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戦前の日本における社会主義者の地方分権改革論

著者名(日)

佐藤 俊一

雑誌名

東洋法学

53

2

ページ

171-194

発行年

2009-12-22

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000713/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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︽論  説︾

戦前の日本における社会主義者の地方分権改革論

はじめに 一、社会主義者の地方税財政論 二、社会主義者の地方分権改革論 むすびに

佐 藤

俊 一

はじめに 筆者は、別稿において戦前の昭和期に入り戦時体制への移行が顕著になる中、分権化への﹁二つの道﹂は実践的        プロブレマテ にも﹁思想上においても協力しえない平行線をなしていた﹂ことが集権化を促したとする故大島太郎教授の問題設 171

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ヒク       レ 定に違和感をおぼえるとした。本稿はその点に起因するので、改めて大島教授の問題設定を確認することから始め たい。  大島教授が設定した集権化に対抗する分権化への﹁二つの道﹂とは、﹁ブルジョア的自由主義の立場﹂と﹁無産 階級の立場﹂からの分権論である。前者には岡実と石橋湛山が、後者には織本侃と松永義雄があげられる。そし て、前者の分権論は、﹁政治上の中央集権と経済上の独占資本支配とするどく対立していた﹂のであり、後者にお いても﹁地方財政が地主と資本家の利益擁護になっていることのばくろ﹂とともに、﹁地租や営業税の移譲が民主 的地方自治の基礎として重視されていた﹂点で、両者は驚くほどコ致した結論﹂に至っていたとする。しかしな がら、後者の﹁思想上−実践面の欠陥はいうまでもないーの弱さ﹂から、両者は相互に﹁協力しえない平行線﹂を        パ ロ 辿ることになったと結論づける。  これを裏返せば、﹁無産階級の立場﹂に﹁思想上の弱さ﹂や﹁実践上の欠陥﹂が無ければ﹁ブルジョア的自由主 義の立場﹂と協力して集権化に対抗し1具体的にはおそらく日本ファシズムに対する人民戦線の形成が実現されー えたとする問題設定となる。しかしながら、石橋湛山の地租と営業︵収益︶税の両税移譲を突破口とする地方分権 改革論を分析した筆者からすると、分権化への﹁二つの道﹂の交錯・協力が不可能ではなかったとする問題設定に は違和感をおぼえるのである。だから、本稿は﹁無産階級の立場﹂からの地方税財政論と分権改革論を分析するこ とによってこの違和感を検証してみようとするものである。  なお、織本と松永は一般的に知られているわけでもないので、まず両者のプロフィールを簡単に紹介しておこ パニ う。織本侃は、一九〇〇︵明治三三︶年、千葉県木更津町に生まれ、東京帝国大学法学部に入学︵同期には伊藤好 道、志賀義雄、大宅壮一、服部之総らがいる︶して新人会で活動した。卒業後、﹃国民新聞﹄の記者となったが、 172

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その後、同紙を離れて労働運動と無産政党運動に専念するようになった。すなわち、総同盟を経て日本労農党、全 国大衆党︵中央委員︶、全国労農大衆党︵中央執行委員︶へ参加したが、一九三二︵昭和七︶年、社会大衆党との 合同に反対して離党した。しかし、その後、社会大衆党に加わった。敗戦後は、千葉県労働組合会議の結成に参加 し、一九四七︵昭和二二︶年と四九︵昭和二四︶年に千葉三区から衆議院選挙に立候補したが、いずれも落選し た。他方、松永義雄は、一八九一︵明治二四︶年に東京府に生まれ、織本と同様に東京帝国大学法学部に入学し た。卒業後は日本フェビアン協会の設立に参加したり、総同盟法律部員になったりし、一九二六︵昭和元︶年には 社会民衆党の結成に参画した。そして、同党から総選挙に出馬したが落選した。その後、一九三二︵昭和七︶年に は社会大衆党の結成に加わって常任中央執行委員となり一九三七︵昭和一二︶年に衆議院議員と東京市議に当選し た。敗戦後は、日本社会党の中央委員となり、一九四六︵昭和二一︶年以来、衆議院議員に三回当選、一九五〇 ︵昭和二五︶年には参議院議員に当選した。    [、社会主義者の地方税財政論  奇しくも田中義一・政友会内閣による両税︵地租と営業収益税︶の地方移譲案が挫折した一九二九︵昭和四︶ 年、織本は﹃我国市町村財政と無産階級﹄を、また松永は﹃地方財政論﹄を公刊した。それは、両税移譲間題に大 きな影響を受けたことを物語る。もっとも、前者は同年出版の﹃新興科学の旗のもとに﹄にペンネームで発表され た論稿﹁我国市町村財政﹂とセットで扱う必要がある。いずれにしろ、先ず両者の両著を検討し、次いで織本を中 心にしてみることにする。というのは、織本は、それ以外にも、以後、地方税財政に関する論稿をかなり発表して いるだけでなく、党員として地方自治制度改革に関するパンフレット作成にもかかわっているからである。 173

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 さて、織本の﹃我国市町村財政と無産階級﹄は﹁我国市町村財政﹂を拡充・修正したものであった。というの は、前著は後論稿の結論を次のように修正しているからである。後論稿︵﹁我国市町村財政﹂︶は、﹁市町村会の殆 んど全国的な普通選挙に依る総選挙期は逼った。我が国無産階級が、この闘争に依って直接どの程度に帝国主義的 市町村財政を修正し得るか?それに多大の期待を置くことは誤謬であろう。何となれば市町村勤労者に対する帝国 主義租税の重圧は、居住地の資本貴族の直接の現地的勢力に依って下されるのではなく、帝国主義国家の法律、命 令に依って圧下されてゐるからである。⋮⋮︵中略︶⋮⋮斯して我国無産階級は、居住市町村の帝国主義重課を免 れるためには、﹃国家の名に於いて﹄せなければならず、即ち政権を自己の手中に掌握する以外の道のないのを知 ハゑ る。﹂と結論づけていた。これに対して前著︵﹃我国市町村財政と無産階級﹄︶は、後論稿のまさに無産階級の立場 から﹁帝国主義租税の重圧﹂を﹁第一編、市町村財政の曝露﹂として拡充する一方、後論稿の結論を﹁第二編、市 町村財政の改革﹂において過渡的財政改革と原則的財政改革という二段階に修正したのである。そして、﹁第一編、 市町村財政の曝露﹂は、松永の﹃地方財政論﹄とほぼ重層するものであった。もっとも、織本は市町村財政のみを 対象にしているのに対し、松永は主に府県財政を対象にしていた。そこで、先ず松永から見ることにする。  先ず府県の歳出について、松永は次のような指摘を行う。一九二七︵昭和二︶年の府県歳出総額に占める割合 は、第一位が土木費の二五・三%、第二位が教育費の二五・○%、第三位が警察費の一八・三%となっている。そ うした中で、第一位の土木費は、元来﹁浪費不正支出の最大の根源であり従来役人や府県会議員の金穴であった﹂ ので﹁特に注意深い監視﹂が必要だとし、第二位の教育費については、東京府をみると﹁有産階級の利益本位﹂に なっており、一応勤労階級への教育費といえる実業補習学校費は教育費総額の僅か一%にすぎないとする。また、 第三位の警察費が東京府では第一位︵三一・五%︶であるにもかかわらず、警察力が貧弱なのは幹部の高給や機密 174

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費に充てられ、﹁実に警察下級官の物質的待遇の不良﹂にあるという。これに対して、勤労階級の生活に深くかか わる衛生・病院費は僅か二・二%にすぎず、社会事業費に至っては○・八にすぎないとして行政サービスにおける        す 階級性を厳しく指摘する。  次に府県の歳入であるが、同じく一九二七︵昭和二︶年べースでみると税収入は六一・五%、税外収入は三八・ 五%である。そして、税収総額のうち第一位は地租付加税の二七・一%、第二位は雑種税の二一・三%、第三位は 家屋税の一五・九%、第四位は所得税付加税の一三・二%、第五位は営業収益税の一〇・八%となっている。他 方、税外収入総額のうち第一位がその他の二〇・八%、第二位が使用料・手数料の一九・三%、第三位が国庫補 助・補給金の一八・三%、第四位が国庫下渡金の一三・○%、第五位が府県債の一二・九%になっているのだが、       レ これらについては次のような批判を投げかける。  第一に、税収入において独立税と付加税はあい半ばしているが、そのどちらが良いかである。租税原則は、各人 の負担力に応じる﹁社会化適応﹂︵応能原則︶、非社会的財産に重い税を課す﹁生産化適応﹂、収入を安定的に十分 挙げうる﹁収入化適応﹂の三原則であるが、この原則からすれば基本的に独立税主義をとるーもつとも現行の独立 税を変えるーベきだとする。湛山も、松永以上に独立税主義を強く主張する。  第二に、現行の独立税︵家屋税、営業税、特別地税、雑種税︶は、﹁無産階級税﹂だということである。という のは、特別地税は法定地価二〇〇円以下の田畑所有者に課せられるから、いわゆる自作農税といえるのだが、その ことが自作農の小作農への転落を促しているからである。また、家屋税は家主に課税するのだが、農村においては 家屋を持たぬ自作農、小作農はおらず、都市においては貸家への課税は結局、借家人たる勤労階級の負担に転嫁さ れるであろうし、営業税は一力年純益一〇〇〇円以下の小売商に課せられる悪税である。そして、約四〇種にわた 175

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る雑種税は﹁全く時代錯誤の悪税﹂であるばかりでなく、法律外で府県が勝手に課する雑種税は﹁其収入も少く、 性質も貧民税に類するものが多く大部分廃止の必要がある﹂とする。  第三に、現行の付加税︵所得税、地租、営業収益税の各付加税︶は、逆に﹁有産階級税﹂であるとする。という のも、そもそも所得税は年間所得一二〇〇円以上の者に課税され、地租については特に都会の地主が莫大な騰貴利 益を得ているにもかかわらず法定地価がきわめて低額であることが問題であり、営業収益税も一九二六︵昭和元︶ 年の改正により比較的に小営業者の負担が大きく大営業者の負担が小さくなっているという間題があるからだ。そ して、地租については土地︵価格︶増加税を設けることも一つの対策といえるが、それよりも地租の法定地価を改 正すべきであり、それには地価の実態把握が可能な地方への地租移譲を図るべきだし、営業収益税も同様に地方に 移譲すべきであるとする。  第四に、税外収入については、特に一九一二︵大正元︶年から一九二六︵昭和元︶年までに約一〇倍になってい る府県債に注意が必要だとする。というのは、一九二六︵昭和元︶年における府県債の目的別分類では社会事業費 が一三・二%であるのに対し、﹁党勢拡大に利用され、利権目的となり易い﹂普通・災害土木費が実に五三・五% も占めているからである。だから、府県債はほとんど有産階級の利益に資しているが、無産階級の利益には資して いないとみなす。  さて、松永は続いて市財政の分析に移るのだが、その中心は﹁東京市財政﹂に置かれるので、ここでは織本の ﹁市町村財政の曝露﹂に焦点を合せることにする。そこで、まず織本が府県ではなく市町村に焦点をあわせ、その 財政を﹁曝露﹂しようとする理由を押さえておこう。その第一は、﹁多人数は、市町村の権限の限局されてゐるの を見て、市町村政を軽視し、過少評価する傾向を持つ。併しながら⋮⋮大正一四年に於いて、市町村税一戸当り負 176

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      パヱ 担額が、直接国税のそれと相摩してゐるのを知るならば、直ちにその誤謬を知るであろう﹂からである。そして、       パ レ 第二は、﹁階級対立の現実相に立脚して、市町村財政の解剖﹂すなわち﹁曝露﹂を﹁改革﹂へ繋げることにある。 というのも、﹁市町村は資本帝国主義国家の最低細胞組織である。資本家階級政治組織の外郭であり、外郭の崩壊       すレ は必然的に本丸の陥落を結果する﹂ことになるといえるからである。  これを敷術すれば、次のようになろう。﹁我々が租税問題を論及する時には、先ず、第一に、如何なる階級の 人々が財政政策を決定するか?を見究めなければならぬ。⋮⋮︵中略︶⋮⋮次に、我々は、如何なる階級から如何 なる名目で、如何程収入してゐるかを厳重に点検する必要がある。⋮⋮︵中略︶⋮⋮更に、我々は支出を見る時、 やはり、如何なる費目で如何に使用されてゐるか、そして其は如何なる階級に多くの利益を与へるのかを見究めね ばならぬ。⋮⋮︵中略︶⋮⋮最後に、我々はかかる財政のやり方を如何にして吾々の思ふ様に変革することが出来          パリ るかを考えるのである。﹂以上を踏まえて、織本による市町村財政の﹁解剖﹂すなわち﹁曝露﹂に移ろう。  先ず歳出分析であるが、第一次世界大戦を契機に地方財政の歳出規模が急速に膨張し始めることについては、既        パヨ に拙稿でも触れたところである。そうした中で、第一に、市町村歳出額の第一位を占める教育費−特に小学校義務 教育費は町村歳出の約五〇%を占めるーについては、﹁資本家階級は、より従順なより多量な労働力を搾取せんが 為に⋮⋮資本家の利潤追求の副産物として、知識ーそれも決して無産階級的なものではないーを労働者階級へ与え るに過ぎない﹂ので、もし無産階級的な義務教育にするならば授業料は無料︵全額公費負担︶にすべきであるとす る。また、第二位の土木費よって恩恵に浴するのは地主、資本家であると断じる。第二に、警備費︵防火消防費︶ や衛生費、勧業費の増加は、﹁市町村民衆の貧困化の一反証に過ぎない﹂とする。第三に、増大する公債費につい ては、公債を購入しうるのは有産者なので、利子にたいする所得税法の特典からして﹁純然たる有産者生活安定の 177

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支出であると﹂と捉える。第四に、﹁無産階級の幸福の為めを標榜する社会事業費﹂は、絶対額も増加すると同時 に、大正年間、最大の膨張指数を示す。特に一九一八︵大正七︶年に飛躍的に膨張するのは、一九一九︵大正八︶ 年に階級協調的な友愛会が日本労働総同盟へ発展したことが示す﹁無産階級の戦闘的進出に基くもの﹂とする一 方、イギリスとの比較からその意義を否定する。すなわち、﹁我国資本家階級が、無産階級を社会事業費に依って 懐柔し得ぬ程に余裕なきものである一事は、市町村社会事業費の実質を究明すれば忽ち曝露する。多くの市町村に 於ける社会事業費は救助費、即ち貧困者救済を中心とするもので、殆ど社会事業に値せぬものである。﹂その他、 雑支出などにもふれるのであるが、結論的には、以上のごとき﹁市町村歳出の検討は、我国に於て勤労無産大衆に       ど 何等数ふべき利益保護を与えてゐないことを物語﹂とするのである。この結論のみならず、例えばインフラ整備に 投入される土木費を一義的に地主、資本家の利益に資すると断じる点などは、いうまでもなく非常に荒っぽい﹁解 剖﹂である。  次は、きわめて重視する歳入分析である。しかし、歳入分析といっても、市町村税収の分析に限定され、税外収 入に触れないのは片手落ちである。というのも、松永によれば、一九二七︵昭和二︶年の地方歳入総額における税 外収入の占める比率は府県で三九%、町村で四四%、市に至っては実に八三%︵第一位が市債、第二位が使用料・          パぎ 手数料︶に至っているからである。それはともかく、市町村税は付加税主義を原則としてきたので、独立税はきわ めて僅かで大部分が国税と府県税の付加税となる。そこで、織本ははこの区分に従って﹁租税の重荷が如何なる社        パき 会階層に帰せられてゐるか﹂に眼を注ぐ。  第一は、所得税、地租、営業収益税、その他︵鉱業税、取引所営業税︶という国税の付加税である。所得税につ いては、確かにプロレタリアートには免税されているものの、様々な税法上の特典から実は金融資本家が大きく減 178

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税の恩恵を受けているので、所得税を中産階級の負担税とみなす。また、現行の地租に対する二〇〇円以下の免税 点からすると、地租は中農以上の負担税といえるが、課税標準を明治初年の地価においているので、地主の負担が きわめて軽微になっているとする。営業収益税については、従来、﹁小商人泣かせの大商人擁護政策以外の何物で も無かった﹂が、その不満解消を図ろうとする免税点の改正も決して商業資本の負担を拡大するものではない﹁子 供だまし的手品﹂にすぎないと批判する。  第二は、家屋税、営業税、特別地税、雑種税という府県税に対する付加税である。家屋税は、課税を家屋の賃貸 価格に置くが、農村部ではそうした課税条件にないので戸数割による細農負担税となり﹁農民怨府の中心たらし め﹂、都市部では家主の借家人への課税転嫁によってプロレタリア税となり、総体的に﹁準無産階級以下の負担税﹂ であるとする。特別地税は、国税地租を免ぜられる田畑所有者への課税であることから自作農の負担税といえる し、営業税は営業収益税を免ぜられている二営業者ーその殆どが年収四〇〇円足らずの個人営業主であるーへの 課税なので細民勤労者税であるとみなす。そして、一九二七︵昭和二︶年度における府県の雑種税は四四種あり、 府県税の中心になっているが、その五〇%は車税であり、しかも車税の大部分が﹁民衆の生活必需品である﹂自転 車への課税であることからすれば、車税の殆どは勤労者の負担税であると論断しても大過ないとする。  第三は、付加税主義の例外をなす市町村の独立税であるが、約四〇科目も見られるその中で最大︵市町村独立税       ハゑ の八六%も占める︶で最重要の税が戸数割である。というのは、それは﹁悪税﹂の典型だからである。その理由 は、一戸を構える者だけでなく、独立の生計を営む者にも賦課する人頭税であること、課税標準が資産に軽課で所 得に重課であること、市町村吏員による見立割賦課が許容されているーそのため吏員は市町村の公吏ではなくて実 は市町村有産者の公吏であったとするーからである。かくして、﹁現行戸数割は、財産に軽課すべきことを命じて 179

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資本家階級を擁護し、見立割を許して擁護政策を全からんとし、無産者に租税の重荷を重加しつつある﹂と断じる のである。  結論としては、税目の点から国税付加税を中間層以上の負担額として、また府県税付加税を勤労者階級以上の負 担額とみなし、戸数割を除く市町村の税収における両者の負担割合が前者四四・四%、後者五五・五%で勤労者の 負担が多いことが分るとする。それに﹁戸数割の勤労者負担税を加算するならば、その重税は極端﹂となる。そし て、市町村歳出は、﹁それが下層階級に与えること殆ど皆無に等しきを訓へた。今またここに歳入を解剖して得た        おレ 回答は、市町村が無産階級から奪ふこと絶大である﹂と論難する。さらに、国税付加税を利潤・利子・地代に賦課 する所得課税として、また府県税付加税と戸数割を大衆税とみなし、﹁租税が結局労農階級から収奪される富であ        ハど るとしても、納税者の社会的階層から観察するならば、我国地方税制は徒に大衆税に重心を置きすぎてゐる﹂と批 判する。  宮本憲一教授は、この分析方法に対して﹁各税目ごとに一括して、中間層以上の負担額と勤労者階級以上の負担 額に分けて比較するような未熟な方法であるが、これらの地方財政史上の意義はきわめて高いものがある﹂とす ハ レ る。しかし、筆者は、歳入︵租税︶収入の分析に対する﹁未熟な方法﹂に加えて、歳入分析以上に重要といえる歳 出︵行政サービス︶分析があまりにも粗略であることを改めて強調したい。        ハのレ  さて、織本はその後、財政学原論ともいうべき﹁プロレタリア財政学﹂を著するとともに、テキスト的な﹁日本 地方財政﹂論をとりまとめる。後者は、税外収入を含む歳入分析が中心になっており、前著﹃我国市町村財政と無 産階級﹄とほとんど重層するのだが、前著にない特徴点はまさに税外収入の分析にあった。そこで、織本は、税外 収入ー特に使用料・手数料や公債にくわえて国庫補助金・下渡金1の急増こそが、一方における地方経費の膨張と 180

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他方における地方税収の相対的減少の間隙を埋めているのだとする。そして、鋭くそれは中央・地方関係を﹁新た なる光の上に置き、地方政治団体と国民との関係が変化しつつある﹂ことを示すものだと指摘する。すなわち、 ﹁地方財政が中央財政化し﹂﹁中央政府が如何に地方の自主的自治を圧し、地方自治体の美名の下にそれ官治的非自        パ  治体化してゐる﹂かを示すものだというのである。 二、社会主義者の地方分権改革論  以上のような階級的視点からの地方税財政の﹁解剖﹂すなわち﹁曝露﹂に続いて、織本は地方税財政の改革そし て地方自治政の改革論を展開する。それは当然、階級闘争の視座から展開されるがゆえに、そこにはかの改良と革 命との理論的な位置づけという問題が伴う。それは、無産階級運動にとっても重要な問題であった。というのは、 大正末期以降、無産階級運動は、議会活動を通じた改良政策を積極的に活用しようとするいわゆる社会民主主義と        パむ 議会を階級闘争の宣伝機関のように位置づける急進的革命主義とに分岐し始めていたからである。  例えば、次は急進的革命主義路線といえよう。農村の窮乏化により﹁現在、自然発生的に起こりつつある、税負 担軽減の要求と闘争は⋮⋮必然的に、嘆願から要求へ1部分的闘争から全面的闘へー経済的闘争から政治的闘争へ 発展してゆくであろうし、戦闘的農民組合の指導者達は、その闘争を激化・発展せしむることによってその闘争力 を拡大強化せしめ、やがては、資本家・地主の政府を打倒して、労働者農民の手に一切の権力と共に、財政政策の       パぞ 決定権を把握するに至るであろう。﹂しかし、織本は、こうした急進的革命主義ではなく、改良闘争を重視する。 すなわち、﹁プロレタリアートはその階級陣営の強化拡大のため、租税闘争を有効に戦はなければならない。それ が為には効力多い予算修正案を提出し、階級協調の道に拠ることなく、議会外に大衆を訓練しなければならない。 181

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      パぞ ⋮⋮かかる改良はプロレタリアの前進のため必要である﹂とする。かくして、無産階級の市町村財政は、次のよう に﹁二方面﹂化される。  コは居住市町村有産者との直接的な闘争であり、二は帝国主義国家の法令改廃のための闘争である。が忘れて はならない⋮⋮帝国主義の偲偶が国家の名に於いてする法令の改廃なくしては、遂に無産階級を重課の鉄鎖から開 放するのは不可能であると云ふことである。国家の法律改廃を通じて行はるべき改革案は市町村民に対し反射的な ものであるとは言へ、これこそ実に原則的な改革案である。併しながら斯る原則的反射的改革案のみでは、重税に 圧死せしめられようとしてゐる市町村勤労者にとって迂遠な策として嘲笑を買う、のみであるかも知れぬ。この欠        パ  陥を補うものは、現行法令内に於いて許され得べき改革案、即ち直接的過渡的財政政策である。﹂宮本憲一教授は、        ハあレ このコ一方面﹂化はブルジョワ急進主義などとの協力・共闘を可能にするものとして高く評価するが、財政政策に       パ  おける﹁二方面﹂とは具体的にこうである。  先ず、過渡的財政政策とは、ω戸数割の軽減、ω雑種税付加税の改正︵不均一課税による税率の軽減︶、㈹家屋 税付加税率の改正︵同前︶、㈲地租付加税率の引上げ、㈲所得税率の引上げ、⑥営業税付加税の改正︵不均一課税 による零細業者の負担軽減︶、ω金庫税、不動産取得税等のような地方的特別税の一般化と門税、妾税、高層建築 物税等のような新たな地方的特別税の創設、である。次の原則的財政改革とは、ω収益税︵地租、営業収益税、家 屋税︶の市町村への移譲、吻相続税付加税の獲得、⑥戸数割等の悪地方税の廃止と土地増価税や不在地主税、庭園 税等のような新税の創設、である。そして、この原則的財政改革における収益税︵地租、営業収益税︶の市町村移 譲案と、この時点では登場していないが、一九三二︵昭和七︶年の内務省による﹁地方財政調整交付金制度要綱 パご 案﹂以来アジェンダ化することになる調整交付金制について織本と石橋湛山は交錯するのである。 182

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 ところで、松永は、無産政党が悪税の戸数割廃止を叫ぶのは当然で、その代替財源として地租移譲を主張するの はよいが、﹁政友会の言ふ如き地主擁護の地租委譲であってはならない。而して民政党の義務教育費全額国庫負担       パぞ は一時の姑息策としては巧妙なるも、無産階級の軽減負担とは何等関係なき遺繰である﹂とする。そして、特に両 税移譲すなわち﹁地租及営業収益税の委譲が地方に確実なる財源を与へ地方自治の発達に実質なる基礎を与ふるも       パ  のなる点に於いて満腔の賛意を表する﹂のである。確かに、これは湛山の両税移譲論と同様のようである。しか し、湛山の両税移譲論の眼目は、後でも述べるが、中央・地方関係の分権化によって市町村財政の、従って市町村 自治の確立を図ることにあったのだが、同じく地方自治の確立を主張する松永の移譲論の背後には無産階級の負担 軽減化がある。織本の場合は、その点がより前面に出てくる。というのも、次のように論じるからである。地租の 移譲により﹁課税権者を地域の狭小な市町村に置くときは、民衆でも亦能くその変動を熟知し得て時宜に合した課 税をなし得ることが出来る﹂としつつ、土地の﹁所有者が大体において中産以上の社会層の構成員であることは、 勤労者負担税を軽減する上に最も適切な税であると云ふべきである。また無産政党の対市町村政治闘争を熾烈なら しめる上から見て、独立有力且有産者負担に期すべき税を市町村に持たせることは有利である。何となれば、無産 政党はその闘争の結果を強く意識水準の低い大衆にまで印象付けることが出来、大衆的に発展する基礎を持つから   パ レ である﹂とするのである。  また、湛山は、民政党の義務教育費全額国庫負担案はより中央集権化を強化するものだとして批判し否定した。 しかし、織本にはそれへの言及が全く見られない。それは、義務教育費全額国庫負担が市町村の負担1そして無産 階級の負担1の軽減に繋がるとみなしていたからではなかろうか。そうだとすれば、ここにも湛山と織本の問には 位相がある。そして、地方財政調整交付金制に関し、逆に湛山には言及が見られなくなるのである。その意味につ、 183

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いては後述するが、これに対して織本は、当初、この調整交付金制の機能に批判的、否定的な見解を示す。しか し、そこには若干の自己批判があった。すなわち、﹁地方財政窮乏の原因が那辺にあるかに就いて、数年前の無産 党は殆ど考察をへてゐなかった。窮乏の原因を討議の日程に上せるよりは、自治体の財政負担者が誰であるかを鮮       パむ 明にするのが当初の急務であった﹂からだというのである。  そこで織本は、地方財政の窮乏は国の委任事務の急増とその財源を過小農民や勤労者からの政治的搾取に依存す る現行制度の問題が、昭和恐慌によって拡大したことによるとする。そして、その﹁対症療法﹂が市町村合併と地 方財政調整交付金制案なのだとしつつ、後者が﹁地方財政の起死回生の良薬﹂たりうるものではないと批判する。 もっとも、政友会や民政党のみならず社会大衆党も調整交付金制度案に賛成していることに対しては、後者が調整 交付金の使途については官僚に委ねず、労働者、農民の発言権と参加が確保される機関の新設を提唱しているとこ ろに政友会や民政党との相違があることを強調する。しかし、地方財政を蘇生させるものは、ただただ﹁新興階級       レ の︵政治的︶成長のみと断言せざるを得ない﹂とするのである。  さらに、一九三六︵昭和一一︶年九月、廣田内閣の中央・地方を通じた税制整備政策を具体化する﹁地方財政及 税制改革要綱﹂︵内務省︶と﹁税制改革の要領﹂︵大蔵省︶が公表されるに及んで、再び地方財政調整交付金制度が       ぎ      パ  大きな論議を呼ぶことになった。そして、織本の捉え方と主張も大きな変化を見せることになる。  第一に、地方財政調整交付金制や地方財政の中央依存は、先進資本主義国のみならず一国社会主義国のソ連にも 見られることから、それ自体必ずしもファショではない︵裏返すと、ソ連については肯定される︶としつつ、先進 資本主義国における調整交付金制の進展は資本主義発展の必然であるとする。すなわち、﹁資本の独占的発展と国 際資本の尖鋭な対立﹂に起因するというのである。さらに敷術していえば、国内で発展した独占資本が他国のそれ 184

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と対立し、結局、それは国力戦となる。そうすると、国内に余りにも貧弱な財政団体を擁することは﹁銃後の不 安﹂を醸すことになるので、﹁国家の権力で平均化﹂せざるを得なくなるからだというのである。  第二に、地方財政調整交付金制度が資本主義発展の必然であるとするならば、それはますます拡大強化され、 ﹁財政権の強烈な中央集中﹂をもたらす一方、﹁交付金支給を合理化し能率的ならしめるため市町村の分合が促進さ れ、市町村は本来の姿をとり戻して官治行政の出張所と化するであろう﹂。言い換えれば、今日、市町村長らがこ の調整交付金制を含む税制改革に対して自治権侵犯を叫び反対するのは、﹁自己の権力擁護﹂のためなのであると みなすのである。  第三に、市町村の中央政府出張所化を﹁地方自治の死滅﹂と解してはならないことである。むしろ、今日の税制 改革は﹁第二次改革﹂の前提になるとする。というのも、﹁官治的自治の圧迫で、一段低い部落に僅か残されてゐ る真実の自治活動を新しい光の内に再認識し、これを真実の自治体に再組織しなければならない。忘れられてゐる 部落自治、または部落的共同生産活動を真実の自治体に科学的に再編成する仕事こそ交付金制度後の自治体活動を 再生させ、その線に民主的自治の生命線を置いて大衆の幸福を計らなければならないであろう。﹂からである。  さて、以上は織本個人の考えであるが、最後に織本が党員として執筆した全国大衆党と社会大衆党の選挙向けの      おレ パンフレットおける改革案を見ることにしよう。その場合、いずれのパンフレットの政策も府県制と市制・町村制 の存続を前提にする改革案であるのだが、焦点を税財政制度と政治行政制度に絞ることにする。ただ、その前に、 全国大衆党のパンフレットにおいては、選挙という政治闘争の意義と位置づけがなされているので、それを確認し ておこう。  第一に、地方税負担者の社会層をみるならば、府県会、市町村会、組合団体会議という地方議会闘争を過小評価 185

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してはならないことである。そして、大衆の生活に直接影響を及ぼす改良は、非常に極限されているものの、それ は府県会議員を先端とする政治闘争よらなければならず、左翼的に改良を嫌悪してかかる闘争を怠ってはならな い。というのは、ブルジョア府県政︵あるいは市町村政︶との闘いは、日常的利益のための改良闘争と終極目標と しての革命を具体的に連結するものであるからだ。これは、織本のかの﹁二方面﹂の政治闘争︵過渡的改革と原則 的改革闘争︶が全国大衆党にも受容されていたことを示すものといえよう。  第二は、府県政︵あるいは市町村政︶との闘争の重心は、地方的特殊間題を通じて大衆の階級意識を覚醒させ、 真の敵がどこにあるかを曝露することにある。そのためには、選挙を通じて地方議会に同志を多数送りこまねばな らないが、無産党侯補の濫立による相打ちを回避するためには﹁当選第一主義﹂を目指さなければならない。もち ろん、地方議会で多数派を形成したとしても、国家権力を獲得しなければ大衆の生活問題すべてを解消しうるもの ではない。にもかかわらず﹁当選第一主義﹂を目指すのは、政策の実現を図り院外大衆を訓練し、党綱領を実現し ようとすることにあるという。  第三は、選挙戦術である。それは選挙戦前期、選挙運動期間、選挙戦後の組織拡大戦期という三期に分けて展開 される。  こうした選挙戦において掲げる税財政制度の改革案は、次のようである。府県の税財政については、ω地租付加 税の税率を引上げろ、ω営業収益税の税率を上げろ、⑥所得税の課税率を高めろ、@小家屋税と借家人税を撤廃し ろ、⑥特別地税を廃止せよ、㈲小商工業者の営業税を免除せよ、ω雑種税を整理し、所有税に重課しろ、圖有産者 負担の新税を創設しろ、㈲有産者の脱税を厳罰し、無産者に租税の減免延期を許せ、である。また、市町村の税財 政については、ω地租、営業収益税、所得税という国税三税付加税率を一層高めよ、ω府県税の特別地税付加税と 186

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営業税付加税を廃止せよ、㈹雑種税は不均一の付加税率にする、を掲げる。しかし、これらは織本が主張した過渡 的財政改革案とかなり相違しているだけでなく、彼自身、全国大衆党の改革案は﹁政策の混溝﹂を露呈していたと         レ して自省している。さらに、地方財政調整交付金制度案がアジェンダ化し始めた以降の社会大衆党のパンフレット においては、かかる制度案については全く触れられていない。  次に、政治行政制度の改革案である。府県制については、法令の改廃を要するものとして、ω公民権を満一八歳 の男女に与えろ、吻選挙区制を廃止して比例代表制にしろ、⑥府県会招集権を議員にも与えろ、㈲府県会の代行機 関である府県参事会を廃止しろ、⑥出納検査を一般議員にもやらせろ、⑥知事の原案執行権を廃止せよ、ω内務大 臣の府県監督権を廃止しろ、㈹府県会の解散権を内務大臣から取り上げろ、⑥知事を住民の直接公選にしろ、⑯現 行の地域代表制を職能代表制へ、そして住民に議員解任権を与えろ、が掲げられる。そして、府県それ自体で解決 しうるものとして、ω無産階級運動を妨害する府県令の撤廃、吻予備費の警察費流用絶対反対、⑥警察機密費の絶 滅、を掲げる。しかし、一九二九︵昭和四︶年の府県制改正において、議員の府県会招集権と知事の原案執行権の 原則廃止は認められた。また、市町村制については、ω市町村会の解散権を市町村民に与えよ、ω市町村長の原案 執行権を取り上げろ、⑥市町村会等の意見提出権を拡大せよ、㈲市町村会の発案権を拡大せよ、を掲げた。 むすびに  石橋湛山や岡実のような﹁ブルジョア的自由主義の立場﹂と織本侃や松永義雄のような﹁無産階級の立場﹂から       プロブレマテモク の分権化への﹁二つの道﹂の協力可能性という冒頭の間題設定に対する懐疑にもどろう。この懐疑とは、両者の地 方自治に対する結論は驚くほど一致していたので、もし﹁無産階級の立場﹂に﹁思想上−実践面の欠陥はいうまで 187

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もないーの弱さ﹂がなかったならば、両者は協力して当時の進行しつつあった集権化に対抗しえたのではないかと することにある。そこで、論点をさしあたり地方財政制度レベルーここには、さらに二つの論点がある。一つは、 民政党の義務教育費全額国庫負担案と政友会の地租と営業収益税の地方移譲案への対応と、もう一つは、その後に 登場する地方財政調整交付金制度案への対応であるーと、それを包括する地方自治制度レベルである。なお、以下 における湛山の見解には注記せず、すべて前拙稿︵本稿注1︶に譲ることとするので、それを参照されることを望 む。  まず、湛山は、地方税財政に関する分析を行っているわけではないーただし、鎌倉町会議員としての体験から詳 細な実態を知っていたと思えるーが、地方財政調整制度の側面を有していた義務教育費の全額国庫負担案は中央集 権化を進めるものだとして否認する一方、地租と営業収益税の地方移譲案は地方︵市町村︶に大幅な独立財源のみ ならず、その課税権を与えることになるので地方自治の確立に絶対必要なものだとしていた。しかし、彼の両税移 譲案は、政友会のそれとは異質であった。他方、松永は義務教育費の全額国庫負担案は﹁無産階級の軽減負担﹂と はならぬとして否定するが、両税移譲案は地方自治に実質的な基礎を与えるものだからと﹁満腔の賛意を表﹂して いた。そして、織本は、義務教育費の全額国庫負担案には言及しなかったーそこには地方の負担軽減から無産階級 の負担軽減へ至ると捉えていた節がみられるーが、両税移譲案に対しては市町村が課税権者となることから肯定し つつ、そうであるがゆえに無産階級の負担軽減の観点をより全面に押し出していた。すなわち、両税移譲案は、 ﹁無産政党の対市町村政治闘争を熾烈ならしめ﹂、有産階級の負担増大の反面で無産階級の負担軽減を図ることを可 能にするというものであった。  しかし、湛山と松永や織本は、確かに真の地方自治にとって両税の地方移譲は必須であるという結論において一 188

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致しているように見えるが、地方移譲論の内実にはかなりの相違があるといえる。特に、織本の場合は、無産階級 の負担軽減の観点が全面化されていることである。言い換えれば、歳入分析に典型的に見られたように、﹁あまり にも無産者と有産者一般との対立・闘争の観点が強調されていたため、改革の力点はおのずから、市町村有力者と の直接闘争による具体的な改革におかれていた。したがって、大局的立場に立った分権改革実現の協力や政策協定        む の可能性はかえりみられ﹂ないことになったとされる点である。これが、かの﹁実践面の欠陥﹂であったのかもし れない。しかし、忘れてならないのは、湛山の両税移譲論は、それは国家財政の欠陥をまねくという批判に答えて 国庫補助金類の全廃とセットであったことである。ところが、松永にしろ、ましてや織本には、そうした発想や構 想が微塵もみられないのである。だから、湛山と松永、織本の両税移譲論は、内実的には根本的に異なっていたの である。  次に、地方財政調整交付金制度案である。それを論じるにあたり、織本は﹁自治体の財政負担者がだれであるか を鮮明にするのが当初の急務であった﹂ため、﹁地方財政窮乏の原因が那辺にあるか﹂を考察してこなかったと自 省していた。これは、まさに彼の財政改革なるものが無産階級の負担軽減という観点からの改革案であり、そのた めの闘争であったことを告白するものといえる。そして、地方財政の窮乏因は、根本的には委任事務の増大とその 財源を無産階級に依存することにあると捉えるゆえ、地方財政の蘇生は無産階級の政治的成長しかないとしてい た。ここには、地域経済の不均等発展と政府の政策的失敗による地方の疲弊をどう回復するかという発想はない。 ﹁国内市場を開拓せずに、販路を国外に求める帝国主義コースにたいし⋮⋮それと明らかに異なったコースは理論 的にも政策的にも可能である。⋮⋮︵中略︶⋮⋮そして、このような国内開発を実現することこそ、分権体制をき づくことに外ならない。もし、ブルジョアジーが進んで行なわないならば、労働者、大衆がその立場に立って、 189

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      ぎ ﹃未来像﹄を示す必要があったのではなかったか。﹂まさに、﹁思想上の弱さ﹂であろう、織本等にはそれがなかっ たのである。しかし、湛山においては、﹁農村の工業化﹂という国内市場の開発論ーそのために町村自治体の基軸 的役割を産業化機能に特化するべきとするーが分権改革論とセットになっていたのである。この点においても、両 者の相違は大きいといわなければならない。  さて、地方財政調整交付金制案に対する湛山の言及は見られない。筆者は、これを湛山の分権改革論の限界であ るとしたが、また先進諸国におけるかかる調整交付金制の一般化をみて、自らの古典的地方自治論に対する限界を 認識したためとも解されるとした。ただ、湛山は、もし調整交付金制を受容するにしても、おそらく国庫補助金類 の全廃を前提にしてと言ったであろう。これに対して、織本が党員であった社会大衆党の政策パンフレットは、そ もそもこの地方財政調整交付金制案に一言も触れていなかった。もっとも、織本自身は、当初、この制度の機能に 懐疑的、否定的であったが、その後、資本主義発展の必然性論から地方財政調整交付金制は否応なしに制度化され るであろうという形で受容する。しかし、そこには次のような問題点が見られるのである。  織本は、地方財政調整交付金制は市町村合併を促進するとともに、市町村が﹁本来のすがたをとり戻して官治行 政の出張所と化するであろう﹂としつつ、﹁部落自治﹂に光を当て、﹁部落的共同生産活動を真実の自治体に再組 織﹂しなければならないとしていた。ここでは、調整交付金制をあまりにも一面的に捉え、戦線を市町村から部落 へ後退させている。それまで主張してきた市町村政重視の闘いとは何であったのか。そして、部落自治を﹁真実の 自治体に科学的に再編成する﹂ということはどういうことか、かかる過程において階級及び階級闘争はどうなるの か。それはともかく、今さら部落活動に光を当てることは、それまでの無産階級運動はおそらくかかる活動を封建 的で意識水準の低い農民の活動として軽視してきたことを物語るといえる。 190

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 最後に、地方自治制度の改革論を見てみよう。ここで制度改革案の良否を間うものではないが、湛山の改革案は 府県制の廃止を強く主張する一方、市町村に住民の直接公選による二元代表制を導入することにあったことを強調 したい。これに対し、織本が執筆した全国大衆党と社会大衆党の党としての改革案は、府県制と市町村制を前提す る改革案であった。そして、府県制に関しては、公民権を一八歳以上の男女に、選挙制を比例代表制に、有権者に 議員の解職権を等の他に、内務大臣の府県会解散権の撤廃、知事の直接公選制など府県政の民主化、府県会の権限 強化、中央︵内務省︶統制の撤廃を図ろうとするものであった。市町村制に関しては、有権者の議会解散権の他、 市町村長の原案執行権廃棄や市町村会の権限拡大等を掲げていたが、有権者に議会解散権を与えることは現行の市 町村長の議会選出制とどう関連するのか全く不明である。このような相違がみられる両者にはたして政策協定など 可能であろうか。  以上のような位相差からすると、筆者は、﹁ブルジョア的自由主義の立場﹂と﹁無産階級の立場﹂からの分権化 への﹁二つの道﹂が相互に協力・協定を図るようなことは、ある種の政治主義に走らないかぎりほとんど不可能で あったと考えるのである。間題は、松永の﹃地方財政論﹄と織本の﹃我国市町村財政と無産階級﹂を高く評価する 大島教授等が、特に織本のその後の論稿に必ずしも十分に眼を通していなかったのではないかと推測されることに あるようにも思われるのである。 ︵1︶拙稿﹁石橋湛山と地方分権改革論﹂﹃法学新報﹄第一一五巻第九・一〇号、 ︵2︶藤田武夫編﹃講座地方自治体・地方自治の歴史﹄三一書房、一九六一年、 未来社、一九八一年、一〇二∼一〇語頁。 二〇〇九年三月。 =三∼一三五頁、 大島太郎﹃官僚国家と地方自治﹄ 191

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︵3︶﹃近代日本社会運動史人物事典﹄ω、日外アソシエーツ、一九九七年、八⋮二頁、及び同上@、三四五頁。 ︵4︶織本のペンネームである帯刀利一﹁我国市町村財政﹂﹃新興科学の旗の下に﹄第二巻第二号、新興科学社、一九二九年、一一六 ∼一一八頁。 ︵5︶松永義雄﹃地方財政論﹄︵民衆政治講座⇒ρ一〇 。︶、クララ社、一九二九年、一三∼二一頁。なお、ルビはすべてカットし、旧漢字 を新漢字に改めた︵以下、同︶。 ︵6︶同前書、三八∼五五頁。 ︵7︶織本侃﹃我国市町村財政と無産階級﹄︵以下、織本、一九二九年とする︶、新興科学社、一九二九年、五頁。なお、織本の著書、 論稿の旧漢字は新漢字に改めてある。 ︵8︶同前書、一八頁。 ︵9︶同前書、一〇二頁。 ︵10︶稲岡逞﹁租税と農民の闘争﹂﹃法律時報﹄第三巻第二号、一九一三年二月、一一頁。 ︵11︶前掲拙稿、三三九∼三四〇頁。 ︵12︶以上、織本、一九二九年、二七∼四四頁。 ︵13︶松永、前掲書、八二∼八四頁。 ︵14︶織本、一九二九年、四六頁。なお、以下の第一から第三については、同、四七∼九七頁。 ︵15︶戸数割等の沿革については、田中廣太郎﹁戸数割と家屋税﹂﹃法律時報﹄前掲巻号を参照されたい。 ︵16︶織本、一九二九年、九八∼九九頁。なお、市税に対する負担割合につき、松永は税目区分から有産階級と勤労階級負担に分け、  前者四〇%、後者六〇%としている。松永、前掲書、七四頁。 ︵17︶織本侃﹁地方税とその負担者﹂﹁法律時報﹄前掲巻号、二八頁。 ︵18︶宮本憲一﹁明治大正期の町村合併政策﹂島恭彦編著﹃町村合併と農村の変貌﹄有斐閣、一九五八年、一二九∼一三〇頁、同﹁大  正末期の地方自治思想﹂鈴木武雄・島恭彦監修﹃戦後地方財政の展開﹄日本評論社、一九六八年、八二頁。 192

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︵19︶織本侃﹁プロレタリア財政学﹂社会科学講座編集所︵木村毅、松本竹二、平野学︶編﹃社会科学講座﹄第八巻、誠文堂、一九 三一年。 ︵20︶織本侃﹁日本地方財政﹂同前書、第一〇巻、一九三一年、壬二∼三一頁。 ︵21︶赤松克麿﹃日本社会運動史﹄岩波新書、一九五二年、二〇九∼二一三頁。 ︵2 2︶稲岡、前掲論文、前掲誌、一二頁。 ︵23︶織本、﹁日本地方財政﹂、前掲書、三九頁。 ︵24︶織本、一九二九年、二七∼一一八頁。 ︵25︶宮本、前掲一九六八年論文、八三∼八四頁。これは、また大島教授の間題設定を評価したものといえる。 ︵26︶織本、同前書、一一九∼一五四頁。 ︵27︶藤田武夫﹃日本地方財政発展史﹄文生書院、一九四九年、五五四∼五五九頁。 ︵28︶松永、前掲書、一∼二頁。      ﹂ ︵29︶同前書、一一四頁。 ︵30︶織本、一九二九年、一四〇∼一四一頁。 ︵3 1︶織本侃﹁地方財政改善とその前提﹂︵以下、織本、一九三五年とする︶﹃都市問題﹄第二一巻第二号、一九三五年八月、一一二 頁。なお、この時期になると、論壇状況も、従来は﹁財政論に於ても、世界に有産者と無産者との二種が対立するのみで⋮⋮ ︵あったが︶⋮⋮今や都鄙の経済生活の比較や商工業者と農民との負担関係が問題の焦点となり、階級闘争論は全く視野から消え た﹂とされている。汐見三郎﹁地方財政改革の焦点﹂、同上誌、≡二頁。 ︵3 2︶織本、同前論文、一一五∼一一九頁、引用文の括弧内は筆者。あわせ、藤田、前掲書、五六〇∼五六三頁参照。 ︵33︶例えば、雑誌﹃都市間題﹄は、臨時増刊︵第二三巻第六号、一九三六年二月︶の﹁地方財政の改革案特集﹂を発刊した。 ︵3 4︶以下、織本侃﹁地方税制改革の後に来るもの﹂、同前誌による。 ︵35︶大衆党教育部編︵織本侃著︶﹃府県会を大衆の手に﹄、大衆党事業部、一九三一年と、社会大衆党本部・平野学編﹃地方自治政 193

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改革ー市町村会選挙を如何に戦ふか﹄︵第一∼二章を織本が執筆、なお同書にはかなりの伏字がある︶、社会大衆党出版部、一九三 七年。なお、全国大衆党は、一九三〇︵昭和五︶年に日本大衆党や全国民衆党等の合同により結成された中間派の無産政党︵議 長・麻生久、書記長・三輪寿壮︶で、社会大衆党は、一九三二︵昭和七︶年に全国農民大衆党と社会民衆党の合同により結成され たやはり中間派の無産政党︵委員長・安部磯雄、書記長・麻生久︶でる。 ︵36︶織本、一九三五年、一〇九∼一一一頁。 ︵3 7︶大島、前掲書、一九六一年、一三三∼一三四頁、同、一九八一年、一〇四頁。 ︵3 8︶同前書、一九六一年、二二四∼一三五頁、一九八一年、一〇五頁。  なお、織本侃と松永義雄の著書、論稿の収集については、宮崎伸光・法政大学教授の紹介による大原社会問題研 究所の柴田光代さんと、早稲田大学政治経済学部での私のゼミ生で、現在、同大学院博士後期課程にある松岡清志 君に大変お世話になった。末筆ながら、お礼を申し上げるところです。 194

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