「総合的な学習の時間」が変えたもの (1)
―― 学校組織文化のダイナミズム――
紅 林 伸 幸 *・越 智 康 詞 **・川 村
光 ***
What the Period for Integrated Studies has reformed (1)
Nobuyuki KUREBAYASHI, Yasushi OCHI and Akira KAWAMURA
1.問 題 の 所 在 現在、学校教育は第三の教育改革といわれる改革の渦中にある。こうした改革のうねりは、電子黒 板やゲーム会社が作ったアドベンチャーゲーム仕立ての教科書といった新しい教育ツールの採用から、 コミュニティスクールや小中一貫教育の実施といった新しいスタイルの学校運営まで、学校教育の全 般に及んでいる。第二の近代に突入し、グローバル化が進行する中、学校も新しい時代にあった形に 変革する必要がある、というのはその通りであろう。しかしながら、改革を主張する掛け声の大きさ に比して、具体的な改革プランに関する合意があるわけではなく、あるのは古い制度 (官僚制・既得 権・制度依存・非効率) を破壊せよ、といったメタレベルの合意のみである。そして、変革こそ正義 とのこうした空気のなか、度重なる方針転換による現場の混乱など、改革の負の側面も目立ち始めて いる。けれどもわれわれは、改革無用論や現場至上主義 (反理念・反理論) を唱えたいわけでもない。 われわれの主張は次の点にある。すなわち、① いかなる改革を実施するにも、当該の改革が現場で どのように受け止められて実施に移されているか、それが現実にどのような効果・影響を持ち始めて いるのかを、実証的かつ総合的に検討する必要がある。さらに、② 実証分析を単なるモノグラフに 終わらせないために、現場の複雑さに即したミドルレベルの (否定され乗り越えられることを予定し たプラグマティックな) 理論構築を目指すべきである。 本研究は 2002 年度より完全実施となった「総合的な学習の時間」を、より総合的な観点から検証 し、そこから、今後の「総合的な学習の時間」の在り方や学校改革の進め方についての反省資料 (データ) を得ることを目的としてデザインされたものである。それにしても世の中の関心が「ゆと り」から「学力」(効率性) へと転換しつつある現在、なぜ今「総合的な学習の時間」を研究の俎上 に乗せようとするのか。 まずは、「総合的な学習の時間」はまだ廃止されたわけではない、という点を強調しておく。この 時間は現実に、学校教育においてまだ重要な位置を占め続けている。この時間の現状、課題、有効に 機能する条件等を、現実のデータを用いて振り返っておく作業は、今後の方針・改善策を考える上で も不可欠である。 * 滋賀大学 ** 信州大学 *** 関西国際大学
とはいえ、今回われわれが「総合的な学習の時間」に注目する背後には別の理由もある。それは、 上で述べたような学校 (教育) 改革にかかわる関心、すなわち ① 現在の教育改革のあり方を問い 直すことへの問題意識、さらには ② 改革論争と現場の複雑さを架橋する媒介変数を探索・構築す ることへの (ミドルレベルの) 理論的関心、である。ある意味、「総合的な学習の時間」は、21 世紀 になってとどまることを知らない教育改革の特徴 ―― 朝令暮改的方針変更 ―― に巻き込まれた代 表的な事例のひとつである1)。このような (現場を無視した) 拙速な改革傾向に、教育現場の現実に 即したデータを用いて異を唱えることの必要性は、教育関係者なら誰もが感じているはずだ。 だが、個別の政策研究を超えて、なにがしかの一般化可能な結論を導き出すことも社会学という学 問の役割だろう。そして、このような学校 (教育) 改革との関連において、「総合的な学習の時間」 の導入は興味深い事例である。それというのも、この時間の導入 (改革) は、単に新たに (教育) 内 容を付加するといった加算的な変化にとどまらず、これまでの学校文化・教員文化に収まりきらない 形式上の変更 ―― 決められた方法や枠 (壁) に依拠するこれまでの教育形式・学校文化に、「教科 書がない」、「一斉授業の形式にそぐわない」、「学校の内と外をつなぐ」etc. といった新しい形式 ―― を持ち込む改革であり、複合的な波及効果を学校に対して与える可能性を内在させたものであ るからだ。そして、「総合的な学習の時間」を、新しい形式の導入とそれに対する学校文化の (反) 作用として研究する視点を設定するならば、「総合的な学習の時間」の意義を、単にその目的の達成 度という観点から測定する方法を越えて、少なくとも次の二つの次元で拡張した分析を行う必要が出 てくる。すなわち、「総合的な学習の時間」という新しい形式が、学校の組織文化にどのような波及 効果を及ぼすのかといった「空間的拡がりの次元」、及び、既存の学校組織文化がいかに破壊され、 再構築されるのか (あるいは既存の学校文化にどのように取り込まれ、可能性を塞がれるのか) と いった「時間的展開の次元」へと、研究関心を拡張する必要があるのである。 「空間的拡がりの次元」を加えた分析は前回の報告で行ったので、本稿の最大の特徴は「時間的展 開の次元」(「空間」と「時間」の交互作用) の視点を取り入れた分析を行うことにある。「時間的展 開の次元」などというと随分抽象的な議論に見えるかもしれないが、具体的なイメージで示せばそれ は次のような視点を持つということである。すなわち、たとえば「総合的な学習の時間」の導入に よって教師が「何をしてよいかわからない」、「思うように子どもを動かすことができない」と感じ、 一時的に困惑することは、必ずしも教育の失敗、教育改革の失敗として断定できるものではない、と いう視点である。なぜなら、その「困惑」が後により望ましい展開を導く可能性もあるからだ2)。 以上の研究関心は同時に、教員管理 (評価) など、管理運営面での改革の現状 (あり方) に対する 問いかけを内包している。すなわち、学校運営上の改革の成果も、単にマネッジ面での (表面的な) 成功によってのみ評価されるべきではなく、それが現実に学校を活性化し、教師の教育力を高め、子 どもたちに望まし影響を与えているのかという観点から判断されるべきではないか、と。本稿の後半 部分では、他の一連の改革との比較の中で「総合的な学習の時間」導入の意味を問う作業を行う3)。 2.調 査 の 概 要 本研究では、地方の 2 つの県の全公立小・中学校 (以下、学校) と、そこに勤務している教師を対 象とした、二度にわたる「総合的な学習の時間」に関する質問紙調査の結果の経年比較と、更に現在 の教育改革の動きとの関連性を測る目的で、改革先進校の取り組みとの比較を行った4)。第 1 回の調 査は 2004 年度に学校調査を、2005 年度に教員調査を実施し、第 2 回調査は 2009 年度に学校調査及 び教員調査と、文部科学省の研究指定校から無作為抽出した改革先進校調査を実施した。調査方法は、 いずれも郵送法を用いた。教員調査については、「総合的な学習の時間」の実践を行っている学級担 任各学年 1 名ずつ分 (小学校計 4 名 中学校 3 名) の質問紙を各学校に配布し、回答後は個別に調査 者に郵送するように依頼した。2009 年調査では、学校調査と教員調査の質問紙をセットにして学校
単位で配布し、回答後はそれぞれ回答者が個別 に調査者に郵送するように依頼した。 報告者らは、「総合的な学習の時間」が実施さ れて間もない 2004 年、2005 年の調査から、主に 「総合的な学習の時間」の「空間的拡がりの次元 (波及効果)」について分析し、暫定的に次のよ うな結論を導き出している5)。すなわち、「総合 的な学習の時間」の理念が実践に移されるにあ たって、小学校を中心に、「学校の特色づくり」 や、「学級づくり」などの面で、波及効果の一定 の広がりが見られる。しかし、全体としてその 実態は学校現場の構造や文化にマッチングする形に変更され、学校文化を内在的に変革するような効 果を挙げているとは言いがたい。とりわけ中学校においてはネガティブな評価も多く、学校を変革す るよりも、むしろ混乱を与えるものとなってしまっているのではないか、と。しかし、実施後間もな いその段階で、「総合的な学習の時間」の結果や効果の全体を把握するのは不可能である。5 年を超 える年月が経過し、その二つの時点を比較する視点を得ることにより、ようやく私たちは「総合的な 学習の時間」の成果を「空間的拡がりの次元」、「時間的展開の次元」の双方 (交互作用) を視野に入 れて検証する可能性を手に入れたといえるだろう。 3.「総合的な学習の時間」のもたらす総合的な波及効果と成功の条件 3-1 教員からみた「総合的な学習の時間」の効果 近年、「確かな学力」への関心が高まる中、「総合的な学習の時間」への熱狂は冷めつつある。では、 現場で実践に携わっている教師たちの目に映った「総合的な学習の時間」の持つ影響・効果は、この 4 年の間でどのような変化を見せたのであろうか (図表 3-1、詳しくは図表 4-1 参照)。 まず、子どもの学習活動に関する項目から見ていく。ここで挙げる数字が満足できるものであるか 否かは別として、この 4 年間に「総合的な学習の時間」に肯定的なまなざしを向ける教師が小学校・ 中学校を問わず増えていることは確かである。「物事に対する興味や関心」を増大させる効果を認め る教師は小学校で 75.0% から 83.8% へ、中学校で 54.8% から 67.5% へと上昇し、「学習意欲」を高め る効果があるとする教師も、小学校で 48.5% から 68.3% へ、中学校で 21.4% から 38.8% へと上昇し ている。注目されるのは、「教科の授業に積極的に取り組む」よう促す効果についても、小学校で 19.5% から 34.1% へ、中学校で 8.3% から 15.1% へとその割合が大幅に高まっていることである。こ れら一連の結果は、「総合的な学習の時間」は、徐々に学校に定着しつつあることを示すと同時に、 この時間を学力低下に単純に結びつける発想に疑問を呈するものであるといえよう。実際、ゆとり教 育批判の中で醸成されたそのイメージとは裏腹に、現場では「総合的な学習の時間」を導入すること で「学力が低下した」とする教師は、小学校で 22.0% から 10.4% へ、中学校で 43.9% から 20.3% へ と半減し、「学力差が広がった」とする教師も、小学校で 16.6% から 8.7% へ、中学校で 29.4% から 15.2% へと、やはりほぼ半減している。 次に、子どもたちの学校生活全般に対する効果はどうだろうか。前回の調査から、「総合的な学習 の時間」には、学校での人間関係を良好にし、子どもの居場所づくりになるなどのプラス効果を実感 する教師が多いことが明らかになったが、今回の調査では、そうした効果を実感する教師の割合がさ らに増えていることがわかった。「友達と協力しあえるようになった」は小学校では 73.9% から 83.0% へ、中学校で 57.1% から 67.0% へ増大し、「学校が好きになった」とする割合は小学校では 43.1% から 48.7% へ、中学校では、19.1% から 36.4% へと著しい増大傾向を示している6)。 23.2% 26.3% 66.7% 67 校 54 校 4 校 289 校 205 校 6 校 2009 年 2009 年 2009 年 小学校 中学校 一貫校 改革先 進校調査 送付数 回収数 回収率 図表 2-1 サンプル数等の概要 193 校 135 校 291 校 291 校 2004 年 2009 年 中学校 25.1% 25.3% 623 名 628 名 2484 名 2480 名 2005 年 2009 年 小学校 教諭 教員調査 34.7% 26.6% 303 名 232 名 873 名 873 名 2005 年 2009 年 中学校 教諭 58.1% 41.5% 361 校 257 校 621 校 620 校 2004 年 2009 年 小学校 学校調査 66.3% 46.4%
では、「総合的な学習の時間」の導入によって、教師自身はどのような変化があったと感じている のだろうか (図表 3-2、詳しくは図表 4-2 参照)。自分自身について「子どもに対する見方が変わっ た」とする教師が小学校では 60.5% から 62.0% へ微増し、中学校では 45.0% から 57.6% へと大きく 増大している。「授業の力量」についても小学校で 24.6% から 33.9% へ、中学校では 16.2% から 28.6% へと、その向上を実感する教師が増えている。 以上、「総合的な学習の時間」導入による効果はこの 4 年間で、子どもの学習面、子ども同士の関 係作り面、教師の力量形成面などで拡大・浸透している様子が見られるが、その効果の及ぶ範囲は依 然として限られたものでしかないのも事実である。「同僚と協力する機会」については、2005 年と 2009 年のあいだで大きな変化はなく 5 割前後を推移し、「市民意識が高まった」と考える教師も 3 割 程度に留まったままである。「総合的な学習の時間」は、学校と地域をつなぐ媒介としては機能して 子ども間の学力の差が広がった 27.2 15.2 > 29.4 中学校 2005 年 2009 年 全体 (注 1) 数値は「実感がある」「ある程度実感がある」の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの。二重不等号は 15 ポイント以上の差が あるもの。 図表 3-1 「総合的な学習の時間」による子どもたちへの影響 10.4 > 22.0 小学校 学力が低下した 33.7 20.3 ≫ 43.9 中学校 12.6 8.7 > 16.6 小学校 19.1 中学校 26.9 34.1 < 19.5 小学校 教科の授業に積極的に取り組むようになった 11.2 15.1 < 8.3 中学校 16.2 学習意欲が高まった 28.9 38.8 ≪ 21.4 中学校 45.1 48.7 < 43.1 小学校 学校が好きになった 26.6 36.4 ≪ 83.0 < 73.9 小学校 友達と協力しあえるようになった 61.4 67.0 < 57.1 中学校 58.5 68.3 ≪ 48.5 小学校 79.5 83.8 < 75.0 小学校 物事に対する興味や関心が増した 60.3 67.5 < 54.8 中学校 78.5 自分の実践について管理職と相談する機会が増え た 中学校 15.9 < 23.3 19.1 2005 年 2009 年 全体 (注 1) 数値は「あてはまる」「ある程度あてはまる」の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの。二重不等号は 15 ポイント以上の差が あるもの。 図表 3-2 「総合的な学習の時間」による教師自身への影響 33.9 < 24.6 小学校 授業の力量があがった 21.6 28.6 < 16.2 中学校 26.8 24.5 > 29.1 小学校 51.3 中学校 32.3 32.2 32.3 小学校 市民意識が高まった 31.1 29.4 32.5 中学校 29.3 同僚と協力する機会が増えた 47.3 47.4 47.2 中学校 25.7 24.3 27.1 小学校 時間割を柔軟に変更できなくなった 46.8 40.9 > 62.0 60.5 小学校 子どもに対する見方が変わった 50.5 57.6 < 45.0 中学校 50.0 52.8 47.1 小学校 78.1 76.0 > 80.3 小学校 日々の仕事が忙しくなった 88.2 88.8 87.7 中学校 61.3
も、学校を超える視点を教師に与え、学校を市民社会へと開いていく方向においては思うほどの効果 が挙がっていないといえるかもしれない。そして、教員のあいだでは、「『総合的な学習の時間』より も教科のほうが重要である」と考える割合が、小学校では 66.6% から 72.7% へ、中学校では 80.5% から 81.4% へと徐々にではあるが高まっている。 とはいえ、「総合」よりも「教科」を重視する傾向は、必ずしも教師たちの「総合的な学習の時間」 への否定的評価の高まりを現しているわけではない。図表 3-3 からもわかるように、「『総合的な学習 の時間』は成功している」と見なす教師は小学校で 47.0% から 51.3% へ、中学校で 31.8% から 51.1% へとむしろ増加している。また、「『総合的な学習の時間』の専門教員を養成すべきである」と する教師の数は小学校で 32.3% から 26.7% へ、中学校で 44.6% から 33.0% へと減少している。こう した数字は「総合的な学習の時間」が教師のあいだに受け容れられ、定着しつつあることの現れであ ると解釈できる。 3-2 管理職から見た「総合的な学習の時間」の効果 次に、実践に携わる教員から管理職へと視点を移し、「総合的な学習の時間」の波及効果とその変 容について検討を行うことにしよう (図表 3-4)。 管理職のあいだでも、この 5 年間で「総合的な学習の時間」の学校改革的な効果について、これを 肯定的に見る傾向が強まってきている。「学校の体質を内側から変えるチャンスである」とする管理 職の割合は小学校で 58.1% から 67.5% へ、中学校で 48.4% から 60.2% へと増大している。逆に「入 試制度を変えない限り大きな効果は見込めない」といった消極的な考えは小学校で 51.5% から 47.1% へ、中学校で 49.2% から 37.3% へと確実に弱まってきている。管理職の目から見ても、この時間は 学校に次第に定着しつつあるようである。 だが、「教員調査」と「管理職調査」の比較という観点から興味深いのは、「『総合的な学習の時間』 よりも教科のほうが重要である」とする割合が、一般教員の傾向とは逆に、管理職において低くなっ ているという事実である。小学校で 52.2% から 38.4% へ、中学校では 73.1% から 53.0% へとその割 合は大幅に低下している。管理職は政策的な理念を伝える立場にあり、「学力」重視への方針変更の 影響を受けやすい立場にあるとすれば、この時間に対する関心が (一般の教師以上に) 弱まってもお かしくはないはずである。にもかかわらず、管理職のあいだで、「総合的な学習の時間」の意義を認 める傾向が高まっているのである。ここでわれわれは管理職のもうひとつの立ち位置の特徴、すなわ ち学校をマネッジする立場 ―― 実践現場のすぐ近くにいながら、これを鳥瞰する学校改革的な関心 をもつ立場 ―― にある者である、という特徴を想起しておくべきだろう。現場から離れた世論や政 策関係者、実践に直接携わる教師たちの双方とは異なる、「総合」重視の傾向が管理職のレベルで生 じてきている事実は、まさに「総合的な学習の時間」に「学校改革」的なレベルでの効果が含まれて いることを指し示しているといってよい。 それでは管理職は、具体的にどのような点で「総合的な学習の時間」のメリット (デメリット) を 2005 年 2009 年 全体 (注 1) 数値は「とてもそう思う」「まあそう思う」の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの。二重不等号は 15 ポイント以上の差が あるもの。 図表 3-3 「総合的な学習の時間」に対する教師の意識 「総合的な学習の時間」よりも教科のほうが重要 である 中学校 80.5 81.4 80.9 26.7 > 32.3 小学校 「総合的な学習の時間」の専門教員を養成すべき である 中学校 44.6 > 33.0 39.6 69.7 72.7 < 66.6 小学校 49.2 51.3 47.0 小学校 「総合的な学習の時間」は成功している 40.0 51.1 ≪ 31.8 中学校 29.5
感じ取っているのだろうか。小・中の比較はすぐ後で行うので、ここでは 2009 年のデータを使って ネガティブな側面に対する意識も含め、その全体的傾向について概観しておこう (図表 3-5)。 管理職は「総合的な学習の時間」のメリットについて、少なくとも次の三つの効果を実感している。 ひとつは、学校のアイデンティティを確保する効果である。9 割を超える管理職が「特色ある学校づ くりに効果があった」と高く評価している。第二は、子ども同士の関係や居場所づくりとしての効果 である。「子どもが生き生きしてきた」に肯定するには 86.9%、「以前は活躍できなかった子に活躍の 場ができた」には 83.7%、「学級づくりによい影響があった」には 71.5% の管理職が肯定している。 最後に、教師の力量形成や教員相互の関係づくりに対する効果である。「教師自身の成長につながっ た」には 77.3%、「教師同士の協力体制によい影響があった」には 74.1%、「教師の子ども理解が高 まった」には 72.1% の管理職が肯定的に回答している。上で見たように「学校を内側から変える チャンスである」とする管理職が増加してきていることも、こうした効果を示す指標のひとつといえ るだろう。 2004 年 2009 年 全体 (注 1) 数値は「とてもそう思う」「まあそう思う」の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの。二重不等号は 15 ポイント以上の差が あるもの。 図表 3-4 管理職から見た「総合的な学習の時間」の効果 49.8 中学校 33.0 小学校 「総合的な学習の時間」は教師の疲弊の原因であ る 中学校 43.3 「総合的な学習の時間」よりも教科のほうが重要 である 中学校 72.5 ≫ 53.0 64.5 49.7 47.5 51.2 小学校 入試制度を変えない限り大きな効果は見込めない 44.6 37.3 > 67.5 < 57.8 小学校 学校の体質を内側から変えるチャンスである 53.6 60.2 < 49.0 中学校 46.8 38.7 > 52.5 小学校 79.9 小学校 保護者や地域と信頼を築くチャンスである 77.1 中学校 61.8 〔悪かった面〕 教科学習によい影響があった 子どもが生き生きしてきた 小学校 中学校 全体 (注 1) 数値は「あてはまる」「少しあてはまる」の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの。二重不等号は 15 ポイント以上の差が あるもの。 〔よかった面〕 図表 3-5 管理職から見た「総合的な学習の時間」のよかった面・悪かった面 20.0 < 10.4 授業規律が緩まった 10.7 9.7 11.2 教科学習に悪い影響があった クラスによって成果に差が生じた 教師間の実践に差が生じてきた 81.2 72.1 70.4 56.4 47.4 > 61.2 教科指導に費やす時間や力が減少した 52.0 32.5 ≫ 62.7 73.0 教師の子ども理解が高まった 13.8 教科の指導方法によい影響があった 72.2 89.0 91.2 84.7 教師同士の協力体制によい影響があった 教師の仕事が忙しくなった 71.9 54.9 ≫ 63.7 > 75.7 78.2 学級づくりによい影響があった 56.6 43.7 ≫ 63.5 教師自身の成長につながった 74.1 45.2 34.8 ≫ 50.8 77.8 > 88.4 以前は活躍できなかった子に活躍の場ができた 90.5 86.0 92.8 77.3 特色ある学校づくりに効果があった 86.9 77.6 > 91.7 75.6 71.5 83.7 74.8
では逆に、「総合的な学習の時間」がもたらすマイナス面としてはどのようなものが挙げられるだ ろうか。まずは多忙化である。「教師の仕事が忙しくなった」と見る管理職は 89.0%、「教科指導に費 やす時間や力が減少した」とする管理職も 56.4% となっている。次に教員やクラスによる実践の格 差という問題である。「クラスによって成果に差が生じた」と考える管理職は 52.0% にものぼり、差 異の拡大を懸念している様子がうかがえる。 3-3 小学校と中学校の傾向の違い 「総合的な学習の時間」の現状・効果について 2004 年度調査から暫定的に引き出した結論の中でも 重要なのは、小学校と中学校のあいだにある差異に関するものである (越智他 2005、川村他 2005)。 たとえば、次のような差異が知見として得られた。 ・小学校では子どもの学習意欲や教科の理解度等、幅広い肯定的な効果が見られるが、中学校ではそ の効果は限定されている。 ・小学校では教科の統合・総合化が進み、子ども同士の学びの関係づけが進むが、中学校では生徒が 自由 = 個別に活動し、学びが個別化・断片化されている。 ・小学校教師は、自身の専門能力の向上に手ごたえを感じているが、中学校ではその意義に疑問を抱 き、多忙化を感じる教師が多い。 以上の結論並びに自由記述等を含めた総合的な分析から、クラス担任制をとる小学校では、教科の 総合化、活動的な学びの組織化など、「総合的な学習」の理念を実現することが容易であるが、中学 校では教科・専門領域のあいだの「壁」、「受験 (学力の向上)」という課題が障害となり、「総合的な 学習の時間」を効果的に導入することが困難である、という (中学校に対する) 悲観的な推論を行っ た。もしこの推論が正しいなら、今回の調査においても、同様の傾向が見られるはずである。本節で は、小学校と中学校の差異はその後どうなったのか、もし変化が見られるとすればそれはなぜ生じた のか、その変化は何を意味するのか、という点について検討を行うにしよう。「時間的展開の次元」 を分析の視点として導入することで、「総合的な学習の時間」の持つ意味に関する新たな知見が得ら れるかもしれない。 まず、2009 年調査の管理職から見た「総合的な学習の時間」の「よかった面」についてのデータ (図表 3-5) を見ると、依然として今回も小学校のほうが「よかった面」での効果が大きいことがわ かる。たとえば、「子どもが生き生きしてきた」に肯定する割合は小学校で 91.7%、中学校で 77.6%、 「学級づくりによい影響」は小学校で 75.7%、中学校で 63.7%、「教科学習によい影響」は小学校で 63.5%、中学校で 43.7%、そして「教科の指導方法によい影響」は小学校で 50.8%、中学校で 34.8% など、さまざまな側面で依然として小学校においてより高いプラス効果が見られる。 しかしながら、今回の調査では、小学校では「悪かった面」についての影響も大きく出ていること が明らかになった。まず「教科指導に費やす時間が減少した」と見る管理職の割合であるが、中学校 では 47.4% であるのに対し、小学校は 61.2% とより大きな数字がでている。この結果は、「総合的な 学習の時間」を実施する上で、小学校では担任に、より大きな負担がかかっている現実を示している。 つまり、「総合的な学習の時間」の実施を、担任任せにする構造があることが示唆されるのだ。そし て、この担任任せの構造は、教員間、クラス間に格差を生むことにもつながっている。「教員間に実 践の差が生じてきた」と見る管理職は、小学校では 81.2% で中学校の 54.9% を大きく上回り、「クラ スによって成果に差が生じた」も小学校で 62.7% と中学校の 32.5% をやはり大きく上回っている。 次に、一般教員の意識に関する調査から、小学校と中学校の差異がこの 4 年間にどう変化してきた のか検討しておこう。まず、「総合的な学習の時間は成功している」に肯定した割合 (図表 3-3) を 見ると、小学校では 47.0% から 51.3% へとわずかな上昇に留まるのに対し、中学校では 31.8% から 51.1% へと大幅な上昇を遂げている点が注目される。2009 年の時点において、小学校と中学校の差 異はほとんど消滅しているのである。子どもたちへの影響 (図表 3-1) についても、「学校が好きに
なった」とする項目について、中学校では 19.1% から 36.4% へと飛躍的に伸びており、「学力低下」 への懸念については、中学校では 43.9% から 20.3% へと半減している。さらに注目すべきは教師自 身への影響である (図表 3-2)。中学校において「子どもに対する見方が変わった」とする割合は 45.9% から 57.6% へ、「授業の力量が上がった」とする割合も 16.2% から 28.6% へと大きく上昇する など、いずれも小学校のレベルに迫っている。そして逆に、「『総合的な学習の時間』より教科のほう が大切である」と考える教師の割合は、確かに中学校においても 80.5% から 81.4% へとわずかに上 昇しているが、小学校では 66.6% から 72.7% へと急激に上昇しており、ここにおいても小学校と中 学校のあいだにあった有意な差異は消滅している。 前回調査では、「総合的な学習の時間」導入における小学校・クラス担任制のメリットが目立った。 しかし今回の調査と前回の調査の比較分析の結果は、時間がたつことで小学校と中学校の差異は次第 に弱まる傾向にあること、また、小学校には小学校特有の問題があることを浮き彫りにするもので あった。このように時間軸を設定してその差異を比較分析してきた結果から、「総合的な学習の時間」 のもたらす新しい形式と学校の組織体制や文化との関係に関する次のような仮説を提示することが許 されよう。すなわち、「総合的な学習の時間」に対する組織的な取り組みの進む中学校では、時間が 経過する中で、その形式のもつインパクトをうまく学校文化に溶け込ませ、内側からの学校改革につ なげる組織能力を蓄積してきたのに対し、教科の「総合」を実現することの容易な学級担任制という 形式をもつ小学校では、この時間に教師個人の自助努力 (学級王国的な文化を温存したまま) で対処 することに過剰に依存してきたがゆえに組織レベルでの変革は進展せず、教師の「多忙」や教師間の 実践の「格差」という新たな問題を生み出し始めたのではないか、と。この仮説を支持するさらなる データを示しておく。「自分の実践について管理職と相談する機会が増えた」とする割合のデータ (図 表 3-2) がそれである。この割合は、小学校では 29.1% から 24.5% へとこの 4 年間で減少しているの に対し、中学校では 15.9% から 23.3% へと増大している。この数字は、小学校において「総合的な 学習の時間」は担任個人に任せる傾向が強まり、他方、中学校ではより組織的な取り組みをもたらし つつあることを示しているのではないか。 3-4 「総合的な学習の時間」成功の条件 これまで、「総合的な学習の時間」のこの 4・5 年間の変化について見てきた。世間での (理念レベ ルでの)「総合」ばなれとは対照的に、学校現場 (実践レベル) では、この数年で、その改善が徐々 に図られ、次第にその効果が浸透してきつつあるといってよい。とりわけ中学校において、そのネガ ティブな効果が薄れ、波及効果の及ぶ範囲が広がってきている様子が印象的であった。とはいえ、あ らゆる学校で「総合的な学習の時間」がうまく機能しているわけではない。教員 (特に小学校) のあ いだでは「教科」をより重視する傾向が強まっているし、この時間が「うまくいっている」と肯定す る割合はこの 4・5 年間で幾分上昇したとはいえ、ようやく 50% に到達したに過ぎない。つまり、半 分の学校では、「総合的な学習の時間」はうまく機能していない、と答えているのである。そこで本 節では、そもそもどのような条件がそろえば「総合的な学習の時間」はうまく機能することができ、 どのような場合はうまく機能しないのか、という点について検討しておくことにしよう。 図表 3-6 から図表 3-10 はさまざまな条件と「総合的な学習の時間」の成功度の関連を示したもの である。まず教師の指導方法とこの時間の成功度との関連から検討しておく (図表 3-6)。この図表 が示すのは、何事にも力を入れて取り組むことが成功の条件であるというあたり前の事実であるが、 その中でもとりわけ「教えるための教材、資料等の準備」(83.6>59.0) や「指導計画を立てる」 (83.0>60.2) ことに力を入れて取り組むこと、そして「生きる力や問題解決力の育成」(82.7>66.8) などしっかりとした目標をもち、「子どもの主体的な学習への取り組み」(82.4>64.5) を促し、「充実 した体験を得られるようにする」(80.5>62.2) 方法を取り入れることが、成功の重要な条件であるこ とがわかる。
では学校としては、どのような条件を揃えれば「総合的な学習の時間」の成功に近づくのだろうか。 図表 3-7 から、「学校運営が組織的に行われている」(71.9>58.6)、「学校の特色がはっきりしている」 (69.2>54.5)、「校内研究に力を入れている」(67.0>56.4)、「教師同士が互いの実践について気軽に話 し合える雰囲気がある」(65.2>55.7) といった項目が、「総合的な学習の時間」の成功と高い関連性 が あ る こ と が わ か る。「職 員 会 議 で『総 合 的 な 学 習 の 時 間』の こ と が よ く 取 り 上 げ ら れ る」 (41.9>22.1) ことも大きなファクターだ。すなわち、フォーマルな組織体制が整備され、学校のアイ デンティティ (特色) が確立し、校内研究などを通してインフォーマルな人間関係が充実しているこ とが「総合的な学習の時間」の成功を支えているのである。ここから、教員相互のコミュニケーショ ンや学校アイデンティティと「総合的な学習の時間」とがうまく結合していることの有効性が再確認 されるとともに、教育委員会や地域とのネットワークも重要であることがわかる。 もちろん、与えられた環境条件が成 / 否の差異を生み出すこともある。まず図表 3-8 から、「教育 委員会からの支援や指導が十分あり」(32.4>18.3)、「地域コミュニティの拠点として期待されてい る」(35.4>18.4) ことが、「総合的な学習の時間」が成功する上で重要であることがわかる。また図 表 3-7 から、子ども、父母、地域の特性の影響関係を見てとることができる。まず、子どもの性質と 子ども相互の学習の関連づけ 子どもの学習をより価値のあるものに高める問いかけや助言 指導計画を立てる わりと力を 入れている 入れていないさほど力を (注 1) 数値は「『総合的な学習の時間』の授業はうまくいっている」に「とてもそう思う」「まあそう思う」 と答えた者の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの 図表 3-6 教師の努力と「総合的な学習の時間」の成功度 子どもに自己学習の仕方や情報整理の仕方を教えること 個々の子どもの学習の進め方の支援 71.3 62.2 56.7 > 68.6 > 子ども全員に等しく知識を共有させること 56.6 > 65.6 80.5 充実した体験を得られること 子どもたちに協力し合わせること 58.9 > 73.8 > 80.9 57.6 > 72.6 人としての心の育成 最後のまとめ 59.5 > 64.7 > 74.8 82.4 同じ力をクラス全員につけること 51.8 > 74.0 子どもの主体的な学習への取り組み 56.5 > 73.8 65.1 > 82.7 生きる力や問題解決力の育成 59.0 > 83.6 教えるための教材、資料等の準備 60.2 > 83.0 64.5 > 66.8 教師同士がお互いの実践について気軽に話し合える雰囲気がある 勉強ができる子が多い あてはまる あてはまらない (注 1) 数値は「『総合的な学習の時間』の授業はうまくいっている」に「とてもそう思う」「まあそう思う」 と答えた者の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの 図表 3-7 学校状況と「総合的な学習の時間」の成功度 52.6 > 65.7 子どもは落ち着いている > 66.4 教師集団 (管理職含む) にリーダー役がいる 53.3 > 65.8 67.0 地域に開かれている 55.7 > 65.2 校内研究に力を入れている 55.4 > 69.2 学校の特色がはっきりしている 58.6 > 71.9 学校運営が組織的に行われている 58.9 > 69.4 56.4 > 54.5
しては「勉強ができる子が多い」(69.4>58.9)、「子どもは落ち着いている」(65.7>52.6) といった条 件が成功への支えになる。また、保護者や地域住民の条件 (図表 3-9) も重要で、「自分なりのしっ かりした教育観をもっている」保護者が多く (73.5>60.2)、「総合的な学習の時間」に「好意的 (73.3>51.6) で「協力的」(68.8>51.8) な保護者が多いことが、成功の条件となっている。 しかし、保護者・地域のこうした条件は単に所与のものではなく、それ自体が学校のつくり出す資 地域コミュニティの拠点として期待されている あてはまる あてはまらない (注 1) 数値は「『総合的な学習の時間』の新設は学校にとってよかったですか」に「とてもよかった」と回 答した者の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの。 図表 3-8 「総合的な学習の時間」がよかったと思える条件 26.6 32.0 他校と交流が多い 29.1 「総合的な学習の時間」を特別に企画・立案したり評価・ 反省する機関を設けてある 27.4 33.3 32.4 大学の教師が授業や学校行事にかかわっている 教育委員会から支援や指導が十分にある 25.8 > 35.5 教育委員会に対して意見や提言をする 22.1 > 41.9 職員会議で「総合的な学習の時間」のことがよく取り上 げられた 18.4 > 35.4 18.3 > 23.5 「総合的な学習の時間」に好意的である 7、8 割程度 以上 5 割程度以下 (注 1) 数値は「『総合的な学習の時間』の授業はうまくいっている」に「とてもそう思う」「まあそう思う」 と答えた者の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの 図表 3-9 学級の保護者の傾向と「総合的な学習の時間」の成功度 63.0 学校での自分の子どもの様子を把握していない 67.0 受験学力の向上に熱心である 64.0 > 68.8 教師に協力的である 60.2 > 73.5 自分なりのしっかりした教育観をもっている 51.6 > 73.3 62.3 > 51.8 61.5 65.5 インタビューやアンケートによる調査 62.3 64.4 保護者や地域住民の参加 積極的に取り 入れている 積極的には取り入れていない インターネットの利用 (注 1) 数値は「『総合的な学習の時間』の授業はうまくいっている」に「とてもそう思う」「まあそう思う」 と答えた者の合計 (%) (注 2) 不等号はカイ二乗検定の結果 5 % 水準で有意差があったもの 図表 3-10 学習手段の取り入れと「総合的な学習の時間」の成功度 59.5 > 67.0 グループ学習 61.5 > 68.2 個別学習 62.5 > 68.1 教師による説明や教示 60.0 > 66.3 社会教育施設 (公立図書館や博物館等) の利用 60.8 > 71.4 保護者や地域住民に向けての成果の発表 57.2 > 71.3 子ども同士の話し合い 51.9 > 67.9 体験学習 59.6 > 74.5 外部講師による授業 64.2 学校の図書室の利用 68.9 > 85.0 教育内容の決定に、地域など外部の人の声を反映させること 59.9 > 78.5 62.7
源であるともいえる。実際、「学習手段」との関連を示す図表 (図表 3-10) を見ると、地域という資 源をどう活かすかが「総合的な学習の時間」が成功するか否かのポイントとなっていることがわかる。 学校が「総合的な学習の時間」を実施する際、「教育内容の決定に地域など外部の人の声を反映させ」 (85>68.9)、「保護者や住民の参加」(78.5>59.9) を促し、「保護者や地域住民に向けての成果の発 表」(71.4>60.8) を行うなど、地域をうまく活用することが成功の可能性を高めているのである。逆 に、「インターネットの利用」、「学校の図書室の利用」など、学校の内部に留まる手軽な方法ではほ とんど効果はあがっていない。 以上、一連のデータをつないで見ると、学校を「地域に開く」ことには、外部資源の有効活用とい うこと以上の意味が含まれていることがわかる。すなわち、学校が外部に開かれることで、新しいつ ながりや責任が生まれ、さらにこうしたつながりや責任を通して学校が変わる (開かれる) ことで地 域 (資源) も変わり、それが「総合的な学習の時間」を支え、学校をもより一層深く変えていく (自 己防衛を解除する) といった循環的な効果が発生するのではないか、と。ここに、地域・環境を巻き 込むことで自ら地域・環境に巻き込まれていく、といった「総合的な学習の時間」が開く別の形式を 見ることができるかもしれない。ただし、ここで「地域に開かれている」ことが有意に成功と結びつ くのは主に小学校においてであることには注意が必要である (小 66.0>49.1、中 65.2 61.3)7)。 3-5 学校現場における「総合的な学習の時間」の受容 「総合的な学習の時間」が完全実施となり 10 年を迎えつつある現在、この時間は学力低下や学力格 差を懸念する社会的風潮によって逆風の中に置かれている。しかし、今回の調査から、現場の教師た ちのあいだでは、こうした懸念は確実に減ってきていることが明らかになった。また、中学校で特筆 すべきは、「総合的な学習の時間」によって、子どもが「学校を好き」になるなどの効果が現れ始め ていることである。「子どもに対する見方が変わった」、「授業の力量があがった」などの効果を実感 する教師も増えた。教える「内容」に気を取られてきた中学校において、「総合的な学習の時間」の 導入を通して、子どもの学びの視点に立つ機会を得たことが、逆に教科の授業にもよい効果をもたら し始めたといえるのではないだろうか。 また、興味深いのは次の二つのズレである。ひとつは、教員の意識が教科重視に向かっているのに 対し、管理職において「総合的な学習の時間」の意義を高く評価する傾向が、この 5 年間で強まって いる点だ。管理職は政策 (理念) の変更に敏感であるはずの存在であるが、そうした管理職において 「総合的な学習の時間」を重視する傾向が強いということは、それだけ学校経営面における手ごたえ をそこに感じ取っていることを示していると思われる。もうひとつは、小学校・中学校において効果 が波及するまでのタイムラグの存在である。確かに小学校では「総合的な学習の時間」の効果が逸早 く現れた。しかし、その後の伸びは小さい。むしろ、教師の多忙、教師 = クラスによる格差といっ た新しい懸念材料が登場してきた。逆に中学校では、当初教科の壁や「学力低下」への懸念から大き な抵抗に出会うものの、時間をかけてその課題を組織的に克服してきた様子が伺える。 「総合的な学習の時間」が世間の逆風にかかわらず、現場レベルで着実な進展を遂げている事実は、 学校現場が教育改革における方針に単純に左右される存在ではない、自律した存在であることを示し ている。現場では方針の揺れに遭遇しつつも、これを独自に活用・解釈し、もちろんそれを既存のパ ターンに取り込み骨抜きにすることもあるが、同時に、新たな実践を生み出す力を持っているといえ るだろう8)。 4.教育改革としての「総合的な学習の時間」―― 誰のための学校教育改革か ―― 本研究は、ここまで見てきたように、21 世紀の幕開けとともに我が国の学校教育に現れた「総合 的な学習の時間」という新しいタイプの教育が、学校教育に何をもたらしたのかを確認することを第
一の目的としている。 前節において確認されたように、「総合的な学習の時間」は学校現場にしっかりと定着し、子ども や教師にポジティブな変化をもたらすなど、期待に違わぬ着実な成果を上げている。それは「総合的 な学習の時間」が実質を伴った教育改革プランとして機能していることを示していると言えるだろう。 最後に、この点、すなわち〈教育改革としての「総合的な学習の時間」〉について確認するために、2 つの分析作業を行う。 第一の作業は、「総合的な学習の時間」の実践の意義を教育改革プランの中で相対化することであ る。今回の調査では、「総合的な学習の時間」に対する評価と併せて、現在行われている様々な教育 改革を教師がどのように認識しているのかを尋ねている。それらの認識がこの 10 年間でどのように 変化してきているのかを確認したものが、表 4-1 である。 「総合的な学習の時間」の意義については、もともと高い値を示していた「子ども」(78.5 → 85.7) への効果も更に多くの教師に効果が期待されるようになっており、「学校」「教師」への効果はそれぞ れ 26.2% から 47.6%、31.8% から 46.2% と高い伸び率を示している。「保護者」「地域社会」「日本社 会」といった学校外への影響を期待する教師も増えている。ここで注目すべきことは低下している項 目がないことだろう。数年間の実施の経験の中で、教師たちは確実に「総合的な学習の時間」の効果 に確信を持てるものを掴み、さらに高い期待を寄せることができるようになったものと推察される。 それでは、現在始まっている他の様々な教育改革施策については、教師はどのように捉えているだ 日本社会 学校 教師 子ども 保護者 地域社会 その他 ※数字は「良い効果や影響がある」と回答した教師の割合 (%)。 ※ 2005 年調査と 2009 年調査の値に有意差があった項目に*を付した。 図表 4-1 学校教育改革の意義に関する教員の意識 2005 年 2009 年 h教員評価 3.4 * 0.1 7.8 10.0 18.4 18.1 20.3 19.9 37.4 * 32.0 24.4 25.4 10.7 11.1 g学校選択制 (学校) 0.1 13.4 39.6 40.7 12.6 15.3 10.2 2005 年 2009 年 f学校評価 1.6 * 0.0 24.2 26.2 31.6 35.2 25.4 28.5 43.3 42.1 54.4 57.7 9.5 * 14.2 2005 年 2009 年 e校長のリーダーシップ強化 86.5 26.9 33.1 30.4 46.6 64.2 14.8 2005 年 2009 年 d特別支援教育 0.2 0.0 14.0 * 45.6 48.9 * 76.1 92.3 * 95.7 40.7 * 63.2 29.1 * 58.4 22.0 * 55.9 2005 年 2009 年 6.6 * 17.9 17.8 * 25.7 85.1 * 88.9 20.7 * 38.8 12.4 * 29.1 21.8 * 36.7 2005 年 2009 年 63.6 28.3 31.9 18.7 2005 年 2009 年 c発展的な学習 2.3 * 0.1 26.2 * 47.6 17.8 * 33.3 2005 年 2009 年 b小中一貫教育 0.3 17.1 40.4 a総合的な学習の時間 2.4 * 0.3 52.3 * 62.2 22.0 * 32.5 78.5 * 85.7 31.8 * 46.2
ろうか。「特別支援教育」は「総合的な学習の時間」と同様に戸惑いの中で始まったが、「総合的な学 習の時間」以上に効果への期待が高まっている。特に、「保護者」(48.9 → 76.1)「地域社会」(14.0 → 45.6)「日本社会」(22.0 → 55.9) への効果の期待の高まりは特徴的である。また、「総合的な学習の 時間」と同時に始まった「発展的学習」も「総合的な学習の時間」とほぼ同じような効果の上昇が認 められる。教育実践に直結する改革施策に関して、教師たちは効果について何らかの確信を得ている と言うことができるだろう。 一方、近年の教育改革の特徴の一つである、学校運営に関わる改革施策については、消極的な評価 が確認される。「学校評価」「教員評価」に効果を期待する教員は増えておらず、特に「子ども」への 効果は他の改革施策に比べて際立って低く認識されており、その成果を実感できていないことがわか る。「校長のリーダーシップ強化」と「学校選択制」は、今回の調査のみの項目であるため効果の変 化には言及できないが、今回の数値が「学校評価」「教員評価」に近いものとなっていることから、 それらと同じような評価がなされていることが推察される。現在進められている学校教育改革の特徴 の一つは、学校運営に関わる施策が数多く施行されていることであるが、ここで確認された結果は、 それらの具体的な施策が総じて、教師たちには十分に教育効果を持つものとして理解されていないこ 98.4 99.2 88.4 92.6 64.8 < 86.1 93.0 93.5 92.9 91.9 98.1 97.5 83.3 82.0 85.0 85.4 45.3 < 62.2 子どもの主体的な学習への取り組み 子ども自身の生活と密着した学習内容 社会的課題や現代的な課題への取り組み 生きる力や問題解決力の育成 協力・協働する力の育成 充実した体験を得られること 個 々 の子どもの興味や関心 人としての心の育成 子どもたちに同じ力が身につくこと 一般校 先進校 ※数字は「かなり力を入れている」と「ある程度力を入れて いる」の合計の% ※カイ二乗検定の結果有意差のあった項目に不等号 表 4-2 一般校と先進校の「総合的な学習の時間」 の取り組み 92.1 94.4 27.9 22.6 65.2 72.4 12.4 9.7 84.7 90.3 情熱をもって熱心に取り組んでいる 学習効果に疑問・不安を抱いている 嬉々として取り組んでいる 授業の中での自分の役割に戸惑っている 「総合的な学習の時間」 の趣旨を十分に理解している 一般校 先進校 ※数字は「全体的にあてはまる」と「だいたいあてはまる」 の合計の % ※カイ二乗検定の結果有意差のあった項目に不等号 表 4-3 一般校と先進校の「総合的な学習の時間」 の取り組み q15(q11)h 教師の仕事量が増えた q15(q11)j 精神的に疲れている教師が増えた q15(q11)s 学校への周囲からのプレッシャーが強 60.8 < 49.9 q15(q11)r 教育委員会とのやりとりが増えた 一般校 先進校 ※数字は「あてはまる」と「少しあてはまる」の % の合計 ※一般校と先進校の結果に有意差のあった項目に不等号 表 4-4 学校の近年の変化 (一般校・先進校比較) 84.8 67.2 77.6 80.6 79.0 67.7 62.9 75.2 75.8 70.2 41.9 73.6 < < 77.8 52.6 83.6 74.3 65.3 61.3 62.1 73.7 67.5 61.0 48.4 73.6 q15(q11)a 学校の特色が生まれてきた q15(q11)c 校内研修の回数が増えた q15(q11)d 授業内容や子どもに関する教師間のコミュニケーションが増えた q15(q11)e 教師と子どもの関係が親密になった q15(q11)f 個々の教師の授業実践の力量が高まった q15(q11)g 教育サービスの質に対する教師の責任意識が高まった q15(q11)i 教師の仕事ぶりに活気が出てきた q15(q11)l 子どもが生き生きとしてきた q15(q11)m 子どもが落ち着いてきた q15(q11)n これまで注目されてこなかった子どもが活躍するケースが出てきた q15(q11)o 不登校の子どもの数が減った q15(q11)q 保護者や地域と学校の距離が縮まった 78.4 76.0 67.2 < 81.2 66.6 70.5 q15(q11)b 学校全体の雰囲気がよくなってきた q15(q11)k 教師同士で授業を見せ合う機会が増えた q15(q11)p 校長がリーダーシップを発揮する機会が 91.2 61.3 41.1 < 87.1 54.2 31.4
とを示している。 今回の研究では「総合的な学習の時間」の教育改革としての意義を傍証するために、現在文部科学 省の研究指定を受けてコミュニティスクールや小中一貫校などの取り組みを行っている学校改革先進 校との比較調査を行った。その結果の一部を紹介したものが、表 4-2〜表 4-5 である。 一般校と改革先進校における「総合的な学習の時間」の取り組みを比較した表 4-2 と表 4-3 では、 両者の間に「総合的な学習の時間」の取り組みに関してはほとんど差がないことがわかる。学校改革 に積極的に取り組んでいる学校が、「総合的な学習の時間」に積極的に取り組んでいるわけではない のである。また、その意義や効果に関する認識にも差は認められない。では、一般校と改革先進校と にはどのような違いがあるのだろうか。 表 4-4 は一般校と改革先進校で自覚されている近年の学校の変化であるが、改革先進校に特徴的な 変化は、「個々の教師の授業実践の力量が高まった」のほか、「校内研修の回数が増えた」「教師同士 で授業を見せ合う機会が増えた」「学校への周囲からのプレッシャーが強まった」「教育委員会とのや りとりが増えた」の 5 項目にとどまり、子どもの変化、教師の変化に関わる多くの項目では有意な差 は認められなかった。また、教師に求められる力がどのように認識されているのかを確認した表 4-5 からは、「授業のうまさ」「教科の専門的な知識」などのほか、「学校運営に関する役割を遂行する力」 や「学校作りに主体的に参画する力」などの学校運営面での力や、さらには「まんべんなく仕事をこ なす」や「献身さ」が高く求められていることが明らかになった。以上の結果が示すことは、改革先 進校と考えられる学校現場では、学校運営と学力が改革の主たる焦点とされており、子どもをいかに 育てるのかにとりわけ注目した改革が進められているわけではないということであろう。 では、翻って、「総合的な学習の時間」の取り組みはどうだろうか。改革先進校が特別な取り組み を行っているわけではないことから、先進的な学校改革と「総合的な学習の時間」の実践が独立した 関係にあることがわかる。その上で、ここまで紹介してきたように、「総合的な学習の時間」には子 どもへのポジティブな効果、教師へのポジティブな効果、学校づくりへのポジティブな効果が確認さ れ、ますます期待されるようになっている。「総合的な学習の時間」は、教育実践の改革としての効 果に加えて、学校改革、教育改革としての効果を持つのである。言うまでもなく、これは、教師たち が「総合的な学習の時間」を、子どもたちにとって効果のある実践にするための努力と工夫を重ねて q17(q16)n n 学校運営に関する役割を遂行する力 q17(q16)n o 学校づくりに主体的に参画する力 q17(q16)n q 学校や自分の実践を明確に説明する力 q17(q16)n r 市民意識 q17(q16)n s これからの社会についてのビジョン q17(q16)n j 自律的に教育実践や学校運営を行う力 一般校 先進校 ※数字は「非常に強く求められている」と「かなり求められている」の % の合計 ※一般校と先進校の結果に有意差のあった項目に* 図表 4-5 現在、教師に求められている力 (一般校・先進校比較) 97.6 87.9 95.2 78.2 89.5 84.6 86.3 79.8 87.9 * * * * * 92.7 76.3 87.1 54.5 84.0 64.1 83.9 78.5 72.6 q17(q16)n a 熱意 q17(q16)n b 献身さ q17(q16)n c 授業のうまさ q17(q16)n d 満遍なく仕事をこなす q17(q16)n e 同僚と協力・協働する力 q17(q16)n f 教師自身の個性や専門領域 q17(q16)n g カウンセリングに関わる力 q17(q16)n h 自己教育力 q17(q16)n i 教科の専門的な知識 93.5 83.9 94.4 93.5 87.9 75.4 92.4 92.7 q17(q16)n k 子どもの基本的な生活習慣を指導する q17(q16)n l 子どもの個性を尊重すること q17(q16)n m 子どもを集団としてまとめる力 q17(q16)n p 保護者にうまく対応する力 87.7 88.7 83.6 67.5 66.7 82.9 * * * * * * 72.5 77.5 74.3 56.5 52.1 72.4
きた成果であろう。教師たちは、10 年の時間をかけて、「総合的な学習の時間」を教育に確かな効果 を生み出す教育改革として作り上げてきたのである。 「総合的な学習の時間」がはじまって 10 年目の今年、学習指導要領が改訂され、その中で「総合的 な学習の時間」は時間数が削減され、教育課程における位置づけの修正が行われた。改訂の趣旨は、 学校間でその取り組みに大きな差異がある「総合的な学習の時間」の実践を、教科と同様にすべての 学校が等しく取り組まねばならないものとし、より充実させることにあるが、教科の時間数増や小学 校の英語教育の開始等により確保しなればならなくなった時間数を、「総合的な学習の時間」の規模 を縮小することで担保したことは明らかであり、それに伴って「総合的な学習の時間」に期待される 役割は機能的にも構造的にも後退させられてしまった。教師たちが作り上げた〈教育改革としての 「総合的な学習の時間」〉の後退が、学校にとって、教師にとって、子どもたちにとって、日本社会に とって、どのような意味を持つことなのかをあらためて検証しなければならないであろう。 5.お わ り に ―― カリキュラム改革と学校運営改革に関する若干の考察 ―― 「総合的な学習の時間」はよく知られた歴史的な新教育運動へのノスタルジーではない。それは、 渡辺聡子とギデンズが、『日本の新たな「第三の道」』で書いているように、新しい社会モデルにおい て求められる「総合力」を保証するものであり、自己決定自己責任を基本原理とした市民性の実現と、 さらには年功序列終身雇用を中心とした日本型の雇用システムからの脱却を目指す、新しい教育モデ ルとして採用されたものである。今回の研究結果からは、10 年の実践の中で、それは着実に成果を 上げつつあることが明らかになった。 もちろん、それは、学習体験の経年的な積み上げによって初めて成果が出る教育の性格を考えたと き、十分に予想されたはずのものであり、まさにその期待通りの結果が得られているだけのことだと も言える。とりわけ、導入時に拒否感の高かった中学校で、着々とポジティブな評価が増えているこ とは、このことを実感させる。 けれども、今回の結果を受けて、われわれは「総合的な学習の時間」の意義と効果を、安直に諸手 を挙げて賞賛するわけではない。なぜなら、「総合的な学習の時間」はこの間に紛れもなく変化して いるからである。現在の小学校や中学校は、「総合的な学習の時間」を 10 年前の理念のまま行ってい るわけではない。別の報告で指摘したように、「総合的な学習の時間」が当初の主要コードとしてい た「総合化」の度合いが、5 年前と比べて低くなっていることが明らかになっている9)。つまり、総 合化の程度が低下しているにもかかわらず、一定の成果を上げる実践として学校で行われている、そ れが 2009 年の「総合的な学習の時間」の現実なのである。これは既に指摘したように、学校が「総 合的な学習の時間」を、「総合化」という主要コードに絶対的にとらわれることなく、自由に効果の ある実践に作り上げていったことを意味する。それぞれの学校が、自校の置かれている地域特性や、 歴史的な文脈、子どもの状態などの様々な条件・特色に基づいて、自校の効果的な「総合的な学習の 時間」を作り上げていったことが、「総合的な学習の時間」の効果的な時間的展開を可能としたので ある。 2004・2005 年の調査結果を報告した際に、われわれは「総合的な学習の時間」は学校が基本的な 構造としてきた 3 つの壁を崩すことはなかったと指摘した。「総合的な学習の時間」が崩せなかった 3 つの壁とは、学年の壁と教科の壁と教師と生徒の壁である。3 つの壁は現在も崩れていない。しか し、この 3 つの壁を崩さなかったからこそ、いま学校現場はこの実践に積極的に取り組むことができ、 その効果を享受できていると言うことができるのかもしれない。学校は外部から突きつけられる教育 改革施策を学校が受容可能な形に修正して取り入れているのである。そのフィルター的な機能を果た しているのが、教育社会学が研究のまなざしを向けてきた学校文化や教師文化だと考えられる。学校
文化や教師文化には、学校や教師の世界を社会一般の常識や文化から隔絶し、異なる論理を作用させ る閉鎖的な特質もあり、それ故にしばしば問題として取り上げられてきた。けれども、それは柔らか な細胞壁のように、学校を主体的・自律的な組織体として機能させているのである。 このように考えたとき、現在進められている学校改革に関わって、一つの大きな危惧が生じる。 「総合的な学習の時間」や特別支援教育といった教育実践改革は、カリキュラムと教師、さらには児 童生徒と教師の教育コミュニケーションを通して、学校文化や教師文化のフィルターを経由する。そ こで修正が加えられ、諸々の実践と整合するスタイルを実現する。今回ここで確認されたことは、そ れがうまく機能した一例と言えるだろう。 けれども、学校文化と教師文化は教育に関わる諸事象のドラスティックな変化に一定の制限を加え るものでもあり、それ自体に変化修正が求められていることも事実である。学校運営に関わる改革施 策は、学校文化と教師文化そのものを含む学校のドラスティックな変化をねらいとしている。教師が そうした他の学校運営改革の諸施策を必ずしもポジティブに受け入れていないことは、学校の主体 的・自律的な営みの基盤である学校文化、教師文化の破壊者ともなりうるそれらへの、直感的な危機 意識かもしれない。 注 1 )「総合的な学習の時間」は,子ども主体の学習,現実社会で生きて働く総合的な能力を獲得するための理想 のカリキュラムとして待望されつつ導入されたが,その手だてや支援体制の準備が不十分なまま拙速に実 施され,そして今日,教育を取り巻く社会的文脈が変わり関心が薄まるなか,今度は逆に,その現実的効 果についての十分な検討がなされないまま,忘れ去られようとしている。 2 ) 従ってむしろ,これを「失敗」として恐れ,あらかじめ排除する仕方 ―― 困惑する教師に不適格教員の レッテルを貼ったり,どの教師も同じような実践ができるよう学校でマニュアルを完備する etc. などの仕 方 ―― こそ,当該の改革が開いた可能性を排除し,失敗を運命づけるものといえるだろう (このような視 点の設定は無限に続くので研究は永遠に最終的結論には辿りつかないことになる)。 3 ) こうした仮説の背後には,学校における教育過程と組織過程を分離することへの疑問がある。 4 ) なお,本調査で対象とした地域は伝統的に「総合的な学習の時間」に理解のある地域であり,私立の進学校 や受験競争の影響が比較的小さな地域といえる。都会などでは,これとは大きく条件が異なることも予想 され,本研究のデーだが日本全体を代表しているとは言い切れない。けれども,「総合的な学習の時間」ひ とつの可能性のは見出せたといえるだろう。 5 ) 越智他 (2005),川村他 (2005) 参照。 6 ) 河村茂雄 (2010) は,学級集団の状態と成績 (平均・ばらつき) の関係性の深さを実証したが,こうした学 級づくり的効果を持つことも,学ぶ意欲の向上と結びついているといってよい。 7 ) ここに,小学校では「地域との関係」が「組織的対応」の代替機能を果たしているのではないか,さらには 中学校では「組織的対応」の導入により一定の安定性を確保したために,かえって地域などの外部に対す る応答性を低下させたのではないか,といったさらなる逆説の存在を推論することも可能であろう。「学校 を開く」という条件がプラスの効果を生むにはさらに別の条件が必要なのである。 8 ) 資料は省略するが,筆者らがインタビューを行ったある中学校では,学力重視の風潮を「総合的な学習の時 間」の否定としてではなく,「学力」と「総合」の統合を目指す指令であると真剣に受け取り,実践・研究 を進めていた。 9 ) 紅林他 (2010) 参照。 【参 考 文 献】 越智康詞・紅林伸幸・川村光 2005 「『総合的な学習の時間』によって学校は変わったか ――『総合的な学習 の時間』の導入と学校文化・教師文化の変容に関する調査研究 (Ⅰ) ――」『信州大学教育学部紀要』第 114 号 157-168 頁 川村光・紅林伸幸・越智康詞 2005 「『総合的な学習の時間』における二つの総合化と学校の変容 ――『総合 的な学習の時間』の導入と学校文化・教師文化の変容に関する調査研究 (Ⅱ) ――」同上書 169-180 頁
河村茂雄 2010 『日本の学級集団と学級経営』図書文化 ギデンズ,A. 渡辺聰子 2009 『日本の新たな「第三の道」』ダイヤモンド社 紅林伸幸・越智康詞・川村光 2010 「『総合的な学習の時間』が変えたもの (2) ―― 授業における脱分節化 と個別化 ――」滋賀大学教育学部紀要 60 号 投稿中 ※ 本研究は,平成 20 年度〜平成 22 年度科学研究費補助金 (基盤研究 (C))「『総合的な学習の時間』のカリ キュラム特性とその機能に関する研究」(課題番号 20530772 研究代表者:紅林伸幸) の交付を受けた。