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ドイツの国籍法改正 と二重国籍問題

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(1)

ドイツの国籍法改正 と二重国籍問題

福 田書彦

1.はじめに

今 日 ドイツには長期 滞在す る外 国人は734万人,人 口の約9%にのぼる

この外国人の ドイツ‑の統合促進の一環 として提 出 された国籍法及び関連法 の改正案 は1999年5月両院で可決成立 し,2000年1月 1日 (一部 は1999年8 月 1日)施行 された。 シリー内相 は連邦議会での演説の中で, この改正 によ

り,国籍取得の方法 として,伝統的な血統主義 (この場合 は,親の一方が ド イツ国籍の場合,子 は出生 によ り ドイツ国籍 を取得す ること) と並 んで ドイ ツで初めて生地主義 (この場合 は両親が外 国人の子 であって も ドイツでの出 生 によ りドイツ国籍 を取得で きる制度) を導入 したことを 「歴史的影響力 を

1)

持つ非常 に重要な改革」 と位置付 けた。 しか し,成立 に至 るまでの道 は平坦 で はなか った。1998年9月の総選挙 で16年振 りに政権 に返 り咲 い たSPD

(社会民主党) は連立相手の同盟90/緑 の党 (以下緑 の党) との連立協定の 柱 の一つ として

,

「国籍取得の生地主義の導入」 と 「二重国籍の一般的許容」

を土台 とす る国籍法改正 を掲げた。ついで シリー内相が1999年1月13日改正 草案 を発表 した前後か ら,野党CDU/CSU(キ リス ト教民主同盟/ キ リス ト教社会同盟 一後者はバ イエル ン州のみの政党であ りCDUの姉妹政党, と もに保守政党‑) による二重国籍反対署名運動がヘ ッセ ン州議会選挙運動 と

(2)

か らめて展 開 され,同州議会選挙 にSPD・緑 の党側が敗北 した結果,政府 与党は二重国籍の一般的許容 を断念 し,FDP(自由民主党 一野党,保守中道) 提案の妥協案であるオプシ ョン方式 (生地主義 を認 めた上で ドイツと母国 と の二重国籍 を成年 まで認め,その後いずれかを選択 させ る方法)を取 り入れ,

3党共同法案 として ようや く成立 に漕 ぎ着 けた。 この全過程 は専 ら二重国籍 の一般的許容の是非 を中心 に展 開された とい うことがで き, これ を通 して与 野党の外 国人の統合への考 え方の違 いが浮 き彫 りにされたが,結局政府 は, 生地主義の導入には成功 し,二重国籍の一般的許容では失敗 した。その過程 を追 うこと, また,それが国民 についての考 え方 に変化 をもた らす契機 とな るか どうかが本稿 の関心事項である

以下において, まず本 テーマの前段階 として第二次大戦後の ドイツ‑の移 民 の流 れ及 び90年代 の コール政権 の外 国人統合 政策 の概 観 , つ いで赤緑 (SPD・緑の党)連立政権の統合政策の中心 とされた国籍法改正問題 の順 に その過程 を追 うことにする。

2.第二次大戦後の ドイツへの移民の流れ

ドイツは20世紀初め までは移民 の輸出国であ り,1800‑1930年の間に700

万人が この国を後 に した。 しか し,第二次大戦後状況 は大 きく変わ り,東方 の旧 ドイツ領お よびソ連東欧地域か ら1200万人の ドイツ人及び ドイツ系住民 の被追放者が ドイツの米英 ソ占領地域 に流入 したが, ドイツは経済の回復 , 繁栄 とともに事実上の欧州最大の移民受 け入れ国に変貌 し,1950‑97年の間 に ドイツ人 を含め2900万人 (そのかな りの部分 は外 国人労働者 と呼 び寄せ家 族, ドイツ系帰還移住者‑Aussiedler‑ (以下帰還移住者),亡命希望者 ・ 難民)が入国 し,2000万人が出国 した。 この結果現在で は ドイツには人 口

8216万の うち外国人は734万 (99年末),その割合 は9%に達 し,欧州最大の 外国人居住国 となっている。 しか もこの外 国人数 には,かな り文化的に異 な

(3)

る多数 の帰化者 お よび390万 にのぼ る帰還移住者 は含 まれてい ない。 この よ うな人的構成の変化 は ドイツの社会や文化, ドイツ人の考 え方 に影響 を与 え ず におかないであろ う。以上 はフンボル ト大学 ミュ ンツ人口学教授 の述べ た 要 旨であ り, さらに同教授 は1945年以来の移民 の流 れ を6段 階 に分 けたが,

2) これに従 えばおお よそ次の ようになる。

<第 1段 階>1945‑49年 :主 として ドイツ人及 び ドイツ系 の被追放者の流 入 (約1200万),ナチス時代 の非 ドイツ人の強制労働 者,捕虜 ,強制収容所 囚人の帰還,第3国へ の移住 (約1000万), ドイツ人の海外移住。

<第2段 階 >1949‑61年 :東西 ドイツ間の移住 の最初 の大 きな波 。西へ

380万,東へ40万 (このため62年ベ ル リンの壁構築,両独 間の最後 の 自由通 路が塞がれる)。

<第3段 階 >1961‑73年 :50年代半 ばか ら始 まった西独 に よる外 国人労働 者の募集 は62年ベル リンの壁構築後大規模化 し,73年募集 ス トップ時260万

に達 した。

<第4段 階 >1973‑88/89年 :しか し外 国人労働者 の帰 国の波 は続 かず, 彼 らの家族呼 び寄せ による西独 での外 国人定住化。東独 で も契約労働者の募 集。

<第5段 階 >1988‑91/92年 :87年 ゴルバチ ョフによる出国規制 の緩和 を は じめ とし,東欧の変革 と出国の 自由化,市場経済転換 に伴 う生活 レベルの 低下,地域紛争 の激化。 この ような劇 的変化 を背景 に, まず民族 的優遇措置 を受 け られる ドイツ系 の帰還移住者 の流入が急増 し98年 まで に合計390万 に 達 した。殆 ど同時 に主 としてバルカ ン, トル コ等 か らの亡命希望者 の流れ も 急増 し,88‑93年 の間 に140万人以上。 これ にボスニ アか らの35万人の戟争 避難民が続 く。 この他 ドイツ統一 までの短期 間東独 か らの大量 の移住が加 わ った。

これに対 し,当時の コール を首班 とす るCDU/CSU・FDP保守連立政権 は, まず長期滞在 の外 国人労働者 とその家族 の統合及 び新規流入の抑制 を狙

(4)

った外 国人法の大幅改正 を1990年7月に成立 させ るとともに,89‑92年の間 の連邦被追放者法の諸改正 と93年1月発効 の戦争結果除去法等 による帰還移 住者の流入制限 を行 ない,96年以降帰還移住者の減少が始 まった (90年年間 約40万か ら98年約10万へ減少)。 また,亡命希望者 ・難民 については,93年 6月基本法 (憲法)の庇護権規定 と関連諸法の改正 によって,その後大幅 に 減少 した (亡命希望者92年約44万か ら98年約10万へ減少)0

1992/ 3年以降上述の措置 による流入の著 しい減少 とともに第6段階が始 った。

3) 3.定住外国人の統合問題 と1990年の外 国人法改正

(1)コール政権 は1990年の外 国人法の大幅改正 (91年1月施行) によって, 滞在許可制度の見直 しを通 して,一方 においては外 国人労働者及 びその家族 の法的地位の安定 と,他方では新規の外 国人労働者の流入の抑制 とその定着 化の防止 を図った。

さらに同改正外 国人法 には

,

「容易化 された帰化制度」が新設 され (ここ では特 に 「原則 として」の条件付 きなが ら一定の条件 をみたせば帰化が認め られる請求権帰化 を設定。 これに対 し官庁の裁量 による帰化 は裁量帰化 と呼 ばれる), これによる定住外 国人の統合の促進が図 られた。大量の定住外 国 人がいつ まで も政治意思形成の外 に置かれることは国内平和の上か らも適切 でない と考 えられたか らである。

(2)ところで,帰化 ・国籍取得 を ドイツ社会への統合政策の中で どの よう に位置付 けるかについては,CDU等 の保守政党 とSPD等 の革新政党 との間 に立場 の違 いが あ り,保守政党 は帰化 ・国籍取得 は統合過程 の最後 に置 く (出口論)のに対 し,革新政党は統合促進のため早期 に与 えるべ Lとの立場 (入 り口論) に立 っていた。 この ような立場 の違 いか ら,革新政党 は,国籍 法 を改正 し,外 国人の子 も出生 によ り国籍 を取得 させ, ドイツ人 と同 じ条件

(5)

で成長 させ るべ きである (生地主義) こと,その場合同時 に母国の国籍 も取 得す るであろ うか ら二重国籍 を容認すべ きであ り, また,帰化 について も, 母国 との心理的,実利的関係 を切断で きない者が (特 に第‑世代 おいて)多 いので,帰化容易化のため二重国籍 を同様容認すべ きであること (二重国籍 の一般的容認),で きるだけ早 くドイツ社会 に適合 させ るため帰化 申請 に要 す る滞在期 間を短縮することを求めたのに対 し,保守政党は ドイツ社会 に十 分 に適合 し, ドイツを選択 した者 にのみ帰化 を認めるべ Lとの立場 か ら生地 主義 と二重国籍 に反対す るとい うものであった。 この ような対立 は1990年の 外 国人法改正の際表面化 し,結局次の ような帰化の容易化措置 によ り一応の 決着 をみ,生地主義 と二重国籍は認め られなか ったが,その後1999年の国籍 法改正 に至 るまで この二点 をめ ぐって与野党の対立が続 くことになる0

「容易化 された帰化制度」 は,「外 国人青年の容易化 された帰化 (85)」

(16‑23才であ って8年以上適法 に滞在 し,6年 間 ドイツの学校へ通学 した ことが帰化 申請の条件)

,

「長期滞在外 国人の容易化 された帰化 (86条)」 (15 年以上適法滞在が条件),二重国籍の例外 的許容 の条件 を定めた 「多重 国籍 の許容の下 における帰化 (87条)」 (二重国籍が例外 的に容認 されるケースを 列記 した もの)の3条 を中心 に構成 されてお り,帰化の増加 に一定の貢献 を

4)

果 た した もの と思われる。同制度 は,その後93年 に帰化請求権 を 「原則 とし て」 とあったの を削除明確化 し, また,15年以上の滞在 による申請 に時限規 定があったの を削除す る等の改善が行 なわれた後,1999年の国籍法改正の際 一段 と容易化 された。

(因みに1990年以降,外 国人統合問題 との関連で国籍法改正が盛 んに論議 されるようになったが,その背景 としては ドイツ統一がある。1913年の国籍 法は分裂時代両 ドイツ国民 をつな ぐ重要 な紐帯の一つであったため (西独 は 東独 国籍 を認めず,一つの ドイツ国籍のみがある との立場),大幅改正が行

なわれに くかったが,統一達成 によ り容易 となった。)

(3)なお,二重国籍の発生 は国籍取得 の生地主義 と血統主義の併存 による

(6)

ことの外,国際結婚上の男女平等,国際的な人の移動の 自由化 などの要因で 近年益 々増加す る傾 向にある。以前か ら二重国籍の得失 (忠誠 間の対立,外 交的保護,特権,少数民族保護等)ついて法的に種 々論ぜ られているが,覗 在 欧州の場合血統主義 に従 い二重 国籍 回避 に固執 してい る国はオース トリ

5) ー,デ ンマーク,スカンジナ ビア諸国等僅 かである。

4.第4次 コ‑ル連立政権時代 (1990年12月〜1994年10月)の 流入抑制策 と統合問題

(1)1990年の外 国人法改正 と前後 して,東西対立 の解消 に伴 う人の移動の 自由化,旧 ソ連 ・東欧の経済的混乱,多発する民族紛争 に伴い,88年頃か ら 92年頃にかけて亡命希望者 ・難民及 び民族的優遇措置 に頼 って出国す る帰還 移住者の大波が, ドイツを集中的に襲い,国内ではこれに反発す る極右集団 が外 国人襲撃,殺害事件 を引 き起 し,内的平和が著 しく阻害 された。 このた め コール政権 は外 国人法改正後,速やかにこれ ら亡命希望者 ・難民,帰還移 住者の流入抑制対策 に着手 しなければならなかった。

まず帰還移住者 については,90年6月の 「移住者の受 け入れ手続 きの規制 のための法律」 によって,受 け入れ人数のコン トロールを開始 し,ついで92 年12月の所謂戦争結果整理法 によ り,93年1月1日以降移住する者 を 「後発 帰還移住者」 とい う新 しい名称 の下で受 け入れ条件 を厳格化す る と同時 に, 同 日以後の出生者 は後発帰還移住者 としての法的地位 を取得 しないこととし て,この民族優遇制度 は漸進的廃止の方向に向かった。 この結果確 かに帰還 移住者数は90年 をピークとしてその後減少 した。

亡命希望者 については, ドイツには大変緩やかな庇護権規定があるため ド イツに集 中す るもの と考 え られた。すなわち, この国の憲法 に当たる基本法 16条2項 (改正後16条al項)の 「政治的に迫害 された者 は庇護権 を有する」

の意味 は,ナチス時代 の反省か ら生 まれた もので,個人 に与 え られた基本的

(7)

権利 と解 されているため,亡命希望者は慎重かつ長い審査 の間,一定の保護 が与え られた。

亡命希望者 ・難民の急増 に対 しては,91‑92年排外主義集団 による難民収 容所襲撃事件が続いたため,結局与野党間の合意の下 に,16条 に庇護権 を採 用で きない場合の追加規定 (16条a1‑ 5項) を設 け,同基本法改正 は93年

7月に発効 した結果,その数は急減 した。

(2)亡命希望者 ・難民及 び帰還移住者の流入抑制措置が一段落 した1993年 頃か ら,定住外 国人の統合促進の方策 として,外 国人の子の出生 による国籍 取得 (生地主義の導入) とこれに伴 う二重国籍の一般的容認 を求める国籍法 改正の提案が相次いだ。

まず93年2月連 邦外 国人問題 オ ンブズマ ン シュマ ル ツ‑ヤ コブセ ン

( FDP)

は 自らの国籍法改正案 を発表 し,その中に①外 国人の ドイツ生 まれ の子の出生 による国籍取得,②8年 間滞在ののち帰化請求権の付与,(参二重 国籍の一般的容認,が含 まれていたが,この内(丑と② は1999年の国籍法 と外 国人法の改正で実現 し,③ については同改正で期限付 きの二重国籍容認 に落 ち着ついた ところか らみて,先見性のある提案であった。

また同月,緑の党 による市民運動 「国民投票 二重国籍」が展 開 され,8 カ月間に100万人が署名 した。

(3)93年3月

,S P D

は帰化容易化及び二重国籍容認法案 を提 出 した。同法 案 は,①外 国人の親の一方が ドイツ生 まれの場合 (つ ま り第二世代),子 は 出生 によ り国籍 を取得す る (つ ま り第三世代 の生地主義の導入),二重国籍 は容認,②8年以上の滞在で請求権帰化付与, とい うもの。基本的には前述

6) のオンブズマ ンの国籍法改正案 と同 じである

野党

S P D

の優勢 な連邦参議 院では93年6月国籍法改正案が可決 され,同 案 は

9

月連邦議会 に提 出 された。その内容 は上記

S P D

提案 とほぼ同 じであ るが,その際の決議 において,最近の外 国人に対す る襲撃 にかんがみ,旧国 籍の放棄の強制 な しに ドイツ国籍の取得の可能性 を一層拡大す ることが緊要

(8)

7)

であると指摘 された。 しか し

9 4

4

月の 連邦議会 において

S P D

案 と連邦参 議 院案 は ともに

CDU/CS U

及 び一部

FDP

の反対票 によ り否決 され,結局 第4次 コール政権時代 は,前述の

1 9 9 3

年の帰化条件 の若干の緩和措置以外, 外国人統合問題 は進展 をみなかった。

5.第5次 コール連立政権時代 (94年10月よ り98年 9月)

(

1

)

CDU/CS U・ F DP

連立協定 と児童国籍制度

9 4

1 0

月の総選挙で再び勝利 した第

5

次 コール連立政権 は同年

1

1月連立協 定 を締結 した。その外 国人法及び国籍法 に関する部分の要点は,国籍法の広 範囲な改革 をめ ざす こと,帰化 は原則 として請求権帰化,国籍取得期 間の短 縮,特 に第三世代 の外 国人の子のための 「ドイツ児童国籍」の新規導入等で あった。「ドイツ児童 国籍」 の構想 は,① 一方の親が ドイツで生 まれ,両親 が子の出生前10年間滞在の場合 (つ ま り, ドイツとの十分 な結 びつ きがある 場合),子 は出生 によ り,親 の国籍 とともに, ドイツ児童 国籍 を取得す る,

② ドイツ児童国籍 を有す る外 国人は ドイツ人 と同 じ身分証明書 を受 け取 り, 未成年の ドイツ人 と同 じ地位 に立つ,③子が18才 になった後1年以内に他の 国籍の消滅 を証明で きた場合,児童国籍 は ドイツ国籍 に変わる,とい うもの。

ドイツ人の クラスメー トと同 じ身分証明書 をもつので, ドイツ社会への統合 が促進 され,例 えば隣国への クラス旅行の際 も入国手続上の トラブルが な く

8)

なるとい うわけである。明 らかに生地主義 と二重国籍許容 を回避す る対案 と して考 えられた ものであ り,後の

CDU/CS U

の 「国籍取得保証」 と同 じも のである

(2)野党側の国籍法改正提案

これに対 し

S P D

は連邦議会 に

1 9 9 5

1

月 「二重国籍の許容の下 における 帰化の容易化」の決議案 を, また,緑の党 は同年2月 「国籍法改正案」 をそ れぞれ提 出 した。その基本点は

9 3

年の

S P D

案 と大差 な く,生地主義原則の

(9)

導入,帰化の一層の容易化,二重国籍容認の拡大 ない し一般的容認 を求める もの。

S P D

の提案理由は,いかなる国 も長期 にわた り多 くの住民 を国家共同体 と忠誠義務の外 にお くことに耐 えられず,欧州統一の時代 に も, ドイツの国 内平和 に もそ ぐわないこと,帰化希望者 は母国 との結 びつ きの放棄 を望 んで お らず

,1 9 6 3

年の多重国籍回避条約 も国籍取得 を母国の国籍放棄 に依存 させ

9) ることを強制する ものでない ことを指摘 した。

両提案 をめ ぐる議会審議 において, カ ンター内相

( CDU)

は,今立法期 間中に国籍法の大幅改正 を行 う方針 を表明 (これは結局行 なわれなかった) の上,二重国籍の一般的許容 は国家構成の基本 としての国籍の性格 にな じま ない と主張 した。他方野党側 は,国籍法改正案が西欧的 レベルに達 している のか否かが重要であ り,我 々は 「民族的考 えの粗大 ゴ ミ」 を捨 て去 る時期 に きている (シリー

S P D

議員 一現在の内相),あるいは児童国籍制度 は 「国籍 らしい匂 い をかかせ るだけの もの」 (緑の党議貞) との批判が相次 ぎ,論議

10) は主 に二重国籍の是非 をめ ぐって展 開 された。

( 3 )

この頃,与党の

FDP

は移民 に関する諸法案 を公表の上,国籍法改正で は移民第二世代 のための生地主義の導入 を主張 してお り, また

,CDU

議員 の中で も異論が公然化 し,アイルマ ン議員の ごとく,帰化 を統合の最後 にお くテーゼは最早維持 で きず,若い外 国人 に一定期 間の二重国籍 を容認の上, いずれか一方の国籍 を選択 させ るオプシ ョン方式 を導入 し,帰化 を容易化 さ

11) せ よとの

S P D

寄 りの発言 も現 われた。

(4)野党側提出の国籍法改正の諸提案の否決

1 9 9 8

3

月,連邦議会は前述の

S P D

提 出案 をは じめ とす る

S P D

及び緑の 党提出の国籍法改正関連の諸提案

7

本 (うち参議 院の法案

1

,S P D4

件,

12

)

緑 の党

2

件 ) をすべ て否決 した 採 決 の前 の討議 にお い て,与 党

FDP

,

CDU

の複数の有力議員か らオプシ ョン方式 を支持する野党支持 に近い声明, 13)

発言が相次いだ。

(10)

結局,第5次 コール連立政権の期 間中,連立協定で約束 された国籍法改正 の提案 は政府与党か らは‑切 出 されず,専 ら野党側の積極的な提案 に終始 し た。CDU と FDPの間及び CDU 内部での不一致が表面化 し,基本的姿勢 を 与党内で一本 に絞れ なか ったためであろ う。CDU 内部 はこの分野で も老化 現象 を起 こ し,総選挙敗北のシ ョックか ら次 に述べ る人気取 りの 「二重国籍 反対署名運動」 に手 を伸 ば して しまったようである。

6.

赤緑連立政権の連立協定

1998年 9月27日の連邦議会選挙で勝利 した SPD は連立相手の緑の党 と10 月28日連立協定 を締結 したが,外 国人問題 に関す る部分の要点は次の とお り

14) であった。

①現代 的な国籍法の成立が我 々の統合政策の中心である。(∋新国籍法 にお いて,二つの緩和措置が とられる。その‑は,外 国人の親の一方が ドイツに 生 まれたか,14才 までに入国 し,滞在許可 を有 している場合 は,その子 は出 生 とともに ドイツ国籍 を取得す る (生地主義の導入)。その二は,(a)8年間 (従来は15年)適法 に国内に滞在 している外 国人,(b)親の一方が少 な くとも 無制限滞在許可 をもち,その親 と5年以上家族生活 を営 む未成年外 国人には 帰化請求権 を与 える (帰化の容易化)。③二つの緩和措置のいずれの場合 も,

これまでの国籍の放棄如何 に左右 されない (二重国籍の一般 的許容)0④統 合促進のために,欧州連合加盟国以外 の外 国人にも市町村選挙の選挙権 を認 めるべ きである

7.CDU/ CSUの二重国籍反対署名運動の開始

(1)連立協 定 の基本方針 をふ まえた新政府 の国籍 法改正草案が年 明 けの 1999年 1月13日に公表 されたが,野党 にまわった CDU と CSU ではそれ よ

(11)

り前 の12月18日, シ ョイブ レCDU党首 と (当時 は予 定 の) シュ トイバ ー CSU党首 が二重 国籍 反対 の署名運動 を推進 す る こ とを約束 し, シ ョイプ レ は早 くも1月3日に反対署名運動 を推進す る旨を宣言, にわか に国籍法改正 に伴 う二重 国籍 問題 が世上 の関心 を集 め るこ ととなった。

この約束 の背景 と して,総選挙 に破 れて方 向性 を失 った シ ョイプ レをシュ トイバ ーが 国籍 問題 で右へ引 っ張 る こ とに よ り,保 守 の主導権 を握 ろ うと し

15)

た もので, シ ョイプ レは彼 の ワナ にかか たの だ と解 されてお り,保守姉妹 政 党内の主導権争 の面 もあ った。

(2)CSUは,署名運動 に関す る党 内文書 で

,

「外 国人の無条件 の帰化 は ドイ ツ国民 の アイデ ンテ ィテ ィーの基礎 を変 え,数百万人 の二重 国籍者 を発 生 さ せ, ドイツの国内平和 を危険 にさ らす ものであ る」

,

「二重 国籍者 は二重 の ア イデ ンテ ィテ ィー を もち,従 って二重 国籍 は統合 を阻害す る」 とうたい, ま た, シ ョイプ レは 「二重 国籍 は,それ を もった外 国人が ドイツ人 よ り特権 を もつ ため, ドイツ人の中 に外 国人へ の拒否 的態度が強 まる」 こ とも反対理 由

16)

としてあげた。 これ に対 し,与党 のSPD,緑 の党及 び野党 のFDPの3党 は 人気取 り政策 と して批判 したが, この反対運動 は押 し寄せ る大量移民 に対 す る不安感 ,二重 の アイデ ンテ ィテ ィーに対 す る不信感 ,特権 を もっ との不公 平感 とい った大衆 の間にひそむ漠然 と した気持 ちをつ か む うえで効果 があ っ た もの と思 われ る。

早速ヘ ッセ ン州 CDU幹部会 は来 る27日の同州議 会選挙 の テーマの一 つ として二重 国籍反対署名運動 の支持 を全 国CDUに先駆 けて決定 し,1月 13日運動 のモ ッ トー を 「統合 は イエス,二重 国籍 は ノー」 と し, また, ア ッ ピール文 は 「外 国人の統合 は,国内平和 に と り重要,統合 は一方 で異 なる生 活方法 に対 す る寛容 と他方で ドイツに慣 れ る努力 を求 め る。‑ 我 々は ドイ ツ国籍取得 を容 易化 したい」 と して,排外 的で ない こ とを強調 した上

,

「帰 化 は統合 の成功 の最後 に来 る ものであ る。 それ故 ドイツ と ドイツ国籍 を選 ぶ ことの明確 な決心が不可欠であ り,二重 国籍 の一般 的許容 に反対 す る」 との

(12)

CDU保守派の考 え方 の核心 であ る出口論 を簡潔 に表 明 し,同文 はその後 の 17)

全国的反対運動 の ア ッピール文 ともなった。 しか しここで注 目すべ き点 は生 地主義反対 の態度 についてあ えて触 れていない ことである。

世論 は,1月11日付 シュ ピーゲル誌掲載の 「二重国籍導入 に賛成か反対 か

の世論調査 (1月5‑6日実施) による と,下表 の通 り反対 の空気 が強 く, ヘ ッセ ン州 での反対署名運動 は19日まで に早 くも4.5万 人の署名 を集 め,ヘ

ッセ ンCDUは上 げ潮 を感 じた。

全体 SPD CDU/CSU FDP 緑 PDS 右翼政党 賛成 39 49 22 37 84 41 11 反対 53 44 71 54 14 58 82

わか らない 5 5 5 2 7

ラホ ンテ‑ヌSPD党首 は,SPD支持者の中に も二重 国籍反対者が多いの をみて,早 くも政府 の 目的は二重国籍 の導入 にあるのではな く,与野党の交

18) 渉には妥協 の余地がある との弾力的な発言 を行 なった。

8.政府の国籍法改正草案 と野党側対案の発表 19) 20)

シ リー内相 は1月13日本件草案 を発表す る とともに,野党CDU/CSU の反対運動 を強 く意識 して,改正法の 目的は外 国人統合 のためその子 の国籍 取得 に生地主義 を導入 し,また,帰化 の決定的容易化 を促進す ることにあ り, 二重国籍の一般的容認 にあるのではない として (その ように規定 されている

21) に も拘 らず), ラホ ンテ‑ヌ と同様 に含みのある発言 を行 なった。

これ に対 し,CDU・CSUも同 日統合 ,移民抑制 ,国籍法改正 に関す る構 22)

想 を発表 したので,双方案 の要点 をみてみてみ よう。

(1)政府草案の要点 :

① 外 国人両親の子 の出生 による国籍取得 :現行法 は子 の出生 に よる国 籍取得 は一方の親が ドイツ国籍所有者であ る場合 に限 っている ところ

(13)

を,外国人の両親の一方が ドイツで出生 したか, または,満14才前 に ドイツに滞在 した場合であって,滞在許可 または滞在権 を有す る場合, 子 は出生 によ りドイツ国籍 を取得す る。す なわち生地主義の導入であ る。その場合,ほぼ必然的に母国の国籍 との二重国籍が発生す るが, 母国国籍の放棄 を条件 としていない。

(参 帰化の容易化 : 「緩和化 された帰化」の詳細 は国籍法ではな く外 国 人法第85‑87条 に規定 されているが,同条 を改正 し,現行条項 よ りも 要件 とされた滞在期 間が短縮 ・簡易化 され,旧国籍の放棄 (二重国籍 の回避)は必要 とされな くなった。す なわち :

(a)85条 (外 国人青年の帰化) については,現行条項 は16‑23才の間 に帰化 申請,6年 間通学 (内4年 間通常学校へ通学),8年以上滞 在,他の国籍の放棄が条件 だが,草案 は18才前 に帰化 申請,5年以 上親の一方 と家族生活 を営 むことを条件 とし,他 の国籍の放棄の条 件 は削除 された。

(b)86条 (長期滞在者 の帰化) については,現行法 は15年以上滞在 , 他の国籍の放棄が条件 だが,草案 はこれを8年以上滞在 に短縮,他 の国籍の放棄の条件 は削除,ただ し新 に基本法の 自由民主的基本秩 序の受諾宣言の義務が追加 された。

(C)87条 については,同条 に二重国籍の例外 的許容 の条件が規定 され ていたが,草案では,当然その内容 はすべ て削除。代 わ りに同条 に ドイツ人の配偶者の帰化条件の容易化 を挿入 (既存の行政規則 にあ るものを若干緩和 して挿入 した もので 目新 しい ものではない) した ほか,87条aを新設 し,85‑87条について帰化請求権が与 え られな い場合 として, ドイツ語の意思疎通が可能でないこと,外 国人法46 条1項 (安全保障上の危険 と暴力的政治行動等) に基づ く退去理由 のないこと,民主主義秩序 と国の安全,対外 的利益への侵害やその 恐れ等のある場合 をあげ,緩和化の反面市民 として守 って もらいた

(14)

い条件 を新 に定めた。

(参 二重 国籍 の一般 的許容 :現行 国籍法 第17条 (国籍 の喪失) の2号 (外 国籍 の取得 に よ り)及 び25条 (外 国国籍取得 の場合 の離脱) な ら びに上述 の外 国人法85条,86条中の 「これ までの国籍 の放棄,喪失」

と87条 (多重国籍 の許容の下 における帰化) は草案ではすべ て削除 さ れたので,二重国籍 は例外 的ではな く一般 的 に許容 されることが明 ら か となった。

④ その外 ,基本法第116条 1項 にい う ドイツ国籍 を もたない ドイツ人 である者 (旧 ソ連 ,東欧か らの ドイツ系帰還移住民) は,帰化手続簡 略化 のため,本改正法発効 とともに即時 に, また

,

「後発帰還移住民」

はかかる者 と しての証明書 の発行 を受 けるこ とによ り,それぞれ ドイ ツ国籍 を取得す ることとした。

以上赤緑連立協定の関係部分 と草案 とを比較す る と,前者の掲 げる緩和措 置 はすべ て後者 に盛 り込 まれているが, さらに外 国人法86条,87条 に基本法 の基本秩序 の受 け入れ,87条aで ドイツ語の知識 お よび安全保 障,民主主義, 対外 的利益 な どの擁護 を加 えたのが新 しい点である。 これは シ リー内相 のい

23) う 「統合 は一方通行 ではない。‑ 憲法 と法秩序 を遵守 しなければな らない」

との現 われであろう。それでは何へ の統合か。彼 の場合,独特 な民族へ の統 合 を意味 しない。 シリー内相が求める ものは啓蒙化 された ドイツ‑の統合で あろ う ドイツ語の習得 を加 えたのは,その ような民主的国家の政治意思形 成 に と り不可決 な条件 であるか らであ る。明 らかにフラ ンスの行 き方 を目標 としている。

( 2 ) CDU/CS U

の統合構想 の要点

1

1 3

日発 表 された

CDU/CS U

の統合構想 は

,2 0

CDU/CS U

議 員団 にかけた ところ

,CDU

内 リベ ラル派 か ら激 しい反対意見 と所謂 オプシ ョン 方式 の導入 による解決 を求める修正動議 が出 されたが,同動議 は賛成3分の 1で否決 され,統合構想 は賛成3分の2の多数で可決 された。 ただ し動議 の

(15)

方の賛成 は全部CDU議員だけで占め られ,反対 はすべ てのCSU議員 を含 むのでCDU内だけの賛成の割合 は相対的によ り高い。従 って リベ ラル派の 反対 を押 し切 って採択 された統合構想 はCDU/CSUの うち中道 よ り遥 に右 の ラインの考 え方 を色濃 く残 した ものである。同統合構想 は,政府の国籍法 一部改正案では不十分であ り,包括的な移住対策 をたてるべ Lとの立場か ら, 統合政策 「統合 と寛容」,外 国人法改正 (外 国人流入制限),国籍法改正の3 分野か らなる もので,の ちの3月に前2者 は決議案の形で,後者 は法案の形 で連邦議会に上程 された。

(a)統合政策 「統合 と寛容

「一方 において異 なる生活方式 に対す る寛容,他方 において適合す る努力 を要求す る」

,

「統合は一方的同化で もな く,非拘束的併存で も ない。それは寛容 と協力の文化である」 と前置 きし,外 国人統合のた めの包括 的計画 を政府 に求めるとして,CDU/CSUの立場か らの具 体的施策の指針 を言語,家族,学校等 々に分 け,全体 として ドイツ‑

の十分 な適応努力 を求めている。その中で特 に強調 している興味ある 部分 は宗教であ り,教育当局監督下 との条件付 きではあるが,公立学 校 におけるイスラム教の宗教授業の設置 を要求 している。その理 由 と

して子供達が原理主義勢力側 に追いや られないため としている。

(b)外国人法改正 (外 国人流入の制限)

「外 国人政策 は統合 と移住制限の間のバ ラ ンスの 中で こそ成功す る」

,

「移民の増加 は よ り多 くの寛容 をもた らさず,国内平和 を危険 に さらす」と前置 きし,政府 に要求すべ き具体的施策の指針 を列記の上, 現行外 国人法 よ りも流入規制 をより厳格化 した もの。

(C)国籍法改正

血統主義 と二重国国籍回避の堅持 を強調 しているのが特徴 である。

① 統合 は社会化の成功の表現であ り,明確 に ドイツの生活状況 に順 応 した者のみ に帰化が認め られ (出口論),その場合 ドイツ語 の習

(16)

得が不可欠である。 (与党側が ドイツ語習得 は共 同意思形成 に必要 とす る立場 と力点が少々異 なる。)

(診 多重国籍 回避の原則 に固執す るo帰化 したい者 は ドイツのために 決定 しなければならない。多重国籍 は統合阻止的である。多重国籍 回避の例外 はこれ まで同様考慮 されるが,多重国籍の一般的容認 に は反対。それは潜在的な巨大 な移住圧力 を生む。

③ 現行国籍法 は個別法 に分散 され過 ぎ,全体が見通 しに くいので包 括的改正が必要である。以上の前置 き下で新国籍法 に含 まれるべ き 点 を列挙 したが,その主要点 は :

一血統主義 :出生 による国籍取得 はこれ まで同様血統主義 とす る。

世界的な移動 の時代,血統主義 は,短期 的な要素で決 まる出生地 よ り国籍 にとりよ りよい結節点である。

一外 国人のための帰化保証 :ドイツ生 まれだが,未成年のため,母 国の国籍放棄 を条件 に ドイツ国籍 を申請す ることを未 だ決定で きな い子 の法的地位 の安定のため

,

帰化保証」 の制度 (前述の児童 国 籍 と同 じもの) を設定す る

一長期滞在外 国人の帰化請求権 :15年 を10年 に短縮す る (政府案の 8年 と大差 ない)。ただ し,旧国籍の放棄が前提。

(3)FDPによるオプシ ョン方式法案の提案

国籍法改正案 をめ ぐる与党 SPD・緑の党 と野党CDU/CSUとの対立 は, 事実上二重国籍の一般的容認の可否 に集 中 した中で, 1月19日FDPは下記 の ようなオプシ ョン方式 をもって妥協 を図る 「長期滞在す る外 国人の子の統

24)

合促進法案」 を連邦議 会 に提 出 した。提 出に当 り,ゲアハ ル ト党首 はオプ シ ョン方式 は第5次 コール政権時代 CDU/CSUの反対 によ り実現で きなか った ものであるが,SPD内部 に も二重国籍の一般 的許容導入反対 の声があ

25) り,SPDには同方式受入れの用意があるもの とみ られる旨述べ た。

提 出 された同法案 によると,外 国人の一方の親が10年以上 ドイツで通常の

(17)

滞在 を し,無期 限の滞在許可 を有す る場合,その子 は出生 によ り (親の国籍 のほか) ドイツ国籍 を取得 し,成年 に達す るまで二重国籍者 (一時的二重国 籍者)であるが,18‑23才の間にいずれの国籍 を選択するか を宣言す ること

としている。

法案説明では,若い外 国人 を ドイツ社会の統合の一部 にす るためには,最 初か らすべ ての権利義務 をもった ドイツ人 として成長 し,完全 な社会の一員 となる機会 と意識 をもたねばならず,従 って ドイツ国籍の取得 は統合過程の 最初 に位置付 け られるべ きだ。 しか し,外国人の子の出生 に伴 う国籍取得 は 必然的に二重国籍の容認 と結びつ くが,それは未成年者が国籍 を選択で きな いことか らくる ものであ り,二重国籍 を長期化 しない よう,成年 に達 した時 選択 させ る ものである, としている。

ただ し,基本法上の問題がある。基本法16条1項 は ドイツ国籍の剥脱 を禁 止 している (ナチス時代 の反省か ら くる基本権)。 この点 につ き同法案説明 では,同条が禁止 している 「剥脱」の意味 は当該者が影響 を与 えられず, ち しくは,回避で きない ような ドイツ国籍か らの離脱である とする1990年6月 22日の連邦憲法裁判所判決 (BVerfG,NJW 1990,2193)を引用の上,当該者 は他の国籍か ら離脱す ることによ りドイツ国籍の喪失 を回避で きるので,憲

26)

法上の懸念 はない, とした。 この点 については,CDU/CSUは懸念 を表明 したが,結局連邦憲法裁判所の判断 を仰 ぐことはなかった。

9.ヘ ッセン州議会選挙での政府与党の敗北 と FDPオプション方式の採用

(1)ヘ ッセ ン州議会選挙

(a)二重 国籍反対署名運動 を背景 として2月 7日行 なわれたヘ ッセ ン州 議会選挙の得票率 は,CDU 43.4% (前回39.2%),SPD 39.4(38.0), 緑の党7.2(ll.2),FDP 5.1(7.4)であ り,前回選挙結果 とは異 な り,

(18)

現野党の

CDU

FDP

の得票率が現与党の

S P D

と緑の党の得票率 を 上回 り

,CDU

F DP

が次期州政権 を握 ることとなった。

得票率 をさらに分析すると

, CDU

S P D

の二大政党が票 をのば し, 小党の緑 の党 と

FDP

は票 を減少, しか も全体 と して現野党の

CDU

F DP

で多数派形成が可能 となった

( 5 %

阻止条項 によ り,それ以下 の政党 には議席が配分 されないので

5 0 %

に達 しな くとも多数派形成可 能)。その理 由 として二重国 籍反対署名運動 を通 し,大政党 は選挙民 を感情的にすることによ り動員 しやす くなったこと,選挙民 は二大政 党の間で分極化 し,小政党の緑の党 と

FDP

がその犠牲 となったこと, 等が挙 げ られたが,特 に二重国籍反対運動が無視で きぬ影響 を与 えた

27) といえる。

(b)選挙結果の国籍法改正問題 に与 えた よ り重要 な影響 は,連邦参議 院 の構成の変化である。参議院の票数 は全部で69票,内35票以上の賛成

28)

票がない と可決 されない。連邦政府寄 りの州の票は全部で38票で連邦 政府与党が優勢であったが,ヘ ッセ ン州選挙の結果同州の持 ち票5票 が今後反対 に回ることになるので,与野党寄 り合い政権の州の票 を抱 き込 まない と,近 く上程す る国籍法改正案 は通過 しない。

最 も可能性の高い与野党寄 り合いの州 は当時

S P D/FDP

か らなる ラインラン ド ・プフアルツ州 (

4

票)であ り,従 って政府 は

FDP

の 主張す るオプ シ ョン方式 を受 け入れて修正 を加 えざるをえな くなっ た。

( 2 ) FDP

のオプシ ョン方式案への妥協

選挙翌 日の

2

8

日早 くも

S P D

のラフォンテーヌ党首 とシュライナー幹 事長は国籍法問題で妥協 の用意があると語 り,9日緑の党内で も生地主義が 認め られるならば,一般的な二重国籍導入の方 は断念せ ざるをえない との意

29)

見が現 われ, また新聞論調 も 「単 なる二重旅券 を人道的なニューマニテ ィー のこの上 ないシンボルに してはならない。それは絶対的 目的ではな く,相対

(19)

30)

的手段 である。」 として二重国籍 にこだわるべ きで ない ことを強調,急速 に 妥協受け入れの雰囲気がつ くられた。

10.新国籍法の 3党共同法案 と CDU/CSU案の提出

(1)その後,SPD・緑 の党,FDP及 びラインラ ン ド ・プフアルツ州政府 と の間で協議が重ね られた末,3党の コンセ ンサス として作成 された修正法案

31)

が3月16日3党共 同法案 として連邦議会 に提 出 され, また,審議 を急 ぐた め (夏か ら秋 ににかけ州議会選挙が続 きその結果 を当てにで きないのが理 由。

実際上 も連敗),同一案が政府案 として,平行 して同月19日参議 院に提 出 さ れた

3党共同法案 は提案理由 として,(∋第2,3世代 の外 国人は母国 とは疎遠 となっているので,国籍面での配慮 の要がある (生地主義の必要),(∋長期 滞在の外 国人 を何代 に もわた り,国家共同体の外 に置 くことはよ くない (帰 化容易化の必要),③ 民主的権利 の所有者 と長期 的 に国家の支配下 にある住 民 との間の一致 を形成するのが民主的理念であ り,その場合国籍 こそ ドイツ 住民の構成の変化 を考慮で きる場である,④従 って外 国住民の国籍法上での 完全 な統合 には,帰化制度の拡大 と生地主義の導入が必要である, との前置

きで提 出 されたが,草案が修正 された重要点 を挙 げれば :

(a)国籍法 において外 国国籍取得 の場合の ドイツ国籍喪失 の規定がすべ て復活 した。

(b)国籍法 4条 3項 (外 国人の子 の出生 による取得) において,草案で は 「親の一方が ドイツで生 まれ,又は,14才の前 に滞在 を開始 した場 合」 としているところを,新法 は

8年以上適法 に通常の滞在 を行 な っていること」 として条件が一段 と緩和 され,第2世代 の出生 による 国籍取得が一層容易 とな り,二重国籍回避への復帰のマイナスを部分 的に相殺 している。

(20)

(C)国籍法29条 (空欄) にオプシ ョン方式の条項が挿入 され,本法発効 日の2000年1月1日以降4条3項 に従い外 国人の子が出生 によ り,及 び,40条bに従い本法発効 日に10才未満の外 国人の子が (4条3項 と 同 じ条件で出生 したであろう場合)過渡的措置 として帰化 によ り,そ れぞれ ドイツ国籍 を取得 した場合,成年 に達 した後,いずれの国籍 を 保持す るか宣言 しなければな らない もの とされた。 (なお フラ ンスの 場合 は,沈黙 は共和 国 とその国家理念への所属の表明 とみなす と解 き

32) れ,宣言 を要せず, よ り開かれている)

その際 ドイツ国籍 を喪失す る3つの場合がある,①外 国国籍 を保持 す る意思 を宣言 した場合,② 満23才 になるまでに宣言 を発 しない場合,

③ ドイツ国籍保持 を宣言 したが,外国国籍の放棄 または喪失の証明 を 満23才 までに行 なわない場合である。① は宣言 を発すれば直 ちに,②

と③ は23才 に達 した とき ドイツ国籍 を喪失する。

ただ し,③ の場合,満21才 までに ドイツ国籍保持許可 を申請する方 法があ り,その場合は申請が最終的に拒否 された とき ドイツ国籍 を喪 失す るので,喪失 は23才以後 になることもあろ う。 この保持許可 は, 外 国国籍の放棄 または喪失が不可能であるとか,それを要求す ること が苛酷 となるとか,あるいは外 国人法第87条の 「多重国籍の容認の下 における帰化」の各項 によるな らば容認 されるような場合,付与 され るので,実際上二重国籍の保持 は容易 に許可 される もの と思われる。

(d)新国籍法 に対応す る外 国人法の新85‑87条

新法では,二重国籍の例外 的許容 に戻 ったので, これ に対応 して, 外国人法の新85‑87条の構成 は草案の85‑87条 と比べかな り変更 され た。

・まず新85条は, これ までの外 国人青年の帰化請求 (85条) と長期滞 在外 国人の帰化請求 (86条) を 「長期滞在外 国人の帰化請求」 の一 本 にまとめ,一律 に

「 8

年以上滞在」 と単純化 されたこと

(21)

・新86条 には,草案 の87条 aの 「排 除理 由」 (帰化請 求がで きない条 件 )が移転挿入 され,新87条 には,二重 国籍 回避原則へ の回帰 に伴 い,旧法 の87条 の 「二重 国籍が例外 的 に許容 され る諸条件」 が復 活 したが (なお草案 の87条 の 「ドイ ツ人 の外 国人配偶 者 の帰化 請 求」

は削 除), さ らに① 年配者 の場合 (ただ し行 政規則 にあ る既存 の規 則 をこ こに挿 入 した もの),(∋外 国国籍 を放棄 す れ ば外 国人 に重大 な不利益 ,特 に経 済 的,所有権 法上 の不 利益 が発 生 す る場 合 ,③ 欧州連 合 (EU)の加 盟 国国民 で あ って,相 互 主義 が あ る場 合 ,の 3条件 が追加 され,例外 的許容 の幅 は一段 と拡大 された。 この内② の個 人 的利益 が許容 の理 由 に加 え られ た こ とは一 つ の進歩 で あ り,

③ のEU市民 の二重 国籍許容 の問題 は,法案説 明 に よる と,EU市 民 は他 の加盟 国 において広範 囲 にわた り内国人 と同等 の扱 い を受 け てい るので, 自国籍 を放棄 して まで ドイツ国籍 を取得 す るイ ンテ ン シブが ないため と してい るが,今後EU諸 国は相互 に二重 国籍 を認 め合 うことに よ りEU統合が高 まる とい う新 しい効用が あ るであろ

う。

(e)なお国籍法4条 「出生 に よる国籍取得」 に新 に4項 が加 え られ たが, これは外 国生 まれの在外 ドイツ人 たる親 の子 には血統 主義 に よる国籍 取得 を,1年以内 に在外公館 に届 け出ない限 り,最早認 めない と した 規定 であ り,血統 主義 の範 囲 を縮小 した点が注 目され る

33) 34)

(2)野党CDU/CSUも同16日 「統合 と寛容」,外 国人法 の2決議 案 と 「国 35)

籍法改正法案」 を提 出, また,バ イエ ル州政府 (CSU)は参議 院 に26日同一 の国籍法改正案 を提 出 した。

同国籍法改正案 が政府案 と最 も異 なる部分 は,依然 生地主義 を認 めず , オ プシ ョン方式 も採用 してい ないが,その代 わ り新 た に 「国籍取得 理 由」 の一 つ と して 「ドイツ国籍取得保証」 の項 目を設 けた点であ る。す なわち外 国人 の両親が7才前 に入国 し子 の出生前10年 間滞在 してい る こ とを条件 に,出生

(22)

によ り 「国籍取得保証」 (前 出の児童 国籍,帰化保証 と同 じ) を取得 し

,1 8

‑2 1

才の間に他 の国籍放棄 を条件 に ドイツ国籍 を自動的に取得する とい うも の。「国籍取得」 とい う言葉 を使用せず に類似 の効果 をあげ,生地主義 ・二 重国籍 を回避 しようとす る苦肉の策である。

その外の特色 としては,外国人法の帰化規定 を大幅 に国籍法 に移 し整理 し たこと。

(3)4月13日連邦議会内務委員会は公聴会 を開 き,専 門家か ら意見 を聴取。

また

,CDU・ CS U

は コソボ戦争 中であ り,問題 の多い法改正 を論議す るに は不適当 として審議 の中断 を求めたが,受け入れ られなかった。 3党共同法 案 は原案 に若干の修正が加 え られた上,

5

8

日に賛成

3 6 5( S P D

,緑の党, 一部 の

PDS

一旧東独 の支配政党の後継政党 ‑),反対

1 8 4( CDU

の多数,

CS U

の全部,若干の

P DS)

,棄権

3 9

(ジュスムー トら

2 2

名の

CDU

リベ ラル 派,一部の

P DS )

で可決 された。欠席 は

8 1

名で,その うちに相当数の

CDU

36

)

が含 まれていた。 この票決結果か らみいて,かな りの数の

CDU

議員 は自 覚 37) の立場 に従 わなか った ことが わかる

。5

2 1

日参議 院での可決 に よ り本法 は成立 した。 なお, シュ トイバー

CS U

党首 は二重国籍反対運動 に

5 0 0

万人が 署名 した と述べ たが, この数 は,一般 レベルでは,この運動に対 しかな りの反

38) 響があったことを物語 っている。

ll.おわ りに

(

1 )9 9

5

7

日の連邦議会演説で シリー内相 は

,

「我 々は国籍法 にこれ ま でなかった領域的要素 を挿入 した。 これは大 きな現代化措置である。」 とし,

「血縁 的紐帯 によって統一 された民族の優越性 とい うおそるべ き原則 は民主 主義 を絶 えず脅か し,ユーゴーの ように (丁度ユー ゴー空爆 中)欧州 に厳 し

39)

い試練 を課 している」 と述べ た。確 かに生地主義の導入は大 きな前進である が,内相の演説では二重国籍 については何 ら触 れていない。 しか し二重国籍

(23)

問題 はなぜ あれ程騒がれたのか。国民 を感情 的 にす るデ リケー トな問題 はコ ンセ ンサス を必要 とす る。それへの手 当ての不十分 さを野党 に突かれた よう である

(2)CDU/CSUは生地主義 と二重 国籍 の双方 に反対 してい るが,二重 国籍 反対署名運動 の ような実際の運動 や新 聞な どマス コ ミでの発言では血統主義 遵 守 の言葉 は全 くとい って よい ほ ど出てい ない。 その理 由 と して は 1月の CDU党 内の票決 をみて も明 らか に生地主義及 びオプシ ョン方式導入支持派 がかな りの力 を もっているため,党内結束 の維持 の上か らも, また,運動 の 広が りのため に も, これ を表面 に出す ことは得策ではない。従 って一般受 け のす る二重 国籍 阻止の成功 に集 中 した もの と思 われる

それでは,二重国籍反対 で何故大衆 の心 をつかめ る と判断 したのであろ う か。 まず考 え られるのは,前述 した ように大衆 の間にあ る不安感 (大量移民 の発生),不信感 (ドイツのために決定 しない),不公平感 (2カ国で投票で きるような特権)の存在であ ろ う。 その ことは前述 のCDUや CSUの発言 や文書で推測で きる。 この国の大衆 の心 は傷 ついているのではないか。 こん な意見 を紹介 しよう : 「国籍 に国際的 ラ ンキ ングがある。第‑位 はアメ リカ だ。米国の帰化当局 に とって新市民が旧国籍 を保持 してい るか どうかは, ど うで もよい ことだ。 フラ ンス国籍 も取 るに価す る。それ に対 して ドイツ人 は

‑ その歴史 を凱旋 門 とともに思い出すのではな く,警告 の記念碑 を通 して 考 える国民 は感激す ることはないであろ う。‑ ドイツ人が新市民 にその歴

40)

史 を押 しつけた くないのは容易 に理解 で きるだろ う

」。 この意見 を単 純 に一般化で きない ものの ドイツ人の感情 の一面 を示 しているであろ うo裏 か ら言 えば同 じ国籍 を持 つな らば,その迷 い と苦 しみの歴史 を も含めて一緒 に歩いて くれる人 を受 け入れたいのであろ う トーマス ・マ ンもマ リーネ ・ デー ドリッヒも存命 中は ドイツ人 には愛 されなか った, といわれる。二重 国 籍 をいやが る心理 はそ こに も根 を持 っているのではないだろ うか。野党 はそ の心理 をつかんだ,そ して大衆 は シリーの地点 までは行 けなか った。 しか し

(24)

彼 は生地主義 とい う突破 口をつ くった といえる。

(3)緑の党は ドイツはすでに移民国である との立場 に立つか ら,生地主義, 二重国籍 は問題 な く実現 されるべ きものであった。 しか し,ヘ ッセ ン州選挙 での敗北後,予想外 に早 く二重国籍ではオプシ ョン方式で妥協 し,生地主義 の成功で満足するとの現実的態度 をとったことも,解決 を早めた。当時,党 はコソボ問題 に忙殺 されていたこともあろうが,党の事実上の指導者 フィッ シャー外相の,理想 は政権 をとらなければ実現で きない,政権 をとるために は妥協 しなければな らない, とい う政治態度が反映 していたのではないか と 思われる

(4)新 国籍法の効果 は まだ予測で きないが,最 も早い場合4条3項 に基づ き,本改正法施行直後 に出生 によ りドイツ国籍 を取得 し二重国籍 となった者 は2018‑23年 に国籍 を選択 しなければならず, また,40条bの過渡規定 に従 い,本改正法施行時 に10才前であって,帰化 した者は早ければ2008‑2013年 の間に国籍 を選択 しなければな らない。最初の国籍選択の時期 に至れば再度 二重国籍の一般的許容 を求める声が高 ま り,その間に国民 についての考 え方 に変化が起 これば,それに応 じ国籍法改正が行 なわれる可能性 は排除で きな

い。

(5)国民 についての考 え方 に変化が起 るであろ う二つの契機が考 えられる0 その一つは欧州連合の深化である。すでに移民,難民問題 は99年5月に発効

したアムステルダム条約 により共同体事項 とされたため,他のEU諸国,特 にフランス と制度的に接近 させ る必要が高 まる と,外 国人受け入れ態度 と国 民 についての考 え方 にも変化が起 るであろう。その二は ドイツの住民構成の 変動 に伴 う国民 についての考 え方の変化である。 ドイツは12年間の ヒッ トラ ー時代 を除 き一種の連邦制度 をとって きた国であ り,かっては各領邦の国籍 を有す ることにより, ドイツの国籍 を有す る体制であったため,国籍 は血統 主義が適当 とされた。 また ドイツ系住民 は早い時代 か ら東欧 ロシアの広 い範 囲に移住 し,民族 自決の風潮 とともに,最終的には第三帝国時代 に ドイツ人

(25)

の 中に包 摂 され た。 しか し,敗 戦 とと もに, ドイツは1200万 人の ドイ ツ系被 追放者 を,つ いで大量 の 旧 ソ連 ・東 欧 の ドイツ系 帰還 移住 者 を受 け入 れ,結 果 的 には数百年以上 に もわ た り散 在 してい た ドイ ツ系住 民 の大 多数 を収容 し た。現在 で は後発帰 還移住 者 の カテ ゴ リーの下 に残務 整理 の段 階 にあ り,最 早民族 的優 遇制度 を維持 す る必 要性 は少 ない。現在 ドイツは逆 に9%の定住 外 国人 をかか える国 に変 り, フラ ンス と似 た住 民構 成 の国 とな った。 フラ ン ス は近代 国家発足 の当初 か ら国内 に多 くの異民族 を抱 え (アルザ ス, ブル タ ーニ ュ, コル シカ等 ) これ を ま とめ るの に フラ ンス語 及 び フラ ンス独 自の も のであ る と同時 に普遍 的 な フラ ンス革命 の原理 を もって した。 ドイ ツ も ドイ ツ的で あ る と同時 に普遍 的 な原理 を もって国 内 を ま とめ る ざる をえない段 階 に きてい る。 シ リー内相 が 国籍 関連 法 の 中に基本 法 の価値 の尊 重 を挿 入 した の もそ う した原 理追 求 の試 み の一つ と思 われ る。 それ に対応 して人 々の国民 につ い ての意識 も変 わ ってゆ くに違 い ない。

1) DasParlament,Nr.21‑221999

2) RainerMuenz,「MigrationalspolitischeHerausforderung」Ⅰnternationale Politik 4/1999

3) 3.(1ト 4.(2)の部分は主 として広渡清吾 「統一 ドイツの法変動」 4章 「外国 人労働者 ・移民 ・難民」有信堂高文社1996年 を参照 した。

4)外国人問題オンブズマ ン報告 (BundestagDrucksache(連邦議会資料 BT‑Drs.)13/9484)によれば,同条 に基づ く帰化数 93年約2.9万人,94 年約4.3万人,95年約5.3万人

5) AlbrechtWeber,rDasneueStaatsangehoerigkeitsrechtJ,DVBL6/2000 6) ZeitschriftfuerAuslaenderrecht(以下 ZAR)‑Aktuell,Nr.21993及びBT‑

Drs.12/4533

7) ZAR3/1993148頁 及びBT‑Drs.12/5684

8,10,13)それぞれZARl/19952,2/199550頁及び95,3/199898

199

(26)

9,12)それぞれBT‑Drs.13/259,BTIDrs.13/10030

ll) 974月25目付FrankfurterAllgemeineZeitung紙 (以下FAZ) 14) BlaetterfuerinternationaleunddeutschePolitik12/1998 15) 99114日付DieZeit

16,17,18)それぞれ9914‑5,14,12日付

19)オ ッ トー ・シ リー内相 は初期緑 の党 のペ トラ ・ケ リー,ペ ック‑オーバ ー ドル フ とともに3人 の緑 の党 の議 員 団 ス ポー クスマ ンの一 人, ドイツ赤 軍 の 弁 護 人 を引 き受 け た こ とで有 名 , そ の後90年代 初 めSPD議 員 と して 当選 , 内政面 の政治 家 と して注 目 され て い る。1999年 当時66。(99114日付

FAZ に よる)

20お よび22)それぞれ99114,115日付FrankfurterRundschau

21) ZAR2/199950

23) 「ReformdesStaatsangehoerigkeisrechts」 連邦 内務省 パ ンフ レ ト1999 8

24) BT‑Drs.14/296

25,27,29)それぞれ991月19,2月9,2月10日付FAZ 26) BT‑Drs.14/296及 びZAR2/199950

28)連邦 参議 院 の議 決 は16州 が 各 々定 め られ た一定 票 数 を持 ち,全 部 で69票 ,

35票以上 を もって可決 され る。 その場 合 ,法案 には参議 院の 同意 を要す る も の と,参議 院 の反対 を乗 り越 え られ る法案 が あ り,国籍 法 は同意 を要す る法 案 であ る。 また,州 は一体 とな って投 票 す る こ ととな ってい るので,州 レベ ルで連邦 政府 と異 なる与野 党連 立 の州 で は意見 が一致 しない場 合 は棄権 とな る。 また,棄権 は反対 に数 え られ る。 つ ま り賛成 が常 に35票以上 で なけれ ば 成立 しない こ とになってい る。従 って,州議 会選挙 の結 果 は,選挙 毎 に直接 国政 に も影響 が及 ぶ こ とになる。(主 と して9929日付FAZに よる)

30) 211日付DieZeit

31,33,34,35)それぞれBT‑Drs.14/533,14/534,14/532,14/535 32) AlbrechtWeber,前掲誌

36,37)それぞれ9958日付FAZお よびSueddeutscheZeitung,522 FAZ

37) 「ReformdesStaatsangehoerigkeitsrechts」前掲パ ンフ レッ ト

39) DasParlament前掲紙

40) HelmutBerschin,「DerdeutschePassunddieDeutschen,Politische 200 No.212001

(27)

Meinung(CDU系雑誌)5/1999 その他,旧国籍法は

Weidelener/Hemberger「DeutschesStaatsangehorigkeitsrechtJ1998を参照

参照

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