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民事訴訟の進行面における

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(1)

民事訴訟の進行面における「当事者合意」(一) : 手続進行過程の規律に関する一考察

その他のタイトル Parteivereinbarungen im Betrieb des Zivilprozesses

著者 吉田 直弘

雑誌名 關西大學法學論集

55

1

ページ 1‑59

発行年 2005‑06‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/12342

(2)

民事訴訟の進行面における﹁当事者合意﹂(‑)

i

問題の所在と課題の設定I 第二章訴訟手続の進行に関する規律モデルの諸相 第一節訴訟手続の﹁ルール﹂化とその限界 第二節裁判官の﹁手続裁量﹂による規整とその問題点 第三節訴訟関係人の﹁合意﹂による規整とその理論的課題 第一款﹁当事者合意﹂モデル 第二款裁判所と一方当事者との﹁二者合意﹂モデル 第三款裁判所と両当事者との﹁三者合意﹂モデル

第三章訴訟手続の進行に関する伝統的な諸原則の根拠と現代的意義・機能 第四章訴訟当事者の手続進行上の法的地位と権能 第五章民事訴訟の進行面における﹁当事者合意﹂の許容性とその限界

1本稿のまとめと残された課題I 手続進行過程の規律に関する一考察││'

民事訴訟の進行面における

﹁ 当 事 者 合 意

^ 

(3)

訴訟当事者自身による新たな規整方法を模索すべきなのか︒

わが国の民事訴訟に関する手続を制度利用者たる国民に利用しやすく︑分かりやすいものとし︑かつ︑個々の

裁判の結果に︑訴訟当事者のみならず国民の大方の理解が得られるよう訴訟手続を進めていくためには︑どのような 施策を講ずればよいか︒そのように︑訴訟制度の利用者が個々の審理手続の行方に理解と関心を寄せ得るような適正 かつ迅速な訴訟運営は︑果たして現行民事訴訟法の規律及び枠組みの中で実現し得るのか︒もし実現可能でないとす れば︑訴訟手続の主宰者たる裁判官の実務経験に基づく全人格的な裁量による調整を期待すべきなのか︒それとも︑

このような民事訴訟手続の進行ないし運営に関する規律の在り方をめぐる問題は︑民事訴訟法学上︑古くから論じ られてきたテーマの︱つであるが︑未だにその結着を見ない基本問題である︒かつては︑当事者進行主義か職権進行 主義かという二項対立の下で︑専ら立法政策上の問題として散発的に取り扱われるきらいがあった︒しかし近時は︑

民事司法立法︑民事裁判実務︑民事訴訟法理論の三領域に跨る問題として︑相互横断的に議論が活発になされている︒

その要因として︑まず︑訴訟手続の進行・運営が︑裁判所の訴訟指揮に導かれた単なる形式的なスケジュールの履 践に止まるのではなく︑訴訟審理の結果やそれに対する訴訟当事者の受容性︑さらには民事裁判の正統性にも影響を

( 2 )  

及ぼし得るほどの重要性を有することが強く認識され始めた︑ということを指摘することができる︒また︑例えば︑

訴訟手続の実際の運営は﹁蓄積されたプラクティスのノウハウ﹂の実践であるとともに︑それは理論的な裏付けを要

( 3 )  

する﹁理論と実務の架橋﹂が求められる作業であるという問題認識の下に︑実務家と研究者との共同作業が進められ

関 法 第 五 五 巻

一 号

(4)

(

)

ていることに代表されるように︑訴訟手続の進行・運営というテーマ自体が︑実務家だけの関心事では済まされない ほどの議論の広がりと奥深さを見せ始めている︑ということも看過できないであろう︒

ところで︑そうした近時の議論において容易に看取できるのは︑﹁民事訴訟を国民に利用しやすく︑分かりや すいものとする﹂という理念が度々提示されているということであるが︑かかる理念は︑裁判実務の具体的な運営方 法とその改善策を考える際の基本指針として︑また︑手続進行過程における当事者の法的地位を理論的に解明する際 の分析視角として︑さらには︑立法政策上︑理想的な民事裁判制度をデザインする際の基本理念として重要視されな ければならないだけでなく︑実際に︑裁判実務︑法理論︑手続立法の各領域において具現化される必要がある︒理念 は︑実践を伴わずしては画餅に帰するからである︒この意味で︑当初︑平成八年民事訴訟法全面改正の目標とされた

( 4 )  

右の理念が、周知のように、最近の司法制度改革の一環として、平成一五年第一五六回国会において可決•成立し、

( 6 )  

相次いで施行されている︑﹁裁判の迅速化に関する法律﹂及び平成一五年改正民事訴訟法︑並びに今般の﹁民事関係 手続の改善のための民事訴訟法等の一部を改正する法律﹂︵平成一六年法律第一五二号︶でも踏襲され︑種々の具体

( 8 )  

的な制定法規に反映されていることは︑高く評価すべきであろう︒

殊に︑平成一五年民訴法一部改正では︑﹁民事司法をより国民に利用しやすくするという観点から民事裁判の一層

( 9 )  

の充実及び迅速化を図るために﹂計画審理の推進︑証拠収集手段の拡充︑そして専門委員制度の創設などがその主要

( 1 0 )  

な改正項目とされているが︑本稿のテーマとの関係では︑計画審理に関する条項が特に重要である︒既に先の平成八 年民訴法改正において︑裁判所及び当事者の責務︵二条︶

や進行協議期日︵規九五条︶︑そして大規模訴訟における 審理計画策定に向けた協議︵規一六五条︶などの規定が盛り込まれたが︑今回の平成一五年民訴法一部改正では︑

(5)

その適切な裁量権の行使が否応なく求められるである︒

第 五 五 巻 一 号

﹁訴訟手続の計画的な進行﹂を全ての民事訴訟事件に拡大して義務付け︑裁判所と両当事者が協働して﹁適正かつ迅

速な審理の実現﹂を圏る旨の方向がより明確に示されたからである

もっとも︑新たな立法的措置によって︑訴訟手続の計画的な進行が裁判所及び訴訟当事者の双方に要請される とともに︑証拠収集手段が拡充され︑争点及び証拠の整理手続がより一層整備されるとしても︑そこには︑多くの訴 訟事件をその射程に入れ得るような一般•抽象的な規定内容に止まらざるを得ないという立法技術上の制約がある。

個別事件が事案に応じて様々な個性を有する以上︑紛争の実態に適合した多種多様な審理手続を立法上用意すること には自ずから限界があるからである︒また仮に︑相当程度バラエティーに富んだ審理手続のメニューが用意されたと しても︑その中から個々の訴訟事件に最も適した審理手続を選び取り︑さらに事件によっては︑審理計画の具体的内

( 1 1 )  

容に当事者の意向を反映させる作業が残ることは言うまでもない︒まさにこのような局面において︑個別事件と法定 ルールとの間の橋渡しや具体的な審理手続の形成につき最終的な責務を負うのが裁判所であって︑法の理念に適った︑

しかし︑そうした裁判所の個別的判断によって最終的に決定された各種の審理手続及びその具体的内容が︑訴訟当 事者を満足させ得るものであれば︑特に問題は生じないであろうが︑民事裁判を取り巻く社会・経済情勢の複雑・多 様化や︑法及び裁判に対する国民意識の変化などを背景に︑訴訟当事者が法定された審理手続を一部修正した手続︑

若しくはそれとは全く異なった別個の手続の利用を望んでいる場合︑あるいは裁判所が策定した審理計画案とは異な る内容の審理手続を目論んでいる場合︑裁判所は︑それをどのように受け止め︑如何に対処すればよいのか︑という

( 1 2 )  

事態に直面することが予想される︒とりわけ︑両当事者間でそのような特定の手続の利用や審理計画の内容について

関法

(6)

(

)

ローズ・アップされることになるのである︒

合意が形成されている場合︑裁判所は︑かかる当事者の合意内容に沿って訴訟手続を進めていかねばならないか︑と いう問題が喚起されるであろう︒したがって︑民事訴訟制度の利用者のニーズに基軸を置いた︑利用しやすく︑分か りやすい訴訟手続︑しかもその結果が両当事者のみならず将来訴訟制度を利用するであろう国民一般に受容され得る ような訴訟手続の進め方を考えるとき︑そこでは必然的に︑訴訟当事者による手続の創造ないし創設という問題がク さて︑ここで最近の理論状況に目を転ずると︑裁判所が訴訟当事者の意向に配慮しながら手続を進めたり︑ま

た時には︑裁判所と両当事者が協議をしながら当該訴訟の計画的な進行につき共通の認識を形成することに努めるな ど︑裁判所と両当事者が協働して訴訟運営に当たること自体については︑特に異論は見られず︑実際の裁判実務にお

( 1 3 )  

いて︑そのような訴訟手続の運用が常態化しつつあるように思われる︒先般の平成一五年民訴法一部改正や﹁裁判の

( 1 4 )  

迅速化に関する法律﹂もまた︑そうした﹁協同︵協働︶進行主義﹂体制をより明確にしていると解せられるが︑近時 の﹁司法機能の拡大﹂という社会的要請の下では︑

( 1 5 )  

の照準が合わされる傾向にある︒そして︑かかる現況を反映して︑訴訟手続の進行ないし運営に関しては︑裁判官の

一般に裁判所ないし裁判官の役割が重要視され︑専らそこに議論 訴訟活動︑とりわけその裁量権行使をめぐって様々な問題が活発に論じられている︒増大化の一途を辿る裁判官の手

( 1 6 )  

続裁量を有効かつ適切にコントロールするには︑どのような手法が採られるべきか︑という問題もその︱つである︒

しかしこれに対して︑手続進行過程における当事者の法的地位や︑前述したような明文の規定を欠く︑訴訟手続の 進行に関する当事者間の合意は許容されるか︑また︑その合意内容に裁判所は拘束されるか︑といった訴訟当事者側 の視点から導出される諸問題については︑必ずしも十分に論じられているとは言えないように思われる︒否むしろ︑

(7)

こうした低調な議論状況は︑その主要な改正事項において︑手続進行上︑訴訟当事者の意思を尊重する方向を打ち出

( 1 7 )  

し︑その随所に手続進行に関する規律の変容が確認できる平成八年民訴法改正の前後を問わず︑今日に至るまで殆ど 変化はない︑と言っても過言ではない︒依然として︑訴訟手続の進行面においては︑その最終的な権限ないし責任を 裁判所に認める職権進行主義が通則であって︑訴訟当事者にそのイニシアティヴを与えると訴訟遅延を招く虞がある ばかりか︑両当事者の合意に基づいて訴訟を進めていくことは任意訴訟に他ならず︑公益ないし公共性の観点からも

( 1 8 )  

是認し得ない︑といった否定的な見解が支配的である︒

けれども︑このような考え方は︑訴訟手続の迅速性・円滑性といった公共的な側面ばかりに力点を置くものであり︑

実際の訴訟運営の在り方や司法リソースの適正な配分という点で問題を残しているのではないか︒訴訟運営について 裁判所が最終的な決定権を有するとしても︑まずは︑裁判の結果に最も利害関係のある訴訟当事者自身が当該訴訟事

( 1 9 )  

件の法的解決に向けた各種の訴訟活動を積極的に行い︑訴訟手続を進めていくことが必要不可欠であるところ︑そう した当事者の責任ある訴訟追行なしに裁判所だけで訴訟を運営していくことは実際不可能であろうし︑当事者が迅速 かつ充実した審理手続の実現に後ろ向きな訴訟事件に対して︑限りある司法リソースを投じること自体︑問題がある と言うべきだからである︒また︑右の通説的見解には︑最近の司法制度改革論議の方向やその具体的成果である民事 司法立法︑さらには︑近時の裁判実務の傾向にそぐわない側面があるように思われる︒なぜなら︑日本社会が﹁事前 規制型社会﹂から﹁事後調整型社会﹂

そこでは制度利用者たる当事者自身にも自己決定や自己責任が求められており︑そのためには制度的かつ理論的にも︑

訴訟手続への当事者の主体的な参加ないし関与についての法的保障と︑それに向けた基盤整備が重要かつ必要不可欠

関 法 第 五 五 巻

一 号

へ転換していくに伴って︑司法の役割やその重要性が増大することになるが︑

六 六

(8)

民事訴訟の進行面における﹁当事者合意﹂(‑)

当事者が主体的に訴訟手続を形成し得る可能性を探る るものである︒その意味で︑本稿は︑前稿の続稿に位置付けられるものである︒

筆者は︑かつて︑協同的な訴訟運営を実現可能なものとし︑かつ︑その実効性を図るためには︑手続進行過程 における当事者の行為規範を定立することが重要かつ喫緊の課題となるという問題認識の下に︑訴訟当事者が自己固 有の権利または相手方当事者との合意に基づいて︑訴訟手続の運営に関与していく可能性を探求しなければならない︑

( 2 1 )  

という方向を示唆したことがある。本稿は、民事訴訟法の一部改正法等が可決•成立し施行されたことを契機に、さ らに右に述べたような転換期の日本社会における司法の在り方にも配慮しつつ︑前稿で得られた分析視角を基にして︑

訴訟手続の進行面において当事者合意はどこまで認められるべきか︑という問題について︑再度︑若干の検討を加え 以下では︑まず︑訴訟手続の進行に関する主要な規律モデルとそれらに依拠して展開されている諸学説を検討し︑

︵第二章︶︒本稿が直接の検討対象とするのは﹁当事者合意﹂による規律であるが︑

これによって訴訟手統の進行ないし運営を全てに亘って規律することはもとより不可能であり︑他の規律と相補的な 関係に立つ以上︑理論的に考え得る全ての規律モデルについて予め検討しておくことが有要だと思われるからである︒

次に︑今なお手続進行面の基本原則と考えられている職権進行主義と便宜︵任意︶訴訟禁止原則を︑裁判所と当事者 の権限分配の変容という現代的コンテクストの中で捉え直し︑最新の民事手続諸法との整合性を検証する そこでは︑﹁当事者合意﹂に対する制約規準が主な検討対象とされることになる︒また他方で︑手続進行面における

当事者の法的地位ないし権能を︑当事者権論︑私的自治論︑そして自己決定権論からの知見を基礎に浮き彫りにし︑ その特徴と問題点を明らかにする

( 2 0 )  

であることに留意すべきだからである︒

︵第四章︶︒つまり︑そこでは前章とは対照的に︑﹁当事者合

(9)

意﹂を正当化するための理論的根拠に照準が合わされる︒そして最後に︑以上の検討結果と 問題構造の分析を踏まえて︑民事訴訟手続の進行面においてどのような場合に当事者合意が法的に許容され得るか︑

その許容性と限界について︑前稿で言及した具体的設例などを検討素材にして明らかにしようと思う

( 1

) この問題は︑わが国固有の問題ではなく︑諸外国でも民事訴訟法を制定ないし改正する際にしばしば議論の俎上に載せら れてきた問題である︒例えば︑わが国の明治二三年民事訴訟法の母法である一八七七年ドイツ帝国民事訴訟法の制定過程に おける論議を一瞥すれば︑種々の規整方式とその立法例が参照されていたことが明らかになるとともに︑当時ドイツを支配 していた自由主義的な社会思想に裏打ちされた︑裁判所及び訴訟当事者の理想像ないし役割とリンクさせて検討されていた ことが窺える︒

a C r l Ha hn ,  D ie   ge sa mt n e a   M t e r i a l i e n   z

u  d en   Re ic hs   , 

u s t i z g e s e t z e   B n , d.  2 . 

A b t .  

1 . ,  

2.  A u f l . ,   1 98 3,

S

 

.  

219 

f f .  

ドイッ法のその後の展開を含め詳細は︑拙稿﹁民事訴訟手続の進行に関する法的規整と当事者合意││ードイツ法の継受とそ の後の展開を中心としてー」法と政治五

0

巻一――•四号(-九九九年)一――頁以下を参照されたい。

( 2

) 勿論︑論者の立場により︑問題認識の程度や関心の置き所などには自ずから差違があると思われるが︑次に掲げる︑篠原 勝美ほか﹃民事訴訟の新しい審理方法に関する研究﹄[司法研究報告書第四八輯第□万]二九九六年.法曹会︶‑二只の指 摘は貴重である︒

﹁民事訴訟は本来的に専門的・技術的性格を有する上︑裁判所の敷居が高くて利用しにくいという事情も考えられるが︑

裁判手続の究極の受益者が国民であることからすれば︑民事訴訟の手続と結果についても︑できるだけ利用者たる国民の理 解と納得を得るよう努め︑審理全体が国民に分かりやすい説得のプロセスとなるようにすることは︑裁判所にとっても重要 な課題であり︑訴訟運営の在り方を考える場合には︑国民の視座に立つことが大切である︒﹂

( 3

) この民事訴訟審理﹁理論と実践の架橋﹂研究会︵構成メンバーこ加藤新太郎判事︑村田渉判事︑三角比呂判事︑大江忠弁 護士︑山本和彦教授︑笠井正俊教授︑山田文助教授︶による共同作業の成果は︑ジュリニ︱五二号︵二

0

0三年︶以降の連

載レポートで順次公表されている︒もっとも︑右研究会の主たる目的は︑裁判官の手続裁量の統制を真に実現し︑また︑そ の統制理論の実効性を検証するために︑できるだけ広い範囲で︑裁判官の手続裁量の行使についての行為準則・ガイドライ

ンないし要因規範を具体化することに置かれている︵加藤新太郎﹁民事訴訟の審理における裁量の規律﹂ジュリ︱二五二号

モデルの

(10)

民事訴訟の進行面における﹁当事者合意﹂(‑)

(4)法務省民事局参事官室編﹃一問一答新民事訴訟法﹂(‑九九六年・商事法務研究会︶五頁︒

( 5

) 笠井之彦﹁裁判の迅速化に関する法律﹂ジュリ︱二五三号︵二

0

0三年︶七五頁︑松永邦男﹃司法制度改革概説

1

司法制

度改革推進法・裁判の迅速化に関する法律﹄︵二

0

0四年・商事法務︶三一七頁以下参照︒

(6)小野瀬厚"武智克典編著﹃一問一答平成一五年改正民事訴訟法﹄︵二

0

0四年・商事法務︶六頁参照︒

( 7

)

I I 原司"寺岡洋和

1 1 荒川方彰﹁民事関係手続の改善のための民事訴訟法等の一部を改正する法律の概要﹂金

法一七二八号︵二

0

0五年︶二四頁︑同﹁民事関係手続の改善のための民事訴訟法等の一部を改正する法律の概要について

① ﹂ NBL

0三号︵二

0

0五年︶一九頁︑小野瀬厚﹁民事関係手続の改善のための民事訴訟法等の一部改正﹂ジュリ一

ニ八五号︵二

0

0五年︶ニニ頁︑小野瀬厚"原司編著﹃一問一答平成一六年改正民事訴訟法・非訟事件手続法・民事執

行法﹄︵二

0

五年・商事法務︶三頁参照︒0

(8)但し︑平成一五年民訴法一部改正に限ってみても︑その背景ないし要因には様々なものが考えられ︑これ自体議論のある ところである︵高橋宏志ほか﹁︻座談会︼民事訴訟法の改正に向けて

I

民事訴訟法改正要絹中間試案をめぐって﹂ジュリ

︱ニニ九号︵二

0

0二年︶一三一頁以下

B

尚橋発言]などを参照︶︒また︑平成八年改正民訴法及びその施行下での裁判実

務が︑改正作業の当初に設定された目標や本稿冒頭で提起した問いに十分に応え得るものであったかについて︑その精確な 評価は︑後年の検証を待たねばならないであろう︒だが︑その中になお不十分な要素を残していたことは否定できないよう に思われる︒なお︑この平成八年改正民訴法については︑民事訴訟実態調査研究会︵代表・竹下守夫[駿河台大学学長]︶

による︑改正法施行後の民事裁判実務についての大規模な調査研究が既に開始されており︑平成二

0年二月には詳細なデー

タと分析結果が公表される予定である︒

(9)小野瀬厚

II武智克典•前掲注(6)『一問一答平成一五年改正民事訴訟法』六頁。

( 1 0 )

以下の文中では︑特に断らない限り︑平成一六年一部改正後の現行民事訴訟法の条文は︑条文数のみで引用し︑民事訴訟 規則の条文は︑規

0

条として引用する︒0

( 1 1 )

後述する一四七条の二の外︑一四七条の三第一項が︑﹁審理すべき事項が多数であり又は錯そうしているなど事件が複雑 であることその他の事情によりその適正かつ迅速な審理を行うため必要があると認められるとき﹂は︑﹁当事者双方と協議

(11)

をし︑その結果を踏まえて審理の計画を定めなければならない﹂と規定して︑審理計画の具体的内容に当事者意思が反映さ れる過程を示していること等が注目される︒

( 1 2 )

今般の司法制度改革が︑政府与党のみならず︑各政党や︑経済団体連合会︑経済同友会等の経済団体︑日本労働組合総連 合会等の労働団体︑さらに日本弁護士連合会など︑国民各層からの司法制度改革を求める様々な提言に後押しされて実現し

たという経緯︵佐藤幸治

竹下守夫1 1

I I 井上正仁﹃司法制度改革﹄﹃一

0

二年・有斐閣]二頁以下など参照︶からすれば︑0

このような事態が生じたとしても別段おかしくはないであろう︒

(13)篠原勝美ほか•前掲注(2)

『民事訴訟の新しい審理方法に関する研究』三二頁以下、三九頁‘

10

五頁、小池一利「新民 事訴訟法施行後の地方裁判所における通常訴訟ー運用の実状と課題を中心として││﹂司法研修所論集一九九八

I[

通巻

10

0

](

0二頁以下︑上谷清﹁解題新民事訴訟法の施行と将来の展望﹂上谷清"加藤新太郎編﹃新民

事訴訟法施行三年の総括と将来の展望﹄︵二

0

0二年・西神田編集室︶四頁以下など参照︒

( 1 4 )

青山善充ほか﹁︻特別座談会︼民事訴訟法改正と民事裁判の充実・迅速化︵上︶﹂ジュリ︱二五七号︵二

0

以下[青山発言]を参照o 0三年︶五一頁

( 1 5 )

これについては︑田中成明ほか﹁民事司法と現代社会︵原題︻座談会︼民事司法の機能の現状と課題││̲﹃現代社会と司 法﹄を読み解<││︶﹂︵初出二

000

年︶加藤新太郎編﹃民事司法展望﹄︵二

0

0二年・判例タイムズ社︶七

0頁以下で展

開されている議論と︑田中成明﹁司法の機能拡大と裁判官の役割﹂司法研修所論集二

0

0

I[

通巻一〇八号]︵二

0

0

年︶六四頁以下を参照︒本稿の執筆に当たっては︑この田中論文から多くの示唆を受けたことを特に記しておきたい︒

(16)

山本和彦「民事訴訟における裁判所の行為統制||'「要因規範」による手続裁量の規制に向けてー~」『新堂幸司先生古 稀祝賀・民事訴訟法理論の新たな構築︵上︶﹄︵二

0 0 一年・有斐閣︶三四三頁以下︒前掲注

( 3

) で述べたように︑民事訴訟 審理﹁理論と実践の架橋﹂研究会も︑同様の課題を具体的なレヴェルに立って論じようとする試みであると理解し得よう︒

( 1 7 )

手続進行に関する具体的な改正点については︑竹下守夫﹁新民事訴訟法制定の意義と将来の課題﹂竹下守夫"今井功編

『講座新民事訴訟法I

』(一九九八年・弘文堂)二八頁以下、拙稿•前掲注

(1)論文・法と政治五

0

巻三•四号一三六頁以

下などを参照されたい︒

( 1 8 )

平成八年民訴法改正前の学説として︑兼子

﹁訴訟に関する合意について﹂︵初出一九三五年︶同﹃民事法研究第一巻﹄

10

 

( 1  

0) 

(12)

民事訴訟の進行面における﹁当事者合意﹂(‑) 章『民事訴訟法』(-九五九年·有斐閣)二八六頁、竹下守夫「訴訟契約の研究 ︵一九七七年・酒井書店︶二五八頁︑同﹃新修民事訴訟法[増訂版ご二九六五年.酒井書店)四四頁ヽ了几四頁︑三ケ月

1

その総論的考察ー~(-)」法協八

0

一号(‑九六三年︶五六頁︑上村明広﹁訴訟に関する合意﹂契約法体系刊行委員会編﹃契約法体系

V I

2)

九六三年・有斐閣︶三六四頁︑村松俊夫﹃民事裁判の理論と実務[民事裁判研究皿ニ二九六七年.有信堂︶九七頁以下ヽ 賀集唱「民事裁判における訴訟指揮||とくに運用上の具体的方策ー~」曹時二四巻四号(-九七一年)四頁、青山善充

﹁訴訟法における契約﹂﹃岩波講座基本法学4﹄︵一九八三年・岩波書店︶二五三頁などがある︒平成八年民訴法改正以降 のものとしては︑松本博之"上野泰男﹃民事訴訟法[第三版﹄︵二

O

O

四年.弘文堂︶二六頁︑伊藤箕﹃民事訴訟法[第三

版二︵二

0

0

四年・有斐閣︶二八二頁︑中野貞一郎

1 1松浦馨"鈴木正裕﹃新民事訴訟法講義[第二版ご(二

O

四年.有

O

斐閣︶二三五頁[池田辰夫]などが原則として不許の立場に立つがヽぃずれも二疋の範囲において当事者合意が許容される 余地があると解していることが注目される︒山田文﹁民事訴訟と合意﹂法セ五

0

一号(‑九九六年︶七六頁以下は︑実質的 なメタ弁論による手続進行面での当事者の主体的な関与の必要性を説かれるが︑手続の選択や内容に関する両当事者の合意 は﹁裁判所が任意的な手続を創造することとのバランスからも︑一律に無効とすべき﹂とされる︒

ちなみに︑管見によれば︑母法国ドイツでは︑訴訟進行面における当事者合意の問題に言及している文献は皆無のようで ある。前稿(前掲注

(l)

論文・法と政治五

0

巻三•四号―二九頁)でも触れたように、ボン基本法二条一項から導き出され

I n

c l u h i o   p r

o  l i b e r t a t e

 

(疑わしきは自由のために︶という命題を立論の基礎にして︑既判力も当事者合意によって放棄し

得るとの解釈論を展開する

P e t e r S c h l o s s e

r

もこの問題については論及していない︒本稿が比較法的な分析手法を採用しな

い理由の︱つは︑この点にある︒

( 1 9 )

これ自体については︑既に多くの論者︑とりわけ弁護士が指摘していることであるが︑近時︑裁判官も同様の認識を有し ていることが様々な機会に表明されていることは注目されてよいと思われる︒滝井繁男ほか﹁︻シンポジウム︼新民事訴訟 法のもとでの審理のあり方﹂判夕九三八号(‑九九七年︶一六頁[坂本倫城発言

r

岩佐善巳ほか﹃民事訴訟のプラクテイ スに関する研究﹄[司法研究報告書第四

O輯第ご万

] U

九九九年●法曹会︶二ニ云只加藤新太郎ほか﹁争点整理のプラク ティス︵原題︻座談会︼争点整理の実践と教育︶﹂︵初出一九九七年︶加藤編﹃民事訴訟審理﹄︵二

000

年・判例タイムズ

社︶一七

0

頁写口川慎一発言]など参照︒

(13)

第 五 五 巻 一 号

( ︱

二 ︶

( 2 0 )

﹁司法制度改革審議会意見﹂︵平成一三年六月︱二日︶は︑﹁

I

今般の司法制度改革の基本理念と方向第

2

ニ︱世紀 の我が国社会において司法に期待される役割﹂の中で︑国民の役割について次のように述べている︒すなわち︑﹁統治主 体・権利主体である国民は︑司法の運営に主体的・有意的に参加し︑プロフェッションたる法曹との豊かなコミュニケー ションの場を形成・維持するように努め︑国民のための司法を国民自らが実現し支えなければならない﹂︑と︒﹁司法制度改 革推進計画﹂︵平成︱四年三月一九日閣議決定︶においても︑同様の基本的な考え方が明らかにされている︒

(21)拙稿•前掲注(1)論文・法と政治五

0

巻三•四号一

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五頁以下。

第二章

民事訴訟は︑国家機関たる裁判所が原告の申立てに基づいて︑民事の法律上の争訟につき︑体系化された実体法 ルールに従って︑そこでテーマとされている具体的な権利・法律関係の存否を判断し︑その判断内容に訴訟関係人を 服せしめる手続である︒したがって︑判決で確定された事項に関して︑当事者は︑別訴を提起して当該判断内容を争 うことは許されず︑裁判所も同じくその判断内容に拘束される︒このような意味において︑民事訴訟は﹁強制的な国 家権力の行使﹂としての側面を有することから︑訴訟の結果である判決が正統性を有するには︑要件

効果型の予見I I

可能性のある実体法ルールの適用による判決内容の正当化を要するだけでなく︑当該確定判決に終局的かつ強制的に

( 2 2 )  

拘束される訴訟当事者に︑適正かつ公正な手続が保障されていなければならないことになる︒裏を返せば︑当事者は︑

いわゆる自力救済を原則的に禁じられた代償として︑国家が設置し運営する裁判機関によって第三者との間の法的紛 争を適正かつ公正に処理してもらう権利ないし法的利益を有している︑と言うことができる︒これは︑憲法三二条が

﹁裁判を受ける権利﹂を保障している所以でもある︒それ故︑訴訟手続の進行に関する規律モデルを検討する際にも︑

(14)

(

)

かかる当事者の権利を十全に保障しながら民事訴訟手続を適正かつ公正に進めるためには︑如何なる規律を図ること が望ましいか︑という視点からの分析が肝要となるのである︒

訴訟手続の進行面において﹁手続の適正・公正﹂という理念を実現するための︑まず考え得る方途の︱つは︑近代

( 2 3 )  

国家における法の役割を重視して︑国家権力の行使者としての裁判官の訴訟指揮を可能な限り手続法ルールの規制の 下に置き︑その決定内容に裁判官の恣意や専断が入り込む余地をなくして︑適正かつ公正な訴訟運営を図ろうとする

( 2 4 )  

ものである︒﹁手続の適正・公正﹂という理念の実現に向けてルール化された手続法規範の設定が︑裁判官の訴訟指 揮を有効にコントロールし得る︑最も強力かつ実効的な方法であることは言うを侯たないであろう︒個々の手続法

( 2 5 )  

ルールが予め裁判官の訴訟行為を規制することにより︑訴訟事件の画一的な処理が可能となり︑結果として︑手続進

( 2 6 )  

行面における形式的な平等を実現することができるからである︒また︑そのように訴訟運営に関する裁判官の行動指 針がルールという形で客観的かつ可視的に明示されていると︑当事者側も裁判官の訴訟指揮を見越して︑用意周到な 訴訟活動を展開することができる︑という利点も見出し得るであろう︒そしてさらに︑もし仮に手続法ルールの違背 行為があった場合には︑それに対する法的サンクションが用意されているかどうかに関係なく︑当該ルール違背の責 任の所在を明らかにすることが容易になると考えられる︒

もっとも︑手続法ルールは︑あらゆる訴訟事件に開かれた一般的かつ原則的な規律内容に止まるのが通例であり︑

個々の訴訟事件の多様なニーズに逐一対処し得るような︑詳細かつ精緻な個別ルールが常に整然と用意されているわ

第一節訴訟手続の﹁ルール﹂化とその限界

(15)

)

容が一義的に定められている規範から︑

けではない︒個別訴訟の各場面毎に適用されるルールを事前に設定しておくことは︑現在の立法技術に照らすと決し て不可能ではないにしても︑それは現実的でなく︑また適当でないと思われる︒なぜなら︑動態的・流動的などと形 容される訴訟手続の特性や︑リアルタイムで迅速かつ適切な状況判断が求められる裁判所の責務などを勘案すると︑

あまりにもリジッドにルールを定めておくことは適当でないと言えるからである︒したがって︑手続法ルールによっ て明示的に規律されていない事項やルールによる規整に馴染まない事項︑さらにはそれによる規整がそもそも不可能 な空白領域が不可避的に存在し得る︑と考えるべきであろう︒

一口に手続法ルールと言っても︑その大部分を占める︑裁判所を名宛人とするルールには︑要件

I I 効果の内

ある特定の訴訟行為をすることができるとする規範︑そして︑要件を特に定めずに︑特定の訴訟行為の実行・不実行 を裁判所の裁量的判断に委ねる規範などがあり︑その具体的な規律の仕方には実に様々なものがある︒したがって︑

裁判所の裁量の余地のないごく少数の規範を除き︑手続法ルールの多くは︑裁判所が個々の事案に応じて合目的的な

( 2 7 )  

考慮を行い︑審理手続を裁量的に形成することを当初から予定している︑と理解することもできよう 以上述べたことを考え合わせると︑手続法ルールによって︑訴訟手続の進行全般を過不足なく規律することには自 ずから限界がある︑と結論付けることができるであろう︒それ故に︑このような手続法ルールによる規整の間隙を埋 めるための新たな規律方法が次に模索されることになる︒そしてさらに問題は︑手続法ルールの規律内容とは異なる

( 2 8 )  

規律の設定が他の規律方法により可能となるか︑ということにまで及んでくるのである︒但し︑その場合︑手続法

一般的かつ原則的な最低限の重要事項を定めるものであると解するならば︑個々の手続法ルールが明文で

関 法 第 五 五 巻

号 一

一般的な要件が充足される場合︵例えば︑裁判所が相当と認めるとき︶に︑

︱ 四

︵ 一

四 ︶

(16)

(

)

以って︑しかし場合によっては法内在的に保護しようとする︑各種利害関係人の権利ないし法的利益︑あるいは手続 的な諸々の価値は︑当該ルール限りのものではなく︑訴訟手続を進める際に︑裁判所及び訴訟当事者が常に考慮すべ き普遍的なものであることに留意しなければならないであろう︒

では︑手続法ルールによって明示的に規律されていない事項や︑ルールによる規整がそもそも不可能な空白領域は︑

一般にそうした部分は︑裁判官の裁量的判断によって個別訴訟の 個性に合わせる形で補充的に規律される︑と解されている︒このことは︑前に述べたように︑手続法ルール自体が裁 判官の裁量的な判断を期待している部分を有していることからも導き出すことができようが︑文献上︑しばしば見受 けられるのは︑次のような説明である︒すなわち︑この場合︑

手続を進めると︑

一部の個別訴訟によって希少な人的・物的な司法リソースが費消されるという事態が生じかねず︑

結果として︑他の訴訟制度利用者の利益を害する虞がある︑したがって︑裁判所が希少な司法リソースの適切な配分 に配慮しながら︑個別訴訟の個性に対処する建前を採用することが適当であり︑現行民事訴訟法もこの職権進行主義

( 2 9 )  

を基調としている︑と論ぜられるのである︒

かかる通説的理解を前提にしつつ︑近時の﹁司法機能の拡大﹂に伴い裁判官の役割が重要視され︑その裁量的 ないし調整的な判断活動に対する期待が高まっていることを背景にして︑最近では︑裁判官の手続裁量が果たす機能

を積極的に見直し︑それを裁判活性化の糸口にしようとする動きが見られる︒加藤新太郎判事が提唱される手続裁量 どのような方法により規律されるべきであろうか︒

一方当事者の申立てや両当事者の合意に基づいて訴訟

第二節裁判官の﹁手続裁量﹂による規整とその問題点

(17)

( 3 0 )  

論がそれである︒加藤説にいう﹁手続裁量﹂とは︑裁判官に手続運営を主宰する責任が委ねられていることに由来す

( 3 1 )  

る権能であり︑裁判官が審理方式等を選択したり︑審理を運営していく作用として現れるものである︒より具体的に は︑それは︑﹁裁判官が︑訴訟における適正・迅速・公平・廉価という諸要請を満足させるため無駄を省いた効率的 な審理を目標として︑

訴訟の進行状況︑当事者の意向︑審理の便宜等を考慮し︑当事者の手続保障の要請にも配慮したうえで︑当該場面に 最も相応しい合目的的かつ合理的な措置を講ずる際に発揮されるべき裁量﹂である︑と定義付けられている︒そして︑

論者によると︑この﹁手続裁量﹂には︑次の二種のものがあるとされる︒すなわち︑

一方において︑事件の性質・争点の内容・証拠との関連等を念頭に置きつつ︑他方において︑

口頭弁論の制限•分離・併合

や終結した口頭弁論の再開(‑五三条︶などのように︑訴訟手続法規に明定されているもの と︑訴訟遂行目的等に照らして有用な事項であって︑他の手続規制とのバランスを逸脱しない限り︑

( 3 2 )  

の二つが挙げられている︒前者では︑実定手続法ルールが裁

判官の裁量権行使が認められる対象ないし事項を枠付けているのに対して︑後者にあっては︑まさに実定手続法ルー ルに定めのない審理手続を裁判官が創設し︑かつ実施し得る手続裁量の必要性とその在り方が説かれているのである︒

それ故︑ここで特に検討を要するのは︑後者の﹁創設的手続裁量﹂についてである︒

この﹁創設的手続裁量﹂は︑論者が説くところによれば︑手続法ルールが存在しない場合に︑裁判官が個々の 訴訟事件において﹁訴訟遂行目的に照らして有用な措置﹂であり︑かつ﹁他の手続規制とのバランスを逸脱しない﹂

と判断したときに行使され︑これに基づいて訴訟を進行させるものである︒したがって︑これは︑手続法ルールの限

界に対処するための代替的手法ないしは実定手続法ルールの補充的・調整的な方途というその本来的な性質及び機能 これを実施することができるもの

関 法 第 五 五 巻

一 号

一 六

(18)

一 七

を越えて︑裁判官が手続裁量という作用を通じて一種の法創造を行い得ることを正面から承認する立場に立つもので

ある︑と言うことができる︒このことから︑この学説は︑内在的に﹁手続法ルールの役割を縮減してインフォーマル

( 3 3 )  

化を進める﹂方向に向かう可能性を秘めていることを否定できないように思われる︒そうだとするならば︑裁判官に

そのような権限を与えることが︑果たして︑﹁裁判所に訴訟進行︵訴訟運営︶を主宰する責任が委ねられていること﹂

や︑裁判官の裁量的判断に対する期待の高まりといった事情から直ちに正当化できるのか︑ということがまず問われ

なければならないであろう︒また仮に︑法創造にまで及び得る﹁手続裁量﹂を解釈論的に正当化できるとしても︑今

後︑より一層多様化・複雑化し︑専門分化していく法的紛争を前に︑際限なく対象が拡大することが予想される手統

裁量の行使規準の設定や︑手続裁量と手続法ルールとの機能分担など︑その限界付けないしコントロールが︑次に重

( 3 4 )  

手続裁量論は︑右の第一の課題について直接語るところは多くはないが︑第二の課題については︑﹁手続裁量﹂も

( 3 5 )

3 6

)  

法による限界付けや判例による限界付けなど︑他の手続的価値の考慮から一定の制約を受けるとされる︒そして︑そ

の実践的な眼目は︑プラック・ボックスであった裁量場面における考慮要素をその優先順位も含めて析出し︑ガイド

ラインないし裁判官の行動準則を策定することによって︑手続過程全体を訴訟関係者に了解可能で透明度の高いプロ

( 3 8 )  

セスとして構築することにある︒したがって︑手続裁量論は︑訴訟の進行を裁判官が適切にマネジメントしていくた

めの実践的な手法︵実践論︶の︱つであるとともに︑﹁民事訴訟における裁判官の手続選択を合理的・合目的的に規

律するための解釈論﹂でもあるということが︑その特徴として指摘することができるのである︒

ところで︑このような実践的かつ解釈論的な提言は︑﹁当事者主導の合意型調整方式﹂をベースにした考え方 要な課題とされることになる︒

(19)

官像として措定されている︑と考えることもできよう︒

においても可能であると思われるが︑手続裁量論の根本的なスタンスは︑わが国の民事訴訟法制が職権進行主義とい

う手続原則を採用しているという理解をその論理的出発点として︑裁判官主導の合目的的な裁量権行使をベースにし

( 3 9 )  

て審理過程の適正化を図ろうとする点に置かれている︒したがって︑その限りにおいては︑﹁審理における職権主義

( 4 0 )  

的契機﹂が重視されていることは否めないように思われる︒このことは︑手続裁量論が︑当事者の主体性・自律性に

一定の配慮を示されるものの︑多種多様な現実の訴訟事件に臨機応変かつ柔軟に対応するため︑裁判所にできる限り

訴訟運営におけるフリーハンドが維持される審理手続を理想的な審理形態として提示されていることからも推測する

ことができる︒また︑この学説にあっては︑﹁当事者の主体性の尊重﹂という考慮要素は︑現行民事訴訟法に特段の

定めのある場合には比重の大きなものとなるが︑それ以外の場合には︑裁判所が当事者の意向に絶対的に拘束される

( 4 1 )  

ことはない旨の帰結が表明されていることも︑その例証として指摘することができよう︒そうすると︑手続裁量論に

一方で訴訟事件の性質等を念頭に置き︑他方では当事者の手続保障要求にも配慮しながら︑裁判官が訴訟

( 4 2 )  

手続において主役的な役割を担って効率的な審理を積極的に実現していくという﹁管理者的裁判官﹂が理想的な裁判

確かに︑このような手続裁量論は︑これまで当・不当レヴェルの事実上の問題であるとして理論的研究の対象

( 4 3 )  

とされてこなかった裁判官の裁量の内実を明らかにするとともに︑透明度の高い民事訴訟手続を構築すべくガイドラ

( 4 4 )  

インや行動準則といった裁判官の行為規範を定立しようとする方向での試みであり︑高く評価すべきものである︒ま

た︑近年の諸外国の民事訴訟法制において顕著となっている﹁裁判官の権限強化﹂の傾向や﹁司法機能の拡大﹂と

いった近時の社会的要請に鑑みれば︑時宜を得て登場した学説と評することもできるであろう︒

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︵ 一

八 ︶

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(

)

一 九

しかしながら︑実際の訴訟実務において全ての裁判官が︑手統裁量論が想定するような理想的な訴訟運営を行い得

るのか疑問なしとしない︒加藤判事が説くように︑ある程度類型的な問題状況毎に考慮要素を析出して︑

判官に強いることになり︑結果として訴訟遅延を招くことにもなるのではなかろうか︒

一定の状況

下での裁量行使の規準を具体的に形成していけば︑裁判官はかかる指針や枠組みに従って裁量権を行使すればよいの

であるから︑そこで要求される状況判断はさほど裁判官の負担にはならず︑個別訴訟の手続運営にばらつきが生ずる

こともないであろう︒けれども︑あらゆる局面を想定したガイドラインや行為準則を策定する作業は︑その完璧を期

( 4 5 )  

することができない以上︑結果的に︑手続法ルールと同種のジレンマに陥ることになる︒そうすると︑訴訟運営の手

掛かりとされる︑そのような行為規範が存しないデフォルト状態において︑裁判官はどのように裁量権を行使すれば

よいのか︑ということについて別途考えておく必要が必然的に生ずる︒この学説によれば︑裁判官が︑類型的に整備

された既存の考慮要素では対応できない場面に直面した場合︑結局のところ︑前述した手続裁量の定義にある如く︑

事件の性質・争点の内容・証拠との関連等や︑訴訟の進行状況︑当事者の意向︑審理の便宜等といった諸々の判断要

素を総合的に考慮して︑手続裁量を行使しなければならないことになろう︒しかし︑これでは却って過大な負担を裁

また︑右の問題とも関連するが︑そもそも︑手続裁量論が想定するような裁判官像が︑現在進行中のわが国の社会

構造の変革の方向性とマッチするかどうかも問題となり得る︒すなわち︑﹁事後調整型社会﹂の下では司法の役割が

増大することになるが︑実際上︑それに見合った人的・物的な司法リソースの補強が伴わない限り︑個々の裁判に投

じられる司法リソースは︑訴訟事件数の増加に反比例して縮減されざるを得ないであろう︒そうなると︑裁判官が或

る特定の個別訴訟につき裁量権の行使という形で積極的に関与すればするほど︑他の訴訟事件に振り向けられる司法

(21)

O)

リソースはそれだけ減殺されることになってしまう︒したがって︑限定された司法リソースの適正配分という点から も手続裁量論には問題があると言わざるを得ない︒そして︑これに加えて︑裁判官の積極的な関与は︑訴訟手続にお いても自己決定ないし自己責任が次第に求められつつある現在の社会状況を背景に︑﹁裁判利用に関する意識改革と 能力向上﹂が急がれる訴訟当事者自身の訴訟手続への関与に向けられた意欲に水を差してしまう結果になりかねない

( 4 6 )  

ことにも注意しなければならないであろう︒

さらに︑手続裁量論によれば︑手続裁量の限界付けの形態の一っとして︑裁判官は︑当事者の主体性を担保するた めにその意向を確認することが求められると考えられるが︑民事訴訟法が要求する場面(‑六八条・一七五条︶以外 でも当事者の意見聴取が確実に行われ︑その意向が適切に手続へ反映される仕組みが用意されているのか必ずしも明 確ではない︒当事者の意向が﹁手続裁量の制約要素﹂とならない場合には︑意見聴取するか否かは︑﹁創設的手続裁 量﹂の問題と位置付けられ︑そこでは裁判官の裁量的な価値判断が相当程度入り込むことになる結果︑客観的に意見 聴取が必要と考えられるケースにおいても︑それを経由せずに訴訟手続がそのまま進行される虞があるからである︒

このことは︑たとえガイドラインや行為準則を策定したとしても︑それらが裁判官を規範的に義務付けない限り︑十

( 4 7 )  

分なものとは言えないであろう︒かような批判に対しては︑前述したように︑裁判所が当事者の意向に絶対的に拘束 されることはないという回答がなされるかも知れない︒しかしこれでは︑裁判官主導の効率的な審理の実現のために︑

( 4 8 )  

﹁裁判官の管理的な事件処理に両当事者がインフォーマルな手続によって組み込まれる﹂危険性を完全に払拭するこ とは困難となり︑手続法ルールの空洞化が進む可能性が出てくると言わざるを得ない︒また︑当事者の意向を調達す

( 4 9 )  

ることが手続法ルールからの逸脱を正当化する手段と見なされ︑当事者の意見聴取が形式的なものに止まることにな

関 法 第 五 五 巻

一 号

O

(22)

(

)

れば︑そこでは﹁手続の適正・公正﹂という理念そのものが背後に退いてしまうという問題が残るであろう︒

以上︑本稿の問題関心と分析視角に沿って手続裁量論について検討を加えてきた︒現在のところ︑訴訟手続の

運営には裁判官の裁量的判断が欠かせないことについては︑ほぼ異論がない︒したがって︑その中味を合理的かつ合

目的的に規律し︑また︑その実効的な統制を図るために︑訴訟手続のあらゆる場面における手続裁量の行使について

( 5 0 )  

の行為準則やガイドラインを具体化する作業が︑加藤判事を中心に続けられていることは︑誠に生産的で有意義なこ

とであると思われる︒但し︑手続裁量論にあっては︑右に指摘したいくつかの基本的な重要課題が未だ手付かずの状

態で残されている︑と言わざるを得ないであろう︒

第三節

前節で検討を加えた︑裁判所から当事者への垂直方向での︑裁判官の合目的的な裁量権行使をベースに訴訟手続を

規律しようとするモデルに対し︑第三の規律モデルとして︑複数の訴訟関係人間の二者合意または三者合意に基づい

て︑手続法ルールの空白部分を補充したり︑別の新たな手続進行に関する規律を定立しようとする方向がある︒この

訴訟関係人の合意をベースに手続進行過程を規律しようとするモデルは︑合意主体の違いによって︑さらに三つの下

位モデルに大別することができる︒以下︑順番に見ていくことにしよう︒

訴訟関係人の﹁合意﹂による規整とその理論的課題

︵ ニ

︱ )

参照

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