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法科大学院の 「現実」

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法科大学院の 「 現実」

阿 部 浩 己

(本法務研究科教授)

旧約聖書 の 「コ‑ レ トの言葉」 に こ うい う一節 が あ る と, あ る作 家 が記 してい る。「かつ て あ っ た こ とは, これか らもあ り/ かつて起 こ っプここ とは, これか らも起 こる。太陽 の下 ,新 しい ものは 何 ひ とつ ない」。

む ろん,かつて あ った こ とが まった く同 じ形 を もって現前す るこ とは さすが にない だ ろ うが, そ の作 家 がい うよ うに 「相似 的反復」 で あれば大い にあ りうるこ とは,歴史 が繰 り返 し教 えて くれて い る。丸 山真 男 の 『現代 政治 の思想 と行動 [新装版

]

』 を読 み直 してい て,卒 然 と, その 「コ‑ レ

トの言葉」 が脳裏 を よぎ った。

同書 に収 め られた 「軍 国支配者 の精神形 態」 に よれば, ファシズムの現 われ方 は ア ブノーマル な 精神状況 と ヒステ リー的症状 を随伴 す る点 において洋 の東西 を問 わない ものの, 日本 (軍 国 日本) の場合 は,社会 的身分 の高い 「秀才」 た ちが その先頭 に立 ってい た ところに顕著 な特徴 が見 られ る とい う。 そ して, その秀才 た ちは, 自己の行動 に絶 えず倫理 の霧 を吹 きか け罪 の意識 を回避 しなが ら,既成事実 に屈服 し, 自己の信 念 を 「私情」 として殺 して しま う精神構造 を共有 してい た とされ る。

倫理 の霧 とは 自己の行動 を善 と信 じきるこ と (つ ま りは 自己欺 隔), それ も,事 大主義 と権威 主 義 を背景 に した それ, を意味す る。既成事実へ の屈服 とは要す るに 「既 に決 まった政策 には従 わ ざ るをえなか った」 とい う自己弁明 の謂い だが,別言すれ ば,実際 にはそ うした現実 を作 り出す のに 自 ら寄与 しなが ら,い ったん現実が作 り出 され る と,今度 は逆 に周 囲 に よ りかか って その保 守 にい そ しむ態度 を指 す。 そん な秀才 た ちの弁 明 で際立 ってい るのは,「私個人 として は反対 だ った のだ が‑」,「本心 はそ うで はなか った のだが‑」 とい う私情 の吐露 と, そ うした私情 の抑圧 を美化 す る 精神性 で あ る。極東 国際軍事裁判 において被告 とな った 日本 ファシズムの旗手 た ちは, 口をそ ろえ て, 日本 の とった政策 に個人 的 には反対 で あ った と述べ てい る。丸 山が指摘 す る よ うに, まるで, 一連 の歴史 的過程 が天災地変 で あ ったかの よ うな感 を与 えず にはい ない。

この国 にあ って 「現実」 とは,戦後65年 を経 た今 日にあ って も, どこかで作 り出 されて しま っ た既成事実, あ るい は どこか らか降 って きた所与 の もの として イメージされが ちで あ る。 ど うしよ うもない もの,仕方 のない もの, だか ら屈服 せ ざるをえない, とい う現実 の認識。私情 を もって こ れにあ らが うこ とは,非現実的 な観念論 ・理想論, あ るい は無責任 な物 言い とい うレッテノレを貼 ら れて蔑 まれ るのが オチだ ろ うか。

過去 か らの必然 として提示 され る現実 は,「元的 な位 相 を もって描 出 され るのが常で あ る。現実 は多様 な力学が錯綜 す るなかで立体 的 に構成 されてい るに もかか わ らず, あたか もただ一 つ の側面

しか ないか の よ うに‑・・・. た とえば,沖縄 ・普 天間基地移設 問題 をめ ぐる政策決定 エ リー トの発言,

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法科大学院の 「現実」

あるい は本土 マス コ ミの報道ぶ りは, まさに 日本 にお け る支配 的 な現実観 を伝 えて あ ま りあ る。辺 野古沖へ の移設 は も う変 え よ うがない とされ,現実 な る ものは天 の定 めに も等 し く描かれて しまっ てい る。

だが, ポス ト構造主義 的 な言説 を召喚す る まで もな く,実際 には,現実 は作 り出 されて しまった もので も,天か ら与 え られた もので もない。作 り出 されて しま った側 面 が あ るに して も, その現実 は造 りか えるこ とがで きる。 多様 な現実 の どの側面 を照射 す るか, あ るい は現実 の どこを ど う造 り 直すか は,私 た ちの選択 の問題 なので あ って, け っ して所与 の ものなので はない。 だか らこそ 「私 個人 として は反対 なのだが」 とい うのな ら, なに よ りその想念 を大切 に して行動 すべ きなのだ。絶 えざる脱/構築 の過程 にあ る現実 に とって,私情 ・信 念 の表明 は ときに偶 有的 な効果 を生 じさせ る 貴重 な契機 に もほか な らない。

鎗娘 とさまよ う法科大学 院制度 の 「現 実」 に も同 じこ とが あて は まるだ ろ うか。「コ‑ レ トの言 葉」 が記憶 の中で よみが え ったのは,実 は,戦前 か ら続 くこの国 の精神 性 が法科 大学院制度 にあ っ て も相似形 をもって反復 されてい るので はないか, とい う懸念 に駆 られての こ とで もあ る。二〇〇 四年 に導入 された この新 しき法曹養成制度 は, 自己の行動 に倫理 の霧 を吹 きか け,既成事実 に屈服

し, さらに 自己の信 念 を押 し殺 して しま う精神構造 を抱 え込 んだ ままに変遷 を重 ねて きてい るので はないか。

フラ ンスの哲学者 ジル ・ドゥル ーズに よれば,現代社会 は 「規律社会」 か ら 「管理社会」 に移行 してい る とい う。管 理社 会 は,「評価」 を軸 に成 立す る。法科大 学 院 もその例 外 で はな く,現 に, 私 た ち も外部機 関 に よる連綿 た る評価 に さらされて久 しい。評価 のた めには基準 が な くて ほな らな いが,人 間社会 にあ って絶対的 な正 しさを有 す る基準 な ど存在 しよ うが な く, したが って,評価作 業 は評価者 が正 しい と考 える基準 に よって遂行 され ざるをえない。悲劇 とい うしか ない のは, その 基準 が さ した る説 明 もな く変 わ って しま う場合 であ る。 司法試験 との距離 の置 き方 にかか る評価基 準 が この数年 の問 に忽然 と変 わ って しま ったのはその典型例 にはか な らない。 当初 とは打 って変 わ って,い まや各法科大学 院 は司法試験対策 を強 く求 め られ る よ うにな ってい る。「昨 日の言動 を今 日翻 して平然 た る風景」 (丸 山長 男) とい うしか ない。

問題 は, こ うした情景が法科大学院制度 のそ こか しこにみ られ る一方で, それが倫理 の霧 を伴 っ てい かん とも しがたい現実 の流 れで あ るか の よ うに表 されて しま うこ とに あ る。「個 人 的 には必ず しもそ うは思 わない のだが‑‑‑」 とい う言明 に して も,制度 の構築 や評価事業 を領導 す る人 た ちか ら少 なか らず聞かれ る ところで あ る。 なにや ら,「自分 の意見 は意見,議論 は議論 とい た しま して, 国策 がいや しくも決定 され ま した以上, われ われはその国策 に従 って努力す る」 だけ, とい う,檀 東 国際軍事裁判 におけ る小磯被 告 の供述 が法曹養成制度 の政策決定過程 にその ままに反響 してい る か の よ うで もある。

む ろん小論 で は, だか ら とい って この制度 へ の根本的 な疑義 を煽 ってい るので はない。 そ うで は な くて,法科大学院選別 (連携 ・淘汰) の力学 が公然 と噴 出す る よ うにな ったい ま,支配 的 な力 を 有す る人 々が描 き出す法科 大学院制度 の現 実 を諾 々 と受 け入 れ るので はな く, む しろ未来 に開かれ た多様 な法科大学 院の現実 を もっと多 くの人 た ちが描 き始 めて よい ので はない か, とい うこ とをい い たい だけで あ る。

「昨 日の言動 を今 日翻 して平然 た る風景」 はあ き らか におか しい。 こだわ るべ き点 には徹底 して 固執 し,新 しい局面 におい てそれ らを不 断 に具体化 しなが ら問い を発 し続 けてい くこ とが大切 で あ

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神奈川ロージャーナル 第3

ろ う。 そ うで な くて は, と りわけ 中小 の法科 大学院 は

,

「上 か ら」 降 り注 い で きた 「既成事 実」 を ただ噴下す るだけの役 回 りにな って しまいかね ない。歴史学 のひそみ に倣 うな ら,歴史 を動 かす最 終 の力 が民衆 にあ る よ うに,法科大学院制度 を動 かす最終 の力 も, この制度 に携 わ る人 間一人 ひ と

りの偶有 的 な力 の結集 のなか に宿 ってい るので はない か。現実 とは

,

「仕 方 な き」運命 としてで は な く,批判 的 な言説 に支 え られた私 た ち 自身 の選択 の結果 として出来す るこ とを忘 れて はな る まい。

参照

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