• 検索結果がありません。

中小企業における会計制度の意義と課題 大田 博樹

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "中小企業における会計制度の意義と課題 大田 博樹"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

中小企業における会計制度の意義と課題

大田 博樹

1 はじめに

 日本経済において中小企業が果たす役割は大きく、企業数でいえば日本全 体の99%以上が中小企業となっている。そのため、日本経済全体や地域経済 の発展・再生・活性化にとって、中小企業の経営的な安定と事業活動の発展・

再生は、重要な課題となっている。そして、現在の中小企業が抱える経営課 題の一つには、会計情報をいかに経営に活かすのかという問題がある。会計 情報を有効に活用することで経営改善を計画的・組織的に達成できた企業は、

これからの厳しい経営環境で生き残り、激しい市場競争を勝ち残っていくこ とができると言える。

 本稿では、中小企業の経営改善には会計情報を有効に活用することが重要 であるとの認識から、中小企業の会計基準の現状と課題について明らかにし、

今後はいかに普及させていくのかについて考察することを目的としている。

2 中小企業の会計基準の概要

 現在、日本の中小企業の会計に関する基準には、「中小企業の会計に関する 指針」(以下、「中小会計指針」という)と「中小企業の会計に関する基本要領」

(以下、「中小会計要領」という)の 2 つがある。本項では、現行の会計基準 である中小会計指針と中小会計要領の概要について「中小会計指針」(平成31 年2月)と「中小会計要領」(平成24年2月)の資料を基に概要と課題を整理 する。

 中小会計指針は、日本税理士連合会と日本公認会計士協会、日本商工会議 所及び企業会計基準委員会の 4 者合同で作成された指針で、平成 17 年 8 月に 発行された後、平成31年2月まで13回の改正が行われている。本指針が上記 4者を主体として作成された背景には、これまで中小企業庁「中小企業の会計 に関する研究会報告書」と日本税理士会連合会「中小会社会計基準」、日本公 認会計士協会「中小会社のあり方に関する研究報告」の 3 つが混在し利用者

(2)

に混乱が生じたことと、会社法において会計参与制度が導入されたことで、

会計参与が参考にすべき統一的な会計処理の指針を作成することが望まれて いたことなどがある。

 「中小会計指針(平成31年)」によれば、本指針の目的として①中小企業が、

計算書類の作成に当たり、拠ることが望ましい会計処理や注記等を示すこと、

そして②会社法において導入された会計参与が計算書類を作成する際にも本 指針に拠るための指針とすることを挙げている。

 本指針は、「会社の規模に関係なく、取引の経済実態が同じなら会計処理も 同じになるべきである。しかし、専ら中小企業のための規範として活用する ため、コスト・ベネフィットの観点から、会計処理の簡便化や法人税で規定 する処理の適用が、一定の場合には認められる」との方向性のもと作成され ている。具体的なものとして例えば、法人税法で定める会計処理を適用でき るケースとして、次の2点をあげている。

①会計基準がなく、かつ、法人税法で定める処理に拠った結果が、経済実態 をおおむね適正に表していると認められる場合

②会計基準が存在するものの、法人税法で定める処理に拠った場合と重要な 差異がないと見込まれる場合

 中小企業にとっても、会計情報は経営管理のために重要な役割を果たすこ とが想定されるが、すべての項目について網羅するのは難しいため、主に中 小企業において必要と考えられるものを中心に取り扱っている。具体的には、

金銭債権や有価証券、棚卸資産、引当金などである。中小会計指針は、あく まで会計参与などが拠ることが望ましいという位置付けとなっているため法 的な拘束力はない。

 しかし、中小企業庁による「平成22年度中小企業の会計に関する実態調査 事業集計・分析結果報告書」によれば、中小会計指針に完全に準拠して計算 書類を作成していると回答した企業は全体の 17.2% となっており、指針の公 表後、中小企業の間では、あまり普及が進まなかった印象を受ける。その背 景には、「国際会計基準の影響を受けて毎年のように改正を重ねてきた企業会 計基準を、中小企業向けに簡便化等を図ったものであり、原則としては時価 評価を採用している。時価評価は、中小企業基本法に定める小規模事業者の

(3)

ような極めて規模の小さい中小企業にとっては、過重な負担になるだけでなく、

事業承継や事業売却などがない限り、その必要性は薄い」(坂本孝司、2013)

ことがある。さらに次の 4 点が課題として指摘されている。(河崎・万代、

2018)

①資金調達の方法としては、新株発行や起債といった資本市場で資金調達を 行うことはほとんどなく、地域金融機関などの金融機関からの借入が中心 であること。

②利害関係者は限られていることから、計算書類等の開示先は、主として金 融機関、取引先、株主等に限定されていること。

③税務申告が計算書類等作成の目的の大きな割合を占め、法人税法で定める 処理を意識した会計が行われていること。

④経理担当者の人数が少なく、高度な会計処理に対応できる能力や十分な経 理体制を持っていないこと。

 中小会計指針は会計の専門家などかなりの専門知識が必要であるため、簡 単に導入することが難しいこともあり中小企業への普及が進んでいないと考 えられる。

 一方、中小会計要領は中小企業の多様性を考慮し、会社法上の計算書類等 を作成する際に、参照できる会計処理や注記等を示すことを目的に2012年に 作成されたものである。「2012年中小企業の会計に関する検討会報告書」によ れば、中小会計指針よりも簡便な会計処理をすることが適当であると考えら れる中小企業を対象に、次の考えに基づいて作成されているという。

①中小企業の経営者が活用しようと思えるよう、理解しやすく、自社の経営 状況の把握に役立つ会計であること

②中小企業の利害関係者(金融機関、取引先、株主等)への情報提供に資す る会計であること

③中小企業の実務における会計慣行を十分考慮し、会計と税制の調和を図っ た上で、会社計算規則に準拠した会計であること

④計算書類等の作成負担は最小限に留め、中小企業に過重な負担を課さない 会計であること

 そのため、税制との調和や事務的な負担軽減のため、中小企業で最低限必

(4)

要と考えられる項目に絞り、簡潔な会計処理の方法を示している。例えば、

貸倒引当金は、中小企業に対して法人税法上で認められている法定繰入率で 算定方法を明確化したり、棚卸資産では最終仕入原価法を他の評価方法とと もに利用できることなどを明確化したりしている。

 中小企業庁はガイドラインの中で、中小会計要領の導入により、次のよう な効果が期待できるとしている。まず、第一に財務の把握である。本要領に 準拠した会計書類を作成することで、経営成績や財政状態を把握することが 可能となり、その結果、適正な原価管理によるコスト削減につながる。そして、

第二には、財務を把握することで財務分析が可能となり、事業計画を立て経 営改善を行うことができるようになる。そして、第三には、金融機関等との 信頼関係構築である。中小企業にとって資金繰りは大変重要であるが、一方 で金融機関側も返済能力や担保能力、経営状況などを考慮し融資が可能かど うかの判断を行なっている。その際に中小会計要領に沿った会計情報を開示 することで、中小企業の信頼性が高まるだけでなく、金融機関側の審査期間 も短くなり融資が円滑に行われることが期待できるのである。

 中小企業庁の「中小企業の会計に関する実態の調査」によると、中小会計 要領を導入したきっかけは、43.1%が「(税理士・公認会計士などの)専門家 からの薦め」と回答している。続いて、29.2%が「自社の問題意識」というこ とで、代表者や従業員などが自社の採算の悪化などに対して問題意識を持っ ているケースが多くなっていることがわかる。そのほか、10.8%が「金融機関 からの薦め・指摘」、3.1%が「再生支援協議会からの薦め」などとなっている。

会計処理の際に参考としている主な会計方法については、43.0%が中小会計指 針と回答し、続いて31.2%が法人税法、10.0%が企業会計原則と回答している。

 中小会計要領を導入したことによる効果としては、47.7%の中小企業が「収 益の拡大」と回答している。続いて、46.2%が「コスト意識やモチベーション の向上」、44.6%が「金融機関や取引先等との関係良化」と回答しており、概 ね中小会計要領の導入に対して前向きな回答が多いことが分かる。

 中小会計指針と中小会計要領の 2 つが会計基準として並存している現状で は、それぞれがどのように機能していくのであろうか。中小会計要領が想定 する利用会社は、金融商品取引法の規制の適用対象会社と会社法上の会計監

(5)

査人設置会社を除く株式会社となっている。

 また、上述したように、中小会計要領は会計の知識が十分ではない中小企 業経営者だったとしても十分に活用できるように設計されているため、全て の中小企業が利用対象として想定されていると考えられるが、中小会計指針 では企業会計基準を簡便化したものと考えられるため、ある程度の会計の知 識が必要となる。特に、中小会計指針は国際会計基準の影響を受けた企業会 計基準が改正されるたびに、その影響を受ける可能性があるため、会計に関 する十分な知識が必要となる。そのため、たとえば、「会計参与設置会社であ れば、会計の専門家がいるので、高度な会計のルールであっても十分に理解 して会計処理を行うことが可能」(河崎、2016)であり、中小会計指針に対応 することが考えられる。ただし、会計参与制度を「導入している」中小企業 は 6.1% となっており、「導入は考えていない」、「制度を知らなかったので検 討していない」など今後も導入の意思がない企業は全体の 8 割以上となって いる。

3.中小企業の会計基準の現状

 中小企業庁の「平成22年度中小企業の会計に関する実態調査事業集計・分 析結果」によると、中小会計指針(本章では、以後「中小企業の会計」という)

についての理解度は、16.7% が「内容について、ある程度理解している」、

13.4% が「決算書提出による、金融機関の特別融資を知っている」、12.1% が

「チェックリストの提出会社に対して、保証料率の割引を開始したことを知っ ている」と回答している。中小企業の会計の認知度については、2007 年に 44% が「知っている」状態であったが、その後 2010 年の調査でも 39.5% と横 ばいの状態となっており、中小企業の会計は中小企業全体には浸透していな いことが分かる。一方、税理士に対する中小企業の会計のアンケートでは、

95.3%が「策定されたことを知っている」と回答している。公認会計士に対す るアンケートでも 93.8% が知っていると回答しており、会計の専門家の間で は広く浸透していることが分かる。

 中小企業の会計を「顧問先企業に勧めている」税理士は51.0%、公認会計士 は37.5%となっている。その理由としては、税理士は65.9%が「金融機関から

(6)

の信用力を強化するために有効」、63.6%が「信用保証協会や金融機関の優遇 商品を活用するために必要」、49.7%が「経営者が自社の財務状況を適切に把 握するために有効」と回答している。公認会計士は、66.7%が「金融機関から の信用力を強化するために有効」、55.6%が「経営者が自社の財務状況を適切 に把握するために有効」、22.2%が「信用保証協会や金融機関の優遇商品を活 用するために必要」と回答しており、税理士も公認会計士のどちらも同じよ うな理由で中小企業の会計をクライアントに勧めていることが分かる。

 一方で「現時点では勧めておらず、今後も勧めたいとは思わない」と回答 した税理士は15.4%、公認会計士は43.8%となっている。中小企業の会計をク ライアントに勧めない理由としては、税理士の 61.5% が「会計制度に準じた 処理を望んでいない」、46.2%が「内容が難しい」、30.8%が「対応するだけの 会計知識がない」、公認会計士は25.0%が「内容が難しい」・「準拠による金融 面等のメリットがあまりない」・「会計制度に準じた処理を望んでいない」・「対 応するだけの会計知識がない」などと回答している。

 中小企業の会計に準拠した計算書類を作成しているかという問いに対して、

経営者の 43.2% が「税理士等に一任しているため分からない」、18.9% が「完 全に準拠していない。趣旨を理解し決算書を作成」、18.2%が「完全に準拠し ていない。保証料割引や金融機関の融資商品を利用」と回答している。「完全 に準拠している」と回答したのは、17.2%に過ぎなかった。以上のことから、

中小企業の会計基準は、税理士や公認会計士などの会計の専門家の認知度は 高いものの、経営者の会計利用への意識が低いことがわかる。そして、会計 専門家サイドも経営者の会計への意識の低さにより無理に顧問先に会計利用 を勧めていないという側面がうかがえる。このことから、中小企業に会計利 用を普及させていくためには、会計を利用することのメリットを経営者を中 心に認知させていくことが重要と言える。

 中小会計要領については、中小企業庁が普及のため2012年から2014年まで を集中広報・普及期間として各方面でパンフレットの配布による広報やセミ ナー・研修会の開催、会計専門家の講師派遣などを行なった。そのほか、税 理士や公認会計士による計算書類の作成支援や日本商工会議所などによる記 帳指導等も行われるなど、中小会計要領に関しては積極的な普及啓発活動が

(7)

行われた。

 2014年までの集中広報・普及期間を行なった後、どのような効果があった のか、2015年に「中小企業の会計に関する検討会ワーキンググループ」が調 査を行なっているので、本項では本アンケート結果(追加アンケート含む)

を参考に、中小会計要領の現状について整理する。

 中小会計要領の認知度について、知っていると回答した企業は全体の 24.4%、その中で実際に導入している企業は31.2%(中小企業全体では約1割)

となっている。2014年の調査での導入率は8.2%であったことを考えると順調 に普及が進んでいるとは言えない状況である。規模別の普及率を見てみると、

売上高が 1 億円未満が最も少なく 5.2%、売上高 5 億〜 30 億円未満が 10.9% と 売上規模が大きい方が普及している状況となっている。

 一方で、中小会計要領を知らないと回答した中小企業は 75.6% にも達して いるが、その内訳を見てみると売上高が少ないほど自社の経営課題を認識し ておらず、会計情報を必要としていないことが明らかとなっている。売上高 が5億円〜 30億円未満の中小企業は約半数が自社に課題を認識しており、原 価管理によるコスト削減や経営戦略への活用に関心があるという。今後、中 小会計要領を導入したいかという問いに対しては、売上高が大きい中小企業 の方が高い関心を持っていた。中小会計要領を知っているにも関わらず導入 していない企業は、知っていると回答した中小企業のうち 14.6% であり、情 報の入手先で一番多かったのが税理士であった。導入していない企業の72.7%

が自社に課題があるとは考えていないと回答しており、中小会計要領による 効果に関心がないことが伺える結果となった。

 税理士に対する調査では、52.4% が「中小会計要領に完全に準拠」し、

40.8%が「部分的に準拠」しているという結果であった。上述のように経営者 の回答は約 1 割となっているのに対して、税理士は半数以上が完全に準拠し ていると回答しており、「中小企業の認識と適用実態との間には大幅な乖離が 生じているという別の問題がある」ことが明らかとなった。そのため、検討 会ワーキンググループは、なぜこのような乖離が生じているのか追加的なア ンケートを実施した。

 当検討委員会の行なったアンケート結果によると、借入れや外部利害関係

(8)

者が少ない会社にとっては会計情報の必要性が低く「経営者の会計への関心 の低さ」が指摘された。

4.事例研究

 本プロジェクトでは、中小企業における会計基準や会計参与制度の普及状況、

事業承継の現状などを調査するために、中小企業経営者と税理士の二者にイ ンタビュー調査を行なった。まず、経営者へのインタビューは、2018 年 9 月 11日には東京都内の製造業に協力してもらい、現地を訪問し聞き取り調査を 行なった。

 同社は昭和 32 年に設立され、現在はプラスチックの加工全般と CAD・

CAMによる設計・製作、熱硬化性樹脂の成形および加工を行なっている資本 金1,000万円、従業員45人の中小企業である。主な調査項目は、以下のとおり である。

・中小会計要領の利用状況

・事業承継の現状と課題

・経営者の会計に対する意識調査

・制度的なディスクロージャーと自発的なディスクロージャー

・会計情報の利用状況

・従業員研修の状況

 同社は、独自の技術を持ち業界のシェアも高いため、経営的には大きな問 題はなく、事業承継に関しても喫緊の課題とはなっていなかった。しかし、

中小企業会計指針の活用が今後の課題であり、生産性向上に向けてさらなる 改善がこれからの経営にとって重要であるとの認識を持っていた。また、同 社では生産性を向上させるために従業員と製造工程における目標となる指標 を共有し、経営改善に役立てる取り組みなども行なっていた。

 次に神奈川県西部に拠点を置く税理士に協力を仰ぎ、中小企業の会計基準 や中小企業が抱える問題点について数回にわたり聞き取り調査を行なった。

本項では、調査の一部を紹介する。

①今日の中小企業における会計制度は、どの程度のレベルが求められている のか。

(9)

→中小企業の中でも特に規模が小さくなると資本と経営が分離しておらず、

日々の経営を行うことに関心があり、最低限税法だけ守っているところも ある。年商 1 億円以下の小さい企業には、中小企業会計指針は浸透してい ない。経営者の中には、会計基準の導入よりも税金の方に関心があるケー スもある。

→粗利を上げるための分析に会計を使用している企業もある。この分析も、

借入金の返済の可能性や人件費等の項目が中心となっている。

②会計制度をきちんと利用していれば、資金調達が容易になる制度は活用さ れているのか。

→実態としては、売上高の大きい中小企業でないと難しい。

③会計制度の勉強会の要望はあるか。

→積極的な要望はないのが現状である。

④中小企業にとって、中小企業会計指針にそった企業経営をする意味がある のか?

→経営者の多くは関心を持っていない。

→銀行側は、もしかしたら中小企業会計指針に沿った企業に対して、資金融 資の際に考慮する可能性は考えられる。

⑤中小企業における会計の役割について

→中小企業では納税額に興味があるが、会計を活用した経営にあまり関心の ない経営者もいる。

→会計の必要性が高まってくるのは、売上高がどのあたりからなのか?

 たとえば、売上高が二桁億円になった時で、そのタイミングで製品の質が 低下するなどしてクレームが増加し、最終的に値引きで対応しているうち に倒産になってしまうケースが見受けられる。人数的には20名〜 30名程度 規模あたりからか。まずは日常的に出納帳をつけるところから始める必要 がある。

⑥中小企業の経営の現状について

→以前は赤字企業が多かったが、最近では繰越欠損金がなくなりつつあり、

改善に向かっていると思われる。

⑦会計参与制度の現状について

(10)

→中小企業にとっては、経済的な負担が大きい。

→会計参与側にとっても責任が重い。手当はあまり多くないという課題があ る。

 今回の聞き取り調査では、中小企業においては制度的な会計よりも法人税 への関心が高く、中小企業の会計基準が現場では積極的に活用されていない 現状が明らかとなった。また、多くの中小企業において経営の課題は会計だ けでなく、事業承継も喫緊の課題となっているが、具体的な対策が確立して いない点も確認することができた。

 一方で、中小会計要領を利用することで経営改善に成功した中小企業の事 例を、中小企業庁が「中小会計要領に取り組む事例65選」の中で、具体的な 事例を紹介している。

〈中小会計要領を利用し、社員の意識を向上させた事例〉

毎月、部門別の会計処理を行うことで、各部門の損益が明瞭になった。ど の商品にどれだけ力を注ぐべきかが判断しやすくなり、問題のある部門の 削減などにつながった。毎年度初めに、全社員が参加する経営計画会議を 行い、そこでは、決算書を公開し、経営分析や今後の見通しなどを話し合っ ている。どうすれば利益が出るかの視点で考え、全員が経営者感覚を持つ ようになった。自部門の問題点、見直すべき課題などを提起する場として 内容も充実してきており、近年は半期毎にも行うようにもなっている。こ れにより全体での情報共有や、意識の変化につながっている。

 これまで部門別の収支を把握していなかったため、どの部門が収益利益に 貢献していたのかが分からなかったが、中小会計要領を導入したところ部門 別の意思決定が可能となるだけでなく、数字への理解力向上や社員の意識が 経営者感覚に変わるなどの良い効果が得られた事例である。

〈部門別採算や製造工程の改善を実現した事例〉

中小会計要領に基づき、適時記帳による収益・費用の基本的な会計処理に 取り組むことで、部門別での採算や原価、労働生産性や歩留まり等の現状

(11)

や課題について、月次で整理を行った。この情報を取締役会で共有するこ とで、意思決定の速度と精度を高めることに成功した。また、部門別の業 績や採算管理を徹底することで、社員が原価意識を高め、厳しい加工精度 が要求される自動車部品の量産において、均一の品質を保証する生産体制 の強化を図れるようになった。

同時に上記の会計情報から把握可能となった製造工程のボトルネックに対 し、新技術を導入することで生産効率の向上が実現したほか、生産効率向 上により余裕が出た人員やコストを原資に、新たな研究開発や新規設備に 積極的に投資することができるようになり、競合他社との差別化や自社製 品の販売にも成功している。このほか、中小会計要領に取り組むことで財 務情報の信頼性が向上し、金融機関からの信用及び当社への評価の向上に も繋がっている。

 これは、リーマンショック後に売上が大幅に減少する中で、中小会計要領 を導入し経営改善に取り組んだ事例である。会計情報を活用することで製造 工程の問題点を洗い出し、生産性を向上させている。また、中小会計要領を 導入したことで財務情報の信頼性が向上するという良い事例である。

 その他にも多数の成功事例が紹介されているが、これらの成功事例の共通 点としては、何らかの経営課題を認識しており、改善への意欲が高いという 点である。第 3 章のアンケート調査でも、中小会計要領を知っているにも関 わらず導入していない企業の多くは自社に経営課題はないと回答している企 業が多かったのと一致している。

5.おわりに

 本稿では、中小企業の会計基準の現状と今後の課題について考察してきた。

その中で、会計を活用することでコスト削減や収益性の向上、従業員への意 識づけ、金融機関との信頼性の向上などの効果が期待されているにもかかわ らず、多くの中小企業では中小会計指針と中小会計要領が利用されていない という実態が明らかとなった。この背景には、自社には経営課題がないと考 えている経営者は、経営改善への意欲が低いという問題と会計基準を導入す る際の人手不足や能力などの問題がある。

(12)

 上記の課題を解決し、中小企業に会計基準を浸透させていく必要があるが、

普及には時間がかかるであろう。その対策には、中小会計指針あるいは中小 会計要領を導入する事のメリットを前面に出し、また会計参与などの制度を 利用し、普及させていくことが重要であると言える。

 今後は、本プロジェクトの成果を活かし、中小企業経営の合理性と透明性 を確保し、経営者の適切な経営判断と外部利害関係者の合理的な意思決定を 支援する中小企業会計について、中小会計要領を中心にその適用と普及につ いて研究を進めることとしている。

〈参考文献〉

・河崎照行[2016]『中小企業会計論』中央経済社

・河崎照行・万代勝信編著[2016]『中小会社の会計要領』中央経済社

・坂本孝司[2013]『会計で会社を強くする』TKC出版

・坂本孝司・加藤恵一郎[2017]『中小企業金融における会計の役割』中央経 済社

・澁谷耕一監修[2019]『事業性評価と融資の進め方』近代セールス社

・増田正志[2016]『中小企業の経営改善と会計の知識』同文館出版

・吉永茂[2017]『中小企業の事業性を向上させる税理士の経営支援』東洋出 版

・日本税理士連合会・日本公認会計士協会・日本商工会議所・企業会計基準 員会[2019]『中小企業の会計に関する指針』

・中小企業庁[2010]『平成22年度中小企業の会計に関する実態調査事業集計・

分析結果』

・中小企業庁[2012]『中小会計要領』

・中小企業庁[2014]『中小会計要領に取り組む事例65選』

・中小企業庁[2015]『中小会計要領の未導入先に対する調査』

・ 中小企業に関する検討会[2012]『中小企業の会計に関する検討会報告書(中 間報告)』

・中小企業の会計に関する検討会ワーキンググループ[2015]『中小会計要領 の集中普及期間の成果と今後のアクションプラン』

参照

関連したドキュメント

収益認識会計基準等を適用したため、前連結会計年度の連結貸借対照表において、「流動資産」に表示してい

継続企業の前提に関する注記に記載されているとおり、会社は、×年4月1日から×年3月 31

関係会社の投融資の評価の際には、会社は業績が悪化

排出量取引セミナー に出展したことのある クレジットの販売・仲介を 行っている事業者の情報

排出量取引セミナー に出展したことのある クレジットの販売・仲介を 行っている事業者の情報

  支払の完了していない株式についての配当はその買手にとって非課税とされるべ きである。

 今日のセミナーは、人生の最終ステージまで芸術の力 でイキイキと生き抜くことができる社会をどのようにつ

「PTA聖書を学ぶ会」の通常例会の出席者数の平均は 2011 年度は 43 名だったのに対して、2012 年度は 61 名となり約 1.5