Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
市川総合病院におけるがん治療 : がん診療連携拠点病院
としての取り組み
Author(s)
安藤, 暢敏
Journal
歯科学報, 109(2): 130-133
URL
http://hdl.handle.net/10130/1858
Right
日本のがんによる年間死亡者数は33万人で,全死 因の約1/3を占め 死 因 の 第1位 と な っ て い る。ま た,がんに罹患する生涯リスクは,日本人男性の2 人に1人が,女性は3人に1人が生涯に一度はがん になると推計されている。政府も1984年の「対がん 10か年総合戦略」に始まり,30年近くにわたり対が ん政策を実施してきたが,がんはいまだに国民の生 命および健康にとって最重要課題の一つである。こ のような状況のなかで,市川総合病院は2008年2月 に地域がん診療連携拠点病院に指定された。本稿で はこのがん診療連携拠点病院の位置付けとミッショ ン,さらに市川総合病院におけるがん治療への取り 組みを紹介したい。 ⑴ 地域がん診療連携拠点病院指定への過程 21世紀に入りがん予防対策の立法化の動きが出始 め,2007年4月に「がん対策基本法」が施行される に至った。同法に基づくマスタープランともいうべ き「がん対策推進基本計画」では,10年以内に達成 すべき目標としてがんによる死亡者数の減少(75歳 未満の死亡率の20%減少)を掲げている。同法では がん対策の基本理念として,がん医療の均てん化 (がん患者がその居住する地域にかかわらず,全国 どこでも等しく質の高いがん医療を受けることがで きる)の促進がうたわれ,「がん診療連携拠点病院の 整備に関する指針」が策定された。 指針では都道府県に1か所の都道府県がん診療連 携拠点病院を,2次医療圏に概ね1か所の地域がん 診療連携拠点病院を指定することになっている。指 定要件としては,各医療機関の専門分野において集 学的治療および診療ガイドラインに準じた標準的治 療ならびに応用治療を提供でき,とくにわが国に多 い5大 が ん(肺 が ん,胃 が ん,肝 臓 が ん,大 腸 が ん,乳がん)の上記治療を提供できること,緩和医 療および地域の医療機関への診療・相談支援の提供 などが求められている。市川総合病院が位置する千 葉県東葛南部2次医療圏内では,船橋市立医療セン ターが拠点病院として指定されていたが,2007年9 月千葉県健康福祉部から,同医療圏の人口を考慮し て1施設のみではなく複数設置したい旨連絡があ り,われわれ市川総合病院は指定施設基準に不足は ないと判断し申請することになった。県の打ち合わ せ会議でのプレゼンテーションおよびヒアリングの 結果,厚生労働省宛に推薦を受け,2008年2月に厚 生労働省から正式に指定を受けた。プレゼンテー ションでは,他施設にはない当院の得意分野とし て,専門的口腔ケアや嚥下リハビリなど,がん治療 におけるソフト面のインフラ整備の充実を強調し た。千葉県では県がんセンターを中核病院(都道府 県がん診療連携拠点病院)として,市川総合病院を 含む県下13施設が地域がん診療連携拠点病院の指定 を受けた。 前述したがん対策推進基本計画では2011年度まで の5年間に,a.放射線療法および化学療法の推進 とその専門家の育成,b.治療の初期段階からの緩 和ケアの実施,c.がん登録の推進の3つの課題に 重点的に取り組むことになっている。 ⑵ 市川総合病院での取り組み a.放射線療法および化学療法の推進とその専門家 の育成 市川総合病院における放射線治療は,1992年現在
2.臨床の観点から
1)市川総合病院におけるがん治療
― がん診療連携拠点病院としての取り組み ―
安 藤 暢 敏
市川総合病院長 130 ― 28 ―地での新病院オープンと時を同じくしてスタート し,治療装置リニアックはすでに17年を経過し耐用 年数を超えている。そのような中でがん診療連携拠 点病院に対する放射線治療装置更新のための補助金 を獲得できたので,5か月間の更新工事を経て09年 9月より新装置 ONCOR Impression Plus(シーメン ス社 図1)が稼働を始める。新しい放射線治療シ ステムでは,これまでの X 線シュミレーターによ る治療計画ではなく,すべて治療計画装置の専用コ ンピューターで行い,治療計画装置に取り込まれた CT 画像を も と に 標 的 病 変 を volume と し て 把 握 し,コンピューターのなかで立体的な線量分布を加 味しながら照射野や照射門数を決める。これらの設 定情報はすべてリニアックのコンピューターに送ら れ,リニアックが自動で回転し決められた位置で止 まり,設定した形の照射野を作り照射する。これま での鉛のブロックをネジでとめるなどの照射野確保 のための手作業や,治療計画の感覚的な部分がなく なり,自動的に正確かつ安全な放射線治療が短時間 で可能になる。この自動化によりこれまで基本で あった対向二門照射から4門,5門,さらには7門 照射も正確に短時間でできることになり,強度変調 放射線治療 IMRT(intensity modulated radiation therapy)など高精度放射線治療が可能になる。そ の結果,脊髄や唾液腺などの critical organ が照射 野の中央にあっても,その被爆線量をより少なくす ることが可能となる。2007年の放射線治療患者数は 209名であったが,新装置の稼働により大幅な治療 件数の増加が期待できる。 市川総合病院では2008年4月の DPC 稼働開始を 目指し,拠点病院指定と時を同じくして外来化学療 法への移行を推進し,外来化学療法室の整備・拡充 作業を進めた。その結果,液晶テレビ付きリクライ ニングチェアー10台,ベッド3台を有する新外来化 学療法室が8月に稼働開始した。(図2)現在は大腸 がん,乳がんに対する化学療法を中心に月間約100 例の対象例をこなしている。スペース的制約のため に,外来化学療法室内に抗癌剤ミキシングのための サテライトファーマシーを併設できないのが残念で あるが,十分な知識と経験を有するがん化学療法認 定看護師を確保して,医師,看護師,薬剤師,医事 課事務よりキャンサーボードをチーム編成し,より 高度の専門職域を目指したい。 b.治療の初期段階からの緩和ケアの実施 これまでのがん治療は根治を目標としたキュアが 最優先され,根治の見込みのない高度進行がんや再 発がんに対する姑息的治療すらも対象とならなく なった病態に対して,終末期医療という不適切な表 現を充ててきた。「病を穏やかに癒してくれる場 所,人生を安らかに見送ってもらえる場所はどこに も見当たらない。」というようながん患者と家族の 叫びやメディアからの指摘のなかで,医療者のなか でも緩和医療に対する関心度が急速に高まり,社会 にも認知されるようになった。このような情勢のな かで,がん対策推進基本計画においても,緩和医療 図2:新外来化学療法室 図1:新放射線治療装置 ONCOR Impression Plus
(シーメンス社)
歯科学報 Vol.109,No.2(2009) 131
が重要課題の一つに位置付けられてきた。これまで のような抗がん治療が万策つきた時点で緩和ケアに 切り替えるのではなく,がん治療の初期の段階から 抗がん治療と並行して緩和ケアを進めることの必要 性が強調されるようになってきた。 市川総合病院でもがん性疼痛対策を軸として,麻 酔科医,精神科医,看護師による緩和ケアチームを 編成し,各診療科担当医からの依頼に応じチーム医 療によるより積極的な緩和医療を展開し始めた。さ らに専門家を招聘し緩和医療講演会を開催し,院内 意識レベルを高め,がん診療連携拠点病院医師に受 講が義務づけられている緩和医療セミナーを,09年 7月に院内で開催する予定である。また,市川市医 師会には会長をはじめ在宅医療に積極的な会員医師 が多く,在宅緩和医療のモデル地域に指定されてい る。これに呼応して市川総合病院側からも,がん相 談支援の任を負う Medical Social Worker(MSW)を 仲介として積極的に連携参加している。病診の他に この事業を支える地元薬剤師会,在宅介護支援セン ター,保健所,行政から県関係者をまじえた事例検 討会を開催し(図3),意見交換を通して在宅緩和医 療の実を上げつつある。 c.がん登録の推進 がん登録は,がん罹患患者数・罹患率などの疫学 的研究,がん医療の評価,がん検診の評価などに不 可欠の制度ではあるが,これまではとくに地域がん 登録制度の普及が遅れていた。千葉県がん診療連携 協議会ではこの地域がん登録のフル稼働を平成20年 度の最重要課題と位置づけ,千葉県がんセンター病 院を中心に県下13の地域がん診療連携拠点病院でそ の実現に取り組むことになった。市川総合病院でも 08年から診療情報管理士を増員し,国立がんセン ター がん対策情報センターの HOSCANR を用 いた全国登録と並行して推進している。 ⑶ 各診療科でのがん治療 2007年に市川総合病院各診療科で扱った癌腫(悪 性腫瘍)別の外科的切除例数を表1に示した。5大 がん(肺がん,胃がん,肝臓がん,大腸がん,乳が ん)のうち,肺がんは市川総合病院には呼吸器外科 がなく外科的治療を施行できないために,全て化学 療法施行例である。2006年に市川総合病院に併設さ れた口腔がんセンターでの治療例数は他著に委ね る。 現時点でもっとも妥当と考えられるがんの標準的 な治療法を推奨し,医療者および患者さんに治療指 針を示す目的で,2000年以降関連学会が積極的にが ん治療のガイドラインを発信してきた。その基本的 ポリシーは EBM 重視であり,筆者が携わる一般・ 消化器外科領域でのがん治療について,ガイドライ ンに則った最近のトピックを紹介したい。年間33万 人のがん死亡のうち半数以上,男性では65%,女性 では50%を消化器系がんが占めている。 a.食道がん これまでの Stage II/III 胸部食道がんに対する標 準治療は根治手術+術後補助化学療法(CDDP+5‐ FU)であったが,筆者が研究代表を務め術前化療と 術後化療を比較したランダム化比較試験 JCOG9907 (ASCO-GI 2008)の結果を踏まえ,術前化療(CDDP +5‐FU)+根治手術が標準治療となった。化学放射 線療法の適応が拡大しつつあり,T4症例には標準 治療であり,Stage I 症例にはランダム化比較試験 (手術 vs 化学放射線療法)が現在進行中である。低 侵襲手術として特定の施設で積極的に行われるよう になった胸腔鏡,腹腔鏡下の食道切除再建術は,未 だ試験治療という扱いである。 b.胃がん 胃がんに対する補助化学療法の効果はこれまで明 確 で は な か っ た が,ACTS-GC(NEJM 2007)の 結 果,Stage II/III 胃がんに対し手術単独よりも手術 図3:市川市医師会館での在宅緩和医療事例検討会 (千葉県モデル事業) 本学におけるがん治療の取り組みに関する現状と将来 132 ― 30 ―
+術後化療(TS−1)の生存率が有意に優れ,術後 TS−1内服が標準治療となった。腹腔鏡下の胃切 除術は未だ試験治療である。 c.大腸がん 5‐FU+ロイコボリン(lLV)を用いた術後補助化 学療法が標準治療であるが,白金錯体系抗がん剤で あるオキサロプラチンの登場により,大腸がんに対 する化学療法は大きく新たな展開をみせている。5‐ FU/lLV+オキサロプラチン(FOLFOX)あるいは 5‐FU/lLV+CPT−11(FOLFIRI)が進行再発例に 対する第1選択併用療法となっている。最近では FOLFOX に分子標的薬剤であるベバシズマブ(血管 内皮増殖因子 VEGF に対するモノクローナル抗体) を併用する組み合わせが保険適用となり,推奨され ている。FOLFOX は Stage III 症例に対する術後補 助化学療法の標準治療にもなりつつある。 腹腔鏡下の大腸切除術は,がん占居部位にもよる が解剖学的容易性が高く,消化器がん手術のなかで もっとも普及しつつある。 d.膵臓がん ゲムシタビンを用いた術後補助化学療法の追加に より,手術単独よりも生存率,QOL ともに優れて いたとの膵がんランダム化比較試験の結果をうけ て,これまで化学療法がもっとも遅れていた膵胆道 領域においても化学療法の有用性が認知されるよう になった。 e.乳がん がん根治手術のなかで乳がん手術ほどこの四半世 紀の間に大きく様変わりした手術はない。当時標準 術式であった Halsted 手術(乳房切除+大・小胸筋 切除+腋窩リンパ節郭清)は過去の遺物となり,腫 瘍の大きさによっては乳房温存手術が標準である。 さらに腋窩リンパ節郭清もルチーン術式ではなく, 乳がん領域では既に Sentinel node navigation のコ ンセプトが確立しているので,Sentinel node に転 移が認められた場合にのみ腋窩郭清を行う。 乳がん治療領域では化学内分泌療法の有効性が高 く,ステージにより術前化学療法,術後化学(内分 泌)療法が標準である。さらにエストロゲン,プロ ゲステロンレセプターなどのホルモンレセプターの 有無により,内分泌療法を使い分けるテーラーメー ドがん治療の草分けである。最近では上皮増殖因子 受容体2(HER2)陽性患者には,分子標的薬剤で あるトラツズマブ(上皮増殖因子受容体2に対する モノクローナル抗体)も併用されている。 表1:市川総合病院における癌腫別切除例数(2007年) (大腸がん内視鏡的ポリープ切除,内視鏡的粘膜切除例を除く) 食道癌 胃癌 大腸癌 直腸癌 乳癌 肝臓癌 膵,胆道癌 外科 16 64 63 25 48 5 8 消化器科 29 非小細胞肺癌 小細胞肺癌 呼吸器科 48 17 子宮頸癌0期 子宮頸癌 IIV 期 子宮体癌 卵巣癌 婦人科 34 16 21 15 腎癌 腎盂・尿管癌 膀胱癌 前立腺癌 精巣癌 泌尿器科 9 4 89 21 3 脳腫瘍 脳神経外科 12 骨腫瘍 軟部腫瘍 整形外科 20 54 皮膚悪性腫瘍 皮膚科 49 歯科学報 Vol.109,No.2(2009) 133 ― 31 ―