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報徳仕法における飢饉対応 : 天保期の桜町仕法を 事例として

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Academic year: 2021

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(1)

報徳仕法における飢饉対応 : 天保期の桜町仕法を 事例として

その他のタイトル Measures against Famines in Hotoku Shiho : In the case of Sakuramachi during the Tenpo Age of the Edo Period

著者 安藤 久子

雑誌名 史泉

巻 121

ページ 5‑21

発行年 2015‑01‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00023632

(2)

は じ め に 報 徳 仕 法 と は

︑ 近 世 後 期 北 関 東 の 疲 弊 し た 農 村 を 対 象 に 二 宮 尊 徳 が

!

行 っ た 農 村 復 興 運 動 で あ る ︒ こ れ は 文 政 五 年 ︵ 一 八 二 二

︶ に 始 ま っ た 野 州 桜 町 領 の 復 興 仕 法 を 皮 切 り に

︑ 藩 や 村

︑ 個 人 の 家 ま で を 対 象 に 幅 広 く 行 わ れ た が ︑ 中 で も 桜 町 の 復 興 仕 法 は

︑ 尊 徳 が 最 初 に 取 り 組 み

︑ そ の 十 六 年 と い う 期 間 を 通 し て 仕 法 を 体 系 化 さ せ て い っ た 重 要 な 仕 法 で あ っ た ︒ 報 徳 仕 法 に 関 す る 研 究 は 数 多 く あ り

︑ 大 藤 修 氏 や 早 田 旅 人 氏 に よ っ

"

て 丁 寧 な 研 究 史 の 整 理 が な さ れ て い る

︒ 桜 町 仕 法 に つ い て も 様 々 な 観

#

点 か ら の 研 究 成 果 が 出 さ れ て い る が ︑ 飢 饉 対 応 に つ い て 詳 し く 論 じ た も の は 管 見 の 限 り 見 当 た ら な い ︒ 下 野 国 芳 賀 郡 桜 町

︵ 現

・ 栃 木 県 真 岡 市 ︶ は 小 田 原 藩 大 久 保 家 の 分 家 に 当 た る 旗 本 宇 津 家 の 知 行 地 で ︑ 物 井

・ 東 沼 ・ 横 田 の 三 か 村 か ら 成 っ て い た

︒ 分 知 さ れ た 元 禄 十 一 年 ︵ 一 六 九 八

︶ 当 時 は

﹁ 都 合 高 四 千 百 九 石 一 斗 二 升 八 合

︑ 反 別 五 百 一 町 八 畝 二 十 歩

︑ 家 数 四 百 三 十 三 軒 ﹂

︵ ﹃ 二

宮 尊 徳 全 集

﹄ 第 十 巻 八 〇 七 頁

︶ で あ っ た が

︑ 文 政 五 年 ︵ 一 八 二 二

︶ に は

﹁ 御 収 納 等 夥 敷 相 減 じ

︑ 古 へ 之 三 分 一 も 無 御 座 ︑ 荒 地 と 罷 成 ︑ 当 時 漸 家 数 百 五 拾 六 軒 ﹂

︵ 同

︶ と い う 有 様 で

︑ 宇 津 家 は

︑ 大 久 保 家 の 援 助 を 受 け て 漸 く 凌 ぐ 状 況 に あ っ た ︒ そ こ で 小 田 原 藩 主 大 久 保 忠 真 は

︑ 当 時 様 々 な 場 面 で 財 政 手 腕 を 見 せ て い た 藩 内 の 百 姓 二 宮 尊 徳 を こ の 桜 町

$

復 興 に 抜 擢 し た の で あ る

︒ 尊 徳 は ︑ 過 去 十 年 間 の 貢 租 平 均 を 仕 法 期 間 中 の 領 主 へ の 上 納 額 と 定 め

︑ 復 興 仕 法 の 成 果 が 領 主 財 政 に 吸 収 さ れ る の を 阻 止 し た 上 で ︑ 増 収 分 を 復 興 資 金 と し て 繰 り 返 し 村 に 投 下 し て 開 発 を 進 め る と い う 手 法 で

%

復 興 に 取 組 ん だ

︒ そ の た め 領 主 か ら 百 姓 に 至 る ま で

︑ 厳 し い 勤 倹 が 要 求 さ れ

︑ そ の 勤 倹 に よ っ て 生 ま れ た 余 剰 は 他 者 の た め に 提 供 す る こ と

︵ 推 譲 ︶ が 推 奨 さ れ た ︒ し か し 報 徳 仕 法 の 要 諦 は

﹁ 立 直 り に お け る 主

&

体 性 ︑ つ ま り 精 神 的 要 素 を 重 視 ﹂ し た こ と に あ る ︒ 各 自 の 収 入 に 見 合 っ た 支 出 限 度 ︵ 分 度

︶ を 守 り な が ら ︑ 主 体 的 ・ 積 極 的 に 生 活 再 建 に 取 り 組 み

︑ 余 剰 を 提 供 し あ っ て 村 を 再 生 さ せ て い く ︒ 仕 法 の 目 的 は 単 な る 収 納 の 改 善 で は な く ︑ そ う し た 農 民 の 自 立 と 協 同 に こ そ あ っ た と い え る ︒

報 徳 仕 法 に お け る 飢 饉 対 応

│ 天 保 期 の 桜 町 仕 法 を 事 例 と し て │

安 藤 久 子

― 5 ―

(3)

こ の 桜 町 復 興 仕 法 は 文 政 五 年 ︵ 一 八 二 二

︶ か ら 十 年 間 の 予 定 で 始 ま り

︑ 途 中 頓 挫 す る 危 機 を 乗 り 越 え

︑ 予 定 期 間 を 五 年 延 長 し た 天 保 七 年

︵ 一 八 三 六

︶ ︑ 漸 く 当 初 の 目 論 見 通 り の 成 果 を 挙 げ て 完 了 の 時 を 迎 え よ

!

う と し て い た

︒ こ の 仕 法 最 終 年 に 起 き た の が 天 保 七 年 の 大 飢 饉 で あ る

︒ 十 五 年 を 掛 け て 桜 町 復 興 に 取 組 ん で き た 尊 徳 と 村 の 百 姓 た ち に と っ て ︑ こ の 飢 饉 を い か に 乗 り 切 る か は 仕 法 の 成 否 を 左 右 す る 試 練 と 映 っ た の で は な い か ︒ 本 稿 で は

︑ 尊 徳 と 百 姓 た ち が こ の 飢 饉 に ど う 対 処 し た か の 検 証 を 通 し て ︑ 飢 饉 克 服 を 可 能 に し た 要 因

︑ 及 び 報 徳 仕 法 と の 関 係 に つ い て 考 察 し た い ︒ 史 料 は 主 に ﹃ 二 宮 尊 徳 全 集 ﹄

︵ 佐 々 井 信 太 郎 編 ︑ 龍 渓 書 社

︑ 一 九 七 七 年 ︒ 初 版 は ︑ 二 宮 尊 徳 偉 業 宣 揚 会 刊

︑ 一 九 二 七 〜 三 二 年 ︶ 所 収 の 桜 町 陣 屋 日 記 と 桜 町 陣 屋 記 録 を 使 い

︑ 全 集 中 の 旧 字 体 は 常 用 字 体 に 改 め た

︒ 文 中 の

﹁ 全 集 ﹂ は ﹃ 二 宮 尊 徳 全 集

﹄ を 指 し

︑ 続 く 数 字 は

﹁ 巻 号 │ 頁

﹂ を 表 す

︒ 一 天 保 四 年 の 飢 饉 対 応 1

.

飢 饉 へ の 備 え 近 世 後 期 は 既 に 様 々 な 農 書 が 普 及 し て ︑ そ こ で は 経 験 科 学 の 知 見 か ら 飢 饉 の 到 来 を 周 期 的 な も の と 捉 え ︑ そ れ に 備 え る 生 活 が 説 か れ て い

"

︒ 尊 徳 も 天 保 元 年

︵ 一 八 三

〇 ︶ 八 月 二 日 の 陣 屋 日 記 に 次 の よ う に 記 し て い る ︒

凡 天 保 卯 年 よ り 及 五 拾 年 候

︑ 近 年 之 内 飢 饉 可 相 成 哉 も 難 計 候 間

︑ 暮 方 分 限 取 調 可 申 出 旨 申 付 候

︑ 或 は 三 年 暮

︑ 或 は 弐 年 暮

︑ 又 は 壱

年 暮 ︑ 半 年 く ら し ︑ 極 々 難 渋 に 付

︑ 不 行 届 候 者 申 出

︑ 弥 々 暮 方 不

及 兼 候 者 は 畑 方 之 内 去 午 年 よ り 致 開 発 遣 候 分 ︑ 又 は 永 引 六 拾 七 八 貫 被 下 置 候 畑 へ

︑ 来 卯 年 は 稗 蒔 付

︑ 暮 方 可 致 用 意 候

︵ 全 集 三 五

│ 四

〇 五

︶ 天 明 の 大 飢 饉 か ら 五 十 年 近 く が 経 つ こ と か ら ︑ 尊 徳 は ︑ 近 い う ち に 飢 饉 が お き る か も し れ な い と 判 断 し て 農 民 の 生 活 状 況 を 調 査 さ せ ︑ 余 裕 の な い 者 に は 鍬 下 年 季 の 収 益

︑ 又 は 減 税 分 で 稗 を 蒔 い て 備 え る よ う 命 じ て い る ︒ 2

.

天 保 四 年 の 飢 饉 と 対 応 果 た し て 天 保 四 年

︵ 一 八 三 三 ︶ は 飢 饉 の 年 と な っ た ︒ 八 月 に は

︑ 桜 町 三 か 村 の 惣 百 姓 が 連 署 の 上

﹁ 議 定 書

﹂ を 提 出 し て い る

︒ 去 辰 年 之 儀 は ︑ 為 永 続 田 畑 永 小 物 成 共 不 残 御 用 捨 被 下 置 候 ︑ 尤 田 方 米 納 分 ︑ 村 方 致 助 成 米 置 ︑ 畑 方 永 納 分 ︑ 非 常 為 御 手 宛

︑ 畑 一 反 歩 に 付 稗 穀 一 俵 可 囲 置 段 被 仰 付 ︑ 銘 々 貯 置 此 段 安 堵 仕 候

︑ 然 る 処 当 夏 以 来 不 順 之 時 候

⁝ 古 穀 は 勿 論

︑ 当 巳 年 田 畑 へ 作 立 候 取 穀

︑ 不 限 多 少 に 他 へ 売 払 申 儀 急 度 停 止 之 旨 被 仰 渡

︑ 男 女 大 小 人 共 一 人 に 付

︑ 雑 穀 五 俵 宛 貯 置

︑ 万 一 不 行 届 者 有 之 候 は ゞ 金 子 御 貸 附 置

︑ 小 前 末 々 迄 飢 渇 之 愁 無 之 様

︑ 呉 々 も 御 利 解 被 仰 聞

︵ 全 集 十 一 │ 一 一 六 二

︶ 前 年 の 天 保 三 辰 年 は

﹁ 天 気 都 合 宜 敷 ︑ 大 豊 作

﹂ ︵ 全 集 三 五 │ 四 三 四

︶ で

︑ 尊 徳 は 村 の 永 続 の 方 法 を 講 ず る と し て 田 畑 と も 年 貢 免 除 に し

︑ そ の 分 を 村 の 備 蓄 米 と し た り 稗 を 囲 わ せ る な ど し て 備 え て い た

︒ い よ い よ 飢 饉 と な っ た 四 年 は ︑ 他 所 へ の 販 売 を 禁 じ た 上 で 一 人 五 俵 の 雑 穀 を

― 6 ―

(4)

!

蓄 え さ せ ︑ 出 来 な い 者 に は 金 子 を 貸 す な ど

︑ 確 実 な 対 策 を 取 ら せ て い る

︒ 米 沢 藩 主 上 杉 鷹 山 の 家 老 で あ っ た 竹 俣 当 綱 は そ の 著 ﹃ 立 政 録 ﹄ の 中 で

︑ ﹁ 平 生 無 事 で あ れ ば 人 情 が 緩 ん で 備 え を 怠 っ て し ま う ︒ だ か ら

﹃ 公 儀 の 御 世 話

﹄ が な く て は 貯 穀 は 成 功 し な い も の で あ る ︒

﹂ と 述 べ て

"

い る と い う が ︑ 平 時 に あ っ て 非 常 時 に 備 え る と い う こ と が 人 間 に と っ て 如 何 に 困 難 な も の か を 尊 徳 は よ く 理 解 し て い た の で あ ろ う

︒ そ の た め 彼 は こ の 備 荒 貯 蓄 を ︑ 実 質 的 な 増 税 に な り か ね な い 農 民 か ら の 拠 出 に 求 め る の で は な く

︑ 豊 作 の 機 を 捉 え て 減 税 分 で 行 わ せ る こ と で 確 実 に 対 策 さ せ た ︒ そ れ が 功 を 奏 し ︑ 十 一 月 二 十 四 日 ︑ 彼 は 陣 屋 日 記 に 次 に よ う に 記 し て い る

︒ 当 村 方 之 儀 は 近 在 は 不 及 申 ︑ 諸 国 共 近 年 に 無 之 凶 作 に 有 之 ︑ 昔 五 十 二 三 年 以 前 之 飢 饉 に て ︑ 世 間 に て は 死 人 等 も 有 之 趣 相 聞 候 之 中

︑ 当 御 知 行 所 に お い て は 米 穀 沢 山 所 持 有 之 何 之 苦 も 無 之 一 統 大 慶 不 斜 儀 ⁝

︵ 全 集 三

│ 二 七 五

︶ 翌 五 年 は ﹁ 御 知 行 所 村 々 四 五 十 年 に も 無 之 大 豊 年

﹂ ︵ 全 集 三

│ 三 一 九

︶ と な っ た が

︑ ﹁ 猶 又 夫 食 差 支 者 有 之 候 は ゞ 取 調 可 願 出 旨 申 附 置 候 得 共 事 足 り 候 哉 ︑ 致 遠 慮 居 候 哉 ﹂ と 尋 ね

︑ ﹁

⁝ 小 前 末 々 入 百 姓 隠 居 借 家 者 并 越 石 等 右 之 愁 有 之 候 は ゞ 同 様 取 調 可 被 願 出 候

﹂ ︵ 同 ︶ と 告 げ て

︑ 困 窮 者 に は 度 々 御 救 い を 与 え て い る ︒

二 天 保 七 年 の 飢 饉 対 応 1

.

事 前 対 策 天 保 七 年

︵ 一 八 三 六

︶ 六 月 ︑ 陣 屋 日 記 に は

﹁ 十 三 日 ︑ 野 菊 花 咲

﹁ 十 四 日 ︑ 寒 し

﹂ ﹁ 十 六 日

・ 十 七 日

︑ 冷 気 ﹂

﹁ 十 八 日

︑ 萩 ノ 花 咲 ﹂

﹁ 十 九 日

︑ 寒 し ﹂

﹁ 二 十 日

︑ 至 っ て 寒 し

﹂ ﹁ 二 十 五 日 ︑ 五 月 五 日 之 天 気 之 後 初 而 快 晴 也 ﹂ と 書 か れ

︑ 七 月 ・ 八 月 に は 共 に 雨 の 日 が 多 く

︑ 九 月 に な る と

﹁ 朔 日 ︑ 於 い つ み 辺 は 夥 敷 雹 ふ り 候

﹂ ﹁ 二 日

・ 八 日 ︑ 今 朝 霜 ﹂

﹁ 三 日

・ 七 日

・ 九 日 ︑ 今 朝 深 霜

﹂ ︵ 全 集 三 │ 四 〇 七 〜 四 三 七 ︶ な ど と 記 さ れ

︑ こ の 年 が い か に 寒 冷 で あ っ た か が わ か る ︒ 次 の 史 料 は ︑ 同 年 六 月 十 六 日 付 の 尊 徳 か ら 小 田 原 藩 江 戸 屋 敷 の 野 州 御 趣 法 取 扱 役 ・ 横 澤 雄 蔵 へ の 手 紙 で あ る ︒ 尤 当 年 之 時 候 違 作 之 模 様

︑ 昨 年 御 出 役 中 巨 細 に 御 噺 申 上 置 候 儀 に 御 座 候 へ ば 今 更 驚 き 候 儀 は 無 御 座

︑ 乍 併 御 論 判 申 上 置 候 旧 冬 之 儀 は

︑ 秋 よ り 先 づ 日 照 之 模 様 ︑ 其 上 数 度 之 地 震 其 上 暖 気 ︑ 陽 三 つ 重 り 候 に 付 何 れ 当 夏 は 雨 天 冷 気 陰 重 り 候 儀 は 天 理 之 自 然 是 を 承 知 仕

⁝ 全 天 地 之 自 然 是 は 何 分 不 及 人 力 所 御 座 候 ︑ 先 当 御 知 行 所 之 儀 は 御 調 被 下 候 通 り 稗 石 も 蒔 附 置 御 払 米 も 別 紙 之 俵 数 御 座 候 へ ば 此 上 外 に 取 計 方 御 座 有 間 敷

︑ 村 方 固 め 第 一 と 被 相 心 得 申 候

︵ 全 集 三

│ 四

〇 八

︶ 尊 徳 は

︑ 昨 秋 以 降 の 天 候 か ら 今 年 の 冷 夏 は 予 期 し た こ と で ︑ 稗 を 蒔 か せ 米 を 確 保 す る な ど 打 て る 手 は す べ て 打 っ て 備 え を 固 め て い る と 述

#

︑ 昨 年 の 年 貢 米 の 残 り が 千 十 四 俵 あ る こ と も 併 せ て 報 告 し て い る

― 7 ―

(5)

更 に ︑

天 気 模 様 宜 敷 候 共 ︑ 漸 去 巳 年 位 之 実 法 に 相 成 候 は ば 先 大 悦 と 奉 愚 推 候 ︑ 夫 迚 も 今 日 迄 之 模 様 に て は 中 々 其 儀 も 難 及 儀 と 心 配 仕 候

︑ 乍 併 何 様 不 作 仕 候 共

︑ 御 知 行 所 之 儀 は

︑ 近 郷 近 村 よ り 先 凌 相 立 可 申 と 奉 存 候

︑ 此 段 御 安 堵 可 被 下 候

︵ 全 集 三

│ 四

〇 八

︶ 例 え 天 候 が 好 転 し て も 巳 年 ︵ 天 保 四 年 ︶ 程 度 の 収 穫 が あ れ ば 上 々 で

︑ こ の 様 子 で は そ れ も 無 理 か と 心 配 し て い る

︒ そ れ で も 当 地 は 近 隣 の 村 よ り 凌 げ る と 思 う の で ご 安 心 い た だ き た い と 述 べ て い る

︒ こ れ に 対 し 横 沢 は

﹁ 数 年 御 配 慮 御 心 を 被 用 候 事 故

︑ 当 不 作 縦 令 天 明 之 姿 に 成 行 候 共

︑ 先 々 御 知 行 所 之 儀 は 飢 渇 に 及 候 も の は 有 之 間 敷 ⁝

︵ 天 保 七 年 六 月 二 十 三 日 付 ︑ 全 集 三

│ 四 一 五 ︶ と ︑ 尊 徳 の 周 到 な 準 備 を 評 価 し て 安 堵 の 返 事 を 送 っ て い る ︒ 2

.

初 期 対 応 い よ い よ 飢 饉 の 気 配 が 濃 厚 と な っ た 六 月 二 十 日 ︑ 尊 徳 は 三 か 村 の 村 役 人 と 小 前 一 同 を 招 集 し て 訓 示 を 行 っ た ︒ 彼 は

︑ こ の 様 子 で は 天 明 の 大 飢 饉 に も 相 当 し か ね な い と し て

﹁ 蕎 麦 其 外 菜 大 根 夫 喰 足 合 に 相 成 候 種 類 ︑ 沢 山 蒔 附

︑ 尚 一 同 人 力 を 尽 く し 可 申 候

﹂ ︵ 全 集 三

│ 四 一 三

︶ と 指 示 し

︑ 更 に ﹁ 万 一 夫 食 不 足 之 も の は 村 役 人 を 以 願 出 可 申 候

︑ 乍 併 是 は 非 常 手 宛 之 た め ︑ 為 囲 置 候 間 ︑ 猥 に 食 し 申 間 敷 候 間 ︑ 可 相 成 丈 ケ は 今 よ り 心 懸 夫 食 相 延 し 候 手 段 肝 要 に 候

﹂ ︵ 同 ︶ と も 申 し 渡 し て い る ︒ 次 い で 六 月 二 十 六 日 ︑ 万 一 の 場 合 に は 昨 年 津 出 し の 残 り の 年 貢 米 を 来 年 も 囲 み 置 く 必 要 が あ る か も し れ な い と

︑ 百 姓 を 集 め て 在 庫 米 の 俵 を 締 め 直 さ せ ︑ 厳 重 に 改 め て 積 み 替 え た ︒

︵ 全 集 三

│ 四 一 八

ま た 他 領 か ら や っ て き て 桜 町 の 荒 地 開 墾 や 社 会 基 盤 の 整 備 な ど に 従

!

事 し て い た

﹁ 破 畑 ﹂ と 呼 ば れ る 人 足 ら は ︑ そ れ ぞ れ 国 元 に 帰 さ れ た ︒ 七 月 十 二 日 に は ︑ 六 月 の 訓 示 に 応 じ て 御 救 米 の 支 給 を 願 い 出 た 困 窮 者 四 十 一 名 へ 一 軒 当 た り 米 二 斗 ず つ を 支 給 し ︑ そ の 後 八 月 二 十 二 日 に は 米 穀 高 騰 に 伴 う 追 加 手 当 と し て

︑ 彼 ら に 一 斗 ず つ を 追 加 支 給 し て い る

︒ 3

.

夫 食 調 査 八 月 八 日 に は

︑ 各 村 組 別 に 行 わ れ た 夫 食 の 全 戸 調 査 ﹁ 天 保 七 丙 申 年 夫 食 囲 雑 穀 取 調 書 上 帳 ﹂ が ま と ま っ た ︒

︵ 全 集 十 二 │ 二 九 二 ︶

︵ ︻ 表 1

︼ 参 照 ︶ こ の 調 査 は ︑ ま ず 向 こ う 一 年 分 の 貯 穀 の 必 要 基 準 値 を 一 人 当 た り 雑 穀 五 俵 と 定 め た 上 で

︑ 一 戸 ご と に

︑ ① 人 別 上 の 家 族 数 ︑

② 実 際 の 居 住 人 数 ︑

③ ひ と り 五 俵 と し た 場 合 の 貯 穀 の 必 要 量 ︵ 五 俵 ×

② ︶

④ 貯 穀 の 実 数

︑ ⑤ 一 人 当 た り の 貯 穀 数

︵ ④

÷ ②

︶ ︑

⑥ 一 人 五 俵 と し て 何 人

︵ 何 年

︶ 分 の 貯 穀 に 相 当 す る か ︵

④ ÷ 五 俵

︶ ︑

⑦ 必 要 な 貯 穀 量 に 比 し て の 過 不 足

︵ ④

︶ ︑

⑧ 不 足 分 を 扶 持 で 計 算 す る と 何 人 分 に 相 当 す る か

︵ ⑦

÷ 五 俵 ︶

⑨ 御 囲 稗 の 俵 数

︑ ⑩ 御 囲 稗 を 加 味 し た 場 合 の 最 終 的 な 過 不 足 ︵

⑦ +

⑨ ︶

︑ の 全 十 項 目 を 調 査 し た も の で

︑ ︻ 表 1 ︼ に は 桜 町 三 か 村 六 組 の 中 か ら

︑ 物 井 村 下 物 井 組 の 調 査 結 果 を 示 し た

︒ ︵

⑥ と ⑧ は 表 か ら 割 愛 し た ︒

︶ こ の 調 査 の 結 果 ︑ 桜 町 三 か 村 に 実 際 に 居 住 し て い る 住 民 九 百 三 十 三 人 に 対 し ︑ 一 人 五 俵 と し て 四 千 六 百 六 十 五 俵 の 雑 穀 が 必 要 と な る が

︑ 調 査 時 点 で の 貯 雑 穀 が 二 千 五 百 二 十 九 俵 五 分 七 厘 ︑ 御 囲 稗 が 千 百 十 俵

― 8 ―

(6)

1

天保七年飢饉の夫食調査と対応[物井村下物井組]

御救…○:米・雑穀の供与、◆:種籾の貸与 「宗左衛門」の家族数「 0.5 」は半季奉公の奉公人分

天保8

御救(月/日)

77

0

数字は『全集』の数字をそのまま転記した。(御救いの人数には該当者不明を含む)(『二宮尊徳全集』vol.12p.270346,vol.3p.390478より作成) 72○○○○○○―○―7 59○○○○―○―6 44◆◆◆◆◆◆6 325――0 320――0 天保7

12月夫食調査

必要数(俵)2.51

無難

無難

無難

無難

無難

無難

無難

無難

無難−6

−6

−8

−10+干鰯代

−4

−7+干鰯代

−6−5.5

→村内引受(【表3】参照)

物井村忠治引受

― 冥加米******―

6 年貢(昨年比)

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.5

0.3

0.0

0.5

― 御救(月/日)

以降○

6 822○○○○――

4 712○○――

2 8月夫食調査(単位:俵)

⑩差引38.00

30.50

14.00

10.00

5.0019.00

3.00

4.20

1.80

2.50

7.00

10.00

14.00

6.00

9.00

13.00

23.00

18.00

20.54

13.56

27.00

2.00

3.00

4.50

38.62 ⑨補填御囲稗

8.0013.00

7.00

3.67

2.3315.00

6.00

9.10

3.9012.00

7.00

4.00

8.00

5.00

6.00

1.00

5.00

3.00

1.00

4.00

1.00

2.00

2.00

0.50

0.00

130.50 貯雑穀(俵)

⑦過不足

30.00

17.50

7.00

5.33

2.67

4.00

3.00

4.90

2.10

9.50

14.00

14.00

22.00

11.00

15.00

14.00

28.00

21.00

21.56

17.56

28.00

0.00

5.00

5.00

0.00

169.121人宛て

117.92

6.45.89

5.89

5.574.4

4.3

4.33.27

3.25

2.67

2.25

2.25

21.5

10.8

0.69

0.610.333

0

0

0

0

41338厘 ④実数

5547.5

32

35.33

17.67

39

2230.1

12.918

26

16

189

106

7

4

3.44

2.44

2

0

0

0

0 ③必要数5125302530153525351527.5

40

30

40

20

25

20

35

25

25

20

300

5

5

0

582.5 家族数(人)

②実

5

6

5

6

3

7

5

7

35.5

8

6

8

4

5

4

7

5

5

4

6

0

1

1

0

116.5 ①人別上

2

5

4

8

8

5

5

8

8

5

8

6

8

4

5

4

7

6

3

5

7

1

4

1

2

129 名前

甚左衛門

徳治

浅五郎

繁冶

繁冶分家瀧蔵

民七

数右衛門

岸右衛門

岸右衛門分家伴蔵

宗左衛門

三郎右衛門

鶴治

孫右衛門

廣吉

彌惣治

村医格元

忠兵衛

忠七

利右衛門

重蔵

小吉

浪吉

品右衛門後家

小吉隠居文冶

孫治郎計25軒 村役人名主組頭組頭 暮方上々中下下々皆無

― 9 ―

(7)

2

】天保七年暮方別飢饉対応(天保七年八月)

『貯雑穀』は、必要量をひとり雑穀 5 俵として、各自の貯雑穀に御囲稗を加味しての最終過不足の俵数を表す

対応

御褒美 ( 1 人宛)

新鍬 3 枚 +新鎌 2 枚

新鍬 2 枚 +新鎌 2 枚

新鍬 1 枚 +新鎌 2 枚

「通帳銘々相渡候」

(注 a )下男一人半、 (注 b )半季下男 *数字は史料のまま( 『二宮尊徳全集』 vol .3 p.443 〜 447, vol .12 p .292 〜 326 より作成) 御褒美の 理由

「來酉壹ヶ年余 之夫食貯置」

「來酉壹ヶ年之 夫食貯置」

「貯穀大凡半年 余…麦 作 取 入 候 へ は 飢渇之 危難も有間敷」 計 貯雑穀 の 過不足 (俵) 435.500 21.000 ▲ 64.670

391.830

▲ 675.670

▲ 365.760

▲ 378.497

▲ 1420.177

▲ 1028.347 戸数 人数 27 147 7 24 54 276 88 447 59 301 22 100 28 85 112 486 200

933 物井村

下物井組

貯雑穀 過不足

116.50

0

▲ 5.50

111.00

▲ 65.00

▲ 79.12

▲ 5.50

▲ 149.62

▲ 38.62 戸数 人数

6 32

0

0

6

(注 b ) 34.5

12 66.5

5 28

4 20

4

2 13

50

25 116.5 西物井組

貯雑穀 過不足

136.00

10.00

▲ 22.50

123.50

▲ 160.17

▲ 63.06

▲ 35.00

▲ 258.23

▲ 134.73 戸数 人数

6 32

2

5 12

58

20

95

15

73 4

18 2

7 21

98

41 193 物井組

貯雑穀 過不足

56.000

0

▲ 24.500

31.500

▲ 148.000

▲ 30.500

▲ 184.167

▲ 362.667

▲ 341.170 戸数 人数

4 23

0

0

9

(注 a ) 53.5

13 76.5

14

82 3

11

10

38

27 131

40 207.5 横田村

貯雑穀 過不足

35.00

11.00

▲ 53.17

▲ 7.17

▲ 153.00

▲ 12.75

▲ 39.83

▲ 205.83

▲ 212.75 戸数 人数

4 25

4 18

8 36

16

79

11

53 1

3

4 10

16

66

32 145 東沼村

和田組

貯雑穀 過不足

80 0

13

93

▲ 37

▲ 85

▲ 48

▲ 170

▲ 77 戸数 人数

5 25

0

0

9 49

14

74 3

15 4

22 4

13

14

50

28 124 境組

貯雑穀 過不足

12.00

0

28.00

40.00

▲ 112.50

▲ 95.33

▲ 66.00

▲ 273.83

▲ 230.83 戸数 人数

2 10

1

1 10

45

13

56

11

50 6

26 4

15

21

91

34 147 暮 方 上 々 上 中 小 計 下 下 々 皆 無 小 計 計

― 10 ―

(8)

三 分 三 厘 三 毛 あ り ︑ 差 し 引 き 千 二 十 八 俵 余 の 不 足 と な る

︒ し か し 前 述 の よ う に 昨 年 の 年 貢 米 の 在 庫 千 十 四 俵 が あ り ︑ こ れ を 加 味 す れ ば

︑ 全 村 的 に は ほ と ん ど 足 り る と い っ て よ い

︒ ︵

︻ 表 2

︼ 参 照 ︶ こ う し て 三 か 村 の 貯 穀 を 総 体 的 に 把 握 す る と 共 に

︑ 尊 徳 は 全 戸 を 六 段 階 の

﹁ 暮 方 ﹂ に 分 け た

︒ 具 体 的 に は 一 人 当 た り の 貯 穀 量 が 五 俵 よ り 多 い 者 を

﹁ 上 々

﹂ ︑ 五 俵 丁 度 の 者 を

﹁ 上

﹂ ︑ 二 俵 五 分 以 上 五 俵 未 満 を

﹁ 中 ﹂

︑ 一 俵 以 上 二 俵 五 分 未 満 を ﹁ 下 ﹂

︑ 一 俵 未 満 を

﹁ 下 々 ﹂

︑ 貯 穀 が 全 く な い も の を ﹁ 皆 無

﹂ と し た と 推 察 さ れ る

︒ こ れ は

︑ ど の 農 民 が ど の 程 度 困 窮 し て い る か

︑ も し く は 余 裕 が あ る か を 個 別 的 に 把 握 し て 階 層 分 け し

︑ そ の 上 で 階 層 別 の 対 策 を 講 じ る た め の も の と 考 え ら れ る

︒ 但 し

﹁ 貯 雑 穀 一 人 五 俵

﹂ と い う 数 字 は あ く ま で 夫 食 の 算 出 に 用 い ら れ る 基 準 値 で あ っ て

︑ 各 人 に そ れ だ け の 夫 食 を 保 証 し た も の で は な い

︒ 4

.

階 層 別 の 飢 饉 対 応 続 い て

︑ こ の 階 層 分 け に 基 づ く 対 応 策 が 出 さ れ た ︵

︻ 表 2

︼ の

﹁ 対 応

﹂ 欄 参 照 ︶

︒ ま ず 暮 方 が ﹁ 上 々

﹂ か ら

﹁ 中

﹂ の 上 層 百 姓 八 十 八 人 に は

︑ そ の 農 業 出 精 の 心 が け を 褒 め て

︑ ﹁ 暮 方 ﹂ の ラ ン ク に 応 じ た 枚 数 の 鍬 と 鎌 が 褒 美 と し て 与 え ら れ た

︒ 他 方

︑ 暮 方 が

﹁ 下

﹂ か ら

﹁ 皆 無

﹂ の 下 層 百 姓 百 十 二 人 へ は ︑ 表 に ﹃ 夫 食 之 通

/ 何 村 誰

﹄ ︑ 裏 に は 次 の よ う に 書 か れ た 通 帳 が 与 え ら れ た

︒ 夫 食 通 銘 々 被 下 置 候 間 ︑ 万 一 差 支 之 者 共 有 之 候 は ゞ

︑ 此 通 帳 を 以 物 持 共 よ り 雑 穀 受 取 飢 渇 之 愁 無 之 様 相 凌 可 申 候

︑ 其 後 豊 年 に 至 り 窮 民 共 夫 食 代 金 及 返 済 兼 候 節 は ︑ 御 趣 法 助 成 金 を 以 返 済 被 下 置 候

︑ 且 相 場 之 儀 は 両 に 米 三 斗 四 升 両 に 麦 八 斗 稗 両 に 一 石 五 斗 に 相

︑ 若 来 春 に 至 何 様 高 値 に 可 相 成 哉 も 難 計 候 ︑ 其 節 は 眞 岡 久 下 田 両 所 平 均 相 場 を 以 不 足 之 分 是 又 返 金 被 下 置 候 ︑ 仍 如 件

︵ 全 集 三

│ 四 四 七

︶ こ れ は

︑ 夫 食 に 差 し 支 え た 場 合 に は ︑ こ の 通 帳 で も っ て ゆ と り の あ る 者 か ら 雑 穀 の 融 通 を 受 け る よ う に

︑ と い う も の で ︑ 後 に 豊 年 に な っ て も こ の 代 金 を 返 済 で き な い 場 合 は 仕 法 資 金 か ら 返 済 す る と 保 証 を 付 け

︑ そ の 際 の 相 場 に つ い て も 定 め て い る ︒ と こ ろ が

︑ こ の ﹃ 夫 食 之 通

﹄ に つ い て は そ の 後 の 経 過 が 日 記 に 現 れ ず

︑ 実 際 の 運 用 に つ い て は 不 明 で あ る ︒

︻ 表 2

︼ は

︑ 支 え る 側 の 上 層 農 民 と 支 え ら れ る 側 の 下 層 農 民 の 戸 数 と 貯 雑 穀 の 過 不 足 数 を 一 覧 に し た も の で ︑ 桜 町 全 体 で は 八 十 八 軒

︵ 四 十 四

% ︶ の 上 層 百 姓 が 百 十 二 軒

︵ 五 十 六

% ︶ の 下 層 百 姓 を 支 え る 構 造 と な っ て い る

︒ し か し な が ら 上 層 百 姓 の 持 つ 貯 雑 穀 約 三 百 九 十 二 俵 に 対 し

︑ 下 層 百 姓 の 不 足 推 定 俵 数 は 約 千 四 百 二 十 俵 で あ り

︑ ま た 組 ご と に そ の 構 成 比 や 貯 穀 量 の バ ラ つ き が 大 き い こ と か ら

︑ 数 字 上 で 見 る 限 り こ の 融 通 だ け で は 無 理 が あ る こ と が わ か る ︒ 尊 徳 が 天 保 元 年 に は 備 荒 貯 蓄 を 始 め て い た こ と か ら 考 え て も

︑ い ざ 飢 饉 と な っ た 時 の 対 策 も 当 然 立 て て あ っ た と 見 る べ き だ ろ う ︒

﹃ 夫 食 之 通

﹄ の 目 的 は

︑ 或 い は 上 層 農 民 に 推 譲 を 求 め

︑ 村 の 助 合 機 能 を 高 め る こ と に 主 眼 が あ っ た と も 考 え ら れ る が ︑ い ず れ に せ よ こ の

﹃ 夫 食 之 通

﹄ は

︑ 上 手 く 機 能 し な か っ た 対 策 だ っ た の で は な い か

︒ 但 し 上 層 百 姓 に 対 す る 褒 美 は ︑ 翌 八 年 三 月 に 不 足 し て い た 鍬 と 鎌 が

!

出 来 上 が っ た の で 支 給 す る 旨 の 記 事 が あ り ︑ 実 施 さ れ た こ と が わ か る

︒ 尊 徳 は 困 窮 者 救 済 の 一 方 で ︑ 出 精 者 へ の 褒 賞 も し ば し ば 行 っ て

― 11 ―

(9)

彼 ら の 志 気 高 揚 を 図 っ て い た

︒ 5

.

個 別 的 飢 饉 対 応 右 の 通 帳 シ ス テ ム に 代 わ っ て 機 能 し た と 思 わ れ る の が

︑ 各 自 の 状 況 に 応 じ た よ り 個 別 的 な 対 応 で あ る

︵ 1 ︶ 上 層 農 民 に よ る 困 窮 者 後 見 十 月 一 日

︑ 物 井 村 物 井 組 の 名 主 忠 治

︵ 暮 方 ・ 中 ︶ が ︑ 同 じ 物 井 組 の 百 姓 藤 太

︵ 暮 方

・ 皆 無 ︶ と 下 物 井 組 の 品 右 衛 門 の 後 家

︵ 暮 方

・ 皆 無

︶ の 面 倒 を 見 る と 申 し 出 た

︒ 藤 太 は

﹁ 近 年 別 て 老 衰 仕 暮 方 至 て 差 詰 り 甚 難 渋 仕 ︑ 無 拠 私 方 へ 引 受

︑ 奉 公 人 同 様 召 仕 置 申 候

﹂ ︑ 品 右 衛 門 後 家 は

﹁ 私 方 古 縁 之 儀 に 付

︑ 両 三 年 引 受 家 内 同 様 世 話 仕 置 申 候

﹂ と い う も の で

︑ ﹁ 依 之 ︑ 夫 食 貯 雑 穀 無 御 座 何 様 之 年 柄 に 至 り 候 共 ︑ 夫 食 差 支 之 愁 無 御 座 候 に 付 ︑ 此 段 御 届 奉 申 上 候

﹂ と 述 べ て い る ︒ こ れ に 対 し 役 所 は

﹁ 御 趣 法 之 一 端 を 補 ひ 仁 愛 之 志

︑ 村 方 手 本 に も 相 成 候 所 業 奇 特 候

﹂ と し て 忠 治 に 対 し

︑ 藤 太 お よ び 品 右 衛 門 後 家 の 来 一 年 分 の 扶 持 を 与 え て い る ︒

︵ 全 集 三

│ 四 四 二

!

こ の よ う に 上 層 農 民 が 個 人 的 に 困 窮 民 を 後 見 す る ケ ー ス は

︑ 十 一 月 に 東 沼 村 境 組 一 件 と 横 田 村 二 件 ︑ 十 二 月 に は 東 沼 村 和 田 組 二 件 が あ り

︑ そ れ ぞ れ 役 所 か ら 養 育 料 と し て ﹁ 米 粟 稗 三 品 ﹂ な ど が 後 見 す る 上 層 農 民 に 支 給 さ れ た

︒ 十 二 月 五 日 に は ︑ 下 物 井 組 の 名 主 以 下 七 人 が 連 名 で ︑ 村 内 の 困 窮 し て い る 五 家 族 の 向 こ う 一 年 間 の 生 活 を 引 き 受 け る と 申 し 出 た

︒ 右 五 人 之 者 共 田 畑 作 立 候 へ 共 取 立 皆 無 に 罷 成 ⁝ 来 酉 一 ケ 年 私 共 方 へ 田 畑 共 引 受 一 家 同 様 夫 食 助 合 御 百 姓 相 続 為 仕 度 奉 願 上 候

︵ 全 集 三

│ 四 七 〇

︶ そ の 具 体 的 な 内 容 を 示 し た も の が

︻ 表 3 ︼ で あ る ︒ こ の 内 ︑ 忠 七

・ 利 右 衛 門

・ 小 吉 ・ 重 蔵 の 四 家 族 は 夫 食 調 査 の リ ス ト に

﹁ 暮 方 ・ 下 々

﹂ と し て 名 前 が 挙 が っ て い る が ︑

﹁ 久 次

﹂ に つ い て は 夫 食 調 査 の リ ス ト に も 天 保 八 年 三 月 の 宗 門 帳 に も 名 前 が な い ︒ 彼 ら の 生 活 を 引 き 受 け た の は 名 主 ・ 組 頭 を 含 む

﹁ 暮 方

・ 上 々 ﹂ か ﹁ 暮 方 ・ 中 ﹂ の 百 姓 た ち 七 名 で

︑ 基 本 的 に は 一 人 が 一 家 族 を 引 き 受 け る 形 で そ の 生 活 手 段 を 講 じ て い る が

︑ 他 領 奉 公 に 出 た 百 姓 の 子 供 二 人 を 引 き 受 け た り

︑ 一 人 五 俵 と し て 算 出 し た 夫 食 の 不 足 分 計 十 七 俵 を 分 担 し て 供 出 す る な ど

︑ 七 人 が 手 分 け し て 救 済 に 当 た っ て お り ︑ 役 所 か ら は こ れ を 奇 特 と し て 彼 ら に 干 鰯 三 十 俵 が 下 さ れ た ︒ こ こ で は 村 役 人 を 始 め と す る 上 層 百 姓 を 中 心 に 自 主 的

・ 個 別 的 な 救 済 が 行 わ れ て お り ︑ 共 同 体 と し て の 自 分 た ち の 村 を 守 ろ う と す る 意 識 が 窺 わ れ る

︒ 近 世 後 期 の 北 関 東 村 落 が 貧 困 に よ る 欠 落 や 没 落 に よ っ て 人 口 が 減 少 し ︑ 更 に 疲 弊 す る と い う 悪 循 環 に 陥 っ て い た こ と を 考 え る

"

︑ 困 窮 者 救 済 は 単 に 人 道 的 問 題 で は な く

︑ 村 の 成 立 と い う 根 幹 に 関 わ り ︑ 自 分 た ち の 生 活 に も 直 結 す る 問 題 と も い え た

︒ ま た 役 所 は

︑ 後 見 人 へ 養 育 料 と し て の 夫 食 や 干 鰯 を 支 給 す る な ど 側 面 支 援 を 行 っ て

︑ 村 内 の 助 合 機 能 の 育 成 ・ 強 化 を 図 っ た も の と 考 え ら れ る

︵ 2 ︶ 役 所 に よ る 直 接 雇 用 と 夫 食 支 給 十 一 月 二 十 日 に は

︑ 村 役 人 を 通 じ て

︑ 夫 食 も 奉 公 先 も な く 途 方 に 暮 れ て い る と 御 救 い を 願 い 出 た 東 沼 村 と 横 田 村 の 百 姓 二 人 を

︑ 陣 屋 の

﹁ 取 締 加 役

﹂ と し て 雇 い

︑ ﹁ 為 給 料 雑 穀 二 人 扶 持

﹂ ︵ 全 集 三 │ 四 五 八

︶ を 与 え て い る ︒ 取 締 加 役 と は

︑ 陣 屋 の 御 長 屋 に 詰 め て 雑 用 や 下 働 き な

― 12 ―

(10)

【表

3

】下物井村暮方難渋者の一家引受け〔天保

7

12

月〕

(『二宮尊徳全集』 vol .3 p.469 〜 473 より作成)

正味 不足分

3 俵

4 俵

4 俵

3 俵

3 俵

夫食不足分:計 17 俵

提供夫食数

補填分 計 17 俵

*[暮方]はいずれも天保 7 年 6 月の夫食調査による 夫食の充て 計

〆 9 俵半 引き

〆 3 俵半 引き

〆 6 俵 引き

〆 7 俵 引き

〆 4 俵半 引き

大麦 1 俵・稗 1 俵

大麦 1 俵・稗 1 俵 ―

大麦 1 俵・稗 2 俵 大麦 1 俵・稗 2 俵 大麦 1 俵・稗 2 俵

大麦 1 俵・稗 3 俵 収穫予定

畑麦作 取殻 5 俵 畑小麦 取殻 3 俵

畑麦作 2 俵 畑小麦 1 俵

畑麦作 取殻 2 俵 畑小麦 取殻 1 俵

畑麦作 取殻 4 俵半 畑小麦 取殻 2 俵

畑 1 反 6 畝歩 取殻 1 俵半 畑小麦 取殻 1 俵 貯え 大麦 1 俵 大豆 2 斗

大豆 2 斗

大豆 2 斗 栗 2 斗

大麦 3 斗

大麦 1 俵 小麦 2 斗 大豆 2 斗

「 ・ ・ ・ 村 内百姓五人之者共田畑作立候へ共取立 皆無に罷成 、 当時合て漸麦弐俵五斗 、 小麦弐斗大豆六斗有之暮方甚難渋仕候に付、来酉壱ヶ年私共方へ田畑共引受一家同様夫 食助合御百姓相続爲支度奉願上候、左候へば同人共儀は無難取続、夫食差支之愁有御座 間敷と・・・ 天保七丙申年十二月 下物井村 百姓伴蔵、 民七、 浅五郎、 甚左衛門、 数 右衛門、 繁次、 徳次」 夫食不足分 (ひとり 5 俵として)

12 俵半

7 俵半

10 俵

10 俵

7 俵半 2 人半分 1 人半分 2 人分 2 人分

1 人半分 夫食の見込み その扶持 〆 3 人半 引き 〆 1 人半 引き 〆 5 人 引き 〆 4 人 引き 〆 4 人半 引き 手段

徳次方へ半季奉公 自分稼ぎにて取続ける

他領奉公へ差し遣わす 相除く

自分稼ぎにて取続ける 半人扶持を自分稼ぎ 自分稼ぎにて取続ける

破畑稼ぎにて取続ける 自分稼ぎにて取続ける

甚左衛門へ奉公 相除く

東沼村彌兵衛方へ半季奉公 自分稼ぎにて取続ける 同村安兵衛方へ差遣わす

相除く 半人扶持相除く

他領奉公に罷出る 半人扶持を自分稼ぎ

組頭繁次方へ引き受ける 相除く 家族名 仲七 女房 娘 小児乳呑 久次 女房 利右衛門 聟勇 蔵 女房 娘 小児乳呑 小吉 女房 娘 小児乳呑 小児 重蔵 女房 子供二人 小児乳呑 被後見人 家族数

6 人

3 人

7 人

6 人

6 人

暮方 [上々]

[中] [上々]

[中] [上々]

[上々] [上々] 名前 [暮方]

仲七一家 [下々]

久次一家 [?]

利右衛門 一家 [下々]

小吉一家 [下々]

重蔵一家 [下々]

後見人 徳次

数右衛門 甚左衛門

伴蔵 繁次

浅五郎 民七 後見人 名主 徳次 組頭 数右衛門

百姓 甚左衛門

百姓 伴蔵

百姓 浅五郎

名主

組頭 百姓

百姓 組頭 百姓

百姓 1 2 3 4 5 担当

1

2

3

4

5

― 13 ―

(11)

ど 役 人 の 手 足 と な っ て 働 く も の で

︑ 職 と 扶 持 を 与 え て 救 済 し た も の で あ る ︒ 夫 食 調 査 以 前 の 七 月 に 緊 急 措 置 的 に 夫 食 が 支 給 さ れ た 後 ︑ 場 合 に よ り 夫 食 の 支 給 が 行 わ れ る こ と は あ っ た が そ の 数 は 僅 か で

︑ 役 所 に よ る 夫 食 支 給 が 本 格 化 す る の は 十 二 月 以 降 で あ る ︒ 十 二 月 上 旬 に は 再 び 夫

!

食 の 全 戸 調 査 が 行 わ れ た

︒ 今 回 の 調 査 は ︑ 来 秋 ま で の 必 要 量 を 一 人 雑 穀 二 俵 半 と し て

︑ ① 家 族 の 実 数 ︑

② 必 要 夫 食 数

︑ ③ 現 在 保 有 し て い る 夫 食 の 種 類

・ 量 と 過 不 足 数 ︑ の 三 項 目 で ︑ 六 月 の 調 査 に 比 べ て 大 幅 に 簡 素 化 さ れ て い る ︒ 来 る べ き 冬 を 前 に

︑ 困 窮 者 を 確 認 し て も れ な く 対 応 す る た め と ︑ 来 年 以 降 の 夫 食 の 見 通 し を 確 認 す る た め の も の と 考 え ら れ ︑ こ の 調 査 の 後

︑ 三 か 村 で 計 二 十 八 名 の 困 窮 者 に 対 し ︑ 一 人 当 た り 米 五 升 を 含 む 雑 穀 六 斗 が 支 給 さ れ た

︒ 6

.

年 貢 米 上 納 と 冥 加 米 献 納 天 保 七 年 十 月 十 九 日 の 陣 屋 日 記 に は 次 の よ う に 記 さ れ て い る ︒ 物 井 村 よ り 当 年 之 御 収 納 村 調 帳 差 出 候 処 不 残 去 未 年 納 之 寄 合 に 〆 五 分 納 候 様 申 出 候 付

︑ 総 体 五 分 と 申 儀 も 有 之 間 敷 ︑ 中 に は 去 年 免 又 は 四 分 五 分 皆 無 と 分 合 も 可 有 之

︑ 五 分 以 上 之 者 皆 無 之 も の へ 施 し 暮 方 相 立 た せ 候 て は 如 何 御 座 候 哉 ︑ 当 年 柄 押 て 相 納 候 様 申 付 候 儀 に は 無 之

︑ 乍 去 御 囲 稗 も 有 之 旁 夫 食 差 支 も 無 之 候 は ゞ

︑ 銘 々 存 寄 も 可 有 之 御 仁 恵 難 有 奉 存 候 は ゞ 凶 年 は 一 統 之 儀 尚 又 申 談 明 朝 迄 に 巨 細 に 申 談 寄 合 篤 と 取 調 可 申 出 旨

︵ 全 集 三

│ 四 五 〇

︶ こ れ に よ れ ば ︑ 物 井 村 が 昨 年 比 五 割 の 上 納 を 申 し 出 た の に 対 し ︑ 尊 徳 は 全 員 に 五 割 の 上 納 は 無 理 だ と 見 て ︑ 余 裕 の あ る 者 が 収 穫 の な か っ た

者 を 援 助 し て は ど う か と 助 言 し て い る

︒ 更 に 年 貢 上 納 そ の も の に も 柔 軟 で ︑ こ の 非 常 時 の 上 納 に つ い て よ く 相 談 す る よ う に と 諭 し て い る ︒ 次 の 史 料 は ︑ そ の 後 に 村 役 人 が 役 所 に 提 出 し た ﹁ 天 保 七 年 十 月 当 申 御 年 貢 米 取 調 書 上 帳

﹂ ︵ 全 集 十 二

│ 三 二 八

︶ で あ る

⁝ 御 検 見 諸 入 用 費 無 之 様 格 別 之 御 仁 恵

︑ 銘 々 去 未 年 御 上 納 辻 半 毛 よ り 六 割 七 割 減 し ︑ 皆 無 に 至 迄 段 々 毛 上 に 随 ひ

︑ 依 怙 贔 屓 増 減 無 之 様 取 調 差 出 候 旨 被 仰 聞 ︑ 御 趣 意 之 通 部 類 仕 訳 ︑

⁝ 本 百 姓 は 勿

"

論 或 は 越 石

︑ 入 作 ︑ 參 田 一 人 限 承 知 印 形 仕 差 上 申 候

⁝ こ れ に よ れ ば ︑ 百 姓 の 負 担 軽 減 の た め 検 見 が 省 略 さ れ ︑ 代 わ り に

︑ こ の 年 の 年 貢 は 各 自 の 稲 の 出 来 に 従 っ て

︑ 村 役 人 が 依 怙 贔 屓 の な い よ う 取 り 調 べ て 差 し 出 す と い う 形 で 決 着 し た こ と が わ か る ︒ こ の 書 上 帳 に は ︑ 上 納 割 合 毎 に

︑ 百 姓 名

・ 収 穫 高

・ 上 納 高 が 記 さ れ て お り

︑ 多 い 者 で 昨 年 比 五 割 か ら 少 な い 者 で は 皆 無 に 至 る ま で ︑ 村 ご と に バ ラ つ き が あ る も の の ︑ 桜 町 全 体 を 平 均 す れ ば 半 分 以 上 の 農 民 が 五 割 を 上 納 し て お り

︵ ︻ 表 1 ︼

﹁ 天 保 七 年

・ 年 貢

﹂ の 欄 参 照

︶ ︑ 桜 町 全 体 で は 昨 年 比 四 割 弱 の 八 百 三 俵 一 斗 九 合 の 上 納 だ っ た ︒ む や み に 減 税 を 求 め る の で は な く 担 税 力 に 応 じ た 貢 納 と い う 結 論 に

︑ 飢 饉 と い う 非 常 時 に お け る 共 同 体 維 持 へ の 協 力 や ︑ こ こ ま で 復 興 を 果 た し て き た 陣 屋 と 村 へ の 信 頼 を 読 み 取 り た い ︒ 同 十 月 に は ︑ 各 村 の 有 志 が 冥 加 米 の 献 納 を 申 し 出 た ︒ 私 共 儀 は 稲 作 土 地 宜 敷 ケ 成 熟 作 仕

︑ 第 一 年 来 御 救 被 下 置 取 続 罷 在 候 奉 報 御 恩 澤 度 ︑ 書 面 之 通 冥 加 米 献 納 支 度 奉 願 上 候 ⁝

︵ ﹁ 天 保 七 年 十 月 當 申 冥 加 米 取 調 書 上 帳

﹂ 全 集 十 二 │ 三 四 二 ︶

︻ 表 1

︼ の

﹁ 天 保 七 年 ・ 冥 加 米

﹂ の 欄 に * 印 の あ る 者 が 献 納 者 で

︑ 桜

― 14 ―

(12)

町 全 体 で は 六 十 一 名

︑ 三 十 八 石 七 斗 八 升 二 合 の 献 納

︵ 一 人 平 均 一 俵 六 斗 五 升

︶ が あ っ た ︒ ち な み に 文 政 十 三 年 ︵ 一 八 三 〇

︶ に は ︑ 計 百 四 十 四 名 が 二 百 九 十 三 俵 一 斗 三 升

︵ 一 人 平 均 二 俵 三 升 ︶ を 献 納 し て お り

︑ そ れ と 比 べ る と 人 数 で は 四 二

% ︑ 高 で は 三 四 % に 相 当 す る ︒ た と え 飢 饉 時 で あ っ て も ︑ 或 い は 飢 饉 時 で あ れ ば こ そ

︑ 比 較 的 恵 ま れ た 自 分 た ち が 可 能 な 範 囲 で 寄 与 し た い と い う 報 徳 仕 法 に お け る

﹁ 推 譲

﹂ の 浸 透 を 読 み 取 り た い ︒ 三 天 保 八 年 の 飢 饉 対 応 天 保 七 年 十 二 月 二 十 六 日 ︑ 尊 徳 は 以 前 か ら 要 請 の あ っ た 小 田 原 藩 の 飢 饉 救 援 に 出 発 し ︑ 桜 町 陣 屋 は 小 田 原 藩 か ら 出 張 中 の 勤 番 役 人 に 任 さ れ た ︒ 1

.

夫 食 の 供 与 天 保 八 年 ︵ 一 八 三 七 ︶ に も 困 窮 者 に 対 し 夫 食 支 給 が 行 わ れ て い る

︵ ︻ 表 1

︼ の 天 保 八 年 の 欄 参 照 ︶

︒ 三 月 二 十 日 に は 村 内 の

﹁ 暮 方

・ 下

﹂ か ら ﹁ 暮 方

・ 皆 無 ﹂ の 生 活 難 渋 者 二 十 五 名 に 対 し ︑ 一 人 稗 二 俵 ず つ が 支 給 さ れ ︑ 五 月 九 日 に は

﹁ 極 困 窮 人 或 は 借 家 隠 居 之 内 田 植 並 弁 当 米 差 支 之 者 有 之 候 は ゞ 少 々 宛 て も 被 下 置 候

﹂ と し て

︑ 八 十 九 人 に 対 し 一 人 米 七 升 ず つ が 渡 さ れ た ︒ 七 月 七 日 に は

﹁ 近 々 及 盆 斎

⁝ 若 亦 自 分 困 窮 に 取 紛 平 年 に 違 ひ 候 て は 不 敬 之 所 業 に 相 当 可 申 哉

﹂ と

︑ 極 困 窮 人 七 十 九 人 に 盆 斎 米 と し て 一 人 白 米 五 升 と 種 蕎 麦 二 升 ず つ が 支 給 さ れ て い る

︒ そ れ 以 外 に も 四 月 二 日 か ら 七 月 七 日 ま で の 間 に

︑ 計 七 回 十 八 名 に 御 救

米 の 支 給 が あ っ た ︒ 四 月 十 三 日 に は ︑ 役 所 が 稗 を 一 括 購 入 し た の で ︑ 希 望 者 に 市 価 よ り 安 く 提 供 し た い と 提 案 し て お り ︑ 役 所 と 村 役 人 が 連 携 し て 対 応 に 当 た っ て い る ︒ 村 々 役 人 共 一 同 罷 出 候 間

︑ 村 々 難 渋 之 者 夫 食 買 入 差 支 候 哉 も 難 図

⁝ 稗 両 に 九 斗 替 に て 三 十 俵 余 調 置 候 間 望 之 者 取 調 可 申 ︑ 尤 も 代 料 買 入 之 値 九 斗 替 に て 取 扱 可 申 候 は ゞ 如 何 可 有 候 哉 と 申 聞

︑ 乍 併 役 元 に て 篤 と 糺 ︑ 代 料 引 替 値 に 取 計 可 申 趣 申 聞 候

︑ 此 節 相 場 八 斗 三 升 に て も 可 有 之

︑ 左 候 へ ば 七 八 升 位 も 下 値 且 亦 農 業 之 障 に も 不 相 成 哉 村 爲 に も 相 成 可 申 哉 と 申 合 ︑ 右 之 段 申 聞 置

︵ 候 全 集 三

│ 五

〇 一

︶ 2

.

種 籾 の 貸 与 こ の 年 に 顕 著 な の は 種 籾 拝 借 の 願 い 出 で あ る

︒ 三 月 二 十 四 日 か ら 四 月 四 日 ま で の 間 に 八 件 の 願 い 出 が あ り ︑ 計 五 十 人 に 種 籾 が 貸 与 さ れ た

︒ こ れ が 夫 食 の 支 給 と 違 う の は 原 則 貸 与 で あ る こ と で

︑ 余 裕 の あ る 村 や 百 姓 か ら 困 窮 し て い る 村 や 百 姓 へ と 貸 与 さ れ た

︒ こ れ ら の 貸 与 に は

﹁ 追 っ て 返 納

﹂ と 書 か れ て い る も の の ︑ 利 息 に 付 い て の 記 載 は な い

︒ ま た 七 月 七 日 に は 困 窮 者 九 名 に 対 し て

︑ こ ち ら は 種 蕎 麦 が 支

!

!

さ れ て い る ︒ 3

.

飢 饉 の 終 焉 天 保 七 年 と は 打 っ て 変 わ っ て ︑ 天 保 八 年 は ﹁ 当 年 之 儀 は 平 年 と 違 ひ 五 十 有 余 年 に 稀 成 豊 作 に 付 ⁝

﹂ ︵ 十 月 十 一 日 陣 屋 日 記

︑ 全 集 三

│ 五 二

― 15 ―

(13)

︶ と 記 さ れ る よ う な 豊 年 と な っ た ︒ 十 月 二 十 五 日 に は

︑ 凶 作 に 加 え て

﹁ 流 行 疫 病 相 煩 難 渋 ﹂ の 者 七 名 に ︑ 役 所 か ら 格 別 の 思 召 し と し て 御 救 い 料 二 両 ず つ が 下 さ れ て い る ︒ 小 田 原 藩 救 援 に 出 掛 け て い た 尊 徳 が 帰 陣 し た の は 四 月 二 十 四 日 の こ と だ っ た が

︑ 十 二 月 二 十 四 日 に は 再 び 弟 子 と 共 に ︑ 今 度 は 同 じ 芳 賀 郡

!

の 谷 田 貝 救 援 に 出 発 し た

︒ 留 守 を 任 さ れ た 桜 町 勤 番 の 小 田 原 藩 士

・ 小 路 唯 助 は 大 晦 日 の 陣 屋 日 記 を 次 の よ う に 締 め く く っ て い る ︒ 扨 当 年 は 去 年 に 引 替 何 れ を 見 て も 餅 の 音 天 下 泰 平 国 土 安 穏 五 穀 成 就 千 秋 万 歳 万 万 歳 目 出 度 春 を 迎 ひ け り 当 時 村 詰 小 路 唯 助 記 之

︵ 全 集 三

│ 五 五 〇

︶ 四 報 徳 仕 法 に お け る 飢 饉 対 応 の 特 徴 1

.

地 方 凡 例 録 と の 比 較 報 徳 仕 法 に よ る 飢 饉 対 応 を 対 象 化 す る た め に は 他 地 域 で の 飢 饉 対 応 と の 比 較 が 必 要 だ が

︑ 飢 饉 の 様 相 は そ の 地 域 や 政 治 風 土 に よ っ て 大 き

"

く 異 な っ て お り 一 般 化 出 来 な い ︒ そ の た め こ こ で は

︑ 典 型 的 な 地 方 指

#

南 書 と さ れ る ﹃ 地 方 凡 例 録 ﹄ と の 比 較 を 試 み る

︒ 夫 食 貸 し に 関 し て

︑ 地 方 凡 例 録 で は

︑ 十 六 歳 か ら 五 十 九 歳 の 成 年 男 子 に 対 し 一 日 玄 米 二 合

︵ 麦 な ら 四 合

︶ ︑ そ れ 以 外 の 女

・ 子 供

・ 老 人 は 成 人 男 子 の 半 分 と い う の が 基 準 で あ る

︒ 村 方 か ら 夫 食 願 い が 出 さ れ る と

︑ 軒 別 に 貯 穀 や 家 財 を 吟 味 し て

︑ 農 具 以 外 に 売 り 払 う も の が な く

︑ ま た 援 助 し て く れ る 親 類 縁 者 も な く て 飢 渇 に 及 ぶ の が 明 白 な 場 合 に 貸 与 さ れ た ︒ 支 給 期 間 は 作 毛 ま で の 日 数 を 計 算 し て の 代 金 支 給 で あ り

翌 年 か ら 無 利 息 で の 五 年 返 済 と さ れ て い る

︒ こ れ に 対 し 桜 町 で は ︑ 年 齢

・ 性 別 に 関 係 な く 一 人 当 た り 貯 雑 穀 五 俵

︵ 一 日 当 た り 約 五 合 半

︶ が 基 準 と さ れ た ︒ た だ し こ れ は 飢 饉 を 凌 ぐ に 必 要 な 一 年 分 の 夫 食 量 と し て の 計 算 上 の 数 値 で あ り

︑ 一 人 に 五 俵 を 保 証 し た も の で は な い

︒ こ の ﹁ 雑 穀 五 俵

﹂ が 何 を 根 拠 に 出 さ れ た も の か 日 記 に は 書 か れ て い な い が ︑ 米 一 石 ︵ 二 俵 半 ︶ を 一 人 一 年 分 の 夫 食 と

$

す れ ば

︑ 雑 穀 で は 五 俵 に 相 当 す る と 言 え よ う か

︒ 桜 町 で の 夫 食 は 現 物 支 給 が 基 本 で ︑

﹁ 米 五 升 ︑ 麦 壹 斗

︑ 小 麦 五 升

︑ 大 豆 壹 斗

︑ 稗 三 斗

︑ 〆 六 斗 ﹂

︵ 天 保 七 年 十 二 月 ︶ の よ う に 雑 穀 が ほ と ん ど で あ る

︒ 米 の 支 給 は

︑ 初 回

︵ 天 保 七 年 七 月 ︶ の 御 救 米 を 除 く と

﹁ 田 植 並 弁 当 米 差 支 之 者 ﹂

︵ 天 保 八 年 五 月

︶ や

︑ ﹁ 凶 歳 に 取 紛 不 敬 之 所 業 無 之 様

⁝ 為 盆 斎

﹂ ︵ 天 保 八 年 七 月 ︶ な ど

︑ 行 事 や 祭 祀 の 場 合 に 支 給

%

さ れ て お り

︑ 白 米 は ハ レ の 日 の 行 事 食 だ っ た の だ ろ う ︒ 桜 町 に お け る 天 保 飢 饉 の 実 態 は ︑ 夫 食 量 の 不 足 と い う よ り ︑ そ の 種 類 や 割 合 が 平 時 と は 異 な っ た も の だ っ た と 理 解 で き る の で は な い か

︒ こ う し た 夫 食 の 支 給 は

︑ 困 窮 者 に 対 し て 繰 り 返 し 行 わ れ て い る が

︵ ︻ 表 1 参 照

︼ ︶

︑ 総 戸 数 二 百 戸 が 三 か 村 六 組 に 分 か れ

︑ 最 も 多 い 西 物 井 村 で も 戸 数 四 十 一 戸 で あ る こ と か ら ︑ 個 々 の 農 民 の 状 況 を 把 握 し や す く

︑ そ の 時 々 に 応 じ た 対 応 が 可 能 で あ り ︑ そ れ は ま た 一 括 支 給 に よ る 夫 食 の 無 計 画 な 消 費 を 防 ぐ こ と に も な っ た と 考 え ら れ る

︒ 寛 保 二 年

︵ 一 七 四 二 ︶ 八 月 の 関 東 一 円 の 大 洪 水 の 際 ︑ 私 財 を 投 じ て 難 民 救 済 に 当 た っ た 川 越 藩 久 下 戸 村 の 名 主 奥 貫 友 山 は ︑ そ の 記 録

﹃ 大 水 記 ﹄ の 中 で

︑ ﹁ 緊 急 の 必 要 が な く て も も ら え る 物 は も ら っ て お こ う と い う 民 衆 の 貪 欲 さ

﹂ を 批 判 し ︑

﹁ 必 要 な 者 に 必 要 な だ け の 救 済 を 行

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