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下北半島の法社会学―<個と共同性>の村落構造 申請者氏名 林 研三

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早稲田大学大学院法学研究科

2014年9月

博士学位申請論文審査報告書

論文題目

下北半島の法社会学―<個と共同性>の村落構造 申請者氏名 林 研三

主査 早稲田大学教授 楜澤能生

早稲田大学名誉教授 法学博士(早稲田大学) 田山輝明

早稲田大学教授 博士(法学)(東京大学) 吉田克己

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林 研三氏 学位審査請求論文審査報告書

札幌大学教授 林研三氏は、早稲田大学学位規則第8条に基づき、2013年8月30日、

その論文『下北半島の法社会学―<個と共同性>の村落構造』を早稲田大学大学院法学研 究科に提出し、博士(法学)(早稲田大学)の学位を請求した。後記の審査委員は、同研究 科の委嘱を受け、この論文を審査してきたが、2014年9月18日、審査を終了したので、

ここにその結果を報告する。

一、 本論文の構成と内容

本論文は、論者が下北半島の農山漁村において実施した農山漁村での実態調査に基づき、

当地での家族・親族関係、旧慣の実相、ムラでの「個」と「共同性」の関係、公式法と非 公式的規範(生ける法)の関係等を明らかにしようとするものである。

本論文の構成は、以下のとおりである。

序章 村落構造論―ムラと村―

第Ⅰ部 村落社会における家族・親族慣行 第1章 親族慣行と村落社会の現在

第2章 親族・慣習的行為・村落―下北村落とオヤグマキ―

第3章 下北村落におけるオヤコ慣行―ユブシオヤ・ムスコ関係と「里子」慣行―

第Ⅱ部 漁撈社会における<法と慣行>

第4章 漁撈組織の法社会学―旧脇野沢村九艘泊の事例 第5章 漁村社会における<法と慣行>―佐井村牛滝の事例―

第6章 漁業慣行と漁業協同組合―東通村の事例―

第Ⅲ部 漁撈社会における<個と共同性>

第7章 漁業集落における<個と共同性>(1)―尻屋の村落組織と漁協―

第8章 漁業集落における<個と共同性>(2)-「尻屋村民」と「尻屋村制」―

結語

各部の概要は次のとおりである。

序章「村落構造論―ムラと村―」で論者は、法社会学におけるこれまでの主要な村落構造 類型論(磯田進、川島武宜、江守五夫)を整理し、これらの村落構造類型論では、村落内 での支配関係の摘出とその批判的分析に精力が集中されていたとする。ここではもっぱら ムラにおける共同性が個を抑圧する局面に関心が集中していた。これに対して現代の集落 においては、旧来の支配・上下関係は存在しないが、対内的結合関係は依然として存在す ることが、三つの調査事例の紹介を通じて示されている。ここにおいて問題となるのは「個 の自立・自律」と「共同性に伴う相互依存・他律」がどのような関係に立っているかとい う問題であり、この論点が本論文全体を貫くモチーフであることが明示される。

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第Ⅰ部「村落社会における家族・親族慣行」では、現在のムラにおける共同性をもたら す「仕組み」がどのように形成・維持されているのかという点に関して、家族・親族の「旧 慣」を中心にして考察される。

まず第1章「親族慣行と村落社会の現在」では、親族関係kinshipに関する社会人類学・

文化人類学での研究成果が参照される。D.M.シュナイダーSchneiderの研究が、人類学での 従来の親族研究が近代西欧社会での親族観に偏重していたことを明らかにしつつ、家族・

親族を構成する契機が生殖による生物学的血縁関係以外の要因に求められる多くの事例が 提示されていること、またJ.カースティンCarstenの研究が、親族関係を「関係性」relation として捉え、東南アジアのマレー人社会の研究から、生殖だけでなく、共住・共食や「同 じ竈からの食物の摂取」等が血縁関係を創り出すという「民俗知識」を指摘したことを紹 介し、親族関係や血縁関係は、妊娠・出産という「出来事」によって自動的に発生するの ではなく、その後の養育を含めた多くの行為を当事者が遂行することによって、順次構築 されていくという論点、生得的な being な関係性ではなく、可変的で構築的である doing な関係性として親族関係を把握する視点を提起する。

このような視点は、我が国の村落社会における家族・親族慣行に関しても適用可能だと いう考えのもとで、青森県下北郡東通村目名のオヤグマキが分析される。これは当地での 親戚の民俗語彙(フォークターム)であり、ある家のオヤグマキであるためには、血縁・

姻戚関係とともに葬婚時の「呼び合い」も重要であり相互に「呼び合う」という行為がオ ヤグマキという関係を設定・継続させ、この関係による相互扶助により日常的な生活が成 り立っている、と分析する。

第2章「親族・慣習的行為・村落―下北村落とオヤグマキ」では、東通村の目名本村に おけるオヤグマキ慣行を観察する。目名本村は、1960年代の「九学会連合調査」やその前 後の社会学的調査の対象地でもあったので、これらの調査報告書と論者による調査結果を 比較することにより当該慣行の変化如何を検証しようとする。調査の結果、オヤグマキは、

血縁・姻戚関係によるだけなく、ユブシオヤ・ムスコ関係やモライッコ(「里子」)、さ らには本来の目的とは異なり、オヤグマキになること自体を目的として締結されたユブシ オヤ・ムスコ関係によっても新たに形成されていたことが明らかにされている。従前の調 査報告では本分家関係はオヤグマキ、それ以外の親族関係(姻戚関係を含む)はイトコマキ と表現されていたが、現在では後者の言葉は使用されておらず、オヤグマキによって姻戚 関係を含むすべての親族関係が示され、日常的にもその言葉は多用されていることが指摘 される。

論者は、オヤグマキとユブシオヤ・ムスコ関係のかかる変容と再活性化の原因の一つを、

当地の旧戸38戸から構成されている「目名生産森林組合」(約750町歩の山林原野を共有)

の設立に求めている。1960年頃までは目名本村はこの旧戸のみが居住していたが、その後 に旧戸のオヤグマキではある新戸の居住が始まった。これによってそれまでは一体であっ た目名本村居住戸と旧戸(目名生産森林組合員)が乖離する。目名本村では共有山林原野 の管理を前提としない新たな「つながり」が求められ、それに対応できたものがユブシオ ヤ・ムスコ関係と日常的な相互扶助やツキアイを伴うオヤグマキだった。

第3章「下北村落におけるオヤコ慣行―ユブシオヤ・ムスコ関係と「里子」慣行」では、

同じ目名村において、幼尐期に他地域から「貰われてきた子」であるモライッコ(「里子」)

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を含めた「オヤコ関係」を考察することにより、家族法で前提とされる血縁関係を相対化 する視座が提示される。実親子関係、養親子関係、モライオヤとモライッコの関係、ユブ シオヤ・ムスコ関係を「コ」の誕生時や幼尐時だけでなく、「コ」が成人し独立した後の

「オヤ」との関係をも含めて考察することによって、これらの四者の「オヤコ関係」の共 通項が示され、それがオヤグマキの構成契機ともなり得ることが観察される。他方、モラ イッコの場合、他の「コ」とは異なり、それが秘匿される傾向があることも指摘され、そ れは生物学的血縁関係が重視される意識の表れと解釈される。ここでは「家族の自然主義」

及びこれと連動する<血縁=真実>というイデオロギーと、これとは異なる原理で構成さ れる「オヤコ関係」が同居している事実が明らかにされている。

第Ⅱ部「漁撈社会における<法と慣行>」では、実定法上の漁協や漁業権が、ムラとの 相互関係のなかでどのように位置づけられ、それが漁民にどういう共同性もたらしている のかが考察されている。

第4章「漁撈組織の法社会学―旧脇野沢村九艘泊の事例」では、旧脇野沢村九艘泊での 主としてタラ漁をめぐる漁業慣行の調査から、そこでの<個と共同性>のありようを分析 する。タラ漁は明治期には「九艘泊村中」によって行われ、そこに「ムラの共同性」が表 れていた。しかし昭和20年代以降は漁撈組織が経営主とその近親者によって編成されるよ うになる。近親者は他所在住の者を含むので「ムラの共同性」に拘泥しない開放性がもた らされた一方で、経営主の近親者であることが漁撈組織構成員の無限定な流動性を抑制す ることにもなった。論者はこの漁撈組織原理のうちに being とdoing の両義的側面を読み 取っている。親族関係を利用したこのような漁撈組織編成においては、本分家集合という 家を単位とした系譜関係に沿う固定的な共同性ではなく、個人を単位とした柔軟な共同性 が見られるのである。

また今日漁は、「口あけ」日に一斉に出漁し適当な場所に網を下ろすという「場取り」

方法といった九艘泊地区の取り決めのみならず、脇野沢村漁協の規則、同漁協と太漁協と の協定、国家法としての漁業法によって規制されている。論者は、そのそれぞれのレベル での<個と共同性>関係が重層的に連続していることを観察する。

第5章「漁村社会における<法と慣行>―佐井村牛滝の事例―」では、下北郡佐井村牛 滝での漁業慣行が検討対象とされている。論者は佐井村漁協の共同漁業権区域が各集落の 地先沿岸ごとにその漁区として区分されており、さらにその漁区内では漁船(各戸)ごと に漁場が割り当てられ、しかもそれが年毎のローテーションで変わっていくという点に注 目し、各漁船(各戸)の競合を回避し、牛滝内での各漁船・各漁撈組織の「形式的平等性」

を志向するもの、と分析する。

この「形式的平等性」は個人を単位とするものではなく、漁船・各漁撈組織を単位とし ており、その組織は父子・兄弟関係を基軸に構成され、変遷してきている。漁撈活動では

「船頭」としての父は「船子」である子を指導し、子は父を模倣して学習していく。この

「実践共同体」は家内的領域としての生活空間と一体的であり、家内的領域での子の立場 は定位家族での位置であると同時に、漁撈組織では操業者としての位置を占める。論者は、

操業という漁撈組織での「日常的実践」によって、牛滝漁区や佐井村漁協の共同漁業権区 域での漁場秩序(共同性)が実現されているとすれば、これも「生ける法」の一つの態様

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として把握することができるとし、このような「生ける法」は単一的に、しかも統合的に 作用するとは限らず、幾重にも織り合わされながら人々の生活・生産での<個と共同性>

を構築していること、漁業法等の公式法(国家法)と慣行は、いわばグラデーションとし ての連続系列のなかに据えられる、とする。

第6章「漁業慣行と漁業協同組合―東通村の事例―」では、下北地方、特に東通村での 漁協、漁業権や漁業慣行の調査から、この漁協と集落・ムラの相関性、および漁民の共同 性が扱われる。東通村には 8 漁協が存在し、同村の沿岸部には「東共 21 号」から「東共 32号」までの12の共同漁業権区域が設定されている。そのなかには2漁協への1共同漁 業権の免許がなされている事例もあり、2漁協が入り会う区域が設定されている。論者は、

この「入り会う」ことに当地の漁民の共同性の基盤が見いだされると結論づけた。すなわ ち、その権利主体である漁協間の関係を見てみると、媒介項は共同漁業権、入漁権、ある いは漁港使用、漁業補償等と異なっているが、すべての漁協が、それぞれの隣接する共同 漁業権区域内に操業や水揚げのために入り会うことによって、継起的な共同性が構築され ている。この連鎖による漁撈という共同行為によって、これら13の集落の漁民の共同性が もたらされていると解釈される。

第Ⅲ部「漁撈社会における<個と共同性>」では、第Ⅱ部のテーマであった法と社会の 相互関係、及び法や慣行を媒介とする共同性を、漁業集落について考察している。

第7章「漁業集落における<個と共同性>(1)」では、東通村における漁業集落、尻 屋の村落組織の分析を通じて<個と共同性>の多元的・重層的な関係を明らかにしようと する。当地では戦後、部落会と漁業協同組合、土地保全会が分離したことにより、一般に 部落会の影響力は後退したものの、明治期以前の「若者連中」が「三余会」として残り、

16歳から42歳までの男性の年齢集団を構成する。東通村内の8漁協のなかには複数の集 落居住者を組合員としている漁協もあるが、尻屋漁協の組合員は尻屋集落居住者のみから 構成されている。さらに土地保全組合は、旧来の入会権者から構成され約250町歩の山 林原野を所有し、管理している。論者はこのように、尻屋の住民が複数の共同性を構成す る個人であることを明らかにしている。

第8章「漁業集落における<個と共同性>(2)」では、第7章で分析された村落組織 と、昭和初期から現在までの尻屋の「村規約」(「尻屋村制」、「尻屋村制附則」、「尻 屋漁業組合規約」等)や漁業慣行を検討し、当地での<個と共同性>の諸相が分析される。

当地で誕生した者(男)は各戸の成員でありながら、幼尐期には「子供組」に入っており、

やがて15歳を過ぎると「三余会」に加わることができ、それぞれの帰属集団ごとの「共同 性」を担う。他方主要海産物であるフノリ等の採取期には15歳以上72歳までの採取権集 団としての「中核集団」に加わり、やがて72歳になると「隠居」し、採取権のない「周辺 部」に移行するが、「周辺部」であっても「尻屋村民」としての共同性の一翼は担ってい る。人々は年齢とともにこれら年序集団の共同性を順次担い続けるが、「尻屋村民」とい う外枠は維持された。様々な状況次第で、ある集団が具体化し、ある共同性が表出する。

それらが臨機応変に、あるいは生産活動時期や年中行事に応じて、柔軟に表出する点に多 彩な<個と共同性>がみられ、それらを束ねるものが「尻屋村民」である。こうして論者 は尻屋集落の構成単位は家(イエ)ではなく個人としての「尻屋村民」である、と結論付

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ける。

この個人が紡ぎ出す共同性は「形のない共同性」と「形のある共同性」に分けられる。

後者の共同性は上記の規約や慣行によって定型化されてきているが、前者の共同性はいわ ばその背後に存し、各個人や各集団間での潤滑油として機能する非定型的な共同性である。

この「形のない共同性」を含む多彩な<個と共同性>の融通無碍な集合によって、当地の ムラは存続しているのである。

「結語」においては、各章での検討結果が総括されたうえで、序章で提起された問題、

ムラとは何か、「個と共同性の関係」如何という問題に立ち返る。論者は、家族・親族慣 行や漁業慣行等における生活・生業上の「日常的実践」がムラの「まとまり」をもたらし ていること、このまとまりの中で多元的・重層的な<個と共同性>が存続し、「個」と「共 同性」の「対抗的な相補関係」が、維持されているとする。

二、評価

1.農山漁村における規範現象を、実態調査を通じて明らかにする研究は、著者が言うよ うに今日明らかに法社会学における研究の主流ではない。しかしそのことはそのような研 究の遂行が意義を失ったことを意味するわけではない。第二次大戦直後の法社会学による 農山漁村調査研究の隆盛は、日本社会の構造原理の原型を農山漁村社会の共同体に求め、

個人を抑圧するこの共同体の解体が日本社会を民主化し、法化する不可避の条件であると の認識に支えられていた。その後高度経済成長に伴う共同性の弛緩、解体により、村落共 同体が社会構造を規定する力を失うにつれ、この分野での研究意欲も低減していった。こ うした傾向の中で本論文は、戦後社会における村落の共同性の解体という言説に疑問を投 げかけ、新たな研究視角から村落社会においてなお観察される共同性のありようと個の関 係を実態に即して明らかにしようとするものである。

1990年代後半から2010年までの期間に実施した実態調査が本論文の骨格を形成する。

地道な実態調査を踏まえた法社会学的村落社会研究の伝統を受け継ぐ、数尐ない貴重な研 究業績ということができる。

2.調査対象として下北が選択された一つの理由は、1960年代に「九学会連合調査」をは じめとする社会学的調査がこの地で実施されていたことである。一般に村落社会における 旧慣は、何らの検証なく高度経済成長を経て衰退したとされることが多いが、本論文は、

先行する調査報告との比較を通じて、旧来の慣行の変化を調査により検証する。そうして オヤグマキ、あるいはユブシオヤ・コといった旧来からの家族・親族慣行は決して消滅し てはおらず、むしろ活性化している事実を明らかにした。そのこと自体本論文の大きな功 績ということができる。

3.さらにこの旧慣の活性化の意味を新たな分析視角から読み解こうとしている点も注目 される。従来の研究では、村落社会の構成単位である家と家との関係が、血縁関係すなわ ち「生得的なbeingの関係性」の下で把握されていたのに対し、本論文では「可変的で構

築的なdoingの関係性」という視角から家相互間の関係を捉えようとする。文化人類学、

社会人類学が形成してきた分析枠組みを取り入れて、村落における家と家との関係を捉え 分析することによって、血縁としての家のつながりの弛緩にかかわらず、家相互の関係性 がむしろ活性化しているという、調査を通じて明らかになった事実の説明が可能となる。

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すなわち状況に応じて機能的な社会関係の形成がまず要求され、その必要を満たすために 旧来からの家族・親族慣行が手段として用いられている、と把握される。オヤグマキ、あ るいはユブシオヤ・コといった現在でも用いられている語彙が示す社会関係は「生物学的 血縁関係」ではなく、ツキアイという相互行為に他ならない、という解釈の提示は学界へ の問題提起として特筆される。血の関係が本来的な家族・親族関係であるという観念を前 提とした調査研究に対する、批判的な視座の提示ということができる。

4.村落社会を構成する家相互間の関係についてのこのような理解は、村落における「個 と共同性」の関係の理解にも変容を求めることになる。個はもはや血縁、親族、近親、系 譜関係の中に埋没するbeingではなく、例えば漁撈組織という機能集団を構成するdoing な主体となっており、これにより従来のムラの共同性がもつ排他性、閉鎖性が克服されて いる。しかし他方でこの機能集団は、多くの場合には父子関係・兄弟関係を中心とする親 族関係として編成されており、構成員の無限定な流動性、多様性を抑えてもいる。こうし て共同性による個の抑圧でも、個による共同性の解体でもない、両者の相補的関係を事実 に即して明らかにしたことも、本論文の成果である。

5.村落社会は、従来家を単位とする地縁集団として一個の共同体として観念されること が多かった。しかし本論文では、村落社会の中にいくつもの共同体があること、村民個人 は、複数の共同体構成員となっていることが確認されている。このことからも、もはや村 落社会は家によってではなく、個人によって構成されていることを明らかにしたことも調 査研究の成果である。

6.法社会学は、従来人々の行動を直接規制する行為規範としての社会規範=生ける法と、

裁判規範としての国家法の二元的構成として規範現象を認識し、両者の関係如何を分析の 対象としてきた。これに対して論者は、両者が実体的に対極的に存在して影響を行使しあ うというよりも、多元的な「個と共同性」の連鎖として関連しあっているのではないかと いう仮説を提示しようとしている。例えば日常的実践のレベルで個としての漁民は漁撈組 織という共同性の中で漁撈慣行という規範を身につける。他面漁撈組織は個として、漁協 の共同漁業権区域内におけるルールにしたがう。共同漁業権区域を超える範囲では個とし ての各漁協が、近隣の他漁協との取り決めという共同性に服する。そして最後には漁業法 という国家法レベルの共同性が網をかける。このように個と共同性の複層的なグラデーシ ョンとして、生ける法と国家法との関係を捉え直そうという問題提起である。法の実効性 を考える上でも手掛かりとなる議論と思われる。

7.以上のような成果にも拘わらず、本論文にも欠点と思われる問題がないわけではない。

本論文は、必要な規模の調査対象サンプルを無作為抽出してアンケート調査票を郵送し、

回収された調査票のデータを、確立された統計分析にかけて数値化し分析するというタイ プの調査ではなく、きわめて限定された規模の調査対象に密着し、調査対象との信頼関係 を形成しながら聞き取りを中心に掘り下げた調査を実施するという手法をとっている。こ うした方法による調査が持つ特性について論者は自覚的であるものの、各地域においてと られた実態調査の方法に関する説明が十分でないことを指摘しなければならない。直接聞 き取りをした対象の属性や、聞き取り対象の範囲(全戸悉皆かそうでない場合には対象の 選択方法)、用いられた調査票の項目内容等が必ずしも明らかでない。本論文は調査報告 書ではないので、調査結果とその分析の記述が主となるとはいえ、その説得性を確保する

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ためにも、具体的調査方法に関する説明がもっと丁寧に記述されてしかるべきだった。

また調査内容に関しては、農村、漁村における個別農家、個別漁家の経営調査が手薄と の印象を拭えない。農漁村における個と共同性の関係をテーマとする場合、例えば農村に おいて、個々の小農経営の存立は集落の共同性による補完を不可欠の前提とするという、

経営上の分析が農業経済学では行われている。経営団体としての漁撈組織が、何故家族・

親族関係として編成されるのかという問題の考察にあたっても、漁家の経営分析を避けて 通ることはできないであろう。もっともこのことを、法社会学、社会・文化人類学の領域 における業績としての本論文に求めるのは望蜀というべく、むしろ論者を中心として研究 調査チームが編成され、伝統的な法社会学調査が学際的調査研究の一環として継承発展さ れることを期待すべきところである。

一般に実態調査を通じて把握された事実を、学問的に理解、解釈する場合、一定の理論 仮説が必要である。本論文も事実を事実として記述するにとどまらず、上述のように理論 仮説を用いてこれを説明することに従事している。事実が理論仮説の適用を単純には受け 入れないことを論者は熟知しつつ、それでもこの作業と格闘するあまり、読者にとって必 ずしも理解が容易ではない記述が散見される。理論仮説が持つ説明力とその限界が整理さ れた形で提示されていたならば、さらに説得力のある理論展開となったと考えられ、惜し まれる。しかしこの点も本論文の価値を低めるものではない。

三 結論

以上の検討を踏まえた結果、下記審査委員は、本論文の提出者が博士(法学)(早稲田大 学)の学位を受けるに値するものであることを認める。

2014年9月18日

審査員

主査 早稲田大学教授 楜澤能生 早稲田大学名誉教授 法学博士(早稲田大学) 田山輝明 早稲田大学教授 博士(法学)(東京大学) 吉田克己

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