聖なる甕棺 : 考古学と文化人類学との接点の一例
著者 横田 健一
雑誌名 阡陵 : 関西大学考古学等資料室彙報
巻 9
ページ 2‑2
発行年 1984‑05‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00024356
聖 な る 痰 棺 一 考 古 学 と 文 化 人 類 学 と の 接 点 の 一 例 一 横 田 健
アイヴァ・エヴァンズ(IvorH.N.Evans)の著、
『英領北ポルネオとマレー半島における宗教、民 俗 お よ び 慣 習 の 研 究」("Studies in Roligion, Folk‑lore
&
Custom in British North Borneo and the Malay Peninsula "1923, new ed. 1970) に は 、 次 の よ う な 甕 崇 拝 に 関 す る 報 告 が あ り 、 日 本 古 代 の 甕 棺 葬 の 研 究 に 参 考 と な る 。 な お 英 領 北 ボルネオは現在東マレイシアとなっている。北 ボ ル ネ オ ・ ツ ア ラ ン 地 方 の ド ウ ス ン 族 は あ る 種 の 甕 を 崇 拝 し て い る が 、 そ の 殆 ど は 中 国 製 の 緑 褐 色 で 、 腹 の ふ く ら ん だ 、 し ば し ば 表 面 に ヒ ピ の 入 っ た 年 代 物 で あ る 。 彼 等 は 各 甕 に は 祖 先 の 霊 魂 が宿ると考え、犠牲をそなえると祖翌は上機嫌で、
恵 を 与 え て く れ る が 、 そ う し な い と 悪 く と り 扱 わ れ た と 思 う 。 家 中 や 村 に 病 気 が あ る と 供 物 が さ さ げられる。 (P. 3 4)
オ ム ボ イ 部 落 の ド ウ ス ン 族 は 、 死 者 が あ る と 富 裕 な 者 は 、 埋 葬 前 、 約 ー か 月 も 死 体 を 埋 葬 用 の 甕 に 納 め 、 封 を し て 、 家 の 中 に 潰 い て お く 。 貧 し い 者 は 、 甕 が 買 え な い の で 、 死 ん だ そ の8に死体を 埋 め る か 死 体 を む し ろ に 包 む か 、 粗 製 の 木 棺 に 入 れて埋葬する。 (P.14)
右 の 記 述 の う ち 富 裕 な 者 の 慣 習 は 、 わ が 古 代 の
もがり
濱を連想させる。
墓 地 で は 甕 棺 の 上 縁 が 地 表 面 に 突 き 出 て い る こ とがある。墓地附近の住民は、甕を掘り出して、
再使用することがあるが、その場合、 30年 は 経 過 していなければならない。 (P.14 15)こ の 記 述 は、日本でも33年 た て ば 御 先 祖 様 に な っ て 、 祭 り 上げが行われる風習を思い合わさせる。
ツ ア ラ ン の ド ウ ス ン 族 の 墓 の 上 に は 小 さ な 小 屋 が 建 て ら れ 、 そ の 小 屋 に は 台 所 が つ け ら れ 、 死 者 の 霊 魂 の 食 物 と し て 米 の 包 み が 、 床 の 上 に 置 か れ
,,そ
る。葬式に参列した人々は、帰ると楔ぎをする。
(P. 15)墓 上 の 小 屋 は 、 わ が 国 の 墓 上 の カ リ ヤ を連想させる。(近藤直也著『祓の構造』参照)
甕 棺 は 原 則 と し て 死 体 を 納 め る だ け の 大 き さ の も の で あ る が 、 そ う し た 大 き さ の 甕 が 得 ら れ な い 場 合 は 、 あ る 村 で は 、 墓 の 上 に 小 さ な 甕 を 地 上 に 置 き 、 死 体 は 粗 製 の 棺 に 入 れ る か 、 む し ろ に 包 ん で 埋 納 す る 。 あ る 場 合 に は 、 わ ず か1フィートの 高さの小甕が;;;上にたてられている。
募の塚は、
野 猪 が 死 体 を 掘 っ て 食 わ ぬ ように、上に 尖 の 鋭 い 竹 の 葉 で 編 ん だ 織 物 を 掩 う こ と が し ば し ば あ る。
低 地 地 方 で は 、 小 さ な 壁 の な い 小 屋
(カリヤ)を 建 て る が 、 そ の屋は大きく カ ー プ し 、 洋 傘 状 の 構 造 を
Peter Metcalf "A Borneo」ourneyto Death" P.82による。甕の上半部の 切り口のあとに注意されたい。
も ち 、 ヨ ー ロ ッ パ 製 の 更 裟 で 掩 わ れ 、 一 つ の カ リ ヤ で は な く 、 各 墓 ご と に2つ の カ リ ヤ が 建 て ら れ る。
カリヤの中には、時には木製の人形が置かれる。
著者は現地人に、それが死者をあらわすものか、
人 身 犠 牲 す な わ ち 供 犠 さ れ た 奴 隷 の 代 用 で あ る か たずねたが、要領を得なかったという。(P.32) こ の 人 形 は 、 わ が 古 墳 上 の 人 物 埴 輪 を 考 え る 上 に 参 考 と な る 。 近 藤 氏 前 掲 書 の ソ ホ ド の 説 も 考 え 合わされる。
低 地 方 の ナ バ ← 、 ピ ア サ ウ そ の 他 の 村 々 で は 墓
ほう
の 周 囲 に 竹 垣 を め ぐ ら し 、 豊 富 に 色 彩 を 施 し た 包 丁 、 鶏 、 水 牛 、 靱 、 槍 、 鉄 砲 な ど の 模 型 を あ る 種ちよう
の 椋 欄 の 樹 の 髄 で 彫 刻 し て 、 つ く っ て 、 竹 垣 に 沢 山かけている。 (P.33)こ れ な ど も 器 物 埴 輪 を 連 想させるものである。
ピ ア サ ウ 族 の シ リ ナ ン と い う 人 が 、 著 者 エ ヴ ァ ン ズ に 語 っ た と こ ろ で は 、 食 物 は 供 え な い が 、 水 を 竹 筒 に 入 れ て 垣 に か け て 供 え る 。 死 者 の 衣 服 も 墓 の 側 の 木 の 枝 に 掛 け て 供 え な い と 、 災 を 招 く と いう。葬式後は会葬者全員が
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へ行き、楔をする。甕 棺 が 小 さ 過 ぎ た り 、 口 が 小 さ く て 死 体 を 入 れ 難 い 時 は 、 甕 を 水 平 に 切 断 し 、 死 体 を 下 半 分 に 入 れて後に、切り口を樹脂でつけるという。(P.33)
他にも興味深い記事が多いが、別稿にゆずる。