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大学を去るに当たって

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Academic year: 2021

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大学を去るに当たって

その他のタイトル Meine Abschiedsworte an die Kansai Universitat

著者 藤井 啓行

雑誌名 独逸文学

巻 39

ページ 6‑6

発行年 1995‑03‑10

URL http://hdl.handle.net/10112/00018234

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大学を去るに当たって

藤井啓行

とうとう大学を去る日がやって来た. まだまだ先のことだと思っていた のに.早くも現実になってしまった.長年慣れ親しんだ職場とも, もうお 別れだ.少なくとも,今度のようなあり方では,去りたくなかった.準備

もしておらず,やり残したことも多々あるのだから.

一昨年以来思わぬ病魔に取りつかれて,恢復しないうちに,ついにこの 日を迎えてしまった.今更何を言ってもはじまらないが,病気は本当につ らい. さんざん迷った挙句,定年延長は御辞退申し上げた.

私は,外部出身の教員として本学に足を踏み入れた,いわゆる外来者の 一人だが, 35年の勤続は長かった. しかし,全力をあげて勤め上げたのだ から悔いは残らない.専攻のドイツ文学科も,器はともかく,中身は立派 になった.今更私に何のかまうところがあろうか.みんな立派に育ち上が り,頼もしい.

ただ一つ気掛かりなのは,教養ドイツ語が押され気味の昨今である.大 学全体としても, 目先の事にとらわれず大きな目で広い教養を身につけて 欲しいものである. しかし,それらすべてはこれからの人々が考えるべき 事柄であり,去りゆく者は余計なことを考えまい.みんな杷憂というもの

だ.

関西大学よ これからも発展を続けて欲しい. しかし重ねて言うが,真 の発展は,中で働く人々にかかっている.円滑な人と人との関係,本当の 意味での共同研究,学閥なき自由で明るい世界.それら分かりきったこと を改めて記して,去りゆく者の訣別の言葉とする.

−「関西大学通信」第225号(1994年3月)より転載一

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