中井悟先生への感謝を込めて
著者 菊田 千春
雑誌名 同志社大学英語英文学研究
号 101
ページ x‑xiv
発行年 2020‑03
権利 同志社大学人文学会
URL http://doi.org/10.14988/00027607
菊 田 千 春
中井先生が本年3月末にご退職になってから早くも半年が経った。それで もまだ2階へ下りれば、研究室に中井先生の姿があるような錯覚を覚える。
私は本学出身で、しかも学部では中井ゼミに属していた。そこで、ここでは 中井先生のご研究についてご紹介すると共に、学生として、また、学科で一 緒に仕事をさせていただく中で知った先生の人となりにも触れてみたい。
中井先生は中学校から同志社で学ばれ、同志社大学英文学科に入学された。
1971年には本学文学研究科英文学専攻修士課程に進み、1973年に修士課程を 修了されると、同年4月に文学部の助手として着任され、以来、46年間とい う長きにわたり、本学での研究、教育に貢献してこられた。
別の機会にも触れたが、私にとって、大学での言語学との出会いは中井先 生を通してであった。大学2年生で受講した「言語学」は新町校舎の尋真館 の大教室で1講時に行われており、遅刻しないように出席するのも大変だっ たが、高校の頃から言語学を学びたいと思っていた私にとって、その授業は とても楽しみなものだった。恥ずかしながら、内容を詳しく記憶しているわ けでないが、時々、取り上げられる具体的な事例が面白かったことが印象に 残っている。たとえば、何のトピックだったのかは全く思い出せないが、「動 詞は、京都の方が上で、大阪は下で活用する」として、「来ない」という意 味の「きいひん」(イ段)と「けえへん」(エ段)の例を出され、最後にぽそっ と一言、「だから京都の方が上品なんです」という京都人らしい中井先生の コメントが今も耳に残っている。
中 井 先 生 は、1973年、A Contrastive Study of English and Japanese
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Nominalizationという修士論文を提出され、その後も、一貫してチョムスキー の提唱する生成文法を中心に研究を進めてこられた。先生が大学院に進学さ れた1971年頃といえば、言語学界に「チョムスキー革命」を起こした生成文 法が誕生してまだ10年あまり、チョムスキーのAspectsが1965年に出版され、標準理論と呼ばれるモデルが提案されてわずか6年後という時期である。ま さに、生成文法が急速に言語学の世界を塗り替えていく時代に研究を始めら れたということになる。その後、助手として勤めておられた1974年から2年間、
University of Massachusettsで在外研究をされたが、ここは言うまでもなくチョ ムスキーが教鞭をとるMITと目と鼻の先に位置し、現在も生成文法の重要な 研究拠点となっている。先生は時にはチョムスキーの授業も受けながら、生 成文法に対する研究を進めていかれたそうである。
先生の研究は、日本語の統語構造を分析されたものが始まりで、修士論文 で分析された代名詞に関わるものの他、1980年にPapers in Linguistics Vol. 13 に掲載されたA Reconsideration of Ga-No Conversion in Japaneseで分析された
「ガノ交替」は、その後もいろいろなところで引用される先生の代表的な研 究といえよう。非常に論理的に仮説を検証するその姿勢は、その他の論文に も通じる、中井先生らしい堅実な研究姿勢が感じられる。「ガノ交替」はずっ と研究され続けている日本語に関する言語学上の主要トピックの1つである が、中井先生は退職される前、最後にもう一度この問題に向き合われ、現在 の統語論のモデルでの分析を試みられている。
中井先生は、統語的な言語現象を分析するということに加え、そのモデル の予測を検証する実験にも関心を持たれていた。これは、チョムスキーの文 法は人間の脳が司る言語能力であるという主張に呼応したものである。私が 中井先生のゼミに学んだ1985年頃は、ゼミでも言語習得のテキストを読み、
幼稚園に言語実験をしに行ったことを覚えている。さらに2000年代の半ばに は、中井先生のゼミから大学院に進んだ学生の中に、本格的なfMRIの機械 を使った脳の言語処理に関する実験をしたいという学生が現れ、学生の自主
性を重んじる中井先生により、文法と脳の関係を探る実験、あるいは言語処 理に関する心理言語学の実験やそれに基づく研究論文が、中井先生の学生や あるいは中井先生の共著という形で発表された。
さらに、中井先生は論文や研究ノートという形で、生成文法の重要な概念 的・理論的問題について、それを巡る論争を詳細に辿りながら、その問題を 整理されてきた。時にはかなり長い、その中井先生的な論考を、私はとても 貴重なものとして読ませていただいてきた。「先生らしい」と感じていたの は、議論に際し、関連文献を渉猟され、丁寧にその主張の重要な点を整理さ れる際の緻密さ、そして何よりも、予断を排し、純粋に中立的で論理的なも のさしで検討されるその姿勢である。先生が取り上げられたトピックは、「生 成文法は自然科学か」「文法の心的実在性」「自然言語の本質的性質としての 再帰性/それをもたないとされるピダハンの存在は生成文法の主張の反証と なるのか」など、生成文法の根幹に関わる問題として議論の的となってきた ものだが、それ故に、その議論はしばしば特定のイデオロギーを帯びてきた。
賛成する側も反対する側も、その主張には著者の「信念」がしばしば垣間見 えるものになりがちで、そのため、結論のでない堂々巡りの論争になってい ることも多い。中井先生の論考は、そのような主観的な論争とは一線を画し、
ある意味、ルポルタージュのように、それぞれの議論をそのまま提示し、冷 静に、客観的に、その是非についての見解を示してこられている。非常に複 雑に絡み合ったそれぞれの論点を本質的なレベルで理解することのできる、
貴重な研究であり、私は大いに勉強させていただいた。
このような研究が示すように、中井先生は、虚飾を好まず、シンプルに物 事の本質を突き詰めようとする志向性の高い方である。研究を離れた場面で も、そのような先生の人となりを感じる場面は多くあった。先生を表わすキー ワードといえば、「合理的」「計画的」「思い切りの良さ」「アーカイブ」など が思い浮かぶ。「合理的」といえば、英文学科の多くの人にとって、中井先 生に関してまず思い出されるのは、研究室の膨大な数の本と、それにも関わ
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らず、常に整理整頓された書棚であろう。あれ程の冊数の書籍があるのに、また、時には書棚の増設など、大幅な模様替えもされたようだが、それでも、
研究室は常にカオスとは無縁で、すべてがあるべき位置に整然と並び、要ら ない書類が放置されているという(私の研究室では日常的な)光景も見たこ とがない。先生の研究室は、貴重な情報がいっぱいで、にもかかわらず無駄 がなく、合理性を追求する先生の姿勢そのもののようだった。
また、合理性ともつながるのが、もう
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つのキーワード、「計画的」である。常に何事に対しても半年、1年前から準備をされるのが先生で、私などとは 正反対だった。事務室で冬の間に翌年の授業のハンドアウトをすべて印刷さ れている姿を見て、驚愕したこともある。何よりも特筆すべきは、今回退職 されるにあたって、研究室の膨大な数の書籍を先生が処分された様子だろう。
御退職の1年前もから、計画的に、それこそ文字通り、一日毎の冊数を決め て研究室の書籍を処分されていったのだ。もちろん研究室を空けるべき期日 は事前に決まっているが、授業もある中、1年も前から本を計画的にどんど ん捨て、研究室を空にしていくというのはなかなか簡単にできることではな い。ここには、「計画的」に加え、もう1つのキーワードである「思い切りの 良さ」が表れているのだと思う。
「思い切りの良さ」といえば、先生は学科会議で、皆の思惑が交錯して意 見がまとまらない中、見栄やこだわりを捨てて現実的な決断をするように主 張されることがよくあった。あるものをあるがまま受け止め、本質的な点を 押さえれば、後は最適解、すなわち、それに向かう最も合理的な道をとるだ け、というのが中井先生のスタンスであるように思う。研究室の整理も、タ イムリミットが明確に決まっている以上、残り時間を逆算し、本の冊数を数 えれば、後は、簡単な算数ということか。とにかく、最後まで徹底的に中井 先生的な姿を見せていただいた。また、先生はそういうやり方を楽しんでら れたような気もするのである。(個人的には、あの書棚には捨ててしまうの が惜しいものもあり、見せていただきたいと思っていたが、そんなことをの
んびり考えている間も、中井先生の廃棄ペースは積算的に進むので、全く追 いつけなくて、気づいた頃には整理されてしまっていた。)
私が先生と同じ英文学科で働くようになって25年近くになる。その間、カ リキュラムのことやその他、さまざまなことについて、迷ったり困ったりす ることがあると、2階に下り、ドアがいつも開いている研究室を覗いては、「先 生・・・」と言って相談してきた。中井先生は、常に本質をとらえた合理的 な意見を仰る一方、その意見を押しつけようとはされない。あれやこれやと 話をさせていただいているうちに、自分の中で問題が整理されていき、とる べき道が見えてくる、というようなことの繰り返しだった。
そのようなことができなくなったのはとても寂しい。しかし、実は私は今 週もキャンパスで中井先生に遭遇しているのである。先生は退職後のライフ ワークとして、脳や神経言語学に関する英語の専門書の翻訳を試みられてお られ、そのためにしばしば図書館に来られるのだ。先生の様子は以前と全く 変わることなく、私もつい今まで通り立ち話をしてしまう。そして、このよ うなことがこれからも続くことを期待してしまうのだ。
中井先生、これまでありがとうございました。これからも、変わらずにお 元気でいらしてください。