右室圧は86mmHgから76mmHgと軽度低下し
た.術後2ヵ月で右肺に限局した肺炎を併発し強力な 抗生物質療法をするも改善は認められず,おそらく右 肺血流低下及び無効換気のために肺炎が遷延したと考 えられる,同時に再度の哺乳力の低下,肝腫大を認め 吻合部の再々狭窄が窺われた,〔第2回心臓カテーテル及び心血管造影〕
右肺動脈模入部造影では右肺動脈末梢部から蛇行し た副血行路を介して無名静脈及び冠静脈洞に流入して いた.左肺動脈喫入部造影では左肺静脈一左房吻合部 で約1.5mmと狭窄していた(写真3).100%酸素負荷
及びニフ=ジピン負荷により右室収縮期圧は120
mmHgから90mmHgに下降し肺高血圧は可逆性と判
断し右肺摘出術,吻合部狭窄解除術の適応とした.316−(86)
〔第4回手術〕
右開胸にて右肺全摘出術,第3回手術と同様な方法 でBalloon angioplastyによる吻合部狭窄解除術を施 行した.前回同様Ultra Thinのバルーン径7mmまて サイズア・プした後,ムラカミバルーンのバルーン径
8mmを使って拡大した。肺動脈収縮期圧は術前90 mmHgから56mmHgまで低下したが,経食道エコー
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写真3 左肺動脈喫入部造影側画像
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A 右肺静脈(×400)
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§日本小児循環器学会雑誌 第10巻 第2号
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C 左肺静脈(×400)
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写真4 Hematoxylin Eosin染色
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法では左房内流入血流パターンの変化は認められな かった.ICU帰室直後より急速に肺動脈圧が上昇し体 血圧が低下,肺高血圧クリーゼにより死亡した.
〔右肺生検及び剖検による病理所見〕
右肺は肺胞壁に高度な炎症細胞浸潤を認めさらに肺 胞壁の破壊と肥厚器質化が認められた.右肺動脈は中 膜の肥厚かみられ,右肺静脈は内腔が完全に閉塞して
平成6年8月1日
いた(写真4A),左肺動脈は中膜の肥厚が認められた
(写真4B).左肺静脈は内膜の肥厚を認めた(写真4C).
左肺静脈一左房吻合部では内膜,及び心筋層に亀裂を 認め,亀裂部にフィブリン形成が認められた(写真4
D,E).
考 察
近年,TAPVCの手術成績は飛躍的に向上した.し かし,術後の問題点も多くその中でも肺静脈閉塞
(PVO)の進行と吻合部狭窄が最も重要である. PVO とは,肺静脈全体の内膜の肥厚が主病変であり,結果 として肺静脈腔の狭小化をもたらすものと考えられ る.一方,吻合部狭窄は術後肺静脈一左房吻合部の部 分的狭窄であり線維性肉芽によるものであり,両者は 互いに密接な関係を持ちながら厳密に区別されなけれ ばならない.PVOの原因としては,①吻合部狭窄,② 心内膜の服厚による吻合部狭小化,③ASD閉鎖に用 いた心膜パッチの肥厚,④PV Kinkingなどがあげら れている9).これらの原因に対して適正な吻合口の作 成や全周結節縫合の採用など手術術式の改良により手 術成績は改善してきている8).しかし,吻合部狭窄がな いにもかかわらず術後PVOが進行して死に至る例な どの報告も多い.このように肺静脈狭窄性病変がなく てもPVOが進行する理由としては出生直後から肺動 脈に流入する血流量が増加し,しかも酵素飽和度の高 い血液のために肺動脈の内膜が反応性に肥厚すると推 測している論文もある1°),出生直後より肺静脈閉鎖し
ている例の存在やTAPVCの中でも還流部位や症例
によりPVOの程度が違うこと,また,本症例のように 左右の肺静脈にPVOの進行の違いがあることなどを 考慮すると,他の因子が関与している可能性が大きい と思われる.本症例では,右肺静脈と左肺静脈のPVO は違う経過をたどっており生後10ヵ月の時点では右肺 静脈は完全に閉塞し右肺動脈と体静脈の間にシャント を認めた.一方,左肺静脈は右肺静脈に比較して徐々 にPVOが進行してきた事を窺わせた.このことは特に本症例のように固有肺静脈腔が小さ い場合,十分な吻合口をとるために左右の肺静脈のか なり近いところまで切開をしざるを得ないというよう な手術手技上の問題も大きいと思われる.本症例では 計4回の手術を試みたにもかかわらず吻合部狭窄,
PVOの進行を阻止することができなかった.第3回手 術では明らかに吻合部狭窄を解除できたが吻合部狭窄 が再々発し,第4回手術では第3回目に比較してより 径の大きなバルーンを使用して吻合部を拡大し得たの
317−(87)
にカラードップラー上有意な血流パターソの改善につ ながらなかったのはやはりPVOが進行していた為と 考えられる.このようにPVOが進行した例ではたと
え吻合部狭窄を解除しても肺静脈還流量を増やすこと ができず,また還流量が少ないために再び吻合部狭窄 を起こしPVOの進行を早めるという悪循環が形成さ れると考えられる.本症例は生後14日経過し肺うっ血 症状が増強してから手術をせざるをえず,また初回手 術から再手術を行うまでに約5ヵ月を経過しておりそ の間に不可逆的なPVOの進行を起こしてしまったと
考えられる.
TAPVCの根治術の場合,術後6ヵ月の時点で右室 肥大の進行や肺うっ血所見がなければ予後がよいとさ れている.しかし,吻合部狭窄の確定診断は,心臓カ テーテル検査による肺動脈模入圧の上昇および左室拡 張末期圧との圧較差の存在,または肺動脈造影での狭 窄部位の証明が必要とされているが,実際は吻合部狭 窄を早期に診断するために頻回の心臓カテーテル検査 を行うことは困難である.また,心電図上の右室肥大 は右脚ブロックを伴うと判定が難しく心電図所見を吻 合部狭窄の進行の指標とするには問題も多い.体表面 からの心エコー図では,吻合部の描出が困難な場合が 多く正確な診断は難しい.この点に関しては,経食道 エコー 法(transesophageal echography, TEE)を用 いることにより吻合部の正確な径を計測することがで きある程度診断が可能である.
近年,小児科領域でもBalloon Angioplastyが広ま り種々の疾患に対して行われている.しかし,静脈系 に対するBalloon Angioplastyの報告は少なく,
TAPVCの吻合部狭窄に対して行われた例は非常に
少ない.Lockらによると術後吻合部狭窄を含む5例 の肺静脈狭窄にBalloon Angioplastyを行ったがウエ ストは消失せず,また剖検でも内膜の亀裂が認められ ず全例不成功であったとしている12).Driscol1らも3 例行って成功例がなかったと報告しており 3)本疾患に Balloon Angioplastyの適応があるかが問題になる.しかし,Lockらの例でも肺血流量が増えなかったも のの吻合部が拡大していた例があり,また詳細は明ら かでないがSerrafらは吻合部狭窄の1例に成功した と報告している2).本症例は短期的には吻合部狭窄の 解除に成功し,剖検所見においても内膜及び心筋の亀
裂が認められた事から一定の限界はあるものの
TAPVCに対するBalloon Angioplastyの有用性が
確かめられた,本症例ではPVOがすでにかなり進行318−(88)
した時点でBalloon angioplastyを施行しておりその 事が吻合部狭窄の恒久的な解除につながらなかったと 推測された.
PVOの進行を阻止する有効な治療法がない現在,
TAPVCの術後吻合部狭窄に対してPVOの進行する
以前のより早期に発見,治療することが重要であると 考えられる.文 献
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平成6年8月1日 319−(89)
ACase Report of Total Anomalous Pulmonary Venous Connection with Progressive Pulmonary venous Obstruction−Balloon Angioplasty Technique
under Thoracotomy for Anastomosis Stenosis一
Hisashi Sugiyama1},Jun Yanai1), Takayuki Komail), Keiko Wakasugi1}, Minako Fujishimai),
Shinpei Nakazawal), Shinpei Yoshii2) and Tetsunosuke Matsukawa2)
Department of Pediatrics1) and Second Department of Surgery2}, Yamanashi Medical College
We reported a case of TAPVC(type III), followed by postoperative progressive pulmonary venous obstruction(PVO). Obstruction of Right pulmonary vein(RtPV)progressed more rapidly than those of left pulmonary vein(LtPV), and RtPV, and RtPV was completely occluded 10 month after operation.
Balloon angioplasty under thoractomy was done to relieve the obstruction of LtPV−left atrium(LA)
anastomosis as a new approach. Right atrium was punctured, and a balloon catheter was introduced to LA through atrial septum, and then to LtPV, where the balloon was inflated.
Inspite of transient improvement, the PVO progressed again and the patient died after the angioplasty in short time. At autopsy, complete obstruction of RtPV was comfirmed, and the intimal thichening of LtPV was remarkable. The medial thichening of RtPV and LtPV was also revealed.
There was intimal and myocardial tear at the site of LtPV・LA anastomosis,which indicated the effect of the balloon angioplasty.
Thus, balloon angioplasty under thoracotomy appears to be useful to relieve postoperative anastomosis stenosis for TAPVC, if it is performed before progression of PVO.