Le morte Darthurにおける"The healing of Sir Urry"の一解釈
著者 秋篠 憲一
雑誌名 主流
号 43
ページ 1‑20
発行年 1982‑02‑20
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014943
Le M o rt e D a r t h u r における TheH e a l i n g o f S i r U r r y "のー解釈
秋 篠 憲
I
1
William Caxtonはさまざまな分野のもの一一宗教的なもの,偉大な征 服者や王たちの歴史的な英雄物語,また教訓説話などーーを翻訳,出版し て, 15世紀の世へ書物としておくりだしたのであるが,当時の多くの高貴 なる人々の,聖杯物語やキリスト教国の中で最も偉大な王である Arthur の物語もぜひ印刷に付して欲しいという熱い要望にこたえて, Sir Thomas Maloryのフランス・ロマンスの集大成をみずから21巻に分け, 1485年, Westminster Abbeyにおいて LeMorte Darthurとして印刷完了した.
Caxtonは Maloryの作品への序文の中で次のように述べている.
. . . enprysed to enprynte a book of the noble hystoryes of the sayd kynge Arthur and of certeyn of his knyghtes
,
after a copye unto me delyverd,
whyche copye syr Thomas Malorye dyd take oute of certeyn bookes of Frensshe and reduced it into Englysshe.(cxlv)l
Caxtonは reduced'という言葉をここで使っているのであるが, Malory の作品を原典ーーそのうちおもなものは13世紀のフランスで書かれた the Vulgate Cycleであるが一ーと比較しながら読んでみると,そこには単な
る翻訳ではなくいろいろな工夫のあとが随所にみられる.白分の前におか れた matiereにどのような叫がを与えるか,この中世のロマンス作者た
2 Le 11101巴teDarthurにおける TheHea1ing of Sir Urry"のー解釈 ちによくみられる創作態度を詳細にたどることにより,伝記的には確固た る資料がないMaloryという人物の姿がおのずとうかびあがってくるもの と思う.本論もその試みの一つである.
II
The Healing of Sir U rry " とL、うエピソードは Vinaver版の The Book of Sir Launcelot and Queen Guinevere"の中の5番目の エピソードとして登場する. TheKnight of the Cart"の次に位置しp
The Most Piteous Tale of the Morte Arthur Saunz Guerdon" と呼 ばれる Arthur王宮廷の崩壊を描く作品の大詰めへの橋渡しの役目を果し ており,このエピソードの先に登場する聖杯探求物語とも有機的に結び、つ いている Maloryの戸マンスの中に描かれる多くの物語の中で, Lance‑
lotが Urryなる騎士の傷の癒しをするというこのエピソードの原典は,
The Tale of Gareth" と同じようにいまだに明らかにされていない.
Prose Lancelotの中にある,泉で水浴する乙女に矢で股を傷つけられ,癒 しのためにこの世の中で最も立派ですぐれた騎士をさがし求めるある傷つ いた騎士のはなしがこのエピソードのsourceではないかと言われている
Arthur王宮廷, すなわちある一つの典型的な騎士社会の崩壊を描く The Morte Arthur"の直前に, 'a Grail‑like adventure 刊とも呼ばれ る聖杯探求についで宗教的色彩の濃いこのエピソードをなぜMaloryがも って来たのか.Arthurが円卓の騎士たちに守るべきものとして申しわた した規律(120)の中にも,また, Ectorの今は亡き Lancelotへの賛辞 (1259) ‑Maloryの作品の中で騎士道なるものを最もよく表わしていると されるーの中にも何ら神への言及はない.だが作品全体をながめてみると,
Galahad言う this worlde unstable' (1035)の中にあって, earthly chivalry'だけではどうしようもない人聞のもがきのようなものと,神の 恩寵の中にのみ見いだせる安らかさというものが描かれているように思え
Le iVforte Darthurにおける TheHea1ing of Sir Urry"のー解釈 3 る. TheHealing of Sir Urry"というエピソードもそのようなことを 考慮に入れながら読まれるべきと思う.
I I I
「フランスの書物が述べるがごとく……」というおきまりの文句で The Hea1ing of Sir U rry "というエピソードは始まる.
ハンガリーに SirUrryという名の官険や武勲のためならいずこなりと 馳せ参じる立派な騎士がいた.このたえず adventures'を求めてやまな い騎士は,はるばるスペインまでやって来る.ある時,スペインの伯爵の 息子で Sir Alpheusというものと大馬上試合においてお互いの妬みがも とで激烈な戦いをする.この馬上試合で Alpheusは殺され忍のであるが,
その時,相手である Urryにも,頭に3,体に3,左手に1のあわせて7つ の重い傷を負わせる.しかもこれに加えて,己れの息子の死の報復として,
Alpheusの母親が,みずからの魔術によって Urryの傷を不治のものと してしまうのである.だが,ここでただ一つの救いの道が残される.この 世で最もすぐれた騎士のみがその傷を癒すことができるのである.おまけ にこの魔術をこころえた母親は Urryの傷がいま述べた方法以外では決 して直らないことを世に言いふらしてしまうのである.
かつては武勇,誉れをわがものとしたUrryも今や傷つき,己れが母親 のつくってくれた担いかこ、に身を横たえて,美しい妹,小姓,そして母親 に連れられて,この世でもっともすぐれた騎士を求めて諸国を遍歴する.
キリスト教を奉ずる国々をめぐって7年間,しかし,その努力もむなしく,
親子は傷を癒してくれる騎士にめぐり会うことができない.
たまたま聖霊降臨祭のときに Arthurの宮廷にたどりつく.折りしも,
あの聖杯探求が始められた同じ聖霊降臨祭の時である Urryの母親は Arthurに, Alpheusというものの母親が pryde'のために enchaunte‑ mente'によってわが息子に不治とも言うべき傷を負わせ,その傷を直し
4 Le klorte Darthurにおける TheHealing of Sir Urry"のー解釈 てくれる騎土をさがし求めてすべてのキリスト教国をめぐり,残るは Ar‑
thurの治めるこの国だけであるとことのいきさつを述べる.
ことの真相を聞かされた Arthurは,母親にみずからも傷の癒しを試み てみようと申し出る.
In good tyme,' seyde the kynge. And sythyn ye ar com into thys londe
,
ye ar ryght wellcom. And wyte you welle,
here shall youre son be healed and ever ony Crystyn man may heale hym.And for to gyff all othir men 0妊worshypa currayge
,
1 myselff woll asay to handyll your sonne,
and so shall all the kynges,
dukis and erlis that ben here presente at thys tyme
,
nat presumyng uppon me that 1 am so worthy to heale youre son be my dedis,
but 1 woll corrayge othir men of worshyp to do as 1 woll do.' (1146)
この Arthurの言葉の中で留意すべきは,
r
キリスト教を信ずる者が癒せ るものなら, きっとこの国で,あなたのご子息はその傷を癒されるであろ う」というところである. ここでは onyCrystyn man という言葉が使 われている.名立たる円卓騎士団を率いる Arthurであるから,当然のこととして, onyCrystyn knyght of grete nobeles and worshyp'ぐら いの表現を期待するところであるが,なぜか Cr・3叫ynman'という非常 に一般化された表現が使われている.この言葉づかいからみるかぎり,こ こでは,傷の癒しを試みるものに対して,騎士の身分など問題ではなくあ くまで Crystynman という神の前の人間としてのより広い深い意味で の条件,資格が課せられているのである.
主たる Arthurがいのいちばんに傷の羅しを試みるわけであるが,それ も己れの名誉を求めるからではなく,あくまで他のものたちに同じことを やるように勇気づけるためであって,決して自分だけの力でUrryの傷を 癒すことができるという思いあがりからではない旨を強調する.この A子
Le l¥'forte Da:rthurにおける TheHealing of Sir Urry"のー解釈 5 thurの態度は謙遜に満ちあふれている. キリスト教国の中で名君として 誉れが高く, しかも, 騎土社会の象徴とも言うべき円卓騎士団を統べる Arthurが, ここでは, みずからがこの騎士の傷を癌せると断言しない.
ただ,他のものたちも同じことをやるように促す,いわば誘い水の役を演 ずるのである.
色あざやかな武具に身をつつんだ騎士と騎士との激しい一騎打ち,悪い 騎士の支配する難攻不落の主えから自分の奉仕する貴婦人を助けだすといっ た従来からあるロマンス特有の物語と比べてみると,この TheHealing of Sir Urry"なるエピソードには何か一味ちがったものがある.ここに あるのは,一人の騎士が暗い深い森の中をあてどなくただ武勲と名誉を求 めて訪律する冒険語ではない.森の中ではなく, Arthur主の宮廷の中に 冒険のほうから訪れてくるのである.宮廷の武勇の誉れも高い騎士たちの 限前に Urryという重い傷を負った騎士が,騎士にとっては恥辱と言って もよい担いかごに身を横たえて運ばれてくるのである.騎土たちは激しい 戦いを要求されるのではなく,傷の癒しという彼らにとっては不思議とも 思える経験をさせられる.彼らは力強さ,武勇,宮廷作法ではない何かを ためされるのである.
IV
Arthurは円卓騎士団を構成するすべての騎士たちに Carlehyllの草原 (medow)に集まるように命じる Arthurが参集するように命じたこの 'medow'は単なる草原ではない. medow' と言えば, 聖杯探究の中で Gawainの夢の中にあらわれる medow'がただちに思いだされる. み ずからのみた夢の意味をさぐりだそうとする Gawainに対して, 森の中 の隠修士は次のように説明する.
Sir,' seyde the ermyte unto sir Gawayne, the fayre medow
6 Le lVJorte Darthurにおける TheHea1ing of Sir Urry"のー解釈
and the rak therein oughte to be undirstonde the Rounde Table
,
and by the medow ought to be undirstonde humilite and paciens; tho be the thynges which bene allwey grene and quyk. For that men mowe no tyme overcom humilit邑andpacience
,
therefore was the Rounde Table founden, and the shevalry hath ben at all tymes so hyghe by the fraternite which was there that she myght nat be overcom: for men seyde she was founded in paciens and in humilitふ Atthe rack ete an hondred and fyffty bul1ys,
but they ete nat in the medovve,
for if they had,
their hartes sholde have bene sette in humilit邑andpaciens; and the bullis were proude乳ndblacke sauff only three.' (946)
medow'は humilit邑,5 と paciens を,その中にあるまぐさ台は円 卓騎士団を表わすのである. 草原の中で humilitる'と paciens のも とに草を食んでおればよいものを,黒い罪に汚された proude'な騎士た ちはそれに満足せず,冒険へと旅立って行くのである.この Carlehyllの 草原でも40名の円卓の騎士たちはその場に姿を現わさない Lancelotも その中に入っている.隠修士の説明の中に述べられている3人とは,聖杯 探究に成功した Galahad,Perceval, Borsのことである.
Urryの傷の癒しはまず Arthurから始められる.この場面では Arthur を形容すべく 'themoste man of worshyp crystynde' (1147)という表 現が使われ,UrryもArthurのことを mymoste noble crystynd kynge' (1147)と呼ぶ. crystynde'という言葉を使って, Arthurがキリスト教 国の主であり,キリスト教徒であることを強調している.
Arthurは Urryを担いかごからおろし,金色のクッションの上へひざ まずかせる.Arthurは傷ついた騎士に次のように丁重に話しかける.
'Fayre knyght
,
me rewyth of thy hurte,
and for to corrayge all other knyghtes 1 woll pray the sofftely to suffir me to handyll thy woundis.' (1147)Le l¥![orte Darthurにおける TheHealing of Sir Urry"のー解釈 7 これらの言葉の中に感じられるのは, Arthurの主にふさわしからぬ遜っ た態度である.あくまで humilit邑'に徹しているようでさえある.いよ いよ Arthurは優しくいたわるように傷に手を触れる.だが,そのかいも なく,傷口からはあらたに血が送るばかりである.
円卓騎士団の統率者である Arthurの試みのあとに続いて,その場に馳 せ参じたこれまた秀逸たるもののふどもがUrryの傷の躍しにとりかかる.
Northumbirlondeの Claryaunceに始まって赤い騎士と呼ばれる P巴ry‑ monesまで,おなじみの Gawainまで含めて総勢110名の円卓の騎士た
ちが傷の癒しを試みる.ここで注目すべきは Maloryはただ単に110名 のものたちが傷を癒そうとしたと述べない点である.ホメーロスの『イー リアス』第2巻にある「船寧の目録」の一段のように,傷の癒しにかかる 騎士のひとりひとりの名と,時にはその人物にまつわる逸話,説明までま じえて,延延と約3ページにわたって健筆をふるうのである.この The Healing of Sir Urry"なるエピソードが Vinaver版で10ページばかり の長さであることを考えると,ほとんど全体の3分の1をそのために使っ ているのである Maloryは執劫にひとりひとりの騎士を描いてゆく.あ たかも,ゴシックのカテドラルを飾る多数の人像柱を一つ一つ目を凝らし て追ってゆくようなものである.実に壮観である.Maloryは,一人の傷 ついた病める騎士を, Arthurの命令によりいかに多くのすぐれた騎士た ちが,ひとりひとり癒そうと試みたかを強調したいのである.偉大な円卓 騎士団が,たったひとりの傷ついた騎士によって何かをためされているの である.あたかも顕きの石のように.
V
110名の円卓の騎士たちの試みはすべて徒労に終わるのだが, そこで Arthurの頭にうかぶのは,この場にあの Lancelotがいないことである.
だが,折りよく,その Lancelotもちょうど冒険から帰ってくるのである.
8 Le lvlorte Darthurにおける TheHea1ing of Sir Urry"のー解釈 Arthurは Lancelotが自分の前に来るまで誰にも Urryのことについて は彼に話さないように命じる.馬からおりて Arthurのところへやって来 た Lancelotに,息急き切ったように,まず,みなのものがやったと同じ ことをやらなければならないと言う Urryについての経緯を Lancelot に知らぜる前にである. また先ほど110名の騎士たちがすべて失敗したあ
との Arthurのせりふはこうである.
'Mercy Jesu!' seyde kynge Arthur
,
where ys sir Launcelot du Lake,
that he ys nat here at thys tyme?' (1150)110名の騎士たちが傷の癒しをしている場面では, Arthurが彼らのうち誰 がいちばん高貴ですぐれた騎士であるかを知りたいがために癒しを命じた となっているが, 110名全員が失敗した今となってはp そのような悠長なこ とを言っておれない. 円卓騎土団の名誉にもかかわるのである.Arthur には確かに焦りがある.しかも,従来円卓の騎土の中で最もすばらしい 騎土である Lancelot がいないのである. 今や癒せる可能性のあるのは Lancelotだけである. いやがうえにも彼に対する期待が増す. しかも早 くその結果をみたいという焦操感も手伝って常にない命令口調になるので ある.
聖杯探求のあと, 探求でのできごとをすべて (Lancelotが隠修士に告 白した Guinevereとの密通の罪も含めて)LancelotがArthurに物語り,
王は彼らの罪をその場で許したと推論するR.M. Lumianskyは,この Urryの傷の癒しのエピソードでは, Arthurが, Lancelotが聖杯探究で 行なった Guinevereとの関係を絶つという誓いを果してその後も守って いるかどうかをしきりにためしたがっていると解釈するもし Lancelot が Urryの傷を癒すことができなければ,当然, Arthurは Lancelotが Guinevere との不義を再度犯しているために失敗したと判断するに違い ないのである.Lumianskyは Arthurのいつにないそっけない命令口調
Le Morte Darthurにおける TheHealing of Sir Urry"のー解釈 9 に Arihurのこのような下心を読みとっている.しかしながら, Lancelot が果して聖杯探求でのすべてを語ったかどうかは大きな問題であり,簡単 にLumianskyの推論に同意することはできない.
Maloryは聖杯探求物語の中で,フランスの原典にはない次のような文 章をつけ加えている.はじめのものは Lancelotが Corbenicから宮廷へ 帰ってきたときのもの,つぎのは Borsが聖杯探求に成功して Arthurの
ところへもどってきたときのものである.
And there sir Launcelot tolde the kynge of hys aventures that befelle hym syne he departed. (1020)
So whan sir Bors had tolde hym of the hyghe aventures of the Sankgreall such as had befalle hym and his three felowes
,
which were sir Launcelot,
Percivale and sir Galahad and hymselff,
than sir Launcelot tolde the adventures of the Sangreall that he had sene. (1036)ここで問題なのは, theadventures of the Sankgreall that he had sene' の中に隠修士におζなったあの Guinevereとの密通に関する告白まで含 まれているかどうかということである.この点に関して一つの解決の糸口 を与えてくれるのが,隠修土の Nacienが Ectorに Lancelotの罪につ いて説教するときに述べられる次の言葉である.もちろんここでの heは Lancelotのことである.
And than sone aftir he shall returne to Camelot oute of thys contrey
,
and he shall sey a party such thyngis as he hath founde. (947)a party'は inpart'という意味で,ここで隠修士は, Lancelotは自 分の見たもの,会ったもの,経験したものの一部分しか Camelotに帰っ てから報告しないと言っているのである. しかも, ここで Ectorに対し
10 Le li10rte Darthur における TheHealing of Sir Urry"のー解釈 て述べる Lancelotの罪は 'dedlysynne'である pryde'だけである.
Guinevere との密通に関しては一言も口iこしない. したがって, 聖杯探 求で Lancelotと Guinevereの罪を知るのは告白をうけた別の穏修士だ けで, Lancelot としては Guinevereとの関需を隠そうと思えばいくら でも隠せるのである.
Lancelotが聖杯探究の冒険曹の一部しか語らないという箇所はフラン スの原典、にもある.
Lors dira il partie d巴 cequ'il avra veu. ivlaintenant s'en partira dou pais et ira a Cam丘alot.7
原典ではこの箇所以外には Lancelotが聖杯探究でのできごとを王や宮廷 のものたちに語ったというところはない.これに対して, Maloryが原典 lこない先ほど述べだ2箇所をつげ加えたがために,解釈上教妙な問題が生 じてくるのである.その桔果, Lumiansk}アのような解釈がでてくるので あるが, フランスの厚典や隠修士 ~acien の言葉をみるかぎり, Lancelot が Guiロever巴との密通に関して穏修土(こした告自の部分は Arthur王に は語られていないと考えられる.しかも, Maloryは thead ventures of the Sangreall that he had seロe と述べるだけで,具体的に何を語った のか.またすべての冒険とも言っていない.わざとぼかしているようなと ころもある.また, もし Lancelotが王妃との関係を Arthurの前で自分 の口から述べたとすれば、,それこそ一大事であり,それに対する宮廷の反 応,主の態度などが言及されてしかるべきなのであるが.そんなところは 一行もない.Maloryが原典にない2箇所をつけ加えたのは,さきの隠修 士の言葉とのつながりもあるし, しかもこれを入れることにより, 読者 にとっては, いったい Lancelot ば何を報告したのであろうか, 果して Guineγ巴r巴 との関係もそこに含まれているのであろうかという推測の余 地ができ, それだけ一層 Lancelotに対する読むものの関心が高められ
Le li10rte Darthurにおける TheHealing of Sir Urry"のー解釈 11 るのである Maloryはこのような効果をねらったのではあるまいか.本 筋からそれたようにみえるが,このエピソード解釈の上で重要な点なので
あえて述べた.
Arthurの申しつけに対して, Lancelotは,そのように多くの立派な,騎 士たちが試みてすべて失敗したようなことは自分にはとうていできないと 辞退する.これに対して王は, Iおまえには選択の余地はない.我々がし たと同じことをなすように命じる」と強い口調で Lancelotに迫る.
聖杯探求のあと, LancelotとGuinevereについては,
ぺ..
so they loved togydirs more hotter than they dud toforehonde,
and had many such prevy draughtis togydir that many in the courte spake of hit. . .." (1045)と言われているし,この直前のエピソードでは, Melly‑agaunceによって Guinevereの不義がとりざたされたので、あるから,
Arthurの心の中には, Lumianskyの言う理由からではなくとも, この機 会に Lancelotの身の潔白をためしてみたいという気持があったかもしれ ない.しかし, ここでは, 110名の騒士たちがやってもできない傷の癒し をなんとか Lancelotにやってもらい,円卓騎士団の名誉を守りたいとい う気持のほうがさきだったのではあるまいか. それが証拠に Arthurは Lancelotが 'a felow of the Rounde Table'であり, 円卓騎士団の felyshyp'のためにやってくれるように頼むのである. このエピソード のあとに続く The Morte Arthur"で言及されるのであるが, Arthur にとっては Guinevereより円卓騎士団のほうがより大切なのである.
Arthurにとって allmyne erthely joy' (1230)は円卓騎士団にあるの である.
'And much more 1 am soryar for my good knyghtes losse than for the losse of my fayre quene; for quenys 1 myght have inow
,
but such a felyship of good knyghtes shall never be togydirs in no company.' (1184)
12 Le Morte Darthurにおける TheHea1ing of Sir Urry"のー解釈 この Arthurの命令に対して Lancelotは次のように答える.
M y moste renowmed lorde,' seyde sir Launcelot,1 know well 1 dare nat, nor may nat, disobey you. But and 1 myght or durste, wyte you well 1 wolde nat take uppon me to towche that wounded knyght in that entent that 1 shulde pass巴allothir knyghtes. Jesu deffende me frome that shame!' (1151)
ここには,玉の命令にもかかわらず,傷の癒しをすることに対する謹巡の ようなものと Lancelotの常にない謙遜な態度が読みとれる. たとえゃ ったとしても,他の騎士をおしのけてまでもやりたくないというのである.
おまけにそれを shame' とまで言う.この態度には prydぜ な ど な く あるのは humilit邑'だけである.Lancelotは今まで自分が奉仕を誓った Guinevereのためにのみ戦い, 多くの騎土たちをその武勇で凌駕してき たのである.聖杯探求のおり,隠修士にした彼の告白の中にそのことが述 べられている.
And all my grete dedis of armys that 1 have done for the moste party was for the quenys sake
,
and for hir sake wolde 1 do batayle were hit ryght other wronge. And never dud 1 batayle all only for Goddis sake,
but for to wynne worship and to cause me the bettir to be beloved,
and litill or nought 1 thanked never God of hit.' (897)これに対して Arthurは次のように言う.
, • • .
for ye shall nat do hit for no presumpcion,
but for to beare us felyshyp,
insomuche as ye be a felow of the Rounde Table.'(1151)
あくまで円卓騎士団の 'felyshyp'のために傷の癒しを試みるように再度 促し,いまや Lancelot以外に傷ついた騎士を癒せるものはないと迫る.
Le li10rte Darthurにおける TheHealing of Sir Urry"のー解釈 13 そして,その場にいるほとんどの騎士と,最後に Urryが傷ついた身を弱 弱しく起して, Lancelotに傷の癒しを懇願する.Lancelotは次のように 述べてますます遜る.
‑Jesu wolde that 1 myght helpe you! For 1 shame sore with myselff that 1 shulde be thus requyred
,
for never was 1 able in worthynes to do so hyghe a thynge.' (1152)Lancelotは傷ついた騎士のそばにひざまずき, 自分の心にはそわない が王の命令に従うと述べ,両手をあげて東の方に向かい,ひそかに次のよ
うに祈る.
. 'Now
,
Blyssed Fadir and Son and Holy Goste,
1 beseche The of Thy mercy that my symple worshyp and honeste be saved,
and Thou Blyssed Trynyte,
Thou mayste yeff me power to hele thys syke knyght by the grete vertu and grace of The,
but,
Good Lorde,
never of myselff.' (1152)my symple worshyp and honeste'という言葉には,神の前に遜る Lan‑
celotの気持が如実にあらわれているが,神の前でもまだ worshyp'と honest邑'にこだわっているところが Lancelotらしいところでもある.
しかも,傷の癒しも自分の力ではなく,すべて神の力であり思寵のたまも のであるとみなすのである.
このように 'humilite'に満ち,自分の意に反してとわざわざことわり ながら自分の主君である主の命令にしぶしぶ従う Lancelotの姿に何を読 みとったらよいのであろうか. Alpheusの母親がすでに世間に吹聴した ので,誰でもが,この世で最もすぐれた騎士のみが傷の癒しをすることが できると知っている.もしこれに成功すれば大いなる名誉を勝ちとれる.
Lancelotは円卓の騎土田の中でも最も立派な誉れの高い騎士とされてい る. なぜ、その騎士が今回のこの傷の癒しという一種の adventure'に挑
14 Le Morte Darthurにおける TheHealing of Sir Urry"のー解釈 むことにこれほど龍賭するのか.Lancelotは今回の adventure'がいつ
ものものと違うということを感知しているのである.彼にとっては,それ は聖杯探究と同質のものに思えるのである.しかも,その聖杯探究では,
己れの犯した最大の罪,主妃との密通のために失敗している.聖杯探究で は,隠修士の前,すなわち神の前だけに己れの恥をさらすだけですんだが,
今回は,ひょっとすると Arthurと円卓騎士団すべての前で罪に汚れた自 分の姿をさらけ出すことになるのである.この世で最もすく守れた騎士が傷 の癒しに失敗すれば,人々は当然なぜそうなったのかと疑問をいだくはず であり,王妃との密通のうわさが宮廷にたちこめていることを考えあわぜ ると,世間の目は当然その方に向かうにちがいないのである.
Lancelotには何かうしろめたいことがあるのか. 実はこのエピソード の直前の TheKnight of the Cart"において Lancelotは Guinevere
と同会しているのである.
The Knight of the Cart "のあら筋は次のようなものである.王妃は 五月のある日,五月祭の花つみのために森へ出かける.だが,かねてから 彼女に思い焦がれていた Mellyagaunceによって誘拐され傷ついた供の ものたちといっしょに彼の城に閉じこめられる. これを知った La
n :
celot はさっそく王妃救出に向かうのであるが,途中で自分の馬を矢でうたれ,縛り首にされる囚人がよく乗る荷馬車にまで乗って恥も外開も捨てて敵陣 へ向かうのである.一方,臆病もので好計に長けた乱1ellyagaunceは, Lancelotが来たのを知ると恐れおののいて和睦を申し出る.
その夜,傷ついた供のものと GuinevereとLancelotはMellyagaunce の城に泊まるわけであるが,王妃と Lancelotは夜ひそかに会うことを約 束する. 夜も更けて Lancelotは王妃のいる部屋へはしごを使ってしの んで行くのであるが,王妃の部屋には鉄柵がついており,それを力まかせ に引っぱったがために手に骨まで達する傷を負う.だが, Maloryが言う には, Lancelotは手の傷の痛みも忘れるほど Guinevereとの情事に燃え
Le Morte Darthurにおける TheHea1ing of Sir Urry"のー解釈 15 るのである.しかも,その部屋にはすぐそばに,王妃がつききりの看病を 申し出た傷ついた供のものが寝ているというのに.
夜明けになって,なにくわぬ顔で王妃の部屋を出て行く Lancelotであ るが,思わぬものを王妃のベッドの上に残していく.手の傷から出た血の あとである.これを見つけた Mellyagaunceはまってましたとばかりに,
Guinevereが彼女と部屋をともにした傷ついた供のものの誰かと同会し たに違いないと言い出す.Arthurにまで訴えると言うのである.
これに対して, Lancelotは王妃の身の潔白を証明するために Mellya‑
gaunceと戦うと申し出る.そんな Lancelotにお1:ellyagaunceは言う.
'My lorde sir Launcelot ,'seyde sir Mellyagaunce,1 rede you beware what ye do; for thoughe ye ar never so good a knyght
,
as 1 wote well ye ar renowmed the beste knyght of the worlde
,
yet shulde ye be avysed to do batayle in a wronge quare ,1l for God woll have且 strokein every batayle.' (1133)
これに対する Lancelotの次の返答は非常に歯切れが悪い.
As for that,' s巴ydesir Launcelot,God ys to be drad! But as to that 1 say nay playnly
,
that thys nyght there lay none of thes ten knyghtes wounded with my lady,
quene Gwenyver,
andthat wol1 1 prove with myne hondys that ye say untrewly in that.' (1133)
確かに傷ついた10人の供のものたちは Guinevereと同会していないが,
Guinevereが Arthurの妻でありながら Lancelot と不義を犯したのは 事実なのである. エピソードの最後の場面では, いよいよ Lancelotが MellyagaunceとGuinevereの身の潔白をかけて戦うわけであるが,戦 いに敗れて命乞いする Mellyagaunceに対して, わざと兜を脱ぎ,から だ半分の武装を解き,左手をわざとしばり,自分にわざと不利な条件を課
16 Le Morte Darthurにおける TheHea1ing of Sir Urry"のー解釈 して,相手が死ぬまで戦うのである. God ys to be drad! But..
という言葉は
r
何か自分は神の前でうしろめたいことをしている」とい うLancelotの心根をよく表わしている.この Lancelotの良心の珂責は そのまま次のエピソードヘ尾をij[いていくのである.The Knight of the Cart"では awounded knyght'という言葉が 何回か出てくる.王妃との密会のために鉄柵をこわした時の傷はLancelot の良心の傷であり, その血は罪に汚された血なのである. a wounded knyght'であるLancelotに, 7つの傷を負った同じく awounded knyght' である Urryの姿が妙にかぶさってくるのである Urryは担いかごに身 を横たえて諸国を遍歴したのであるが, LancelotもMellyagaunceとの 戦いのあと1年間馬には乗らず荷馬車に乗るのである.
いま傷を癒されるべく自分の前に横たわる Urryの中lこ,ふと Lance四
lotは TheKnight of the Cart"での awounded knyght'である白 分の姿を見たのではないだろうか Urryと同じように頭には傷をうけて いないが, Mellyagaunceとの戦いではわざと兜を脱ぎ Urryの傷つい た左手と同じように己れの左手をしばり,体も左半分武装を解いて戦った のである.しかも,その戦いも神の前では完全な正義の戦いではなかった のである.
このエピソードでは7という数字が非常に重要な意味をもっている.
Urryの傷は7つである.また Urryと母親の一行は7年目に Arthurの 宮廷, しかも聖霊降臨祭8の時にやってくる. 7という数字のキリスト教 的解釈にはいろいろあるが このエピソードとの関連で思い出されるの は7つの大罪源である. Urryは七大罪源に傷ついた人間としても解釈で きる.
Arthurの命令により Lancelotは Urryの傷の癒しにとりかかる。
Lancelotは傷ついた騎士の前に, 神の前にひざまずくかのようにひざま ずき,まず、頭の傷から癒しはじめる.するとたちまち Urryの7つの傷は
Le 11ゐ'rteDarthurにおける TheH己a1ingof Sir Urry"のー解釈 17 惑されるのである.
Than kynge Arthur and all the kynges and knyghtes kneled downe and gave thankynges and lovynge unto God and unto Hys Blyssed Modir. And ever sir Launcelote wepte
,
as he had bene a chylde that had bene beatyn! (1152)Lancelotのおこなう傷の癒しを見守っていた Arthurはじめすべての騎 士たちはひざまずいて神と聖母に感謝をささげる.一方,傷ついた騎士の 全快をまのあたりに見た Lancelotは,その場であたかもぶたれた子供の ように泣きじゃくる.
なぜ¥Guinevereと不義の関係にある Lancelotに傷の癒しができるの か.ここでまた7という数字の解釈になるのであるが, fマテオによる福 音書』には次のように述べられている.
そのとき,ぺトロが近づいて, 「主よ,私の兄弟が,私に対して罪 をおかしたらp何度ゆるさなければなりませんか.七度までですか?J とたずねた.イエズスは,お答えになった,
r
私は七度までと{まいわ ない.七度の七十倍までという……」(W マテオによる福音書~ 18. 21‑22) 10
傷の癒しはとうてい Lancelotの力によってなせるわざではない.Larト
celotには, Galahadのようにまたイェズス・キリストのように病める人 を直す力はないのである.これは神の恩寵によってはじめてなせるわざな のである.
なぜ¥Lancelotはぶたれた子供のように泣くのか11 も し 失 敗 す れ ば Guinevere との罪が公けになりはしないかという不安とそれがとり除か れた安堵感がひょっとしたらそこにはあるかもしれない.だが, ここには,
罪に汚されたおのれのむなしさ,またそういうものに対してさえ他人の傷 を癒すという力を与える神の愛に対する感謝の念があるのである. 母親
18 Le lvlorte Darthurにおける TheHealing of Sir U rry "のー解釈 一一父親としてもよいのだ、がこのエピソードでは Alpheusの場合も Urry の場合もなぜか母親が重要な役割を演ずる一一ーに叱られぶたれる子供を想 像してもらいたい.おしおきの痛さ(自分の犯した罪からくる良心の阿 責〉のために泣くのと同時に,母への甘え,愛によって自分を責めてくれ るものへの感謝の念がその涙の中にはこめられているのである.この場合,
このエピソードとの関連で,母を神に置き代えて考えてもらってもよい.
円卓騎士団の最もすぐれた.騎士が子供のような状態にかえってしまうので ある.この Lancelotの姿にはかつての栄光はない.
Arthurをはじめ110名の誉れ高い騎士たちがうちそろってひざまずき,
神と聖母に感謝と賛美をささげ,その中で、ただ一人,円卓の騎士の中でこ の世に並ぶものがないと称されるあの Lancelotがぶたれた子供のように 泣くのである.地にひざまずく彼らの前に,人間にははかり知ることがで きない神の力が示されたのである.あたかも荘厳な宗教画を見るようであ る.
The Healing of Sir U rry "は,円卓騎士団崩壊のあと神のもとでし か心の平安を見いだせない Lancelotの姿を予表している.叱られた時は 心からわびて改心するが,数日たつとまたいたずらを始める子供のように,
Lancelotはまたも罪への道をたどっていくのである.
j主
1 作品のテキストとしては SirThomas Malory, The Works 0/ Sir Thomas Malory, 3 vols., ed. E. Vinaver (2nd ed.; Oxford: Clarendon Press, 1967) を用い,引用文中または本文における( )内の数字はそのページ数を示す.
2 Chr邑tien de Troyes, Le Chevalier de la Charrete, ed.乱1:ario Roques (Les Romans de Chretien de Troyes
m " ;
Paris: Librairie Honore Cham‑pion, 1974), p. 2.
san'には purpose"thought " wisdom', 'understanding', 'skill'な どの意味が含まれ, san'を与えるとは Vinaverの言葉を借りれば to en‑ liven the matter, not only with one's thoughts, but with one's understanding,
Le Morte Darthurにおける TheHealing of Sir Urry"のー解釈 19 purpose, and skill'なのである.
Eugene Vinaver, The Rise
0 1
Romαnce (Oxford: Clarendon Press, 1971), pp. 16‑17.3 P. E. Tucl王er, A Source for 'The Healing of Sir Urry' in the 'Morte Darthur'," MLR, L(1955), 490‑92.
4 Larry D. Benson, Malory' s Morte Darthur (Cambridge, Jlv1:assachusetts: Harvard University Press, 1976), p. 228.
5 ここに引用した隠、修士の説教は原典とほぼ同じである Maloryが使ヮたフラ ンスの原典である La Queste del Saint Graalはシトー会の修道土によって書 かれたとされ, シトー会興隆に尽力をつくした Bernardusの教えが作品にも影 をおとしている. とくに円卓騎士団の精神的土台とも言うべきものに humilit邑
がおかれていることは注白されてよい. 謙遜について Bernardusは次のように 教えている.
「では謙遜とは何であろうか.わたしは次のことばをもってこれを要約するこ とができると思う. くけんそんとは人に自分のあるがままの姿を知らせ,自分 をいやしい者と認めさせる徳である〉この徳を身につけている者だけが,宗徳、
の頂に到達し,シオンの山,すなわち神のみもとにあって,真理を目のあたり
;こすることができる」
聖ベルナルド著『謙遜と倣慢の段階についてJ],古川勲訳(東京:あかし書房,昭 和56年), p. 16.
6 R. M. Lumiansky, lVlalory' s 'Tale of Lancelot and Guenevere' as Sus‑ pense," M S, VIII (1958), 110‑111, 120‑121.
7 Albert Pauphilet (edふLaQueste del Saint Graal (Paris: Librairie Honore Champion, 1978), p. 159.
8 f聖霊の降臨は臆罪の補足であり,この祝日には,内的な,新約の律法,すな わち愛の律法を与える聖霊が,人々の霊魂にくだるのである」
「聖霊降臨J,Ii'キリスト教百科事典』小林珍雄編(東京:エンテ、ノL蓄広,昭和56 年〉
9 f7Jのキリスト教的解釈にはいろいろあるがその意味するものの代表的なもの をあげると次のようになる charity; grace; the Holy Spirit; completion; perfection; the seven fold gifts of the Holy Spirit; the seven deadly sins; the seven joys and the seven sorrows of the Virgin; evil and repentance;
man; creature as opposed to Creator; Sabbath and salvation, etc.
George Ferguson, Signs & Symbols in Christian Art (New Y ork: Oxford University Press, 1954), p. 154.
20 Le ~Alorte Darthurにおける Th巴 Hea1ingof Sir Urry "のー解釈 Vincent F. Hopper, Medieval Number Symbolism (New Y ork: Cooper Square Publishers, Inc., 1969), p. 234.
10 口語訳として『聖書.JI (東京:ドン・ボスコ社, 1978)を使用した.
11 Lancelotの涙についてはさまざまな解釈が与えられているがL.D. Benson が自分の解釈もまじえて今までのいくつかの見解をてぎわよくまとめているので
ここでそれを引用しておく.
Robert Lumiansky argues that Lancelot weeps from sheer relief: he feared to undertake the test because he thought he would fail and thereby reveal to the king his adulterous relation wIth Guenevere. P. E. Tucker explains that Lancelot is reluctant to undertake the test because of his humble awareness of his own unworthiness, and he weeps because of his humility. Or Lancelot may cry like a child because, as Edmund Riess believes, he now "understands something of what he would have been if it had not been for his instability and earthly love." Or he may weep for the reason adduced by C. S. Lewis: pure joy at what God has allowed him to perform. 1 suspect that there is some validity in all these ex‑ planations. But 1 think the main reason Lancelot weeps is to expr巴ss Ivlalory's own sadness that this, his favorite hero's greatest adventure, must also be his last.
Larry D. Benson, p・229.