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中欧の経済体制転換に関する研究動向

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中欧の経済体制転換に関する研究動向

福  田  敏  浩

1.はじめに

 1989年の東欧革命以後中欧諸国の経済体制は急激に変化し始めた。その変化 の速度は歴史に類を見ないほど急であり,その変化の方向は旧来の体制の枠組 を超えようとするものであった。このような体制変動は世界の経済体制研究者 の関心を呼び,変動の開始からそれほど時間が経っていないにもかかわらず, すでにこれについておびただしい数の著作が刊行されてきている。 筆者の知りえた限りでは,それらは中欧諸国の体制転換政策の研究とこれを 踏まえた体制転換の理論化の試み,の二つに大別することができる。本稿はこ れら二つの研究テーマについてどのような説が展開されているかを概観しよう とするものである。もとより,本稿は完全を期そうとするものではなく,筆者 の目を通した論著に,しかも英語およびドイツ語の論著に限定したささやかな 展望論文でしかないことをあらかじめ断っておきたい。 II.体制転換政策に関する研究動向  本稿で言う中欧または中欧諸国とは,ポーランド,東ドイツ,チェコスロヴ ァキアおよびハンガリーの四ヵ国を指している。東ドイツはドイツ統一によっ て西ドイツに吸収合併されたので中欧に含めないのが普通だが,ここでは便宜 的に(旧)東ドイツをも中欧に含めておくことにした。また,チェコスロヴァキ アは本年(1993年)1月1日をもってチェコとスロヴァキアに二分されたが,両 国は独立したばかりなので,本稿ではチェコスロヴァキアという旧国名をその まま使うことにした。

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2  彦根論叢 第281号  1.中欧の体制動向  1980年代末から1990年代初頭にかけての中欧諸国の政治・経済両面での変化 は急激であり,ことに政治体制はきわめて短時聞のうちに共産党独裁から西欧 型議会制民主主義へ移行した。共産党支配の終焉に伴い経済体制についても根 本的変化が生じた。その変化の深度について論者の多くは,今回の変化は社会 主義の枠内での変化ではなく,その枠を超える根本的な変化つまり新しい体制       1) を指向する体制転換である,と捉えている。また,その体制転換の方向につい ては,社会主義から資本主義へ向かいつつある,という意見が大勢を占めてい

      2) 3)

る。「社会主義から資本主義へ」,「共産主義から資本主義への移行」,「計画経済

         4) 5)

から西型の市場経済へ」,「西型混合経済への転換」,「中央計画経済から市場経

 6) 7) 8)

済へ」,「計画経済から市場経済へ」,「指令経済から交換経済へ」などの表現が このことを物語っている。  もとより,中欧各国は資本主義への転換を目指す点では共通するものの,そ の進度は国により異なる。これについて,たとえばシュナイダー(H.K. Schneider)やオッペンレンダー(K. H. Oppenlander)やクプカ(M. Kupka)は 東ドイツで資本主義への転換が一番進み,ハンガリーとポーランドがこれに続        9) き,チェコスロヴァキアが最:後尾に位置すると捉えている。  中欧における社会主義から資本主義への体制転換は政府主導で行われつつあ るが,その転換方法は国により異なる。時間をかけて着実に(slow but steady) 資本主義への移行を実現しようとしているのはハンガリーである。これに対し, ポーランド,東ドイツおよびチェコスロヴァキアの三ヵ国は比較的短いタイム 1)筆者もこのような見方をしている。福田〔14〕参照。 2) Brada, King (2) p 37, McKinnon (31) p. 97. 3> Poznanski (38) p.57. 4) Riese C39) S.139. 5) Chilosi C4) p.171. 6) Kirchner (23) p, 4, Sutela (49) p. 59. 7) Oppen12nder (37) S.4e. 8) Dietz (7) p.75. 9) Schneider C41) S,3, Oppenlander C37) S.38, Kupka C27) p. 297,

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スパンのなかで急速に体制転換を果たそうとする方法を選択している。ハンガ リーの道は,「軟着陸シナリオ」(soft landing scenario)とか「進化的アプローチ」 (evolutionary approach)とか「部分的方法」(Partialmethode)とロ乎ばれ,残り の三ヵ国の道:は「硬着陸シナリオ」(hard landing scenario)とか「ラジカルアプ ローチ」(radical approach)とか「急進的方法」(Radikalmethode)とロ乎ばれて

 10) 11)

いる。ポズナンスキー(K.Poznanski)が指摘するように,中欧諸国では  旧 ソ連および東欧諸国でもそうだが一,かつての共産党政権は漸進的な改革を 志向する傾向が強かったのに対し,東欧革命後に成立した連立政権の指導者た ちは,ハンガリーのばあいを別として,ショック・セラピーに象徴される急速 かつ急進的な体制転換を志向する傾向がある。しかも,ポスト・コミュニズム の指導者たちは体制転換にさいして自由主義的経済思想に依拠する傾向にある。  次に,中欧諸国における体制転換の内容に注目すると,経済安定化政策と私 有化政策に論者たちの関心が集中していることが分かる。順に見てみよう。  2.安定化政策の研究  中欧諸国では東欧革命以後,体制転換の一環として経済安定化の措置が取ら れた。中でもショック・セラピーの方法を選択したポーランドの安定化政策は 論者の注目を集めた。この国の安定化政策は,宿弊となっていたショーティジ フレーション(shortageflation,インフレーションと物不足の同時並存)と対外債務 の累増というポーランド・シンドP一ムを一掃し,資本主義への転換を容易に するという目的をもって行われたものである。この安定化政策は,1989年10月 に時の副首相兼蔵相であったバルツェロビッチ(L.Balcerowicz)を中心に作成 された「経済安定化プログラム」をベースにして,1990年1月より開始された。 2年間のうちにポーランド経済を安定化するという掛け声のもとに実施された 安定化政策は,賃金抑制,財政の均衡化(増税,補助金の大幅カット),通貨切り 10)軟着陸シナリオ,硬着陸シナリオについてはSimon〔45〕p.41,進化的アブv一チ,ラ  ジカル・アプローチについてはMurre11〔35〕p.79,部分的方法,急進的方法については  SchUller〔42〕S.52を参照。 11) Poznanski (38) p.56, p.58.

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4  彦根論叢第281号 下げ(1ドル=6500ズロチから1ドル=9500ズロチへ)および緊縮金融政策(実質 金利の引き上げによる信用需要の抑制)から成っていた。  このようなポーランドの安定化政策を検討した論者たちに共通する結論は, 安定化政策は即効性を発揮してその当初の目的の一部は達成したものの,払っ た社会的コストも大きく,そのバランスシートを作ってみるとマイナスのほう がプラスを上回り,必ずしも成功したとは言えない,というものであった。も う少し立ち入ってみよう。       12)  論者たちがプラス面として挙げているのは次の諸点である。  ①ズロチの貨幣機能の回復  ②ハイパー・インフレーションの終息  ③価格のマーケット・クリアリング・レベル化による不足現象の消滅  ④ズロチの交換性の実現による貿易余剰(GDPの3.5%)の達成       13)  一方,マイナス面としては次の諸点が挙げられている。  ①GDPの下落(1990年,対前年比12%の下落)  ②実質工業生産の急減(1990年,対前年比25%の減少)  ③消費者物価の上昇(1990年,対前年比250%の上昇)  ④失業の増大(1990年末,失業者数112万6000人)  ⑤実質賃金の下落(1990年,対前年比28%の下落)  ⑥私的家計消費の下落(1990年,対前年比24%の下落)  安定化政策は,ショーティジフレーションから新たなスタグフレーションを 招く結果に終わってしまったのである。このような事情に鑑み,ショック・セ ラピー型の安定化政策は,政府の指導者たちが当初考えていたようなJカーブ 効果をもたらしたのではなく,逆にLカーブ効果をもたらした,と指摘する論 者も現れている。つまり,政府の指導者たちは外科手術的な安定化政策で経済 は当初は悪化するが,それも一時的でその後は順調に成長軌道に乗る一それ 12)Laski〔28〕p.41, Milanovic〔32〕p.529, Sachs〔40〕p.12.なお,ポーランドの安定化  政策をユーゴスラヴィアのそれと比較したものにはCicin−Sain, Schbnfelder〔5〕がある。 13) Charemza (3) p. 21, Laski (28) pp.41−44, Milanovic (32) p. 529, Sachs (40) pp.14i  15.

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は丁度」字型の軌跡を描く一と考えたが,事実は逆で経済は却って悪化し,丁        14) 度し字型の軌道をたどりつつある,という指摘である。安定化政策はより長期 的目標たる経済成長の実現に与らなかったのである。  3;私有化政策の研究  次に体制転換の中核を成す私有化政策を見てみよう。中欧諸国における東欧 革命以前の所有方式は国有が主流をなしていた。1990年代に入ると,中欧各国 は社会主義体制からの離脱を図るために国有資産の私有化(privatization)を開 始した。所有方式は経済体制の根幹をなすのでその根本的転換は多くの専門家 の注目を集め,これについてすでに数多くの国別の実証研究および中欧各国間        15) の比較研究が行われている。  それらによると,中欧各国の私有化に共通する特徴は次の二点である。第1 は,上からの私有化の形を取ったことである。つまり,国有資産の私有化は政 府機関(ポーランド:所有転換省,東ドイツ:信託庁,ハンガリー:国家資産庁,チ ェコスロヴァキア:国有資産管理・私有化省)の主導によって行われるようになっ たのである。ハンガリーにおけるように,国有企業のイニシアティブによる下 からの私有化(自発的私有化)も行われてはいるが,それはいわば上からの私有 化を補完する役割しか演じていない。  第2は,すでに共産党政権のもとで1980年代前半から私有化に着手していた ハンガリーを別として,残りの三ヵ国での私有化は準備期間なしにいきなり開 始され,しかも,その完了までの期間がきわめて短く設定されたことである。 たとえばポーランドの当初のプランでは5年間で私有化を完了することが目指 された。       16)  1990年以降に本格化した中欧各国の私有化の主要な方策は次のごとくである。 14)これについてはBrada, King〔2〕を参照されたい。 15)ポーランドについてはIwanek〔19〕, Mizsei〔33〕, Sachs〔40〕,東ドイツについては  Cornelson〔6〕, Sinn〔46〕,チェコスロヴァキアについてはKupka〔27〕, Smircka〔47〕,  ハンガリーについてはLindsay〔29〕,Matolcsy〔30〕, Mora〔34〕,Neumann〔36〕,Voszka  〔50)が詳しい。四ヵ国の私有化政策の比較研究については福田〔14〕を参照されたい。 16)詳しくは福田〔14〕を参照されたい。

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6  彦根論叢第281号  ①私企業の新設。これには私企業の設立の公認といわゆるり一ス制の導入が ある。前者の措置によって商業・サーヴィスの分野で小規模私企業の設立が相 次いだ。後者は,国有企業の従業員が有限責任会社を設立し,当該国有企業の 資産を借D受けて営業するものである。  ②現存国有資産および既存国有企業については次の措置が取られた。  第1は旧所有者への返還である。東ドイツとチェコスロヴァキアでこの方法 が採られた。  第2は,小規模国有資産の競売による民間への売却である。これは小売店や 飲食店や運送店などについて行われた。  第3は,小・中型国有企業のその従業員への売却である。いわばインサイダ ーを対象にした私有化である。  第4は,大型国有企業についてまずそれを株式会社に転換し,次いでその株 式を民間に売却することで私有化を行おうとするものである。具体的には,ク ーポン方式で国民に株式を売却する方法(チェコスロヴァキア),株式の証券取引 所への上場による方法(ハンガリー,ポーランド)などが採られてきた。  以上の私有化政策は,順調に進行しているとは言いがたい。各国政府の当初 の予定よりも大幅に後れているのが実情である。とりわけ,大型国有企業の私 有化の後れが目立つ。その原因として専門家たちは,資本市場の未発達,国内 資本・国内貯蓄の不足,財市場での競争の欠如および低度の競争,高資質のマ ネージャー市場の欠如,会社のコントロール市場(たとえば金融市場)の欠如,       17) 信頼すべき企業評価ベー一一・一スの欠如などを挙げている。  4.体制転換に関する政策提言  中欧諸国における体制転換政策の実際に関する研究動向は以上の通りだが, そのほか研究者の中には体制転換の進め方について提言を行っている者もいる。 17) Abel, Bonin (1) p. 222, Hoch (16) p. 272, Kirchner (23) pp. 13−14, Kupka (27) p. 297,  Sachs〔40〕p.8.西ドイツに吸収合併された東ドイツについてはこれらの原因はほとんど  あてはまらないだろう。東ドイツの大型国有企業の売却が不振な理由としては,規模が大  きすぎること,整備コストがかかること,予想を上回る賃金引き上げがあったことが考え  られる。これについてはSinn〔46〕S.71, S.82参照。

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コ口ナイ(J.Kornai)は安定化政策についてはショック・セラピーの方法を採 るべきだが,私有化については時間をかけて行うのが望ましいという提案を行    18) っている。私有化についてかれは,国有企業の私有化は真の企業家が不在の現 状では性急に行うべきではなく,所有形態比率に占めるその割合を時間をかけ て減らしていくほかないこと,むしろ力点は「財務的損失を蒙るのを辞さない」 企業家の育成と市場規律の制度化を通して新しい私的セクターの拡大を図る方       19)に置くべきこと,を主張している。  私有化についてコルナイとほぼ同様の提案を行っているのはマーレル(P. Murrell)である。かれは自己の立場を進化的アブu一チ(evolutionary approach)   20) と呼び,この立場から,中・東欧諸国政府が採ったラジカル・アプローチは, 発達した資本主義の実現を旗印にして旧制度を破壊しようとするものであり,       21) 私有化政策はその手段にほかならない,と批判する。破壊のための私有化は無 意味である。古い組織は慣性の法則に支配されるので,環境が変わったからと 言って急に行動を変えることはできない。こうであってみれば旧組織(たとえば 国有企業)の改革よりも,新しい私的セクターの育成の方に力点を置く方が得策 である。マーレルによれば,新しい私的セクターと市場の制度化によって「入        22) ・退場のプロセス」(process of entry and exit)  旧組織の退場と新組織による その代替一が機能するようになる。つまり,体制移行の当初においてそれなり の役割を演じる旧組織も,やがて新しい私的セクターとの競争に晒され,徐々 に排除されるようになる。このようであれば現存国有企業の私有化よりも私的 セクター(私企業)の育成と市場の制度化の方を推進した方が,時間がかかると しても,資本主義への転換に成功する確率が高くなろう,というのがマーレル の描いたシナリオであった。  以上の漸進主義の立場に対してショック・セラピー型の体制転換を擁護する 18) Kornai (25). 19) Kornai (25). 20) Murrell (35) p.82. 21) Murrell (35) p. 80, p. 88. 22) Murrell (35) pp.85u86.

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8   彦根論叢 第281号 論者もいる。たとえば,シュナイダー(H,K. Schneider)がそうである。かれに        23) よれば,急速かつ急激な体制転換は次の利点を持つ。第1に,体制転換の初期 の段階で社会主義制度の排除が不可欠だがこのためにはビッグ・バン(big bang)の方が有利であり,早期に旧制度が排除されると体制転換に逆戻りが生 じる可能性はなくなる。第2に,ビッグ・バンの方が人々の考えや行動を変え やすい。第3に,ビッグ・バンによる社会主義制度の排除で資本家の信頼を獲 得することができる。  中欧各国の新政権の指導者もラジカルな体制転換を主張してきたことについ ては先に指摘した通りだが,それは議会制民主主義への移行に伴い,指導者が 選挙の洗礼を受けるようになったことと無縁でない。人気取りのため目に見え る成果を早く国民に提示せざるをえなくなったのである。だが,ビッグ・バン の道を選択した中欧各国の体制転換の進捗状況ははかばかしくない。所有改革 ひとつを取ってみても私有化は大幅に遅れている。新政権は当初,国民に過大 な期待を抱かせるような公約を掲げたので,体制転換の遅延は国民の不満を増 幅し,政治の不安定化を招く結果となっている。たとえば,ポーランドでは多 党乱立で政局の先行きが不透明になり,体制転換をますます困難にするような 状況が出現している。このような事実動向に徴する限り,民主主義の政治体制 のもとでのビッグ・バン型体制転換はあまり効果的でないと言えそうである。 このためか,最近ではビッグ・バン方式を積極的に擁護する論調は影を潜めつ つある。 III.体制転換の理論化の試み  以上に見た体制転換政策の研究のほか,東欧革命以後の中欧およびその他の 旧社会主義諸国の大転換に注目して,体制転換にかかわる理論を構築しようと する動きも登場している。もとより,そうした試みは緒に着いたばかりであり, この方面の研究に従事している論者の数も多くはない。その中で筆者の興味を 引いたのは,コルナイの説とシュヴァルツ(G.Schwarz)の説である。両者に共 23) Schneider (41) S.9.

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通するのは,経済体制の転換を政治体制との関連で捉えようとする姿勢である。 この意味で両者の接近方法は政治経済学的だと言える。以下両説の特徴を明ら かにしてみよう。  1.コルナイ説  筆者は別の機会にコルナイ説を詳しく検討したことがあるので,ここではそ        24) のエッセンスだけを簡単に指摘するに留めておこう。  コルナイが問題にするのは現存社会主義であるが,その特徴づけにあたって かれは政治的ファクターを重視する。すなわち,「社会主義体制とは共産党政権        25) によって統治される国々のシステムである」と規定される。ソ連起源の社会主 義体制は古典的社会主義(classical socialism)と呼ばれるが,その基本構造は次          26) の三つの要素から成る。  ①共産党独裁という全体主義的権力構造  ②生産手段の国家的所有  ③需給の官僚的調整  このように政治・所有・調整の三要素を重視するのがコルナイ説の特徴とな っているが,このような「政治・所有・調整の三元論」は何もコルナイに限ら れているわけではない。たとえば,ホルバート(B.Horvat)も同様に「政治・ 所有・調整の三元論」の立場に立ち,ソ凹型経済体制一ホルバートはこれを国 家主義(etatism)と呼ぶ一を政治権i力の集中(一党独裁)+国有+行政的計画       27) の組合わせとして特徴づけている。  コルナイ説の個性は,むし.ろ,三つの構成要素の問の関連分析に見られる。 つまり,三要素の関連が因果連鎖の形で論じられているのである。全体主義的        28) 権力構造が国有を呼び,国有が官僚的調整を呼んだ,と言うのである。これら 三つの要素の間には親和性があり,したがって高度の凝集性があるので古典的 24)福田〔15〕。 25) Kornai [26) p.11. 26) Kornai C26) p. 98, p. 361. 27) Horvat (17) p. 233, Horvat (18) p. 188. 28) Kornai (26) p. 103, pp.361−362.

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10  彦根論叢 第281号        29) 社会主義は一貫した安定的システムの性質を帯びている。だが,古典的社会主 義は中期的には安定していたものの,やがて変化に晒されるようになった。そ の原因としてコルナイは,経済的困難の集積化,経済の不調に対する公衆の不 満の増大,権力者に対する信頼の喪失,および外国の情勢変化の四つを挙げて  30) いる。  これらのため社会主義諸国では経済改革が行われるようになったが,コルナ イはとくにユーゴスラヴィア,ハンガリーおよびポーランドの市場社会主義型 改革に注目する。市場杜会主義の基本構造は,共産党独裁,公有および市場的 調整の組合わせから成る。市場社会主義の制度化はユーゴスラヴィアでは1951 年から,ハンガリーでは1968年から,ポーランドでは1981年から行われるよう になったが,結局どの国の制度化も失敗してしまった。コルナイによれば,失 敗の究極の原因は本来両立しえない要素を組み合わせたところにある。つまり, 公有と市場的調整が組み合わされたところに問題があったのである。市場社会 主義は内に致命的な矛盾を抱え込み,凝集性を欠いた不安定なシステムとなつ     31) てしまった。このため上述の諸問題を解決できなかったばかりか,却って不足 の深刻化やインフレーションを招くところとなった。  東欧:革命はこのような状況の中で発生した。革命とは共産党独裁が崩壊する ことである。共産党独裁の崩壊とは社会主義の倒壊を意味する。コルナイの立 場からすれば社会主義の根幹を成すのは共産党独裁であったからである。政治 システムの民主化に伴い,ソ連,中・東欧諸国はポスト・ソーシァリズム(post− socialism)へ移行し始めた。ポスト・ソーシァリズムとは何か。これらの国々は        32) どこへ向かっているのか。コルナイの解答は,資本主義体制へ,である。資本 主義体制は,権力を独占し続ける政党が存在しないこと,つまり権力の分割性 29) Kornai C26) p. 570. 30) Kornai C26) pp.383−386. 31)Kornai〔26〕p.478.なお,国有と市場の非両立,私有と官僚的調整の非両立の議論につ  いてはKornai〔24〕が詳しい。この点については福田〔11〕および福田〔13〕をも参照さ  れたい。 32) Kornai (26) p. xxv, p. 90, p. 389.

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を本質とする。権力の分割性は私有を呼び,私有は市場的調整を呼ぶ。したが って資本主義体制の基本構造は,権力の分割性,私有および市場的調整の組合 わせから成る。共産党独裁の崩壊した今,旧社会主義諸国では私有化と市場下 が進行している。  以上がコルナイ説の要点である。見られるようにコルナイは政治を経済体制 の究極的規定因と見ている。権力の独占か分割かによって社会主義体制と資本 主義体制が区別されている。また,社会主義体制から資本主義体制への体制転 換をもたらしたモーターも政治である,と捉えられている。共産党独裁の崩壊 と民主主義への移行が社会主義体制から資本主義体制への転換を招いたと言う のである。これらの意味でコルナイ説は典型的な政治規定早耳だと言える。  2.シュヴァルツ説  次にシュヴァルツの説を見てみよう。シュヴァルツはドイツのオルド自由主 義(Ordoliberalismus)の系譜に連なる経済体制研究者だが,かれが依拠してい るのはこの学派の創始者たるオイケン(W,Eucken)の学説である。以下に見る 体制転換論との関連で言えば,オイケンの「諸秩序相互依存」(Interdependenz der Ordnungen)のテーゼがシュヴァルツ説のベースをなしている。       33)  シュヴァルツによれば,経済体制は所有方式と調整方式から構成される。所 有方式は私有と集団所有に区別され,調整方式は市場と計画に区別される。所 有方式が二つ,調整方式が二つで,経済体制は両者の組合わせだから,その基 本型は四つということになる。かれの説はドイツ語圏によく見られる典型的な 「所有・調整二元論」である。  シュヴァルツは体制転換の問題を考察するにあたって経済体制と政治体制と       34) の関連に注目する。その政治体制は,統治原則と選挙システムから構成される。 前者は法治国家原則と非法治国家原則とに,後者は自由選挙とその欠如とに区 別される。論理的には政治体制にも経済体制と同様に四つの基本型があること になる。 33) Schwarz (43) p. 33, Schwarz (44) S. 69. 34) Schwarz (43) p. 33, Schwarz (44) S. 69.

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12  彦根論叢第281号  以上を踏まえてシュヴァルツは経済体制と政治体制の関連を考察するが,か        35) れによれば両者について次の純粋に論理的な組合わせが考えられるという。  ①市場経済(私有+市場)と民主主義(法治国家+自由選挙)  ②市場経済と権威主義的政体(非法治国家+自由選挙または自由選挙の欠如)  ③計画経済(集団所有+計画)と権威主義的政体もしくは全体主義的政体(非法   治国家+自由選挙の欠如)。権威主義的政体と全体主義的政体の違いは,前者   では政治的自由以外の自由は認められるのに対し,後者では一切の自由が   認められない点にある。  ④計画経済+民主主義  これらのうち,最初の三つの組合わせは考えられるし,実際に存在するが,

最後のものは非現実的と考えられている。①は自由秩序,②は開発独裁

(Entwicklungsdiktatur),③は非自由秩序である。これらの秩序類型は現代の世 界の諸地域(東側諸国,西側諸国および南側諸国)の観察をもとに定型化されたも のである。  シュヴァルツによる以上の諸秩序の定型化は,オイケン流の諸秩序相互依存 テーゼの精緻化を意図したものである。オイケンは,市場経済は民主主義との み結合し,計画経済は権威主義または全体主義とのみ両立しうる傾向があると   36) 考えた。シュヴァルツによれば,オイケンのテーゼは大まかに妥当するのであ って現実のうちには妥当しない個別のケースが存在する。つまり,市場経済が 権威主義と結合する事例がかなり存在する。たとえばピノチェト軍事政権時代 のチリや香港のケースがそうである。そこでシュヴァルツはこれらのケースも 定型化する必要があると考え,②の開発独裁という類型を定立したのである。  さらに,シュヴァルツは時間のファクターを取り入れてオイケンのテーゼを より精緻化することをも試みている。その結論は「諸秩序相互依存のサイクル」 (Zyklus interdependenter Ordnungen)という独特のシェーマの形で提示されて 35) Schwarz (44) S. 71. 36) Eucken (8) S. 106, S. 130, S. 136−138, S. 151, S. 332−334.

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 37) いる。次のごとくである。 中欧の経済体制転換に関する研究動向 ①自由秩序一→②社会国家一→③非自由秩序一→④開発独裁          T      1  自由秩序は,たとえば西ドイツのように,戦争や恐慌の後に成立する。しか し,この秩序は時の経過とともに,民主主義に固有の妥協政治や多数派の交替

により,租税負担やその他の社会的負担の増加を招き,やがて社会国家

(Sozialstaat,つまり福祉国家)へ移行する(①一→②)。  社会国家は空洞化された市場経済(国家千渉の増大によって機能低下した市場経 済)と民主主義の組合わせから成る。この発展局面では政治が支配するようにな り,経済は徐々に集産化される。この傾向が強まると非自由秩序への移行が生 じる(②一→③)。このような移行についてはハイエク(F.A. v、 Hayek)がその 『隷従への道』で詳述した通りである。  非自由秩序は,また,たとえばロシアにおけるように,革命によって成立す ることがある。この発展局面は暴力と抑圧で数十年間存続するとしても永続的 に安定的ではない。ソ連が例証している通りである。この局面では,ゴルバチ ョフ(M.Gorbachev)がそうであるように,経済の分野で自由化を試みる独裁 者が出現することもある。  非自由秩序はこうして開発独裁(市場経済+権威主義的政体)の発展局面へ移行 する(③一→④)。また,非自由秩序は,東欧革命のように政治の民主化によっ て,開発独裁および自由秩序の局面を経ずにいきなり社会国家の局面に移行す ることもありうる(③一…一⑫)。 37)Schwarz〔44〕S.74.このシェーマは原図の通りではなく,筆者が原意を損なわないよう  に書き直したものである。ちなみに,オイケンの諸秩序相互依存のテーゼを空間的に拡大  し,一国内ばかりでなく国際的にも相互依存の関係があることを論証しようとする試みも  ある。これについてはKammler〔20〕,Kammler〔21〕を参照されたい。

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14  彦根論叢第281号  開発独裁は市場経済と権威主義的政体の組合わせであるが,この組合わせは 長期にわたって安定的ではない。市場経済を制度化すると,人々は経済生活の 中で自己責任的に行動するようになり,やがて政治的権利を要求するようにな る。経済における自由と競争は権威主義を侵食する。かくて,開発独裁は自由 秩序へ移行する傾向を示す(④一→①)。  以上のサイクルは可能な傾向を示すのであって,必然の関係を意味するもの ではない。シュヴァルツはオイケンと同様に,歴史には傾向(Tendenz)はある が,必然の発展などというものはない,という見方をしている。  さて,中欧の現在の体制転換は上のシェーマをもってするとどのように説明 できるであろうか。これについてシュヴァルツははっきりした説明をしていな いが,かれの言うところを整理すると,非自由秩序から社会国家へ転換しつつ あるということになろう。この体制転換のモーターはシュヴァルツにあっても, コルナイと同様に,政治と考えられている。東欧革命による権威主義から民主 主義へのシフトが社会国家への転換を促している,というのであろう。この意 味でシュヴァルツ説も政治規定因説の部類に属する。  以上のほか,シュヴァルツは中欧を含めた旧社会主義諸国の体制転換につい て独特の提言を行っているので,それを次に紹介しておこう。いわばシュヴァ ルツのノーマティブな議論である。  シュヴァルツはオルド自由主義の立場に立つのでかれが理想と考えるのは,       38) 筆者の解釈によれば,オイケンの言う競争秩序(Wettbewerbsordnung)であ る。これを経済と政治の両面から特徴づけると,競争秩序は私有,自由競争市 場および権威国家(autoritarer Staat)から成る。  オイケンが理想とした国家は,カンツェンバッハ(E.Kantzenbach)の表現を    39) 借りれば,「小さくて強い国家」であった。つまり,自由競争を保証する制度的 枠組の形成維持にその経済政策の任務を留め,しかも利害諸集団から超然とし, その要求に左右されないような権威ある国家であった。シュヴァルツはこのよ 38) Eucken (8) S.245ff, S.249ff, S.365ff. 39) Kantzenbach (22) S. 123.

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       40) うな競争秩序擁護の立場から次のような興味ある提言を行っている。  旧社会主義諸国は現在,民主主義の道をたどりっっあるが,民主主義は市場 経済にとって最良のパートナーとは言えない。むしろ,民主主義は市場経済に とってブレーキとなる。たとえば,ハンガリーの連立政権は1990年10月にガソ リン価格を大幅に引き上げようとしたが,街頭抗議による圧力と連立政権の崩 壊の恐れから結局中止してしまった。民主主義下の政府は人気取りを余儀なく され,また利害諸集団の圧力からも逃れられない。このため,政府は必要以上 に経済に干渉せざるをえなくなるが,それを放置すると干渉が干渉を呼んでや がて市場経済が空洞化されてしまう。また政府は,3∼4年周期で選挙の洗礼 を受けることもあって,毅然とした態度で長期的展望に立つ一貫した政策を展 開することもできない。不安定な過渡期にある旧社会主義諸国にとってこのよ うな事態は危険であり,対応を誤ると,旧体制が復活することもありうる。と すれば,過渡期には民主主義は不向きということになる。事実,シュヴァルツ        41> は権威主義の方が過渡期にはふさわしいと述べている。  もとよりこのばあいの権威主義はかつての共産党独裁という意味でのそれで はない。自由主義的行動をとれるような権威的独裁(autoritare・Diktatur)であ 42) る。シュヴァルツは体制転換にとって最:適の権威的独裁のメリットを発揮させ, 同時に独裁の恣意を避けるためには次の六つの条件を満たす必要がある,と述    43) べている。  ①指導者のカリスマ性。指導者の生まれつきの権威とカリスマ性は権威的独  裁を補強するのに必要である。ワレサ(L.Walesa)やハヴェル(V, Havel)  がそのようなカリスマだが,カリスマとそれへの信頼が体制転換を行うには  必要だし,外国の信用も獲得しやすい。  ②正当性。権威的独裁は旧来のノメンクラトゥーラに依拠すべきでない。  ③信頼。計画経済から市場経済への移行にさいし,真実を表明することが必 40) Schwarz (44) S. 76−79. 41) Schwarz (44) S. 78−79. 42) Schwarz (44) S.82. 43) Schwarz C44) S. 82−85.

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16  彦根論叢 第281号  要である。たとえば,バルツェロビッチが行ったように,ショック・セラピ  一は国民に負担を強いるというようなことを指導者は国民に告知しなければ  ならない。  ④国民のコンセンサス  ⑤小規模国家。体制転換を行うには小国の方が望ましい。小国では地域や民  族や宗教や階層や野晒などの多様性に煩わされることが少ないので市場経済  の実験を行いやすい。 ⑥権威的政体。フランスのような強大な大統領(任期6−7年)による統治形  態の導入が必要である。シュヴァルツは,この統治形態を権威的民主主義  (autoritare Demokratie)とロ乎び,衆愚政治に陥りやすい大衆民主主義から区  別している。  これらの条件を現実に実現できるかどうか,かなり楽観的な議論だと思うが, これについてはこれ以上問わないでおこう。ともあれ,シュヴァルツが主張し たいのは,体制転換期には民主主義(正確には大衆民主主義〉の政治システムよ りも,権威的独裁(権威的民主主義)の方が市場経済の制度化により適している ということなのである。旧社会主義諸国で現在進行中の体制転換に関して民主 主義の政治システムには指導力の点で問題がある,という指摘は多くの専門家 によってなされているが,その解決策としてはっきりと権威的独裁を打ち出し たのはおそらくシュヴァルツひとりであろう。  市場経済と権威的民主主義は両立しうるばかりでなく,この組合わせは先に 見た他のどの組合わせよりもベターである,ということもシュヴァルツの言い たい愚なのであろうが,このことは,よく考えてみると,旧社会主義諸国の体 制転換のための提言に留まらず,実は,西側諸国や南の国々における今後の体 制転換についても妥当しなければならないであろう。上に見た諸秩序相互依存 のサイクルはいわば出口のない無限循環である。つまり,自由秩序,社会国家, 非自由秩序,開発独裁はいずれも不安定で常に他の秩序への移行の圧力に晒さ れており,その限りでこれら四つの秩序の間に優劣の差はない。したがってそ のサイクルはいわば不安定という名の円軌道を果てしなく巡って行くことにな

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る。この悪循環から脱出するにはノーマティブな議論が必要となる。市場経済 と権威的民主主義の組合わせの議論はこのような観点から展開されていると解 釈できよう。もっと言えば,世界のすべての地:域はこのような組合わせの秩序 (オイケン流に言えば競争秩序)に到達してはじめて安定するようになり,自由と 豊かさを実現できるのだから,今後人類はそのような秩序の実現を目指すべき だ,という実践的主張がシュヴァルツ論文の行間から読み取れるように筆者に は思えるのである。  3.その他の説  以上の説のほか,ソ連,中・東欧諸国の体制転換に関して,少数ではあるが, その理論化の必要を説く論者がいる。たとえば,シュトライスラー(EW. Strei− ssler)やシューラー(A. SchUller)やディーツ(R. Dietz)がそうである。と言 っても,かれらの主張はほとんど問題提起の域を出ず,コルナイやシュヴァル ツの説ほどまとまってはいない。  シュトライスラーは,経済史からの教訓をベースにした転換の経済学(eco− nomics of transition)の樹立の必要を説くと同時に,体制転換政策は市場経済お よび自由企業体制の制度化,開放経済の樹立,資本集約型産業の育成,ヒュー        44) マン・キャピタルの養成に力点を置くべきことを主張している。デ/一ツはル ーマン(N.Luhmann)のシステム論を活用しつつ,指令経済から交換経済への 移行を,定期的に更新される指令による自己再生産システムから交換コミュニ       45) ケーションによる自己再生産システムへの移行と捉えようとしている。シュー ラーは,ソ連・東欧諸国の体制転換を招いたのはいわば政治的企業家(politischer Unternehmer)としての政治家個人の度量であると捉え,この角度からゴルバチ ョフによるブレジネフ・ドクトリンの放棄が意図せざる結果として体制転換を          46) 招いたと主張している。また,かれは過渡期では政治体制の転換が経済体制の 転換に先行すること(両者の非対称性),したがって多党システムの導入よりも経 44) Streissler (48). 45) Dietz (7). 46) Schttller (42) S.47.

(18)

18  彦根論叢第281号 済体制の転換の方がより長期にわたることを指摘した上で,過渡期の局面を先 行局面(1。体制転換プログラムの予告,2.憲法制定・立法化,3.市場経済的行 動・制度・プロセスの学習)と,移行期の局面(1.意識的体制構築のための与件の        47) 設定,2.自発的秩序形成)とに区別する作業を行っている。

IV.おわりに

 20世紀は体制実験の時代である。資本主義,社会主義および全体主義がわず か1世紀の間に制度化され,その優劣を競った人類史上稀に見る壮大な実験の 時代である。その縮図はドイツである。この国では,1930年代に経済恐慌よっ て全体主義への転換が行われ,第2次大戦の敗戦によって1940年代後半に西部 では資本主義が復活し,東部では社会主義への転換が行われた。1980年平骨に は東欧革命によって東ドイツの社会主義が倒壊し,1990年10月にはドイツの統 一が成り,東部地域の資本主義化が展開された。ドイツは資本主義・全体主義 ・社会主義の実験場だった。しかも,わずか60年の間にこれらの性能が試され たのである。このテストに最終的にパスしたのは資本主義だった。効率と自由 を最大限に保証することが実証されたからである。  このようなドイツであってみれば経済体制論が盛んになったのも当然だった と言える。ドイツ経済学はもともと体制論的志向の強い経済学だったのだが, 20世紀に入ると,このような傾向はますます強くなった。1920年代および1930 年代には資本主義から社会主義(または全体主義)への移行論が支配し,1950年 代の東西冷戦の時代には両体制の対立を強調する両体制並行論が論壇を賑わし, 1960年代の冷戦の雪解け時代には両体制の接近を主張する収敏説がひところブ ームとなり,1990年代に入ると社会主義から資本主義への転換論が論壇を席巻 するようになった。言うまでもなくこのような経済体制論の変遷は世界的にも あてはまる。  世界の経済体制研究者の関心は,いま,社会主義の崩壊と資本主義への転換 に集中している。これらのテーマに関してさまざまの議論が展開されているが, 47) Schtiller C42) S.54.

(19)

その一端を中欧研究について紹介しようというのが本稿のテーマであった。筆 者のさしあたっての関心は体制転換の理論化にある。そのためには少なくとも 体制転換に関する実情把握と研究動向の把握が必要である。個性ある説を世に 問うには事実動向および研究動向の把握が不可欠だからである。このような問       48) 題意識をもって筆者は,この数年,体制転換問題に取り組んできた。本稿もそ うした作業の一環として成ったものである。筆者なりの体制転換論を世に問う までにはまだ時間がかかりそうである。迂回生産は実りある成果をもたらすと 聞く。もうしばらく回り道をしてみたい。        参照 文 献 [ 1 ) Abel, 1., Bonin, J. P. : Two Approaches to the Transformation in Eastern Europe :   The “Big Bang” versus “Slow but Steady”, in : Acta Oeconomica, Vol. 43(3−4), 1991. (2] Brada, J. C., King, A. E.,: ls there a J−Curve for the Economic Transition from   Socialism to Capitalism ?, in : Economics of Planning, 25, 1992. C 3 ) Charemza, W. W. : Market failure and stagflation : Some aspects of privatization   in Poland, in: Economics of Planning, 25, 1992. (4) Chilosi, A. : Market Socialism : A Histrical View and a Restrospective Assess−   ment, in: Economic Systems, Vol. 16, No. 1, 1992. ( 5 ) Cicin−Sain, A., Sch6nfelder, B. : Probleme der makro6konomischen Stabilisierung   in postsozialistischen Volkswirtschaften am Beispiel Jugoslawiens und Kroatiens,   in : Gahlen, B., Hesse, H., Ramser, H. J. (Hrsg.) : Von der Plan−zzar Marktwinschaft,   Eine Zwischenbilanz, Tttbingen 1992. (6) Cornelson, D.: Privatisierung in Mittel−und Osteuropa−sind Erfahrungen aus   Ostdeutschland Ubertragbar ?, in : Gahlen, B., Hesse, H., Ramser, H. J. (Hrsg.) : Von   der Planu2zar Marktwirtschaft, Eine Zwischenbilanz, TUbingen 1992. ( 7 ) Dietz, R. : Ten Propositions Towards a Theory of Transformation : From Com−   mand to Exchange Communication, in: Richter, S. (ed.) : The Transition from   Command to Marfeet Economies in Central and Eastern EuroPe, Boulder・San Fran−   cisco・Oxford 1992. ( 8 ) Eucken, W. : Grandsdtee der PVirtschaftsPolitik, 4. unveranderte Auflage, TUbingen,   Zurich 1968」 〔9〕福田敏浩「ソ連印経済体制の体制変動」,『彦根論叢』,第266号,1990年。 〔10〕福田敏浩「揺れ動く東欧諸国の経済体制」,野尻武敏,丹羽春喜,福田敏浩,嵐田万寿 48)筆者の体制転換研究については次の文献を参照されたい。福田〔9〕,〔10〕,〔11〕,  (12), (13), (14), C15).

(20)

20 彦根論叢 第281号    夫『ひとつのドラマの終り一共産主義の倒壊一』晃洋書房,1991年。 〔11〕福田敏浩「所有と調整一ワンセット思考の必要性一」,『彦根論叢』,第273・274号,1991    年。 〔12〕 福田敏浩「諸秩序相互依存パラダイムの応用一現存社会主i義の崩壊に寄せて一」,『彦根    論叢』,第275号,1992年。 〔13〕福田敏浩「所有と市場一市場社会主義の失敗に寄せて一」,『彦根論叢』,第276・277    号,1992年。 〔14〕福田敏浩「中欧の体制転換一社会主義から資本主義へ一」,『彦根論叢』,第278号,1992    年。 〔15〕福田敏浩「体制転換の政治経済学一コルナイ説をめぐって一」,「彦根論叢』,第279・280    号,1992年。 C16) Hoch, R. : Changing Formation and Privatization, in : Acta Oeconomica, Vol. 43 (3    −4), 199L (17) Horvat, B, : What is a Socialist Market Economy ?, in : Acta Oeconomica, Vol. 40    (3−4), 1989. C18) Horvat, B. : Socialism as a Socio−economic System, in : Dopfer, K., Raible, K. 一F.    (eds.) : The Evolution of Economic Systems, Essays in Honour of Ota Sik, London    1990. (19) lwanek, M.:Some lssues in the Transformation of Ownership lnstitutions in    Poland, in : fournal of lnstitutional and Theoretical Economics, 148, 1992. {20) Kammler, H.: lnterdependenz der Ordnungen: Zur Erkltirung der osteuropais−    chen Revolu亡ionen von 1989, in:ORDO, Bd.41,1990. (21) Kammler, H.: Wettbewerb der Systeme: Ein Thema von gestern?, in: ORDO,    Bd. 43, 1992, (22) Kantzenbach, E.:Von der Plan−zur Marktwirtschaft:Eine Zwischenbilanz:    Initiierung des Wettbewerbs, in : Gahlen, B., Hesse, H., Ramser, H. J. (Hrsg.) : Von    der Plan」2ur Marktwirtschaft, Eine Zwischenbilanz, Tttbingen 1992. C23) Kirchner, Ch. : Privatization Plans of Central and Eastem States, in : /oumal of    lnstitutional and Theoretical Economics, 148, 1992. (24) Kornai, J,: The Affinity between Ownership and Coordination Mechanisms: The    Common Experience of Reform in Socia]jst Countries, in : Bogomolov, Q T. (ed.) :    Market Forces in Planned Economies. London 1990.       , (25) Kornai, J,: The Road to a Free Economy, Shtfting from Socialist System, The    EramPle of Hunga7:y, New York 1990. C26) Kornai, J,: The Socialist System : The Political Economy of Communism, Prin−    ceton 1992. (27) Kupka, M: Transformation of Ownership in Czechoslovakia, in: Soviet Studies,    Vol. 44, No, 2, 1992. (28) Laski, K: Transition from Command to Market Economies in Central and

(21)

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(22)

22 彦根論叢 第281号 C44) Schwarz, G.: Marktwirtschaftliche Reform und Domokratie−Eine Hassliebe?:    Uberlegungen zur lnterdependenz der Ordnungen beim Ubergang von der Komman−    do−zur Wettbewerbswirtschaft, in : ORDO, Bd. 43, 1992. (45) Simon, A.: Eastern Europe’s Movement towards Capitalism: Hard Landing or    Soft Landing?, in: Acta Oeconomica, Vol, 42〈1−2), 1990. (46) Sinn, G., Sinn, H. 一W.: Kaltstart, Volkswirtschaftliche AsPekte der deutschen    Vereinigung, Ttibingen 1991. C47) Srnircka, J,:Economic Restructuring in Czechoslovakia, in:Shama, A. (ed.):    Perestroika, A ComParative PersPective, New York, London 1992. C48) Streissler, E. : Towards an Economics ef Transition, Lessons from the Economic    Transfomation of Eastem Europe and the Experience of亡he Marshall Plan, in:    Albeck, H. (Hrsg.) : Winschaftsordnung und Geldvel lfassung : SymPosion zum 65.    Geburtstagノ伽八めγろert Kloten, G6ttingen 1992. (49) Sutela, P,: The Marketization of Eastern Europe, in: Hill, R. J., Zielonka, J.    (eds.) : Restructun’ng Eastern EuroPe, Towards a IVew EzaroPean Order, Vermont    1990. C50) Voszka, E.: From Twilight into Twilight Transformation of the Ownership    Structure in the Big lndustries, in: Acta Oeconomica, Vol, 43(3−4), 1991. 1993 ・ 1 ・ 10

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