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雑誌名 同志社政策科学研究

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『現代思想2011年11月臨時増刊号 総特集=宮本常一 生活へのまなざし』第39巻第15号(青土社 2011年)

著者 中島 智

雑誌名 同志社政策科学研究

巻 14

号 2

ページ 223‑225

発行年 2013‑03‑15

権利 同志社大学政策学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013099

(2)

223 Graduate School of Policy and Management, Doshisha University

あらまし

 本稿は、『現代思想2011年11月臨時増刊号 総特集=宮本常一 生活へのまなざし』の書評 である。同論集は、民俗学者宮本常一の学問を 多彩な執筆陣が多角的に論じたムックである が、全体を通して宮本の学問の総合性や政策へ の視座が浮き彫りになっており、今後の宮本常 一研究や政策研究に向けた問題提起の性格を有 している。

 いま、なぜ宮本常一なのか。

 それはこの特集本の、佐野眞一氏による巻頭 エッセイ「三・一一以後 宮本常一を学ぶとき」

(8-13頁)という題名が答えてくれている。

 2011年3月11日の東日本大震災と福島第一 原発事故は日本の社会や文化というよりも、もっ と根源的な人間と自然、そして人間と人間の関 係性の問い直しという課題を私たちに突き付け た。ただ、このような暮らしのありかた、豊か さとは何かを考え直す契機は、今回が初めて だったわけではない。例えば、あの〈3・11〉

から10年前の米国の〈9・11〉がそうだったし、

さらに1995年の阪神大震災とオウム真理教事 件に遡ることができる。翌1996年に雑誌に連 載され、後に単行本として上梓された佐野氏の

『旅する巨人』(文藝春秋、1996年 → 春秋文庫、

2009年)が宮本常一再評価の機運を生み出した ということは、その時代の空気とともに改めて 確認しておきたい。

 山口県周防大島出身の宮本常一(1907-81)は、

日本列島をくまなく旅し民俗調査を行うととも に農業指導、離島振興、文化運動に関わる官民 数々のプロジェクトに協力した民俗学者であ

る。その学問の射程の広さ(といえば聞こえは よいが、ある種の融通無碍さ)と、膨大な未完 の著作群(1967年から現在に至るまで、未來 社から著作集が刊行され続けている)故に、研 究者の間では評価の分かれる学者であることは 想像に難くない。現在、宮本の教育論や観光論、

フィールドワーク論といった個別の主題を扱っ た論文は、紀要や学会誌に散見される。しかし 意外にも、こうした個別の専門領域を超えて宮 本の学問全体を見通した論集は、多くは編まれ ていない。こうした中で、宮本没後30年に当 たる2011年に『現代思想』誌上において宮本 常一が特集されたことは、日本思想史上のひと つの〈事件〉であったといっても過言ではない だろう。

 宮本常一の学問は一人民俗学者のみならず、

およそ日本で人文社会科学に従事する者がその 評価はともかく、学ぶべき知的遺産であり、エ ピステモロジー(認識論)である。とくに、出 版界における宮本ブームがいわれて久しいにも かかわらず、その宮本論の中に宮本の実践活動 を彼の認識と方法とを結びつけて論じた成果が ほとんど見当たらないことを鑑みれば、〈3・

11後〉という文脈とあわせて、まさに時宜に かなった出版であったというべきだろう。総合 政策科学を専攻する私たちにとっても、ここか ら心地良い刺激とともに尽きせぬアイデアを引 き出すことができる。評者はそう信じて疑わな い。「評者」と書いたが、個別の専門分野から 提起された最先端の議論を評するなど、筆者の 力量の及ばぬことである。けれども、宮本学へ の扉を開けて多くの方々と共有したいという思 いを抑えきれず、以下では収められた論考の中 からいくつかを私見を交えつつ紹介していきた い。

『現代思想 2011 年 11 月臨時増刊号

総特集=宮本常一 生活へのまなざし』第 39 巻第 15 号

(青土社 2011 年)

中 島     智

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中 島     智 224

 宮本学から総合政策科学への示唆を得ようと いう目的をもつ評者は、敢えて民俗学以外の分 野の著者による宮本論に目が向いたことを隠さ ない。例えば安藤礼二氏は、「「子どもの発見」

柳田國男と宮本常一」(98-105頁)と題し、宮 本の『日本の子供たち』(1957年)1と、その原 型となった柳田の『こども風土記』(1942年)2 を取り上げ、「子供と遊び」に焦点をあててい る。氏のいう「子供」というのは、小さな大人 のことではなく、個別の生を選択する以前に確 かに存在した共同の生、共同の力を回復させて くれるものである。近代社会は労働と余暇を分 離したが、それ以前の共同社会では、遊びと労 働は一体化したものだった。「人間の共同の生 は、能率や効率だけでは成り立たないのだ」と いう認識は、宮本を民俗学に導いた師の一人柳 田國男を農政学から民俗学へと向かわせる原点 となった。だが逆に、宮本常一は民俗学から農 業政策、離島振興、観光振興、等々に接近して いく。その営為の中から、いかにして遊びとし ての労働を蘇生していくことが可能なのかを探 りあてる作業は興味深い課題である。

 このような問題意識に立脚するならば、友常 勉氏の「労働・縁起・構想力 宮本常一、中上 健次、サビエル・サンチョテナ」(190-203頁)

も見逃すことはできない。宮本の労働過程論を 近代的な労働モデルに限定せず、周縁化された 伝統的な村落共同体や僻村を素材として、生活 様式や共同体の経営・労働のモデルが抽出され たことももちろんだが、何よりもこの点で宮本 の民俗学が〈構想力〉の位相に接近することを 見いだす氏のまなざしは卓越している。ここで 氏の念頭に置かれているのは三木清の「構想力 の論理」であり、「宮本の民俗学を特徴づけて いるのは、抽象的な人間学との対抗ではなく、

民具、農耕や漁撈などの労働過程、村落経営の 技術の「記述的科学」を武器として、現象を定 量的に分析していく数学的自然科学の方法論と 対抗している点である」と指摘する。これは例 えば、「まちづくり」を研究対象とする際の方

法論を考えるうえでも、たいへん示唆深いもの である。たしかに、「労働概念と〈構想力〉が 結びつき、そして宮本の民俗学が〈構想力〉と 結びつくことが可能であれば、そこに現代文明 の隘路に挑む、未来に向けた実践の学の地平が 拓かれる」という氏の展望は、宮本が自伝的著 作『民俗学の旅』(文藝春秋、1978年 → 講談 社学術文庫、1993年)の末尾で語った「進歩 に対する迷信」を克服する途にもつながるだろ うという期待を抱かせてくれる。

 そして、その具現化のためにも、「〈島〉をめ ぐる方法の苦闘 同時代史とわたりあう宮本常 一」(134-157頁)を詳細に検討することが不 可欠となろう。石原俊氏のこの論考は従来、宮 本自身の言及3も含めて体系化されていないと 評価されがちだった宮本の方法論を彼の歴史認 識と戦後の離島振興をめぐる実践の諸相に結び つけて探る試みだが、これは決して容易ならざ る作業である。なぜなら、高度経済成長を挟む 時代と向き合う宮本の論調の振幅は、決して小 さくないからだ。1950年代から60年代にかけ ての宮本は、「親島」の資本や国家と離島社会 の関係の力学を見極め、その中から人びとの生 きる途を探りだそうとしていた。だが、高度経 済成長と〈擬似再分配体制〉によって自治の基 盤が破壊されていく中で、宮本はそうした政治 経済学的な営みから後退することになる。とす れば、その後の宮本が注力した文化運動を軸と した離島振興についても、今日ではしばしばエ コツーリズムの試行などと重ねてその先見性が 評価されてはいるものの、政治経済学的観点か ら再検討してみる必要がありそうだ。「同時代 性=近代性を焦点とする歴史認識の方法」を抽 出した氏の論考は、きわめてアクチュアルな課 題に切り込んでおり、宮本学の可能性を予感さ せる静かな迫力がある。

 以上、ほんの少し紹介してきた他にも、『現 代思想2011年11月臨時増刊号』には多彩な論 考が収録されている。今後の宮本常一研究に欠

1 安藤論文では『日本の子供たち』(1957年)と表記されているが、初出は『日本の子供達』(写真でみる日本人の生活全集)岩崎書店、

1957年である。著作集では「日本の子供たち」『宮本常一著作集第8巻』未來社、1969年となっている。些細な点ではあるが、安藤論 文には書誌情報が明示されていないので、参考までに補足させていただいた。

2 柳田國男『こども風土記』朝日新聞社、1942

3 宮本常一「民衆の歴史を求めて」宮本常一他『民俗学のすすめ』(日本の民俗11)河出書房、1965[『宮本常一著作集31』未來社、

1986年再録、31] 参照。

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書評 225

かすことのできぬ一冊であると同時に、〈3・

11後〉の人文社会諸科学をめぐる問題提起の 性格を有する論考も多いので、読後に得るもの がきっとあるはずである。そしてこの優れた論 集から立ち現れてくるもののひとつは、宮本学 の内包する総合性と政策への視座であった。評 者が強調したいのは、民俗学者であり生活学者 でもあり、「政策学者」でもあった宮本常一な のである。

参照

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