芥川龍之介の童話における比喩表現 : 被喩辞を中 心に(上)
著者 陳 智瑜
雑誌名 同大語彙研究
号 14
ページ 13‑25
発行年 2011‑03‑31
権利 同志社大学大学院日本語学研究会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012462
芥川龍之介の童話における比喩表現
―被喩辞を中心に―(上)
陳 智瑜 チン チユ
文学研究科 国文学専攻 博士課程後期課程研究生 [email protected] キーワード
比喩表現,指標比喩,芥川龍之介,童話,被喩辞 一、要旨
本稿では、芥川龍之介の童話作品の表現特徴を明らかにするために、芥川の指標比喩を中心に 扱い、「説話物」「切支丹物」「現代物」「童話」といった 4 つの題材において量的側面と質的側面 から調査を行った。
ここでは、量的側面の調査を、作品全体の文数を比喩の用例数で割るという方法を用いる。題 材ごとに作品の中に見られる指標比喩における一例あたりの文数を見る。
質的側面の調査では、被喩辞の分類と指標比喩の表現構造の分類を行った。まず、被喩辞の分 類は、芥川作品に見られる指標比喩の被喩辞を抽出し、『比喩表現辞典』の分類体系により分類す る調査である。
以上の方法を用いて、芥川作品に見られる指標比喩に対して調査を行い、考察をしてきた。そ の結果、「童話」は、芥川作品の 4 つ題材の中で指標比喩が最も使用されやすい題材であることが 明らかになった。また、被喩辞の分類では、「動物」「人間」に関する語は、芥川童話の中で被喩 辞として頻繁に用いられることが分かった。
二、芥川龍之介の比喩表現
比喩表現は、伝えようとする事物に対して類似した他の事物の属性を借りて伝達する表現であ り、比喩表現には本来伝達しようとする事物から他の事物への転換行為が行われる。その結果、
比喩表現は事物の直接的な表現とは違って、言語的な違和感や文脈上の意外性をもたらし、受容 側の想像力を刺激する効果があると考えられる。橋本(1969)は個性としての文体研究には比喩 が適しているという前提の従来の研究の行き方を反省し、比喩表現の表現論的な性格、及びその 文体論への応用の仕方を具体例をあげて考察した。その結果、橋本においては、比喩表現が、他 の修辞法とは違って、とりわけ文体の個性面を追求するに有利な性格を有していると主張してい る。橋本が言うように、本来の事物から他の事物へと転換する比喩表現を研究することによって、
その表現主体の性格や文章の個性の一端を明らかにすることができる。作家別・作品別に文体研 究を行う場合には有効であると考える。本稿では、本来の事物である被喩辞に焦点を当て、何に 対して比喩を用いているかを検討することによって、比喩表現が豊富な作家であると言われる芥 川龍之介の個性に迫りたい。
岡村(1963)は芥川の文体について「語彙も比喩も豊富である。」と指摘し、芥川自身も「眼に
見るやうな文章」(注 1)の中で、
景色が visualize(眼に見るやうに)されて来る文章が好きだ。(中略)僕は 云はせると、「空が青い」と書く人と、「空が鋼鉄のやうに青い」と書く
人とは、初めから感じ方が違ふのだ。前者は只「青い」と感じ、後者は「鋼 鉄のやうに青い」と感ずる。情景を掴まへてゐるのだと思ふ。その掴まへ 方の適確さが、夏目漱石氏の文章では非常に独得であつて、しかも優れて ゐる。
このように、芥川は、比喩は単なる表現技巧ではなく、眼の前にある情景を適確に掴まえる表現 であるとし、自ら比喩表現を好んでいることを述べている。
さらに、「文章と言葉と」(注 2)では、芥川は
僕は誰に何といはれても、方解石のやうにはつきりした、曖昧を許さぬ文章を書きたい。
のように述べている。この言葉には、芥川がありのままの事物を適確に伝達しようとする強い思 いがこめられていると思われる。したがって、芥川にとって、「情景を適確に掴まえる」比喩表現 はその「方解石のやうにはつきりした、曖昧を許さぬ文章」を書くための最適な手段であったの ではなかろうか。芥川がこのように比喩表現を好み、自身の作品で積極的に比喩表現を用いる作 家であるのであれば、その比喩表現を研究するには有意義であろう。
また、芥川は自らの作品を素材・ジャンルによって「童話」「説話物」「現代物」「切支丹物」の 4 つに分けた。この 4 つの題材の中で比喩表現はどのように用いられるのであろうか。また、4 つ の題材の作品から見られる表現の違いも予想される。そこで、比喩表現の使用によって、この 4 つの題材の表現はどのように異なっているのか。さらに、比喩を使われるもの、いわゆる被喩辞 を題材によって、どのような傾向を示しているのか。
本稿では、童話を中心として、芥川における比喩表現の特徴を考察したい。
三、調査対象および方法 1、調査対象
まず、芥川龍之介が残した「童話」「説話物」「現代物」「切支丹物」など4つの題材の作品を扱 い、作品の中に見られる比喩表現を抽出し、題材別に量的側面と質的側面から考察する。芥川の 作品は題材によって創作の動機、読者層や物語の舞台設定は異なる。こういった差異によって各 題材の比喩表現の量や構造にそれぞれの傾向が見られると考えられるであろう。なお、本稿で扱 う 4 つの題材の中で、特に、「童話」に見られる比喩表現が他の題材より多い。そこで本稿は、「童 話」を中心に芥川作品における比喩表現を量的側面と質的側面から論じることにする。
また、芥川童話の特徴を明らかにするには、他作家作品の中に見られる比喩表現と比較するこ とが有効であると考える。芥川は『赤い鳥』に向けて童話を創作していることもあり、『赤い鳥』
に所収された作品と比較するのが適当であると考える。そこで、小学生を対象に編集された『学 年別赤い鳥』(1979-1980 新装版 2008)の全作品について調査を行い、芥川童話との比較を通し て芥川の「童話」における比喩表現の特徴を探る。さらに、「童話」に見られる比喩表現の特徴を
明らかにするために、「童話」以外の作品との比較を行う。そこで、1995 年 12 月発行の『新潮文 庫の 100 冊』を用い、芥川童話との比較を行う。この点について続稿(下)において扱いたい。
2、指標比喩の認定
本稿では中村氏の分類に即して、指標比喩の研究を進めたいと考えている。まず、調査をする 前に、指標比喩の抽出方法について確認しておく。中村(1991)は、比喩表現は表現対象を「類 似」にもとづき、ほかのものに置換するという言語操作の具体的な表現法であると述べている。
さらに、比喩表現の中核である「指標比喩」「結合比喩」「文脈比喩」といった三種の技法の原理 を明らかにしている。「指標比喩」は「結合比喩」や「文脈比喩」と違い、一つの表現の中で表現 主体の比喩行為を示す特定の言語形式が見られる型である。例えば、「あたかも」「まるで」「ごと し」「ような/ように」「みたい」である。実際に調べたところ、「あたかも」「まるで」「ごとし」
「みたい」節を含む比喩表現は少数であるため、本稿では、「ような/ように」節を含む「指標比 喩」に絞って調査を行う。
本稿では、「ような/ように」という表現の中で、事実的な受容主体に対して類似した反事実的 な表現主体を提示する表現を指標比喩と認定する。また、臨時的な概念の置換行為を受ける受容 主体を「被喩辞」と称し、受容主体に対して類似したものを提示する表現主体を「喩辞」と称し、
その表現主体と受容主体の間の比喩行為を反映する特定の言語形式を「指標詞」と称する。この 基準にもとづき、作品の中に見られる指標比喩を抽出し、被喩辞ついて分類を行う。
3、被喩辞の抽出および分類
比喩文の中で、喩えられるものに当たる語は被喩辞とする。また、被喩辞は単語だけではなく、
句である場合もある。
例:それが蛤の貝のやうな、暖かい色をしてゐるのは、かすかな光の加減らしい。(『好色』) 以上の例文の「暖かい色」を「蛤の貝」に喩えるように、ここでは、ただの「色」ではなく、「蛤 の貝」という喩えるものを使って色の加減を伝わってくるので、この例文の被喩辞は「暖かい色」
である。ただし、「暖かい」という部分は「色」を修飾する用言であるため、被喩辞を分類する場 合は、中心となる単語のみ取り上げる。例えば、「暖かい」の場合の分類は、「色」で「自然(色)」 となる。
なお、被喩辞の分類は、中村(1995)『比喩表現辞典』の分類体系による。(【資料】表 1 参照)
例:ですからさすが大泥坊の犍陀多も、やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかゝつた 蛙のやうに、唯もがいてばかりをりました。(『蜘蛛の糸』)→人間(人物)
以上の基準に基づいて、芥川作品、赤い鳥作品、新潮 100 冊作品における比喩表現を抽出し、
続稿(下)で量的側面と質的側面から調査を行う。
四、芥川作品に見られる比喩表現の考察 1 芥川作品の指標比喩の一例あたりの文数
ここでは、まず、芥川作品の指標比喩の出現傾向について、題材別に特徴を掴んでおきたい。
前で述べた基準をもとに、芥川作品の指標比喩を抽出し、全体の用例数および一例あたりの文数 を表 2 に示した。
表 2
題 材 比 喩 例 数 文 数 一 例 あたりの文 数
童 話 (7) 70 1434 20.49
切 支 丹 物 (15) 83 2378 28.65
説 話 物 (10) 109 3815 35.00
現 代 物 (7) 19 1530 80.53
合 計 (39) 281 9157 32.59
(一例あたりの文数=文数/比喩例数、「題材」欄の()の中では該当題材の作品数)
表 2 は、芥川作品全体および各題材に見られる指標比喩の作品全文にわたる一例あたりの文数 である。なお、「一例あたりの文数」とは、一つの作品の中で、指標比喩がどのような頻度で出現 するかを計算するために、その作品の文数を同じ作品の中で見られる指標比喩の用例数(「比喩例 数」)で割った数値である。この計算式で得た数値は、何文に一例指標比喩が用いられるかを示し ている。したがって、数値が小さいほど指標比喩の出現が高いということになる。
また、文の切り方は、一文の区切りとしては、句点「。」を用い、句点の後ろの文字から次の句 点までは一文とする。ただし、会話文については、会話文の中に句点が見られる場合は句点ごと に区切る。なお、地の文を一文と数え、かつ会話文の中の文数も数える。したがって、地の文の 中に、会話文が含まれる場合は、会話文一文一文を分けて数えることとする。例えば、
例:「あら、学校ではかたかなをならってから、それからわたしひらがなを ならってよ。どうしたんでしょう、かたかなのほうがやさしいのに。」
とわたしがいっても聞こえないふうをしているのよ。(有島生馬『ばあやの話』)
のような例文である。この例文は「あら、学校ではかたかなをならってから、それからわたしひ らがなをならってよ。」「どうしたんでしょう、かたかなのほうがやさしいのに。」「とわたしがい っても聞こえないふうをしているのよ。」といった三文とする。
なお、その文数の中で抽出した指標比喩の用例は「比喩例数」の項目で示している。ただし、
一文の中では、比喩例数が一つとは限らない。例えば、
例:又実際白の容子は火のやうに燃えた眼の色と云ひ、刃物のやうにむき出
した牙の列と云ひ、今にも噛みつくかと思ふ位、恐しい権幕を見せてゐるのです。(『白』) のような例文である。この用例には、一文の中で、「火のやうに燃えた眼の色」と「刃物のやうに むき出した牙の列」のように一文の中で比喩が二カ所存在するので、「比喩例数」は「2」と数え る。 表 2 によると、以下のことが分かる。
まず、4つの題材で合計 39 作品 9157 文の中で、指標比喩は 281 例見られ、全体の平均「一例
あたりの文数」は 32.59 である。次に、題材別に「一例あたりの文数」の高い順番で見ていくと、
「一例あたりの文数」が 20.49 の「童話」は 1 位である。7 作品で、1434 文の中で指標比喩は 70 例見られる。約 21 文あたりに指標比喩が一例用いられ、4 つの題材の中で指標比喩が一番出現し やすい題材であることが判明した。2 位は「切支丹物」で、「一例あたりの文数」は 28.65 である。
全 15 作品中、文数は 2378 文で、指標比喩の用例数は 83 例である。「童話」と「切支丹物」の中 に見られる指標比喩の「一例あたりの文数」は平均値より高い。つまり、この 2 つの題材に見ら れる指標比喩の「一例あたりの文数」は平均値より高いと言える。3 位を占めているのは、「一例 あたりの文数」が 35.00 の「説話物」である。最下位は「現代物」で「一例あたりの文数」が 80.53 である。特に、「現代物」に見られる「一例あたりの文数」の数値は平均値より倍以上高く、指標 比喩が一番出現しにくい題材であると調査の結果で明らかになった。以上の表 2 の結果から、芥 川は童話作品で指標比喩を積極的に使う傾向があると考えられる。
このように、全作品および各題材の指標比喩の「一例あたりの文数」は表 2 に示しているが、
各題材の指標比喩はどのような割合で分布されているか、また、各作品の用例数および「一例あ たりの文数」はどうなのだろうか、それをこれから明らかにしていくこととする。
次に、各題材の作品ごとの詳細は以下の表 3~表 6 に示している通りである。
以上の表 3~表 6 はそれぞれ、「童話」「切支丹物」「説話物」「現代物」の作品ごとに見られる指標 比喩の「一例あたりの文数」を示している。この 4 つの表の見方は表 2 と同様である。その中に、
「往生絵巻」「糸女覚え書」「トロッコ」の中では指標比喩の用例数が「0」である。この場合は、
「一例あたりの文数」の計算式が成立しないため、該当の「一例あたりの文数」の結果を「∞(無 限大)」とする。
表 3~表 6 を見ていくと、以下のことを分かる。
まず、全 39 作品の中で、指標比喩の「一例あたりの文数」が平均値の 32.59 より低いのは 19 作 品、約全体の半分を占めている。その中でも、題材別に見てみると、「童話」の 7 作品に見られる 指標比喩の「一例あたりの文数」が全て平均値より低いことが表 3 で明らかになった。なお、「童 話」と「現代物」の作品は、指標比喩の用例数は比較的に平均している。特に、「童話」は全ての 作品で指標比喩の用例が見られ、「白」以外の 6 作品の「一例あたりの文数」は全て平均値の 32.59 より低い。つまり、この題材の全ての作品は、指標比喩の使用が平均より高いことが判明した。
次に、この 39 作品の中で「一例あたりの文数」の上位 5 位の作品を見ていくと、1 位は「童話」
の「蜘蛛の糸」である。2 位は「説話物」の「羅生門」で、3 位は「現代物」の「東洋の秋」であ る。4 位と 5 位とも「切支丹物」の中の作品である。このように、「一例あたりの文数」の高い作 品は、全て同じく「一例あたりの文数」の高い題材に固まるのではなく、全体的に比喩表現を多 く使用されていることは、芥川作品の中で見られる指標比喩の傾向の一つであると言えよう。
また、「一例あたりの文数」の高い題材ほど高頻度の作品が多く見られることから、芥川は題材 別に意図的に指標比喩を使用していることが窺える。文の数が多ければ多いほど、指標比喩の用 例数が増えるとは限らない。例えば、「説話物」の「邪宗門」は 670 文の中で指標比喩が 5 例しか 見られないのに対して、最上位の「童話」の「蜘蛛の糸」は 63 文しかないのに、指標比喩が 10
例も見られる。
このように、題材別に指標比喩の出現はそれぞれ異なった傾向を示しているが、芥川作品の中 で見られる指標比喩はどのような条件で出現するか。芥川はどのような事物に対して指標比喩を 用いるかを明らかにするために、次節では芥川作品における指標比喩の被喩辞を分類し考察して いくことにする。
表 3 童話 表 4 切支丹物
作品 比喩例数 文数 *一例… 作品 比喩例数 文数 *一例…
蜘蛛の糸 10 63 6.30 奉教人の死 15 168 11.20
仙人 8 135 16.88 きりしとほろ上人伝 16 205 12.81
犬と笛 11 215 19.55 るしへる 6 98 16.33
杜子春 13 260 20.00 神神の微笑 12 299 24.92
アグニの神 12 276 23.00 じゅりあの・吉助 2 56 28.00
魔術 7 181 25.86 南京の基督 7 222 31.71
白 9 304 33.78 おしの 5 145 29.00
合計(7 作品) 70 1434 20.49 尾形了斎覚え書 1 39 39.00
おぎん 3 156 52.00
表 5 説話物 悪魔 1 44 44.00
作品 比喩例数 文数 *一例… 報恩記 9 433 48.11
羅生門 15 150 10.00 黒衣聖母 2 102 51.00
鼻 8 149 18.63 さまよへる猶太人 2 142 71.00
芋粥 14 308 22.00 煙草と悪魔 2 166 83.00
偸盗 54 1391 25.76 糸女覚え書 0 103 ∞
好色 8 369 46.13 合計(15 作品) 83 2378 28.65
運 2 129 64.50
邪宗門 5 670 134.00 表 6 現代物
藪の中 2 276 138.00 作品 比喩例数 文数 *一例…
六の宮の姫君 1 203 203.00 東洋の秋 3 32 10.67
往生絵巻 0 170 ∞ 蜜柑 4 58 14.50
合計(10 作品) 109 3815 35.00 将軍 7 587 83.86
庭 2 186 93.00
秋 2 344 172.00
手巾 1 181 181.00
トロッコ 0 142 ∞
(*一例…=一例あたりの文数) 合計(7 作品) 19 1530 80.53
2 被喩辞の分類
前述の『比喩表現辞典』の分類体系をもとに、芥川作品に見られる指標比喩の被喩辞を 12 のカ テゴリに分類した。その結果を表 7 に示す。
表 7
分類 説 話 物 切 支 丹 物 童 話 現 代 物 合 計
人 間 13(11.9%) 16(19.3%) 19(27.1%) 6(31.6%) 54(19.2%)
身 体 19(17.4%) 17(20.5%) 7(10.0%) 3(15.8%) 46(16.4%)
自 然 15(13.8%) 10(12.0%) 10(14.3%) 4(21.1%) 39(13.9%)
活 動 7(6.4%) 13(15.7%) 4(5.7%) 0(0.0%) 24(8.5%)
言 語 12(11.0%) 5(6.0%) 3(4.3%) 2(10.5%) 22(7.8%)
動 物 8(7.3%) 0(0.0%) 14(20.0%) 0(0.0%) 22(7.8%)
精 神 11(10.1%) 6(7.2%) 0(0.0%) 2(10.5%) 19(6.8%)
抽 象 的 関 係 14(12.8%) 2(2.4%) 3(4.3%) 0(0.0%) 19(6.8%)
製 品 5(4.6%) 3(3.6%) 6(8.6%) 2(10.5%) 16(5.7%)
植 物 0(0.0%) 6(7.2%) 3(4.3%) 0(0.0%) 9(3.2%)
状 態 4(3.7%) 4(4.8%) 0(0.0%) 0(0.0%) 8(2.8%)
社 会 ・文 化 1(0.9%) 1(1.2%) 1(1.4%) 0(0.0%) 3(1.1%)
合 計 109(100.0%) 83(100.0%) 70(100.0%) 19(100.0%) 281(100.0%) 表 7 によると、以下のことが分かる。まず、全体の結果を見ていくと、
まず、芥川作品で一番被喩辞となりやすいのは「人間」の類である。全 54 例で、全体の約 2 割 を占めている。例えば(以下は二重下線部分が被喩辞を示す)、
(1)されば「さんた・るちや」の前に居並んだ奉教人衆は、風に吹かれる穂麦
のやうに、誰からともなく頭を垂れて、悉「ろおれんぞ」のまはりに跪いた。(『奉教人の死』)
(2)彼は、唯、両手を膝の上へ置いて、見合ひをする娘のやうに、霜に犯されかゝつた鬢の辺ま で、初心らしく上気しながら、何時までも空になつた黒塗の椀を見つめて、多愛もなく、微笑し てゐるのである。(『芋粥』)
のような用例が挙げられる。以上の用例のように、物語の人物を表す「奉教人衆」と物語の人物 を指す代名詞「彼」は「人間」の類の細分類に属している。
二番目に多いのは「身体」に関する語である。全 46 例で、全体の 16.4%を占めている。例えば、
(3)その鳥の巣のやうな髪と云ひ、殆ど肌も蔽はない薄墨色の破れ衣と云ひ、或は又獣にも紛ひ さうな手足の爪の長さと云ひ、云ふまでもなく二人とも、この公園の掃除をする人夫の類とは思 はれない。(『東洋の秋』)
(4)鳥の嘴のやうに曲つた、鍵鼻を、二三度大仰にうごめかしながら、眉の間を狭くして、見た
のである。(『仙人』)
のような用例が挙げられる。この用例のように、「髪」「鍵鼻」のような身体部位を表す語は「身 体」の類に属している。
3 位に多いのは「自然」の類である。全 39 例で、全体の 13.9%である。例えば、
(5)さうして其裂け目からは、言句に絶した万道の霞光が、洪水のやうに漲り出した。(『神神の 微笑』)
(6)それが蛤の貝のやうな、暖かい色をしてゐるのは、かすかな光の加減らしい。(『好色』) のような用例が挙げられる。この用例のように、自然の光を指す語「霞光」と色彩を指す「色」
は「自然」の類に属している。
続いて「活動」「言語」「動物」「精神」「抽象的関係」「製品」「植物」「状態」「社会・文化」の 順に多い。3 位以下の項目は全て全体の 1 割以下に止まっている。
次に、これらを題材別に見ていくと、「童話」と「現代物」では、「人間」に関する語が被喩辞 になりやすい傾向がある。それぞれ 19 例と 6 例で、全体の 27.1%と 31.6%を占めている。「説話 物」と「切支丹物」とも一番被喩辞になりやすいのは「身体」に関する語である。それぞれ 19 例 と 17 例で、全体の 17.4%と 20.5%を占めている。
さらに、分類項目別に見ていく。
「人間」の項目では、登場人物に類別される「人物」について、その性質や活動の特徴に対し て比喩を用いている例が多い。例えば、
(7)するとすぐに眼にはひつたのは、やはりぢつと椅子にかけた、死人のやうな妙子です。(『ア グニの神』)
(8)すると、あくる日は、まだ、笛を吹くか吹かないのに、赤い勾玉を飾りにした、目の一つし かない大男が、風のやうに空から舞ひ下つて、(『犬と笛』)
のような用例が挙げられる。このような「人物」が被喩辞となった例数は以下の通りである、
【人間-人物】-「童話」(14)「説話物」(10)「切支丹物」(8)「現代物」(3)
このように、各題材ごとに「人間-人物」についての被喩辞が見られるが、特に「童話」「説話 物」で登場人物が被喩辞となった用例は他の 2 題材より多く見られる。したがって、この 2 題材 では、登場人物の様子に対して比喩が使用されやすいと考える。
次に、「身体」の項目では、頭部に関する語が多く見られる。例えば、
(9)……その時急に、黄いろくたるんだ眶をあけて、腐つた卵の白味のやうな眼を、どんより空 に据ゑながら、……。(『偸盗』)
(10)……四斗樽程の白蛇が一匹、炎のやうな舌を吐いて、見る見る近くへ下りて来るのです。(『杜 子春』)
のような用例が挙げられる。各題材の用例数を示すと、
【身体-頭・顔・目鼻】-「説話物」(10)「切支丹物」(6)「童話」(4)「現代物」(2)
このように、頭・顔・目鼻など首から上の身体部分に関する語が被喩辞となりやすいのは芥川 作品各題材の共通の傾向であると考えられる。しかし、頭部以外の身体部分については、「童話」
は用例が見当たらず、「現代物」は 1 例しか見られない。さらに、全ての身体部位の語の用例を見 ていくと、「現代物」「童話」では「髪」「目」「鼻」のような頭部のものが見られるのに対して、「切 支丹物」「説話物」には「乳房」「腕」「足」といった頭部以外のものが見られる。
次に、「童話」や「説話物」において「動物」と「言語」に関する語を被喩辞として用いる用例 が多く見られることに注目しておきたい。「動物」の項目では、用例が「説話物」と「童話」に集 中していることは表 7 で明らかになった。さらに、「童話」では動物自身が被喩辞となった用例だ けではない。例えば、
(11)すると、斑犬は、すぐ牙をむき出して、雷のやうに唸りながら、まつしぐらに洞穴の中へ 飛び込みましたが、(『犬と笛』)
(12)……刃物のやうにむき出した牙の列と云ひ、今にも噛みつくかと思ふ位、恐しい権幕を見 せてゐるのです。(『白』)
このように、斑犬の「唸り」、犬の「牙の列」といった動物の鳴き声や身体部位の用例が見られ る。各題材の用例数を示すと、
【動物-鳴き声】-「童話」(2)「説話物」(0)「切支丹物」(0)「現代物」(0)
さらに、「言語」も用例数が多い項目である。例えば、
(13)その時、その喉から、鴉の啼くやうな声が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝はつて来た。(『羅生 門』)
(14)おぬしは今宵と云ふ今宵こそ、世界の苦しみを身に荷うた「えす・きりしと」を負ひない たのぢや」と、鈴を振るやうな声で申した。(『きりしとほろ上人伝』)
このように、登場人物の声が被喩辞となった用例が多数見られ、各題材の用例数を示すと 【言語-声】-「説話物」(10)「切支丹物」(5)「童話」(3)「現代物」(2)
登場人物の声に対して比喩を使用しやすい傾向は芥川作品における指標比喩の特色として注目 すべきであると考える。
以上のように、「人間-人物」「身体-頭・顔・目鼻」「言語-声」に関する語が被喩辞となりや すいのは 4 題材の共通の傾向であることが分かった。また、「童話」では、頭部の語が被喩辞とな りやすい傾向があることは明らかになった。さらに、「身体」の項目では、「現代物」「童話」は被 喩辞として使用しやすい語を頭部のものを多く用いることに対して、「説話物」「切支丹物」は頭 部に限らず、頭部以外のものを広く取り上げて被喩辞として使用する特徴があると考えられる。
これに対して、「説話物」「童話」では、動物に対して比喩を用いることが他の題材より多く見ら れ、特に、「童話」の中では、動物の鳴き声や身体部位に対する比喩表現も多く見られると窺える。
五、まとめ
本稿は、芥川作品を扱い、題材別に指標比喩を考察してきた。その結果、芥川作品内では、指 標比喩が全体的に多く見られるが、題材による傾向が見られることは明らかになった。量的側面 では、「童話」と「現代物」では、指標比喩の分布が平均しているのに対して、「説話物」と「切 支丹物」では、作品による差が見られることが分かった。また、質的側面では、芥川作品全般に
おいて、「身体」の頭部のものを被喩辞として用いることが特徴である。題材別に見ると、「説話 物」「童話」では、「動物」に対して比喩を用いることが他の題材より多く見られ、「説話物」と「切 支丹物」は、「身体」のものを広く用いている傾向が見られる。その中で、「童話」は、指標比喩 の量が全題材の中で最も多く、被喩辞が動物の鳴き声や身体部位に関する語も多く見られる特徴 であると考えられる。
しかし、こういった芥川の童話は他の童話作家や小説とは異なるのか。続稿では、赤い鳥作品 と新潮 100 冊作品を取り上げて、芥川童話作品に見られる指標比喩をより広い範囲で検討してい きたい。
【参考文献】
岡村和江(1963)「近代作家の文体の展望」(『講座現代日本語 5』)
橋本仲美(1969)「比喩の表現論的性格と『文体論』への応用(1)、(2)」(『国文学』
14-11、14-12)
中村 明(1977)『比喩表現の理論と分類』(国立国語研究所)
中村 明(1991)『日本語レトリックの体系』(岩波書店)
中村 明(1995)『比喩表現辞典』(角川書店)
【テキスト】
『芥川龍之介全集』(1995 岩波書店)
【注】
(1)一九一八(大正七)年五月一日発行の「文章倶楽部」第三年第五号(「現代文章の新研究」号)に、大見 出し「如何なる文章を模範とすべき乎」のもとに、大町桂月ら十二氏の文章とともに、「眼に見るやうな文章―
―漱石氏の小品――適確な表現――」の表題で掲載。以後、生前の単行本には収められなかった。本稿は、「芥 川龍之介全集 第三巻」(岩波書店 一九九六年一月一〇日発行)に掲載されたものを引用した。
(2)一九二六(大正一五)年一月四日の「大阪毎日新聞」掲載。以後、生前の単行本には収められなかった。
本稿は、「芥川龍之介全集 第十三巻」(岩波書店 一九九六年一一月八日発行)に掲載されたものを引用した。
【 資 料 】
( 1 ) 『 比 喩 表 現 辞 典 』 に よ る 分 類 体 系 表 1
分 類 項 目
自 然 色 、 音 、 匂 い 、 味 、 天 象 、 天 候 、 天 災 、 鉱 物 、 空 気 、 水 、 風 、 雲 、 雨 ・ 雪 、 波 ・ 潮 、 火 、 宇 宙 ・ 空 、 天
体 ・ 光 、 地 形 ・ 山 野 、 森 林 、 川 ・ 湖 、 海 ・ 島 、 景
身 体 姿 、 体 、 頭 ・ 顔 ・ 目 鼻 、 背 ・ 胸 ・ 腹 、 手 足 ・ 指 、 筋 ・ 神 経 ・ 内 臓 、 皮 ・ 毛 髪 、 骨 ・ 歯 ・ 爪 、 血 ・ 涙 ・ 汗 、 生 命 、 死 、 生 理 、 病 気 、 四 百 四 病
植 物 植 物 、 枝 ・ 葉 ・ 花
動 物 哺 乳 類 、 鳥 類 、 爬 虫 類 ・ 両 生 類 、 魚 類 、 昆 虫 、 そ の 他 の 無 脊 椎 動 物 、 鳴 き 声 、 巣
人 間 人 称 、 自 他 、 人 間 、 神 仏 ・ 精 霊 、 男 女 、 老 少 、 家 族 、 相 手 、 国 民 、 人 物 、 専 門 的 職 業 、 管 理 的 職 業 、 生 産 ・ 販 売 業 、 運 輸 ・ サ ー ビ ス 業 、 無 職 、 軍 人 、 相 対 的 地 位
精 神 感 覚 、 意 識 、 睡 眠 、 心 、 信 念 、 性 質 、 感 情 、 気 分 、 哀 愁 、 愛 憎 、 欲 望 、 意 志 、 名 誉 、 徳 ・ 義 、 態 度 、
言 語 名 、 言 葉 、 文 字 、 記 号 、 通 信 、 文 献 、 文 芸 、 話 、 言 論 、 口 調 、 声
活 動
異 同 、 有 無 、 整 備 、 荒 廃 、 調 和 、 変 化 、 揺 れ 、 震 え 、 停 止 、 起 立 ・ 横 臥 ・ 転 倒 、 出 入 り 、 上 り 下 り 、 接 近 、 時 間 、 打 撃 ・ 圧 迫 、 変 形 、 感 覚 、 意 識 、 疲 労 ・ 飢 渇 、 睡 眠 、 驚 き 、 喜 び 、 苦 悩 ・ 嘆 き 、 怒 り 、 お び え 、 狼 狽 、 落 ち 着 き 、 い ら だ ち 、 羞 恥 、 対 人 感 情 、 泣 き ・ 笑 い 、 叫 び ・ う め き 、 さ さ や き ・ つ ぶ や き 、 発 言 、 沈 黙 、 談 話 ・ 問 答 、 論 議 ・ 報 告 、 読 み 書 き 、 努 力 ・ 奮 起 、 志 望 ・ 反 省 、 記 憶 、 思 考 、 調 査 、 想 像 、 判 断 、 生 活 、 仕 事 、 美 容 、 結 婚 、 出 産 、 成 育 、 生 ・ 死 、 踊 り ・ 騒 ぎ 、 交 際 ・ 人 事 、 攻 防 、 出 会 い ・ 別 れ 、 待 遇 、 愚 弄 ・ 嘲 罵 、 経 済 、 凝 り ・ 澄 み 、 立 ち 居 、 飛 び ・ 跳 ね 、 足 の 動 作 、 手 の 動 作 、 目 の 社 会 ・ 文 化 社 会 、 都 市 ・ 集 落 、 国 、 学 校 ・ 会 社 、 駅 、 店 、 病 院 ・ 劇 場 、 宿 、 政 府 ・ 軍 、 政 治 、 学 芸 ・ 風 俗 、 仕 事 、
身 振 り 、 行 為 、 金 銭
製 品
荷 、 資 材 、 輪 ・ 棒 ・ 管 、 ピ ン ・ ボ タ ン ・ 杭 、 縄 ・ 綱 ・ 網 、 綿 ・ 皮 ・ 糸 、 布 、 衣 料 品 、 帽 子 、 履 物 、 雨 具 、 寝 具 、 装 身 具 、 飲 食 物 ・ 嗜 好 品 、 医 薬 ・ 化 粧 品 、 家 屋 、 門 ・ 塀 ・ 階 段 、 部 屋 ・ 廊 下 、 屋 根 ・ 柱 な ど 、 寝 台 、 戸 ・ カ ー テ ン ・ 畳 、 家 具 ・ 道 具 、 容 器 、 文 具 、 農 工 具 、 武 器 、 楽 器 、 玩 具 、 標 識 ・ ふ だ 、 灯 火 、 鏡 ・ レ ン ズ 、 機 械 、 乗 り 物 、 地 類 ( 土 地 利 用 ) 、 土 木 施 設
抽 象 的 関 係 事 柄 、雰 囲 気 、法 則 、力 、時 、人 生 、位 置 、空 隙 ・ 模 様
状 態
整 い 方 、 有 無 、 難 易 、 相 応 、 平 安 、 変 化 ・ 動 き 、 新 旧 、 長 短 ・ 細 大 、 軽 重 、 遅 速 、 多 少 、 温 度 、 聴 覚 、 味 覚 、 視 覚 、 意 識 、 疲 労 、 健 康 、 快 ・ 不 快 、 苦 痛 、 寂 し さ 、 落 胆 、 悲 し さ 、 恐 ろ し さ 、 不 安 ・ 不 満 、 安 堵 、 対 人 感 情 、 賢 愚 、 幸 ・ 不 幸 、弁 舌 、美 醜 、身 の こ なし 、明 確 、性 格 ・ 態 度
(2)本発表で対象とされている芥川作品一覧 説話物(発表順)
「羅生門」(『帝国文学』大正四・一一) 「鼻」(『新思潮』大正五・二)
「芋粥」(『新小説』大正五・九) 「運」(『文章世界』大正六・一)
「偸盗」(『中央公論』大正六・四、七) 「往生絵巻」(『国粋』大正一〇・四)
「好色」(『改造』大正一〇・一〇) 「藪の中」(『新潮』大正一一・一)
「六の宮の姫君」(『表現』大正一一・八)
「邪宗門」(『大阪毎日新聞』大正七・一〇・二三~一二・一三)
童話(発表順)
「蜘蛛の糸」(『赤い鳥』大正七・七) 「犬と笛」(『赤い鳥』大正八・一~二)
「魔術」(『赤い鳥』大正九・一) 「杜子春」(『赤い鳥』大正九・七)
「アグニの神」(『赤い鳥』大正一〇・一~二)
「仙人」(『サンデー毎日』大正一一・四) 「白」(『女性改造』大正一二・八)
切支丹物(発表順)
「煙草と悪魔」(『新思潮』大正五・十一) 「尾形了齋覚え書」(『新潮』大正六・一)
「さまよへる猶太人」(『新潮』大正六・六) 「悪魔」(『青年文壇』大正七・六)
「奉教人の死」(『三田文学』大正七・九) 「るしへる」(『雄弁』大正七・十一)
「きりしとほろ上人伝」(『新小説』大正八・三)
「じゆりある・吉助」(『新小説』大正八・九)
「黒衣聖母」(『文章倶楽部』大正九・五) 「南京の基督」(『中央公論』大正九・七)
「神神の微笑」(『新小説』大正十一・一) 「報恩記」(『中央公論』大正十一・四)
「おぎん」(『中央公論』大正十一・九) 「おしの」(『中央公論』大正十二・四)
「糸女覚え書」(『中央公論』大正十三・一)
現代物(発表順)
「手巾」(『中央公論』大正五・十) 「蜜柑」(『新潮』大正八・五)
「東洋の秋」(『改造』大正九・四) 「秋」(『中央公論』大正九・四)
「将軍」(『改造』大正十一・一) 「トロッコ」(『大観』大正十一・三)
「庭」(『中央公論』大正十一・七)