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翻刻「武家不断枕」(上)

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(1)

翻刻「武家不断枕」(上)

著者 山田 和人, 三宅 宏幸, 由留木 安奈, 早川 広子

雑誌名 同志社国文学

号 84

ページ 190‑236

発行年 2016‑03‑20

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015444

(2)

︿ 資 料 紹 介 ﹀ 翻 刻

﹃ 武 家 不 断 枕

﹄ ︵ 上 ︶

山 田 和 人

・ 三 宅 宏 幸 由 留 木 安 奈 ・ 早 川 広 子

︻解 題︼ 形態

半紙 本︒ 上下 二冊

︒写 本︒ 上巻

︵઄ અ・ ઊ×

ઃઋ

・ં

︶下 巻︵

઄ઇ

・ઈ

×ઃ ઋ・ ઇ︶ 装幀

元装

︒紙 縒り で綴 じる

︒ 丁数

上巻 四十 三丁

・下 巻三 十四 丁︒ 行数

毎半 丁に 九行

︒所 々に 割注 が付 され

︑修 正・ 補記 があ る︒ 本文

漢字 仮名 交じ り︒ 字数 は︑ 上巻 二十 字前 後︑ 下巻 二十 二字 前後

︒ 印記

上巻

・下 巻目 録下 に﹁ 豊岡 荘/ 堀文 庫﹂

︒こ れは 旧蔵 者堀 博忠 氏の 所蔵 印︒ 作者

林仲 助︵ 都の 錦︶

︒本 書の 末尾 下巻 三十 四丁 裏に

﹁作 者播 州住 人/ 林仲 助﹂ とあ る︒ 所蔵

山田 和人

︒ 備考

上巻 は別 筆︑ 下巻 は原 本︒ 目録

上巻 の目 録は 以下 の通 り︒

︿

(3)

武家 不断 枕上 巻目 録 浅野 長矩 於殿 中意 趣討 之事 内匠 頭切 腹被 仰付 事 浅野 大学 分

地被 仰付 事 間喜 兵衛 女房 自害 之事 友部 蔵人 久光 妻之 事 多川 月岡 江戸 使

戸田 氏制 詞之 事 赤穂 城騒 動

諸士 行蹟 品々 之事 義士 盟約 大

石異 見之 事︵ 目録 オ︶ 赤穂 城渡 家

中離 散之 事 大石 偽而 不行 跡

赤穂 浪人 易容 事 大石 父子 小

野寺 十内 江戸 下向 之事

︵目 録ウ

︶ 下巻 の目 録は 以下 の通 り︒ 武家 不断 枕巻 之下 目録 内蔵 助訪 浅野 後室 事 義士 泉岳 寺

参詣 手

配之 事 義士 夜討 之事 上野 介最 期

義士 立退 事 上野 介首 備廟 所

四拾 六人 被預 事

︿

(4)

吉良 左兵 衛註 進

家内 被改 事 上野 介首 返

落首 之事 夜討 之者 切腹 義

士之 子共 被所 遠流 事 吉良 左兵 衛被 預

四拾 六人 法名 之事

︵目 録オ

︶ 丹羽 謙治 氏に よっ て鹿 児島 県立 図書 館本

﹃武 家不 断枕

﹄が 紹介 され てい る︵

﹁︿ 翻刻

﹀鹿 児島 県立 図書 館蔵

﹃武 家不 断枕

﹄ 都

の錦 の初 期赤 穂義 士伝 実録

︑﹃ 国語 国文

薩摩 路﹄ 56︑ 二〇 一二 年三 月︶

︒漢 字カ タカ ナ交 じり の本 文で あり

︑ 冊数 は三 冊で ある

︒な お︑ 序文 が付 され てい る︒ これ に対 して

︑架 蔵本 は︑ 漢字 ひら がな 交じ りの 本文 を有 し︑ 冊数 は上 下 二冊 であ る︒ 鹿児 島県 立図 書館 本は 架蔵 本に 先行 する よう であ る︒ 架蔵 本に おい て本 文に 修正

・加 筆し た箇 所に 注目 する と︑ それ があ きら かに なる

︒ 貴賤 滴涙 慕之 遠近 呑声 悲 呼々 此日 何 ナル 日ソ

(鹿 児島 県立 図書 館本 一一 オ︶ 貴賤 滴泪 慕也 遠近 呑声 悲死 あ ゝ此 日い かな る○ 日そ や︵ 架蔵 本一

〇オ

︶ 架蔵 本は

︑鹿 児島 県立 図書 館本 の﹁ 呼々

﹂を

﹁あ ゝ﹂ とし

︑そ の位 置を 訂正 して

︑﹁ あゝ

﹂を

﹁い かな る﹂ の後 ろに 回し て

﹁い かな るあ ゝ日 そや

﹂と して いる

︒こ れは 鹿児 島県 立図 書館 本系 統の 本文 を修 正し て加 筆し てい るこ とを 如実 に示 して いる

︒ 全体 的に も相 当の 分量 の増 補が なさ れて おり

︑以 下に 比較 的長 文に わた る増 補部 分の みを 記す

︒ 上巻 では

︑﹁ 多川 月岡 江戸 使

戸田 氏制 詞之 事﹂ の最 後に 架蔵 本に は増 補本 文が あり

︑﹁ 従赤 穂差 出口 上書

﹂﹁ 従戸 田采 女 正赤 穂

返状 之文 言﹂

﹁内 匠頭 一類 中よ り為 見届 赤穂 差

遣使 士の 事﹂ の約 三丁 分あ る︒ 下巻 では

︑架 蔵本 冒頭 の﹁ 内蔵 助訪 浅野 後室 事﹂ の二 丁半 余り は鹿 児島 県立 図書 館本 には ない

︒﹁ 義士 夜討 之事

﹂の 最後 の 土屋 主税 の件 一丁 分が 鹿児 島県 立図 書館 本に はな い︒ 架蔵 本で は︑

﹁上 野介 最期 義

士立 退事

﹂で

︑面 々が 回向 院門 前か ら無 縁寺

︑酒 屋十 兵衛 での 大高 源五 の酒 代︑ 内匠 頭屋 敷へ 出入 りの 町人 の厚 遇な どの 件︑ 約二 丁分 増補

︒架 蔵本 の﹁ 上野 介首 備廟

︿

(5)

四拾 六人 被預 事﹂ 中︑ 不破 数右 衛門 焼香 の一 件︑ 半丁 余り 増補

︒同 じく

﹁御 預り の輩 請取 小屋 へ入 置か るゝ 次第

﹂﹁ 始終 料 理二 汁五 菜昼 餅菓 子夜 饂飩 蕎麦 切之 類﹂

︑約 一丁 増補

︒﹁ 吉良 佐兵 衛註 進并 家内 改ら るゝ 事﹂ 中︑

﹁上 野介 家来 死人

﹂の 芳名 録︑ 約四 丁を 増補

︒﹁ 上野 介首 返り 落

首の 事﹂ 中︑ 一丁 分短 縮︒

﹁夜 討之 者切 腹

義士 之子 共被 所遠 流事

﹂の 流罪 の件

︑約 一丁 増 補︒

﹁吉 良左 兵衛 被預 四

拾六 人法 名之 事﹂ の役 職︑ 知行 高︑ 氏名

︑年 齢︑ 法名 の一 覧︑ 二丁 半を 増補

︒鹿 児島 県立 図書 館本 の 下巻 の後 に︑ 間十 次郎 妻が 詠ん だ歌 二首 が増 補さ れ︑ その 後に

﹁義 士挽 詩﹂ を﹁ 林祭 酒述 之﹂ とし て一 丁余 りを 増補 して いる

︒ この よう に鹿 児島 県立 図書 館本 と比 較す ると

︑こ の系 統の 本文 を増 補し て︑ 詳細 な記 録と して 追加 して いる こと がわ かる

︒ もち ろん

︑こ れ以 外に も数 行に わた る増 補も しば しば 行わ れて いる

︒な お︑ 野間 光辰 氏披 見本 は本 書で あろ う︵

﹁都 の錦 獄 中獄 外﹂

﹃近 世作 家伝 攷﹄ 一九 八五 年十 一月

︶ また

︑﹃ 武家 不断 枕﹄ をも とに 作り 直さ れた

﹃播 磨椙 原﹄ にも

︑架 蔵本 が関 わっ てい るこ とを 最後 に指 摘し てお きた い︒ 次に 浅野 内匠 頭辞 世歌 の件 の本 文を 鹿児 島県 立図 書館 本︑ 架蔵 本の

﹃武 家不 断枕

﹄と 大阪 市立 中央 図書 館本

﹃播 磨椙 原﹄

︵山 本卓 氏﹁ 都の 錦﹃ 播磨 椙原

﹄新 出本

﹂︑

﹃近 世実 録翻 刻集

﹄︑ 二〇 一三 年二 月︶ のそ れぞ れを 掲げ てお く︒ 鹿児 島県 立図 書館 本﹁ 武家 不断 枕﹂ サラ テタ ニ暮 行春 ノ散 ガテ ナル 花ノ 色︑ 返照 ノ鐘 に誘 来ツ テ匂 イモ イト ヽナ ツカ シク 霞タ ナヒ ク気 幸迄 モ最 艶ナ ル黄 昏ニ 空ノ 名残 モ今 ヲ限 リト 思ハ レ︑ 年頃 和歌 ノ浦 波ニ 思ヒ ヲ竒 テ︑ 筑葉 山ニ 心ヲ ハコ ビ︑ 優ニ ヤサ シキ 意モ アリ ケレ バ︑ 辞世 ニ 風ニ ウキ 花ヨ リモ 又我 ハ猶 春ノ 名残 ヲ何 ニト カセ ン 架蔵 本﹁ 武家 不断 枕﹂ さら てた に暮 行春 のち り︵ ઊウ

︶か てな る花 の色

︑返 照の 鐘に 透引 来り て︑ 匂い もい とゝ なつ かし く霞 たな 引気 幸迄 もい と艶 なる 黄昏 に︑ かく て時 刻移 りぬ と検 使の 人々 頻り に最 期を 急ぐ 催し の声

︑雲 井に かよ ふ心 地し て空 のな こり も今 を限 り と思 はれ

︑年 来和 哥の 浦波 に思 ひを よせ て筑 紫の 陰に 志を はこ ひ優 にや さし き心 も有 けれ は辞 世の 哥に

︿

(6)

風さ そふ 花よ りも 又我 は猶 春の 名残 をい かに とか せん 大阪 市立 中央 図書 館本

﹃播 磨椙 原﹄ さら ぬだ にく れゆ く春 のち りが てな る花 の色

︑入 相の かね にさ そひ 来り て匂 ひも いと ゞな つか しく かす みた なび くけ しき まで もい と艶 なる たそ がれ に︑ かく て時 刻う つり ぬと 検死 の人 〳〵 しき りに 最期 をい そぐ もよ ふし の声

︑雲 ゐに かよ ふ心 ち して 空の 名残 も今 をか ぎり と思 はれ

︑長 矩日 ごろ 式島 の道 に心 をか けて 浅香 山の 浅か らぬ 志し 優に やさ しか りけ れば

︑辞 世 によ める 風さ そふ 花よ りも 又わ れは 猶春 のな ごり をい かに とか せん

﹃播 磨椙 原﹄ の本 文は

︑﹃ 武家 不断 枕﹄ の諸 本の なか でも

︑架 蔵本 の本 文を 踏ま えて いる と思 われ る箇 所が 指摘 でき る︒ す なわ ち︑ 辞世 歌は 架蔵 本で は︑

﹃播 磨椙 原﹄ と同 じく

﹁風 さそ ふ﹂ であ り︑

﹃播 磨椙 原﹄ 以降 の辞 世歌 に引 き継 がれ てい くの は︑ 架蔵 本の 系統 本と いう こと にな る︒ 辞世 歌以 外で も傍 線部 に注 目す れば

︑架 蔵本 との 相似 性は 動か ない

︒こ の前 後の 本 文は

︑鹿 児島 県立 図書 館本

︑架 蔵本 とも に類 似し た本 文で あり

︑い ずれ とも 断じ がた いが

︑﹃ 播磨 椙原

﹄は

︑架 蔵本 の系 統 の本 文を 参照 した 可能 性が ある こと を指 摘し てお きた い︒ 翻刻 に際 して は︑ 三宅 が草 稿を 作成 し︑ それ をも とに 点検

・修 正を 加え た︒ また

︑翻 刻本 文中 に施 され た加 筆・ 修正 につ いて も︑ でき る限 り現 況に 近い かた ちで 三宅 がレ イア ウト した

︵解 題執 筆者

山田 和人 )

︿

(7)

︻凡 例︼ 翻 刻本 文の 表記 は現 在通 行の 字体 を基 本と した

︒ 割 注形 式は その まま 翻字 した

︒ 空 欄の 箇所 は︵ 空白

︶で 示し た︒ 虫 喰い によ る判 読不 能箇 所は

□で 示し た︒ 「 㕝﹂ は﹁ 事﹂

︑﹁ 〻﹂ は﹁ 々﹂

︑﹁ ゟ﹂ は﹁ より

﹂と した

︒ 旧 漢字 は基 本的 に現 行の 字体 に改 めた

︒た だし

︑固 有名 詞に 関し ては その まま とし た︒

︿

(8)

︻翻 刻︼ 武家 不断 枕上 巻目 録 浅野 長矩 於殿 中意 趣討 之事 内匠 頭切 腹被 仰付 事 浅野 大学 分

地被 仰付 事 間喜 兵衛 女房 自害 之事 友部 蔵人 久光 妻之 事 多川 月岡 江戸 使

戸田 氏制 詞之 事 赤穂 城騒 動

諸士 行蹟 品々 之事 義士 盟約 大

石異 見之 事︵ 目録 オ︶ 赤穂 城渡 家

中離 散之 事 大石 偽而 不行 跡

赤穂 浪人 易容 事 大石 父子 小

野寺 十内 江戸 下向 之事

︵目 録ウ

︶ 武家 不断 枕上 浅野 長矩 於殿 中意 趣討 之事 死生 有命 冨貴 在天 宦位 俸禄 無随 身諸 従不 同命 天に 時あ り地 に財 あり 能人 と是 を共 にす る者 は仁 也仁 のあ る所 天下 帰之 人の 死 をゆ るし 人の 難を 解人 の患 をす くひ 人の 急を 救ふ は徳 なり 徳の ある 所天 下帰 之人 と憂 を同 し好 を同 し悪 を同 しふ する もの は 義也 義の ある 所天 下赴 也凡 人死 を悪 んて 生を たの しふ

︵ઃ オ︶ 徳を 好ん て利 に帰 す生 を能 し利 を能 する もの は道 也道 のあ る

︿

(9)

所天 下帰 之こ ゝに 名君 則道 天に 体し 給へ は四 海帰 一元 万民 楽四 の時 常に

の化 に袴 て長 に巍 々た る徳 を仰 く干 戈篋 に納 り て八 洲に つた ふ梓 弓被 伝に し武 の武 を蔵 たる 武蔵 野や 草よ り出 る月 影も 優に すめ る雲 の上 霞た な引 九重 のみ やこ は春 の花 の ころ 新暦 の御 慶を 示さ れん ため 恒例 とし て勅 使正 親町 前大 納言 柳原 前︵

ઃウ

︶大 納言 院

使藤 谷宰 相参 向あ る毎 歳季 春を 限 とす れは 此時 元禄 十四 辛巳 年三 月な り然 るに 公卿 御馳 走の 結構 を奉 り当 役播 州赤 穂の 城主 浅野 内匠 頭長 矩

急命 を蒙 り 伝奏 屋舗 に相 詰丁 寧の 催し 奇麗 美を 尽し 賞翫 善を 尽す され は公 武伝 奏の 執達 は中 古鎌 倉将 軍家 より 以来 吉良 畠山 大友 今川 等 の高 家を 以其 裁断 を任 する 事定 例と 成て 当時 猶か くの こと しさ るに よつ て︵

઄オ

︶公 卿御 滞留 の間 は伝 奏屋 敷

日々 出座 し て時 宜を 見分 内外 の挨 拶は すへ て高 家の 職所 なれ は万 はか らひ 給へ り其 比同 列の 高官 吉良 上野 の少 将義 英時 に当 て先 役と い ひ殊 に一 座の 古老 なれ は同 役の 棟梁 と成 てお もく もて なさ れけ り依 之饗 應の 役人 は吉 良氏 より 指図 を得 て勤 らる ゝ筈 なり し かあ れは 兼日 音信 の賂 を以 て万 事公 体を 繕ひ 給ふ へき 事第 一な るに 内匠 頭天 性儒 学を 好み 専ら 倹約 を本 とし 珠玉 錦繍 を除 て

︵઄ ウ︶ 身の 奢を いま しめ 賢臣 を挙 佞人 を遠 て孔 孟老 荘の 学に 冨り 則在 国麗 正書 院を 建文 学の 輩を 集書 を修 し経 を講 せし む ると いへ とも 未権 道行 て能 世と 推移 る事 をし らす 唯伯 夷か 清を うら やみ 陳仲 子か 無欲 をし たひ 汶々 を不 更察 々を 以我 独り 醒 たり と思 ふ志 なり けれ は強 て高 家対 して も賄 賂を 繕て 媚る 事更 にな し又 吉良 義英 は元 来聊 貪戻 にし て動 は佞 姦の 気さ しあ る 人な りけ れは 互の 心相 表裏

︵અ オ︶ し此 度伝 奏に 於て 吉良 と浅 野両 氏の あい た睦 しか らす 上野 介既 に高 官を 踏老 功に 袴て 諸 士に たか ふり ける 折か らな れは 内々 心中 に私 曲を 構へ 後日 の難 をわ すれ いか にも して 内匠 頭に 恥辱 をあ たへ いつ れの 時か 意 雰を 散せ んと 恰積 欝如 山か ゝる 所

内匠 頭よ り伝 奏に 付内 外問 合の ため とて 上野 介宅 両

度に 及ひ 見舞 申さ るゝ とい へと も 義英 方に 或時 は偽 在宿 せさ る由 を答 へ又 次の 日に は所 労と 号し て対 面︵ અウ

︶に あた はす 其後 長矩 より 使者 を以 て内 意を 伺 給ひ けれ とも しか 〳〵 の返 事も なし 使再 三に 及て やう 〳〵 上野 介よ り申 出さ るゝ は委 細被 仰越 候趣 聞届 侍る 何れ も同 役の 面々 と参 会の 序に 令相 談追 而是 より 可申 入と はか り大 やう なる 挨拶 を言 て重 て有 無の 返事 もな けれ は長 矩大 に憤 りを ふく み 怨敵 の思 ひ茲 にお ゐて 生す 誠に 禍一 朝一 夕の 故に あら すと は後 にそ 思ひ しら れた り扨 其後 伝奏 屋敷 上

野介 をは し︵ આオ

︿

(10)

め大 澤右 京大 輔 畠山 民部 少輔 品川 豊前 守其 外同 列の 高家 衆相 詰ら れけ るに 内匠 頭常 より も威 義つ くろ ひ各 に向 てい つれ も此 程は 打続 て間 断な き御 勤近 比御 苦労 に存 候と 色代 宜し く申 され しに 上野 介会 釈も なく 打仰 なか ら抑 御辺 に申 候事 いか ゝ奉 れ とも 此度 の御 馳走 の風 情万 端疎 略の やう に被 存候 間我 等の 座中 被

仰付 公役 大切 に勤 させ られ 候へ かし と楚 忽な るあ いさ つ 申さ れし かは 内匠 頭い とゝ 瞋恚 焦胸 必定

︵આ ウ︶ 此意 恨を 果す へき 時節 もか なと 思ふ 心の 底深 く是 そ闘 諍違 乱の 禍と なり て 弥増 の憤 り更 に止 時な し去 程三 月十 四日 将軍 より 勅答 被仰 出に よつ て勅 使院 使

御対 顔有 へし とて 御老 中を 始諸 役人 列を 曳 て登 城あ るい また 出御 前な るに 御白 書院 の末 席に 吉良 少将 束帯 にて 相詰 る此 日は 御馳 走人 も装 束の 筈な れは 浅野 長矩 薄浅 黄 の浮 泉綾 の指 貫に 玉虫 色の 直垂 を着 し大 廊下 に伺 候す 此時 に当 て︵ ઇオ

︶又 そや 上野 介長 矩に 対し て申 され ける はい かに 内 匠頭 殿若 年と は申 なか ら此 節の 御馳 走す へて 麁相 に覚 へ候 已後 とて もか やう の御 役可 被仰 付事 に候 へは 兼而 より 物毎 御念 を 入ら れ疎 略に 無之 様

と存 候と よそ なか ら御 老中 大目 付衆 なと の耳 へも 響申 せか しと 姧き 挨拶 をせ られ けれ は内 匠頭 早恨 の数 透骨 髄難 忍無 道を 殺し て就 有道 に謂 にも あら ねと たゝ 暴虎 馮河 の血 気の 勇押 へか たけ れは 二言 をま たす 其ま ゝ小 太刀 を︵ ઇ ウ︶ 抜は つし 義英 の冠 の上 より たゝ 一太 刀に と打 付し かと も冠 に障 て太 刀先 後

流れ ける 二の 太刀 を執 直し 腰の あた りを 切 ける に石 の帯 に隔 られ 思ふ まゝ に打 れさ りし は上 野介 かい また 運の 強き 所に やあ らん 義英 二ヶ 所の 薄手 負て あつ とい ふて 倒 れし 所に 二の 丸の 御留 守居 梶川 与三 兵衛 御産 所の 御身 奉て 大奥 通

りけ る折 から なれ は見 ると 等し く高 声に 内匠 頭乱 心そ と 呼は つて 飛か ゝり 後よ り掻 懐先 小太 刀︵ ઈオ

︶を 執け れは 重て 働へ きや うも なく して 打と めさ るこ そ無 念な れ事 静て 後与 三 兵衛 早速 押留 ける 段神 妙な りと 御感 有て 知行 五百 石加 増被 仰付 けれ はい かな る者 の所 為に や与 三兵 衛屋 敷の 前に 札を 立て 梶川 の流 にう かふ 与三 米た くみ とる 手に 握る 御加 増 又吉 良少 将の 門に 張紙 して 朝の 間に たく みし 事も いた つら に切 られ し人 の疵 は少 々 偖上 野介 をは 御馳 走人 の内 伊達 左京 亮宗 春︵ ઈウ

︶引 立て 椽端 つ

れ出 す時 に御 老中 若年 より 大目 付衆 彼是 大勢 集り 散々 怒

︿

(11)

り給 りて 内匠 頭を は休 息部 屋

押込 御徒 目付 御小 人目 付を 相添 きひ しく 守護 せら れ上 野介 をは 流る ゝ血 を留 させ 別所 の部 や に入 置る ゝ大 廊下 の青 畳朱 に染 て殿 中の 騒動 は不 及申 即日 江戸 中走 馬頻 波を 立て 何事 とは 不知 御城 中に おゐ て喧 嘩あ りと 訇 り貴 賤老 若東 西南 北

四 度計

偖 殿中 には 血穢 を改 られ 畳を 敷替 御対 顔相 済て

︵ઉ オ︶ 以後 内匠 頭を は田 村右 京太 夫建 顕 に御 預納 代輿 に乗 て諸 士路 を囲 やか て屋 敷

つれ 越上 野介 をは 親類 の中 荒川 丹波 守酒 井主 馬介 を召 連被 仰渡 ける は誠 に義 英 事過 たり とい へと も殿 中を はゝ かり 太刀 打不 仕之 段神 妙の 旨御 感に おほ しめ さる 依之 何の 御構 も無 之間 宿所 帰

り手 疵養 生 仕る へし とか たし けな き上 意を 蒙り 一類 中介 抱し て帰 宅せ らる 内匠 頭に 切腹 被仰 付事

︵ઉ ウ︶ 三月 十四 日の 晩景 に大 目付 庄田 下総 守

平目 付大 久保 権左 衛門 多川 伝八 郎右 三人 に御 徒目 付四 人御 小人 目付 六人 差添 られ 田 村右 京太 夫館 遣

し内 匠頭 に仰 渡さ れ候 趣は 今日 於殿 中の 挙動 譬偏 執に もせ よ日 来の 宿意 にも せよ 法令 を我 意に みた る罪 責 甚不

軽 依之 速に 赤穂 の領 地被 召上 切腹 被仰 付之 旨申 渡さ るれ は其 時内 匠頭 謹て 各に 向て 申さ るゝ は誠 に運 尽途 窮て 俈る 辱 にあ ふ事 のあ さま しさ 是併 前世 の宿 報の 所令

︵ઊ オ︶ 然乎 更 其是 非を 不弁 とい へと も一 旦短 慮の 血気 に任 せて 殿中 を不 憚私 の意 趣果 さん と仕 候事 其恐 れ不 少然 れは 責帰 壱人 謂其 罪謝 する 無所 須た とひ 三族 の刑 に伏 らる ゝと も今 更後 悔可 仕に あら す 乍去 亡名 を先 祖に 汚し 辱を 天下 の人 口に かけ 申事 残念 に存 候へ 共当 時有 かた き長 命を 蒙り 及切 腹候 段此 上の 幸迷 途黄 泉赴 て も猶 君恩 難忘 本望 とゐ んき んに 御請 申上 らる 日既 内樋 に耀 く程 に成 ぬさ らて たに 暮行 春の ちり

︵ઊ ウ︶ かて なる 花の 色返 照 の鐘 に透 引来 りて 匂い もい とゝ なつ かし く霞 たな 引気 幸迄 もい と艶 なる 黄昏 にか くて 時刻 移り ぬと 検使 の人 々頻 りに 最期 を 急ぐ 催し の声 雲井 にか よふ 心地 して 空の なこ りも 今を 限り と思 はれ 年来 和哥 の浦 波に 思ひ をよ せて 筑紫 の陰 に志 をは こひ 優 にや さし き心 も有 けれ は辞 世の 哥に 風さ そふ 花よ りも 又我 は猶 春の 名残 をい かに とか せん かく て時 移り て酉 の下 刻書 院の 庭に 台を も︵ ઋオ

︶ふ けて 畳を 重ね 其上 に緋 嵯を 敷内 匠頭 座に 着て 後三 方に 扇を 添て 出す

︿

(12)

介錯 は御 徒目 付磯 村武 太夫 也

長矩 肌を ぬき 扇に 手を 懸申 と否 首は 前に 落ぬ あゝ 留え ぬ無 常の 殺鬼 唯心 己身 を襲 来り て行 年僅 三十 二か ひな き名 のみ 曙の 春の 夢と そ成 にけ りは かな かり し最 期な りや かて 畳紙 に 首を 請右 の三 方に 戴て 大目 附の 実検 に入 死骸 をは 白小 袖に つゝ み大 広蓋 にの せ首 と共 に右 京︵ ઋウ

︶太 夫か 家類 にも たせ 磯 野武 太夫 相添 玄関 掻

出先 達て 死骸 を内 匠頭 弟浅 野大 学方 引

被召 申旨 被仰 渡に 依大 学よ り差 図を 以て 内匠 頭側 用人 片岡 源 五右 衛門 馬廻 り間 喜兵 衛両 人に 徒士 数多 差添 乗物 掻せ て遣 置則 右京 太夫 玄関 にお ゐて 受取 亡君 の屋 舗

立帰 るあ りさ まほ ゐな かり ける 次第 なり 惜か な浅 野

に咲 る春 の花 随

流不

帰 水

奈 何武 蔵野 ゝ夜 の月 入

晴虚 名雲

さ れは

貴賤 滴泪 慕也 遠近 呑声 悲死 あ ゝ此 日い かな

る○ 日そ や元

︵10 オ︶ 禄十 四年 三月 十四 日眉 のあ たり

しを かへ り見 れは 天和 年中 稲葉 侍従 一殺 多 生の 理に よつ て堀 田少 将を 打れ しに 即日 殿中 の騒 動希 代の 珍事 と沙 汰せ しか 彼は 依恩 命を かろ くす る所 是は 私の 宿意 を以 し かも 存念 を果 し遂 すい たつ らに 横死 せら れし 事無 詮か な抑 稲葉

わた る秋 風 浅野 に戦 く春 風と

陰陽 不等 公私 の理

天地 懸隔

すと いへ とも 彼も 一時

也是 も一 時也 誰か 天誅 を蒙 さら ん

や前 車の 覆を みて 後車 の戒 とす へき 事尤 なり とそ

︵10 ウ︶ 浅野 大学 分

地被 仰付 事 夫撫 剣敵 一人 血気 の所 為匹 夫の 勇用 ゆる にた らす 殊に 主将 たる へき 人思 慮短 き働 あれ は下 民の 患止 時な しさ れは 内匠 頭長 矩 事於 殿中 のふ るま ひ偏 に乱 心の 致す 所な れは 是非 の評 議に 不可 及と いよ 〳〵 狂気 に落 着し て則 切腹 被仰 もの 也十 四日 の晩 景 に内 匠頭 従弟 戸田 采女 正正 氏定 を御 老中 土屋 相模 守宅 招

き被 申渡 ける は抑 内匠 頭儀 乱心 とは 申な から 勅答 の折 から 殿中 御 座近 く︵ 11オ

︶に 於て 狼藉 の仕 方時 節を わき まへ さる 其過 御当 代未 曾有 の事 也依 之上 の御 立腹 甚し き所 なれ は亡 跡に 於て 分 地の 御沙 汰に も及 まし き事 なれ とも 彼か 先祖 の武 功を 思召 付ら れ御 仁心 を以 弟大 学

分地 三千 石名 蹟と して 宛行 はる ゝ所 也 然り とい へと も大 学義 当時 しは らく 閉門 被仰 付候 間此 段有 難可 被存 候者 内匠 頭江 戸詰 の家 中妻 子資 財相 仕舞 親類 縁者 の方

片付 可申 候其 内譜 代の 家老 由

緒有 之侍 は︵ 11ウ

︶大 学方 呼

取扶 持致 すへ き者 なり 惣し て家 中騒 動不 仕様 に下 知 加へ 可被

︿

(13)

申由 申渡 さる ゝに 付采 女正 委細 領掌 して 帰ら れ頓 て此 旨大 学

相達 し其 後内 匠頭 遺宅 に於 て在 江戸 の侍 上

意の 趣申 聞せ ら れけ るに 何も 無力 風情 に相 見え 互に 目を 側つ ゝ悲 歎の 涙に 梶を 砕き 闇夜 に灯 を失 ひ瞽 の枝 に離 しこ とく 惘然 とし たる はか り 也中 にも 猛勇 義士 憤り を含 相手 上野 介を は何 の御 構な くさ し置 れ主 君の 名跡 は僅 はか り立

︵12 オ︶ 置れ 候事 誠に ほゐ なき 次 第に 思ひ けれ とも 私を 以て 上の 大義 をは から ふへ きに あら ねは 不及 是非 無知 なか ら采 女正 指図 を得 て大 学方 人

分し て無 用 のも のは おも ひ〳 〵に 妻子 を引 つれ 離散 しぬ 赤穂 に所 縁有 之者 共は 路銀 の配 分を 得て 急き 播磨 下

りけ り爰 に内 匠頭 同姓 の 祖家 松平 安芸 守綱 長熟 思慮 をめ くら さる ゝに 大学 江戸 の栖 なら は以 後殿 中又

□途 中に 於て 吉良 上野 介父 子に 出合 申節 もあ る へし 彼と 是と は怨 敵の 思ひ 尽未

︵12 ウ︶ 来際 休時 有へ から す然 は後 日に いか なる 凶事 か出 来り 又そ や公 儀に 御恵 を得 のみ に あら す且 は我 等か 為に も不 可然 所詮 僅な る分 地を 申請 小義 思ひ て巨 害を わす るへ きに あら すと て綱 長願 を申 出大 学

被下 た る分 地を 差上 それ より 大学 をは 安芸 守領 分芸 州広 島

呼下 し新 造に 移し 置て 養育 せら れけ る思 慮の 程こ そ浅 から ね去 程に 浅 野長 矩か 死骸 を片 岡源 五右 衛門 間喜 兵衛 両人 田村 右京 太夫 玄関 にて 請取 亡蹟 の屋 敷に 立帰

︵13 オ︶ 乗物 を奥 に掻 入れ は奥 方 を始 局上 郎中 居端 女に いた る迄 皆同 音に わつ と嗁 て悲 みけ るあ りさ ま断 とめ て哀 なり 慈に 間喜 兵衛 か妻 は長 矩幼 稚の 時よ り 乳房 を取 て成 人あ りし 事な れは 勝て 馴染 深し 急奥 は

しり 参り て其 まゝ 御死 骸に 取付 忙然 とし てし はし は物 もい はさ りし か やゝ 有て 落る 泪を 押へ 掻口 説け るは 殿い とけ なく おは しま しけ るに 襁褓 の中 より 抱育 申て うつ る月 日に いつ とな く人 とな ら せ給 ふに そわ らは か心 にい かは かり か悦 ひ︵ 13ウ

︶参 らせ 候し を思 ひし 事も いた つら に頼 甲斐 なき はゝ 木々 のあ りと も見 え ぬ御 身の 上問 も淋 しき 松風 を今 は苔 の下 にの みむ なし く聞 しめ すら んお よそ 人の 命の はか なき 事貴 賤老 少差 別な しと は承 り 候へ とも 世に は七 八十 迄存 へあ らな らひ なる にい また 四十 にも たり 給は てか く浅 まし うな らせ 給ふ 事尤 御短 慮な る御 ふる ま ひゆ へと は申 なか らう たて しき 殿の 御心 や御 相手 をも しと め給 はて かく も御 腹め され し事 さそ やほ ゐな く覚 しめ さる へき と 余り

︵14 オ︶ 御い たは しう て女 心の やる せな くわ すれ ては 夢か とそ のみ 思は れ参 らせ 誠に うき 世の 無常 はさ る事 なれ とも かゝ るあ へな き事 やは ある 今は 世に あり ても 何か せん とな き御 から をお し動 しひ たす ら御 余波 をお しみ 奉り 消入 はか り歎 き

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(14)

惑ふ 奥方 は左 右の 事も の給 はす あき れて ひれ ふし 給へ り宮 仕の 女房 家中 の妻 女何 も一 間に 並ゐ て守 り明 す短 夜墓 なふ 明行 は さて ある へき にあ らす 泣〳 〵御 死骸 を石 櫃に 納め 芝高 輪泉 岳寺 は浅 野家 代々 の菩 提所 なれ は︵ 14ウ

︶憤 墓を 筑教 養作 善穏 便

□□

□る 法名 は冷 光院 殿前 少府 朝散 太夫 吹毛 玄利 大居 士と そ号 しけ る 間喜 兵衛 女房 自害 の事 間喜 兵衛 か妻 は御 葬送 の御 供し て悲 歎の 泪襟 に余 り弥 増の 思ひ 胸に 満宿 所に 帰り て夫 喜兵 衛

十次 郎新 六と て若 年の 子共 に 近付 泪を 押へ て申 ける は誠 に殿 の御 無念 の程 をし はか り奉 りわ らは いか にも して 主君 の敵 を取 て御 墓所 にそ なへ 迷途 黄泉 の 旅路 をも 休め 申度 願候 へ共 女性 とし て力 にま かせ

︵15 オ︶ すあ われ 何と そ謀 をめ くら し御 相手 を打 取草 葉の 陰な 君の 御憤 り をは らし 申さ せ給 へか し扨 又十 次郎 新六 苟し くも 弓箭 の家 に生 れ君 の為 親の ため に忠 孝を 存し 死命 比之 毫毛 猶可 重夫 侍は 戦 場に 望て 敵と 組死 をあ らそ ふ今 為君 守義 致命 其用 異な りと いへ とも 共に 理り は同 しか るへ し早 く一 命を 抛て 多年 の給 仕厚 恩 を報 せよ かし と打 塩垂 て諫 ける か小 夜も やう 〳〵 更行 は唯 独一 間に 入幽 なる 灯の 下に 枕を 唆て こし かた 行末 をそ こは かと な く︵ 15ウ

︶思 ひつ ゝけ 有し にも 似ぬ 世の 中の うつ ろふ 花の 色か へて かゝ るへ しと は兼 てよ り今 身の 上に 白藤 のも つれ て解 ぬ 思ひ のき つな 一つ にわ きか ねよ しや 命存 へて 夕の 日に 子孫 を愛 すへ き身 にし あら ねは 年来 の恩 の為 に命 を捨 恩愛 妹背 の道 に 先た ち残 し人 に義 をす ゝむ る事 是こ そ我 本意 なり とい ひも あへ す起 直り 小脇 差を 抜て 心も とに 突立 旦の 露と そ消 にけ るけ に や女 性な れと も道 をわ すれ す命 を白 刃の 下に おと し名 を蒼 天の 上揚 や︵ 16オ

︶さ しか りけ るふ るま ひな り喜 兵衛 父子 あつ と いふ 声に 驚き 取付 みれ は早 言切 れ果 にけ りさ しも 亡君 の歎 の上 に又 そや かゝ るう き目 をか さね 今は 流石 に力 なく 矢た け心 も 弱く なり 関来 る涙 を押 へか ねて 居り しか 良あ つて 喜兵 衛き つと 起直 り二 人の 愛子 向て 申け るは 偖も 我々 思は すも 不幸 の愁 に 沈む 是併 前世 の宿 執の つた なき 故と おも へは 今更 悔へ きに あら す抑 女心 にさ へ殿 の御 憤り を奉 察斯 自害 に及 ふ事 誠に 切な る 所な りい かに もし て御 相手 上野

︵16 ウ︶ 介殿 を打 取亡 魂に 手向 奉ら は忠 孝の 道是 に越 事有 へき やと 言葉 涼し く諫 れと も妹 背 の別 れに ほた され て涙 はか りそ すゝ みけ る其 時十 次郎 新六 口を そろ へこ はい ひか ひな き御 形勢 やな 母上 の御 事は あな かち 歎

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(15)

き覚 しめ して も帰 らせ 給は ぬ事 也強 而悲 しみ 給る なは 後世 の罪 も重 かる へく 存候 へ当 時か ゝる 仕合 の上 上野 殿こ そ主 君の 讐 次て は母 の敵 にて 候へ は義 の責 る所 共に 天を いた ゝく へか らす 御心 易被 思召 候へ 虎と 見て 石に たつ 矢も あり

︵17 オ︶ そ海 の 深計 略を めく らし 何と そ怨 敵を 打取 亡魂 に手 向奉 らは 忠孝 の道 是よ り大 なる 有へ きを やと 遖勇 なる 挨拶 を聞 て父 喜兵 衛適 役 し石 竹の 花の 姿の 匂ひ やか に兄 弟同 し思 ひに て万 の道 にも 賢く おと なし く生 立ぬ れは 我身 の老 とな り行 をも 不知 いつ かは 成 長し て父 か家 業を 相績 し君 に宮 仕し 奉ら んを 見ん との み思 ひし に弓 箭の 道は さる 事な れと もか ゝる 不幸 に逢 ぬる 彼等 か運 命 の短 さよ と猶 恩愛 の遣 方な き問 へる 言葉 黙

ひ余 りの 事︵ 17ウ

︶に 今は 又あ きれ て涙 も落 さり けり 偖限 りあ る道 なれ は 荼毘 のい とな ひ取 した ゝめ 泣〳 〵教 養し たり ける 人間 わつ か五 十年 刃に かゝ るあ たし 身は 惜へ し歎 へし 誠に はか なき 有様 と 聞人 袖を しほ りけ る 友辺 蔵人 久光 か妻 の事 され は列 女の 名を 残し 貞潔 の義 を立 たる 往昔 を考 れは 平相 模守 権柄 の比 無実 讒に 依て 横死 した る羽 州の 住人 佐竹 義顕 か普 代 相伝 の郎 等友 辺蔵 人久 光か 妻な り一 とせ 物詣 の帰 るさ に路 の辺 に︵ 18オ

︶怪 しの 萱屋 あり 年久 しく 住馴 しと 見え て木 立物 ふ り苔 に埋 るゝ 柴の あみ 戸格 子半 蔀い と故 つき たる さま なり 久光 過か てに 馬打 よせ 生垣 の上 より 見越 たる に年 の程 二八 に少 し あま るや と見 えし 女の 貴な るか すの こに 出て 竹の 檻に 靠り て垣 根に 袴る 夕㒵 の艶 なる 目か れも せす 詠入 て涼 居た り久 光は 其 色香 のえ なら ぬ愛 きや うつ きた るに 心う かれ 具し たり し下 部等 か思 はん する 所の 恥し さも 打忘 れて 馬も 不近 踉蹡 たり 女は 見 る人 あり とも しら す何 やら ん︵ 18ウ

︶口 すさ みて 唯独 り嘯 き居 たる に折 節時 鳥雲 井に 音信 ける をふ り上 て見 るさ まに 久光 か 顔と 見合 たり 女は した なき さま もや は仕 たり ける にや とい とい とう はつ かし けな り久 光い とゝ 心迷 ひ声 ふる いて 物申 さん と 云け るに 女面 に紅 葉し て袖 打覆 ては しり 入ぬ 又も 出へ きや と尚 惘然 とし て居 たる 程に はや 黄昏 過る にそ さの みは とて 帰り け る久 光静 心な く思 ひ乱 れて 人し て誰 人の 栖な るそ と問 せけ るに 林氏 の何 某と かや の流 され てお はす るか 其娘 也と そ︵ 19オ

︶ 申け る左 右し て所 縁を 求め 数重 りし 水茎 は人 目い かに やみ ちの くの 浮名 取川 流れ 来て 人の 情の 浅瀬 川恋 ふる 泪や 渕と なり け

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(16)

む例 にも とて 年月 をへ て口 説け るに そ遂 に深 き中 と也 て迎 へ取 て鴛 鴦の ちき り睦 しく いく 程も なく 例な らす なり て男 子を な むも ふけ るゝ 然る に久 光か 主君 義弘 滅亡 の期 来り 高時 の為 に打 れ給 ひけ るに かの 妻久 光に 向て 申け るは 此世 の中 も今 はさ て とこ そお ほへ 候公 の御 一家 させ る罪 なふ して あへ なき 死を きは め給 ふさ れは われ

︵19 ウ︶ 女の 身な れは いつ 方に 立忍 ふと も 命の みは さり とも と思 ひ候 へ共 誰を 頼て 存ふ へき 身に しあ らね は君 に先 立参 らせ 二夫 にま みへ しと 思ふ 我貞 節を も見 せ参 ら すへ し第 一か く思 ひよ り候 事も 猛き 武士 とい へと も妻 に引 れて 義に 望ん て命 を捨 最期 も浄 から す心 なら ぬ不 覚を も取 とこ そ 承り つれ さら は自 死て 後快 主君 の讐 を報 せさ せ給 ふへ し九 品の 台と かや にて 庄を 分て 待参 らす へし やか て追 付せ 給へ とい ひ 捨て 守り 刀を 抜て 口に ふく みう つ伏

︵20 オ︶ に成 て終 に空 にし く成 にけ り最 哀に やさ しか りけ り久 光も 涙に くれ 更に 前後 も 覚へ さり しと 也其 子友 辺光 豊母 か遺 戒を 丹府 に納 め其 後左 兵衛 督義 貞の 手に 属し て鎌 倉を 責亡 君の 憤を やす め亡 母の 感義 報 しけ ると なり され は間 喜兵 衛か 女房 と友 辺久 光か 妻と 古今 時を 同し ふせ すと いへ とも 亡志 一な り貞 節深 厚の 至り 誰か 不感 之 乎 多川 月岡 江戸 使

戸田 氏制 詞の 事 内匠 頭非 常の 刃に 命を 陥し 給ひ て後 赤穂 に︵ 20ウ

︶は 闇夜 に灯 消て 行人 蹇た るか こと しま つ殿 中喧 嘩の 註進 とし て内 匠頭 在 江戸 の士 早水 藤左 衛門 萱野 三平 両人 三月 十四 日午 の下 刻江 戸表 発足 す又 切腹 の註 進に は物 頭原 宗右 衛門 馬廻 り大 石瀬 左衛 門 両人 同十 四日 の夜 丑の 上刻 打立 江戸 より 赤穂 行

程百 七十 余里 の隔 を各 五日 に着 たり ける 元来 此家 先祖 長政 より 已来 武備 に 長し て殊 に家 老大 石内 蔵助 良雄 節義 を尽

上 慈愛 を施 下勇 敢最 秀一 也武 略の 才の みに 非す 志し 寛︵ 21オ

︶に 損益 利害 に明 ら かな りけ れは 短を 捨て 長を 取大 に付 て小 をか へり みす 緩な るを おゐ て急 を用 れは 何事 行て も其 切下 坂に 車を 押か こと し此 さ はか しか りけ る最 中に 能手 配を して すへ て家 中の 引払 に舟 百余 艘を 集め 白紙 を小 籏に 拵丹 を以 て一 二三 の文 字を 書付 舟印 と して 諸士 に番 組を 定め 家々 の荷 物番 附次 第に 積出 し手 寄の 方に 退た りけ る依 之雑 人小 者諍 論せ す盗 奪ふ 愁も なく さも 見事 に そ有 けり され は家 中の

︵21 ウ︶ 人々 年来 の恩 顧を わす れ妻 子を 哀み 財宝 を惜 み行 末の の 思ひ 有て 忠義 を捨 る者 も有 又報 讐の

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(17)

志を 励す もの も多 かり けり され は変 に望 んて 人心 の翻 覆す る事 恰も 野分 にみ たる ゝ草 葉の こと し患 難憂 苦其 時と 共に 行ふ も の稀 也況 や生 死の 間に おゐ てお やこ ゝに 内蔵 介在 国の 諸士 に制 す制 詞を 加ふ 其條 に曰 一亡 君の 敵吉 良上 野介 殿於 存生 有之 食俸 禄輩 不報 讐生 前死 後共 不可 有面 目事

︵22 オ︶ 一亡 君恩 顧た め此 城を 為枕 可遂 殉死 申 一無 拠子 細 付当 城於 罷出 輩は 至江 戸泉 岳寺 切腹 可仕 事 巳三 月廿 三日 偖内 蔵助 在国 の士 三百 六拾 余人 有し を

悉城 中

呼集 申出 しけ るは 今度 主君 を失 ひ申 事偏 に吉 良上 野介 殿故 な れは 遺恨 は則 彼人 也毛 頭公 義に 対し 奉り 憤り ある へか らす とい へと も主 君や み〳 〵と 生害 させ 容易 城を 開渡 し各 離散 して

︵22 ウ︶ 所住 心に 任せ 何の 面目 に青 天白 日を 見ん 又何 地に して 多年 の厚 恩を 報せ んや 所詮 たゝ 此城 を枕 とし て打 死す るの 外 別義 ある へか らす 面々 いか ゝ心 得ら るゝ と辞 を尽 し義 励し 異見 せら れけ るに 家老 大野 九郎 兵衛 父子 を始

廿

各思 ひも ふけ さる 事な れは 指当 て思 慮に あた はす 蹙 額低 頭て 挨拶 する 人な かり けり しか れと も又 其内 に節 義を 憶ふ 者有 て 大石 と同 志に して 城を 枕に 打死 すへ きよ しを 申も のも あり かく て大 石相 家老 ら

︵23 オ︶ 用人 物頭 等打 寄亡 君の 家材 を浅 野 大学 殿を 始其 外親 類中 遺

物と して 配る を相 定次 に譜 代給 仕の 役人 には 刀脇 差一 腰つ ゝ見 分に 應し て是 を配 当す 扨又 内匠 頭 数年 の用 金を 取出 し知 行高 百石 付金 子三 十両 の積 り引 払料 とし て足 軽に 至る 迄一 人当 小判 三両 中間 に壱 両二 分と 相定 宛行 に ける 其内 に大 石内 蔵助 此度 の配 分心 外に 思ひ なれ とも 内々 大義 の存 念有 之故 人並 に金 子を 得た り

︵23 ウ︶ 去程 に東 武よ り城 受取 の上 使発 向の よし 其沙 汰か くれ あら され は大 石良 雄一 先所 存の 通り 上

申開

為に 多川 九左 衛 門月 岡治 右衛 門を 以俄 に江 戸に 訴ふ 若上 使江 戸表 発足 に於 ては 願の 筋速 に戸 田采 女正 殿

可申 達の 旨い ひふ くめ 口上 書を 相 渡は 多川 月岡 両使 委細 承り て三 月廿 八日 の申 ノ刻 に赤 穂を 打立 夜を 日に 継て 急け れは 漸四 月四 日亥 の刻 江戸 に下 着し て尋 れ は上 使は もは や発 足也 と聞 て多 川月 岡は 則亡 君の 江戸 家老 安井 彦右 衛門 藤井 又左 衛門 に︵ 24オ

︶対 面し て内 蔵助 か願 書を 相

︿

(18)

渡せ は各 是を 披見 して 早速 戸田 采女 殿の 家老 中川 甚五 兵衛 方

かく と案 内す れは 甚五 兵衛 やか て藤 井宅 馳

来る 間右 の衆 中 出会 大石 方よ りの 口上 奥に 申達 其上 にて 願書 を相 渡せ は甚 五兵 衛請 取追 付披 露可 遂由 色代 して 退座 す翌 五日 の朝 甚五 兵衛 よ り切 紙を 以各 私宅 可

被参 の旨 申来

安井 藤井 赤

穂の 両使 打つ れ中 川か 館に 至れ は甚 五兵 衛

近習 番頭 高岡 代右 衛門 を以 采女 正よ り被 申出 ける は抑 某か 存る 旨を

︵24 ウ︶ 赤穂 の者 共納 得可 仕や 否是 非共 内蔵 助願 の通 上聞 に達 し可 申候 と尋 ね有 し に付 安井 を始 両使 の者 申け るは 此上 に於 て何 とそ 筋の 立候 御思 慮も 御座 候て 承り 届

訴へ 申候 義用 捨仕 り帰 国い たし 可申 然ら は采 女正 殿は 墨付 を申 請内 蔵助 に納 得致 させ 申度 候間 又々 此段 被仰 上被 下候 へか しと 断申 付重 て采 女正 より 一書 をあ た へら るゝ 彦右 衛門 始両 使の 者即 座拝 見し て得 其意 いそ き罷 帰り 此旨 内蔵 助始 在国 の諸 士

可申 聞よ し︵ 25オ

︶領 掌し て亡 君 の屋 舗

立帰 りぬ 従赤 穂差 出口 上書

使 殿

今度 内匠 頭於 殿中 不忠 上狼 藉之 働仕 候 付御 法式 之通 被仰 付之 段奉 畏候 然共 吉良 上野 介殿 御存 生之 由承 伝候 得は 苟譜 代恩 顧之 者共 当城 離散 仕何 方

可向 慮外 此意 趣則 家中 一同 之存 念 而御 座候 付不 肖之 老臣 上を 憚雖 加制 詞申 何も 田舎 者之 儀御 座候 へは 承引 不仕 候若 離散 仕候 而右 之者 共可 致安 心筋 も有 之候 は各

︵25 ウ︶ 別之 儀存 候奉 対上 毛頭 御恨 ヶ間 敷所 存無 御座 候惟 自滅 仕 報厚 恩可 申心 酔迄

候且 又無 拠子 細有 之当 城被 出者 にお ゐて は各 志家 来江 戸於 泉岳 寺切 腹可 仕覚 悟御 座候 以上 巳三 月廿 八日

浅野 内匠 頭 家老 番頭 用人 従戸 田采 女正 赤穂 返

状之 文言 多川 九左 衛門 月岡 治右 衛門 を以 口上 書被 差越 今承 知候 先以 家中 之面 々頗 楚忽 了簡 覚候 其縁 者江 戸表 不案 内故 与推 察畢 抑内 匠 頭儀 日頃 奉重

︵26 オ︶ 公義 平常 之勤 仕如 履薄 臨深 是又 各存 知之 申候 然上 は家 中奉 公筋 之者 対主 人数 年之 於存 給仕 速其 地引 払 当城 無滞 相渡 申事 第一 謂奉 進上 且内 匠頭 年来 之存 念も 可相 叶然 を全 身当 忠義 何事 如之 哉猶 以不 及申 入候 得共 追々 差図 之通 被 相守 穏便 早速 退被 申段 肝要 之事 候此 旨在 国之 面々 被致 承知 候は 可有 納得 者也

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(19)

巳四 月五 日 戸田 采女 正氏 定判 浅野 内匠 頭 家老 中番 頭中 用人 中目 附中 惣家 中︵ 26ウ

︶ 多川 月岡 右の 返状 請取 帰国 の刻 内匠 頭江 戸家 老安 井彦 右衛 門藤 井又 左衛 門

用人 目付 中よ り在 国の 役人 申

送り ける 趣は 今 度多 川九 右衛 門月 岡治 右衛 門両 使を 以被 申越 通委 細采 女正 殿御 耳に 達し 候所 に則 返状 被来 下且 又我 々共 口

上に 被仰 聞候 意 趣は 内匠 頭日 頃公 儀を 大切 に被 思召 御勤 仕の 事に 御座 候へ は此 上に 於て 亡跡 の義 いか やう に被 仰付 候と も亡 君の 御所 存毛 頭 上

の御 怨気 は残 るへ き様

は不 思︵ 27オ

︶召 寄と の事

候然 らは 直に 御遺 跡を 相守 り当 城無 異儀 開渡 し可 申儀 内匠 頭殿 存念 に も相 叶家 中諸 士の 客仕 神妙 の至 と可 思召 候仮 令各 願の 筋を 公儀 言

上申 たり とも 相達 し可 申様 には 不被 存却 而御 不審 を蒙 り 候は ゝ大 学殿 を始 御一 門方 の為 不可 然と の御 事に 候采 女殿 御念 を入 られ 如是 被仰 越候 事は すへ て家 中の 者納 得い たし 首尾 能 やう にと 御了 簡候 ての 儀に 有之 候間 弥此 旨を 考速 に城 を引 渡さ れ︵ 27ウ

︶候 事尤 に存

の由 申含 四月 六日 の曙 に両 使を 赤穂

帰し ける とそ 内匠 頭一 類中 より 為見 届赤 穂

差遣 使士 の事 従戸 田采 女正

家老 戸田 権右 衛門

番頭 同源 五兵 衛 物頭 杉村 十太 夫 従浅 野土 佐守

持筒 頭徳 永又 右衛 門 内田 孫右 衛門 松平 安芸 守よ り 先手 物頭 小山 孫六 郎 大田 七郎 左衛 門 古田 権六

有田 市之 進 持筒 頭丹 羽源 兵衛

西川 文右 衛門 自浅 野甲 斐守 内藤 伝左 衛門

海野 金七

︵28 オ︶ 従浅 野伊 織 八木 助右 衛門

長束 平内 従上 田主 水 野村 清右 衛門

末田 定右 衛門

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(20)

赤穂 城騒 動

諸士 行跡 品々 の事 事は 小き より 起て 必大 きに 及ふ 事恰 も一 觴の 源水 支流 分れ て如 為

海又 一粒 の種 苗枝 幹垂 て如 為喬 木さ れは 内匠 頭長 矩一 旦 の憤 りに よつ て終 に闘 諍の 兆と なれ り去 程に 赤穂 の家 中騒 動の よし 聞へ けれ は近 国の 諸将 各手 当を そい たさ れけ る先 松平 伊 予守 より 領地 境︵ 28ウ

︶虫 上の 在所 まて 用人 津田 左源 太六 百余 騎に て出 張す る松 平讃 岐守 より 家老 大久 保主 膳舟 三十 艘は か りに て絵 嶋か 沖に 雁行 に連 り扣 へた り松 平淡 路守 より 物頭 二組 は舩 をそ ろへ て漂 泊た り其 外姫 路明 石よ りい つれ も纜 を解 て 海原 にさ ゝへ たり 松平 相模 守よ りも 領地 の境 迄人 数を 向へ 置如 是に 近国 隣郷 皆篭 城の さた に及 んて 用心 する 事か きり なし さ れは 在江 戸の 家中 にも 義を 思ふ 侍な きに

︵29 オ︶ あら され 共江 戸家 老安 井彦 左衛 門兼 而戸 田采 女正 より 下知 を蒙 りて 強て 制 しけ れは いた つら に其 志を 遂さ るも の多 し其 中に 新参 の武 具役 奥田 源太 夫重 盛堀 部安 兵衛 良康 右両 人志 を一 つに して 城を 枕 に打 死せ んと 忍ひ て赤 穂

駆着 ける 爰に 先年 聊の 事に て浪 人し たる 岡野 次太 夫大 岡九 郎井 関徳 兵衛 此三 人武 具を 擔鑓 長刀 を 杖に 突て 大手 の門 にい たり 我々 一度 亡君 の俸 禄を 食暫 時︵ 29ウ

︶も 妻子 をは こく み申 たる 累代 の御 恩忘 れか たく 存候 に依 て 篭城 の人 数に 加り いさ きよ く殉 死仕 らん 願ひ にて 馳参 し候 と高 声に 呼は りけ り大 石内 蔵助 櫓に 上つ て此 詞を 聞其 志を 感ず と いへ とも 彼等 か願 ひに 順ひ て篭 城を は許 さゝ りけ り元 より 逆心 にあ らさ れは 浪人 を召 集へ から さる 心得 是以 公儀 を憚 る所 尤 なる 謂な り右 三人 の者 共大 石か 断意 を聞 てせ んか たな く又 こそ 恩を 謝す へき 時節 もか

︵30 オ︶ なと 名残 をし けに 城に かへ り 見行 方し らす 成ぬ され は先 年家 を出 禄を 離し 人々 さへ 右の 如旧 恩を 慕ひ 忠義 を守 らん とす る中 に累 代厚 禄重 恩を 請な から 恥 を捨 て身 命を 惜む 輩は 家老 大野 九郎 兵衛 を始 とし て重 職普 代の 家臣 共心 臆し 気後 れて あら ぬ工 夫胸 にう かみ 思へ は斯 まて 騒 動に 及ふ へき やう には なか りし 物を 無詮 内蔵 之助 か血 気に まか せ卒 爾の 篭城 本意 なき 事に こそ と其 志し を隠 し其 義︵ 30ウ

︶ を掩 て逃 支度 の輩 すく なか らす 然る に大 野九 郎兵 衛大 石に 与し 同し く義 をす ゝめ 下知 なさ は一 家中 にお ゐて 誰も 死を 免れ ん と思 ふも のあ るへ から す抑 好生 悪死 人情 の常 なれ は大 野に 順ひ て身 命の 安堵 を計 るも のは 多く 大石 に与 して 死を 楽ふ 者は 稀 なり 覆載 は其 地の 徳た りと いへ とも 日月 不照 不忠 の者 山川 無容 不義 之臣 跡に 大野 父子 謗り を万 代の 後に 残し 嘲を 千里 の外 に

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