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大学初年次生に対する読むことの指導
―要約文の分析から見えてくるもの―
A Study on Teaching "How to Read" for Freshmen of University : Focusing on Analysis of summarized writing
仁野平 智 明
NINOHIRA Tomoaki
1.大学生への「国語」の指導を取り巻く状況
大学生の国語力低下が指摘されて久しい。こうした際に用いられる「国語力」とは、
「話す」「聞く」「書く」「読む」といった言語の諸機能における能力をはじめとし、
言語操作上の基盤となる語彙力や漢字の読み書き能力、さらには適切な敬語を用いる 実用的な運用能力などを含む、きわめて幅広い概念である。そして、日々指導にあた る大学教員からは、 「レポートなどの論理的な文章が書けない」といった類の訴えが多 く出される。実際、2005年度の文部科学省の調べによれば、約7割の大学で、 「文章作 成の訓練」を教養教育に関する科目として開設している
(1)。リアクション・シート やレポートなど、つまり、学生に文章を作成させることによって、教員が学生の学習 成果を確認する場合は多い。従って、 「論理的な文章が書けない」ありさまは形となっ て表れるため目につきやすく、それをクリアする手だてとして、教養教育としての「文 章作成の訓練」が求められるというのは、実に簡明な構造である。しかし、先に述べ たような幅広い国語力のなかで、文章作成の指導、すなわち「書く」ことの指導が他 に優先して必要なものであると短絡的にとらえてしまってよいものであろうか。ま た、高等学校から進学したばかりの初年次生と、専門教育を受けて卒業論文の作成に 関わっている高学年次とでは、身につけるべき国語力にも大きな差異が生じてくる。
専門性が高くなれば学問領域ごとの個別性のウエイトも高くなろう。問題は、大学生
のどの段階において、どのような指導をする必要があるのかを見定めることだ。
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2.問題の所在
島田康行氏は、次のように指摘する。
(2)分野や領域によって独自のルールを有する論文・レポートを書くことを大学4年 間の最終的な目的の一つとするとき、大学初年次の学生が共通に身に付けるべき 読み書きの力がどのようなものかを考えるということである。
結論から言えば、大学初年次生に必要なのは、論文・レポートの書き方のよう な文書作成上の作法の習得よりも、論理的文章を批判的に読み、考えたことを論 理的に書くためのより基本的で普遍的な読み書きの力であり、初年次生教育に求 められるのはその育成を目指した指導である。
大学初年次生に対する指導の必要性がクリアに示されている。確かに、基本となる べき力が身についていてこそ、それぞれの専門領域での学びが可能となるものだろ う。また、学習指導要領に準拠した12年間の教育を小・中・高と受けてきている大学 初年次生は、今日の国語科教育における成果と問題とをともに反映した存在である。
共通の問題性があるとするならば、 「大学初年次の学生が共通に身に付けるべき」もの は、あって然るべきだろう。つまり、大学生に対する国語力向上のための指導は、ま ずは、初年次生を対象としたものとして論じられる必要がある。
次に、国語力の中でどのような力を育成する指導が必要かを考えたい。島田氏は、
国立T大学の学生を対象とした調査から、 「読む力という観点から言えば、筆者の思考 の筋道を細かく辿りながら文章を読む習慣を身に付けているものは少数に過ぎない」
と考察する
(3)。ここに、立ち止まるべき指導のポイントがある。論理的文章を書く には、規範となる論理の構造を学ぶことが必要である。高校国語教科書における論理 的文章の多くが、いわゆる評論を中心としたものであり、規範として学ぶべき論理の 含まれる論証型の文章の少ないことは以前から指摘されており、規範となる論理を学 ぶことの必要性も示されている
(4)。島田氏の指摘は、高校における論理の指導がい まだ不十分であることを示していると読むことができる。大学初年次生への指導は、
まずは論理と出会わせることから始めるべきだろう。書くことの形式的なスキルの修
得よりも、まずは、読むことによって論理意識を育む指導が必要だと考える。
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3.現状分析
(1)「国語力」に関する意識調査
2009年10月に、沖縄国際大学の初年次生を対象に〈大学初年次生の「国語力」に関 する意識調査〉を実施した。
*調査対象:総合文化学部日本文化学科 48名、社会科学系2学部2学科 53名
大学初年次生の「国語力」に関する意識調査
*「国語力」に関するあなたの考えを教えてください。この調査は全体としての傾向性を調べ ることが目的であり、データが個人情報として用いられることはありません。
【0】あなたの所属学部・学科・性別を教えてください。
【1】あなたが高校時代に履修した国語の科目は、次のうちどれですか。履修したものすべて に〇をつけてください。
国語総合 国語表現Ⅰ 国語表現Ⅱ 現代文 古典 古典講読
【2】次の項目から、大学生として必要だと思う国語力を、強くそう思うものから順に5つ選 んで、〇をつけてください。
1.ためらうことなく自分の意見を話す力
2.自分の考えや気持ちを相手が理解しやすいように話す力 3.相手の話の内容を正確に理解する力
4.相手の心情を察して共感的に話を聞く力 5.その場の雰囲気に合った内容の会話をする力
6.日常の会話やゼミの討論などで論理的に話を進行する力 7.自分の考えを適切にまとめてレジュメを作成する力
8.自分の考えを論理的にまとめて、レポートや論文を作成する力 9.必要な機器を用いてプレゼンテーションをする力
10.文献などの資料から必要な情報を得て、自分の考えを導くのに役立てる力 11.マス・メディアの情報を正確に把握し、批判的にとらえる力
12.小説などの文学作品を丁寧に読んで、深く味わい鑑賞する力 13.小説などの文学作品をたくさん読んで楽しむ力
14.評論などの論理的文章を熟読して、内容と論理展開を理解する力 15.評論などの論理的文章を素早く読んで、およその内容を把握する力 16.日本の古典文学や漢文を読んで、深く味わい鑑賞する力
17.文学史などの知識や教養
18.会話や手紙などで敬語を適切に用いる力
19.抽象語や慣用表現などを自分のものとして使いこなす力
性別: 男 ・ 女 学科
学部
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まずは【2】から、初年次生自身のとらえる「大学生として必要だと思う国語力」
をみてみる。(表1参照)
2.自分の考えや気持ちを相手が理解しやすいように話す力(70%)
3.相手の話の内容を正確に理解する力(59%)
20.漢字を正確に読み書きする力 21.文字を読みやすく整った形で書く力 22.その他(自由記述)
【3】次の項目から、高校で受けた国語の授業として、大学生としての学ぶ上での国語力を身 につけるのに、ためになったと思うものを最大3つまで選んで、〇をつけてください。
1.朗読・音読をする 2.スピーチをする 3.討論・発表をする
4.文学作品を各自で黙読し、読み味わう 5.評論を読んで、論理構成や要旨を考える 6.文学作品の感想を書く
7.意見文や小論文を書く
8.先の7・8で書いたものをクラスで互いに読み合う 9.日本古典や漢文を深く読み味わう
10.古典文法や漢文の句形に関するプリント・ドリル学習 11.漢字や語彙に関するプリント・ドリル学習
12.敬語や言葉づかいに関する指導 13.なし
14.その他(自由記述)
【4】大学生として半年を過ごした今、高校の国語の授業でやってほしかったと思っているこ とや、高校生のうちに身につけておくべきだと思うことがありましたら、自由に書いて ください。
ご協力ありがとうございました。(沖縄国際大学総合文化学部日本文化学科 仁野平智明)
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8.自分の考えを論理的にまとめて、レポートや論文を作成する力(58%)
これら3項目が突出して高い数値を示しており、約6〜7割がこれらを「大学生と して必要だと思う国語力」として挙げている。授業中に会話によるコミュニケーショ ンが求められるからか、「2」「3」は音声言語に関するものである。また、高校まで の授業とは違って講義方式の授業も多いため、 「3」が入ってきたものとみることもで きる。次いで多いのが「8」である。「自分の考えを論理的にまとめて、レポートや 論文を作成する力」を求める者は多い。やはり、自分のできないことが明確な形を とって表れる「2」や「8」を求める気持ちは強い。それに対し、「14.評論などの 論理的文章を熟読して、内容と論理展開を理解する力」と「15.評論などの論理的文 章を素早く読んで、およその内容を把握する力」は合わせても30%である。読むこと によって論理を学ぶことが論理的に話す・書くといった発信行為の基盤となっている とは、あまり意識されていない。
表1
次に【3】から、高校での国語の学習をどのようにとらえているかについて考察す る。「高校でためになった学習」の上位3項目は、次の通りである。(表2参照)
7.意見文や小論文を書く(47%)
(%)
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3.討論・発表をする(37%)
5.評論を読んで、論理構成や要旨を考える(33%)
アウトプット型の力をつけるためには、それに直結する形としてアウトプット型の 指導がためになった、とするのは当然だろう。これらにはある程度のノウハウが必要 であり、その有無がすぐさま結果に反映するからである。さて、3番目に多かった「5.
評論を読んで、論理構成や要旨を考える」を約1/3の者が選んでいる。先の二項目 と比肩するほどのものとは言いがたいが、少ない数ではない。【2】と【3】を合わ せてみるに、自身の意見をアウトプットするを求められるがゆえにその形態に意識が 向かいがちで、評論等を読んで論理を把握することと意見のアウトプットとを結びつ けてとらえている者は決して多くはなく、つまり、論理を学ぶことの意味が十分に理 解されてはいない、という現状がとらえられた。自覚の低さは指導の必要性を表して いる。この調査により、大学初年次生に対する、論理意識を育むための読むことの指 導の必要性が確認できた。
表2
(2)「日本語運用能力検定」
(5)問題による検証
続いて、論理をとらえる力のどこに問題があるのかを把握すべく調査を行った。調 査問題は「平成20年度 日本語運用能力検定(準2級・3級)」問題のうち、〔論理・
(%)
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論旨の理解〕に関するものである。2010年4月に、沖縄国際大学総合文化学部日本文 化学科の初年次生21名を対象に行った。
問題文は山崎正和の文章
(6)からで、内容はおよそ以下の通りである。論理展開図 が示され、その一部にはあらかじめ部分的な内容が示されており、図の空所Aとして
〈 〉の内容を、空所Bとして《 》の内容を答えさせる問題となっている。
Aについては10名、つまり約半数が正解であった。導入の話題として設問に示され た「民主主義の隠れた含意は、…(中略)…絶え間ない試行錯誤を繰り返すものだと いう認識である」という部分が、本文中にある同一表現「民主主義の隠れた含意は、
…(中略)…絶え間ない試行錯誤を繰り返すものだという認識です」からのものであ ることは容易に読み取れる。それをふまえ、「したがって」を指標として、後続部分 を導入に続く〈A〉に該当するものと判断したものであろう。さらに、その後の段落 には、「いいかえれば」「繰り返しになりますが」といった、その段落の位置づけを明 確化する、論理をとらえるうえでの指標が示されていることから、〈A〉の内容を答 えることができたものであろう。表現の未熟さゆえに正解に至らなかったけれども話 題だけは把握できていた、という者も数名いたことを勘案するに、ほぼ2 / 3の者が、
文章の前半部分の論理を読めていたと判断できよう。
次いで、Bを正解した者は21名中5名のみであった。不正解者16名中9名は、 「民主 主義は、民衆に絶えず苛立ちと不満を残すものである」といった、求められる解答の 後半部分のみを答えている。しかも、これら9名の解答には「苛立ちと不満」という フレーズが共通している。これは次の段落に含まれている。
民主主義の隠れた含蓄は、その時々に少しでもよりよい状態をめざして、絶え
間ない試行錯誤を繰り返す者だという認識である。したがって、〈一定期間をお
いて選挙を繰り返して民意を問い直す必要がある。〉だが、《中間的に固定された
民意と自由に変転する民衆の意思とはつねに食い違いを生み出すため、民衆には
絶えず不満が内在する。》したがって、民主主義は、カーニバルの効果を借りた
ものとして選挙を行い、民衆の不満を解消させてきた。倦んだ民心を祭によって
解放すると同時に、国の方針を多数決によって問うという、二重の意味が選挙に
はあるのだ。 (仁野平による要約)
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したがって民主主義は、ある意味で、絶えず苛立ちと不満を残す制度であり、
それゆえに、元々統治にとって困難な制度だと言ってよいでしょう。そこで民主 主義は、この困難を少しでも解消するために、古代の人間の知恵に学んで、無意 識のうちにに面白いアイデアを借りてきました。いわゆるカーニバル、民衆を動 員するお祭り騒ぎがそれです。
〈A〉の解答を導くよすがとなった「したがって」がこの段落の冒頭に用いられて いる。このことから、9名の読み方を見て取ることができよう。まず、「ところで」
によって話題が変わったことは認識しながらも先の話題との関係性が読み取れずにい た。それでも読み進めていくと、先ほども登場した「したがって」からの段落が登場 し、先の読み方を想起して「したがって」からの部分を《B》の内容としてとらえた のだ。前半の最後には「したがって、繰り返しになりますが」と始まる段落もあり、
「したがって」をよすがとしての読み方はかなり強化されていた。この段落の後半に は、まとめとして図示されている2要素のうちの一方である「民心を祭りによって解 放する」に関わる文言が登場するため、その話題の前まで、つまり、 〈A〉と同様に、 「し たがって」から一文を《B》の内容と判断したのであろう。
以上の分析から、接続語等に着目して論理の展開を把握しようとして読むものの、
時としてそれに頼りすぎてしまい、部分テクストに限った読み方になってしまうケー スの多いことが確認できた。全体テクストにおける部分テクストの位置をとらえると いう面での読む力、話題をとらえて構造化する読み力が不足している、ということが できよう。
4.要約の実践
前節の「(2)『日本語運用能力検定』問題による検証」で、本学初年次生の論理を
理解する力が決して十分なものでないことが確認された。井上尚美氏が「中・高校の
国語教科書は、…(中略)…読みの教材(説明的文章の場合)では、『書くこと』の
模範になるような、論理的にきっちりした典型的な・明快な『論証型』の文章はあま
り多く見られない」
(7)と指摘するように、中・高の国語の授業において「論理」との
出会いを経験しないままに、もしくは、教材として扱われはしたものの論理意識が内
面化することなく、大学生となっているのが現状であるといえよう。その後、特別な
トレーニングもないままに、大学での授業科目において自分の意見を論理的に論述す
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ることが求められているのだ。
特に、全体テクストにおける部分テクストの位置をとらえて読む、文章全体を構造 化して読むことにおける不十分さが顕著なものとしてとらえられた。これは何故に生 じるのか、また、こうした読む力をつけるにはどのような指導が適切なのか。そこで、
論理を意識して文章を読むことが必要となる、つまりは、全体テクストへの着眼を必 然的に要求される作業として、要約を活用することとした。自身の読み方を省みるた めには何らか目に見える形に表す必要がある。論理をとらえた後に再構築して文章化 する要約の営みは、自身の論理の把握のしかたに対するメタ認知が必要となる。これ により論理を内面化することできると考えた。
(1)山崎正和「今日と明日の芸術」(資料1参照)
鳴島甫氏は、 「文章を構築するという極めて強い意識のもので書かれたもの」 「評論・
論説文の中心に『論理』をおくとするならば、このような『構築された文章』を土台 としなければならない」
(8)と、その論理性を高く評価している。一読するに、段落構 成、話題の位置づけの指標が明確な文章である。
論理構成は、概ね次のようになる。なお、七つの段落を鳴島氏にならってA〜Gと して示す。
A:一般論の提示
B:一般論をふまえた問題性の指摘→自説の提示 C:第一論拠
D:第一論拠を支える具体的事例 E:第二論拠
F:第二論拠を支える具体的事例 G:まとめ
鳴島氏が「評論文の典型」とするように、その一般型として認められよう。さらに
は、各段落の全体における位置・役割を示す語がそれぞれの冒頭に示されており、筆
者の論理を理解する有効な指標となっている。以下、冒頭部分とそれによって示され
ている当該段落の役割を示す。
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A:「情報化時代というと」…話題および一般論の提示 B:「けれども」…本題に入る(自説の提示)
C:「第一に」…複数の要素を述べることと、これが第一点めであること D:「一枚の布」…具体的事例であること
E:「第二に」…第二点めであること
F:「たとえば」…具体的事例(2点め)であること G:「要するに」…まとめ
こうした、論理を強く意識して書かれた文章、論理の典型としての文章を読むこと により、論理とは何かという基本的なところを学ばせることができる。また、学生の 作成した要約文を分析することで、どのような読み方をしているのか、その実際のあ りようを具体的にとらえることができるものと考えた。
①要約作業の実際
2010年5月に、本学総合文化学部日本文化学科の初年次生を対象に、「基礎演習Ⅰ」
の授業の一環として行った。要約作業の説明や今後の授業についての説明などに費や した時間を除くと、学生が資料文を読んで要約するという作業を行ったのは、実質40 分程度、200字での要約とした。
②要約文の分析
回収した20名中、文章の内容理解段階に困難があったであろうと判断される2名分
を除外、残る18名分を直接の考察対象とした。D・Fに示される具体的事例を外して
まとめること、そして、「情報の現実化」を2点において述べているという要旨を把
握することは、全員できていた。その中で、十分な解答は7名、不十分なものは11名
であった。その11名の学生の作成した要約文の問題点を、論理の読み取りという観点
から i 〜 iii の3点において考察する。なお、i 〜 iii の人数は、i・ii ともに該当する者
1名、i・iii ともに該当する者4名を含む延べ数である。
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i 一般論およびそれに対する筆者の言及には触れず、本論から要約を開始
11名中6名が、Aおよびそれを受けるBの内容、つまり「情報化時代」についての 一般的なとらえ方に触れることなく、「現代は情報が現実化されている」「情報化時代 の現代において、情報はその質を大きく変えている」などと、筆者の説から書き始め ていた。20名全体の中で、一般論をふまえたうえでの筆者の主張という論理をとらえ た者は12名、6割である。一般論がなければ、「情報化時代」の解釈全体の中で筆者 の説がどのような意味をもつものであるのかを示し得ない。「現代は情報が現実化さ れている」というだけでは、筆者の説の立ち位置が極めて不安定であるにもかかわら ず、6名の学生がこうした要約文を作成した。これは、「要するに言いたいことは何 か」、「筆者の中心主張はどこか」と求めた結果であろう。先に見たように、この文章 は論理を強く意識して構築された文章であり、特に、一般論をふまえて自説を提示す るという立論部分は、世の論者の常套手段である。しかし、そこへ立ち止まることな く、文字通り理屈抜きに中心主張へと飛びついていった。筆者が何のために主張して いるのかという全体性への意識が欠如しているため、部分で満足してしまったのだ。
ii 情報の「無人格化」 「非論理化」がどうして「情報の現実化」であるのかについて の提示無し
11名中5名がこれに該当する。i と同様に、筆者の中心主張のみを拙速に求めた結 果ととらえられよう。最後の段落であることや段落が「要するに」という語から始まっ ていることから、Gがまとめの段落であることは容易に読み取れる。そのGの冒頭文 は、「要するに『情報化時代』とは、こういう無人格的で、非論理的な情報が現実を 埋め尽くす時代にほかならない」となっている。これは、すでに述べた内容をそぎ落 として話題を指示するだけの、ぎりぎりの内容でしかないにもかかわらず、これに誘 導されて、同義の叙述部分をC・Eから拾い出して要約文としているのである。それ で満足するならば、一般論やそれに対する筆者の言及は不要なものと判断されよう。
実際、i(6名)と iii(5名)の双方に該当する者は4名いる。この ii も、情報の「無
人格化」「非論理化」が何のための指摘なのかという、全体への意識の欠如に起因す
るものととらえることができる。
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iii 情報の「無人格化」「非論理化」の2点の関係性が不適切
この二点の関係性はパラレルなものであるが、11名中4名が「無人格的になってい る。すなわち、論理的構造と焦点を失いつつあるということだ」 「無人格的になるにつ れて、非論理的なものとなってきている」などのような誤った関係性を付加してまと めている。こうした誤読を導くような表現は、文章中には一切ない。ゆえに、読み手 の何らかの解釈が入り込んだものととらえられよう。こうした読み方は、論理の理解 のしかたとどのように関わるものであろうか。比較的未熟な読者に生じがちであるこ とを考え合わせるに、これもやはり、部分に反応して既存の知識との結びついて誤っ た解釈に至ったものととらえることができようか。ちなみに、i と iii の重複は1名で あった。
③指導の概要
要約作業の次時の解説では、各段落の役割を確認して評論における典型であること を伝え、各話題(ここでは段落が呼応)に全体テクストにおける役割をラベリングす るイメージで構造化して読むよう指導した。
また、立論については、文章全体に関わる論者の立場を明確にする重要なものとし て着眼するよう促し、一般論を認めたうえで修正しての立論、認めつつ別の側面から の立論、否定したうえでの立論など、具体的に例示をして指導した。三段構成の序論 に当たる部分を、単純に「問題提起」「話題提示」として満足せず、「どのような問題 提起」かのみならず「どのように問題提起」しているのかを論理の問題としてとらえ る視点の必要性を指摘した。
(2)尼ヶ崎彬『ことばと身体』(資料2参照)
(1)の文章よりも論理構造がやや複雑で、文章中の各話題の役割が(1)ほどあ からさまではない。2つの文章を論理展開の点から比較すると、以下のようになる。
(2)尼ヶ崎彬
(1)山崎正和
・同一役割の段落もあり、 (1)ほ ど明快ではない。
・各段落ごとに役割が明確。
・各段落の冒頭に段落の役割を示 す語句が明示。
段落構成
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①要約作業の実際
(1)に続いて2010年6月に、同一学習者集団を対象に行った。(1)の解説後に今 回の作業を課したので、資料文を読んで要約する作業時間は、実質60分程度である。
今回は400字での要約とした。
・「日本語の『学ぶ』が真似から 来ている」と始まる段落は、 「日 本語の『学ぶ』は真似から来て いる。しかし真似といっても、
一般に想起される『模倣』とは 異なる『なぞり』に自分は注目 する。以下これについて述べて いく。」と換言でき、立論の一般 型といえる。しかし、 (1)の文 章ほど明快な形ではないため、
読み手がその構造をとらえる必 要がある。
・一般論を提示、それを認めたう えで「それだけではない」とし て自説を明確に提示。
立論のしかた
・「模倣」「なぞり」の直後に具体 的事例が示され、事例の後には
「模倣」「なぞり」それぞれの 説明が示されているため、事例 の示された意味をとらえるのは
(1)と同様に容易。
・日本舞踊についての話題(具体 的事例)が、何の事例であるか は先に示されない。
・日本の芸道一般としてとらえる ことが求められる。
・立論で「日本」としている意味 や、それをふまえてこの段落で は西欧との対比によって述べら れているという、論理構造の把 握が必要。
・論拠の直後にそれを支える事例 として示され、同じ構造が繰り 返されているため、何のための 具体的事例であるか一目瞭然。
具体的事例の
意味
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②要約文の分析
回収した21人分を考察対象とする。十分な解答は3名で、他の18名は次の i 〜 iii の いずれかにおいて、もしくは複数の点においての不足があった。いずれも論理の読み 取りに関するものである。
i 冒頭文への着眼
18名中5名が、冒頭の一文に触れることなく「なぞり」と「模倣」の違いから要約 文を始めている。というよりも、21名中16名、つまり8割近くのものが、冒頭の日本 語の「学ぶ」の語源についての話題を、要約文に必要なものとして取り込んだと指摘 すべきであろう。日本の芸道における技術の習得は「なぞり」によるものだ、という ところに筆者の中心主張はある。日本の特異性として述べるためには冒頭の一文は欠 かせないものだ。(1)の文章ほど立論の提示があからさまではないにもかかわらず、
約8割の者が、「模倣」と「なぞり」と違いを説明する筆者の意図をとらえ、中心主 張の位置づけを意識して読むことができたといえよう。これは、 (1)の実践で学んだ 立論部分への着眼という読みのスキルを活用したものとして、評価できる。
ii 日本舞踊の事例と、「模倣」と「なぞり」の違いを説明するための事例の識別 21名中14名、つまり7割近くの者が事例を識別することができている。書道やス キーの事例が、論の前提として「模倣」と「なぞり」の概念理解のために示されたも のであること、そして日本舞踊の事例は本論における中心主張を支える事例であるこ とを区別して読み取ったということだ。しかも、多くは400字の要約文の半ばから、
「日本の芸道」一般のこととして段落を変えるなどして、その扱いを明確にしている。
そして、その者は、先の i で冒頭文への着眼が示された者とほぼ一致する。これは、
立論部分への着眼が、文章全体を構造化して読むことを促した結果ととらえることが できよう。
iii 西欧と日本との対比への意識
本論が西欧と日本との対比を軸としてまとめられていれば、筆者の論の目的を完全
に把握して読むことができたことになる。しかし、この点においては不十分な者が多
く、要約文に西欧と日本との対比を反映させた者は約半数にすぎなかった。これは、
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(1)実践の ii においても指摘したように、筆者の中心主張を求める思いの表れであ ろう。日本の芸道について「何が述べられているか」をとらえることが優先し、「ど のように述べられているか」への意識が、十分に働かなかったものととらえられる。
③指導の概要
解説では、(1)の実践の時と同様に、部分テクスト(各話題)が全体テクストに おいてどのような役割を果たしているかをふまえ、「模倣」と「なぞり」、「西欧」と
「日本」という2つの対比を軸して述べられている論理構成を確認したうえで、多く の論には対比構造を用いていることを示し、論理をとらえるうえでの指標としての有 効性を提示した。
また、立論についての着眼は、文章全体の論理を見通すことにつながる重要なもの であり、論理展開をとらえるうえで有効なスキルであることを再度確認した。
5.まとめ
本稿における調査及び実践は、本学総合文化学部日本文化学科での少人数を対象に したものであり、単純に一般化することはできない。しかし、これが極めて特異な傾 向を示すものであるとも言えまい。大学初年次生のおおよその傾向性を示すものであ り、その指導の有効性についての、ある程度の一般化は許されよう。
今回、論理をとらえて読む力の具体的な様相、つまり、不足の具合と、それを指導 するうえでとらえておくべき要素の一部が明らかになった。三段構成〔序論・本論・
結論〕の本論部分に飛びついて要旨を抽出するような読み方をする者が多いという実 態をとらえることができ、立論部分への着眼が文章を構造化して読むことを促し、そ の指導が論理の理解に有効に機能することを確認できたことは、一定の成果であると 考えている。もちろん、論理をとらえるうえで機能している要素は他にもあるだろ う。今後は、さらに詳細な実態調査をふまえ、それらを明らかにする必要がある。
「読めない」のだから「とにかく読め」ではない、大学初年次生を対象とした読む
ことのスキル・アップを目指す指導は、確かに必要である。それは、眼前の学生たち
の読み方の特徴・傾向、読む力の具体的な様相、不足する要素などを詳細に把握した
うえで構想されなければならないのである。
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〔注〕
(1)「大学における教育内容等の改善状況について」(文部科学省高等教育局大学振興課 2007.4.16)
(2)島田康行「大学初年次生を対象とした読み書きの指導」(『月刊国語教育研究』No.437 日本国語教育学会 2008.9)
(3)(2)に同じ。課題は、朝日新聞の「論説」を批判的に読んで自分の意見を述べるというものである。
(4)鳴島甫「評論・論説・説明文で何を教えるべきか」(『月刊国語教育』東京法令出版 1995.10)井上尚美「『論理意 識』を持とう」(『月刊国語教育』東京法令出版 2005.5)などに指摘されている。
(5)才能開発教育研究財団・日本語運用能力検定協会・学習研究社学力開発事業部の共催。〔文字と表記〕〔語彙と慣用 表現〕〔目的に応じた読み方〕〔適切な表現〕〔情報の選択と活用〕〔会話によるコミュニケーションと敬語の用法〕な ど、母語としての日本語運用に関わる能力を測るものとして、2009年度まで13回の検定が実施された。2010年度から は休止となっている。
(6)山崎正和『二一世紀の遠景』(潮出版社 2002.4.5)
(7)(4)に同じ。
(8)(4)に同じ。
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資料 1