福 島
・ 南 古 舘 遺 跡
1 所 在 地 福 島 県岩 瀬 郡長 沼 大町 宇 花江 字 弘法 田
・泥 淵 2 調 査 期間 一九 八七 年
︵昭 62︶ 五 月を 一九 八 八年 月二 3 発 掘機 関 長 沼 教町 育 委員 会 4 調 査担 当 者 田 中 正能 5 遺 跡 の種 類 城館 跡 6 遺跡 の年 代 室 町時 代ぞ 江 戸 代時 7 遺跡 及 木び 筒 出 遺土 構 の概 要 南 古舘 遺跡 は︑ 福 島 県中 通 り地 南方 部 岩︑ 瀬郡 長沼 町 に所 在 す る︒ 遺 跡 は町 の中 心部 から 西 へ約 一血 離 れ た河 岸 段 丘上 に造 ら れ た館 跡 で︑ 濠 の 部一 と土 塁が 現存 す る︒ 調査 は 一九 八八 年 に計 画 され た県 営 圃場 整 備 の範 囲 内 南に 古舘 遺 跡 含が ま れ て いる こと よに り︑ 郡県 山農 沼 地事 務 所 と長 沼 町 と の間 で 帳 協 議を 行 てっ 実 施 たし
︒ 調査 の結 果︑ 方 形 の主 郭
を中 心 東に 北と に曲 輪 を配 置 す る複 郭構 造 館の であ る こと が確 認 さ れ た︒ 遺構 は主 郭 を中 心 に確 認 され 掘︑ 立柱 物建 石・ 積遺 構
・集 石遺 構
・井 戸
・土 城 な ど 他の 多︑ 数 の柱 穴 が検 出 さ れ た︒ ま た︑ 濠 の中 よ り︑ 主郭 曲と 輪 を結 ん で いた と思 わ れる 橋 も確 認 され た︒ 遺 物 のほ と んど 主は 郭 と濠 内 から 出 上 てし お り︑ 多 数 の上 師 質土 器 や陶 磁 器類 の他
︑ 金 属製 品
︵刀
・鉄 鏃ほ か︶
・石 製 品
︵砥 石
・石
▼日 貨銭
︵宋 銭
・明 銭︶
︒木 製 品
︵修 羅
・呪 符
・竪 杵ほ か︶ な がど 混在 たし 状 態 で出 上 し た︒ 館 が機 能 し て いた 時期 と し ては 出︑ 上 し た国 産陶 磁器 類 の生 産 年 代 が 五一 世紀 の範 囲 に集 約 され る こと から ︑ 一五 世紀 半 ば から 六一 紀世 前 半 にか け て の比 較 的短 い期 間 に限 定 さ れる こと が予 想 さ るれ
︒ 当遺 跡 から 検 出 さ れ た呪 符 は︑ 多数 の木 製 品 と とも に濠 の中 より 出 上 し たも ので あ る︒ 完 形品 お よび 破 損品 を合 め︑ 総 数
〇四 点 を数 え る︒ 墨痕 が残 り︑ 肉 眼 よお 赤び 外線 カ メラ 等 に より 文 字 を判 読 で き もる のは 六点 だけ であ る︒ 他 に墨 痕 消が 失 し︑ 赤 線外 には 反 応 し な いが
︑ 肉 眼 で文 字 痕の 跡 を確 認 でき るも のが 数点 在存 す る︒ 8 木筒 の釈 文
・内 容
︵穿 孔︶
①
﹁南 無 薬 師 如 来 o
﹂ μΦ 露
∞聟 ト 買符銀︶急々如律令尖﹂
ド∞ 卜
×
﹈卜
× ト
1987年出上の木簡
⑨
﹁︵ 梵字
︶大 日如
来
⑭
﹁︵ 梵字
︶大 日如 来
⑥
︵﹁梵 字︶ 大 日 如
□
⑥
﹁︵ 梵字
︶大 日如 来 係関 文 献 長沼 町教 育委 員会
﹃南 古舘 I﹄
︵一九八八年︶
︵ドド∞
︶× 騨﹈X ド
︵μ滓 P︶
×μ
︺× μ
︵∞卜
︶X ド中
×μ
︵Pω 卜︶
×ド︺
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︵市川一秋︶
南 古 舘 遺 跡 (上が北)