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経営学者の無力感 と孤立感、そして嘘

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(1)

研究論文

経営学者の無力感 と孤立感、そして嘘

小 島 大 穂

要 旨

経営学 を研 究す る者 は、本質的な 「私たちの研 究す る学問は、役 に 立 ってい るのか とい う問いに、悩み苦 しむ。 そ して、 「経営者 を教 育す る主体 と方法は何か とい う問いに八方がふ さがる。 これ に対 し て、経営学者 は苦 し紛れ に、 「最高学府で教 え、経営学者 が経営者教 育 を行 うのだ」 としよ うとす る。 しか し、 どのよ うな論 を立て よ うと、

そのよ うなことがいえるはずがない。 なぜ な らば、現実 として、経営 者 が困った ときに大学や大学院に救いを求 め、頼 ろ うとす る気配が、

これ っぽっちも無 か らである。

本論文では、上記 の経営学の核心的な問題 に対 して、い ろい ろな角 度か ら検討 を加 え、 これか らの経営学の展望 を占 うのである。

キー ワー ド :経営学者 経営者 専門家 経営教育論 経営制度論

1

経営学 よ り経営学者論 を研究すべ き

経営学 を研究す る者 は、本質的な 「私たちの研究す る学問は、役 に立ってい るのか」とい う問いに、悩み苦 しむ。本稿 では、 この経営学が生まれた頃か ら 常に問われてきた問題 に、真剣 な態度 で向き合 うことにす る。

さて、冒頭の問いは、以前 に比べ (20世紀後半頃)比較的少 な くなってきた。

つま り、この論理的な論争がな されていた頃の議論 と比べ ると、今 日の議論 は、

125

(2)

国際経営フォーラムNo.21

「経営学は役 に立ってい る とい うことを前提 として論 じられているのだろ う。

これでは、人々の共感 を呼ぶ ことはできない し、後世で再検討 された ときに、

読むに耐 えない論 としての経営学 となっている可能性が高い。

それでは、論 をは じめる前 に、本論文を執筆す る動機 となった一例 を挙げて み る それ には、「経営者 を教育す る主体 と方法は何 か」とい う問いが一番 わ か りやすいであろ う。 これに対 して、経営学者 は当然 「最高学府 で教 え、経営 学者が経営者教育 を行 うのだ としよ うとす る。 しか し、 どの よ うな論 を立て よ うと、そのよ うなことがいえるはずがない。 なぜ な らば、現実 として、経営 者が困った ときに大学や大学院に救いを求め、頼 ろ うとす る気配が、これっぽっ

ちも無いか らである。

身近な例 を挙げると理解 しやすい。た とえば、有能で行動力があ り構成員や 社会 に尊敬 され る経営者 は、講学上の リー ダーシ ップ論 を学んでい るのであろ うか。いや、そ うではない。彼の試行錯誤 と人生で培われた哲学によって、 リー ダーシップを発揮 して、皆を率いているのである。一方、 リーダーシ ップを講 学上で研究 している者 に、 リーダー シ ップがあるのだろ うか。いや、私の知 り

うる限 りではいない。それ どころか、 リーダーシ ップを研 究 している研究者 こ そ、 リーダーシ ップがない。

経営学者 は、無力感 と孤立感 とい う苦悩 に、実の ところ苛まれている これ は、過去における経営学 を独立科学 として確立す る、数多 くの論争 とは別 の問 題 である。誤解 を恐れず に明確 に表現す ると、経営学者 の無力感 とは、 自分 の 研究が役 に立っていると認識できない心の叫びであ り、経営学者の孤立感 とは、

同 じカテ ゴ リーに存在す るはずの経営者 にも相手に されず 、他 の学問分野か ら も軽 く見 られているとい うプ ライ ドの問題 である。 どち らも深刻 な問題 なので ある。 これ らは、発展途上の学問であるとい う問題 ではな く、経営学あるいは 経営学者 の進むべ き方向が根本的に間違っているか らなのである。 この間違い を解決す るためには、ひ とえに経営学者 の さらなる努力 をす ること以外 に無い のである。

さて、経営学は、下記

2

つの役割 に集約 され る。 この

2

つの原理 に基づいて、

本論文は構成す る し、経営学 も形成 されてい くであろ うことを表明 し、本節 で 表明 した問題提起 を順次論 じてい くことにす る。

(3)

研究論文 経営学者の無力感 と孤立感 、そして嘘

(1)経営者 の実践 した足跡 を理論化 お よび普遍化 した健全 で効率的 な企業 経営研究 (過去 との対話)

(2)現代 社会 の制度 の なか で企業 を理解 した うえでの経 営 システ ム研 究 (未来 との対話)

2

経営学者の限界

2.1 経営学の幻想

学問は創造的でなけれ ばな らない。歴史上の偉人 といわれ る人々は、創造的 感覚 を大切 に して社会のシステムを作 ろ うと日夜苦労 したに違いない。時 とし

て、それぞれの時代の制度 に組み入れ られてない ことを主張す ると、変 人だ と か変わ り者 な どといわれ る。保守的な人でな くとも、今 ある制度 を否定 された と、怒 りにまかせて非論理的な主張を しかねない。その者 たちの気持 ちも充分 に理解 できるのであるが、時代 の流れ を敏感 に察知 し、聞 く耳を持つ とい う人 の長所 を発揮す るべ きである。

多 くの人は、今 日の政治システムをは じめ とす る諸制度 を、ほぼ完成型 に近 いのであろ うと思っている。いや、完成型 に近 い と思いたい、 とい う表現の方 が正 しいのか もしれない。だが、 このよ うな考 えこそが最大の倣慢 であ り、人 類 の進歩 を妨 げてい る大きな要因であることを認識 しなけれ ばな らないのであ

る。

人類の妄想 と経営学の幻想 に阻まれ ることな く、学問を立論 して、人類すべ ての人々の共通である幸福 を築きあげて かなければな らない。そのためには、

諸外国 との比較研究だけではな く、哲学的思慮 に基づいた創造的 システム開発 に乗 り出す ことが必要なのである。

2

.

2 経営学の研究対象範囲 と企業研究の意義

経営学は、企業の学 としての性質 を多分 に有 してい る。経営学の進歩 は、企 業の進歩 と同化す るとともに、同 じ時空間のなかで発達 してきた。 そのため、

経営学 と企業は切 って も切れない両輪 なのである。今 日の経営学の基底 にある 歴史的な流れが、企業経営 と経営学のは ぎまで良い面 も悪 い面 も出現 させ るの 127

(4)

国際経営フォーラムNo.21

である。

経営学の研究対象 を広げることと広が ることに、私は賛成である。 これは、

人類 は接す る問題 の大 きさに学問分野が比例す ると考 え られ るか らである。つ ま り、私たちが、企業 との関係 を密接 にすればす るほ ど、経営学は発達 し、対 象範囲を拡大 させ るのである。 それ によ り、経営学の役割 は多様化 し、今 日の 科学 と人類 の進歩 に役立ってい るのである。

しか し、良い ことばか りではない。対象が広がるとい うことは、 どうして も 論点の不透 明化 と問題点の多様化 を生む結果 となる。そ して、研 究す る者 は、

不安 を抱 くよ うになる。やがて、 この不安感 は、世の中の敏感 な人々に察知 さ れ、負 の世相 を形成す ることになる。経営者 もこれ らの世の中の流れ に気づか

ないふ りを しつつ、 自分の身の回 りだけは敏感 に改革 しよ うとす る。そのため、

経営学は、他 の学問分野 と比べて多分 に特殊 的性格 を有す ることにな り、独特 の発展 を遂 げることになってきた と考 えているのである。

経営学の独特 な発展 とは、実は本論文で論 じる裏の主題 なのであるが、社会 全体 をシステムで考 えなけれ ばな らない とい う問題 に直結す る1。 経営学は、

社会システム学であると読み替 えて も良い時代の到来が、 も うそ こまで来てい るのだ と強 く主張 しな くてほな らないのである

2. 3

経営学の限界 を超 えるために

経営学の発展 は、経営学の限界 をも確定す る た とえるな らば、無限に見 え るけれ ども、実は限界 を持 ちつつ広がっているとい う有限性 を持 ち合 わせてい る宇宙に似ている。そ うであるな らば、経営学の限界 (有限性) を確定 しつつ、

核心部分 を深 く検討す るべきなのではな か と考 えるのである。

今 日の経営学の危険性 は、 「自己陶酔」 と 「自己否定」 にある。 まず、 自己 陶酔 とは、経営学を研究す る者 が、経営者 を教育 あるいは指導できるとの思い こみである。また、 自己否定 とは、経営学 を研究す る者が、社会的責任や企業 倫理 な どに代表 され るよ うに、 自由を旨とす るはずの経営学に 目に見えない責 任や倫理観念 を押 しつけている学問的姿勢の ことである。 どち らも、経営学の 無限性 に託つけた後進的思想であるため、注意 しな くてはな らな か ら、 ここ

で詳しく論 じることに したい。

(5)

研 究論文 経営学者の無力感 と孤立感 、そして嘘

自己陶酔た る経営教育論 な どは、経営学 を研究す る者 こそ、経営者 を教 える 責任 があ り能力がある とす る。 もちろん、経営者 に一定の筋道 を与 える指標 を 示す とい う、影響力のある経営学者 な ども存在す るが、総 じて経営者 か ら経営 学者 はそっぽを向かれている とい う状態 に等 しい。

自己否定た る社会的責任論や企業倫理論 な どは、経営学 こそ 自由の学問であ るはず なのに、明確 な規定や責任 の範 囲の画定 を しないで、 ことさら感情的感 覚で企業経営者 あるいは企業 に責任 を迫 っていることが問題 である。経営学が 自由 とい う概念 と密接 な関係 があることは、今までの論 で充分 に論 じてきた と ころである2。

この よ うに、当面は 自らによってはってい るバ リアである自己陶酔問題 と自 己否定問題 の2つを解決す ることが、経営学の課題 である。 そ こまでいけない のな らば、 この よ うな本来的矛盾 の関係 を充分 に理解す ることか ら、は じめな ければな らないのである。

3

新社会 システム と総合政策制度論

3. 1

新 システムの構築 と経営者

経営学者 が無力感 を感 じるだけでは、何 も進歩 しない。 これ を、次 なる期待

‑ と繋 げな くてはな らない。そのためには、まず、経営学者 が、如何 に無能力 で、如何 に世間に役立 っていないのかを痛感す ることか ら、は じめなければな らないのである。それができて こそ、新 しい枠組みの創設や次 なる我 の立 ち位 置 を確認す る場面 を得 ることができるのである。

さて、い うまでもな く、現代 における国家体制 は、立法、行政、司法 の三権 に分立 されている。その役割 のなかに、経営の世界お よび経済の世界はシステ ム として導入 されてい くべ きなのである。た とえば、経済不況が訪れ る となる と、立法や行政は、経済刺激策 を講 じた りす ることで大忙 しである。 しか し、

その立法 を司 る者 は、経営 もわか らなけれ ば、経済 もわか らない者 なので あ る3

複雑化 した社会 とか多様化 した社会 と言われて久 しいが、いつの時代で もプ レーヤーは人である。人である限 り、 どんなに複雑化 して もどんなに多様化 し

1 2 9

(6)

国際経営フォーラムNo.21

1

経営と経済の世界の将来展望フローチャー ト 近視眼

経営の世界

経済の世界

(出所)筆者作成。

て も、核心は変 わ らないはずである。 そ うだ とす るな らば、人‑ の直接的アプ ローチは経営学で扱 わない として も、経営学 とい う枠組み を取 っ払 うか (科学

‑ の回帰)、経営学 としての役割 を再認識す るか (個別科学確 立)、経営学 と他 の学問 との交流 と統合 (学際研 究統合)、の

3

つだ け しか残 され た道 はないの である。

まず、科学‑の回帰は、純粋科学 として人その ものを対象 に しよ うとす る哲 学‑の回帰 と読み替 えて も良い。 だが、哲学 として欲す るために、経営学 を誕 生 させ たのであるか ら、容易 に、 こち らの方 向に戻 ることはできない。 また、

個別科学確立は、経営学が誕生 してか ら、多 くの時間を割 てきた科学 として の独 立である。 だが、経営学の独立 を意識す るばか りに、その研 究対象 を霧 の 中‑ と追いや って しまったのである そ して、学際研 究統合 は、灰 かに行 われ てい る感 がある。 そのため、 どち らかの学問に立脚 して考慮 してい る とい う感 を拭 えず 、統廃合 とい う意味において後れ を取 っている と言 わ ざるを得 ないの である。

この よ うな、今 までの学問の流れ を絶 って、新 しい分野 を確 立 しなけれ ばな らない。それ は、図 1で表 された過程 を通過 した後 に現れ るであろ う 「総合政 策制度論」 なのである。

(7)

研究論文 経営学者の無力感 と孤立感 、そして嘘

3.2 職業的専門家団体の政策決定への関与

職業的専門家団体 とは、力の強い ところか らい うと、 日本税理士連合会や 日 本医師会な どである。 これ らの団体は、強制加入組織 として、政策提言や 自己 鍛錬 の場 として活用 されてい る。

た とえば、 日本税理士連合会 は、もともと強制加入団体であるか ら、税理士 免許 を持つ者 であって も 日本税理士連合会 に入会 しなけれ ば、税理士業務 をす ることができない。そのため、ほ とん どの税理士業務 をす る者 は、 日本税理士 連合会 に入会す ることになる。税理士の存在意義 は、税理士法の使命 に、 どの よ うに表現 されていよ うが、顧客の利益 を最大化す るために業務 をす るのは必 然である。

強制加入団体は、別 に政治団体 を有 している場合が多い。強制加入団体であ るか らこそ起 こ りうる問題 は、税理士会 自体が、税理士の顧客のために政治活 動 に対 して関 与す る場合である。その最たるものは、政治献金や選挙にお ける 政党や候補者 の推薦 な どである。つま り、税理士会 に所属す る税理士であって も、いろいろな立場や信条 を持 っている者 か ら構成 され る。それなのにも関わ らず、特定の政党や候補者 に政治献金や資金集 めのパーテ ィーチケ ッ トを購入 す ることは、憲法の精神 に反す るのではな か とい う争 いが起 こった。周知 の 通 り、 この主張は正当なもの と認 め られた。そ こで、職業的専門家団体 は、 こ の裁判所 の判決 に基づいて、強制加入団体 とは別 に、政治団体 を設立す る流れ を作 った。そ して、今 日、多 くの職業的専門家団体 は、政治連盟な どを設立す るに至っている。

日本の職業的専門家 とい う知的集 団の ロビー活動 は、

3

つ に分 け られ る。 そ れは、表

1

のごとく、立法府 に関す る活動が

2

つで、行政府 に関す る活動 が

1

つで ある 立法府 に関す る活動 は、(1)自らが選挙 に立候補 して、 当選す るこ

とによ り議員 として、 自らの主張について直接的影響力 を持 って実現す る、(

2 )

自らの主張を実現す るために、資源や労力 を提供す ることで、議員 を誕生 させ、

国政‑の間接的影響力 を行使す る、の

2

つである。 そ して、行政府 に関す る活 動 は、(

3 )

行政府‑の陳情お よび各種会議‑ の関与 を通 じて、政策 の立案 実行

に関与す る、 ことである。

131

(8)

国際経営フォーラムNo̲21

1

職業的専門家の国家機関への関与

関与内容 長所 短所

立法府 自らが選挙 に立候補 して、当 業界 団体 の意 志 を直 立候補 のた めの労選することにより議員 として、接 的 に制度 と して確 力 と資金 が必 要 と 自らの主張について直接的影 立 させ る こ とがで き され る○

響力 を持 って実現す るo るo

立法府 自らの主張を実現するために、本 来 の業界 の こ とに 業 界 団体 の意 志 を 資源や労力を提供することで、専念 しつつ 、 専 門家 間接 的 に しか制度 議員 を誕生 させ、国政‑の間 集 団 と して の立場 を と して関与 で きな 接的影響力 を行使す るo 堅持 す る こ とが で きるo

行政府 行政府‑の陳情お よび各種会 専 門知識 と行 政活動 多大 な労力 と時 間義‑の関与を通 じて、政策の の交流 をす る こ とが が必要 で あ る し、

(出所)筆者作成O

3. 3

国家機 関 と会社機 関

表 1を検討 していて、最後 に注 目しなけれ ばな らない こ とは、職 業 的専門家 団体 の国家機 関‑ の関与 を整理 してみ る と、肝 心 な司法府 ‑ の関 与が何 も無い こ とである 個別 的紛争 の解決 は、立法府 で も行政府 で もない司法府 に よって な され るわ けなので あるか ら、職業的専 門家団体 が司法府 ‑ の関与 の度合 い を 強 める必要 が あ る。 いずれ に して も、経済情勢 の変化 に よって生 まれ てきた職 業的専 門家 団体 の形成 が、国家機 関の形成後 に され て きたので あるか ら、全体 的 な視点 で、機 関の骨格作 りを しなけれ ばな らない こ とを、 ここで も痛感 す る ので ある

21世紀 に入 り、株 式会社制度 の再検討 が行 われ 、同時 に会社制度全体 につ い ての改革 が継続 され て きた。今 まで会社機 関の変遷 と国家機 関の変遷 は影響 し 合 って きたi。 もちろん、影響 し合 ってい る順序 は、国家機 関の変革 に伴 った 会社機 関の変革 で あった。つ ま り、国家機 関の後 に会社機 関が あ る とい うわ け で ある。 しか し、今 日では、 この傾 向が逆 になろ うとしてい る。長 きにわた る 変遷 を容易 に覆す ことはで きないのだか ら、た とえてい えば、今 の会社制度 の 変革 は、コップの中で元気 良 く飛 び跳ね る蛙 の よ うなもので、勢いがあって も、

制度的な限界 を感 じさせ る、 とい う感 じで ある。

(9)

研 究論 文 経営学者の無力感 と孤立感 、そして嘘

2 3

つの諸要素

要素の分類 琴素の内容 要素の特徴

外部的要素 企業不祥事や企業倫理の問題 な ど、今 社 会 システ ムのなかの企 までの想定 とは規模 も種類 も違 う負 の

影響が想像以上に多 く、人 を中心 とする国家機構 よ りも、機 関の役割が多い

会社機 関の進展の方が早 く進行す るo 業 としての本質の理解 客観的要素 外部的要素 と内部的要素 を客観 的に捉 企業 の役割 をはっき りと

え、制度 を構築す ることによ り法整備

‑ と繋がってい くプ ロセスをた どる○ 明 らかにす ること

内部的要素 経営者が 自己改革 によ り新 しい会社組 誰 で も企 業経 営‑ と参加

(出所)筆者作成。

表3 現行の国家組織 と経営学 との関わ り

三権分類 経営学 との関係 経営学者 との関係

立法 商法や会社法な どの制定 を通 じて会社制度の根幹 を策定す る○ 特にな し 行政 法令の実施および監視 .指導す るo 特にな し

(出所)筆者 作成。

ただ、そ うはい って も、元気 の良い蛙 は、今 に もコ ップ を飛 び 出 しそ うで あ る。 しば らく して諸要素 さえ整 った ら、会社機 関の変革 を国家機 関が後 を追 う とい う流れ にな るよ うに強 く思 うので あ る。 さて、諸 要素 とは何 か とい う疑 問 が、次 な る課題 を浮 き彫 りにす るので あ る。

3.4 2つの会社機 関変革 の諸要素

会社機 関の変革 を国家機 関が後 を追 うとい う流れ にな る諸 要素 とは、社会 シ

1 3 3

(10)

国際経営フォーラムNo.21

4

未来の国家組織 と経営学との関わ り

近視眼的な経営学の関 将来的な経営学の関与 経営学者のなすべき事

立法府 会社 システム立法の提 経営統一学会か らの推 制度 の確 立運動 と学術 言 と組織化 薦 による立法府‑の‑ 会議 .学会の活用 学術会議 の独立 と国会 定数 の参画 (た とえば

との対比

教育行政立法の確立 参議院)

行政府 行政組織の一部の移管 国家資格の付与は、大 専門実務家職人 の進出 国家資格 (公認会計士 . 部分 において行 われて

税理士な ど) の活用 と いるので、その制度整 制度整備 備 に力 をいれて、積極的に関与 していくo

司法府 判決過程 の関与お よび 経営学研 究者 お よび経 自己努力ADR (裁判外紛争解決 営者 の参与 による市民

(出所)筆者作成。

ステムのなかの企業 としての本質 を理解す るこ とと、企業の役割 をはっき りと 明 らかにす るこ とと、誰 で も企業経営‑ と参加 できる事実上の標 準化 が され る こと、の

3

つである。 これ らを、それぞれ、外部的要素、客観 的要素、内部的 要素の

3

つ と称す ることにす る。そ して、 これ らの諸要素は、外部的要素か ら 内部的要素‑、そ して客観 的要素‑ と流れ てい く。そ して、その後、会社機 関 の変革‑ と繋がってい くのである。 この一連 の流れ を、詳 しくま とめた ものが、

2

3

つの諸要素である。

現行 の国家組織 と経営学 との関わ りをま とめよ うとしたのが、表

3

である。

経営学者 は、立法、行政、司法 の三権 の うち関わ りが 1つ も無い ことが理解 で きるであろ う。 これ は、如何 なるこ とを意 味 してい るのかを じっ く りと考 える と、経営学者 の無力感 と孤立感 が明 らかになって くる50 この よ うな状態 を、

表 4のよ うに して将来 の国家組織 と経営学の関わ りを形作 ってい くことが必要 なのである。

さて、図 2の三権機 関において、専門家 と市民 との ミックス的な国家組織 が 形成 されてい くよ うに思われ る。三権 が分立す ることと、専門家 と市民 とが協

(11)

研究論文 経営学者の無力感 と孤立感 、そして嘘

2

三権分立と各機関の構成

各機 関 各機 関

( す H 汀 /〜 )

(出所)筆者作成。

力抑制 させ ることで、権力監視お よび多様 な意見の反映 とい う、2つの面 を同 時に実施す ることができる国家機構 を構築す ることができるのである。 ある程 度 、 自由主義社会が確立 し、制度的基盤 を安定 させ る経済成長が進 む と、次で は よ り高次の文明的発展 を求 めるために、専門家 と市民 との協 同作業の形態が 必要 とされ るである。そ して、それ にあわせた国家 システムを構築す るのが必 要なのである。

このことは、職業的専門家団体の政策 にも影響 して くるのである。今 日の専 門家は、主に国によって免許の付与が行われてい る。現状 は、国家試験 におい て広 く総量規制が行われてい る。完全 に専門家 を 自由に市場 に開放す る とい う 規制緩和政策 もあるのだが、 しかるべき時が くるまでは、現在 の専門家政策が

1 3 5

(12)

国際経営フォーラムNo.21

継続 され ることになろ う。

このよ うなことを前提 として、専門家集 団の能力 を最大限発揮す る国家機構 を形作 るとす るな らば、専門家集団政策 も重視 され ることになる。文系の専門 家でい うと、公認会計士や税理士、弁護 士な どは、建前上、国家試験 において 一定の点数 を得た者 を合格 とし、免許が付与 され る。 しか しなが ら、実際は競 争試験化 してお り、その時々の政策や社会情勢の変化 な どによ り、合格者 が絞 られ る。た とえば、公認会計士や弁護士な どは、経済の規制緩和 によ り一時は、

数値 目標 を決 めて、大量の合格者 を出現 させ るとい う政策 を実施 したが、専門 家圧力集 団の巻 き返 しによって、 目標 を達成 できないばか りか、 さらに合格者 を減 らそ うとす る流れ にある。

このような作為 的な胆略的な政策に陥 らず、長期 的な視 点による政策実現の ためにも、一定数の専門家母集団を確保 して、そのなかか ら、政策立案のできる 者 を選任 していくとい う仕組みに変えることを検討すべきだ と考えるのである6。

4

経営制度論 としての生 きる道

4. 1

経営学 は経営制度論 として捉えるべ きである

経営学の役割 を論 じると、本質に迫 っているのか迫 っていないのかわか らな い議論 に及ぶ ことがある そのよ うななかでも、経営学は伝統的に 「社会 を捉 える鏡 としての役割 を有 してきた。

この社会 を捉 える役割 としての経営学は、戦後の 日本の経営学 を発展 させ る うえで、大 きな転機 をもた らし導 いてきた哲学的概念である。 しか し、文化人 類学な どの分野でも、各論 の議論 を行 っているにも関わ らず、 「文化 とは何か」

とい う、そ もそ も論 が議論 され ることになると聞いた ことがある。経営学 も、

「経営学 とは何 か」 とい う、そ もそ も論 を話 しは じめることをよ しとす る風潮 もある。

このよ うな議論 に巻 き込まれた、あるいは巻き込まれそ うになった場合には、

3つの選択肢 がある。 それ は、 (1)その議論 に どっぷ りとはま る、 (2)完全 に無 視 して独 自路線 を歩 く、そ して、(

3 )

どっぷ りとはま る手前 までの議論 に押 さ

えて、無視 した形だが取 り込んだよ うにみせて独 自路線 を進む、の3つである。

(13)

研究論文 経営学者の無力感 と孤立感 、そして嘘

3

経営学と経営制度論の類似性

経営学

(出所)筆者作成。

経営制度論

そ もそ も論 とは、だいたいにおいて、 「人 とは何 か と同義 である。経営学や 前出の文化人類学 も、科学であることに変わ りがない。そ もそ も論 になること は、話がお よぶ ことの気持 ちがわか らな くもないが、科学であ りたい とい う前 提が、経営学である場合 に社会 に求 め られ、そ して対象物が企業 (会社)であ る限 り、会社 の本質論 が人の本質論であることが多いので、人の問題 と会社 の 問題 とを同 じよ うに考 えてはな らない し、検討す る方 向性 と対象物 を取 り違 え てもいけない。経営学なのであるか ら、哲学的根本論争 (そ もそ も論) は、控 えるべきなのである。

私たちが対象 とす る研究分野は企業 (会社)である し、その研 究方法 を明示 す る必要があるのは、 このよ うな理 由によるものなのである。 これ を取 り違 え、

研究を してい るつ も りになってい る者 が、予想以上に大勢 いることは、 とて も 残念である。また、学会 な どで も、間違 った見方 と方法論で、論争 を挑 んでい

る者 を観 ると、気 の毒に感 じるのである。

さて、図

3

の よ うに、経営学は経営制度論 とニア リーイ コール (だいたい同 じ)の関係 にあるべ きである。 これまで論 じてきた一つひ とつの ものを見てい くと、賢明な識者 は、何 とな く理解 できてい るのか もしれ ない。 そ うしなけれ ば、経営学の方向 と意味は、経営学者 の無力感 と孤立感 とい う苦悩 に、ず っ と 引きず られずっ と付 きあ うことになるのである。

4. 2

経営学者 と過去 ・現在 ・将来 との対話

経営学は、時系列 に考 えると、実に興味深 い分類ができる 過去 との対話 で 137

(14)

国際経営フォーラムNo.21

表5 過去との対話そ して未来 との対話

経営学研究の分類 経営学研究の詳細 経営学研究の関連学問 過去 との対話 経営者 の足跡お よび社会 システ ムの変化 を総合的体系的に研究 経営学史

現在 との対話 経営者 の実践 した足跡 を理論化 お業経営研究よび普遍化 した健全で効率的な企 実践経営学

(出所)筆者作成。

あ り、現在 との対話 であ り、そ して、未来 との対話 で ある。過去 との対話 と現 在 との対話の 2つは、 ともに親和性があ り、多 くの部分 で重 な り合 う。それは、

現在 の経営者 が実行 した経営行動が研究対象の中心になるのであるか らである。

そ して、過去 との対話の 「経営者 の足跡 の一部 にも含 まれ るのである。ただ、

ここでは、わか りやす く理解 できるために、表

5

の よ うに、

3

つ に分類す るの である。

経営学 にお ける重要 な研 究対話 は、過去 との対話 と将来 との対話 の 2つであ る。具体的 に、経営学研究の関連学問は、過去 との対話が経営学史であ り、未 来 との対話 が経営制度 (システム)論 なのである。過去 との対話 と将来 との対 話 がバ ランス良 く行 われ るところに、経営学の発展が あるのだが、問題 なのは 両者 の研究のバ ランスではない。実 は、個 々の研 究領域 の内容 に問題 があるの である。

経営学史の研 究 と経営制度論 の経営 を比較す ると、規模 と核心の相違 を感 じ ざるを得 ないのである。将来 との対話である経営制度論 は、経営だけではな く、

経済や法 な どの経営 システム全体で検討す るべ きであるこ とを明 らかに した。

それ に比す る割合 を持つ研究対象 としての経営学史研 究は、 どの よ うな規模 を 有す るのであろ うか。 国際比較研 究 といいつつ、特定の国の研 究 に収 まってい た り、経営 システムではな く人間の核 心に研究対象 が直接 に向かっていた りし ていないだ ろ うか。

(15)

研 究論 文 経営学者の無力感 と孤立感 、そして嘘

図4 経営学の範囲と経営制度論の範囲 経鷲学

経営制度論

経営制度論

4. 3

普遍性 と学問のなかの経営学

哲学 とは、人の普遍性 を常に追い求 める。普遍性 の追求でなければ、科学 と はいわない。経営学 も普遍性 の追求がな され なければな らない。 もちろん、回 り道 を して、違 う角度か らの普遍性‑の追求がな された としても一 向に構 わな いO ただ、 ここでは、普遍性 の追求 を してい る一直線 の研究 を邪魔 しない こと が、最低限の条件 になるのである。

経営学が追求すべ きことは、企業 を通 じて検討す る人の普遍性 を明 らかにす ることである。そ して、その手段 は、企業行動 とい う対象物か、企業 システム とい う制度論かに分類 され る。だが、 この両側面は、対象物 が人によって創設 された手段 に関す る者や物である限 り、システムを中心に考 えなけれ ばな らな いのである。

さて、それで もなお、経営学 を経営制度論 に類似す る と考 えて も、経営学 と い う概念の方が経営制度論 よ りも大 きいのだか ら、経営制度論で語 られ ること のない、経営学の範晴 を明 らかに しな くてはな らない。 この部分 は、企業の成

り立ちか ら考 えるとわか りやすい。企業 システムは、人が創設 した創造物 なの であるか ら、そのシステムのなかでの出来事 は、全て をシステマテ ィックに考 えなければな らない。 「こんな会社 は嫌 いだ、俺 は能力 があるのだか ら !

と 叫んだ従業員 は、管理者か ら 「どうぞお辞 め くだ さい。会社 の従業員 を辞 めて も、個人事業 で開業できるのだか ら といわれ るであろ う。 この よ うに、 「会 社で も何 にでもシステマテ ィックに考 えない領域 もあるのではないか」 との意 見には、それ らは個人事業の範囲内で、つま り経営 と所有 の一致 とい う分野の 139

(16)

国際経営フォーラムNo.21

6

経営学と経営制度論の概要 と相違

大分頬 中分類 小分類 備考

経営学 経営制度論 制度 として当てはめるこ 社会 システム,倫理 (規 とができ、普遍化 あるい 範),責任,コーポレー ト.

は規範化 を求める諸分野 ガバナンス

人間経営論 制度的に当てはま らない分野 心理,倫理

(出所)筆者作成。

話 になるのである。経営学が大規模株式会社 の学である限 り、制度論 で論 じな けれ ばな らない理 由 と根拠 は、 ここにあるのである。

ただ、一点、株式会社 の よ うに制度論 で考 える問題 であって も、人 た る心 を 優先すべ き回 り道 の議論 を行 わなけれ ばな らない場合がある。それ は、会社制 度 に根本的な制度的疲 労や欠陥がある場合 である。会社制度 は市民社会 が承認 す ることによって成 立 してい る。 しか し、一般市民が とて も理不尽 な不利益 を 被 った とき、制度的にた とえば株式会社 を直接的権利 として責任 追及す るこ と がで きない ときで、それ が著 しく正義 にかなわず 、理不尽 な場合 は、企業改革 権 を有 してい る と考 え られ るので、制度的問題 として組み込む ことを前提 とし て、制度論 か ら離れ て論 じることが許 され るのである。

図 4の よ うに、経営学の範 囲 と経営制度論 の範 囲を比べ、経営学の方が若干 大 きいのであるが、その隙間は、一体 なにか とい うと、表

6

の よ うに、人間経 営論 とも呼ぶべ き分野 なのである。 これ は、経営主体 を人 とおいて、組織 と人 とをひ とま とめに しないで、個 々独 立の主体 としての人が、組織や経営行動 を 決す る とい うメカニズムを前提 として研 究 され る分野である。 しか し、未 だに この分野は発達 してお らず、本研 究にお ける未発達分野である。 もちろん、本 章で打 ち立ててい る経営制度論 を中心に経営学 を研究 してい くことが、将来 と の対話 を主 目的 とす るべきである。そ こで、経営学 と経営制度論 の隙間を埋 め るためにも、人間経営論 をも研究 していかなけれ ばな らないので ある0

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研究論文 経営学者の無力感 と孤立感、そして嘘

4 . 4

現代経営学の根本的な矛盾

今 日の経営学は、利害関係者論 に立脚 して、ほ とん どの理論 が成 り立ってい る。 も し、今まで論 じてきた ことが受 け入れ られ ないのであるな らば、論者 が 利害関係者論 とい う発展性 の無い呪縛 に覆 われてい る証左 であろ うと思 うので ある。そ もそ も、人の権能 を分類す ることに意味があるのか、 とい う問いをす る前 に、利害関係者論 とい う理論 を、深 く考 え直 してみなけれ ばな らないので ある。

経営学 は極 めて政策的お よび制度的に捉 えるべ きである。 しか し、 これ に反 対す る者 の多 くは、それ を、やれ経営者教育だ、やれ倫理だ、やれ社会的責任 だ、 と叫ぶ。 これ らの多 くは、利害関係者論 か ら発展 してきた典型的なお話 で ある。利害関係者論 は、極 めてク リアかつ大胆 に、人 とい う 「様 々な意味 を持 つ生命体 を仕分 けす る。 しか し、様 々な意味 を持つ とい う典型的な学問であ る と、 自ら進 んで論 じているではないか。実は知 らず しらずの うちに、経営学 は制度論 であるべ きだ と自らが認 めている し、利害関係者論 を基礎 としつつ、

自らの能力 を超 えた役割 の部分 は、各学問に負 わせ ているとい う矛盾 が存在 し ているのである。

た とえば、企業倫理論 の守備範囲は、経営者 の役割 だ とか、従業員 の コンプ ライアンス問題、果てにはコンプライアンス教育まで及ぶ。普遍性 を求 めるは ずが、人 を細分化 し、それぞれの機能 を持たせ て、適用範 囲を作為的に画定す るのである。 このよ うな矛盾 を経営学が内包 してい る限 り、発展が望 めない と まではいわないが、見向きもされない学問になって しま う。 このままでは、 こ れか らも経営学は、机上の空論 と実務界 な どでいわれ続 けて しま うであろ う。

4. 5

研究者の役割

経営学の研究者が、 これか ら先、無力感 と孤立感 か ら脱却 し、真 に世の中の 為 になる役割 を果たすためには、図 4で示す よ うに 2つの方法 しかない。それ は、実務家 としての兼業 と、システムの熟知 した設計者 である。

まず 、実務家 としての兼業では、公認会計士や税理士、弁護 士 として 自ら働 きつつ、経営者 と一緒 に経営実務 を専門家 として働 くとい う役割 である。 この 場合 に、研究者 が経営者 になればよい との議論 もされ るであろ うが、それ は薦 141

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国際経営フォーラムNo.21

図5 経営学者の苦悩 (無力感と孤立感)を克服するために

(出所)筆者作成D

め られない。経営者 の体験談 に引っ張 られた論 と成 り下がる可能性が多分 にあ る。体験談は体験談で よいのであるが、それ らを客観的に分析す ることが重要 なのである。 これ らは、社外取締役 な どの活用が積極的にいわれ る今 日におい て、 これ らの者 が社外取締役 な どに登用 され活躍す る道 となろ う。

また、システムの熟知 した設計者 とは、本論文でい う究極まで制度論 を突 き 詰 めた研究者 のことである。当然のことなが ら、会社の制度 に通 じてい るため、

過去 と将来の対話 によって、人類の幸福のために創造的な社会 システムの構築 のために役 立っ ことになる。そ して、行政府や立法府‑ と直接的に参加 、ある いは間接的に関与す ることによ り、 よ りよい制度 の設計 を しよ うとす るもので あるO これ らは、将来の国家 システムの礎 になろ う。

これ らの2つ を嫌が らず に実践 しなけれ ば、経営学の実践 もあ り得 ないので ある。一番 の危倶は、 日本 において数字 (財務諸表)の読 めない経営学者が実 に多い とい うことである そ もそ も、会計学者 とか経営学者 とい うよ うに、分 け られていることが驚 きである。企業は利益 をあげ続 けなければ、存続できな い。そ うす ると、利益計算が企業経営の礎 となるのだか ら、それ を理解 できな ければ、経営を語 ることはできないはずである。

よ うす るに、企業の最終的な欲求は存続す ることであ り、継続事業体であろ うとす るな らば、利益 をあげなけれ ばな らないのであ り、利益は数字によって 理解 され るのであるか ら、数字 を読 めなけれ ば、経営学者 とい う名前が嘘 にな る。企業が利益 に気遣わないのは、人が健康に気遣わないの と同 じなのである。

(19)

研究論文 経営学者の無力感 と孤立感 、そして嘘

私 は、親 の立場 で、今 の経営学者 に、 「健康 に気 をつ けな さ

い」

と、誰 の親 で もい う声 をかけてあげたいのである

5

経営者がつ く最後の嘘

経営学 も学説研究か ら実証研究‑ と変化 してきた潮流か らも、今 日では実学 を重ん じる流れが、強 くなっている。 この流れは、経営学 とい う学問の性格上、

当然であると気づか され る。 ここで論 じてきたシステムや制度 と経営学 とい う 問題 も、実学の研 究成果 な しには語 ることができない ことを無視 してはいけな い。その うえで、経営学の発展 を大局的に考 える必要性 を訴 えてい るのである。

現在 の経営学者 は、少 なか らず、 自分の役割 について 自問 してい る。いや 、 自問 していなけれ ば、嘘である。 その ことは、い くら研 究 して もはっき りと役 に立っている とわか らない、あるいは役 に立っていない とはっき り理解 できて しま う無力感 と、他 の学問か らも阻害 され経営 と名 がつ く経営者 か らも経営 さ れている とい う孤立感 である。 この無力感 と孤立感 は、同様 の感情や感想 を共 有す る者 同士の集 ま りである学会 な どで発散 されてはい るが、そんな ことを し てい る場合 ではない し、そんな ことに力 を入れ誤 ってい る場合ではない。無力 感 は無重力感‑、孤立感 は鼓動感‑ と変化 させ てい くことが、求 め られてい る

のである。

経営学者 は、この無重力感 とい う自由さと鼓動感 とい う刺激 によって、未来 を創造 してい く主体 とな らなければな らない。物欲 、金欲 と密接 に結びついて いるか らこそ、科学 としての完成 を阻害 された時期 もあったが、逆 に、 この よ うな経験 を、逆手 に とって、躍動感 ある学問を成立 させ なければな らないので ある。

注記補足

1 まず 、小 島大徳 『市 民社会 とコーポ レー ト ・ガバ ナ ンス』 文 異堂,2007,172‑187 (10章 市民社会 によるコーポ レー ト・ガバナ ンス‑利害 関係者 か ら市民社会 ‑ー) にお い て、経営学 と市民社会 の関係 を、 コーポ レー ト ・ガバ ナ ンスの視点 を用いて論 じてい る考 察 を理解す ること。 また、本稿 にお ける経営学 を社会 システ ムの範 囲内で、かつ制度論 と して論 じるべ きだ との論 を展開 してい くのであるが、同書188‑205頁 (第11章 コーポ レ‑

143

(20)

国際経営フォーラムNo.21

ト ・ガバ ナ ンス と社会 システ ム) において、 この論 の基礎 は、 この部分 で論 じてい るこ と を前提 として論 じてい るので参照 の こと。 なお、 この2つ の市 民社会 あるいは社会 システ ム と経 営学 の関わ りに関す る基礎理論 の発展型経営学像 のあ りかたは、小 島大徳 『企 業経営 原論』税務経理協会,2009,69‑94頁 (第4章 市民社会 と企業経営) に詳 しい。

2 小 島大徳 『企業経 営原論』税務経理協会,2009,95‑119頁 (第5章 「自由の対立」) 参照の ことC

3 ここで経営 もわか らなけれ ば、経済 もわか らない者 とは、研 究者 (た とえば、大学教員) か らみた評価 である。

4 小 島大徳 『企業経営原論』税務経理協会,2009年,97‑99頁.

5 とある学会で、 とある経営学者か ら、 「私たちは、人 よ りも少 しだけ多 く経営 について知 っ てい るだけで、先生がや ってい られ るのだか ら、お気楽 だ よね」 と自頓 もふ くめて笑 い話 と して、私 に話 して くれ た ことを思い出す。 ま さに、そ の よ うな状態 に経営学者 はお かれ てい るのではないだ ろ うか。

6 理系の医師 な ども、医師国家試験 の合格率が90%以上 と高 めではあるが、結局 の ところ、

医学部 の定員 が抑 え られてお り、総量規制 が行 われ てい る と評価す るので ある。

参考文献

小島大徳 『企業経営原論』税務経理協会,2009年 .

島大徳 『市民社会 とコーポ レー ト・ガバナ ンス』文 藁堂,2007年 .

小 島大徳 『世 界 の コー ポ レー ト ・ガバナ ンス原則 一原 則 の体 系化 と企 業 の実践‑』 文 買堂 , 2004年 .

参照

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