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~英語の句動詞・中国語の補語との比較から~

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(1)

日本語教育における複合動詞の習得

~英語の句動詞・中国語の補語との比較から~

Second Language Acquisition of Japanese Compound Verbs:

From Comparative Perspectives with English Phrasal Verbs and Chinese Compound Verbs.

望月 圭子 MOCHIZUKI Keiko

東京外国語大学大学院総合国際学研究院 Institute of Global Studies, Tokyo University of Foreign Studies

はじめに

1. 英語・中国語からみた「~こむ」

1.1 日本語の複合動詞の出現頻度 1.2 状態変化を表す「~こむ」

1.3 英語の句動詞 “V+IN”と「~こむ」

1.4 中国語からみた「~こむ」

1.5 日本語学習者コーパスにみられる「~こむ」の誤用 2. 英語・中国語からみた「~上げる/上がる」

2.1 状態変化を表す「~上げる/上がる」

2.2 英語の句動詞 “V+UP”と「~上げる/上がる」

2.3 中国語からみた「~上げる/上がる」

2.4 日本語学習者コーパスにみられる「~上げる/上がる」の誤用 3. 日本語と中国語のアスペクト複合動詞

4. 日本語母語中国語学習者にみられる中国語アスペクト複合動詞の過少使用 5. 日本語・中国語における事象の実現を表す言語形式の相違

6. 日本語・中国語のアスペクト複合動詞の語構造の相違と誤用 おわりに

本稿の著作権は著者が所持し、クリエイティブ・コモンズ表示 4.0 国際ライセンス(CC-BY) 下に提供します。

https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja

(2)

キーワード:日本語の複合動詞、英語の句動詞、中国語の補語、学習者コーパス、概念化の類 型論

Keywords : Japanese Compound Verbs, English Phrasal Verbs, Chinese Complements, Learners Corpora, Cognitive Typology

【要旨】

本稿の目的は、日本語の複合動詞の習得について、英語の句動詞・中国語の補語との比較を 通して考察することにある。

日本語の複合動詞は、日本語の語彙において、非常に重要な位置を占め、生産性が高い。そ の一方で、日本語学習者の産出では、「非用」(nonuse)が顕著である。この現象は、1)日本語母 語英語学習者の産出において、英語の句動詞の非用が顕著であること、さらに、2)日本語母語 中国語学習者の産出において、中国語の補語の非用が顕著であることと、相関する現象である。

こうした非用の要因を解明する方法として、まず以下の二つの方法で考察をすすめる。第一に、

日本語の複合動詞で出現頻度が高い「~こむ」「~上げる/上がる」の用例について、どのよう な英語・中国語に対応するのか、或いは対応しないのかを考察する。次に、「~こむ」「~上げ る/上がる」は、それぞれ、認知的に IN, UP という概念とかかわっているが、英語の句動詞

(phrasal verb)・中国語の補語(complement)では、こうした概念が、どのように表されるかを考

察する。

次に、学習者コーパスにみられる、日本語の複合動詞の誤用および中国語の補語の誤用につ いて考察する。第一に、中国語母語上級日本語学習者コーパスにおける、複合動詞の後項動詞 の他動性に関わる誤用と中国語の結果複合動詞との関連を考察する。第二に、日本語母語中国 語学習者コーパスにおける、「結果補語・方向補語」の非用の要因を、日本語における複合動詞 との比較から考察する。

最後に、日本語の複合動詞の特徴を、統語構造と語構造の相関性、認知の類型という視点か ら、英語・中国語と比較し、日本語教育において、日本語の複合動詞を効果的に教える方法に ついて考察する。

The objective of this paper is to examine the acquisition of Japanese compound verbs through comparison with English phrasal verbs and Chinese complements. Compound verbs occupy an extremely important position in the Japanese lexicon and are highly productive.

However, learners of Japanese show notable nonuse of compound verbs in their production. This phenomenon correlates with the nonuse of phrasal verbs by Japanese learners of English and the

(3)

キーワード:日本語の複合動詞、英語の句動詞、中国語の補語、学習者コーパス、概念化の類 型論

Keywords : Japanese Compound Verbs, English Phrasal Verbs, Chinese Complements, Learners Corpora, Cognitive Typology

【要旨】

本稿の目的は、日本語の複合動詞の習得について、英語の句動詞・中国語の補語との比較を 通して考察することにある。

日本語の複合動詞は、日本語の語彙において、非常に重要な位置を占め、生産性が高い。そ の一方で、日本語学習者の産出では、「非用」(nonuse)が顕著である。この現象は、1)日本語母 語英語学習者の産出において、英語の句動詞の非用が顕著であること、さらに、2)日本語母語 中国語学習者の産出において、中国語の補語の非用が顕著であることと、相関する現象である。

こうした非用の要因を解明する方法として、まず以下の二つの方法で考察をすすめる。第一に、

日本語の複合動詞で出現頻度が高い「~こむ」「~上げる/上がる」の用例について、どのよう な英語・中国語に対応するのか、或いは対応しないのかを考察する。次に、「~こむ」「~上げ る/上がる」は、それぞれ、認知的に IN, UP という概念とかかわっているが、英語の句動詞

(phrasal verb)・中国語の補語(complement)では、こうした概念が、どのように表されるかを考

察する。

次に、学習者コーパスにみられる、日本語の複合動詞の誤用および中国語の補語の誤用につ いて考察する。第一に、中国語母語上級日本語学習者コーパスにおける、複合動詞の後項動詞 の他動性に関わる誤用と中国語の結果複合動詞との関連を考察する。第二に、日本語母語中国 語学習者コーパスにおける、「結果補語・方向補語」の非用の要因を、日本語における複合動詞 との比較から考察する。

最後に、日本語の複合動詞の特徴を、統語構造と語構造の相関性、認知の類型という視点か ら、英語・中国語と比較し、日本語教育において、日本語の複合動詞を効果的に教える方法に ついて考察する。

The objective of this paper is to examine the acquisition of Japanese compound verbs through comparison with English phrasal verbs and Chinese complements. Compound verbs occupy an extremely important position in the Japanese lexicon and are highly productive.

However, learners of Japanese show notable nonuse of compound verbs in their production. This phenomenon correlates with the nonuse of phrasal verbs by Japanese learners of English and the

nonuse of complements by Japanese learners of Chinese.

Two methods are used to analyze this nonuse. First, we observe what English and Chinese expressions do or do not correspond to –komu and -agaru/ageru, high frequency Japanese compound verbs. Second, komu and -agaru/ageru are connected cognitively with the concepts IN and UP. We observe how these concepts are expressed in English phrasal verbs and Chinese complements.

Finally, we compare the characteristics of Japanese compound verbs with English and Chinese, from the perspectives of the correlation between syntactic and lexical structure, and cognitive typology.

はじめに:日本語の複合動詞はなぜ習得がむずかしいのか

羽生結弦選手が、2018年2月17日平昌五輪の男子フィギュアスケートで金メダルを獲得し、

2連覇を果たした。金メダル2連覇後の会見で、羽生選手は「本当に自分がやり切れたな、と 思えるくらいの演技ができて、嬉しいです」と二連覇の感動を表している。朝日新聞デジタル 版は、平昌オリンピック前に、羽生選手の軌跡をたどる特集記事を連載しているが、2 連覇を めざし、怪我をかかえながら、練習に励む羽生選手の写真のタイトルは、「突き抜けたい」。

「やり切る」「突き抜ける」は、いずれも複合動詞で、日本語の語彙体系において、重要な位 置を占めている。小柳(2017)によれば、複合動詞の用例数は、約7,500語(異なり語数)あり、

「~こむ」「~上げる/~上がる」「~出す」「~きる」等、複合動詞を構成する要素としての動

詞が 2,166 語あるということである。さらに、森田(1991:280)によれば、『例解新国語辞典』

においては、収録語の 11.4%が動詞で、動詞の 39.29%、約四割が複合動詞として収録されて いるということである。

しかし、日本語学習者コーパスにおいては、学習者の母語に関わらず、超上級学習者におい ても、ほとんど出現せず、「誤用」(error)というよりも、「非用」(nonuse)が目立つ。こうした 日本語母語話者の産出と日本語学習者による、複合動詞の産出の相違は、どのような要因によ るのであろうか。

本稿は、日本語の複合動詞の習得について、英語・中国語・日本語学習者コーパスのデータ をもとに、英語の句動詞・中国語の補語との比較を通して考察し、その非用・誤用の要因を提 示し、日本語の複合動詞にみられる認知的類型を英語・中国語との対照で考察し、効果的な教 授法の提示を行う。

(4)

1. 英語からみた日本語の複合動詞 1.1. 日本語の複合動詞の出現頻度

国立国語研究所(1987)『複合動詞資料集』では、複合動詞のうち、出現頻度が高いものとし て以下の複合動詞があげられている。

(1) 「~出す」「~得る」「~始める」「~掛ける」「~込む」「~切る」「~すぎる」「~続ける」

「付ける」「~上げる」

また、神崎(2012)では、複合動詞の前項動詞・後項動詞について、頻度数の高いものとし て、以下の動詞リストがあげられている。

(2) a. 前項動詞:「取り~」「引き~」「打ち~」「押し~」

b. 後項動詞:「~込む」「~出す」「~あげる」「~付ける」

本節では、日本語の複合動詞のうち、後項動詞の出現頻度が高い「~こむ」「~出す」「~上 げる/上がる」をとりあげ、まず、どのような英語・中国語に対応するのか、或いは対応しな いのかを考察する。次に、「~こむ」「~上げる/上がる」は、それぞれ、認知的にIN, UPとい う概念とかかわっているが、英語の句動詞・中国語の補語(compliment)では、こうした概念が、

どのように表されるかを考察する。

1.2. 状態変化を表す「~こむ」

姫野(1999)では「V1+こむ」の意味・用法を大きく「内部移動」と「程度進行」の二つに 分け、さらに「内部移動」は「閉じた空間」「個体の中」「流動体の中」「隙間のある集合体また は組織体の中」「動く取り囲み体」「自己の内部」への移動と「その他」の7類に、「程度進行」

は「固着化」「濃密化」「累積化」の3類に下位分類している。また「内部移動」の場合、移動 物が「主体」か「対象」を基準に再分類している。姫野(1999)の分類をまとめると、以下の

【表1】のようになる。

(5)

1. 英語からみた日本語の複合動詞 1.1. 日本語の複合動詞の出現頻度

国立国語研究所(1987)『複合動詞資料集』では、複合動詞のうち、出現頻度が高いものとし て以下の複合動詞があげられている。

(1) 「~出す」「~得る」「~始める」「~掛ける」「~込む」「~切る」「~すぎる」「~続ける」

「付ける」「~上げる」

また、神崎(2012)では、複合動詞の前項動詞・後項動詞について、頻度数の高いものとし て、以下の動詞リストがあげられている。

(2) a. 前項動詞:「取り~」「引き~」「打ち~」「押し~」

b. 後項動詞:「~込む」「~出す」「~あげる」「~付ける」

本節では、日本語の複合動詞のうち、後項動詞の出現頻度が高い「~こむ」「~出す」「~上 げる/上がる」をとりあげ、まず、どのような英語・中国語に対応するのか、或いは対応しな いのかを考察する。次に、「~こむ」「~上げる/上がる」は、それぞれ、認知的にIN, UPとい う概念とかかわっているが、英語の句動詞・中国語の補語(compliment)では、こうした概念が、

どのように表されるかを考察する。

1.2. 状態変化を表す「~こむ」

姫野(1999)では「V1+こむ」の意味・用法を大きく「内部移動」と「程度進行」の二つに 分け、さらに「内部移動」は「閉じた空間」「個体の中」「流動体の中」「隙間のある集合体また は組織体の中」「動く取り囲み体」「自己の内部」への移動と「その他」の7類に、「程度進行」

は「固着化」「濃密化」「累積化」の3類に下位分類している。また「内部移動」の場合、移動 物が「主体」か「対象」を基準に再分類している。姫野(1999)の分類をまとめると、以下の

【表1】のようになる。

【表1】姫野(1999)の「V1+こむ」の意味・用法別分類

大分類 小分類 用例

内部移動 閉じた空間への移動 主体の移動 上がりこむ、落ちこむ、踏みこむ

対象の移動 押しこむ、叩きこむ、引きこむ、突っこむ 個体の中への移動 主体の移動 食いこむ、のめりこむ

対象の移動 塗りこむ、埋めこむ、刷りこむ 流動体の中への移動 主体の移動 溶けこむ、もぐりこむ

対象の移動 沈めこむ、漬けこむ 隙間のある集合体また

は組織体の中への移動

主体の移動 しみこむ、紛れこむ 対象の移動 混ぜこむ、織りこむ

動く取り囲み体への移動 対象の移動 包み込む、丸めこむ、着こむ、かぶせこむ 自己の内部への移動 くぼみこむ、かがみこむ、折れこむ、畳みこ

む、切りこむ

その他 のぞきこむ、見こむ、当てこむ、(相手チーム を)打ちこむ

程度進行 固着化 寝こむ、ふさぎこむ、沈みこむ、思いこむ、

考えこむ、話しこむ

濃密化 咳きこむ、冷えこむ、老けこむ

累積化 歌いこむ、使いこむ、磨きこむ、書きこむ、

食べこむ、読みこむ

一方、松田(2004)では、V1 とV2 の意味関係に着目して「~こむ 」がニ格を伴うか否か を基準に二分し、さらに4類型に下位分類している。

(6)

【表2】松田(2004)の意味分類

ニ格を伴う「~こむ」 ニ格を伴わない「~こむ」

A B C D

V1は「内部移動」を 含意しない

V1自体が「内部移動」

を含意する

V1が示す状態への変化 とその状態への固着

V1の反復行為により生 じる状態変化

飛び込む、呼び込む 入り込む、植え込む 冷え込む、眠り込む 走り込む

姫野(1999)の分類と比較してみると、「ニ格を伴う場合(A・Bタイプ)」は、姫野(1999) 分類の「内部移動」、「ニ格を伴わない場合(C・Dタイプ)」は、姫野(1999)分類の「程度進 行」に相当し、Cタイプは「固着化」「濃密化」、Dタイプは「累積化」に相当するといえる。

本稿では、「~こむ」の抽象的移動、姫野(1999)分類の「程度進行」、松田(2004)分類の「ニ 格を伴わない場合」が表す状態変化を表す「~こむ」に焦点をあて、考察をすすめる。なぜな ら、日本語学習者にとって、抽象的な内部移動を表す「~こむ」の習得は、難易度が高いから である。

1.3. 英語の句動詞 “V+IN”と「~こむ」

『英語句動詞文例辞典』(pp:25-26)では、句動詞“V+IN ”の主要な意味用法のタグとして、以 下のような多様な用法が挙げられている。

(3) a. 接近・到着・訪問

b. 内部に存在 c. 外から内への移動 d. 付着・固定 e. 開始

f. 注意・感情・気持ちを注ぐ g. 状況の変化

英語の句動詞 “V+IN”と「~こむ」とで、共通する意味としては、「内部への移動」「内部で の存在」という主要な意味のほか、「状態変化」「固着化」という抽象化された意味がある。し かし、「累積化」という意味は英語の句動詞“V+IN”には存在しない。

(7)

【表2】松田(2004)の意味分類

ニ格を伴う「~こむ」 ニ格を伴わない「~こむ」

A B C D

V1は「内部移動」を 含意しない

V1自体が「内部移動」

を含意する

V1が示す状態への変化 とその状態への固着

V1の反復行為により生 じる状態変化

飛び込む、呼び込む 入り込む、植え込む 冷え込む、眠り込む 走り込む

姫野(1999)の分類と比較してみると、「ニ格を伴う場合(A・Bタイプ)」は、姫野(1999) 分類の「内部移動」、「ニ格を伴わない場合(C・Dタイプ)」は、姫野(1999)分類の「程度進 行」に相当し、Cタイプは「固着化」「濃密化」、Dタイプは「累積化」に相当するといえる。

本稿では、「~こむ」の抽象的移動、姫野(1999)分類の「程度進行」、松田(2004)分類の「ニ 格を伴わない場合」が表す状態変化を表す「~こむ」に焦点をあて、考察をすすめる。なぜな ら、日本語学習者にとって、抽象的な内部移動を表す「~こむ」の習得は、難易度が高いから である。

1.3. 英語の句動詞 “V+IN”と「~こむ」

『英語句動詞文例辞典』(pp:25-26)では、句動詞“V+IN ”の主要な意味用法のタグとして、以 下のような多様な用法が挙げられている。

(3) a. 接近・到着・訪問

b. 内部に存在 c. 外から内への移動 d. 付着・固定 e. 開始

f. 注意・感情・気持ちを注ぐ g. 状況の変化

英語の句動詞 “V+IN”と「~こむ」とで、共通する意味としては、「内部への移動」「内部で の存在」という主要な意味のほか、「状態変化」「固着化」という抽象化された意味がある。し かし、「累積化」という意味は英語の句動詞“V+IN”には存在しない。

1.4. 中国語からみた「~こむ」

張志凌(2014)は、「~こむ」に対応する中国語表現について、以下のように述べている。

内部移動を表す「~こむ」に対応する中国語は方向補語をとったものが多く、複合語の形を とるものは極めて少なく、空間名詞<~里 li/中 zhong(中へ) >をとることが多い。抽象的な 内部移動を表す「~こむ」は複合動詞の形のほか、結果補語と副詞修飾語をとることがある。

即ち、日本語の「~こむ」には抽象的な内部移動という拡張的な意味用法があるが、中国語の 方向補語にはないのである。

張志凌(2014)は、さらに具体例を挙げて、「~こむ」に対応する中国語表現は、具体的な内部

移動を表す場合は、(4)のような中国語に対応するとしている。

(4) a.「V1+<~进jin/入ru(入る) (+<里li/中zhong(中へ))」

b.「V1+<到dao(に着く)/在zai(ある)>+<里li/中zhong(中へ) >」

c.「V1+<上shang(上がる)/下xia(降りる)>」

(4a-c)は、「動詞+方向を表す補語」という、方向補語が用いられ、日本語の複合動詞とよく

似た複雑述語の構造となる。

一方、張志凌(2014)によれば、「~こむ」の抽象的移動、姫野(1999)分類の「程度進行」、松

田(2004)分類の「ニ格を伴わない場合」が表す状態変化を表す「~こむ」の場合は、複雑述語

には対応せず、(5)のように、二字漢語に相当する動詞(5a)、程度補語が副詞的に動詞を修飾す る「動詞+程度補語」構造(5b)、「副詞+動詞」構造(5c)に相当するという。

(5) a. 一語としての動詞: 「老い込む」<老朽/衰老>

b. 程度補語構造: 「話しこむ」<说得津津有味> (興味津々に話す。)

c. 副詞+動詞:「信じ込む」<一心以为/总以为> (一心に/すっかり信じる。)

「~こむ」は、英語においても、中国語においても、具体的な内部移動に関しては、対応す

る句動詞“V+in”や中国語の方向補語“V1+<~进jin/到dao/上shang>”という対応する複雑述

語があるが、抽象的な内部移動、即ち状態変化を表す「~こむ」は、複雑述語には対応しない。

中国語母語日本語学習者にとって、状態変化を表す「~こむ」の習得が困難であるのは、英語・

中国語では対応する複雑述語がない、ということが一つの要因であろう。

(8)

1.5. 日本語学習者コーパスにみられる「~こむ」の誤用

「~こむ」をめぐっては、学習者コーパスでは、誤用もみつかる。

まず、本稿で分析対象とする、誤用タグ付き中国語・日本語学習者コーパスについて、公開 されているものを以下に紹介しておく。

(6) 東京外国語大学国際日本研究センター「日本語・英語・中国語学習者コーパス・誤用検索」

システム http://ngc2068.tufs.ac.jp/corpus/

(7) 東京外国語大学グローバルCOE「日本語誤用オンライン辞典」

http://cblle.tufs.ac.jp/llc/ja/index.php?menulang=ja

(8) 東京外国語大学「日本語学習者作文コーパス及び誤用辞典」

http://ngc2068.tufs.ac.jp/corpus_ja/

(9) 東京外国語大学「中国語学習者作文コーパス及び誤用辞典」

http://ngc2068.tufs.ac.jp/corpus_ch/

まず、(7)の東京外国語大学「日本語学習者作文コーパス及び誤用辞典」では、以下のような、

上級と想定される上海外国語大学日本専攻3年生による中国語から日本語への翻訳において、

不適切な「~こむ」複合動詞を用いている誤用例がみられる。

(10) 胡先生とご家族の私に対する温かいおもてなしはいつまでも宝物のように、永遠に私の胸

に畳み込んでいます→刻まれています。(Sh_037)

(11) 豊かな時代ではありませんでしたが、胡先生とご家族が親切にもてなしてくださった

思 い 出 は 宝 物 の よ う に 心 の 底 に埋 め 込 ん で い ま す → 刻 ま れ て い ま す。 (Sh_026)

(12) 授業の時、先生はいつも綿布団を西洋のロールケーキのように巻き込んで→巻いて、ベッ

ド を ベ ン チ の よ う に 整 え て か ら 、 そ の う え に 座 る よ う に い い ま し た 。 (Sh_046)

(13) ただもう一回胡先生のご一家の客に対するおもてなしを落ち込む→思い出すためです。

(Sh_028)

(14) 私が座り込む→座ると、先生はまず伝統的な中国式の蓋つきの茶碗に少し龍井茶の葉をい

れ て 、 そ し て 、 お 湯 を 魔 法 瓶 か ら 入 れ て 、 温 か い お 茶 を 入 れ て く だ さ い ま し た 。 (Sh_015)

(9)

1.5. 日本語学習者コーパスにみられる「~こむ」の誤用

「~こむ」をめぐっては、学習者コーパスでは、誤用もみつかる。

まず、本稿で分析対象とする、誤用タグ付き中国語・日本語学習者コーパスについて、公開 されているものを以下に紹介しておく。

(6) 東京外国語大学国際日本研究センター「日本語・英語・中国語学習者コーパス・誤用検索」

システム http://ngc2068.tufs.ac.jp/corpus/

(7) 東京外国語大学グローバルCOE「日本語誤用オンライン辞典」

http://cblle.tufs.ac.jp/llc/ja/index.php?menulang=ja

(8) 東京外国語大学「日本語学習者作文コーパス及び誤用辞典」

http://ngc2068.tufs.ac.jp/corpus_ja/

(9) 東京外国語大学「中国語学習者作文コーパス及び誤用辞典」

http://ngc2068.tufs.ac.jp/corpus_ch/

まず、(7)の東京外国語大学「日本語学習者作文コーパス及び誤用辞典」では、以下のような、

上級と想定される上海外国語大学日本専攻3年生による中国語から日本語への翻訳において、

不適切な「~こむ」複合動詞を用いている誤用例がみられる。

(10) 胡先生とご家族の私に対する温かいおもてなしはいつまでも宝物のように、永遠に私の胸

に畳み込んでいます→刻まれています。(Sh_037)

(11) 豊かな時代ではありませんでしたが、胡先生とご家族が親切にもてなしてくださった

思 い 出 は 宝 物 の よ う に 心 の 底 に埋 め 込 ん で い ま す → 刻 ま れ て い ま す。 (Sh_026)

(12) 授業の時、先生はいつも綿布団を西洋のロールケーキのように巻き込んで→巻いて、ベッ

ド を ベ ン チ の よ う に 整 え て か ら 、 そ の う え に 座 る よ う に い い ま し た 。 (Sh_046)

(13) ただもう一回胡先生のご一家の客に対するおもてなしを落ち込む→思い出すためです。

(Sh_028)

(14) 私が座り込む→座ると、先生はまず伝統的な中国式の蓋つきの茶碗に少し龍井茶の葉をい

れ て 、 そ し て 、 お 湯 を 魔 法 瓶 か ら 入 れ て 、 温 か い お 茶 を 入 れ て く だ さ い ま し た 。 (Sh_015)

(10)から(14)の各誤用例の要因として、学習者が、複合動詞をイディオムのように、一語と して記憶し、不適切な語彙を選んでいるという要因が考えられる。アメリカのいくつかの大学 で日本語の授業を参観させていただいた経験があるが、日本語教育の現場でも、複合動詞は、

ひとつひとつ丸暗記する、というスタイルである。それは、日本の英語教育において、英語の 句動詞を単語と同様に、試験に出る頻度数の高いものから、丸暗記していく学習法と同じであ る。第二節からは、日本語と中国語の状態変化を表す複合動詞、即ち「アスペクト複合動詞」

の構造を考察し、両言語における比較を通して、丸暗記ではなく、より解説的に学習者に複合 動詞を教授し、複合動詞を生産的に使用可能にするための分析をすすめる。

2. 英語・中国語からみた「~上げる/上がる」

2.1. 状態変化を表す「~上げる/上がる」

姫野(1999)は「-上がる」「-上げる」の用法を、表3及び表4のように分類している。

【表3】「-上がる」複合動詞の下位分類(姫野1999:36)

「-上がる」 複合動詞 意味特徴 ふもとから頂上へ駆け上がる

地面から空に向かって伸び上がる 空中を飛び上がる

上昇

産物[が]~上がる 料理が出来上がる

完了・完成

観客が震え上がる 強調

相手が付け上がる 増長

目上の方が飲食物を召し上がる 尊敬語

(10)

【表4】「-上げる」複合動詞の下位分類(姫野1999:44)

「-上げる」の複合動詞 意味特徴

地上から月に向かってロケットを打ち上げる 1階から2回まで荷物を運び上げる

上昇

社長に用件を申し上げる 農民から米を買い上げる

社会的行為

子供がしゃくり上げる 体内の上昇

パンを焼き上げる 完了・完成

賊を縛り上げる 強調

本を読み上げる 軍隊を引き上げる 人生を歌い上げる

その他

本稿では、状態変化を表す「完了・完成」の「~上げる」「~上がる」について、以下考察を すすめていく。

2.2. 英語の句動詞 “V+UP”と「~上げる/上がる」

ニューベリーペイトン(2018:59)は、具体的上昇を表す「~上げる」「~上がる」がup句動詞 と対応しやすいのに対して、状態変化を表す「完了・完成」の「~上げる」「~上がる」は、

up句動詞に対応しにくい、として以下のような対応表を作成している。

(11)

【表4】「-上げる」複合動詞の下位分類(姫野1999:44)

「-上げる」の複合動詞 意味特徴

地上から月に向かってロケットを打ち上げる 1階から2回まで荷物を運び上げる

上昇

社長に用件を申し上げる 農民から米を買い上げる

社会的行為

子供がしゃくり上げる 体内の上昇

パンを焼き上げる 完了・完成

賊を縛り上げる 強調

本を読み上げる 軍隊を引き上げる 人生を歌い上げる

その他

本稿では、状態変化を表す「完了・完成」の「~上げる」「~上がる」について、以下考察を すすめていく。

2.2. 英語の句動詞 “V+UP”と「~上げる/上がる」

ニューベリーペイトン(2018:59)は、具体的上昇を表す「~上げる」「~上がる」がup句動詞 と対応しやすいのに対して、状態変化を表す「完了・完成」の「~上げる」「~上がる」は、

up句動詞に対応しにくい、として以下のような対応表を作成している。

【表5】 姫野分類における「完了」とup句動詞の対応関係(ニューベリーペイトン2018:59) 後項動詞 下位分類 対応する例 対応しない例

上がる 作業の完了 なし [be+形容詞]

炊き上がるbe ready

出来上がるbe finished, be ready ゆで上がるbe completely boiled

(パンが)焼き上がるbe baked, be ready 編み上がるbe finished

仕上がる be finished 上がる 自然現象の完了 晴れ上がるclear up

干し上がるdry up 涸れ上がるdry up

[動詞+副詞]

澄み上がるclear completely

上げる 完成品を伴う 作業の完了

(ゆで上げるboil up [単独動詞][局面動詞+動詞]など 作り上げるmake

縫い上げるfinish sewing 焼き上げるbake, finish baking ゆで上げるboil (until ready) 上げる それ以外の

作業の完了

数 え 上 げ る count up, enumerate 売り上げるsell up (cf. sell out)

[動詞+副詞][単独動詞]など 調べ上げるinvestigate exhaustively 並べ上げるlist

勤め上げるwork until (retirement/the end of one’s term)

2.3. 中国語からみた「~上げる/上がる」

状態変化を表す複合動詞を、以下「アスペクト複合動詞」と呼ぶことにして、アスペクト複 合動詞「~上がる/上げる」と中国語の補語<-上 shang>を取り上げて、認知意味論の視点から 比較を試みる。両者は、いずれも具象概念としての「上方移動」を表す際に用いられるが、両 者は、メタファーを通して抽象概念であるUP概念を生み出す。

まず、「~上がる/上げる」は、UP概念のひとつとして、「苦労した結果、結果物が産出され る」という意味をもつ。

(12)

(15) a. 論文を書き上げる。

b. ケーキが焼き上がった。

(15a,b)に対応する中国語では、「よい結果物が産出された」という意味の< -好hao>というア

スペクト複合動詞が対応する。

(16) < -好hao>「動作の完了+好ましい結果状態・結果物の創出:~上げる/上がる」

a. 写好论文 (論文を書き上げた)

b. 蛋糕烤好了(ケーキが焼き上がった)

< -好hao>は、「~上がる/上げる」と異なり、結果物の産出のみに焦点があたり、結果に至る

過程には焦点があたっていない。

さて、中国語の補語<-上shang>は、以下のように、UP概念用法を表す。

(17) <-上1 shang>「動作の結果+{上方の場所/目的/基準}に到達する」UP概念

a.「上方移動」:登上山顶(山頂に登る), 爬上八楼(8階まで登る)

b.「目標到達」:买上房子(家を買って手に入れる), 住上新房子(新しい家に住めるように なる)

c.「数量詞で表す基準に到達」: 最近失眠,每天只能睡上三,四个小时。(最近は不眠で、

毎日3,4時間しか眠れない),只要中午睡上一刻钟,下午工作就特别有精神。(お昼に15分 眠れば、午後は仕事の効率がよい)

UP概念を表す<-上1 shang>は、目標達成を表し、目標は上に存在する概念として認知されて いる。この用法は、日本語のアスペクト複合動詞に対応するものがみつからず、中国語の第二 言語習得においては、習得が特に困難である。

一方、中国語の<-上shang>は、UP概念以外にも、ON概念の両方の概念を表す。

(18) <-上2 shang>「平面に対する動作の結果+平面にモノが存在するようになる」ON概念:

a. 「固着:~つける/つく」:贴上(貼り付ける),写上姓名(氏名を書き込む/書き入れる), 穿上衣服(衣服をつける), 戴上{眼镜/帽子/手套}({眼鏡/帽子/手袋}を身に着ける)

b. 「二つのモノの{結合/接触}」WITH概念:关上门(ドアを閉める), 锁上(鍵をかける),

接触上了(連絡がついた/接触ができた)

(13)

c. 「状態変化、起動+継続:~し始める/~になる」起動のON概念:

会议还没开大家就议论上了。 (会議開始前に皆はすでに討論し始めた)

最近又忙上了。(最近また忙しくなった),爱上一个女演员(女優を好きになる)

このように、中国語でUP概念を表す<-上shang>は、日本語のアスペクト複合動詞「~上げ る/上がる」には対応せず、中国語母語日本語学習者にとって、アスペクト複合動詞「~上げ る/上がる」の習得が困難であることが予測される。

2.4. 日本語学習者コーパスにみられる「~上げる/上がる」の誤用

「東京外国語大学国際日本語学習者作文コーパス及び誤用辞典」では、複合動詞に関わる誤 用が137例収録されているが、そのうち、「~上げる/上がる」に関わる用例が一例みつかる。

(19) 胡先生一家 → ご一家 (replace, 文の要素 B:接辞 L:敬語) は突然に → 突然(replace, 文の要素 A:副詞) 出現した → 現れた (replace, 文の要素 A:動詞) 私に「ちょうど 蒸し た→蒸し上がった(replace,文の要素 A:動詞 B:複合動詞)八宝飯がありますので → か ら(replace, 文の要素 F:語・節の接続 L:文体・位相) 、食べた後帰りましょう → 食べて 行ってください (replace, 文の要素 A:動詞 F:語・節の接続 J:モダリティ J:受益・視点) ね。」

と言いました。(Sh_043)

「蒸した八宝飯」は、誤用ではないが、「蒸し上がった」というアスペクト複合動詞にしたほ うが、蒸した結果としてできあがった、想像するだけでもおいしそうな「八宝飯」(様々な漢方 食材をもち米に入れて蒸し上げる、丸い中華風ケーキ)に焦点があたり、よりよい表現になる。

3. 日本語と中国語のアスペクト複合動詞

「アスペクト複合動詞」(Aspectual Compound Verbs)とは、影山(2013:11)によれば、以下の ような複合動詞である。

(20) 文の項関係は基本的に,V1によって決まり、V2は広い意味で語彙的アスペクトを表し、

V1が表わす事象の展開について述べる。

a. 補文関係:

~上げる/上がる(完了):歌い上げる,磨き上げる

~逃がす(不成功):見逃す

(14)

b. 副詞的:~渡る(隅々まで及ぶ):響き渡る,晴れ渡る

一方、中国語にも日本語のアスペクト複合動詞に相当するアスペクト複合動詞がある。

(21) a. < -好hao>:「完結相+結果の産出」

「~上げる/上がる」写好论文。(論文を書き上げた)

蛋糕烤好了。(ケーキが焼き上がった)

b. < -上1 shang>:「起動相」

「~出す」 会议还没开大家就议论上了。 (会議開始前に皆は討論し出した)

最近又忙上了。(最近また忙しくなり出した)

c. <-光guang>:「完結相+対象の消滅」

「~切る」

吃光(食べ切る), 花光(お金を使い切る), 卖光(売り切る/売り切れる)

d. <-住zhu>:「完結相+固着」

「~止める」「~こむ」

叫住了一辆出租车 (タクシーを呼び止める), 记住 (覚えこむ)

e. < -上2 shang>:「完結相+接合」

「~つける/つく1

贴上(貼り付ける), 装上(取り付ける)

f. <-着zhao>:「完結相+目標達成」

「~つく2」「~出す」「~当てる」

睡着了(寝つく), 找着了 (探し出す;探し当てる)

また、中国語では、(22)に示すように、移動を表す「方向補語」複合動詞からアスペクトを 表す「結果補語」複合動詞への意味拡張も顕著である。

(22) a. <-起来 qilai > 「上方移動」から「起動相」へ (~出す)

b. <-下去xiaqu> 「下方移動」から「継続相」へ (~続く/続ける)

4. 日本語母語話者中国語学習者にみられる中国語アスペクト複合動詞の過少使用

日本語母語中国語学習者にとって、中国語の補語の習得が困難であることは、中国語教育に

(15)

b. 副詞的:~渡る(隅々まで及ぶ):響き渡る,晴れ渡る

一方、中国語にも日本語のアスペクト複合動詞に相当するアスペクト複合動詞がある。

(21) a. < -好hao>:「完結相+結果の産出」

「~上げる/上がる」写好论文。(論文を書き上げた)

蛋糕烤好了。(ケーキが焼き上がった)

b. < -上1 shang>:「起動相」

「~出す」 会议还没开大家就议论上了。 (会議開始前に皆は討論し出した)

最近又忙上了。(最近また忙しくなり出した)

c. <-光guang>:「完結相+対象の消滅」

「~切る」

吃光(食べ切る), 花光(お金を使い切る), 卖光(売り切る/売り切れる)

d. <-住zhu>:「完結相+固着」

「~止める」「~こむ」

叫住了一辆出租车 (タクシーを呼び止める), 记住 (覚えこむ)

e. < -上2 shang>:「完結相+接合」

「~つける/つく1

贴上(貼り付ける), 装上(取り付ける)

f. <-着zhao>:「完結相+目標達成」

「~つく2」「~出す」「~当てる」

睡着了(寝つく), 找着了 (探し出す;探し当てる)

また、中国語では、(22)に示すように、移動を表す「方向補語」複合動詞からアスペクトを 表す「結果補語」複合動詞への意味拡張も顕著である。

(22) a. <-起来 qilai > 「上方移動」から「起動相」へ (~出す)

b. <-下去xiaqu> 「下方移動」から「継続相」へ (~続く/続ける)

4. 日本語母語話者中国語学習者にみられる中国語アスペクト複合動詞の過少使用

日本語母語中国語学習者にとって、中国語の補語の習得が困難であることは、中国語教育に

おいて、従来から指摘されてきた。では、上述の日本語母語話者による「中国語学習者作文コ ーパス及び誤用辞典」1)を、 「英語母語中国語学習者コーパス」2)及び「中国語母語話者コー パス」3)と比較するとどのようになるだろうか。結果補語<-到> <-成> <-完>について、筆者の研 究チームが収集し、誤用タグをつけている英語母語中国語学習者コーパス(非公開)における 産出頻度と、中国語母語話者の産出頻度とを調整頻度で比較してみると、以下のような結果が 得られる。

【表6】 結果補語<-到dao > <-成cheng> <-完wan>の産出の比較

日本語母語話者 英語母語話者 中国語母語話者

調整頻度 10,000 ごとの 出現頻度

〜到 -dao 1.0 138.5 12.5

〜成 -cheng 3.0 8.0 11.6

〜完 -wan 1.0 21.8 6.1

表6では、三種類のコーパスにおいて、叙述内容・文体・学習者レベルで厳密なコントロー ルがなされていないが、日本語母語中国語学習者は、例えば、結果補語<-到>についてみても、

10,000語ごとの調整頻度が1.0例しか産出されず、英語母語話者138.5例、中国語母語話者12.5

例と比較して有意に低い。「中国語学習者作文コーパス及び誤用辞典」から、誤用例を以下に挙 げる。下線部が結果補語・方向補語に関わる誤用である。

(23) 除了 → 一些 (add move,短语 量词短语) 优秀的一些 → (delete move,短语 量词短 语) 女 性 以 外 , 在 工 作 里 找 不出 → 到 (replace, 补 语 结 果 补 语 趋 向 补 语) 目 标 的 女

性 → 也 (add, 副词 关联副词) 不少。(東京外国語大学中国語専攻4年/学習歴 37 カ月

/TUFS_CH_016)

(24) 而且在城市 → 城市里 (replace,方位短语) 有很多工作 → 的机会 (add,“的”字短语) , 我们很容易 → 就 (add,关联副词) 找着 → 到 (replace,结果补语) → 工作 (add,宾语) 。

(東京外国語大学中国語専攻2年/学習歴13 カ月/TUFS_CH_036)

(25) 中 餐 → 里 (add, 方 位 短 语 方 位 词) 有 不 太 多 生 菜 和 冷 饭 → 没 有 很 多 生 的 东 西 (replace,存现句) ,不过在日本菜和西餐 → 中 (add,方位词 方位短语) → 都 (add,

范围副词) 可以看过 → 到 (replace,结果补语) 。 (東京外国語大学中国語専攻2年/学習歴 14 カ月/TUFS_CH_084)

(16)

(23)(24)(25)で示されている結果補語の誤用では、事象の完結性を表す結果補語<-到>の規則的 用法を完全には習得しておらず、<找不出><找着><看过>といった、既習の結果補語・可能補語 を一語として記憶し、結果として意味的に誤った補語を用いていると推測される。日本語母語 話者向けの中国語教授法としては、結果補語は、一語として記憶させるのではなく、結果補語 の基本的意味用法を習得させ、各結果補語がどのように V1 と結びついて生産的な意味をもつ のかという教育が必要である。

5. 中国語と日本語における事象の実現・未実現を表す言語形式の相違

中国語においては、「実現した事象」(Telic Event)には、アスペクト複合動詞(結果補語)が 必要であることが多く、「未実現の事象」(Atelic Event)には、未実現を表す助動詞<会hui>が必 要であることが多い。しかし、日本語母語話者には、中国語における「未実現」事象に助動詞

<会>が必要であることがなかなか習得できない。なぜならば、日本語では、未実現事象には、

「非過去形」であるル形が用いられることが多く、ル形が有標の言語形式ではないからである。

日本語では、「過去」対「非過去」という事象認知が卓越し、一般性のある事象ではあるが未実 現とみなされる事象にも、ル形を用いる。一方で、中国語では、「実現」対「未実現」という事 象認知が卓越し、実現した事象には、結果複合動詞を用いることが多く、実現の否定には、結 果複合動詞の V1V2の間に否定辞<不bu>を挿入して、可能補語と呼ばれる表現、例えば、<找 不到>(探したが、みつからない)、<写不出来>(書こうとしているが、書けない)<睡不着>(寝 ようとしたが、寝付けない)を用いる。

実現した事象については、日本語においては、動詞の自他対応における自動詞(e.g.「植え る-植わる,切る-切れる,直す/直る」等の自他対応の自動詞)や、アスペクト複合動詞(e.g.読 みこむ,書き出す,書き上げる)が、事象の完結性を表示する言語形式となる。

こうした完結性に関わる中国語と日本語の相違は、一方で、以下の(26)に示すように、中国 語母語話者日本語学習者コーパスに観察される誤用、すなわち「習慣的事象にも、‘-た’を使 う」という過剰使用につながっていると推測される。

(26) 習慣的事象における「-た」の過剰使用

私はいろいろ物が好きです。買いたいです。特に、小説と漫画を買うのが大好きです。それ は私の趣味は本を読むことですから、お金時々持ってはないです。それは私の失敗ことです。

部屋の本棚はいっぱいになっても、本を買いたいです。母は「もう買わないて」と言いました。

しかし、時々本屋へ行って大好きな本を見て、ついお金を使っていました(→使ってしまいます)。 買っての後で、私が後悔しました(後悔します)。私はいつも「本を買いません」と思いますか、

(17)

(23)(24)(25)で示されている結果補語の誤用では、事象の完結性を表す結果補語<-到>の規則的 用法を完全には習得しておらず、<找不出><找着><看过>といった、既習の結果補語・可能補語 を一語として記憶し、結果として意味的に誤った補語を用いていると推測される。日本語母語 話者向けの中国語教授法としては、結果補語は、一語として記憶させるのではなく、結果補語 の基本的意味用法を習得させ、各結果補語がどのように V1 と結びついて生産的な意味をもつ のかという教育が必要である。

5. 中国語と日本語における事象の実現・未実現を表す言語形式の相違

中国語においては、「実現した事象」(Telic Event)には、アスペクト複合動詞(結果補語)が 必要であることが多く、「未実現の事象」(Atelic Event)には、未実現を表す助動詞<会hui>が必 要であることが多い。しかし、日本語母語話者には、中国語における「未実現」事象に助動詞

<会>が必要であることがなかなか習得できない。なぜならば、日本語では、未実現事象には、

「非過去形」であるル形が用いられることが多く、ル形が有標の言語形式ではないからである。

日本語では、「過去」対「非過去」という事象認知が卓越し、一般性のある事象ではあるが未実 現とみなされる事象にも、ル形を用いる。一方で、中国語では、「実現」対「未実現」という事 象認知が卓越し、実現した事象には、結果複合動詞を用いることが多く、実現の否定には、結 果複合動詞の V1V2の間に否定辞<不bu>を挿入して、可能補語と呼ばれる表現、例えば、<找 不到>(探したが、みつからない)、<写不出来>(書こうとしているが、書けない)<睡不着>(寝 ようとしたが、寝付けない)を用いる。

実現した事象については、日本語においては、動詞の自他対応における自動詞(e.g.「植え る-植わる,切る-切れる,直す/直る」等の自他対応の自動詞)や、アスペクト複合動詞(e.g.読 みこむ,書き出す,書き上げる)が、事象の完結性を表示する言語形式となる。

こうした完結性に関わる中国語と日本語の相違は、一方で、以下の(26)に示すように、中国 語母語話者日本語学習者コーパスに観察される誤用、すなわち「習慣的事象にも、‘-た’を使 う」という過剰使用につながっていると推測される。

(26) 習慣的事象における「-た」の過剰使用

私はいろいろ物が好きです。買いたいです。特に、小説と漫画を買うのが大好きです。それ は私の趣味は本を読むことですから、お金時々持ってはないです。それは私の失敗ことです。

部屋の本棚はいっぱいになっても、本を買いたいです。母は「もう買わないて」と言いました。

しかし、時々本屋へ行って大好きな本を見て、ついお金を使っていました(→使ってしまいます)。 買っての後で、私が後悔しました(後悔します)。私はいつも「本を買いません」と思いますか、

新しい本を買いました(→買ってしまいます)。私は多いお金の使わないを知って、買います。

そして私の本棚に小説と漫画が多いです。節約しなければ、失敗します。母はいつも「自分金 銭の管理は大変です」と言いました(→言います)。仕事をする時、お金を使いすぎますと儲金 しませんのは一生お金持ちじゃないです。いつもお金を使いすぎました(→使いすぎます)。(東 京外国語大学グローバルCOE「日本語誤用オンライン辞典」Mc_010_2010)

(26)を執筆した中国語母語話者は、習慣的事象には日本語では「-た」形を用いないというこ とをまだ習得しておらず、実現した事象には,「-た」形を用いなければならない、という学習 者なりの一般化規則を作っているようにみえる。すなわち、母語である中国語の「実現」対「未 実現」という事象認知が卓越し、実現した事象には、日本語においても、何か有標の標識をつ けなければならない、という心理が働いていると推測される。

次に、日本語も中国語もアスペクト複合動詞が存在するのに、なぜお互いにその習得が困難 になるのかについて考察したい。その理由として、SVO言語としての中国語と、SOV言語とし ての日本語の統語構造の相違が、アスペクト複合動詞の語彙構造の相違と関連していることが 考えられる。次節では、日本語と中国語における統語構造の相違が、どのように両言語のアス ペクト複合動詞の語彙構造の相違をもたらしているかについて考察したい。

6. 統語構造の反映としての日本語・中国語のアスペクト複合動詞の語構造の相違

青木(2013)は、日本語のアスペクト複合動詞が、歴史的に、VP[VP[項+V1]V2]]のように、V2

の目的語補文が V2 と複合することにより変遷してきたことを示唆している。こうした日本語 のアスペクト複合動詞の歴史的変遷は、日本語のSOVの統語構造が複合動詞の内部構造に反映 され、前項動詞[VP[項+V1]]が、後項動詞V2の目的語節として機能するOV構造型複合動詞が 卓越していることが、歴史的にも支持される。

一方、望月・申(2011)では、SVO 語順の中国語においては、SOV 語順の日本語とは異なり、

目的語補文との複合動詞化が起こらないこと、中国語では、歴史的に SVOC 結果構文から

S[VC]O構文への変遷の結果、結果複合動詞が卓越するようになったことを述べた。このため、

中国語では、未完結事象を表す「始動:~かける、出す、始める」、「継続:~まくる」、「未遂:

~そこなう、~損じる、~忘れる」は、複合動詞で表すことができない。

日中語ともに、アスペクト複合動詞の内部構造は、日本語・中国語の統語構造の反映であり、

日本語の複合動詞は、「(V2の目的語補文構造中のV1)+V2」の複合から形成されるのに対し て、中国語は「結果構文のVC(=V1+結果補語)」構造からアスペクト複合動詞が形成される という相違がある。

(18)

中国語には、目的語節を補文にとる「始動:V1 することを{~かける/~だす/~始める}」

「継続:V1することを{~まくる/~続ける}」「未遂:V1することを{~そこなう/~損じる/

~そびれる/~しかねる/~遅れる/~忘れる}」「過剰行為:~過ぎる」「再試行:~直す」「相 互行為:~合う」といった「目的語補文」型複合動詞は存在しない。中国語では、日本語とは 異なり、目的語節内の動詞との複合が起こらないのである。

以下、日本語の目的語補文型複合動詞が中国語ではどのように表されるかについて考察して みよう。例えば、(27)に示すように、日本語で「始動,継続,未遂,再試行」を表す目的語補 文型複合動詞は、中国語においては、[VPV2+[IP …V1…]]という目的語節をとる動詞句か、[IP

没能 [VP…V1…]]のように過去の不可能な事態を表す他動詞文に対応し、アスペクト複合動詞

で表すことができない。

(27) a. 「~始める」 ([VP开始 [IP…V1…]]) b. 「~続ける」 ([VP继续 [IP…V1…]])

c. 「~損なう/損ねる」 ([IP没能 [IP…V1…]]) d. 「~忘れる」 ([VP忘 [IP…V1…]]) e. 「~直す」 ([VP重新 [IP…V1…]])

では、中国語はなぜ目的語補文をとる複合動詞がないのだろうか?例えば,「書き忘れる」に 対応する中国語として、なぜ<*忘写wang-xie, [忘れる+書く]>という複合動詞が不可能なのだ ろうか?

その理由として、第一に、中国語においては、事象を「時間順の語順」で複合動詞を形成す る「因果関係型」、或いは「先行-結果」語順型が、優先順位が最も高い複合動詞の型であるこ とが挙げられる。

さて、複合動詞の後項には、一見例外的に、起動相を表すものもある。例えば,<-上shang>

<-起qi><-开kai>といった例がある。これらは、事象の「起動+継続」という意味を添えるアス

ペクト複合動詞であるが、中国語学では、結果補語として分類されている。

しかし、こうした事象の「起動+継続」も、中国語においては、アスペクト的に「有界性」

をもつ状態変化として捉えられる。これは中国語の完結相を表すアスペクト接辞<-了>が、「存 続場面のパーフェクト」(Perfect of Persistent Situation; Comrie1976:19-20,望月1997:63-64)と して、将然相を表す際にも用いられることと関連する。即ち、中国語では、結果相でも、起動 相でも、以下の(28)に示すような、「有界的」事象とその結果相として、アスペクト接辞<-了>

及びアスペクト複合動詞の後項<-上>·<-起><-开>が用いられる。

(19)

日本語でも、 同様に、瞬間現在のスポーツ中継などの「~走った!」や、探しものがみつか った際の「あった!」のように、状態変化を表す有界性を表す「-た」の用法がある。

(28)

「起動 / 完結」

「将然相」 「結果相」(+継続)

「状態変化」(+有界) e.g. <-了> <-上>·<-起><-开>

7. 日本語・中国語のアスペクト複合動詞の語構造の相違

日本語・中国語の複合動詞について対照すると、以下の表7のようにまとめられる。日本語 と中国語の母語話者が、互いに中国語学習及び日本語学習において、アスペクト複合動詞の習 得が困難である要因は、日本語・中国語間の統語構造の相違が、複合動詞の語構造の相違に反 映されているからである。

(20)

【表7】 日本語と中国語における句構造,複合動詞の構造と語順原則

日本語 中国語

1. 動詞句の構造 1. OV語順 2. 動詞句構造:

動詞句の主要部:右側 動詞の後に結果述語は 許されない。

1. VO語順 2. 動詞句構造:

動詞句の主要部:左側 動詞の後に結果述語が おかれる。

2.複合動詞の語順原則 の優先順位

1.「句構造と語構造の一致原則」

→補文関係の複合動詞が卓越 e.g.「書き忘れる」

「早過ぎる」

2. 「時間順原則」

e.g.

・因果関係:溺れ死ぬ

・先行-結果関係: 食べ残す 売れ残る

1.「時間順原則」

結果複合動詞の卓越性 e.g. <吃腻>,<穿惯>

→目的語補文型複合動詞は存在しない。

<*腻吃(食べることに飽きる)>

<*惯穿(履くことに慣れる)>

2. 「句構造と語構造の一致原則」→ 目的語補 文型はないが,主語補文型は存在する。

e.g.<-完>,<-上>,<-错>,<-多>,<-少>,

<->

おわりに:日本語・中国語の時間認知の「有界性」の相違と習得への影響

中国語のアスペクト複合動詞は、結果複合動詞として、実現した事象を表わすのが原則である のに対して、日本語のアスペクト動詞は、目的語を補文とする複合動詞が基本構造で、「~かけ る/かかる」のように、未完結事象の将然相を表す複合動詞も存在する。玉岡・初(2013:416)で示 唆されているように、中国語母語日本語学習者にとっては、中国語には存在しない、未完結事象 の将然相を表す「~かかる/かける」アスペクト複合動詞の習得難易度は高い。

一方、日本語母語中国語学習者の場合は、「事象が実現したか、未実現か」という事象の時間 的「有界性」(boundedness)、即ち「完結」対「未完結」を区別する結果補語<-到dao > <-成cheng>

<-完wan>の産出が、英語母語話者中国語学習者・中国語母語話者に比べて、著しく出現頻度が

低いことに加え、未実現事象に使われる蓋然性を表す助動詞<会 hui>の脱落も、超級学習者に なっても改善せず、「永遠の誤用」として化石化する可能性が高い。

中日語間の「時間認知の有界性」の相違、すなわち、「実現した事象」か「未実現の事象か」

という区別が卓越している「有界的認知が卓越」している中国語と比較して、「過去/非過去」

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