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企業の国際経営戦略

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企業の国際経営戦略 ものづくりの変遷と課題

ManagementJournal MJ,2:53‑65(2009) Received8thFebruary,2010

Cor por a t el nt e ma t i ona lMa nage me ntSt r a t eg y

Ne wT re ndofMa nuf ac t ur i ngPr oc e s s

神奈川大学 田中 則仁

KanagawaUniversity NorihitoTANAKA

要 旨

企業の国際経営戦略 をものづ くりの観点 か ら考察 した。 日本 企業の製造業 では、戦後の早 い段階か ら生産性向上、品質改 善 に取 り組 んで きた。 その結果、 日本製品 には高 い信頼性 が 寄せ られ、 ブラン ドカ を持 つにいたった。 しか し諸外国の当 該製品市場 での厳 しい価格競争 か ら、ア ジアや欧米 で現地生 産 を開始 し、競争力 を維持 すべ く国際経営の視点 か ら生産拠 点配置戦略 を立 てて きた。 日本国内か らの生産部門の移転 を 機 に、蓄積 されたものづ くりの技術 や職人芸 が失 われつつあ る。企業の ものづ くりを拠点再配置や人材育成 か ら再考 する ことが急務 である

キーワー ド●国際経営、経営戦略、 ものづ くり、職人芸、海 外直接投資、企業環境

Abstract

Thispaperfocusesonmanufacturingprocessfrom an internatl0nalmanagementstrategic point.Japanese manufacturingcompanieshavemadea lotofeffortsto promoteproductivltyandimprovementofquaHyassurance.

lnordertotakeadvantageswlthcompetltOrSlnOther countries,JapanesemuEtinationarenterpnsesrelocated manufacturrngplantsandcraftsmanshiphasbeenlost CompanleSneedtopaymoreattentiontocraftsmanshlP andsucceedlttOyoungenglneerS

KeyWords● internationalmanagement,businessstrategy, manufacturing,craftmanship,forelgndLreCt investment,bustnessenvlrOnment

(2)

54 マネジメント ジャーナル (2号)

はじめに

2008年秋 の リーマ ンシ ョック以 降、世 界経 済は長い不況に入 り、一段 と景気悪化 の様相 を 呈 し、2010年 に入 って も二番底 といわれ る状 況 にある。 アメ リカのサブプライムロー ン問題 か ら端 を発 した金融機 関の破綻であったが、 日 本企業の経営 に与 えた影響が大 きかった。世界 の金融資本市場 は事実上単一市場 として機能 し ている。アメ リカで発生 した金融危機 の問題 も、

金融商品の資産価値 の変動 を伴 って瞬時 に日本 始め世界各国の金融機 関‑ と波及 した。金融機 関が受けた問題 は、次に融資対象企業へ とその 影響 を及ぼ し、国内企業 に対す る金融機関か ら の貸 し渋 りや貸 しはが しを通 じて、企業の投資 行動や事業展 開を制約す ることになった。

日本の国内市場で人々の消費行動が買い控 え に向 くと、企業 は在庫 を減 らそ うとす るあ ま り 販売価格引 き下げで対応 し、 さらに連鎖的な価 格低下でデフレスパ イラルを引 き起 こした。 こ の結果、企業の売 り上げが伸 び悩み、賃金の抑 制や非正規雇用者の削減等が さらなる消費の低 迷 につながっている そこで 日本企業の全てが 減収減益であるか といえば必ず しもそ うではな い。SPAl)として著名 なファース トリテイリン グ社2)は、冬物衣料 で は ヒー トテ ック商 品 な ど、消費者の期待 に応 える商品開発 と価格構成 で増収増益 を達成 している。単純 な低価格戦略 や価格引 き下げ競争 とい う価格政策だけでない 商品特性や競争優位 のある商品開発 を通 じて、

消費者の要望に訴求 した ものづ くりを行 って成 果 を上げている 企業 はその本質的な役割 とし て、常 に革新 を心掛けなが ら企業家精神が横溢 した財サー ビスの提供 を通 じて、人々の暮 らし をよ り豊かにす る役割 と社会的な責任 を持 って いる

企業 の経営戦略 には さまざま側面があ るが、

製造業 における生産管理戦略は きわめて重要で あ り、 ものづ くりの在 り方が企業環境 の激変 と ともに大 きく変化 している 経営資源の有効活

用 と創意工夫 を積み上げなが ら、 日本企業 は今 日の信頼 を世界市場で築いて きた。

本稿では、 日本企業の ものづ くりに着 目し、国 際経営の視点か らそれが どの ように変化 して き たか を振 り返 りなが ら、今後の動向について考 察 してい く。

ものづくりの技 術 と継 承

戦後 日本の経済復興 と発展 は、製造業の成長 と軌 を一 にす るといって も過言ではない。天然 資源 に乏 しい 日本が今 日の経済発展 を実現で き たのは、 ひとえに製造業 に基礎 をおいた政府の 工業化政策 と、経済発展 の ビジ ョンに呼応 し設 備投 資を実行 して きた民 間部 門の努力 と連携 に ほか な らない。本稿 で戟後60余年 の経済発展 を概観す ることはで きないが、 ものづ くりのい くつかの局面 に着 目して、企業の経営戟略 を振 り返 ってみ よう。

製造業の復興とものづくり

戦時中の軍需産業では重工業 に大 きな比重が あ った。特 に航空機 の製造や船舶 の建造では、

1940年代 当時の世界屈指の水準 を誇 っていた。

しか し終戦 を境 に、航空機産業 は軍事力に直結 す ることか ら、その後約十年間製造 は もとよ り 研究 を再開す る機会 を失 った。一方、船舶 にお

いては、その高度 な建造技術が民生用 に応用 さ れ、1950年代 以 降の船舶建造 そ して輸 出につ なが り、 日本の外貨獲得 に大 きな貢献 を果た し た。高度軍需技術 の民生転用である3)。鉄板 の 溶接技術 は軍艦 な らず とも一般の船舶では基本 であ り、躯体の信頼性 は世界の造船界で高い評 価 を得た。 この背景 には、 日本の鉄鋼業の研究 開発の積 み重ね と職人芸 ともいえる高度な製造 技術があった 形態が小 さな製品 よ り、む しろ 大 きな製品になればなるほど微細で精密 な加工 技術が要求 されることが多い。船舶 は もとよ り 巨大構造物 になると、 ご くわずかなずれや乱み が全体 に大 きく影響 しバ ランスを欠 くことがあ

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その ような精赦 な ものづ くりに際 しての職 人芸 は、その後 も高度成長期の長期雇用の労働 環境の下で、当時の若い世代 の労働力に継承 さ れてい った。2007年以 降、 い わゆ る戦後 の第 一次ベ ビーブーム世代 の大量退職期 を迎 え、 も のづ くり現場での職人芸の継承が途切 れかけて い る ものづ くりで は とか くきつ い、 きた な い、危険な現場が まだ多い。現今の不況下で も、

労働市場 の人員配置 には単 なる数合 わせではな い労働力の余剰 と不足 の実情がある 職人芸が どうして も習得 に時間を要 し、一人前 になるに は数年か ら十年単位の期 間を必要 とす るとなる と、若い世代 の人々には挑戦意欲がわ きに くい のであろう またその ような職人芸 を身に付 け た人々を、正当に評価す る仕組みや社会風土が 欠けていたこともあろう 日本で も技能士 資格 は じめ、若い技術者が世界 に向けて挑戦で きる 技能オ リンピックな ど、い くつかの晴れが まし 機会は現在で もある それに取 り組 む高い志の 技術者 はまだいるものの、現在では企業の側 に 彼 らを育成 していこうとす る経営上の財政的基 礎力が不足 し、人材 開発力が低下 して きている

1950年代初 め、外貨 が乏 し く経 済規模 が ま だ小 さか った 日本 で、多額 の 資本投 下 を必要 とす る最先端の高炉 を持つべ きか否かが議論 に なったことがあった。 しか し企業家 はその後の 十年あるいは二十年 を見据 えた英断を下 し、高 炉が造 られ戟後 日本の近代鉄鋼業が復活す るこ とになった。鉄の供給 は造船 な どの産業用資材 としては もとよ り、社会資本整備や建築物 に活 用 され、 日本社 会の復興 と再建 につ なが った。

この ような産業の復興 を仕掛け てい く経営者の 存在 は大 きいが、 ものづ くりの技術者がそれを 現場で進め、品質 を高めることに取 り組 んで き たことを忘れてはな らない。生産現場 ではほ ど な く計数制御の機械が導入 され、高炉の炉心温 度管理 に も活用 されるようになった。 しか し高 炉の温度や内部の情報が飛躍的に集め られるよ うにはなって も、その時々の原材

の質や作業 環境の温度湿度 を勘案 し、次の段階の手順 をい

企業の国際経営戦略 55

つ どの タイミングで開始す るか を見極 めて決断 す るのは、やは り長年作業 に携 わる熟練技術者 の経験 と勘 とコツであった4)

高度成長期 の1960年代、毎年10%を超 える 経済成長の もと、 よ り良い ものづ くりを心掛 け なが ら製造業の活力が最大限に活か された。製 造業の現場 では、製品の品質 を向上 させ精度 を 上 げ るため に、 よ り進 んだ工作 機械 が必要 に なって きた。伝統工芸の世界や きわめて特殊 な 単品生産の高度 な機械類 を除けば、製品の精度 は生産に用 いる工作機械の精度以下 に規定 され ることになる。つ ま り100分の 1ミリの精度の 工作機械 では1,000分 の 1ミリの精度 を達成す る こ とはで きない。1960年代 の ものづ くりの 課題 は、 よ り高皮になった製品仕様 に対応 した 作業への、 さらに精度の高い工作機械 を輸入 し 活用す ることであった。当時その精度の工作機 械 を 日本国内で内製化す るには、 まだ技術 開発 の深 さが十分ではなかった。当時はさまざまな 分野で欧米の製造技術専 門企業か ら工作機械や 一般機械 などを輸入 し、その技術 に追いつ き追 い越す ことを課題 としていた

しか し一方で、1950年代 か ら60年代 の 日本 製品の品質は、平均あるいはそれ以下 とい うの が世界市場での消費者の評価 であった。当時ア メ リカ市場で人気 を博 していたワンダラー ・ブ ラウスは、その名の通 り一着 1ドル、360円相 当のブラウスがあった。いわゆる安かろう悪か ろうとい う普及品の衣

品である 企業家の意 気込みはあったにせ よ、現実 はまさに大量生産 による薄利多売で しかなかった。衣料品ひとつ をとってみて も、新製品を市場 に送 り出すのに 必要な、市場調査、それに基づいた製品の企画、

設計、試作、量産設計、生産、品質管理、そ し て物流、販売、 さらにアフターセールスサー ビ ス とい う基本の流れが必要である 個 々にはそ れぞjtの専 門家がいた り担 当部署があったこと であろうが、それ らが相互 に連携 し、 よ り良い 製 品 を市場 に供給す る仕組 みが完成す るには、

日本企業全体ではその後 まだ十年以上 を必要 と

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56 マネジメント・ジャーナル (2号)

した。

ものづくりと生産性運動

1960年代 の 日本 の ものづ くりで もう一点大 切 なことは、品質管理 を理論化 し体系化 して全 国的な事業所の段階にまで発展 させた 日本生産 性本部の品質向上運動である5)。 日本生産性本 部の生産性三原則では、①雇用の維持拡大、② 労使 の協力 と協議、③成果の公正 な分配 を掲げ ている。当時は 日産 自動車の労働争議 な ど、全 国で過激 な労使対立がみ られた。 これ らの状況 を勘案 しなが ら、安定的で緊張感のある労使関 係 と、現場 の生産性 を向上す る運動 を示 して いった 日本生産性本部の役割 は大 きい。 さまざ まな活動の中で も生産性向上 に関す る次の理念 が、本稿の ものづ くりに関連 して興味深い記述 である

「生産性 とは何 よ りも精神 の状態であ り、現存す るものの進歩あるいは不断の改善 を め ざす精神状態である。 (中略) それは現状が いかに優 れたもの と思われ、事実いかに優 れて い ようとも、かかる現状 に対す る改善の意志で ある

」(1959年3月 ヨーロッパ生産性本部 ロー マ会議報告書 よ り)

上記報告書の記述 に登場す る 「改善」 は、英 語 で は従来improvementと単純 に訳 されてい たが、単 なるmakeitbetterの改良 とは異 なる 意味が込め られている。現在では英語の専 門用 語辞典 には、その ままkaizenとい う表記 で記 載 される概念 として取 り上げ られている。では 改善 にはどのような精神性が込め られているの であろうか。生産現場では技術者や労働者一人 ひと りの 目配 りだけでな く、小集団活動や全社 的な報告会 まで企画 され、生産性 向上運動が体 系化 されている。生産現場での製品の改良だけ でな く、生産 ライ ン‑の提案や工具箱 の位置 に 至 るまで、 さまざまな視点か らの提案制度 を含 む運動が改善である ここでい う精神性 とは、

どの ように した らよ り良 くなるかをいつ も考 え ている、 とい う言葉 に置 き換 え られ よう ヨー ロッパの古典的な概念では、労働 は負 の余暇で

あ る。つ ま り自由であ るべ き24時間の余暇の 中か ら契約 に よ り8時 間 を労働 に提供 す る以 上、勤務時間中は一所懸命 に働 くが、定時 とと

もに自分の 自由な時間に戻 る。そこでは仕事か ら離れ、本来の 自分の生活 を詣歌す ることが基 本 とされて きたのである。

日本の労働者すべてが昔か ら常 に勤勉実直で あ った とい うこ と も、 い ささか過大 評価 か も しれない。 ジェイムズ ・アペ グ レンが 日本企業 の経営慣行 を調査 して提示 した 日本的経営の三 種 の神器、終身雇用、年功序列、企業別組合 は 戟後 目本経済の高度経済成長期 に、大企業 を中 心 に してみ られた雇用慣行 と考 えることがで き る。 日本の労働力人口の うち、中小企業基本法 の定義 を拡大 して、製造業での常用雇用者100 名以上 までの企業 に従事 している労働者 を含め て も、 中堅 お よび大企業 に勤務 す る労働 者 は 15%程度である。それに公務員 を追加 して も全 労働力 人 口の

2 0

数%お よそ四分 の‑ の人 々が その雇用 を終身にわたって保障 されていた労働 者 とい え よ う 高度経 済成長期 で拡大基調 に あった大企業 においては、労働者の確保 と技術 の維持発展のために、終身にわたる雇用機会 を 保障す ることは、労務 人事 とい う経営戦略上か らも十分合理的なことであった。 また労働者側 も雇用が保障 され、年齢 とともに賃金が少 しず つで も上がってい く定期昇給のある年功序列賃 金体系 は、人生設計や生涯所得の安定確保 とい う観点か らも、転職 を考 えずに同一の職場で勤 め上 げ るこ との大切 さと合理性 を持 っていた。

しか し中小零細企業では労働力の流動性 はかな り高 く、短い就業期 間で労働力が入れ替わって いたのが実情である。各職場や事業所 において、

手 に職 をつける とい う目的で、長期 間辛抱 し技 術 を習得 した熟練労働者が、要所 を確認 しなが ら高品質の製品を市場 に送 り出 して きた ものが 日本製品であった。

1990年代 のバ ブル経 済崩壊 後、多 くの企業 が60歳 の定年 を引 き下 げ、 コス ト削減 の もと で固定費 となる正規雇用労働者の人件費の圧縮

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を し始 め た。 かつ ての 日本 的経営 の雇用慣 行 が、戦後 日本経済史の中では、比較的限 られた 時期での経営合理性 に端 を発 した労務人事戦略 であった といっては言いす ぎであろうか。 この ような労働環境下で も、 よ り良い製品を送 り出 す ことに地道に取 り組んで きた各企業の技術者 や熟練工が、その技術 を磨 き、製品の質 を高め 精度 を出す ことに情熱 を傾 けて きたことに、改 めて着 目しておかなければな らない。

高度経済成長期 は1971年のニクソンシ ョッ クによる通貨制度改革、二度にわたる石油危機 の影響 に よる景気後 退 で終若 した。 ニ クソ ン シ ョックに よる円の対 ドル レー ト変更 で、 円 は360円か ら308円‑ と上昇 した。その後一年 余 にわたるス ミソニア ン体制 を経て、1973年2 月か ら今 日まで、円は変動相場で推移 している。

それ に続 く1973年 か ら74年 の第一次石 油危 機、1979年か ら80年 の第二次石油危機 は、 日 本企業 に大 きな経営判断の変更 を迫 った。円高 と石油 をは じめ とす る原材料価格の高騰 は、 日 本企業の輸 出戦略や製造業の生産拠点戦略 に大

きな影響 を与 えた。1980年代 の 日本企業 の海 外直接投 資には、 これ らの企業の外部環境要因 が強 く働 いた。そこで輸 出市場 をもち、原材料 を輸入 している企業が打つべ き手段 は次の3点 に集約 された。第 1は労働生産性 を向上 させて、

製造原価 を削減 し、円高による為替差損分 を吸 収で きるような生産体制 を構築す ること。 第2 は、円高の状況が完全 に企業の外部要因である 以上、 これを所与の条件 と考 えて海外直接投 資 で現地生産 を開始 し、少 な くとも外 国為替の動 向による為替差損が発生す ることを避ける。第 3は、円高 と原材料価格 の高騰 で この コス トを 生産現場では完全 に吸収 しきゴ1ない場合 は、価 格競 争力 を失 った こ とに よ り、 この事 業 か ら 完全 に撤退 し新規事業 に参入す ることであ る

1980年代 の 日本企業の海外直接投資は、上記2 の理 由によるものが多い。ただ し2の理由で海 外直接投 資を決断 し、海外現地生産 を立 ち上げ た企業の場合、現地販売市場や周辺国市場が十

企業の国際経営戦略 57

分育 っていての現地生産 はおおむね成功 した。

ところが原材料輸入価格 を削減あるいは為替差 損 を回避 して、製品を全量 日本 に輸入する 目的 で生産拠点の海外展 開を した企業では、その後 の円安局面で、当初の採算 ラインとした為替水 準が逆 に変化 して しまい、む しろコス ト高 を招 いて失敗す る事例 も少 な くなかった。企業家 に とって為替変動 については、円高で も円安で も、

水準がいずれか状態で安定的に推移 していて く れることが何 よ りも重要であるとの認識であろ

う。 しか し現実 にはその後 も、実需 を伴 わない ヘ ッジファン ドなどによる投機的な資金の動向 が、各国の為替市場 を混乱 させて きた。

技術移転によるものづくりの危機

海外直接投資と技術移転

1980年代 の直接投 資にお いて特 に指摘 され たことは、現地生産に伴 う生産技術 の移転 をど の ように行 うかであった。多 くの企業 は、海外 生産拠点で も日本国内の生産性 と同等の品質や 歩留 ま りを 目標 に して現地雇用労働者の技術指 導 を行 って きた6)。 これは原材料等部品中間品 まで 自社内で まかなっていた場合 はまだ問題 は なかった。 しか し投資相手国の外 国資本受け入 れ方針 によ り、段 階的な原材料や部品の現地調 達率上昇が示 されると、 どうして も現地の市場 や企業か ら調達せ ざるを得 な くなる7)。その場 合、 自動車関連産業では、 日本での協力企業が 現地 に進出 して、そこか ら調達す る現象がみ ら れたが、一般 には現地企業か らの部品中間財 を、

技術指導 しなが ら購入す ることが多かった。 ま た生産現場では欠かせ ない金型製造では、一般 的な精度の金型であれば、台湾の企業か らの積 極 的な売 り込みがあ り、東南 アジアでは必要 に して十分 な品質の金型 を台湾企業か ら買い付 け る事例が多 くみ られた。製造業 における金型 は、

工作機械 と並 んで製品の精度や品質 を決める重 要 な役割 を持つ。1980年代か ら90年代 にかけ て、多 くの 日本企業 はコス ト削減 と納期短縮 と

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58 マネジメント・ジャーナル (2号)

い う経常判断か ら、台湾企業の金型 を調達 した。

この判断のその時点における経済合理性 はあっ た ものの、 この十数年の間に 日本の精密加工技 術 に裏付 け られた金型企業の多 くが、廃業ある いは後継者不足 によ り企業規模 の縮小 を余儀 な くされた。 そ して2000年以降、熟練技術者 の 高齢化や退職によ り、 これ ら地味ではあるがか けが えのない重要 な技術が失われ ようとしてい るのが現状である

かつて 日本は経済成長 に ともなって、輸 出に よる外 貨 を獲 得 はで きた ものの、 それ を上 回 る部品や機械 の輸入が経済成長 を押 しとどめた 時期があった。 この経済成長 と国際収支赤字の 天井 は、 日本経 済が1980年 以 降貿 易収 支 で、

1981年 以降経常収支 で黒字基調 になるまで続 いて きた。現在 のアジア諸国は、外 国資本の直 接投 資によ り国内生産 を高め、地元資本の成長 で順調 に成長軌道 を歩 んでいる しか し多 くの アジア諸国が、国内での技術蓄積が まだ十分で な く、 また成長 によ り輸 出は増 えて も、それ以 上 に購 買力が旺盛で輸入が増 えることで、貿易 収支の赤字基調か ら脱却で きず にいる

cAD

の登場とものづくり

8)

技術 の進歩 は時 として厳 しい現実 を既存企業 や技術者 に突 きつけることがある 商品開発で は通常、商品の企画に始 ま り、設計、試作、量 産設計、生産 とい う一連の流ゴ1があることはす でに述べ た。 この中で、試行錯誤 しなが ら完成 させてい く設計 では、現在CADが活躍 し、画 面上で さまざまなシ ミュ レーシ ョンがで きる環 境が整 っている 従来であれば紙面 に書 きなが らお こしていた設計図を、 コンピュー タを活用 す ることで、時間を短縮で き精度 も向上 して き ている しか しCADに代表 され るコンピュー タ技術の活用 は、二つの新 たな現象 を引 き起 こ した。第1は、設計 における熟練技術者の力量 と経験が必ず しも活か されな くなったことであ る その背景 にはコンピュー タ操作の難 しさと 経験値 による数値補正 を的確 には画面 に反映 し

に くく、基本的な仕様の画面で設計 を完了 して しまうことである この経験値 の例 は次章 4で 詳述す るが、熟練技術者の技が発揮 で きない設 計 には、時 として無理が生 じることがある。製 造業の ものづ くりであれば、本来は画面で設計 した ものを、試作品 としてクレイモデルな どの 形 に して、その上で不具合や不整合 を実際の形 状 で確認す る ものである9)。 しか し設計 コス ト や時間の削減 とい う名 目で、試作 品による確認 作業 をしないまま量産設計か ら生産へ と進めて しまう傾 向が あ る 第2は、CADの発展 に よ り、 コンピュー タ操作がで きれば、世界中 どこ の国で も設計者が活躍で きるようになったこと である その例 としてあげ られるのは、イ ン ド の コンピュー タ技術者の仕事ぶ りであろう コ ンピュー タ技能 を教育研修 を通 じて習得 し、 イ ン ド国内の開発拠点で集中的に作業 を行 うこと か ら、設計 にかかる人件費や、アメ リカヨーロ ッ パの発注企業 との時差 を利用 し、開発設計期 間 を短縮す ることに成功 している 製造業の もの づ くりにおいては、必ず しも発展段階では遅れ を とり実績 はない国々で も、 ことCADや コン ピュー タプログラムの開発では、途中の発展段 階 を省略 して最先端技術 に取 り組 めることが、

イ ン ドをは じめ としたいわゆ るBRICsといわ れる新興工業国の存在価値 になっている10)

しか しここで改 めて考察 してお きたいのは、

製造部 門 との連携 な しに作 製 された設計 図面 が、はた して実用 に耐 えうるのであろ うか とい う問題である 製造業の企業であれば、 自社 内 の設計部門 と製造部門が緊密 に連携 を取 りなが ら設計 に改良を加 え、試作 品のバージ ョンア ッ プを図ってい くであろう 自動車の ように高速 で走行 し、わずかな不具合が生命 にかかわる製 品はい うまで もないが、衣料品であって も下着 類 の ように肌 に近い製品ほ ど、わずかな部分の 不整合が着心地の悪 さに感 じられ、高度な縫製 を要求 され る製品である ものづ くりに携 わる 人々の、 きつい、 きたない、危険 とい う作業環 境 は何 と して も改 善 していか なけれ ばい けな

(7)

い。 しか しものづ くりで本来す るべ き努力 を惜 しみ、楽 な手抜 き作業でで きた ものが、良い製 品に具現化 されることはないであろう

研究開発とものづくりの職人芸

研究開発の三段階

研究開発 にはその内容 と性質 によ り次の三段 階がある 第1は基礎研究である 基礎研究は 企業のみな らずむ しろ大学や公的な研究機 関で 行われる、科学の分野 に類す る研究 をさす。 と か く日本 は基礎研究分野への研究助成や資金配 分が少ない といわれる この ときによ く用い ら れるのが、 ノーベル賞受賞者の数である た し かに欧米諸国に比べ、 ノーベル賞受賞は限 られ てはいるが、近年の研究成果 をみる限 り、 日本 政府や企業が基礎研究 を軽視 していた とい うの は酷であろう ただ企業 においては、比較的短 期間での成果 を求めるあ ま り、長期 にわた りな おかつ懐妊期間が長い基礎研究は、企業 に相当 の財務力や人員配置 な どの基礎体力やなければ 進めてい くことは難 しい。かつての 日本電信電 話公社 にあった武蔵野電気通信研究所や横須賀 電気通信研究所、茨城電気通信研究所そ して厚 木電気 通信研 究所 の4か所 の電気 通信研 究所 は、大学の理学部や工学部以上の成果 をあげて いた。

第2段 階の応用研 究 で は、基礎研 究 で得 ら れた素材等 にか んす る特性 の研 究成果 を受 け て、材料 にで きる状態 まで加工 を施 してい く。

また基本技術が確立 した中で、いかに してエネ ルギー効率 を上げ られるか とか、量産設計の見 直 しを しなが ら効率性 を高めでい くことが どの ように した ら可能かを研究す ることが応用研究 にあたる この例 としてあげ られるのが、

状 記憶合金である 材料工学の分野では知 られて いた金属特性 であったが、ではそれをどの よう にすゴ1ば民生用 に利用で きるかは研究者 にはな かなか想像がつかなかった。そこで一定温度で もとの形状 に戻 る特製のある金属で ワイヤーを

企業の国際経営戦略 59

作 った ところ、 これを求めたのが女性下着 メー カーの最大手 ワコールであった。女性下着の形 状 を保 ちなが らも、装着感 を失わず、洗濯 に も 耐 え られる金属 ワイヤーは、下着 メーカーの研 究開発の手 には余 った。そ こへ形状記憶合金の ワイヤーがあることが分か り、早速下着 に取 り 入れ、新製品の開発 につなが った。 この場合 は、

金属特性 を生か した素材 を、 ワイヤーに加工 し たことが次へ の大 きな手掛か りになった。

第3の実用 化研 究 は、新 しい技術 を製 品 に 取 り入れ、製品の機能や仕様 に工夫 を加 えるこ とである 製品のデザ イ ン、使 いやす さ、ある いは リサ イクルに必要 な素材 の指定 をす ること で、環境 に優 しい製品づ くりをす ることも実用 化研 究 の大 きな柱 になろ う。 かつ て1991年 の 初頭に販売予定であった ドイツ、 ダイムラーベ ンツ社 の型 式番 号W140シ リー ズ は、約 ‑年 遅jlで販売 された。その理 由は、 この新発売す る自動車のすべての部品に、組成 に応 じた リサ イクルのための表示 を付 けるためであった。 ダ イムラーベ ンツ社 はこの一年 間の販売遅延 で、

1,000億 円以上 の機会損失が あった といわれて いる しか し同社の方針 は、新車 を出すか らに は環境対応のための部品コー ド番号 の付与 は必 要 な措置であ り、販売 してか らでは遅いのだ と い う明確 な理由であった。 これだけの使命感で 環境対応 していることは立派なメ ッセージであ

り、経営理念 として明快である。

実用化研究に真剣 に取 り組 んでいた もう一例 として、化粧品のマ ックスファクター社 を取 り 上げてみ よう。現在ではプロクタ‑ア ン ドギ ャ ンブル社 (P&G)の傘 下 に入 って い るマ ック ス フ ァク ター社 は

、2 0

世紀 初頭 アメ リカのハ リウ ッ ドで映画 関係 者 の メイ クア ップを担 当 し、その信頼 と名声 を得て化粧品の企画製造販 売‑ と進 出 した。 日本では1950年代 中 ごろに 東京で研究所 と現地生産 を開始 した。その理由 は、 日本市場の開拓 と進 出には、アメ リカで開 発 された化粧品を日本人向けに改良す る必要が あったか らである 衣料品な どと異 な り、化粧

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60 マネジメント ジャーナル (2号)

品は女性が肌 に直接使用す るだけに、 白人女性 を対象 に開発 したアメリカの製品をその まま販 売す ることには危険があったか らである また 日本 人消 費者 は総 じて無香料 や微香性 を好 む が、アメリカの消費者 には しっか りした香 りが 選好 さjlる この ような晴好性 の違 い も含 め、

マ ックスファクター社 は早い段 階か ら日本人向 けの実用化研究行 い、 日本市場向け製品 として 生産出荷 したのである

この ように研究開発 といって も、その内容 に よ りそれぞれ に相 当 な違 いが あ る これ ら三 段階の研究開発 については、かつて航空工学の 権威であった故糸川英夫博士が、 テ レビ放送の 対談で興味深 い 日米比較 を論 じていた。糸川博 士 は戦時中、陸軍戦闘機 「隼」の開発 に参画 し た経験 を持 っていた。戦後 も一時期の雌伏 を経 て、航空工学の研究が再開後、東京大学で教鞭 をとった。そのころの経験か ら、糸川博士 は 日 米 の科学者や技術 を次の ように比較 していた。

上記の基礎研究 を得意 とす る科学者、応用研究 に力 を発揮す る技術者、実用化研究 を得意 とす る技術者 に三分類 し、 日米でそれぞれの人的資 源の層の厚 さを比較す ると次の ようになるとい

基礎研究 応用研究 実用化研究

日本 少ない 多い 多い

アメリカ 多い 少 ない 多い

上記の多い少ない とい うのは、糸川博士の経 験 による印象であ り、数値 的な裏付 けが十分か どうか は走かではない。糸川博士 の経験 で は、

東京大学工学部で航空工学の授業 を担 当 してい た時、 自身が戟時中美術館 に行 きどの ようなタ イ ミングで隼の翼 の形状 を閃いた とか、 とい う 話 には学生が興味 を示 さず、航空力学計算 にな る と喜 々 として ノー トを取 ってい とい う。本 来、 日本の航空学界 を担 ってい く将来ある学生 には、計算式 よ りインスピレー シ ョンの見つけ 方 を感 じてほ しかった とのことである その思 いが上記のような 日米の科学者 と技術者の層の

比較 になったのであろう この比較で興味深い のは、基礎研究 に携 わる想像力豊かな研究者の 層の厚 さではアメリカに優位があ り、一方応用 研究の分野では 日本の技術者の層の厚 さが 目立 つ ことである これは何 を意味 しているのであ ろ うか。1960年代 の アメ リカが 国家 の威 信 を かけて取 り組 んだ宇宙開発‑の取 り組み、特 に 月面 に人を送 るとい う挑戦 は、 まさにさまざま な基礎研 究 を積 み重 ね、 さ らにアポロ11号以 降の アポ ロ計画成功 と して結実 した成果 であ る 宇宙空間で何がお こるか、問題が生 じた と きに どの ように対処す るかな ど、ゼ ロか ら1を 創 り出す ことは、容易なことではない。未知の 問題 に果敢 に挑戦 したことはまさに基礎研究分 野 における豊富 な人材 の成せ る偉業 であった。

この背景 には当時の米 ソ両国による東西冷戦構 造 とい う国際政治情勢の下で、軍事 的優位 を誇 示す るとい う政治的な論理があっての仕掛 け と いった厳然 とした事情があったであろう しか し月面着陸 とい う宇宙開発計画は、創造性 に富 んだ研究者の情熱 な しには到底で きない ことで ある。 さきに述べた ように、 日本では企業付設 の研究所で基礎研究 を中心 にお こなえる機 関は 限 られている その一方、企業が製品を改良 し 高機能化す るために、 また同業他社 との競争優 位 を確保す るために も、応用研究が積極的に進 め られて きた。 自動車企業 はその典型的な例で あ る 現在 で も世界 中の ほ とん どの 自動車 に は、 ピス トンの往復運動で動力 を発す るレシプ ロカルエ ンジ ンが搭載 されている。その原型 は

1886年 に ドイツでカール ・ベ ンツとゴッ トリー ブ ・ダイムラーが発明 したエ ンジンである こ の二人の発 明家 は生涯 に顔 を合 わせ る機会 はな かったが、同時期 にガソリンエ ンジンの原型 を 発 明 し、今 日の 自動車の基礎 を築 いた。後 に両 者の遺志 を継いだ人々が会社 を興 し、その功績 に敬意 を表 して社名 に したのが ダイムラーベ ン ツ社である さらに 日本 の 自動車企業各社が、

この レシプ ロカルエ ンジ ンに改 良 と工夫 を重 ね、走行安定性や燃費の向上 をめざして作 り上

(9)

げたのが今 日の 日本車である。近年話題 になっ ている トヨタのプ リウスやホ ンダのイ ンサイ ト などのハ イブ リッ ドカーは、エ ンジ ンだけでな

くモー ターを搭載す ることで二つの動力源 を活 用 し、排気 ガスを削減 し燃費を大幅 に向上 させ た。 この貢献 は大 きい し評価 されて しかるべ き であるが、 まだ応用研究の域 を完全 に脱 した画 期的な新製品 とはいいに くいであろう ガソリ ンエ ンジンの仕組みを根本的に変えたマ ツダの ロー タリーエ ンジ ンは確 か に画期 的 な発 明で あったが、なかなか市場では成功 を収め られな かった。

ものづくりと職人芸

技術 にはハ ー ドな技術 とソフ トな技術 が あ る。ハー ドな技術 とは特許に代表 されるように 明文化 され、その独創性が制度的に も認知 され 保護 された公の技術である。 この ような技術 は 設計図を対価 を支払 って入手す ることで、製造 工程で難 しかった部分 を乗 り越 え、製品化の道 筋 をつけることが可能にな り、製品化への時間 を短縮で きることになる また最先端の機械 を 購入 し製造工程 に活用す ることで、優 れた製品 を生産す ることが可能になる 一方、 ソフ トな 技術 とは、製造工程の全般 にわた り、設計図に は取 り込めない工夫や改良 を、経験や勘や コツ によって補 うものである。ハー ドな技術が全て にわた り合理的であるのに対 し、 ソフ トな技術 には分か りに くい側面がある 金属加工 などで は、職人の経験か ら当 日の温度や湿度 によ り材 料の伸縮 を勘案 し、設計図 とは異 なる長 さの加 工 を行 うこともあろう。完成段 階で きちん と仕 様通 りにす るためのこうした補正 は、 まさに職 人芸 の域 といわざるを得 ない。

しか し近年の家電機器 は もとよ り自動車 など も、その内部は電子部品によって制御 されてい る。テ レビも現在エ コポイ ン トの対象 になって いる薄型 テ レビでは、かつてのブラウン管 テ レ ビの ような色調調整 をおこなう余地はな く、プ ログラムによる電子制御である 自動車の場合

企業の国際経営戦略 61

も、エ ンジンか ら駆動系、操舵系 までの一連の 動 きを、眼で追 えた時代では もはやない。電子 制御の制動装置や 自動安定化機能は、未熟練 な 運転で も安全性 を高め、反応の遅れ を未然 に防

機能がプログラムされている。 しか しこのプ ログラムは 削 こ見えないだけに、テス トコース では度重 なる実験 によ り実証 されて市場 に投入 されているのであるが、現実 に発売 さゴ1る と、

想定外 の さまざまな不具合が初期不良 として報 告 される。通常 は些細 な不具合 をその都度確認 した うえで必要 な修正 を加 え、マ イナーチェン ジとして改良 される。

今 日の ものづ くりが難 しいのは、 この電子制 御のプログラムが、 まさに 目の行 き届かないブ ラックボ ックスになっていることである 本来 は燃費の向上や、制動時の車体 の揺れなどを早 めに察知 して安定性 を確保す るための装置が、

時 として作動 しないばか りか、想定外 の動 きを す ることがあるとい う。 この誤作動がプログラ ムの不具合か らお こる場合 は直 ちに修正 をすべ きであるが、車両の走行中に受ける強い電波や 電磁波の影響 などになると、そ もそ も想定の し ょうがない事態であろう 職人芸 に由来す る も のづ くりの精神 と、製品全体 に対 して 目を光 ら せ る製造業が次第に危 う くなって きているので はなかろうか。 日本企業のグローバ ルな生産拠 点戦略が、改めて問われる事態が きているよう である

今後の国際拠点戦略

生産拠 点の再配置

日本企業 は度重 なる円高や円安 など為替の乱 高下 を経 て、今 日の 国際 的 な生 産拠 点配 置 に 至 った。 これまでに国際調達 を円滑 にお こなう 部署の設置や、海外生産 を本格稼働 させ て世界 の市場 に輸 出す るな どさまざま試 みが な され た。 この数年の企業の動 きの中で、新 しい動向 と思 えるものがある。それは生産拠点の 日本へ の回帰現象である。 日本企業の中には、従来同

(10)

62 マネジメント・ジャーナル (2号)

業他社 に後れをとりた くない とか他社が行って いるか らとい う理由で、採算度外視で本業以外 の関連製品の製造 に取 り組み、事業部単体での 赤字 を繰 り返 して きた場合が少 な くなかった。

これ らの企業の中には、多方面 に広げす ぎた事 業 を見直 し、収益性の高い事業 に経営資源 を特 化す る傾向が表れている この経営資源の選択 と集中によ り、さらに競争力 を持たせ るために、

生産部門を 日本国内にもどし、製品が 日本製で あることを強調 しなが ら、他社 との差別化 を果 たす戦略である。

薄型液晶テ レビでは先駆的なシャープが、「世 界の亀 山モデル」 と称 して、三重県の亀山工場 を増床 しブラン ド化 している また東芝ではテ レビ事業部 の発祥である埼玉県の深谷工場で、

チューナー を多装着 した最高性能のセル レグザ を製造 している。深谷工場 を改めて同社 の中心 的な工場 として位置付 ける試みである これま で 日本国内で製造工程の標準化が進み、製品が 一般化 して普及品になった ところで東南 アジア の工場 に製造 ライ ンを移転 す る とい う流 れが あった。1980年代 か ら90年代 の事例すでに述 べた とお りである。 しか し今やかな り先端的な 製品 も、韓国や台湾の企業が中国を拠点 として 製造 し、 アメリカなどの大消費地に輸 出 してい る。 こうなると価格面で全面的に競争す ること は きわめて難 しくなった。そjtであれば高機能 や高性能で差別化 を図る しかない。そのために は開発部門 と地理的にも近い 日本国内で、改良 と工夫 を重ねた新製品を開発 し、熟練工 による 目の行 き届 いた製品に仕上げることが必要 との 判断であろう。そのためには 日本人労働者の人 件費 を賄 って余 りあるほ どの高品質高価格 の製 品づ くりを次々に繰 り出 していかなければな ら ない。先端技術製品ほ どその製品寿命が短 く陳 腐化 して しまうため、半年あるいは四半期 ごと に新製品を投入す ることになるか らである。 日 本 あるいは世界 中の消費者 の支持 を得 なが ら、

どこまで この ものづ くりが成功 し受け入れ られ るかが、厳 しい国際競争 に生 き残れるか否かの

分岐点である。常 には しり続 けなければならな い企業間競争 に 日本企業のみな らず世界の企業 が挑 んでいる

ものづくりの課題

日本企業の ものづ くりには、生産性 向上運動 など地道 な長い努力があって今 日の信頼 を得た ことはすでに2.2で述べ た。 この品質 と信頼性 を具現 した企業が トヨタ自動車であるといって 過言ではない。 しか しアメリカ市場で、 トヨタ 車 の信頼 を揺 るがす よ うな回収修 理、 リコー ルが 問題 になってい る。本稿 執筆 時点 であ る 2010年2月上旬 の新 聞等一般報道 資料 に よる 判断で しかないが、い くつか本質的な事項で こ れ までに本稿 で論 じた ものづ くりに関す る懸念 が浮かび」二がって きている。

当初2010年2月1日正式発表 された車両 の 不具合 は、アクセルペ ダルが結露等で戻 らな く なる危険性がある。 フロアマ ッ トの仕様等 も含 めて回収修理 に該当す る車両 は、北米市場で販 売 された8車種440万台 とのことであった。 こ れに関 して、同ペ ダルを製造 したアメリカ、 イ ンデ ィアナポ リス市 の部品メーカー

C T

C社 は、

トヨタ自動車の仕様書通 りに製造 した との見解 を発表 している

さ らに2010年2月4日にはア メ リカ運輸省 下のアメ リカ道路交通安全局

( NHTS A)

が報 告書 を発 表 した11)。 そ の中で上記 の不 具合 以 外 に、電子制御 スロッ トルシステムの誤作動が ある との利用者 の苦情が複数寄せ られてお り、

調査中であると述べている この点は、アメリ カ トヨタ販売子会社のジム ・レンツ社長は一切 関知 していない と否定 した。 この誤作動が新た な不 具合 と認 め られ、 さ らなる回収修 理 の リ コール対象 になると、 トヨタは初めの リコール に続 き、指摘 を受けた後 に否定 してなお不具合 が認定 されることにな り、二重三重の ミスを犯 す ことになる 仮 に新型 プ リウスまで含めた リ コールを行 うと、対象総数 は810万台 との報道 がある これは2008年 の トヨタ自動車 の世界

(11)

総生産台数720万台を上回ることになる。

トヨタ自動車の不具合 に関す る技術 的な問題 は、事実関係 を調査 中の現時点で判断を下す こ とはで きない。 しか しこゴ1まで本稿 で論 じた も のづ くりの観点 と、今 回の トヨタ自動車の初動 の対応 ミスにはい くつかの指摘がで きよう。 ト

ヨタ自動車 は長 ら く、 か んぽん方式 やJITな どの用語 を一般化 させ るほ ど、 ものづ くりの手 本 となる製造業 の代 表 的企業 であった12)。 ト

ヨタ自動車 としては、部品の製造企業 に品質管 理上の問題があった とい う見解 であろう。 しか し トヨタ自動車がすでに協力企業か ら納 品 され た部品や部材の組み立て企業であることは明 ら かである。本来は自社で徹底 した各部品の品質 管理 を しなが ら一つひとつ を組み上げ調整 して い くとい う、 ものづ くりの職人芸が どこかでゆ るんで しまったのではなかろうか。部品や部材 の納入企業 との協力関係や信頼 関係 は、 どの業 種 の どの企業 よ りも緊密であったはずの トヨタ 自動車は、 この ような リコール とは最 も縁遠い はずの企業であったはずである。今 回の トヨタ 自動車 リコール問題 には、 ものづ くりの観点か らかな り深い重みがあるようである。

さらに トヨタ自動車 リコール問題では、 もう 1点同社 の対応 を巡 る課題が残 る。連 日さまざ まな事実関係が報道 されるなかで、記者会見や 報道への対応姿勢には疑問が投 げかけ られてい る。アメ リカ版のフィナ ンシャル ・タイムズ紙 では、同社の記者会見 をみる限 り、必ず しも利 用者の不安 を解消 し、納得が得 られる説明がな されてい ない こ とであ る13)。製 品の不具合 に ついては、誰 よ りも利用者の安全 と安心が得 ら れるように説明 を尽 くすべ きであるが、それが 十分ではない と論 じている 製品に関す る危機 対応では、医薬品企業のアメ リカ、ジ ョンソン・

エ ン ド ・ジ ョンソン社 の鎮痛剤 タイラノール事 件がある。異物の混入 によ り使用者が死亡 した 事件である。 この とき同社 は社長 自らが常 に前 面 に立 ち、製品の全 品回収 と調査の進捗情報 を 速やかに伝 えることで、顧客の不安 に きめ細か

企業の国際経営戦略 63

く対応 した。事件 の全容が明 らか になった後、

再発 防止策 を適切 にとる説明 をしたことで、 同 社や製品にはむ しろ顧客の信頼が増 した とい う 結果 になった。製品の暇庇 は起 こらない ことが 前提であるが、起 こった時の対応が トヨタ自動 車は稚拙 であるとい う見方が多い。 トヨタ自動 車 は1957年 に対米輸 出を開始 して以来、 当初 の悪評 に丁寧 に対応す ることで今 日の信頼 を築 いて きた。50余年か けて培 った信頼 を きちん と継 ぎとめるために も、 トップが強い リーダー シップを発揮 して、利用者 に対す る迅速で的確 な対応 と説明が何 よ りも求め られる

ものづ くりの視点か ら企業の国際戟略 をみて きた。企業 はさまざまな試行錯誤 を しなが ら、

よ り良い もの をよ り安 く提供すべ く努力 してい る。その背景 にあるものづ くりの職人芸が、今 日消 えかかっているかの ような不安 と事象が起 こっている 日々の暮 らしの中で、かけが えの ない ものづ くりが これか らも継承 されていって ほ しい。そのために、職人芸 を受け継 ぎ伸 ば し ていける人材 開発、製品のブラックボ ックスを 極力 な くして、可視化で きるものづ くり、透明 性 のある企業経営が今 まさに求め られている

【注】

1) 自社で商品企画か ら製造販売 を行 う企業形 態。SPAはSpecialtyretailerofprivate labelapparelsの略称。

2)カジュアル衣料品専 門店のユニクロを展 開 し2009年10月末 で全 国 に790店舗、

海外 112店舗。 同社 は製品の 自社生産 は行わず、 中国で委託生産 して輸入 し 自社販売 している。

3)1980年代 以 降、技術 の流 れが 高度軍需技 術 か ら民生転用ではな く、民間の開発 した高度技術が軍事転用 される逆ス ピ ンオフとい う現象が、 日米のハ イテク 技術で認め られることが研究 されてい る。 (参考文献 ハ イテ ク戟略研 究会 編、『日米の技術競争力』190ページ。))

(12)

64 マネジメント ジャーナル (2号)

4)研 究開発や技術 に関す る分類 と定義 につい ては本稿 の4で詳述す る

5) 日本生 産性 本部 は1955年3月 「生 産性 向 上対策 に関す る閣議決定」 に基づ き設 立 された通産省 (現経済産業省)所管 の財 団法 人 で あ る そ の後1994年 に 通産省所管の他 の財 団法人 との統合 に よ り、名称 を財 団法人社会経済生産性 本 部 と したが、2009年 再 度、財 団法 人 日本生産性本部 に名称変更 した。

6)製造 した製品の中で、品質検査 に合格 して 出荷 で きる製品の割合 をい う。反対 に 検 査 で不 合格 に な った欠 陥 品 の割 合 に着 目 した場合 は、 欠 陥 品率default ratioとい う

7)現地調 達率 はlocalcontentとい われ、発 展 途上 国が 自国 産業 の保 護 育 成 の た め、外 国企業 に対 して設 ける部品等の 調達割合の こと。

8)CADはcomputerassisteddesignの略称で、

現 在 で は三次元機 能等 を駆使 した コ ンピュー タ上 で の設計 が可 能 とな り 一般 に活用 されている

9)粘土で作成す る試作模型 の ことで、 自動車 の設計 な どで は原寸大 のク レイモデル を作成 して外観等 を検証す る。

10)新興工業 国 と して台頭 してい るブ ラジル、

ロシア、 イ ン ド、中国の総称。

ll)NHTSA は NationalHighway Traffic SafetyAdministrationの略称 で、 アメ

リカ運輸省管轄下 の機 関である。

12)JITはJustlnTimeの略 語 で、 必 要 な も の を、必要 な時 に、必要 なだけ生 産 ラ イ ンに届 け、 中間在庫 や仕掛 品な ど無 理 ム ラ無駄 を排 す る考 え方 を総称 して いる

13)FinancialTimes,USA edition,Friday February5,2010,p.1,14.

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企業の国際経営戦略 65

参照

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