久留米絣の代替染色技術の開発
泊 有佐
*1堂ノ脇 靖已
*1浦川 稔寛
*1川村 健太郎
*1田中 恭子
*1諫山 宗敏
*1Development of the Substitutive Dyeing Method for KURUME KASURI
Arisa Tomari, Kiyoshi Donowaki, Toshihiro Urakawa, Kentaro Kawamura, Kyoko Tanaka and Munetoshi Isayama
今後の供給が危ぶまれているナフトール染料の代替染料として反応染料を用いた括り染色技術の検討を行った。
染色は添付白布の綿生地,および40番綿糸160本を括ったものを用い,恒温法,冷却法,昇温法の3法で前処理し,
温度,およびアルカリ添加量を変化させ,これらの染色濃度と洗浄残液について調べた。この結果,染色温度60℃
で目標とした濃色を出すことに成功するとともに,同温度でも括り部分の防染が得られた。
1 はじめに
200年の伝統をもつ久留米絣は,我が国の三大綿絣産 地(備後絣(広島県),伊予絣(愛媛県),久留米絣(福 岡県))の中でも伝統的な技術(藍染め,括り技法,手 織)を伝承しながら,生産額年間10億円と産業として 一定のマーケットを確保している唯一の産地である。
久留米絣の基調色は元来紺色で,天然藍によって染 色されてきた。1907年頃から従来の藍と合成インジゴ を合わせる「併用建て法」を始めたことを契機にイン ジゴ以外の合成染料を用いる機運が高まり,現在のナ フトールAS-SWとブラックKソルトとの組み合わせによ るナフトール染料が定着した。現在では全生産量の約 80%以上をナフトール染料が占めている1)。
1970年頃,ナフトール染料の下漬け剤であるナフト ールAS-SWの原料β−ナフチルアミンの発ガン性が問 題となり,国内染料メーカーが生産を中止した。その後,
独ヘキスト社が供給していたが,最近では独ヘキスト 社も生産を中止し,インド,中国で生産している。一 方,ナフトール染料の顕色剤であるブラックKソルトは ダイスターが2002年に製造中止したため,その後はス イスのローナー社で生産されたものを購入していた。
しかし,2006年6月にローナー社も染料部門を廃止し,
このことから,ブラックKソルトを国内外から入手する ことが困難となった。久留米絣業界でも備蓄していた ナフトール染料は2006年12月末で完全に底をつく状況 となり,久留米絣の染色方法について根本的な再検討 を早急に行うことが必要となった。
これらの背景から,本研究ではナフトール染料に代
わる化学染料を用いた括り染色技術の可能性を求めて,
染料の選択,および染色方法について検討を行った。
2 研究,実験方法 2-1 代替染料の検討
現在市販されている染料の中からナフトール染料に 最も近い濃紺を再現でき,かつ久留米絣特有の括り染 色法(図1)に対応できるのは,バット染料,直接染料,
硫化染料,反応染料と考えられる。その中でも反応染 料は,繊維―染料間が最も結合エネルギーが高く安定 な共有結合となるため,非常に優れた摩擦堅ろう度を 示す。そこで,今後の久留米絣業界の発展を考慮し,
濃色でも染色堅牢度の維持できる反応染料について検 討を行った。
図1 括り染色方法について
染色
括りを解く 括り:糊をつけた 綿糸で巻く
括り加工糸:綿糸
*1 化学繊維研究所
2-2 染色方法の検討
2-2-1 添付白布を用いた染色条件の検討
反応染料は,ブラックKソルトと色相が類似している ダイスター製 Remazol Carbon RGBを使用した。染色 濃度は12%owfとし,染色試験には,色相,濃度の測定を 目的として添付白布の綿生地を使用した。
0 10 20 30 40 50 60
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65 染色時間(分)
温度(℃)
0 10 20 30 40 50 60 70
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65 染色時間(分)
温度(℃)
① ② ③ ④
図2 恒温法
① ② ③ ④
冷却法
昇温法
① 染料+ボウショウ
2CO3)
④ アルカリ(Na2CO3)
染色結果に 温度,塩添
量,アルカリ添加量,浴比が挙げられる。 反応染料 の
35,40,45,50℃に,冷却法で 50
1と同じものを使用した。染色試 施した 綿
糊 括り糸
図3
① ② ③ ④ 図4
② ボウショウ
③ アルカリ(Na
影響を及ぼす因子としては,
加
吸尽染色法の中にも様々な方法があるが,温度の調 節が簡便な方法としては,恒温法(図2),冷却法(図3)
と昇温法(図4)がある。ここで,染色温度とは,恒温 法,昇温法では昇温後一定になった際の温度,冷却法 では初期温度を指す。
染色温度とアルカリ濃度による染着効果の判定のた め,染色温度を恒温法で
,60 ℃ で 設 定 し , ア ル カ リ 濃 度 ( Na2CO3) を 30 〜 200%owfの範囲で調整した。その後,2回水洗を行い,
乾燥後の染色布の色を色差計で測定するとともに,2 回水洗後の洗浄残液の吸光度を紫外可視分光光度計に よって測定した。
2-2-2 括り加工糸を用いた冷却法と昇温法 反応染料は,2-2-
験は,括り染色の効果を判定するために括りを 糸を使用した。括りは,広川絣共同組合にある経糸 用自動機械括り機を用い,漂白後の綿糸160本を引き揃 え,括り幅を4cmとした。括り糸に使用する糊は,久留 米絣で伝統的に行われている小麦粉(中力粉)を鍋で 加熱溶解させたものと,でんぷん(小麦粉:タピオカ
=6:4)を工業的に加熱増粘させたハイノリンを使用し た。括り糸は綿,綿/ビニロンを用いた(表1)。
表1 糊と括り糸の条件
1 小麦粉 綿
2 ハイノリン 綿
3 ハイノリン 綿/ビニロン
表2 糸の
フトール と顕色剤のそれぞれの に浸漬させる2浴染色法で,常温常圧で染色時間が15 分
前処理条件
括り加工 前処理条件
ナ 染色では,下漬剤 浴
と短時間であることから,繊維中の染料の拡散が抑
a 水に一晩浸せき
b 0.5%NaOHaq.に一晩浸せき c 0.5%NaOHaq.に一 晩 浸 せき 後 ,
染色反応液に利用 0
10 20 30 40 50 60 70
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65 染色時間(分)
温度(℃)
制され,括り部分を汚染することはない。一方,反応 染料を用いる一般的な染色方法は,アルカリ存在下,
高温で長時間染色する為,括り部分への染色の拡散が 問題となっている。そこで,我々は反応染色の科学的 な理論を再検討し,反応染料とセルロースの反応が,
アルカリ存在下での求核的付加反応であることから,
先に繊維にアルカリを含浸させ,染料と繊維の反応性 を高くし,括り部分の両端で染色反応が進行すること によるキャッピング効果が発生し,括り部分への染料 の拡散を抑制する効果があるのではないかと想定した。
そこで,染色の前処理条件として,括り加工糸を,表2 に示す条件で前処理を行い,比較検討した。
染色は,染色温度60℃で冷却法と昇温法を行った。
染色後の洗浄工程は,水洗,80℃湯洗(酢酸で中和),
80
3- 添付白布による染色条件の検討
図 る恒温法での染着試験,図5に添 果を示す。久留 米
℃ソーピング,80℃湯洗,水洗を各5分間行った。乾 燥後,糸の色を色差計で測定し,水洗後の洗浄残液を 紫外可視分光光度計にて吸光度測定を行った。また,
括りを解いた後の括り部分の染料汚染について,汚染 用グレースケール(JIS L 0805)にて判定した。
3 結果と考察 1
4に添付白布によ
付白布による冷却法での染着試験の結
絣特有の濃い黒色は,L*値で14〜15が最適とされる。
一方,残液の吸光度は白布への染色が進行することに よって,染料分が減ることから,低いほど,染着がよ いといえる。アルカリ濃度が高く,染色温度50℃と60℃
のL*値が小さく,残液吸光度も低いことから,染色布 を濃く染色し,染着もよいといえる。
14 14.5 15 15.5 16 16.5 17
35 40 45 50
温度(℃)
明度L* (暗←明)
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8
残液 abs(598nm)
50%owf 100%owf 50%owf
図4 恒温法による染着試験
3-2 括
添付白布による染色条件の検討を行った結果,染色 とから,括り加 工
図5 冷却法による染着試験
り加工糸による染色条件の検討
温度60℃の条件が良好な結果であるこ
糸を使い,染色温度60℃で冷却法,並びに昇温法を 用いて,染着試験を行った。その結果を図6,図7に示 す。ここで,数値の1,2,3は表1を,アルファベットの a,b,cは表2の条件を表す。この結果から,前処理とし て0.5%水酸化ナトリウム水溶液に一晩浸せき(b)の 方が,水に一晩浸せき(a)よりも,L*値が低く,濃色染 色に効果的であるといえる。糊/括り糸がハイノリン/
綿・ビニロンの場合を除いて,小麦粉/綿,ハイノリン /綿の場合でも,0.5%水酸化ナトリウム水溶液に一晩 浸せき(b)の方が,水に一晩浸せき(a)よりも,残液 の吸光度が低く,より染着しているといえる。
13.8 14.3 14.8 15.3 15.8 16.3 16.8
17.3 0.5
17.8 0.6
blank 1a 1b 1c 2a 2b 2c 3a 3b 3c
明度L*(暗←明)
0 0.1 0.2 0.3 0.4
残液 abs(598nm)
図6 冷却法による染着試験
13.8 14.3 14.8 15.3 15.8 16.3 16.8 17.3 17.8
blank 1a 1b 1c 2a 2b 2c 3a 3b 3c
明度L*(暗←明)
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
残液 abs(598nm)
図7 昇温法による染着試験
14.85 14.9 14.95 15 15.05 15.1 15.15 15.2 15.25 15.3 .35
50 60
温度(℃)
明度L* (暗←明)
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8
残液 abs(598nm)
50%owf 100 200 50 100 200
× ×
× 15
一方,0.5%水酸化ナトリウム水溶液に一晩浸せき後,
浸せき液を染色反応液として利用する方法(c)を用い た場合は,冷却法ではL*値17以上になり濃色に染色す ることができなかった。
表3 括りの汚染について
1:糊/括
糸 = 2:ハイノリン/綿 3:ハイノリン / 綿・ビニロン
り
小麦粉/綿
a b c A b c a b c
冷
却 5 5 2 1-2 3-4 法
1-2 2 4 3-4
昇
温 4 1-2 3-4 3 4 3-4
法
4-5 5 3
表3に染色後括り加工糸の括りを解いたときの括り 部分の汚染について結果を示す。ナフトール染料で染
色した は , あ 。
冷却法,昇温法ともに1a,1bが括り部分の汚染がなく防 染効果が良好である。冷却法,昇温法ともに前処理条
件 し 理 0 ナ ウ 水 一
晩 せき(b)したの方が,水に一晩浸せき(a)するよ
りも防染効果
化が困 難
理でアルカリ浸せきする方が,水に一晩浸せ きするよりも,濃色に染色でき,括り部分の汚染
。
○
処理条件,
に努
1)平 品産地調査診断事業 報告
ものは,括り部分の汚染 なく 5級で った
と 浸
は,前処 を .5%水酸化 トリ ム 溶液に
があることが明らかとなった。
また,糊について,小麦粉とハイノリンを比較する と,濃色化については特別な差異はないが,括り部分 の汚染は,小麦粉の方が防染効果は高いことが認めら れた。
4 まとめ
1970年の研究報告では,括り加工糸の反応染料を用 いた染色は,括り部分の汚染が大きいため実用
と考察されていた。しかし,括り加工糸を前処理し,
染着効果と括り部分の汚染を判定した結果,冷却法と 昇温法ともに以下のことが認められた。
○ 前処
もない
糊の防染について,小麦粉とハイノリンで比較し たが,差異はない。
以上のことから,染色の前処理と染色方法を工夫す ることで,反応染料で久留米絣用の括り糸を染色でき ることが示された。今後,更にアルカリ前
括り幅や糊等を詳細に検討し,業界への反応染料普及 める予定である。
5 参考文献
成17年度 伝統的工芸
書−久留米絣− (財)伝統的工芸品産業振興協会