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音 楽 糞 の 体 験 ー構摸教育の基盤を求めてー 学 校 教 育 専 攻 人間形成コース

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Academic year: 2021

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音 楽 糞 の 体 験

ー構摸教育の基盤を求めてー

学 校 教 育 専 攻 人間形成コース 北 演 亮

問題の所在と研究構想

小学校学習指導要繍卒説による音楽科の教育 目標では、「表現及び鑑賞の活動を通して,音楽 を愛好する心情と音楽に対する感性を育てると ともに,音剰舌動の基礎的な能力を培い,豊か な情操を養う。Jと定められ、子どもたちが様々 な形で音楽に触れ合うことにより、情操が養わ れるとしている。これは、音楽が我々に何らか の感情を喚起させるということを認め、人間形 成を図る目的のために音楽が情操教育の一環と

して扱われているということになる。それは人 間形成という目的のために、音楽が人聞に何ら かの「心情の変化」を起こすことを認め音楽を 手段として用いているということを示唆してい る。しかし、様々な文献を読んだ中、音楽が心 情の変化を起こすということを前提として掲げ てはいるが、なぜそういったことが起こるのか ということについては明確に提示されていなし、。

本論文では、このような問題意識を掲げ我々 に何らかの感情を喚起させるものとしての「音 楽美

j

とはどのようなものであるのかという問 題から、情操教育の基盤となるものを導き出し たいと考える。そのため研究の目的を、以下の ような研究内容を考察することにより、音楽の

①  美 の 定 義 の 確 立

② 

音 楽 美 に つ い て 考 察

③ 

音 楽 の 効 果 と 情 操 教 育 の 基 盤 に つ い て の 考 察

内包する美について究明し、その効果と情操教

指 導 教 官 木 内 陽 一

育との関連について探求したい。また本論は序 章と終章を除き、前述した

3

つの研究内容に対 応して三覇蕎成としているD

各章における研究内容および成果 第

1

章・園美の定義

1

章では、様々な論者がし1う美の性格を考 察していき、美についての以下のような定義を 立てた。

①  美は人間現象のなかで、最もはっきりと知られているものの一つであり、美は概 念ではなく、美しさを実在させたものだからこそ、はっきりと経験できるもので ある。

②美は経験し終えた時、言い換えれば f‑は美しかったJという時、そこに「美そ のもの」を捉えているのではなく「美の援念Jで捉えているにすぎないため、経 験ではなく直接体験にこそ美は現れる.

③  また美は、美を現す存在者を超越して存在しているのではなく、美は善と同じよ うに存従者に内在しているものでもない。

@ 現象における自由は美と向ーである。

音楽美を考えるにあたって、いうまでもなくこ こまで考察してきた美の範時内になければなら なく、この見角卒を超えるもので、あってはならな いと考える。また本章では、意識的存在者の享 受が芸術を価値のあるものとし、美の鶴駒段 階についても考察することができた。この音楽 における美の鶴見的段階とは形成性から成るも のであり、それにより、音楽が芸術であるため には形式をもったもので、なくてはならないこと を示すものとなったO そしてここに音楽美特有 の力が発揮されるものと考える。

2

章…音楽美について

2

章では前章の美の定義を念頭に置きなが

‑4‑

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ら、音楽についての考察を基本とした。

まず、音楽が歴史的にどのように捉えられて来 たかを概観し、音楽を考える上で、音楽以外の 要素から成り立つもの、例えば声楽キ標題音楽 などを取り除いた手都争音楽に限定して考察する こととした。それは、全ての音楽外の要素を取 り除くことで子樹半な音楽美を考えることがはじ めて可能になると考えたためである。

この前提を掲げ、音楽と他の五大芸術と比較 した結果、音楽の特性を、外崎味合いを持た ず自由であるということからくる「主体と客体 との境界が不明瞭さ

J

であると考えた。それは、

音楽は形として我々に現前するものではなく、

時間の上に成立し一音楽自身は文学のように具体 的に「何か

j

を表象することができないため我々 にとって不明確な共感を呼び起こすに留まるか らである。しかし、音楽は我々にとって不明確 な共感を呼び起こすことができるにしでもなぜ それが起こるのかということが未だ明確ではな い。本論でのこの問題に対する見解としては、

音楽と感情の類似からこの現象が起こるためと 考えた。それは感情が思考とは異なり、時間的 組晶において自己を展開することが必要である からこそ、力動的な運動性を持つ音楽が感情と 結びき、また、美が主体的なものである感情を 象徴するため、音楽と感情との類似は美によっ て一致へと登高するとし、う考えに至った。

この考えは、音楽と感情の類似としづ前段階 に、音楽は感情を生み出す我々の主観、または 我々自身との関連があるのではなし、かという展 望を示唆するものとなる。

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章一音楽における主客一致と情操教育 第

3

章では前章の問題を受け、音楽における 主客一致の特性を考察することにより、情操教 育の基盤を導き出すことを目的とした。音楽に

よって感情が喚起されることは前章で述べたこ とであるが、なぜ感情が移錠

E

されるのかという ことが未だ明確ではないため、主体と音楽の一 致という視点から、主観と時間の類似する性格 について考察した口そのなかで、へーゲルやメル ローなどの主観と時間のあり方の見先手に大きな 示唆を受け、時間は主観によって存在するため、

時間と主観は同様の性格を持つという結論に至 った。それは、主観の統ーこそが自己であるか ら、それを揺り動かすものは主観と同じ性格を 持つもの、即ち時間的性格を持たねばならない

ということを示唆する結果となった。

音楽は、自我を統ーとした自己と同じく時間 を地盤としており また音楽と自己の形成過程 も類似しているため主体となる自己と、客体と なる音楽は一致すると考える。ここから主体と 客体を一致させることができる音楽美は時間を 感性化することができると考えた。それは音楽 によって感性化された時聞が体験で、きるように なることを示すものであると同時に、この特殊 な作用は時間的でありながら一切の外的意味合 いを含まないという性格を持った音楽だ、けに当 てはまるものであることを示すものとなる。

これが音楽美のもつ特殊な作用で、あり、情操 教育の基盤であると考える。ここで言う情操と は、高度な価値体験が行なわれることによって 養われるとされているため、この時間の直接体 験が高度な価値体験以外の何者でもないと考え、

そこに基盤を見出したのである。

今後の課題

本論で考察してきたように、音楽体験を行う ことが音楽における価値への感受性を深める第 一歩であると考えるため第

3

章で考察した情 操を育てるための基盤を念頭に置き、これから の実践に生かすことを今後の課題としたい。

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参照

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