博 士 ( 教 育 学 ) 荒 井 文 昭
学 位 論 文 題 名
教育管理職人事をめぐる教育政治の研究
―東京都内公立中学校長の異動昇任類型に焦点をあてて一
学位論文内容の要旨
(1)本論の課題と構成
本研究は、教育をめぐる、紛争をともなう集合的な意志決定を「教育政治」としてとらえ、この紛争 の舞台としての教育管理職人事決定過程に注目しながら、この決定をだれがおこなっているのかを、調 査によって明らかにしたものである。
公立学校の校長人事を決めているのは、現行法規定上は、県費負担教職員たる校長の場合、都道府県 教育長の選考をへて都道府県教育委員会が任命するとされているが、その実際の運用動態はほとんど一 般には知られていない。また、校長をはじめとする教育管理職人事制度にかんする動態把握の研究はき わめて少ない。
本論では、第1・部で、東京都における公立中学校長人事資料を統計処理する方法によってその異動昇 任を類型化させることにより、その決定のあり方を浮かび上がらせることを試みた。そして第2部では、
戦後東京都における教育管理職人事行政機構の変遷を検討することによって、第1部の人事異動統計分 析に対して、歴史的変遷からの検討を加えた。さらに第3部で、教育行政における政治のあり方をめぐ る理論的な課題について考察を加えた。
(2)教育管理職人事の決定過程をめぐる教育政治の行政内化
本論第1部第2部の調査結果から浮かび上がってきたことは、東京都における教育管理職人事の実質 的な決定が、法規定上の決定権者である都教育委員会、あるいは、各区市町村教育委員会や教育長によ って決められてきたのではなく、都レベルと区市町村レベルのそれぞれにおける教育官僚機構、すなわ ち、教育庁人事部職員課と多摩教育事務所に配置された管理主事、1957年以降から基礎自治体ごとに配 置されてきた指導室(課)長、および、その周辺に形成されていると思われる教育専門職集団の働きによ って、おこなわれてきたということである。
地教行 法が1956年に導入されて以降、都内公立中学校長の人事権は、区市町村教育委員会から東京 都教育委員会へと吸い上げられ、教育管理職人事決定をめぐる東京都教育委員会と都内各区市町村教育 委員会における法規定上の権限関係は複雑なものとなった。そして、密室ともいうべき教育行政過程内 で 、 教 育 官 僚 機 構 に よ っ て 事 実 上 の 決 定 が お こ な わ れ る よ う に な っ て き た の で あ る 。 美濃部都政期において管理職試験制度が公開化され、また、一時期は、学校ごとの教職員による信頼
度が教育管理職選考に加味されたことはあったが、この教育管理職に対する教職員からの信頼度を人事 に反映させようとする取り組みは、保護者・地域住民に開かれたものではなかったし、鈴木都政下にお いてこの施策そのものは廃止された。そして、教育管理職人事の決定過程にかんする情報は、現在もそ の ほと んど が非 開示 の情 報と さ れて おり 、実 質的 な選 考の 過程 は不 透明 なま まに され て いる 。 したがって、その権限が強められるようになってきている校長ではあっても、それは、現場教職員か らの信頼を得ていたいだけでなく、保護者・地域住民からの正統性を欠いたものに現在はなっていると いわざるを得ない。この調査結果から生じる、教育管理職人事にかかわる理論的な課題を、本論第3部 で以下のように論じた。
(3)教育管理職人事の決定過程における政治の位置
1950年代、学校教育をめぐる紛争激化のなかで「教育の中立性」が問題とされたとき、国による公共 性の独占ともいうべき中央集権的な教育行政機構が、戦後再び形成されてきた。国による公共性の独占 は、議員を選出することによる間接民主主義によって正統化されながら、密室の教育行政裁量を拡大さ せてきた。この教育行政裁量の拡大に対して、「教育の自由」論は、教育をめぐる紛争の調停にかんし て、国がその調停者になるべきではないことを指摘しえたが、だれがこの紛争に向き合って調停してい くのかという政治の問題(=教育における民主主義の問題)までもが、教育専門職である教師に期待さ れてしまった。その結果、学校教育への保護者・地域住民の参加は、教育専門職との協力関係として議 論されるのみで、教育統治のプロセスとしてはほとんど議論されてこなかった。そして、形骸化してい る教育委員会が多数とたっている現状の中では現在、その決定権限を首長部局に一元化させた方が責任 の所在が明確になるという議論が勢いを増している。
しかし本論の検討結果からすれば、教育委員会権限の首長部局への一元化は、ー見すると責任の所在 が明確になるようでいて、実際には、一部の職員による行政裁量にゆだねられる結果となる危険性が高 い。学ぶ自由がなければ、教育の営みは権カによる特定教育内容の教化となってしまう。したがって、
教育には教育にふさわしい教育政治のあり方が追求され、それが一般政治とは区分されて固有に認めら れなければならない。
(4)より直接的な民主主義における教育管理職の役割
教育管理職としての校長は、教育専門職の代表として、その役割を担うことが求められるのであるが、
校長職にはこれに加えて、地域がっくった公立小中学校の運営責任者として、地域代表性も兼ね備える ことが求められている。現行制度においてはそれが、基礎自治体からの内申規定により間接的に実現し ていることになってはいるのだが、この内申規定が実際に機能しているとは言えなぃ状況に置かれてき たことは 、本論第1部第2部で示したとおりである。したがって日本においても今後、保護者・地域住 民が校長選出に参加する権利を制度化することが検討されるべきである。
しかし、紛争をともなう教育にかんする決定は、保護者・地域住民が校長などを選出しただけで終わ るものでもまたない。教育にかんする決定を、より直接的な民主主義によっておこなおうとする場合に は、その協議過程のあり方が重要となる。教育専門職の情報と判断を抜きにした、保護者・地域住民の みによる決定は、教育的価値の実現と矛盾する危険性が高くなってしまう。この意味において、保護者・
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地 域 住 民 の 権 限と 教 育 専 門職 の 権 限と は 、 相互 不 可 分の 関 係 にた っ て いる と と ら えら れ る 。 協議によって紛争を解決していく経験をうばわれてきた地教行法以後の50年間を取り戻していくこ とは容易なことではなぃが、紛争を協議によって解決していく経験が、保護者・地域住民と教職員の相 互に蓄積されていくことによってしか、教育にふさわしい決定のあり方は制度化しえなぃ。教育にかん する決定を一極集中的な間接民主主義にゆだねることをとめるためには、これまでの経験をふまえたよ り直接的な民主主義を対置させることが必要なのであり、そのためにも、保護者・地域住民と教育専門 職のあいだの権限と責任関係が明確にされることが不可欠となる。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査 教授 坪井由実 副査 教授 姉崎洋一
副査 教授 乾 彰夫(首都大学東京大学院 人文科学研究科)
副査 助教授 横井敏郎
学 位 論 文 題 名
教 育 管 理 職 人 事 を め ぐ る 教 育 政 治 の 研 究
一 東 京 都 内 公 立 中 学 校 長 の 異 動 昇 任 類 型 に 焦 点 を あ て て ―
本 論 文 は 、 東 京 都 内 で1955年 か ら1991年 ま で の37年 間 に お い て 公 立 中 学 校 長 を 経 験 し た3,267人の うち 、異 動経 歴を 明ら かに でき た2,346例 (全 体の71.8%) について、そ の 異動 昇任 の類 型化 を試 み、「都レベル異動」1,150例と「基礎自治体内異動 」1,196例に ま ず2類 別 し 、 さ ら に 、 キ ャ リ ア パ ス の 特 徴か らそ れぞ れ4っ のパ ター ンを みい だし てい る 。そ して 、「 この よう な人事行政の運用を実質的に決めてきたのは誰か」を 問い、F・M・ ワ ー ト やM‑W. カ ー ス ト ら に よ る 教 育 政 治 学 的 方 法 と 視 点 に 学 ぴ 、 密 室化 して いる 校長 人 事決 定過 程を 実証 的に 解明 しつ つ、 校長 人事 行 政に おけ る保 護者 ・地 域住 民の参加の視 点から教育統治システム の再構築を試みている。
本 論 文 は3部 から なり 、解 明さ れ た教 育行 政学 並び に教 育法 学上 の成 果は 、大 略以 下の 通りである。
(1) ま ず 、 東 京都 内公 立中 学校 長 のキ ャリ アパ ス調 査で は、 保護 者・ 地域 住民 から は見 え に く い3っ の 「隠 れた ルー ル」 を あぶ りだ して いる 。す なわ ち@ 指導 主事 等の 教育 行政 管 理職 を経 験し 、全 都的 な範 囲で 異動 する 「外 校 長」 と、 基本 的に ーつ の自 治体の中で昇 任 ・ 異 動 す る 「 内 校 長 」 と の2類 型 が あ る こと 、◎ 自治 体や 学 校に よっ て、2類 型の 校長 が 偏っ て配 置さ れて いる こと 、お よぴ ◎そ の異 動 昇任 は、 専門 職集 団内 部の 閉じられたル ー ルに よっ て「 自律 化」 して いる 、と する 。そ し て、 総じ て本 研究 によ る人 事統計調査か ら 浮か ぴ上 がっ たこ れら の諸点は、そのいずれも正統性が疑われると断じ、教 育統治論(教 育 行 政 の 民 主 主 義 ) の 視 点 か らWho governs?( だれ が決 めて いる のか )と 問う てい る。
従 来の 教育 行政 学で も学 校経 営学 でも なく 、教 育 政治 学の 方法 と視 角か ら、 教育をめぐる 紛争をともなう集合的な 意思決定を「教育政治(educational politics)」としてとらえ、その 紛 争の 舞台 とし ての 教育 管理 職人 事の 決定 過程 に 焦点 をあ てて いる 。教 育行 政学者の誰も が 関心 を抱 きな がら これ まで分析のメスが入れられなかった分野に大胆にきり こんでおり、
そ の 洗 練 さ れ た 方法 と鋭 利な 視角 は魅 力的 であ り、 膨大 なデ ー タを あえ て2類型 に全 体を 整理するなかから導出さ れた知見は、学術的にも高く評価できる。
(2) 教 育 管 理 職人 事決 定過 程の 変 遷を たど りな がら 、東 京都 にお ける 教育 管理 職人 事の
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実 質 的な 決定 は、 法制 度的 に規 定 され てい る市 区町 村教 育委 員会 (教 育長 )で も都 教育 委 員 会( 教育 長) でも なく 、「 都 レベ ルと市区町村 レベルのそれぞれにおける教育官僚機構一 教 育 庁人 事部 教職 員課 と多 摩教 育 事務 所に 配置 され た管 理主 事( 管理 班) 、1957年 以降 か ら基 礎自 治体 ごと に配 置さ れ てき た指導室(課 )長、およぴ、その周辺に形成されている 教育専門職集団 」であることを解明している。
と りわ け、校長の キャリアパターンに、「外校長」と「内校長」の2っがあることを析出 す る なか で、 これ らが 村松 岐夫 ( 行政 学) の指 摘す る中 央政 府官 僚に みら れる キャ リア ・ ノ ン キャ リア の補 完関 係に 相当 す る形 で、 教育 行政 に対 する 政治 的コ ント ロー ルが 行わ れ ているとする指 摘は卓見である。
(3) 基 礎 デ ー タ は1991年 ま で では ある が、 都市 経営 的人 事政 策や 現在 の東 京都 の教 育 改 革 に も 分 析 を 加 え 、 論 文 全 体 が 、 東 京 都 で2000年 に 導 入 され た新 たな 教育 管理 職人 事 制 度 の歴 史的 背景 を深 く考 察す る 論考 に仕 上が って いる 。人 事考 課制 度の 導入 政策 を石 原 都 政 だけ でな く鈴 木都 政に まで 遡 り分 析し 、校 長人 事の 密室 性は 、現 在議 論さ れて いる 教 育 行 政の 一般 行政 への 一体 化と い う形 では 克服 しえ ない こと を明 らか にし てい る。 また 、 こ う した 新教 育管 理職 人事 制度 が 、従 来か ら隠 然と 形成 され てき たキ ャリ ア校 長・ ノン キ ヤ リ ア 校 長 と い う2ル ー ト の 制 度 固定 化に ほか なら なぃ とす る指 摘は 、密 室化 して いる 校 長 人 事決 定過 程を 解明 した 本論 文 の到 達点 をも って 、は じめ て説 得的 に示 唆で きる もの で あり、本論文の 特に東京都研究にとっての貢献も大きぃヽ。
(4)1960年 代 か ら1970年 代 に お け る 「 校 務 主 任 公 選 」 や 「 教 頭 候 補 者 選 考 へ の 教 職 員 参 加 の取 り組 み」 の意 義と 限界 に つい ての 分析 も鋭 い。 すな わち 、1950年 代以 降に おけ る 「教 育の自 由」論に関する先行研究を総括し、「教育をめぐる紛争の調停にかんして、国が その調停者にな るべきではない」とする指摘は正しいとしても、「.だ れがこの紛争に向き合 っ て 調停 して いく のか とい う問 題 (= 教育 にお ける 民主 主義 の問 題) まで もが 、教 師に 期 待 され てし まっ た」 とす る。 そ の結 果、「学校教 育への保護者・地域住民の参加は、教育専 門 職 との 協力 関係 とし て議 論さ れ るの みで 、教 育統 治の プロ セス とし ては ほと んど 議論 さ れ て こ な か っ た 」 と 批 判 し 、 教 職 員 参 加 の 取 り 組 み の 理 論 的 弱 点 を っ い て い る 。
(5) 行 政 と 政 治 の 二 分 論 が 教 育 長や 校長 の専 門性 (資 格制 度) を高 めて いく 過程 であ っ た 米 国と の対 比で 、わ が国 の教 育 行政 の政 治的 中立 性論 の特 殊性 (イ デオ ロギ ー性 )が 明 ら か にさ れて いる 。そ して 、市 川 昭午 や持 田栄 一に 学ぴ なが ら、 また 新藤 宗幸 や村 松岐 夫 の 一 般行 政へ の統 合を 説く 教育 統 治論 を批 判的 に考 察す るな かで 、教 育に 固有 な政 治の あ り 方と して 、「 それ ぞれ の教 育 機関 に近いところ での、より直接的な民主主義による決定」
が 求め られ てい ると する 。こ う した 新たた制度規 範から、「だれが教育管理職人事を決める べ き なの か」 へと 考察 をす すめ 、 現場 当事 者た ちこ そが 紛争 解決 の担 い手 であ るべ きで あ り 、 保護 者・ 地域 住民 の権 限と 責 任を 制度 化す るこ とが 、教 育専 門職 の権 限の 拡大 とと も に 必 要で ある とし てい る。 さら に 、校 長の 専門 職性 とし て職 場代 表性 と地 域代 表性 をと も ど も 追求 して いく こと が重 要と す る立 場か ら教 育統 治シ ステ ム改 革を 論じ 、父 母住 民が 教 育 統 治主 体と して 校長 選ぴ に参 加 して いく シス テム づく りが 、校 長の 専門 職性 を担 保す る う え で必 須で ある とし てい る。 校 長選 考へ の父 母住 民の 参加 を強 めれ ば強 める ほど 、校 長 の専門性(地域 代表性)は高まるとするのである。
こ のよ うに 、本 論は 、堀 尾輝 久 等に よっ て構 築さ れて きた 国民 の教 育権 論に おけ る教 師 の 「 教育 の自 由」 論の 意義 と限 界 につ いて 教育 統治 論か ら発 展的 に継 承、 克服 して いく 展 望 を 大胆 に提 起し てい る。 もっ と も、 教育 統治 論に おけ る教 育固 有の 政治 的コ ント ロー ル の あ り方 (直 接的 民主 主義 )を 、 学校 組織 管理 論上 の教 育委 員会 及び 校長 の責 務と の関 係 構 造 にお いて どの よう に整 序す る のか 、あ るい は、 村松 の言 うキ ャリ ア・ ノン キャ リア の 補 完 関係 は東 京都 の教 育政 策の 展 開を 分析 する なか で実 証的 に検 討さ れる 必要 があ るの で
はないか、といった課題も残されていることを、今後のさらなる研究の発展に期待して記 しておきたい。
本論文は、教育政治学の方法と視点により教職員人事行政研究の新たな地平を切り開き、
教 育 行 政 学 な ら ぴ に 教 育 法 学 研 究 に 多 大 な 貢 献 を な し て い る と い え る 。 よって、審査委員会は、本論文が北海道大学博士(教育学)の学位の授与にふさわしい 水準にあると全員一致して判断した。
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