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佛教大学仏教学会紀要 19号(20140325) 055西村光正「大日比西圓寺法蔵先行調査について : 安藤紀一『法蔵和漢書目録 西圓寺』を中心に」

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Academic year: 2021

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西

調

西

附 、 ︵ 追 記 ︶ 大 日 比 西 圓 寺 に 関 す る 研 究 に つ い て

西

一 、 は じ め に 現 在 、 大 日 比 西 圓 寺 及 び 同 寺 法 蔵 の 調 査 研 究1 ︶ を 行 っ て い る 。 拙 稿2 ︶ に お い て 大 日 比 西 圓 寺 に 関 す る 先 行 研 究3 ︶ に つ い て 成 立 順 に 整 理 、 検 討 し 、 大 日 比 西 圓 寺 に つ い て こ れ ま で ど の よ う な 研 究 が 行 わ れ て き た の か を 明 ら か に し た 。 こ の 中 で 、 各 先 行 研 究 で 明 ら か に な っ た 内 容 を 示 し 、 他 の 先 行 研 究 と 比 較 し な が ら 論 文 間 の 関 連 性 や 先 行 研 究 に お け る 問 題 点 を 明 確 に し た 。 ま た 、 現 在 進 行 中 の 西 圓 寺 法 蔵 調 査 研 究 に お い て 確 認 が 重 要 と 思 わ れ る 、 先 行 研 究 中 に 見 ら れ る 西 圓 寺 法 蔵 に 関 す る こ と に つ い て は 個 別 に 取 り 上 げ 検 討 し た 。 そ の 結 果 、 西 圓 寺 法 蔵 の 蔵 書 数 に つ い て ⑥ 綿 野 孝 瑞 に よ る と 、 元 は 三 万 冊 あ っ た が 、 内 一 万 冊 を 萩 明 倫 館 に 寄 贈 し 現 在 は 二 万 冊 。 丸 山 博 正 に よ る と 一 五 〇 箱 の 木 箱 の 中 に 数 万 冊 。 阿 川 文 正 に よ る と 約 三 万 冊 、 約 三 万 冊 以 上 。 児 玉 識 に よ る と 二 万 余 冊 。 阿 川 文 正 に よ る と 約 三 万 冊 。 と い う 五 五 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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五 件4 ︶ の 先 行 研 究 に 西 圓 寺 法 蔵 の 蔵 書 数 が 述 べ ら れ て い た 。 し か し 、 こ の 冊 数 に つ い て は 何 に よ っ て そ う 言 え る の か 、 調 査 し て 判 明 し た な ら ば 、 具 体 的 な 調 査 報 告 や 調 査 記 録 か ら の 引 用 を 示 す な ど 、 い ず れ も 根 拠 を 挙 げ て い る も の は 無 い こ と が 明 ら か と な っ た 。 次 に 西 圓 寺 蔵 書 が 引 用 さ れ て い る 論 文 と し て ⑦ 千 賀 眞 順 、 法 洲 写 本 円 戒 暁 示 鈔 。 野 田 秀 雄 、 法 岸 書 状 、 掟 書 。 阿 川 文 正 、 ︵ 仮 称 ︶ 西 圓 寺 縁 起 。 大 橋 俊 雄 、 往 生 伝 ︵ 授 光 童 女 の ︶ 。 阿 川 文 正 、 妙 祐 信 女 往 生 伝 。 岸 村 定 浩 、 法 岸 著 唯 称 花 三 昧 会 。 岸 村 定 浩 、 垂 誡 。 森 田 孝 隆 、 臨 終 講 式 。 真 山 剛 、 ︹ 弟 子 名 簿 ︺ 。 福 田 安 典 予 州 安 西 法 師 往 生 記 、 上 野 大 輔 は ⋮ が 蔵 書 に よ り 示 さ れ る と し て の 用 法 で 利 用 。 以 上 、 十 一 件 の 論 文 中 に こ れ ら の 西 圓 寺 蔵 書 の 引 用 が 見 ら れ た が 、 大 日 比 西 圓 寺 所 蔵 と あ る だ け で 、 何 か の 目 録 に よ る と い う わ け で は 無 い 。 こ れ に よ り 、 先 行 研 究 に お い て 西 圓 寺 蔵 書 の 所 在 を 示 す 典 拠 を 挙 げ て い る も の は 一 件 も 無 い こ と を 確 認 し た 。 ま た 、 大 正 大 学 の 調 査5 ︶ に よ り 作 成 さ れ た と い う 法 蔵 目 録 を 利 用 し た 研 究 は 、 大 正 大 学 関 係 者 の 論 文 に お い て も 見 当 た ら な か っ た 。 以 上 の こ と よ り 、 検 討 し た 先 行 研 究 の 中 で 、 西 圓 寺 法 蔵 の 蔵 書 を 何 ら か の 具 体 的 な 典 拠 を 挙 げ て 所 在 を 示 し 用 し た 例 は 一 件 も 無 い と い う こ と が 明 ら か に な っ た 。 こ れ ら の 先 行 研 究 に お け る 問 題 は 、 後 述 に て 詳 し く 見 て い く が 、 目 録 が 刊 行 さ れ て い な い こ と に 原 因 が あ る と え ら れ る 。 そ こ で 本 稿 で は 、 こ れ ま で に 行 わ れ た こ と が 確 認 出 来 て い る 三 件 の 西 圓 寺 法 蔵 調 査 に つ い て 、 そ の 概 要 と 実 態 を 明 ら か に す る と 共 に 先 行 調 査 に お け る 問 題 を 明 確 に し た 。 ま た 、 拙 稿 西 村 光 正 で 検 討 し た 先 行 研 究 に 追 加 す べ き も の が 見 つ か っ た の で こ れ に つ い て も 追 加 検 討 を 行 っ た 。 五 六 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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二 、 安 藤 紀 一 に よ る 調 査 ■ 安 藤 紀 一 と 大 日 比 料 安 藤 紀 一 に つ い て 近 世 防 長 人 名 辞 典6 ︶ に よ る と 次 の よ う な 人 物 で あ る と い う こ と が か る 。 安 藤 紀 一 は 安 藤 友 樹 ︵ 一 訓 ︶ の 息 子 で あ り 、 後 南 ま た は 敬 宇 と 号 し た 。 幼 い 頃 よ り 国 学 を よ り 学 び 、 漢 書 に つ い て は 萩 の 田 、 吉 、 小 倉 、 繁 澤 、 の 諸 家 よ り 学 ん だ 。 山 口 県 師 範 学 に 入 学 し 、 明 治 十 八 年 ︵ 一 八 八 五 ︶ の 卒 業 と 同 時 に 萩 明 倫 小 学 の 教 員 と な り 、 そ の 後 に 長 と な っ て い る 。 明 治 三 十 四 年 ︵ 一 九 五 九 ︶ に は 、 県 立 萩 中 学 教 諭 と な っ て お り 、 昭 和 五 年 ︵ 一 九 三 〇 ︶ に 退 職 後 、 吉 田 陰 全 集 の 編 集 の 際 、 山 口 県 教 育 会 か ら 編 集 委 員 を 嘱 託 さ れ た 。 昭 和 十 年 ︵ 一 九 三 五 ︶ 七 月 八 日 病 に よ り 、 萩 に て 七 十 一 歳 で 没 し て い る 。 終 生 郷 里 を 離 れ ず 、 深 く 郷 土 実 を 研 究 し て お り 、 著 述 に 陰 神 社 温 故 録 、 滝 鶴 台 事 蹟 、 山 田 原 欽 伝 等 が あ る 。 従 六 位 勲 六 等 に も 叙 せ ら れ て い る 。 こ れ よ り 、 安 藤 紀 一 は 当 時 の 山 口 県 に お い て 、 学 問 に 対 す る 見 識 が 高 い 人 物 で あ っ た こ と が か る 。 安 藤 紀 一 の 多 く あ る 著 作 物 の 中 に 昭 和 五 年 ︵ 一 九 三 〇 ︶ に 記 さ れ た 大 日 比 料7 ︶ な る 著 作 が あ る 。 こ の 大 日 比 料 は 刊 行 さ れ て お ら ず 、 安 藤 紀 一 に よ り 寄 贈 さ れ た 謄 写 版 の も の が 唯 一 確 認 出 来 る 資 料 と し て 萩 市 立 図 書 館 に 保 管 さ れ て い る 。 今 回 は 、 大 日 比 料 に 記 さ れ て い る 個 々 の 内 容 に つ い て の 察 は 省 略 す る が 、 巻 頭 と 巻 尾 に 記 さ れ た 注 意 書 き に 西 圓 寺 法 蔵 に 関 す る 記 述 が 見 ら れ る た め 確 認 し て い き た い 。 巻 頭 に 次 の よ う な 注 意 書 き が 記 さ れ て い る 。 五 七 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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讀 者 の 注 意 一 此 記 録 を 讀 ま る ゝ に は 先 ず 巻 尾 の 書 添 え を 見 ら れ た し 一 此 記 録 が そ の 地 方 に 珍 し き も の な る か 否 か は そ の 地 の 人 々 の 判 断 に ま か す 一 文 字 に 手 を る れ は 手 汚 れ て 文 字 乱 る べ し 一 つ ま り 此 は 一 時 用 の 謄 寫 物 な れ ば 永 く 保 存 せ ら れ む と な ら ば 別 に 改 め て 整 寫 せ ら る ゝ が 宜 し 謄 寫 者 こ の 巻 頭 の 読 者 の 注 意 に つ い て 記 し た の は 謄 写 者 と な っ て い る が 、 こ の 大 日 比 料 は 安 藤 紀 一 本 人 の 寄 贈8 ︶ で あ る 事 か ら 、 読 者 の 注 意 を 記 し た 謄 写 者 は 安 藤 紀 一 本 人 、 若 し く は 安 藤 紀 一 に よ り 指 示 さ れ た 人 物 に よ り 記 さ れ た 可 能 性 が あ る の で 注 意 し て お く 。 そ し て 巻 尾 に は 次 の よ う に あ る 。 右 昭 和 五 年 八 月 廿 三 日 長 門 國 大 津 郡 大 日 比 西 圓 寺 書 庫 ニ 於 テ 之 ヲ 寫 ス 原 ╱ 本 文 字 讀 取 リ 難 ク 間 々 不 明 ノ 処 ア リ 一 不 ト セ ル ハ 一 字 不 明 ノ 処 ヲ 指 シ タ ル ナ リ 二 不 ╱ ト セ ル ハ 二 字 不 明 ナ ル ヲ 指 セ リ 天 保 十 三 年 頃 ノ 住 職 ハ 法 道 和 尚 ナ リ 此 書 題 号 ナ ╱ シ 今 ニ 大 日 比 料 ト 命 ヅ ク 五 八 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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萩 安 藤 紀 一 誌 又 云 原 本 文 字 草 躰 ナ ル ヲ 今 楷 書 セ リ 誤 寫 ア ラ ン モ 知 レ ズ 地 名 ノ 誤 寫 ハ 尤 知 レ 易 カ ラ ン 識 者 之 ヲ 正 シ タ マ ヘ 紀 一 又 誌 こ れ に よ り 、 安 藤 紀 一 が 昭 和 五 年 ︵ 一 九 三 〇 ︶ 八 月 二 十 三 日 に 西 圓 寺 法 蔵 に 於 い て 法 蔵 内 の 料 を 書 写 し た こ と が か る 。 ま た 、 書 写 し た 原 本 に つ い て は 題 が つ い て い な か っ た 為 、 大 日 比 料 と い う 仮 題 を つ け た こ と も 確 認 出 来 る 。 こ の 大 日 比 料 は 一 時 的 な 謄 写 物 で あ り 必 要 に 応 じ 整 写 す る よ う に と の 指 示 が あ る 事 か ら も 、 謄 写 の 原 本 、 若 し く は 安 藤 紀 一 が 写 し た 西 圓 寺 法 蔵 内 の 料 の 存 在 を 特 定 す べ き で あ る が 、 現 時 点 で 確 認 は と れ て い な い 。 ■ 安 藤 紀 一 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 に つ い て そ れ で は 一 件 目 、 安 藤 紀 一 に よ る 西 圓 寺 法 蔵 の 調 査 に つ い て で あ る 。 こ の 調 査 に よ り 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺9 ︶ が 作 成 さ れ た 。 調 査 の 経 緯 に つ い て 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 の 中 に 記 述 が あ り 、 大 日 比 天 龍 山 西 圓 寺10 ︶ 法 蔵 和 漢 書 閲 覧 目 録 作 成 の 記 と し て 次 の よ う に あ る 。 尚 、 当 時 の 大 日 比 西 圓 寺 住 職 は 河 島 諦 定 で あ る が 、 安 藤 紀 一 と 住 職 と の 関 係 に つ い て は か っ て い な い 。 こ の 二 人 の 関 係 を 明 ら か に す る こ と は 今 後 の 課 題 で あ る 。 一 昭 和 四 年 に 於 い て 八 月 廿 五 日 よ り 廿 七 日 ま で 閲 覧 し た る 和 漢 書 ︵ 佛 書 を 除 く ︶ を 類 し て 書 目 を 作 る こ と 別 紙 の 如 し 五 九 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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こ の こ と か ら 、 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ 八 月 二 五 日 ∼ 二 七 日 ま で の 三 日 間 で 安 藤 紀 一 が 西 圓 寺 法 蔵 内 の 仏 書 を 除 く 和 漢 書 を 類 し 書 目 を 作 成 し た こ と が か る 。 そ の 安 藤 紀 一 に よ る 類 に つ い て 詳 し く み る 前 に 、 当 時 の 図 書 の 類 法 に つ い て 整 理 し て お く 。 安 藤 紀 一 が 調 査 を し た 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ 当 時 の 既 存 の 類 表 と し て 、 日 本 国 見 在 書 目 録 寛 平 三 年 ︵ 八 九 一 ︶ 頃 成 立 、 本 朝 書 籍 目 録 弘 安 ∼ 正 応 一 二 七 八 ∼ 一 二 九 三 ︶ 頃 成 立 、 彰 館 目 録 、 群 書 類 従 、 東 京 書 籍 館 書 目 六 門 類11 ︶ 明 治 九 年 ︵ 一 八 七 六 ︶ 、 帝 国 図 書 館 類 法 八 部 門 類 明 治 二 十 年 ︵ 一 八 八 七 ︶ ∼ 明 治 二 十 一 年 ︵ 一 八 八 八 ︶ 、 京 都 府 立 図 書 館 類 表 ︵ 和 漢 図 書 類 法 ︶ 明 治 三 十 八 年 ︵ 一 九 〇 五 ︶ 、 山 口 県 立 図 書 館 類 表 明 治 四 十 二 年 ︵ 一 九 〇 九 ︶ 、 和 洋 図 書 共 用 十 進 類 法 昭 和 三 年 ︵ 一 九 二 八 ︶ 、 日 本 十 進 類 法12 ︶ 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ 、 大 き く け て 以 上 の 類 が 挙 げ ら れ る13 ︶ 。 そ れ で は 安 藤 紀 一 が 当 時 、 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 調 査 に て 用 し た 類 に つ い て は ど う で あ っ た の だ ろ う か 。 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 の 類 表 は 次 の 通 り で あ る 。 一 類 の 目 左 の 如 し 神 事 政 治 法 令 経 子 歴 傳 記 故 實 地 理 教 訓 文 字 語 法 辞 彙 事 彙 叢 書 歌 文 歌 文 法 詩 文 詩 文 法 雑 集 衛 生 書 道 博 物 随 筆 雑 書 と あ る よ う に 二 十 四 種 類 に け ら れ て い る 。 こ の 二 十 四 種 類 の 類 に あ っ て は 、 あ く ま で も 内 典 ︵ 仏 書 ︶ 以 外 の 所 謂 、 外 典 を 対 象 と し た も の で あ る 。 先 述 の 安 藤 紀 一 が 西 圓 寺 法 蔵 を 調 査 し た 当 時 に 存 在 し て い た 類 等 か ら え る 六 〇 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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に 、 こ の 類 は 安 藤 紀 一 に よ る 独 自 の 類 で あ る と え ら れ る 。 ま た 蔵 書 の 類 に つ い て 、 一 始 め て 見 得 た る 書 は 短 時 間 に 精 讀 す る こ と を 得 ざ れ ば そ の 類 に は 或 は 不 穏 當 の 處 あ る べ し と 記 さ れ て い る 。 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ の 調 査 の 際 は 、 八 月 二 十 五 日 ∼ 二 十 七 日 ま で の 三 日 間 で 調 査 を し た と い う 事 か ら も か る よ う に 、 短 期 間 で の 作 業 で あ っ た た め 、 類 等 の 精 度 に お い て 不 適 切 な も の が あ る か も し れ な い と 述 べ ら れ て い る 。 そ し て 、 当 時 の 西 圓 寺 法 蔵 の 収 蔵 状 況 に つ い て 次 の よ う に 言 及 し て い る 。 一 各 函 に 蔵 ま れ る 書 甚 だ 乱 雑 に し て 一 部 数 巻 の 書 と 或 る 冊 は 此 函 に 或 る 冊 は 彼 函 に 在 る あ り 又 或 冊 は 函 外 あ る が 如 き あ り 此 書 目 録 は 閲 覧 者 を し て 速 に 其 現 在 の 位 置 を 知 ら し む る 為 に 作 れ り 法 蔵 内 の 書 物 の 収 め ら れ て い る 箱 は あ る も の の 、 一 点 で 数 冊 に な る よ う な 書 物 の 場 合 、 必 ず し も 同 一 の 箱 内 に 収 め ら れ て い る と は 限 ら ず 、 複 数 の 箱 に 跨 が っ て 収 め ら れ て い る 場 合 や 、 そ の 順 序 が 離 れ ば な れ に な っ て い る 場 合 な ど が あ り 、 収 蔵 さ れ て い る 書 籍 の 配 置 順 序 は 乱 れ て い た 事 が か る 。 そ し て 、 安 藤 紀 一 の 目 録 の 作 成 の 意 図 は 法 蔵 内 の 閲 覧 者 に 速 や か に 目 的 の 書 籍 の 場 所 を 把 握 さ せ る こ と に あ る と い う こ と が か る 。 そ し て 、 こ の こ と に つ い て 次 の よ う に 詳 し く 記 さ れ て い る 。 一 全 庫 の 書 を 根 本 的 に 類 整 理 し て そ の 位 置 を 定 め 然 る 後 に 書 目 録 を 作 る こ と は 此 書 庫 の 為 に 希 望 す る 所 然 六 一 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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れ ど も そ の 整 理 の 期 は 近 き 将 来 に 在 ら む こ と は 望 む べ か ら ざ る が 如 し 故 に そ の 整 理 の 暁 ま で に も 閲 覧 者 の を 図 る 必 要 の 為 に 姑 息 な が ら も 現 在 の 位 置 を 明 示 す る 必 要 あ り と 信 ず 要 す る に 此 書 目 は そ の 間 の 用 の 為 に 作 れ り 若 し 根 本 的 に 整 理 せ ら る ゝ に 至 ら ば 部 類 も 函 号 も 新 に 定 め ら る べ き ゆ ゑ 其 際 に は 先 づ 此 書 目 表 中 の 新 定 函 号 の 欄 内 に 記 入 せ ら れ ば 此 書 目 録 は 整 理 の 後 に も 役 に 立 つ べ し 安 藤 紀 一 が 西 圓 寺 法 蔵 内 の 全 て の 典 籍 を 類 し 、 そ の 類 を も っ て 書 架 に 配 置 し 直 し た 後 に 目 録 を 作 成 す る と い う こ と が 西 圓 寺 法 蔵 の 為 に 望 ま し い こ と で あ る と え て い た こ と が か る 。 し か し 、 そ の 整 理 が 行 わ れ る 日 は い つ 来 る か か ら な い 。 そ の 為 、 全 蔵 の 整 理 が 行 わ れ 、 目 録 が 作 成 さ れ る 日 ま で の 間 に 法 蔵 を 利 用 す る 閲 覧 者 の 為 に 書 籍 の お よ そ の 位 置 を 示 す 物 が 必 要 で あ る と え 目 録 を 作 成 し た と い う 意 図 が 読 み 取 れ る 。 そ し て 、 悉 皆 調 査 を 行 い 法 蔵 内 の 全 蔵 書 を 整 理 し 目 録 を 作 成 す る 事 に な っ た 場 合 は 、 類 も 箱 号 等 も 新 し く す べ き14 ︶ で あ る 。 そ の 際 に は 、 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 の 書 目 表 中 に あ る 新 定 函 号 の 欄 内 に 、 新 た に 定 め た 番 号 を 記 入 す れ ば 整 理 の 後 に も こ の 目 録 は 役 に 立 つ で あ ろ う と 安 藤 紀 一 が え て 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 を 作 成 し た こ と が か る 。 そ し て 今 後 行 わ れ る で あ ろ う 西 圓 寺 法 蔵 の 悉 皆 調 査 の 事 ま で の こ と を え 次 の よ う に 記 さ れ て い る 。 一 現 在 の 書 の 位 置 は か く 混 乱 せ り と い へ ど も 大 整 理 の 際 ま で は 決 し て 小 整 理 な ど の 事 を 為 さ ず し て 此 書 目 録 中 の 記 載 と 合 ふ 様 に な し 置 る ゝ が 利 な り と ふ 故 に 曝 書 の 時 な ど に も 注 意 あ り た き こ と な り 安 藤 紀 一 は 調 査 の 際 、 西 圓 寺 法 蔵 内 の 箱 に 収 め ら れ て い る 書 籍 の 順 序 等 が 乱 雑 に な っ て い る こ と を 確 認 し て い た 。 六 二 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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し か し そ れ を 承 知 で 、 後 の 悉 皆 調 査 が 行 わ れ る 時 ま で は 、 細 か に 整 理 な ど 行 う べ き で は な い と 主 張 し て い る 。 そ し て 、 そ の 悉 皆 調 査 の 日 ま で は 書 籍 の 移 動 な ど を せ ず 、 こ の 作 成 し た 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 を 利 用 す る の が 良 い と え て い た と い う こ と が か る 。 そ し て 最 後 に 、 一 老 生 は に 近 々 或 る 機 会 を 以 て 参 門 し 再 び 乞 ひ て 前 回 未 見 ざ り し 書 函 中 を 閲 覧 し 追 加 目 録 を 作 り て そ の 和 漢 書 だ け の 現 在 位 置 の 記 載 を 完 了 し 以 て 他 日 大 整 理 ま で の 実 用 に 供 せ む と 欲 す る な り 昭 和 四 年 十 月 二 日 安 藤 紀 一 と あ る 。 安 藤 紀 一 は こ の 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ 十 月 二 日 以 前 の 近 日 中 に 二 度 目 の 法 蔵 調 査 を 行 い 、 前 回 の 調 査 の 際 に 見 る こ と の 無 か っ た 箱 の 中 の 書 籍 に つ い て 追 加 目 録 を 作 成 し 、 そ の 現 在 位 置 の 記 載 を 終 え た 。 そ し て 作 成 し た こ の 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 を 先 で 行 わ れ る で あ ろ う 悉 皆 調 査 の 日 ま で 実 用 的 に 活 用 さ れ る こ と を 期 待 し て い た と い う こ と が か る 。 こ の 調 査 終 了 の 記 に 続 い て 追 言 が 書 か れ て い る 。 追 言 現 在 の 書 函 の 位 置 は 多 く は 移 動 は な か る べ し と い へ ど も 此 書 目 録 中 の 書 の 現 位 置 を 見 認 め 易 か ら む る 為 に そ の 書 函 に 紙 札 を 附 け て 之 の 此 目 録 中 の 仮 定 番 号 例 へ ば 東 ノ 上 ノ 一 中 東 下 ノ 一 外 ノ 東 な ど 書 け 置 か れ た き こ と な り 六 三 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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こ の 記 に よ り 西 圓 寺 法 蔵 内 の 書 籍 の 収 め ら れ て い る 木 箱 に 箱 号 を 与 え た こ と が か る 。 ま た 、 木 箱 に 紙 札 を 貼 り 付 け て 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 に 記 し た 位 置 と 対 応 さ せ 、 場 所 を 特 定 で き る よ う に 、 例 と し て 東 ノ 上 ノ 一 ﹂ と い う よ う に 方 角 と 書 架 の 上 下 の 位 置 を 記 し て 箱 ご と に 表 記 す る と 良 い と え て い た こ と が か る 。 因 み に 、 現 在 の 西 圓 寺 法 蔵 内 の 木 箱 に は 東 ノ 上 ノ 一 と い っ た 表 記 は 無 く 、 先 住 の 綿 野 得 定 氏 に よ る 筆 で 漢 数 字 に て 一 ∼ 百 四 十 二 番 ま で の 番 号 が 記 さ れ て い る15 ︶ 。 し か し な が ら 、 箱 の 位 置 自 体 の 移 動 は 行 わ れ な か っ た た め 、 安 藤 紀 一 の 独 自 の 表 記 に よ る 箱 の 検 索 は 可 能 で あ る 。 そ し て 、 こ の 追 言 の 後 に 、 一 昭 和 五 年 八 月 廿 二 日 よ り 廿 四 日 ま で 再 び 閲 覧 し 前 回 に 続 き て 其 書 目 を 加 ふ 此 に て 和 漢 書 目 の 記 載 了 る 。 と あ る 。 こ の 記 よ り か る よ う に 、 初 回 の 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ 八 月 二 十 五 日 ∼ 二 十 七 日 の 三 日 間 、 二 回 目 の 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ 十 月 二 日 以 前 の 近 日 に 加 え 、 昭 和 五 年 ︵ 一 九 三 〇 ︶ 八 月 二 十 二 日 よ り 二 十 四 日 の 三 日 間 に 調 査 を 行 い 安 藤 紀 一 は 西 圓 寺 法 蔵 の 調 査 を 終 え た 。 初 回 と 三 回 目 の 調 査 は 共 に 三 日 間 で あ る 事 は 確 認 で き る 。 二 回 目 の 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ 十 月 二 日 以 前 に 行 わ れ た で あ ろ う 調 査 の 日 程 に つ い て は 不 明 で あ る が 、 他 の 調 査 日 に 倣 い 二 回 目 の 調 査 も 三 日 間 だ っ た と す る と 、 合 計 九 日 間 程 度 で 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 作 成 の 為 の 調 査 を 実 施 し て い た と え ら れ る 。 ■ 安 藤 紀 一 に よ る 法 蔵 調 査 の ま と め こ の 安 藤 紀 一 に よ る 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 は 西 圓 寺 法 蔵 内 現 存 す る 唯 一 の 目 録 で あ る 。 本 調 査 研 究 に お い 六 四 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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て も 、 尾 崎 氏16 ︶ と の 調 査 準 備 の 際 、 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 の 位 置 表 に 頼 る と こ ろ は 大 き か っ た 。 ま た 、 西 圓 寺 法 蔵 の 正 面 の 仏 壇 前 に 収 め ら れ て い る こ と か ら も 、 大 日 比 西 圓 寺 に お い て 昭 和 五 年 ︵ 一 九 三 〇 ︶ の 作 成 当 時 よ り 今 日 に か け て 大 切 に 保 管 さ れ て き た こ と が 窺 え る 。 ま た 、 安 藤 紀 一 の 調 査 し た 当 時 、 既 に 法 蔵 内 の 書 籍 は 乱 雑 に 置 か れ 、 整 理 が な さ れ て い な か っ た と い う こ と よ り 、 河 島 諦 定 の 時 代 に は 既 に 法 蔵 の 書 物 を 用 し な く な っ て い た こ と が え ら れ る 。 も し 用 し て い た な ら ば 、 簡 易 な も の に せ よ 目 録 が 存 在 す る は ず で あ る し 、 目 録 が 既 に 存 在 し て い た な ら 安 藤 紀 一 は そ れ に つ い て の 記 録 を 残 す は ず で あ る 。 安 藤 紀 一 が 作 成 し た 目 録 の 収 録 対 象 が 外 典 の み で あ る 為 、 も し か す る と 外 典 の 目 録 の み 無 く 、 内 典 に 関 し て は 目 録 も あ り 、 整 理 も 行 き 届 い て い た 可 能 性 も え ら れ る 。 と も か く も 、 そ の よ う な 中 で 安 藤 紀 一 が 法 蔵 と 利 用 者 の こ と を よ く え 目 録 作 成 を 行 っ て い た こ と が か る 。 そ の 点 か ら し て も 、 安 藤 紀 一 に よ る 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 の 作 成 作 業 は 大 変 に 評 価 で き る も の で あ る 。 三 、 大 正 大 学 に よ る 調 査 次 に 二 件 目 の 先 行 調 査 で あ る 大 正 大 学 の 実 施 し た 法 蔵 調 査 に つ い て で あ る が 、 こ の 調 査 に 関 し て は 式 な 調 査 記 録 や 作 成 さ れ た と さ れ る 目 録 は 刊 さ れ て い な い 。 そ の た め 、 大 日 比 西 圓 寺 に 関 す る 先 行 研 究 に よ る 論 文 や 発 表 資 料 、 ま た 、 後 に 詳 し く 紹 介 す る 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 員 の 記 録 し た 報 告 書 の 記 載 内 容 等 に 照 ら し 、 こ れ ら の 情 報 を 基 に 調 査 の 概 要 を 検 証 し た い と え る 。 先 ず 、 大 正 大 学 関 係 者 に よ る 論 文 よ り 窺 え る 調 査 の 概 要 に つ い て 見 て い き た い 。 大 日 比 西 圓 寺 に 関 わ る 先 行 研 究 の 中 で 最 も 有 名 な も の の 一 つ に 、 阿 川 文 正 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部17 ︶ が あ る 。 そ の 中 で 、 阿 川 氏 は 六 五 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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大 正 大 学 の 行 っ た 調 査 に つ い て 次 の よ う に 述 べ て い る 。 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 の 部 ︵ あ と が き ︶ に よ る と 、 編 者 は 去 る 昭 和 五 十 三 年 九 月 よ り 、 大 正 大 学 浄 土 学 研 究 室 所 属 の 専 任 講 師 丸 山 博 正 氏 を は じ め 、 斎 藤 晃 道 、 坂 上 雅 、 佐 藤 晴 輝 、 本 田 行 憲 等 の 諸 氏 と 共 に 研 究 グ ル ー プ を 編 成 し 、 今 日 に 至 る ま で 数 度 の 調 査 を 実 施 し て 来 た の で あ る 。 そ の 整 理 調 査 は カ ー ド の 作 成 か ら 整 理 ま で 実 に 至 難 な 作 業 で あ っ た 。 し か る に 法 蔵 整 理 中 、 一 つ の 箱 か ら 三 師 の 著 述 に な る も の 、 ま た は 西 円 寺 の 歴 代 住 持 、 あ る い は 西 円 寺 に 関 係 す る 人 に よ っ て 認 め ら れ た と 思 わ れ る 未 開 の 江 戸 後 期 及 び 明 治 初 期 の 在 俗 を 中 心 と し た 念 仏 信 者 の 一 連 の 往 生 伝 が 発 見 さ れ た 。 こ れ は 西 国 地 方 の 念 仏 者 の 往 生 の 様 相 を 知 る 上 に 誠 に 興 味 深 い 貴 重 な 資 料 で あ っ て 、 中 に は 虫 損 の 甚 だ し い も の も み ら れ る こ と か ら 、 こ の ま ま の 状 態 で は 将 来 解 読 不 可 能 に な る 恐 れ も え ら れ 、 西 円 寺 御 住 職 の お す す め も あ っ て 、 出 版 す る こ と と 決 意 し た 次 第 で あ る18 ︶ 。 と あ る 。 阿 川 氏 の 記 述 に よ れ ば 、 大 正 大 学 の 調 査 は 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ 九 月 よ り 開 始 さ れ 、 当 時 、 調 査 に 参 加 し た 人 物 は 大 正 大 学 助 教 授 で あ っ た 阿 川 文 正 氏 を 中 心 と し 、 丸 山 博 正 、 斎 藤 晃 道 、 坂 上 雅 、 佐 藤 晴 輝 、 本 田 行 憲 な ど 大 正 大 学 浄 土 学 研 究 室 関 係 の 六 名 が 行 っ た も の で あ る こ と が か る 。 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 の 部 は 昭 和 五 十 六 年 ︵ 一 九 八 一 ︶ 三 月 二 十 五 日 に 第 一 刷 発 行 で あ る 為 、 こ の 間 に 数 回 の 調 査 が 行 わ れ た と 書 か れ て い る が 、 こ の 時 点 で の 目 録 の 完 成 に つ い て の 記 述 は 見 ら れ な い 。 ま た 、 一 つ の 箱 か ら 三 師 の 著 述 が ⋮ ⋮ の 部 か ら か る よ う に 、 こ れ 以 降 は 大 日 比 西 圓 寺 蔵 往 生 伝 の 整 理 作 業 に 移 行 し た と え ら れ る 。 ま た 、 大 日 比 六 六 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 の 部 に 収 録 さ れ て い る 論 文 で あ る 阿 川 文 正 に は 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 の 典 籍 に つ い て 次 の よ う に 書 か れ て い る 。 庫 裡 の 中 に は 法 道 が 夢 中 感 見 し て 設 計 し た と い わ れ る 法 蔵 が あ り 、 法 蔵 内 に は 三 師 の 用 い た 和 漢 内 外 典 約 三 万 冊 以 上 の 書 籍 が 、 散 逸 す る こ と な く 在 世 当 時 の ま ま に 保 存 さ れ て い る19 ︶ 。 西 圓 寺 の 法 蔵 に は 、 三 師 の 著 述 、 書 簡 類 と 三 師 の 蒐 集 に な る 約 三 万 冊 の 和 漢 書 が 蔵 さ れ て い る20 ︶ 。 つ ま り 、 阿 川 氏 の 記 述 に よ り か る 大 正 大 学 の 調 査 結 果 に よ る 西 圓 寺 法 蔵 典 籍 の 数 は 約 三 万 冊 、 若 し く は 三 万 冊 以 上 と い う こ と に な る 。 ま た 、 書 籍 が 散 逸 す る こ と な く 大 日 比 三 師 在 世 の 時 よ り 残 っ て い る と さ れ て い る が 、 そ の 根 拠 と な る 当 時 の 目 録 が 大 正 大 学 の 調 査 に よ り 見 つ か っ た と い う 記 述 は 見 当 た ら な い 。 よ っ て 散 逸 し て い な い と い う 根 拠 は 不 明 で あ る 。 次 に 、 当 時 、 大 正 大 学 浄 土 学 研 究 室 講 師 で あ っ た 丸 山 博 正 氏 の 論 文 に あ る 大 正 大 学 の 研 究 チ ー ム に よ る 調 査 に つ い て 見 て い き た い 。 丸 山 博 正 に よ る と 、 こ の 数 年 、 山 口 県 青 海 島 大 日 比 の 西 円 寺 に 蔵 せ ら れ て い る 和 漢 図 書 の 整 理 と 目 録 作 成 の た め 、 年 に 一 度 は 大 日 比 を 訪 れ て い る 。 こ の よ う な こ と か ら 、 青 海 島 に は 現 在 も な お 大 日 比 三 師 ︵ 法 岸 ・ 法 洲 ・ 法 道 ︶ の 教 化 に よ る 念 仏 信 仰 が 種 々 な 形 で 継 続 し て い る こ と を 見 聞 す る こ と が で き た21 ︶ 。 ⋮ 中 略 ⋮ 昭 和 五 十 一 年 十 一 月 、 縁 あ っ 六 七 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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て 大 日 比 西 円 寺 を 訪 れ 、 法 道 上 人 蒐 集 の 和 漢 図 書 数 万 冊 を 収 め る 法 蔵 に 入 る こ と が 出 来 た22 ︶ 。 ⋮ 中 略 ⋮ そ の 時 は わ ず か 二 日 間 で 、 一 冊 一 冊 を 手 に と っ て 調 査 し た わ け で は な い が 、 開 く こ と の で き た 六 十 数 箱 か ら 受 け た の は 法 道 上 人 、 い や 大 日 比 三 師 を 貫 く 熱 烈 な 信 仰 と 求 道 精 神 で あ っ た23 ︶ 。 ⋮ 中 略 ⋮ こ の こ と が き っ か け と な っ て 、 大 日 比 西 円 寺 蔵 書 目 録 を 製 作 す る こ と に な っ た 。 大 正 大 学 浄 土 学 研 究 室 の 有 志 に よ り 製 作 班 を 組 み 、 一 箱 一 箱 の カ ー ド 取 り 作 業 か ら 始 め て 、 こ の 昭 和 五 十 四 年 で 四 年 間 、 毎 年 一 回 は 大 日 比 に 泊 ま り こ ん で の 作 業 が 続 け ら れ て い る 。 ⋮ 中 略 ⋮ 一 日 も 早 く 目 録 を 完 成 さ せ る た め 現 在 作 業 中 で あ る24 ︶ 。 ⋮ 中 略 ⋮ 目 録 作 成 が 大 日 比 三 師 研 究 の 基 礎 作 業 の 一 つ と な る 意 味 は 右 に 述 べ た 通 り で あ る が 、 四 年 間 、 毎 年 五 日 か ら 一 週 間 程 度 を 大 日 比 の あ る 山 口 県 青 海 島 で 過 ご し て 、 こ の 地 に 現 在 ま で 続 い て い る 大 日 比 三 師 に よ る 念 仏 教 化 の 一 端 に あ る 程 度 ふ れ る こ と が で き た こ と も 大 変 有 意 義 で あ る こ と で あ っ た25 ︶ 。 と あ る 。 こ の こ と か ら も か る よ う に 、 丸 山 氏 は 、 調 査 の 目 的 を 大 日 比 西 円 寺 蔵 書 目 録 を 作 成 す る こ と に あ る と し て い る 。 ま た 、 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 の 典 籍 の 数 に つ い て は 数 万 冊 と し 、 具 体 的 な 数 に つ い て は 述 べ て い な い 。 丸 山 氏 は 調 査 期 間 に つ い て 昭 和 五 十 四 年 ︵ 一 九 七 九 ︶ の 時 点 で 四 年 間 調 査 を 継 続 し て い る と し て い る 。 調 査 の き っ か け と な っ た の が 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ 十 一 月 で あ っ た と い う こ と か ら も 、 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ の 段 階 で 大 正 大 学 に よ る 西 圓 寺 法 蔵 調 査 が 開 始 さ れ て い た と え ら れ る 。 し か し 、 こ こ で 気 に な る こ と が あ る 。 先 述 の 阿 川 文 正 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 の 部 ︵ あ と が き ︶ に よ る と 、 大 正 大 学 の 調 査 は 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ 九 月 よ り 開 始 さ れ た も の で あ る と さ れ て い る の で あ る 。 こ の 阿 川 氏 の 記 述 に あ る 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ 九 月 と 丸 山 氏 の 記 述 に あ る 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ 頃 で は 二 年 以 上 の 調 査 開 始 時 期 の 違 い が あ る こ と に 注 意 し て 六 八 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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お き た い 。 ま た 、 こ の 丸 山 氏 の 論 文 か ら は 大 正 大 学 の 調 査 に 当 た っ た 日 数 を 推 測 す る こ と が 出 来 る 。 丸 山 氏 は 年 間 五 日 ∼ 七 日 の 泊 ま り 込 み の 調 査 で あ っ た と し て い る 。 こ れ に よ り 、 昭 和 五 十 四 年 ︵ 一 九 七 九 ︶ の 時 点 で 、 四 年 間 で 最 大 二 十 八 日 間 の 調 査 が 行 わ れ た 可 能 性 が あ る こ と が か る 。 さ ら に 、 こ の 論 文 執 筆 当 時 の 昭 和 五 十 五 年 ︵ 一 九 八 〇 ︶ 二 月 に お い て 、 一 日 も 早 く 目 録 を 完 成 さ せ る た め 現 在 作 業 中 で あ る と し て い る こ と か ら 、 目 録 作 成 作 業 の 進 行 状 況 に つ い て の 言 及 は 見 ら れ な い が 、 目 録 は 作 成 途 中 で あ る と い う こ と が か る 。 次 に 大 橋 俊 雄 の 中 で も 大 正 大 学 に よ る 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 調 査 に つ い て 述 べ ら れ て い る 部 が あ る 。 大 橋 氏 は 、 こ の 中 で 授 光 童 女 の 伝 が 記 さ れ て い る 大 日 比 西 圓 寺 に 現 存 す る 往 生 伝 に つ い て 解 説 し て い る 際 、 大 日 比 西 圓 寺 に お び た だ し い 往 生 伝 が 所 蔵 さ れ て い る こ と は 、 近 時 の 調 査 に て 明 ら か で あ る と し 、 大 正 大 学 の 調 査 に つ い て 述 べ て い る26 ︶ 。 し か し 、 大 橋 氏 は 大 正 大 学 の 調 査 の 内 容 ま で は 言 及 し て い な い 。 ま た 、 大 橋 氏 が 授 光 童 女 の 伝 が 大 日 比 西 圓 寺 に 現 存 し て い る 事 を 知 り 得 た の は 、 目 録 な ど の 典 拠 を 示 し て い な い こ と か ら え る に 、 大 正 大 学 が 作 成 し た と す る 目 録 か ら で は な く 、 大 日 比 西 圓 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 か ら の 情 報 で あ っ た と 言 え る 。 次 に 、 阿 川 文 正 の 中 で 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 出 版 後 の 大 正 大 学 に よ る 調 査 に つ い て 次 の よ う に 述 べ ら れ て い る の で 紹 介 す る 。 昭 和 五 十 六 年 三 月 、 仏 縁 を も っ て 山 喜 房 仏 書 林 よ り 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 を 出 版 す る 機 会 を 得 た 。 こ れ は 昭 和 五 十 三 年 よ り 、 大 正 大 学 浄 土 学 研 究 室 所 属 の 丸 山 博 正 助 教 授 を は じ め 、 六 人 の 研 究 グ ル ー プ を 編 成 し て 、 西 円 寺 の 蔵 書 約 三 万 冊 ︵ 和 本 ︶ の 整 理 を 行 っ た が 、 法 蔵 内 書 籍 の 中 、 不 図 も 大 日 比 三 師 ︵ 法 六 九 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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岸 ・ 法 洲 ・ 法 道 ︶ の 教 化 を 受 け た 人 々 の 往 生 伝 記 を 発 見 し た も の で 、 西 円 寺 に 関 係 す る 人 々 に よ っ て 認 め ら れ た と 思 わ れ る 未 開 の 江 戸 後 期 、 及 び 明 治 初 期 の 在 俗 を 中 心 と し た 念 仏 信 者 の 一 連 の 往 生 伝 で あ っ た 。 し か し 資 料 の 虫 損 も か な り 見 ら れ 、 こ の ま ま の 状 態 で は 将 来 解 読 で き な く な る 恐 れ を 生 ず る こ と を 感 じ 、 西 円 寺 住 職 綿 野 得 定 師 の 特 別 の ご 理 解 と ご 配 慮 を も っ て 、 こ れ を 整 理 解 読 し 、 頭 ・ 傍 注 ・ 訂 並 び に 小 論 を 附 し て 世 に 出 す こ と と な っ た の で あ る 。 そ の 内 容 量 は 、 三 十 八 篇 百 三 十 四 人 の 往 生 伝 記 を 収 録 し た も の で あ る 。 し か る に 出 版 後 、 引 き 続 い て 西 円 寺 に 所 蔵 さ れ る 消 息 類 三 百 余 点 の 整 理 中 、 に 一 篇 の 往 生 伝 を 発 見 し 、 何 か の 機 会 に 是 非 と も 追 加 紹 介 し た い と 念 願 し て い た 。 こ れ に よ り 、 大 正 大 学 に よ る 調 査 は 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ よ り 開 始 し 、 昭 和 五 十 六 年 ︵ 一 九 八 一 ︶ 三 月 に 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 を 出 版 し た 事 か ら か る よ う に 、 実 際 の 調 査 に 当 て ら れ た 期 間 は 不 詳 で は あ る が 、 凡 そ 三 年 間 で 研 究 成 果 と し て 出 版 に 至 っ て い る 事 が か る 。 こ こ で も 、 阿 川 氏 は 調 査 は 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ よ り 開 始 し た と し 、 先 述 の 丸 山 氏 の 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ か ら 調 査 が 開 始 し た と い う 記 述 と は 異 な る も の で あ る 。 ま た 、 こ の 三 年 間 と い う 期 間 に 注 目 す る と 、 目 録 を 作 成 す る た め の 西 圓 寺 法 蔵 調 査 開 始 に 始 ま り 、 一 つ の 箱 か ら の 大 量 の 往 生 伝 の 発 見 、 そ の 往 生 伝 の 整 理 、 出 版 準 備 等 の 作 業 工 程 を え る と 、 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 出 版 時 点 で の 、 実 際 に 目 録 作 成 に 当 て ら れ た 調 査 作 業 期 間 は か で あ っ た と い う こ と が か る 。 し か し 、 こ の 後 の 文 章 を 見 る と 、 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 出 版 後 に も 大 正 大 学 に よ る 調 査 は 進 行 中 で あ っ た 事 が か る 。 こ の 阿 川 文 正 が 執 筆 さ れ た の は 昭 和 六 十 二 年 ︵ 一 九 八 七 ︶ で あ る 為 、 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ の 開 始 時 か ら え る と 、 年 間 何 日 間 調 査 に 充 て ら れ た か は 定 か で は 無 い が 、 凡 そ 十 年 間 、 大 正 大 学 に よ る 調 七 〇 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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査 が 継 続 し て い た 事 に な る27 ︶ 。 し か し 、 消 息 類 三 百 余 点 の 整 理 中 ⋮ と あ る こ と か ら 、 蔵 書 目 録 の 作 成 と は 別 の 調 査 で あ っ た と も え ら れ る 。 も し こ の 時 、 仮 に 蔵 書 目 録 作 成 の 為 の 調 査 が 行 わ れ て い た 場 合 、 昭 和 六 十 二 年 ︵ 一 九 八 七 ︶ に お い て 、 大 正 大 学 に よ る 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 目 録 は 完 成 し て い な い と い う こ と に な る 。 ま た 、 阿 川 文 正 の 内 容 に 関 し て も 前 回 に 引 き 続 き 近 世 の 往 生 伝 が 研 究 対 象 で あ る 為 、 継 続 さ れ て い た 調 査 は 、 往 生 伝 関 係 の 為 の も の で あ っ た と え ら れ る 。 ま た 、 論 文 中 に 大 正 大 学 に よ る 作 成 の 目 録 か ら の 引 用 や 参 照 が 見 ら れ な い 事 な ど か ら も 、 こ の 時 点 で は 大 正 大 学 に よ る 目 録 は 完 成 し て い な い こ と が え ら れ る 。 し か し 、 こ の 論 文 中 に も 、 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 の 約 三 万 冊 の 和 本 を 整 理 し た と 述 べ ら れ て お り 、 阿 川 氏 の 主 張 す る 大 正 大 学 の 調 査 に よ る 西 圓 寺 法 蔵 内 数 は 約 三 万 冊 で あ る と い う こ と が か る 。 次 に 、 論 文 で は な い が 、 平 成 十 七 年 ︵ 二 〇 〇 五 ︶ 十 一 月 二 十 一 日 に 大 日 比 西 圓 寺 に 於 い て 開 催 さ れ た 三 大 本 山 布 教 師 会 研 修 に て 、 阿 川 氏 の 配 付 し た 資 料 の 中 に 次 の よ う な 大 正 大 学 に よ り 実 施 さ れ た 西 圓 寺 法 蔵 調 査 に つ い て の 記 述 が み ら れ る28 ︶ 。 五 、 西 円 寺 と の 因 縁 ・ 昭 和 五 十 年 戸 啓 真 教 授 の 捨 世 派 の 研 究 の 手 伝 い の 為 、 西 円 寺 資 料 収 集 に 出 か け る 。 ・ 昭 和 五 十 三 年 よ り 西 円 寺 の 法 蔵 整 理 を 依 頼 さ れ る 。 蔵 書 内 典 ︵ 仏 教 書 ︶ 約 三 万 冊 、 外 典 ︵ 一 般 書 ︶ 約 千 五 百 冊 。 こ れ に よ り 、 阿 川 氏 の 大 日 比 西 圓 寺 来 寺 の き っ か け は 、 昭 和 五 十 年 ︵ 一 九 七 五 ︶ に 戸 啓 真 教 授 の 捨 世 派 の 研 七 一 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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究 の 手 伝 い の 為 、 資 料 収 集 が 目 的 で 来 寺 し た と い う こ こ と が か る 。 こ れ に 対 し 、 丸 山 氏 は 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ 十 一 月 に 大 日 比 西 圓 寺 を 訪 れ た 理 由 に つ い て 、 縁 あ っ て 大 日 比 西 圓 寺 に 行 っ た と し て い る の み で 、 理 由 は 述 べ ら れ て い な い た め 目 的 は 不 明 で あ る 。 ま た 、 丸 山 氏 が 大 日 比 西 圓 寺 を 訪 れ た 時 期 は 阿 川 氏 と は 一 年 間 の 差 が 認 め ら れ る も の の 、 同 じ 大 正 大 学 の 関 係 者 で あ る 為 、 な ん ら か の 関 係 が あ っ た と も え ら れ る 。 で は 、 肝 心 の 西 圓 寺 法 蔵 調 査 に つ い て は ど う だ ろ う か 。 こ れ に つ い て は 、 先 述 の 阿 川 氏 の 記 述 通 り 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ に 法 蔵 整 理 を 依 頼29 ︶ さ れ た と 阿 川 氏 は 述 べ て い る 。 こ の こ と か ら 、 丸 山 氏 は 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ よ り 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ の 阿 川 氏 と の 共 同 調 査 の 開 始 ま で 、 阿 川 氏 以 外 の 大 正 大 学 の メ ン バ ー と 調 査 を 行 っ て い た と も え ら れ る 。 ま た 、 注 目 す べ き は 西 圓 寺 法 蔵 の 蔵 書 数 に つ い て 、 内 典 約 三 万 冊 、 外 典 約 千 五 百 冊 と 述 べ ら れ て い る こ と で あ る 。 こ れ に つ い て は 後 述 の 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 と 関 係 し て い る 可 能 性 が あ る の で 、 後 に 合 わ せ て 詳 し く 見 て い く こ と に す る 。 次 に 、 阿 川 氏 配 付 資 料 に 、 六 、 大 日 比 三 師 講 説 集 三 巻 世 羅 諦 元30 ︶ 編 明 治 四 三 年 初 版 三 師 の 遺 稿 を 収 録 し た も の で 、 法 蔵 に そ の 原 本 が 残 さ れ て い る 。 法 洲 の 遺 稿 が 多 い 。 法 岸 専 修 念 仏 勧 進 法 語 講 説 、 専 修 念 仏 要 語 、 臨 終 要 語 等 法 洲 三 部 経 講 説 、 二 河 白 道 講 説 、 選 択 集 講 説 、 発 願 文 講 説 、 一 枚 起 請 文 講 説 、 小 消 息 講 説 等 と あ る 。 法 岸 、 法 洲 の 著 作 が 法 蔵 に 収 め ら れ て い る こ と に つ い て 、 書 名 を 挙 げ て 紹 介 し て い る が 、 法 道 の 著 作 に つ 七 二 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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い て は 言 及 し て い な い 。 こ の こ と に つ い て は 、 児 玉 識 で 児 玉 氏 は 阿 川 氏 の 指 摘 と 同 様 に 、 法 道 は 法 岸 、 法 洲 に 比 べ て 著 作 が 少 な い と し て い る も の の 、 著 作 が 無 い と は 述 べ て は い な い 。 こ れ に 対 し 岸 村 氏 は 、 岸 村 定 浩 の 中 で 、 法 道 の 著 作 は 一 冊 も 無 い と 指 摘 し て い る こ と に 注 意 し て お き た い 。 同 じ く 配 付 資 料 に 、 八 、 蔵 書 内 典 整 理 ⋮ 目 録 完 成 ︵ 西 円 寺 に 収 む ︶ と あ る こ と よ り 、 西 圓 寺 法 蔵 内 の 外 典 を 除 く 、 あ く ま で も 内 典 の み を 整 理 し て い た こ と が か る 。 ま た 、 こ の 一 文 か ら も 目 録 は 完 成 し 、 大 日 比 西 圓 寺 に 収 め た と い う こ と が か る 。 し か し 、 目 録 が 何 時 完 成 し て 、 何 時 収 め た の か に つ い て の 記 述 は 見 ら れ な い 。 こ の 目 録 が 刊 さ れ た も の で な い こ と は 、 大 正 大 学 図 書 館 を は じ め 国 立 国 会 図 書 館 に お い て も 所 在 を 確 認 出 来 な い こ と で 明 ら か で あ る31 ︶ 。 つ づ い て 配 付 資 料 に 、 九 、 蔵 書 整 理 中 の 副 産 物 三 十 八 篇 百 三 十 四 人 の 往 生 伝 ︵ 未 開 の 往 生 伝 を 発 見 ︶ ・ 往 生 伝 浄 土 往 生 伝 高 僧 伝 新 修 往 生 伝 拾 遺 往 生 伝 等 鎌 倉 | 江 戸 時 代 の 往 生 伝 は 殆 ど 僧 侶 の も の で あ る 。 ・ 西 円 寺 往 生 伝 大 半 が 在 俗 の 人 々 の 往 生 伝 で あ る 。 ・ 明 治 往 生 伝 あ り ︵ 全 国 で も 珍 し い ︶ 七 三 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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と あ る よ う に 、 近 世 の 往 生 伝 が 見 つ か っ た こ と に つ い て 、 副 産 物 で あ る と し て い る 点 に 注 目 し た い 。 こ れ よ り か る よ う に 、 あ く ま で も 主 た る 法 蔵 調 査 の 目 的 は 目 録 の 作 成 に あ っ た と え ら れ る 。 先 述 の 丸 山 氏 は こ の 目 的 を 明 確 に 目 録 の 作 成 に あ る と 述 べ て い る 。 こ れ に 対 し て 阿 川 氏 は 、 具 体 的 な 理 由 と し て 法 蔵 整 理 と し た だ け で 目 録 作 成 に つ い て 述 べ て い な い 。 次 に 、 今 回 新 た に 大 日 比 関 係 先 行 研 究 一 覧 表 ︵ 仏 教 学 会 紀 要 第 十 九 号 版 ︶ に 追 加 し た 山 口 教 区 誌 編 纂 委 員 会 の 法 蔵 の 節32 ︶ に よ る と 、 西 圓 寺 法 蔵 に は 約 二 万 余 冊33 ︶ の 和 漢 書 が 一 六 三 箱34 ︶ の 木 箱 に 整 理 さ れ て 収 め て あ る と 記 さ れ て い る 。 ま た 、 大 正 大 学 に よ る 西 圓 寺 法 蔵 調 査 に つ い て 次 の 記 述 が 見 ら れ る 。 昭 和 五 〇 年 代 か ら 、 東 京 ・ 大 正 大 学 か ら 、 阿 川 、 丸 山 の 両 教 授 を 中 心 と し て 、 助 手 、 学 生 十 余 名 の ス タ ッ フ で 三 ヶ 年 の 夏 休 み 中 、 調 査 、 研 究 さ れ 、 第 一 回 の 研 究 誌 が 〟 西 圓 寺 資 料 集 成 〝 と し て 、 昭 和 五 十 六 年 に 出 版 さ れ ま し た 。 に 、 消 息 文 目 録 と し て 、 第 二 、 第 三 の 出 版 計 画 と な っ て い ま す35 ︶ 。 こ の こ と に よ り 、 三 年 間 の 夏 休 み 中 に 大 正 大 学 に よ る 調 査 が な さ れ て お り 、 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 に 次 い で 、 消 息 文 目 録 な ど の 第 二 、 第 三 の 出 版 計 画 が あ っ た 事 が か る 。 ま た 、 こ こ に も 目 録 が 完 成 し 収 め ら れ た と い う 記 述 は 見 ら れ な い 。 よ っ て 山 口 教 区 誌 編 纂 委 員 会 の 出 版 が 平 成 七 年 ︵ 一 九 九 四 ︶ と い う こ と か ら 、 大 正 大 学 に よ る 目 録 が 完 成 し 西 圓 寺 に 収 め ら れ た の は 、 平 成 七 年 ︵ 一 九 九 四 ︶ よ り 現 住 職 の 西 村 文 成 氏 が 住 職 に 就 任 し た 平 成 十 二 年 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶ ま で の 綿 野 得 定 氏 が 住 職 を 務 め て い た お よ そ 六 年 間36 ︶ の こ と で あ っ た と え ら れ る の で 注 意 し て お く 。 七 四 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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■ 大 正 大 学 に よ る 法 蔵 調 査 の ま と め 以 上 の こ と を 踏 ま え て 、 大 正 大 学 に よ る 調 査 に つ い て ま と め て み る 。 先 ず 、 調 査 メ ン バ ー は 阿 川 文 正 氏 を 中 心 と し 、 丸 山 博 正 、 斎 藤 晃 道 、 坂 上 雅 、 佐 藤 晴 輝 、 本 田 行 憲 の 六 名 で あ り 、 阿 川 氏 は 昭 和 五 十 年 ︵ 一 九 七 五 ︶ に 、 丸 山 氏 は 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ に そ れ ぞ れ 大 日 比 西 圓 寺 に 訪 れ て い る 。 丸 山 氏 は 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ よ り 調 査 を 開 始 し た と し 、 阿 川 氏 は 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ よ り 調 査 を 開 始 し た と そ れ ぞ れ 論 文 内 で 記 し て い る 。 こ の 点 で 調 査 開 始 時 期 に 相 違 が 見 ら れ る 。 ま た 、 丸 山 氏 に よ る と 、 昭 和 五 十 四 年 ︵ 一 九 七 九 ︶ ま で の 四 年 間 で 、 年 間 五 日 ∼ 七 日 間 泊 ま り 込 み で 調 査 に 当 た っ た と し て い る 。 こ の こ と に よ り 、 四 年 間 で 最 大 二 十 八 日 間 の 調 査 を 行 っ た と え ら れ る 。 ま た 、 阿 川 氏 は 昭 和 五 十 六 年 ︵ 一 九 八 一 ︶ の 阿 川 文 正 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 出 版 後 に も 引 き 続 き 調 査 を 行 っ て い た と 述 べ て い る 。 こ の 時 の 調 査 内 容 は 消 息 類 の 整 理 で あ る 。 ま た 、 丸 山 氏 は 西 圓 寺 法 蔵 内 の 書 籍 一 冊 ず つ を カ ー ド に 記 入 し 目 録 を 作 成 し た と し て い る 。 こ れ に つ い て 、 平 成 二 十 二 年 ︵ 二 〇 一 〇 ︶ に 本 調 査 研 究 に て ナ ン バ リ ン グ 作 業 を 行 っ た 際 に 調 べ た と こ ろ 、 カ ー ド に 対 応 さ せ た ナ ン バ リ ン グ や 目 印 等 の 痕 跡 は 西 圓 寺 法 蔵 内 に お い て 見 ら れ な か っ た 。 阿 川 氏 は 大 正 大 学 に よ る 調 査 に よ り 目 録 は 完 成 し 、 大 日 比 西 圓 寺 先 住 綿 野 氏 に 収 め た と し て い る が 、 現 在 、 大 日 比 西 圓 寺 に お い て 大 正 大 学 に よ り 作 成 さ れ た 目 録 の 存 在 は 確 認 出 来 て い な い 。 し か し 、 こ の 大 正 大 学 に よ る 西 圓 寺 法 蔵 調 査 は 、 大 日 比 西 圓 寺 に 関 わ る 研 究 上 で 大 き な 成 果 を 残 し た も の で あ る 。 大 日 比 西 圓 寺 蔵 往 生 伝 を 発 見 、 整 理 し 、 大 日 比 西 円 寺 資 料 集 成 往 生 伝 之 部 と し て 世 の 中 に 開 し た こ と を は じ め 、 阿 川 氏 、 丸 山 氏 ら の 論 文 に よ り 、 そ れ ま で 明 ら か と さ れ て い な か っ た 大 日 比 西 圓 寺 に 関 す る 研 究 が 大 き く 進 展 し た の は 間 違 い な い 。 七 五 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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四 、 国 文 学 研 究 資 料 館 に よ る 調 査 最 後 に 三 件 目 の 国 文 学 研 究 資 料 館 に よ る 調 査37 ︶ に つ い て で あ る 。 こ の 調 査 に つ い て は 、 大 日 比 西 圓 寺 に 出 向 い た 調 査 員38 ︶ が 調 査 毎 に 本 部 へ 調 査 報 告 書39 ︶ を 提 出 し て い る 。 そ こ で 今 回 は 、 そ の 報 告 書 を も と に 国 文 学 研 究 資 料 館 の 法 蔵 調 査 に つ い て 整 理 す る こ と に す る 。 国 文 学 研 究 資 料 館 に よ る 調 査 は 、 予 備 調 査 が 昭 和 五 十 九 年 ︵ 一 九 八 四 ︶ 三 月 七 日 に 行 わ れ 、 そ の 後 に 本 調 査 が 昭 和 六 十 年 ︵ 一 九 八 五 ︶ 八 月 二 十 八 日 よ り 平 成 十 年 ︵ 一 九 九 八 ︶ 三 月 十 四 日 ま で の 期 間 で 行 わ れ た 。 こ の 間 に 計 三 十 回40 ︶ の 調 査 が 実 施 さ れ て い る 。 こ の 調 査 に お い て 調 査 カ ー ド が 作 成 さ れ て い る が 、 西 圓 寺 法 蔵 内 に 国 文 学 研 究 資 料 館 の 関 係 者 が ナ ン バ リ ン グ 等 を 行 っ た 形 跡 は 見 ら れ な い 。 次 に 、 調 査 員 に よ る 調 査 報 告 書 内 の メ モ よ り か る こ と に つ い て ま と め て お き た い 。 予 備 調 査 の 際 の メ モ に 先 述 の 安 藤 紀 一 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 に つ い て の 記 述 が 見 ら れ る 。 メ モ に は 、 昭 和 五 年 ︵ 一 九 三 〇 ︶ の 安 藤 紀 一 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 和 漢 目 録41 ︶ は 、 不 備 な 点 は あ る が 、 貴 重 な 目 録 で あ る と し て 紹 介 さ れ て い る 。 こ の こ と よ り 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 員 は 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 の 存 在 を 最 初 の 段 階 で 認 識 し て い た と い う こ と が か る 。 ま た 、 詳 細 は 不 明 で あ る が 、 大 正 大 学 関 係 者 が 新 し い 目 録 を 作 成 中 の 事 で あ る と も 記 さ れ て い る 。 そ し て 予 備 調 査 の 際 の 報 告 と し て 、 西 圓 寺 法 蔵 の 点 数 は 約 一 〇 七 〇 点 で あ り 、 そ の 内 、 国 文 学 関 係 は 五 六 〇 点 あ る と 書 か れ て い る 。 し か し 、 本 調 査42 ︶ に 入 っ て か ら の 報 告 で は 、 点 数 約 二 万 点 の 内 、 国 文 学 関 係 は 不 明 と し て 書 か れ て い る 。 こ れ に つ い て 後 の 報 告 に は 点 数 称 二 万 点 と も 書 か れ て お り 、 に そ の 後 の 調 査 で は 点 数 約 二 千 点 の う ち 国 文 学 関 係 一 千 点 と も あ る 。 ま た 、 国 文 学 研 究 資 料 館 が 調 査 の 対 象 と し た の は 、 寺 院 よ り 許 可43 ︶ の あ っ た 外 典 に つ い て の み の 七 六 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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調 査 で あ っ た こ と も 明 ら か に な っ た 。 昭 和 六 十 三 年 ︵ 一 九 八 八 ︶ 八 月 三 十 一 日 の 調 査 報 告 で は 、 仏 書 の み を 対 象 と し た 目 録 を 大 正 大 学 が 刊 行 予 定 で あ る と 書 か れ て い る 。 ま た 、 平 成 四 年 ︵ 一 九 九 二 ︶ 三 月 十 八 日 の 調 査 報 告 で は 、 仏 書 目 録 に つ い て は 、 大 正 大 学 に て 作 成 準 備 中 で あ る 旨 が 書 か れ て い る 。 大 正 大 学 に 関 わ る 記 述 は こ の 日 の 調 査 以 降 の 報 告 に は 見 ら れ な い 。 こ こ で 注 意 し て お き た い の は 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 と 大 正 大 学 の 調 査 期 間 が 重 な っ て い る と い う 点 で あ る 。 大 正 大 学 関 係 者 の 論 文 等 に は 、 国 文 学 研 究 資 料 館 が 西 圓 寺 法 蔵 に 調 査 に 入 っ て い る こ と を 示 す も の は 見 当 た ら な か っ た 。 ま た 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 報 告 書 に は 大 正 大 学 の 存 在 が 明 記 し て あ る も の の 、 実 際 に 調 査 日 が 重 な っ た と い う こ と は 報 告 書 を 見 る 限 り 無 い と 思 わ れ る が 、 先 述 の 阿 川 氏 が 三 大 本 山 布 教 師 会 研 修 の 配 付 資 料 に お い て 外 典 ︵ 一 般 書 ︶ 約 千 五 百 冊 と 記 し た こ と に つ い て 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 結 果 も 近 い 冊 数 を 挙 げ て い る こ と を 注 意 し て お く44 ︶ 。 し か し 、 こ の 外 典 の 冊 数 は 、 実 際 の 西 圓 寺 法 蔵 内 の 外 典 の 冊 数 と は 大 き く 異 な る 数 値 で あ る 。 次 に 、 山 口 教 区 誌 編 纂 委 員 会 の 法 蔵 の 節 に 国 文 学 研 究 資 料 館 に よ る 調 査 に つ い て の 記 述 が 見 ら れ る の で 紹 介 す る 。 山 口 県 下 関 市 の 梅 光 短 大 で も 相 前 後 し て 、 研 究 、 調 査 を 申 し 込 ま れ ま し た 。 同 女 子 短 大 で も 教 授 二 名 、 助 手 ・ 学 生 十 余 名 の ス タ ッ フ で 二 ヶ 年 間 、 夏 休 み を 利 用 し て 来 寺 さ れ た の で す 。 そ の 後 、 今 日 ま で 、 毎 年 数 名 で 文 学 書 の み 、 研 究 、 調 査 に 応 じ て い ま す45 ︶ 。 こ の 梅 光 短 大 の 教 授 と い う の は 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 依 頼 を 受 け た 調 査 員 の こ と で あ る46 ︶ 。 こ れ に つ い て 綿 野 氏 が 、 七 七 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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梅 光 短 大 と だ け 紹 介 し 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 名 称 を 挙 げ て い な い と い う こ と に 注 意 を し て お き た い 。 こ の 記 述 か ら は 綿 野 氏 が 当 時 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 で あ る と い う こ と を 認 識 し て い た の か ど う か は 不 明 で あ る47 ︶ 。 ま た 、 調 査 研 究 対 象 を 文 学 書 の み と 限 定 し て い る が 、 山 口 教 区 誌 編 纂 委 員 会 の 出 版 さ れ た 時 点 で も 毎 年 調 査 に 応 じ て い た こ と が か る 。 こ れ に つ い て は 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 報 告 に お い て も 確 認 出 来 る 。 報 告 に よ る と 、 山 口 教 区 誌 編 纂 委 員 会 の 出 版 さ れ た 後 の 平 成 十 年 ︵ 一 九 九 八 ︶ 三 月 に 西 圓 寺 よ り 許 可 さ れ た 範 囲 の 調 査 は 終 了 し た と さ れ て い る 。 以 上 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 に つ い て は 報 告 書 等 の 記 録 が 残 さ れ て い た た め 、 詳 細 な 概 要 を 明 ら か に す る こ と が 出 来 た 。 こ の 中 で 、 大 日 比 西 圓 寺 な ど の 地 方 の 調 査 の 場 合 、 梅 光 短 大 教 授 な ど の 現 地 在 住 の 研 究 者 が 調 査 員 と し て 派 遣 さ れ て い る こ と や 、 梅 光 短 大 の 学 生 も 同 行 し 調 査 に あ た っ て い た こ と が か っ た 。 そ し て 、 こ の 調 査 で は 目 録 の 刊 や 収 集 さ れ た 典 籍 の 情 報 の 開 は な さ れ て お ら ず 、 調 査 対 象 に つ い て も 外 典 の 一 部 で あ っ た 事 も 明 ら か と な っ た 。 ま た 、 こ の 調 査 に よ り 収 集 さ れ た 情 報 は 現 在 、 国 文 学 研 究 資 料 館 内 に て 保 管 さ れ て お り 、 開 は さ れ て い な い が 電 子 化 は さ れ て い る こ と を 確 認 し て い る48 ︶ 。 五 、 先 行 調 査 の ま と め と 問 題 点 安 藤 紀 一 、 大 正 大 学 、 国 文 学 研 究 資 料 館 の 三 件 の 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て み て き た 。 こ の 三 件 の 調 査 に つ い て 各 調 査 が 行 わ れ て い た 際 の 西 圓 寺 住 職 に つ い て 整 理 す る と 、 昭 和 四 年 ∼ 五 年 ︵ 一 九 二 九 ∼ 一 九 三 〇 ︶ に 行 わ れ た 安 藤 紀 一 に よ る 調 査 時 は 第 十 九 世 河 島 諦 定 、 昭 和 五 十 三 年 ︵ 一 九 七 八 ︶ ︵ 昭 和 五 十 一 年 ︵ 一 九 七 六 ︶ ︶ よ り 行 わ れ た 七 八 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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大 正 大 学 に よ る 調 査 及 び 昭 和 六 十 年 ∼ 平 成 十 年 ︵ 一 九 八 五 ∼ 一 九 九 八 ︶ に 行 わ れ た 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 時 は 第 二 十 世 綿 野 得 定 、 平 成 十 九 年 ︵ 二 〇 〇 七 ︶ に 開 始 し た 現 在 進 行 中 の 本 調 査 は 第 二 十 一 世 西 村 文 成 が 西 圓 寺 住 職 で あ る と い う こ と が 明 ら か に な っ た 。 一 件 目 の 安 藤 紀 一 に よ る 調 査 は 昭 和 四 年 ︵ 一 九 二 九 ︶ 、 五 年 ︵ 一 九 三 〇 ︶ の 間 で 行 わ れ 、 調 査 は 外 典 の み を 対 象 と し て い た 。 こ れ に つ い て は 先 述 の 大 日 比 料 か ら も 裏 付 け ら れ る 。 こ の 調 査 に よ り 作 成 さ れ た 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 に は 全 て で は な い が 、 外 典 が 野 ご と に 類 し て 収 録 さ れ て い る 。 ナ ン バ リ ン グ は 実 施 さ れ て い な い も の の 、 図 表 に て 木 箱 の 位 置 を 目 録 中 に 記 載 し 、 利 用 者 の こ と を よ く え 作 成 さ れ て い る 。 ま た 、 目 録 作 成 の 意 図 や 、 将 来 に 向 け て の 西 圓 寺 法 蔵 の 整 理 や 蔵 書 の 管 理 に つ い て も 安 藤 紀 一 は 自 ら の 意 見 を 大 日 比 天 龍 山 西 圓 寺 法 蔵 和 漢 書 閲 覧 目 録 作 成 の 記 の 中 に ま と め 記 し て い た 。 こ の 中 で 、 安 藤 紀 一 は 先 で 悉 皆 調 査 の 必 要 性 が あ る こ と に つ い て も 述 べ て い る 。 こ の 安 藤 紀 一 の 残 し た 記 録 を 検 証 し た 結 果 、 当 時 の 調 査 概 要 を は じ め 、 安 藤 紀 一 の 調 査 当 時 に は 目 録 に よ る 管 理 が な さ れ て お ら ず 、 外 典 に 関 し て は 既 に 用 さ れ る こ と が な く な っ て い た 可 能 性 が あ る こ と に つ い て 明 ら か に な っ た 。 次 に 、 完 成 し た 目 録 が 確 認 出 来 て い な い た め 、 今 回 検 証 し た 結 果 に 基 づ い て 、 大 正 大 学 と 国 文 学 研 究 資 料 館 の 調 査 に つ い て み る と 、 大 正 大 学 は 内 典 の 目 録 を 作 成 し て お り 、 国 文 学 研 究 資 料 館 は 外 典 の 目 録 を 作 成 し て い た 。 ま た 、 両 調 査 共 に 西 圓 寺 法 蔵 内 典 籍 へ の ナ ン バ リ ン グ は 行 わ れ て い な い と い う こ と も 明 ら か に な っ た 。 こ の こ と に よ り 、 仮 に 目 録 を 作 成 し た と し て 、 箱 単 位 で 点 数 と し て の 検 索 は 出 来 た と し て も 、 対 一 冊 の 典 籍 を 特 定 し た 検 索 は 不 可 能 で あ る 。 つ ま り 、 目 録 内 の デ ー タ に 対 応 す る 西 圓 寺 法 蔵 内 の 実 際 の 典 籍 へ の ア ド レ ス 割 が 無 い た め 、 対 一 冊 を 目 録 上 と 現 物 の 典 籍 と の 間 で リ ン ク さ せ 管 理 す る こ と が 出 来 な い の で あ る 。 こ の ナ ン バ リ ン グ を 実 施 し な い 目 録 の 場 合 、 七 九 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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凡 そ の 管 理 は 出 来 る と し て も 、 拙 稿 西 村 光 正 で 指 摘 し た 先 行 研 究 に お け る 蔵 書 の 所 在 を 示 す 典 拠 に つ い て の 問 題 と 同 様 に 、 ○ ○ 所 蔵 の □ □ と し か 表 記 す る こ と が 出 来 ず 、 特 定 の 引 用 し た 書 籍 の 所 在 を 細 か く 示 す こ と が で き な い と い う 問 題 が あ る こ と を 指 摘 し て お く 。 こ れ ら 三 件 の 先 行 調 査 全 般 に 言 え る 問 題 点 と し て 、 悉 皆 調 査 で 無 い こ と 、 法 蔵 内 の 典 籍 自 体 に ナ ン バ リ ン グ 等 の 目 印 や 記 録 を つ け て い な い こ と が 挙 げ ら れ る 。 但 し 、 安 藤 紀 一 に つ い て は 先 述 の よ う に 悉 皆 調 査 の 必 要 性 を 主 張 し 、 法 蔵 和 漢 書 目 録 西 圓 寺 は 、 そ れ ま で の 期 間 の 仮 目 録 で あ る と し て い る 。 ま た 、 国 文 学 研 究 資 料 館 に よ る 調 査 に 関 し て は 、 本 来 の 目 的 が 西 圓 寺 法 蔵 自 体 の 図 書 目 録 を 作 成 す る 事 で は 無 く 、 西 圓 寺 法 蔵 に 収 蔵 さ れ て い る 典 籍 の デ ー タ を 調 査 収 集 す る 事 に あ る 為 、 調 査 の 性 格 が 異 な る の で し か た の な い 部 も あ る が 、 い ず れ に せ よ 、 一 蔵 と し て 西 圓 寺 法 蔵 を 評 価 す る に は 悉 皆 調 査 と ナ ン バ リ ン グ は 必 須 で あ る と い う こ と が 言 え る 。 こ の こ と を 踏 ま え 、 本 調 査 研 究 で は 、 蔵 書 の 管 理 や 散 逸 を 防 ぐ こ と も 慮 し 、 法 蔵 内 全 典 籍 に ナ ン バ リ ン グ を 実 施 し 、 悉 皆 調 査 を 行 っ て い る 。 六 、 ︵ 追 記 ︶ 大 日 比 西 圓 寺 に 関 す る 研 究 拙 稿 西 村 光 正 に て 大 日 比 西 圓 寺 に 関 す る 研 究 に つ い て と り あ げ た が 、 今 回 こ れ に 追 加 す べ き も の が 見 つ か っ た の で 紹 介 す る49 ︶ 。 ① 中 野 隆 元 第 八 章 法 洲 の 布 教 法 論 八 〇 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

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内 容 は 、 第 一 節 法 洲 の 布 教 、 第 二 節 法 洲 の 布 教 的 人 格 、 第 三 節 法 洲 の 信 仰 的 意 図 、 第 四 節 法 洲 の 布 教 内 容 、 第 五 節 法 洲 の 布 教 形 式 、 第 六 節 法 洲 の 布 教 理 論 、 第 七 節 法 洲 の 理 論 的 括 の 全 七 節 に か れ て い る 。 こ の 中 で 勧 誡 二 門 の 作 略 、 祈 禱 念 仏 、 現 當 両 益 、 正 邪 顕 正 の 問 題 、 本 願 念 仏 一 行 の 勧 化 な ど 法 洲 の 布 教 に つ い て 詳 し く 述 べ ら れ て い る 。 こ の 論 文 に よ り 、 法 洲 の 布 教 に 関 す る こ と に つ い て 明 ら か に な っ た 。 ② 中 野 隆 元 第 二 篇 一 枚 起 請 文 講 説 法 洲 著 一 枚 起 請 文 講 説 に つ い て 詳 し く 論 じ ら れ て い る 。 第 一 章 法 洲 一 枚 起 請 文 講 説 解 題 、 第 二 章 一 枚 起 請 文 講 説 、 第 三 章 的 門 御 遺 誓 資 講 解 題 、 第 四 章 御 遺 誓 資 講 抄 録 と い う 全 四 章 に か れ ま と め ら れ て い る 。 第 一 章 、 第 三 章 の 解 題 は 中 野 氏 が 書 い て お り 、 第 二 章 、 第 四 章 に つ い て は 、 法 洲 と 的 門 が そ れ ぞ れ 述 し た も の に 対 し 中 野 氏 が 訂 科 を 加 え て い る 。 こ の 論 文 に よ り 、 法 洲 著 一 枚 起 請 文 講 説 に 関 す る こ と に つ い て 明 ら か に な っ た 。 ③ 中 野 隆 元 第 三 篇 一 紙 小 消 息 講 説 法 洲 著 一 紙 小 消 息 講 説 に つ い て 詳 し く 論 じ ら れ て い る 。 第 一 章 法 洲 小 消 息 講 説 解 題 、 第 二 章 小 消 息 講 説 、 第 三 章 呵 成 小 消 息 講 話 解 題 、 第 四 章 小 消 息 講 話 と い う 全 四 章 に か れ て ま と め ら れ て い る 。 第 一 章 、 第 三 章 の 解 題 は 中 野 氏 が 書 い て お り 、 第 二 章 、 第 四 章 に つ い て は 、 法 洲 と 吉 岡 呵 成 が そ れ ぞ れ 述 し た も の に 対 し 中 野 氏 が 訂 科 を 加 え て い る 。 こ の 論 文 に よ り 、 法 洲 著 一 紙 小 消 息 講 説 に 関 す る こ と に つ い て 明 ら か に な っ た 。 ⑤ 山 口 縣 寺 院 革 刊 行 會 大 津 郡 之 部 西 圓 寺 収 録 書 籍 の 山 口 縣 寺 院 革 は 浄 土 宗 に 限 ら ず 山 口 県 下 の 仏 教 寺 院 の 紹 介 が 個 別 に な さ れ て い る 。 大 日 比 西 圓 寺 は 浄 土 宗 准 別 格 四 等 と し て 紹 介 さ れ て お り 、 住 職 は 第 十 八 世50 ︶ 権 大 僧 都 嗣 講 河 島 諦 定 と 記 さ れ て い る 。 大 日 八 一 大 日 比 西 圓 寺 法 蔵 先 行 調 査 に つ い て

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比 西 圓 寺 に つ い て の 革 に つ い て ま と め ら れ て い る が 、 西 圓 寺 法 蔵 や 西 圓 寺 蔵 書 な ど に つ い て の 記 述 は 見 ら れ な い 。 こ の 論 文 に よ り 、 大 日 比 西 圓 寺 は 、 元 は 本 慶 山 天 龍 院 西 圓 寺 と い う 名 の 真 言 宗 の 律 院 で あ っ た が 、 そ の 開 基 の 僧 侶 や 立 に つ い て は 不 明 で あ る こ と 。 元 禄 九 年 ︵ 一 六 九 六 ︶ に 上 利 家 の 働 き に よ り 寺 號 、 院 號 、 山 號 は そ の ま ま に 知 恩 院 直 末 の 浄 土 宗 寺 院 と し て 再 興 し た こ と 。 こ の 際 、 向 岸 寺 第 五 世 讃 譽 を 中 興 開 山 上 人 と し て い る こ と 。 以 前 の 真 言 宗 の 律 院 で あ っ た 西 圓 寺 は 商 人 邑 に あ っ た こ と 。 こ の 商 人 邑 は 以 前 、 商 人 千 軒 な ど と 呼 ば れ て い た が 、 豊 臣 秀 吉 に よ る 朝 鮮 出 兵 の 際 に 、 大 日 比 と 商 人 邑 の 康 な 男 子 は 全 て 水 夫 と し て 招 集 さ れ 、 七 〇 〇 人 が 招 集 さ れ た が 、 戦 死 、 餓 死 、 病 死 な ど で 、 帰 郷 し た 者 は 一 〇 〇 人 中 一 人 、 二 人 で あ り 、 人 口 が 減 っ た こ と 。 そ の 他 、 大 日 比 西 圓 寺 の 縁 起 や 願 王 林 と い う 観 音 堂 の 縁 起 な ど に つ い て 明 ら か に な っ た 。 ⑧ 綿 野 得 定 道 心 の 中 | 河 島 老 師 の 生 涯 | こ れ は 、 西 圓 寺 先 々 代 住 職 河 島 諦 定 氏 の 晩 年 に 、 友 の あ っ た 人 々 よ り 河 島 氏 に 宛 て た 一 文 を 集 め た 文 集 と 、 綿 野 氏 が 河 島 氏 の 生 涯 の 概 要 を 記 し ま と め た も の を 合 わ せ 、 生 前 に 親 の あ っ た 人 々 に 対 し 送 る た め に 作 成 さ れ た 書 籍 で あ る 。 個 々 の 一 文 に つ い て の 紹 介 は 省 略 す る が 、 一 文 の 執 筆 者 の 一 覧 に つ い て は 別 表51 ︶ に ま と め た 。 こ の 論 文 に よ り 、 河 島 氏 及 び 河 島 氏 が 住 職 を 務 め た 当 時 の 大 日 比 西 圓 寺 に 関 す る 事 に つ い て 明 ら か に な っ た 。 ⑨ 高 橋 良 和 ひ と く ち 伝 記 ③ 大 日 比 の 念 仏 者 山 口 県 豊 浦 郡 田 部 村 の 河 島 家 の 三 男 と し て 生 ま れ 、 幼 い 頃 よ り 信 仰 心 が 強 く 願 王 寺 に 入 り 得 度 し た 河 島 諦 定 に つ い て 述 べ ら れ て い る 。 こ の 中 で 、 宗 教 大 学 卒 業 と と も に 大 日 比 西 圓 寺 に 入 山 し た の が 二 月 十 五 日 で あ る こ と 、 得 度 も 二 月 十 五 日 で あ る こ と 、 そ し て 遷 化 し た の も 昭 和 四 十 三 年 ︵ 一 九 六 八 ︶ 年 二 月 十 五 日 で あ る こ と を 挙 げ 、 全 て 二 月 十 五 日 の 涅 槃 会 に 当 た っ て い る こ と を 紹 介 し て い る 。 さ ら に 河 島 諦 定 の 業 績 と し て 、 昭 和 三 十 六 年 ︵ 一 九 六 一 ︶ 、 八 二 仏 教 学 会 紀 要 一 九 号

参照

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