基督教教育同盟会編『基督教主義中学校及び高等学 校宗教教科書』(1951年)と基督教学校教育同盟編『
基督教主義中学校及び高等学校宗教教科書』
(1956‑58年)の内容とその特質
著者 佐々木 勝彦
雑誌名 教会と神学
号 48
ページ 71‑124
発行年 2009‑03‑23
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024384/
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基督教教育同開会綱「蕪督教主義中学校及び 高等学校宗教教科舎」(1951年)と基督教学校 教育同盟編「基督教主義中学校及び高等学校 宗教教科書」(1956‑58年)の内容とその特質 佐々木勝彦
はじめに
われわれは先に基督教教育同盟会編『基督教主義中学及び高等学校 宗教教科書」 (1949年)の内容と特質について論じた(1)。本論において は,先ず, これに続いて出版された1951年版の宗教教科書の内容と特 質を, 1949年版のものと比較しつつ明らかにしてみたい。次にこの 1951年版のシリーズの内容と,その改訂版である195658年版のもの とを比較検討する。なお,基督教学校教育同盟編「基督教主蕊中学及 び高等学校宗教教科書」 (1956‑58年)という表題は, 1949年シリーズ になぞらえて筆者が便宜的に付けたものであり, その教科害をみるか ぎり,統一的な表題はなく, 「基督教学校教育同盟会編」となっている だけである。
各項目の構成はこれまでと│司じくT a.発行年次,定価,総頁数,挿 入写真枚数等, b.著者, C、詳細な目次(但し,各目次はこれまでの論 文における取扱いと同様に必ずしも原文表記のままではなく,なるべ く統一的な表記法,本文中に用いられている聖句の挿入, さらに小項
リ﹈
目の一部省略などの編集を行っている), d.特質, となっている。
1基督教教育同盟会編『基督教主義中学校及び高等 学校宗教教科書』 (1951年)の内容と特質
(1) 基督教教育同盟会編『豊かな生命j創元社
a、 1951 (昭和26)年4月1日初版発行, 75円, 124頁,地図2頁 (パウロの活動した地域)分,巻頭写真1枚と解説1頁, 13行×40字 (1頁52()字),挿絵・写真25枚
b. 「本書は今田恵氏の執筆にかかるものである。」
c・ 目次
まえがき−私の学校1入学, 2少年時代, 3偉い人, 4学校 生活,二豊かな生命l生命, 2生活, 3正しい生活, 4放蕩息子 のたとえ(ルカ15.11‑32), 5豊かな生命,三宗教 1宗教とは何 か, 2宗教と生活, 3高い宗教と低い宗教, 4宗教の種類, 5宗教的 教養の必要,四キリスト教l新しい歴史, 2キリスト教の背景, 3 キリスト教の起源, 4キリスト教の発達, 5日本の新教,五礼拝l 拝む心, 2拝むもの, 3拝む理由, 4拝む仕方,5私達の礼拝,六祈 り l祈る心, 2正しい祈り, 3祈る人, 4イエスの祈り, 5「主の祈 り」,七聖書 l聖書を読む必要, 2聖書の成立と名称, 3聖書の言 葉,八旧約聖書 lイエスの時代の聖書, 2旧約聖書の背最, 3Ⅱ]
約聖書はどうしてできたか, 4旧約聖書の区分と内容,九新約聖書,
lイエスと旧約聖書, 2旧約から新約へ, 3新約聖書はどうしてでき たか, 4新約聖書の区分,十讃美歌I歌う心, 2宗教と音楽, 3讃
−72−
「宗教教科書」 (1951年, 195658年) 3
美歌の生成, 4よく知られた讃美歌数種,十一イエス・キリスト l イエスの記録としての福音書, 2イエスの生涯, 3十字架, 4永遠に 生きるキリスト,十二イエスの弟子たち 1弟子たちの記録として の使徒行伝, 2立ち上がった弟子たち, 3ペテロ, 4ステパノ,十三 パウロ lパウロの回心, 2パウロの伝道, 3パウロの手紙, 4パウ ロとキリスト教の教理,十四生命の流れ l今日の課題, 2キリス
ト教会の歴史, 3神の国, 4人格の尊重 d. 特質
l 本書は先ず「基督教教育同盟会編」となっており,全体として企 画編集委員会の意向が強く反映されているとの印象を受ける。ではそ の企画編集委員の椴成メンバーはどうなっていたのか。 またそこで何 が議論されたのか。 1949年のシリーズと異なり, この書物には「後記」
がなく,今の段階ではすべてを本書の内容から推察するほかない。但 し,本書からスタートする1951年のシリーズの実質的執筆者がすべて 前シリーズに関わっていたこと, さらに彼らは前シリーズの企画編集 員であったことを考えると, このシリーズの企画編集に関わった委員 は前回とあまり変わらなかったのではないかと推測される。仮にそう だとすると,わずか二年後に大幅な改定を余儀なくされた事実は,や はり次のことを示唆していると考えられる。つまり,前回の企画編架 は極めて短時間のうちに実行されなければならない状況にあったこと を示唆しているのである。本書の執筆者今田恵は,前シリーズの企画 編集委員会の委員長であった。
なお1956(昭和31)年初版, 1963 (昭和38)年8版のI豊かな生命j (創元社)では,基督教教育│司盟会編の文字が消え,今田恵著となって
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いる。この事実はどう理解すればよいのだろうか。この書物と1951年 版の目次はまったく同一であるが,総頁数は123頁から111頁と減っ
ており, さらに減量化が計られている。いずれにせよシ 1963年にも出 版されていることは, 『豊かな生命」が十二年以上にわたって広く受け 入れられたことを示している。
2今田・二宮共著l.キリスト教入門」の目次と 『豊かな生命」の目 次を比較すると,前者の中から抜けた主な項目は次の通りである。「二 何を学ぶか l世界, 2文化, 3自分」, 「十四教会l教会の発端,
2教会の発達」, 「十五教会生活l教会の意義, 2教会の活動, 3教 会の儀式」, 「十七イースター(復活節) I自然のよみがえり, 2"f エスの復活, 3イエスの復活の意義, 4イースター, 5イースターの 行事」, 「十八母の日 1母の愛,2母の日の起源,3母の日の行事」,
「十九クリスマス(降誕節) 1クリスマス・シーズン(降誕節季節),
2クリスマスの由来, 3イエスの降誕, 4クリスマスの行事」。これら の省略された項目は,教会の歴史,教会生活, そして教会の行事に関 わる項目である。限られた分量の中でこれらに言及する余地がなかっ たのだろうか。あるいは学校と教会の関係理解に何らかの変化が生ま れたのだろうか。「讃美歌」に関わる章も三章から一章へと減っている。
他方,「豊かな生命」に新たに加えられた主な項目は次の通りである。
「二豊かな生命l生命, 2生活, 3正しい生活, 4放蕩息子のたと え」, 「十一イエスの弟子たちl弟子たちの記録としての使徒行伝,2 立ち上がった弟子たち,3ペテロ,4ステパノ」, 「十三パウロ lパ ウロの回心, 2パウロの伝道, 3パウロの手紙, 4パウロとキリスト 教の教理」, 「十四生命の流れ l今日の課題, 2キリスト教会の歴
ワ,イ fL全一
「宗教教科書」 (1951年. 195658年) 一汀
史, 3神の国, 4人格の尊重」。これらの項目から浮かび上がってくる のは, 「生命」 と「パウロ」 というふたつのキーワードである。
二章「豊かな生命」の内容は, 「生命はふしぎなものであり」, 「生命 は人の力でつくることはできない」こと, その中で「人間は他の動物 とちがって」「文化をもつこと」,しかし人間の知識には限界があり,「私 たちの生命は,そもそも私たちに与えられたものであること」シその生 命を与えた「神について学ぶことが宗教である」ことを語っている。中 学一年生に対するこのアプローチは比較的分かりやすかったのではな いかと思われる。なおこの害物の表題は, この二章に引用されている ヨハネ10・1011から取られている。
もうひとつのキーワードは「パウロ」であり, この構成は一年生後 期用宗教教科書として編纂された由木・羽鳥共著「キリスト教の成立」
の内容を吸い上げようとした結果とも考えられる。 この書物はイエス の生涯とパウロの伝道, そしてヨハネの宣教に焦点を合わせているか
らである。
3限られた分量の中で,最初の挿画・ホブマン筆「なんぢなお一 つを鉄<」の解説に一頁を割いている。これは教育現場において大い に歓迎されたはずである。 また「まえがき」は, 「聖書科」が設けられ ている理由を明記しており, これも前著作にはなかったものである。
4少なからず驚くのは,第一章「私の学校」のまとめの「課題」に 次のような問いかけがあることである。 「原子爆弾の発明と使用とは,
人間の幸福にどんな関係をもつか」 と。執筆者はどんな答えを期待し ていたのであろうか。1963年版では, 「原子力の発見と使用とは,人間 の幸福にどんな関係をもつか」と, その内容を微妙に変化させている。
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なぜであろうか。
(2) 基督教教育同盟会編「イエスの生れるまで−旧約一」創元社 a. 1951 (昭和26)年4月1日初版発行, 1952 (昭和27)年4月1 日再版発行, 85円, 132頁,地図(旧約時代のエジプト及びメソポタ
ミア) 2頁分,巻頭写真3枚, 13×40 (1頁520¥),写真18枚 b. 「本書は関根文之助氏の執筆にかかり,浅野順一・川辺満謹両氏 の協力によるものである。」
c, 目次 旧約の世界
一旧約聖書の話l旧約聖書の中心, 2旧約聖書の分類, 3旧約 聖書の特徴,二旧約聖書の地理lパレスチナ, 2シナイおよびエ
ジプト, 3メソポタミアおよびシリア 人類の祖先
一最初の人アダムとエバ l天地万物の創造(創1, 2・1‑3), 2J=
デンの園(創2‑3), 3はじめの兄弟(創4),二正しき人ノア 1人 類の堕落(創6), 2大洪水起る (創78), 3契約のにじ(創9・819)
イスラエル民族の父祖
一信仰の父アブ.ラハム lウルからカナンへ(創11‑12), 2アプ ラハムとロト (創13・18‑19), 3大きな試練(創2122),ニイサク とその子たち lイサクのおいたち (gl122, 24), 2エサウとヤコブ (25・19, 2728), 3兄弟の再会(創32‑33)
宰相ヨセフ
ーヨセフのおいたち 1ヤコブの子ら (創37.14), 2ヨセフ売
局,rロ
ーjb−
「宗教教科書」 (1951年, 195658年) 弓・I
らる (創37.536, 39),二夢をとくヨセフ, l侍臣の夢(創40), 2パロの夢(創41),三ヨセフと兄弟たち l穀物を求めて(創42), 2再びエジプトへ(創43−46, 47. 1‑12, 50)
神の人モーセ
ーモーセとその時代 l イスラエルの勢力増加(出1), 2モーセ のおいたち(出2), 3モーセの召命(出3), 4エジプトにおけるモー セ(出5.13),二出エジプト l雲の柱火の柱(出13), 2紅海を 渡る (出14), 3荒野のできごと (出1519, 32), 4十戒を受く (出 20.1−17,申命記5.621)
カナンを望みて
一モーセの後継者ヨシユア 1カデシへ(民10, 13, 25), 2モー セの死(申34), 3ヨシュアの人となり (出17),ニカナン攻略I エリコ城をさく る(ヨシュア2), 2ヨルダン渡河(ヨシュア3, 4), 3 エリコ陥落(ヨシュア6)
新しき指導者
一立ち上がった士師l烈女デボラ(士師4), 2勇者ギデオン(士 師6), 3豪勇サムソン(士師14‑16),二賢女ルツ lナオミとルツ (ルツl), 2ルツの孝養(ルツ2), 3ボアズの妻となる(ルツ3‑4),三 祈りの人サムエル Iサムエルのおいたち(Iサム1, 3), 2イスラエ ル軍の敗北(Iサム4, 7), 3サムエルとサウル(Iサム912)
王国の成立と発展
一最初の王サウル lサウルの功名(Iサム9 12), 2サムエルの 命にそむく (Iサム15), 3サウルの人となり (Iサム16.14‑23, 31), 4つぎの時代へ,ニダビデ王lダビデのおいたち (Iサム16・1‑
H lJ
13),
2ヨナタンの友情(Iサム17, 20, 24), 3ダビデ,王となる(II サム25, 8), 4ダビデの家庭と晩年(11サム15,18, 1列王I),三ソ ロモン王 l ソロモンの人となり(1列王2), 2ソロモンのちえ(1列王 3.10), 3ソロモンの事情(1列王6‑8), 4ソロモンの晩年(I列王11)王国の分裂と南北朝時代
一分裂の原因 l遠因, 2近因,二失政と反逆l反逆の指導 者(1列王12), 2分裂の結果,三北王国の移りかわり l第一王朝 から第五王朝へ(I列王1422, 119‑12), 2サマリアの陥落(11列王15‑
17),四南王国の移りかわり I北王国との対立(Ⅱ列王18‑23), 2 エルサレムの陥落(11列王2325)
預言者の活躍
一預言者1 1日約宗教の中心, 2預言者の出現,二審判者エリ ヤ 1北朝の異教政策(1列王12),2カルメル山上の審判(I列王18), 3信仰の前進,三正義の人アモス I神に会う備え(I1列王14, 7 モス56), 2神のことばの飢きん(アモス8), 3正義と公道(アモス 5),四愛の人ホセア lホセアの人となり(Ⅱ列王15),2神の愛(ホ セア6.2), 3勧めと慰め(ホセア6. 14)
イザヤとエレミヤ
ーイザヤ Iイザヤの時代シ 2イザヤのおいたち (イザヤ1.6),
3イザヤの信仰(イザヤ5, 7, 9),ニエレミヤ 1エレミヤの時代 (エレ1), 2エレミヤのおいたち (エレ1), 3エレミヤの信仰(エレ 7.5)
バビロン捕囚
一バビロンの川のほとり l捕囚の苦難(詩篇137),ニエレミ
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I宗教教科書」 (1951年, 1956‑58年) 9
ヤの手紙と賢人ダニエル l同胞へのたより (エレ29・4 10), 2イス ラエルの勝利(ダニ),三預言者エゼキエル 1エゼキエルの人とな り (エゼ1420), 2エゼキエルの信仰(エゼ18・30‑32),四第二イ ザヤ 1第二イザヤの人となり, 2第二イザヤの信仰(イザ4055)
ユダヤの復興
一解放と帰国 1時代的背景(エズ13), 2帰国の指導者(イザ ヤ40),二神殿の再築 l国民的行事(エズラ3‑5), 2献堂式(ハ ガイ),三エズラとネヘミヤ l国土再建(エズラ,ネヘミヤ), 2国 民生活の革新,四エステル王妃 I王妃に選ばる(エステル), 2民 族の危機,五ヨナ物語 1 ヨナの人となり(ヨナ), 2ヨナ害の教訓
(ヨナ4)
旧約の文学
一ヨブ記l内容の分類, 2ヨブ記のあらまし,二詩篇l内 容の分類,詩篇のあらまし,三歳言 l内容の分類, 2歳言のあら まし,四伝道之害 l内容の分類, 2伝道之害のあらまし,五雅 歌l内容の分類, 2雅歌のあらまし
輝きいずる光
一ギリシアとユダヤ lアレクサンダー大王の東征, 2 トレミー 家とユダヤ,ニローマとユダヤ lローマの行政区ユダヤ, 2ヘロ デ父子の悪政,三救主を待つ人々 1メシアの出現, 2世界は明け ゆく
d. 特質
l 本書の執筆者は関根文乃助と明記されており,前シリーズの著者 川辺満甕と浅野順一は協力者となっている。では, この執筆者と協力
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者の関係はどうなっていたのだろうか。三人のうちで前シリーズの企 画編集委員会のメンバーになっているのは関根文乃助だけであり, し かも彼はその幹事職についている。したがってこの関根が執筆者に なっている本書は, 「基督教教育同盟会」の意向を強く反映している可 能性がある。
ここでは, まず前シリーズの二冊の教科書にみられる執筆方針を確 認し, それらと 「イエスの生まれるまで」の執筆内容の比較を試みる 準備をしておきたい。
川辺著I旧約の歴史」の目次は,すでに紹介した通り, 「一河と砂 漠(旧約の世界)」 「二乳と蜜の流れる地(パレスチナ)」 「三民族 の発生と動き(イスラエル民族の起源と移動)」となっており,四章か ら「ヨセブ物語」が始まっている。 この構成は,明らかにその書名が 示すように,歴史学を前提とした解説を目指している。族長物語に入 るまでに実に20頁を費やして,その地理的歴史的背最を丁寧に説明し ている。中学二年生後期用宗教教科書・浅野・関根共著i旧約の宗教j は,先ず「一預言者の信仰とその使命」と 二預言者の宗教経験」
において,預言者の全体像と, さらに預言者の神秘経験における人格 的要素の意義を解説し, そのうえで「三モーセ」の話に入っている。
なおその記述方法は, 「旧約の歴史」と「旧約の宗教」ではかなり異なっ ており,後者では,読みやすくするためにしきりに改行が繰り返され,
後のi.イエスが生まれるまで」の記述を予感させる形式になっている。
2本響の特質として先ずあげなければならないのは,その表題であ る。 I旧約の歴史jおよび「旧約の宗教」からIイエスの生まれるまで
−旧約」への変更は,誰の意向に基づくものだったのだろうか。 こ
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『宗教教科書」 (1951年, 195658年) 11
れは企画編集委員会及び理事会議事録の整理を待って確かめる他ない が,あまりにも大きな変更である。その意図するところは,新約との 繋がりを意識させることにあったのだろうが,内容はそれほど特別な ものではない。仮にi旧約聖書の歴史』 という表題であっても,決し ておかしくない。ただしその場合の「歴史」には,正典としての「旧 約聖書の歴史」という意味合いが強く込められている。 もしかすると,
中学二年の段階で, 『旧約の歴史jのように歴史学的文献学的知識に基 づく説明は不要である, あるいは無理である, との判断が働いたのか もしれない。 もしそうだとすると, この表題は前著に対するかなり批 判的な意味をもっていることになる。
3本書の目次は,目次というよりも内容そのものになっている。し かも各項の記述方式をみると,数行の記述ごとに改行が繰り返され,し かもその数行の内容からキーワードが抜き出されて,最初にゴシック で印字されている。 まるで受験参考書の「まとめ」といった感じで,各 項のそのキーワードを読みつなぐ・と, その内容がひとりでに分かる仕 掛けになっている。 この方式は, 『旧約の宗教」にみられた改行の繰り 返しをさらに発展させた形とみることもできる。いずれにせよ,本書
は学習者にとって大変分かりやすい教科書であった, と考えられる。
4 しかしそれにしても,なぜこのような方式をとらざるをえなかっ たのだろうか。前項のような積極的な評価も可能であるが, これでは
「物語を味わう」ことは無理である。 イメージを膨らませる余地がない ほどに, ゴシック文字が目に飛び込んでくるからである。目次が示す 通り,本書は結局,旧約聖書全体を平等に取り扱おうとしており,た とえ数行であっても三十九巻全体に言及しようとしている。すでに企
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画編集の段階で, このような企て自体に対する危倶もあったと思われ るが,残された教科書をみるかぎり, まるで「辞書」のようなものに 仕上がっている。あるいはこんな想像もしてみたが,実際はどうであっ たのだろうか。つまり,第一の教科書は「聖書」であるとすれば,本 番は第二のサプテキストであり, むしろそれは参考書あるいは辞書の 役割を果たすことを求められたのかもしれない?と。
5本書には, 「課題」の項目が完全に欠落している。 「旧約の歴史」
およびi旧約の宗教」にも, さらには本シリーズの一年生用宗教教科 書「豊かな生命」にも, 「課題」の項目が入っている。執筆者個人の判 断だったのだろうか。
(3) 基督教教育同盟会編「イエスと使徒たち」創元社
a. 1951 (昭和26)年4月1日初版発行, 1952 (昭和27)年4月1 日再版発行, 851」1, 111頁, 13×40(1頁520¥),巻頭写真2枚2頁 分,写真14枚
b. 「本書は原野駿雄・茂義太郎両氏の執筆にかかり,富森京次氏の 協力によるものである。」
c, 目次
一イエスの生い立ち lイエス誕生, 2少年のころ (ルカ2.40 51), 3青年のころ,二福音運動の準備1バプテスマのヨハネ(ル
カ3. 1‑17), 2イエスがバプテスマを受けたとき (マルコ1 .9‑11), 3荒野の勧誘(マタイ4.1‑11),三福音を宣伝し始めたころ 1福 音運勤の開始(マルコ1.14‑15),2福音とは何か,3福音を信じた人々
(マルコ1・16‑20, 2・13‑14), 4会堂における福音宣伝(マルコ1 .
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I宗教教科書」 (1951年, 195658年) 13
2128,ルカ4.1621), 5福音に伴う力ある愛の業(マルコ1.29‑34), 四宣伝された福音 1父なる神(マタイ6.3132), 2神の国(マタ イ6.33), 3真の幸福(ルカ6.20‑26,マタイ5.1 12), 4第一の誠 命(マルコ12・28‑31),五福音運動が盛んになり, その反動が強く なったころ 1十二人の選抜(マルコ3.1319), 2臂による大衆への 宣伝(マルコ4.12, 30‑34), 3ガリラヤの全地方への宣伝 十 二人の宣教旅行(マルコ6・713, マタイ10.523), 4五千人の大集 会(マルコ6.30‑44), 5福音運動への反動,六福音運動の方向を転 換したころ l北方への旅(マルコ8.27), 2弟子たちへの問い(マ ルコ8.2730), 3救主の受難と復活との予告(マルコ8.31‑33), 4 エルサレムヘの旅(マルコ9.30, 10.1, 32),七十字架の教え l
「己をすて,十字架を負ひいて我に従へ」 (マルコ8.3435), 2 「凡て の者の僕となるべし」 (マルコ9.34‑37, 10.13 16, 3545),八エ ルサレムヘの訴え Iエルサレム入城と宮潔め(マルコ11.1‑11, 15 19), 2ユダヤ教の代表者たちとの論戦(マルコ11・2733, 12.1 17, 3840), 3エルサレム滅亡の予言(マルコ13.1‑37), 4祭司たちの陰 謀とユダの裏切り (マルコ14.1‑2, 1011),九十字架のイエス l 最後の晩餐(ヨハネ13.4‑17,ルカ22・24‑32,マルコ14.1226), 2 ケッセマネの祈り (マルコ14.27‑42), 3裁判と宣告(マルコ14.53‑
64, 15.1 15), 4十字架上のイエス (マルコ15.22‑39),十イエス の復活 l復活の報せ(マルコ16・1‑8),2ペテロヘの顕現(Iコリ15・
3‑5シ ヨハネ21.1‑17), 3 トマスヘの顕現(ヨハネ20.2429), 4f エスの昇天(使1.1‑12),十一使徒たちはどんなに再起したか l待 望の祈り (使1・1‑14), 2ペンテコステの日 (使2・1 13), 3エルサ
】 1
レム教会の発展(使2・14‑42), 4ペテロの活動,十二使徒たちはど んなに働いたか 1バルナバ(使4.3637, 9.26−27, 11.1924), 2 ステパノ (使6.715, 7・54‑60), 3ピリポ(使8.1‑40),十三パ ウロはどうしてキリスト教徒となったか l少年のころ(使21・39,ピ リピ3.5,使26.45), 2エルサレムにおけるパウロ (使22.3, 26.
9‑11), 3まぽろし(使9.1‑19),十四パウロはどのように活動した か l使徒として選ばれたのち (ガラ1.15‑17,使9・19‑30, 22.17 21), 2最初の外国伝道旅行へ(使13・1 14.1 28), 3再び伝道旅行 へ(使15 17), 4三度目の外国伝道へ(使18. 18‑20.3), ・・i五パ ウロの鹸後lエルサレムに向かう (使20.4‑24), 2エルサレムでの 受難(使21.4−23. 15), 3あらしの中のパウロ (使27・1‑44), 4パ
ウロの晩年(使28. 1‑31)
d. 特質
1 本害の執筆者は原野駿雄と茂義太郎,そして協力者は富森京次と 記されている。 しかし1957版の「イエスと使徒たち−新約の時代‑1
では,協力者の名前が削除されている。なぜだろうか。
2前シリーズの中学二年生用宗教教科書の表題は「イエスの生涯j と 「キリスト教の起源」であった。 これに対し本書の表題は,両者を 組み合わせた形で「イエスと使徒たち」 となっている。
3二人の執筆者の具体的な執筆分担はどこにも記されておらず不 明であるが,前シリーズの二冊の教科書の目次と比較すると,一章か ら‑'一章までの担当者が原野駿雄,十一章から十五章までの担当者が茂 義太郎ではなかったかと推測される。なお, 『イエスの生涯」の魅力と して指摘した「物語としての語り口」は,本書ではあまり感じられな
I、』
54f−
「宗教教科書』 (1951年, 195658年) 15
い。聖句の直接的引用がその原因であろうか。
4 「課題」の項目が完全に削除されている。
(4) 基督教教育同盟会編『教会と文化』創元社
a. 1951 (昭和26)年4月1日初版発行, 75円, 94頁(教会史・世 界史対照年表16頁分を含む), 14×42 (1頁588¥),巻頭写真1頁
b. 「本書は氣賀重躬氏の執筆にかかり,本宮彌兵衛氏の協力による ものである。」
c 目次 序説
一史上のイエス I キリスト教と古代文化
二原始教会の成立l教会の成立, 2エルサレム教会,三キリ スト教の発展lパウロの異邦人伝道, 2原始教会の特質,四ロー マ帝国とキリスト教Iローマ政府とキリスト教,2教父とその思想,
3ニケーア会議4ニケーア会議後の教会, 5古代末期の教会, 6古 代末期の教父,五古代キリスト教文化
11 キリスト教と中世文化
六中世初期のキリスト教1教皇グレゴリウス−世, 2中世初期 の信仰,3教会の動向,七教会と国家・教会と社会lシャールマー ニ1大帝, 2教会と国家, 3教会と社会,八ローマ・カトリック教 会の盛衰, I教皇権の興隆, 2十字軍, 3十字軍の史的意義, 4托鉢 僧団, 5反ローマ思想の台頭, 6宗教改革の黎明, 7ラテン教会とギ リシア教会,九中世キリスト教文化 lシヤールマーニュのルネッ
16
サンス, 2中枇中期の学問, 3中世キリスト教芸術 1I1 キリスト教と近代文化
十宗教改革 l ドイツの宗教改革, 2スウイスの宗教改革, 3宗 教改革の普及, 4対抗的改革, 5三十年戦争,十一宗教改革の文化 的影響 1人間観, 2政治・社会思想, 3学問芸術,十二再改革運 動 l英国教会と清教徒, 2敬虐派の興隆と発展,十三現代キリス ト教の特質 l近世ヨーロッパ諸国の教会, 2アメリカの教会, 3現 代の教会
IV H本のキリスト教
十四日本キリスト教史の概要,十五キリスト教と日本文化 教会史・世界史対照年表
d. 特質
l 本書の表題は「教会と文化』となっており,執筆者も二名となっ ているため, あたかも『キリスト教会の歴史」とIキリスト教と文化I の内容を組み合わせているかのような印象を与える。しかし実際には 前者の省略版となっている。後者が取り扱っていた内容,つまり倫理 的な部分が完全に省略されている事実をどのように評価すればよいの だろうか。 この間の経緯を語る資料の発見が望まれるとしても,結果 として, その後の教科書から倫理的項目を省く傾向が助長されたこと は確かである。現代の「聖書科」教育がその巌終段階においてキリス ト教倫理に関わる項目を重視している現実を念頭に侭くとき, この段 階におけるこの判断の意味は改めて問われるべきであろう。
2 1949年版の「キリスト教会の歴史,! (146頁)の目次と本書(罷 史年表を除くと78頁)の目次を比べると,前者から省かれた主な項目
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I宗教教科書」 (1951年. 195658年) 17
は次の通りである。古代教会史・「原始教会の組織制度」 「エルサレム 教会の指導者」 「伝道の進展」「カトリック教会の起源」「古代カトリッ ク教会の統一的動向」「教会の礼拝典礼」「コンスタンチヌス大帝」「古 代カトリック教会の内部統制」,中世教会史・ 「全盛期のカトリック教 会」,近世教会史・「宗教改革の初期」 「宗教改革の発展期」 「宗教改革 の決定期」 「神学思想」 「ギリシア教会」 「開拓期のアメリカ伝道」 「ド イツの教会」 「イギリスの教会」「ローマ教会」。しかしこれらの項目の 内容がすべて完全に省略されたわけでなく, その多くは別の項目の中 で言及されている。
時代区分は両者とも同じであるが,その表題は, 「古代教会史」が「キ リスト教と古代文化」に, 「中世教会史」が「キリスト教と中世文化」
に, 「近世教会史」が「キリスト教と近代文化」に, それぞれ変更され
ている。
3 「教会と文化」において新設された項目は,序説一「史上のイエ ス」であり, イエスの誕生とその生涯を略述している。これは,学習 者に聖書と教会の歴史の連続性を意識させるための工夫と考えられ る。他方, l.キリスト教会の歴史」の序説はこれと異なり, これから学 ぶ「キリス│、教会の歴史」の大まかな時代区分と,各時代における主 な事件及び亜要人物をあげて,全体の見取り!XIをあらかじめ提供して いる。二千年に及ぶ歴史を学ぶ者にとって, この序説は大いに意味が あったはずである。 「教会と文化」において, この見取り図の役割を果 たしているのが最後に付されている「教会史・世界史対照年表」であ る。 これは18頁に及ぶ年表であり,本文の総頁数が78頁であること を考えると, これがどれほど車視されていたのかがわかる。 この変更
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は現場の要請に基づくと推測されるが,年表を加えたこと, しかも「教 会史・世界史対照年表」 という形で提供したことは大いに歓迎された はずである。なお, ここでいう「世界史」は, 「日本史」と区別された 意味での所謂「世界史」ではなく, むしろそれを積極的に取り入れた ものとなっている。例えば紀元313年の項目には,教会史側には「コ ンスタンチヌス大帝ミラノの勅令を発してキリスト教を公許す」 とあ るのに対し,世界史側には「正月三日仁徳天皇即位都を難波(摂津)
に遷して高津宮と称す」 となっている。本書の頁数から考えて, これ にさらに「キリスト教会の歴史」の序のような見取り図をつけること は確かに無理であろうが,学習者の立場から見ると,やはりこのよう な「あらすじ」があってもよかったのではないだろうか。
4 さらに無理な要求をすることになるが,本書が高校生用の教科書 であるとすればなおさら,やはり歴史地図が必要である。これなしに,
具体的イメージをもつことはほとんど不可能だからである。この必要 性は執筆者たちも十分承知しながらも,当時の出版事情がこれを許さ
なかったのであろうか。
(5) 基督教教育同盟会編「聖書概論」創元社
a. 1951 (昭和26)年4月1日初版発行, 1952 (昭和27)年4月1 日再版発行, 75円, 100頁, 14×42 (1頁588¥),地図(旧約時代の エジプト及びメソポタミア, 旧約時代のパレスチナ,パウロの旅行行 程) 5頁分,巻頭写真2頁
b 「本書は相浦忠雄氏の執筆にかかり,田中貞氏の協力によるもの である。」
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「宗教教科書」 (1951年, 195658年) 19
c, 目次 聖書序説
一聖書の価値 1文学的価値, 2文化的価値, 3宗教的価値,二 聖書の研究 l文学的研究, 2霊的研究, 3神学的研究, 4研究態度,
三聖書の由来 l旧約聖書, 2新約聖書, 3聖書の翻訳
|日約聖書
四律法(五害) 1歴史的部分, 2律法的部分,五歴史書,六 預言書(一),七預言書(二),八諸害(聖文書)
新約聖書
九福音課(一) 1福音書問題, 2四福音書,十福音書(=), 十一使徒行伝とパウロ l使徒行伝, 2パウロ,十二パウロの手 紙(一), ‐│ ・三パウロの手紙(二),十四パウロ以後の書簡,十五
ヨハネ黙示録 1内容, 2解釈 参考書
地図
.特質
1 本書の表題は, 『聖書の理解」から 「聖謹概論」へと変更されて いる。その理由は記されていないが,内容から考えるとこちらの方が 適切である。
2表紙には著者名がなく 「基督教教育同盟会編」となっており, 目 次の前に最初に「本書は相浦忠雄氏の執筆にかかり,田中貞氏の協力 によるものである」 と記されている。 この記述も,前シリーズの場合 よりも,基督教教育同盟会が一層リーダーシップを発揮してきたこと を意味するのだろうか。前シリーズの企画編集委員である田中貞の名
2()
前が協力者としてあげられていることも,この方向性を感じさせる。し かしこの記述にもかかわらず,本書は「聖書の理解jの改定版でしか なく,田中の助言は形式的なものであったと推測される。
3 「聖書の理解」の目次と「聖書概論jの目次を比較すると,一見,
まったく別の内容にみえる。 ところが詳細に検討してみると,前者の 最後にあった「十一聖書研究の方法」が,後者では「二聖書研究」
として前の方に配置され,前者において聖書各害の内容として記され ていたものが,後者では目次に抜き出され, 「聖書概論.lの名にふさわ しく幣理されているだけである。 もちろんこの整理により,本書の意 図がいっそう鮮明になったことは確かである。
4 1聖譜の理解」 と 「聖書概説」では,聖書各害の並べ方に微妙に 異なっている部分がみられる。それは預言書の項目である。前者では 次のように記されていた。「預言者はその時代と密接な関係があり,預 言そのものもその関係のうちに生じたものであるので,預言書の研究 は歴史的年代順により歴史的背景を考慮に入れてするのが鍛良の方法 であるが, ここではへブル語旧約の順序に従って先ず三大預言書,続 いて十二小預言書を解説する」 (37頁)と。ところが後者では, この引 用文の最後が次のように変更されている。「預言書の研究は,歴史的年 代順により朧史的背景を考慮に入れながらおこなうのが岐良の方法で ある。 したがって, ここでは聖書による順序によらず,年代順によっ て預言詩を解説する」 (35頁)と。この変更は何を物語っているのだろ うか。前著の選択は,高校一年生を対象とする教科書という性格を配 慮した結果なのだろうか。 もしそうだとすれば,後者の選択は,高校 一年生ならば,正典における各書の順序と歴史的順序を区別しうると
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『宗教教科書i (1951年, 195658年) 21
想定したことになる。これは小さな問題のようであるが,高校生の「教 科書」であるがゆえに生ずる問題であり,正典的理解と歴史学的文献 学的理解の関係は常に著者を悩ます課題である。
5 「聖書の理解」を取り上げた際に指摘した「ヨハネ黙示録」の解 説方法の特異性(この項にかぎり,わざわざ「内容」と「解釈」に分 けて説明している) と, この部分に比較的多くの頁が割かれていた事 実は, 1聖書概論jにおいても, そのまま受け継がれている。改定する 必要を感じなかったようである。著者は,歴史学的文献学的研究の有 効性を明示しつつ,高校生が無用な混乱に陥らないように配慮しよう
としたのだろうか。
6高校一年生用教科害として「聖書概論」が選択された結果, 1949 年に発行された當森京次著Iイエスの教司││」はまったく顧みられなく なってしまった。はたしてシそれで問題は起こらなかったのだろうか。
この間の企画編集委員会の議事録の整理が待たれるところである。「イ エスの教司│ │」は, 「福音書」を身近に感じさせる大変優れた内容を備え ていただけに,惜しい感じがしてならない。例えば,中高一貫教育が 必ずしも理想的な形で実現していない状況を想定するならば,つまり 高校に入って初めてキリスト教にふれる学生を対象とするような現場 においては, まちがいなく 「イエスの教訓lの方が受け入れやすかっ たはずである。
(6) 基督教教育同盟会編『キリスト教の要義』創元社
a. 1951 (昭和26)年4月1日初版発行, 75円, 112頁, 14×42 (1 頁588字),巻頭写真2頁
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b・ 「本書は片山正直,溝口靖夫両氏の執筆にかかるものである。」
c, 目次 福音
一福音の宗教(マルコ1 ・ 14‑15),二福音の意味(ルカ2. 10 11),三福音の構造(ローマ1. 16)
神
一創造の神(創1.1,黙4.11),二主なる神(出20.2英訳版,
マタイ4.10),三父なる神(イザヤ63.16英訳版, マタイ6・9)
キリスト
ー受肉(ヨハネ1.14),二十字架(Iコリ1・18),三復活(使 徒2・32, 1コリ15. 14)
聖霊
一聖霊の意義(Iコリ2.11‑12),二聖霊の活動(Iコリ12.3‑
6),三聖霊と教会(マルコ16・15,マタイ18.20,エペソ1・23) キリスト者の生活
一信仰(ローマ1.17),二愛(ルカ10.27),三希望(ロー マ8.2425)
d. 特質
1 1949年版では,高校三年前期用教科書『キリスト教の主要思想j (149頁)の執筆者が溝口靖夫,高校三年後期用教科書「キリスト教の 世界観』 (130頁)の執筆者が片山正直, となっていた。これに対し, 「キ リスト教の要義j (112頁)は, その表題から,あたかも前者の改訂版 のような印象を受けるかもしれない。 しかし両者の共同執筆となって いる通り, その内容は二冊のそれを組み合わせ, さらに分量を調整し
−qワ、J
i宗教教科書」 (1951年, 195658年) 23
た形で出来あがっている。
2 「キリスト教の主要思想jの目次と Iキリスト教の要義」の目次 を比較すると,次のことが分かる。つまり前者から「人間四神の 似像,五罪,六死」, 「キリスト 七言,九復活」, 「救済十救 主」の項目が抜け, それに「福音一福音の宗教,二福音の意味,
三福音の構造」, 「キリスト者の生活,一信仰,二愛三希望」
の項目が付け加えられた形になっている。この付け加えられた項目は,
「キリスト教の世界観」の内容との対比から,主に片山正直が担当した と考えられる。
3本書の表題が「キリスト教要義」となった理由は記されていない が,内容からみて無理がない。 「思想」でも「世界観」でもなく,取り 上げられているのは, 「福音」 「神」 「キリスト」 「聖霊」そして「キリ スト者の生活」だからである。 この表題は,後の宗教教科書の企画編 纂においても受けつがれており, この意味でこの変更はひとつの流れ を作った言うことができる。
4本書は冒頭に「福音」の章を置くことにより,全体としてiキリ スト教の主要思想」 とまったく異なる構想となっている。この章の最 後は次のように結ばれている。 「以上,われわれは福音の構造を,その 成立過程においてたずねて, それが父なる神の言であり,子なるキリ ストによって語られ,聖霊によって証示・実化せられるものであるこ とを学んだ。換言すれば,福音は,父と子と聖霊の三位一体の活動に よって,全き意味に成り立つことを学んだのである。これがいわば福 音の三一的構造である。ここからしてわれわれは,福音を次のように 原理的に言い表わしたいと思う。福音とは,父なる神が,子なるキリ
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ストを通して,聖霊によって証示せられる恩恵の言(罪の赦しと永遠 の生命の賜物)を語り給うた, ということである。」この引用から分か るとおり,著者は第一章において三位一体論について語り, その上で 第二章において神諭を展開している。 これはIキリスト教の主要思想j の,神→人間→キリスト→救済→聖霊→教会,の構想では なく, Iキリスト教の世界観」の,福音と世界観→創造の信仰と所造 的世界観→神の愛と愛の世界観→完成の希望と象徴的世界観,の 構想を全体の枠組として採用したことを意味する。そのことは,本書 の最終章が「キリスト者の生活一信仰,二愛,三希望」となっ ていることからも確かめられる。 Iキリスト教要義』という表題は溝口 著『キリスト教の主要思想」の改題であるかのような印象を受けるが,
内容構成はむしろ片山著「キリスト教の世界観」を基本としているの である。
このような構成は,両著者の話し合いの結果生まれたのだろうか。
1951年版の宗教教科書には,すでに言及した通り本書のほかにも複数 の執筆者が関わったものがあるが,内容構成の点で,本書ほど1949年 版と異なっているものはない。
5以上のような構成の結果, Iキリスト教要義」 という表題にもか かわらず,学習者は最初と最後により身近な倫理的発言に接すること になり,教理的内容を幾分身近に感じることができたのではないかと 思われる。
残された課題
(1) 1949年版の宗教教科書は十二冊であったが, 1951年版のもの
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「宗教教科書j (1951年, 1956‑58年) 25
はその半分の六冊である。前者の内容と特徴を論じた際に,現場にお いて果たしてそれらは受け入れられたのかとの疑念を記しておいた。
それらの内容如何を問う前に,分量が多すぎることは一目瞭然だった からである。 したがって二年後に出版された宗教教科書が六冊になっ ているとしても,何ら驚くに当たらない。ただし問題は,わずか二年 後に改訂版が出版されたことである。このことが可能になるには,少 なくともその一年前に改定の必要が論じられ,実行に移されなければ ならなかったはずである。その問の事情を物語る資料の整理が待たれ るところだが,ではそもそも1949年版の企画編集はどのようにして行 われたのか, という疑問が改めて生じてくるであろう。
(2) 教育現場は, 1951年版の教科書に対してどのような反応を示 したのだろうか。幸いにも, その一部を読み取ることができる資料が 残されている。それは,基督教教育同盟『聖書科カリキュラムのあり 方1956」 (1956(昭和31)7月23日発行)である(2)。 これには, 「聖書 科単元表」,この当時用いられていた聖書教科書,それらの教科書を用 いた理由, 「将来編成されるテキストへの希望」, 「編成委員会に対する 希望」, 「聖書科に関する諸事項」 (聖書科の目標,聖書科の取扱い,聖 書科の評価,他学科との連絡,聖書科一時間の運営の順序方法, その 他)等がまとめられている。特に「基督教教育同盟会編のテキスト使 用の理由とその結果」及び「基督教教育同盟会編のテキスト不使用の 理由とその結果」の項目は,興味あるデータを示している。 しかし学 校差が大きく,単純に纏めることはできない。中学用教科書を用いて いる学校数は過半数をぎりぎり越える程度であるが,高校用教科書を 用いている学校数はかなり低く,三割程度である。ただし,関西地区
26
は他の地区に比べ,いずれの程度も高い。 これは同地区に所属してい る執筆者が多いという事情が関係しているものと推測される。
個々の理由を検討することは別の機会に譲らざるをえないが,全体 として「聖書を直接教えること」を大切にしている様子が窺がわれる。
関東地区の調査報告はこう述べている。「高校の場合,教会の聖書講 義(聖書研究)の形式が踏襲されている感が強く, カリキュラム形成 には一段の飛躍を要する現状と思われる。 しかしこの現状に鑑みて適 当な聖書研究的カリキュラム及びキリスト教概論のカリキュラムが高 校の今後の方向を示すものと思われる。 〔改行〕なお,全般を通じてキ リスト教史(教会史)を教えている所が少ないということは一考を要 する」 (19頁)。 「将来編集されるテキストへの希望」の中でトップを占 めているは, 「聖書そのものを読ませるものとして」であり, このこと は東北・北海道地区,関西地区, そして西南地区でも同様である。 こ の要望に応えているかどうかが,教科書選択に大きく影響したと思わ れる。
関東地区の報告している「聖書科カリキュラムの原案」は,草案→
訂正案→委員会案→最終案, と少しずつ変化して行くが, いずれ にも次のような内容のコメントが加えられている。それは,中学2年 用のカリキュラムについて, 「聖書を正教科書として,WorkBook式 なものにしたい。毎時間必ず次の時間のため,聖書の箇所を示し,課 題を提出するようにする」 (48頁)といったコメントである。この考え 方はその後もしっかりと受け継がれて行ったようである。茂義太郎に よると, 1959年版I聖書教科書I‑VIIjシリーズの編集委員会も, この ワークブック方式を確認したようである (基督教学校教育同盟編「聖
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I宗教教科書」 (1951年, 1956‑58年) 27
害教科書教授用指導書・中学用」 (1961 (昭和36)年,創元社, 98頁)。
またこの「将来編集されるテキストへの希望」の中で上位を占めて いるのは, 「中・高6学年を一貫したものとして」 と 「生徒の生活経験 に即したものとして」である。後者は,成長段階にあり, その変化も 大きい中高生を対象とするかぎり当然のことであるが,前者について は地域の事情も絡んでいるようである。現状に対し,内容的に一貫し ていないとの批判が込められていると同時に, さらに中学用の教科書 を高校生に読ませざるをえない現状を分かってほしいとの訴えがなさ れている。つまり,地区によって中高一貫教育の内実にかなりの差が あり, それを考慮すべきであるとの意見である。
「編成委員会に対する希望」の中で各地区に共通しているのは,執筆 者の構成に関する要望である。それは, 「実際に中高生を指導している 者, あるいはその経験がある者」を執筆者とすべきだとの意見である。
これも現状に対する批判とみなすことができる。
(3) 1949年版では,各害の表紙に著者名が明記されていたが,1951 年版になるとそれは「キリスト教教育同盟会編」 となり,戦前の「聖 書教科書jの表記方法と│司じになっている。結局, この事実は何を物 語っているのだろうか。
11基督教学校教育同盟編『基督教主義中学校及び高等 学校宗教教科書」 (1956‑58年)の内容とその特質 (1) 中学校用,一年,基督教学校教育同盟編「豊かな生命」新元社 a, 発行所及び発行年については必ずしも明確でない部分があるた
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め,手持ちの資料を整理し,関係資料も合わせて年代順に記しておく。
今田恵著I豊かな生命j創元社(1956 (昭和31)年4月5日初版発 行,この版の発行所については,創元社のものしか確認されていない)。
基督教教育同盟会編『キリスト教教科書・教師用害」新元社(1956 (昭和31)年4月25日発行,非売品)。
基督教学校教育同盟編『豊かな生命j新元社(1957 (昭和32)年4 月1日再版発行, 85円), 111頁,地図(パウロの旅行行程) 2頁分,
14×14(1頁616字),巻頭写真1頁。 この新元社版がいつまで継続出 版されたのかは不明。
今田恵I豊かな生命』創元社(1963 (昭和38)年4月5日第8版), 120円, 111頁。
b. 「本書は今田恵氏の執筆にかかり,二宮源兵氏の協力によるもの である」 (1957年再版)。
c 目次
まえがき−私の学校l入学, 2少年時代, 3偉い人, 4学校 生活,二豊かな生命l生命, 2生活, 3正しい生活, 4放蕩息子 のたとえ(ルカ15.11‑32), 5豊かな生命,三宗教l宗教とは何 か, 2宗教と生活, 3高い宗教と低い宗教, 4宗教の種類, 5宗教的 教養の必要,四キリスト教l新しい歴史, 2キリスト教の背景, 3 キリスト教の起源, 4キリスト教の発達, 5日本の新教,五礼拝I 拝む心, 2拝むもの, 3拝む理由, 4拝む仕方,5私達の礼拝,六祈 り l祈る心, 2正しい祈り, 3祈る人, 4イエスの祈り, 5「主の祈 り」,七聖書1聖書を読む必要, 2聖書の成立と名称, 3聖書の言 葉,八旧約聖書lイエスの時代の聖書, 2旧約聖書の背景, 3旧
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i宗教教科書」 (1951ff, 195658年) 29
約聖書はどうしてできたか, 4旧約聖書の区分と内容,九新約聖書 lイエスと旧約聖書, 2旧約から新約へ, 3新約聖書はどうしてでき たか, 4新約聖書の区分,十讃美歌l歌う心, 2宗教と音楽, 3讃 美歌の生成, 4よく知られた讃美歌数種,十一イエス.キリスト l イエスの記録としての福音書, 2イエスの生涯, 3十字架, 4永遠に 生きるキリスト,十ニイエスの弟子たち l弟子たちの記録として の使徒行伝, 2立ち上がった弟子たち, 3ペテロ, 4ステパノ,十三 パウロ lパウロの回心, 2パウロの伝道. 3パウロの手紙, 4パウ ロとキリスト教の教理,十四生命の流れ l今日の課題, 2キリス
ト教会の歴史, 3神の国, 4人格の尊重 d・ 特質
1. 1956年5月3日の総会において基督教教育同盟会が「基督教学 校教育同盟」と改称されたことに基づき, このシリーズはすべて「基 督教学校教育同盟編」となっている。 このシリーズの計画それ自体が,
この名称変更をきっかけに企てられたと考えられる。 しかもこの企画 による各吾の初版発行の年次は1956年とされており,あらかじめ十分 準備されていたか,あるいは極めて短期間に行われた可能性がある。各 害の内容から見て,後者の可能性が高い。
2. 本書の目次は1951年版の目次とまったく同じである。総頁数の 違いは, 1頁あたりの行数と1行に入る字数の違いから生じている。
3. したがって「本耆は今田恵氏の執筆にかかり,二宮源兵氏の協力 によるものである」 (1957年再版)との記録はほとんど意味がない。で は, なぜわざわざこのような記録を残したのだろうか。 これは, 1949 年に出版された『キリスト教入門j創元社では「今田恵・二宮源兵共
30
著」となっていたものが, 1951年に出版された「豊かな生命」創元社 では今田恵氏の単著(「本書は今田恵氏の執筆にかかるものである」)と されていることに関係があるのだろうか。つまり異論が唱えられ,元 に戻すということになったのだろうか。
さらに1963年版の「豊かな生命」には, 1951年版と1957年版の表 紙に明記されていた「基督教教育同盟会編」および「基督教学校教育 同盟編」 という表記がまったく見られず,単に「今田恵著」 となって いる。今や共著ではなく単著とされ, しかも基督教学校教育同盟の名 称も完全になく族っている。これをどう理解すればよいのだろうか。異 論に対する再反論の結果なのだろうか。
またこの1963年版の奥付によると, この版の初版は1956(昭和31) 年となっており,発行所は創元社となっている。もしこの1956年版の 発行所も創元社だとすると,同じ年に,異なる発行所から同じ表題の 本が出版された可能性も出てくる。あるいはその初版は創元社から発 行され,再版だけが新元社から発行されたのだろうか。 しかし,同じ 1956年にIキリスト教教科書・教師用害」が新元社から発行されてい る事実があり,同年に異なる発行所から同じ表題の教科書が出版され た可能性も否定できない。いずれにせよ, この間の事情を物語る資料 の整理が必要である。
4 この版が少なくとも1963年版まで増刷された事実は, その後の 新しい教科書の出版にもかかわらず,本書が広く受容されたことを意 味している。われわれは改めてこの問題を検討する必要がある。なお,
今田恵の名前は, 1959年出版された『聖書教科書jシリーズの「編集 顧問」として,千葉勇,西村次郎の名前と共に明記されており,影響
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『宗教教科書」 (1951年, 1956‑58年) 31
力があったものと推察される。
5再版とされる1957年版基督教学校教育同盟編「豊かな生命」 (新 元社) には, あの最初の挿絵.ホフマン筆「あなたに足りないことが 一つある」の解説文が残されているが,今田恵著I豊かな生命」 (1956 年初版, 1963年8版,創元社)では,それが完全に省略されている。何 があったのだろうか。
6著者は, そのIキリスト教教科書・教師用書」の中で,本書の執 筆方針ならびに使用方法についてこう述べている。 「カリキュラムに,
生活カリキュラムと,教科カリキュラムがあるとすれば,本書はその 併用の立場をとっている。 故に生活カリキュラムか,教科カリ キュラムか, いずれか一方に限定する必要は全くない。ただ最も有効 な教育が行われるように用いればよい」 (2頁)。
(2) 中学校用,二年,基督教学校教育同盟編『イエスの生れるまで
−旧約の時代一」新元社
a. 1957 (昭和32)年4月1日再版発行, 85円, 126頁,地図(旧 約時代のエジプト及びメソポタミア)2頁分, 14×44(1頁616¥),巻 頭写真3枚2頁分,写真20枚
b. 「本書は関根文之助氏の執筆にかかるものである。」
c・ 目次 旧約の世界
一旧約聖書の話l旧約聖書の中心, 2 1日約聖書の分類, 3旧約 聖書の特徴,二旧約聖書の地理lパレスチナ, 2シナイおよびエ ジプト, 3メソポタミアおよびシリア
32
人類の祖先
一最初の人アダムとエバ l天地万物の創造(創1, 2.13), 2z デンの園(創23), 3はじめの兄弟(創4),二正しき人ノア 1人 類の堕落(創6), 2大洪水起る(創7‑8), 3契約のにじ(創9.819),
4バベルの塔(創11) イスラエル民族の父祖
一信仰の父アブラハム lウルからカナンへ(創11‑12), 2アプ ラハムとロト (:l113・18‑19), 3大いなる試練(創21‑22),ニイサ クとその子たち l イサクのおいたち(創22, 24), 2エサウとヤコブ (25・19, 2728), 3兄弟の再会(創3233)
宰相ヨセフ
ーヨセフのおいたち lヤコブの子ら (創37.1−4), 2ヨセフ売 らる (創37.5−36, 39),二夢をとくヨセフ, 1侍臣の夢(創40),
2パロの夢(創41),三ヨセフと兄弟たち I穀物を求めて(創42),
2再びエジプトへ(創4346, 47. 1 12, 50)
神の人モーセ
ーモーセとその時代lイスラエルの勢力増加(出l), 2モーセ のおいたち(出2), 3モーセの召命(出3), 4エジプトにおけるモー セ(出5. 13),二出エジプト 1雲の柱・火の柱(出13), 2紅海 を渡る(出14), 3荒野のできごと(出1519, 32), 4十戒を受く (出 20. 1 17,申命記5.621)
カナンを望みて
一モーセの後継者ヨシユア 1カデシへ(民10, 13, 25), 2モー セの死(申34), 3ヨシュアの人となり (出17),ニカナン攻略1
−102
I宗教教科書1 (1951年, 1956‑58年) 33
エリコ城をさぐる(ヨシュア2), 2ヨルダン渡河(ヨシュア3, 4), 3 エリコ陥落(ヨシュア6), 4カナン平定(ヨシュア7‑11)
新しき指導者
一立ち」二がった士師 1烈女デボラ(士師4),2勇者ギデオン(士 師6), 3豪勇サムソン(士師14 16), 4その他の士師(士師3.1012), 二賢女ルツ 1ナオミとルツ (ルツ1), 2ルツの孝養(ルツ2), 3
ボアズの妻となる(ルツ3‑4),三祈りの人サムエル lサムエルの おいたち(Iサム1, 3), 2イスラエル軍の敗北(Iサム4, 7), 3サム エルとサウル(Iサム912)
王国の成立と発展
一最初の王サウル 1サウルの功名(Iサム912), 2サムエルの 命にそむく (Iサム15), 3サウルの人となり (Iサム16.14‑23, 31), 4つぎの時代へ,ニダビデ王lダビデのおいたち (Iサム16・1‑
13), 2ヨナタンの友情(Iサム17, 20, 24), 3ダビデ,王となる(I1 サム25, 8), 4ダビデの家庭と晩年(I1サム15,18, 1列王l),三ソ ロモン王 lソロモンの人となり(I列王2), 2 ソロモンのちえ(I列 王3・10), 3ソロモンの事績(1列王6‑8), 4ソロモンの晩年(I列王 l1)
王国の分裂と南北朝時代
一分裂の原因 l遠因, 2近因,二失政と反逆 l反逆の指導 者(1列王12), 2分裂の結果,三北王国の移りかわり 1第一王朝 から第五王朝へ(1列王14‑22, 11列王9‑12), 2サマリアの陥落(I1列 王15‑17),四南王国の移りかわり 1北王国との対立(I1列王18 23), 2エルサレムの陥落(Ⅱ列王2325)
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預言者の活躍
一預言者 1旧約宗教の中心, 2預言者の出現,二審判者エリ ヤ 1北朝の異教政策(I列王12), 2カルメル山上の審判(I列王18), 3信仰の前進三正義の人アモス 1神に会う備え(Ⅱ列王14, ア モス5−6), 2神のことばの飢きん(アモス8), 3正義と公道(アモス 5),四愛の人ホセア lホセアの人となり(Ⅱ列王15),2神の愛(ホ セア6.2), 3勧めと慰め(ホセア6.14)五イザヤ lイザヤの時 代, 2イザヤのおいたち (イザヤ1.6), 3イザヤの信仰(イザヤ5,
7, 9),六エレミヤ Iエレミヤの時代(エレl), 2エレミヤのおい たち (エレ1), 3エレミヤの信仰(エレ7.5)
バビロン捕囚
一バビロンの川のほとり 1捕囚の苦難(詩篇137),ニエレミ ヤの手紙と賢人ダニエル 1同胞へのたより (エレ29.4‑10), 2イス ラエルの勝利(ダニ),三預言者エゼキエル 1エゼキエルの人とな り (エゼ14‑20), 2エゼキエルの信仰(エゼ18.30‑32),四無名の 預言者の歌1第二イザヤの人となり, 2第二イザヤの信仰(イザ40 55)
ユダヤの復興
一解放と帰国 1時代的背景(エズI‑3), 2帰国の指導者(イザ ヤ40),二神殿の再築l国民的行事(エズラ3−5), 2献堂式(ハ ガイ),三エズラとネヘミヤ 1国土再建(エズラ,ネヘミヤ), 2国 民生活の革新,四エステル王妃 l王妃に選ばる(エステル), 2民 族の危機,五ヨナ物語1ヨナの人となり(ヨナ), 2ヨナ害の教訓
(ヨナ4)
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「宗教教科書j (1951年, 195658年) 35
旧約の文学
一ヨブ記 lヨブ記のあらまし, 2特徴,二詩篇 l詩篇のあ らまし, 2楽器と用語,三筬言 1歳言のあらまし, 2内容,四伝 道之害1伝道の害のあらまし, 2内容,五雅歌 l雅歌のあらま
し, 2特徴 輝きいずる光
一ギリシアとユダヤ lアレクサンダー大王の東征, 2 トレミー 家とユダヤ人,ニローマとユダヤ lローマ支配, 2ヘロデ父子の 悪政,三救主を待つ人びと 1メシアの出現, 2世界は明けゆく
d
l本書の目次の概要は, 1952年再版のものとほぼ同じである。新し く付け加えられたのは, 「バベルの塔」(人類の祖先), 「カナン平定」(カ ナンを望みて), 「その他の士師」 (新しき指導者)だけである。その他 の変更は,直接内容には関係のない仮名遣い,表記変更などである。
2 したがってここでも著者問題が出てくる。つまり1952年再版で は「本書は関根文之助氏の執筆にかかり,浅野順一・河辺満謹両氏の 協力によるものである」と記されていたのに対し, 1957年再版では二 人の協力者の氏名が省かれている。なぜなのだろうか。ただし I豊か な生命」の場合と異なり, その後,基督教学校教育同盟編という表記 を欠いた版は出版されていないようである。
3 1952年再版の教科書と1957年再版の教科書では,発行所が創元 社から新元社に変わっているが,現在のところ, その理由に言及して
いる資料は見当たらない。
4 1952年再版の教科書にはなかった「課題」が, この1957年再版
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に復活している。何らかの指摘があったのだろうか。
5最初の写真が差し替えられている。
6執筆者関根文乃助は, 『キリスト教教科書・教師用書j (1956年)
の中で,改めて新約聖書とのつながりに留意するように, こう述べて いる。 「│日約聖書を教えるということは, どこまでも, 「イエス・キリ ストの誕生」 という点に, じゅうぶんなる思いをいたし,救いの歴史 としての旧約ということを, はっきりさせたいと思う。ただ単なるお もしろい話を聞かせるということではなく,たえず,新約への関連性 を強調しつつ,授業を進めていただきたいことを希望する」 (4頁)。
(3) 中学校用,三年,基督教学校教育同盟編『イエスと使徒たち 新約の時代」新元社
a. 1957 (昭和32)年4月1日再版発行, 85円, 106頁,地図(新 約時代のパレスチナ,パウロの旅行行程)3頁分, 14×44(1頁616字), 巻頭写真2枚2頁分,写真16枚
b・ 「本書は原野駿雄・茂義太郎両氏の執筆にかかるものである。」
c, 目次
一イエスの誕生と成長 lイエス誕生(ルカ2.1−20,マタイ2.
1−13を読め。以下各題の下のカッコに示してある聖書の箇所を必ず読 むこと。), 2少年のころ(ルカ2.40‑51), 3青年のころ,二福音運 動の準備lバプテスマのヨハネが始めた宗教運動(ルカ3・1‑17), 2 バプテスマを受けたイエスに与えられた使命(マルコ1・9‑11), 3荒 野においての勧誘(マタイ4.1 11),三福音を宣伝し始めたころ l 福音運動の開始(マルコ1.14 15), 2福音とは何か, 3福音を信じた
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1宗教教科書」 (1951年, 195658年) 37
人々 (マルコ1・16‑20, 2.13‑14), 4会堂における福音宣伝(マルコ 1.21‑28,ルカ4.16‑21), 5福音に伴う力ある愛の業(マルコ1・29‑
34),四宣伝された福音 l父なる神(マタイ6.31‑32), 2神の国 (マタイ6.33), 3真の幸福(ルカ6.20‑26, マタイ5.1 12), 4第 一の誠命(マルコ12.2831),五福音運動が盛んになり, その反動 が強くなったころ 十二人の選抜(マルコ3・13 19), 2臂を用いて なした大衆への宣伝(マルコ4.1‑2, 3034), 3ガリラヤの全地方へ の宣伝一十二人の宣教旅行(マルコ6.713,マタイ10・5‑23), 4 五千人の大集会(マルコ6.30‑44), 5福音運動への反動,六福音運 動の方向を転換したころ 1北方への旅(マルコ8.27), 2弟子たち への問い(マルコ8・27‑30), 3救主の受難と復活との予告(マルコ8.
3133), 4エルサレムヘの旅(マルコ9.30, 10・1, 32),七十字架 に関する教え l 「自分をすて,自分の十字架を負うてわたしに従って きなさい」(マルコ8.3435),2「すべての者の僕とならねばならない」
(マルコ9・3437, 10.13‑16, 35‑45),八エルサレムヘの訴え lエ ルサレムへの入城と宮潔め(マルコ11.1‑11, 15‑19), 2ユダヤ教の 代表者たちとの論戦(マルコl1.27‑33, 12.1‑17, 3840), 3エルサ レム滅亡に関する予言(マルコ13.1‑37), 4祭司たちの陰謀とユダの 裏切り (マルコ14.1‑2, 10−11),九十字架上のイエス 1最後の晩 餐(ヨハネ13.4‑17,ルカ22.24‑32,マルコ14・1226), 2ケツセ マネにおいての祈り (マルコ14.2742), 3裁判と宣告(マルコ14・
53‑64, 15.1 15), 4十字架上のイエス(マルコ15・22‑39),十イ エスの復活l復活の報せ(マルコ16.18), 2ペテロヘの現われ(I コリ15.35, ヨハネ21・1‑17), 3 トマスヘの現われ(ヨハネ20.24
J、『、
jら
29), 4イエスの昇天(使1・1‑12),十一使徒たちはどうして再起し たか 1待望の祈り (使1.1‑14), 2ペンテコステの日 (使2.1‑13), 3エルサレム教会の発展(使2・14‑42), 4ペテロの活動,十二使徒 たちはどんなに働いたか 1バルナバ(使4.36−37, 9.26‑27, 11・
19‑24), 2ステパノ (使6.7‑15, 7.5460), 3ピリポ(使8・1‑40), 十三パウロはどうしてキリスト教徒となったか I少年のころ (使 21.39, ピリピ3.5,使26.4‑5), 2エルサレムにおけるパウロ (使 22.3, 26.9−11), 3まぼろし (使9. 1‑19),十四パウロはどのよ
うに活動したか 1使徒として選ばれたのち (ガラ1.15−17,使9.
1930, 22.1721), 2最初の外国伝道旅行へ(使13.1‑14・1‑28), 3 再び伝道旅行へ(使15‑17), 4三度目の外国伝道へ(使18. 1820・
3),十五パウロの最後Iエルサレムに向かう (使20.4‑24), 2エ ルサレムでの受難(使21.423.15), 3あらしの中のパウロ (使27・
144), 4パウロの晩年(使28. 1‑31) d. 特徴
1本書の目次の概要は, 1962年再版のものとほほ同じである。違い の多くは口語訳に従った表記の変更にすぎない。
2 したがって著者に関して, 1952年再版に記されていた「富森京次 氏の協力によるものである」 という部分が削除されていることは, こ の企画の他の書物の場合と同様に説明を必要とする。現在のところそ の理由は不明である。
3挿入写真の枚数の差はわずか2枚であるが,両者に共通するもの は4枚だけである。それゆえここに編集者の意図を読み取ることもで きる。 1957年再版の教科書は新しい写真を12枚挿入している。
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